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あなたの欠片 6
2014 / 11 / 09 ( Sun )
『もしもし・・・・・?』


『牧野か?なかなか連絡ができなくて悪ぃ。今マスコミが一日中付きまとっててなかなか時間が取れなくてよ。早めに手を打ちてぇとは思ってるんだが・・・・最悪、お前のところにも手が伸びる可能性も否定できない。だから悪いんだがこっちが落ち着くまで連絡はしないようにしようと思ってる』
『・・・・・・・・』
『勝手なこと言ってほんとに悪いと思ってる。でも必ずお前を迎えに行くから。俺を信じて待ってて欲しい』
『・・・・・・・・』
『・・・・・牧野?聞いてんのか?』
「・・・道明寺・・・・・』
『ん?』
『私達、もう終わりにしよう』
『なっ・・・・・?!お前一体何言ってんだ?!冗談じゃねぇぞ!』
『冗談なんかじゃないよ。ずっと考えてたことだよ』
『だったらなおさらふざけんな!俺は絶対にそんなことは認めねぇ!何のために今まで必死でやってきたと思ってんだ。こんなことで終わるほど俺は落ちぶれちゃいねぇってんだよ!』
『・・・・・道明寺、今はどうすることが一番いいのかよく考えて。あんたの努力を無駄にしないで』
『だから別れるってか?ふざけんじゃねぇよ!俺が欲しいのはお前だけだ。お前を手にするために今まで頑張ってきたんだ。今さらお前を手放すなんてあり得ねぇ』
『・・・・・・・・・・・』
『なぁ牧野。今はこういう状況でお前も不安なのはわかる。それでも必ずお前の元に帰る。絶対に約束する。いつになるとははっきり約束することはできねぇけど・・・・・俺を信じて待っててくれ』
『・・・・・・・・・・・』
『・・・?・・・あぁ、わかってる。・・・牧野、悪いが今から中東に行かなきゃなんねぇんだ。さっきも言ったとおりお前に手が伸びないようにするためにもしばらく連絡は遮断する。お前の身の安全は保障するから心配するな。・・・しばらく連絡は取れなくても俺の気持ちは何一つ変わらねぇから。とにかく信じて待っててくれ。・・・・あぁわかってるって!・・・・じゃあ牧野、そういうことだから。またな』

ブツッ、ツーツーツー・・・・・・・





『・・・・・・・・・・・・・・・・・好きだからこそ、バイバイ』

















「・・・・・・・の・・・・」

・・・・・・・誰・・・・・?

「・・・・・・・きの・・・・・・」


誰かが私を呼んでいる。
あなたは・・・・・誰・・・・・・・・・・・?



「牧野っ!!!」

激しく叫ばれた名前にハッと意識が浮上する。目を開くと視界が真っ白になるほどの眩しさに思わず顔をしかめた。

「あぁ・・・・・・・・よかったっ・・・・・・!あれから3日も意識が戻らないからどうなるかとっ・・・・」

何も考えられない頭を必死に働かせるが、ここがどこなのかが全くわからない。しかも何故だか体中が痛い。頭から足の爪先まで、鈍器で殴られたんじゃないかと思うほど、全身を痛みと鉛のような倦怠感が襲っている。
ただなんとなく。なんとなくだが右手にほんのりとした温もりを感じる。
動かない頭の代わりに必死で目だけを動かしてその温もりを辿った。
ようやく捉えた視線の先には、茶色がかったまるでビー玉のような瞳をした眉目秀麗な男性が心配そうにこちらを覗き込んでいた。

「牧野・・・・・?大丈夫か?今医師を呼ぶから待ってて」

そう言うとその男は立ち上がり枕元へと手を伸ばす。その瞬間右手を包んでいた温もりが消え去り、あぁ、あれは手を握っていたからなのかと初めて気付く。

「・・・・・・・あの・・・・・」
「ん?なに?どこか痛い?」

ナースコールをしたのだろうか、枕元で何かを終えすぐに横に腰掛けると、男はまた心配そうにこちらの様子を伺っている。

「あの・・・・・・ここは・・・・・?」
「覚えてない?病院だよ。あんた事故に遭ったんだ」
「そう・・・・・・なんですか・・・・?」
「3日も意識が戻らなかった。あちこち骨折もしてるし、結構重傷。辛いとは思うけど、命が助かって本当によかったよ。できるだけのことはさせてもらうから心配しないで」

そう言ってふんわり微笑んだその顔はまるで陽だまりのように優しさに満ち溢れていた。

「あの・・・・・・・・」
「ん?」
「あなたは・・・・・・誰、ですか・・・・?」

つくしが放った言葉に男の顔から一瞬で笑顔が消え去る。

「・・・・・・・・・牧野・・・・?」
「ごめんなさい、何も、わからなくて・・・・・・・・」

ガタンッ!

男が勢いよく立ち上がったせいで腰掛けていた椅子が倒れてしまった。だが男の意識にはそんなことは全く入っていない。驚きに目を見開いたまま信じられないものを見るようにつくしを見据えた。

「牧野・・・・・・?まさか記憶が・・・・・・?」






******



「・・・・・それで?それからどうなったんだ!あいつは・・・・牧野の体は・・・・」

ただひたすら類の言葉に耳を傾けていた司がようやく口を開いた。

「左腕、左足の骨折に全身打撲。左足に関しては複雑骨折だったから手術もしてる。全治半年って診断。それから倒れた時に頭も強打したみたいで、ありとあらゆる検査はしてもらってる。今のところ異常は見られない。・・・・・ただ記憶がないってことを除けば」
「そんなにひどい事故だったのか・・・・・・?」

思っていた以上にひどい状況に司の顔色がますます悪くなっていく。

「目撃者によると牧野も点滅信号で渡ってたらしいんだ。でも右折信号がまだ出てない中で歩行者を確認せずに突っ込んできた車がいて、それで・・・・。数メートル吹き飛ばされたらしいから、下手すれば死んでてもおかしくなかったって言われた。これくらいで済んでよかったって」
「そんなに・・・・・」

いつの間にか小刻みに震えていた手をギュッと握りしめる。類はそんな司の姿をちらっと視界に捉えると、そのまま窓の外へと視線を流した。

「それで・・・・・あいつの記憶は・・・・・?どこまで・・・・」
「・・・・・・何も覚えてなかったよ」
「え?」
「俺たちのことは誰も。何も。年齢に関しては実年齢と変わらない認識だった。だけど高校以降の記憶がほとんどないんだ。自分が社会人だってこともちゃんとわかってる。でもそこに至るまでのプロセスが抜け落ちてた」
「医者は何て・・・・・」
「頭に強い衝撃を受けたことが原因だろうとしか。記憶障害ついて今の医学ではどうすることもできないらしい。お前の時だってそうだっただろ?経過を見守るしかないんだ。ある日突然全てを思い出すこともあれば、少しずつ断片的に思い出すこともある。あるいは何一つ思い出さないことも・・・・・・」
「・・・・・・・・」

広い室内に痛いほどの沈黙が走る。
司はなおも握りしめたままの己の手から視線を外し、窓の外を見たまま表情を変えることなく話を続けている親友の横顔を見つめた。相変わらず、こんなときでも何を考えているのか全く読み取ることができない。

「あいつがここにいるのは・・・・・・いつから・・・・?」

ずっと気になっていたこと。
何故つくしは類の家にいるのか。

「牧野の両親、今は親父さんの転勤で東北にいるんだ。弟は学生だし、ずっと傍についてることはできないだろ?片手が不自由な上に歩くことすらできない。一人で生活することは不可能だ。その点、うちなら24時間体制で世話ができるからね。・・・・それに、事故の原因は俺にもあるからね。あの時きちんと牧野を送ってればよかったんだ。変に気を使ったりなんかしなければ、牧野にあんな思いをさせずに済んだ」
「類・・・・・」

そこまで言うと類は振り返って司の目を見据えた。

「だからあいつが元気なるまでは俺が責任をもって見守るって決めた」

二つの視線がぶつかり合う。
その瞳はどちらも真剣で、少しも笑ってなどいなくて。むしろ見えない火花が散っているんじゃないかと錯覚すらおこしそうな空気が流れていて。互いに視線をぶつけたまま微動だにしない。

先に動いたのは類だった。

「フッ、そんな顔で睨まないでよ。別に取って食やしないんだからさ」
「・・・・・・・」

どこか余裕のある類の態度に司は再び拳を握りしめる。


・・・・・・類の気持ちは今でも変わっていない。
いくら本人が否定したところで同じ女に惚れてる者同士、それは間違いないと確信が持てる。
そんな男と一つ屋根の下に愛する女がいる。

確かに類がつくしに対して何かを迫るなんてことはないだろう。
・・・・だが、この二人の間にはどうやっても入り込むことのできない特殊な絆ができている。
たとえ記憶がなくとも、それは揺るがず根底にあるに違いない。
共に過ごす中でもしかしたらあいつは・・・・・・・


そこまで考えると司は苦笑した。
己のあまりにも身勝手な考えに。
誰のおかげでつくしが今無事でいられると思ってる?
数年放ったらかしにしていた自分に何かを言う資格などない。

命が助かっただけでも充分じゃないか。
生きていてくれればそれでいい。


あいつが俺を取り戻してくれたように、今度は俺があいつを取り戻す・・・・・・・!



「・・・・類、頼みがある」
「・・・・・何?」






「牧野を・・・・・あいつをうちで面倒みさせてくれないか」







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あなたの欠片 7
2014 / 11 / 10 ( Mon )
「いらっしゃいませ。中へどうぞ」

深く頭を下げる使用人をほとんど視界に捉えることもなく中へと足を踏み入れる。
その足は迷うことなくある一点を目指していた。
きっと、おそらく今日もあそこにいるに違いないだろうという確信を持って。


やがて視界が開けてきた先に色とりどりの草花が見えてくる。
そこに視線を送るとやはり目的の人物がそこにいた。
キラキラと輝く太陽を全身に浴びながら、目の前に咲き誇る大輪の花をニコニコと見つめている。


「やっぱここにいたのか」

突然聞こえてきた声にハッと顔を上げると、元から大きな瞳がさらに大きく見開かれた。

「・・・・・・道明寺さん・・・・」

呟くように出た言葉には驚きと戸惑いが滲んでいた。司は大きなストライドで近付いていくと、つくしの隣へと立ちそのまま膝をついて視線を合わせた。

「さんはいらねぇっつってんだろ?」
「え、でも・・・・・」
「道明寺でいい」
「・・・・・・なるべく善処します・・・・。あの、スーツが汚れますよ・・・?」

車いすに座った自分の目線に合わせるようにしゃがみ込んだ司の膝は地面についている。
着ているスーツは一般人のつくしが見てもはっきるわかるほどに高級そうな仕立てで、おそらく一着数十万円はするのではないかと思われる。つくしは汚れがついてしまうことが気が気じゃなかった。

「別に構わない」
「でも・・・・」

足元を見ながらオロオロするつくしを見て司はフッと笑う。

「だから気にすんな。俺がいいっつってんだから大丈夫なんだよ。それにいざとなればスーツの替えはいくらでもある」
「そうなんですか・・・?」
「あぁ」

その言葉を聞いてようやくつくしがホッとしたように息を吐いた。

「で、お前は何やってたんだ?またひなたぼっこってやつか?」

司の口から出たひなたぼっこという言葉につくしの頬が緩む。初めてきちんと会話をしたときもやはりつくしはここにいて、あの時も何してるんだと聞かれた。特に目的はなく、綺麗な花を見ながら太陽の温かい光を感じていたかっただけで、思わず口をついて出たのが「ひなたぼっこ」だった。

「ふふ、・・・・・はい」
「今日はまたいい天気だな」
「そうですね」

空を見上げた司に続いてつくしも上を見ると、思わず目を細めてしまうほどの太陽が燦々と照りつけていた。真っ青な秋空に宝石のように浮かんで輝いている。天気のいい日はこうして気分転換も兼ねて庭で過ごすことが多い。

「体調はどうだ?」
「あ、大丈夫です。少しずつ良くなってきてます」
「また無理して歩く練習なんかしてねぇだろうな?」
「・・・・・・大丈夫です」
「・・・・・今間があっただろ」
「いえ、大丈夫です」
「・・・・・・まぁいい。とにかく無理はすんじゃねーぞ」
「・・・・・はい」

フッと笑った司と目が合うと、何故だかつくしの胸がぎゅうっと締め付けられた。



あの日・・・
初めて司をこの邸で見てからというもの、彼は時折こうして時間を見つけては自分に会いに来る。
類の説明によれば彼も高校の先輩で類達と仲が良かったらしい。
だが自分には全くその記憶がない。
いずれ彼のことも思いだせるのだろうか・・・・?
つくしは目の前で笑う男の顔を見ながらぼんやりと考える。

「あの・・・大丈夫なんですか?」
「あ?何がだ?」
「お仕事の合間に来られてるんですよね?時間は大丈夫なのかと思って・・・」
「大丈夫じゃなきゃ来ねぇだろ」
「でも、凄く大きな会社の副社長をされてるんですよね?そんな人がこんなところで時間を潰してるなんて・・・・・っ?!」

突然つくしの体がぴくりと反応する。
話している最中、いつの間にか司が大きな手を伸ばして自分の頭にのせてきたからだ。
大きな手はいとも簡単に自分の頭を包み込むと、そのままわしゃわしゃと動き始めた。

「ちょ、ちょっと・・・・?!」
「大丈夫だからお前は心配すんな。自分にできることとできないことの線引きぐらいちゃんとわかってる。俺が自分で大丈夫だと判断した時間を使って来たくて来てんだ。お前がいちいち気に病む必要はねぇ」
「・・・・・・・・はい・・・」

ガシガシと動いていた手の動きがフッと優しいものに変わる。
それに合わせるようにつくしが視線を上げると、すぐ目の前で司がとても優しい顔で笑っていた。

ドクン・・・・・

また・・・だ。
彼のこういう表情を見る度に何故だか胸が苦しくなる。何故なのだろうか?
そもそも、何故彼はこんなにも自分に会いに来てくれるのか。
しかも大企業の上に立つ人間がただの一般人の自分なんかのために。
類が言うには仲が良かったからだと言うが、年齢も違う、住む世界も違う自分がどうして彼らと接点を持つことができたのだろうか。類だってこんな大きな邸に住むほどのお金持ちだ。
・・・・・・わからない。やはりどれだけ考えてもわからない。


「あんま難しく考えんなよ」
「え・・・・?」
「自分の記憶がないからってあれこれ考えんな。焦ったって自分が苦しくてイライラするだけだ。いつかその時がきたら必ず戻るって信じて待ってりゃいいんだ」
「道明寺さん・・・・・?」
「だからさんはいらねぇっつったろ?」
「あ」
「・・・・フッ、早く慣れろよ」

そう言って髪をくしゃっとされた瞬間、これまでで一番大きくつくしの胸が高鳴った。
こんなに見た目の素敵な男性に触れられたりするから・・・・落ち着け心臓!!
自分にそう言い聞かせるが、目の前の男は変わらず優しい目でこちらをじっと見つめている。
その視線に耐えられなくなってつくしがギュッと目を瞑った瞬間だった。


ピリリリリリッ


二人の間をアラーム音のようなものが響き渡る。
すると司が苦虫を噛み潰したような顔でスーツのポケットから何かを取り出した。

「・・・・チッ、時間切れだ。仕事に戻んなきゃなんねぇ」
「あ・・・」
「あ、そうだ。これ」
「え?」

思い出したように司が反対のポケットから何かを取り出す。男性の手のひらサイズほどの小さな小箱を出すと、つくしの右手を取りそっとのせた。

「・・・・・あの、これは?」
「なんつったかな。まぁどっかの人気店のチョコレートだ。これでも食って元気出せ」
「あ、ありがとうございます・・・」
「おう。何でも欲しいもんがあったら言え。いくらでも持ってきてやるから」
「ふふ、ありがとうございます。でも花沢類にも同じ事言われるのでもうこれ以上は困ります」

笑いながらつくしが放った何気ない一言が司の心を抉る。

『花沢類』

記憶のないはずのつくしが類をそう呼んでいるということは、それだけ類と重ねた時間の長さを如実に物語っている。未だに「道明寺さん」としか言ってもらえない自分とは明らかな隔たりがあるということも。
司は一度閉じた目をゆっくりと開くと、先程と変わらない笑顔でつくしを見つめた。

「じゃあまた来るから。とにかく無理するんじゃねぇぞ。心も体も焦りは禁物だからな」
「・・・はい。ありがとうございます」

柔らかい笑顔で頭を下げたつくしを見ると、司は立ち上がり膝についた埃を叩く。そして最後にポンポンとつくしの頭を撫でると、軽く手を上げて颯爽と入り口の方へと歩いて行った。見えなくなる一歩手前で振り返ると、もう一度手を上げながらじゃあなと言って出ていった。
そんな司の姿をつくしは見えなくなった後もじっと見つめ続けていた。





*****

ガチャッ、バタン

「お疲れ様でした。この後は社に戻る時間はありませんのでそのまま次の場所へと移動になりますがよろしいですか?」
「あぁ」

リムジンに乗り込んで早々西田にスケジュールを告げられると、フーと息を吐き出しながら司はその身を背もたれに預けた。




『俺は反対だよ』
「あ?」
『牧野を司の邸に連れて行くことは反対』
「なんでだよ!」
『考えてもみなよ。牧野にとっては今はまだ何一つ消化しきれてないんだ。体が不自由なことも、俺の家にいることだって。その上またお前の所に移動なんてなったらどうなる?牧野にとってお前は初対面なんだ。余計な混乱を与えるだけだ』
「・・・・・・・・・・」

『・・・・・・・ちゃんと彼女が受け入れられるようにしてからだよ』
「・・・・・・?」
『きちんと彼女との距離を詰めてから。それからでも遅くない。焦ったら事態は悪化するだけだよ、司』
「類・・・・・」




親友の言葉は一言一句正論で何一つ反論などできなかった。
本音を言えばすぐにでも邸に連れて帰りたい。
タマだけじゃない、牧野を慕っている使用人だってたくさんいる。決して彼女にとって悪い環境ではないはずだ。
だが事を急ぐと精神的に余計な負担を与えてしまうことも事実だ。

・・・・・・・・昔の自分がそうだったように。

そう。記憶喪失に陥ったとき、思い出せない自分に焦り、苛立ち、毎日もがき苦しんだ。
つくしの今の心境を一番わかってやれるのは自分だろう。
そして今、あの時のつくしが一体どんな想いだったのか、身をもって知ることとなっている。
つくしと違って激しく拒絶を示していた自分の方がよっぽど彼女を苦しめていたに違いない。


あれ以来、少しでも時間が作れそうなときはこうしてつくしに会いに来る。
ほんの数分の時だってある。
それでも、つくしの姿を一目見ればどんな疲れでも吹き飛んでいった。



「その時が来ると信じて・・・・・・か」



それはすぐそこなのか、ずっと先なのか、あるいは一生ないのか・・・・・・
誰にもわからない答えを探すように、司は窓の外を流れる景色をぼんやりと見つめた。






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あなたの欠片 8
2014 / 11 / 11 ( Tue )
「昨日司が来たんだって?」

翌日、久しぶりに夕食で顔を合わせた類が開口一番尋ねる。
彼もまた会社の重役を務めているらしく、日によって早かったり遅かったりと、同じ邸で過ごしていても思ったほど顔を合わせることはない。

「あ、うん・・・・」
「何、その顔は。何か気になることでもあるの」

以前から思っていたが、類はつくしのほんの少しの変化も見逃さない。
今も自分では表情を変えたつもりはないのだが、何か考え事をするとすぐに見抜かれてしまう。

「大丈夫なのかなと思って・・・・」
「何が?」
「時々ああやって仕事の合間に来てもらって、仕事の方は大丈夫なのかなって・・・・」
「本人が大丈夫って言ってるならそうなんでしょ」
「・・・・・・どうして・・・・彼はどうして私に会いに来るんでしょうか?」
「敬語。いらない」
「あ、ごめんなさ・・・・ごめん」

記憶にはない、しかも年上の凄い家柄の相手にため口で話すなんてできないと何度も訴えたが、その度に却下され続けてきた。そして呼び名にさんをつけることも。
何度も何度もできるできないの応酬を繰り返し、最近になってようやく慣れてきたのだが、油断するとこうしてつい出てしまう。

「疑問は本人に聞いてみるのが一番なんじゃない?」
「でも・・・・」
「何?何か聞きづらい理由でもあるの」
「そういうわけじゃなくて・・・・」
「じゃあ自分で聞いてみなよ。司ならちゃんと答えてくれるよ」
「・・・・・う、ん・・・」

確かに類の言う通りなのだろう。でも一体何と聞けばいいのか。
そのまま「どうして私に会いに来てくれるんですか?」と聞けばいい?
でもそれだとなんだかあまりにも自意識過剰な気がして・・・・・

「ぷっ、あんまり深く考えるなよ」
「えっ?」
「自意識過剰でもなんでもないから。深く考えずに聞けばいいんだよ」
「う、うん・・・・って、えっ?自意識過剰って・・・・?」

どうしてその言葉が?まさか彼には心の中を読む力でもあるんだろうか?!
驚いて戸惑うつくしを見ていた類がプッと吹き出す。

「俺は超能力者でもなんでもないから。単にあんたが口にしてただけ」
「・・・・・えっ」
「あんた、昔から考え事してるときに心の声がよくダダ漏れしてるんだよ」
「そ、そうなんですか?!」
「そう」

そ、そんな・・・・恥ずかしすぎる。
すっかり見慣れたような口調につくしは自分の間抜けっぷりにガックリ肩を落とす。

「いいんじゃない?それがあんたらしさなんだし」
「私らしさ?」
「そう。たとえ記憶がないんだとしてもあんたは変わってないってことだよ。だからあまり深く考えるのはやめな」
「う、うん・・・・ありがとう」
「別にお礼言われることなんてしてないよ」

ふわっと、柔らかく微笑むその姿は不思議と心を落ち着かせてくれる。
初めて見たときも思ったけれど、本当に王子様みたいな人だなぁ・・・・
花沢類といい、道明寺さんといい、一体何をどうすれば自分のような人種が彼らに出会い、そしてそれなりに親しい間柄になるのだろうか。いくら記憶がないとはいえ、普通に考えてもあり得ないその状況が不思議でしょうがない。



あの日__
つくしが目を覚まして記憶がないとわかってから、混乱するつくしを落ち着かせるように類は色々な言葉をかけてくれた。
ショックで泣き崩れる家族を落ち着かせてくれたのも彼だ。幸い、家族のことははっきり覚えていた。だが今は離れて暮らしていることなどは覚えていない。
自分が今23歳だということはわかる。社会人なのだということも。
しかし、断片的にわからないことが数多くある。どのような高校時代を過ごしたのか、卒業後は?勤めている会社は?わかることとわからないことが過去と現在で混在している状況で、自分でもどう整理をつけていいのかがわからなかった。複数の点が存在していても、それがどう繋がるのかがわからないような感覚だ。

そして問題は記憶だけではなかった。
最短でも全治半年と診断された怪我は、歩くことも手を自由に使うことも困難なものだった。母親だけ東京に残って介護をしてもらう方向で話を進めていたが、それを引き止めたのもまた類だった。
元々これが病院なのだろうかと言うほど豪華な病室に、手厚い看護が24時間体制で受けられる。そんな病室に置かれていた。一日入院しただけでも目玉が飛び出るだろう場違いなところにいつまでもいることはできないと申し出たが、事故に遭ったのは自分にも責任があるからと、絶対に譲ろうとはしなかった。お金のことは一切気にする必要はないと言われたところで到底無理な話だったが、彼の決意は固く、最終的にはつくしの方が根負けした形となった。

だがそれだけでは終わらない。
入院生活は2ヶ月ほどを過ぎ、やがて退院を迎えようとした頃、またしても類がとんでもないことを言い出した。

「うちの邸に来なよ。その体で一人暮らしは無理でしょ」

確かに彼の言う通り、左手左足にギプスをつけたままの生活は困難を極めるだろう。利き手利き足じゃなかったのがせめてもの救いだったとはいえ、これ以上彼の世話になるわけにはいかない。当然ながらつくしはその申し出を断った。迷惑をかけるが弟の世話になるしかないと思っていた。そのような手筈となっていた。
はずだった。

迎えた退院当日、両親も弟も現れることはなかった。どういうことかと電話してみれば、あっけらかんと信じられないことを告げられた。

「花沢さんがどうしてもとおっしゃるから。こんなに有難い申し出はないじゃないの!ここは御言葉に甘えて面倒見てもらいなさいっ!」

思わず卒倒しそうになった。
類はつくしの説得ではなく家族に手を回していたのだ。それはもう用意周到に。両親の性格をよく熟知した上で全てを計画通りに進めていたのだろう。元々玉の輿に目がなかった両親ならいとも簡単にその提案にのったに違いない。
家族の協力を得られないのであればどうやっても日常生活を送ることは不可能だ。
つくしはミーハーな家族を恨みつつ、もはや受け入れる以外に道はないと渋々受け入れることにした。




あれから約一ヶ月。
お金持ちだとは思っていたが、想像の遥か上をいく豪邸、病院と何ら変わらず24時間体制でお世話をしてくれる使用人の存在。全てが驚きと戸惑うことばかりだったが、快く自分を受け入れてくれた邸の人間の優しさに徐々につくしの緊張も解けていった。
どちらにしてもここでお世話になるしかないのだから、それならば一日でも早く元気になれるようにしよう、そう気持ちを切り替えることにした。



「そういえば今度司の邸で帰国の祝いを兼ねて皆で集まることになったから」
「え?・・・・そうなんですか」

彼の名前が出てくると何故だか胸がざわざわする。
ああやって時間を割いてわざわざ会いに来てくれるから変に意識してしまうのだろうか。
・・・やっぱり自意識過剰で恥ずかしい。

「牧野、あんたもだよ」
「え・・・・えぇっ?!私もですか?!」
「当然だろ。むしろ皆あんたに会いたがってる。どっちかと言えば司の方がおまけなんじゃない」

そう言って類はクスッと笑う。
皆というのはおそらく西門さんや美作さん、滋さんに桜子さん達のことだろう。残念ながら彼らのことも記憶にはなかったが、何度もお見舞いに来てくれた。信じられないことに、彼らとも親しい友人だったのだという。
この邸に来てからは数えるほどしか会えていないが、彼らと過ごす時間は嫌いではない。会えること自体は素直に嬉しいのだが・・・

「でも、道明寺さんが何て言うか・・・」
「あはは、むしろ一番待ってるのは司でしょ。とにかく皆あんたに来て欲しいんだよ。もう決まりだから」
「う、うん・・・・」

この3ヶ月でなんとなくわかってきたのだが、類は基本とても優しいが、こうだと決めたことは絶対に譲らないところがある。強引に押しつけるというよりも、気が付けばそれ以外の逃げ道を作らせずに周りから取り囲んでいくような感じだろうか。
さすがは会社の重役を務めるだけの人物、自分よりも一枚も二枚も上手ということなのだろう。




****

「ふぅ、疲れた・・・手だけでもいいから早くギプスが取れないかなぁ」

ゆっくりとベッドに腰掛けるとつくしは恨めしそうに自分の左手を見つめた。
あれから使用人の介添えを受けながらシャワーを浴びたが、半身が思うように使えないため手助けを借りても終わった後にはぐったり疲れてしまう。おまけに女性とはいえ人の目があるかと思うと正直全くリラックスできない。とはいえずっとお風呂に入らないわけにもいかないので我慢するしかないのだが。感謝だってしなければならない。

ふっと、見つめた左手の先にあるものが目に入ってくる。
サイドテーブルに置かれた複数の手のひらサイズの綺麗な小箱達。木製のものもあれば子供心をくすぐるような缶ケースタイプ、さらにはクリスタルかと見紛うほどの輝きを伴ったガラスケースまで、一つ一つを見比べているとそれだけでも飽きないほどデザインも造りもこだわりがあるものばかりだ。

「きっとものすごく高級品なんだろうなぁ・・・・・」

そう言うとつくしは一つの箱を手に取り上にかざして見つめた。
それらは全て、司が来る度に帰り際に手のひらに握らせていく置き土産だ。最初はキャンディだった。次はクッキー、金平糖、そして昨日はチョコレート。来る度にその中身は違う。
彼がどういうつもりで自分に会いに来て、そしてこんなことまでしてくれるのかはわからない。戸惑いはあるが決して嫌ではない。むしろ最近はほんの少しだけ楽しみにしている自分がいる。


「道明寺司さん・・・・・か。記憶が戻ればまた何かわかるのかな・・・・」


手にしていたケースを元の場所に戻すと、つくしはベッドに体を潜り込ませゆっくりと瞳を閉じた。









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あなたの欠片 9
2014 / 11 / 13 ( Thu )
「そんなに緊張しなくていいのに」
「む、無理っ・・・・!」
「変なの」
「変じゃないよ!むしろ変なのは花沢類達の方でしょ?!」
「なんで」
「なんでって・・・普通の人はこんな車に乗らないの!」
「ふぅーん。そんなもん?」
「そんなもんです!」

いまいちよくわからないといった様子で類が背もたれに体を沈める。
その背もたれもまた極上の感触で、5分かからずに熟睡してしまいそうなほどだ。
退院したときも含めて何度か乗ったことがあるが、一生かかってもこのリムジンというものには慣れそうにない。大人数人が足を伸ばして寝ても何の問題もないその広さに極上の乗り心地。そもそもつくしの家には車すらないのだ。そんな家庭で育ったつくしにとって、最近のこの180度正反対の贅沢な暮らしぶりは目が回るほどの変化だった。

そして緊張している理由はそれだけではない。

「あの・・・・道明寺さんの家もやっぱりすごいんだよね・・・・?」
「そうだね。うちより大きいよ」
「えっ、あれよりもさらに?!」
「司の家に比べたらうちなんか小さい方じゃないの」
「ち、小さいっ?!」

あまりの衝撃の事実につくしの開いた口が塞がらない。
類の邸だって普通の一軒家が優に数十軒は入るほどの広さがあるというのに、それすら小さくなってしまう家だなんて一体どれだけのものだというのだろうか?!

「そ、そんなところに私が行ってほんとにいいのかな・・・」

今さらながら不安でいっぱいになる。
類はそんなつくしの様子を半分呆れたように笑う。

「いいに決まってるじゃん。この前も言っただろ?むしろ皆あんたに会いたがってるんだって」
「う、うん・・・・」
「それに。あんた自身はあそこに行くのは初めてじゃない。顔なじみの使用人だってたくさんいるはずだ」
「え、本当に?」
「そうだよ」
「そ、そうなんだ・・・・。そっか、ちょっとだけ安心した。そうなんだぁ~。・・・でも道明寺さんのお邸にまで行ったことがあるなんて、一体どんな生活してたんだろうね。我ながら信じられないよ」
「・・・・・・・」


類に話を聞いてから10日。今日は司の邸に皆で集まる日だ。
記憶のないつくしにとって、お金持ちの彼らと自分が友人だったということも信じられなければ、その中でも特に大富豪である司の邸に行くことが初めてではないということも俄には信じられない話だった。だが類が言うには一度や二度ではなく使用人とも顔馴染みだという。
そんなに親しい間柄だったのだろうか?だからああやって時折会いに来てくれているのだろうか・・・?

「また深く考えてる」
「え?」
「悶々と悩むくらいなら直接聞きなよ。どうせ今から会うんだし」
「う、うん」

結局、チョコレートをもらったあの日を最後に司とは会っていない。
聞くところによれば最近アメリカ支社から帰国したばかりらしい。つくしには到底想像もつかない世界だが、普通に考えて相当忙しい状況なのではないだろうか。それなのに時折時間を割いてお見舞いに来てくれていることにありがたいと思う一方で、何とも言葉にできない申し訳なさがつくしの中に芽生えていた。

「他の皆さんに会うのも楽しみです」
「あぁ、最近来てないからね。あいつらも牧野に会うのが楽しみなんでしょ」
「ふふ、嬉しいです」

他のメンバーとも最近会えていない。皆社会人なのだから忙しくて当然だ。しかもそれぞれが凄い家柄の育ちばかり。しつこいようだが、考えれば考えるほど自分がその中にいることが摩訶不思議で仕方がない。

「ほら、着いたよ」
「え?・・・・・・・・・!!」

類の視線の先に目をやるとつくしは次の言葉を失った。
どこのお城かと見紛うほどの広大な敷地に建物の数々。こんな場所がよく都内にあったものだと感動さえしてしまうその場所は自分の予想の遥か上をいっていた。

こんなところに住む人が何故・・・・・?

彼らとの出会いもわからなければ親しくなった経緯すらわからないつくしにとって、ますます不安になるには充分過ぎるほどの邸が目の前にはそびえ立っていた。


「じゃあ行こう。手ぇ出して」
「あ、うん。ありがとう」

ギプスの外れていないつくしはまだ自分で思うように動くことはできない。類の手助けを借りながらゆっくりと車から降りるとそのまま車いすに移動した。この電動車いすも類が与えてくれたものだ。実際のところ車いすがなければ移動すらできなかったわけだが、まさか電動まで準備してくれているとは思いもしなかった。片手が使えないのであれば車いすを押すこともろくにできない。類はそこまで考えてくれていたのだろう。
だが電動車いすはかなりの値段がするはず。しかも見たところ相当高い性能のものだ。ホテルのような病室に車いすまで、つくしはありがたいよりも申し訳ない方が先に立って気が気ではなかったが、当の本人はさも当たり前のことのように気にした様子もない。
毎日のようにありがとうとごめんなさいを繰り返すつくしに、「あんたのありがとうとごめんなさいは聞き飽きた」と何度言われたことだろうか。

つくしがスイッチに手を伸ばしたところで車いすが動き始める。驚いて後ろを見れば類が車いすを押して歩き始めていた。

「えっ・・・・?花沢類?!大丈夫だよ!自分で行けるから!」
「別にいいよ。どうせ同じ方向に行くんだから」
「でも・・・・」
「つべこべ言ってる間に移動した方が早いんじゃない」
「う・・・・・ごめんね、ありがとう」
「だからそれはもう聞き飽きた」

フッと笑うと類はそのまま足を進める。門扉をくぐってしばらく歩いて行くと遠目に見ても大きかった邸が徐々に近付いてきた。あらためて目にしたその大きさにつくしは思わず息を呑んだ。

「すご・・・西洋のお城みたい」
「はは、確かにそうかもね」

「牧野様っ!」
「えっ・・・・?」

ようやく玄関が見えてきたところで待ち構えていた使用人と思しき女性が数人駆け寄ってくる。つくしにとっては当然初対面だが、類の話からすると相手は知っているのだろうか?つくしはただキョトンとすることしかできない。やがてつくしの目の前に辿り着くと一人の女性が目に涙を溜めてつくしの前に膝をついた。

「牧野様っ、こんなに大変な目に遭われてっ・・・・・」
「あ、あのっ」

突然目の前で涙ぐむ女性につくしはオロオロする。そんなつくしの様子を見て女性は思い出した様にハッとした。

「あ・・・!ごめんなさい!そうでした、牧野様は今・・・大変失礼致しました。とにかくお命が無事で何よりです。こうしてまたここに来ていただけたこと、使用人一同心より嬉しく思っております。さぁどうぞ、中へご案内致します」
「あ、ありがとうございます」

使用人は類に会釈をするとそのまま車いすを受け取り押し始めた。ドキドキと落ち着かない胸を押さえながら中へと入っていくと、入ってすぐのところに小さな老婆が立っているのが見えた。その女性はじっとつくしを見つめている。

「つくし、よく来たね」
「え?あ、あの・・・・・?」
「いいんだよ。あんたの事情はわかってるから。私はタマ。あんたの先輩だよ」
「せ、先輩?!」

どう控えめに見ても70は超えているであろうこの女性が何をどうすれば自分の先輩に?そもそも何の先輩だというのか。体中に??????を貼り付けたつくしを見てタマが豪快に笑う。

「あっはははは!細かいことはいいさね。とにかくあんたとここの人間は顔馴染みなんだ。何の遠慮もいらないよ。さ、坊ちゃん達がいる部屋へ行きな。皆がお待ちかねだよ」
「は、はい・・・」


・・・・・なんだろう。誰なのかはわからない。
わからないのに、この人を見ていると不思議なほど心が穏やかになる。そして周囲にいる使用人達の視線も温かい。自惚れなんかじゃなくて全身でそう感じる。
さっきまで緊張でガチガチだった心が不思議なほど凪いでいくのをつくしは感じていた。




****

「こちらで皆さんお待ちです。司様は今お電話中のためすぐにお戻りになるとのことでした」
「ありがとうございます」

案内された部屋は扉だけでも重厚感が漂っていて、ガチャッと開けた音まで高級に聞こえてくるのは気のせいだろうか。

「あっ、つくしーーーー!!」
「お、やっときたか」

扉を開けた途端、全員の視線がつくしに注がれる。滋と桜子は声をあげながら駆け寄ってきた。

「つくしっ!!待ってたよ!」
「先輩、お久しぶりです」
「う、うん。お待たせしました」
「やだ~!親友なんだから敬語なんかやめてって言ったじゃーん!」
「あ・・・ごめん」
「そうそう。その調子ですよ」

カラッと豪快に笑う滋におしとやかな微笑みを浮かべる桜子。どちらも綺麗でこれまたどこかのご令嬢らしい。そして自分の親友なのだそうだ。

「よう牧野」
「あ、こんにちは、西門さん」
「体はどうだ?少しは良くなってきたか?」
「美作さん・・・・はい。おかげさまで順調によくなってます」
「おいおい、俺たちへの敬語もやめてくれよ。お前が俺たちに敬語使うなんて、なんかむず痒いだろ」
「で、でも・・・・」
「まぁ無理はしなくていいけどよ。気を使う間柄じゃないってことだ。だから緊張なんかすんなよ」
「・・・・はい」

・・・・皆優しい。
自分の事を本当に想ってくれているのがよくわかる。それは今日だけではなくて。
信じられないけれど、彼らと仲が良かったというのはきっと本当のことなのだろう。そうでなければここまでしてくれるはずがないのだから。彼らのことを思い出せないのは心苦しいけれど、こうして彼らと過ごす時間は純粋に楽しい。それならばそれを自然と受け入れよう、つくしはそう考えていた。



ガチャッ

「おう、よく来たな」

自分のすぐ後ろから聞こえてきた声に振り返る。

「道明寺さん・・・・・」

久しぶりに見るその姿につくしの胸がトクンと音を立てた。









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00 : 10 : 00 | あなたの欠片(完) | コメント(4) | page top
あなたの欠片 10
2014 / 11 / 14 ( Fri )
「それじゃあ司の帰国と牧野の退院を祝して、」
「「「「「かんぱ~~~い!!!」」」」」

つくし以外は全員シャンパンの入ったグラスを、つくしはオレンジジュースを手にカツンと音をたてると、シャンパン組は一気に中身を煽っていく。

「はぁ~、おいしいっ!つくしも怪我が治ったら一緒に飲もうね!」
「う、うん」
「それにしても災難だったよな。大怪我とはいえそれくらいで済んでよかったよ」
「本当ですよね。下手したらもうこの世にいなかったかもしれないんですもんね」

全員の視線がつくしの左手と左足に注がれる。誰も彼もが見目麗しい者ばかりで、ただ見られているだけなのにその威力は凄まじい。

「ギプスはまだまだ外れそうにないんですか?」
「あ、来週の検査で大丈夫そうなら手だけは外れるって言われたかな」
「そっかー。手だけでも自由になればかなり楽になるんじゃない?」
「うん。早くその日が来て欲しい」
「そうだよね~。足はまだかかりそう?」
「多分・・・足は結構ひどかったみたいだから仮に外れてもリハビリが必要みたいで」
「そうなんだ・・・・ほんとに命が無事でよかったよぉ、つくしぃっ!!!」
「きゃっ?!」

感極まった滋が突然つくしの体にギュウッとしがみつく。ちょうどつくしの顔の前に思いっきり胸があたる形となっており、意味もなくドキドキしてしまう。滋さんナイスバディなんだ・・・・なんてドキドキしていたが、それも最初のうちだけで徐々に息苦しさを覚え始めた。

「う・・・・ぐるじい・・・」
「ちょっと滋さん!滋さんが殺してどうするんですか!」

もごもごともがくつくしからベリッと滋の体を引き剥がすと、桜子は呆れたように説教を始めた。

「ごめんごめん!嬉しくてつい」
「クッ、お前は相変わらずだな」

黙ってやりとりを見ていた司がクッと笑う。その笑顔を見てまたつくしの胸がギュッとなった。
(また、だ・・・・。どうしてだろう。自意識過剰な自分が恥ずかしい・・・・)

「司こそ!この3年全然連絡もよこさないで!一体どうしてたのよ?!心配したんだからね!」
「あ?仕方ねーだろ。それどころじゃなかったんだから」
「それどころって・・・そんな言い方しなくてもいいじゃん!そりゃあほんとに大変だったのはわかるけど・・・・でもたまに連絡するくらいしてくれたっていいじゃん!」
「うるせーな。俺には俺の考えがあんだよ」
「何よその言い方!」
「何って別に普通だろーが」

売り言葉に買い言葉、ほんの一瞬で一気に険悪な空気に変わってしまったことにつくしはオロオロ戸惑いを隠せない。すぐにあきらが仲裁に入るが滋のボルテージは上がる一方だ。

「おい滋、やめとけよ」
「だって!皆だってものすごく心配したでしょ?!どんなに頑張っても直接コンタクトが取れないし、入ってくるのはゴシップネタばっかりで・・・前のことだってあるからもしこのままだったらって・・・皆だって思ったでしょ?!」
「・・・・・・・」

昔のことを思い出して全員が黙り込む。
司も何も言わずにただソファに腰掛けているだけ。

「司には司の考えがあったのかもしれないけど、つくしだって頑張ってたんだから!司はをそれを知らないからそんな言い方ができるんだよ。つくしは・・・・・・」
「滋っ!!!!!」

突然大声で叫んだ司に滋の体がビクッと跳ねる。見れば直前まで座っていた司が立ち上がって鋭い視線で自分を睨んでいた。

「俺に言いたいことがあるなら言えばいい。でも今ここで言うのはやめろ」
「え・・・あっ・・・・!」

その言葉にハッとしてつくしを見ると、突然出てきた自分の名前に戸惑った様子のつくしが自分たちを見ていた。

「あっ・・・ごめんつくしっ!!あたし興奮して変なこと言っちゃった・・・何でもないから気にしないで、ねっ?」
「う、うん・・・・・?」

自分の腕を掴んで必死で取り繕うとする滋の姿にますますつくしの胸中は複雑になる。
なんだろう、さっきの会話は・・・
まるで自分が彼と何かあったような口ぶりだった。まさか・・・・?

「先輩、おいしいものがたくさんあるんですから食べに行きませんか?」
「え?」
「ほら、そこにいっぱいあるじゃないですか。行きましょう」
「う、うん」

戸惑うつくしを落ち着かせるように微笑むと、桜子は車いすを押して部屋の奥にあるテーブルへと移動する。そこにはどこのホテルかと思うほどの豪華な料理の数々が所狭しと並べられていた。

「わぁ、凄い・・・おいしそう!」
「でしょう?せっかくなんですからいっぱい食べましょう。何がいいですか?私取りますから何でも言ってください」
「ありがとう。じゃあ・・・・・・」


桜子の咄嗟の機転でつくしの顔から不安が消えていく様子に、遠目に見ていた残りのメンバーはホッと胸を撫で下ろした。

「ごめん、あたし・・・・・」

興奮する余り、つくしのことも忘れて言いたい放題だった自分に滋は意気消沈している。

「そんな落ち込むな。お前の気持ちはよくわかる」

肩を落としてガックリと項垂れる滋の背中をポンポンとあきらが叩くと、今にも泣きそうな様子で滋が顔を上げた。

「司・・・・これだけは教えて」
「あ?」
「信じていいんだよね?」

滋が発したのはたったその一言だけ。人が聞けば一体何の話をしているのかさっぱりわからないだろう。
だが今ここにいる人間にはそれだけで充分だった。
応か否か、司の口から欲しい答えも一言だけでいい。

ほんの一瞬の沈黙の後、司の口からフッと息が漏れる。

「なんのために俺が死ぬ気でやってきたと思ってんだ」
「え、それじゃあ・・・・?」
「お前は余計なこと考えなくていい。俺に任せとけ。自分の始末はちゃんと自分でつけっから」
「司・・・・・」

そう言った男の顔はどこかスッキリとしていて。全身から自信が漲っていた。
実際のところどうなっているかはわからない。わからないけれど・・・・今目の前の男の姿を見るだけで充分だ。滋にはそう思えた。

「・・・・・・わかった。信じる。・・・よ~し、つくし~、桜子~!滋ちゃんも食べちゃうよ~!!」

司に向かって大きく頷くと、次の瞬間にはパッと顔を綻ばせてつくしたちのいる方へと飛んでいった。そこでは既につくしと桜子が楽しそうに料理を嗜んでおり、そこに滋が加わると一気に賑やかな空気に変わっていった。楽しそうに笑っているつくしの姿は、見ているだけでは前と何一つ変わっていないように見える。

「司、俺たちも信じてっから」

じっと目を細めてつくしを見つめている司の背後から総二郎が声をかけると、司は振り返ることなくつくしを見つめたまま一言だけ答えた。

「たりめーだろ。俺を誰だと思ってんだ」

たった一言だが自信に満ち溢れたその言葉に、総二郎もあきらも顔を見合わせるとどちらからともなく安堵の息を漏らした。

「よし、俺らも食うかぁ」
「だな。司、お前も食えよ。ってお前んちだけどな」
「はは」

足取り軽くつくしたちのところへ移動する二人を見送ると、司もゆっくりとその体を起こした。





*****

「はぁ、食べ過ぎちゃった」

手を拭きながらそのままその手をお腹にあてる。中に子どもでも入っているんじゃなかろうかと思えるほど見事にパンパンだ。一瞬だけ不穏な空気になったことが嘘のように、あの後は大いに盛り上がった。つくしには彼らの記憶はないが、それでも一緒にいると楽しい。なんでもない、取るに足らない話一つでも笑い声に変わる。彼らとの友情は確かにあったのだと、言葉には表せない部分で実感していた。

そしてもう一つ気になることがある。
皆でなんだかんだと盛り上がっている間、ずっと司の視線を感じていた。結局彼と言葉をまともに交わしたのは最初部屋に入ってきた時ぐらいで、あとはほとんど滋や桜子、総二郎達とのやりとりばかりだった。司と類は特段何か話すでもなく近くに座ってただ様子を見ているだけ。
だが司の視線は常にと言っていいほどつくしにあった。ふとした瞬間に視線を送れば必ず彼のそれとぶつかった。それは横を見ているときも後ろを見ているときもずっと感じていたことで・・・・
少し前の滋の会話が脳裏をよぎり、色んな想像が頭を駆け巡ってしまう。

「あぁ~、いやだなぁ。ほんとに自意識過剰すぎて自分でもやになっちゃう」

つくしは鏡に映る自分の頬を叩くと、はぁ~っと息を吐き出した。



「・・・・・・・あれ?」

廊下に出るとお手洗いまで連れて来てくれたお手伝いさんの姿が見当たらない。さっき確かにここでお待ちしていますと言っていたはずなのに。急用でもあったのだろうか。

「ま、いっか。えーと、こっちでよかったよね」


広すぎる廊下をキョロキョロ見渡したとき、つくしの視線がある一点でピタリと止まる。

・・・・・・・・・どうして。

ドクンと大きく音を奏でた胸を咄嗟に右手で抑えた。


「よぉ」
「道明寺さん・・・・・」
「だからさんはいらねぇっつってんだろ」

視線を送った少し先に、壁にもたれ掛かるようにして司が立っていた。
長い足を出して数歩進むとあっという間につくしの前までやってきて、いつものように膝をつけて視線を合わせる。

「あ、あの・・・・・」
「悪かったな」
「え?」
「最近会いに行けなくて。ちょっと仕事が立て込んでてな」

全く予想外のことを言われてつくしは驚きを隠せない。
まさかそれを言うためだけにここで待っていた・・・・?
そんなばかな。

「い、いえいえいえ!!謝る必要なんてないですから!!むしろお礼を言うのはこっちの方です!」
「礼?」
「はい。いつも忙しい中わざわざ来てもらって・・・・。それからチョコレートもありがとうございました。すっごく美味しかったです!」

そうやってつくしが見せた笑顔は今日一番のもので。司は思わず目を細めた。そしてフッと笑うと右ポケットから何やらごそごそ取り出し始める。

「これ」
「・・・えっ?」
「会いにいく時間は作れなかったけど。準備だけはしといたんだ。やる」

そう言って手のひらにコロンと載せられたもの。それはいつもと同じ綺麗なラッピングを施された小さな小箱。ハッと驚いて顔を上げればすぐ目の前で優しい顔で自分を見つめている男がいた。

・・・・・どうして?
どうして彼はここまでしてくれるのだろうか。
いつ会いに来られるかもわからないのに、時間だってないだろうにこんなものまで準備して。
一体どうして・・・・・?



『直接聞いてみなよ。きっと答えてくれるから』



類の言葉が頭を掠める。


どうしてかはわからないけれど、聞くのが怖い。
怖い、けれど・・・・・・




「どうしてですか・・・・?」
「ん?」
「どうしてこんなことをしてくれるんですか・・・?一体どうして・・・」

戸惑いがちに口にするつくしに一瞬だけ驚いた顔を見せたが、すぐに司は笑った。いつも見せてくれる優しい笑顔で。そして迷うことなくはっきりと言い切った。





「そんなん決まってんだろ。お前が好きだからだ」











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