愛を聞かせて 1
2015 / 10 / 27 ( Tue ) 「専務、こちら新たに届いたお見合いの写真ですが・・・」
秘書が両手にどっさりと抱えたものを見てげんなりする。 「いらないよ。その手のものは全部捨ててって言ってるよね?」 「ですが一応確認を取ってからでないと私の独断では・・・」 「だからその権利を君に与えるって言ってるんだよ。俺はお見合いする気なんかこれっぽっちもないし、相手に少しでも変な期待をもたれても困るんだよ。わかったね?」 「・・・はい、かしこまりました・・・」 そうは言われても中にはお得意先の令嬢の写真まで含まれている。 いくら本人がいいと言ったとはいえ、こんな大事な物を捨てる権利を与えられる方が困るわけで。 秘書は尚も戸惑いを滲ませながらすごすごと写真の山を抱えて出ていった。 「はぁ・・・なんでこうもしつこいんだか」 最初から見合いは一切受けないと断りを入れているにも関わらず、そんなことはお構いなしで我が娘を売り出してくる企業は後を絶たない。偶然出会って恋に落ちる可能性が1%あったとしても、そんなことをされてた時点で可能性は0になってしまうというのに。 「30も過ぎて結婚の気配がないのですからそれも仕方ないのでは?」 ハッと顔を上げると入れ違うように入って来た男が1人。 「山野・・・まさかお前が手を回してるのか?」 「まさか! とんだ言いがかりは勘弁していただきたいものです。ただ私は一般論を申し上げただけのこと。我が社の専務ともあろうお方がいつまで経っても結婚のけの字も出てこない。我こそ妻の座にとこぞって女性が群がってくるのも致し方ないことかと。あなた様のような甘いマスクならなおさらのこと」 「・・・・・・」 第一秘書の山野のお小言は今に始まったことじゃない。 結局この男の言いたいことは早くいい伴侶を見つけろ、それに尽きる。 「4年前まではそれなりに女性の影も見えていたようですが・・・このところさっぱりなのは何か理由があるのですか?」 「相変わらずお前はうるさい男だな」 ジロリと睨み付けると、それ以上は聞かないとばかりに窓際へと椅子を回転させた。 そんな上司の姿に溜め息をつくと、諦めたように山野はデスクの上にあるものを置いた。 「こちら、今年も道明寺ホールディングスからの招待状が届いております」 その言葉にピクッとわかりやすく反応する。 「例年通り出席するとの返事を先方に出してよろしいですか?」 「・・・あぁ」 「今年は花音様もいらっしゃるでしょうか。もう何年もお会いしてませんが」 「・・・・・・さぁ。俺に聞いたってわからないだろ」 「・・・それもそうですね。では早速先方にお伝えして参りますので。失礼致します」 30を過ぎた男だというのに、意地でもこちらを振り返ろうとしないのはまるでいじけた子どものようだ。やれやれとそんな上司に苦笑いすると、山野は部屋を後にした。 シーンと静まりかえった部屋に1人、誰も来る気配がないことを背中で確認するとようやくデスクに向き直る。そこに置かれたすっかり見慣れた封筒を手にすると、たちまち脳裏に花のような少女の笑顔が浮かんできた。 「 もう4年、か・・・ 」 *** 「ハルーーーーーーーーっ!!!」 底抜けに明るい声に飲みかけのシャンパンが思わず詰まりそうになる。 「ゲホゲホゲホッ・・・!」 「わっ、大丈夫? ゆっくり飲まなきゃだめでしょ~!」 「ゲホッ・・・ったく、誰のせいだと」 原因を作ったのが誰かも知らないでしゃあしゃあとそんなことを言ってしまうこの人は昔と少しも変わっていない。ニコニコと、太陽のような笑顔は直視するのが眩しすぎるほどだ。 「久しぶりだね! っていうかちょうど1年ぶり?」 「・・・多分ね」 「多分って・・・もう! 最近めっきりうちにも来なくなっちゃって・・・この薄情者っ!!」 「いててててて! ちょっ・・・やめろって!」 脇腹にチョップするとかあんたは一体何歳だよ?! 俺ですら32だぞ。 案の定周囲の視線が痛いほどに突き刺さる。 勘弁してくれ! 「マジやめろって!」 「だって~・・・ハルってば最近つれないから寂しいんだもん・・・」 「だもんって・・・もう40過ぎた5人の子持ちが何言ってんだよ」 「年齢なんて関係ないでしょう? いくつになろうとハルはあたし達にとって大事な家族の一員なんだから」 「・・・相変わらずよくそういうこと平気で口に出せるよな」 「ハルこそ相変わらずツンデレなんだから」 「ツっ・・・?!」 誰がだよ! クールだと言われることはあってもデレだなんて言われることはまずないってのに。 あぁ、やっぱり今も昔もこの女と一緒にいるとペースを乱されっぱなしだ。 道明寺つくし。 世界に名だたる道明寺財閥のトップに君臨する男の妻にして5児の母。 世紀の大シンデレラストーリーにこの2人の結婚は世界中で大きな話題を呼んだ。 一部では身分違いの結婚に中傷的な報道も飛び交ったが、疑いようのない真のおしどり夫婦であることが浸透していくのにそう時間はかからなかった。一度でもあの2人を直に見てしまえば、相思相愛であることを認められない人間など存在するはずがないのだから。 それは20年以上経った今でも何一つ変わっていない。 何一つ・・・ 「なんだか少し疲れてる?」 「え? ・・・別にそんなことないけど」 「聞いたわよ。最近仕事ばっかりしてるって。頑張るのもいいけど、あまり根詰めると空回りしちゃうわよ?」 「だからそんなことないって」 バレバレでもとりあえず否定するしかない。 当然そんなことはお見通しのつくしは案の定呆れたように溜め息をつく。 「そういう自分こそどうなんだよ。相変わらずおっさん忙しそうだけど」 「あ~、しょっちゅう世界中を飛び回ってる」 「で? 1週間以上の出張なら問答無用で連行されるんだろ?」 「れ、連行?!」 「違うのか? 業界じゃ有名だぜ。道明寺財閥のトップに立つ男は片時も愛する妻を離さず今も変わらず骨抜き状態だって」 「骨抜きって・・・」 ボボボッと赤くなっていく顔にあんたはほんとに何歳なんだよとツッコミたくなる。 けれど実際のところ実年齢よりもずっとずっと若く見えるのがこの人だ。 多分初対面の人間なら30代前半くらいだと信じて疑わないんじゃないだろうか。 それほどに若々しくてパワーに満ち溢れている。 「家族は皆元気なのか?」 「元気げーんき! 今年から一番下の子が小学生になったからもうバタバタだよ」 「あんた達もタフだよな~。そのうち6人目ができたとかになるんじゃないの?」 「ろっ・・・?! ないないない! さすがにこの年齢でそれは無理だよ~!」 「どうだかね。そっちはともかくおっさんは死ぬまで現役バリバリって感じだろ。50過ぎて子どもができたなんて聞いても驚かないけど」 「ちょっ・・・ハルっ!!」 「ハルにぃーーーー!!!」 人垣の向こうから聞こえてきた声にドクンッと胸がざわつく。 「あ」 だが見えてきたのは脳裏を掠めた顔ではなかった。 ブンブンと笑顔で手を振る少女に笑って手を挙げると、まるで尻尾を振るように嬉しそうな顔で走り出した。 「ハルにぃっ!!!」 「おわっ?!」 全速力でダイブしてきた体を真っ正面から抱きとめる。 「ハルにぃ、久しぶりだねっ!!」 「渚・・・お前重くなったなぁ」 「ハルにぃは少しおじさんになった?」 「何っ?!」 「あははっ、うそだよ~! 相変わらずかっこいいよ!」 「ふっ・・・そりゃどーも」 小さな少女と男のやりとりを見ながらつくしがクスクスと肩を揺らす。 「渚~、よかったねぇ。ずっとハルにぃに会いたいって言ってたもんね」 「うんっ! ハルにぃってば最近全然来てくれないんだもん!」 「ごめんごめん、ちょっと仕事で忙しくてさ」 「ぶ~~~~っ!」 「ははっ、そうしてると母ちゃんそっくりだな」 「ちょっとハル、どういう意味よ?!」 「おっと、やべっ」 渚という名のこの少女、あの2人の間にできた5人目の子どもだ。 見た目も性格もつくしそっくりで、殊更父親に溺愛されているらしい。 ・・・とこの世界では専らの噂だ。 高校卒業と同時に渡米し、大学を卒業後そのまま現地で武者修行を続けること5年。長谷川コーポレーションの正式な後継者として日本に帰国したのは今から5年前のこと。 渡米中も帰国してからも創立記念パーティや子ども達の誕生日など、年に数回こうして道明寺邸に足を運ぶのが恒例行事となっていたのだが・・・最後にここに来てからもう1年も経つだなんて。月日の流れの早さに驚きしかない。 「相変わらず賑やかそうだな」 「まぁね~。3人が男の子だし」 「双子はもうすぐ卒業だっけ?」 「そう。来年高校卒業するよ」 「は~、あいつらももうそんな歳か・・・。俺もおっさんになるわけだよなぁ」 「ハルにぃ、言ってることがおじさんくさい!」 「・・・うるさいな」 「あっ、あたしちょっとケーキ取ってくる!」 言うが早いかちょこまかと動き回る少女の後を慌てて屈強な男達が追いかけていく。 その後ろ姿を見ているだけでこの邸での日常が垣間見えるようで自然と笑いが零れる。 「・・・どうして最近来なかったの?」 「え?」 振り返るとつくしが真剣な顔でこちらを見ていた。 「あれだけ足繁く来てくれてたのに。ここ数年は年を追うごとに減っていって・・・ついには1年でしょ」 「・・・だから、仕事が忙しくて・・・」 「山野さんはいつでも都合をつけますって言ってたけど?」 「えっ?」 ・・・あの男、余計なこと言いやがって。 思わず心の中で舌打ちした俺につくしが溜め息をついた。 「ハルがここに来る回数が減り始めたのって4年前からだよね」 「そんなことは・・・」 「あるでしょ? あたしを誤魔化そうったって無駄なんだから」 「・・・・・・」 バツが悪そうに目を逸らした俺につくしの視線が突き刺さる。 きっと彼女には全てばれている。 俺が何を考えているのかを。 「・・・あの子帰ってきてるわよ」 「え?」 「花音、今日ここにいるわよ」 「・・・・・・え?」 予想もしていなかった言葉に耳を疑う。 今、なんて・・・? 「 ハルにぃ 」 ドクン・・・ この声は・・・ ドクンドクンドクンドクン・・・ 今度は聞き間違いなんかじゃない。 ひどく懐かしいこの声は・・・ 「 ハルにぃ。久しぶりだね 」 ゆっくりと振り返った俺の目の前に立つ少女。 ・・・いや、もう少女とはとても呼べないほどに美しく成長したその姿に、俺はしばらく言葉も出ずにその場に立ち尽くしてしまっていた。
一周年特別記念作品、 「愛が聞こえる」 番外編です。 最終回から時間の経ったあのキャラ達のその後を数回にわたってお楽しみください^^ スポンサーサイト
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愛を聞かせて 2
2015 / 10 / 28 ( Wed ) 「どうしたの? ハルにぃ」
コツンと靴音を響かせて歩み寄ってきた少女・・・いや、女性にハッとする。 「あ、あぁ・・・久しぶりだな、花音」 「ハルにぃも。元気だった?」 「元気だよ。そっちこそどうなんだ? 留学生活は充実してたか?」 「もちろん! たくさんの出会いに刺激されて色んな事に挑戦したよ。日本にいたら気づけなかったことにもたくさん気づくことができたし、行ってよかったって心から思ってる」 「そっか、よかったな」 彼女の笑顔を見ていれば、それだけでこの4年がどれだけ充実していたかがわかる。 「ハルにぃは少しおじさんになった?」 「はっ?! ・・・お前までそんなこと言うのかよ。どうせお前達から見りゃおっさんだよ」 「あははは! うそうそ。相変わらずかっこいいよ」 「そりゃどーも」 目を瞠るほど美しく成長したというのに、大きな口を開けて天真爛漫に笑う姿は何も変わらない。 その姿が眩しすぎて・・・直視できない。 「花音ももうすぐこっちに帰ってくるのよ」 「え・・・そうなのか?」 つくしの言葉に本人を見ればコクンと頷く。 「就職は日本でしたいと思って。どうしても入りたい会社があるの」 「そうなのか・・・頑張り屋のお前のことだからきっと大丈夫だよ。頑張れ」 「ありがとう」 「でもわざわざ入りたいって言うくらいだから道明寺なわけはないよな? つーかあのおっさんがそんなことをすんなり許すのか?」 「ダメだよ。いくらパパでもあたしのやりたいことを止める権利なんてないんだから。っていうかそうやって自分の道を切り拓いてきたパパが反対するはずないって信じてるし」 真っ直ぐな瞳はふとした瞬間つくしにも司にも見える時がある。 芯のある強い目力には一点の曇りもない。 「花音、ハルと会うのも4年ぶりでしょう? あっちに座って少しはゆっくり話でもしたら?」 「あ・・・そうしたいところだけど今日は久しぶりだから色んな人に挨拶回りに行かなきゃ。だから残念だけどハルにぃ、また今度ね」 「あ、あぁ」 「もうすぐで下の子達も来ると思うから。またたくさん遊んであげてね」 「・・・了解」 「ふふっ、それじゃあまたね!」 そう言って花のような笑顔で手を振ると、母親譲りの真っ直ぐな黒髪を揺らしながら人垣の向こうへと消えていく。コロンでもつけているのだろうか、控えめな甘い香りだけをこの場に残して。 「なぁに、あの子ったら。ちょっと前まではハルにぃハルにぃって24時間べったりだったのに。4年ぶりの再会だっていうのに、なんだか別人みたいにあっさりしてるのね」 「・・・それだけ大人になったってことだろ」 「寂しい?」 「さっ・・・? 誰がだよ!」 「ふふっ、まぁハルは素直じゃないからなぁ~」 「おい、つくし・・・」 「ママ~っ、見てみてっ! こんなにのせてきたよ!」 「うわぁ~渚すごいっ! ママも食べたーーーい!」 「えへへ、いいよぉ~!」 両手で大事そうに抱えてきた皿には何人分だと言わんばかりの食べ物が積まれている。 おまけに後ろから追いかけてきたSP達の手にも別の皿が握られている始末。 この食い気は間違いなく母親の遺伝子なのだろう。 きゃいきゃいと子どものようにはしゃぐ親子に笑いながら、久しぶりに目にした少女が見えなくなった方へと視線を動かす。そこに姿はとっくに見当たらず、さっきのことがまるで夢だったのではないかとすら思えてくる。 『 なんだか別人みたいにあっさりしてるのね 』 何気なく口にした一言がチクンと鈍い痛みとなってじわりじわりと広がっていく。 それを寂しいと思うだなんて、俺にはそんな資格は少しだってないというのに・・・ 「 ハルにぃのことが好きなの 」 妹のように大事にしてきた少女が真っ直ぐな瞳でそう言い切ったのは今から4年前のこと。 いや、その時には既に少女から大人へと大きく変貌していたのかもしれない。 ただそれを直視しようとしなかっただけで。 「・・・俺も花音のことが好きだよ」 ニコッと笑ってぽんぽんと頭を撫でた俺を花音は複雑な顔で見上げる。 「ハルにぃの好きは家族愛の好き、でしょ? あたしが言ってるのはそういうことじゃない。ハルにぃのことを、1人の男性として好きなの。だからハルにぃにもあたしのことをそういう対象で見て欲しい」 「それは・・・」 あまりにも迷いのない眼差しにすぐに言葉を紡ぐことすらできず、思わず目を逸らしてしまった。 道明寺家の子ども達とは幼い頃から顔をあわせる機会が多く、どの子も俺によく懐いていた。 中でも長女の花音のそれは目に余るほどで、まるで親鳥に絶対的な愛情でついてまわる雛のように殊更ベッタリだった。 俺もそんな花音を心から可愛いと思っていたし、実の妹のように大切に大切にしてきた。 だが成長と共に花音の俺を見る目が少しずつ変化していったことに気付かないほど俺も子どもではない。とはいえ気付いたからってどうすることもできない。 花音と俺は一回り近く歳が離れているし、ずっと可愛い妹分として大事にしてきたのだ。 それに、身近にいる年上の異性に憧れを抱くことはよくある話で、きっと花音の中でも俺が実物以上に美化されていたことだろう。 花音は見事なほどにおっさんとつくしを足して2で割ったような女の子だった。 黒いストレートの髪をなびかせた後ろ姿なんかはまんまつくしそのもので、目元はおっさんにそっくり。それぞれのよさが上手い具合に遺伝されていると言ってもいいくらいで、その最たるものは彼女の性格にあった。 母親譲りの天真爛漫さ、かと思えば時として大人が驚くほどの芯の強さを見せる。 天下の道明寺財閥に生まれながら庶民感覚も持ち合わせ、幸せな家庭で育った象徴とも言えるような子どもだった。 そんな真っ直ぐな少女の憧れを壊さないよう、あくまでも兄の立場として彼女の成長を見守ってきたつもりだ。 だから花音の高校卒業を目前に控えたある日、真剣な表情ではっきりと好きだと意思表示をされた時は正直戸惑った。大事に大事に、それこそ我が子のように大切に見守ってきた少女を1人の異性として見て欲しいと言われたのだ。 花音が本気で言っているのはわかっていた。 それほどに近くで彼女を見守り続けてきたのだから。 ・・・それでも、俺はその気持ちを正面から受け入れることはできなかった。 憧れから始まった恋心とはいえ、花音は幼い頃から俺しか見ていない。内面から輝く彼女に恋心を抱く男達はそれこそたくさんいたに違いない。 そんな事には見向きもせず、ただひたすらに俺だけを見続けてきた少女の愛は・・・ 俺には眩しすぎたのだ。 俺は花音が思うほど大人ではないしましてや聖人君子でもない。 過去に付き合った女性だって年相応にいる。別に不誠実な付き合いをした覚えもないが、ただ1人だけを思い続けてきた少女の愛を受け止めるには・・・自分が汚れているように思えた。 ましてやおっさんやつくしを見て育ってきたあの子達にとっては尚更のこと。あれだけの障害を乗り越えてただ1人を愛し抜いた両親に大事に育てられてきたのだ。 あの子の気持ちを受け入れることは、結果的に綺麗な花を手折ってしまうような気がして・・・ 怖かった。 本当に本当に大切だからこそ、今の関係を壊すことができなかった。 「・・・花音はきっと憧れと恋が一緒になってるんだよ」 「え・・・?」 「小さい頃から一番身近にいた異性が俺だったから。そんな環境にいれば俺に憧れを抱くのも自然のことなんだ」 「何それ・・・憧れなんかじゃないよ! あたしは真剣にハルにぃのことを・・・!」 「そうだとしても。俺は花音の想いに応えることはできない。花音は大事な大事な妹みたいな存在だからね」 「ハルにぃ・・・」 笑ってそう言った俺にキュッと唇を噛むと、花音は無言で俯いてしまった。 そっと手を伸ばして頭を撫でる。小さい頃からずっとこうして見守ってきたのだ。 そしてそれはこれからも変わらない。 「俺は花音にもっと色んな世界を知って欲しいと思ってる。色んな人に出会って、色んなことを吸収して。まだまだ若いんだ。焦る必要なんてないんだよ。俺はこれからもそうして成長していく花音を見守っていきたい」 「ハルにぃ・・・」 消え入りそうな声で俺を見上げた花音の瞳が揺れている。 たちまち激しい罪悪感に襲われるが、中途半端な気持ちで彼女を受け入れて傷つけてしまう方が許せない。そんなことは絶対にしたくない。 「・・・・・・・・・・・・・・・わかったよ」 「・・・花音」 しばらく俺を見つめていた花音がゆっくりと微笑んだ。 その顔は今にも泣きそうで、思わず手を伸ばして抱き締めてあげたくなる。 だが俺を異性として見ている以上、そんないい加減な真似をするわけにはいかない。 いつものように動きそうになる手を必死でとどめる。 「わかったよ、ハルにぃ。困らせてごめんなさい」 「困ってなんかいない。謝る必要もない」 「ふふっ・・・相変わらず優しいんだね」 「そんなことはないよ」 目を合わせてクスッと笑うと、何を思ったか花音がパンッと思いっきり両手で頬を叩いた。 「・・・よしっ、すっきりした! ずっとずっと言いたくて仕方がなかったの。だからこうして伝えることができて嬉しい」 「花音・・・」 「ごめんね? 忙しいのに時間作ってもらっちゃって。じゃああたし帰るから」 「え? あ、送っていくから今車を・・・」 「いいのいいの! 今日は電車に乗る日って決めてるんだ。SPさんも見守ってくれてるんだから心配しないで。じゃあお仕事頑張ってね!」 「あ、花音っ!」 制止も振り切って走り出すと、花音は見えなくなる前に振り返って笑顔で手を振った。それ以上追いかけるのは酷な気がして、俺も笑顔で手を振り返す。 まさかそれが彼女を見る最後になるだなんて思いもせずに。 それから長くせずして花音が留学のためにアメリカに行ったと聞いたのは、もう既に彼女が渡米した後のことだった。
一周年のお祝いコメント、本当にたくさん有難うございました。拍手コメントを含めるとおそらく100件は軽く超えているかと思います。記念なので絶対に1人1人にお返事したい!と思っていたのですが・・・そうすると数時間はかかると思われ、その分物語を書く時間がなくなってしまうのです。 おそらく返事よりもお話を読みたい! そう思ってくださってる方の方が多いと判断し、誠に勝手ながらお返事はまとめてさせていただくことにしました。該当記事のコメント欄にてお返事していますので、コメントをくださった皆様、お手数ですがそちらから確認していただければと思います。 本当に本当に有難うございました。感謝感謝です(*ノ∪`*) |
愛を聞かせて 3
2015 / 10 / 29 ( Thu ) 「今日1年ぶりにハルが来てたのよ」
「・・・へぇ」 「もうすぐで司も帰ってくると思うから待っててって言ったんだけど・・・会って抱き合うわけでもあるまいしって。仕事があるからって帰っちゃった。残念だったね」 「なんでだよ。別に会う必要もねーだろ」 素っ気ない態度はつくづく似た者同士だと思う。 「花音とも久しぶりに会ったのよ。もう4年ぶりになるのかな。あの子ったらなんだか他人行儀な態度で見ててぎこちないったらなかったわ。ハルもなんだか戸惑ってる感じだったし」 「ふん、やっとあの男に見切りをつけたか」 「まーたそんなこと言って。ハル相手だとすぐムキになるんだから。はいどうぞ」 「・・・サンキュ」 呆れたように笑いながら、つくしは煎れたばかりの紅茶を手渡してその隣に自分も腰を下ろした。 2人同時に1口飲み込むと、ほんわりと体の奥から温まっていく。 「あれからもう4年も経つんだねぇ・・・」 「・・・・・・」 まるで昨日のことのように思い出す。 ある日大泣きしながら花音が部屋に飛び込んで来たことを。 「まさかこの4年間一度も日本に戻って来ないなんて・・・さすがに予想外だったわね」 「鋼のように意思を曲げないのはお前そっくりだな」 「えぇ~?! それを言うなら司の方でしょ? 俺が法律だーーー!! ってさ」 「誰がだよ」 「あはははっ! ・・・でもあの子が全然帰ってこなくなってからだよね。ハルがうちに来る回数が減っていったのも」 「ふん、どうせびびってんだろ」 「え~? そうかな。あたしはそうだとは思わないけど・・・」 「事実がどうだろうと逃げてるような男に興味はねぇよ」 フンッと突きはなすような物言いに、つくしは笑いながら司の腕に自分の両手を絡ませた。 「ヤキモチ妬いてるんでしょ」 「はぁっ?! 誰が、誰に!」 「もー、司ってば昔っからハルには厳しいんだから。花音が絡んでくると特にわかりやすいったら」 「ざけんな! 何で俺があいつなんかに」 「いいのいいの。司とハルの意地の張り合いはいつになっても楽しいから。20年以上経ったのに今も昔もぜーんぜん変わらないでまるで子どもみた・・・わっ?!」 バフッ!! くっついていた体ごと視界が反転してソファの上へと押し倒された。 目をパチパチ瞬かせながら驚くつくしに司がニヤリと口元を緩める。 ・・・そう、まるで悪戯っ子のように。 「ちょっ・・・司? まだお茶飲んでないんだからふざけないでよね」 「俺は子どもなんだろ? だったらこういうのも想定内だよなぁ?」 「はぁっ?! もう! 相変わらず屁理屈俺様なんだからっ!」 「あーそうだよ。でもお前はそんな俺が好きでしょうがねぇんだろ? 20年以上経った今も昔もなーんにも変わらずに、なぁ?」 「 !! 」 まるでオウム返しのようにしたり顔をする男に開いた口が塞がらない。 「・・・プッ! ほんとにもう・・・男っていつまでたってもバカなんだから・・・」 「バカで結構。そのバカを喜ばせられんのはお前しかいねーんだから、ちゃんと責任とれよ」 「責任って・・・ほんと、バカ・・・」 呆れたように笑うと、つくしはフッと顔を覆って近づいてくる影に逆らうことなくゆっくりと目を閉じた。 *** 「1年ぶりの道明寺邸はいかがでしたか?」 「あぁ・・・相変わらず賑やかで少しも変わってなかったよ」 「すっかり不義理していたのを怒られたんじゃありませんか?」 「不義理って・・・お前なぁ」 またしてもこの男の小言タイムが始まるのかとジロリと睨み付ける。 確かに訪問回数がグッと減りはしたが別に繋がりが切れたわけでもあるまいし、ましてやこの歳まで足繁く通う方がどうなんだって話だ。 まぁ、下の子には申し訳ないという気持ちがあるが・・・ 「そういえば花音様にはお会いになりましたか? 今現在一時帰国していると聞きましたが」 「・・・あぁ、会ったよ」 山野の口から出た名前にドキッとするが、死んでもそれを顔には出さずに流す。 「花音様ももうすぐ大学を卒業なされますからね。私はまだお会いしてませんが、きっとますますお美しくなられたんでしょうね」 「そうだな、随分大人っぽくなってたな」 「・・・・・・」 「・・・なんだよ?」 じっと突き刺さるような横目を負けじと睨み返す。 何かを含んだようなこの目をしているときは十中八九ろくなことを言われない。 「いえ、あれほどまでに専務にべったりだった花音様のことですから、さぞかし感動的な再会になったのだろうなと思いまして」 「・・・」 「ですが不思議ですね。何故そんな花音様が4年前専務に何もお伝えせずに渡米されたのか・・・そして今までただの一度も帰ってこられなかったのか。いや、実に不思議なことです」 眼鏡のフレームをわざとらしく上げる姿はこの上なく嫌みったらしい。 だからこの男は苦手なんだ。 「おい山野、何が言いたいんだよ」 「いえ、素朴な疑問を述べただけですが・・・何かまずかったでしょうか?」 「・・・・・・」 何か言い返せば十倍返しされるのがオチだ。本当にこの男は憎たらしい。 元々親父の秘書だった山野は俺を幼少期から見てきた人間の1人だ。 だからいつもこうしてしれーっと全てを見透かしたようにズバズバと物を言ってくる。 いっそのことクビにしてやりたいところだが、ずば抜けて仕事ができるところがまた腹立たしい。 「今日は午後から面接がありますので」 「あぁ、そういえばそうだったな」 「こちら本日参加予定分の履歴書になります」 「わかった」 「ではよろしくお願い致します」 未来のかかった若者達のファイルに重みを感じながら、敢えてそれを開かずにデスクに置く。 俺が就職の面接に直接出向くことはそう多くないが、いずれ経営者としてこの会社を継ぐ身として経験を積んでおくことは必要だ。多くの面接官が事前に履歴書に目を通すところだろうが、俺は敢えて見ようとはしない。学歴や有している資格など、採用する立場としては大いに参考になる部分ではあるが、時としてそれは先入観を生む。 細かい履歴を見るのは直接本人と会ってからでも遅くはない。真の意味でその人となりを判断するには・・・事前に余計な情報を入れない。 これが俺のポリシーだ。 「就職、か・・・」 そういえばあいつも入りたい企業があると言っていた。 希望に胸を膨らませている若い子達を見るのは嫌いじゃない。 物心ついた頃からこの会社を継ぐのだと思っていた俺にとって、そういう感覚は未知の世界だから。それぞれにしかわからない苦労や挫折があるだろうが、ふとしたときにもし一般的な家庭に生まれていたら今頃自分は何をしていたのだろうかなんて考える。 「・・・不毛だな」 そう。考えてもどうにもならないこと。 どこで生まれ育とうと、今の道を選んだのは他でもない自分自身なのだから。 花音が希望する職種が何なのか知りようもないが、彼女が背負っている名前は俺なんか比較にならないほどに大きく重いものだ。どこでも見るような名前ならまだ誤魔化しようもあるかもしれないが、道明寺なんて珍しい名前、それだけでも人目を引いてしまう。 彼女の性格を考えれば目標に向かって真面目に努力してきたのだろう。 あの充実した表情を見ればそんなことは一目瞭然で、今希望で満ち溢れているに違いない。 だからこそ本人とは関係のないところで理不尽な思いをしたり悲しんだりして欲しくない。 たとえ挫折することがあろうとも、その原因が 「道明寺」 という名でないようにと、心から願わずにいられない。 「・・・・・・」 気が付けばあの日以降、何かにつけてあの子のことを考えている自分に呆れかえる。 4年ぶりに見た少女は大人へと変貌を遂げていた。 きっと充実した4年間を過ごせたのだろう。 真面目さはつくし譲り、きっと勉学にも遊びにも全力投球で頑張っていたに違いない。 日本では経験できないようなこともして、数多くの出会いをして。それは同じように高校卒業後に渡米した経験のある俺にとっても同じことが言える。 きっと年相応の恋愛だって・・・ 「・・・ダメだな。すっかり思考回路がおっさんだ」 これはあれだ。 それをどこか寂しいことだと感じてしまうのは、手塩にかけて育ててきた娘を手放さなければならない親心と同じことだ。ずっとずっと身近にいたからこそ、初めて見る彼女の大きな変化にほんの少し戸惑ってしまっただけのこと。 自分でそうしろと勧めておきながら、いざそれを目の当たりにしたら寂しさを感じるなんて。 これだから大人はずるいと叱られそうだ。 「よし、いい加減仕事しないと山野に何言われるかわかったもんじゃないな」 誰に聞かせるでもなくそう独りごちると、余計な思考を振り払うように目の前のことに集中していった。 *** 「失礼しました」 最後まで緊張の面持ちで部屋を出て行く学生を見送ると、扉が閉まると同時にふぅっと意識せずに溜め息が出る。面接が始まってから優に3時間。さすがに少し疲れてきた。 「次で最後になります」 「・・・そうか、わかった」 とはいえこちらも最後まで気を抜くわけにはいかない。 こちらは誰かの人生を大きく左右する責任の重い役目を担っているのだから。 気持ちを入れ直すように目を閉じてゆっくりと深呼吸し直す。 「 失礼します 」 と、聞こえてきたどこか耳に馴染みのある声に違和感を覚える。 どこかで聞いたことがあるような、ないような・・・ そんなことを考えながら閉じていた目を開いていった。 「 _______ ?! 」 だが次の瞬間、己の視界に捉えた人物に時間が止まる。 まさか・・・・・・ 何故?! 突然のことにらしくもなく激しく混乱する俺とほんの一瞬だけ目があうと、その人物は正面を見据えたままはっきりとした口調で自らの名を名乗った。 「 牧野花音です。よろしくお願いします 」
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愛を聞かせて 4
2015 / 10 / 30 ( Fri ) カラカラカシャーーン!
転がって落下したペンの音がやけに大きく響いて聞こえる。 「専務、大丈夫ですか? どうかなされましたか?」 「あ、あぁ・・・・・・いや、何でもない」 「そうですか。こちらどうぞ」 「・・・ありがとう」 ペンを受け取りながら尚も混乱し続ける頭の中を必死で整理していく。 「では面接を始めましょう。まず・・・」 今目の前で真新しいリクルートスーツに身を包んでいる女性、それは紛れもなくつい先日4年ぶりに再会したばかりの花音、その人に他ならない。 だが彼女は牧野という姓を名乗っていた。 何故? 就職活動に道明寺という名が別の意味で足枷になると判断したのだろうか。 ・・・いや、この際そんなことはどうだっていい。 問題は何故彼女がここにいるか、だ。 どうしても入りたい会社があると言っていたが・・・まさかそれがうちだったということか? おっさんは? つくしは? まさか何も知らせずにこんな行動を? ・・・わからない。 あまりにも予想だにしないこの現実に情けないほどに何も考えられない。 「・・・・・・む? 専務?」 必死で自分を呼ぶ声にハッとする。 しまった。 混乱するあまりこれまでのやりとりが何一つ頭に入っていなかった。 時計を見れば花音が入室して既に10分超、時間も終わりに差し掛かっている。 「最後に専務からお聞きになりたいことはありませんか?」 「・・・・・・」 部下の言葉にあらためて花音の顔を正面から見据える。 初めて見るスーツ姿。綺麗な黒髪を1つに束ね、ピンと背筋を伸ばした美しいその姿はもう立派な社会人に見えた。自分のよく知る少女の姿ではない、1人の女性がそこに。 いつまでも動揺する俺とは対照的に、どっしりと構えて俺の言葉を待っている。 「・・・では1つだけお伺いします。何故あなたは我が社に入りたいと思ったのですか?」 定番中の定番の質問だ。 だがそれこそが俺が最も知りたいことだった。 ____ 何故? 「はい。私のもつ全ての能力を捧げたい、そう思えるのが御社しかないからです。ここで自分の力を最大限に発揮して働いている自分の姿をずっと想像しながら努力し続けてきました。ですから私の中で御社以外で働くという選択肢は存在しません」 「 ____ 」 自分で聞いておきながら、間髪入れずにはっきりと返ってきた答えに言葉もない。 そこに一切の迷いはなく、ただただ彼女の真っ直ぐな強い意思だけが突き刺さる。 「ありがとうございました。ではこれにて終了とさせていただきます」 「はい。ありがとうございました」 進行役の言葉に立ち上がると、実に綺麗なお辞儀をして花音は部屋を後にした。 全てを終えた室内にはたちまち緊張から解き放たれた安堵感が漂い始める。 ただ1人の男を除いては。 「いやぁ、今年はなかなか人材が豊富ですねぇ。最後の子なんかも有する資格が凄いですよ。いい意味で悩ましいことですなぁ。・・・・・・専務? どうされましたか? やはりどこか具合でも・・・」 ガタン 「悪いが俺は先に戻る。後は頼んだぞ」 「え? あ、はい、わかりました」 言うが早いかすぐに部屋を出て行くと、未だ混乱する頭を抱えながら一直線に走った。 バンッ!! 「・・・お疲れ様でした。全て終わりましたか?」 「知ってたのか?」 「えっ?」 「花音がうちに来てたってこと、お前は知ってたのか?」 「・・・はい、知ってましたよ」 らしくもなく息を乱しながら駆け込んできた男が言わんとすることがわかった山野は動揺するでもなくあっさりと認めてしまった。 「どうしてだ?! 何故あの子を・・・」 「何故? 逆に聞きますがそのことに一体何の問題があると言うのです? 花音様が我が社に就職したいと思う気持ちを我々が操ることができるとでも? 全ては彼女の意思で決められたこと。それに我々が口出しする権利はありません」 「だがあいつは・・・!」 「ならば個人的な感情で彼女の将来を左右していいということですか?」 「 ____ っ、それは・・・」 言葉に詰まる遥人に山野がふぅっと息を吐き出す。 「専務と花音様の間に何があったかは存じ上げません。ですが花音様はきちんと努力をなさった上で我が社への就職を希望されている。何の力も借りずに、ご本人の努力だけで。本筋と違うところで評価されたり梯子を外されたり、そんなことがどれだけ悲しい事であるか、専務ならよくご存知なのではないですか?」 「・・・・・・」 「採用するしないも対等な人間として純粋に判断されればよいこと。不十分だと思えば不採用という選択肢だってあるのですから」 あまりにも正論過ぎて何一つ言い返すことができない。 明らかに今の自分は個人的感情で動いてしまっている。 いくら動揺しているとはいえ、それは上に立つ人間として絶対にあるまじきことだ。 「・・・悪い」 「いえ、専務が驚かれるのも当然のことですから。私も最初に気付いた時には驚きました。ですがそれと同時にわかったような気がするのです。何故花音様がこの4年間一度も日本に帰られなかったのかが」 「・・・・・・」 複雑な面持ちで立ち尽くす我が上司にフッと表情を緩めると、山野はいつになく穏やかな口調で言葉を続けていく。 「花音様を採用するかしないか、それは一社会人として公正に判断してさしあげればよろしいこと。たとえ結果的に不採用となったとしても、それが個人の感情に左右されたものでないのならば、彼女は正面からそれを受け入れることでしょう。複雑な事情は個人的に解決なさればよいのです。ですからどうか難しくお考えになりませんよう。・・・それからいつものようにまだ履歴書には目を通されていないのでしょう? ならばじっくりご覧になられたらいかがでしょうか。そこから見えてくることもあるやもしれません」 「・・・」 「では私はこれで」 ・・・・・・誰もいなくなった部屋に1人、ふっとデスクの上に置かれたファイルが目に入った。 事前には一切の情報を入れないと決して見なかったもの。 無言で腰を下ろすと、バサバサと中を開いて1つ1つに目を通していく。その人物の歩んできた道のりやどんな志を持ってこの会社へ来ることを決めたのか、たった1枚の紙切れに様々な人生が見えてくる。じっくりと読み進めていきながら、最後によく見知った顔と目があった。 「・・・凄いな」 それは素直に出た言葉だった。 数多の履歴書を見てきたが、これほどまでにびっしりと資格の欄が埋められているのを見るのは初めてだった。一体どれだけの努力をすればこれだけの資格を得ることができるのだろうかと言うほどに、びっしりと。それはこの4年だけでは絶対に成し得ないものだということは一目瞭然。 よほど人間性に問題がなければ、おそらくどこの企業も喉から手が出るほどの人材であることに疑いの余地は微塵もなかった。 ・・・自分の知らない彼女の姿を見せつけられたような気がした。 生まれた時からずっと身近にいたようなつもりでいて、実は見えていなかったことがどれだけあったのだろうか。 「・・・・・・」 ファイルを閉じてふぅっと息を吐き出す。 己の未熟さを痛感する。 いつかはトップに立つ人間がこの程度のことで動揺するだなんて。 「・・・コーヒーでも飲んで切り替えるか」 あれこれ考えたって仕方がない。 今は自分がやるべきことをしっかりと。 そう気持ちを入れ替えると、全ての迷いを振り切るように勢いよく立ち上がった。 *** コンコン 「はい」 「花音様、お客様ですよ」 「・・・どちら様?」 「はい、遥人様がお見えになりました」 ・・・・・・・・・・・・・・・ガタガタガタガタバンッ!! しばらくの沈黙の後、けたたましい音と共に現れた女性に使用人がパチパチと目を瞬かせる。 「・・・・・・ハルにぃが来てるの? ここに?」 「は、はい。こちらにお見えになるのはお久しぶりで使用人も皆喜んでおります。今応接室でお待ちいただいてますがこちらにお呼びいたします・・・あっ、花音様っ?!」 最後まで聞くことなく飛び出すと、美しい見た目からは想像もできないほど凄まじい勢いで走り去ってしまった。その光景をただただ呆気にとられて見送りながらも、使用人は久しぶりに見たその姿に、言葉にできない懐かしさを感じてたまらず笑みがこぼれた。 バンッ!!!! 破れるんじゃないかと思うほどの勢いで突然開いた扉に中にいた男の肩が揺れる。 手にしていたカップが危うく真っ逆さまに落ちてしまうところだった。 「はぁはぁはぁ・・・」 「花音・・・どうしたんだ、そんなに慌てて」 遥人の姿を見るなりみるみる花音の表情が綻んでいくのがわかったが、何を思ったのか一瞬にして難しい顔に変わると、そのまま複雑そうな表情を滲ませたまま目の前まで近づいて来た。 思わず遥人も立ち上がる。 「・・・・・・どうして?」 「え?」 「何しに来たの? 最近はほとんど来なくなったって聞いてたのに」 何しに来たの? なんてこれまでただの一度も言われたことはない。 なんだか激しく責められているような気がして、すぐに答えることができない。 「・・・花音、」 「お説教なら聞かないから」 「え?」 説教? 何の? 「うちに来ることを避けてたハルにぃが突然来る理由なんて1つしかないでしょう? あたしがハルにぃの会社を受けたりしたから。だからやめるように言いに来たんでしょう?!」 思いも寄らない言葉に驚きを隠せない。 まさかそんな風に思われていたなんて。 ・・・いや、彼女がそう思ってしまうのは当然のことかもしれない。 「花音、あのな」 「嫌だから」 「えっ」 言葉を封じるように言葉を被せると、花音はキッと強い意思を滲ませた瞳で遥人を見上げた。 「ハルにぃに何を言われても、あたしは絶対にやめたりしない。絶対に絶対に嫌っ!」 「・・・」 「・・・・・・ちゃんと考えたんだもの」 「え・・・?」 一転して弱々しくなった声に顔を見てみれば、今度はどこか泣きそうに見える。 まだ何一つ話すらしていないというのに、コロコロ変わる表情にどうしたものか戸惑うばかりだ。 「・・・あたし、ちゃんとハルにぃの言った通りに広い世界を見てきたよ? 色んな人に出会ったし、色んな経験だってした。その上でわかったことがあるの」 「・・・何を・・・」 「あたしは何があってもハルにぃが好きだって。ずっとずっと一緒にいたいって」 「 ・・・! 」 「たとえハルにぃがあたしをそういう風に見られないんだとしても、あたしはずっとずっと、これからも変わらずにハルにぃが好き。恋人として一緒にいられないなら、違う形でハルにぃを支えたい。そう思ってずっと頑張ってきたの」 「花音・・・」 「ハルにぃの言うことならなんでも聞きたいって思う。でもこれだけは絶対に譲れないの。どんなに叱られたって反対されたって、絶対に絶対に曲げられない想いがあるんだからっ!!」 思わず出そうになった手をグッと押し留める。 今ここでそれをしてしまうことは間違っている。 「もし不採用になってもあたしは諦めないから。何度だってチャレンジする。ハルにぃの会社に、ハルにぃにあたしが必要だって思ってもらえるようになるまで努力する」 「花音・・・」 あまりにも真っ直ぐなオーラに目眩を起こしそうになる。 それほどに彼女の想いがキラキラと輝いて見えた。 「・・・だから、いくらハルにぃがあたしを諦めさせようと頑張ったって無駄なんだから!」 「えっ?」 「あたしはそれ以上の努力でハルにぃに 『必要だ』 って言わせてみせるんだから!」 「あっ、おい、花音っ?!」 一気に捲し立てると、花音は遥人の制止も無視してドアの方へと走っていく。 だが部屋から出る直前、もう一度だけ振り返ると・・・ 「 絶対に絶対に 『花音が好きだ』 って言わせてみせるんだからっ!! 」 最後に捨て台詞とも言える宣言をして一目散に逃げていった。 それはもう止める暇などないほどに一瞬にして。 ・・・いや、そんなことをする余裕すらなかったのだ。 彼女のストレートな想いに真っ正面から撃ち抜かれて。 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ははっ。・・・・・・くくくくっ・・・!」 何故だろう。笑えて笑えて仕方がない。 結局、ここに自分が来た目的は何一つ果たせてはいない。 そうだというのにおかしくてたまらない。 「 言われちゃったねぇ 」 誰もいないと思っていた入り口から聞こえた声にハッと振り返る。 「・・・・・・つくし」 「あの子、誰に似たんだか猪突猛進って感じよね」 「・・・どっちにもそっくりだろ」 「あははっ、やっぱりそう?」 「良くも悪くも遺伝子引き継ぎだっつーの」 「あははっ、そうだよねぇ~。でも親バカかもしれないけど、すっごく自慢の娘なのよ?」 「・・・・・・」 そんなことは誰よりも知っている。 だからこそ4年前ああいう選択をしたのだから。 「ねぇハル、少し昔話しよっか」 「・・・昔話?」 怪訝そうに眉を寄せた遥人に、つくしがニコッと笑って頷いた。
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愛を聞かせて 5
2015 / 10 / 31 ( Sat ) バタンッ!!
「・・・・・・花音? ・・・どうしたのっ?! そんなに泣いて・・・!」 突然夫婦の寝室に入ってきた我が娘の姿に言葉を失う。 それもそのはず、幼少期以来じゃないかと思えるほどに大粒の涙を流して泣いているのだから。 慌ててつくしが駆け寄ると、待ちきれずに花音が自らしがみついていた。 「ママ・・・ママぁ~~~!!」 「花音・・・? 一体何があったの・・・?」 そっと抱き締めると、まるで子どものようにワンワンと声を上げて泣き出してしまった。 戸惑いながらベッドに目をやると、やはり同じように司も状況が全く掴めていない様子だ。 とはいえこの子がここまで取り乱す原因などおそらく1つしか考えられない。 「大丈夫よ。好きなだけ泣きなさい」 アイコンタクトを取るように頷くと、つくしは自分よりも少し背の高い娘の背中を優しく摩りながら、何度も何度も大丈夫と笑って声をかけ続けた。 「・・・・・・ごめんなさい。ノックもなしに入ってしまって」 ようやく落ち着きを取り戻した花音が真っ赤になった鼻を啜りながらしょんぼりする。 「そんなことは気にしなくていいの。ほら、温かいココアでも飲みなさい」 「ありがとう・・・・・・あったかぁい」 受け取ったココアを飲み込むと、体の中心から指先に温もりが広がっていく。 そんな姿に微笑みながら隣に腰を下ろすと、つくしも自分のものを一口飲み込んだ。 「うん、おいしいね。さすがあたしだわ」 「・・・ふふっ」 思わず笑みが零れると、つくしも嬉しそうに笑う。 心配しているに違いないのに、無理に何も聞き出そうとはしない。 そんな母の優しさが中と外から染みこんできて、今度は違う涙が溢れそうになってくる。 それをぐっと堪えると、花音はもう一口飲み込んでからゆっくりと話し始めた。 「・・・ハルにぃに好きだって言ったの」 「うん」 「でも・・・・・・ハルにぃはあたしを妹としてしか見てないって・・・」 そこまで言ってたちまち目の中に水溜まりができていく。 必死に零れないようにと瞬きをせずに我慢していたが、ほんの数秒でぽろりと1粒の滴が零れ落ちていった。そうなってしまってはもう止めることなどできやしない。 ほんの数十分前に逆戻りしたように次から次へと涙が溢れだした。 「そっかぁ・・・ハルは花音にそんなこと言ったんだね」 「・・・・・・あのクソガキ。ぶん殴ってやる」 「司っ、ダメっ!」 眉間に深い皺を寄せて立ち上がった男をつくしの一言が引き止める。 鶴の一声でたちまち動きを止めてしまう大男に、いつもなら真っ先に花音が笑っているところだ。 「なんで止めんだよ」 「当然でしょう? ハルの答えの何が悪いの? あの子は今の自分の気持ちに正直に答えただけ。それがこの子の望んだものじゃないからって、わざわざ親が出ていって殴るって言うの? あの子が一方的に何かをしたのならわかる。でも今回のことでハルを責めるのは筋違いよ。それに、力で人の心を動かすことなんてできない。そのことを一番わかってるのは誰?」 「・・・・・・」 何かを考えた後に無言で座ったものの、まだぶすくれているのはそれが正論だと認めているからこそ。 目に入れても痛くないほど可愛い娘への親バカゆえだが、つくしはすっかり父親になった司の姿にクスッと笑うと、尚もポロポロと涙を流している花音へと向き合った。 「そっかぁ。じゃあ諦める?」 「 ___っ、そんなのは絶対に嫌っ!!! ずっとずっと好きだったんだもの! ハルにぃ以外に好きになれる人なんて一生現れないっ! 」 泣いていたことも忘れて声を張り上げる。 「じゃあ今の花音にできることを考えよ?」 「えっ・・・?」 「ハルは他に何て言ってた?」 「え・・・」 何故母はそんなことを聞くのだろう。 わからないながらも必死で記憶をたぐり寄せる。 「・・・あたしにもっと広い世界を見て欲しいって。色んな人に出会って、色んな経験をして・・・そうして成長していくあたしを見守りたいって」 「そっか。じゃあそうしてみればいいんじゃないかな」 「・・・ママ?」 「ねぇ花音、ハルに留学のことについて話してないのはどうしてなの?」 「えっ?」 「今までの花音だったら何でもハルに相談してたのに。出発までもう時間もないのに、どうして一度も話そうとしなかったの?」 「それは・・・」 アメリカの大学に進学したいと言い出したのはもう半年以上も前のことだ。 これまでくっつき虫のように遥人にべったりだった花音が、何故かこの留学についてだけはただの一度も口を割ることはなかった。 「本当はこうなることを心のどこかで予感してた。・・・違う?」 その言葉に信じられないような顔でつくしを見上げた。 「どうしてわかったんだって顔してるわね。そんなの気付くに決まってるじゃない。この世で一番好きなのはハルにぃ!って花音がこんなに大事なことを言わないんでいるんだもの。何か考えがあってのことに決まってるでしょ」 「ママ・・・」 『この世で~』 のくだりで司の眉が激しく動いたのにつくしは気付かないフリをする。 まるで予言者のように全てを言い当てる母に驚き、そして脱帽の溜め息が出ると、花音はゆっくりと頷いた。 「・・・ママの言う通り。本当はずっと気付いてたの。今のハルにぃがあたしのことをそういう対象で見てないって。でもこのまま4年間も離れるのが怖くて・・・。だってハルにぃはすごく素敵な男性なんだもん。いない間に色んな女の人に言い寄られるに決まってる。だから向こうに行く前にどうしてもあたしの気持ちをちゃんと言っておきたくて・・・」 「留学のことを言わなかった理由は?」 「・・・・・・・・・もしもダメだった時、これが1つのきっかけになるんじゃないかって」 「・・・」 「ハルにぃが断るとすれば、あたしを大事な妹として見てるって言われるってわかってた。だから何かを変えるきっかけが欲しかった。今まであたしはどんなことでもハルにぃに話してきた。でも日本を離れるっていう大きな決断を、どうしても自分でしたかったの。そうして離ればなれになって・・・ハルにぃとあたしの関係が少しでも変われたらって。・・・・・・その可能性に賭けてみたかった」 留学を考え始めてから今日まで、一体どれほど悩んできたのだろうか。 本音で言えば大好きな遥人に全てを話してしまいたかったに違いない。 それでも、絶対に好きな人と一緒になるんだというその信念だけが花音を前に動かしている。 その強い想いこそが。 「じゃあお前の思うようにやってこいよ」 「・・・パパ?」 「お前を受け入れなかったアイツをぶん殴ってやりてぇ気持ちに変わりはねぇが、まぁ一方ではあのヤローにお前をやらなくて済むって意味で俺は安堵してるけどな」 「えっ?」 ここまで沈黙を貫いていた司の思わぬ一言に花音が目をぱちくりとさせる。 「ちょっと、司っ! あんた何言ってるのよ?!」 「親としては当然だろ。よりにもよってあのクソガキに誰が大事な娘をやるかってんだ」 「クソガキって・・・ハルはもうとっくに立派な大人でしょうが」 「フン、いつまで経ってもクソガキはクソガキだ」 「ハルにぃはクソガキなんかじゃないよっ! すっごくすっごく優しい大人の男性だもん! いくらパパだからってハルにぃを悪く言わないでっ!!」 「・・・・・・」 娘にはっきりと咎められた父親の何とも言えないこの表情。 微妙な睨み合いをしている娘と夫を交互に見ながら、つくしはついに耐えきれずに吹き出した。 「ぷぷっ・・・あはははっ! あー、おかしいっ。花音、諦めなさい。司はね、ハルがどーーーんなにいい人でもそれを素直に認めることはないんだから。今までだって散々見てきたでしょう? どーでもいいことで張り合う子どもみたいな2人を」 「おい、誰が子どもだよ」 「ほらね、すぐムキになるでしょう? これはもうハルと出会った時からずっと変わらないんだから。でもね、司は自分が認めない人間に大事な大事な子ども達を預けたりはしない。花音が赤ちゃんの頃からずーーーーっとハルにぃの傍にいられたのは、司が誰よりも彼を認めてる何よりの証拠でもあるのよ」 「勝手に言ってんじゃねぇぞ」 「男の人って変に子どもみたいなところがあるから。だから大目に見てあげて?」 司の横槍など完全無視。 怒ると鬼も逃げ出すほど恐ろしいはずの父親も、母にはまるで歯が立たない。 「・・・ぷっ、あはははっ! もう、おかしくてダメっ・・・!」 「チッ・・・!」 お腹を抱えて笑い出した娘に、司は顔中に青筋を浮かべながら思いっきり舌打ちした。 「・・・とにかく、お前がそこまで考えて行動したんだったらそれを貫き通せ。言っておくが俺は中途半端な覚悟のヤローにお前をやる気はねぇぞ。いくらお前が好きな相手だろうと、そんな奴はこの俺がぶっ飛ばしてお前に指一本触れさせねぇ。それだけは覚悟しておけ」 「パパ・・・」 司なりの最大限のエールを受け取ると、花音は親譲りの真っ直ぐな瞳で前を見据えた。 「あたし頑張る。だって大恋愛の末に結ばれたパパとママの娘だもん。振られても振られても、絶対に諦めたりしない。ハルにぃが今のあたしをそういう風に見れないなら、もっともっと成長していつか振り向かせてみせる。今のあたしはまだまだ子どもだけど・・・あたしが必要だって思ってもらえるように、今の自分にできることを精一杯頑張ってくる」 力強くそう言い切った娘につくしが嬉しそうに何度も頷いた。 「さすがはあたしの娘。よく言った」 「おい、俺の娘だからだろうが」 「いーえ、この健気さはあたしの遺伝子でしょう」 「はぁ?! どう考えても俺だろうが! お前はむしろ俺から逃げてただろ」 「それは司に原因があるんでしょ?」 「んだと? お前なぁっ!」 「あーーーーもうっ! 子どもみたいな喧嘩はやめてよっ!!」 娘の清々しい決意表明から何故こういう方向に行ってしまうのか。 相も変わらずな我が親に呆れかえりながらも、花音は2人を交互に見ながら笑って言った。 「パパもママもどっちも一途。だからこそ苦しい時間を乗り越えられて今があるんでしょう? 2人が直面した壁に比べればあたしなんてひよっ子みたいなものかもしれないけど・・・いつか必ずこの賭けに勝ってみせるから。だからハルにぃには何も言わないでね」 「・・・わかった。花音の納得いくまで頑張りなさい」 「ありがとうママ。パパも背中を押してくれてありがとう」 「押した覚えはねーけどな」 「ふふっ、充分過ぎるほど押してくれたよ。そういうパパの優しさが大好き」 「・・・」 「・・・だって。よかったねぇ~、パ・パ?」 照れくささを隠すように難しそうな顔をしている司の脇腹をツンツンと突くと、即座にジロリと鋭い眼が光った。大きな手が伸びてこようとする前に素早い動きで離れると、つくしは愛しい我が娘をぎゅうっと抱き締めた。 子どもの頃から何かあればこうしてきた。 それはいつの間にか自分よりも大きくなっていた今になっても何も変わらない。 「頑張れ、花音。パパとママは何があっても花音の味方よ」 「・・・うん」 「ハルもね、誰よりも花音のことを大切に思ってる。それはママが自信を持って保証する」 「・・・うん」 「大事だからこそ戸惑ってる。ずーーっと家族同然で一緒に過ごしてきたんだもの。ハルの方が大人だからこそ、色んなことを考えちゃうの。悩んで迷うのは何も子どもだけじゃない。大人だって皆同じ。パパとママだってそう。いっぱい悩んで苦しんで、泣いて。そうして少しずつ人は成長していくのよ。その成長には際限がないんだから」 「・・・じゃあパパとママもまだ成長してるの?」 「もちろん! さっきのくだらない喧嘩見たでしょう? まだまだまだまだ成長しなくっちゃ」 「プッ・・・!」 笑う花音の頭を優しく撫でると、つくしはまるで聖母のような微笑みで語りかけた。 「ハルは優しすぎるから。だから焦らないで待ってあげて? 成長した花音を誰よりも喜んでくれるはず。だから今は自分の進むべき道を行きなさい」 「・・・・・・はい!」 コクンと大きく頷くと、つくしも嬉しそうに笑う。 そんな2人を司が黙って見守っている。 そこには長い年月をかけて築き上げてきた家族の愛が確かな形として存在していた。 その絆を確かめ合って数週間後、宣言通り花音は遥人に何も伝えることなく日本を旅立った。
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