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愛が聞こえる 序章
2015 / 02 / 23 ( Mon )
『 もしもし・・・・・・類か? 』

「・・・・・・・・・・・・司・・・? 司なの? 」

「あぁ。久しぶりだな」

「・・・・・・」


長い沈黙が2人を包み込む。
だが7年ぶりに聞く声に、類は不思議と懐かしさを感じることはなかった。












それはまるで稲妻が落ちたような衝撃だった。



ガタガタッ、ガシャーーーンッ!!!


「っ?! どうされたんですかっ! 道明寺さんっ?!!」

散らばったグラスの破片と共に床に倒れ込んだ男に目の前にいた男が激しく狼狽える。

「だ、誰かっ! 誰か救急車を!! すぐに救急車を呼んでくれっ!!」


薄れゆく記憶に残るのは男の叫び声と、そして ______













ずっと長い夢を見ていた気がする。

いつだって決まって自分は湖の底に沈んでいる。
光の届かない黒い闇の中で、遥か遠くに見える微かな光を求めて手を伸ばす。
この手に掴めるようにと必死でもがいて、足掻いても、少しもその光は大きくはならない。
まるでお前はここから抜け出すことは赦されないのだと言われているかのように、全身に絡みついた闇がその行く手を阻む。

その度に体中から力が抜けていく。
永遠に繰り返されるそれにいつの間にか諦めることが身についてしまっていた。
諦めた刹那まるでタイミングを計ったかのようにその光は消えてしまう。
そんなことをもうどれだけ繰り返したのだろうか。

目覚めた自分を待っているのはあり得ないほどの倦怠感と虚無感。
眠れずに飲んだ薬の副作用なのだろうか、日を追うごとにそれはひどくなる一方だった。


何をしても満たされない。
まるで機械の様に同じような日々を繰り返すだけ。
一体自分は何のために生きているのだろうか。
かといって死を選ぶほどの気力すらない。


全てがどうでもいい ____


もはや人としての体すら成してない己がこの世にいる意味があるのだろうか。
いっそのこと誰か殺してくれたらいいのに。
自ら死ぬ気力すら湧かないというのにそんなことばかり考える。



もし・・・・・・


もしもあの光を手に掴むことができたのならば、何かが変わるのだろうか。


・・・・・・いや、そんなことを考えること自体がばかばかしい。


この命が朽ちるまで、ただこの薄暗い闇の中で沈み続けるだけ ____











「・・・・・・」

コトンという音と共にうっすらと視界に光が差し込んでくる。


「気付かれましたか」

「・・・・・・」

働かない頭で音の方へ視線を動かすと、よく見知った顔が自分を見下ろしている。

「・・・・・・西田・・・」
「気分はどうですか?」
「気分・・・」

状況が全く掴めず、西田の言葉にも途切れ途切れの単語を発することしかできない。
ここは一体・・・?

「覚えてませんか? 副社長は一昨日吉田会長との会食の折、突然倒れられたんです。救急搬送されたんですよ」
「・・・・・・」
「それから丸2日あなたはお眠りになっていました。その間脳波やその他ありとあらゆる精密検査をしましたが、どこにも異常は見られませんでした」

倒れた・・・?
俺は今何を・・・・・・

またあの夢を見て、いつもと変わらずにもがいて、足掻いて、
そしていつもとなんら変わらずまた力尽きて・・・・・・


そこまで思い出した司の目がみるみる見開かれていく。


「幸い倒れた際の怪我や打ち身もありませんでした。原因不明で倒れられたことは気になりますが、医師の話ではしばらく様子を見・・・・・・」
「西田」
「・・・はい」

いきなり言葉を遮られても西田が動揺することはない。
こんなことは日常茶飯事なのだから。

「・・・・・・・・・あいつはどこにいる?」
「・・・あいつ・・・ですか?」

だが続いた言葉の意味がわからず思わず眉間に皺が寄る。
必要最低限のこと以外話すことのない男が意味のわからないことを口走るのは珍しい。


「あいつは・・・・・・・・・・・・牧野はどこにいる」


さらに続けられた言葉に西田の顔がたちまち驚愕に満ちていく。
普段感情を表すことがない西田をもってしても驚きを隠すことなどできなかった。

何故なら・・・・・・


「あいつの居場所を教えろ」


だがそんな西田の動揺など意に介さず、司が西田を仰ぎ見た。
その瞳は、さっきまで意識を失っていた人間のものとは思えないほどに鋭い。


____ そして、もう何年も見ていない炎を宿していた。


その瞳を見ていた西田の中での疑念が確信へと変わっていく。

「副社長・・・・・・まさか・・・」

見た目では決してわからないが、西田の声はもしかしたら震えているのだろうか。
だが表情一つ変えずに司はもう一度西田を真っ正面から見据えると、静かに口を開いた。





「あぁ。全てを思い出した」









ゆらゆらと、どんなに手を伸ばしても届かなかった水面が
微かに、 だが確実に揺らぎ始めた ____








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00 : 00 : 20 | 愛が聞こえる(完) | コメント(31) | page top
愛が聞こえる 1
2015 / 02 / 24 ( Tue )
『 もういい 』




やめろ・・・その先の言葉を言うんじゃねぇ




『 あんたはもう あたしの好きだった道明寺じゃない 』




泣くな、頼むから泣かないでくれ・・・




『 ・・・・・・ バイバイ  』





やめろ・・・ 待ってくれ・・・ 行くな、 行かないでくれっ・・・!











「 牧野っ!!!! 」



自分の叫び声で意識が覚醒する。
ハァハァと呼吸は乱れ、全身汗でびっしょりだ。


「大丈夫ですか?」

後方から聞こえてきた声にハッとすると、今自分が置かれていた状況をようやく思い出す。


「・・・・・あぁ。夢を見ただけだ。何でもねぇ」
「・・・そうですか。あと30分ほどで着陸となりますので」
「・・・あぁ」

フーッと息をはき出しながらドサッと背もたれに体を倒すと、窓の外の景色に視線を送った。
青々と澄み渡った空は雲一つない。まるで自分が大海原に浮かんでいるのではないかと錯覚を起こすほどに。
気持ちいいほどのその青さがかえって今の司にとっては皮肉だった。

___ 己の心とあまりにも対極すぎて。

こんな風にぼんやりと空を眺めたのなんていつぶりだろうか。
昨日の天気がどうだったかすら思い出せないような男にとって、目の前の青空は直視できないほどに眩しかった。






***


「一度邸に戻られますか? それとも社の方へ?」
「いや、あいつのところに行け」
「・・・かしこまりました」

司の声に西田が運転手に指示を出すと、リムジンが音もなく静かに動き出した。
車内は無言のまま沈黙が続く。だがそれは司にとっての日常だった。

車窓から流れる景色は最後にこの地を踏んだ時と変わったのか変わっていないのか。
そんなことすらも忘れてしまった。
ただ一つわかっていることは、7年ぶりに降り立ったこの地に、自分が置き去りにしてしまった魂が残されているということだけ。

何を見ても、聞いても、話しても、見える世界は全てモノクロ。
まるで己の心を映しだしたかのようなその世界に沈み続けること7年。
今、ようやくその色を取り戻そうとしている。


どんな色に染まるかなどわからない。

わからないが、必ずこの手に掴んでみせる。


司はそう固く誓うと、何かを探すようにただ黙って遠くを眺めた。








***


「専務、アポなしのお客様がいらっしゃってるのですが・・・」

秘書の言葉に動かしていた手がピタリと止まる。

「客・・・? 一体誰 」

一企業の重役に会うのにアポなしで突撃訪問するなど非常識にもほどがある。

___ 普通に考えるならば。

「はい・・・それが、道明寺ホールディングスの道明寺司様だとおっしゃるんです」
「・・・・・・」

戸惑いがちに説明する秘書とは対照的に、至って冷静にその言葉を受け止める。

「・・・・・・そう。あげていいよ」
「え?」
「ここに通して」
「は、はい。承知致しました」

ペコッと頭を下げると、秘書は急ぎ足で専務室を後にした。
誰もいなくなった室内で手にしていたペンをデスクに放り投げる。
コロコロと転がっていった高質なペンが落ちるか落ちないかのギリギリのところでかろうじて踏みとどまった。


「・・・・・・思ったより早かったね」


ぽつりと呟いた一言は誰の耳にも届くことなく室内に溶けていった。








「失礼します。お連れ致しました」



コツン・・・

先導する秘書に続いて入って来た男は、最後に見たときとは比べものにならないほどやつれていた。まるで別人のように。
だが、その瞳に宿る炎だけはギラギラとした生命力が漲っている。

「下がっていいよ」
「はい。失礼します」

パタンと音を立てて扉が閉まったのを確認すると、あらためて目の前に立つ男を見上げた。

「・・・久しぶり。随分痩せたんじゃない?」
「・・・・・・」

その言葉にも何の反応も示さずにただじっとこちらを見ているだけ。

「・・・で? いきなりどうしたのさ。帰国したのも今知ったんだけど? しかもアポなしで来るなんてどういうつもり?」
「どこに隠した」
「え?」
「あいつを一体どこに隠した」

何のアポもなしにやってきたかと思えば、挨拶もなしに不躾に投げかけてくる友人の姿にもう笑うしかない。

___ あの頃と何一つ変わってなどいないその姿に。

「こっちの都合もお構いなしに来た上に何? 意味がわからないんだけど」
「とぼけんじゃねぇ。お前しかいないだろ」
「だから何が?」

サラッと受け流すように即答されて明らかに苛立ったのがわかる。
その背後には見えない炎が燃え上がっているようにすら見える。


「お前以外にいるわけねぇだろ。俺をもってしてもあいつの消息を辿れないようにするなんて」
「・・・・・・」




「あいつは・・・・・・牧野は今どこにいる? 答えろよ、類」





睨み付けるようにぶつかった視線が、音もなく激しい火花を散らしていた。






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愛が聞こえる 2
2015 / 02 / 26 ( Thu )
ザアアアアアア・・・・・・・・・



頭から指先まで全身に冷たいシャワーを浴びても何も感じない。
冷たいどころかむしろ体の奥底から沸き上がってくる熱に体が燃え上がりそうだ。











「今さらそれを知ってどうするの」
「・・・・・・何?」
「仮に俺が牧野の居場所を知ってたとして、司がそれを知ってどうなるっていうの」
「決まってんだろ。あいつを取り戻しに行く」

即答した自分に久しぶりに見た親友が呆れたように肩を揺らした。

「自分が突き放しておきながら今度は取り戻すだって?」
「・・・・・・!」
「あ、勘違いしないでよ。別に司を責めてるわけじゃないんだ。犯人以外に誰が悪いわけでもない、あれは事故だったんだから。ただ、お前にとっては記憶が戻ってあの時のことがまるで昨日のように感じてるのかもしれない。でも実際はそうじゃない。7年という時間が流れてるんだ」
「・・・・・・」

2人の間を沈黙が走ると、類は椅子を回転させ窓の外の景色にへと目をやった。
まるでどこか遠くに想いを馳せるように。

「・・・・・・確かにお前の言う通りだ。それでも・・・それでも俺はあいつを失えない。たとえ身勝手だと罵られようとあいつを取り戻す。だから教えろよ。あいつは今どこにいる?」

背中越しに聞く声はどこか苦しげだ。
きっと後悔と懺悔の念で押し潰されそうになりながらも必死で踏みとどまっているに違いない。
7年という年月はそれほどに重い。


だが ____



「悪いけど俺は協力できないよ」
「・・・・・・何・・・?」

ゆっくり振り返ると信じられない面持ちでこちらを見ている親友を真っ直ぐ見据える。

「司が俺の親友であることは変わらない。それと同時に牧野も大事な友人だ。俺はあいつが望まないことを押しつけるつもりはない。・・・だから協力はしない」
「一体何を・・・・・・それじゃああいつは俺に会いたくないってのか?」
「・・・・・・」

黙り込んでしまった男にイラッとした司は全速力で近付くと、そのまま胸倉を掴んで締め上げた。

「どうなんだよ?! 答えろ、類っ!!」

ギリギリと首を締め上げられてもその表情は少しも変わらない。
まるで全ては予想通りと言わんばかりに落ち着き払っている。
その態度が余計司の苛立ちを煽った。

「・・・・・・思い通りにならないとそうやって感情的に暴れていくつもり?」
「何?」
「この前の電話の時も思ったけど、今日実際に会ってみて確信したよ」
「何がだよ」

遠回しに説教されているようでますます苛立ちが募っていく。
掴んだ手の力をさらに強めたところで類が冷静に言い放った。

「お前は7年前から何も成長してないんだよ」
「・・・・・・んだと?」
「司がこの7年をどう過ごしてきたかなんて俺は知らない。ただこれだけは確実に言える。お前の成長は18歳のままで止まってるんだ」
「・・・・・・何・・・?」
「思い通りにならないとこうやって力に訴えるところだって何も変わってない。俺を殴って気が済むなら殴ればいい。それでも俺の考えは変わらないよ」
「・・・・・・!」

この状況にもかかわらず顔色一つ変えずに平然とそう言ってのけた男にカァッと全身の血が燃え上がる。条件反射で胸倉を掴む手にもギリギリと震えるほどの力がこめられる。

「・・・・・・・・・くそっ!!」

ワナワナと震える手で目の前の男を突き飛ばすと、その苛立ちを落ち着かせるように何度も何度も大きく息を吐いた。
やり場のない怒りの矛先をどこへぶつければいいというのか。
今さら目の前の男を殴るなんてことができるはずもない。

司はぐしゃっと自分の髪を掻きむしると、しばらく何かを考えるようにしてそのまま黙り込んでしまった。だがやがてそれを黙って見ていた類の方に視線を送ると、明らかな強い意志を持った瞳で睨み付けた。

「俺は諦めねぇぞ。お前が教える気がないって言うなら他の手段を考えるまでだ」

はっきりとした口調でそう吐き捨てると、司は身を翻した。

7年ぶりの感動的な再会など夢のまた夢。
一触即発のピリピリとした空気のまま司がドアノブへと手を伸ばした。


「 司 」


ノブを握る手に力をこめたところでピクッと止まる。

「忘れるなよ。7年という時間は決して軽くない。何度も言う。お前を責めてるんじゃない。ただ、7年という時間が流れたことはどうやったって消すことのできない事実なんだ。記憶の戻ったお前が突っ走りたい気持ちもわからないわけじゃない。それでもよく考えろ」

じっと止まったまま司は何も答えない。
聞いているのかいないのか、振り返ることすらしない。

「・・・・・・・・・・・」

ガチャッ、 バタン・・・・・・

しばらくそのまま立ち止まっていたが、やがて何も言わずに司はそのまま出て行ってしまった。


挨拶もなしに突然やってきたかと思えば無言でこの場を立ち去っていく。
我が親友ながら相変わらずな振る舞いに思わず笑えてしまう。


___ 本当に7年前から何も変わっていないのだと。


・・・・・・いや、失ったものが大きい分むしろ状況は悪化しているのかもしれない。



「 これはお前のためでもあるんだ、司 」



そう呟いたところで肝心要の当人の耳に届くはずもなかった ____









ザアアアアアアア・・・・・・・・・・



冷水を浴びれば浴びるほどに体の奥底から得体の知れない炎が燃え上がってくる。
今自分が浴びているのは実はガソリンでどこからか引火しているのではないかと思うほどに。


手をついた先にある鏡に映る自分を見つめる。

痩けた頬にギラギラと光る瞳。
そのアンバランスさが際立つ。
それでも、こうして己の顔を見ることなど一体いつぶりのことだろうか。

それと同時に思い出す。
久しぶりに見た己の友人の姿を。
同じようでいて同じでない。
確実に7年という時間を感じさせる風格を伴っていた男の姿を。


それなのに自分は・・・・・・



何故、・・・何故7年もの間忘れられていたというのか。

こんなにも、こんなにも求めて止まない唯一無二の存在を。

薄暗い水の底に沈んでいる間手を伸ばしていた光はあいつだった。

そんな簡単なことに何故気付くことができなかったのか _____




ガッシャーーーーーーーン!!




鏡に映る自分が忌々しい。
やり場のない怒りをぶつける先など己しかいない。

力でボロボロに砕くことはできても、忌々しい過去を消すことなどできやしない。




「絶対に諦めねぇぞ・・・・・・!」




ギリッと握りしめた拳からポタポタと滴り落ちる真っ赤な滴が、水に滲んでは延々と渦を描いて消えて行った。





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愛が聞こえる 3
2015 / 03 / 04 ( Wed )
「随分派手にやられましたねぇ」
「・・・呼んだ覚えはねぇぞ」

バスルームから部屋へ戻って視界に入ってきた人物を見て、司の眉間に深い皺が寄った。

「呼ばれなくとも私は参りますよ。お仕えする主が怪我をしているんですからね」
「・・・ずっと部屋にいたのかよ?」

何故そんなことまで知っているというのか。
黙って部屋に入って音を聞いていたとしか思えない。

だがますます眼光を鋭く光らせる主を前にしても、目の前の女は少しも怯むことはない。

「言っておきますが私は今ここに来たばかりですよ。何も見ていませんし聞いてもいません」
「じゃあなんで知ってんだよ」
「そりゃあどれだけ坊ちゃんを見てきたと思ってるんですか。7年ぶりにお邸に帰られたと思ったら誰一人近寄れないような空気を纏ってるんですから。その後にどんなことが起こるかなんて容易に想像がつくってものですよ」
「・・・・・・チッ!」

目の前の老婆、7年ぶりに見るタマには威嚇すら何の効果も発しない。
司は忌々しく舌打ちするとスッと視線を逸らした。

「何はともあれ怪我の手当をいたしましょう」
「いらねーよ」
「そんなわけにはいきません。そんなに血が出ているのに放置しておいたらばい菌が入ってもっとひどいことになりますよ」
「・・・・・・」

それでも尚その場を動こうとはしない司に呆れたように笑うと、タマはやれやれと曲がった腰を前に進めていく。

「あらあら、絨毯にも染みこんでしまいましたねぇ」

大きな男の右手からは今もぽたぽたと真っ赤な滴が落ち続けている。

「坊ちゃんのことですから病院には行かないんでしょう?それならばこの老いぼれの言うことくらいはちゃんと聞いてもらわなきゃ困りますからね」
「・・・・・・」
「はい、じゃあとにもかくにも一度座ってくださいな」

素直に従わないことなど想定済み。
言いながらタマは司の手をぐいぐい引っ張って問答無用で座らせていく。
不満げながらもひ弱なタマの力でも動いてくれるのは本気で嫌がってはいない証拠だ。


「出血は多いみたいですけど、傷自体は思ったより深くないようで何よりです」
「・・・・・・タマは知ってんのか?」
「・・・何をです?」
「あいつが今どこにいるのかを」

淡々と作業を続けていたタマの動きがその一言で一瞬だけ止まった。
だがさすがはベテラン。1秒にも満たない動揺など何もなかったかのように再び手を動かし始めた。

「・・・あいつとは一体誰のことです?」
「誤魔化すんじゃねぇよ。わかってんだろ」

だが相手は司だ。 記憶のなくなっていた腑抜けた司ではない。
本来の司にその一瞬の動揺が見抜けないはずもなく。
司の緩むことのない追求にタマは包帯を巻き終えると静かにふぅっと息を吐き出した。

「・・・・・・やっぱり記憶が戻られたのですね」
「あぁ」


あっさりと。
全く隠そうともせずにさらりと認めた司の瞳はやはり最後に見たときとは違う。
邸に入ってきて7年ぶりにその姿を見た瞬間、もしかしてという疑念が確信に変わっていた。
この7年、一度だってこの日本の地を踏まなかった男が突如帰国すると言い出した。
司を知る者ならばその時点でピンと来るのは当然のことだろう。


「いつから気づいてた」
「坊ちゃんが帰国されると伺った時からもしやとは思ってました。後は実際にお姿を拝見してからですね。長年見てきたんです。戻ったのかどうかなんて一目でわかりますよ」
「・・・・・・」
「そうですか、とうとう記憶が・・・」


「あいつは・・・牧野は今どこにいるんだ?」
「・・・残念ながら私は存じ上げません」
「んだと・・・? 嘘はつくんじゃねぇぞ」

まるで恫喝するように凄むその姿は記憶が戻ったとはいえまるでつくしに出会う前の司のようだ。
タマは薬を道具箱にパタンと閉めると、自分を睨み上げている男を真っ直ぐに見つめた。

「嘘などではございません。私にはつくしが今どこにいるか何一つわかっていません」
「・・・どんなに調べようとしてもあいつの所在地がわからねぇ。何かしらの力が働いてない限りうちでもわからないなんてことはあり得ないだろ。タマは何か聞いてねぇのか?」
「残念ながら私もあの子にはもう長いこと会っていません」
「最後に来たのはいつなんだ?」


「・・・・・・あれは確か・・・」










雨の降る日だった。

つくしが司に最後に姿を見せてから1年以上たったある雨の日、彼女が突然現れたのは。
たまたま用事で外から戻ってきたタマが邸の通用門の前でびしょ濡れのまま佇む一人の少女に気づいた。


『・・・つくしかいっ?! そんなにびしょ濡れになって・・・一体どうしたんだい! さぁ、そんなところに立ってないで中へお入り。風邪を引いたら大変だよ』

ガシッと掴んだ腕はまるで氷のように冷たかった。
一体いつからここに立っていたというのだろうか。
冬の峠を越えたとはいえ、初春の雨はまだまだ冷たい。

『・・・いえ、ここで大丈夫です』
『何を言ってるんだい! こんなに冷たくなって、いいから中へ入りな!』
『・・・タマさん、今日はお別れに来ました』

どんなにぐいぐい引っ張っても動こうとはしないつくしがぽつりと消え入りそうな声で呟いた。
その言葉にハッとして顔を上げると、つくしは笑っていた。

・・・・・・今にも泣きそうな顔で。

『お別れって・・・』
『父の仕事の関係で東京を離れることになったんです。本当ならもうここには来るべきじゃないと思ったんですけど・・・どうしても最後にタマさんにご挨拶がしたくて』
『最後ってあんた・・・』
『運が良かったら会えるかなーなんて思ってたんですけど・・・こうして会えて良かったです。タマさん、今まで色々とお世話になりました。タマさんとの出会いは私にとってとてもかけがえのないものになりました。本当に感謝しています』
『ちょっ・・・ちょっと待ちな! あんた一体何を言ってるんだい?! 東京を離れるって・・・最後って一体どういうことだい?!』
『え? だから父の仕事で・・・』
『そういうことを言っるてんじゃないよ! もう二度と会わないってことなのかい?!』

タマの追求につくしが悲しげに目を伏せる。
だがすぐに顔を上げると、もう一度にこっと笑って見せた。

『・・・はい。その方がいいと思います』
『・・・っどうしてだい! またこれからもいつだって来ればいいじゃないか! 坊ちゃんだって、いつか・・・』

そこまで言いかけるとつくしは首を横に振った。

『いいえ、もういいんです。道明寺のことはこれを機にきちんと踏ん切りをつけます。タマさんにも色々とご心配をかけてしまって申し訳なく思ってます』
『そんなことはいいんだよ!それよりも坊ちゃんはいつか必ずあんたのことを思い出す。その前に全てを諦める必要なんてないんじゃないのかい?!』
『・・・そうかもしれません。でも、今回のことは私にとっていいきっかけになると思ったんです。高校も卒業しましたし、東京も離れる。いつまでもぐだぐだ悩むんじゃない!って神様に言われてるような気がして』
『つくし・・・』

言葉の続かないタマにつくしは心からの笑顔を見せた。

『離れていても、もう会えなくても、タマさんのことは一生忘れません。お邸の皆さんのことも。ずっとずっと大切な思い出として心の中で温めながらこれから生きていきます。・・・ってなんだか堅苦し過ぎますね。あははっ』
『つくし・・・』
『会える確率なんて0に等しいのに、今日こうして会えたのも奇跡だと思ってます。タマさん、今まで本当にありがとうございました』
『・・・・・・』


言いたいことは山のようにあった。
だが、タマはそれ以上の言葉を何一つ続けることができなかった。
つくしの性格を思えば、今日ここに足を運ぶだけでどれだけの勇気を必要としたというのか。
ましてや 「いつか」 なんて誰一人として知りようもない、確証のない話でこの子の未来を縛り付けることなどできっこない。
今も尚もがき苦しんでいるはずの少女を、老婆の我儘でこれ以上追い詰めるようなことなど言えるはずもなかった。

『・・・あんたがその気になったらいつでも来ていいんだからね。あの時あんなことを言ったから、なんてそんなつまらないことは気にしなくていいんだよ』
『あはは、そんなことは言いませんよ』
『とにかく! ・・・またおいで。 いつまでも待ってるから 』

『・・・・・・タマさん、どうかお元気で。お邸の皆さんにもよろしくお伝えください。直接挨拶に伺わない不義理をお許しくださいとも。 ・・・それじゃあ!』
『待ちな! 家の者に送らせるから。それ以上濡れたら大変だよ』
『大丈夫です! 走ればすぐですから』
『じゃあせめてこの傘だけでも・・・』

自分の持っていた傘を差し出そうとしたタマにつくしは首を振った。

『ほんとに大丈夫です。じゃあこれで失礼します。 ・・・・・・さよならっ!』
『あっ、つくしっ!!』


ガバッと頭を上げたつくしの顔は笑っていた。

だがその笑顔は一瞬だった。
今にも泣きそうな顔に変わる前に、つくしはその場から全速力で駆け出した。
タマが声を出したときにはもう手の届かないほどの距離へと。



つくしはタマの言葉に最後まで頷くことはなかった。
そして最後の最後まで笑顔を見せ続けた。

____ たとえ心の中では泣いていたのだとしても。

まるであの雨の日を彷彿とさせるその現実に、タマはその場に佇むことしかできなかった。



どんどん小さくなっていくその背中を、ただ見つめていることしかできなかった ____






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愛が聞こえる 4
2015 / 03 / 05 ( Thu )
「私がつくしを見たのはそれが最後でした。・・・もう6年も前のことになります」


ぽつりぽつりと、当時のことを思い出しながら噛みしめるように話すタマの言葉を司はただ黙って聞いていた。
だが包帯の巻かれた右手が小刻みに震えていたことにタマは気づいていた。

「少なくともあいつは今東京にはいないってことなのか・・・?」
「それはわかりません。ただ、卒業と同時にここを離れたということだけは事実なのでしょう。あれから6年の月日が流れてるんです。社会人になっているであろうあの子がどこで何をしているのか、私には知りようもありません」
「・・・あいつがその前にここに来たのは・・・」
「それは坊ちゃんが一番覚えているんじゃないですか?」
「・・・・・・」




『 もういい。 あんたはもうあたしの好きだった道明寺じゃない 』



『   バ イ バ イ   』 



目を閉じた司の脳裏に悪夢のような現実が蘇る。

記憶が戻ってから、眠る度につくしが泣きながら己を責め続ける。
・・・いや、今思えば記憶を失っていた頃から断続的に見続けていた夢だった。
だがそれが何であるのかわからなければ、相手の顔すらもぼやけて見えなかった。


____ どうして。


これだけ求めて止まない女を何故これだけの時間忘れることが出来たのか。

何故、何故、何故 _______


どれだけ悔いたところで過ぎてしまった過去を変えることなどできやしない。




「いつ記憶が戻られたんですか?」
「・・・2週間前だ。会食中に頭が割れるように痛くなって・・・記憶にはないがぶっ倒れたらしい」
「何か兆候はあったんですか?」
「いや、何もねぇ。突然だった」
「そうですか・・・」

そう言って再び黙り込んでしまった司をタマはじっと見つめる。

7年という失われた時間を思えば、2週間など取るに足らないほどの時間だと言える。
だが、そのたった2週間が司にとってどれだけ地獄の時間であったのか、それは想像するに難くない。忘れられた方も辛いが、愛する者を忘れてしまった男もまた、自責の念に苛まれて苦しんでいるに違いないのだから。


「・・・坊ちゃん、あの子を探し出してどうするつもりです?」

タマの問いかけにも黙ったまま、司は何かを考えるように口に手をあてている。

「私は坊ちゃんには誰よりも幸せになってもらいたいとずっと願い続けてこれまでお仕えしてきました。その気持ちに今もなんの変化もありません。・・・ただ、それはつくしに対しても同じことが言えるんです」
「・・・」
「あの子が今幸せだとするならば、私はそれでいいと思ってます」

これまでじっと考え込んでいた司の眉がその言葉にピクリと反応した。
鋭い目がゆっくりと動いて老婆を捉える。

「・・・どういう意味だ」

男ですら竦み上がるような睨みを前にしても平然としていられる女なんて、身内以外ではタマかつくしくらいのものだろう。
・・・だがその愛する女は今、どこにもいない。

「どういうもこういうもないですよ、そのまんまの意味です。もし今のつくしが幸せに暮らしているのならば、私はそっとしておいてやるべきだと思ったまでです」
「冗談じゃねぇっ! あいつを必ずこの手に取り戻す!!」

カァッと感情を露わにする司に、タマは人知れずため息をついた。

「・・・いいですか、坊ちゃん。私はいつ何時でも坊ちゃんの味方です。それはこの先死ぬまで変わることはありません。・・・でもね、7年という時間はそんなに軽いものじゃないんですよ」
「説教なら聞かねぇぞ」
「いいえ、説教なんかじゃありません。これは坊ちゃんのためにも大切なことですから」
「・・・」
「つくしと出会ってから坊ちゃんが記憶喪失になるまで、一体どれだけの時間がありましたか?・・・わずか数ヶ月です。そのたった数ヶ月の間に、坊ちゃんは別人になったかのように生まれ変わったんです。あの子は人が変わるのに時間は関係ないのだということを教えてくれたんですよ」

視線を逸らしたまま聞いているかわからない態度の司だが、タマは尚も言葉を続けていく。

「数ヶ月でも人は変われる。・・・じゃあ7年もの時間があったら? あの子のことです。あんなことを言っても、坊ちゃんのことを忘れたことなど一日だってないのでしょう。区切りをつけようとする自分を薄情者だと思って、数え切れないくらいに自分を責め続けてきたはずです。・・・そんなあの子だからこそ、もしも今本当に幸せに暮らせているのだとするならば、その平穏を乱すようなことがあってほしくないんです」
「・・・聞かねぇよ」
「もしかしたら結婚してる可能性だってあるんで・・・」
「聞かねぇっつってんだろが!!」


ガタガタンッ!!


思いっきり立ち上がった拍子に司の座っていた椅子が後ろに倒れた。
シーンと静まりかえった室内を、タマは何もなかったように移動して倒れた椅子を黙々と起こしていく。

「今回の帰国について奥様は納得されてるんですか?」
「ババァは関係ねーよ」

即座に吐き捨てた司にタマは大きくため息をついた。

「坊ちゃん、いいですか? いくらあの子を連れ戻したところで奥様があの時と何一つ変わっていないのであれば、結局は同じ運命を辿るだけですよ」
「・・・・・・」

背中を向けたままの司にタマは言葉を続けていく。

「何度でも言います。タマは死ぬまで・・・いえ、死んでも坊ちゃんの味方であり続けます。だからこそ厳しいことを言わせてもらいますよ。今坊ちゃんがやるべきことは何ですか? 記憶が戻ってすぐにでもどうにかしたいと思う気持ちはよーーーーーーくわかります。 でもね、事を急いてはうまくいくものもいかなくなることがあるんです。今あの子の行方がわからないのにはそれなりの理由があるんでしょう。そんな中で力任せにあの子を取り戻そうとしたってその先は見えてますよ」
「・・・・・・」

振り向くこともしなければ反応もしない。
今の司には酷な言葉だということはわかっている。
突然突きつけられた現実に打ちひしがれているということも。


___ それでも。 だからこそ。


「坊ちゃんとつくしには誰よりも幸せになってもらいたいと心から願っています。・・・だからこそ、もういちど冷静になってください。この老いぼれから言えることはそれだけです。・・・それじゃあまた来ますから」


大きいはずの背中がやけに小さく見える。
老女よりも遥かに小さく。
まるで泣いているようにすら見えるその後ろ姿。
その現実に胸が痛くなるが、いずれにしても避けては通れない現実なのだ。
それを言えるのは・・・自分しかいない。

タマは小さく見える大きな背中をしばらく見つめると、やがて荷物を手に部屋を後にした。


「坊ちゃん、何事もタイミングというものがあるんです。・・・苦しいですが今は耐えるときですよ」

諭すようにそう独りごちると、タマはもたれていた扉から体を離して歩き始めた。











一人残された室内で司はなおも立ち竦んだまま身動き一つしない。
長い時間を経てようやく動いたかと思えばぐるぐる包帯を巻かれた右手をじっと見つめているだけ。


「誰がなんと言おうと俺はあいつをこの手に取り戻す」







「 牧野・・・・・・ 」




祈るように握りしめて額に当てた右手は微かに震えていた。
震えに合わせるようにじわりと滲んできた赤い染みが心の痛みを静かに物語っていた ____







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