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春待ち人
2015 / 07 / 28 ( Tue )
「ねぇ、聞いた? 今日この会場にあの道明寺司が来るって噂」
「えぇっ、嘘でしょう?!」
「私だってそう思ったわよ! でも今日の主役本人がそう触れ回ってるって」
「あの令嬢が・・・?」

ひそひそと声を潜めながら見つめる先には、パープルのカクテルドレスに身を包んで満面の笑みを浮かべる金髪女性がいる。

「・・・すっごいドレス」
「ほんとに。元々派手好きで有名だったけど、今日はその比じゃないわね。見て、あのメイク。並大抵の気合の入れ方じゃないわよ。今から結婚式でも挙げるのかって感じ」
「なんだかあれを見てたらさっきのこともあながち嘘じゃないのかもって気になってくるわよね」
「そうね・・・」

ちょうどその時、突如会場内をどよめきが包み込む。
何事かと振り向けば、そこには今まさに噂をしていた人物が会場内に入ってくるところだった。

「あれは・・・!」
「嘘っ、本物?!」


「「 道明寺司・・・! 」」


思わず声を揃えて名を呼んだその相手。
特徴的な頭一つ分抜けた長身の男は見るからに高級だとわかるブラックスーツを身に纏い、周囲の欧米人の中にいても全く引けを取らないオーラを放っている。
むしろ彼がいることで周囲が一気に霞んでいくような。
突然現れたその男に会場内の視線が集まる中、本人だけが至ってクールなまま一直線にある場所を目指していく。

「司さん・・・!」

辿り着いた先で今にも泣きそうなほど歓喜の渦に包まれているのはさきほどの女性だ。
あの道明寺司自らがこの場に現れたことで、最近この世界でまことしやかに囁かれていたことが真実なのではないかと俄に会場内がざわつき始める。

「この度はお誕生日おめでとうございます」
「ありがとうございますっ! 司さんに来ていただけるなんて・・・私本当に幸せです!」

だが溢れんばかりの喜びを爆発させている女とは対照的に、男の表情は会場に入ってきた時とほとんど変わってはいない。せいぜいほんの少しだけ口角を上げて微笑んでいる・・・ように見えなくもない程度の変化しか見られない。
その姿に、噂を一度は耳にしたことがあるであろう人間達は混乱する。

___ 噂は真実なのか否か。

このところ、大きな業務提携の水面下で双方のジュニア同士が婚約するのではないかとのスクープが雑誌を賑わせていた。
その当事者が今まさに目の前にいる2人というわけだ。
司側は最初に噂を否定してからというもの、それ以降は一貫してノーコメントを貫いていた。
だが一方で令嬢側はまんざらでもない曖昧なコメントに終始し、どちからが真実なのか判断しかねる状況が続いていた。

そんな中で令嬢の誕生日パーティにわざわざ足を運んだともなれば・・・色々と勘ぐりたくなるのも自然な感情と言わざるを得ない。


「あの・・・よろしかったら私と一曲踊っていただけませんか?」

手を差し伸べた女の顔は断られることなど露ほども想定していない。
当然のように手を取られると信じて疑わない態度は控えめな言葉をもってしても隠せてはいない。
ここで差し出された手を取れば、まだ半信半疑でいる者全てが導き出す答えは1つになる。


___ はずだった。


「・・・申し訳ありませんが。 それにお応えすることはできません」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・え?」

全く予想の範疇外だったのか、女が反応を示したのは随分と時間が経ってからのことだった。

「今・・・何と?」
「あなたのその願いにお応えすることはできないと言いました」
「そんな・・・! だって、今日ここにおいでくださったのは私のためじゃ・・・」
「私はビジネスの一環としてこちらに参っただけです」
「・・・ビジ・・ネス・・・?」

想定外の 「否や」 の返事だけに留まらず、さらに続けられた言葉はとても信じられるようなものではなかった。先程までの上機嫌が嘘のように、その顔が驚愕の色に染まっていく。

「私が自ら手を取る女はこの世に1人しか存在しません。 ・・・では、これにて」
「えっ・・・?! まっ、待ってくださいっ!」

戸惑う女になど構わず、司は軽く頭を下げると背を向けた。

「一体どうしたんだねっ?!」

突き刺さるような悲痛な声を聞きつけ人集りの向こうから恰幅のいい中年男性が現れると、女はまるで救世主が現れたかのようにホッと安堵して駆け寄った。

「パパ・・・! 司さんが・・・」
「・・・・・・司君、これはどういうことかね?」

娘の様子から大方の予想がついた男は一瞬にして険しい顔に変わると、司を睨み付けた。

「どういうこともありませんが。今娘さんにお伝えしたとおりです」
「・・・1年に1度の晴れ舞台で娘に恥をかかせると言うのかね?」
「その気もないことで不必要に期待をさせることこそ失礼だと思ったまでですが」
「何っ?!」

カッと怒りで顔を赤らめる男とは対照的に司の表情は一貫して変わらない。

「私は個人的にここに来たのではありません。あくまでも道明寺ホールディングスの1人としての義務を果たすために来たまで。・・・ではこれにて失礼します」

父親、つまりは会長を目の前にしても悪びれることもなくそう言ってのける。

「今回の契約が白紙に戻ってもいいのかっ?!」

だが、投げつけられた次の言葉に再びその足が止まった。
ざわざわと、周囲が異様な空気に包まれる中、司だけが終始動揺を見せずにゆっくりと振り返る。
・・・まるでこうなることを予想していたかのように。

「・・・それはどういう意味ですか?」
「どうもこうもない、額面通りだ。君が我が娘にそのような無礼な振る舞いをするのであれば、私は今回の提携を白紙に戻しても構わんのだぞ?」
「・・・・・・」
「もう少し年齢に見合った謙虚さというものを身につけたらどうだね? 君は自分の力でその立場にいるのだと過信し過ぎてはいないか?」

勝ち誇ったような顔で男が実に愉快そうに笑う。
・・・だが、笑ったのは彼だけではない。

「・・・クッ。 娘が娘なら親父も親父ってわけか」
「何っ?! 貴様、今何を・・・!」
「やってみろよ」
「何?」
「白紙に戻してみろよ」
「 ?! 」

思いも寄らぬ切り返しにしばし言葉を失う。
だが、これも事態を切り抜けるための若造のハッタリに違いない。

「白紙に戻して本当に困るのがどっちなのかやってみようぜ」
「・・・? お前、一体何を言っ・・・」
「何故今までマスゴミ共に好き勝手あることないこと書くのを許してたと思う?」
「何・・・?」
「俺が目的もなくそんなことを許すような男だとでも思ってたか? だとしたら随分見くびられたもんだな」
「・・・・・・」

ただのハッタリにしては目の前の男の揺るがない自信はどこからやってくるというのか。

「・・・・・・まさか・・・?!」

何かに気付いた男がハッと顔色を変えたのを見届けると、司は不敵に笑って颯爽とその場から離れて行く。

「ま、待てっ!」

血相を変えた男が必死で呼び止めるが、その足は止まるどころか速度を増していくばかり。
異様な雰囲気に包まれた会場内の視線を一身に浴びながら、長身の男は真っ直ぐに前だけを見据えて歩いて行く。その歩みに迷いは欠片もない。

まさに威風堂々。
まだ20代の若造とも言える男が、この場にいる誰よりも自信に満ち溢れて見えた。
何人たりとも近寄らせないそのオーラに、司を避けるように自然と道が開けていく。
まるで花道を抜けて行くような姿にその場にいた誰もが目を奪われると、やがて司は元来た場所から完全にその姿を消した。

「はっ・・・! ま、待てっ、待ってくれっ!」

呆然としていた男が我に返ると、慌てて司の後を追っていく。
すっかり形勢逆転したその一部始終を見ていた者達は、これまではっきりとしなかった真実の答えを目の当たりにしたことを感じていた。





***



「司様・・・!」

ホテルのエントランスで待ち構えていた秘書がその姿を確認するなり駆け寄ってくると、会場から出ると同時にタイに手を突っ込んでいた司が放り投げるようにして手渡した。

「俺の義務は果たしたぞ。これ以上は一切の口出しを認めねぇ。あの狸ジジィが追いかけてくるだろうから後の処理はお前がやれ。俺はこのまま飛行場へ向かう」
「はっ!」
「ったく、あのクソババァも最後の最後まで余計なことをしやがって・・・」
「司様、それは・・・」
「まぁいい。それも今回までだ。日本に帰ればババァの思い通りにはさせねぇからな」

忌々しげに零しながらもその顔はどこか晴々としている。
その理由は ____

「飛行場の方で西田さんがお待ちです。こちらは私が指示通りに動きますので司様は一刻も早くあちらへ」
「・・・サンキュ。 世話になったな、上田」
「司様・・・とんでもございません。私にとっても司様にお仕えした時間は大変有意義なものでした。帰国されてもどうかお元気で」
「あぁ。 遅かれ早かれまたいつか一緒に仕事する日が来るだろ」
「・・・はい! その時にはご夫婦揃ってお会いできることを楽しみにしております」
「・・・フッ、じゃあな」

上田の切り返しに一瞬だけ表情を緩めると、その場に秘書を残して司は準備されたリムジンへと乗り込んでいく。音もなく走り去る車を、上田は深々と頭を下げながらいつまでも見送り続けた。







***



ゴオオオオオと凄まじい音をたてて機体が宙に浮く。

すっかり日の暮れた眼下には、マンハッタンの眠らない街が煌びやかな光を携えている。
この中にあるはずのない光をどれだけ探しただろうか。
この空の遥か向こう、愛するただ1人の女を想って ___


「ブライアン会長が契約白紙は言葉のあやだったと謝罪してきたそうです」

西田からの予想通りの報告に堪えきれずに笑いが漏れる。

「クッ・・・あの狸ジジィ、人が下手に出てるのも気付かねーでよく今まであこまで偉そうにしてたもんだ」

敢えて能なしを演じていたことにまんまと騙された男は司をただのボンクラ2世だと舐めてかかり、水面下では着々と有利に事を進めていっていたことに気付かないなどとなんと間抜けなことか。

「あれでよく長年会長なんかやってられたもんだな」
「それだけ司様の演技が堂に入っていたということかと」

半分以上は少し前までのありのままの姿だったも同然だという言葉は呑み込む。

「ふん、あのジジィ、マスコミに金を渡してあることないこと書かせてたからな。まぁ思う存分泳いでもらった分こっちとしては好都合だったけどな」

さっきの司の強気の発言がハッタリでもなんでもなく、裏を取られてしまった何よりの証拠だと気付いて今頃慌てふためいているに違いない。
仕事に於いては切れる人間だが、娘に盲目的になるあまり綻びが出るのが玉に瑕。
だがそれこそが交渉を有利に進めたい者にとってこの上ない利点でもあった。

「今日わざわざあの場に顔を出さなくとも何の問題もなかったのに・・・あのクソババァ」

あの女の誕生日パーティに顔を出せとの厳命が下ったのは昨夜のことだった。
最高潮だった気分が一瞬にして削がれた形だ。

「あのババァ、最後の最後まで俺の妨害をしてきやがる」
「・・・あれもまた社長なりの愛情の形かと」
「はぁ?! 何ふざけたこと言ってやがる。どう考えたって嫌がらせだろうが。人がいい気持ちで今日を迎えようとしてたのに、あからさまに水を差してきたんだからな」
「・・・」
「・・・まぁ全ては今日までだ。 全てはこの日を迎えるためだったと思えば」

忌々しい気持ちですら、この先に待つ未来を思えば不思議なほどに凪いでいく。



___ 4年。

全てはこの時を迎えるためだけに。


何度お前を想って眠れぬ夜を過ごしたことか。
何度全てを捨ててお前の元へ飛んでいこうと思ったことか。

だが、いつだってそんな俺を思いとどまらせたのはお前だった。


最後に会ったのはもう1年以上も前のこと。
あの日、たった一度だけこの手でお前の本当の温もりを知った。
えも言われぬ喜びを知ったと同時に、再び手放さなければならない葛藤にどれだけ心が揺れたか。

だが、お前は気丈に笑って手を振った。
・・・今にも泣きそうな顔をしながら、最後まで笑顔のまま。

雑草のように踏まれても踏まれても起き上がる根性の持ち主のくせに、時として今にも壊れてしまいそうなほど儚げに見えることがある。
それでも、最後には決まって笑って見せる。
たとえ心の中でどんなに泣いていたのだとしても。

そんなお前の覚悟と健気さを見せつけられる度に、俺はその場に踏ん張って真っ直ぐに立っていられた。そうでなければいつ己の欲望のままに暴走していたかもわからない。
いつだってそれに気付かせてくれたのはお前だった。

狸ジジィ共との化かし合いも、ババァからの度重なる無理難題も、全てはお前との未来を掴むためと思えばこそ乗り越えられてきた。

___ 約束の日を迎える、ただそのためだけに。


見えないところでお前が涙を流していることがわかっていても、これまではどうしてやることもできなかった。そんな自分がもどかしく、己の力の無さを痛感した。
・・・だが。

これからは好きなだけ泣けばいい。
俺の前で、今までの分まで思い切り。
泣いたら泣いた分だけ、俺がその涙を拭ってやる。
流れた涙の分だけ抱きしめて、キスをして、愛の言葉を囁いて。
そうしてお前の心と体を満たしてやる。

___ 寂しいだなんて思う暇などないほどに。



「規制はかけてありますが、おそらく飛行場にはマスコミが駆けつけているかと」
「・・・・・・」

きっとお前は躊躇いながら、不安そうに待っているに違いない。
そうして俺を見た瞬間、また泣きそうな顔で笑うのだろう。

「それならそれで話は早ぇ。わざわざ会見を開く手間が省けるからな」
「・・・」
「一生に一度のことだ。 ど派手にやってやろうじゃねぇか」


不安など、躊躇いなど、全てが吹き飛ぶくらいにお前を抱きしめてやる。
余計な雑音など何一つ入らないほどに強く。
今の俺を止めることができる者などもうどこにもいない。


___ 正々堂々、今からお前を迎えに行く。


はじめは何が起こったかわからずに呆然と魂が抜けたようになるに違いない。
そうして我に返ると真っ赤になって大騒ぎするんだろう。
台本通りに騒ぎ立てるお前の姿が容易に目に浮かんで今から笑いが止まらない。


もう悲しい涙は流させない。
もう寂しい涙も流させない。
流すのは嬉し涙だけ。


これからはどんな雨風からも俺がお前を守る。
これまでお前が俺を俺でいさせてくれたように。




____ 全ては牧野、 お前を愛するためだけに。






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こちらは「222222」のキリ番企画で、ま※さまからのリクエストになります。
リクエストはGLAYの 『春を愛する人』 の曲のイメージに合わせたお話をとのことでした。
今回のリクエストで初めてこちらの曲を知ったのですが、歌詞を見てびっくり。まるでこの2人をイメージしたような曲ではありませんか!特に司の心情に重なる部分が多く、そういうことから約束の4年を終えてつくしを迎えに行く、その心情と重ねたお話を書いてみました。もっと細かくああすればよかったな、こうすればよかったなと反省する点があるのですが、ひとまずはこういった形に仕上がりました。
また、ちょい役でいいので可能であれば「上田」という人物を出して欲しいとのリクエストもありましたので、今回第2秘書という形で登場させてみました。
が、よく考えたら西田と上田。まるでどこぞのコンビ芸人みたいな感じになっちゃいました(笑)
ま※様、素敵なリクエストを有難うございました^^
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