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続・幸せの果実 1
2015 / 08 / 11 ( Tue )
「 ひゃあぁ~~~~~~~っ!!!! 」

ポカポカのどかな陽気の昼下がり、その情景にはまるで似つかわしくない悲鳴が響き渡る。


「どっ、どうなされましたかっ?!」

その声を聞くなり、気分良く室内を掃除していた使用人の本田が血相を変えて隣の部屋へと飛んで来た。

「ほ、本田さぁ~~ん! ちょっと助けてくださぁ~~い!」
「えっ? 一体どうなさった・・・あらまぁっ!!」

視線をフッと下に向けた本田の顔が驚きに染まる。
それもそのはず、誠が沐浴をしていたベビーバスの中のお湯が明らかに変色しているのだ。
しかも何とも怪しい茶色に・・・

「誠が突然やりやがりましたぁ~・・・」
「まぁまぁ・・・うふふ、すぐにお湯をお取り替え致しますね」
「お願いします~!」

半べそ状態のつくしとやけにドヤ顔の誠に笑うと、本田は嬉しそうに手際よくその場を整えていく。

「お風呂に入って気持ち良かったんでしょうねぇ」
「多分・・・入れて長くせずしてふやふやふや~~って出てきました」
「ふふふ、元気がよくて何よりです」
「何も入れた瞬間しなくってもいいのに。どうせなら上がる直前くらいにしてくれれば・・・」

つくしの言葉に本田が大きく声を上げて笑った。

「ふふふっ、それが子育ての面白いところですよね」



誠が生まれて3週間余り。
初めての子育てにてんやわんやしながらも、周囲の人々の助けを借りながら子どもと共に成長していることを実感できる日々を送っていた。はじめは難しくて苦戦していた沐浴も、ここに来てようやく自分の力でもそれなりにできるほどにまでなってきた。

「はい、こちらに誠様をどうぞ」
「ありがとうございます~! まさかまた出したりしないよね? 誠?!」
「あ、う゛~~!!」

真新しいお湯に小さな身体を浸けると、気持ちがいいのか大層機嫌良く声を上げる。
たとえまたしても粗相をされたのだとしても、この笑顔1つで全てが吹き飛ばされるというものだ。

「誠様は本当にお風呂がお好きですね~」
「相当ご機嫌になりますよね」
「ふふっ、本当に可愛らしいです」
「やっぱりこういうときって男の人の方がいいですよね。あたしがやるとギリギリでなんとか手が届くって感じだから」
「司様はまた大きい方でいらっしゃいますからね」
「ほんと、態度に見合った大きさですよね~」
「えっ? あらっ、・・・ふふふふ」

本田は笑いながらも否定はしない。
・・・いや、正直者の彼女には否定できないのだろう。
そう思うとつくしは自分で言っておきながら可笑しくてたまらない。

「でもあの司様が誠様の沐浴をされたときには本当に驚きました」
「確かにそうですよね。私も正直冗談半分で言ったんですよ?」



あれは邸に戻ってきて間もない頃 _____


「ねぇねぇ、良かったら今度司が誠のお風呂やってみない?」
「あ?」

誠を眠らせてようやく夫婦の時間となったときに突然つくしがそんなことを言い出した。
退院してからは子育て経験が豊富な使用人達の助けを借りながら、つくしが沐浴をするのが日課となっていた。司は基本遅くまで仕事でいないのだから、そうなるのもごく自然の流れだった。
つくし自身言ってはみたものの、冗談半分だったし、おそらく 「そんなことできっか」 くらいの答えが返ってくるだろうとばかり思っていたのだが・・・

「別にいいけど」
「・・・・・・・・・・・えっ?」
「・・・なんだよ?」

自分で聞いておきながら3度見して驚いているつくしに司の眉が寄る。

「え・・・だって、誠の沐浴だよ?」
「風呂に入れろってことだろ? 別に構わねーけど」
「・・・・・・・・・」
「だからなんなんだよ、さっきからその顔は」
「だって・・・てっきり断られるとばっかり・・・」
「なんでだよ。俺の息子だろうが。お前もよく知ってるとおり、忙しくて思うように手伝ったりはできねーけど。まぁ出来る範囲でやれることは普通にやるつもりでいるぜ?」
「・・・」
「だからっ、その顔はなんだっつってんだよ! ・・・おわっ?!」

突如正面からタックルを受けた体は、つくしより遥かに大きいと言えどそのまま背中から倒れていった。ふかふかのベッドが2人分の体をボフンッ! と音をたてて受け止める。

「いって~! おっまえな~、いきなり胸に頭突きしてくんじゃ・・・」
「大好きっ!」
「・・・・・・あ?」

頭上から降ってきた思いもよらぬ告白に思わず間の抜けた声が出た。
見れば腹の上に跨がってキランキランの笑顔を浮かべながら見下ろしているではないか。

「誠も絶っっっっっ対喜ぶよ!」
「・・・・・・クッ、一番喜んでんのはお前だろーが」
「悪い? だって嬉しいんだもん。 わっ?!」

グイッと右手を引かれた勢いで司の体の上に倒れ込むと、あっという間に体を入れ替えてベッドに押しつけられる形になってしまった。

「つか・・・」
「いーや、悪かねーな。お前のそういう顔は嫌いじゃねぇ」
「・・・ぷっ! 嫌いじゃねぇって・・・素直に好きって言えばいいのに」

珍しく強気な発言をしたつくしに一瞬だけ目を丸くしたが、すぐにその表情もニヤリと怪しいものへと変わる。

「あぁそうだな。 ・・・愛してるぜ? つくし」
「ひっ・・・?! ちょっ・・・耳元で囁かないでよ!」

まるで耳たぶを舐めるように愛の言葉を囁かれて背筋がゾクゾクと粟立っていく。

「なんでだよ。お前が素直に言えっつったんだろ」
「い、言ったけど! 誰もそんないやらしく言えなんて言ってないっ!!」
「知るかよ。これが俺の愛の伝え方だっつーのはお前が一番知ってんだろ」

チュッチュと耳から首筋に徐々に唇が移動していく。

「ひゃあっ・・・んっ・・・!」

思わず声を上げた瞬間、覆い被さるようにして唇が塞がれた。
キスの上手さは昔からお墨付き。そこに互いの愛情が加われば抵抗する理由などどこにもない。
抵抗しないことに満足そうに口角を上げると、司は骨抜きにするほど明確な意思を持って深いキスを続けていく。そしてその狙い通りつくしの体中が脱力したことを確認すると、やがて右手がゆっくりとつくしの膨らみに触れた。

「あっ・・・」
「・・・お前、またデカくなったんじゃねぇか?」
「だって、今は・・・あっ、ちょっ・・・!」

はじめは控えめだった手の動きが明らかにその強さを増して膨らみの形を変えていく。
それと同時に再び唇が首筋へと移動すると、生温かい感触がそこをなぞった。

こ、これはマズイ・・・!
このままじゃ、このままじゃ・・・!

「ね、ねぇっ司っ!! ダメだよ! 今はまだっ・・・!」
「・・・・・・」

つくしの必死の訴えも完全無視でその後もしばらく手と口が妖しい動きを繰り返していたが、やがてその動きがピタリと止まると何故か怒った顔で見下ろされていた。

「・・・? つか・・・」
「はぁ~~~~~~~~~っ、早くやりてぇ・・・」
「えっ?!」

さっきまでの妖艶さは何処へやら。
嘆かわしいほどに特大の溜め息をつくと、そのままつくしの胸の谷間に顔を埋めてしまった。
しばし呆然とその様子を見ていたつくしだったが・・・

「・・・ぷっ、あっはははははは!」
「・・・おい、笑ってんじゃねぇぞ。こっちは大真面目なんだよ」
「だって、司が可愛いんだもん」
「ざけんなっ! 可愛いなんて言われて喜ぶ男なんていねーんだよ!」

ガバッと羽交い締めにされてもつくしの笑いは止まらない。
何故ならそれが照れ隠しだと知っているから。

「ふふふっ、やっぱり可愛いよ」
「・・・・・・くそ、やっぱてめぇほどタチの悪い女はいねーな。極悪だ、極悪」
「え~? 人聞き悪いこと言わないでほしいなぁ~!」

大笑いして幸せを噛みしめると、つくしは苦々しい顔で自分を睨んでいる司にしがみついた。






「・・・ま? つくし様?」
「えっ? あ、あぁ! ごめんなさいっ! じゃあお願いします」
「はい」

不思議そうにバスタオルを広げて待っている本田に誠を渡すと、見えないようにホッと息を吐き出した。誠の体を洗い流しながらついつい1人の世界に入ってしまっていたらしい。
さぞかし緩んだ顔をしていたに違いない。
全く、恥ずかしいったらありゃしない。
こういうのを平和ボケと言うのだろうか?

あの翌日、宣言通りに司は誠の沐浴をしてくれた。
初めてできっと戸惑いながらになるだろうから、たまには先輩風吹かせてやろうとここぞとばかりに楽しみにしていたのだが・・・
意外や意外、驚くほど手際よくそれをやってのけた。
つくしよりも遥かに手が大きい分安定してやりやすいというものあるだろうが、それを抜きにしても上手だった。どうやら病院や邸で沐浴させているのを見ているうちに要領を得ていたらしい。
それからというもの決して多くはないが、時間の都合がつくときには司が沐浴をしてくれることが普通になっていった。

「野獣みたいな性格なのにあんなに優しくお風呂に入れてあげるなんて・・・ずるいですよね」
「司様ですか? ふふ、そうですね。でもあれが本来の司様だったんじゃないのかな、なんて今は思うんです」
「え?」
「あ、いえ、タマさんのお話では元来素直な男の子だったと聞きますし・・・」

・・・確かに。
昔はうさぎのぬいぐるみを親代わりに大事に抱いて眠っていたような少年だったのだ。

「色々ありましたけど、今の司様が自分らしく生き生きとされているのは誰の目にも明らかなことですから。そんな素敵なご両親から愛情たっぷりに育てられる誠様がどんなお子様に成長されていくのか・・・今から楽しみで仕方がありませんね」
「・・・貧乏性と贅沢病はどっちが優性遺伝なのか見ものですね」
「えっ?! ・・・ふふふふっ、本当ですね。楽しみです」

クスクスと顔を見合わせて笑うと、すっかりホカホカの体になった誠も超ご機嫌だと言わんばかりに手足をばたつかせていた。





***



「つくし、ちょっといいかい?」

沐浴後の授乳をちょうど終わらせたタイミングでタマが部屋へとやって来た。

「あ、タマさん。ちょうど今おっぱいあげたところなんです」
「そうかいそうかい。お利口さんだねぇ」

愛おしげに頬を撫でる姿は家族の姿そのものだ。

「ふふっ。 それよりどうしたんですか?」
「あんたにお客さんが来てるんだよ」
「お客さん?」
「どうしても会いたいって言ってるんだけど・・・いいかい?」
「・・・? いいですけど・・・一体誰ですか・・・?」
「ちょっと待ってな。すぐに呼んでくるから」

まだ産後1ヶ月にも満たないからか、いつものメンバーですらアポなしで訪問してくることはないというのに。
一体誰が?

不思議そうに首を傾げていると、しばらくして入り口の方に人影が見えた。
じっとそちらに視線を集中させると・・・やがてスラリとした長い足が視界に入る。
引き寄せられるように顔を上げて見えたのは・・・


「 る、類っ?! 」
「 久しぶりだね、牧野 」


驚くつくしを前に、ビー玉の王子様がふわりと微笑んでみせた。






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今日から数回 「続・幸せの果実」 をお届け致します。 「忘れえぬ人」 も気になる展開になってきましたが、もう少し先で区切る方が多分もっと気になると思うので(笑)
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続・幸せの果実 2
2015 / 08 / 12 ( Wed )
「類・・・」
「うん」
「・・・・・・のそっくりさん?」
「プッ! なんでそうなるのさ」

驚かせる気満々でやって来たが、実際の驚きっぷりはその期待を遥かに上回っていた。

「えっ・・・ほ、本物の類?!」
「うん。久しぶりだね、牧野」

尚も驚きを隠せないつくしに類の笑いは止まらないが、思わず立ち上がったつくしの腕に抱かれている小さな宝物が目に入った。

「その子?」
「えっ? ・・・あ、そうなの。誠っていうの。 誠~、パパとママのお友達の類おじさんだよ~」
「・・・俺まだ20代なんだけど?」
「えっ、あははっ、ごめんごめん! ついつい、ね。 誠~、類お兄さんですよ~!」

手を握ってブラブラと揺らすと、お風呂と満腹感で気分は最高潮なのか、ほわ~んと微笑むように表情が動いた。

「笑ってる。可愛いね」
「ふふ、まだ本人に笑ってる意思はないのかもしれないんだけどね。でもやっぱり嬉しいよね」
「赤ん坊ってこんなに小さいんだ」
「あまり見たことない?」
「全然。元々俺人付き合い苦手だし」
「あはは、そう言えばそうだったね。 ねぇ、よかったら抱っこしてあげてくれないかな?」
「えっ?」

思わぬ申し出にさすがの類も戸惑いが滲んでいる。
扱い方のわからない他人の赤ん坊を抱っこするなんて躊躇するのが普通だろう。
しかも男性ならば尚更のこと。

「こうやって首だけしっかり支えてくれれば大丈夫だから。・・・ダメかな?」
「・・・いや、俺でいいなら喜んで」

その言葉にぱぁっとつくしの表情が笑顔に染まって行く。

「ありがとう! じゃあ手を広げてもらって・・・よいしょ・・・はいっ!」

ゆっくりと手渡すと、恐る恐るながら類の腕の中に小さな温もりがおさまった。司も大柄な男だが、類も負けてはいない。しかも醸し出す雰囲気が全く違う男はまるで天使が赤ん坊を抱いているようにも見えた。
子どもの天使っぷりに負けない大人の男がこの世にいたとは!
一言で言うなら美しい、それに尽きる。

「凄い・・・なんか意外と似合ってるかも」
「意外ってなに」
「あ、いや・・・だってF4って子どものイメージがつきにくいんだもん」
「それを言うなら司こそ最も対極にいた男なんじゃないの?」
「・・・あ、言われてみればそうかも」
「「 ・・・・・・ 」」

しばしなんとも間の抜けた時間が流れると、互いに顔を見合わせてプッと吹き出した。

「赤ん坊ってこんなに小さいんだね」
「ほんとだよね~。でも自分の体から出てきたって思うとよくこんな大きなものがって思うよね」
「お産は大変だったんだって?」
「あ~、まぁね。きっと上には上がいるんだろうけど・・・頑張ったよ」
「そっか。すぐに会えなかったのは残念だったけど・・・頑張ったな」
「類・・・ありがとう」

どうしてだろう。
やっぱりこの人の言葉はその言葉の持つ意味以上に心に染みこんでくる。
久しぶりに会ったせいか感動して涙まで出てきそうだ。

「そっ、そういえばいつ日本に帰ってきたの?!」

泣きそうになるのを慌てて誤魔化したのがバレバレだっただろうか。
しばし視線を感じていたが、やがてフッとビー玉の瞳が弧を描いた。

「昨日ね。もう今日の夜遅くには日本を経たなきゃだけど」
「えっ・・・そんなに急に?」
「うん。ほんとは日本に帰国する予定はなかったんだけど・・・無理矢理仕事つくった」
「それって・・・」
「そう。牧野にどうしても会いたかったから」

屈託のない笑顔でサラッとそんなことを言ってのける男に、不謹慎ながらドキッとしてしまう。
いや、こんなに王子様然とした相手に満面の笑顔を向けられてドギマギしない人間なんてこの世に存在するのだろうか?!

「・・・あれ、なんか顔赤くない?」
「あっ、赤くないよっ! そ、そうだ、誠そろそろ預かるね。疲れたでしょう?」

何とか必死でこの場を誤魔化そうと誠を奪い返したはいいものの、自分で耳が熱くなっているのがわかる。 ええい、早く鎮まれっ!!
類はそんなつくしの様子を斜め後ろから見ながら、クスッと実に楽しそうに笑っている。
と、何か思いついたのか突然つくしに体をピタリと寄せて覗き込むように顔を近づけてきた。

「そういえばさ」
「な、なにっ?!」

ち、近い近い近い近い!
なんかおかしい、おかしいからっ!!

「この子ってさ・・・」
「な・・・なに・・・? っていうか近いってばっ!」

耳に息がかかってるから!
や~~~め~~~て~~~!!

「この辺りが俺に似てるよね」
「えっ?!」

とんでもない爆弾発言に振り向けば、目の前に美しい顔のドアップが迫っている。
つくしは思わず息を呑んで硬直してしまった。
類はそんな動揺を知ってか知らずか、・・・いや、絶対に気付いてるに決まってる!
が、お構いなしでさらに接近してくる。

「ほら、この鼻筋とかさ、俺にそっくりだと思わない?」

ジリ、ジリ・・・っ

「ちょっ、ちょっとっ、類っ! 近すぎるってばぁ~~~~!!!!」
「そう? そんなことないと思うけど?」

ニコッと笑った顔がいつの間にか悪魔に変わっていた。
こ~の~男は~~~~っ!!!


グイッ!!


だがつくしの心臓が今にも爆発しそうになったその時、突如類の体が凄まじい勢いで後ろへと引き摺られていった。

「おい類、てめぇ早々に何やってやがる」

この場に於いては救世主とも言えるその正体は・・・

「 司っ! 」

走ってきたのだろうか、少しだけ呼吸があがっているように見える。

「お帰り、司。久しぶりだね」
「じゃねーだろ。 てめぇは一体どういうつもりだよ」
「何が? 普通に話してただけじゃん」
「なーにが普通だこの野郎! 下手すりゃあと少しでキスできてた距離だったろうが」

類の首根っこを掴んだままの司の機嫌はすこぶる悪そうだ。

「ちょっと、とにかく手を離しなよ! 話はそれからでも・・・」
「お前も。何をキョトキョトしてやがる」
「えっ、キョトキョトって・・・」
「こいつがからかってるのなんてわかりきってるくせに、まんまと顔を赤くして嬉しそうにしやがって」
「し、してないよっ!!」

赤くなったのは否定できないけど!

「してたろーが。ったく、お前はほんっと目ぇ離すと油断も隙もねぇ」
「ちょっとっ! 人聞きの悪いこと言わないでくれる?!」
「あぁ? 俺は事実を言ってるだけだろうが!」
「あのねぇっ!」

売り言葉に買い言葉。
苦笑いの類を挟んで言い合いは時間を追うごとに熱を帯びていく ___

が。

「ふぎゃ・・・ふぎゃああああ~~~~~~!」

悲しげに響き始めた泣き声に2人の動きがピタリと止まった。

「あぁっ、泣いちゃった・・・ごめんね、ごめんね? 怖かったよね。・・・ほら、司も謝って!」
「はぁ? なんで俺がんなことしなきゃ・・・」
「いいから! あたしたちのせいなんだから早く謝るっ!!」

問答無用にビシッと言われて思わず司がたじろぐ。

「・・・・・・・・・わるかったな。 これでいいんだろ、これで!」

思いっきり納得のいかない顔で舌打ちをしつつも、司の口から謝罪の言葉が出てくること自体がレアだ。

「・・・よし、まぁ100点ではないけど許してあげる」
「おい、つーかなんでお前の許可がいるんだよ。そもそもお前が・・・」
「あ、そんなこと言ったら誠もっと泣いちゃうよ?」
「ぐっ・・・。 ・・・チッ!」

どうやらつくしと誠がタッグを組むと司にとっては最強ならぬ最凶になるらしい。

「・・・ぶっ、はははははははは!」

すっかり反撃の機を失った野獣に、これまで黙って一連の流れを見ていた類がとうとう我慢できずに盛大に吹き出した。それもお腹を抱えての大爆笑だ。
彼がここまで大笑いすることもこれまたレアである。

「おい類っ! 元はと言えばお前の悪巧みのせいだろうが!」
「だって牧野が全然変わってなくて面白くて・・・くくっ、ひーーーっ!」
「ちょっとっ、類っ! 人で遊ばないでっていつも言ってるでしょぉっ?!」
「だって・・・あんた面白すぎ・・・! しかも司が・・・全然刃向かえずに大人しく引き下がってるし・・・くっははは! もうダメだっ・・・はははははっ!!」

「「 ・・・・・・・・・ 」」

目の前で転がるように大笑いしているのは一体誰なのか。
あまりの大爆笑にもはや司もつくしもすっかり怒る気力すら奪われてしまった。
体をねじって目尻に涙を浮かべながら笑い転げる親友の姿を、いつの間にやらすっかり泣き止んでいた誠を含めた3人が唖然といつまでも見つめていた。





***



「じゃあそろそろ俺行くね」
「あっ、うん・・・」

あれから気分を入れ替え楽しい団欒の時を過ごしたのも束の間、もうタイムリミットがきてしまった。楽しい時間というのはどうしてこうもあっという間に過ぎてしまうのか。
急激にトーンダウンしてしまったつくしにクスッと類が笑う。

「だから永遠の別れじゃないって言っただろ? 遅かれ早かれ帰って来るって」
「うん・・・」
「それに、今のあんたは俺がいないからって寂しいだなんて思う暇はないだろ?」
「類・・・」

優しい視線の先には天使の寝顔がある。
その顔を見た瞬間キュウッと胸が締め付けられると、つくしも笑顔で頷いた。

「そうだね。母は強しでなくっちゃ」
「大丈夫だよ。牧野は母じゃなくても充分強いから」
「えっ? ・・・もうっ、類っ!!」
「はははっ!」

振り上げた右手がパシッといとも簡単に受け止められた。

「・・・元気に頑張って」
「うん・・・類もちゃんと人間らしい生活するんだよ?」
「ははっ、なんだよそれ」
「仕事以外は寝てるとか、寝てるとか、たまにテレビ見て、そんでもって寝てるとか・・・」
「・・・なにあんた、俺の部屋に隠しカメラでも仕掛けてんの?」
「ほらやっぱり!」

「おいてめーら」

地を這うような低い声と共に目の前に割って入った巨大な壁・・・ならぬ背中。

「さっきからイチャイチャしてんじゃねーぞ!」
「いっ、イチャイチャなんてしてませんっ!」
「してんだろーが。旦那と子どもを放ったらかしにしてお前って女は・・・」
「はぁっ?!」
「そうだよ、今いい雰囲気なんだから邪魔しないでよ」
「んだとぉ?!」
「こらっ、類っ!!」



いつまで経っても変わらない。
どんなに大人になっても、どんなに離ればなれになっても、
心地よいこの関係は永遠に変わることはない。

それぞれが口に出さずとも同じ想いを胸に抱きながら、僅かな再会は幕を閉じた ____





だが、思わぬ帰国はそれだけでは終わらなかった。





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続・幸せの果実 3
2015 / 08 / 13 ( Thu )
「1週間ほど奥様が帰られるとの連絡がまいりました」
「えっ?」

夕食中、何の前触れもなく告げられた事実にぽろんと手元のパンが転がり落ちた。

「以前からもしかしたら・・・という話は伺っておりましたが、直近になってみなければわからないということでしたので。それで今日になって連絡が来たというわけです」
「そうなんですか・・・。 司は知ってた?」
「あー・・・そういえばなんか西田がんなことを言ってたな」

向かいの席でしれっとのたまった男はおそらく確信犯で黙っていたはずだ。
もうっ! そうならそうと言ってくれればいいのに!

「お母様に会うのって・・・」
「式以来じゃねーか?」
「だよねぇ・・・。 ってことはついに誠とご対面かぁ~!」

ドキドキ、ワクワク。
そしてほんのちょっぴり怖いような。
一体彼女は誠に会ってどんな反応をみせてくれるのだろうか?
笑わない? 笑う? 喜んでくれる?
それともいつもと何一つ変わらない・・・?

「またお前余計なこと考えてんだろ」
「え? 全然考えてない考えてない」
「ふん、お前に事前に話しておくとそうなるのがわかってたからな。ま、実際帰って来るかはギリギリまでわからなかったわけだし」

類の突然の一時帰国から1週間、今度は楓まで帰って来るとは。
偶然というのは重なる時は本当によく重なるものだと思う。

「そっか~、帰って来るんだ」
「内心げぇって思ってんだろ」
「失礼な! あたしは司と違ってそんなことは考えてないよ。むしろ楽しみ」
「どうだかな」
「ほんとだってば! ・・・それに、直接会って伝えたいことがあったから」
「なんだよ?」
「ふふっ、ナイショー!」

次に楓に会った時には直接伝えたいことがつくしの中にはあった。
そして密かに抱いていた願いが。
このタイミングで帰って来るというのも、何か運命的なものを感じるなんて言ったら笑われるのかもしれないけれど。





***


それから数日後、邸はいつになく緊張状態にあった。
もともとはこれがあるべき姿だったわけだが、この邸につくしという人間が来てからというもの、ガラリとその色は塗り替えられた。現在の主である司も昔とは纏う空気が見るからに変わり、そこかしこに張り詰めていたピリピリした空気はすっかり鳴りを潜めていた。

だが今日は違う。
決してピリピリはしていないものの、どこかピーーンと一本の糸が張り詰めたような何とも言えない緊張感が漂っている。
それもそのはず。
司以上に見る者を畏怖させるその人、道明寺楓が1年ぶりに帰国するというのだから。
エントランスに整列している使用人達も、いつになく真剣な面持ちでその時を待っている。

そしてその中心で、つくしはタマと共にその人の登場を待ちわびていた。


「奥様お入りになられます」


その言葉にドクンと胸がより一層高鳴ると、重厚な扉がゆっくりと開いていく。
やがて日の光に負けないほどの眩しいオーラを携えた女性が姿を現すと、つくしは自分でも気付かない間にゴクンと息を呑んだ。
いつどんなときでも、やはりこの人の存在感は唯一無二であると。

「お帰りなさいませ、楓様」
「「「「「 お帰りなさいませ 」」」」」

カツンと響いたピンヒールの音が合図だったかのように一同が一斉に頭を下げた。

「おっ、お帰りなさいませ!」

すっかり出遅れてしまったつくしも慌ててそれに続くと、やがてコツコツと響いていた音が目の前で止まった。ハッとして体を起こせば、やはりそこには楓が立っている。

「あ、あのっ・・・」
「無事に出産された報告は受けています」
「えっ? あ、はいっ。このとおり元気な男の子を授かりました! 名を誠と言います」
「・・・」

特に表情を変えたりはしないが、誠を見下ろしている瞳が優しく見える・・・なんて言ったら自惚れすぎだろうか。

「奥様、是非とも誠様をお抱きになってくださいませ」
「・・・タマ?」
「あなた様はこの子の血の繋がった大事な家族なのですから。いつだって会えるわけではないのですし、是非に」

帰ってきて早々にそんなことを言うタマに正直驚いたが、つくしも慌ててそれに追随する。

「あのっ、私からも是非お願いします!」
「・・・」

しばらく黙り込んでいた楓だったが、ふぅっと息を吐く音が聞こえたと思った次の瞬間、スラリとした手が伸びてきた。

「・・・え?」
「え? ではないでしょう。 あなたが抱けと仰ったのではなくて?」
「あ、あぁっ、そうです、そうでした! ありがとうございます! じゃあ・・・」

ドキンドキンドキンドキン・・・

かつてこんなに緊張したことがあっただろうか。
誠を渡す手が震えていることに気付かれているかもしれない。
・・・それでもいい。
嬉しさのあまり震えることができるなんて、これ以上幸せなことはないのだから。

完全に楓の腕の中に誠が包み込まれると、どこからともなく感嘆の声が聞こえてくる。
見ればこの場を目撃していた使用人達が本当に幸せそうに笑っていた。
もちろんタマだって。
確認することはできないけれど、きっと自分もそれに負けないくらいに笑っているに違いない。

「誠、あなたのおばあちゃんですよ」
「・・・おばあちゃん?」

無意識に口にしていた言葉にピシッとその場に亀裂が入ったのがわかった。
使用人達に至っては笑ったまま硬直してしまっている。

「あっ・・・! ご、ごめんなさいっ! あたしったらなんて失礼なことを・・・嬉しくてつい・・・本当にごめんなさいっ!!」

やってしまった。
やらかしてしまった。
当然の如くそこに悪意などさらさらないが、馴れ馴れしく 「おばあちゃん」 などと口にするとは。
事実そうだとは言え、見た目的にはとてもとてもその言葉は相応しくないというのに。

「・・・まぁおばあちゃんであることに違いはありませんけれど」
「・・・・・・えっ?」

ひたすら頭を下げていたつくしに降ってきたのは予想だにしない言葉。
慌てて顔を上げると楓は全く怒ってなどいない。
・・・笑ってもいないけど。

「奥様、司坊ちゃんにそっくりでございましょう? 思い出しませんか? 今から数十年前、あなた様の腕に抱かれていた赤ん坊のことを」
「・・・・・・」

特に言葉もなければ笑顔もない。
けれど、その顔はとてもとても優しさに溢れて見えて仕方がなかった。
目には見えない母性がつくしにはひししと伝わってきたから。

「あの、そのおくるみありがとうございました! こんなに素敵なものを準備してくださってたなんて・・・本当に嬉しかったです」
「お礼を言われるほどのことは何もしていません」

すんなりとどういたしましてなんて返ってこないことは百も承知。
むしろそのひねくれ具合が今では可愛らしいと思えるほどだ。
・・・死んでも口にできないけれど。

今誠の体を包み込んでいるもの。
それは出産を間近に控えたつくしの元に届けられたこの世に1つしかないオーダーメイドのおくるみだ。最高級のコットンで作られたそれは触れた瞬間ふわりと、えも言われないような優しい感触に包まれる。そして 『 誠 』 と名前まで刺繍されていた。
タマが言うにはこれを完成させるには1日2日では無理だと。
そんなものを事前に用意してくれていたなんて・・・ものをもらったことよりも、その想いが何よりも嬉しかった。
すぐにお礼は伝えたが、やはりどうしても面と向かって言いたかった。


___ そして願わくば、叶えたい夢があった。


「そろそろ社の方へ参ります」
「あ、はいっ。 ありがとうございました!」

差し出された誠を受け取ると、楓はつくしを横切って自室へと向かう。



「 あ、あのっ、お願いがあるんですっ! 」





***



「お宮参りに一緒に行って欲しいと頼んだ?」

遅くに帰宅した司とソファーに並んで今日一日の出来事を振り返る。
誠ができてからというもの、そうして日々の成長を報告することが日課となっていた。

「うん。本来であればNYにいるから難しいだろうなって半分諦めてたんだけど・・・でもこのタイミングで帰ってきてもらえたのも、偶然なんだろうけど偶然のままにしたくなくて」

誠が産まれてから約1ヶ月。
司の都合のいい日を利用してお宮参りすることが既に決まっていた。

「ババァは何だって?」
「仕事が詰まってるから無理だろうって・・・。 まぁそりゃそうだよね」

そもそも今回の帰国も仕事の関係で急遽決まったものだ。

「確かに予定は詰まってたな。 まぁ仮に仕事がなくともすんなり行きますって言うような女じゃねぇだろ」
「うん・・・。あたしが欲張りなのはよくわかってるんだ。白無垢を早くから準備してくれてたり、誠のおくるみを贈ってくれたり。言葉や態度に出さなくても、お義母さんがあたし達や誠のことをちゃんと愛してくれてるんだってことは充分に伝わってるんだから。誠のことまで抱っこしてくれて・・・これ以上欲張っちゃいけないんだと思う。 でも・・・」

それ以上は黙り込んでしまったつくしの体を大きな手が引き寄せる。すっかり自分に馴染んだ体にきゅっとしがみつくと、大好きなコロンの香りを思いっきり吸い込んだ。

「はぁ~~~っ、最近のあたしって欲張りだなぁって自分で思うよ。やっぱり司の贅沢病がうつったのかなぁ?」
「おい、しれっと人のせいにしてんじゃねーぞ」
「あはは、ばれたか。 ・・・でもほんと、どんどん貪欲になって嫌になっちゃう」

一緒になれただけでも充分幸せだったのに、あれもこれもとつい望んでしまうなんて。

「 クッ・・・ 」
「 え? 」

顔を寄せていた胸元が小刻みに揺れて顔を上げてみれば、何故か愉快そうに司が笑っている。

「・・・何がおかしいの?」
「いや、今さら何を言ってんだって思ってな」
「・・・どういうこと?」
「お前は俺を好きになった時点でこの世の誰よりも貪欲な女なんだよ」
「えっ?」

キョトンとするつくしに司がニッと不敵に笑う。

「そして俺もな。俺たちは自分が最も欲しいものを手に入れた時点でこの世で最も貪欲な者同士になったんだよ。 だから今さらなこと言ってんじゃねーよ」
「・・・」
「欲張り? 上等じゃねーか。もっともっと欲張りになれよ。それがお前の笑顔のみやもとになるんなら、いくらでも強欲人間になれっつーんだ」
「司・・・」

言葉に詰まってしまった体が再び引き寄せられる。
当然のようにそれを受け入れると、つくしはぎゅうっと大きな背中にしがみついた。

「・・・ありがと、司」
「礼を言われることは言ってねー」
「・・・クスッ、そういうところもほんとお義母さんにそっくり」
「・・・それは聞き捨てならねーな」

本当に。
こんなにも似たところのある親子で一緒に幸せの時間を共有したい。
欲張りだけれど、それが嘘偽らざる正直な心だ。

「・・・司」
「なんだよ?」
「こんないいことを言ってくれた後に水を差すようでイヤなんだけど・・・」
「・・・なんだよ」

急転直下の展開はつくしあるあるだ。
途端に司の声色が怪訝なものへと変わる。

「・・・・・・あのね、笑顔のみやもとじゃなくて “みなもと” だからね?」
「 ・・・ 」
「すっごくすっごく感動したんだけどね? なんか宮本武蔵みたいで気になって・・・・・・ブフッ!」

ブルブル体を震わせてしばらく耐えていたが、辛抱たまらんとばかりに一気に吹き出した。

「あはははははっ! 司語録久しぶりに聞いたよ。 プププッ・・・! ってきゃあっ?!」

ぐるんと視界が一転すると、抵抗する間もなくソファに横たえられていた。
体に跨ぐ形で上に乗られ、全く身動きがとれない。

「・・・・・・お前がそんなに笑ってくれるんならもっと喜ばせてやらねぇとなぁ?」
「 えっ?! 」

何とも意味深な言葉に、途端に危険センサーがピコーンンピコーンとけたたましい音をたてて発動する。

「ま、まさか・・・」
「泣いてよがるくらい喜ばせてやるよ」

ニイッと見せた顔はこの世で最も危険とされるエロ魔神そのものだ!

「だっ、ダメダメダメっ!! 少なくともお宮参りが終わるまでは無理って言ってたでしょ?!」
「知らねぇなぁ」

さわ、さわ・・・

「ヒィッ! ちょっ・・・どこ触ってんの! だめだってば!!」
「聞こえねぇなぁ」

ちゅっ、ちゅっ・・・

「ぎゃあ~~~!! やめろ~~! ヘンタイっ! エロ大魔神っ!!」
「・・・聞き捨てならねぇなぁ」

クチュッ・・・




「いぃやぁあぁ~~~~~~!!!」




それから 「ごめんなさいもう余計なことは言いません」 の全面降伏をするまで散々弄られ続けたつくしの元に嬉しい知らせが届いたのは、お宮参りを翌日に控えた日のことだった。





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00 : 00 : 00 | 続・幸せの果実 | コメント(9) | page top
続・幸せの果実 4
2015 / 08 / 14 ( Fri )
シャアっとカーテンを開けたと同時に目映いほどの太陽が室内へと降り注ぐ。

「わぁっ、雲一つない快晴だぁっ! 誠~、君は晴れ男だねっ!」
「う゛~~!」
「あははっ、お返事上手!」

早い時間だが朝の授乳を済ませている誠は既にテンションアゲアゲだ。
夜中の頻回授乳は慢性的な寝不足を引き起こし、正直心身共に決して楽ではないが、この元気な姿を見るだけでまた頑張るぞと思えるのだから我が子の存在とは偉大である。

「お~い、パパ~、そろそろ起きてくださ~い」
「ん・・・」

今日は久しぶりの休みということもあり司は珍しくお寝坊さんだ。
本当ならば好きなだけ寝かせてあげたいところだが・・・そろそろ起きてもらわなくては。
だがよっぽど眠いのか、何度突っついても起きる気配がない。
しばし考えていたつくしの顔がたちまち悪戯っ子のそれに変わると、ワクワク張り切る子どものように一気に司のお腹に尻ダイブした。

「ぐえっ!!」
「お~い、そろそろ起きてってば!」

潰れたカエルのような呻き声に吹き出しそうになるのを必死で堪える。

「~~~っ、てめぇっ、殺す気かっ!!」
「大丈夫大丈夫。司は馬に蹴られても死なないから」
「・・・・・・へぇ、そうかよ。 お前がその気なら・・・」

額に貼り付いていた怒りマークがスーーッと引いていくと、何故か司が口元を緩めた。

___ と思ったその時。

「え? ひゃああああああっ???!!!」

ガシッと両足首を掴まれたと思った次の瞬間、司が勢いよく体を起こした。当然ながら腹の上に乗っかっていたつくしの体は真っ逆さまに落ちていくわけで。しかも足首を掴まれているのだから尚のこと抵抗しようがない。
バフンッ! と勢いのいい音で思いっきりひっくり返った。

「もうっ、信じらんない! 何すんのよ!」
「ぬかせ。 先制攻撃したのはお前だろうが」
「司が起きないからでしょおっ!」
「そういうときは優しくキスして起こすのが妻の役目じゃねーのかよ」
「バッカじゃない? そんな決まりなんてありませんからっ!」
「へ~、そんな口聞いていいのかよ? ・・・ほ~、今日は白か」

クイッと足首を動かしてスカートの中を覗き込むと、司の顔がニヤリと妖しく光る。

「ぎ、ぎゃ~~~~!! 何やってんのよぉっ! 離しなさいよっ、このヘンタイっ!!」
「ヘンタイで上等。 おら、もっと見せやがれ」
「い~や~あ~~~!! おまわりさぁ~~ん! ここにヘンタイがいます~~っ!!」

両親のバカバカしいやりとりが心地いいのか、隣のベビーベッドの中では誠が大層ご機嫌で手足をジタバタさせている。これでご機嫌になるのはいいのか悪いのか?

・・・とにもかくにも今日も平和な1日が始まりそうだ。






***



「おっ、おは、おは、おはようございますっ! 今日はお、お、お日柄もよ、よ、よっ・・・」
「ちょっとパパっ、落ち着いてっ!!」

3歩進んで10歩下がるその喋りに堪らずつくしが助け船を出したものの、晴男は既に真っ青だ。

「あ、あぁ・・・。 やっぱりパパはダメだ。人間慣れないことはそうできるものじゃないよ」
「すみません。感動と緊張のあまりうまく話せなくなってしまってるみたいで・・・」
「別にお気になさる必要はありません。ご両親もどうぞ普通になさってください」
「は、は、は、はははィッ!」

せっかくの楓の気遣いもてんで役に立ちそうにない。
まぁこの状況下であれば両親がそうなるのも至って普通の感覚ってやつで。

青空の下、邸からほど近い都内有数の神社に道明寺財閥の№1、2が揃い踏みしているのだ。
しかもその主役である赤ん坊の祖父母には自分たちも含まれている。
同じ 「祖父母」 仲間であるはずのお相手がそんなたいそれた人物だなんて・・・緊張するなと言うのが無理な話だろう。
とは言ってもいささか緊張しすぎだろ! とは思うけれど。


昨日の夜になって突然楓も一緒にお参りができるとの知らせが入った。
もう半分以上は無理だろうかと諦めかけていただけに飛び上がるほど嬉しかった。
いや、実際に跳んで跳ねて喜んだのだけれど。

予定していた仕事がことのほかスムーズに流れたからなんて言ってたけれど、今日のこの格好を見れば実は最初からそのつもりで帰国したんじゃないだろうかと思ったって自惚れではない気がする。
いくらお金持ちでどんな衣装だってお邸にあるとはいえ、まるでこの日のために準備していたと言わんばかりのそれはそれは美しい和装に身を包んだ楓の姿を見れば・・・そう思いたくもなるってもんだ。

「お義父さん、お義母さん、今日は誠のために素敵な衣装をありがとうございます」
「いっ、いや、そんな・・・! 正直こんな安物であまりにも申し訳なくてやめようかとも思ったんですが・・・それでも、どうしても孫のために私たちなりにできる精一杯はしてあげたくて・・・」

司に頭を下げられた晴男と千恵子がひたすら恐縮している。

今日誠が羽織っている黒の掛け着はつくしの両親が贈ったものだ。
赤ん坊の晴れ着は母方の両親が準備するのが昔からの習わしとされているが、一方は世界に名だたる大富豪で、片やド貧乏一家。習わしと言えど衣装を贈るなどと恐れ多いのも当然のことだ。
両親は最後の最後まで自分たちでいいのかと悩んでいたが・・・

道明寺家が準備すれば、桁違いの高級品が誠に着せられたに違いない。
もちろんそれはそれで素晴らしい。
両親が用意してくれたものはそれに比べれば足元にも及ばない安物だろう。

それでも、つくしはその着物を見る度に誇らしかった。
たとえ安物だとしても、両親が孫を想い、今の自分たちにできる精一杯を詰め込んで贈ってくれたのだと考えただけで・・・それはどんな高級な衣装よりも価値のある、この世に1つしかない宝物へと変わったのだ。

「大事なのは気持ちだってつくしに散々教えられてきましたからね。お義父さん達の気持ちは十二分に届いてますよ。ありがとうございます」
「司君・・・ありがとう・・・!」

今からお参りだというのに、晴男は感無量のあまり既に泣きそうだ。

司は昔から両親に対して礼儀正しいことが多かったが、演じている部分がほとんどだっただろう。
だが今は違う。
元来培った育ちの良さは依然として失わず、そこに本当の優しさが加わった感じがする。
心の底からつくしの両親への敬意を払っている。贔屓目なしでそう感じるのだ。
我が親を大事に想ってくれることが嬉しくない人間などいるはずがない。
結婚してから1年と少し、最初はひたすら恐縮しっぱなしだった両親と司との距離感も、今ではかなり縮まってきたことを実感していた。

だからこそ楓との距離ももう少し縮められればとつい思ってしまうのだが ___

その一方で誰しも個々に 「らしさ」 というものがあり、彼らに於いては現状こそが最も理想的な距離感なのかもしれないと思えるのだから不思議だ。


「じゃあ時間だ。 行くぞ」
「あ、うん! じゃあお義母様、誠をお願いしてもよろしいでしょうか・・・?」

お宮参りで赤ん坊を抱くのは夫の母親。
両親の贈った着物を掛けた我が子が楓の腕に抱かれる。
こんなに幸せなことがあっていいのだろうか。

楓の手に愛する我が子を託すと、つくしは首の後ろに回り誠を包み込む着物の紐を結んだ。

「わぁ、素敵・・・!」

親バカだと言われてもいい。
その姿はそれ以上の言葉にできないほどに美しかった。

わけがわからない誠は着物が窮屈なのだろうか、いつもよりもバタバタと元気よく手足を動かしている。

「あの、ごめんなさいっ。 重いですよね? 大丈夫ですか・・・?」
「何の問題もありません。 参りましょう」
「は、はい!」

相変わらずのクールフェイス。
だが振り返るその刹那、楓が誠と目を合わせてほんの一瞬、ふわりと微笑んだ。

見間違いなどではない。
彼女は確かに微笑んだ。


本当に優しい優しい顔で。



「おい、行くぞ」
「・・・・・・うん」

前を歩き出した楓の後ろ姿を呆然と突っ立ったまま見つめているつくしの頭を、司の大きな手がポンポンと叩く。

「今から泣いてたらもたねーぞ」
「・・・・・・うん」
「ったく・・・。 おら、行くぞ。 ババァに置いて行かれても知らねぇからな」」
「・・・・・・うんっ!」


何が晴男が今にも泣きそう、だ。
泣きそう、じゃなくて既に泣いているのは自分じゃないか。
全く、始まる前からこれじゃあ本当に先が思いやられるってもんだ。


つくしが差し出された手に自分の手を重ねると、ギュウッと力強くその手が握りしめられる。
それに負けじと力を込めると、先を行く祖父母を追って2人肩を寄せて歩き出した。





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続・幸せの果実 5
2015 / 08 / 15 ( Sat )
「ご無沙汰していますね、楓さん」
「幸村さん・・・」

全ての参拝を滞りなく終え、本殿を出たところで優しい笑顔がとても印象的な男性が近づいて来た。年は見たところ70代後半から80代前半と言ったところだろうか。どうやら楓の知り合いらしい。
一同の目の前までやってくると、楓の腕に抱かれたままの誠をうんうんと嬉しそうに何度も頷きながら見つめた後、司とつくしへと向き合った。

「はじめまして。私はこの神社の先代の宮司である幸村と申します」
「あっ・・・、はじめまして! この度は大変お世話になりました」

司もそれにあわせて軽く会釈すると、男性は見上げながらどこか懐かしそうに目を細めた。

「そうですか・・・あの赤ん坊だったあなたがこうして立派に親になられたのですか・・・」

その言葉一つ一つをしみじみと、感慨深そうに噛みしめている。

「実は道明寺家の皆様には先代の旦那様の時代からたいそうお世話になっているのです。今からもう何十年前になるのでしょうか。まだ幼い椿様と、そして赤ん坊だったあなた様を連れてここにお参りにいらっしゃったのは」
「え・・・その時も家族でお参りされたんですか?」
「その通りですよ。それはそれはお幸せそうに見えました。 ねぇ、楓さん?」
「・・・さぁ、私にはわかりかねます」

素っ気ない答えにも男性はニコニコと笑顔を崩さない。

今から30年近く前、全く同じ場所で司も誕生をお祝いされた。
しかも家族総出で。
その命が継がれて今がある。

「・・・凄い。 こうして家族って続いていくんですね」
「えぇえぇ、仰るとおりです。あれから数十年、皆様のご活躍は常に耳に入っておりました。願わくば、私が生きているうちにこうして楓さんとまたお会いして、そしてあなた様のお子様にお目にかかれたらと密かに思っておりました」

そこで一度言葉を句切ると、男性は今一度全員の顔を見渡した。

「そしてその願いがこうして叶い・・・私は本当に幸せ者です。 皆様を見ていれば、今がどれだけお幸せであるか、そこに言葉など必要ありません」
「・・・ありがとうございます」

すんなりと司の口から出た感謝の言葉に、男性は晴れ晴れしく破顔した。

「楓さん、とても素敵な息子さんに成長されましたね」
「・・・ありがとうございます」
「あなた様が頑張ってこられたからこそ今の幸せがあるのですよ」
「私は何も・・・」
「いいえ、全てのことが未来へと繋がるのです。あなた様の生き方がまた彼らの道標となって新たな道がつくられていく。人生とはそうして代々繋がっていくのですよ」
「・・・・・・」


さわさわと、心地の良い風が吹き抜けていく。
まるで今日のこの日を、今この瞬間を祝福してくれているかのような、爽やかな風が。


「またこれから数十年後、今度はこの子があなた達のように立派な親となって再びここを訪れてくることを・・・私たちは心から楽しみにお待ちしています」





***



「どうした? ぼーっとして。疲れたか?」
「あ・・・ううん。 ありがと」

スッと目の前に差し出された紅茶を受け取ると、つくしはコクンと一口呑み込んだ。
ほんのりとした温かさがじんわりと胸の辺りに染みわたっていく。

「はぁ~、おいしい。司が入れてくれるなんて超レア」
「お前は俺を何だと思ってんだよ」
「・・・俺様?」
「このっ!」
「キャーッ! 零れる、零れちゃうからっ!!」

肩を組まれて零れそうになる紅茶にワタワタしながらも、つくしはそのまま司の胸元に体を預けた。ヒョイッとカップが奪われると、司もまんざらでもなさそうにつくしの体へと手を回す。

「・・・今日、お義母さんと一緒に行けてよかったねぇ」
「俺はどっちでもよかったけどな」
「またそんなこと言う! 本音では嬉しいんでしょ?」
「さぁな。お前はよくそう言うけど俺には本気でわかんねーんだよな。物心ついた頃から親はいないのが当たり前だったし、今さら親の愛情云々言われたところでピンとこねーよ」
「・・・」

司にあってつくしにないもの。
そしてつくしにあって司にないもの。
それを理解しようと思っても、互いに芯からわかり合うことはきっと難しいことなのだろう。
司がこう言うのだって、決して照れや強がりなどではなく、きっと素直な感情であるに違いない。

「でもまぁ、俺がどうでもよくてもお前はそうじゃねぇんだろ? 俺はお前が幸せならそれでいいんだよ」
「・・・誠も?」
「お前が幸せなら誠だって幸せに決まってんだろ」
「・・・やっぱり俺様」
「そんな男にお前は惚れたんだろうが」
「ぷっ! 自分で言う?」
「違わねーだろ?」
「・・・おう」

クッと笑う声が聞こえたと思ったと同時に目の前が真っ暗になった。
重ねられた唇に自然と目を閉じると、つくしは脱力したまま身を委ねた。

「・・・なぁ」
「・・・なぁに?」

うっとりと目を開けると、至近距離に見える男は何故か真剣な顔をしている。

「誠のお宮参りは終わったぞ」
「・・・うん?」

そんな当たり前のことをそんなに真剣に言って一体どうしたというのか。
だが次の瞬間、唇をゆっくりと指でなぞっていくその動きにつくしはハッとした。

「お前が嫌だっつーなら無理強いはしねぇけど」

そう言って唇をなでる指が伝えていることは1つ。
昔からこの男は本気で無理強いをしようとしたことはない。
いつだってこちらの気持ちを尊重してくれた。
今だって、 「まだ」 と言えば間違いなくそうしてくれるに違いない。

「・・・・・・」

つくしは何も言わずに俯くと、答えの代わりにギュウッと司の背中に手を回した。
密着した体が伝えていることもただ1つ。
きっと、まるで初めての時のように心臓が凄いことになっているのに気付かれているだろう。

「つくし、顔上げろ。キスできねぇ」
「・・・」
「つくし」

まるで催眠術にかかったようにゆっくりと顔が上がっていく。
と、目が合った瞬間司が吹き出した。

「ぶはっ! お前・・・どこの茹でダコになってんだよ」
「うっ、うるさいよ! 顔を埋めてたから苦しくて赤くなっちゃっただけだもん!」
「くくっ、あーそうかよ。 ・・・ま、なんだっていいけどな」

クイッと顎を掴んで上を向かせると、大きな影がゆっくりとつくしに覆い被さっていく。
真っ赤な顔をしながらもつくしも静かに目を閉じると、長くせずして2つの影が1つに重なった。

ドクンドクンドクンドクン・・・

徐々に深くなっていくキスにますます心臓があり得ないことになっていく。
もう何度だってしていることなのに、もう子どもだって産んだっていうのに、どうしてこうもドキドキが止まらないのか。


・・・あぁ、これが 『 好き 』 ってことなんだなぁ・・・


つくしは蕩けていく意識の中でうっとりとそんなことを考えた。




「 失礼致しますっ!! 」



突如バーーーン!! と何の前置きもなく開いた扉に互いの体がビクッと跳びはねる。
司に委ねていた体は気付かぬ間にソファーに横たえられて上に乗られる形になっていた。
しかも着ていた衣類がはだけている。 一体いつの間にっ?!

「ちょっと失礼致しますよ・・・あら、本当にお邪魔したようですねぇ」
「たっ、タマさんっ?!」

姿を現した老婆につくしが慌ててはだけた前あわせを掴んで隠す。

「・・・おいタマ、てめぇブッ殺されてぇのか?」
「いえいえ、よもや事をイタしてるだなんて思いもよらず・・・大変失礼致しました」
「わかってんなら邪魔すんじゃねーよ」

司にとっては待望の瞬間だったのだから、機嫌が悪くなるのも当然だ。

「ですがどうしてもつくしにはお伝えした方がいいのではないかと思いましてねぇ・・・」
「・・・え、何かあったんですか?」

意味深な言葉に思わずつくしが体を起こしてタマを見た。

「実は奥様がこれからNYにお帰りになるんだよ」
「えっ・・・? だって、帰るのは明後日じゃあ・・・」
「そうだったんだけどねぇ。予定より仕事が順調に済んだから全てを切り上げてすぐに帰るとおっしゃられてねぇ。せめて明日にしたらと言ったんだけど・・・奥様は決めたことを変えられる人ではないから」
「そんな・・・まだゆっくりお礼だって言ってないのに」

明日あらためて感謝の意を伝えようと思っていたのに。

「今ならまだ間に合うだろうから、あんたには一言伝えておこうと思ってね。おそらくあと10分もしないうちに邸を出られるんじゃないかと・・・」

ガタンッ!!

「あっ、おい、つくしっ!!」

そんな・・・そんなっ!
次に直接会えるのがいつになるかなんてわからないのに。
ちゃんと話もできないまま、気付かないままにバイバイだなんて絶対に嫌だ!!

つくしは考えるよりも先に駆けだしていた。
そんなつくしの後ろ姿を呆然と見送った後、我に返ったように司が盛大に溜め息をついた。

「本当にお邪魔する気ではなかったんですよ?」
「・・・結果的に邪魔しまくってんじゃねーかよ」
「そうですけどねぇ。でも何も知らずに奥様が帰ったと後で知った方が後々司様にも厄介なことがあるやもしれぬと思いましてね。老婆心かとは思ったんですが・・・」
「・・・チッ! ほんっと最悪のタイミングだぜ。あのババァ、ぜってぇわざとやってんだろ」

急転直下はつくしあるある。
つい直近もこんなことを考えたような。
司はさっきまで触れていた柔らかい感触を思い出しながら、再び特大の溜め息をついた。






***


バタバタバタバタ・・・


「あ、あのっ!!」

騒々しく近づいて来た足音に、今まさにエントランスを出ようとしていた足が止まった。

「・・・こんな夜遅くに一体何事ですか」
「ご、ごめんなさいっ! でもたった今タマさんにお義母様がNYに戻られるって聞いて・・・それでっ・・・」

激しく息を切らすつくしに楓はこれみよがしに溜め息をついた。

「はぁ・・・タマさんは本当に余計なことをしてくれるわね」
「いえっ、タマさんは私のことを想ってくれればこそ教えてくれたんです! ・・・お義母様、誠のお宮参りに一緒に行ってくださって、本当に有難うございました」

言葉と共に深々と頭を下げる。

「・・・私は祖母としてできる最低限度のことをしたまで。お礼には値しません」
「いいえ、値します。この世に 『当たり前』 なことは何1つありません。今回一緒に参拝してもらえたのも、全ての偶然が重なったこと、そして何よりもお義母様がそうしたいと思ってくださったからこそ。私たちはそのお気持ちが本当に嬉しかったんです。だから言わせてください。 ありがとうございます」
「・・・・・・」

頭上から聞こえてきたふぅっという溜め息に、つくしはゆっくりと顔を上げた。

「・・・誠は?」
「あ、今はぐっすり眠ってます」
「そうですか。慣れないことで大変なこともあるでしょうけど・・・邸の者達の力を借りながら、あなたらしく頑張りなさい」
「あっ、ありがとうございます・・・!」
「言いたいことはそれだけかしら?」
「えっ? は、はい」
「そうですか。では私はもう参ります」
「あ、はい・・・。 どうかお気をつけていってらっしゃいませ。また次にお会いできる日を楽しみにしています」

ニコッとつくしが笑顔でそう伝えると、しばらくそれを見ていた楓が表情を変えずに振り返った。すぐにスタンバイしていた使用人が扉を開く。

だが扉をくぐって数歩進んだところで何故かその足が止まった。
足を止めたまま、背中を向けたまま楓は動かない。

「・・・? あの・・・?」
「もし私があなたのような向き合い方をあの子達としていたら・・・」
「えっ?」

何と言った? 声が小さすぎてよく聞こえない。
前屈みになって耳を澄ませると、おもむろに楓が振り返った。

「・・・いいえ、そんな 『もしも』 は不毛というもの。私は私。あなたがあなたであるように他の誰にもなり得ない」
「・・・・・・」
「あなたはあなたらしく進みなさい。 道明寺婦人として恥じぬ生き方を」
「お義母様・・・」

カツンとピンヒールの音が響く。
どんなに疲れていたってこの人には隙がなく常に完璧だ。


___ それが道明寺楓という女の生き方。


そんな眩しいまでの背中が見えなくなるまで見送ると、つくしはあらためて誰もいない扉に向かって頭を下げた。



「あたしはあたしらしく。 ずっと見ていてくださいね・・・!」




1年前に飾られた1枚の家族写真。
それは20数年振りにこの道明寺家へと飾られた大切な1枚となった。

・・・そして今日、そこに新たな1枚が加わる。
1年前にはなかった新たな顔を中心にしてそれぞれが幸せそうに笑う、そんな1枚が。





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