噂のアイツ 前編
2015 / 10 / 18 ( Sun ) あたしに触れたらヤケドするぜ?
そんなバカバカしいセリフを言いたくなるほど、あたしの気分は最低最悪だった。 「ねぇねぇ、牧野さんはもう見た? 例の研修生!」 「あ、いえ、私は何も・・・」 「えぇ~っ、まだ見てないの? 今社内で話題の中心なのに! 早く見てみなよ~!」 「あははは・・・はい・・・」 コテコテのネイルとグロスを光らせながら離れていく同僚を見ながらドッと脱力する。 あんた達は一体何しに会社に来てんだよ?! ・・・そう言えたらどんなにいいか。 このところ、季節外れの研修生がうちの会社にやって来たという話は聞いていた。 なんでこんな時期に? と社員の注目を集めるのは当然のことで、来る前から話題になってはいたのだが、それはその研修生が来てからますますひどくなる一方だった。 なんでも長身の見目麗しいハーフだとかで、社内の女達がこのところ浮ついているのだ。 さっきのように声をかけられることがここ数日だけでも何度あっただろうか。 部署もフロアも違うつくしには面識はなかったし、そもそもそんなことはどうでもいい。 イケメンだろうがイケてないメンだろうが大事なのは仕事。 そう、ここは仕事をするための場所。 それなのに・・・ 「おい牧野」 自分を呼ぶ声が耳に入ってきただけで頭が痛くなる。 我ながら結構な末期症状なんじゃなかろうかと思う。 「・・・はい。お呼びでしょうか」 だがそれを必死で隠して平常心を装って声の主の元へと急ぐ。 ちょっとでも遅れようものなら何を言われるかわかったもんじゃない。 「お前さぁ、文章打つくらいまともにできないわけ?」 「えっ?」 「ここ見てみろよ。誤字だらけ。しかも1つや2つじゃねーぞ。何をどうやればこんなに間違えんだよ? ったく、今時小学生でもこの程度のこと簡単にやれるっつーのに。一体お前の脳内は何歳なんだぁ?」 「・・・・・・」 放り投げるように返された書類をじっと見つめる。 「何だよ? 何か文句でもあんのか?」 「・・・・・・・・・いえ、すぐに直してきます」 「仕事ができねーなら来なくていいんだぞ」 背中に捨て台詞を吐かれても必死で耐える。 ・・・ダメだ、ダメ。 キレたらダメ。 その時点でこっちの負けになってしまう。 絶対にその手にだけはのってなるものか。 ぶるぶる震える手をなんとか押さえ付けながら自席に戻ると、すぐにパソコンを立ち上げ当該のデータを出した。そしてそこで予想したとおりのものを目の当たりにする。 ・・・原本には誤字脱字などどこにもないということを。 「・・・・・・」 入力し直すことなく即座にそれをプリントアウトすると、気怠そうに書類に目を通している男の元へと再び戻っていった。 「・・・なんだよ」 「できました」 「なんだぁ? やけに早いじゃねーか。できんだったら最初っからちゃんとやれよな」 「・・・・・・はい」 心底人を小馬鹿にしたような薄ら笑いを浮かべながら、男は受け取ったばかりの書類をデスクの隅へと放り投げた。指摘していた場所の確認どころか中を開くことすらせずに。 つくしはじっとそれを見つめると、静かに頭を下げて自分のデスクへと歩き出す。 「ったく、やる気がねぇならいつでもやめてもらって構わねーぞ?」 そんな言葉を背中に浴びようとも、ただひたすらに耐えて。 *** 「ムカツク、ムカツク、ムカツクーーーーーーっ!!! 仕事ができないのは一体どこの誰だっつーのよ?! 毎日毎日毎日毎日偉そうに暇そうに座ってるだけでろくな仕事なんかしてないくせに! やってることは人の足を引っ張ることだけ! あんのボンクラ能なしボンボンがぁっ!!!!」 ドガッ!!! 鈍い音を響かせて壁に一発お見舞いしたつくしはぜぇはぁと全身で息をしている。 言えなかった不満を一気に吐き出して呼吸をすることすら忘れていた。 それほどに鬱憤は溜まりに溜まっているのだ。 あの野郎、五十嵐という名の男が突然上司になったのは今から3ヶ月ほど前のこと。 いきなりの人事に驚いたが、どうもその男がこの会社の跡取りであることが後に判明した。何でもこの会社を継ぐべくアメリカで武者修行をしていたとのことで、満を持して帰国した。 ・・・あくまでも表向きはそうなっている。 が、その実態たるや酷いものだった。 傲岸不遜な態度は言わずもがな、あの男、驚くほどに仕事ができないのだ。 態度が悪くとも仕事ができるのならばまだ我慢のしようもあるのだが、人を人とも思わないような態度に仕事はまるでできない。その最悪な男のせいでこのところの社内は目に見えて雰囲気が悪化していた。 将来を最も有望視されていたとある男性社員が見るに見かねて一度意見を述べたことがあったのだが・・・その3日後には彼の地方への異動が命ぜられた。 結局、この会社の将来に見切りをつけたその男性は会社を辞め、自力で別の会社へと転職したと風の噂で聞いた。 逆らえば問答無用で首を切られる。それはエリート街道まっしぐらの人材であっても。 それを目の当たりにした一同はそれ以降物言えぬ人となってしまった。 あの男はそれをわかった上で自分の憂さ晴らしをしているらしく、わざと部下のミスを誘導してはここぞとばかりに叩きつぶす。逆らおうものなら首を飛ばす。 そうしてこの数ヶ月の間に何人の同僚がやめていっただろうか。 そしてそのターゲットが今現在自分になっているということにも気付いていた。 ・・・いや、あれで気付かない方がどうかしている。 穴が開くほど確認して完璧な状態で提出したさっきの書類だってそうだ。あの男、わざわざ自分でデータを取り込んで一部を書きかえやがった。そうしてわざと不備を作り出してこっちが反論するのを今か今かと待っているのだ。 そんなことが今日が初めてじゃないのだから、こっちだっていい加減我慢の限界ってもの。 とはいえキレたら相手の思うツボ。 その時点でこちらの負けだ。 ぜっっっっっっっったいに相手の思い通りになどなってやるものか。 やるなら機を外してはならない。 ・・・いつか、いつか必ずその時はやって来る。このままあの男の天下が続くはずなどない。 そのタイミングを絶対に見逃してなるものか。 それだけを信じてひたすら日々を耐え抜く。今の自分にできることはそれだけ。 「はぁ・・・無能な上司が1人いるだけで組織ってこんなに崩壊していくものなのね・・・」 あの男が来るまでは至って平穏な会社だったというのに。 上が怖くてビクビクしている社員の士気は下がりっぱなし。女子社員が季節外れの研修生に仕事そっちのけで夢中になるのもある意味では仕方がないことなのかもしれない。 「・・・・・・あいつ、どうしてるのかなぁ・・・」 同じ俺様ジュニアでもあの男なら絶対にこうはなっていない。 一緒に仕事をしたことがあるわけじゃないけれど、何故かそう確信できた。 確かに容赦なく首を切ることができるタイプという点では同じだけれど、あいつの場合はまず自分が率先して仕事ができるのだ。ああ見えて頭が切れるし、それに、なんだかんだでしっかり会社の将来を考えている。それはバカばっかりやってた学生時代ですら感じられたことだった。 同じ緊張感でもあいつの場合は部下の志気を高めることができる。 ボンクラ男とはそこが決定的に違う。 「って、あたしってば何考えてるんだか・・・」 こんなときにあいつのことを思い出すなんて。 ___ もう3週間も連絡を取っていないというのに。 「はぁ・・・全てがうまくいかないなぁ・・・」 最後に会ったときに喧嘩した。 いや、自分の中では喧嘩のつもりはなかったのだけれど。 意見が最後まで噛み合わなくて結局それっきり。 いつもなら1週間もすれば 「俺だ」 なんて言って偉そうに連絡してくるのに、今回はそれすらもなかった。だったら自分からすればいいだけのことなのに、いつもと違うあいつの出方に 『もし無視されたら』 なんて、らしくもなく怖くなってしまって結局今に至る。 正直、今はこれ以上悩み事を増やしたくないのが本音なのだ。 ・・・と言いつつ1日経つごとに気分は沈んでいくばかり。 家に帰れば鳴らない携帯と睨めっこ、会社に来ればろくでなしに振り回され。 こんなに憂鬱なのは生まれて初めてかもしれないと思うほどに心はどんよりしていた。 「はぁ・・・・・・会いたいよぉ・・・」 1人ならこんなに素直に口に出せるのに。 カタン・・・ 背後から聞こえてきた物音にハッとする。 「だ、誰?!」 誰もいないと思っていたのに。 ここは会社の外れの外れにある非常階段。 偶然見つけたこの場所が学生時代を思わせて密かなつくしの憩いの場となっていた。ここに他の社員がいるのを見たことなどただの一度だってなかったのに。 まさかさっきの雄叫びも・・・聞かれた?! 「あ・・・?」 ドクンドクンと嫌な汗が噴き出してきたつくしの前に現れたのは長身の男性だった。 一瞬あいつかとバカなことを考えそうになったけどこんなところにいるはずもないわけで。 よく見れば似ても似つかない風貌だというのに、体格が似ているだけでそんなことまで考えるようになってしまうなんて・・・自分で思っている以上に相当参っているのかもしれない。 「あ、あのっ・・・」 青色の瞳と栗色のサラサラとした髪をなびかせた見目麗しい男性。 それがさっき同僚が興奮気味に話していた噂の研修社員だということは一目瞭然だった。 ハーフでかっこいいとは聞いていたが・・・それ以上にオーラが凄い。 普段身近にいないハーフだからそう感じるのか、それとも彼の醸し出す雰囲気がそうさせるのか。 薄茶色のフレームの眼鏡が殊更彼を知的に見せていて、これなら女性陣が騒ぐのも妙に納得してしまった。・・・だからといって自分にとってどうでもいいことに変わりはないのだが。 それよりも気になることはただ一つ。 彼が一体いつからここにいたのか、だ。 「あの、さっき・・・」 一段上の踊り場にいたらしいその男性がつくしの目の前まで降りてくると、あまりのオーラに思わず息を呑んでしまった。こう言ってはなんだが、いい男には見慣れていたつもりだったのに・・・彼らにも負けず劣らず凄いオーラがあるのだ。 「・・・えっ?」 何かを言わなければと思いながらも雰囲気に押されて口ごもるつくしの前にスッとその男性が手を出した。突然のことにわけもわからずにつくしがキョトンと顔を上げた。 が、それと同時に手を掴まれると、右手に強引に何かを握らされた。 「えっ、えっ?! あのっ・・・!」 それはほんの一瞬の出来事。 つくしが手の中を確認しようと下を向くと、その男性は扉を開けて中へと入っていってしまった。 慌ててそれを追いかけたが、足が長いゆえか彼は遥か遠くまで行ってしまっていて追いつけそうもない。 「な、何? 一体なんなの・・・?!」 一体何が起こったというのか。 さっぱりわからない。 結局彼がいつからいたのかも、彼の行動の意味も、何一つ。 「そういえば・・・」 いきなり何を握らされたというのか。 はたと思い出して恐る恐る右手を開いていくと・・・ 「え・・・・・・飴・・・?」 コロンと。 手のひらに可愛らしくおさまっているのは子どもの頃から定番のイチゴの飴玉。 懐かしい~! 「・・・じゃなくて、なんで?!」 顔を上げてもその答えを知る人物はとうの昔にいなくなってしまっている。 ・・・・・・わけわかんない。 もしかしてあまり日本語得意じゃないとか? あたしが言ってることはよくわかんなかったけどとりあえず怒ってるみたいだからこれでも食って落ち着けよ、みたいなそんな感じ? だとしたらそれが一番しっくりくる。 ・・・というかもうそういうことにしておこう。 「ここはありがたく頂戴しておこうかな。・・・ん、おいしいっ!」 口の中にほんわりとした甘さが広がっていく。 それと同時にさっきまで心の中に渦巻いていた棘が削ぎ落とされていくようだった。 思わぬ形で噂の研修生と顔を合わせることになったけれど・・・ とりあえずなんとなくいい人そうだということはわかった。 っていうか・・・ 「 なんか花沢類みたい 」 誰もいない廊下を見ながらそう呟いたつくしの足取りは心なしか軽くなっていた。
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噂のアイツ 中編
2015 / 10 / 19 ( Mon ) 「うえっぐずっ・・・」
「ど、どうしたの?!」 「あ、牧野さん・・・それが・・・」 更衣室に入るなり泣き崩れている女性が目に入り、慌てて駆け寄る。 泣いているのは部署は違うがつくしと同期入社の女性だ。 「もしかして・・・またあいつ?」 「・・・」 言葉こそないが女性はコクンと頷いた。 ・・・やっぱり。 「お茶を出した時にね、ほんの少しだけ机の上に零しちゃったみたいで・・・。そしたらあいつ何て言ったと思う? 『お前みたいに無駄に胸と尻がデカイ奴にはもっと向いてる仕事があるだろ』 ですって」 「何それ、ひどい! っていうか完全にセクハラじゃん!」 「ほんと・・・誰も何も言えないのをいいことに、日に日にエスカレートしてるよ・・・」 モラハラ、パワハラ、セクハラ。 ありとあらゆるハラスメントに泣かされる者は日ごとに増すばかり。 ギリギリと拳が小刻みに震えてくる。 「いい加減・・・あたしキレちゃうかも」 「牧野さん? だめだよ! あいつの性格わかってるでしょ? それこそが狙いなんだから。その瞬間クビにされて今までの努力が水の泡になっちゃう。気持ちは痛いほどわかるけど・・・ここはグッと我慢して、ね?」 「・・・・・・」 その通り過ぎて何も言えない。 あの男、こっちが刃向かうのを今か今かと待っているのだ。 特につくしはどんな嫌がらせをされようとも泣き言一つ言わず、顔色一つ変えずに淡々と無理難題をこなしてしまう。それがあの男にとってどれだけ気に入らないことかなんて考えるまでもない。ましてや自らミスを犯すことなんてほとんどない。だからこそわざわざ手を加えてまでミスを捏造するのだ。 どこまでも性根の腐った男だ。 「はぁ・・・。菅野さん、悔しい気持ちは痛いほどにわかる。でもいつまでも今の状態が続くわけじゃないってあたしは信じてるから。いつか起死回生のチャンスが絶対に来る。その時を信じて頑張ろう?」 「牧野さん・・・」 涙でグチャグチャだというのにそれでも可愛らしい。 仕事だって真面目に頑張る彼女に対してすらそんな仕打ちをするなんて許せない。 いつか・・・いつか絶対にあの男をギャフンと言わせてやる!!! そんなつくしの思いがひしひしと伝わったのか、涙に濡れながらも女性はコクンと力強く頷いた。 「そういえばさ、例の研修生! すっごい仕事ができるらしいよ」 「えぇっ、見てるだけでも癒やされるのに? 仕事までできるの?」 「同じ部署の子に聞いたんだけど・・・なんでも上司も顔負けなくらいだって」 「へぇ~、ますますなんでこんな会社に来たのか謎は深まるばかりだねぇ・・・」 「でもいいわよ。どんな理由だろうといてくれるだけでこんなに幸せ気分をもらってるんだもの。今さらいなくなってもらっちゃ困るわ!」 「あはは、確かに~!」 コロッと話題を変えて盛り上がり始める女性人に呆気にとられるやらなんやら。 相変わらず彼女たちの話題の中心はあの研修生のようだが・・・ある意味彼の存在に皆が救われているのかもしれない。ミーハー心がきっかけとはいえ、それが仕事へのモチベーションに繋がっているのならそれはそれでいいことなのだと思う。 とはいえ自分には関係ない話だと軽く聞き流しながらつくしは急いで着替え始めた。 *** 「はぁ~~~~~~~~っ・・・」 薄暗いオフィスに1人、悲壮感に満ちた溜め息が響き渡る。 いつか来るその日を・・・と言った張本人だというのに、早くもその自信がぐらついている。 身に覚えのない尻ぬぐいを押しつけられて残業するハメになってしまった。あれはどう考えてもあの男のミスだ。それなのにこともあろうにそれを部下になすりつけて自分はさっさと帰るなんて・・・ しかも1時間2時間で終わるような内容じゃない。下手すれば終電にも間に合わないかもしれない。 「こんなことありえないでしょっ!!!」 ガンッ!!! デスクに八つ当たりしたところで現実は変わってはくれない。 ジンジンと鈍く痛む手を摩っているとなんだかとてつもなく虚しくなってきた。 「何やってんだろ・・・」 いつまで経っても現状打破の糸口は見えない。 しかも私生活だってうまくいかない。 ・・・意地っ張りなんかいい加減やめてしまえばいいのに。 どうしてそんな簡単なことすら自分はできないのか。 あいつが可愛げのない女だって呆れるのもこれじゃあ仕方ない。 だって自分でも心底そう思うんだもの。 「・・・やば、なんか泣きそう」 やだやだやだやだ。 ここで泣いたらダメ。 一度緊張の糸が切れてしまったらもう全てが崩れてしまう。 「・・・・・・」 ブラウスの上からそっと鎖骨の辺りに触れる。 服の上からでもはっきりとわかるコロコロとした小さな存在。 見えないようにしているけれど、それは常につくしが肌身離さず身につけているお守りだ。 今のつくしを支えているのはこれだと言っても過言ではない。 「・・・会いたいな・・・」 とはいえ忙しくて会う時間すらろくに取れないのが現実で。 それならばせめて声だけでも聞きたい。 気が付けばそんなことばかり考えてしまってる自分がいかに弱っているのかを実感する。 つくしは鞄の中から携帯を取り出すと、無言でそれを見つめた。 相変わらずメールも着信のお知らせもなし。 あいつと連絡を取らなくなってからというもの、バッテリーの減りが著しく遅くなった。 いかに自分の日常があの男のウエイトに占められていたのかを思い知らされる。 「・・・・・・・・・」 せめて、せめて、声だけでも・・・ 祈るような気持ちでつくしはゆっくりと馴染みのある番号へと電話をかけた。 プルルルル・・・ プルルルル・・・ 手が震える。 ただ電話をしているだけだというのに。 怖くて怖くて堪らない。 もし、もしあいつが・・・ プルッ・・・ 「あっ、あのっ・・・!」 ブツッ!! 「えっ・・・?」 ツーッツーッツーッ・・・ 響き渡るのは無機質な音だけ。それは相手に電話を切られたという何よりの証拠。 携帯を持つ手がダラリとぶら下がる。 全身から力という力が抜けていくのが自分でもわかった。 ・・・・・・切られた? あいつに・・・あいつの意思で・・・ 「・・・・・・・・・」 ・・・ダメだ。 その意味を考えることなんて今のあたしにはできない。 もう浮上できないほど奈落の底まで沈んでしまいそうで。 つくしは力の入らない体で後片付けをすると、まだ仕事も完全に終わりきっていないというのにフラフラとオフィスを後にした。どうせ完璧にやったところであの男には難癖をつけられるのだ。それが少しくらい増えたところで今さら何も変わりはしない。 今はとにかく何も考えずに眠りたい。 ・・・・・・現実から目を背けたい。 トボトボ。 きっと今の自分は見るに堪えない程に情けない姿をしているに違いない。 あれだけ我慢していた涙がふいに込み上げてきて必死に唇を噛んだ。 どんなに理不尽な要求をされても、怒ることはあっても涙が出そうになったことなんてないのに。 電話を切られたというその事実だけでその涙腺がいとも簡単に崩壊しそうになる。 ・・・ダメだよ。せめて家に帰るまではまだ泣いちゃ・・・ ガンッ!!! 「きゃあっ?!」 閉まりかけていたエレベーターの扉から突然足が侵入して来て心臓が止まりそうになる。 もうほとんど会社に残っている人はいないと思っていたのに・・・まさか侵入者?! さっきとは違う意味で涙が込み上げてくるつくしの目の前に徐々に姿を現したのは・・・ 「えっ・・・」 ブルーアイ。 見覚えのある特徴的な瞳に栗色の髪。そして見上げるほどの長身。 開いた扉から入って来たのは数日前に非常階段で偶然会ったあの男性だった。 とりあえず社内の人間だったことに胸を撫で下ろすと、つくしは今の自分の顔がどうなっているかを思い出して慌てて俯いた。涙を流してはいないけれど、零れる一歩手前だったのは一目瞭然だったはず。 彼にはタイミングの悪いところばかり目撃されてしまってどうにもこうにも気まずい。 「・・・・・・・・・」 沈黙が苦しい。 チラッと横目で見た男性は真っ直ぐに前を見ていた。相変わらずオーラが凄い。 彼もこんな遅くまで残業していたのだろうか・・・? 仕事ができるって彼女たちが言っていたけど、研修生ならやることも多いのかもしれない。 本当ならばこの前飴をもらったお礼を言うべきなのだろうけど・・・今は口を開いて冷静に話せる自信がない。少しでも喋れば涙が溢れ出してしまいそうで。 それほどにさっきのことが心を深く抉っていた。 ・・・だめだ、ダメダメ!! 思い出しただけでまた泣きそうになっちゃうじゃないか。 人前で涙を流すなんてぜっっっったいにダメっ!!! 早く・・・早く1階に着いてっ・・・! 顔を見られないように俯いてひたすら息を潜めている時間が永遠のように長く感じた。 やがてポーンと音をたててつくしの待ち望んだその瞬間が訪れる。 顔を見られたくないから彼に先に降りてもらう。そのためにつくしは人の気配が消えるまでひたすらじっとしていた。 コツン・・・ 「・・・え?」 だが下を向いているつくしの視界になかったはずの革靴が入ってきて思わず顔を上げてしまった。 見れば先に降りるとばかり思っていた彼が目の前に立っているではないか。 何・・・? 一体何を・・・ 「えっ?」 戸惑うだけのつくしにいつかのように彼が右手を差し出した。 これは・・・まさかとは思うけど、もしかして・・・ そんな思いが伝わっているのかどうかは定かではないが、相変わらず何も反応できずにいるつくしの手を取ると、この前と全く同じように右手にコロンとした飴玉を握らせた。 「あ、あのっ・・・! えっ?!」 何かを言おうと口を開いたつくしの言葉がそこで止まる。 何故ならつくしの手から離れたその男性の手がそのまま頭へと移動したから。 まるで子どもをあやすようにいい子いい子と撫でているのだ。 突然のことに口を開けたまま呆然としているつくしにほんの少しだけ微笑むと、またしても男性は何も言わずに先にエレベーターから出て行ってしまった。いつまでも降りてこない女に痺れを切らしたかのように、やがてエレベーターの扉が閉まっていく。 「な、何、今の・・・」 一体何が起こったというのか。 相変わらず意味不明なことの連続に、その後もしばらく身動き一つ取れずに棒立ちしていた。 そのことでさっきまで心を埋め尽くしていた鬱屈とした気持ちが吹き飛ばされていたことに気付いたのは、もっともっと時間が経ってからのこと。 *** 「あの研修生って部署はどこなんだろう・・・」 飴玉の入っていた袋をぼんやり見つめながら今さらながらにそんなことを呟く。 結局彼に遭遇したのはあの2回だけ。 興味も何もなかった相手だが、今思えばきっとどちらも落ち込んでいる自分を慰めてくれたのだろうということくらいはわかる。そして結果的にそれに救われたことは紛れもない事実なわけで。 せめて一言もらったものに対するお礼くらい言ったのではいいのではないだろうか。 クソ真面目な性格ゆえかついついそんなことを考えてしまっている自分がいた。 「おい牧野っ!」 だがそんな考えもその一言に全て吹き飛ばされる。 顔を見なくとも、今日のアイツがいつにも増してすこぶる機嫌が悪そうなのは明白だった。 自分が何かをした覚えは全くない。 ・・・ということはあの男の憂さ晴らしに巻き込まれるということに他ならない。 「・・・はい」 「お前の準備したこの資料、年度が全然違うじゃねぇかよ! どこに目ぇついてんだっ!!」 「それは・・・」 あたしじゃなくてあんたが準備した資料じゃないかっ!! 確かに別年度の資料を準備したのはあたしだ。 でもいまこの男が難癖をつけているものに携わったのはあたしじゃない。 文句を言っている張本人だ。 「なんだぁ? 口答えすんのか?!」 「・・・・・・いえ、すぐに探してきます」 「お前みたいなボンクラはいつでもやめちまえっ!」 いつものように背中に捨て台詞を投げつけられても必死に耐える。 一体いつまでこの地獄のような日々が続くのだろうか。 日に日に本当にこれでいいのかと葛藤していく自分がいる。 昔のようにもっと怖い物知らずでぶつかっていってこそ自分なんじゃないのかと。 ・・・でも現実社会は厳しいものだということを嫌というほど見てきたのだ。 きっと今ぶつかっていったところで木っ端微塵に砕け散って終わり。 それじゃあこの会社は何も変わらない・・・ 「一体どうすればいいのよ・・・」 前にも後ろにもどうにも身動きがとれない自分が歯がゆくて仕方がない。 資料室に入るなりまたしても出た特大の溜め息に、今の自分に残された幸せのバロメーターがあとどれほどのものなのだろうかと嘆きたくなった。 結局、電話を切られて以降一度も連絡をしていない。 一度拒否をされてしまったのだ。 再びぶつかっていく勇気など、ただでさえ弱っている今の自分にはもう残ってはいなかった。 まさかアイツの中ではもう別れたつもりだったりして・・・ 「ダメダメっ、弱気になるな、あたし!!」 纏わり付く雑念を振り払うと、すぐにあのクソ上司に持って行くための資料を探し始めた。 ガチャッ バタン 「誰か来た。・・・誰だろう」 ここは社内の資料室。社員が出入りするのはごく当然のこと。 つくしはそれが誰であるかも気に留めずに目的のものを探し続ける。 コツンコツンコツン・・・カタン。 「・・・え?」 だがふいに自分の真後ろで止まった足音に振り返った。 ___ この後にあんなことが起ころうとは夢にも思わずに。
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噂のアイツ 後編
2015 / 10 / 20 ( Tue ) 「な、なんで・・・」
つくしの前に立ち塞がっている男。 それは他でもないここに来させた張本人であるクソ上司、五十嵐だ。 男はニヤニヤと、薄気味悪い笑いを浮かべてこちらを見ている。 ジリ、ジリ、と一歩ずつ近づいてくるその姿に、底知れぬ恐怖心が湧き上がってきた。 ___ ここにいては危険。 それは直感だった。 「あの、私先に戻ってますからっ・・・あっ!!」 危険センサーが作動すると同時にすぐに横をすり抜けようとしたがそれも全て読まれていたのか、すれ違いざまに思いっきり腕を掴まれてしまった。 所詮男と女。力の差は歴然で、必死の抵抗も虚しく引き摺るようにして死角となる隅へと追い込まれてしまった。 「何するんですかっ!」 努めて冷静に、動揺を見せずに、けれど強い意思だけははっきりと示して睨み付ける。 「お前さぁ、何をやっても何の反応もしねーんだもん。面白くねぇんだよ」 「面白くないって・・・私は真面目に仕事してるだけですっ!」 遊び感覚で仕事をやってる方がおかしいんだよ! やる気がないならお前こそやめちまえっ!! 必死で心の中で怒鳴りつける。 「あれこれ仕掛けても素知らぬ顔して気に食わねぇったらねーんだよ。だから考えたんだよ」 「な、何を・・・」 戸惑うつくしを見下ろしながら男はニヤリと口元を緩めた。 その笑いにゾクッと全身が震えると、逃げ場はないとわかっていながらも再び逃げ出した。 「あっ・・・!」 「おっと、逃げてんじゃねーよ。それじゃあ目的が果たせねーだろ?」 が、当然の如くすぐに捕まってしまう。 「ふざけないでっ!」 「ふざける? お前の方こそふざけてんじゃねーぞ。何も言い返さないくせして人を見下した目でスカしやがって。お前見てっとイライラすんだよっ!」 「きゃっ!!」 ガタガタンッ!! いきなり足払いをかけられると、油断していた足元から思いっきり床に倒れてしまった。 すぐに腹の上に馬乗りされて起き上がる術を奪われてしまう。 この男・・・嫌がらせでここまでやるなんてどれだけ腐った人間なんだ! 「いい加減にしないと警察呼ぶわよっ!」 「はぁ? くっははははは! いいぜ? 呼んでみろよ。・・・まぁ、全てが終わってもお前がその気になればの話だけどな?」 「いやっ、やめなさいよっ!!」 「どうせお前みたいな女、男と付き合ったこともねぇんだろ? 感謝しろよ、その貴重な経験をさせてやっからよ」 男の手がブラウスへ伸びてくると、プツップツッと音をたててボタンを外し始めた。 嘘でしょ・・・? こいつ、本気なの・・・? 本気で狂ってる・・・! 嫌だ、嫌だ、いやだいやだいやだいやだいやだいやだ!!!! 直に触れられていなくても吐き気しかしない。 こんな男になすがままにされるなんて・・・死んでもゴメンだ。 会社をクビになる? だから何なのよ。 このまま死んだように自分を押し殺してこの会社に居続けて何になるっていうの。 だったら自分らしく散っていった方がよっぽどマシ。 『 そこにいてお前が得ることは何なんだよ 』 ・・・あぁ、今になってあいつに言われた言葉がこんなにも痛い。 あいつの言う通りだった。 変な意地ばっかり張って自分を貫き通した結果がこれだ。 自分のバカさ加減にほとほと嫌になる。 「・・・あれ、お前これ何だよ?」 ボタンを2つ外したところで男が胸元に光るあるものに気付く。 「なんだよこれ、すっげ~高級品じゃんか。・・・ははっ、男がいねーからってこんなもん買うのか? どんだけ虚しい女なんだよ、お前は!」 男などいるはずがないと決めつけている五十嵐は心底バカにしたように高笑いする。 「こんな不相応なものなんかつけてっからお前はいつまで経ってもイモなんだよ! こんなもんはなぁ・・・」 「やっ・・・やめなさいよっ!!」 男がチェーンの部分をグッと握りしめたのがわかった。 ____ もう限界。 これ以上耐える意味などどこにもない。 最後くらい、あたしらしくいたい。 つくしはそう固く心に誓うと、男を蹴り上げるべく右足に思いっきり力を込めた。 「おわっ?! ぐはっ!!!」 ガツッ! ガタガタンッ!! 「 ?! 」 だがつくしが足を振り上げるその直前、体から男の重みが消え去った。 続いて聞こえてきた呻き声と何かがぶつかる音に、何が起こったのかが全くわからない。 「大丈夫か?!」 「えっ・・・?」 その声に我が耳を疑った。 何故ならその声は・・・ 「いってぇ~・・・! おいっ、てめぇ、何しやがるっ!!」 だが事態を把握する前に五十嵐がゆらりと起き上がるのが見えて思わず身を竦めた。 そんな不安ごと包み込むように隣にいる人物がつくしの体を抱きしめる。 ちょっと待って、どういうこと・・・? 「お前・・・確か情報課に研修に来てる男だよな?」 そう、五十嵐が睨み付けているのは他でもないあのブルーアイの男性だ。 何故ここに? 考えればわからないことだらけだが、つくしが最も混乱しているのはそこじゃない。 「研修生の分際でこの俺にこんなことしてどうなるのかわかってんのか? ただのクビで済むと思うなよ。傷害沙汰で刑務所行きだからなっ!!」 「ま、待ってくださいっ! この人はあたしを助けてくれただけです!」 「そもそもお前のせいでこんな目に遭ってんだぞ! てめぇもただで済むと思うんじゃねーぞ!」 自分が強姦未遂したことなど棚に上げてそんなことを怒鳴りつける男に言葉もない。 「・・・・・・そのセリフをそっくりそのままお前に返してやるよ」 「何?」 口を開いた栗色の髪の男に視線が集中する。 五十嵐は自分に刃向かったことに、そしてつくしはその声に。 「てめぇこそ自分の立場をわかっちゃいねぇみたいだな」 「お前・・・何言ってやがる?」 「てめぇは今日限りでクビだ」 「なっ・・・?! おいっ、ふざけてんじゃねぇぞっ!!」 「誰がふざけるかよ。俺は大真面目だ。・・・行くぞ」 「えっ?!」 「おい、待てよっ!!」 わけがわからずに五十嵐が叫ぶのも当然のことだろう。 今ばかりはつくしも彼と同じ気持ちなのだから。 自分の体を抱き寄せてそのまま歩き出した男を見上げながら、混乱する頭の中を何一つまとめることができないままオフィスへと連れて行かれた。 ザワ、ザワ・・・ オフィス内がざわついているのも仕方がない。 研修生として噂の渦中にいた男に肩を抱かれたままつくしが戻って来たかと思えば、怒り狂った五十嵐がその後を追いかけてきたのだから。突然の出来事に一同が戸惑いを隠せていない。 「おい、てめぇいい加減に・・・」 「一同に告ぐ。今日からこの会社は大手企業の傘下に入ることになった。それに伴いそこにいる男は今日付で懲戒免職とする。その理由についてはここにいる人間なら説明するまでもないだろう」 「なっ・・・?! お前マジで何言ってやがる! おいっ、このキチガイをつまみ出せっ!!」 突然の宣告にもかかわらず、不思議と誰一人としてそれに異論を唱える者はいなかった。 ・・・ただ一人を除いては。 皮肉にもそれだけ誰もがそうなることを切望していたのだと証明された形だ。 「あのっ・・・あなたは一体・・・? 確か情報課に来た研修生ですよね?」 1人の社員がおずおずと口にする。 上司の解雇は喜ばしいことだが、そもそもこの男性は一体誰なのか。ただの研修生にそんな権限があるはずもないことはバカにだってわかること。 もっともな疑問を投げかけられると、男はつくしの方にチラッと目を向けた。 栗色のサラサラな髪に真っ青な瞳、長身の体格。 そしてこの世のものとは思えないほどの圧倒的なオーラ。 まさか・・・まさか・・・ 「・・・・・・道明寺なの・・・?」 半信半疑だった。 まさかこの男がこんな場所にこんな格好でいるはずがないという思いと、 あれだけのオーラを放つ人間などこの世に2人といないという思い。 ・・・いや、本当は十中八九確信していた。 目を見開いてその名を口にしたつくしにやがてフッと目を細めると、目の前にいる男がおもむろに自分の髪の毛を掴んだ。そして全員が見守る前でそれを思いっきり引っ張った。 「あっ・・・?!」 「うそっ・・・!」 その瞬間を目撃した人間がそれ以上の言葉を失う。 それもそのはず、ハーフだと信じて疑わなかった男の髪が真っ黒に、そしてクルクルと特徴のある髪の毛へと一瞬にして変わったのだから。続けざまにカラーコンタクトと眼鏡を外したことでその印象はガラリと変わってしまった。 だが圧倒的なオーラだけは何一つ変わらない。 「道明寺・・・! どうして・・・」 「どうして? 意地っ張りな女を守るためだったら俺は何でもする。ただそれだけだ」 「・・・!」 驚くつくしから一同に視線を移すと、司は呆然とする社員に言い切った。 「今日からこの会社は我が道明寺ホールディングスの傘下となる。無能な人間は今日限りでクビだ。お前達の新しい上司は追って決定する。それまではこの俺が兼任することとする」 「道明寺ホールディングスって・・・」 「まさか・・・あなたは・・・!」 道明寺ホールディングスの名を知らない人間などこの日本で探し出す方が難しい。ましてや社会人であればそのトップにいる男が若くて凄まじいイケメンだという噂くらいは耳にしたことがあるはず。 季節外れの研修生だと信じて疑わなかった男がまさかそんな大それた人間だったとは。 上司のクビ話など一瞬にして霧散し、たちまち社内は騒然となる。 「それからお前」 だがそのクビの張本人を名指しで睨み付けたのは他でもない司自身。 一体何が起こるのだろうかと、ざわついていた面々が再び息を呑んだ。 「目に余る愚行に加えて俺の婚約者であるこいつに危害を加えようとした。その事実はてめぇが考えてる以上に重いぞ。本当ならこの俺が半殺しにしてやりてぇところだが・・・ブタ箱行きだけで済むのをありがたく思えよ」 「えっ・・・婚約者・・・?!」 「ちょっ・・・道明寺っ!」 「今さらだろうが。どうせ遅かれ早かれお前がここをやめる時にはわかることだ。俺だって充分お前に譲歩して来たつもりだ。だがな、その結果お前に危険が及ぶなんて冗談じゃねーんだよ。言っただろ、俺はお前を守るためなら何だってするって」 「道明寺・・・」 「とりあえず今日は帰るぞ」 「えっ?」 「後のことは西田に任せればいい」 グイグイ引っ張られて行く先で待ち構えるようにして西田が立っているのが見えた。 こちらに気付くと深く頭を下げた後入れ違うように中へと入っていく。 一体いつから? 全ては予定通りだったってこと?! 突然告げられた衝撃的な事実の連続に、まるでアイドルのコンサート会場の如く熱気に包まれたオフィスを後にしながら、つくしも今起きていることが夢なのか現実なのか掴みきれずにいた。
すみませ~ん!後編なんですがもう1話だけあります! 最初はひとまとめにしてたんですがあまりにも長くなってしまうので・・・急遽「完結編」を加えることにしました。今回で終わりだと思っていた皆様ごめんなさい>< あとはラブラブだけなので許して~!! ←実に疑わしい無責任発言 |
噂のアイツ 完結編
2015 / 10 / 21 ( Wed ) 「どこも怪我してねぇか? 触られた場所は?」
「・・・大丈夫。腕と肩を少し掴まれただけ」 問答無用で邸に連れて来られるなりお風呂に入れられた。おそらく今さらながらにあの男に触られたことが怖くて悔しくてたまらなくなってしまったあたしを気遣ってのことなのだと思う。 「あっ・・・ちょっ・・・道明寺っ・・・!」 グイッとバスローブの胸元を開くと、ほんの少し赤くなっている肩口を司の唇が優しくなぞっていく。 口では抵抗しながらも体は少しも動かない。 恥ずかしいのにやめないで欲しい。 それは心の底からこの男に飢えていた何よりの証拠。 つくしはふいに溢れそうになった涙を誤魔化すように、目の前の男の頭を必死に掻き抱いてしばらくの間なされるがままにその身を委ねた。 「結局どういうことなの? まさかあのハーフが司だったなんて・・・」 「あれは西田の指示なんだよ」 「西田さん?」 「あぁ。俺としてはいきなり会社に乗り込んだってよかったんだけどな。でもそうしたところでお前は絶対に納得しないし、事態は余計ややこしくなるだけだってうるせーほどに言いやがって。かといってあのままじゃお前だって限界だったろ?」 「・・・・・・」 そう。 もう限界だった。 あの上司が来てから、どんな理不尽なことにも耐えてきた。 自分の事ならまだ我慢もできる。けれど、何の非もない同僚がやめていくのを見続けているうちに、それを黙って見ているしかない自分は一体何なんだと日々葛藤するようになっていった。 それは司にすらばれてしまうほど顔に出ていたようで。 全てを話さないまでも、今の上司がろくでもない男なんだという話をしたところで例の喧嘩に発展してしまったのだ。 俺が何とかしてやると主張する司とそれだけはやめてくれと突っぱねるつくし。 両者一歩も譲らず平行線のまま、結局1ヶ月近くも連絡すら取らずじまいだった。 ・・・いや、一度だけ連絡した。 拒否されたけれど。 「ずっと怒ってたの・・・? だからあの時電話を・・・」 「それは違ーよ。あの時はちょうどお前の様子を見に行ってたときで・・・んな時にいきなり電話が鳴って焦ったんだよ」 「焦る?」 「西田がお前の会社に潜入するつもりなら身バレすることは絶対に許さねぇとか言いやがるから。あのタイミングでお前に携帯の音が聞こえてみろ。鈍いお前でもさすがにおかしいと思うだろうが」 それは確かに・・・。 「悪ぃとは思ったけどな。あの時はああするよりなかった。今まで連絡しなかったのも、下手にお前と顔を合わせると隠せる自信がなかったからだ」 つまりは怒っていたからじゃない・・・? 「あの飴玉は・・・」 「あれも西田の指示だ。万が一お前に手が出そうになった時にはあれを渡して誤魔化せってな」 「それって・・・」 「あれがなけりゃあ間違いなくお前を抱きしめてたな」 非常階段でも、エレベーターの中でも、本当はあたしを抱き締めたくて仕方がなかった? 西田さんがそれを見越して飴玉を持たせていた・・・。いくらあたしでも抱き締められれば道明寺だってことくらい気付いてしまう。実際さっきがそうだったのだから。 エレベーターで頭を撫でられたのは・・・つまりは我慢ができなくてついやってしまったってこと? 「・・・じゃあ買収ってどういうこと? まさか、ほんとにあたしのために・・・」 「半分合ってるけどあと半分は不正解だな」 「えっ?」 戸惑いを滲ませるつくしの髪の毛をくしゃっと笑いながら大きな手が撫でた。 「お前のことは関係無しにあの会社を買収する話は出てたんだ」 「えっ!!」 「実際、お前の会社の業績は下降の一途を辿ってたんだよ。だが会社としてはもともと悪くない。うちが補強したい分野だったってのもあるし、買収することにデメリットは何一つなかった。・・・お前を除いてはな」 「・・・あたし?!」 「あぁ。企業人として買収することに迷いは一切なかった。だがそれをすればお前が穿った見方をすることは避けられない。俺にそんなつもりは一切なかったんだとしてもな。だからむしろ私情を入れてたのはそっちの意味で、だ」 「・・・・・・」 「だがお前の話を聞いてそれもやめた。仕事の愚痴をぜってぇにこぼさないお前があれだけ弱ってたんだ。あれ以上踏みとどまる理由なんてどこにもねぇだろ? 実際、うちに買われなきゃお前の会社は潰れていくだけだったぞ」 「・・・・・・」 それは間違いなくその通りだと思う。 たった3ヶ月であそこまで組織が崩壊していったのだから。 どんなに時間をかけて作り上げたものでも、崩れ去るときは本当に一瞬だ。 「だったらお前が一番納得のいく形でやったらどうだって西田の奴がな。俺としては変装するなんて死んでも嫌だったんだが・・・まぁそうすることで自分の目で実態を把握することができたし、その点に関しては良かったと思ってる。それでもあのクソ野郎がお前に触ったってだけでブチ切れそうだったけ・・・おわっ?!」 ドサドサボフンッ!! ラガーマン顔負けのタックルが入っては、さすがの司の体もベッドに真っ逆さま。 「いって~・・・いきなり何なんだよ?!」 「ごめん・・・」 「え?」 「ごめん、ごめん・・・ごめんなさい・・・・・・」 「牧野・・・」 ごめんなさいがタックルに対してでないことは明白だった。 あの時、五十嵐を蹴り飛ばすつもりでいたが、それがつくしの思うようにうまくいっていたかは実際のところわからない。むしろ失敗に終わって最悪の事態になっていた可能性もあるわけで・・・ つくづく自分の無力さを痛感する。 そしてこの男が助けてくれて本当はどれだけ嬉しかったのかを。 「ごめんね・・・ごめんなさい・・・・・・・・・でもありがとう・・・・・・」 グスッグスッと鼻をすする音と共に聞こえてきた言葉に、司はふぅっと呆れたように笑いながらつくしの頭をポンポンと撫でた。途端に自分にしがみつく細い腕に力がこもってもう笑うしかない。 「少しは反省したかよ、この意地っ張り女」 「・・・うん」 「お前の言いたかったこともわかる。けどな、お前は女だってことを忘れんな」 「・・・うん」 「俺に会えなくて寂しかったか?」 「・・・うん」 「会いたかったか?」 「・・・うん」 「俺が好きかよ?」 「・・・うん。 きゃっ?!」 バサッ!! ぐるっと視界が反転してあっという間に立場が逆になる。 つくしが組み伏せられて司がそれに覆い被さるいつもの構図。 「なんかやけに素直で逆にこえーぞ」 「・・・だってほんとにそう思ったんだもん。自分の要領の悪さに心底嫌気がさしたし、それでも素直になれない自分がどうしようもなくて。一度だけ勇気を出して電話をしたら切られるし・・・」 「だからそれを根に持つなっつってんだろ」 「あんたの声が聞けないだけでこんなにこんなに寂しくて苦しいなんて・・・」 苦しみを吐露するのにあわせてぼろぼろと涙が溢れ出す。 耐え続けた1ヶ月分が、滝のように。 「何をしててもあんたのことばっかり浮かんでっ・・・声が聞きたい、会いたいって、そればっかりでっ、んっ・・・!」 滅多に聞くことができない素直な告白だというのに、それが最後までなされることはなかった。 愛する者に会えなくて気が狂いそうに飢えていたのは何もつくしだけではない。 近くにいるのに何もできないことでむしろその飢えは増すばかりだった。 全てを食べ尽くすような激しいキスがそれを愛する女に伝えている。 「はっ・・・そんなんこっちだって同じだっつーんだよ。どんだけお前に会いたかったと・・・!」 「道明寺・・・どみょじ・・・っ!」 ほんの少しだけ離れた唇に離さないでとばかりにつくしの両手が司の頭に絡みつく。 言いたいことがたくさんある。 聞きたいことだって。 それでも、今は互いでしか埋めることのできないこの飢えを、乾きを満たしたい。 今望むことは、ただそれだけ _____ 「・・・それにしてもあの変装、びっくりするくらい似合ってたね」 「二度とあんな真似はやらねーぞ。目に異物まで入れて・・・気持ちわりぃったらねぇ」 素肌を寄せてベッドの中で微睡みながら、つくしはクスクスと笑う。 この俺様がそれだけ嫌なことにもかかわらずやったのは・・・他でもない自分のため。 そう思うと体中から愛おしい気持ちが溢れ出してくる。 「しかしお前全然気付かねーのな」 「だって、道明寺がうちの会社にいるだなんて普通思わないでしょ。しかもあんな変装までして」 「・・・まぁな」 「でもすっっっっごいオーラのある人だとは思ってたよ。正体を知ってそりゃそうだって今なら納得」 「まぁ俺様のオーラを隠す術なんかこの世には存在しねーからな」 「ふふっ、何言ってんのよ全く・・・」 熱い胸板に頬を寄せながらウットリと瞼が下り始める。 久しぶりに互いに心地よい眠りを迎えられそうだ。 「そういえば・・・非常階段で会った時、花沢類みたいだなって思っちゃった」 「・・・は?!」 半分閉じかけていた司の目がクワッと開く。 そんなこととは露知らず、つくしは夢の世界に足を突っ込みながらぽつりぽつりと爆弾を投下し続けていく。 「なんていうか・・・場所もそうだし・・・雰囲気も・・・あぁ・・・類とは昔よくあんなことがあったなぁ・・・なんて・・・・・・すっごく懐かしかっ・・・」 「・・・・・・」 1人すやすやと夢の世界に旅立ったつくしとは対照的に、司の目はギラギラと燃えている。 額には幾本もの青筋が浮かび上がったまま。 バサバサーーーッ!!! 「きゃあっ!! なっ・・・なにっ?!」 掛けていた布団が吹っ飛ばされ、いつの間にか組み敷かれている自分にさすがのつくしも目を覚ました。しかも何故か目の前の男は怒っている。 ・・・すこぶる。 「てめぇ・・・よりにもよって類と重ねて見てやがっただと・・・?」 「えっ・・・何の話・・・?」 「何の話もかんの話もねぇよ。お前が今言ったんだろうが。・・・んの野郎、二度とそんなことを考えないように俺は俺だっつーことを教えてやる」 「えっ? えっ? えぇっ?!」 「今夜は眠れると思うなよ?」 ゆらりゆらりと壮絶な色気を滲ませた男の顔が近づいてくる。 「えぇ~~~~~~~~っ????!!!!!」 その日、久しぶりの安らかな眠りが2人を包み込むことは・・・結局なかったとか。
こちら名前当て企画でみやとも賞をゲットされたたか※※ママ様からのリクエスト作品になります。 リクエスト内容は 「つくしちゃんの会社に司が潜入!」 といった主旨のものでした。 つくしに内緒で潜入って・・・まず不可能じゃないか?! と。だってクルクルパーですし(笑) あのルックスじゃ絶対にすぐばれる。じゃあ変装させる? でもそれもな~・・・・・・(=_=) ・・・あれ、ぱっと見類っぽくしたら(つまりは正反対)案外気付かないかも? ということでこのお話が生まれました。(ちなみに潜入期間中はいつものコロンはつけてません) どうせなら司カッケ~! と言って欲しかったのでその辺りのツボはおさえつつ(笑)鋭い人ならすぐにピーンと来たかとは思いますが、それも含めて楽しんでいただけたら嬉しいです。 最後思ったより長くなってしまって後編におさまりきらず、結局完結編まで加わってしまうという何ともいかにも私らしいお粗末な展開ではございますが(^◇^;)まぁ私ですからそんなもんだと目を瞑ってやってください(笑)全部がわかった後でもう一度読んでもらえるとまた違った楽しみ方ができるかなぁなんて思ってます。 たか※※ママ様、楽しいリクエストを有難うございました。楽しかった~!^^ |
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