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憧れのヒト
2014 / 11 / 12 ( Wed )
「好きです。付き合ってください」
「ムリ」

間髪入れずに切り捨てた言葉に目の前の女の瞳がみるみる潤んでいく。

あぁ、うぜぇ。
そうして涙の一つでも見せりゃあ俺が動揺して気にかけてくれるとでも思ってんだろ?
たまらなくうぜぇ。

泣きながらも何かを期待するような目でこちらを見上げている女に構うことなく、さっさとその場を後にした。


「見~っちゃったぁ。ひどいんだぁ!」
「内藤・・・・うるせーよ」
「断るにしてももう少し言い方があるんじゃない?」
「ムリなもんはムリなんだから仕方ねーだろ」
「せっかくもてるのに何がそんなに気に入らないの?」
「あぁ?女なんてうぜぇだけだろ。どうせ金か見た目狙いの奴ばっかなんだよ」
「そんなことないのに!ちゃんと見ようとしてないだけでしょ?」

いきなり陰から現れたかと思えば説教を始める目の前の女に次第にイライラが募っていく。ズンズン前に進めていた足を止めると、後ろから必死で追いかけてきていた女を振り返る。

「お前一体なんなん?しょっちゅう俺に絡んで来やがって。うぜぇんだよ!」
「絡んでなんかないじゃん!」
「絡んでんだろうが。何かある度にいちいち口出ししやがって・・・・」
「だって・・・・」
「・・・っつーか何?お前も俺が好きとかそういうパターンなわけ?」
「えっ・・・・?」

イライラしていたから、からかうつもりで何気なく口にした言葉だった。
だが予想に反して女の顔が一瞬で赤く染まる。
・・・・は?何?まさかガチだってのか?
・・・・・・・・・・なんなんだよ。マジでうぜぇ・・・・

「なんだよお前もかよ。ダチのふりして近くにいるように見せて実は下心ありってか?他の女より質が悪ぃじゃねーか」
「ち、ちがっ・・・・!!」
「ま、どっちでも俺には関係ねーけど。一切期待なんかすんじゃねーぞ」

吐き出すようにそう言うと、またしても女を残してそのままその場を立ち去っていく。
残された彼女が一体どんな表情をしていたのかなんて気にかけることもせずに___





毎日がつまらない。
何をやってもイライラは募るばかり。
金ならある。有り余るほどに。
でもその金を好き放題使っても苛立ちはなくならない。むしろ増すばかりだ。

無駄に広すぎる家に帰ってもいるのは使用人ばかり。
幼い頃から両親は仕事で海外に飛んでいることが多く、家族らしい時間を過ごした記憶はほとんどない。中学生の頃、純粋な気持ちで同級生を家に招いたことがあった。彼らの多くがこの邸に驚き、喜んでくれた。自分も素直に嬉しかった。
だがそれ以降彼らは変わっていく。何かがあればうちにきて大騒ぎし、足りないものがあれば無心するようになった。純粋だった心は見事に打ち砕かれた。

女だってそうだ。
俺だって誰かを好きになったことくらいある。だが相手はそうじゃない。気が付けば求められるのは愛情ではなくてモノになっている。誰一人として金持ちのフィルターなしでは俺を見てなどいない。だったら俺は俺で好きにさせてもらうと適当に女遊びもした。それでも時間が経てばたつほど苛立ちが募るばかりで結局それ自体もやめた。
しおらしい様子で近付いてきてもいずれその化けの皮が剥がれていく。そんな面倒くさいことはもうこりごりだ。

そんな中でも唯一心の置ける女がいた。いや、女としては見ていないが。
俺を特別な目で見ないそいつといると不思議と気持ちが楽になる。そういう存在だった。
それなのに・・・・結局あいつもそういう目で俺を見ていたってことか。

「はぁ・・・・ほんっとつまんねー」

やり場のない憤りをぶつけるように体ごとベッドにダイブした。




*****


「うわ・・・・相変わらずすっげーな・・・」

豪華絢爛な会場内を見渡して思わず感嘆の声が漏れる。
立場上、こういう社交の場に駆り出されることは幼い頃からよくあったし慣れているつもりだが、来る度に思うがここだけはレベルが違う。世間的に見れば相当な金持ちだとしても、それが普通に霞んで見えてしまうほどにレベルが違う。
いつもなら煩わしくてたまらない場も、今日だけは違った。パーティが楽しみなんじゃない。
___どうしても会いたい人がいたから。

パーティが始まり1時間程が過ぎると会場内は自由な空気に包まれ始めた。各々目的の人物に会ったり、飲食を楽しんだり、中には仕事の商談までする者も。各界の大御所が一堂に会するこの場はまたとない格好のビジネスチャンスの場でもある。
当然ながら自分の目的はそんなことじゃない。広い会場に溢れかえる人の波をかき分けながら目的の人物を必死で探す。見つかったとしても簡単に声がかけられるような状況ではないかもしれない。自分とは違う世界に行ってしまった人だから・・・・・


「・・・・・・いた!」

15分ほど歩き回ってようやく探し求めた相手を見つける。予想に反して一人だった。一人で呑気に目の前に並んだ食べ物と睨めっこをしている。・・・・・・・無防備にもほどがあるだろ!!
見ているこっちの方がハラハラして思わずダッシュしていた。

「つくしっ!」
「え?」

大きな声で名前を呼ぶと、キョトンとした顔で彼女がこちらを見た。その拍子に今掴んだばかりの唐揚げがトングの先からポロリと零れ落ちる。俺は高鳴る鼓動を必死で抑えながら足早に近付くと、彼女の目の前に立った。

「・・・・・・・・・」

何と言えばいいのだろう。あれだけ会いたかったというのに、いざ彼女を目の前にするとろくに言葉が出てこない。俺がこんなに動揺するなんて、何てことだ!

「あの、どちら様ですか・・・・?」

いつまで経っても何も話そうとはしない俺を不思議そうにつくしは見上げる。
・・・・やっぱり覚えてないか。まぁ当然のことだろう。もう十年近く会っていないのだから。

「覚えてない?昔会ったことあるんだけど」
「え?!」

見覚えのない男の言葉につくしは俺の顔をマジマジと観察し始める。うーん?と頭を捻りながら必死で記憶を辿っているようだ。

「動物園・・・・・覚えてない?」
「動物園・・・?・・・どうぶつ・・・・・・・・」

ブツブツ呟きながら考え込んでいたつくしがやがてハッとしたように顔を上げた。その顔は驚きに満ちている。あらためて俺の全身をくまなく見渡すと、信じられないものを見るようにして口を開いた。

「ま、まさか・・・・・・・・リュウ?!」

懐かしいその呼び名に思わず自分の顔が綻ぶのがわかった。俺は笑顔で頷いた。

「正解。思い出してくれた?」
「嘘・・・・あのリュウなの?本当に?!」
「うん。久しぶり」
「・・・・・・・・リュウっ!!!」

今の俺に昔の面影を見たのか、つくしはやがてそれはそれは嬉しそうに破顔すると突然俺の体に抱きついてきた。あまりの無防備さに正直驚いたが、それがつくしらしくもあって嬉しくなった。

「まさかまた会えるなんて嬉しい!あ、でもリュウもいいところの坊ちゃんだったんだっけ」
「坊ちゃんってやめろよ」
「あははは、だって坊ちゃんは坊ちゃんじゃない?」
「ちぇ・・・」

少し体を離して俺を見上げると、つくしはあらためて俺の顔を隅々まで観察していく。

「それにしても大きくなったねぇ。今いくつ?高校生?」
「うん。去年入った」
「そっかそっか、私も歳を取るわけだなぁ~、あははは!」

大きな口を開けてカラッと笑うその姿に正直驚きを隠せない。・・・・彼女があまりにも変わらなさすぎて。
日本でも1、2を争うほどの大財閥に嫁いだというのに、昔のつくしと何一つ変わっていない。まるで幼い頃の思い出が昨日のことのように。

「今日は何?家の手伝いでここに?」
「うん。まぁそれもあるけど目的はつくしに会うことだったから」
「え、あたし?」
「うん。どうしても会って聞きたいことがあったんだ」
「聞きたいこと・・・・?」

約十年ぶりに会えたと思ったら何か聞きたいことがあると言い出した俺につくしは不思議そうに首を傾げる。そう。俺はどうしても彼女に聞いてみたいことがあったんだ。
だが俺が口を開いたその瞬間、その言葉は遮られてしまった。

「おいてめぇ。人の嫁に何手ぇ出してやがる」

俺の腕にずっと置かれたままだったつくしの手がガッと掴まれると、次の瞬間には大きな男の体の中にすっぽりと引き寄せられていた。

「司?!」
「お前も何やってんだ!知らない男に触るなんて無鉄砲にもほどがあるだろが!」
「ち、ちがっ」
「ただでさえ心配でならねぇってのにお前は・・・・ちょっと目を離した隙にいなくなるとかガキみてぇなことすんじゃねぇよ!」
「ちょっと!私子どもじゃないんだからそんなに過保護になんなくたって大丈夫に決まってるでしょ?!」
「お前なら何があるかわかんねーだろが。心配かけんじゃねぇ!・・・・おい、それからそこのお前。てめぇ一体どういうつもりだ?」

二人で何やら揉めていたと思ったら次は俺にターゲットが変わったらしい。
多分普通の感覚ならびびって身動きがとれなくなるんだろう鋭い眼光で俺を睨み付ける。そのまま一発拳が飛んでくるんじゃないかと思うほどの迫力だ。

「ちょっと司!すごんでんじゃないわよ!」
「あぁ?!相変わらずお前は何わけわかんねぇこと言ってんだ。こいつは・・・・」
「リュウだよ!」
「あぁ?」
「リュウ!昔一緒に動物園に行ったでしょ!覚えてない?」
「リュウ・・・・・?」

眉間に皺を寄せていた司がゆっくりとこちらを見る。じーーーっと睨み付けるようにしていたが、やがてハッとしたように驚いた顔に変わった。

「お前・・・・あんときのガキか?!」
「お久しぶりです、道明寺さん」

さすがに俺も幼稚園児のガキじゃない。彼がどういう立場の人間であるかくらいの分別はつく。
だからもう呼び捨てになんてできない。

「そうか、あいつか・・・・でかくなったな」
「はは。まだまだ道明寺さんには届きそうもないですけどね」
「懐かしいよね~!わざわざ私に会いに来てくれたんだよ。ねっ?」

嬉しそうに話すつくしとは対照的に、道明寺さんはその言葉にぴくりと反応すると俺をちらっと見た。ははっ、相変わらず独占欲の塊なんだな。・・・・この人も変わってないんだ。

「はい。どうしても会って聞きたいことがあって」
「聞きたいこと?」
「うん。・・・・・つくしは今幸せ?」
「えっ?」
「その立場だと色々大変なことも多いでしょ?それでも幸せなの?」

予想外の質問だったのか、つくしは驚いた様子だ。まぁ当然の反応だろう。
でもいつか再会できたら聞いてみたいとずっと思っていたことだ。
つくしの答えが返ってくるまでの間はほんの一瞬だった。

「うん、幸せだよ」

そう言って照れくさそうに笑った。

「・・・・・でも苦労も多いんでしょ?」
「多い多い!今でも何でこんな所に嫁にきたんだろうって思うもん」
「おい、てめぇ・・・!」
「でも大変だな~って思うこと以上に幸せだなって思うことの方が圧倒的に多いから。だから幸せだよ」
「つくし・・・・」

ほんの数秒前まで額に怒りマークをつけていた男が一瞬で照れくさそうに笑い出す。
あーあ、なんなんだよこのバカップル。変わらないどころかめちゃめちゃ変わってんじゃん。
・・・・・・・すっげぇ幸せそうに。

「でもなんで?どうしてそんなこと聞くの?」
「ん?・・・・あぁ、俺にもそういう幸せがいつか見つかんのかなって」
「え?」
「毎日がつまらなくて。何の楽しみもない。そう思ってたらなんかふっとつくしのこと思い出したんだ。道明寺に嫁いだのは知ってたけどそれから元気にしてるのかな、幸せなのかなって。何故だか聞いてみたくなった」
「リュウ・・・・」

ぽつりぽつりと話していく俺をつくしはじっと見つめている。なんだよそんな顔して。俺は別に全然平気だっての。

「見つかんだろ」
「えっ?」

次に言葉を発したのはつくしではなかった。

「お前がその気になりゃあどこにだって幸せは転がってんだ。あとはそれに気付こうとするかしねぇかだけだ」
「道明寺さん・・・・」
「そうだよリュウ!リュウはかっこいいし司なんかよりずっと素直な子だったし、必ず幸せになれるよ!」
「おい、どういう意味だ」
「そのまんまの意味だけど?」
「てめぇ・・・・!」
「あぁあぁもう、痴話げんかはやめてくださいよ」

全く。本当に変わってない。三人で出かけたあの時とちっとも。
変わったのは二人が夫婦という関係になったことだけ。
そんな二人を見ていたらいつの間にか笑っている自分がいた。

「そっか・・・つくしが幸せなら安心した。・・・・・いつか俺にもそう思える相手が現れるといいな」
「現れるよ!もしかしたらもうすぐ目の前にいるのかもしれないよ?」
「いるわけないじゃん。俺の周りの人間なんて皆欲目のある奴ばっかだし」
「それはわかんないよ。だってリュウがそう決めつけてるでしょ?リュウがちゃんと正面から見つめたら、また見えてくる世界も変わるかもしれないよ?」
「俺が・・・・?」
「そうだよ」

つくしが笑顔で大きく頷く。
俺が決めつけてる・・・・?そんなわけない。だって、実際誰もが・・・・

「お前の気持ちは少し理解できるぜ。俺も似たようなもんだったからな。ま、せいぜい頑張って幸せになれよ。まぁ俺様ほどの幸せを見つけるのは無理だろうけどな。・・・おいつくし、そろそろ時間だから行くぞ」
「あっ、うん。じゃあリュウまたね!今日は会えて嬉しかった。よかったら今度うちに遊びに来てよ!」
「え?・・・・俺が?」
「うん。いつでも歓迎するから。じゃあまたねっ!」

そう言うとつくしは大きく手を振りながら満面の笑顔で去って行った。宝物を包み込むように道明寺さんに肩を抱かれながら。
そのお腹は少しふっくらとしている。歩きながら時折顔を見合わせて笑っているその姿はまさに幸せな家族そのもので。

俺もジュニアの端くれとして、一般人との結婚がどれだけ難しいものであるかはわかってる。しかもただの金持ちじゃない。レベルが違う金持ちのジュニアだ。噂には聞いたことがあるが、実際想像を絶する障害が二人にはあったに違いない。
でも目の前にいる二人は眩しいほどの幸せに満ち溢れていて。
・・・・・彼らは自分たちの力で幸せを掴み取ったんだ。

ぶっちゃけ、つくしなんてそんな美人ってわけでもないのに。
それなのに、今視界に映る彼女は誰よりも綺麗で。
そしてそれを包み込むように見つめている道明寺さんもめっちゃくちゃ格好良くて。
いや、昔から見た目だけは抜群にいいと思ってたけど。なんつーか、守るべき者ができた男の貫禄、みたいなオーラが溢れていて。・・・・悔しいけどカッコイイ。


純粋に羨ましいと思った。
いつか俺にもそう思える相手が現れるのだろうか?
つくしのように、俺という人間を正面から見つめてくれる奴が本当に現れるんだろうか?
・・・・・正直まだ信じられない。
それでも。夢物語を現実に変えたあの二人が言うのならば。
・・・・・いつかはそうなのだと信じてみるのも悪くない。







「葉山君っ!」

翌日、帰宅途中に呼び止められて振り返ると、この前突き放したままの状態だった内藤が立っていた。今にも泣きそうな顔で。

「あ、あの、どうしても謝りたくて・・・・・。た、確かに、葉山君に対してそういう気持ちが全くないかって言われたら嘘になる・・・・けど、でも、でも!!私はそういうつもりで傍にいたんじゃなくて、本当に葉山君と話してると楽しかったから!だから・・・・・・」

赤くなったり青くなったり、コロコロと表情を変えながら内藤は必死で言葉を紡いでいく。
ばかだなぁこいつ。俺の八つ当たりなんか真に受けて。おまけにわざわざ謝りにまでくるなんて。
バカ正直にもほどがあるんじゃねぇの?

「でも、これ以上は迷惑かけたくないから・・・・だから、こういうことはもうやめるね。・・・・とにかくちゃんと謝りたくて。ごめんなさい!・・・・・じゃあ!」

マシンガンのように一方的に話し終えると、内藤は深々と頭を下げてそして走り出した。

「・・・・・・・内藤っ!!!」

気が付けば無意識に呼び止めている自分がいた。
ビクッと足を止めて振り返った内藤の目には涙が浮かんでいて。
こういうシーンは珍しくない。それなのに、不思議とその涙に不快感は感じなかった。


『リュウが変われば。ちゃんと正面から見れば見える世界が変わるよ』


つくしの言葉が頭をよぎる。
・・・・・本当に?
・・・・・・・わからない。


「・・・・・帰りにどっかメシでも食っていかねぇ?」
「・・・・・・・・え・・・?」
「なんかハンバーガーが食いてぇ。おごってやるから行こうぜ」

そう言って歩き出した俺を内藤はポカンとわけがわからず見つめている。

「行かねぇの?・・・・・・まぁ無理にとは言わねぇけど」

いつまでも動く気配のない内藤を振り返ると、相変わらず涙を溜めたままだ。
それでもさっきの涙とはちょっと違うように見えるのは俺の気のせいだろうか。

「・・・・・行くっ!!ビッグバーガーが食べたいっ!!」

涙を拭うと内藤は弾けるような笑顔を見せて駆けてきた。
この笑顔・・・・どこかで見たことがあるような。
・・・・・あぁ、つくしと雰囲気が似てるのか。

「相変わらず食い意地の張った女だな」
「いいの!おごってもらえるんだから一番いいもの食べなきゃ!」
「厚かましい女」

俺の悪態にも嬉しそうに彼女は顔を綻ばせるだけ。



本当に?俺にもいつかそういう相手が現れる?
わからない・・・・・けれど・・・・


まずは目の前のものを正面から見てみることから始めてみようか。
そうすればなにか新しい世界が見えてくるのかもしれない。








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