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明日への一歩 6
2015 / 01 / 08 ( Thu )
「ねぇねぇ、牧野さんって一体何者?」


キッチンで一人ホッと一息ついていたのも束の間、入り口から聞こえてきた英語にドキッと冷や汗が出る。ゆっくりと振り返ると、金髪をなびかせた見目麗しい女性が立っていた。

この女性は確か・・・

「ベティさん」
「あら、もう私の名前覚えてくれたの?」
「は、はい。人の名前と顔を覚えるのは割と早い方で・・・」
「へぇ~、突然西田さんの下につくなんて言ってやって来たから何事かと思えば、仕事が全くできないコネ入社ってだけではなさそうね」

コツコツとヒールの音を響かせて目の前までやってくると、自分より背の低いつくしを前屈みになりながらマジマジと観察してくる。


う、うぅっ、近いっ・・・!
美人って何か無駄に迫力があるのは全世界に共通することなのだろうか?


「ブスってわけじゃないけど特別可愛いってわけでもないわよね。あの副社長が女性を下につけるなんてどういう風の吹き回し? しかもこんな中途半端な時期に・・・。万が一があり得なさそうな女だから選ばれたってことかしら?」

人の顔を穴が開きそうなほど観察しながら何やらブツブツ念仏を唱えるように言葉が続く。

・・・っていうか思いっきり聞こえてますから!!


「あ、あの・・・」
「で? あなたは何者なの?」
「えっ?!」

口に手を当てて独りごちていたベティの瞳がギラリと光る。

「あの副社長が女性を部下に従えるなんてあり得ないことなのよ。しかもエリート中のエリートの西田さんの下だなんて、何か特別な理由でもなければ考えられないことだわ。あなたは一体何者なのっ?!」
「えっ、あ、あのっ・・・!」


どうしようどうしよう。
もうずっとこんな状況をシミュレーションしていたというのに。
やっぱりどうやったって上手く切り抜けられるような理由が思いつかない!!


ジリ、ジリ・・・・
コツン、コツン・・・


一歩ずつ後ずさるつくしに続いてヒールの音がそれを追う。
やがて壁にドンと背中が当たってそれ以上の逃げ場を失ってしまった。




万事休す・・・!!




「何をされているのですか」


もう駄目だと思ったその時、入り口から天の声が舞い降りた。


「西田さん・・・!」

上司の登場につくしに詰め寄っていたベティが慌てて姿勢を正す。
どうやら彼女達にとって西田は絶対の存在のようだ。

「あなたのボスが探していましたが大丈夫なのですか?」
「えっ?! あ・・・申し訳ありません! すぐに参ります。では失礼致しますっ・・・」

西田の言葉に顔色を変えてベティは一目散にキッチンを飛び出して行ってしまった。
取り残されたつくしは呆然としながらも全身からドッと力が抜けていく。
ベティの後ろ姿を見ていた西田の顔がこちらに向くと、ほーっと息をついていたつくしとバチッと目があった。

「あっ・・・、ありがとうございました!助かりました・・・」
「・・・あなたがここに来る時点でこのようなことは想定内ですからね。今後も同じような事が繰り返されるでしょうが、早く上手くあしらえるようになってください」
「は、はい・・・」

だったら何かいいアイデアをくださいと言いたいところだが言えるはずもなく。

「では仕事を一つお願いしてもよろしいでしょうか」
「は、はいっ! 何なりとお申し付けください!」

『仕事』 の言葉につくしの目の色が変わる。
だが西田の口から出たのは期待したものではなかった。

「副社長にコーヒーをお願い致します」
「えっ・・・」
「何か問題でも?」

その言葉にピタリと動きを止めてしまったつくしに西田が目を細める。

「い、いえ・・・でも、その、確かアメリカでは・・・」
「そうですね。ここでは日本と違って上司に対してもお茶くみをするようなシステムは基本的にはありません」
「ですよね」

それはついさっき西田からアメリカと日本での主な違いの説明で聞いたばかりだ。
アメリカでは基本的に身分に関係なく自分のものは自分で用意し、日本のように部下が目上の者に何でもしてやることが当たり前という考えは存在しないらしい。来客などは別として。

「ただしそれはケースバイケースです。ボスがそれを望むのであれば私たち秘書はそれをサポートする。そこは変わりません」
「ボス・・・」
「あなたには副社長が気持ち良く仕事をこなせるためのサポートをしてもらいます。今ボスが求めていることはあなたにコーヒーを持ってきてもらうこと。・・・ということでお願いします」
「う・・・・・・・・・わかりました」
「私は先に戻っていますので」

そう言って実にスマートにキッチンを出ていった西田を苦虫を噛み潰したような顔で見送る。


・・・・・・あいつ~~~~!!!!


心の中で思いっきり悪態をつきながらつくしは渋々コーヒーの準備を始めた。









***





あの日、楓と再会した週末_________






「・・・今何て言ったんですか?」
「・・・何度言えばわかるのですか? あなたには西田について司の第二秘書をやってもらいます」

西田さんの下で・・・?
というかそれはつまり司の直属の部下ということなわけで・・・

「ど、どうしてですか?! 立場を隠したまま司の下で働くなんて無理です! 下っ端の平社員で充分です! きちんと真面目に働きますからっ」
「これはビジネスです。この条件が呑めないのであればビジネスは不成立となりますね」
「そ、そんな・・・」

何もわざわざ司につかなくてもいいじゃないか!
新入社員の入る時期でもあるまいし、いきなり副社長に秘書が増えるだなんて他の社員が納得するわけがない。しかもどこからどう見ても何もできなさそうなペーペーの日本人に。
おまけに司に女性がつくなんてことになったら・・・
仕事とは関係ない面倒事が容易に想像できて背筋がゾッと震える。

「私が司の直属で働くと面倒事が起きるだけのような気がするんですが・・・」

暗に会社のためにはなりませんよと言葉に滲ませて必死で説得する。

「それをどう対処していくかがあなたの腕の見せ所なのではなくて? 結婚すれば嫌でもそういうことは起きますよ」
「うっ・・・!」

だが願いも虚しく正論で跳ね返されてしまった。
ぐうの音も出なくなってしまったつくしに呆れたように、楓は司に顔を向ける。

「あなたはどう思うのかしら?」

そうだ。
自分が働くことにあれだけ反対していた司ならきっと納得しないはず・・・・・・

そんな期待を込めながら司の方に顔を向けていくと・・・


「まぁ・・・そういうことなら仕方ねぇな」

そう言った男の口元は明らかに緩んでいた。

「ちょっ、ちょっとぉっ!! つい数分前と言ってること違うからっ!!」
「あ? 何がだよ」

ガシッと腕を掴んで揺らした瞬間司の顔がシュッと引き締まったのがわかる。
っていうかニヤけてたの全然隠せてないからっ!!

「あたしが本社で働くなんて冗談じゃねぇって怒り狂ってたじゃん!」
「・・・・・・そうだったか? 記憶にねぇな」
「はぁっ???! あんたねぇっ!」

惚けるのもいい加減にしろっ!
というかこれではさっきとまるで正反対ではないか。


「本社で働くのならば」

今にも取っ組み合いの喧嘩が始まりそうな勢いのつくしを冷静な声が我に返させる。
ハッとして横を見れば楓の瞳がギラリと光っている。

こ、怖っ!!

「あんたという呼び方は感心致しませんね」
「はっ・・・す、すみませんっ! でも・・・」
「あなた色々と資格をお持ちのようですね?」
「えっ?」
「学生時代に色々と資格を取ったと報告を受けています。その中に秘書検定も含まれていますね? ですからできないという答えは消されるはずですが」

うぅっ!! 何故そのことを・・・
というか会わない間もやっぱり情報は全て筒抜けだったということなのね・・・

「英会話もそれなりに問題ないと聞いています」
「そ、それは・・・」


元来つくしは頭が良かった。
そこに真面目が加わるとそれはただただ努力の人に変わる。
司と離れていた時間を無駄にしまいと、会えない時間をひたすら勉強に費やしていた。
将来一緒になったときに役に立つことがあればと、持っていても無駄にはならない資格も積極的に取った。
いつかは海外にも行かなければならないことも考えて英語だけは必死で勉強していた。日常会話程度なら何の問題もないくらいにはいける。
あのことがあって司との別離を決めてからも、自分のためのスキルアップとしてその努力は続けていた。

それがまさかこのような形であだになろうとは___


「なるほど。お前はこういうことを予想して頑張ってたってわけか」
「そ、それはっ・・・!」
「じゃあそんなに頑張ったお前の努力を無駄にするわけにはいかねぇよなぁ~」

ニヤニヤと。
さもしょうがないからお前を働かせてやるぜと言わんばかりの男が憎たらしいっ!


「それで? どうなさるのかしら?」
「え・・・」
「イエスかノーか、答えは一つだけです。 このビジネス、お引き受けになるの?」

う、うぅう・・・
というか選択肢なんて最初から一つしか用意されてないくせに!
くっそー、なんか絶対に嵌められた気がする。
司に至っては態度が180度変わっちゃったし・・・・・・

あぁ、今なら予言者になれる自信がある。
秘書になった暁には「アンタ誰」とばかりに詰め寄られるに違いない。
そして女性社員のいらぬ嫉妬や反感を買ってしまうのだ。

あぁ、気が重い・・・・・・

つくしは一度ガックリと項垂れると、はぁ~っと息をついて顔を上げ直した。
その顔からは数秒前までの迷いは消え去っている。
そして楓の視線を正面から受けるとはっきり答えた。


「やります。 やらせていただきます。 力不足ですが働かせてください」


これも結婚のための試練だというのならやってやろうじゃないの!
こちとら根性だけは据わってるのよ。
異国の地でも雑草魂を見せてやろうじゃないの。

心の中でメラメラと燃え上がるつくしをじっと見つめると、楓はスッと視線を横にずらしていく。
そこには見るに耐えられないほど頬を緩ませている息子の姿があった。道明寺財閥の副社長にあるまじき顔に思わず目を逸らしたくなるほどだ。
はぁ・・・と今日何度目かの溜め息をつくと、再び視線をつくしに戻す。
息子とは正反対につくしは真面目な顔をしていた。そしてそこには見えない闘志が宿っている。

「わかりました。それではビジネス成立ですね」
「あ、あの、いつからですか? 本社にはいつから・・・」
「週明けから働いてもらいます」
「しゅ、週明けっ?!」

今日は金曜日だ。
週明けと言うことはあと2日しかないではないか!

「何か問題がおありかしら?」
「い、いえ、そういうわけでは・・・」

いくら社長直々だからとはいえ、「じゃあ明日からよろしく~」的感覚で決めていいのだろうか?
というか他の社員が知るのはきっと当日に違いない。
ただでさえありえない人事だというのにある日突然やって来るだなんて・・・
あぁ、想像するだけで意識が遠のいていきそうだ。


「心配すんなよ。お前のフォローは西田や俺がしてやるから」
「え」
「急な人事でざわつくことはあってもお前はそれを黙らせるだけの仕事をすりゃあいいだけだ。お前はそれができる人間だろ?」
「それは・・・」
「ババァもそう思ってるからこそお前にこの提案をしてんだろ。ま、素直には認めねぇだろうけどな。下手に平として働かれるよりも俺の下にいるのなら万が一の時だって守ってやれる。だから何も心配せずに飛び込んでこい」
「司・・・・・・」


・・・・・・なんだか。
悔しいけれどこの上司の下で働いてみたいって不覚にも思ってしまったではないか。
目の前で自信に満ち溢れた顔を見せるこの男はやはり一回りも二回りも大人になっている。


「一つだけ約束して」
「・・・なんだよ?」
「特別扱いだけはしないで」
「あ?」
「会社では婚約者としてのあたしは封印。指輪だってもちろんしない。ただの一社員として行くの。だから他の社員と同じ扱いをして」

つくしの申し出に司がクッと笑う。

「お前は相変わらず変わった女だな。普通は特別扱いして欲しいもんじゃねぇのか?」
「そんなことは微塵も望んでない」
「くくっ・・・・・・そうだよな。それでこそ牧野つくしだよな。・・・・・・まぁ状況によりけりという条件をつけてわかったと答えておく」
「なっ・・・」
「俺の助けが必要だと判断したときはお前の言い分は聞かねぇ。あくまでもお前は俺の婚約者なんだ。本来しなくていいことをしてるんだからな。そこでお前に何かあるようなことは俺が認めない。それだけは何と言おうと譲れねぇからな」
「う・・・」

なおも困惑気味なつくしの頭をポンポンと撫でる。

「心配すんじゃねーよ。 『どうしても』 の時だけだ。俺だって副社長として何年もやってきてんだ。これまで一度だって私情を持ち込むような仕事はしてねーよ」
「司・・・」

そう言った司の顔は笑っていたけれど真剣だった。
つくしはそこで思い出す。この数年司がどういう思いで頑張ってきていたのかを。
彼の主張はその通りなのだろう。窮地の会社をひたすら支え、ここまで持ち直させたのは他でもない司の努力があってこそだ。
社会人としての道明寺司は自分なんか足元にも及ばないほどの男なのだ。


「・・・・わかった。その言葉を信じる。じゃあ一社員としてよろしくお願いします」

そう思ったら、素直にその言葉がつくしの口から出ていた。
頭を下げたつくしに司がフッと笑う。

「おう。ビシバシ鍛えてやるから楽しみにしておけよ」
「う・・・」

ニヤリと笑った瞳が妖しく光ったような気がするのは思い過ごしだろうか?

「じゃあそういうことで決まりだな。このビジネスを終えれば帰国してすぐに入籍する、それでいいな?」

少し前までニヤついていた顔など何処へやら。
司が楓に向き直ったときには大真面目な顔に戻っていた。さすが切替が早い。

「・・・いいでしょう。異論はありません」
「よし。二言は認めねぇからな」

楓の答えに満足そうに頷くと、司はつくしの左手を取って自分の口元に持っていった。

「いいか、つくし。半年後にはお前は俺の妻になる。独身最後の半年を有意義に過ごせよ」
「う、うん・・・」

素直に頷いたつくしに満足したのか、司は掴んだ手にそのままチュッと唇を落とした。
驚いたつくしが慌てて手を引こうとするが掴まれた手はビクリともしない。

すぐ横には楓がいるというのに!

「ちょっ・・・!」
「なんだよ、今さらだろ?」
「えっ」
「もうさっきあんなとこ見られてんだ。これくらい何でもねぇだろ?」
「はっ・・・!」

そう言えばそうだった。
よりにもよってチュッチュして抱き合ってるところを見られていたのだった。

恐る恐る横を見れば楓の表情はこれっぽっちも変わっていない。
むしろどこか呆れているようにすら見えるのだが。

「それではそういうことで。私はこれで失礼します」
「あっ、あのっ! ふつつか者ですが精一杯頑張りますのでよろしくお願いしますっ!」

立ち上がった楓につくしは慌てて姿勢を正して頭を下げた。
そんなつくしにチラッと視線を送ると、楓はそのまま美しい立ち姿で部屋を出て行ってしまった。


バタンと誰もいなくなってしまったドアを見てつくしの全身からへなへなと力が抜けていく。

「おっと」

足元から崩れ落ちそうになった体を司が咄嗟に抱きしめた。

「はぁ・・・ほんとに大丈夫なのかな」
「何の問題もないだろ。お前なら大丈夫だ」
「でもここはアメリカだよ?色々とわからないことが多すぎて・・・」
「心配すんな。邸を見てもわかるようにうちには日本人もかなりの数がいる。問題ねぇ」
「だといいんだけど・・・」

ふぅ~と緊張をほぐすように息を吐いたつくしを後ろからギュッと抱きしめる。

「・・・でもいいな」
「・・・え?」
「お前が秘書か・・・・・・」

後ろだから顔が見えないが、この声は・・・・・・明らかにニヤけてる!

「ちょ、ちょっと! 変なこと考えてんじゃないでしょうね?!」
「なっ、何がだよ! 俺は副社長だぞ? んなわけねぇだろうが!!」
「・・・・・・・・・・・・」
「おい、なんだよその沈黙は! てめぇは婚約者に対して失礼な奴だな!」


明らかな動揺を見せる司に、つくしの脳裏にあらぬ想像が駆け巡りゾッと身震いしたのだった。







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明日への一歩 7
2015 / 01 / 11 ( Sun )
コンコン


控えめに聞こえてきたノック音にキーボードを叩いていた手を止める。

「入れ」

誰かなんて聞かなくてもわかる。
ガチャッという音と共に入って来た女は予想通り何とも言えない微妙な顔をしていた。

「・・・失礼致します。コーヒーをお持ちしました」

軽く一礼すると、微妙な顔のまま近付いて来て仕事の邪魔にならないような場所に控えめにコーヒーを置く。

「サンキュ。っつーか何なんだよその微妙な顔は」
「・・・微妙なのは生まれつきです」
「くっ、まぁそれは否定しねーな」

わざと挑発するようなセリフを言ってみる。
明らかにムッとしたのがわかるが、すぐに何事もなかったかのようにその表情が隠された。

「では失礼致します」
「待てよ」

一礼して去って行こうとする細い手をガシッと掴む。
振り返った顔は戸惑いの色を滲ませていた。

「・・・離してください」
「何か言われたか?」
「え?」
「お前の顔が何か言いたそうにしてっからよ」

自分でも顔に出ているとは思ってもいなかったのだろう。思わぬ指摘に驚いている。

「・・・・・・西田さんが言ってましたよ。アメリカでは基本的にお茶出ししなくていいって」
「それはそうだな。でも俺が自分でやることはねぇよ」
「でも女性社員にやらせることはないって」
「当然だろ。あいつら邪な目的を持って来るからな」
「だったら・・・」
「私じゃなくてもいいでしょってか? 愚問だな。 お前だから、だろ」

掴んだ手にグッと力を入れると、明らかに視線が泳ぎ始めた。

「こ、公私混同しないって・・・」
「別にコーヒー出すくらい何でもねぇだろ? 俺だって気持ちよく仕事したいからな」
「・・・・・・わかりました。だから手を離してください」

思いの外すんなりと離してもらえた手につくしはほっとする。

「何か聞かれたんだろ?」
「えっ?」
「お前の顔見りゃわかるからな」

そんなに顔に出ているのだろうかと咄嗟に顔に手を当てると、司がクッと笑った。

「何かあったら言えよ」
「え・・・?」
「お前なら自力で対処できるってわかってる。でもここはアメリカだからな。日本とは勝手が違うこともあるだろう。だから無理すんじゃねーぞ。俺はお前を働かせたくてNYに連れてきたわけじゃねぇんだからな」
「つか・・・副社長・・・」

思わず名前を呼んでしまいそうになったつくしが慌てて訂正する。
つくしの口から出た 『副社長』 の言葉に自然と司の口元が緩んだ。

「副社長か・・・なんかいいな。お前の口からその言葉を聞くのは」
「なっ・・・! また変なこと考えてるんでしょう! ・・・あっ! いえ、考えられてる、考えになられて・・・・・・あれ?」

もはや自分でも何を言っているのかわからなくなってきた。

「ぶはっ! お前何言ってんだ? 相変わらずおもしれぇ奴だな」
「だ、だって・・・!」
「2人きりの時までガッチガチで話す必要ねーよ。いつも通りにしろ」
「で、でも・・・」
「俺がいいってんだからいいんだよ。お前なら使い分けくらいなんでもねぇだろ?」
「う、うん・・・」

ついさっきまで緊張で凝り固まっていた心がほんの少し解けてきた気がする。

「あたしさ、お義母さんがくれたこの時間を無駄にしないよ。これもあの人なりの優しさだと思ってるから。司の仕事を間近で見ることはこれからの自分のためにもすごく大事なことだと思ってる」
「つくし・・・」
「だから一秘書としてビシバシ鍛えてよね!」

ガッツポーズを作って笑うつくしを見る司の目が細まる。

カタン、と。
やがて静かな音を立ててゆっくりと司が立ち上がった。
その瞬間、つくしの中での危険レーダーがピコーンピコーンと作動した。

「じ、じゃあコーヒーは確かにお渡ししましたから! それでは失礼致しますっっ!!」

矢継ぎ早にそう告げると、上司の答えを聞くこともなく一目散に副社長室から飛び出した。
つくしの元へ歩み寄りこの手に抱きしめようと思って踏み出した一歩が、その場で前にも後ろにも動けなくなる。客観的に見れば・・・いや、見なくとも、とてつもなく情けない図になっているに違いない。


「・・・・・・・・・・・・あのヤロー・・・逃げ足早すぎだろうがっ!」


司が妄想していためくるめく情事はそう簡単なことではないのかも・・・しれない。










***



「牧野様、少々席を外してもよろしいでしょうか?」

ファイリングしていた書類から顔を上げると、西田が書類を手に立ち上がっていた。

「もちろん構いませんけど・・・どこかへそれを届けるんですか?」
「はい。総務部にどうしても届けなければならないものでして」
「あ・・・じゃあそれ、よかったら私に行かせてもらえませんか?」
「え?」
「もちろん西田さんでなければ駄目なら話は別ですけど、私でも大丈夫なら是非そうさせてください。こういうことでもないとなかなか社内を見て回ることもできないですし」
「・・・そうですか。 ではお願いしても宜しいですか」
「はい、もちろんです! 総務部ですよね? 任せてください!」

書類を受け取ると、つくしは拳で胸をドン!と叩いた。

「あ、それから私のことを牧野様っていうのはもうやめてください」
「それは無理なお願いですと何度もお話ししたはずですが」
「でも・・・西田さんは私の上司なんですよ? それなのに私が様づけなんておかしいですよ」
「あなたのここでの立場はあくまでも仮の姿です。司様の婚約者である以上この点は譲ることはできません」
「う・・・」

10戦全敗。
この押し問答で勝てる要素が見つからない。
というかそれ以前に西田との舌戦で勝てる気がしない。
そんな相手に職場で様づけで呼ばれているなんて、尚更恐縮しきりだ。
つくしはガックリと肩を落とすとドアの方へと足を進めた。

「じゃあすぐに戻ってきますね」
「お願い致します。 皆川さんという人を訪ねてください」
「皆川さんですね。了解しました! では行って参ります」




副社長室は50階、目的の総務部は43階に位置している。

つくしがここで働き始めてから早くも数日が経過していた。
秘書となってからのつくしの職場は西田用の部屋を使わせてもらっている。
充分な広さのある室内に新たにデスクを置いた形だ。
その西田の部屋は片方は司の副社長室へと、もう片方は秘書課へと繋がっており、秘書課全体を統括している彼がどちらにも自由に行き来が取れる構造となっている。

つくしは西田と同室で仕事をしていることもあり、基本的には他の社員との接点はあまり多くない。つくしとしては同じ土俵で仕事をしたいところではあるが、自分の置かれた状況を考えるとこれもやむを得ないのかとなんとか自分を納得させている。
司と同室にされるよりは遥かにマシだ。そうなったら仕事にならないに決まっているのだから。

そのような背景もあり、機会があればこのように雑務を進んで買っている。
こういうことでもなければなかなか社内を見て回るチャンスがないからだ。
司が闘っている場所がどのような所であるのか、また、彼が導く社員がどのような人々なのか、つくしは自分の目でできるだけ多く見て回りたいと思っていた。



「えーと、総務部総務部・・・あ、あった」

複数ある部署の中から目的のものを見つけると、つくしは室内に入っていった。

「あの、秘書課の西田から皆川さんへ書類を預かってきたのですが・・・」
「皆川ですね。お待ちください」

英語での会話は聞き逃しがないかいつもハラハラだが、今のところは何とかトラブルもなくやり過ごせている。真面目に勉強していて良かったと思わずにいられない。

それにしてもやはり広い。
見渡したオフィス内はここだけでほんの一つの部署かと思うと、いかに道明寺ホールディングスが大規模な企業であるのかをあらためて知らしめられた気がする。


「お待たせしました。皆川です」

背後からかけられた声にキョロキョロしていたつくしがハッと我に返る。

「あ・・・すみません。こちら、西田から預かって参りました」
「ありがとうございます。確認させていただきますね」
「はい」

現れた男性は名前から予想はついていたが、やはり日本人のようだ。つくしとさほど変わらないまだ20代と思われる男性だ。
ここはアメリカ本社とはいえ、日本人の割合もかなり高い。おそらく4割ほどは確実に占めているのではないだろうか。もちろん社内でのやりとりは英語のみだが、現地の日本人も積極的に採用しているらしい。

「あぁ、大丈夫です。わざわざご苦労様でした」
「いえ。それではこれで失礼させていただきますね」

そう言って会釈をすると、つくしは今来た道を戻り始めた。


「・・・・・・あの!」

と、皆川という男性に呼び止められる。

「・・・はい?」

つくしはまだ何か用があったのだろうかと振り返ったが、予想に反してその男はつくしの顔をじーっと見ている。

「あ、あの・・・?」
「あっ・・・すみません! ・・・あの、失礼でなければお名前を教えていただけませんか?」
「は・・・?」

突然の言葉につくしは思いっきりしかめっ面をしてしまった。

「あぁっ! 変な誤解はしないでください! そういうことではなくて・・・あの、もし違っていたらすみません。もしかして・・・牧野さんじゃないですか?」
「えっ・・・? どうしてそれを・・・?」

当然のことながらつくしにアメリカに知り合いなどいない。
しかも本社にやって来て顔を合わせたことがあるのはせいぜい秘書課のメンツくらいのものだ。

・・・・・・誰?!

「あぁ、やっぱり! 僕のこと覚えてないかな? 同じ中学校にいた皆川康太だよ!」
「皆川康太・・・・・・?」

いまいちピンと来ない名前と顔につくしは記憶の糸を必死で辿っていく。
皆川・・・皆川・・・みな・・・・・・

「あぁっ!!」
「思い出してくれた?」
「もしかして、図書委員で一緒だった?!」

つくしの言葉に皆川は嬉しそうに頷いた。
皆川はクラスこそ同じではなかったが、委員会が同じになることが多く、その時によく話をしていた男の子だ。当時は眼鏡をかけていて目立つ存在ではなかったが、今目の前にいる男性はとても垢抜けた好男子に変わっている。
これでは気付かないのも当然だ。

「正解。久しぶりに会えて嬉しいよ。っていうかまさかこんなところで再会するなんて驚いた」
「それはこっちのセリフだよ! そっか、確か皆川君って卒業後にアメリカに引っ越したんだっけ」
「そう。親父の仕事の都合でね。そのままこっちにいるんだ。牧野は? なんでここに?」
「あ~・・・あたしは・・・ちょっと、ね」
「?」

つくしの言葉に皆川は不思議そうに首を傾げる。

「ま、いいのいいの! あたしのことは気にしないで」
「うん・・・?」
「でもそっかー。まさかこんなところで同級生に再会するなんて夢にも思わなかったな。あたしは半年の契約なんだけど、その間よろしくね」
「半年なのか。そっか。一応ここでは先輩になるから何でもわからないことがあったら聞いてよ」
「あはは、ありがとう。久しぶりに会えて嬉しかったよ。じゃあまたね」
「あぁ。じゃあな」


軽く手を振るとつくしは総務部を後にした。

まさか異国の地で、しかも道明寺ホールディングス本社で自分を知っている人間に会おうとは。
世界は広いようで案外狭いのかもしれないとつくしはつくづく感じていた。






「・・・・・・あれ? でも、秘書課で期間限定の派遣を採用するなんて話、今まで聞いたことないけどなぁ・・・?」


同じ頃、ポリポリと頭を掻きながら皆川は不思議そうに首を傾けていた。







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明日への一歩 8
2015 / 01 / 12 ( Mon )
「えっ!! 今何て言ったの?!」

広い部屋につくしの驚きの声が響き渡る。

「お前もっと真ん中行けよ、狭いだろ」
「狭いって、じゃあ自分の部屋で寝ればいいじゃん・・・」
「なんでだよ。だったらお前が俺の部屋に来いよ」
「なんでそうなるのよ・・・って、そういう話じゃなくて!」

NYの邸でもつくし用の部屋を準備されてはいるが、日本にいた頃と変わらず、寝る時間になると連日司が押しかけて来る。魔女もいるのだから節度のある生活を! と訴えてはいるが、何を今さらと全く取り合ってはもらえない。
それどころか、俺が押しかけるのと俺の部屋に連れて行かれるのとどっちがいいと選択を迫られる。 なんなんだその横暴な選択肢は! そもそも選択肢になっていないではないか。


「あ? 明日のパーティのことか?」
「そう。何よその聞き捨てならない話は!」
「そんなに驚くことでもないだろ? お前もなんだかんだで秘書になって一ヶ月が経つし、社交場デビューにはちょうどいいかと思ってな」
「デビューって・・・でもあたしなんかが出たら・・・イダダっ!!」

話の途中で思いっきり頬を抓られ、思わぬ痛みに顔が歪む。

「なんかとか言うんじゃねー。お前はもっと自分に自信を持てっつってんだろ? 何せこの俺様が選んでやった唯一の女なんだからな」

褒められてるのかなんなのか。つくしは頬を摩りながら呆れ顔だ。

「あたしが出席するとややこしくなんない?」
「なんでだよ。お前は俺の秘書であり婚約者だろ。何の問題もねぇ」
「でもさ、今は婚約者って立場は伏せてるわけでしょう? 何か色々と面倒事が起きそうで怖いんだけど・・・」

西田に聞くところによると、司はつくしと離ればなれだった6年もの間、徹底的に女を寄せ付けないようにしていたらしい。仕事の付き合いでやむを得ずエスコートをする以外、秘書のお茶出しですら男にさせていたという徹底ぶりだったそうだ。
素直に嬉しいと思う反面、そんな司が突然秘書とはいえ女を同伴するとなれば・・・
その先が容易に想像できて思わず身震いしてしまう。

婚約者としての出席ならまだともかく、あくまでも今は秘書としての牧野つくし。
トラブルに巻き込まれたときの対処に頭を悩ませそうだ。


「言っとくけど。俺はいつバラしても構わねぇと思ってるからな」
「えっ?! だ、ダメダメ! それはダメだよ!」
「なんでだよ。言っただろ? 俺はお前を働かせたくてここに連れてきたんじゃねぇって」
「そ、それはそうだけど・・・ちゃんと最後までやり通したい!」

自ら引き受けたからには魔女の条件をきちんとクリアしたい。
いかにも真面目過ぎるつくしらしい考え方だ。

「だからお前の意思を尊重してるだろ? ただし前にも言ったようにお前に危険が及んだりするなら話は別だ。もともと俺とババァとのビジネスは成立してる。今の状況はしなくてもいい延長戦みたいなもんだ。それが原因でお前に何かがあるような本末転倒な事態になるんだとすれば俺は遠慮はしない」
「司・・・」

戸惑った顔で自分を見上げるつくしに司はフッと表情を緩めた。

「まぁ基本的にはお前の意思を尊重してやる。俺の言ってることは万が一の状況だから心配すんな。その代わりお前も俺に隠し事すんじゃねーぞ。どんな小さなトラブルでもちゃんと話せ。わかったな?」
「う、うん・・・」
「・・・よし。 まぁこの話はこれでいいとして」

司がそう言ったのと同時につくしの視界がグルッとひっくり返った。
見えるのは自分を見下ろす司と綺麗な模様が施された天井だけ。

「・・・・・・え?」
「もう話は済んだだろ?」
「え、え?! ちょ、待って、んっ・・・!」

ニヤリと口角を上げた司の体がつくしに覆い被さると、問答無用で口を塞いだ。

「待たねー。もう一週間待ったし終わってるだろ」
「なっ・・・・あっ!」

確かにこの一週間、あの日でお預け状態だった。
でもどうして終わったことを知っている?!
というかもうホックが外れてるから! 早っ!!

「司っ、待って! 明日パーティなんでしょ?!」
「それがなんだよ。関係ねー」
「あるっ! 絶対跡つけないでよ?!」

つくしの必死のお願いに司の動きが一度止まり、いつの間にやら胸元に沈んでいた顔が戻ってくる。変なフェロモンが全開で直視は危険だ。

「・・・わかった。じゃあつけない代わりに奉仕しろよ」
「えっ?!」
「上司が気持ち良く仕事できるように支えるのが秘書の務め・・・だろ?」
「・・・・・・!!」

口をパクパクしながら言葉をなくしてしまったつくしに満足そうに笑うと、司はまるで肉食獣のようにペロリと舌なめずりをして再び獲物に覆い被さっていった。




この日狙われた瀕死の獲物が解放されたのは、日付をまたいで長くしてからのことだった。







***





「あたたた・・・・・・・ったくあのバカッ!! ちょっとは手加減しろっつーの!」

まるで老体に鞭打った老人のように、つくしは腰を押さえながらヨロヨロと立ち上がる。

「どうかされましたか?」
「えっ?! あっ、い、いえ、なんでもありません!」

と、ついさっきまで席を外していた西田がいつの間にやら部屋に戻ってきていたらしい。
気配を全く感じさせないのはまさにアンドロイド並だ。

「・・・そうですか。上司に尽くすというのもなかなかに大変なお仕事でしょうが、あなたにしかできない仕事ですから頑張ってください」
「は・・・・・・」


今何て言った・・・?
さりげなく、サラッと、ものすごーーーくとんでもないこと言ってないか?
というかセクハラの部類に入るんじゃないのか?!

あまりにも平然と言われたセリフに反応しそびれたつくしをよそに、西田は淡々といつもと変わらない。こういう人に限って案外むっつりなのかもしれない・・・なんて考えていた矢先、視線があってドキッと心臓が跳ね上がる。

「そういえばこちら、副社長から今日の衣装をお預かりしております」
「え・・・衣装?」
「はい。今日は先日成功したプロジェクトの打ち上げパーティですから、皆様華やかなお召し物で来られるかと」

渡された袋の中には綺麗な深いブルーのドレスらしきものが入っている。

「え・・・でも私は秘書として参加するんですよね?」
「秘書の方も正装されて来ますからご心配には及びません。・・・とはいえ副社長の場合、単にあなたを見せつけたいだけだろうとは思いますが」
「う・・・」

やっぱりそういうことなのだろうか。
実は昨日、ベッドの中で 「ようやくお前と表舞台に出られる」 なんてことを言われた。
つくし自身、昔の苦い思い出以降、道明寺絡みの公の場には一度も顔を出したことがない。
花嫁修業と銘打って、F3や桜子達に半ば無理矢理その類いに連れ出されたことはあるが、道明寺家、あるいは司がいる場では初めてのことだ。
6年も離ればなれだったのだから当然と言えば当然なのだが。

「心配はいりませんよ。副社長があなたから離れないでしょうし、必要があれば私もおります」
「あ、いえいえそんな。自分の事は自分でちゃんとやりますから。お気遣いありがとうございます」
「ではこの後出発しますから着替えをお願い致します。副社長室奥にある仮眠室で着替えるようにとのことですので」
「えっ?! いいですいいです、更衣室で着替えますから!」

わざわざ副社長室の仮眠室で着替えるなんて冗談じゃない。
逃げ場のない場所など、夕べのことを思い出してゾッとする。

「今は副社長はおられませんからご心配ありません。おそらく更衣室で着替えることで余計なトラブルを避けることを考えられてのことだと思います」
「あ・・・」

西田の言葉がストンとつくしの中に落ちていく。
そうだった。司はこれまで女性秘書を公の場に引き連れていったことがないのだ。
それがポッと出のなんちゃって派遣社員なんぞをお供する、しかもまだ確認してはいないが、間違いなく身分不相応な上質なドレスを着ていくと他の秘書に知られれば・・・後が怖い。

「・・・そうですね。ここは素直に厚意に甘えさせてもらいたいと思います」
「そうしてください。では1時間後には出ますからその心づもりでいてください」
「わかりました。じゃあ私は着替えさせてもらいますね」


隣の副社長室へと入るが、西田の言う通りそこには誰もいなかった。
主のいないこの部屋に入るのは初めてだが、ただでさえ広い室内がさらに大きく見える。
いつもと違うのは司がいるかいないかだけだというのに。
それほどに彼が放つ絶対的な存在感とオーラが凄いのだということを認識させられる。

「えーと、仮眠室仮眠室・・・あ、あった」

つくしは何とも言葉にできない寂しさを感じながら、これまで一度も入ったことのないドアの中へと足を踏み入れていった。

「わ~何これ。普通に部屋じゃん」

そこにあるのは仮眠室とは名ばかりの、ホテルにも負けなないほどの立派な部屋だ。
小さいながらもキッチンが備え付けられ、シャワールームも完備されている。
部屋の中央に鎮座しているのは仮眠室には不釣り合いなキングサイズのベッドだ。

「ひえ~~、お金持ちの感覚ってやっぱり理解できないわ」

貧乏人の性だろうか、つくしは部屋の隅から隅までをチェックしながら驚嘆の溜め息を零す。
今さらながら自分は凄い男の妻になるんだなと実感する。

「あ、いけない。時間ないから急がなきゃ」

つくしは時計を見ると慌てて袋の中からワンピースを引っ張り出した。

「わ~、素敵・・・」

中から出てきたのは余計な装飾などない極シンプルな深い青色のワンピースだ。
デコルテラインが綺麗に見えるようにカットされているがいやらしさは全くない。体に当ててみるとちょうど膝丈ほどで、細いつくしの手脚が綺麗に見えるようにデザインされたのではないかと思える。

「もしかしてこれってオーダーメイド・・・?」

妙に自分の背丈にピッタリの繕いに、司ならやりかねないと頭をよぎる。
ますます身が引き締まるが、今日は秘書としてしっかり仕事をしなければ。
つくしは無意味にフンと気合を入れると、バサバサと身につけているものを脱いで着替え始めた。






「・・・・・・あ、ネックレス、どうしよう」

下着姿になりワンピースを脚に通したところでふと鏡に映るキラリと光るものに気付く。
普段はブラウスの中に隠れて見えないが、つくしの首回りにはあの土星のネックレスがキラキラと輝いている。指輪は仕事にはつけられないが、こうしてネックレスは常に肌身離さず身につけているのだ。ただし見えない服装というのが大前提。そうでなければただの派遣社員がつけるにはあまりにも高価すぎる。鋭い女性陣にすぐに何か突っ込まれてしまうに違いない。

だが渡されたワンピースでは確実に首回りが露出する。
どうしたものか・・・

「そのままつけて行けよ」
「えっ?! って、きゃあっ! いつの間にっ!!」

ハッと顔を上げればいつの間にか鏡に映る男が一人。
秘書が秘書ならその上司もアンドロイドなのか?!

つくしは自分が今とんでもない格好をしていることを思い出し、慌てて膝で止まったままのワンピースをたくし上げていく。だが焦っているせいか腰で引っかかって上手くいかない。

「バカ、破れんだろうが」
「じゃああっち行け、バカッ! 覗き魔っ!」

つくしの一言にピキッと青筋が一本走る。

「・・・んだと? てめぇ、後ろのベッドに押し倒してキスマークだらけにしてやろうか」
「ぎゃ~~~~っ、やめてっ!! それだけはやめてぇっ!!」
「うるせー、叫ぶんじゃねぇよ。・・・ま、いくら大声出したところでここは完全防音だけどな」

何故に仮眠室で防音にする必要があるんだと言いたいところだが今はそれどころではない。
ニヤニヤ悪魔のような笑みを浮かべる男から身を守らなければ。

腰で止まったままのワンピース、さらには両手で必死に上半身を隠すつくしの姿に、思わず司が吹き出した。

「ぶはっ! つーかお前のその姿なんだよ! 笑わせてぇのか?!」
「うるさーーい! あんたがいきなり現れるからでしょお?! ノックくらいしなさいよ!」
「したぞ。小指でな」
「そんなのしたって言わないから! っていうか確信犯じゃん!」
「はいはい、ったくうるせー秘書だな。ほら、あっち向け」
「ひぇっ?! やめてっ、キスマークつけないでぇっ!!」

あっという間に目の前にやってきた司に肩を掴まれると、そのままグルッと反転させられた。
司の目の前に背中が剥き出しの状態だ。

「バーカ。嘘に決まってんだろ。着させてやるだけだ。手ぇ下ろせ」
「え・・・いいよ。自分でやるから」
「今さらだろうが。おまえの体なんて隅々まで見尽くしてんだからこれくらいのことでガタガタ言ってんじゃねぇよ」
「そっ、そういうことはいちいち言わなくていいから!」
「いいから黙って言う通りにしろ。間に合わなくなるぞ」
「う・・・」

時計を見れば約束の時間まで30分を切っていた。
つくしは渋々身を任せると、司が楽しそうにワンピースを着せていく。

「よく似合ってんじゃん。さすがは俺の見立てだな」
「やっぱりこれって特注なの?」
「ったりめーだろ。婚約者のお前に着せるもんだからな」
「今は秘書なのにこんな高級品じゃなくても・・・」
「秘書だろうと婚約者に違いはねぇ。いずれお前を正式な婚約者として世界に披露するんだからな。今から少しずつ慣れておけ」
「うっ・・・」

世界という言葉に萎縮する。

「それからネックレスはつけておけよ。それに合わせて作ったデザインなんだからな」
「え・・・」
「今は指輪をつけなくても我慢してやる。だからそれだけは絶対に外すな」
「・・・・・うん」
「よし、できたぞ」
「・・・ありがとう」

鏡の中に映るつくしはただワンピースを身につけただけだというのに、普段からは比べ物にならないほど清楚な雰囲気へと変わっている。

「あ。髪の毛どうしよう・・・。自分じゃセットできないよ」

今現在のつくしの髪型は鎖骨の下ほどまでのセミロング。サラサラのストレートだが、仕事中だけ軽くバレッタでまとめている。

「そのままでいい。お前の髪は何もしなくても綺麗だからな」
「え?」

パチンという音と共に後ろで留められていた髪がサラリと落ちてくる。

「でも、せっかくワンピースで正装してるのにこんな髪型でいいのかな・・・」
「いいんだよ。お前はあれこれ着飾る必要はねぇんだから。衣装がシンプルな方がお前の良さが引き立つんだよ。このワンピースとネックレスだけで充分だ」

肩に手を置いたまま鏡越しに見つめられて急激に心拍数が上がっていく。
やっぱりこの男のフェロモンは尋常じゃない!
その見た目でそんなセリフを吐くなんて卑怯だ。
おそらくつくし以外の女ならとっくに腰砕けになっているに違いない。

「・・・なんだお前、顔が赤くねぇか?」
「・・・っ! なっ、なってない!」
「いや、赤い。・・・なんだよ、照れてんのか?」
「て、照れてるわけないじゃんっ!!」

ガバッと頬を押さえた途端、司の顔がニヤーーっと悪い顔へと変わっていく。
それと比例してつくしの背筋にゾゾーっと悪寒が走る。

「なんだよお前。可愛いとこあんじゃねーか。あとどんくらい時間あんだ?・・・15分か。・・・チッ、さすがに無理だな」

む、無理って一体何がっ?!
想像するだけでおぞましい・・・!!

つくしはじりじりと後ずさり時計を見ている司から距離を取っていく。

「ま、少しくらいならいけるな。よし、こっちこい。可愛がってやる」
「ひぃっ! いっ、いらないいらない! 遠慮します!」
「いいから来いっつってんだよ。つーか何離れてんだ?」

気付かない間に微妙に離れていたつくしに気付いた司が訝しげな顔をして一歩近付いて来た。

「ひっ! 今はムリっ! とにかく遠慮しますからっっっ!!!!!」

司の踏み出した一歩と同時につくしは隣室への扉へと猛ダッシュした。

「あ、おいっ! 待ちやがれっ! あと少しなら時間があんだろうが!!」
「だから一体何の時間がっ?! お断りしますっ!!」
「待てっつってんだろうがぁ!!」
「いやあーーーーーっ!!」


せっかくの正装も台無し。
髪を振り乱して大股開きで扉までダッシュすると、まるで何かの脱出劇のように凄まじい勢いでドアを開けた。すぐ後ろには猛獣が迫ってきている。


バターーンッ!!


「待ちやがれっ!!」
「きゃあっ!!」


足の長さがあれだけ違っていればストライドの差は歴然で、扉を開けた瞬間後ろから追いかけてきた司に肩をガシッと掴まれてしまった。
万事休す・・・・・・!!



・・・かと思って顔を上げると、目の前に無表情のアンドロイドが一人。
いや、一体か?


「お戯れになるのは結構ですが、この後大事な仕事だということをお忘れなく」


顔色一つ変えずにそう言うと、さっさと副社長室から出て行ってしまった。
その背中には 『バカには付き合いきれない』 と確実に書いてある。

「・・・ちっ、あの野郎、いいところで邪魔しやがって」

ガッ!!

「いってええええええええ!!」

つくしがヒールのついた靴で思いっきり足を踏むと、痛みのあまり司が飛び上がった。

「もう! あんたのせいで西田さんに呆れられちゃったじゃない!」
「そんなん知るか! っつーかお前何しやがる! 人の足を潰す気か!」
「いい革靴履いてるんだからこれくらいで潰れるわけないでしょ?! 革が柔らかくなるように協力してあげたのよ。感謝しなさいよね!」
「ふざけんな! このやろう・・・!!」
「ちょっ・・・? きゃーーーっバカっ! どこ触ってんのよぉっ!!」

後ろから羽交い締めにしてきた司がつくしの耳たぶにガブッとかじり付いた。
そのままの勢いで体をまさぐろうとした、その時______


バタンッ!!!!


「副社長、この後の仕事をお・わ・す・れ・な・く。 そして牧野様、いくらその実婚約者とはいえ、着乱れた状態での出席は困りますよ。 以上」



バタンッ。



疾風の如く現れて消えて行ったアンドロイドに、二人羽織状態でしばし動けなかったのは言うまでもない。








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00 : 00 : 10 | 明日への一歩(完) | コメント(5) | page top
明日への一歩 9
2015 / 01 / 13 ( Tue )
「おや? 道明寺さん、今日は珍しく女性を連れてらっしゃるんですね」


耳にタコができるほど聞かされたセリフ。これでもう何度目だろうか。

普段自ら女を連れて来ることが絶対にあり得ない司が初めて連れてきた女。
たとえそれが秘書なのだとしても、その 『普通ではない女』 に、会場に入った瞬間から向けられる好奇の目はとどまるところを知らない。

「はい。期間限定で西田について私の秘書を務めております。以後お見知りおきを」
「牧野つくしと申します。よろしくお願い致します」
「いやいや、可愛らしいお嬢さんですなぁ」

わははと愛想笑いを浮かべる目の前の中年男性を見ながら、つくしはこの男は少なくとも司の味方ではないななんてことを考える。

パーティが始まって1時間余り。
メープルホテルの大広間を使って開かれているパーティは300人を超える人で賑わっていた。
次から次へと司の元へ挨拶に来る人の波は絶えない。
だが、横に立ってその光景を眺めていると、相手の本性というものが実によく透けて見えてくる。
心の底から司に対する敬意の念を抱いている者、若造のくせに生意気なと腹の中で思っているにもかかわらず、ゴマすりの為だけにニコニコと愛想笑いを振りまく者、実に多種多様だ。

今目の前に立つ男はまさにその後者の代表格だ。
司に対してだけではなく、つくしに対しても小娘のくせに調子に乗るなと顔に書いてある。
鈍いつくしですら気付くのだから、感覚鋭い司が気付かないわけがない。
だが目の前の我が上司はそれをおくびにも出さずビジネスモードでスマートに会話を交わす。
・・・彼の6年という努力の年月を見せつけられた格好だ。



「・・・・・・フン、相変わらずいけ好かねぇ狸オヤジだな」

最後まで愛想笑いで去って行った中年オヤジに向かって司が毒を吐く。

「・・・色々大変なんだね。想像はしてたけど、現実はもっと厳しいんだ・・・」
「くっ、これくらいでびびってるようじゃこの世界じゃ生きていけねぇからな。いつどこから足元をすくわれるかわからない。常に互いに探り合いだ」
「あたしには無縁の世界だよ・・・」
「まぁお前みたいな裏表のない真っ直ぐな人間にはドぎつい世界だろうな。でもお前がこの世界に染まる必要はねぇよ。むしろお前はお前らしさを失わずにいろ」

そう言ってつくしを見下ろす瞳はとても優しい。
自分らしさ・・・ つくしは胸元のネックレスをキュッと握りしめた。

「うん。あたしはこういう世界で疲れて帰って来る司のほっとできる場所であり続けるよ」

ニコッと笑ってみせると、心なしか司の頬が赤くなったような気がする。

「・・・なんだよお前。こういう場所では素直になるってどういうつもりだ?」
「えっ、何かまずかった・・・?」

一応周りに人がいないことを確認して言ったつもりだが。

「そうじゃねーよ。今すぐにでも押し倒したくなるようなセリフをこんな場所で言いやがって・・・そうできないとわかっててわざとか?」
「なっ・・・そんなわけないじゃん! っていうか押し倒したくなるとか、意味わかんないから!」
「アホか。好きな女にあんなセリフ言われてみろ。大抵の男はその気になるんだよ」
「そんなこと知らないよ! っていうかハードル低すぎだから!」
「知るか。・・・とにかくこの後は覚悟しておけよ」

ボソッと。
耳元で舐めるように囁かれ、つくしの背中にゾクゾクッと電気が走る。

「ちょっ・・・そういうのやめてくれる?!」
「あぁん? なんだよ、 『そういうの』 って」

耳を押さえながら真っ赤になって怒るつくしに司はニヤニヤが止まらない。

くっそー、やっぱりわざとか!

つくしが苦々しい顔で司を睨み付けた、その時。



「司君」

向こうのテーブルから軽く手を上げて近付いてくる中年男性が一人。
50代後半と思しきブロンドヘアの男性は、年齢の割には格好良く、その立ち振る舞いだけでもいかにも身分の高い男性だということが伺える。
今までふざけていたのが嘘のように、司も瞬時にビジネスモードの顔へと切り替わった。

「Mr.カーター、ご無沙汰しています」
「日本で会って以来だから半年ぶりくらいかね?」
「おそらくそれくらいかと。その後業績も安定していて感謝しております」
「そうかそうか。うちもだよ。・・・おや、こちらの女性は?」

お約束のセリフにつくしの背筋がシャンと伸びる。

「あぁ、こちらは今秘書の見習いをしている牧野つくしと言います。期間限定ではありますが以後お見知りおきを。牧野、こちらはマキシリオンの社長のマックス・カーター氏だ」
「あ・・・! 牧野つくしと申します。よろしくお願い致します」
「マックス・カーターです。・・・あの司君が女性の秘書ですか。・・・珍しいこともあるものですなぁ」

つくしの背中に手を添えて紹介した司の行動にカーターの目がキラリと光る。
つくしの脳裏にシンディから聞かされていた話が蘇り、全てを見透かしたような鋭い視線が昔の魔女と重なって思わず目を逸らしたくなってしまう。

「・・・どうだい、司君。今からでも遅くはない。シンディとの結婚をもう一度前向きに考えてはみないかね」

スッと視線をつくしから司に移して放たれた一言に、つくしの背筋にツーッと冷や汗が流れていく。

「申し訳ありませんが私の気持ちは変わりません。それにあなたも既にご存知でしょう? 私が婚約を発表したということを」
「おや、そうだったかね?」
「そうですよ。何があとうとも私はその女性と一緒になりますからもういい加減諦めてください」
「わはは、相変わらず君は潔いなぁ! ますます気に入ったよ。・・・だからこそ欲しいんだがね。・・・果て、噂の婚約者は一体どこのどなたやら。早くお目にかかりたいものですなぁ・・・」

チラリと。 自分に視線が向けられたような気がするのはきっと思い過ごしではない。
・・・・・・やはりこの男性は一筋縄でいく相手ではない。

「時が満ちれば正式に彼女を紹介しますのでそれまでお待ちください。素敵な女性ですから私も早くその日が来るのを待ち望んでいるんです」
「・・・そうですか。 もしそれまでに気が変わるようなことがあればいつでも言ってくれたまえ。私はいつでも大歓迎だよ」
「天地がひっくり返ろうともそれはありませんので」
「わはは! 実に愉快、愉快!」

一件和やかに見える会話も、水面下ではとてつもない駆け引きが繰り広げられている。
だがその根底には大切なビジネスパートナーとしての絆も伺え、さっきの狸オヤジとは一線を画しているのがよくわかる。

「ではその日を楽しみにしているよ」
「はい。ありがとうございます」

司が軽く頭を下げると、カーター氏は人垣の向こうへと消えて行った。
完全に姿が見えなくなったところで、つくしの全身からドッと力が抜けていく。
思わずそのまま倒れそうになるつくしの背中に大きな手が添えられた。

「大丈夫か?」
「うん・・・。あの人だよね? シンディさんのお父さんって」
「あぁ」
「なんかすっごいオーラだね。今までの人とは全然違ってたよ。・・・こう言っちゃなんだけど、あんたのお母さんと同じ匂いがする」

違うのは男か女かという点だけ。
醸し出す威圧感は何一つ変わらない。

「ババァとか・・・クッ、確かにそうかもな」
「絶対にあたしが相手だって気付いてたよね」
「まぁ間違いないだろうな」
「はぁ・・・どうか何事もありませんように」

祈るように呟くつくしの頭を司がポンと叩く。

「何があるっつーんだよ。今さら妨害のしようもねぇだろ? 余計な心配すんな」
「うん・・・。 でも、そういえばシンディさんはあれからどうしてるんだろうね・・・」
「どうだろうな。俺もあれ以降会ってねぇし。特別何かの噂を聞くってこともねぇな」
「・・・・・・」

シンディ達の事情は簡単に言えばつくしと司の男女逆転バージョンのようなものだ。
ただ、身分が高いのが女性側だという点に関しては、ある意味ではつくしたちよりも大変なのかもしれない。

色々なことを考えては沈んだ顔を見せるつくしに、司は呆れたように溜め息を零す。

「また余計なこと考えて落ち込んでんじゃねぇよ。なるようにしかならねぇし、あいつらが本当に貫きたい想いがあるなら必ず同じ場所に辿り着くだろ。そんなことは俺たちが一番わかってんだろ?」
「・・・・・・うん」
「だったらお前は信じてやれよ」
「司・・・。 ・・・うんっ! ありがと、元気出た」
「くっ、単純な女だな」

単純だろうとなんだっていい。
目の前の男の言葉に勇気をもらったのは紛れもない事実なのだから。
・・・そうだ。自分たちが信じてあげなくてどうするというのだ。
彼らの未来を信じてあげないということは、すなわち自分たちの未来も否定するということ。


いつか。 ・・・・・・いつかきっといい報告が届くことを信じて。




「司様、失礼します。この後スピーチがありますので移動をお願い致します」

タイミングを見計らったように現れた西田が耳打ちするように予定を告げる。

「あぁ、もうそんな時間か。・・・つくし、お前は俺の目の届く場所で大人しく待ってろよ」
「え?」
「いいか、フラフラ知らない人間について行ったりすんじゃねぇぞ」
「なっ・・・人を子どもみたいに言わないでよ!」
「どうだかな。お前は時として子どもより厄介だからな」
「キーーーーーっ、失礼しちゃう!!」

ぷりぷりと怒りを露わにするつくしに司が肩を揺らして笑う。
そんな司の姿を遠巻きに物珍しいものでも見るようにしている人間は数知れず。
作り笑い以外見たことのない連中の視線が無邪気な笑顔に奪われっぱなしだ。

「じゃあな。すぐに戻る」
「うん、頑張って!」

ファイト! とジェスチャーで送り出すつくしに笑うと、司は颯爽と人波の向こうへと消えていった。




ほどなくして壇上に楓と司の姿が現れると、会場にいた人間の視線が一斉にそこに注がれていく。

『皆様、今日はお集まりいただきましてありがとうございます。この度我が社は・・・・・・・・』

会場中の視線を一身に浴びながらも、目の前の男は全く動じることもなく、威風堂々と言葉を並べていく。もうすっかり大人の男に、そして名実ともに会社の顔になった司の姿に、つくしは言葉にできない感動で目を奪われてしまっていた。




______だから気付かなかったのだ。





「きゃっ?!」





すぐ後ろに気配が忍び寄っていたということに。



背後から伸びてきた手に引っ張られると、完全に無抵抗だった体はあっという間にそのまま引き摺られて行ってしまった。









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00 : 00 : 10 | 明日への一歩(完) | コメント(8) | page top
明日への一歩 10
2015 / 01 / 14 ( Wed )
あぁ、これはデジャブだろうか。

これと似た光景を何度となく知っている。



「ちょっと! 何とか言ったらどうなの?!」

言えって・・・何か言おうものなら猛反撃するでしょ?

「秘書だかなんだか知らないけどね。道明寺様に取り入ろうなんて身の程知らずもいいところだわ!」

・・・いや、むしろ追いかけ回されたのはこっちの方なんですけど。

「そうよそうよ。だいたいご自分の顔を鏡で見たことがあって? 秘書でいることすらおこがましいじゃないの」

そりゃあお世辞にも見目麗しいとは言わないよ。そんなん自分でわかってるっての!
でもそれと仕事は関係ないじゃん。
仕事のできない美人より真面目に仕事するブスの方がいいんじゃないの?!


「ちょっと! 聞いてるのっ?!」
「・・・・・・聞いてます」

なんなんだろうか。
女という生き物は集団でないと攻撃できないのは万国共通なのだろうか?

つくしは目の前に立ちはだかる自分と違う目の色をした3人組を見ながらそんなことを考える。
よくもまぁ初対面の人間に対してここまでできるものだと。
これはあれだ、司の本性を知らないからこそできる若気の至りというもの。
あの男の真の恐ろしさを知っている者ならば、身近にいる人間にこんなことをするなんて命知らずなことができるわけがないのだから。

・・・よし、いっそのこと珍獣だと思おう。


そんなことを考えている間にも目の前にいる珍獣共はギャーコラ何かを必死で訴えている。

会場から突然引っ張り出されたと思えば、廊下の死角になる場所に押し込まれて今に至る。
一瞬何かの事件に巻き込まれた?! と肝を冷やしたが、目の前に立ちはだかった3人組を見てほっと胸を撫で下ろした。
引っ張り出されたのにほっとするのも何ともおかしな話だが、
ぶっちゃけ、この手のパターンはつくしにとっては一番優しい部類に入る。
言ってしまえば朝飯前だ。

右から左に受け流してやれやれと視線を上げると、少し離れたところからオロオロと様子を伺っているガタイのいい男性と目が合った。
あれは・・・SPの能見さんだ。
つくしが日本の邸に住んでいた頃から司がつくしにつけていたSPの一人。
渡米の際に慣れない場所では少しでも顔見知りがいた方がいいと、つくしたちと共にNYの邸へとやって来た。つくしとしてはSPをつけること自体をやめてほしいところなのだが、さすがにそこまで我が儘は言えない。

普段から余程のことがない限り表に出てこないでくださいとつくしに言われているからだろう、異国の女性に取り囲まれたつくしを助けようとタイミングを計っているように見える。
だがここでもつくしは能見に向かってブンブンと首を振ってNOの意思表示をする。
それを見てますます能見は困った様子を見せる。
まぁ彼の与えられた仕事を考えればその反応は当然だろう。

だがこの程度でSPに登場してもらっては困る。
面倒くさいことに違いはないが、これくらいのことならつくし一人でいかようにも対応できる。
おまけに司の婚約者であることを伏せている以上、SPなんぞに助けてもらってはますます事態はややこしくなるだけだ。

つくしはもう一度能見に向かって首を振ると、ようやく視線を珍獣共に戻した。
相変わらず顔を真っ赤にしてヒステリックに叫んでいる。
全く、せっかくの綺麗な衣装が台無しだ。
つくづく女の二面性は恐ろしいと思う。


「ねぇ、あなたさっきから聞いてるの?!」
「・・・・・・聞いてますけど」
「まぁっ、何なのよその生意気な態度は?! 私を誰だと思ってるの?!」

・・・・・・聞いてるのかって聞かれたからイエスと答えただけんですが。
そしてあんたが誰かなんてこっちが知るわけないでしょうが。

心の中で盛大に溜め息をつく。

「キャシー、この子縮み上がって何も言えないんだわ。あはは!」
「天下のキャサリン様ですものね。アメリカを代表する大企業のご令嬢なのよ」
「ふふふ、そんなに大したものじゃないわよ」

一体何だというのか。この目の前で繰り広げられるコントは。

「・・・・・・あの、もう気は済みましたか? ボスが探してると思いますのでこれで失礼します」

尚も寸劇を繰り返す珍獣に軽く会釈をすると、つくしはあっさりとそこから離れようと一歩を踏み出した。

「なっ・・・?! ちょっと待ちなさいよ!!」

・・・が、やはり掴まってしまった。
さすがにそこまでバカではないということか。

「・・・まだ何か? 別に私のことをどう言ってもらっても構いません。ですが仕事を放棄するようなことはできません」
「あんた何言ってるの? この状況でよくそんなことが言えるわね」
「話はまだ終わってないのよ!」
「・・・私は何もお話しすることはありません。それに仕事中なんです」
「あははっ、仕事中ですって? あなたが道明寺様の何のお役に立てるって言うの?・・・そうね、こうして仕事を放棄することでクビになるのなら一石二鳥じゃない。手助けしてあげるわよ」
「あははっ、それいい考えだわ!」
「さすがはキャシー!」

・・・この珍獣共は社会に出て働くという経験をしたことがないのだろうか?
もしある上でこんなことをしているのだとすれば本当に神経を疑う。
仕事は一人でしているものではない。
一人のミスが周りに、引いては会社全体へと影響を及ぼすことだってある。
司に取り入りたくてやっているこの行動が、結果的に彼に迷惑をかける行為なのだということをちっともわかってなどいない。
つくしにとって許せないのはこの部分だ。


「・・・一体何をどうすれば満足なんですか?」
「・・・何ですって?」
「あなた方がしたいことは何かって聞いてるんです。私を攻撃したいならすればいい。いくらでも受けて立ちますから。でもボスに迷惑をかけることだけは許さない」

急に強い目に変わったつくしに珍獣共が戸惑いを見せる。
だがすぐに負けじと鋭い眼光が光った。

「許さないですって? それはこっちのセリフよ! あんたみたいなわけのわからない能なし小娘が道明寺様の隣にいるだけで虫唾が走るのよ! 身の程をわきまえなさい!」
「私はボスに必要とされて今の仕事をしているだけです」
「嘘言うんじゃないわよ! あのお方が女を懐に入れるなんてあり得ないことなのよ! あんた一体どんな手を使ったって言うの?!」
「ちょっと! キャシー、見て・・・!」
「何?」

取り巻きの一人がつくしの足元を指差してキャシーと呼ばれる女にひそひそと耳打ちをする。
女共が見ているのは・・・・・・つくしのあの傷跡だろう。

記憶を失ってしまったあの事故。
つくしの足にはあの時の傷跡が生々しく残されている。
今日のワンピースの丈では半分ほどが見えてしまっているが、つくしはストッキングを履く程度で決して隠そうとはしない。何一つ後ろ暗いことなどないのだから。

「まぁ・・・その傷跡、何て醜いのかしら・・・!」

キャシーはつくしの足を見て汚いものでも見るように眉をひそめた。

「もしかしてこれで同情を買おうとしてるんじゃなくて?」
「なるほど、そういうことなのね」

一体何がそういうことだというのか。

「普通の神経の持ち主ならそんなに醜いものは必死で隠そうとするものよ。それをしないで堂々と見せてるってことは・・・なんて計算高い嫌な女なのかしら」
「見た目も中身も醜い女ってことなのね」
「やだ~、道明寺様がお可哀想」

蔑んだ目でつくしを見下ろしながらクスクスと笑いが止まらない。


・・・・・・何故?
何の権利があってここまで人をバカにできるのだろうか。
この傷が、あたしの存在があんた達に何の迷惑をかけたというのだろうか?

初めてこの傷を見せたとき、司はどんな手を使ってもこの傷を消してやると言ってくれた。
それはきっとこういうことであたしが傷つくことがないようにと思いやってくれてのことだ。
・・・でも何一つ恥じることなんてない。
この傷だって大切な自分の一部なのだ。

司は、いつだってこの傷を愛おしそうに撫でてくれる。
唇を這わせてくれる。
その度に愛されてるんだと実感し、司に対する愛おしさが増していく。


・・・・・・そんな司の愛情まで踏みにじるようなことは許さない。


つくしはグッと握り拳を作ると、目の前でせせら笑う女共をキッと睨み付けた。
そして大きく息を吸い込んで言葉と一緒に吐き出そうとした、

その時_____



「醜いのはどっちなのかなぁ?」



「・・・・・・えっ?」

突然後ろから聞こえてきた声につくしを含む全員がそちらに振り返った。

「なっ・・・あなたは誰なの?!」
「そんなことはどうでもいいでしょう。それよりもあなた達、随分酷いこと言うんですね。傷跡があるから何だって言うんです? 醜い? それはどっちのことだか。僕的に言わせてもらえればあなた達の心根の方がよっぽど醜いですけどね」
「なっ、何ですって?!」
「あなた誰に向かって口をきいてるの?!」

突然現れたかと思えば不躾な言葉を放つ男に怒りの矛先が完全に移動した。

「えーと・・・確かAOカンパニー常務の娘さんでしたっけ? 何度かパーティでお見かけしたことがあるような。聞くところによると何度か道明寺副社長へのお見合いを申し出ているけどことごとく断られているんでしたっけ?」
「なっ・・・!!」

図星なのだろうか、キャシーの顔が一瞬にして真っ赤に染まる。

「ちなみにその副社長ですけど、肩書きや見た目で人を判断するような人間がこの世で一番嫌いだって言ってたなぁ・・・虫唾が走るとか」
「・・・・・・!!」
「・・・あれ? それで? 牧野さんが何でしたっけ?」

小刻みに震えながら言葉を失う女にフッと笑うと、女はギリギリと唇を噛みしめて男を睨み返した。

「お・・・覚えてなさいっ!!」

最後にそう捨て台詞を吐くと、ドンッとちゃっかりつくしにぶつかることを忘れずに一目散に逃げ出した。突然のことにつくしはポカーンとそれを見つめるだけ。


「・・・・・・お~怖っ。あんなの見ると女性不信になりそうだよね」

廊下の向こう側に消えて行った珍獣共から視線を戻すと、目の前の男はペロッと舌を出して悪戯っぽく笑って見せた。



「皆川君・・・・・・」







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