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Holy Night 前編
2015 / 12 / 24 ( Thu )
聖なる夜は思い出す。
あなたと誓ったあの約束を ____





「つくしぃ~~~~!」

一通りの挨拶を済ませてほっと一息ついたところで耳馴染みのある声が聞こえてきた。
見なくともともわかるその声にクスッと笑うと・・・

「諒くん、久しぶりっ!!」

振り向くと同時に飛び込んで来た小さな体を正面から受け止めた。

「こら~っ! 呼び捨てするなって言ってるでしょーがっ!!」
「滋さん・・・久しぶり!」
「つくし~~!! 逢いたかったよぉっ!!」
「わっ?! あははっ!」

後ろから追いかけてきた母親は息子に説教をたれながらもとる行動は全く同じ。
いきなり抱きついてきたかと思えば親子揃ってギュウギュウしがみついて離れない。
もう何年経とうと変わらない光景だ。

「元気だった?」
「もちろん! 滋さんは?」
「見ての通り元気元気!」
「つくしぃ~、俺も元気だったぞ!」
「あはは、それはよかった。またグンと大きくなったね?」
「あったり前だろー? ご飯モリモリ食って早くつくしを追い越すんだからな!」
「あはは、それは楽しみだなぁ~!」
「こらっ、だから呼び捨てはやめなさいって言ってるでしょっ?!」
「あははは!」

おしとやかなお嬢様とはほど遠かった滋も今では二児の母。
結婚と同時に海外移住が決まり、今ではこうして節目の時に会うくらいしかできなくなってしまったが、たとえ会える回数が少なくとも自分たちの友情は何も変わらない。

「毎日大変そうだね」
「ほんとにね~! 家に怪獣がいる感じ」
「あははっ、でも滋さんも負けてないからバランスは取れてるんじゃない?」
「ちょっとー?! どういうことよっ!」
「あははははっ!」

楽しそうに笑うつくしを見て一瞬だけ言葉に詰まったが、滋は笑顔でお腹に手をあてた。

「実は・・・さ、来年もう1人増えるんだわ」
「えっ?」

その言葉に目を丸くしたつくしは滋のお腹を凝視した。
まだぺたんこのその場所だが、滋の顔は既に母性で溢れている。

「そうなの?! それはおめでとう~~!! 体大事にしてね!」
「ふふ、ありがと」
「あ~、そんな時にわざわざこっちに来てもらっちゃって・・・大丈夫だった? ごめんね、無理させちゃったよね」
「何言ってるの! あたしにとってもこれが楽しみの1つなんだし、無理だと思うならそもそも来ないから。だから何にも気にしないでいいんだからね?」
「滋さん・・・ありがとう」
「お礼を言うのはこっちの方。いつも招待してくれてありがとね」

あらためて感謝の気持ちを伝え合うのはどこか照れくさい。

「そういえば司は?」
「あー、数日前からちょっと色々とね。今も会社に行ってる。もうすぐ戻って来るみたいだけど・・・」
「そっか~、相変わらず忙しいんだね。だからつくしが1人で挨拶回りしてたんだ。納得納得。な~んか、すっかり道明寺夫人になったんだねぇ」
「やだ、全然そんなんじゃないから」
「え~? 誰がどう見たって立派な女主人でしょ。つくしが来てからこういうパーティもすっかり様変わりしちゃってさぁ。昔はもっと無機質な感じだったのに、今ではアットホームな雰囲気で来る人も楽しいと思うよ?」
「あはは、だといいんだけど」
「そうだって! もっと自分に自信もっていいんだよ、つくしは」
「・・・ありがと」

なんだかむず痒くて鼻を掻いたところで遠くから滋を呼ぶ声が聞こえてきた。

「あ、ごめん。ちょっと行かなきゃ」
「うん、今日はほんとにありがとう」
「またあっちに戻る前に連絡するから!」
「了解! 諒君、またね!」
「つくし、またなっ!!」

ブンブン笑顔で手を振る男の子に負けじと手を振りながら、そんな親子の姿が人混みに消えた瞬間、何故か全身から力が抜けていくのを感じた。

言葉に表すことのない脱力感、虚無感。
笑っていた顔が無意識のうちに真顔へと戻っていく。
ダラリと落ちるようにして手が下がると、つくしは華々しく賑わう会場をどこか他人事のようにぼんやりと眺めた。

「・・・・・・ちょっと疲れが溜まってるのかも」

司がいない分自分がしっかりしなければと気を張りすぎたのもしれない。
道明寺夫人として恥じることのないよう、陰で笑われたりしないようにと。
その張り詰めた心は体を誤魔化すことまではできなかったのか、今日が近づくにつれて日に日に眠れない夜が続いた。
懐かしい友に会ったことで緊張の糸がプツリと切れてしまったかのように、体は思うように動いてはくれない。

「あ・・・ほんとにやばい、かも・・・」

覚えているのはそう口にしたところまで。
次の瞬間グラリと視界が反転すると、つくしの意識はそこでプツリと途絶えてしまった。


ガタガタガシャーーーーーンッ!!


「きゃあーーーっ!!」
「奥様っ?! 奥様っ! しっかりなさってくださいっ!!」
「誰か、救急車っ! 救急車を早くっ!!」

遠ざかっていく意識の向こうで何か騒がしい音がする。
けれどそれが何かなんてわからない。




クリスマスの度に思い出す。
そして思い出してはちょっぴり切ない痛みを伴う。
何故ならあたしは・・・





『 あたしと離婚してください 』





10年前の今日、あいつに離婚を申し出たのだから ___




 
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昨日は2回更新しています。(そして 「また逢う日まで」 完結しました!)
見落としのある方は是非そちらもご覧くださいね^^
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00 : 00 : 00 | Holy Night | コメント(14) | page top
Holy Night 中編
2015 / 12 / 25 ( Fri )
『 今なんつった・・・? 』

その声は震えていた。
怒りに、悲しみに。 ありとあらゆる負の感情が入り交じって。
それでもあたしは構わずに言葉を続けた。

『 だからあたしと離婚してください。あたしの分はもう書類に捺印してるか・・・きゃあっ!! 』 

バシィッ!!

乾いた音が広い部屋に響き渡る。
勢い余って床に倒れ込んでしまったあたしを、あいつが今にも泣きそうな顔で見下ろしていた。
ジンジンと熱を持つ頬に不思議と痛みは感じない。
あたしは殴られて当然のことをしているのだから。
それよりも、今目の前で苦しげに顔を歪めている男を見る方がよっぽど痛い。

『 ・・・ざけんなよ・・・・・・ふざけんなっ!! 』
「 ふざけてなんかいない! あたしは真剣にっ・・・! 」
『 だからそれこそがふざけてるっつってんだよ! 離婚? 捺印した? この俺がそんなことを許すわけがねーだろうが!! 』
「 だって! だってっ・・・!! 」
『 いくら子どもがいたってお前がいなきゃ何の意味もねぇんだよっ!! 』
「 ・・・・・・っ! 」

空気を切り裂くような悲痛なその叫び声に息が止まる。
座り込んだまま呆然と見上げるあたしの前にゆっくりと跪くと、あいつはあたしの両手を握りしめて顔を埋めた。その手は微かに震えていた。

『 なんで・・・なんでわかんねぇんだよ・・・。俺にはお前が全てなんだって・・・ 』
「 ・・・・・・ 」
『 子どもができない? それが何だっつーんだよ。んなこと俺たちの人生に何の関係もねぇ 』
「 でもっ、あんたはっ・・・! 」
『 道明寺の後継者だからって? だからどうしたんだよ。実子じゃなきゃ後を継げない法律でもあんのか? あるとするならそんな法律は俺が変えてやる 』
「 そんなバカなこと・・・ 」
『 バカ? 馬鹿げてんのはお前の方だろうが。子どもがいないだけで何故俺たちが別れる必要がある? 俺は子どもが欲しくてお前と結婚したんじゃねぇ。お前と人生を歩みたくて家族になったんだ。逆にお前は俺に子どもをつくる力がないんなら俺を捨てるのか?」
「 そんなわけないじゃないっ!! 」

即座に否定した言葉は思いの外大きな音で響き渡る。
自分でも驚くほどのその声に、司は何故か嬉しそうに笑って見せた。

『 だろ? そんなん俺だって同じだ。子どもの有無なんてどうだっていい。お前さえいれば 』
「 でも、でも・・・あんたは・・・ 」
『 今時養子をもらうことは珍しいことじゃねぇ。それに、姉ちゃんのところにだって子どもはいる 』
「 でも、でもっ・・・! 」

あたしはあんたに 『 家族 』 をつくってあげたかった。
愛情を知らずに育ったあんたに、愛ってこんなにも素晴らしいんだよって。
そんな笑顔溢れる家族の姿をあんたに ____

『 つくし・・・やっぱりお前は何もわかっちゃいねぇ。たとえ10人子どもがいたってなぁ、そこにお前がいなきゃ何の意味もねぇんだよ。お前たった1人の価値に敵う存在なんて、この世のどこを探したっていねぇんだよ! ・・・俺はお前がいて初めて人間らしく、俺でいられんだよ・・・ 』
「 つ、かさ・・・ 」
『 お前さえいれば俺は何も望まない。・・・お前を愛してる 』
「 つか・・・っ 」

パタパタと、どこからともなく音が響いてくる。
それはとめどなく続いていき、やがて完全に視界が歪んだときに初めて自分が大粒の涙を流しているのだと気付いた。

『 つくし・・・ 』
「 うぅっ・・・うぅ゛ーーーーーーーーーーーーっ・・・! 」
『 お前を愛してるんだ・・・お前以外は何もいらない。お前だけ・・・ 』
「 あぁ゛ーーーーーーっ・・・! 」

まるで壊れた機械のように、手負いの獣のように大声で泣き崩れるあたしの体を、あいつは優しく優しく抱きしめた。壊れないように、労るように。けれど絶対に離さないという強い意思だけは伝わってきて、あたしの涙腺は完全に崩壊してしまった。
張り詰めていた糸が切れてしまったように、ただひたすらに声を上げて泣いた。






「・・・・・・え? 今、なんと?」
「・・・ですから、奥様は非常に妊娠しづらい体質であることが判明しました」

医師から告げられた言葉に頭が一瞬にして真っ白になる。
・・・何?
妊娠しづらい・・・?
・・・一体、誰が・・・?

「数ヶ月にわたり精密検査をしてきましたが、奥様の場合は卵子を作る機能に・・・」

具体的な説明をしてくれているというのに何一つ頭に入っては来ない。
何も、 ___ 何も。


『 お子さんはまだですか? 』


そんな何気ない他人の一言が気になるようになったのはいつからだっただろう。
子どもなんて、結婚して欲しいと思えばそのうち自然にできるんだって信じて疑わなかった。
だからすぐにできなくたって、夫婦仲良くしてればいつかその時が来るって深く考えもしなかった。

『 一度軽い気持ちで検診受けてみるのもいいんじゃないですか? 健康診断にもなりますし 』

そんな桜子のアドバイスで初めて婦人科を訪れたのは・・・結婚してから2年経ってのことだった。
そしてそこで告げられた衝撃の事実。
全くもって想定だにしていなかった事態に、頭は完全に考えることを拒否してしまっている。

「あ、あの・・・しづらいってだけでできないってわけじゃないんですよね?」

そう。彼女は 「できない」 とは言ってはいない。
そんな淡い期待に胸を膨らませながらそう尋ねたが、医師の表情は晴れないまま。
そのことがまた暗黒の世界へと自分を突き落としていく。

「仰るとおりできないわけではありません。ですがデータを見る限り奥様の場合は自然妊娠は限りなく難しい状況なのも事実です。ですから人工授精や体外受精などの不妊治療へとステップアップされることが望ましいかと。卵は少しでも若い方がいいですから、取り組むお気持ちがあるのでしたらすぐにでもなされた方がよろしいかと思います」
「・・・・・・」
「・・・突然のことで混乱もおありでしょう。自然妊娠が不可能なわけではないし、治療をすれば子どもができるという保証もありません。何よりも治療は心に無理な負担をかけてまでするものではないと思っています。ご夫婦の問題ですから、ご主人とじっくり話し合われて答えを出されてくださいね」

そう言って優しく微笑みかけてくれた女医の顔がやけに歪んで見えた。
・・・あぁそうか、あたしは泣いているんだ。
この涙は何? 悲しくて泣いてるの?

・・・違う。 不甲斐ない自分自身への怒りで泣いてるんだ。
今までだって気付くチャンスはいくらだってあったはずなのに、何故あたしはこんな大事なことに気付かなかったのだろう。
 「 当たり前 」 なんてこの世には存在しないのに、目の前の幸せで頭がいっぱいになって、そこかしこに転がっていたその可能性を素通りしてしまっていた。




あいつと一緒になるまでたくさんの試練を乗り越えたんだから、この先にはもう幸福な未来しかないなんて、そんな馬鹿げたことをあたしは本気で信じていたのだ ____






 
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Holy Night 後編
2015 / 12 / 26 ( Sat )
医師から告げられたことを正直に話したあたしにあいつが言った言葉 ___

『 だからなんだ? そんなことは俺たちにとって何の問題もない 』

少しも考えることもなく即答したあいつに、あたしの心は打ち震えた。
そして心のどこかで彼ならきっとそう言うに違いないと信じていたし、そう期待もしていたのだ。

思いも寄らぬ宣告にショックを受けたのも事実だけど、悲観してばかりはいられない。
そう、可能性がたとえ1%でも残されているのなら。
その可能性を信じて前を向いて進んでいくだけ。
司は無理してまで子どもを作る必要なんかないって言ってくれたけど、あたしに迷いはなかった。

あいつに温かい家族をつくってあげたい、それはあたしの何よりの夢だったから ___



けれど現実はそんなに甘いものではなかった。
検査結果を受けていきなり体外受精から入ったものの・・・望まない結果が繰り返されるだけ。
やがて時間と共に顕微授精へとステップアップしたけれど、そこでも結果は同じ。
今度こそ! と期待を抱いて胎内へ戻しても、そのうち駄目になって流れてしまう。
そんなことの連続だった。

頑張ろうと気持ちが空回りするばかりで、結果は全くついてこない。
辛いなんて弱音を吐くことは許されない。だって、あたしは経済的に恵まれてるんだから。
お金の心配をせずに治療に打ち込ませてもらえる。それだけでもどれだけ幸せなことなのか。
だから、絶対に弱音なんて吐いちゃいけない ___
あたしは知らず知らず自分を追い詰めていった。


気が付けば治療を始めてから4年目に突入した頃、突然あいつが言った。

『 俺はお前がいれば後は何もいらない。辛い治療を続けて悲しむお前を見るよりも、子どもがいなくたってずっと笑っていられる2人でいたい 』 と。

涙が止まらなかった。
あたしを慰めるためじゃない。
あいつは心の底からそう思って言ってくれたんだってわかってるから。
自分がどれだけ幸せなのか、いつバチがあたってもおかしくないほどに恵まれているのか。
こんなにも自分を愛してくれる人と巡り会うことができた奇跡。
その奇跡にこれほど感謝したことはない。

それなのに・・・

それと同時にどうしても消すことのできない罪悪感があたしの中で渦を巻き始めた。
どうして・・・どうして神様はこんなに残酷なのか。
誰よりも家族の愛を知って欲しい男に、何故こんな試練を与えるのか。
あいつにそっくりな子どもを抱かせてあげたい、くだらないことで大笑いしたい。
そうすればあいつはもっともっと本当の自分を取り戻すことができるのに ___

あたしの心を疲弊させていったのは自分自身だけではない。
道明寺財閥の副社長という立場上、ありとあらゆる人脈がある。
何かにつけて人と会う度に、 「お子さんはまだですか?」 と決まり文句のように言われる。
結婚した夫婦に対してありふれたはずの会話が、こんなにも鋭い凶器へと変貌するなんて。
自分がそうなるまで気付きもしなかった。

今になって思う。これまで自分は知らず知らず無神経なことをしていなかっただろうかと。
上手く話を流してくれるあいつの横で作り笑いをするあたし。
そんなことを繰り返していくうちに、いつしか笑おうとすると息苦しささえ感じるようになっていた。

そんなあたしをあいつは大事に大事に労ってくれた。
その優しさが嬉しいと思う一方で、とてつもない罪悪感が自分に襲いかかるのだ。
自分は心配ばかりかけて一体彼に何ができるというのだろうか。
何が雑草のつくしだ。
ポキッと根元から折れてしまっては、いくら雑草だって立ち上がることなどできやしない。

情けない。
悔しい。
腹が立つ。

・・・・・・悲しい。

どんなに這い上がろうとしても、出口の見えない底なし沼のように負の感情から抜け出せなくなってしまったあたしは、結婚してから6年目のあの日、あいつへ離婚届を差し出した。
別れるなら早いほうがいい。
あいつにはいくらだって家族をつくるチャンスがあるのだから。

最初は寂しくても、いつかあいつが幸せな家族を築いてくれるなら・・・あたしは心の底から笑って祝福したい。それは嘘偽らざる本音だった。
あいつは優しいから自分からそんなことを言い出したりしない。
だから、あたしの方からあいつを自由にしてあげなければ ____



『 いいか、つくし。二度とこんなバカな真似はするな。もし万が一こんなことをしようものなら・・・俺はお前を殺して自分も逝く 』
「 ・・・っ! 」
『 俺は本気だ。それほどにお前が俺の全てなんだよ 』
「 ・・・っうぅ゛っ、つかさっ・・・づがざぁあっ~~~っ・・・! 」
『 ・・・さっきは殴って悪かった 』

ぶんぶんと必死で首を振る。
こんな時まであたしの心配をしてくれるあんたは心の底から優しい人だ。
こんなに弱くて愚かで自分勝手なあたしだというのに。
獣のように激しい一面と表裏一体で併せ持つ優しさ。
そんなあんただからこそあたしは家族をつくってあげたかった。

・・・ごめんね、司。

それでもあたしはあんたといたい。
あんたがあたしを必要としてくれる限り、この命が尽きるまであんたの傍を離れたくない。
ううん、ずっとずっと、たとえ命が尽きようともあんたと一緒に ___





久しぶりに懐かしい夢を見た。
もうずっと前に割り切っていたはずのちょっぴり苦い思い出。

最大の試練を乗り越えたあたし達は、まるで憑きものが落ちたかのように日々が笑顔で溢れるようになった。子どもが欲しくないわけじゃない。それでもお互いにとって一番大事なことが何なのか、ようやく気付くことができたから ___
今を精一杯に生きる。
それこそがあたしたちにとって一番なんだって、やっとわかったから。

それでもふとしたときにこうしてセンチメンタルな気分になるのは、今日がクリスマスだから。
10年前のあの日を思い起こさせるこの日だけは、ほんの少しだけ苦い痛みをあたしに与える。
そしてその度に大事なことが何なのかを気付かせてくれるのだ。



「ん・・・」

体が、だるい・・・
ここは・・・どこ・・・?

「気が付いたか?」
「え・・・? あ・・・つかさ・・・?」

ぼやけた視界に浮かび上がってきた輪郭、それはこの世で一番愛する人。
やけに心配そうに覗き込むその顔に、自分の記憶を必死でたぐり寄せる。

「あたし・・・?」
「覚えてねぇか? お前パーティの最中に倒れたんだよ」
「倒れた・・・?」

そういえば朝から体が重かったことを思い出す。ここ数日は思うように眠れず、そこに加えてしっかり道明寺夫人としての役目を果たさなければという重圧がのし掛かって、結果的にこんな失態をおかしてしまった。
そう、今自分がいるのは病院だ。

「ごめんなさい! あたし・・・!」
「起きなくていい。寝てろ」
「でもっ・・・!」
「パーティならとっくに終わってる。それにお前は既に自分の役目をしっかり果たしてる」
「・・・・・・」

その言葉にどっと力が抜けていく。
道明寺の後継者をつくってあげることができないのならば、せめて自分にできることは常に全力で取り組もうと思っていたのに。こんな形で穴を開けてしまうなんて・・・自分はどうしてこうも空回りしてしまうのだろうか。
潤んできた視界にグッと唇を噛むと、つくしは見られまいと黙って俯いた。
そんなつくしの頬に温かな手が優しく触れる。

「・・・お前ずっと我慢してたのか?」
「・・・え?」
「ずっと体調悪かったんじゃねぇのか?」

心配しながらもどこか怒っているような声に思わず顔を上げた。
その表情は何とも言えない複雑なもので・・・何を考えているのか読めない。

「どうして言わなかった」
「いや・・・言わなかったってわけじゃなくて、単なる寝不足だったから。ほら、あたしって未だにパーティとか慣れないでしょ? だからどうしても緊張して眠れなくてさ。今回は司もいないってわかってたから余計に。だから別に体調が悪かったってわけじゃ ___ 」

「もうお前1人の体じゃねぇんだぞ」
「・・・・・・え?」

言われた言葉の意味がわからずにキョトンとする。
・・・どういうこと?

わけがわからずにいるあたしの両手を握りしめると、司はそっと手のひらに口づけをしながらあたしを見つめた。


「 ・・・お前の腹の中に俺たちの子どもがいる 」


・・・・・・・・・・・・え・・・?
な・・・に・・・?
いま、なに、を・・・

「子どもができたんだ」

ギュウッと握りしめられた手に我に返る。
ハッとして顔を上げれば・・・司が笑っていた。
はにかむような、照れくさいような、一言では表現できない初めて見る顔で。

「う・・・うそ・・・」
「じゃねぇよ」
「な、何かのじょうだ・・・」
「こんな悪趣味な冗談誰が言うか」
「・・・・・・・・・」

未だ放心状態のあたしに痺れを切らしたのか、司の手が再び頬へと戻って来る。
自分から目を逸らすなと言わんばかりにしかと支えられた視界が捉えるのは司だけ。
でもその端正な顔もすぐにグチャグチャに歪んで見えなくなっていく。

「嘘・・・でしょう・・・? だって、だって・・・!」
「あぁ、医者だって驚いてたさ。でも医学は絶対じゃない。可能性がほんの僅かでもある限り、それはいつだって起こりうる。それが俺たちにも起こっただけのことだって。だからこれは奇跡なんかじゃねぇ。俺たちはたまたま人よりも時間がかかっただけなんだ」
「・・・うぅっ・・・つ、つかっ・・・」
「子どもがいなくたって何ら構わねぇっつー俺の考えは変わらない。だがお前が笑ってくれるならそれが一番いい。・・・だから体を大事にしろよ」
「つっ・・・づがざぁっ・・・!」
「おう、好きなだけ泣け」
「うっ・・・うぅっ・・・うわ゛ぁああああぁああああん!」

あたしがこんなに泣いたのは10年ぶりだった。
全てを割り切って、受け入れて、そして諦めたあの日。
まるで生まれたての赤ん坊のように泣いて泣いて、泣いて。


それから10年。
結婚して15年、司が間もなく40という節目を迎えるこの冬 ___
何の前触れもなく突然天使は舞い降りた。


「 大事に育てていこうな 」
「 うんっ、うんっ・・・! つかさぁっ・・・! 」
「 ははっ、お前の方がよっぽど赤ん坊みてーだな 」


そう言って笑いながら涙を拭ってくれたあなたの顔をあたしは一生忘れないだろう。



クリスマスはいつもちょっぴり切ない。
けれどそれも今年まで。
あたしはきっと、今日この日を思い出す度に人目も憚らず大泣きするのだろう。
喜びに顔をぐしゃぐしゃにして ____




Merry Christmas !




 
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