サンタは魔法が使えない 前編
2014 / 12 / 24 ( Wed ) 12月24日
今日はクリスマスイブ。 空は快晴、 心は曇天。 「はぁ~~~~~~~っ・・・・・・」 特大の溜め息は真っ白な塊となってあっという間に消えていく。 街の中はこんなにキラキラと輝いているというのに、どうして自分の心だけこんなに晴れないというのか。 ・・・・・・そんなの決まってる。 いつだって、あたしを喜ばせるのも落ち込ませるのも、原因は一つしかない。 _____喧嘩した。 いや、あれはそもそも喧嘩と言えるのだろうか。 週末、久しぶりのデートをした。 あいつには言わないけど、あたしだって楽しみにしてた。 いつだって多忙を極めるあいつとの時間は貴重で、限られた時間で愛を深めるのもそんなに悪くないなんて本当は思ってる。 だから、あの日だって純粋に楽しむつもりだった。 それなのに____ 始まりはあいつの遅刻から始まった。 待ち合わせの場所に遅れてくることは珍しいことじゃない。 それどころか、ドタキャンになってしまうことだってある。 ガッカリしないって言ったら嘘になる。 それでも、あいつがそういう立場の人間だってことは自分なりに理解しているつもりだし、あいつも必死で頑張ってて、そうしたくてやってるんじゃないってのを自分が一番わかってるから。 だからそれが原因で怒ったり、ましてや喧嘩になることなんてない。 あの日も約束の時間を過ぎてもあいつは来なかった。 携帯を見ても特に連絡はなし。 年末だし忙しいのかな・・・なんて考えながら、目の前に彩られたクリスマスツリーをぼんやりと眺めた。街はすっかりクリスマス一色。よく考えてみたら、あいつとクリスマスを同じ場所で過ごすのは初めてのことだ。去年は仕事で海外に飛んでいていなかったから。 帰国して、ようやく一緒に過ごせるようになって。 付き合って5年以上にもなるっていうのに、ほとんどのことが初体験ばかりだなんて。 「普通じゃないことが普通」な自分たちに思わず笑ってしまう。 「ねぇ、一人?」 そんな時だった。 約束の時間を30分ほど過ぎた頃、見知らぬ男に声をかけられたのは。 ヘラヘラと、見た目は悪くないのだろうけどいかにもチャラそうなその男は、一体いつからいたのか、「そんなに待ってももう来ないよ」なんて勝手に喋り続けながら絡んでくる。 こういうときは決まって無視。というか常に無視だけどさ。 右に左にと体を動かして執拗に絡んでくる男にいい加減ブチ切れそうだ。 ・・・・・・仕方ない。この場を離れよう。 もともと事情があったとしても遅刻する方が悪いのだ。 だからしばしこの場を離れたところで文句を言われる筋合いはない。 そう思って一歩足を踏み出した、その時。 「ねぇ、待ってよ」 しつこい男が咄嗟にあたしの腕を掴んだ。 待ち合わせの男は来ないわ、寒いわお腹は空くわ、おまけにこんなチャラ男にまで絡まれて。 冗談じゃない!! この際いろんな鬱憤を晴らしてやろうかと思いっきり息を吸い込んだときだった。 「おいてめぇ、誰の女に触ってやがる」 まさに地を這うような、ヤクザもビビるんじゃないかって思うほどの鬼の形相をした男が息を切らしながら現れたのは。 「い、いでででででででっ!!何すんだよっ!!」 すぐに掴まれた男の腕は頭上に捻り挙げられ、痛みに顔を歪めて喚き散らす。 「あ゛ぁ?それはこっちのセリフだろうが。何人の女に手ぇ出してやがる。ぶっ殺されてぇのか?」 「えっ?!い゛っ、いだだだだだだだ!すっ、すんませんすんませんっ!!」 さっきまでの威勢は何処へやら。 チャラ男はヘコヘコと頭を下げて道明寺に平謝りだ。 ようやく手が離れると蜘蛛の子を散らすように逃げていった。 「・・・ったく。大丈夫か?」 「う、うん。ありがとう」 なんだかんだこの男は頼りになるんだよな、なんて思っていた矢先。 「お前も隙があるからつけいられるんだぞ。もう少しアンテナ張って気をつけろ」 カチン ・・・・・なにそれ。 なにそれなにそれ。 まるでナンパされたあたしが悪いみたいな聞き捨てならないそのセリフは。 元はといえばあんたが遅刻さえしなければこんなことになってないんじゃない! 「・・・何よそれ、あたしが悪いっていうの?」 「そんなことは言ってねぇだろ。ただもう少し周りを気にしろって言ってるだけだ」 「そんなの周りに気を使ってないあたしのせいって言ってるのと同じじゃん!」 「んだよ、そんなにつっかかんなよ」 「だって!そもそも道明寺が遅刻しなければナンパされることだってなかったのに、そんな言い方されれば誰だっていい気分はしないでしょう?!」 不快感を隠さずにあいつにぶつける。 せめて、「遅れて悪かったな」から始まっていれば少しは違ったかもしれない。 さすがにそれに関しては悪いと思っていたのか、あいつがバツが悪そうな顔になった。 「・・・それは悪かったよ。まぁいい、ほら、行こうぜ」 そう言って右手を掴まれると、有無を言わさずに歩き始めた。 一応謝りはしたけど。なんなのこの何とも言えない胸のもやもやは。 「まぁいい」って何? なんで上から目線なの? ・・・・・・納得いかない。 すこぶる納得いかない。 ・・・・・・けど、せっかく会えたのに喧嘩するのもなんだかバカらしい。 ここは1歩引いてこちらが大人の対応をすればいい。 そう考えてそれ以上の追及はやめた。 てくてくてくてく。 てっきりすぐにリムジンに押し込まれるかと思ってたのに。何故だか今日はずっと歩いてる。 いや、別にそれ自体は全く構わないのだけれども。道明寺にしては珍しい。 しかも一体どこに向かっているのか。 あてもなくただ歩いているだけに思えるのは気のせいだろうか? 「・・・・・・なぁ、牧野」 「何?」 自分の心の声が聞かれていたのかと思うようなタイミングであいつの足が止まった。振り返った顔はなんだか妙に真剣だ。 「そろそろ結婚しようぜ」 「えっ?」 こんな道端で突然何を言い出すのか。 「今さらだろ?俺は帰国したときからずっと言ってるじゃねぇか」 「いや、それはそうだけど・・・・・・」 「去年はお前が大学を卒業するまでっつーから待った。それなのに蓋を開けてみれば少し社会人として経験を積みたいとか言い出しやがって・・・」 「やがってって・・・そんな言い方しなくても・・・」 沸々と、せっかく収めたもやもやがまたお腹の底から沸き上がってくるのを感じる。 「俺はずっと結婚しようって言ってるだろ?全てはお前待ちなんだよ」 「う・・・・・・それは、わかってるけど・・・」 「社会人として経験を積みたいって、一体どうすれば満足すんだよ?出世か?」 「違うよ!そういうことじゃなくて、もっと自分に自信をつけたいっていうか・・・」 「だからどうすればその自信はつくのかって聞いてんだよ」 どうすれば? そんなこと一言では説明できない。 というか正直なところ自分でもよくわからない。 ただ、大学を卒業してそのまま結婚、という気持ちにはなれなかった。 もちろん道明寺を好きだし、結婚するならこの男しかいないって思ってる。 でも、4年間離れている間、自分なりに色々考えた。 いや、むしろ離れていたからこそ考えられることがあったのかもしれない。 この男はその気になれば真綿で包むように外野からあたしを守ってくれるに違いない。 何も心配せずに身一つで来ればいいって、そう思ってる。 でも、守られるだけでいいの? 道明寺に好きになってもらった牧野つくしはそういう女だった? 自分の中の自分がそう叫んでる。 身一つで闘ってるこの男を支える女になるには、自分だって社会の荒波を経験しておきたい。 それは決して2人の未来に無駄なことにはならないって信じてる。 鉄の女にはなれなくても、自分に自信をもてるあたしでいたい。 だから、何がどうすれば?と聞かれても困るけど、自分なりに「よし、頑張ったぞ!」って思えるくらいには社会人として頑張りたい。 一緒になりたいと思う気持ちが揺らぐわけでもないし、お互いにまだ若い。 結婚する前に色んな経験を積んでおきたい。 そう思うのは自分の我が儘なんだろうか・・・? 「何をぐだぐだ悩んでんのかは知らねぇけど」 道明寺の言葉に顔を上げる。 「仕事なら結婚してからだってできるだろ?」 「そう・・・だけど」 でも「牧野つくし」と「道明寺つくし」ではまるで違うよ。 普通に社会に揉まれるなんて無理に決まってる。 「それに、結婚しちまえばこういう煩わしいこともしなくていいだろ?」 「煩わしい・・・?」 「待ち合わせとかなんだとか、時間を気にせずにいつでも会えるってことだよ」 あ・・・・・・なんだろう。 何気に今の言葉にショックを受けてる自分がいる。 この男にとってそんな深い意味があったわけじゃないってことはわかってる。 単に結婚したい気持ちからぽろっと出た言葉だってことも。 『煩わしい』 それでも、この一言の破壊力は思いの外ズシンときた。 自分の中では忙しい中でも積み重ねていくこの時間が嫌いじゃなかった。 遠距離時代とはまた違う、互いを深めていくステップとして大切な時間だとそう思っていた。 それはきっと道明寺にとっても同じだと・・・・・・そう思っていたのに。 わざわざ時間を作って会うのは面倒くさかったのかな、とか。 そんなことはどうでもいいからさっさと結婚しろよってずっと思ってたのかな、とか。 ・・・・・・そう考えたら自分でもビックリするくらい落ち込んでしまっていた。 「おい、牧野?どうした?」 萎んだ風船のように俯いて黙り込んでしまったあたしに道明寺が戸惑いがちに声をかける。いつもなら憎まれ口の一つでも叩いてやるところなのに、どうしてだかこの時はそれすらもできなかった。 「おい、マジでどうしたんだよ?!」 いつまで経っても反応のないあたしに本気で心配になったのか、腕を掴んであいつが顔を覗き込んできた。 「・・・・・・なんでもない」 「って顔じゃねぇだろ。言いたいことは言えよ」 掴んだ手にギュッと力がこもる。 こういう時の道明寺は絶対に離してくれない。 「・・・・・・面倒くさかった?」 「は?」 「こうして忙しい中時間を作って会うのは・・・煩わしかった?」 「んなわけねーだろ」 即答だった。 ・・・・・・でも何故だろう。全然気持ちが晴れない。 「じゃあ煩わしいって何?道明寺が自分で言ったんじゃん!」 「あれは・・・そういう意味じゃなくて」 「じゃあどういう意味よ?!他の意味なんてわかんないよ!」 「おい、落ち着けよ。どうしたんだよ?今日はやけにつっかかるな」 わかんない。自分でもわかんない。 そう言えばもうすぐ生理がやってくるんだった。 もしかしたらそれで情緒不安定になっているのかもしれない。 自分でも何を言ってるんだろうって思う。 それなのにイライラは止まらない。 「・・・・・・ごめん、今日は帰らせて」 あたしの口から出たとんでもない一言に目の前の男が驚愕する。 「はぁっ?!お前、何言ってんだよ!せっかく時間作って会いに来たってのにふざけんな!」 「せっかくって何?お前のためにわざわざ時間を作ってやったとかそういうこと?」 「そうじゃねぇだろが!いちいち言葉尻を捉えて揚げ足取りすんじゃねぇよ!」 「だって・・・・・・!」 この日のあたしはどうかしてたんだと思う。 自分でもどうしてあんな風になったのかなんてわからない。 それでも、あいつの言葉一つ一つがどうしても気になってしまって、全てが悪い方悪い方へと走ってしまって・・・・・・ 暴走する自分をどうしても止められなかった。 だからこそ。これ以上の衝突を避けるために。 「ほんとにごめん、今日はなんかダメだわ。これ以上いても喧嘩にしかならない。だから帰らせて」 「牧野・・・」 今にも泣きそうな顔で言ったあたしの姿にあいつが驚いている。 あいつの前でこんな不安定な自分を見せたのは初めてだから、きっと向こうもどうしていいのかわからなかったんだろうと思う。 掴んでいた手がずるりと下がっていく。 「ほんとにごめんね。・・・・・・また連絡するから。じゃあ」 呆然と立ち竦む道明寺を残すと、あたしはその場から急いで走って逃げた。 逃げるという表現がピッタリだったと思う。 一度も後ろを振り返らずに、とにかく走って走って、走って逃げた。 あいつは追いかけては来なかった。いや、来れなかったのかもしれない。 いつもの道明寺だったら有無を言わさずにリムジンまで引っ張っていって押し込んでいたと思うから。あいつもあたしがいつもとどこか違うのを感じていたんだろう。 ひたすら走って家に着いた頃には心臓が破れそうなほどドキドキしていた。 走ったからなのか、妙な緊張感からなのかはわからない。 ふと携帯を見れば、 『落ち着いたら連絡しろよ。必ず』 そうあいつからのメールが入っていた。 ______あれから一週間。 クリスマスイブの今日まで、結局一度も連絡をしていない。 一度だけ、気付かない間にあいつからの着信が入っていたけれど、結局そのまま。 今思い出してもあの日はどうしてあんなに不安定だったのか。 何度考えてもわからない。 何故だか不安で、イライラして、あいつの何気ない言葉に傷ついた。 会いたくてたまらないくせに。 ごめんねって言いたいくせに。 弱虫で意地っ張りな自分はそれすらもできない。 なんだか今までの喧嘩とは違うような気がして。 自分でこじらせておきながら、身動き一つとれなくなってしまっていた。 パタンと入った室内は当然ながら真っ暗だった。 もしかしたらあいつがいるかもしれないなんてどこかで淡い期待をしていた。 そんな身勝手な自分にほとほと嫌気がさす。 今年のクリスマスは絶対一緒に過ごそうぜってあいつは嬉しそうに言っていた。 それなのに、今どうして自分はこんなところに一人でいるんだろう。 「はぁ・・・・・・」 ズルズルと、力の抜けた体ごとそのまま玄関に座り込んでしまう。 どうしようどうしよう。 このままでいいはずがない。 何事もなかったかのように明るく電話してみようか? ・・・でもあれっきりあいつからの連絡はない。 もしかしたらもの凄く怒ってるのかもしれない。 あぁ、いつから自分はこんなに弱い人間になったというのか。 あいつを支えたくて社会人になったって言うのに、こんなことでグジグジ悩んでるなんて本末転倒じゃないか!! 雑草魂は一体どうした! 「ええい、その時はその時だ!当たって砕けろっ!」 自分を鼓舞するように宣言すると、バッグの中に手を突っ込んで携帯を引っ張り出す。 相変わらずそこには何の変化も見られない。 「・・・・・よしっ」 スーハースーハー深呼吸すると、あいつの名前を出して通話ボタンに手をかけた。 その時。 ピンポーーーーーーーーーーーン 真っ暗な室内に突然鳴り響いた音に思わず飛び上がった。 ![]() ![]() スポンサーサイト
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サンタは魔法が使えない 中編
2014 / 12 / 24 ( Wed ) 思えばあの日の牧野はどこかおかしかった。
自分でも少し言葉が悪かったかもしれないという自覚はある。 このところ、約束をドタキャンすることも少なくなかった。 悪いとは思っていても立場上どうすることもできないことに苛立ちを抱えつつ、それでもあいつは一度だって文句を言うことはなかった。 だからといってあいつが何も感じてないわけじゃない。 あいつは甘えることと我が儘を言うことが信じられないほど下手くそな女だ。 そのくせ変なところで意地を張るから厄介だ。 だからこそ、次に会うときは絶対にあいつよりも先に行って待ってるつもりだった。 _____そしてあらためてプロポーズをするつもりだった。 あいつにそれを伝えるのは初めてじゃない。 帰国と同時にしたときには「学生の身分じゃ無理」と言われた。 まぁあいつの性格を考えればそれも当然かと納得もできた。 だがいざ卒業してみれば今度は「社会人としての自分を試してみたい」ときやがった。 何でだよ。うちに入ればいいじゃねぇか。 どうしても働きてぇってならうちの会社に勤めたっていい。 それなのにあの女、それだけは絶対に嫌だとかほざきやがった。 働きたい理由を聞いても何を言ってんのか俺にはさっぱりわかんねぇ。 もう俺たちの間を遮るものなんて何もない。一緒になりたいって気持ちも変わってねぇ。 だったらすぐに結婚すりゃいいだけじゃねーか。なんでそこで待つ必要がある? 俺は一日だって早くあいつと一緒になりたいってのに。 それでも、いつも我慢することの多いあいつが、あんなに真剣にお願いをすることを無碍にすることもできない。 つくづくあの女のお願いには弱いと痛感する。 度重なるドタキャンの連続に、さすがの俺もヤバいとは思ってた。 相変わらずあいつは何も言わない。 だからこそ余計に気になって仕方がねぇ。 あの女、我慢して我慢して我慢して我慢して、自分でどうにもこうにもできなくなって初めて吐き出すタイプだ。しかもそれが特大の爆弾だからシャレにならねぇ。 なんとしてもそれは避けたい。 だからこそ今日の約束は先に行ってあいつを待つ。 物につられるような女じゃないことは重々わかってる。 それでも、夜景の綺麗なレストランで食事して、雰囲気が良くなったところでプロポーズする。 この俺がこんなにベタなことをするなんてらしくねぇとも思うが、ストレートに想いを伝えて今夜こそ絶対に決める。 その決意は並並ならぬものがあった。 近くにいるはずなのに思うように会えない。 いつだって会いたい、触れていたい、その想いは日ごとに、一秒ごとに増すばかり。 ・・・・・・これ以上は俺が耐えらんねぇ。 一日だって早くあいつと一緒になりたい。 ・・・・それなのに。 直前になって部下が信じられねぇミスを出しやがった。 当然ながら予定は大幅に変更され、何が何でもと決め込んでいた計画が初っぱなから崩れ落ちてしまった。イライラはとっくにピークを過ぎている。昔の俺なら間違いなくそいつをぶっ飛ばして首を切って再起不能にしていただろう。 だがそんなことをすれば次に捨てられるのは間違いなく俺だ。 あいつがそんな愚行を黙って見過ごすわけがねぇ。 我慢させている分、だからこそ自分のやるべきことをちゃんとやる。 いつの間にかすっかり俺の中に根付いてしまっている信念だ。 怒号を浴びせながらも部下を奮い立たせ走り回ること丸一日。 なんとかその日のうちに全ての問題を解決させた。 時計を見れば既にあいつとの約束の時間は過ぎている。 あぁ、クソッ!!いきなり出鼻をくじかれちまった。 西田の言葉も最後まで聞くことなく、俺は会社を飛び出した。 待ち合わせ場所まではそう遠くない。 気が付けばリムジンも呼ばずに全速力でダッシュしている自分がいた。 早く、早く、早く、あいつの元へ。 なんつーか、俺が走るのは全部あいつ絡みじゃねぇか? 天下の俺様が一人の女のために必死こいて走ってるだなんて・・・全くどうなってんだ。 ・・・・・・いたっ!! 待ち合わせ場所にあいつが寒そうに手を合わせながら立っている姿が見えた。 俺よりもよっぽど強い女なのに、なんだか今日は随分小さく見える。 いつもああやって待たせてるかと思うと罪悪感で胸が押し潰されそうになる。 早くあいつを抱きしめてやりてぇ。 その想いで支配されたとき、見たこともねぇヤローが牧野の腕を掴んだのがわかった。 「・・・・・・っざけんな。ぶっ殺す!!」 背後からその男の腕を掴んで捻り上げると、クズ野郎はあっという間に逃げていった。 牧野が突然現れた俺にビビってる。 もしかしたらまたドタキャンすると覚悟していたのかも知れない。 ・・・つーか何だよ、そのめちゃくちゃ可愛い格好は。 お前は自覚がないだけで人を惹きつける魅力がこれでもかとある女なんだよ。 もっと周囲に対する警戒心を持て。 ・・・・なんて、遅刻した自分を棚上げしてそんなことを思ってしまう。 いや、気が付けば無意識に口にしてしまっていたらしい。 その時既に牧野の様子がおかしくなっていたことに俺は気付かない。 ただ、妙につかかってくるなとは思っていた。 だが、その時の俺はこの後どうするかということで頭が一杯だった。 既に最初から予定が狂ってしまっている。 とりあえずあいつの手を取って歩き出す。歩きながら必死で頭の中でシミュレーションを繰り返す。今からレストランに行くか?だが既に遅刻という大きな失態をしでかしている。 ・・・小手先の演出よりも、こいつにはストレートな言葉の方が伝わるはずだ。 そう考えた俺はピタリと足を止め、直球勝負に出ることを決意した。 「そろそろ結婚しようぜ」 飾りっ気もない言葉。しかもここは道のど真ん中だ。 計画なんて全く無視。 ・・・それでも。 あんなに小さくなって寂しそうに待っている牧野を見てしまったら、もうこの言葉を伝えずになんていられなかった。 お前だって俺と一緒にいたいって思ってるんだろう? そうでなきゃあんな顔なんてしない。 同じ想いを抱えてるってのに、一緒にならない理由なんてねぇじゃねーか。 結婚すれば、こうしてお前を無駄に待たせたり約束を反故にしたり、煩わしい思いをさせなくてすむ。 そして何よりも・・・・・・俺がお前と一緒にいてぇ。 「・・・・・・ごめん、今日は帰らせて」 それなのに。 気が付けば牧野が信じられないことを口にしやがった。 ・・・・・・はぁっ?!一体何をどうすればこの状況でそうなる?! やけに言葉尻を捉えてはつっかかってくるとは思ったが、そこまでこいつがキレる理由が全くわからねぇ。気が付かない間に何か地雷でも踏んでたってのか? 帰るなんて冗談じゃねぇ! 必死こいてやっと会えたんだ。朝まで一緒にいなくてどうする。 嫌だっつっても邸に連れて帰る。 「ほんとにごめん、今日はなんかダメだわ。これ以上いても喧嘩にしかならない。だから帰らせて」 そう思ってたのに。 目に涙を溜めて必死でそう呟いた牧野がまるで知らない女みたいに見えて。 今にも消えちまうんじゃないかと思うほど頼りなくて儚げで。 何を言えばいいのかと必死で考えている間にあいつはあっという間にいなくなって。 ・・・まるで逃げるようにその場から見えなくなってしまった。 俺は何が起こったかわからず、ただ走り去る牧野を呆然と見ているしかできなかった。 ポケットに突っ込んだ右手が虚しく四角い箱を握りしめたまま。 **** 「・・・っかんねー・・・。あいつは何であんなに怒ってたんだ?」 イライラしながら頭をガシガシと掻きむしる。 「お前が何か地雷踏んだんだろ?」 どこか呆れたように総二郎が目の前のグラスをクイッと飲み干す。 あれから4日。 またすると言った牧野からの連絡は一度たりとも来ていない。 あの日のトラブルが尾を引いて仕事もかなり忙しくなっていたから、正直ゆっくり会う時間を作ることはできそうもねぇ。 それでも、あいつが連絡をしてくれば夜中だろうとなんだろうとすぐに飛んでいくつもりだった。 ・・・それなのに、待てど暮らせどウンともスンとも言いやがらねぇ。 それどころか俺の電話にすら出やがらなかった。 あいつのことだから寝てたとか、充電してたとか、何かをしていて気付かなかった可能性は充分考えられる。だとしても、もういい加減俺の連絡に気付いているに違いない。その上であいつは連絡をしてこない。 原因が全くわらかない俺のイライラは募るばかり。 だがそれ以上に言いようのない不安が増す。 ・・・・・・あの時のあいつの顔が頭にこびりついて離れない。 なんであんなに悲しそうな顔をした? 俺はただプロポーズをしただけだってのに。 ・・・・・・まさか、そんなに結婚すんのが嫌なのか? いや、さすがにそれはねぇ。 絶対に。 ・・・・・・・多分。 「司が余計な一言言ったんじゃないの?」 類がソファーに横たわりながらポツリと呟く。 今日はいつもより早めに仕事が上がったから、思いきって牧野のアパートに行ってみようと思っていた。早いとは行っても既に10時を過ぎているが。 だが会社を出たところであきらからの電話が入った。久しぶりに飲まねぇかと。 正直、今牧野に会っても上手いことを言える自信がない。 何が悪かったのかがわからないのならばまた地雷を踏む可能性だって否定できない。 それならばと、こいつらに事の経緯を話してみることにした。 全くあてにはできねぇが、俺が気付かないことに気付くことだって考えられる。 会って早々イライラを隠そうとしない俺に全員が呆れたように溜め息をついた。 しかも 「また牧野を怒らせたのかよ」 とまで言いやがった。 なんで既に俺が悪者で確定してんだよ! ふざけんな! 「・・・・・・俺には何がなんだかさっぱりわからねぇ」 「何があったか順を追って思い出してみれば?」 類の言葉にあの日の記憶を辿っていく。 急な仕事でまず約束に遅れた。そしたらあいつが男に絡まれてて・・・助けた。 それで・・・・・・・それで? 俺は何つった? 「うわ、司。お前開口一番それはねぇだろ」 「何がだよ」 「考えても見ろ。お前が遅刻したから男に絡まれたようなものなのに、いきなりお前が悪いっつってるようなもんじゃねぇか。そりゃあ牧野が気分悪くするのも当然だろ」 「俺はそういう意味で言ったんじゃねぇ!」 「じゃあどういう意味だよ?」 総二郎の言葉に考えてみる。 「どういうって・・・あの日はあいつがやけに可愛い格好をしてて・・・あいつは自分で思ってる以上に魅力的な女なんだって自覚が全くないから、だから一人の時はもっと周囲に目を配れって、」 「だとしても牧野からしてみれば警戒心のないお前が悪いって言われてるも同然だろ」 「それは・・・」 「しかも、まさかお前遅刻したことを謝りもせずにそれを言ったんじゃねぇだろうな?」 「あ?」 ・・・・・・どうだったかな。 真っ先に謝るつもりでいたらあのクズ野郎が牧野に絡んでて、慌てて追っ払って・・・・・・ 「・・・・・・・あ」 謝ってねぇ。 牧野にキレられて初めて言及したかもしんねぇ。 「うわ、そりゃ最悪だろ、お前。確かに牧野に隙があるのは認める。でも元はといえばお前が悪いんだろ?それなのに自分のことは棚上げでそんなこと言われてみろ。どんな女だってキレるっつの。しかも可愛い格好してたのはどう考えてもお前に会うからだろ」 「司のことだから他のことでも誤解を招くようなこと言ったんじゃないの?」 類がさもお見通しとばかりに言う。 あの日、牧野は確かに細かい言葉にやけにこだわっていた。 あの後は「煩わしい」のがなんちゃらかんちゃら怒り狂ってて・・・・・・ 俺は、結婚してしまえばああやって牧野に煩わしい思いをさせなくて済むって意味で言ったんだが・・・あいつはどう捉えたんだ? 「お前とこうして会う時間を作るのが煩わしいって思うんじゃねぇのか?普通」 「はぁ?! んなことあるわけねぇだろうが!!」 「でもそう考えるのが自然だろ? 実際牧野は怒ってたんだよな?」 「怒ってたというよりは・・・・・・むしろ傷ついたような顔で・・・」 今にも泣きそうな顔だった。 「だったらそれ以外考えらんねぇじゃねぇか。まぁ、俺たちからすりゃあお前がそういう意図で言うわけがねぇってことくらいわかる。でも相手はあの牧野だぞ? そんな省略された言葉じゃそのまま真に受けたっておかしくねぇだろ?」 「つまりは何だ? 遅刻された上に開口一番ナンパされるお前が悪いって言われて、しかもいちいちこうやって会う時間を作るのも煩わしいから結婚しようぜって言われたってことか?」 「そんなこと言ってねぇっつってんだろが!!」 総二郎の言葉にガタンっと立ち上がる。 「牧野視点での話をしてんだろーが。お前がどう思ってるかなんて関係ねぇんだよ」 「牧野視点・・・・・?」 あいつ、そんな風に受け取ってんのか? だからあんなに悲しそうだったってのか? 「牧野、一人で泣いてるかもね」 ズキッ。 類の言葉が突き刺さる。 「つーか、いい加減司に愛想尽かすかもな」 ドキッ。 我慢させている自覚があるだけに無視できない。 「今頃なんて言ってお別れしようとか考えてんじゃねぇか?」 グサッ 「・・・・・・う、うるせぇっ!!そんなことがあるかぁっ!てめぇら人で遊んでんじゃねぇぞっ!!!」 「いってぇ! 八つ当たりすんなよ!」 「うるせぇ! お前らがふざけてっからだろうが!」 本気で悩みそうになった俺をニヤニヤと見ているあきらと総二郎の姿に、ようやくからかわれていたのだと気付く。奴らに向かって蹴り上げた足は咄嗟に出た手でギリギリ塞がれた。 「でもさ、牧野が傷ついたのは事実でしょ」 ギャーギャー騒ぎ立てる俺の横で類が放った一言にピタリと止まる。 見ればあいつが無言の圧力をかけるような目で俺を見ていた。 「司の都合なんて関係ないよ。牧野が傷ついたのは事実。連絡が来ないのが何よりの証拠でしょ? ・・・で? 司はこの後どうしたいの。あいつからの連絡をひたすら待つの?」 「俺は・・・・・・」 待つ?あいつからの連絡を? ぐるぐる考え出したらろくでもねぇことしか考えないあいつを? 「・・・・・・・・待てるわけがねぇ」 「だよな」 俺の一言にあきらが苦笑いする。 「でもまぁさすがに今からはやめとけ。もう日付も変わってるぞ。ここでまたお前の都合だけで暴走してみろ、ますます愛想尽かされるだけだぞ」 今にもこの場を走り去りそうになっていた俺にその言葉が突き刺さる。 ・・・・・・確かに。 今現在深夜0時30半過ぎ。 いくらなんでもあいつは寝てる。 この状況で行けば怒り狂うのは目に見えてる。 「・・・わーったよ。またちゃんと出直す」 「だな。そうしとけ。・・・でもまぁ、なかなかプロポーズを受けてもらえない点に関してはお前に同情するぜ」 「確かにな。牧野もいい加減腹くくればいいってのに、なーにをいつまでも悩んでんだか」 そう。 あいつは一体何をそんなに拘ってる? 俺が好きならドンと俺の胸に飛び込んでくればいい。 俺がいくらでもあいつを守ってやる。 それなのに。 「司と対等でいたいからでしょ」 「あ?」 「牧野は司に守られたいなんて思ってないんだよ。むしろ自分が守ってやれるくらいでいたいって思うような女でしょ。だから何の経験もしてないような自分じゃまだダメだって思ってるんじゃないの? 司はあいつのその言葉の意味をちゃんと受け止めてやってる?」 「類・・・」 まるで牧野が言ってるのかと思った。 俺には理解できねぇがあいつも似たような事をいつも言ってるから。 ・・・・・・何なんだよ。 いつだってお互いが一番の理解者だと言わんばかりのその余裕は。 くっそー! やり場のない苛立ちを抑えつつ立ち上がる。 「・・・とりあえず後日出直すことにするわ。お前らも悪かったな」 「おう。まぁ頑張れよ」 「手強い女をもつと大変だな。ま、検討を祈る」 「あぁ、じゃあな」 そう言ってあいつらに背を向けると、部屋を出て行こうと一歩踏み出した。 「あ、待って、司」 その時、類の呼び止めに振り返る。 見れば妙にニコニコした顔であいつが俺を手招きしていた。 「大事なこと教えるの忘れてた。ちょっと来て」 ・・・・・? 何だ? 大事なこと? 全く意味がわからねぇが、牧野のことに関しては無視することもできない。 俺は怪訝そうな顔を隠さずに類の元へと戻っていった。 ![]() ![]() |
サンタは魔法が使えない 後編
2014 / 12 / 25 ( Thu ) ドキンドキンドキンドキン・・・
こんな時間に・・・・誰? なんて考えなくても、答えは一つであってほしいと思ってる。 すぐに立ち上がると、ドアスコープを覗いて相手を確認することもせずに勢いよく扉を開いた。 バタンッ!! 「うぉわっ、あぶねっ!!」 何の前触れもなく開いたドアに、目の前にいた男が間一髪よける。 いるとは思ってなかったのか、その顔は驚きに満ちている。 「お前、いるんなら電気ぐらいつけろっ・・・・・・?!」 ドスッ 完全に無意識だった。 気が付けばあいつの胸に飛び込んでいる自分がいた。 当然ながらあいつは驚いていた。 ・・・けど、すぐに自分の背中に腕が回されて、いつもしてくれるみたいにギュウッと抱きしめられた。その温かさに、目頭が熱くなって、涙が零れないように慌ててあいつの胸元に顔を埋めた。 しがみつくように必死に背中に手を回して、そこが玄関だってことも忘れて、扉が開いたままだってことも忘れて、そうしてあたし達はしばらく抱き合った。 「落ち着いたか?」 「・・・うん、ごめん」 しばらく抱き合った後、寒いから中に入るぞと促され部屋に入った。電気もストーブもつけていなかった部屋はひんやりとしていたけれど、不思議と体は寒くなかった。 ふと視線を感じて顔を上げれば、道明寺がいつになく真剣な顔でじっとあたしを見ていた。 ・・・・・・何かを言おうとしている。 直感でそう思った。 「・・・牧野、あのさ」 「あの!この前はごめんね?なんかあの日あたしどこかおかしくて・・・細かいことまでつっかかってほんとにごめん」 なんだか急に不安になってあいつの言葉に被せるように口を開いた。 「あぁ、それはもういいんだ。元はといえば俺が遅刻したのがわりぃんだし」 「でも!連絡するって言っておきながら何にもしないで・・・しかも一回電話くれてたのに折り返しもしないで。あ、電話にはほんとに気付かなかっただけなんだけど、でも」 「牧野、ちょっと落ち着け」 ペラペラ止まらない口を止めるように、道明寺があたしの両手を掴んだ。 やっぱりその顔は真剣で、何か大事なことを伝えようとしているんだと思った。 ・・・・・・何? もしかして嫌な話だったりする・・・? いつまでも結婚しないあたしにいい加減愛想をつかしたとか? この男に限ってそれはない。 絶対にない。 そう思っているのに、ここ最近の自分の可愛げのない態度の連続に、徐々に不安の種が花を咲かせていく。 ドクンドクンドクンドクンドクン・・・・・・ 「あのさ、ちょっと目ぇ瞑れ」 「・・・・・は?」 思いも寄らぬ一言に思わず目が点になる。 なんで? 「いいから。いいって言うまで瞑ってろ、早く」 「う、うん・・・?」 全く意味はわからないけれど。 あいつがあまりにも真剣な顔でそう言うものだから。 思わず素直に従って目を瞑っている自分がいた。 何をするつもりなんだろう・・・・・・ 全く読めない展開に胸のドキドキざわざわはおさまらない。 シャラッ・・・・・・ 「よし、目ぇ開けろ」 何? これは・・・・・・何? 恐る恐る目を開けると、目の前にチェーンがぶら下がっている。 ゴールドか何かのチェーンの先にはさらに何かがぶら下がっている。 これは・・・・・・・・・・・・・・指輪・・・・? 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・え?」 目を開けたはいいものの、全く状況が掴めずに頭の中は???でいっぱいになる。 「あ、あの、道明寺・・・?」 「お前は俺と結婚したくなる」 「は?」 「お前は俺と結婚したくなる~」 ポカーンと口を開けたまま身動きのとれないあたしの前で、道明寺はチェーンを左右にブラブラと揺らし始める。そしてまるで何かに取り憑かれたように同じ言葉を繰り返す。 ・・・・・・何やってんの、こいつ? 何この催眠術みたいなものは。 っていうか催眠術かけてるつもり? しかも「俺と結婚したくなる~」って・・・何これ、何かのドッキリ? そう思って慌てて周囲を見渡すけれど、当然ながら誰もいない。 そうこうしている間にも道明寺はチェーンを揺らしながら呪文のように繰り返す。 しかもその顔は至極真剣そのものだ。 ・・・・・・・・本気でやってんの? この男が? こんなことを? こんなこと、道明寺が知っているはずがない。 どうせF3の誰かにろくでもないことを吹き込まれたに違いない。 そんなことは容易に想像がつく。 ・・・・・・それでも、そんなことをこの男が真に受けて行動に移しちゃってる。 後で思い出したら恥ずかしくて悶絶死しちゃうんじゃないかってことを真剣に。 道明寺司ともあろう男がこんなことを。 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」 いつまで経っても何も言わないあたしに痺れを切らしたのか、徐々にチェーンの動きが鈍くなっていく。それと同時に道明寺の顔も険しくなっていくのがわかる。 「・・・・・・・チッ、やっぱ騙されたか?」 ボソッと。 聞こえないくらいの小さな声であいつが呟いた。 そしてなんともバツの悪そうな顔でこちらを向く姿を見てしまったら。 「・・・・・・・・・・ぷっ、あはははははははははははははは!!」 「な、何だよ?!」 「だ、だって、だって・・・・・俺と結婚したくなる~~って・・・あははははっ!!」 もう笑いは止まらない。 お腹を抱えて笑い転げる私を前に、道明寺の顔がみるみる真っ赤に染まっていく。 「なっ?!やっぱあいつら俺をからかってやがったな! クソッ、ふざけやがって! 今度会ったらただじゃおかねぇぞ!!」 そう言って持っていた物を床に叩きつけようとした手を慌てて掴んだ。 驚いたあいつがあたしを見てさらにハッとする。 「なんだよお前・・・もしかして泣いてんのか?」 大笑いしていたはずのあたしの目からは大量の涙が溢れていて。ボタボタと音をたてて床へと落ちていく。驚いたあいつは慌ててあたしの涙を拭っていくけど、それでも追いつかないほどに次から次へと零れていく。 「なっ、なんだよ、そんなに嫌だったのかよ?! 悪かったよ、もうこれ以上は言わねぇから・・・だから泣き止め。なっ?」 普段めったに泣かないあたしの大号泣を前に、道明寺はどうしていいかわからずに必死で宥めようとしている。俺様なくせして本当はこんなに優しい。 あんなバカげたごとを信じるような男じゃないくせに、あたしとのことなら冷静な判断ができなくなって、まるで子供だましみないなことだって平気でやってしまう。 ・・・それが道明寺司、 あたしの好きになった男だ。 今目の前にいるこの男を見ていたらもう余計なことなんて全部吹っ飛んでしまった。 体は大きいくせに、小さくなってオタオタしている姿を見たら・・・ おかしくておかしくて、・・・愛しくて、泣けた。 「おい、まき・・・・・・」 「結婚してください」 「・・・・・・・は?」 あたしの口から突然出た言葉にあいつが固まる。 それはまさに鳩が豆鉄砲を食ったようなマヌケ面で。また吹き出しそうになったけれど。 そこをグッと堪えてあいつの両手を掴むと深呼吸をしてもう一度言った。 「あたしと結婚してください」 「お前・・・・・・何言って・・・」 「道明寺と今すぐ結婚したくなっちゃった。・・・・ダメ?」 まるで狐につままれたような反応を見せるのは当然だと思う。 今まで散々渋っておきながらいきなり結婚してください、なんだもん。 でもしょうがないじゃない。今まで説明できない不安があったのも事実、そして今目の前の道明寺を見て結婚したいって思ったのも事実なんだから。 前に人生の先輩から聞いたことがある。 結婚はどちらかに迷いがあるときはまだベストのタイミングじゃないって。 もちろんそれでも上手くいくこともある。それでも、自然に互いが今だ!って思う時が必ず来るって。だからまだまだ焦る必要なんかないんだよって。 今ならわかる。 それがまさに今だってことが。 「お前・・・・マジで言ってんのか?」 道明寺の手がゆっくりとあたしの頬を撫でる。あたしはすぐにそこに自分の手を重ねた。 「本気だよ。道明寺は本気じゃなかったの?」 「バカッ!本気に決まってんだろうが!」 「うん、あたしも本気。なんか、道明寺見てたら色々考えてたことがどうでもよくなっちゃった。あんたと一緒にいたい。ただそう思った」 「牧野・・・・・・」 驚きに染まっていた顔がふっと緩んで、そして心の底から嬉しそうな笑顔に変わって。 そしてゆっくりと、その顔が近付いてくる。自分のところに辿り着くまで待てなくて、あたしは自分からあいつの首に手を回すと、その唇に自分の唇を重ねた。 一瞬だけあいつが驚いたのがわかったけど、すぐに力強い手が背中に回され、あっという間に主導権は奪われてしまった。 何度も、何度も、どちらからともなく唇を重ね続け、そして甘い夜へと落ちていった_____ **** ・・・・・わかんねぇ。 さっぱりわかんねぇ。 何がこいつの考えをこうも変えたのか。 あれから急遽仕事で東京を離れた俺は、なんとか今日中に帰って来ることができた。 結局牧野からの連絡は一度もなかった。 一抹の不安を抱えながらもアパートに来てみれば部屋は真っ暗。 まさかいないのか? 今日はクリスマスイブだってのに一体どこへ?! そんな焦りを抱きながらインターホンを鳴らしてみれば・・・・・・今に至る。 俺の腕の中で気持ちよさそうに寝息を立てる愛しい女の頬をそっと撫でる。 あれから、なだれ込むようにしてベッドに移動すると、そのままこれでもかと抱き合った。 いつもの牧野からは想像もつかないほど積極的で、求めてるのは俺だけじゃないってのを感じる、そんな時間だった。 自分から何度もキスを求めてきて、必死でしがみついて、潤んだ瞳で「好き・・・」なんて言いやがるものだから、もう俺のブレーキは完全にぶっ壊れちまった。 ただでさえ会えてなかった上にあんな姿を見せられたら・・・1回抱いたくらいで終われるはずもない。何度も何度も抱いて、あいつがもう無理って泣いて縋って、それでも抱いた。最後は気を失うようにしてあいつが落ちるまで俺は止まれなかった。 眠る牧野の左手を取ってそっと指輪を嵌めていく。 ずっと前から準備しておいた指輪。 やっとこいつの指に嵌めるときが来た。 細い指にすんなりと嵌まったそれは上品で、持ち主に負けないくらいの輝きを見せている。 起きてこれを見たこいつが勿体ないだのなんだの騒ぐのが目に浮かぶ。 バカだな。 お前より価値のあるもんなんてこの世には存在しねぇのに。 お前の笑顔ほど眩しいもんなんかどこを探したってねぇってのに。 この女は自分の価値をちっともわかってなんかいねぇ。 何をそんなに不安になってんだか知らねぇが、お前がただ傍にいてくれるだけで俺に信じられないほどのパワーを与えてくれるってのに。それ以上頑張る必要なんか何もない。 早くそれに気づきやがれってんだ。 「ん~・・・」 もぞもぞと寝返りをうった牧野が無意識に俺に擦り寄ってくる。 愛する女が自分の腕の中で眠っている。それだけでこんなに幸せを感じることができる。 それはこいつに出会ってなければ一生知ることはなかった幸福だ。 そもそも幸せの意味すらわからなかった俺だ。 牧野と家族になれば一生その幸せに満たされて生きていくことができる。 「さっきのセリフ、忘れたとは言わせねぇからな」 「ん・・・」 ムギュッと鼻をつまんだら苦しそうに顔を歪める。その顔に思わず笑った。 「・・・それにしても女心ってのはよくわかんねぇな。結局何が地雷で何が良かったのか俺にはよくわかんねぇよ」 ふと、テーブルの上に置かれたままの金のチェーンが目に入る。 ・・・・・・まさか、マジであれの御利益があったってのか? この前別れ際に言われた類の言葉。 『チェーンに指輪をぶら下げてこうして願い事を言うと叶うらしいよ。テレビでやってたんだけど、特に女の子の間で爆発的な人気があるらしい。実際かなり効果があるみたいだから司も駄目元でやってみれば?牧野も女の子なんだし、もしかしたら喜ぶかもよ?』 あの時はなんてバカバカしい。 くらだねぇにもほどがある。 どうせまた俺をおちょくって笑いのネタにしたいだけだなんて鼻で笑ってた。 でも結局牧野からの連絡がなかったことに不安を抱いた俺は、ある意味藁にも縋る思いで試してみることにした。 ・・・・・・結果はこのとおりだ。 恐るべし。 侮るべからず。 よもや俺がこんなことをするなんて・・・ もしかしたらこいつに一生ものの弱みを握られちまったかもしんねぇ。 まぁそれでも。 こいつが手に入るのなら。 一生一緒に生きていけるのなら。 もうきっかけなんて何だっていいんだ。 手にした幸せを絶対に離したりはしない。 ムニャムニャと何やら寝言らしき言葉を発する牧野の体を引き寄せると、その温もりを確かめるように自分の中に閉じ込めた。 ようやく今夜はぐっすり眠れそうだ。 「・・・・・・なぁ、類」 「何?」 「お前がこの前司に言ってたおまじないってのはほんとなのか?」 「あぁ、あれ? うん、深夜番組でたまたま見かけた。凄く胡散臭かったよ」 「ぷはっ! 胡散臭いって。でもまぁまさか司が実際やるわけがねーもんな」 「だな、あいつがあんな子供だましみたいなことをやるわけがねぇよな」 ハハハっと大笑いするあきらと総二郎を横目で見ながら、類は手元のリモコンをポチポチと押していく。適当に変わっていく画面をぼんやりと眺めながらポソッと呟いた。 「司だからこそやりそうなんだろ」 ちょうどその頃司がくしゃみをしたとかしないとか。 メリークリスマス。 素敵な夜を。 ![]() ![]() <後書き> *こちらの作品は前中後の3部構成です。中編を見ていない方はお忘れなく! こちらの作品、以前拍手で8888を踏んだとご報告くださったきな※※ち様に、あら、そんなにめでたい末広がりを踏んだのならばいっちょ何かリクエストでもしてみますか~?と冗談半分で言ったことがきっかけでできました。 なかなか結婚に踏み切らないつくしに痺れを切らした司がおまじないに走る(情報源はテレビっ子の類)、といった内容で、それは面白い! と案をいただくことにしました。 なんだか書き手の能力不足で全然まとまりのない話になってしまって申し訳ないです・・・m(__)m 前半部分でもや~っとされた方には申し訳ないですが、これが私の能力ですのでそこは大目に見てやってください。 きな※※ち様、一応こんな感じに仕上がりましたがいかがでしょうか? こんなんイメージとちがーーーう!!という時は遠慮なくぶん殴ってやってください。 正面から受け入れますから! 素敵なリクエストを有難うございました! 楽しかったです(*´∀`*) |
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