恋の処方箋
2014 / 11 / 17 ( Mon ) カタカタと指を動かしてなんとか伝えたいことを入力していく。
そうしてやっとのことで終えると願いを込めて送信した。 どうか電話がかかってきませんように・・・・! それが通じたかと思ってほっとしていた30分後、願いも虚しく携帯が音を奏で始めた。 うぅう・・・どうしてどうして。 伝えたいことはしっかり言葉にしてメールに託したのに。 悶々とした気持ちでいる間にプツリと音が途絶えた。だが間髪入れずに再び音を奏で始める。どうやら相手も引くつもりはないようだ。 うぅ~・・・・なんでよ!! 恨めしげに睨んだところで音が止まる気配はない。 苦々しい思いを抱きながらつくしは諦めたように溜め息をつくと、何度も何度も深呼吸をして平静を装いながら通話ボタンを押した。 「・・・・もしもし?」 『お前今日無理になったってどういうことだよ』 「・・・・だからさっきメールで伝えたとおりだよ。どうしても外せない急用が入っちゃったの。だから悪いけど今日はキャンセルさせて。ごめん」 『急用ってなんだよ。・・・・・っつーかお前・・・・?』 「とっ、とにかくそういうことだから!どうしてもどうしても今日は無理なの!ごめんなさい!急ぐから!!じゃあねっ!!」 『あっ、おい牧野、待てっ!ちょっ・・・・・』 ブツッ!! 向こうがまだ何か言おうとしているのに構わず一方的に通話を終了させると、またかかってくる可能性を考えて電源ごと一気に落とした。 「ごめん、道明寺・・・!」 携帯に向かって懺悔すると、つくしは永遠に続いてるんじゃないかと思える目の前の道を苦々しく見つめながら家路を急いだ。 **** ガチャッ、バタン! それから10分後、やっとの事でアパートに辿り着いた頃には立っていることすら危ういほどフラフラになっていた。 「あぁ、なんとか帰ってこられた・・・・」 歩きながら脱いだ靴はまるで道しるべのように点々と廊下に無造作に落ちている。だが今のつくしにはそんなことに構っている余裕などない。なんとか気力を振り絞って部屋に入ったはいいものの、ベッドの手前でとうとう力尽きてしまった。 「あぁ、もうダメ・・・・・・」 死にそうな声でそう呟きながら小さなテーブル横に置いてあるクッションに倒れ込むと、そのまま顔を埋めてパタリと動かなくなった。 ことの始まりは昨日に遡る。 朝目覚めると若干体の違和感を覚えた。なんとなくだるい。 とはいえそれ以外に特段変わったことがなかったため、きっと疲れが溜まっているのだろうくらいにしか思っていなかった。 だが今朝になって事態は急変する。朝からひどい頭痛に寒気が止まらない。まさか・・・と思って熱を測ってみれば体温計は38度を示していた。このところ寒暖の差が激しい日が続いていたせいで風邪を引いてしまったのだろう。 普通ならば仕事を休んだ方がいい状況なのだろうが、タイミング悪くこの日は何が何でもつくしがいなければ進まない仕事が入っていた。絶対に休むことなどできない。家にあった風邪薬を口に放り込むと、気力と昔から培った根性を振り絞って仕事へ向かった。 いざ仕事に行ってしまえば目の回る忙しさに自分の体調が悪いことなど忘れていられた。薬の効き目もあったのだろう。だがそうしてあっという間に一日の業務を終えた頃、一気に現実へと引き戻される。朝なんか比べものにならないくらいに体が重くなっていたのだ。 体中の節々が痛い。上着を着ても全く温まらず震えが止まらない。確実に上がっているだろう熱で頭もボーーっとして思考もあやふやだ。幸い今日は金曜日。さっさと家に帰ってひたすら週末は寝るしかない。 そう考えていたときふと思い出す。 「・・・・・・!今日はあいつとの約束があったんだ・・・・!」 そう。今日は夜に時間をつくって会いたいと言われていたんだった。 恋人失格の烙印を押されるだろうが、ぶっちゃけ朝からそんなことは吹っ飛んでしまっていた。思い出しただけでもマシだと思えるくらいそれどころではなかった。 なんでも、来週仕事でドバイに飛ぶらしく、しばらく会えなくなるからどうしても週末時間を作れとの話だった。相変わらず多忙な司と会える時間は限られていたし、つくしだって内心楽しみにしていたのだが・・・・ 「ダメダメダメダメダメダメ!!!風邪なんかうつしたらシャレになんないから!」 ペーペーの会社員が風邪を引くのと大財閥の副社長が引くのとでは全く話が違う。 しかも自分がうつしたとなればとてもじゃないが笑い話にもならない。 つくしは会社を出る前に慌てて司にメールを打った。 『道明寺、ごめん!!今日は急用が入ってどうしても時間が取れなくなった。 ほんとにほんとにごめんなさい!!またあらためて時間を作るから今日はキャンセルさせて。 ほんとにごめんね!』 不自然なほどにごめんを連発していてかえって怪しまれそうなものだが、今のつくしにはそんなことを冷静に考えられる余裕などとうになかった。既に声もおかしくなりつつある現状、どうか折り返しの電話などかかってこずにメールだけで納得して欲しい!との願いを込めて送信したのだが・・・・その願いも敢え無く撃沈した。 こんな時くらいタクシーで帰ればいいものを、もったいない精神が地の底から根付いているつくしにはそんなことは到底できない所行で、ふらつきながらも気力だけで電車を乗り継いだ。そして最寄り駅に着いて改札を出たところでとうとう恐怖の電話がかかってきてしまった。携帯なんか見なくてもわかる。着信音がその主を如実に教えているのだから。 今声を聞かれたら鋭い司ならば気付いてしまうかもしれない。それだけはなんとか避けたい・・・! その思いだけを胸になんとか平常心で電話に出たが、果たしてあれで納得してくれたのだろうか。いや、してくれなくとももう諦めてもらうしかないのだが。 あんな一方的にキャンセルして電話も電源からオフにしちゃって・・・・・ あいつ今頃怒ってるかなぁ・・・・・ ほんとに悪いことしちゃったなぁ・・・・・ ・・・・・・あぁ、久しぶりに会えるの楽しみにしてたのになぁ・・・・・・ ふわふわふわふわ。 熱に浮かされながらつくしは自分の体が空に飛んでくような不思議な夢を見た。 あんなに苦しかったのに、びっくりするぐらい気持ち良くて。 もしかして熱の出すぎでこのままあの世にいっちゃうの? だからこんなに体が軽いの? なんて、夢の中でも冷静に考えてしまっている自分がおかしくてしょうがなかった。 「たまにはそうやって素直になれよ」 なんだか夢の中であいつの声が聞こえた気がする。 次に会ったときにはちゃんとごめんねって言わなきゃ・・・・ 深く沈んでいく意識の中でつくしはそう誓った。 「・・・・・・ん・・・・」 ふっと意識が浮上する。 ゆっくりと目を開いて入ってきた景色がすぐには処理できない。 ただ、自分が今とてつもなく心地の良い感触に包まれているのだけはなんとなくわかる。その感触を不思議に思いながらもボーッとする頭で必死に思考回路を働かせていると、徐々に目に見えるものがはっきりとしてきた。 真っ先に入ってきたのは豪華なシャンデリア。 ・・・・・・・・・シャンデリア? 「ん・・・・・?えぇっ?!・・・あっ・・・!」 驚きのあまりガバッと体を起こしたのはいいが、熱のせいか体がグラリと揺れた。そのまま横に体が落ちそうになったところで大きな手がそれをガシッと掴まえる。そのままギュッと何かに包まれる感触を感じながらも、わけがわからないでいるつくしの鼻腔を身に覚えのある香りがくすぐった。 「お前、急に起き上がるんじゃねーよ」 「・・・・・え?」 この声、この香り、そしてこの感触・・・・・・まさか・・・・ 「道明寺?!」 驚きに顔を上げれば予想通りの人物がそこにはいた。 一体どういうことなのだろうか。これは夢? 全く状況が掴めないつくしは恐る恐る手を伸ばして目の前の男の頬に触れた。 ・・・・・あったかい。 その手をずらして今度は髪の毛に触れてみる。 「・・・・・・・クルクル」 「・・・・おい、なに人で遊んでやがる」 「え・・・・えぇっ、本物?!」 「こんなニセもんがいるかよ」 驚きに目を見開くつくしにクッと司は笑いを零す。 「え、どうして・・・?あたしアパートに帰ったはずじゃ・・・」 そう。つくしが今いるのはアパートではない。 視界に捉えた豪華なシャンデリアに極上の寝心地のベッド、こんなものがつくしの生活空間に存在するわけがないのだ。つくしは何故か今司の邸にいる。 「お前、アパートでぶっ倒れてたんだよ」 「え・・・?」 「あんな不自然なメールに電話。俺が何も気付かねぇとでも思ってんのか」 「それは・・・・」 気付かれるに決まってる。鋭い司が気付かないわけがないのだ。 そんなことわかりきってるからこそ無理矢理会話を終わらせたのに・・・ 「なんで俺に言わねぇんだ」 俯いてしまったつくしの頭上から低い声が落ちてくる。かなり怒っているのかもしれない。 「・・・・ごめん、ドタキャンして本当に悪いと思ってる。でも」 大きな手が顔に触れたかと思うとそのまま顎を掴まれグイッと上を向かされた。至近距離で見える男の顔は不満げだ。約束を反故にされたのだから当然だろう。 だが司の口から出たのは予想外の一言だった。 「そうじゃねーだろが。なんで具合が悪いのを俺に言わなかった」 「・・・・え?・・・・・だって・・・」 「俺が行かなかったらお前どうなってたかわかんねぇんだぞ!あんなクソ寒ぃ部屋で布団にも入らずぶっ倒れやがって・・・。下手したら肺炎起こしてたかもしんねぇんだぞ!」 「・・・・・・ごめん、心配かけて・・・」 「だから違うだろうが。俺が言ってるのはそこじゃねぇっつの。何のために俺がいるんだって話だよ」 「・・・・・え?」 「こういう時こそ頼らなくてどうすんだよ」 司の顔は怒っているというよりもどちらかと言えば悲しげで・・・・ 「だって、海外に行くのにうつしたら大変だから、だから・・・・・」 「お前、気の使い方間違ってっだろ。困った時こそ頼らなくてどうすんだよ。何も知らずにそのままあっち行って、向こうで何かあったってわかった方が余計心配すんだろが!・・・・・・・つーか、そんなことはどうでもいいんだよ」 「・・・・え?」 「ちったぁ俺を頼れよ、このバカ」 「う・・・いひゃい」 顎に添えていた手が頬に移動したかと思えば思いっきりつままれた。さぞかしブサイクな顔になっているに違いない。 「こんな時でも頼られないなんて寂しいだろが、どあほ」 憎たれ口を叩きながらもその顔は真剣で。寂しげで。 もしも自分が逆の立場だったらどう思うだろうって考えた。 ・・・・・・そっか。そうだったのか。 相手のためにって思って行動することが、かえって相手を傷つけてしまうことだってあるんだ。道明寺が困ってるんだとしたら、何でも相談して欲しいし、力になれることがあれば何でも手助けしたい。大した力にはなれないのだとしても。 そんな当然の感情を自分は否定してしまっていたんだ。 「・・・・・ごめん」 そう思ったら自分でもびっくりするほど素直に謝罪の言葉が出ていた。 司はそんなつくしの頬をそっと撫でる。 「・・・・・まぁいい。よし、もう寝ろ」 「え?」 「週末はこのまま邸に泊まれ。治るまで面倒見てやるから」 「えぇ?大丈夫だよ!明日には帰るから!」 「ダメだ。ちゃんと治らなきゃそのままドバイにまで連れて行くぞ。医者も帯同させて」 「は、はぁっ?!何言ってるの?!冗談やめてよ!」 「冗談じゃねーよ。俺にできねぇことはねぇんだよ」 こ、この男は一体何を・・・・! でも本当にやりかねないだけに無視するのは恐ろしい。 「・・・・はぁ~、わかった。じゃあ大人しく寝る」 「最初からそうすりゃいいんだよ」 なんだか腑に落ちない部分はあるがつくしは素直にベッドに横になった。 と、何故だか隣に司も潜り込んでくる。 「え?何してんの?」 「あ?何がだよ。俺も寝るんだよ」 「は、はあぁ?!そんなのダメに決まってるじゃん!風邪がうつったらどうするの?!何のためにあんたとの約束キャンセルしたと思ってんのよ。そんなの絶対にダメ!!」 「うるせーな。俺がいいっつったらいいんだよ」 「だめだめだめ!ぜーーったいにぶっ・・・!!」 グイッと体を引かれたかと思えばそのままの勢いで司の胸の中に閉じ込められてしまった。口は逞しい胸板に塞がれ、背中には両手をがっしりと回され全く身動きがとれない。 「むぐぐぐぐ!!」 「お前うるせーよ。俺はそんなヤワな男じゃねぇんだよ。ちったぁ人の言うこと聞きやがれってんだ。・・・・・・それに」 「・・・・・・?」 司は腕の力を少しだけ緩めるとつくしの顔を覗き込む。 「万が一俺にうつったときは今度はお前が看病してくれんだろ?」 「・・・・!」 うぅ、なによ、なんなのよその顔は。 普段は蟻の子も逃げ出すくらいに怖い顔ばっかりしてるくせに。 なんなのよ、まるで子どもが甘えるみたいなその顔は!! 熱が上がっちゃうっつーの! 「・・・・・しょうがないなぁ、その時は面倒見てやるよ」 「・・・ふっ、言ったな。そん時は俺が完治したって認めるまで帰さねーからな」 「え」 「よし、じゃあ今度こそ寝ろ」 「ちょ、ちょっと・・・むぐっ!」 つくしの反論を封じるように再び胸の中に抱き込まれる。動けないようにしっかり押さえ付けているのに、不思議とその手は柔らかくて。優しくて。 ・・・・・あったかぁい。 ・・・・・幸せ。 熱があるからだろうか。いつもならすんなり出てこない言葉が自分の心の中を満たしていく。 「・・・・・道明寺、ありがとね。ほんとは嬉しかった」 「・・・お前がそんなに素直だと逆に怖ぇな。肺炎起こすんじゃねーぞ」 「ちょっと!それどういう意味よ、んっ・・・・!!!!」 顔だけ何とか上げて文句を言おうとした言葉は唇ごと呑み込まれてしまった。 驚きのあまり目を開いたまま固まるつくしの眼前に美しい男の顔が映る。やがてその目がゆっくりと開かれると、ニヤリと弧を描いた。そうして唇から柔らかな感触が次第に離れて行く。 「な、な、なっ・・・・風邪、熱っ・・・・・・・!」 「何言ってっかわかんねーよ。安心しろ、俺は不死身だ。それにいざとなればお前がいるんだろ?いいからつべこべ言ってねーでさっさと寝ろ」 そう言ってグイッと頭ごと胸元に引き寄せられ完全に反論の術を絶たれてしまった。 信じられない!信じられない! ほんとにうつっちゃったらどうすんのよ・・・・・・!! トクントクントクントクン・・・・・ 信じられないやら呆れるやらで心中穏やかではなかったが、耳に直に伝わってくる心臓の音に次第に心も凪いでいく。 あんなに苦しかった体も不思議なほど軽い。まだ熱は下がっていないはずなのに。 ・・・・まいっか。その時はその時で考えればいいんだ。 それにこいつの言う通り私が面倒見ればいいんだし、ね。 互いの心音が同化していくのを全身に感じながら次第につくしの瞼が下がっていく。やがて長くせずにスースーという寝息が聞こえ始めた。 「・・・・・・ったく心配かけやがって。寝てるときの100分の1でいいから少しは素直に甘えろってんだ、このバカ」 自分の腕の中ですやすやと幸せそうに微睡む恋人にそう独りごちると、司はその言葉とは反対に腕の中の存在を優しく優しく包み込み額に唇を落とした。そうしてそのぬくもりをしばらく味わうと、やがて自分も瞳を閉じた。 どんな特効薬よりも、あなたとの時間が何よりの癒し___ ![]() ![]() スポンサーサイト
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