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道明寺邸の人々
2015 / 02 / 25 ( Wed )
その日は朝から邸中の人間が落ち着かなかった。

それは自分自身も例外ではなく。
いつにも増して早く目が覚めてしまった。
普段5時起きのところが今朝は3時過ぎから目が冴えて冴えて、二度寝三度寝を試みること数十回、その行為自体にほとほと疲れ果て結局そのまま起きることにした。


まだ完全に夜が明けない中でバケツとタオルを片手に目的地へと向かう。

「あら、おはようございます。今日は随分早いんですね?」
「あ・・・おはようございます。そうなんです。なんだか眠れなくて。本田さんは?」
「あ、はは。実は私もそうなんです。何度寝ようと思っても落ち着かなくて。だから早く来て掃除でもしてようかと思って」
「ははは、私と同じですね」

「あらっ? 今日は早いんですね?」

2人であははと顔を見合わせて笑っていると、後ろから既に着替えを完璧に済ませた一人の女性がモップを片手に立っていた。
しばしの沈黙の後互いの心が手に取るようにわかりプッと吹き出した。

「あらっ?! 皆さん、もう?!」

まるでリピート機能でも使ったかのように数十秒前の会話が再び繰り返される。
こうなってくると振り返らなくとももう次の展開はわかる。
ゆっくり声の主を辿ると、やはり予想通り身なりを整えた女性がバケツを片手に立っていた。

それから似たようなことが繰り返されること数回。
結局、まだ6時前だというのに一体何事かと言うほどエントランスには人集りができていた。


「あははは、ほんとにおかしいー」
「ほんとですね。皆さん考えることは一緒ってことですね」
「本当に。でも落ち着いてなんかいられないですよねー」
「うんうん」

女性陣の盛り上がる会話を聞き流しながら心の中では大きくうんうんと頷く。

「斉藤さんもですか?」
「えっ!」
「今日の帰国が待ち遠しくて眠れなかったパターンですか?」
「え・・・あはははは・・・はい。年甲斐もないおじさんがお恥ずかしい限りですが」
「そんなことないですよ! 斉藤さんみたいに勤務が長いほど思い入れは強いはずですから」

そう言って笑うのはここで働くようになって3年ほどの若い女性だ。



私は斉藤良二。
道明寺家に使えるようになって35年。
もうすぐ還暦を迎える道明寺家専属の運転手だ。

この邸の最年長者は言わずもがな使用人頭のタマさんだが、いつのまにか自分はそれに次ぐ勤務年数となっていた。
先代から数年前にお亡くなりになった旦那様、楓様、椿様、そして司様。
時代と共に移りゆく道明寺家と共に気が付けば随分長い年月が経っていた。

いつからだろうか。
この邸はまるで灯火が消えてしまったのではないかと思うほど寂しく感じるようになったのは。
2人の子宝にも恵まれ、業績もうなぎ登り。
全ては順風満帆であったはずなのに、それに反比例するように邸からは笑顔が消えて行った。

地位も名誉も財産も、ここには全てがある。
それなのに、家族としての何かが決定的に欠けていた。
もちろん使用人ごときがそんなことを口にできるはずもなく、だがそれでも、この邸で働く人間ならば誰もが感じていた紛れもない悲しい現実だった。

中でも一番の問題は司様だった。
幼少期から負けん気の強さは持ち合わせていたが、昔はまだ子どもらしい笑顔も見せていた。
だがいつからだろうか。
気が付けば笑顔はおろか、会話らしい会話すら聞くことはなくなっていた。
苛立ちをそのまま物にぶつけて壊されるのは日常茶飯事。
度重なる激しい言動に逃げるように邸を去って行った人間は一人や二人じゃない。

____ 触らぬ神に祟りなし。

ここで働く人間にとってそれはもう暗黙の了解となっていた。


司様が中等部に上がる頃から私は彼の専属の運転手となった。
挨拶をしても返ってくることはない。車内での会話もない。
言葉を交わすことがあるとすれば司様の機嫌が悪いときにどなられることくらいだろうか。
不思議なものだが、それを不快だと思うことはなかった。
今思えばタマさん同様、彼らが生まれる前からこの道明寺家を見守ってきたという、言わば親目線のような感覚になっていたからかもしれない。

昔は無邪気だった司様。
だが親の愛情に恵まれず、長い年月と共にその心は固く閉ざされてしまった。
他人の自分がその心をとかすことなどできるはずもなく、彼のやり場のない苛立ちをただ見守るしかできない自分がもどかしかった。


____ だが事態は急変する。

あの司様を変える人間が現れたのだ。
しかも彼が毛嫌いして止まなかった女性。
さらにはこんなことを言っては失礼だが・・・・・・極々一般人。
・・・いや、むしろ一般的な家庭よりもずっとずっと苦しい状況に置かれた家庭のようだった。

何故私がそんなことを知っているかというと、事あるごとに司様から送迎を仰せつかったからだ。
初めて彼女を車に乗せたとき、恥ずかしながらこんなに浮ついたことはないというくらい心が落ち着かなかった。司様にあれだけ色んな表情を見せるようになった女性とは一体どのような人物なのか。
まるで観察するように食い入って見てしまったのを今でもよく覚えている。

一体どれだけの美人なのだろうか。
一体どれだけの才女なのだろうか。
脳内でありとあらゆる女性像が浮かんでは消える。

だが目の当たりにしたのはそのいずれでもなかった。


まるで太陽のような女性。


それが第一印象だった。
そして何故司様が彼女に惹かれたのかがすぐに理解できた。
確かに彼女は司様が持っているものをほとんど持っていないのかもしれない。
だがその一方で司様が持っていないものを全て持っていた。
それはどんなにお金を出したところで手に入るものではなく、そして司様が何よりも欲して止まなかったものだった。

引力で引き寄せられるように司様が彼女に夢中になるのは当然のことだったのだろう。


だが彼の初恋は一筋縄ではいかなかった。


第一の障害は彼女自身。

「あいつとお付き合いだなんて死んでもごめんです!」

いつだったか彼女を自宅まで送っていった際に呟かれた一言は今でも強烈に残っている。
列を成してでもお付き合いをしたいという女性が後を絶たない司様を前にしても、彼女が司様、引いては道明寺家になびくことは皆無だった。むしろ気の毒なほど毛嫌いされていた。
・・・司様には死んでも言えないが。

思い通りにならなければ全て暴力で押さえ付けてきた司様にとって、彼女を手に入れるまでの頑張りは、まさに雛鳥が立派に成長するのを見守る親鳥の心境そのものだった。


第二の障害は楓様。

彼女がどれだけやり手の女性であるかはここの人間にとっては周知の事実。
ようやく彼女の心を手にした司様にはあまりにも大きい壁が立ちはだかった。
だが、楓様に決して親心がないわけじゃないことを私は知っていた。
彼女は彼女なりに道明寺財閥を、そして道明寺家を守るのに必死だったのだ。
長年見てきたからこそ確信を持って言える。

だからこそ、これから財閥を背負って立つお人になられる司様には彼女のような存在が必要不可欠なのだ。人の心を凍らせるのは簡単だが、凍り付いた心をとかすのは難しい。
司様の心が再び凍り付くことがないよう、私たちはただ信じて祈るしかなかった。

やがて彼らは最大の壁を乗り越えた。

立場上、普通の恋人同士のようにとはいかないかもしれない。
それでも、将来を誓って渡米した司様の姿は本当に誇らしかった。
4年など今の彼ならあっという間に乗り越えてさらに立派になって帰ってきてくれる。

誰もがそう信じて疑わなかった。



だが運命というのは残酷なもので、そんな彼らに更なる試練を与えた。
それはこれまでで最も長く、辛い試練となった。


旦那様のまさかの急逝 ___
それによって狂っていく歯車に全ての者が翻弄されていく。
それは司様達も例外ではなかった。

過去最大の危機に直面してから、不穏な噂などが後を絶たなかった。
そしてある日を境に彼女がパタリと姿を現さなくなってしまった。
彼女のいなくなった邸はまるで昔を彷彿とさせた。
司様だけではない。
この邸の人間にとっても、もはや彼女の存在はなくてはならないものとなっていた。

今の司様なら、彼ならきっとこの最大の窮地をも乗り越えてくれる。
彼女をその手に掴むまで、彼は絶対に諦めたりしない。
私は最後まで信じ続けた。
そして事実、彼はその通り乗り越えてみせたのだ。


だが運命の悪戯はそれだけでは終わらなかった。

約2年ぶりに会った彼女はあまりにも残酷な現実と向き合っていた。
この邸の人間のことはもちろんのこと、司様のことすら綺麗さっぱり忘れ去っていた。
かつて司様が同じ運命を背負ったことがあったが、幾度となく試練を乗り越えてきた彼らにはなんと辛く悲しい現実だというのか。
あの時ほど神を恨んだことはなかった。

だが、あの時誰よりも彼女を信じていたのは他でもない司様だった。
悲しみに打ちひしがれる私たちを嘲笑うかのように、ひたすら前だけを見ていた。
そしてたとえ記憶がなくとも、そんな司様に彼女はどんどん惹かれていった。
またしても引力に惹きつけられるように。


そんな彼らを目の当たりにしたとき、彼らの絆は一生揺らぐことはないのだと確信した。
あれやこれやと考えてしまっていた自分が恥ずかしく思えるほどに。
たとえこのまま記憶が戻らないとしても、体に障害が残るようなことがあろうとも、
そんなことは彼らにとっては取るに足らないことなのだと。


彼らの運命は神にも断つことはできないのだと _____














「斉藤さーーーんっ!!」

回想に耽っていた頭にコロコロと鈴のような音色が響いてくる。
ハッと顔を上げれば満面の笑みでこちらへ駆けてくる女性が目に入った。


牧野つくし様

____ いや、これからはもう道明寺つくし様だ。


「お帰りなさいませ。無事に手続きは終わりましたか?」
「はいっ!」

ニコニコと花のような笑顔を見せるつくし様に自然とこちらまで笑顔になってしまう。

「嘘つけ。夫の欄に名前を書こうとした奴は誰だよ」
「あっ・・・! ちょっと! 誰にも言わないでって言ったじゃん!!」
「自分から言うつもりはねーよ。お前が嘘つくからだろうが」
「緊張してたんだから仕方ないじゃん!」
「冗談じゃねーよ。たった一枚しかないものを失敗されたらたまったもんじゃねぇっての」
「うっ、うるさいなっ! だったら予備を準備しておけばよかったんでしょ?!」
「あぁ?! あのババァが予備の分まで書いてくれると思ってんのか? 婚姻届すらまともに書けないようなら結婚する資格なんかねぇとかなんとか言うに決まってんだろが」
「うぅっ・・・!!」

今回の押し問答はどうやら司様に軍配が上がったようだ。

「でも無事に受理されたのですよね?」
「あぁ」
「ではあらためまして。 司様、つくし様、ご結婚誠におめでとうございます」
「斉藤さん・・・」

深々と頭を下げた私につくし様の目がうるうると揺れ始める。
帰国してからこれまでのほんの数時間の間に、一体どれだけ泣かれたのだろうか。
そして、ここまで包み隠さず感情を露わにするつくし様を見ることは私自身も初めてだった。

その姿にはただ感動、その一言だった。

「ありがとうございます。斉藤さんには本当にたくさんお世話になりました。そして・・・できればこれからもよろしくお願いします」
「つくし様・・・ありがとうございます。こちらこそ喜んでお仕えさせていただきます」

ただのおじさんの言葉にも本当に嬉しそうに笑うつくし様。
そしてそれを優しく見つめる司様。

あなたはその笑顔にどれだけの価値があるのかということに全く気付いてなどいない。
でもそれでいい。
そんなつくし様だからこそ全ての人間がお慕いするのだから。
どうかあなたはずっとそのままでいてください。

私たちは光の中で笑うあなたが見たい。
願うのはただそれだけ ____




「ほんっとお前のそそっかしさは神懸かってるよな」
「もうっ! またその話?! ほんっとしつこいなーーー!」
「お前が間違ってたらしばらく入籍できなかったんだぞ?」
「だーかーらー、最終的にはちゃんとできたんだからいいじゃん! もう、いつまでもグチグチ言うなんて・・・小さい男だなぁ~」

車内に戻ってもなお痴話げんかを繰り返す2人が微笑ましい。
だがどうやらつくし様の一言が司様の地雷を踏んでしまったようだ。
ミラー越しに司様の額に青筋が立ったのがはっきり確認できた。

こういう時のパターンは決まっている。

「・・・んだと? てめぇ、今何つった?」
「え? だからそんな小さいことぐちぐち言うなって言ってるの!」
「誰が小さい男だって? ・・・お前には色々と教えてやらねぇとなぁ」
「な・・・何を・・・」

ジリ、ジリ・・・

目の前に迫る司様につくし様が後ずさるが、リムジンとはいえ所詮車内。
あっという間に壁にぶち当たって行き先を失ってしまった。

「今日は新婚初夜だしなぁ。新妻としての役割をじっくり教えてやるよ」
「ひ、ひっ・・・! こ、来ないでっ・・・!」
「まずは手始めに・・・」


ピッ

電子音と共に運転席と後部座席を仕切る窓がウィーーンと上昇を始める。


「さ、斉藤さんっ! た、助けてくださいっ、さいとうさん! さいっ・・・!」

必死の助けも虚しく、無情にも仕切りがパタッと音を立てて閉じられた。



あぁ、つくし様。
いつもいつも助けられなくて本当にすみません。
それでも、あなた様が本当は嫌がってなどいないということを私は知っていますから。
だからこそ敢えて聞こえなかったフリをしているのです。


もうすぐ還暦を迎える私。
そろそろ現役引退を・・・などと考えたことがなかったわけではございません。

ですが固く決意致しました。
お二方のお子様の成長を見守るまでは私も腐ってなどいられないと。
タマ様に負けてなどおられません!!



これからもどうか、末永くあなた方にお仕えさせてくださいませ。


その笑顔をずっと近くで見守らせてくださいませ _____







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「道明寺邸の人々」 は今後も番外編として時折登場する予定です。
毎回どんな人が主役になるのかをどうぞお楽しみに(*^^*)
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