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愛を聞かせて 6
2015 / 11 / 02 ( Mon )
「それじゃあ花音の留学は・・・」
「そ。ハルの答えに関係なく最初から決まってたってこと。仮にハルがOKしてくれてたんだとしても、あの子が向こうの大学に進学することは変わらなかったってわけ」
「・・・・・・」
「自分が傷つけたせいで行ったんじゃないかって罪悪感を抱いてたんでしょ」
「そんなことは・・・」
「あるでしょ? だからあの子が渡米してから少しずつうちに来る回数が減っていった。あの子が帰って来ないのは自分に会いたくないからだって思ってた。 違う?」

・・・図星だった。
他人が聞けば自惚れだと思うだろうが、あの花音が一言の相談もなしに日本を離れるなど到底考えられないことだった。それほどに何をするにも逐一俺に報告してくるような女の子だったのだ。
だから4年という長い間に一度たりとも帰国しないだなんて想像だにしていなかった。
俺以外にその理由があるはずがない。
そして、来る度にあの子がいないという現実に俺自身が打ちのめされそうになっていったのだ。

「ハルよりもずっと年下だってことをあの子なりに悩んでたみたいよ」
「・・・え?」
「ほぼ一回りの差って決して小さくはないでしょ? どう考えたって自分は子ども。そんな自分がハルのためにできることは何があるんだろうって、あの子なりにずっと前から考えてたみたい」
「花音が・・・?」

戸惑いながらつくしを見る。
いつからそんなことを・・・

「あの子、今の自分がハルに異性として意識されてないってわかってたのよ。それでも自分の気持ちは揺らがないって自信があった。だったら今の自分にできることをしようって。中等部に上がった頃から必死で色んな資格について調べ始めたの」
「中学から?!」
「そう。ハルはいつか必ず社長になる日が来る。その時に少しでも力になれる自分でいたいんだって言ってさ」
「・・・・・・」

あまりにも信じられない話で何と言っていいのかもわからない。
いや、それが嘘だと疑っているわけではない。それはあの履歴書を見れば明白だから。
ただ、俺の前で天真爛漫に笑っていた裏でずっとそんなことを考えていただなんて。
そんなことには何一つ気付かず俺は・・・

「ハル」

黙り込んでしまった俺の名を呼ぶ。
弾かれたように顔を上げると、つくしは真剣な顔でこちらを見つめていた。

「言っておくけど、どうして気付いてあげられなかったんだろうなんて考えないでよね」
「えっ?」
「あたしはそういうつもりで昔話をしたわけじゃないから。ただ、ハルが一歩踏み出したいのに踏み出せない、そんな風に迷ってるように見えたから。だから1つの事実として話しておこうと思っただけ」
「・・・・・・」
「それからこれだけは言っておきたいんだけど、やっぱりあの子をそういう風には見られないって結論になったって全然構わないんだからね」
「え・・・?」

・・・どういうことだ?
それって、つまり・・・

「もちろん自慢の娘が大好きなハルと一緒になってくれたら嬉しいよ? でもいくら娘が可愛いからって無理矢理どうこうしたいだなんて微塵も思わない。ハルだって大事な大事な家族と同じなんだから。ハルが本当に幸せになってくれるなら、たとえその相手が花音じゃなくても私は心から祝福する」
「つくし・・・」
「だから自分がこうしたら誰かを傷つけるんじゃないかとか、そんなことは考えないで自分の気持ちに正直に生きて欲しい。そして必ず幸せになって? だって、それをあたしに教えてくれたのは他でもないハルでしょう?」

そう言ってニコッと笑った顔が出会った頃と重なって見えた。
自分の幸せから目を背け続けようとしたつくしを怒鳴りつけたことがまるで昨日のことのように思い出される。
人生で最も心が荒んでいた時に出会った女性。
その出会いが自分の人生を大きく変え、そして人の人生をもまた大きく変えた。

あの出会いがなければ自分はどうなっていたのか・・・今となっては想像もつかない。

「あたし達の子どもだから、一途さと根性の座り方だけは相当なものだと思う」
「・・・だろうな」
「でもね、一方であたしたちよりもよっぽど大人な面も持ち合わせてるのがあの子なの。もしハルが本当にあの子を受け入れられないのなら、あの子は真摯にその答えを受け止めると思うわ。さっきはあんなこと言ってたけど・・・あれは許してあげて? あれでもハルに内緒で大胆な行動に出たことに悩んでたのよ」
「え・・・そうなのか?」

あれだけ面接でもさっきも堂々と宣言しておきながら?
そんな考えが顔に出てしまっていたのか、つくしがつられて苦笑いしている。

「まぁハルがそう思うのも当然よね。でもあの子って本当はすごく怖がりなのよ。強い信念をもって前に突き進んでいても、いざハルを前にしたら途端に1人の女の子に戻っちゃうの。今日もハルが来てくれて嬉しいと思ったのも一瞬で、だんだん怒られるんじゃないか、決定的な言葉を言われちゃうんじゃないかって怖くなっちゃったんだと思うの。だから先手必勝で言い逃げしてやれ! ってね」
「・・・・・・ふはっ・・・!」
「ふふふ、ほんと、良くも悪くも自分に正直な子なの。だけどハルが心の底から出した答えなら、それがどんなものであってもあの子はそれを受け入れる。それだけは親として保証するわ」

あの微妙な表情の変化はそういうことだったのか。
パーティで再会したとき、そして面接の時。花音はまるで別人のように大人になっていた。
だがさっき見た彼女はまるで子どもの頃に戻ったかと思えるほどだった。
結局最後まで俺に一言も話させなかったのも、自分を守るために必死だったから。

知らない人に思えるほど大人になったようで・・・彼女の根本は変わってはいない。
それがこんなにも嬉しいだなんて。

「・・・ハル。あの子はこれからも全力でハルにぶつかっていくと思う。だけどハルの足を引っ張るようなことだけは絶対にしない。だからハルも正面からそれを受け止めてやって欲しいの。その上であの子に対してどんな答えを出すか、それはハルが決めればいいこと。・・・ううん、ハルにしか決められない。 どうか自分に正直に生きてね」

優しく微笑むと、つくしは俺の腕をポンポンと叩いた。

「いつの間にかすっかり立派な大人の男性になっちゃって。・・・っていうかあたしが40過ぎてるんだもん、そりゃそうだよね。ハルももう30過ぎてるんだし、そろそろ自分の幸せを見つけてあげてもいいんじゃない?」
「つくし・・・」
「あの子に話があったんだろうけど・・・今日はあの調子だからまた日を改めてやってくれるかな?」
「・・・だな。そうした方が良さそうだ」
「ふふっ、親バカでごめんね?」
「今さらだろ。 それに、おっさんに比べりゃ可愛いもんだ」
「あははっ! そこと比べられちゃあねぇ~!」

ケラケラと年齢に似合わない笑い声に、今頃あのおっさんがどでかいくしゃみでもしてるんじゃないかと想像したらこっちまで笑えてくる。

「・・・つくし、サンキューな」
「え~? なになに、ハルがあたしにお礼を言うなんて、明日雪降るんじゃない?」
「お前なぁ~」
「ウソウソ。っていうか別にお礼言われることなんて何にもしてないし。むしろ忙しい中わざわざ来てくれてありがとうはこっちのセリフだよ」
「フッ・・・じゃあ今日はこれで帰るわ。花音には仕事に関しては公平にいくから覚悟しておけって伝えておいて。それから採用結果が全ての人間に通知されるまでにあいつと会うようなことは一切しない。・・・まぁ今日だけは特別ってことで」

俺の言葉につくしが満足そうに頷いた。

「もちろん。正々堂々あの子を評価してあげて。それが何よりあの子のためになるから」
「了解。じゃあな。・・・あ、うるせーのはめんどくせーからおっさんには俺が来たこと黙っとけよ」
「あははっ! それじゃあお邸中の人に口止めしておかなきゃ」
「あぁ、つくしが責任持ってやっておけよ」
「えぇ~っ、あたしの責任なの?!」
「当然だろ。っつーかこの邸の人間を牛耳ってんのはおっさんじゃなくてつくしだろ」
「牛耳るって・・・人聞きの悪い!」
「あれ、違ったか?」
「ちっがーーーーーーーーーーう!!!」
「ハハッ、いてっ! バカ、だから脇腹チョップはやめろっつってんだろ!」
「うるさいっ! あんたは昔っからここが弱いの知ってんのよ!」
「うわバカ、やめろっ!」

尚も手を出そうとする女をギリギリのところでかわすと、慌てて部屋を出ていった。
さすがに後ろから追いかけてくる気配は感じられない。
・・・と思ったのも束の間、



「ハルーーーっ、仕事頑張るのもいいけどちゃんとご飯食べていっぱい寝るんだよーーーっ!!」



遥か後方になった部屋の方から何とも間抜けな掛け声が聞こえてくる。
お前は一体何歳相手の男に向かって言ってんだよ?! ガキかっ!
っつーかお前は母親かっ!!

「・・・・・・あれで5児の母親だもんな・・・」

あらためて全ての始まりからの歴史を思う。
あれから20年以上、本当に色んなことがあった。
でもその全ての歴史につくしや花音、他の子ども達、そしておっさんの姿がある。


「・・・・・・・・・よし、帰るか」


自らの意思で久しぶりに来たこの場所。
正直、来た時にはまだどこかで迷いがあった。
自分がすべきことはなんなのか、言うべきことはなんなのか。
自分ではっきりとわからないままそれでも来なければと足が動いていた。


____ その答えが今はっきりと見えた。


それは言葉にできない清々しささえ覚える。
来た時とは別人のように足取り軽く、遥人は重厚な扉を開けて一歩を踏み出した。
見上げた空はまるで心を映し出しているように雲一つない快晴だった。





 
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予告無しでスキップしてしまいすみませんm(__)mちょっと予想外に忙しくなってしまいまして。
今日も更新は無理だ~!(T-T) と9割諦めてたんですが、気合と根性で何とか仕上げました。
誰か褒めて~!(笑)
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愛を聞かせて 7
2015 / 11 / 03 ( Tue )
「カーノンっ!」

コツンとガラスを叩く音に顔を上げれば、久しぶりに見る顔がもげそうな勢いでブンブンと手を振っている。思わず吹き出すと、立ち上がって店内に入ってくるその友人を迎え入れた。

「ハイ!」
「エマ! こっちに来てたんだ?」
「一昨日ね。カノンもこっちでの生活はあと少しでしょ? その前にどうしても会っておきたくって」
「もしかして・・・そのために?」
「まぁねー」
「エマ・・・ありがとう、大好きっ!!」
「わっ?! ちょっとぉ、倒れる倒れる!」

飛びついてきた可愛い親友に大きな口を開けて笑うこの女性。
エマは花音の留学中に2年間ルームシェアをした友人だ。
道明寺ホールディングスはNYに本社を置く超一流企業。
当然ながらアメリカの知名度は抜群に高い。
道明寺家の長女として生まれてから、花音はつくしの教えもあり極力一般的な感覚を身につけるために色々な経験を積み重ねてきた。バスや電車に乗ることだって朝飯前だし、金銭感覚だって一般家庭の子とほとんど変わらない。

そんな彼女が留学するにあたって希望したのが 「自分の力で生活すること」 だった。
つまりは1人暮らしをしてみたいと両親に訴えたのだ。
とはいえ立場上さすがに普通のアパートメントではセキュリティ的に怖い。
ならば寮生活をと懇願したが、その当時寮は満杯で順番待ちの状態だった。
司がどうとでもしてやると言っていたが、そんなことは絶対にしたくないと、きちんと申し込みをしていつ来るかはわからない順番を待っていた。

そんな時に彼女がルームシェアしてくれる相手を探していると小耳に挟んだのだ。
彼女とはたまに授業で顔をあわせる仲で、気さくで明るい性格にいつも元気をもらっていた。
あの有名な道明寺財閥の娘が同居人に立候補してくるなんてさすがに最初は驚いていたが、その理由を聞いてすぐに快諾してくれた。
それから共に生活をするようになって友人が親友へと変わるのに時間はかからなかった。

花音が日本に一時帰国していたのは2週間ほど。
再びアメリカでの生活に戻って4ヶ月。
今度こそ本当にこちらでの生活が終わるということもあり、残された時間を日々忙しくも充実しながら過ごしていた。


「仕事はどう? 大変?」

年上の彼女は一足先に社会人の仲間入りを果たしている。

「そりゃあね~。でもやりがいがある仕事だから。ボスにしごかれたって頑張れる」
「さすがはエマ。たくましいね」
「そういうカノンこそどうなのよ~?」
「え・・・何が?」
「またまたとぼけちゃって~。例のスペシャルな彼と再会したんでしょう? 4年ぶりに」

その言葉にドキッと一気に心臓が騒がしくなる。
エマにはほとんどのことを打ち明けてきたから、そのことが気になるのは当然な話で。

「どうだった? 感動の再会になった? ハグしてチューくらいした?」
「し、しないからっ!」
「え~~っ、なんでよぉ?!」
「なんでって・・・あたしとハルにぃはそういう関係じゃないから・・・」
「だったら思いきって押し倒しちゃえばいいじゃーん!」

親友の口から飛び出したとんでもない言葉にブフッと紅茶を吹き出した。

「げほごほっ・・・お、押し倒すって・・・何言ってるの!」
「え~? 話を聞くにきっとその人は一歩を踏み出すきっかけがないだけだと思うのよ。カノンをめちゃくちゃ大事にしてるのはこれでもかって伝わってくるし。だったら既成事実をつくっちゃえばいいじゃん!」
「既成事実って・・・バカ言わないでっ!」
「あ~、真っ赤になってるぅ~! 全くカノンってばウブなんだからぁ」
「もう・・・エマっ、からかわないでっ!」
「あはは、はぁ~い」

ペロッと舌を出して悪戯っぽく笑う親友の姿に呆れるやら懐かしいやら。
そして真っ赤になって怒る自分を見て向こうもまた懐かしさを感じているに違いない。
たちまち楽しかった共同生活の思い出が甦ってくる。

「で? 真面目な話どうだったの? ちゃんと話はできた?」
「・・・・・・怖くて逃げちゃった」
「・・・は?」

思ってもいない答えに笑っていたエマの顔が真顔に戻る。

「・・・面接を受けて数日後にハルにぃがうちに来てくれたんだけど・・・もしかしたらすっごく怒ってて聞きたくないことを言われるんじゃないかって急に怖くなって。だから何が何でも振り向かせてみせるって宣言をして・・・逃げちゃった」
「・・・・・・・・・」

ポカーンと。
日本的に言うならば鳩が豆鉄砲状態でエマが呆気にとられている。

「・・・ぷっ、あっはははははは!」
「わ、笑わないでよ! 自分でも恥ずかしいんだからっ!」
「だ、だって・・・あんなに気合入れて満を持して帰国したのに、結局言い逃げって・・・ぷぷぷっ、あーもうだめ、おかしい~っ!」

あぁ恥ずかしい。
自分でも一体何やってるんだって思ってるんだから。
自己嫌悪、自己嫌悪、ひたすら自己嫌悪。
でも仕方ないじゃない。あの時はもうそれだけで精一杯だったんだから。

「あ~、ほんとにカノンってば相変わらずキュートなんだから」
「それって褒め言葉じゃないでしょう」
「あら、本音で言ってるわよ? ステディな彼もきっとそんなあなたが愛おしいと思ってるわよ」
「・・・・・・」

その言葉を聞いて途端に俯いてしまった花音にエマが呆れたように笑う。

「ほーんと、カノンは相変わらず。彼のことになると急にしおらしくなっちゃうんだから。性格も良くて愛嬌もあって、何にでも一生懸命。見た目も言うことナシ。どんな男のアプローチも目にも入れないあなたが彼のことだけはとんと自信がなくなるんだから」
「だって・・・」

自信なんてもてるはずがない。
一度拒絶されているのだし、 「妹」 という壁はそう簡単に越えることはできない。
いくらこちらが必死に努力したところで、それ以上のスピードでハルにぃは大人になっていく・・・

「4年ぶりに見た彼はどうだった?」
「・・・・・・またすっごくカッコ良くなってた」

何でもないフリをして声をかけたけれど、本当は口から心臓が飛び出そうなほど緊張していた。
手も足もガクガクと震えて、短時間話すだけで精一杯だった。
それくらい彼はキラキラと輝いて見えた。
必死で追いつこうと頑張っても、またずっとずっと先に行ってしまったような気がして・・・

「恋人は?」
「・・・わからない。怖くて聞けないし聞きたくない。・・・でもあれだけ素敵な人なんだだもん。まわりの女性が放っておくはずないよ。・・・今までだってそういう人はいたんだし」
「カノン・・・」

立ち上がると、エマは花音の横に腰を下ろして今にも泣きそうになっている細い体をギュウッと抱き締めた。

「だーいじょうぶ! カノンの想いは絶対にその人に届く」
「・・・」
「こんなに一途でキュートで。でも芯は誰よりもしっかりしていて逞しい。こんなに魅力的な子がいるのにどうして他の女によそ見なんてするのよ? 成長するために4年間一度も帰らずに頑張ってきたんでしょう? その間に彼だってカノンのことをゆっくり見つめ直したに決まってるわ。あなたがひたすら想い続けてきた人なんだもの。絶対に素敵な人に決まってる。だったら彼を信じましょ」
「エマ・・・」
「ほーら、泣かないで? カノンには花のような笑顔が一番にあうんだから。ねっ?」
「・・・うん、ありがとう」

目尻の涙を拭って微笑むと、エマも太陽のような笑顔を見せてくれた。


『 もっと色んな経験をして色んな人に出会って欲しい 』


そう言った遥人の言葉が鮮明に甦る。

ハルにぃ。
あたし、本当にかけがえのない友を見つけることができたよ。
親元を、そしてハルにぃから離れたことで気づけたこともたくさんあった。


・・・ハルにぃ、大好き。
ずっとずっとこの気持ちだけは変わらないからね・・・








「じゃあ日本に帰っても元気で」
「うん。エマもわざわざ会いに来てくれてありがとう」
「次に会うときはその 『ハルにぃ』 も一緒だからね。約束だよ?」
「・・・そうなるといいけど」
「なるって! 親友のあたしが保証する!」
「ふふっ、ありがと」
「本当ならカノンが日本に帰るのを見送りたいんだけど・・・ごめんね?」
「何言ってるの! そんなこと言ったら逆に怒るから! エマが今の仕事にどれだけやりがいを持ってるか誰よりも知ってるのはこの私でしょう?」
「あはは、その通りでございました」

顔を見合わせてクスクスと笑う。

「じゃあほんとに行かなくちゃ。・・・じゃあ 『 また 』 ね」
「・・・うん。 またね」

ギュウッと熱い抱擁をしあうと、離れ際にエマがチュッと頬にキスをした。
女同士でもすぐに顔を赤くする花音に大笑いしている。こうして以前はよくからかわれたものだ。

「私の大事な親友カノン、あなたの幸せを祈ってる」
「ありがとう、エマ。私もあなたの幸せを祈ってる」
「ふふっ、じゃあねっ!」

そう言って電車に飛び乗ると、ほどなくして車両がゆっくりと動き始めた。
それを追いかけるように花音も走り出すが、ほんの数秒で追いつけないほどのスピードへと変わってしまった。

「エマっ、ありがとうっ・・・! 大好きっ・・・!!」

どんどん小さくなっていく車体に大きな声で叫ぶのと、ぽろりと涙が一滴零れ落ちたのはほぼ同時だった。やがてその姿が見えなくなっても尚、花音はいつまでも親友へと手を振り続けた。








***





「あー、いよいよ日本に帰るのかぁ」

アメリカの生活も本当に終わりを迎え、これから正真正銘 「帰国」 する。
プライベートジェットは使わず、敢えて民間機を使うのも遥人から言われた言葉を受けてのことだ。
司からは案の定 「民間機なんてそんな危険なものを使うな!!」 と怒られたけれど、そこはつくしマジックを使えばお手のもの。一体どんな手を使ったかは知りようもないが、翌日にはあっさりゴーサインが出ていた。
見える範囲にSPがいるとはいえ、我が母親ながら恐るべしと笑うしかない。

それでも、相思相愛の両親が本当に誇らしく羨ましい。
ちょっとベタつきすぎじゃない? と思うこともあるけれど、いつか自分もあんな家庭を築けたら・・・
それは幼少期からずっと抱き続けてきた憧れだった。

「ハルにぃどうしてるかなぁ・・・」

長谷川コーポレーションの採用試験に合格したとの連絡が入ったのは今から1ヶ月前のこと。
邸に届いた通知をつくしが代理で見て連絡をしてきてくれたのだ。
とはいえその後も変わらず遥人とは連絡を取り合っていない。
結局、直接会ったのはパーティで少し顔を合わせた時と面接の時、そして邸に来た遥人に一方的に喋って逃げたあの3回だけ。いずれもきちんとした形で話したとは到底言えないものばかり。

採用されて飛び上がるように嬉しい一方で、彼が今心の内でどんなことを考えているのかが全く見えてこない。あるいは何にも気にしてすらいないのか。
前回一方的に話を切ったことを後悔しつつもそんなことを1人グルグルと考えてしまう。

「・・・よし、考えたってしょうがない。まずは自分にできることを頑張ろ!」

グッと握り拳を作ると、花音は自分を奮い立たせるように立ち上がった。



「 えっ・・・? 」



だが一歩踏み出したその足がすぐその場で止まってしまった。
というよりもピタリと張り付いて動かなくなってしまったと言った方が正しい。
何故なら・・・




「 迎えに来たよ 」

「 ・・・・・・え・・・? 」




そう言ってフワリと笑って見せたのは・・・

会いたくて会いたくて、毎日のように夢に出続けていた人が今目の前に立っているのだから。





 
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蛇足ですがエマと花音の会話は英語で行われてまーす^^ なのでカタコト発音の「カノン」表記になってます。
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愛を聞かせて 8
2015 / 11 / 04 ( Wed )
コンコン

「・・・誰だ」

書斎に籠もって仕事を始めて2時間余り。聞こえてきたノックに初めて時計を見る。
邸の人間であれば間髪入れずに返事が返ってくるところだが、シーンとしていつまで経っても何の反応もない。怪訝に思い眉間に深い皺を寄せながら後ろを振り返ったタイミングで静かに扉が開いた。

「・・・・・・」

そこから顔を出したのは予想もしていなかった人物だった。

・・・いや、予想通りだったと言うべきか。

「お仕事中すみません。話したいことがあるので少しお時間いいですか」
「なんだお前、敬語なんか使って気色わりぃ。病気にでもなったか」
「・・・そうですね。ある意味ではそうかもしれません」

司の返しに冗談交じりにそう答えてはいるが、その顔は真剣だ。
しばしそこに立つ男を黙ったまま睨み付けると、やがて司が椅子から立ち上がって来客用のソファーへと腰を下ろした。目で合図を受けた男が軽く一礼して部屋に入ると、司と向かい合う位置まで移動する。

「何だよ話って。クソ忙しいこの俺の時間を割くんだ。有意義な話に決まってんだろうな?」

相も変わらず威圧的な態度を崩さないが、向かい合う男はそれに一切動じてはいない。
しかも何故かいまだに立ったままで座ろうともしない。

「何やってんだ。早く座れよ」
「・・・単刀直入に言います。 花音を俺にください」

何の前触れもなく突然爆弾発言をすると、男は司に向かって深々と頭を下げた。

「・・・・・・・・・」

たちまち何とも言えない静寂と緊張感が広い室内に充満していく。
ゴクリと唾液を呑み込む音すらはっきりと聞こえてしまうほどに。

「・・・・・・断ると言ったら?」

長い沈黙の後にようやく返ってきた言葉にゆっくり顔を上げると、男は・・・
長谷川遥人は怯むことなく真っ直ぐに司と向き合ったままはっきりと告げた。

「いいと言ってもらえるまで何度でも頭を下げに来ます」
「・・・クッ、お前が俺に頭を下げる・・・か。ガキの頃からおっさん呼ばわりしてたてめぇがな」
「いくら俺でも今自分がすべきことが何なのかくらいはわかります。これは男としてのけじめです」
「・・・・・・」

普通の人間ならすぐにでも逃げ出してしまうほどの強いオーラと視線を真正面から受けているというのに、遥人は一切の動揺を見せることはない。肩肘をついたままじっと睨みつけるようにして一点を見つめている男はまさに王者の風格だ。

「お前、あいつのことをそういう対象として見てねぇっつったんだろ? どういう風の吹き回しだ」
「・・・確かにそう言いました。でも彼女が自分の前からいなくなってからの4年、常に自分の心の中に彼女が存在していた。何も告げられずにいなくなってしまったことがこんなに自分にとってショックを与えるだなんて、失うまで何一つ気付くことができなかった」
「・・・・・・」
「ここに来る度に花音が帰って来ないという現実に打ちのめされて・・・俺はその現実から目を逸らしたくてここに来ることを避けていった。我ながらどうしようもなく情けないと思ってます」

来ればいつも無意識に探していた。
花のような笑顔を見せながら自分に駆け寄ってくる少女の姿を。
だが来る度にその淡い期待は儚く散り、その度に言葉にできない虚無感に苛まれていった。
当たり前だと思っていた日常が、決してそうではなかったのだと思い知らされた。

「この4年、自分の中にぽっかりできてしまった喪失感の正体にずっと気付くことができなかった。・・・いや、気付こうとしなかった。花音は妹のように可愛い存在だからと理由を付けて、一歩踏み出すことを自ら遠ざけていたんです。・・・本当はとっくの昔にその理由に気付いてたくせに」

情けないやら後悔するやらで徐々に声が弱々しいものへと変わっていくのが自分でもわかる。
本当ならばそのまま俯いてしまいたいところだが、今度こそ逃げるわけにはいかない。

___ 自分の気持ちにはっきりと気が付いた以上、何があっても絶対に。

「・・・で? 愚鈍なカメがようやく目覚めたから許してくれってか?」
「はい。その通りです」
「クッ・・・はははっ!」

即答した男に司が高笑いする。

「・・・ざけんじゃねーぞ」

だがそれもほんの一瞬、すぐに真顔に戻ると地の底から這うような声で再び睨み付ける。
ゆっくりと立ち上がり目の前の男の前まで一歩出ると、2人の目線はほぼ同じ高さになった。
出会った頃は腰上程度しかなかったクソガキが、いつの間にか自分と変わらないまでに成長していたことにあらためて気付かされる。

「んな都合のいい話をこの俺が認めるとでも思ってんのか?」

グッと胸倉を掴んで恐ろしいほどの形相で凄む。
いつ拳が飛んでくるかもわからない。

だが ___

「はい。あなたなら絶対に認めてくれると思ってます」

少しも狼狽えることなく遥人ははっきりと言い切った。
すぐ目の前の男はじっと睨み付けたまま動かない。
胸倉を掴まれたままの状態で尚も言葉を続けていく。

「自分の愚鈍さは自分が一番良くわかっています。情けない話でも、この4年は自分には必要な時間だった。彼女の曇りのない想いが俺の目を覚ましてくれた。待たせた分、彼女がこれまで注いでくれた何倍もの愛情を返していく。そしてこの世で誰よりも幸せにしてみせます」

服を掴んだ手がその言葉にピクッと動いた。

「俺のその誓いが本物であるか、あなたにはこれから先時間をかけて見届けて欲しいんです。花音を幸せにできるのは俺しかいない。・・・そしてこの俺を幸せにできるのも彼女しかいない。時間はかかったけれど、俺が辿り着いたただ一つの真実です」
「・・・・・・」

少し動かせば顔が触れてしまうほどの至近距離で激しく火花が散る。
1人は真っ直ぐに迷いのない瞳で、1人は挑むように鋭い瞳で。
バチバチと音が聞こえてきそうなほどに、息が詰まりそうなほどにどちらも逸らすことはない。

「・・・歯ぁ食いしばれ」
「えっ? ぐふっ・・・!」

その言葉の意味を考えようとした時にはもう拳が入っていた。
しかも歯を食いしばる意味など全くないみぞおちに思いっきり。
拳が飛んでくる覚悟はしていたが、まさかの不意打ちの場所に堪らず遥人がよろけた。

「げほっゴホゴホッ・・・!」

芯を突かれて呼吸もままならない。
激しくむせ返る男を見下ろしながら司は顔色一つ変えることはない。

「おいクソガキ、なめたこと言ってんじゃねーぞ。誰が何をしようがこの世で一番幸せなのはつくしに決まってんだろうが」
「ゲホゲホっ・・・えっ?」

目を丸くして顔を上げれば不敵な顔で笑っている男が1人。

「・・・・・・ふっ、はは・・・、ははははっ・・・!」

この状況下で一体何を言い出すかと思ったら。
息苦しかったことも忘れて今度は腹を抱えて大笑いだ。

「てめぇごときが世界一幸せにするだと? 百万年早ぇんだよ」
「はははっ・・・! 張り合うところがそこですか?」
「つーかいい加減その気色わりぃ敬語やめろ。今さらてめぇのそんな取り繕った姿なんて見たくもねーんだよ。虫が走る」
「・・・虫?」

一体何の虫が? どこを走るって?
思わず周囲を探しそうになったが、ことあるごとにつくしから 「あいつは日本語に弱すぎる」 と聞かされていたことを思い出す。

「ふっ・・・ははは!」
「何がそんなにおかしい? 慣れないことのし過ぎでイカれちまったか?」
「ははっ・・・そうかもな。そういうぶっきらぼうなおっさんの優しさが嬉しいと思えるなんて、自分でも狂ってるとしか思えねーわ」
「・・・んだと?」

すっかりいつもの調子を取り戻した男に司のこめかみがピクッと動く。
遥人はそんな姿にひとしきり笑うと、あらためて姿勢を正して真っ直ぐに司と向き合った。

「あらためて言う。誰よりも幸せにすると誓う。 だから花音を俺にくれ」

___ どちらも真剣な眼差しだった。
互いにそんな表情で向き合ったことなどこの二十数年の間に一度だってあっただろうか。

「・・・・・・あいつをただの一度でも泣かせてみろ。てめぇの命は本気でねぇと思え」
「誓ってそんなことはない。っつーか正直言っておっさんよりつくしの方がよっぽど怖ぇからな。間違ってもそんなことにはならねーよ。あ、でも嬉し涙はこれでもかってほどに流させると思うけどな」
「・・・・・・」
「花音が帰国する時に迎えに行ってやりたいと思ってる。いや、俺がどうしてもあいつに会いたいんだ。・・・行ってもいいか?」
「駄目だっつったらどうする」
「行くに決まってんだろ」
「・・・・・・」
「・・・・・・」

深~い皺が眉間に寄ったと思ったのも束の間、どちらからともなくフッと表情が緩んだ。

「ざけんなこのクソガキ。だったら聞く意味なんてねぇだろうが」
「いや、一応形だけはやっておかなきゃあれかなって、イテッ!」

げしっと脛に一発蹴りが入って思わず声が出た。
つーかマジで痛ぇ。

「いてーぞおっさん。暴力振るったってばれたら嫁にも娘にも嫌われっからな」
「あぁ? 何が暴力だ。これは愛の鞭ってやつだろうが」
「はぁっ?! 愛の鞭って・・・おっさんに似合わねーにもほどがあるだろうが・・・って、だから痛ぇっての!」

喋ってる最中にもお構いなしで蹴りが一発、二発。

「25日 15時40分」
「・・・え?」
「あいつが搭乗予定の便だ。どっかの誰かが色んな経験をしろだの余計なこと言いやがったせいで民間機で帰るって言って聞かねぇ。つくしまでグルになりやがって・・・」
「・・・・・・」

ブツクサ心底面白くなさそうに零す男は娘にも嫁にも一生敵わないのだろう。
今となってはそれがとても他人事とは思えなくなってきた。
・・・なんてことはこの男には絶対言うつもりはないけど。

「ふはっ! でも昔から嫌いじゃないぜ。つくしにだけはてんで頭が上がらないおっさん見るのは」
「んだと?」
「そういう人間くささが出てるおっさんの方がよっぽどいい。・・・俺もあんた達や花音といることでそういう人間でいられるんだ」
「・・・・・・なんだお前、やっぱ気色悪ぃったらねーな。さっさと病院行け」

予想通りの反応に自分でも笑えてくる。
それはとても清々しい笑いだった。

「いーや。悪いけど病院に行ってる暇なんかねーんだわ。大事な女を迎えに行かなきゃなんないんでね」
「てめぇ、誰の前でしゃあしゃあと言ってやがる」
「え? だからおっさんの前だろ?」
「・・・んの野郎」
「ははっ! うそうそ。・・・おっさんには心から感謝してる。 ありがとう」


『 ありがとう 』


出会って20年余り。
このたった一言が素直に口に出たのはこれが初めてだった。
驚くほどにすんなりと出た言葉に、おっさん以上に言った本人が驚いているかもしれない。
だがそれ以上にこの上なく爽やかな気持ちで満たされていることにびっくりする。

「・・・やっぱお前病院行け。今すぐだ。何ならここに医者を呼んでやる」
「いってぇ! おい、だから蹴るのやめろっつってんだろ!」
「いや、お前がおかしいから正気に戻るまで蹴り続けてやる。何ならぶん殴ってやる」
「ばっ・・・おいバカ、やめろっ!!」

お前達はいちゃつくカップルかと言わんばかりの勢いで小競り合いを続ける男達の様子を、つくしを筆頭に数多くの使用人がニヤニヤと聞き耳をたてて扉に張り付いていたとわかったのは・・・
もう少し後の話だ。








***





俺を見て彼女はどんな顔をするだろうか。
きっと大きな目がさらに大きく見開いて、本気で落ちるんじゃないかと思えるほどに驚愕するに違いない。まるで幽霊でも見るような顔で。
想像するだけでもこんなに楽しくて仕方がない。


早く・・・早く会いたい。
そして内から溢れ出すこの想いを君に伝えたい。


高鳴る鼓動を抑えながら一歩ずつ足を進めていく。
やがて人混みの向こうに待合の椅子に腰掛ける1人の女性が目に入った。
その瞬間、軽快に動いていた足がピタリと止まる。

・・・最後に見た時よりもまた輝きを増していた彼女に目を奪われたのだ。

会うごとに息を呑むほど美しさを増していく姿にただただ見入ってしまう。
それは外面的な美しさだけではなく、内面から滲み出る自信や優しさがそうさせている。
そんな彼女に長年愛され続けた自分がどれだけ幸せだったのか、今さらながらそのことが痛いほどに身に染みていく。


___ これからは俺が君に。


止まっていた足が再び動き出す。
一歩、さらに一歩、前へ、前へと。
やがて何やらガッツポーズを作った彼女が立ち上がる。
そしておもむろに顔を上げた瞬間、その表情が固まった。




「 迎えに来たよ 」




期待以上の反応を見せてくれる彼女を今すぐに抱き締めたい衝動を必死で抑えながら、俺はニコッと笑ってみせた。





 
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愛を聞かせて 9
2015 / 11 / 05 ( Thu )
「ハル・・・にぃ・・・? どうしてここに・・・」

どういうこと・・・?
あたしはもしかして夢を見ているんだろうか。
今あたしの目の前にいるのはこの世で最も会いたかった人。
会いたくて、会いたくて、あまりにそう願うあまりにとうとう幻影まで見えるようになった・・・?
ザワザワと多くの人で賑わっていたはずの空港が、いつの間にかこの目には1人の男性しか映らなくなってしまった。後は全てモノクロの世界へと変わっていく。

ううん、これは幻なんかじゃない。 現実だ。
そして彼は確かに 『 迎えに来た 』 と言った。
・・・でもその真意がわからない。
純粋に迎えに来ただけなのか、そこに深い意味があるのか。
すぐに聞き出したいけれど、 「もしも」 を考えたら何も言えなくなってしまう弱い自分がいる。

「あの、ハルにぃ」
「まずは卒業おめでとう。かなり成績優秀だって聞いたぞ。頑張ったな」
「あ、ありがとう・・・。 あの、」
「それから。我が社への合格もおめでとう」
「あ・・・」
「まぁ言わなくてもわかってると思うけど、私情は一切入れてないから。っていうかあれだけの努力が見える人材を落とせる企業があるなら逆に見てみたいくらいだな」
「・・・・・・」

この上なく嬉しいことを言われているはずなのに、少しも頭の中に入ってこない。
彼はそれだけのことを言うためにここへ?
忙しい時間をぬってまでわざわざ?

「それから一番大事なこと」
「大事なこと・・・?」
「あぁ。 前に花音言ってたよな?俺に必ずお前を好きだって言わせてみせるって」
「あ・・・」

・・・言った。
というかほとんど宣戦布告したようなものだった。
それが何・・・?

「悪いけど。 花音のその願いは叶えてやれない」
「えっ・・・?」

ドクンッ・・・!

なに、を・・・
願いを叶えてやることはできないって、それはつまり・・・

ズキンズキンズキンズキン・・・

・・・やだ。
いやだよハルにぃ。
お願い、その先の言葉を言わないで。


「 花音 」


目の前で聞こえた声にハッとする。
驚いて顔を上げればいつの間にかすぐ目の前に遥人が立っていた。
怯えるような瞳を揺らしながら自分を見上げる花音に目を細めると、遥人の大きな手がそっと彼女の頬に触れた。戸惑いを滲ませながらも、決して逃げようとはしない。
一体彼は何を言おうとしているのか。
怖くて堪らないけれど、逃げることは許されない。



「 愛してるよ 」



逃げることは・・・

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・え?」

いま、なんて・・・
・・・空耳? 幻聴?
ハルにぃは今なんて・・・

「申し訳ないけど好きだなんて言ってやることはできない。何故なら俺は花音を愛してるから」
「・・・・・・ハル、にぃ・・・?」

これ以上は無理なほどに目を見開いて驚愕に染まっていきながら、花音の体が小刻みに震え始めた。予想通りの反応にクスッと微笑むと、遥人は愛おしげに触れている頬を撫でる。

「待たせてごめんな? でも4年前花音に言ったことは嘘じゃない。お前は俺にとって目に入れても痛くないほど可愛くて大事な存在だったし、だからこそ俺みたいな人間が汚すわけにはいかないって思ってた」
「汚すなんて・・・!」
「わかってる。結局俺はそうやって言い訳して自分の気持ちから逃げてたんだ。あまりにも真っ直ぐで穢れのないお前が眩しくて、それを受け止めるだけの自信がなかった。一回りも年上なのに俺は弱くて情けない人間だ」
「そんなっ、そんなことない! ハルにぃは情けなくなんかない! ハルにぃは誰よりも優しくて強くて・・・いつだってあたし達を大事にしてくれた。あたしはそんなハルにぃが・・・!」
「あぁ。お前が俺をそうやって大事に想ってくれることがあの時の俺には逆にプレッシャーになってしまってたんだ。お前の理想を壊すわけにはいかないって。・・・でも今さらそんなことなんて無意味なことに気付いたんだよ」
「・・・え?」

フッと遥人の目が細まる。

「とっくの昔に俺はお前にありのままの自分をさらけ出してたってことに気付いてなかった。バカ騒ぎしたりムキになったり、俺の方がよっぽど子どもみたいにな。思い返せば俺はいつだってお前の前では自然体でいられたんだってことに」
「ハルにぃ・・・」
「お前に言われるまで、お前が離れていくまでそんな簡単なことにすら気付かない情けない男だけど・・・これからは一生かけて花音に俺のありったけの愛情を注いでいく。・・・だから」

震える・・・
ハルにぃは何を言ってるの?
これは夢?
小さい頃から数え切れないほどに見てきた夢をまた見てるの・・・?



「 結婚しよう 」



・・・・・・・・・な、に・・・?
・・・嘘でしょう?
こんなに幸せなことが一気に訪れるなんて、そんなことはありえない。

「花音、返事は?」

ガクガクと膝から崩れ落ちそうなほどに震えるあたしの顔をハルにぃの大きな両手が優しく包み込む。その手は幼い頃から何一つ変わらずに温かい。
頬を伝って流れ込んでくるぬくもりは・・・・・・夢なんかじゃない。

「ハル、にぃ・・・」

・・・どうしてなの。
大好きで大好きでずっと見ていたいのに、ハルにぃの顔が霞んで見えなくなっていく。

「花音、返事はくれないの? 散々待たせた分、俺も最低4年は待たなきゃ駄目かな」

悪戯っぽく笑いながらもどこか本気で申し訳なさそうにしている姿に胸がキュッと締め付けられると、花音は震える手をゆっくりと遥人の手に重ねた。
そして何度も深呼吸を繰り返すと、真っ直ぐに大好きな人を見上げた。


「私もハルにぃを愛してます。お嫁さんにしてください」


少しだけ驚いた顔を見せたが、すぐにまるで少年のように破顔すると、花音の体ごと引き寄せてぎゅうっと抱き締めた。

「ありがとう花音。必ず幸せにするよ」
「・・・あたしはもう充分に幸せだよ・・・グズッ・・・」
「ほんとに待たせてごめんな。・・・そしてありがとう」
「っ・・・ハルにぃっ、ハルに゛ぃっ・・・!」

まるで緊張の糸がほどけたように声を上げて泣き出すと、細い手が遥人の背中に回ってギュウギュウにしがみつく。その姿が堪らなくいじらしくて、負けじと抱き締める腕に力をこめた。

「花音・・・お前を愛してる」

耳元で囁くと、ますます号泣へと変わっていく。
この細い体のどこにそんな力が隠されていたんだと言わんばかりに凄い力でしがみつくのが、そのまま自分を愛してると言ってくれているようで。言葉にできない幸福感で満たされていく。

『 愛してる 』

心からそう思える相手にそれを伝えることの幸福。
その意味を今体中で、心で噛みしめる。

「・・・花音、顔上げて」
「・・・・・・」
「ブッ! 酷い顔だな」
「だっで・・・!」

くしゃくしゃのぐっちゃぐちゃ。
普段の美しい姿がまるで嘘のように見る影もない。

「でも凄く可愛い」
「っ・・・!」

言ったと同時にボンッと真っ赤になった姿に吹き出しそうになるが今はぐっと堪えて。

「あ・・・」

再び頬に触れた手で涙を拭うと、遥人はゆっくりと自分の顔を近づけていく。
それに気付いた花音がほんの一瞬戸惑った表情を見せたが、やがて静かに目を閉じてその時を待った。

「・・・っ」

ふわりと唇に触れた柔らかい感触に小さい体がビクッと揺れる。
すぐに大きな手が背中に回ると、優しく包み込むようにして優しく撫でていく。一瞬だけ強ばった体からたちまち力が抜けていくと、後はなされるがまま愛する人に全てを委ねた。

「・・・・・・・・・」

フッと離れていった温もりが恋しくて思わず上を見る。
と、同じように自分も真っ直ぐに見下ろされていた。
どちらが何かを言ったわけでもないのに、まるで磁力で引き合うかのように再び顔が近づいていくと、今度は2人同時に目を閉じて静かに唇を重ね合った。

・・・・・・あたたかい・・・
好きな人と触れ合うことがこんなに気持ちいいだなんて。
もうこのままずっとこうしていたい。
1秒だって離れていたくない。
ずっとずっとこのまま・・・

そんな想いが通じたのか、その後も何度も何度も角度を変えては遥人の唇が重なり続けた。



「・・・・・・・・・・・・・・・っ、ハルにぃっ、くるしっ・・・!」

だがあまりにも長い口づけに耐えきれなくなった花音がやがてパンパンと遥人の背中を叩く。

「あっ、悪い! つい・・・」
「・・・はふっ! はぁはぁはぁ・・・」

慌てて体を離すと、恥ずかしさなのか息苦しさなのか、花音は顔を真っ赤にして呼吸を上げていた。

「ほんと悪い! お前があんまり可愛いから・・・大丈夫か?」
「うん、大丈夫・・・こういう時どうやって息すればいいのかわからなくて・・・」
「・・・え?」

何気なく口にした一言にやけに遥人が驚愕している。

「・・・どうしたの? ハルにぃ」

信じられないものを見てしまったような、そんな顔で。

「・・・・・・・・・もしかしてお前、キスしたこと・・・」

言いたいことがわかったのか、たちまち花音の顔が真っ赤に染まっていく。
それだけで全ての答えを物語っているのも同然なほど真っ赤に。

「だってお前、この4年の間に色んな経験したって・・・」
「ちっ、違う! それはそういう意味じゃなくって! だって、あたしはハルにぃのことしか考えてないのに、そんな、他の人とそんなことするなんてあるわけが・・・わぷっ?!」

凄まじい力で引き寄せられ顔面を思いっきり強打してしまった。
痛いと声を上げる隙間すらないほどに、ギュウギュウと締め付けられて動けない。

「は、ハルにぃっ、くるしいよっ・・・!」
「マジで・・・? 本当に・・・?」
「え?」
「・・・・・・・・・信じられないほど嬉しい」
「・・・・・・」

肩に顔を埋めながらそう吐き出した本音が嬉しくて。
まるで子どもみたいで。
クスッと笑うと、花音も負けじと大きな背中に手を回した。

「あたしの純情なめないでよね! 誰の娘だと思ってるの?」
「・・・・・・フッ、そうだったな」
「そうだよ!」

フンッとドヤ顔でそう言うと、どちらからともなく顔を見合わせて笑った。

「・・・もう1回キスしていいか?」
「・・・駄目って言ったらどうするの?」
「する」
「・・・ぷっ! それじゃあ聞く意味ないじゃん!」
「だな」

額をくっつけてクスクス笑うと、そのまま引き寄せられるように再び互いの唇が重なった。









***





「今頃あの子達どうしてるかしら。ラブラブ真っ盛りかな」
「・・・・・・」

すぐ隣で頬杖をつきながらふて腐れている我が夫に笑うしかない。

「ハルが挨拶に来たときの司、すごくかっこよかったよ」
「・・・ふん。あの野郎、少しでも泣かせてみやがれ。ブッ殺してやる」
「あはは、散々あたしを泣かせた司が言うの~?」
「おい、俺はあいつと違って後にも先にも愛した女はお前だけだろ」
「あははっ、まぁそりゃそうだけどさ。でもハルと司じゃまた事情が違うでしょ。なんてたって花音が赤ん坊の頃から知ってるんだよ?そんな時からずーっと花音を異性として意識してたってなったらそれはそれで怒るでしょう?」
「・・・・・・」
「年の差は年の差の難しさがあるのよ。だからその点でハルを責めるようなことは言っちゃ駄目よ。それに山野さんから聞いたんだけど、あの子、花音がいなかった4年間女のおの字も全くその気配がなかったんだって。まぁ実際にはさらにその数年前からだったみたいだけど。ハル自身その理由にまだ気付いてなかったみたいだけど・・・心は正直だったんだね」
「・・・フン」
「だーいじょうぶ! 司だってハルがどんなに素敵な人間かよーーく知ってるでしょ?」
「知らねーな」
「ぷはっ! も~、子どもじゃないんだからいつまでも張り合うのはやめなさい!」
「うるせぇな。俺はあの男が気に入らねーんだよ」
「あははははっ! 今さらそれを言う~? 全くも~素直じゃないんだから~!」

いじける子どものような大男に、この日つくしの笑いはいつまでも止まることはなかった。










「・・・・・・・・・あ~、やばいなぁ」

長いキスを終えてまったりと抱き合っていると、おもむろに遥人が大きな溜め息をついた。
見上げてみれば、何とも複雑そうな顔でこちらを見ている。

「・・・ハルにぃ? どうしたの・・・?」
「これから先はおっさんのことをバカにできなくなっちまった」
「えっ?」

何のこと?

「俺も絶対業界内で言われ出すに決まってる。 『 嫁さんにメロメロの骨抜き野郎 』 だって」
「・・・・・・・・・」

ポカーンと。
心底悩ましげに何を言い出すかと思ったら。

「・・・・・・ぷっ、あはははははっ!」
「笑うなよ。今までクールで通ってた俺のキャラが真逆になるんだぞ」
「あはははっ! じゃあ今まで通りでいれば?」
「そりゃあ無理な話だな。自覚した以上お前への想いは止まらない」
「 ___ っ 」
「・・・あれ、顔赤くないか?」

思わぬ切り返しに真っ赤になる花音をニヤニヤと嬉しそうに覗き込む。

「ちょっ・・・もう、ハルにぃ! 急にキャラが変わりすぎっ!!」
「ハハッ、じゃあ前に戻った方がいいか?」
「・・・・・・っ、それは、・・・イヤ」
「ぷっ、だろ? まぁいいさ、周りの奴らにどう思われようと。俺が見てるのはお前だけなんだから」

その言葉にまた赤くなってみせたが、すぐに花音が嬉しそうにはにかんだ。
それにつられて遥人も笑顔になる。

「さ、もっとこうしていたいところだけどそろそろ行かないとな。 ・・・一緒に帰ろう」

スッと大きな手が差し出される。

「ハルにぃ・・・・・・うんっ!」

それは花のような笑顔。
見た者の心の中にまで満開の花を咲かせてしまうほどの輝く笑顔。
幼い頃から見守り続けてきたかけがえのない。
心から幸せそうに笑うと、花音は愛する人の手をギュッと握りしめた。
すぐに握りかえされるそれが愛を伝えている。

互いに微笑んで頷くと、ゆっくりと何も言わずとも歩みを揃えて前へと踏み出した。




輝く未来へと向かって ____




 
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いかにも最終回っぽいラストですが、本当のラストは次回です(*^^*)
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愛を聞かせて 10 完
2015 / 11 / 06 ( Fri )
「わぁっ、おねえちゃん、キレイキレイキレイ~~~っ!!」

まるでお姫様のように変身した姉の姿に、末っ子の渚の目がキランキランと輝いている。
ちょうどプリンセスもののアニメにドはまりしているのもあって、その喜び方は尋常ではない。

「ふふ、ありがとう。渚もそのドレスとっても可愛いよ」
「えへへへ~~!」

この日のために作ってもらったピンクのふわふわワンピースに可愛い眉尻は下がりっぱなしだ。

「花音、本当に綺麗よ」
「ママ・・・」
「あらあら、まだ泣いちゃ駄目よ! せっかく綺麗にしてもらったんだから」
「・・・ん、」

鏡に映る母の姿を見ただけでもう涙が溢れそうになる。
今からこんな調子で今日一日どうなってしまうのだろうか。

「・・・パパは?」
「ん? 本番までは見なくていいって」
「・・・・・・」

黙り込んでしまった娘につくしが微笑みながら後ろから両肩にそっと手をのせる。

「ほら、そんな顔しなーいの! 反対してるわけじゃないんだから。それに、花音を幸せにできるのはこの世にハルしかいない。それは司が一番わかってるの。でもね、それとこれとはまた別問題。他の男のために世界一綺麗になった娘を見ちゃったらやきもち妬いちゃうのよ」
「やきもち?」
「そう。父親ってそういうものなのよ。今から花音の花嫁姿見ちゃったら泣いちゃうかも」
「あのパパが?」
「そうよ~! もしかしたら今頃柱の陰で泣いてるのかも」
「・・・ぷっ、あはははっ!」

泣き真似をしてみせるつくしにたまらず吹き出した。

「そうそう、花音には笑顔が一番。私の娘ですもの。どんなときも笑顔、でしょ?」
「・・・うん」
「司は誰よりも花音の幸せを心から願ってる。それだけはわかってあげて」
「うん、うん・・・わかってる。わかってるよ、ママ」

普段から決して口数が多い人ではないし、結婚が決まってからは特にそう感じる。
けれど一度だって何かに口出しされたことはない。
両想いと同時に結婚を決めたことに何か言われる覚悟もしていたけれど、ただの一度だって何も言われなかった。ただ黙って見守ってくれている。言葉はなくとも、溢れんばかりの愛情で包み込んでくれている。それが痛いほどに伝わってきた。
そんな父を心から誇りに思う。

「準備終わったか? って、 __ っ・・・!」

タキシードに身を包んだ新郎が花嫁を一目見た瞬間、その場に固まってしまった。
そんな男の姿を見るなり渚が嬉しそうに駆けてしがみつく。

「ハルにぃっ! 花音おねえちゃんすっごくキレイでしょっ?!」
「あ、あぁ・・・。 あまりにも綺麗すぎて言葉も出なかったよ」
「うふふふ、そうでしょお~~!」

まるで自分が褒められているかのように渚が得意顔で腰に手をあてる。
全く誰に似たのやら、つくしは苦笑いだ。

「花音・・・本当に綺麗だ」
「・・・ありがとう。ハルにぃもすごくカッコイイよ」
「おいおい、ハルにぃはもう卒業だろ?」
「あっ! ・・・どうしてもまだ慣れなくて・・・」
「・・・フッ、まぁいいよ。そのうちちゃんと呼べるようになれよ? いつまでも 『お兄ちゃん』 じゃ困るからな」
「うん」

ほんのり頬を染めてはにかむ姿が何とも初々しい。
遥人は遥人でそんな花音が可愛くて仕方ないというのがダダ漏れだ。

「アツアツですねぇ~!」
「ね~!」
「 !! 」

いつまでも見つめ合う新郎新婦の間から実況中継するように顔を出した母娘に2人がびっくりして思わず後ずさる。

「あら、私たちにお構いなくもっとラブラブしてちょうだい?」
「ちょうだい?」

この母にしてこの娘あり。
いることをすっかり忘れて2人の世界に入ってしまった自分を悔やむほかない。

「はー・・・つくし、お前なー」
「うふふ、ウソウソ。2人の大事な時間をこれ以上邪魔する気はないわよ。ほら渚、自分達の控え室に戻るわよ」
「えーー!! もっとハルにぃといたいっ!」
「ダーーメ! 今日のハルにぃは花音だけのものなんだから!」
「えぇ~~?! 花音おねえちゃんずるいっ!!」
「えっ? あ、あははは・・・」

姉に負けず劣らず遥人大好きの渚だけに花音も苦笑いするしかない。

「じゃあまた後でね~!」
「あ、つくしっ!」
「・・・ん?」

渚を連れて部屋から出ようとしていたつくしが振り返る。

「・・・色々ありがとうな」
「えっ?」
「あんま普段は言えないけど・・・つくしには心から感謝してる。ありがとう」

まさかの言葉につくしは呆気にとられて何の反応もできずにいる。

「感謝の気持ちはこれからの俺たちで見せていくから。だから長生きしろよ」
「ハル・・・・・・・・・って、コラッ! 人を年寄り扱いするなっ!!」
「ははっ、やっぱばれた?」
「ばれた? じゃないわよ、全くっ!!」

危うく感動して泣くところだったじゃないか。
・・・本当に、この子ときたらいつまで経っても司と同じ。
ぶっきらぼうな優しさが愛おしい。

「うちの可愛い娘泣かせたら承知しないわよ?」
「あぁ、任せとけ」
「ふふっ。 さ、渚、今度こそ行きましょ」
「ハルにぃ、花音おねえちゃん、また後でね~!」
「またな」

賑やかな母娘を見送ると、嘘のように室内が静かになった。

「緊張してるか?」
「・・・ん。 少し」

ふわりと頬に触れた大きな手に、目を閉じて花音が自然と擦り寄ってくる。

「あったかい・・・」
「・・・あー、早く全部が終わんねーかな」
「えっ?」

その言葉にパチッと目を開く。
見れば目の前の男は困ったような顔をしている。 何故?

「思いっきり抱き締めたい。キスしたい。その先だって・・・。でもこの衣装じゃできない」
「・・・・・・」
「はぁ~~、ある意味で武者修行みたいなもんだな」
「・・・ぷっ! もう、何言ってるの?!」
「バカ、俺は真剣に言ってるんだよ」
「あはははっ、もうっ、ハルにぃったら・・・」

はぁ~っと嘆きながら天を仰ぐ姿がママに軽くあしらわれた後のパパにそっくりだって言ったらどんな反応するだろう?
・・・なんて、考えるまでもないからやめておこう。

「は・・・遥人」
「 ! 」

不意打ちで呼ばれた名前に遥人がガバッと下を向いた。

チュッ

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・え?」

今、・・・?
あまりにも一瞬過ぎて何が起こったのやら。
ただ1つわかるのは、ほんのり柔らかな感触が唇に残っているということだけ。

「・・・・・・花音?」
「なっ、なんか暑いね?! ちょっと空気の入れ換えでもしよっか!」

全身を真っ赤にしながら突然大袈裟に動き回る姿にニヤニヤが止まらなくなる。
純白のドレスと相まって、まるで紅白饅頭のようだ。

「 かーのん 」
「窓、窓・・・!」

どうやら完全に聞こえないフリでいくらしい。
自分からしておきながら何を今さら。

「もっかいしてよ」
「えぇっ?!!! ・・・あっ!」
「ぶはっ! お前単純すぎ!」
「あ~~もう・・・恥ずかしすぎる・・・」

両手で顔を覆って項垂れる姿ですら愛おしい。
遥人は花音の目の前までいくと、そっとその手を掴んで顔を覗き込んだ。

「ぷっ! 真っ赤っか」
「いっ、言わないで!」
「もっかいしてもいい?」
「だ、ダメっ!!」
「なんで。先にしてきたのは花音なのに」
「あっ、あれは・・・! したって言ってもほんの少し触れただけだし、それにこれ以上は時間もないし、メイクも落ちちゃうから!」

ペラペラペラペラ珍しく早口が止まらない。
面白いからもっとからかいたいところだが、さすがに今日は我慢しておこう。
・・・少しで。

「・・・わかった。じゃあ終わってからゆっくりな」
「えっ?!」

驚きの顔を上げた花音にとどめの一言を。

「それからいっぱい、な?」

人差し指でツンっと唇をつっついたとほぼ同時にボンッ! と音がした。
いや、実際にはしてないけど。
でも爆発したことに違いはない。

「~~~~、もうっ、ハルにぃっ!!!」
「はははっ! 別に嘘は言ってないだろう? 実際そのつもりだし」
「だからそういうこと言わないでって言ってるでしょおっ?!」
「ははははは・・・!」







***




ゆっくりと開いた扉から2つの影が伸びてくる。
背中から光を浴びながら、一歩、また一歩とその歩みを進める。
溜め息がでるほど美しい2人の姿に、その場にいた誰もが息をすることすら忘れて見入っていた。
圧倒的なオーラを放つ長身の男に腕を絡ませて歩く女性には、その男の面影がはっきりと。
微笑みながらも既にその瞳にはゆらゆらと光るものがあり、いつそれが溢れ出すかはもう時間の問題のように思えた。

やがて1人の男が待つ場所へと辿り着くと、待ち構えていた男は目の前の男に深々と頭を下げた。
それを見守る全ての人間に言葉にできない緊張感が走る。

「・・・・・・いいか。俺の大事な娘をお前に託す。・・・必ず幸せにしてやれ」
「もちろん。世界一の幸せ者にしてみせます」

力強く返ってきた答えにピクッとこめかみが動く。
・・・と思ったのも束の間、何故か突然ニヤリと不敵な笑みを浮かべてみせた。

「そりゃあ無理な話だな。この世で一番の幸せ者はつくしだっつっただろ」
「・・・・・・えぇっ?! ちょっ、ちょっと! こんなところで何言ってんのよっ!!」

我が夫のありえない発言に立場を忘れて思わずつくしまで立ち上がる。
ハッとして口に手を当てても時既に遅し。
次の瞬間には神聖な教会が一瞬にしてドッと笑いに包まれていた。
あっちゃ~とつくしがガックリ肩を落としているが、そもそもの原因を作った男はどこ吹く風。
そんな姿がまた人々の笑いを誘い、気が付けば最初の緊張感など何処へやら。すっかりその場が温かい空気で満たされていた。

「俺の自慢の娘だ。幸せにならねーと承知しねーからな」
「あぁ、わかってる。・・・ありがとう」
「ふん」

クイッと腕を動かして手を離すように促すと、涙で瞳をいっぱいにしている花音が自分の父親である司を見上げた。目があうと、その表情がフッと和らぐ。
それは昔から大好きな父の微笑み。

「幸せになれよ」
「っパパ・・・」
「泣くのはまだ早ぇぞ。しっかりしろ」
「・・・ん。 うんっ・・・!」

ズズッと花嫁らしからぬ音で鼻を啜って涙を堪えると、花音は溢れんばかりの笑顔を見せた。
そして自分を待つ夫となる男へと視線を移す。
幼い頃から変わらない、慈愛に満ちた優しい笑顔で自分を待ってくれている。
花音は司からそっと手を離すと、差し出された手に自分の手を重ね、そして腕へと回した。
その場からゆっくりと歩き出した2人の後ろ姿を見届けると、司は静かにその場から離れていく。
それだけで会場のあちこちから啜り泣く音が響き出した。

ステンドグラスから差し込む虹色の光が、まるで祝福しているかのように2人へと降り注ぐ。
愛すべき全ての人に見守られながら、永久の愛を誓いあう。



孤独だった少年がいつしか人と人とを繋ぎ、
繋がれた命が今、少年の未来を紡いでいく。





そして・・・








「・・・・・・・・・・・・」

ゆっくりと目を開け、合わせていた手をそっと下ろした。

「そろそろ行くか?」
「・・・うん」

差し出された手を取り立ち上がると、何も言っていないのに裾の辺りのほこりをパンパンと払ってくれる。何だかお姫様になったような気分で気恥ずかしい。

「ありがとう」
「ん。この後続けて行って本当に大丈夫なのか? 無理はしなくていいんだぞ」
「大丈夫。気分もいいし、どうしても同じ日に報告しておきたいから」
「・・・ならいいけど。ただし少しでも疲れたと思ったらすぐに言えよ?」
「大丈夫だよ。ほんとにもう、過保護なんだから」
「過保護になるのも当然だろ? もうお前1人の体じゃないんだから。男の俺は女性の苦労を本当の意味で理解してやることはできないんだから、お前の言葉を信じるしかないんだよ」
「クスクス、だから大丈夫だってば。そういう心配性なところもほんとパパにそっくり」
「はぁっ?! 誰があんなおっさんと!!」

ほらね、そうやってすぐムキになるところだってそっくり。
・・・という言葉はそっと呑み込んで。
全く、義理の親子になったっていうのに、いつまでたっても互いに張り合うのは一向に変わらない。
というか多分一生この調子なんだと思う。
そう思ったら呆れるやら、らしすぎて笑えるやら。

「それにしても妊娠の報告に行ったときのパパの顔。今思い出しても笑っちゃうなぁ~」
「あのおっさんもいい加減諦めが悪いよな。娘を託すとか言っておきながら、ことあるごとに対抗意識燃やしてくるんだから。ったく相手するこっちの身にもなれっての」
「あははっ、もうあれは体にプログラミングされてるんだよ。だから本人の意識とは関係がないところで反応しちゃうんだと思う」
「は~~、40代も折り返してんだからいい加減落ち着けっての」
「あはははっ! あたしから言わせたらどっちもあんまり変わらないけどね?」
「変わるに決まってるだろ!」
「ほら~、そういうところがそっくりなんだって」
「くっ・・・!」

いつもはクールな2人がこんなときは決まって子どもみたいになるんだから。
でもそんなところが大好き。

「じゃあお義母さん、また来ますね」
「・・・じゃあな。また会いに来るから」

そう言ってもう一度2人で墓石に手を合わせると、どちらからともなく手を取り合って歩き出した。
雲一つない今日の青空は、高台の上にあるこの場所から見ればまさに絶景だ。
それはまるで母が祝福してくれているかのような。

「牧野家のお墓ってここからだとどれくらいだったっけ」
「ん~、混んでなければ20分くらいかな。きついか?」
「あはは、だから大丈夫だよ。久しぶりのドライブだから嬉しいな~って思って」
「・・・仕事も無理しなくていいんだぞ?」
「何言ってるの? 頑張るに決まってるでしょう! 酷いつわりがあるわけでもないし、山野さんが常にフォローしてくださるし。・・・それに、あたしはハルにぃの傍にいることが一番幸せだって知ってるでしょう?」
「・・・・・・」

花のような笑顔は日を追うごとに輝きを増していく。
愛おしいという気持ちは一体どこまで大きくなっていくのだろうか。
そこまで考えてクッと笑える。

「・・・おっさん達を見てたらそんなことは愚問だったな」
「えっ? 何か言った?」
「いや、何も? それよりも花音、いい加減名前で呼べって言ってるだろ。そのままで子どもが生まれたらどうするんだよ」
「あ・・・ごめんなさい。小さい頃からずっと言ってきたからどうしても癖が出ちゃって・・・」
「は~、ベッドの中じゃあんなに素直に名前を呼ぶのにな~」
「なっ?! ななななななななななな・・・!」
「ぷっ! おいおい落ち着けって。そのまま過呼吸なんかになってもらっちゃ困るんだからな?」
「だ、だだだ、だって、ハルにぃが・・・あっ! は、は、はる、遥人が・・・!」

あわわと取り乱す姿にますます笑いは止まらない。

「あ~も~、お前ってばなんでそんな可愛いの」
「かっ、かわっ・・・?!」
「ほら、可愛い奥さん、そろそろ行くぞ」
「かっ、かわいい奥さんっ・・・?!」

ずいずいと手を引きながら、後ろで顔を真っ赤にしながらテンぱる妻の姿が目に浮かぶ。



まさか自分の未来がこんなに笑顔に溢れたものになるだなんて。
あの出会いの時には夢にも思っていなかった。

1つの出会いが奇跡を生み、その奇跡がまた新たな奇跡を生んでいく。
そうして永遠に愛はつながっていく。



これまでも、そしてこれからも ____





< 完 >


 
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ハル物語にお付き合いくださいまして有難うございました!ここには書ききれなかった思いの丈はあらためて皆さんにお届け致します(o^^o)
00 : 00 : 00 | 愛を聞かせて(完) | コメント(37) | page top
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