彼と彼女の事情 1
2015 / 06 / 26 ( Fri ) 「牧野さーん、さっき携帯鳴ってたわよ?」
「え? ・・・わかりました。ありがとうございます」 隣のデスクに座る先輩の親切心も正直今はありがた迷惑でしかない。 とはいえ教えてもらっておきながら無視するわけにもいかず。 「・・・はぁ・・・」 せっかくの休憩だったというのに、戻って来て早々誰にも聞こえないように溜め息をつきながら恐る恐る携帯をチェックする。 こんなに気が重いのにはちゃんと理由がある。 だって・・・ 「・・・・・・ほらね」 中身をチェックして再び溜め息が出た。 『 今夜8時 マンションに来い 』 有無を言わさない俺様口調。 こっちの都合なんてお構いなし。 行こうが行かまいがどうせ逃げられやしないのだ。 間違いなくSPにこっちの行動を監視させているに違いないのだから。 「ほんっと俺様を中心に世界を回してるんだから」 「え? 何か言った?」 「あ、いえっ、何でもありません!」 ガバッと慌てて携帯をカバンに突っ込む。 「もしかして、デートのお誘い?」 「えっ?!」 「あら、違った?」 「あはは・・・まさか。そうだったらもっと嬉しそうな顔してますよ」 ・・・そう。 デートどころかむしろ地獄への招待状のようなもんだわ。 「・・・確かにそうかも。なんか眉間に皺が寄ってるしね」 「はははは、そうですそうです」 乾いた笑いをするのが精一杯。 全く、皺が取れなくなったら一体どうしてくれんのよ! 超高級美容整形で顔中の皺ごと取ってもらうんだからね! 「デートじゃないんなら、よかったら今日牧野さんも合コン行かない?」 「ご、合コン?!」 「そう。なんと! 今日はY社の男性陣との合コンなのよ。かなりのハイスペックが揃うらしいから、なかなかないチャンスよ~!」 Y社・・・確かにエリートが集う会社に違いない。 普通なら眉唾もののお誘いなんだろうけど・・・ 「・・・ごめんなさい。お誘いは有難いんですけど、私そういうのはちょっと・・・」 「え~、また?! っていうか牧野さんこの手の誘いに1回ものったことないよね? 飲み会参加も必要最低限だし。やっぱり付き合ってる人が・・・?」 「あぁっ! 私午後の会議の資料の準備で終わってないのがあったんです! ごめんなさい、ちょっと失礼しますっ!」 「え、ちょっと、牧野さんっ?!」 それ以上の追及から危機一髪逃れると、脱兎の如く資料室へと逃げ出した。 「はぁ~~~~っ。もうなんで女ってこういう詮索が好きなのかな・・・」 それとも一切合切興味のない自分が異端児なのだろうか。 「あ~~、気が重い」 今日何度目かわからない溜め息をつくと、重い腰を上げて書類へと手を伸ばした。 *** 「・・・・・・・・・・・・遅ぇぞ」 むかつくほど高級な革張りのソファーにむかつくほど長い足を組んでむかつくほど偉そうな態度で開口一番そうのたまった男に顔を合わせて早々カチーーンとくる。 どしゃ降りのひどい天気の中わざわざ来てみればいきなりこれだ。 「遅いって、これでも都合つけて来たんですけど? 文句言われる筋合いなんてない」 「・・・来て早々何キレてんだよ」 「キレてんのはそっちでしょ?!」 「あぁ? お前だろうが!」 ガタンっ! と音をたてて立ち上がった男はこれまたむかつくほどスタイルがいい。 っていうかいちいち見上げるの首が痛いんだから立ち上がらないでよ! 「・・・で、何? SPに半ば無理矢理拉致させるような形で呼び出して」 「何じゃねーよ。話なんて1つしかねーに決まってんだろ。お前こそ白々しいこと言ってんじゃねーよ」 明らかに声のトーンが下がったのがわかる。 本気でいらついてる証拠だ。 ・・・ここは冷静に、至って冷静に。 「・・・はぁ。だからすぐに結婚は無理だって言ったじゃん」 「なんでだよ」 「なんでって・・・その理由だって散々話したじゃんか」 「俺にはさっぱり意味がわかんねーな」 「わ、わかんないって!」 「だってそうだろ? 俺は4年後にお前を迎えに来るっつったんだ。・・・まぁ実際は5年かかっちまったけど。でも自分の責任は果たした。だからお前と結婚する。それの何が悪い?」 「悪いってわけじゃ・・・」 「じゃあ何なんだよ」 「・・・・・・」 また、だ。 いつも同じ事の繰り返し。 何度理由を説明したところで理解してはもらえない。 そりゃあこの男の言うことだって正論なのはわかってる。 確かに4年後迎えに来るって言った。 実際には5年後になったけど、そこに文句を言うつもりはない。 こいつがどれだけ頑張ってたのかをこれでもかってほどに知ってるから。 でもこっちだってちゃんと待ってたんだ。 だから今度は少しくらいこっちの気持ちを待って欲しいと望んだってバチは当たらないんじゃないの? 「・・・あたしも仕事始めたばっかりだし、帰国しました、はい結婚しましょう、じゃなくてさ。もう少し落ち着いてからでも・・・」 「んな必要ねーよ。どっちにしたって結婚することに変わりはねぇ。だったら今すぐすりゃあいい。お前のぐだぐだに付き合ってたらいつになるかなんてわかったもんじゃねーからな」 カッチーーーーン! ・・・ほらね。 結局こうなっちゃうんだ。 いつだって冷静に話し合おうとしてるのに、ちゃんとこっちの想いを伝えようとしてるのに、結局この男はこの捨て台詞でバッサリ切り捨ててしまうのだ。 いつだって。 いつだって!!! 「・・・・・・もういいよ」 「あ?」 「もういい」 「もういいって・・・じゃあ結婚するってことだな?」 どこまでも俺様思考でめでたすぎる。 ・・・腹立たしいほどに。 「道明寺がそういうスタンスを崩さないならあたしにだって考えがある」 「・・・は?」 そんな勘違い男をキッと睨み付けると、スーーッと大きく息を吸い込んだ。 何やってんだって顔して見てるけど、そんなこと知ったこっちゃない。 「道明寺とは結婚しない」 思いっきり吐き出した息と共に出した言葉に目の前の男が固まる。 それもそのはず。つい数秒前まで結婚できるとばかり思い込んでいたのだから。 「・・・・・・何言ってんだ?」 やっとのことで反応した道明寺はまだ呆然としている。 けどここで情に流されたらおしまいだ。 「道明寺が今のままならあたしは結婚できません。ごめんなさい。 以上です」 そう言って立ち尽くしたままの男に頭を下げると、クルッと踵を返して部屋を後に・・・ 「おいっ! 待てっ!!!」 ・・・させてくれるわけがないのはまぁ予想してはいたけども。 ガッツリ握られた右手を恨めしそうに見ながら振り返る。 と、珍しく道明寺は動揺を見せていた。 ・・・さすがに効果があった? 「お前、ふざけんなよ」 「ふざけてなんかないよ」 「結婚しないってどういうつもりだよ!」 「どうもこうもその言葉の通りだよ。今の強引すぎる道明寺のままじゃ結婚なんてできない」 「ざけんなっ! じゃあ別れるってことかよ?!」 「そんなつもりはっ・・・」 ・・・・・あれ? ないって言い切れるのだろうか? 結婚するつもりはないのに別れる気もないって、なんか世で聞くクズ男の典型みたいな感じじゃない? あたしが言ってることってそういうことになっちゃうの? ・・・いやいやいやいや! あたしはただ道明寺にもっと歩み寄って欲しいだけで決してそんな・・・ 「・・・許さねぇぞ」 「痛っ・・・!」 ギリギリと、握りしめられた右手に痛みが走る。 ハッとして顔を上げれば道明寺の顔が苦痛に歪んでいた。 痛い思いをしているのはどう考えたってこっちなのに。 ・・・なんであんたの方が痛くて堪らないって顔をしてんのよ! ゴロゴロピカピカ。 まるで今のあたしたちのように外は不穏な空模様だ。 「お前を手放すなんてこと、ぜってぇに認めねぇからな!」 「ちょっ・・・右手、痛いからっ・・・離してっ・・・!」 「離さねぇよっ!!!」 ピカッ!! ガラガラガラガラドシャーーーーーーーーーーーーーーーーーンッ!!!!! 「きゃああああああああっ!!!!」 「牧野っ! おわっ?!」 ドサドサドサッ、ガタンッ!!! 「いっ・・・たたたたた・・・」 突然響いた雷鳴に驚いて目の前の男にしがみついたはいいものの、あまりのタックルぶりにそのまま2人して倒れ込んでしまったらしい。 「・・・っていうか背中痛っ・・・!」 咄嗟に道明寺の手が自分を包み込んでくれたような気がしたけど・・・この痛みからするに気のせいだった? っていうか上に人が乗ってるし。 どうやら最終的にあたしが下に転がってしまったらしい。 道明寺が上に乗ってりゃ重いし痛いに決まってる。 「道明寺、大丈夫? ごめん、重いからちょっと下りてもらっていい?」 「ん・・・あ、あぁ、悪ぃ」 「よいしょっと」 ぶにゅっ。 「・・・ん?」 ぶにゅ? ・・・何、今の感触。 なんか、道明寺の胸が妙に柔らかかったような・・・ 「・・・・・・え?」 「・・・・・・は?」 次の瞬間、2人同時に声が出ていた。 そしてその一言を最後にそれ以上の言葉を出すことができなかった。 ・・・何故なら、あたしの目の前にいたのは 「牧野つくし」 あたし自身だったのだから。
看病続きで気分転換したくて新作に手を出してしまいました。コメディ路線になるのかな? 長編というより中編の予定。楽しんでいただけましたら嬉しいです^^ スポンサーサイト
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彼と彼女の事情 2
2015 / 06 / 27 ( Sat ) 道明寺が帰ってきたのは約束の4年・・・から更に1年過ぎた2ヶ月前のことだった。
4年が過ぎる頃、ちょうどその時手がけていたプロジェクトが山場に差し掛かっていたとかで、結局なんだかんだと1年延びてしまったのだ。 そのプロジェクトが成功に終わると、道明寺は23歳という異例の若さで副社長というポストに就いて日本へと戻ってきた。まぁ彼の生い立ちを考えればそれは自然の流れだったのかもしれないけど、多分そういうことじゃなくて実力で勝ち取ったものなんだと思う。 5年の間に全く会えなかった・・・ということはさすがになかった。 あの悪友達に半分騙される形で2回渡米したことがあるのだ。 ・・・とはいえ当然ながら向こうは多忙の身。 ゆっくりデートらしいデートををする時間なんていきなり作れるはずもなく。 当然ながらあたしだってそんなことは望んでなんかいなかったわけで。 見るに見かねた彼らにNYを案内してもらいながら夜はひたすらあいつの帰りを待つ。 一見すっごく悲しい女に見えがちだけど、それでもあいつは必死に時間を作ってくれたんだと思う。 強がりでも何でもなく、あたしはそれだけでも充分幸せだった。 夜遅くに帰ってきて数少ない2人だけの時間を過ごす・・・ なんて言うと甘い響きに聞こえるけど、自分の間の悪さは折り紙付き。 タイミング悪く 「あの日」 になってしまったあたし達に甘い展開など結局なく。 お前は狙ってんのか! なんて恨み節半分に言ってたけど、きっとそれはあたしが必要以上に気に病まないようにするためのあいつなりの優しさだったんだと思う。 でもタイミングが悪いのはあたしだけじゃなかった。 たまーーーーーーに、しかも、何の前触れもなくある日突然あいつが帰国してきたこともあった。何でも仕事で東南アジアに飛ぶ前に立ち寄ったんだとか言って。 でも何にも話を聞いてないあたしは当然バイトを入れているわけで。 帰ってきたからじゃあ仕事をドタキャンしますなんてできるはずもない。 あいつはギャーギャー文句言ってたけど、彼氏が突然帰ってきたから仕事休みます! なんてことがまかり通ってたら社会人なんて成り立たないに決まってる。 そんなことの繰り返しの5年を経てついにあいつが帰ってきた。 正真正銘この日本の地に。 5年の間に何度か会ってるわけだし、テレビや雑誌を通していつもあいつの活躍を見てきた。 だから再会だって今更照れるようなことでもない。 ・・・そう思ってたのに。 帰ってきたあいつはまるで別人のように見えた。 悔しいけれど、あいつが底抜けにカッコイイ男なのは誰の目にも明らかな事実なわけで。 でも帰ってきたあいつをそう見せていたのはそれだけじゃなかった。 5年という年月を過ごしてきた自信がそうさせているのか、自分が知っていた道明寺司からはひと回りもふた回りも大きく、そして輝いて見えた。 ___ 直視できないほどに。 帰国してしばらくはさすがのあいつも多忙を極めていた。 あたしもこの4月から社会人になったばかりだったし、ほんとに日本に帰ってきたの? ってくらいにすれ違いの生活が続いてた。 それに痺れを切らしたのはあいつの方で。 今すぐにでも結婚するぞと言い出した。 ・・・いや、正確には会えないからそう言い出したわけじゃないんだけど。 でもこんなに忙しい中で結婚だなんてあまりにも現実離れしすぎた話だった。 今以上にてんやわんやになるのなんて目に見えていて、想像するだけでも恐ろしい。 いつか結婚するならあいつしかいないって考えに変わりはないし、そんな焦った気持ちでするものでもないって思う。 せめてもう少しお互いが落ち着いてからでも決して遅くはない。 すぐには無理という答えを突きつけたあたしにあいつは納得してなかったけど、じゃあだったら同棲だけでもと、今度はマンションを準備しやがった。 おもちゃを買う感覚でいとも簡単にポン、と超高級マンションを。 言われてすぐにはいそーですか、なんて言うようなあたしじゃないから当然同棲はお預け状態だったのだけど。 ・・・その、いわゆる 「男女の関係」 というものをもってしまったのだ。 ついにというか、やっとというか。 もう痛いやら恥ずかしいやらではっきり言ってその時の記憶なんてまともに残ってないんだけど。 それでもすごく幸せな気持ちで満たされたってことだけは揺らぎようのない事実だった。 あぁ、あたしはこの男のことが心から好きなんだなって心の底から思った。 だって、そうじゃなきゃあんなことなんて絶対無理でしょ?! 好きでもない相手とあ、あ、あんなことができる人間が信じられない!!! 経験したからこそ尚更強くそう思う。 そんなこんなの初体験から約3週間。 その間に 「そういうこと」 があったのはまだわずか2回。 なかなか思うように会えないっていうのが第一だけど、恋愛ビギナーのあたしにとってはむしろこれくらいのペースの方が有難くて助かってたり。 対照的にあいつの方はますます結婚したい、同棲したい願望が強くなる一方のようだった。 ようやく結ばれたともなれば、男性心理を考えればきっとそれも当然のことなんだろうとは思う。 だから会う度にそればっかり言われては平行線を辿る日々だった。 ・・・というか正直なところ、今は道明寺を真っ直ぐに見られないのだ。 もちろん嫌だからじゃない。 その反対で、恥ずかしすぎて直視できないのだ。 帰国した時から感じてた何とも言えない違和感に、エ、エッチをしたことで気付いてしまった。 ・・・あいつがカッコ良すぎて、ドキドキし過ぎて自分が自分らしくいられないということに。 あぁ! こんなのあたしらしくない! こんな乙女乙女した思考なんてあり得ない!! 気持ち悪いっ!!! 心底そう思うのに、いざ顔を合わせると平常心なんて保っていられない。 あいつに悟られないようにしようと思えば思うほど、可愛くない態度になってる自覚はある。 だってしょうがないじゃん! ほんとに普通にしてられないんだから! 一体どうすればいいの?! こんな状態で結婚だ同棲だなんて絶対にムリ!! いや、実際問題まだ早すぎると思ってはいるんだけど、せめて自分が平常心を保てるようになってからにして欲しい。 あなたに会うとドキドキが止まらないからもうちょっと待って! ・・・だなんて言えるはずもなく。 だから現実的な話としてなんとかわかってもらおうと必死で説得してはいるものの・・・ あの男がそう簡単に納得してくれるわけがない。 だから会えば結局言い合いになることが増えていってたんだ。 ____ それなのに。 「・・・・・・・・・何、これ・・・。どういうこと?」 目の前に見えている光景が全く理解できない。 あたしの体に乗っているのは・・・あたし。 ・・・・・・・・・ってどういうこと?! 「・・・・・・つーかなんで俺がそこにいんだ?」 「えっ?!」 目の前で呆然としていた 「あたし」 がようやく口を開いた。 ・・・かと思えばその口調はどう考えても 「道明寺」 そのもので・・・ っていうか今何て言った? ナンデオレガソコニイル・・・? 「えぇっ?!」 ガバッ!! 「おわっ?!」 「あっ!」 ゴツッ!! 「きゃあっ、ごめんっ!! 大丈夫っ?!」 突然体を起こした勢いで目の前の 「あたし」 がいとも簡単に後ろへと転がってしまった。 慌てて手を伸ばしたところでハッとする。 こ、この手は・・・ この大きくて骨張ってて、それでいてウットリするほどに綺麗なこの手は・・・!! 「どっ、どういうことっ?!」 真っ青になりながら両手で押さえた顔は明らかに自分のものとは違う。 「いってぇ~・・・」 「ハッ! だ、大丈夫?! 道明寺っ!」 頭を押さえながらやっとのこと体を起こした 「あたし」 に咄嗟に出た一言。 『 道明寺 』 目の前にいるのは間違いなく 「牧野つくし」 だというのに。 どうして自然と道明寺だなんて口にしたのだろうか。 「・・・・・・どうやら間違いねぇみてーだな」 「・・・え?!」 尚も痛みのせいか顔を歪ませている 「あたし」 がハァッと大きく息を吐き出すと、こっちを見ながらゆっくりと口を開いた。 「俺とお前の体が入れ替わっちまったらしい」 あぁ、神様。 どうか夢だと言ってください。
新作が楽しくて合間合間に息抜きしまくってます(笑) そしてチビゴンの病気がアデノウイルスだと判明しました!まだまだ熱はありますが、とりあえず原因が判明したことに関してはホッとしてます。原因がわかって気持ちが楽になったので、できる限り更新頑張っていきますね♪ ただコメント返事だけはごめんなさい、もう少しお休みいただきますm(__)m でもコメントいただけるのはとってもとっても嬉しいです!・・・ってワガママですね(^_^;) |
彼と彼女の事情 3
2015 / 06 / 28 ( Sun ) 「嘘・・・でしょう・・・?!」
「残念ながら嘘じゃねぇ」 そう返ってくるのはわかっていても言わずになどいられない。 今更ながらにようやく気付く。 自分の発している声がとてつもなく低くて太い声になってしまっていたという現実に。 そしてあの時確かに道明寺が自分を守ってくれたと思ったのは気のせいなんかじゃなかった。 『 守ってくれたからこそ痛かった 』 何故ならあたしが 「道明寺」 になってしまったのだから。 「つーかマジかよ・・・どうすりゃいいんだ?」 ぼりぼりと目の前であぐらをかきながら頭を掻きむしる男・・・じゃなくて 「あたし」 が。 「ちょっとっ! あたしの体でそんな格好しないでよっ!」 「うおわっ?! 何だよ?! 仕方ねーだろ、自然に出ちまうもんは!」 「やだやだやだやだ! いくらあたしでもそんなことはしないんだからっ!!」 「つーかそりゃこっちのセリフだ! 俺の姿でんな気持ちわりぃセリフ吐くんじゃねぇよ! 鳥肌が立ってしょうがねぇっつーんだよ!」 「そんなこと言ったって中身は 『あたし』 なんだからしょうがないじゃん!」 「それを言うなら俺だって一緒だっつの!」 道明寺の言葉は至極正論で。 この状況にどうしていいのかわからないのは彼だって同じに決まってるのだ。 「う゛っ・・・」 「おっ、おいっ?!」 あっという間に瞳が潤んでいくあたしに、目の前の 「あたし」 がみるみる慌てていく。 「うわぁ~~~~んっ!!!」 「おいっ、泣くなっ! つーか俺の姿で泣くとかマジでやめろっ! どう考えても罰ゲームじゃねーか! おい牧野っ、頼むからやめてくれっ!!」 「そんなん言ったってムリ~~!! うわあ~~~んっ!!」 「・・・マジかよ・・・」 目の前で突っ伏しておーいおいと泣き出してしまった 「自分」 を目の当たりにすると、道明寺はクラッと一瞬目眩を起こしながら天を仰いだ。 *** すっかり雷雨のおさまった深夜の室内はシーーンと静まり返っている。 ソファーに座って向かい合って互いに難しい顔をしたまま。 「・・・・・・どうするの・・・?」 「・・・・・・」 聞いたところで道明寺に答えがわかるはずがない。 だって自分にだって何をどうしていいのかわからないのだから。 あれからしばらくして泣き止むと、2人で何とかして元に戻る方法はないかと試みてみた。 当時の状況からわかることは、雷が鳴っていたこと、激しく転んだこと、体が密着していたこと、 せいぜいこの程度のことしか考えられないと思う。 そもそも本当にそれが原因なのかすらわからないのだけれど。 でも何も行動に起こさないなんて選択肢はあたし達にはなかった。 だからまだ鳴り響いていた雷のタイミングを狙って何度もあの時の再現をしてみた。 ・・・けれど、繰り返せど繰り返せど何一つ変化はなく。 いや、あるとしたら互いの体が痛くなっていくだけという何とも有難くない変化だけ。 結局2時間ほどそんなことを繰り返しながら今に至るのだ。 「はぁ・・・なんでこんなことになっちゃったの・・・」 「・・・・・・」 相変わらず黙り込んだままの道明寺に、思わず頭を抱えて項垂れてしまった。 なんで? なんでこんなことに・・・?! これが夢じゃないということはさっき互いに散々頬をつねり合って証明済みだ。 こんなあり得ないことが夢じゃないなんて、もしかしてあの世に来たんじゃないかとすら思える。 それくらいに信じられないしあり得ない。 ___ まさか互いの体が入れ替わっちゃうだなんて。 ギシッ・・・ 「 ?! 」 ソファーのすぐ隣が沈み込んでハッと横を見たときには既に手が握りしめられていた。 その手は今の自分よりも一回りも小さい。 そして目線だって頭一つ分低いところにある。 どこからどう見ても 「牧野つくし」 そのもので。 「大丈夫だ。根拠はねーけど心配いらねぇ。なんとかなる」 「道明寺・・・」 それなのに。 不思議なくらい目の前にいるのが 「道明寺」 にしか見えなくなる瞬間があるのだ。 きっと道明寺だって混乱しまくっているに違いないのに。 動揺してるのはあたしだけじゃないに決まってるのに。 こうして1人混乱しまくっているあたしを落ち着かせようとしてくれている。 あぁほら! そんなことを考えるだけでまたドキドキしてきちゃうじゃないか。 ダメダメダメ! 今はそれどころじゃないんだから。 まずはこのあり得ない状況をどう乗り越えるか、それだけを考えなきゃ。 「・・・っていうかさ、週が明けてもこのままだったらどうなっちゃうの・・・?」 そう。 不幸中の幸いか今は金曜日。 土日でこの状況が打破されていなければ月曜から一体どうすればいいというのか。 お互い仕事だってある。 百歩譲って道明寺があたしレベルの仕事をやるには何の問題もないだろうけど、あたしが道明寺の仕事をやるなんて・・・ 「むっ、ムリムリムリムリ! あたしに道明寺の代わりなんてぜっっっっっったいにムリっ!!」 「おい、落ち着け! 最悪の場合の対策は土日の間になんとか考えればいいから」 1人パニック状態のあたしを道明寺は必死で宥める。 っていうか・・・ 「・・・なんで道明寺はそんなに落ち着いてるの? こんなあり得ない状況になってるのに! ねぇなんで?! 怖くないの? 焦らないの? なんでっ・・・」 「わかったからちょっと落ち着けっつってんだろ!」 目の前の 「あたし」 の両腕を掴んで必死に問い詰めるあたしに 「あたし」 が声を荒げる。 自分の声なはずなのに驚くほど野太く聞こえて、思わず体が竦み上がった。 道明寺はそんなあたしを見てはぁっと大きく息を吐き出した。 「・・・悪ぃ。ただ、無理矢理にでも冷静にしてねーと頭の中がパニックになりそうで・・・。俺だって混乱してるに決まってんだろ。だからって2人してパニくってたってどうにもならねーだろうが。お前の焦りも苛立ちもよくわかるから、とにかく少し落ち着け。・・・わかったか?」 「・・・・・・うん、ごめん・・・」 一言一句全てが正論過ぎて、もはやぐうの音も出ない。 すっかり意気消沈してしまったあたしを見て再び道明寺が溜め息をついた。 「別に謝る必要はねーよ。つーか俺の姿でそんなションボリするとかマジでやめろ。さっきから鳥肌が消えねぇんだよ」 「そんなこと言ったってムリだよ・・・だって中身はあたしなんだもん」 「・・・はぁ~、マジでなんでこんなことになったんだ・・・」 額に手をついたまま再び天を仰いだ道明寺・・・もとい 「あたし」 の足がパカッと開いている。 「だからっ!! 足開くのやめてって言ってるでしょ!」 「あぁ?! 中身は俺なんだから仕方ねぇだろうが!」 「やだやだやだ! 元に戻ってもそのままになってそうでやなんだもん!」 「 『だもん』 とか 『やだやだ』 とか俺の顔で気色わりぃこと言ってんじゃねーよ! つーかそれ言うならお前だって内股で座るのやめろっ!!」 「そんなのムリっ!!」 「だったら俺だってムリだってんだよ!」 ギャーギャー結局辿り着く場所は同じ。 何一つ解決の糸口なんて見つからない。 それでも、今はこうして騒いでなきゃとてもじゃないけど落ち着いてなんていられなくて。 て・・・・・・。 「・・・・・・・・・」 「・・・? おい、急に黙り込んでどうした?」 急激に黙り込んで俯いてしまったあたしを道明寺が心配そうに覗き込む。 「おい牧野。 まき・・・」 「・・・・・・どうしよう」 「は? つーかお前顔が真っ青じゃねーか。どうしたんだよ?!」 ゆっくり顔を上げたあたしを見て道明寺の顔が驚きに染まる。 それもそのはず。多分今のあたしの顔からは血の気が引いているはずだから。 「・・・・・・たい」 「は? 聞こえねぇよ。今なんつった?」 「・・・トイレに行きたい」 「は・・・」 そう言って互いに見つめ合ったまましばし空気が固まったのがわかった。 考えなきゃならないことは山ほどある。 万が一月曜になってもこのままだったらどうしようとか、金太郎飴のように問題は尽きない。 ・・・でも。 でもっ!!! もっと現実的な問題が今そこにあるじゃないか! 今そこに迫る危機が!!!! 「道明寺ぃ~、どうしよう、どうすればいいの?!」 「ま、待てっ! とりあえずトイレ行くぞ!」 うるうると涙目のあたしの手を引っ張ると道明寺はトイレへと急いで連れて行く。 「ほら、行ってこい!」 「えっ?! むっ、ムリだよ!! 男の人の体なんて何もわかんないもん! ムリムリムリっ!」 「手で掴んですりゃあいいんだよ!」 手で掴む・・・? な、なに、何を・・・ ナニを・・・? 「ひぃっ! むっ、ムリムリムリムリムリっ! 死んでもムリ~~~~~っ!!」 「仕方ねぇだろが! 男は皆そうしてんだよっ!」 「だってあたしは男じゃないもん~~! むりむりむ゛り゛ぃ~~~~っ!!!!」 「じゃあションベン我慢できんのかよ!」 「それもム゛リ゛~~~~!!」 もうあたしはほぼほぼ泣いてると思う。 道明寺の姿のまま。 「チッ・・・! 仕方ねぇな」 そう言うと、見た目はあたしの道明寺が見た目は道明寺のあたしの体を押して自分の体ごとトイレの中へと入って来た。超高級マンションだけに大人2人が入ったところで中は広々空間だ。 「えっ、なに? 何するの?!」 「決まってんだろ。そんなに嫌ならお前は目ぇ閉じてろよ。俺がやってやるから」 飛び出したトンデモ発言に思わず粗相してしまいそうなほどに飛び上がる。 「はっ?! 何言ってんの?!」 「お前がムリなんだったらそうする以外ねーだろが。ほらいいからズボン下ろすぞ」 パニックを起こすあたしとは対照的に道明寺は努めて冷静にベルトへと手を掛けた。 呆然としていたのがカチャカチャという音でハッと現実に引き戻される。 「いやーーーーーーっ! ムリムリムリっ!! あたしの体でそんなことなんて絶対にムリっ!!」 「中身は俺なんだから気にするんじゃねぇよっ!!」 「ぜったいにムリーーーーっ!!! 目の前で自分があ、あ、あんなもの触ってる姿なんて絶対に耐えられないっ!」 「おいっ、あんなものとはなんだあんなものとは!」 「とにかくムリなものはムリなのぉっ!!」 「じゃあションベン漏らしてもいいんだなっ!」 「それもいやああああああああああっ!!!!」 深夜の高級マンションに野太い男の悲鳴が響き渡る。 あぁ神様。 今からでもいいからやっぱり夢だと言ってください!!
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彼と彼女の事情 4
2015 / 06 / 29 ( Mon ) スースーと眼下で寝息を立てる女・・・もとい 「俺」 の目尻はまだ濡れている。
拭って頭を撫でてやろうとしたところで我に返り、伸ばした手をグッと握りしめた。 「・・・・・・何が悲しくて自分にこんなことしなきゃなんねーんだ。・・・・・・クソッ!」 やり場のない苛立ちを押さえるように立ち上がると、尚も眠り続ける牧野を寝室に残してリビングへと足早に戻る。そしてテーブルに置かれたままになっていた携帯を乱暴に掴んでひっくり返るようにしてソファーにダイブした。 あの後、たかだかトイレを済ませるだけでも散々だった。 結局選択を迫られた牧野が選んだのは自力でするというもの。 とはいえ当然ながら直接見ない、触れないという大前提付き。 ガラガラと紙をこれでもかと引っ張り出して泣きながら触ったんだろう。あんなにペーパーホルダーが回転する音を聞いたのは生まれて初めてだったっつーくらいに大量に出してやがった。 ざけんなっ! 俺様の大事なもんをまるで新型ウイルスのように扱いやがって。 泣きてぇのはこっちの方だっ! しかもやっとのことでトイレ騒動が終わったと思った矢先、今度は俺の方が用を足したくなった。 俺だって女の体に詳しいわけじゃねーが、とりあえず男と違ってただ座ってやりゃあいいってことくらいはわかる。しかも大事なところを見る必要だってない。 だから何の問題もなく済ませようと思ったのに・・・ あのヤロウ、またしても嫌だ嫌だと号泣しやがった。 結局タオルか何かを下半身に掛けた状態でやるということでなんとか落ち着いたが・・・ そんなん根本的な解決になんざなってねぇ。 生理現象はこれから嫌ってほど繰り返されるし、フロにだって入らなきゃなんねぇ。 んなときにいちいち体なんて隠してられっか! セックスだってした仲だっつーのに今更それくらいで何言ってんだ!! ・・・といってやりたいのは山々だが、やったとは言ってもまだたったの2回。 俺はともかく、牧野からすればほぼほぼ未経験も同然な状態なんだろうとは思う。 実際、俺はあいつの体のほとんどを見てるのに対しておそらくあいつはまともに見ちゃいねぇ。つーか見れるような性格じゃねぇのは百も承知だ。 最初はすっげー泣いてたし、2回目は泣きこそしなかったが、見たところまだ気持ちがいいとか感じるまでには至ってねぇだろうってことは俺にだってわかる。 あいつらだって言ってたが、どんなに経験があってもこればっかりはどうにもならねぇらしい。 とにかく時間をかけて、女の反応を見ながらじっくり慣らしていくしかねぇって。 あいつを待たせた俺が言うのもなんだが、そっちのことに関しては充分待ったと思う。 決して焦ってるつもりも無理強いしたつもりもない。 お互い合意の上で極々自然な流れで最初の時を迎えた。 この歳にして初めて知った女っていうのは・・・想像以上に凄かった。 それはもう言葉でなんか簡単に表せねぇくらいに。 当たり前のことだが、女なら誰でもいいって問題じゃねぇ。 この俺が心底惚れて、心底欲しいと望んだあいつだったからこそ得られた快感だ。 だからもっともっとあいつといたいと思ったし、もう少しだって離れていたくねぇと思った。 それなのにあの女、相変わらずわけのわからねぇ御託を並べるばかりでてんで埒があかねぇ。 人がどんな思いでこの5年を突っ走って来たのかわかってんのか! あのヤロウ! ・・・そんな中で起きた今回のあり得ないこの状況。 「ったく、ようやくあいつと一緒にいられると思ったのに・・・俺は呪われてんのか?!」 体が入れ替わったって愛し合うことはできる。 でもそれじゃあ意味がねぇ。 俺が愛したいのは牧野つくしただ一人。 頭のてっぺんから足の爪先まであいつじゃなけりゃあ意味がねぇんだよ。 「くっそ、とにかく現状を何とかしねぇとな・・・」 ピピピッ 携帯の画面を見ると短縮2番へとコールする。 今現在夜中の3時過ぎ。 普通で考えれば電話なんてしねぇ時間だろうが今はそんなことなんざ言ってられねぇ。 プルルルルルッ プルルルルルッ プルッ・・・ 『 ・・・・・・はい。 いかがなされましたか 』 ましてや相手がこいつなら尚更のこと。 緊急時ほどこの男の存在は欠かせねぇ。 「俺だ。ちょっと厄介なことになった」 『・・・・・・・・・・・・』 「・・・おい? 聞いてんのか?」 予想通りこんな時間にも関わらず電話に出た男だったが、こっちの声を聞いた途端黙り込んでしまった。 話しながら自分ですっかり忘れていたがそれもそのはず。 今は俺であって俺じゃねぇんだから。 『・・・はい。申し訳ありません、もしかして牧野様でいらっしゃいますか?』 「表面的にはそういうことになる。だが間違いなく俺だ」 『・・・・・・牧野様、今どちらに? 司様は近くにいらっしゃらないのですか?』 こいつ・・・牧野が酔っ払ってわけのわかんねぇ電話したとでも思ってやがるな。 つーかまぁそう思うのが普通だろうな。 「おい西田。細けぇことは後からだ。とにかく今話してんのは牧野であって牧野じゃねぇ。俺だっつーことだけは言っておく。全てはマンションに来てからだ。さすがに今すぐ来いとは言わねぇ。だがお前の段取りがついたらすぐにマンションまで来い。わかったな」 『・・・・・・』 西田からすりゃあどう考えても酔っ払いの戯れ言にしか聞こえねぇだろう。 誰がどう聞いても牧野の声なんだから。 だが同時にどんなに酔っても牧野がこんなことをあの西田に言うはずがないってことにだって気付いてるはずだ。 『・・・・・・かしこまりました。1時間ほどでそちらに向かいますのでお待ちください』 ほらな。 わけのわからねぇ状態でも冷静さを失わねぇ。 こんなときこそこの男の力が必要だ。 「あぁ、頼んだぞ」 そう言ってすぐに通話を終了すると、携帯を持ったまま手を額に載せてはぁ~っと息を吐いた。 これで何度目になるかもわからない。 目を開けたら夢でした・・・そうあってくれたらどれだけいいか。 何故だかそんな願いは叶わないと確信を持ちながら、少しでも自分を落ち着かせるために俺は静かに瞳を閉じた。
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彼と彼女の事情 5
2015 / 07 / 15 ( Wed ) 「こんな時間にわりぃな」
「・・・・・・」 玄関に仁王立ちで待ち構えていた俺・・・ならぬ 「牧野」 を前にしばし西田の動きが止まる。 さすがのこいつをもってしても疑心暗鬼になるなと言う方が無理な話だろう。 もし俺が逆の立場ならば確実にぶっ飛ばしてるところだ。 「・・・牧野様では・・・」 「ねぇっつってんだろ」 「・・・・・・」 「まぁいい。とにかく中に入れ」 探るようにじっとこちらを見ている西田を残してさっさとリビングへと戻る。 既に日付の変わった今は土曜日。 1日くらいならともかく、立場上いつまでも仕事に穴をあけるわけにはいかない。 つまりは月曜を迎えるまでの2日、その間になんとか現状打破の一手を打たなくてはならない。 「・・・一体何があったのですか」 遅れて入って来た西田が真面目な顔で核心を突いてくる。 その目は既に俺の話をほぼ信じている。 こんな尊大な態度の牧野の姿を見ていればそうなっていくのも当然の流れなわけで。 だが決め手が欲しい、そんなところだろう。 「夕べあいつを助けようと床に転がった後に体が入れ替わった」 「・・・・・・」 反応がない。 ・・・まぁ普通はそうなるよな。 誰がこんな漫画みてぇな話を信じるっつーんだよ。 「状況としては言い合いをしてた、外は雷雨、転びそうになったあいつを咄嗟に庇った。これくらいだな」 「・・・今私が見ているのが本当に司様だとして、牧野様は一体どこに?」 「あいつなら泣き疲れて寝てる。少し前にトイレに行くだけで死ぬほど大変だったんだよ」 「それはまぁ・・・そうなるでしょうね」 「あいつ、俺の姿でわんわん大泣きしやがった。あれほどの屈辱はなかったぜ・・・」 生まれてこの方泣いたことなどないのに、何が悲しくて自分がカマみてぇに大泣きするところを見なきゃならねーんだ。 しかも俺の体をまるでゲテモノのように扱いやがって。 いくら好きな女が中にいるのだとしても、目の当たりにしなければならない俺にとっては屈辱的だ。 「・・・お聞きしても?」 「なんだよ」 「NY時代のあなたにとって一番嫌な記憶は?」 いきなりの質問にみるみる牧野の顔が凶悪なものになっていっているに違いない。 西田は無表情でじっとこちらを見ている。 ・・・んのやろう。 「・・・・・・ババァが勝手に設定したクソ見合いに決まってんだろうが」 「それであなたはどうなされたのでしょう?」 「聞かなくてもわかってんだろうが」 「確認のためです」 この野郎・・・ 既に俺の話が真実だととっくに信じてんな。 その上で 「わざと」 聞いてやがる。 牧野の体じゃなければぶっ飛ばしてやるのに、それができないことも計算尽くでやってやがる。 「机だけじゃなくて契約一本吹っ飛ばしたんだろ」 「そうですね。あれからしばらくは大変でした」 「知るかよ。そもそもお前も事前に知ってたくせにしゃあしゃあとあんな場所に連れて行きやがって・・・その程度で済んで感謝されてもおかしくねーぞ」 約束の4年をもうすぐ終えようとした頃、ババァの最悪な嫌がらせがなされた。 それなりに大きな契約を結ぼうとしていた企業の令嬢だかと勝手に見合いの場を設けやがったのだ。何も知らされずに仕事だとばかり信じてその場に行った俺は当然のことブチ切れた。 元々立場を利用してやたらと馴れ馴れしくモーションをかけてくる女だったが、その気が微塵もないことも日本に婚約者がいるということも全て話していた。それは親父に対してもそうだ。 だがそれを知らぬ存ぜぬで強引に事を進めようとしやがった。 ババァは最初から結果がどうなるかなんてわかってたに違いない。 その上で敢えて嫌がらせをふっかけてきやがった。 すんなり帰国して牧野を迎えに行く俺が面白くなかったとかそんなところだろうが冗談じゃねぇ。 相変わらず悪趣味過ぎるババァにはうんざりだ。 「契約の直前、あの会社が粉飾決算に手を染めていることが発覚しました」 「だからって俺を利用すんじゃねぇよ」 「ただでは転ばない。さすがは社長の手腕でしたね」 「・・・・・・チッ!」 ・・・そう。 気に入らないことはそれだけではなかった。 何が一番気に入らないって、あのババァ、最初から契約をご破算にするために俺を利用しやがったのだ。 西田の言った通り、あの会社は汚職に手を染めていた。 だがそれに気付いたのは契約がほぼ確約されていた段階のこと。 しかもこいつら、俺にだけはばれないように徹底的にその事実を隠してやがった。 その上であの見合いを設定したことで俺が全てをブチ壊す。 当時、相手は一方的な行為だと罵り被害者面で世論の同情を求めた。 しばらくは俺と道明寺ホールディングスが完全に悪者扱いだったが、その後例の汚職が発覚する。その中で俺との結婚も強引に進めようと画策していた証拠まで挙がり、一気に形勢逆転した。 むしろ俺の行為が正当なものであると賞賛される形となったのだ。 汚職がわかった時点で契約をなかったことにするより、それを逆手にとっていかに自社に効果的に事を運ぶか。損して得取れどころか、絶対に利益しか残らないように。 あのババァ、そこまで計算尽くでやってやがった。 ・・・気に入らねぇ。 コロコロとあの女の手の上で転がされていたかと思うだけで虫唾が走る。 あの女ほど忌々しい奴はこの世にいない。 「そんな極悪人のようなお顔をなされませんように」 「元はと言えばお前らが悪いんだろうが」 「ですがわが社にとっては最も有意義な結末を迎えることができましたよね」 「ざけんな」 「今はつくし様のお体なのでしょう? そんな顔をつくし様がなされることは絶対にありません。悲しませるようなことがあってよろしいのですか」 「・・・・・・」 こんのやろう。 それを言われちゃ何もできないことをわかってて面白がってやがるな。 くそったれ。 何から何まで腹が立って仕方がねぇ。 「もういいだろうが。とっくに俺の話は信じてんだろ?」 「・・・そうですね。先程廊下で歩く後ろ姿を見た時に確信しました」 「だったら無駄な時間使ってんじゃねーよ」 「先程のは個人的に聞いてみたかっただけですから」 「・・・・・・」 ほんとぶん殴れないのをいいことにやりたい放題だな。 体が戻ったら覚えてやがれ。 「問題は、考えたくはねーが万が一週が明けても戻ってなかった場合どうするかってことだな」 「・・・」 その言葉に西田は顎に手を当てて何やら真剣に考え出した。 「・・・・・・万が一のときは・・・」 *** カタン・・・ 「よぉ、よく寝てたじゃねーか。こんなときまで爆睡すんのはさすがお前だな」 「・・・・・・」 爆睡していた割には随分具合の悪そうな顔で俺の姿をした牧野がリビングへと入ってきた。 夜も明けて夕べの雨が嘘のように外は快晴だが、それとは対照的に室内の空気は重い。 「起きたら夢だったって笑えると信じて必死に寝たけど・・・悪夢のような現実だった・・・」 「おい、俺の姿でそう簡単に泣くんじゃねーぞ」 基本言うだけ無駄だろうが一応釘は刺しておかねーと。 実際俺からしたら冗談じゃねぇ話だからな。 見た目はどう見ても俺なのに、キッと睨み返す姿が何故かあいつとダブって見える。 人間の見た目っつーのは思ってる以上に内面に影響されるんだろうか? 「泣きたくもなるよ・・・だって、このままだったら一体どうすればいいの?! 万が一週が明けちゃったら・・・お互い仕事だってあるのに・・・」 泣きそうになったかと思えば鋭い視線で睨み付け、かと思えばまた泣きそうに萎れていく。 牧野の姿なら可愛いと思えるが、俺がやってると鳥肌が立ってしょうがねぇ。 「そのことですが」 「・・・え?」 明らかに自分たちとは違う声に牧野が顔を上げた。 そして予想外の事態だったのか、目ん玉が零れ落ちそうなほどに驚いている。 「・・・え、道明寺・・・?」 状況が掴めずに俺に助けを求めてくる。 「万が一の時は俺たちだけじゃどうにもならねーからな。一番の理解者になれるのはこいつしかいないだろ」 「・・・・・・」 俺との付き合いが認められたとはいえ、牧野と西田の面識はそう多くはない。 高校の時はババァの犬同然だったし、帰国してからの日もまだ浅い。 「あってほしくはないですが、万が一お二方がこのまま週を跨いでしまうようなことがあれば・・・次のような手立てを取りたいと思います」 西田の提案に、ゴクリと俺の中のつくしが喉を鳴らした。
「幸せ~」の方が間に合わなかったので久方ぶりの「カレカノ」です。お忘れの方はまだ数話しかないので是非復習を^^ |