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たとえばこんな休日だって
2014 / 12 / 07 ( Sun )
頬に触れる空気がひんやり冷たくて思わず肩がぶるりと震えた。


「うぅ、さむ~い・・・」

いつの間にやら掛け布団から出ていた上半身を埋めるようにもぞもぞと体を動かしたはいいものの、意思に反して体はピクリともしない。半分も覚醒していない寝ぼけた頭では何が起こっているのかもわからない。

「ん~・・・」

反動をつけてみてもやはり動かない。
しかも何故か異様に体が重い。


・・・・・・・・まさかこれが俗に言う金縛り?!
だとしたら人生初の心霊体験だ。


・・・なんて、ぼんやりながらも必死で頭を働かせてその可能性を探る。
だが、やがて重いのはお腹辺りに集中していることがわかってきた。

「・・・・・・・ん?」

重いだけじゃない。あたたかい。

「んん?」


ようやく覚醒してきた頭を動かして違和感の原因を辿っていく。
するとお腹のところに巻き付くようにして後ろから腕が伸びていた。

「えぇっ?!」

骨張った大きな手。これには嫌と言うほど見覚えがある。
慌てて首だけ後ろを振り向けば、肩越しにまるで自分の背中から生えてきたようなクルクルの黒髪が視界に入ってきた。
どうやら後ろからしがみつかれているらしいということがわかった。


でもツッコミたいのはそこじゃない。
一体いつの間に?!
夕べ、間違いなく一人でベッドに入ったはずだ。
来るなんて話は一言だって聞いちゃいない。


「う~~、ちょっとは力抜いてよっ・・・・・よいしょっと」

寝ているとは思えないほどの馬鹿力で巻き付いている腕を上げながら必死で体を捻る。
格闘すること数分でやっとのこと体を反転させることに成功した。

「はぁはぁはぁ・・・・・・・こいつほんとに寝てるの?!何なのよこの力は・・・」

既に寝起きからグッタリだが、一応金縛りの原因を確認しておかねば。
視線を下げていけばそこには当然の如くよく見知った男がいた。
みぞおち辺りに顔を埋めて、相変わらず腕は体に巻き付いたままだ。
まるで母親に必死でしがみついている子どものようで、思わず吹き出しそうになる。

「っていうかいつの間に来てたのよ・・・」

呆れるように呟いても目の前の男はウンともスンとも反応しない。
スースーと規則正しい寝息を立ててぐっすりと眠りの世界に落ちたままだ。
昔ちらっと聞いたことがある。彼は眠りが浅くて熟睡できないタイプなのだと。だからほんの少しの物音でもすぐに目が覚めてしまうのだと言っていた。
でもそれはつくしには正直ピンとこない話だった。
だっていつだってつくしと一緒の時は芯から眠っていたから。現に今だってそうだ。

それが自分の前だけで無防備でいられる何よりの証拠なのだと気付いたのはごく最近のこと。

「っていうかまた無理したんでしょ・・・」

手を伸ばして触れた先にはうっすらとクマができていた。

師走のこの時期、つくしですらバタバタと忙しい日々を送っている。
それが司の立場ともなればその差は歴然、比較にもならないほど多忙な毎日のようで。
実際、最近はすれ違いが続いてなんだかんだと10日以上会えていない。
名古屋でトラブルが発生したから数日前から現地入りしているとは聞いていたけど・・・おそらくその足でここに来たのだろう。

「なんで上半身裸なのよ・・・風邪引くでしょうが」

つくしは体をなんとか起こすと、腰の辺りで止まったままの掛け布団を首まで包むようにしてかけた。やっぱり起きる気配は全く感じられない。
きっと死に物狂いで仕事を終わらせて、休むこともせずにそのまま帰って来たに違いない。
・・・・・・自分に会うために。

そんなことを思いながら無邪気にしがみつく姿を見せられると胸がキューーンと苦しくなる。

「・・・よし!美味しいものでもつくってあげないとね。・・・・くぅっ!」


絡みついた豪腕と再び格闘すること数分。
やっとのことで脱出に成功し振り向いてみれば、自分の代わりに差し込んだ枕にしがみついている大男の姿が。

「ぷはっ!天下の道明寺のこの姿・・・写真に撮って世界中の人に見せたーい!」


・・・・・・なんて嘘。
やっぱりこれは自分だけの特権。
鉄の男が素顔をさらけ出すのは自分の前だけ。
そう思うだけで朝から幸せな気分に満たされていく。

目の前でそんなことを言ってるなんて気付く気配もなく、泥のように眠り続ける司をその場に残すと、つくしは部屋においてあるストーブのスイッチを入れてキッチンへと向かった。





*****


あれから20分。
部屋中が暖かい空気といい匂いに包まれていく。

「ん・・・あ、いいダシ出てる。やっぱり風味が違うなぁ」

いつもなら市販のダシでちゃっちゃと済ませてしまう味噌汁も、今日はスペシャルだ。鰹節からちゃんとダシを取るなんて、1年に数えるほどしかない。
メインを作り終えると食後のデザートにと、クルクルと回されるリンゴの皮と向き合う。
最後まで切れずにゴールできるか真剣勝負だ。

「あと少し・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ぎゃあっ?!」

残り数センチまで迫ったところで、突然後ろから伸びてきた手がつくしの体を羽交い締めにした。
突然のことに心臓が止まりそうなほどびっくりするわ、危うく包丁を落としそうになるわで全身から冷や汗が出る。

「どっ、道明寺っ?!」
「・・・まえ、勝手に抜け出してんじゃねーよ・・・」

肩に顔を埋めてもごもごと喋っているのはまだ彼が覚醒していない証拠だ。
どうやら寝ぼけながらもここまで辿り着いたらしい。恐るべし、野獣の本能。

「ね、ねぇ、今包丁持ってて危ないからちょっと離して?」
「・・・・・・・いやだ」

いやだって・・・お前は子どもかっ!!
いや、ある意味司のこんな姿を見られるなんて貴重すぎて可愛くもあるのだが。
が!!如何せん今は包丁が・・・・!危ないからっ!!

そんなつくしの心の叫びなどお構いなし、後ろから回された手がさらに力を増す。

「ねぇっ、ほんとに危ないからっ!」
「うるせぇよ・・・大きな声出すな。頭に響くだろ」
「じゃあ離せっ!」

必死で抵抗しても力で敵うはずもなく。
寝ぼけた男はこともあろうに後ろからつくしの髪の毛やうなじの辺りにチュッチュと音を立て始めた。

「ちょっ・・・!ほんとに危ないからふざけないで!」
「うるせー・・・俺はいつだって本気だ」
「ひゃあっ!!」

つくしの抵抗に抗議するかのように生温かい舌がざらりと首筋を這う。
その刺激に一瞬で全身が粟立ち、思わず包丁を落としてしまいそうになる。

「道明寺っ!ほんとにやめてっ!!」
「やめねー」
「あっ・・・!」

前に回された手が体を這い出して控えめな膨らみを服の上から捉えた。はじめは触れるようにやわやわと、次第にその動きがはっきりとした意思を持ち始め、大きな手にすっぽりと収まってしまう胸を執拗に揉みしだく。

「やめっ・・・!」
「だからやめねぇっつってんだろ」
「ひっ・・・!」

ゴトンッ!!

手の動きだけでは飽き足らず、首回りの攻撃の手も一切緩めることはなく、再び首周辺に感じた舌の感触に体が跳ね、思わず手にしていたリンゴを落としてしまった。かろうじて右手で握っている包丁だけは死守しているが、いつ落ちてもおかしくないほど力が入らずにいる。

「ほ、ほんとに危ないから!ねぇ、待って!!」
「俺は腹が減ってんだよ・・・」
「だから今ご飯を作って・・・・ひゃあっ!!」

動き続ける手がついに洋服の裾から侵入してきた。さわさわとお腹の辺りを進み、目的の場所へと向かう。もうこの男は止まる気は全くないらしい。本当に寝ぼけているのかすら疑わしい。

だが、だが!!!



「ちょおっと待てって言ってんでしょーーーーがっ!!!!」
「うおわっ!!!!」

ブラジャーに直に手がかかった瞬間、火事場の馬鹿力でつくしは思いっきりその身を翻した。
悪のりしすぎの男の顔を真っ正面から捉えると、驚愕の顔で目を見開いている。

「お・・・おっまえ、あぶねーだろっ!!」

顔の目の前に突き出された包丁に、さすがの司も狼狽えている。

「うるさいっ!それはこっちのセリフだっつーの!何回危ないからやめてって言ったと思ってんの!!そんなに死にたいのっ?!」
「わ、わかった、わかったからその物騒なもんを早く下ろせ」

お手上げとばかりに両手を挙げると、司は全面降伏した。
つくしはフンッと鼻で息をすると、ようやく包丁をシンクに置いた。

「もう!包丁持ってるときはほんとに危ないんだからやめてよね!」
「・・・・・わかったよ。っつーか寝ぼけてたんだよ」
「嘘ばっかり!最後の方は明らかな意思を持ってたじゃん!」
「へぇ~、明らかな意思ってどんなんだよ?」

反省の態度なんてどこへやら、司はニヤニヤと顔を緩めてつくしを見下ろす。

「ったくも~・・・っていうかいつの間に来てたの?!全然気付かなかったんだけど」
「あ?あぁ、時間が時間だったからな。2時過ぎだったか。さすがにお前を起こすのは悪ぃと思ったからなるべく音を立てずに入って来たんだよ」
「そうなんだ・・・言ってくれてれば良かったのに」
「まぁ実際ほんとに来れるかはわからなかったしな。なんとか夜に終わったからそのままな」
「また無理言ってヘリ飛ばさせたんでしょ」
「無理じゃねーだろが」

絶対に無理を言ったに決まってる。
夜遅く突然ヘリを飛ばせと凄まれて慌てふためくパイロットが容易に想像できる。

「はぁ~、まぁいいよ。とにかくご飯食べよ?ちょうどできたところだからさ」
「そう言えば昨日から何も食ってねぇな。・・・腹減った」

言われて思いだしたのか、司のお腹がグーと音を立てる。

「えっ、そうなの?!大変だったんだね・・・じゃあ高級料理じゃなくて悪いけどいっぱい食べてよね」
「おー、久々のボンビー食だぜ」
「ボンビーは余計でしょ、ボンビーは!っていうか早く服着なさいよ、風邪引くでしょ?」
「めんどくせー」

目の前の司は変わらず上半身裸、しかも下半身もスラックスを脱いでおり、とどのつまりはパンツ一丁状態だ。よくも冬にこんな格好で平気なものだ。見ている方がよっぽど寒くなる。

「まったく・・・ちょっと待って、あんた用のスウェットとか出すからさ」

そう言うとつくしは部屋に戻りタンスをごそごそいじり始めた。
司も大人しくついてきて横で様子を見ている。

「っていうかさ、寝てるのによくあんなに怪力が出せるね?」
「あぁ?なにがだよ」
「明け方寝苦しくて目が覚めたらあんたがあたしにしがみついてるんだもん。いるとは思ってもないしびっくりしたよ」
「・・・知らねー。無意識にやってんだろ」
「外そうと思っても全っ然離れないから嫌がらせしてんのかと思っちゃったよ。あ、あったあった」

司用につくしが買っておいたスウェットの上下を見つけて引っ張り出す。

「・・・でもさ」
「ん?」

そのまま司に手渡したところでつくしが思い出したように吹きだした。

「あんたって寝てるときはすっごい可愛いんだね」
「・・・あぁ?」
「だってさ、ギューッとしがみついて離れないんだもん。ギューッとだよ?道明寺がだよ?そのままじゃご飯も作れないからなんとか抜け出したけど、あたしの代わりに差し込んだ枕もギューッと抱きしめてるんだもん。もう可愛いやら可笑しいやらで・・・・・ぷぷっ、あーダメ!思い出すと止まんない」

そう言うとつくしは盛大に笑い始めた。

可愛いなんて言われて喜ぶ男がいるのだろうか?
目の前で司の額にピキッと小さな青筋が立ったことすら気付かずにつくしは笑い続ける。

「・・・・そうかよ」
「ひーひー・・・・え?何か言った?」
「可愛いだけじゃあ男が廃るってもんだよなぁ?」
「・・・・はぁ?・・・・ひぇっ!!」

ニヤリと微笑むと、司はつくしの体を担ぎ上げた。

「ちょっとぉ!何してんのっ?!」
「可愛いだけの男じゃないってことを知らしめてやるよ」
「はぁっ?!ちょっ、まさか?!バカバカバカ!ご飯食べるって言ったでしょ!下ろしなさいよっ!!」

ジッタンバッタン暴れ回っても効果なし。あっという間につくしの体はベッドに押さえ付けられた。
呆気にとられるつくしに覆い被さるように司はニコーーーーっと不気味な程の微笑みを見せる。


「あぁ、俺は腹減ってんだ。だからたらふく食わせろ」
「へ?!へぇえぇっ?!ち、違う!そういう意味じゃないからっ」

さわ、さわ・・・

「うるせー、俺が一番食いたいもんは目の前にあんだよ」
「ぎゃー!バカッ!どこ触ってんのよ!っていうか朝からなんてムリ!!」
「バーカ、寝てる間に襲われなかっただけでも感謝しろ」

ちゅ、ちゅっ・・・

「その主張明らかにおかしいから!間違ってるから!って、あっ・・・・・・!」


ギャースカ喚いていた声色がある時を境に明らかに変化する。



ありえないありえない。
なにがどうしてこんなオチが待っているというのか。
せっかくあったかいご飯作ったのに!
あと少しで皮むきコンプリート達成だったのにっ!!!





・・・・それでも恋人同士、たまにはこんな休日があってもいいのかも・・・?




なんてほんのちょっとでも思ってしまった自分を盛大に後悔することになるのはもう少し後になってから。












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