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王子様の憂鬱 6
2016 / 01 / 03 ( Sun )
「花音様、いらっしゃいませ!」
「こんにちは。突然お邪魔してすみません」
「とんでもございません! 花音様なら早朝だろうと真夜中だろうといつ来ていただいても構いませんよ。遥人様もさぞかしお喜びになられるでしょうし」
「あはは、そうだといいんですけど」
「もちろんそうに決まっております」

ニッコニコと目尻に皺を作って笑っている女性はこのお邸の使用人頭の夏さん。
もう80が目前だというのに未だ現役バリバリで、ハルにぃが子どもの頃からずっとお世話をしている人だ。あたしが 「ハルにぃ」 って呼んでたものだから、ハルとナツでまるできんさんぎんさんみたいだって子どもの頃によく笑ってたっけ。
懐かしいなぁ。

「今日は1日こちらで?」
「あ、今日はこれから出掛けるんです」
「それはそれは楽しまれて来てくださいね。また今度はこちらでもゆっくりしていってくださいな」
「はい、ぜひ! また夏さんの作ったシフォンケーキが食べたいです」
「あらあら、花音様にそう言っていただけるなんて、腕によりをかけて作らなくっちゃですねぇ」
「ふふふ、今から楽しみです」

夏さんが出してくれた紅茶を飲みながら部屋の中をぐるりと見渡す。
小さい頃から何度もここに遊びに来たけれど、お付き合いを始めてからはまだ数えるほどしか来ていない。勝手知ったる場所のはずなのに、立場が変わるだけで世界がまるで違って見えるんだから不思議だ。

正直、ハルにぃがあたしと付き合うことをこのお邸の人達にどういう風に受け止められるのだろうかって内心不安になったりもしたけど、そんな心配はまるで杞憂に終わった。
夏さんを筆頭に皆本当に喜んでくれて、そしてそれは ____

「やぁ、いらっしゃい」
「あ・・・おはようございます! お邪魔しています」
「あぁあぁ、いいから座って座って。今さらそんなにかしこまる間柄でもないでしょう?」
「は、はい・・・すみません、社長だと思うとつい条件反射で」
「ははは、そうか、僕は君の上司にもなるんだったなぁ」

そう言って朗らかに笑うのは会社の社長であり、ハルにぃの・・・お父さんだ。
笑うと少しだけ垂れ目になるところなんか本当にそっくりで、醸し出す雰囲気もお父さん似。
ハルにぃにそれを言ったらもの凄ーく嫌そうな顔をされるけど、誰がどう見てもそうなんだから仕方ないじゃない?
亡くなったお母さんを巡って色々とあったらしく、ハルにぃは苦手意識をもってるみたいだけど・・・昔からお父さんは穏やかで優しくて、そしていつだってお母さんのことを話すときは幸せそうで。
本当にお母さんのことが好きなんだなっていうことが子どもながらに伝わってきたことを今でもはっきりと覚えてる。それは大人になった今でも変わらない。

ハルにぃに似ているくらいだから年を重ねても素敵な男性であることに変わりはなくて、きっとその気になればいくらだって再婚するチャンスはあったんだと思う。
それでもそうしなかったのはずっと変わらずにお母さんだけを想っているから。
・・・そして何よりもハルにぃが大切だから。
ハルにぃはきっとそんなことないって笑うだろうけど、あたしはそれが真実だって知っている。

「仕事はどうだい? 山野からは随分頑張ってると聞いてるけど、何か困ったことはないかい?」
「とんでもないです! 困らせているのは私の方で・・・いつも山野さんにもハルにぃにも助けられてばっかりで」
「遥人が花音ちゃんの上司だなんてなぁ・・・。あんなに小さかった女の子がいつの間にかこんなに立派になって・・・僕もおじさんになるはずだ」
「そんな! おじさまはいつまでたっても変わらずに素敵な男性のままです」
「ははは、若くて綺麗な女性にそんなこと言われたら照れるなぁ」

ポリポリと頭を掻きながら照れくさそうにする仕草も昔っから何も変わらない。
小さい頃にたくさん可愛がってくれた 『ハルにぃのおじちゃん』 のままだ。

「遥人は30過ぎても結婚する気配が全くなくて、親としてはやっぱり気になってたんだ。ほら、あの子は小さい頃に母親のことで色々あったから。できることなら早く幸せな家庭に巡り会えて欲しいと思ってたんだ」
「・・・・・・」
「それが突然花音ちゃんと結婚するって言うじゃないか。びっくりしたと同時に相手が君で良かったって心から思ったんだよ。昔っからあの子は君といる時は本当に楽しそうで、それでいてとても優しい顔をしてたから。今も昔もあの子が心を許せる数少ない相手だったんだよ、花音ちゃんは」
「おじさま・・・」
「花音ちゃんみたいないい子には遥人は勿体ないかもしれないけど・・・あの子は優しい子だから。君のことを生涯大事にすると私が保証するよ。・・・どうかあの子をよろしく頼みます」
「そんなっ、それはこちらのセリフでっ・・・!」

声に詰まってそれ以上の言葉を続けることができない。
お母さんを亡くしてから辛い思いをしてきたのはハルにぃだけじゃない。
身分の壁を越えてまで一緒になりたかった相手だもの。辛かったのはおじさまだって同じ。
愛する人が・・・もしもハルにぃに何かあったらと想像するだけでも胸が張り裂けそうなほどに痛い。

「おい、何花音を泣かせてんだよ」

2人して振り向けばハルにぃが面白くなさそうな顔で扉にもたれ掛かっていた。
慌てて涙を拭ったけど今さらやったところでばっちり泣いているところを見られてしまった。

「ったく、余計なこと言ってんじゃねーよ」
「ち、違うの! おじさまは何もっ・・・!」
「お前が泣いてることに違いはないだろ? 嫌なんだよ、どんな理由であれ俺以外の奴が花音を泣かせるのは」
「ハルにぃ・・・」

長い指が目尻に残った涙をそっと拭う。
その顔はなんだかいじけてるように見えた。
・・・まさか、ね?

「どうやら僕はお邪魔虫のようだからこれで失礼するよ。花音ちゃん、これからも公私共に遥人をよろしく頼みます」
「は、はいっ!」
「じゃあまた今度ゆっくり遊びにおいで」

ハルにぃそっくりの笑顔を見せると、おじさまは未だふてくされ顔のハルにぃの横を通り過ぎて部屋から出て行った。
広い部屋に2人だけが残されて、何とも微妙な空気が流れる。

「は、ハルにぃ? あのね、おじさまは何も・・・」
「なんで親父の前で泣くんだよ」
「えっ?」
「はー・・・、お前の泣き顔見せんの嫌なんだよ・・・」
「は、ハルにぃ・・・?」

深い溜め息をつくと、遥人は花音の腕を掴んでそのまま自分の中へと閉じ込めた。
呆気にとられながらも、自分を締め付ける腕の力が増すごとに花音の口元が綻んでいく。

「ふ・・・ふふふ・・・」
「・・・何笑ってんだよ」
「だって・・・可愛いんだもん」
「はぁっ?! 誰が!」
「ハルにぃも、おじさまも。やっぱり2人ってそっくり」
「だから誰がっ! 似てねーって!」

ガバッと体を離して必死に否定する姿こそが可愛いのに。
クスクス花音の笑いは止まらない。

「ううん、やっぱりそっくりだよ。優しくって、愛情深くて。本当は誰よりも家族思いなところも。全部全部似てる。・・・きっと亡くなったお母様の影響なんだろうね」
「・・・・・・」
「ハルにぃはおじさまの話をすると嫌がるけど、本当に嫌なら会社を継ごうだなんて思わないでしょ? 小さい頃からずっと頑張ってるハルにぃを見てきたけど、同じ会社に入ってもっともっとわかったの。ハルにぃはおじさまのことを心から尊敬してるし大事に思ってるって。いくらハルにぃが否定したって、あんなに頑張ってる姿を間近で見てればわかるもの」
「・・・・・・」
「一度でいいから会ってみたかったな・・・こんなに素敵なハルにぃを生んでくれたお母様に」
「花音・・・」

ふわっと微笑んだ顔が、幼い頃に大好きだった母の面影に重なって見えた。
・・・なんて、考えてすぐに自分で笑えてくる。
俺はマザコンか。

「ったく・・・一回りも年下のくせに・・・」
「ハルにぃ?」
「まるで俺の方が子どもだって言わんばかりに大人びたこと言いやがって」
「いたっ!」

ぶにっと頬を抓まれたと思った次の瞬間には唇を塞がれていた。
一瞬だけ見えたハルにぃの頬が赤くなっているように見えたけど・・・それには気付かなかったことにしておこう。笑いながら静かに目を閉じると、ゆっくりと広い背中に手を回した。




***



「ごめんな、急な仕事が入って待たせて」
「ううん、全然。それよりもほんとに大丈夫? 無理なら今日じゃなくても・・・」
「いや、もう大丈夫だよ。予定より少し遅くなったけど行こう」
「・・・うんっ!」

静かに車が動き出すと、花音はハンドルを握る遥人の姿に横目で何度も視線を送る。

かっこいい・・・
こんなに素敵な人が彼氏・・・それどころか婚約者だなんて、いまだに信じられない。

「ふっ、そんなチラチラ見ないで堂々と見ればいいだろ?」
「えっ?!」
「こっち見てるのばっちりミラーに映ってるから」
「 !!! 」

ばばっと頬を抑えた花音の顔が一気に真っ赤に染まってくのと同時に笑い声が上がる。

「それにしても花音も物好きだなー。せっかくのデートなのにあんなところに行きたいだなんて」
「どうして? 子どもの頃からいつかハルにぃと行ってみるのがあたしの夢だったんだよ。だって、そこがあったからこそあたしが生まれたって言ってもいいくらいなんだから」
「はは、大袈裟だな~」
「大袈裟なんかじゃないよ! ママもいっつも言ってたもの。あの場所から全ては始まったんだって」


・・・そう。
初めて話を聞いたときからずっとずっと行ってみたいと思ってた。


長野へ ____





 
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王子様の憂鬱 7
2016 / 01 / 04 ( Mon )
「うわ、ここも随分変わったなぁ・・・」

そう言って遥人が懐かしそうに眺めているのは複合型商業施設の程近くにある児童福祉施設だ。快晴の今日は園庭から子ども達の元気な声が外まで響いている。
遥人がここを去って20年余り。その後も着々と開発は進んでいたようで、最後に見た時よりもまた随分と様変わりしていた。

「ここ・・・?」
「あぁ。とは言っても俺が通ってた頃はもう少し向こうの方に建ってたんだけどな。そこの商業施設の開発に伴ってこっちに移転したんだ」
「その仕事があったからパパとママは再会したんだよね?」
「まぁ、そういうことなんじゃないか?」
「そっか、ここが・・・」

それっきり黙り込んで施設をじっと見つめている花音の瞳は、まるでずっと会いたいと切望していた憧れの人に会えたときのようにキラキラと輝いている。
今でこそあんなに幸せに溢れているあの2人だが、そこに至るまでにはドラマのような展開があったのだから、花音のように感受性の豊かな女の子に感動するなと言う方が無理な話だろう。
遥人としては苦笑いするしかないのだが。

「・・・ママがね、小さい頃からずっと聞かせてくれてたんだ。ここはパパとママにとって特別な場所なんだって。全てはハルにぃと出会えたことから今の幸せは始まったんだよって」
「はは、だから大袈裟だって」
「大袈裟なんかじゃないよ! 何度も何度も何度もそう聞いて育ったんだもの! あの頃のママはまるで底なし沼にいるような感覚だったって。藻掻けば藻掻くほど、その深みにはまって出られなくなってしまってたって。・・・苦しかったって」
「・・・・・・」
「そこに一筋の光を差したのは・・・他でもないハルにぃなんだよ」
「・・・だからまるで人を神様みたいに崇めるのはやめろって。あの頃の俺にはそんな大それたことをしたなんて認識はこれっぽっちもないんだから」

ぽりぽりと後頭部を掻く仕草は今朝見た父親のそれと全く同じ。
どんなに嫌がったってやっぱり似ている父子だと思うと微笑ましい。
ここでの出会いが司とつくしの運命を大きく変え、そして遥人自身の人生をも大きく変えた。
偶然はやがて必然に、出逢うべくして出逢ったのだと。

「あら・・・? あなた、もしかして・・・?」
「え?」

いつの間にいたのか、後ろに人の気配を感じて2人で振り返る。
と、初老の女性が施設の入り口からじっとこちらを見ていた。・・・というよりも遥人を。
当の本人はいまいちピンときていない様子だが。

「あ、あの・・・?」
「あなた・・・もしかして遥人君?」
「えっ? どうしてそれを・・・」
「あぁ、やっぱり! 面影が残ってるからそうじゃないかと思ってたのよ。もう20年以上前ですものね、覚えてないかしら? 私もここで働いてたことを」

意外そうに目を丸くした遥人がしばらく記憶を辿るように黙り込むと、やがて何かを思い出したようにもう一度目の前の女性に視線を戻した。

「もしかして・・・ 『とーこ先生』 ?」
「あはっ、そうそう! 覚えててくれたかしら?」
「はは、正直言われるまでわかりませんでした。・・・すみません」
「ふふふ、いいのよいいのよ。まぁ~、あの遥人君がこんなに立派になって・・・こんなに嬉しいことはないわ。今日は偶然こっちへ?」
「あ・・・彼女がここを見たいというので少し立ち寄ったんです」
「はっ、はじめまして! 道明寺花音といいます。突然お邪魔してすみません!」
「あらあら、随分綺麗なお嬢さんだこと。こちらこそはじめまして。このお嬢さんは・・・」
「婚約者です。もうすぐ結婚するんです」

間髪入れずにはっきりと言われて思わず頬が熱くなる。

「まぁ~! それはそれはおめでとう! 今日はなんだか嬉しいことづくしだわ。ねぇ、よかったら少しお茶でも飲んでいかない?」
「えっ? いや、でも・・・」
「遥人君の懐かしい写真もあるのよ? 見たくない?」

その言葉に花音の目がキラーーンと光る。まるでアイドルを見る女子のように。

「見たいですっ!!」
「おい、花音!」
「ふふふ、可愛らしいお嬢さんね。じゃあ決まり。どうぞどうぞ入って頂戴」
「ありがとうございます!」
「あ、おいっ!」

呆気にとられる遥人をよそにすっかり意気投合した女達はキャピキャピと足取り軽く施設の中へと入っていってしまった。

「ったく、まいったな・・・」

これもまた惚れた弱みというやつか。
このところ事ある事におっさんの苦労が手に取るようにわかり始めた自分がいる。
そんな自分に苦笑いしつつ、やれやれと遥人も女性陣に続いていった。




***



「わぁっ、ハルにぃだっ!」

手渡されたアルバムを見て黄色い声が上がる。
そこにいるのは今の面影を残しながらも花音の知る穏やかで優しいだけの彼とは少し違う、どこかに影を滲ませた少年。全くカメラを見ずに横顔だけが写っているその姿に、何故かその時にタイムスリップして抱きしめてあげたい衝動に駆られる。
残された写真は数えるほどしかないが、そのいずれも同じようにそっぽを向いているものばかり。
母から聞いていた自分の知らない遥人の姿を初めて垣間見たような気がした。

「もういいだろ? ガキの頃の写真なんか見たところで何も面白くなんかないって」
「・・・・・・」

じっと写真の中の少年を食い入るように見つめたまま花音は何も言わない。
時折そっと指で撫でては想いを馳せるように見つめている。
遥人としてはクソ生意気なガキだったという自覚があるだけに、この頃の自分を見られるのはどうにもこうにも居心地が悪い。

「・・・あっ! これってもしかして・・・ママ?!」

ページを捲った花音が一際大きく反応を見せた。
そこにいるのは紛うことなき自分の母親。笑顔を浮かべる子ども達に負けじと笑っている。

「ママって・・・もしかしてあなた、牧野さんの・・・?」
「あ、はい。これは間違いなく私の母です」
「まぁ! こんなことって・・・。そう、あなたは彼女の娘さんだったの。そして遥人君の婚約者・・・そう、そうだったのね・・・」

感動したように言葉に詰まる女性に花音も胸が熱くなる。
対照的に意外そうにしているのが遥人だ。

「彼女のことも覚えてるんですか? もう随分昔のことでしょう?」
「えぇ、もちろんよ。確かにこういう仕事をしていると色んな人との出会いはあるけれど、不思議とその1つ1つを覚えているものなのよ。特にあなたのことは印象に残ってるの」
「え・・・?」

それはつまりそれだけ手がかかるガキだったということなわけで。

「ふふ、多分あなたが今考えている理由ではないと思うわ。ここには色んな子どもがやってくるけど、あの当時、あなたは特に心に闇を抱えているように見えた。元来の素直な自分と、何かに抵抗していなければ自分を保てないでいるそのジレンマにもがき苦しんでるようだった。だから何とかしてその心の重荷を軽くしてあげたいと思ってたのだけど・・・それは私達が考える以上に難しいことだったわ」
「・・・・・・」
「でも彼女がボランティアに来てからあなたは目に見えて変わっていった。今だから言うけれど、彼女もまたあなたと同じような目をしていたのよね」
「えっ?」

思いもよらない一言に女性を凝視する。

「ボランティアに来てもらって有難いと思ってたのも事実だけど・・・それと同時にここに来ることで彼女を救いたい、それが彼女を受け入れたもう1つの理由でもあったのよ」
「・・・・・・」

初めて聞かされる事実に言葉もない。
まさかあの偶然の出会いにはそんなからくりがあったなんて。
偶然だけれど、決して偶然だけではない。
そう、まるで・・・

「運命みたいですね」

まるで心の中を読まれたかと思った。
だがそれを口にした本人は女性を真っ直ぐに見つめたまま。

「えぇ、本当に。今日こうしてあなた達との再会をしたことで、あらためてあの時の巡り合わせは運命だったんだなって思えるわ。牧野さんはお元気? まぁあなたを見ていれば尋ねるまでもないかもしれないけれど」
「はい! それはもうとても。・・・あの、いつかまた、今度は両親も一緒に遊びに来てもいいですか? 母は今でも懐かしそうにここのことを話して聞かせてくれるんです」
「まぁ、そうなの。私も是非会いたいって伝えておいてくれるかしら?」
「はいっ、喜んで!」
「ふふふ、本当に可愛らしいお嬢さんね。遥人君、素敵なパートナーを見つけることができたのね」
「はい、おかげさまで」
「は、ハルにぃっ?!」
「何だよ? 別に変なことなんて言ってないだろ」
「そ、そうだけど・・・」

こんな人前で甘い言葉を吐くような人だったっけ?
なんだか知れば知るほど彼の新しい一面を目にしているような気がする。

「ふふふっ、なんだか微笑ましいわね。こうしてここから巣立っていった子ども達が幸せになっている姿を見られる以上の喜びはないのよ。どうか末永くお幸せにね」
「はい。本当にお世話になりました」
「ありがとうございます・・・」

母親のように微笑んでくれる女性にどちらからともなく顔を見合わせると、照れくさそうに笑って頷き合った。



***



「疲れたか?」
「ううん。まさかハルにぃがお世話になった先生に会えるなんて思ってもなかったから、すごく嬉しかった。やんちゃな頃のハルにぃにも会えたし、二重で得した気分」
「・・・お前なー」
「あははっ!」

運転席から伸びてきた手にくしゃくしゃっと髪を乱される。
こうして子どもっぽい一面を見られる度に2人の距離が近づいたような気がして嬉しい。

「ハルにぃ」
「ん?」
「・・・ううん、なんでもない。またいつか皆で行こうね」
「・・・あぁ。その時は俺も親になってるかもなー」
「えっ?」

パチパチを目を瞬かせて見ればしたり顔と目が合った。

「もうっ!」
「ははっ、別におかしな未来は言ってないだろ?」
「そうだけど、あたしを真っ赤にさせるのが目的でしょっ?!」
「はは、ばれたか」
「ハルにぃっ!!」
「はははっ。よし、じゃあ次は動物園に行くかー」


心から楽しそうに笑う顔が見られる幸せ。
あの頃のあなたに会うことができたなら、未来のあなたはこんなに幸せそうに笑ってるよって教えてあげたい。
去り際に女性からそっと教えてもらった言葉を思い出しながら、花音は澄み渡った空を見上げて思いっきり息を吸い込んだ。




『 花音さん、ここだけの話だけどね、実は遥人君は社会人になってからずっとこの施設に寄付をし続けてくれてるのよ。本人は決して名乗ってはいないのだけど、大元を辿れば誰がしてくれていることなのかすぐにわかるのよ。・・・彼がここにいた時間は決して長くはないけれど、彼はここに色々なものを残していってくれた。そして彼自身もここで大切な何かを得てくれたのだと信じてるわ。・・・どうか彼と幸せになってね 』




 
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王子様の憂鬱 8
2016 / 01 / 05 ( Tue )
「・・・・・・ん・・・のん、・・・・・・花音」
「ん・・・」

遠くから聞こえてくる声とほんのり頬に温もりを感じてゆっくりと目を開ける。
ぼやけた視界に少しずつ浮かび上がってきたのは・・・

「・・・・・・ハルにぃ・・・」

聞こえるか聞こえないかの声でそう口にすると、目の前の顔がふわりと微笑んだ。
幼い頃から大好きな、変わらないあの笑顔で。

「せっかく寝てるのに起こしてごめんな。でも着いたからさ」
「・・・えっ?!」

その言葉にガバッと体を起こすと、窓の外に見えるのは漆黒の闇。
そして嫌というほど見覚えのある敷地が目と鼻の先にあることに気付く。

「う、うそ・・・あたし、ずっと寝ちゃってた?!」
「それはもう気持ちよさそうにぐっすりと」

クスクス笑う遥人とは対照的に花音の顔からはサーッと血の気が引いていく。

「ご、ごめんなさいっ! あたしってばなんてこと・・・!」
「別に全然構わないって。今日の花音はいつになく嬉しそうにはしゃいでたもんな。疲れたんだろ? 毎日仕事だって頑張ってるし、お前にとっていい息抜きになったんなら俺も嬉しいよ」
「そんな、疲れてるのはハルにぃの方なのに・・・」
「俺はあの程度で疲れたりしないし、それにお前のあんな楽しそうな姿を見たら疲れだって吹っ飛ぶよ」
「・・・・・・」

バカバカバカっ!
あたしってばなんてバカなことを!
思い出の施設をこの目で見て気持ちが一気に昂ぶったあたしは、それからも思い出巡りをしては自分でもびっくりするほどにはしゃぎまくってしまった。特に動物園では周囲にいる子ども達にも負けないくらいに大騒ぎしていた・・・ような気がする。
2人ずっと手を繋いで幸せな時間を過ごして、いっそのことこのまま時間が止まってしまえばいいのに・・・なんて思っていたら、まさか自分がこんな大失態をおかしてしまうなんて。
帰る時間すら惜しくて、ずっとずっと色んな話をしていたい、そう思っていたのに。

「かーのーん、そんな落ち込むなって。デートなんてこれからいくらでもできるだろ? それに、俺としては可愛いお前の寝顔が見られただけでも充分満足だけど?」
「・・・・・・」

いつもならここで頬を赤らめるところなのに、本当に落ち込んでいるのか、赤くなるどころか青ざめたまま今にも泣きそうな情けない顔でこちらを見上げている。

「ほーら、そんな顔してると押し倒したくなるだろ?」

その言葉に花音がハッとしたような顔に変わった。
・・・しまった。
言った直後に後悔する。

「い、いや、単なる冗談だからな? そんなに警戒しなくても大丈夫だって」
「ち、違う! そうじゃなくって…!」
「わかったわかった。大丈夫だから。ほら、もう遅いから中まで送るよ」
「・・・・・・」
「・・・花音?」

何故か考え込むように俯いてしまった花音の心が読めない。
やはりさっきのことで変な警戒心を与えてしまったか。

「・・・・・・ううん、何でもない。ここで大丈夫だから。ハルにぃ、今日は大事な場所に連れて行ってくれて本当にありがとう。すごく嬉しかった」
「あ、あぁ。お前が行きたいのならまたいつでも長野に行こう」
「うん、ありがとう。じゃあおやすみなさい」
「あ、花音!」
「えっ? あ・・・」

腕を掴まれ振り向いた花音の唇に柔らかなそれが重なった。
一度軽く触れて、互いに見つめ合ってから確かめるようにもう一度。

「・・・・・・・・・」

一気に甘い空気が車内に充満し始めたところでふっと温もりが離れていった。
代わりにふわりとまたあの笑顔が自分を包み込む。

「・・・おやすみ。また会社で」
「・・・・・・」
「・・・花音?」
「あ・・・うん、おやすみなさい。それじゃあ、ほんとにありがとう」

何かを言いかけて口を噤むと、花音は何事もなかったかのように笑顔を作って車から降りた。
その引っかかる一連のしぐさにすぐに車を降りて追いかけようかと迷ったが、そう考えた時には既に彼女が門を開いたところだったこともあり思いとどまる。
・・・変に追い詰めたくはない。

「・・・はぁ~・・・」

完全に姿が見えなくなったのを確認すると、ハンドルに額をつけて深く溜め息をついた。

「怖がらせたかな・・・」

咄嗟に出た冗談とも本音とも言える一言。
・・・いや、ほとんど本音だと自分ではわかっている。
だからこそついぽろっと口を突いて出てしまったのだ。
いつだって彼女を自分のものにしてしまいたいし、本当は今だって帰したくなんかない。
このまま自分の部屋に連れて帰って朝まで愛し合いたい。

・・・けれど、未だに少し深いキスをしただけで震えるような彼女に事を急くようなことはできない。
ましてや10以上も上の自分が年甲斐もなくがっついて見えるような情けないことなんてできるはずもない。くだらないプライドだとはわかっているが、自分で思っている以上に1人の女性としてどんどん惹かれていく花音に幻滅されるようなことはしたくないのだ。

とにかく大事にしたい。
その想いだけは揺らがない。

「あいつのあの上目遣いはほんと理性を試されてヤバイんだよな・・・」

この密室でキスだけで耐えた自分を褒めてやりたい。
・・・そんなバカなことを考える俺はどれだけ花音に惚れているんだか。
焦る必要はない。
これから先ずっと一緒にいられるのだから。

「・・・よし、帰るか」

気持ちを入れ替えるようにもう一度ふぅっと息を吐き出すと、遥人は静かにアクセルを踏み込んだ。







***




「あれ? お帰りー!」
「ママ・・・ただいま」
「今日はてっきりハルのところに泊まって帰って来ないとばっかり思ってたのに」

サラッとつくしの口から出た言葉にドキッとする。

「な、何言ってるの?!」
「何って・・・だってデートだったんでしょ? せっかく2人でゆっくりできるんだから泊まってくればよかったのに」
「も、もう、親なのに何言ってるのよ。しかもパパの前でやめてよね!」

まさか2人揃ってリビングにいるとは思ってもおらず、際どいツッコミに心臓がバクバクだ。

「あはは、ごめんごめん。でももう司だって結婚を認めてるんだし、今さらそんなことくらいで何も言わないわよ。ねっ、司?」
「・・・・・・」

経済誌に目を落としたまま相変わらず無言を貫いているが、絶対にこちらの会話を聞いているに決まってる。それでも何も言わないのは父親としてのせめてもの抵抗なのだろうか。
つくしは肩をすくめて笑っているが。

「自分はあんなに押せ押せだったのにねー、やっぱり娘を取られるのは面白くないみたい」
「あはは・・・」
「でも親のことを気にする必要なんてないんだからね? あんた達のことは認めてるんだし、遠慮せずに泊まって・・・」
「そ、そういえばね! 今日長野に行ってきたの!」
「えっ?」

意外な事実に初めて司が顔を上げた。

「ほら、ママが小さい頃から話してくれたでしょう? だからいつか・・・ハルにぃと行けたらいいなってずっと思ってたの」
「それで・・・今日行ってきたの?」
「うん。偶然ハルにぃがお世話になった先生もいて。あの頃のハルにぃにも会えたし、それからママの写真も1枚だけ残ってたんだよ」
「えぇっ、そうなの?」
「うん。子ども達と一緒に楽しそうに笑ってた」
「わー・・・そっか、そっかぁ・・・。ハルとあの場所に・・・」

あの頃を思い返しているのか、つくしは感慨深そうに頷くとそのまま黙り込んでしまった。

「ママ達のことも覚えてたし、今度ご家族で是非遊びに来てくださいって。それからね、思い出の動物園にも行ってきたんだよ、ほら」
「あー、それっ!」
「ふふっ、そう。ママの部屋にもあるよね、このぬいぐるみ」

花音が鞄から出したのはレッサーパンダのぬいぐるみ。
昔3人であの場所に行ったとき、いつの間にか司がつくしのためにこれと同じものを買っていたという話を遥人から聞かされ、ワクワクして思わず購入してしまったのだ。
正確には買おうとしたら遥人が買ってくれた、が正しいのだが。

「わぁー、今でも売ってるんだね~! 懐かしいねぇ、司」
「・・・あぁ」
「今日はほんとに幸せな時間だったなぁ・・・」
「・・・花音? どうかしたの?」

言葉の割には浮かない顔に見えるのは気のせいか。

「あ・・・ううん、何でもない。今日はいつになくはしゃいじゃったからちょっと疲れちゃった。じゃあ私はもう部屋に戻るね。おやすみなさい」
「あ、うん・・・ゆっくり休みなさい」
「はーい! パパもおやすみなさい」
「あぁ」

ひらひらとぬいぐるみを揺らしながらリビングを後にした娘を見ながら、つくしはやはりどこか引っかかりを覚えていた。

「・・・なんか花音おかしくなかった?」
「・・・さぁな」
「気のせい・・・かなぁ? 単に疲れてるのかもしれないけど・・・」
「・・・・・・」

うーんと首を傾げながら自分の横に座ったつくしを肌で感じながら、司は娘がいなくなった方をただ黙って見つめていた。





***



「・・・・・・はぁ・・・」

バフッ!!

部屋に入った途端全身から力が抜けてそのまま顔からベッドに倒れ込んだ。
あんなに楽しくて仕方なかったのに。
・・・だからこそ、尚更この虚無感を埋めることができないのかもしれない。

「今日こそはって思ってたのに・・・」

ハルにぃの大切な思い出に直接触れることができたからこそ、今日こそは朝まで一緒にいたい。そう思っていたのに・・・

「自分からそんなこと言えないよ・・・!」

う゛ーーっと布団に顔を埋めたまま呻き声が出てしまう。

・・・そう。
未だにあたしたちは 『そういう関係』 になってはいない。
キスは会う度にしているし、スキンシップだって決して少なくはないと思う。
けれど、ハルにぃは今も一線を越えようとはしない。
それは多分こういうことに全く免疫のないあたしを気遣ってくれているのだと思う。
実際、いまだにキス程度で震えてしまうのが現実だし、最後まで・・・となればどうしていいかわからずに右往左往してしまうんだろう。

それでも、ずっとずっと想い続けてきた人と1つになりたいと思う気持ちも常にあって。
経験なんかないくせにこんなことを考えてしまう自分ははしたない女なのだろうか?
それともあたしがお子様過ぎてハルにぃがその気になれないんじゃないか・・・?
次第にそんな余計な考えが頭をちらつくようにまでなってしまった。
今日は本当にいい雰囲気だったから、尚更自分が今ここにいるという現実にうちのめされそうになっているのだ。

「皆こういうときどうしてるの・・・? わかんないよ・・・!」

最初で最後の彼氏がハルにぃで良かったと心から思う。
けれど、経験値のなさ故にこんなときにどうしていいかわからない自分を恨めしくも思う。
どうしてさっきもっとうまくハルにぃの言葉に対応することができなかったんだろう。
願ってもないチャンスだったはずなのに・・・あたしのバカバカバカバカっ!!

天と地を行ったり来たりするような気持ちの浮き沈みに、まるで地団駄を踏むようにベッドの上を転がり続けた。




この時のあたしは自分のことでいっぱいいっぱいで予想もしていなかったのだ。
まさかこの後にあんなことが起きるだなんて ____





 
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王子様の憂鬱 9
2016 / 01 / 06 ( Wed )
「・・・あれ?」

そこにあるはずのものが見当たらないことに首を傾げながらキョロキョロと周囲を見渡す。
・・・が、やはり何処を探しても目的のものは見つからない。

「・・・・・・」

無言で引き出しの奥に忍ばせていたペンを取り出すと、花音は誰にも聞こえないように小さく溜め息をついて書類へと向き合った。


気のせい・・・だと思い込もうとしていたことも、日に日にその足元がぐらついていた。
いくら鈍い人間だとしても、こうも毎日おかしなことが続けば気付かない方がどうかしている。

始まりはたった1本のペンだった。
デスクの上に置いてあるペン立てからいつも使っているペンが消えていたのだ。
最初はどこかにうっかり忘れてしまったのだろうと何一つ気に留めることはなかった。
だがその 「うっかり」 は何故か連日のように起こった。
ある時は付箋、ある時はメモ帳、毎日ちょっとしたものが姿を消している。
本当にちょっとしたものが、少しずつ。 だが確実に。

自分で言うのもおこがましいが、こと仕事に関してはミスをしないように徹底している自負があった。幼い頃からいつかここで働きたいという夢を叶えるために人一倍努力してきたつもりだし、ここに入社してからはそれ以上に自分の能力を高めようと必死で学ばせてもらっている。
だから身の回りの持ち物管理もしっかり行っているつもりだった。
小さなことからコツコツと、いつも母から言われていたから。

さすがにおかしいと思い始めたのは3日連続で物がなくなっているのに気付いてから。
偶然にしてはいくらなんでもおかしい。今までこんなことただの一度だってなかったのに。
けれど、おかしいと思うことはイコール誰かを疑うということを意味する。
真面目でいい人ばかりのこの秘書課の中に、よもやこんな子どもじみた嫌がらせをする人がいるなんて考えられないし、何よりもそんなこと信じたくもない。

とはいえ何かおかしなことが続いていることは紛れもない事実で、しかもこの部屋にはセキュリティカードがなければ入ることはできない。
つまりは自分でなくしたのでないなら誰かが意図的にやっているということに他ならない。
・・・しかもその人間は限られた中にいるということになる。


「はぁ~・・・」

いつもはおいしいはずのうどんがなかなか喉を通らない。
最初の異変から10日。未だにそれは続いていた。
誰もがいつもと変わらず普通に接してくれているのに、一方ではおかしなことが起こり続けている。今はまだ仕事に直接支障が出るようなことになっていないのが不幸中の幸いだが、いずれもっとエスカレートしていきそうな気がして怖い。

当然こんなこと誰にも相談できるはずもない。
常識で考えればあの部屋に入ることが許された人間にしかできないのだから。
ニコニコと優しく接してくれている一方ではあんなことをしているのかもしれないと疑心暗鬼になる度に、自分が酷い人間に思えてきて頭がおかしくなりそうだ。

ハルにぃに打ち明けようか何度か迷った。
けれど第三者がやったという確証もない状態で、自ら事を荒立てるようなことを進んでやる気持ちにはどうしてもなれなかった。

「どうした、溜め息なんかついて」
「え? ・・・っ!!」

ふいに上から降ってきた声に振り返った瞬間、思わずガッタンと立ち上がってしまった。

「あぁあぁ、いちいちその反応いらないから。ほら座って」
「座ってって・・・どうしてここに・・・」
「そんなに驚くことか? 腹減ったからメシを食いに来た。ただそれだけだけど? 今日は事前に山野に聞いてちゃんと自分で持って来たぞ、ほら」
「・・・・・・」

ご満悦そうに右手に抱えたトレーを見せると、突然現れた男はそのまま隣の席へと腰を下ろしてしまった。周囲がざわついているのなんてまるでお構いなしだ。

「ほら、いい加減座って食べろよ」
「・・・・・・」
「うん、なかなか美味いな」

呆気にとられながらも目の前でおいしそうにカツ丼を頬張る我が上司を見ていたら・・・なんだかさっきまでのモヤモヤしていた心が晴れていくような気がした。
クスッと笑うと、静かに座って残っているうどんを口に入れた。
あんなに味気なかったはずなのに、今では不思議なほどに味を感じる。

「うん、美味しいです」
「お前のそれ何? うどんか」
「はい。今日のサービス商品で50円も安いんですよ」
「はは、しっかりしてんな~」
「もちろんです! 50円を侮るなかれ、ですよ」

ハハハッと軽快に続いていく会話に、はじめは驚いていた周囲の緊張も次第にほぐれていく。

「あの・・・専務が社食でお昼をとられるなんて珍しいですね?」
「あぁ、前から来てみたいとは思ってたんだけどうちの敏腕秘書がなかなかその暇をくれなくて」
「敏腕秘書って・・・山野さんのことですか?」
「そうそう。まるで馬車馬のように働かされてさ。泣く泣く頑張ってたんだけど、彼女から社食の話をよく聞くようになってからますますここに来てみたいって思うようになったんだ」
「あはは、そうだったんですか~」

おずおずと勇気を出して声を掛けてきた社員にも気さくに答えて、聞いた本人も嬉しそうだ。
さっきまでの 「どうして?」 の空気も一瞬にして消え去り、専務ほどの人間がこんな場所にいることへの疑問を抱く者はいなくなってしまった。

___ まさか恋人と一緒にいたくてここへ来ただなんて思う者は誰も。

その光景を呆気にとられながら見ていた花音に遥人がチラッと目線を送る。
花音にしか見せない笑顔をふっと一瞬だけ見せると、再び他の社員との会話に戻った。

「・・・・・・」

それはまるで 「大丈夫」 と言われているようだった。
もしかして・・・ハルにぃは気付いている?
このところあたしが悩んでいることを。
だから・・・わざと?
こうしていつだって見守ってくれているってことを伝えるために・・・?

「ほら牧野、さっさと食わないと時間に間に合わないぞ」
「え? ・・・あっ、はいっ!」

いつの間にか残っている量がすっかり逆転していた。
慌ててうどんを口に放り込みながら、思わず緩みそうになってしまう顔を見られないようにするのに必死だった。

ありがとうハルにぃ。
どんなことでも相談しろって言ってくれてたのにね。
・・・今日仕事が全て終わったらきちんと話をしよう。
彼に解決してもらおうだなんて気持ちはこれっぽっちもない。
ただ、事実は事実としてきちんと報告しておこう。そう思えた。
そう思ったらさっきまでの気持ちが嘘のように清々しいものへと変わっていた。

「うん、やっぱりここのご飯はおいしいですっ!」
「おー、一気にエンジンかかったな」
「はいっ、午後からも頑張りますよー!」
「それは頼もしいことで」

2人のやりとりをいつの間にか周囲も微笑ましそうに見つめていた。
花音自身、遥人の狙いがそこまで含まれていたということは・・・この時ではまた気付いていなかったが。





***




事態が一変したのはその日の就業を終えてからのことだった。
早く着替えを済ませて遥人に話をしよう、そう思っていた矢先、ロッカールームで思いも寄らぬものを目の当たりにする。

「何これ・・・」

違和感は部屋に入ったときからあった。
遠目からでもおかしいことははっきりとわかったから。
1つのロッカーにベッタリとガムテープが貼り付けられており、その中央に何かが見える。
そのロッカーは他でもない自分のものだ。

「・・・! これって・・・」

それを目にした瞬間思わず周囲を見渡した。
だがシーンと静まりかえっていて人がいる気配は全く感じられない。
一体誰が、いつの間に・・・?
昼食後に来た時には間違いなくなかったはず。

「あの時の・・・?」

そこに写っている人物。それは紛れもなく自分と遥人だ。
長野の動物園で手を繋いで微笑み合う姿を少し離れた場所から写したもので、多少の距離はあるものの、そこに写っているのが誰であるかは見る人が見ればはっきりとわかるものだ。
自分に向かって優しく微笑む遥人を見上げている自分。
・・・がそこにはいるはずだった。
「だった」 というには当然理由がある。

そこにいるのは顔を黒く塗りつぶされた自分。
少しの隙間もないほどに真っ黒に塗りつぶされたそれに、はっきりとした悪意を感じた。
そしてその瞬間これまでのことが全て繋がっていく。
いつ誰に見られていたかなんてわからない。
ただ、このところの異変が何故起こったのか、そしてその犯人の伝えたいことは一体何なのか、それだけははっきりとわかった。


「ハルにぃを好きな人が・・・」



あたしに対して警告しているのだということを。




 
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王子様の憂鬱 10
2016 / 01 / 07 ( Thu )
「お前、そこどうした」
「えっ?」

夕食を終えて自室へ戻ろうとした矢先、司に引き止められた。

「どうしたって・・・何が?」
「誤魔化したって無駄だ。足怪我してんだろ」
「 ! 」
「何があった」

司の有無を言わさない鋭い突っ込みに返す言葉もない。
絶対にばれない自信があったのに。患部が見えないように隠し、痛いことをおくびにも出さず過ごしていたつもりだったのに、父はいとも簡単にそれを見抜いてしまった。

「先に言っておくがこの俺に誤魔化しが通用すると思うなよ。あったことを正直に話せ」
「・・・・・・」

どうして、なんて考えるだけ無駄だ。
父のこういう動物的勘は昔から絶対だったのだから。

「・・・職場でちょっと・・・ね」
「嫌がらせされてんのか。あいつは何やってんだ」
「ハルにぃは何も悪くないの! 子ども騙しみたいなあまりにもくだらない嫌がらせばっかりだったから、あたしもずっと無視してて・・・。ハルにぃは最初っから何かおかしいってことには気付いてくれてるの。でもわかった上であたしの意思を尊重してくれてる、それだけなの」
「・・・・・・」
「ただ、ハルにぃが急な出張でいなかったここ数日の間に・・・」

わかりやすく動きがあったのだ。手始めにあの写真が社内で出回ってしまった。
新人が専務秘書になるという前例のない人事に疑問を抱いていた者達が、公私混同だと揃って声を荒げ始めた。当然自力で入ったという自信も誇りもあるし、やましいことなど何一つない。
・・・けれど、時間外とはいえ社内で恋人だからこそできることをしていたのは事実なわけで。そのことが花音に僅かばかりの罪悪感を抱かせていた。

それに、こういうときにヘタに言い繕おうとうすることはきっと逆効果で、反論すればするほど火に油を注ぐ形になってしまうことは目に見えていた。遅かれ早かれ遥人との関係は公のものとなり、いずれにせよ一部の人間の反感を買ってしまうことは避けられない。彼ほどの男性なら絶対に。
そういう世界を両親を通して幼い頃から見続けてきたのだから。
ならば今は堂々としていることが一番。そして、反応を示さないことこそがこの騒ぎを起こした張本人をあぶり出すには一番の近道だと考えた。

3日前、支社のトラブルで遥人が急遽東京を離れた。
社内に噂を流す以外にも動きがあるだろうと常に警戒していたのだが、ちょっとした隙を突かれてしまった。資料室に荷物を運んでいる最中、何者かに階段の上から押されたのだ。幸い軽い捻挫程度で済んだが、予想通り行動はエスカレートしていて何ともわかりやすい。
例の犯人なのか、あの写真を見て嫉妬にかられた人物の犯行なのかはわからない。
ただ、現状社内では針のむしろ状態であることに違いはなかった。

写真がばらまかれた時点で遥人も無関係ではなくなったわけで、今度ばかりはきちんと相談するつもりでいた。だが予想以上に仕事が大変そうなこともあり、ひとまずはこちらに戻って来るまでは待とうと思っていた矢先での今回の出来事だった。


「それでどうするつもりだ。このまま放置でもする気か?」
「まさか! あたしだってただ黙ってやられてるつもりなんてサラサラないよ。もうなんとなく犯人も目星がついてきてるし・・・」
「だから自分で解決するってか? それであいつの気持ちはどうなる」
「えっ?」

思わず顔を上げると、いつになく父が真剣な顔をしていた。

「あいつはお前の気持ちを尊重してんだろ。それでも自分のいない間に好きな女を怪我させられたと知ったらどうだ。平気な男がいると思うか」
「それは・・・」
「気持ちを尊重することとお前を心配することは全くの別もんだってことを忘れんじゃねーぞ」
「・・・・・・」

グサリとその言葉が突き刺さる。

「第一、困ってるときに好きな女に頼ってもらえねーってのは男にとっちゃ一番苦痛だからな」
「・・・え?」
「何かに巻き込まれてることは確実なのに一切自分を頼ってはくれない。それがいくら自分のための行動だとしてもそれを喜ぶ男なんかいねぇ。だったら思いっきり巻き込まれた方がよっぽどましってもんだ。いくらお前がしっかり者の強い女だろうと、男っつーのはそういう生きもんなんだよ」
「・・・」

なんだか、ものすっごく言葉に説得力があるのは気のせい?

「なんつったってあいつの娘だからな。しかも半分は俺の血が流れてる。くだらねぇ連中の嫌がらせくらいでビクともしねぇタマだっつーことは親である俺が一番わかってんだよ。だがお前は女だってことを忘れんな。あいつはほんの少しのかすり傷だってお前に与えたくなんかねーはずだ」
「パパ・・・」

きっと、パパは誰よりも今のハルにぃの気持ちがわかるんだ。
いつもはあんなに競い合ってるのに、やっぱりパパはハルにぃのことを・・・
そう考えただけで胸がキュッと締め付けられる。



「お話し中失礼致します。花音様、遥人様がお見えになりました」
「えっ・・・ハルにぃが?!」

今・・・何て? 聞き間違いでしょう?
だって、ハルにぃは今大阪に行ってて・・・


「 花音っ!! 」


だがそれもすぐに目の前に現れた人物によって現実だと知らしめられる。

「は、ハルにぃ?! どうしてここに・・・大阪にいたんじゃ・・・きゃっ?!」
「バカ! お前が怪我したって聞いて・・・心臓が止まるかと思ったんだぞ! それに、仕事なら死ぬ気で終わらせてきたから気にするな」
「ハルにぃ・・・」

部屋に入ってくると同時にきつくきつく抱きしめられ、名前を呼ぶ以外に何も言えない。
見れば司がそんな自分達を仁王立ちでじっと見つめていた。

「この俺の前で堂々といちゃつくとはたいそうな度胸だな」
「パパ、あの・・・」
「当然だろ? この状況ならおっさんだって同じことするに決まってる」
「・・・ふん。おい花音、だから言っただろ。いくらお前が頑張ったってそれと男の気持ちは別物だって。 ま、せいぜい説教されんだな」
「え? あ、パパっ!」
「・・・言っておくが手ぇ出すんじゃねーぞ」

最後の最後、部屋から出る瞬間遥人にそう置き土産を残すと、司は2人を残してダイニングから出て行った。しばしそれを見ていた花音だが、すぐに大きな手に顔を持ち上げられて我に返る。

「この・・・バカッ!!」
「 !! 」

珍しく声を荒げる遥人にビクッと体が竦む。今までどんな嫌がらせをされても平気だったのに、たった一言彼に怒鳴られただけでこんなにも怖いなんて。

「ほんとに生きた心地がしなかったんだぞ・・・」
「ご、ごめんなさい・・・でも、どうして・・・?」
「社員に扮装させてSPをつけてたんだよ」
「SP・・・?」
「あぁ。まぁさすがにあまりにもプライバシーに関わる部分までは踏み込ませてないけどな。見える範囲でのお前の行動は全て把握させてた」
「・・・・・・」

全く気が付かなかった。一体いつから・・・

「お前を守るためにはそうするしかないだろ? もちろん普通であればそんなことはしない。でも今は状況が違う。お前に危険が迫ってるとわかっていて、その上で俺の手出しを望まない以上、できる範囲でお前を守りたいと思うのは当然のことだ。指一本手出しさせないつもりでいたのに・・・悪かった」
「ち、違うっ! ハルにぃは何も・・・!」
「お前が嫌がらせを受けてる原因は俺にある。これは俺の責任だ」
「そんなっ」

違う違う違う! ハルにぃは何も悪くなんか・・・!

「花音、こうなった以上は俺たちの関係を公表する。いいな?」
「・・・うん」
「お前もわかってるだろうがどっちにしたってやっかむ人間がいることは俺たちにはどうにもできない。だが立場をはっきりさせることで俺はお前を堂々と守ることができる」

コクンとゆっくり頷く。
決して守ってもらうだけの女になる気はない。けれど、さっきのパパの言葉が胸に大きく残されていてその言葉を呑み込んだ。

「今回の元凶となった人物ももう目星がついてる。お前には悪いが俺が・・・」
「ま、待って!」
「花音・・・?」
「そのことなんだけど・・・あたしに話をさせてほしいの」
「?! 花音、お前こんな目にあっておきながら一体何を・・・!」

遥人の眉間に深い皺が寄る。

「あたしの我儘だってわかってる。だけど最初からハルにぃに全てを丸投げするようなことはしたくないの。ハルにぃだって言ったでしょ? こういう人が出てくることはどうにもできないって。あたし達の関係を公表する今だからこそ、あたしは自分でこの問題に向き合いたい」
「でも・・・」
「これからこういうことがある度にハルにぃが出ていくの? それじゃあ問題が解決したように見えても根本は何も変わらないよ。あたしは一歩も引く気はないんだってことを自分の意志で示したいの。それに、あたしを守るためにハルにぃの評判を落とすようなことに繋がるのは絶対に嫌なの!」
「・・・・・・」
「・・・でもいざというときにはハルにぃに守って欲しい。そう思ってるんだよ?」

無言のままじっと見つめ合うと、やがて頭上で盛大な溜め息が零れた。

「はぁ~~~~~っ・・・ほんっと、お前はつくしの娘なんだな・・・」
「え・・・?」

天を仰ぎながらしみじみと口にする。

「20年前がデジャブのように甦るよ」
「・・・・・・」

はぁっともう一度息をつくと、遥人は苦笑いしながら目線を戻した。

「・・・わかったよ。まずはお前がやりたいようにやってみろ」
「ハルにぃ・・・!」
「ただし条件がある。SPは変わらずお前につけておく。これだけは譲れない。隙を突かれて怪我させるなんて二度とごめんだからな。そして話が通じないと判断した場合は容赦なく俺が出る」
「・・・うん、わかった。ハルにぃ、我儘を聞いてくれて本当にありがとう」
「あぁ、ほんっと我儘だよ、お前は」
「ごめんなさい・・・」
「そんなお前に逆らえない俺はおっさん街道まっしぐらだな」
「・・・ぷっ」
「おい、笑い事じゃないだろ」
「あ、ごめん。・・・・・・ぷぷっ!」
「おいっ!」
「きゃはははっ! ハルにぃ、苦しいよっ」
「うるさいっ。人に散々心配かけたんだからこれくらい黙って受け入れろ!」

息もできないほどに抱きしめられているというのに、たまらなく幸せだ。
ごめんなさいとありがとう。
その想いで胸がいっぱいで。

「ハルにぃ・・・大好き」

だから溢れんばかりの気持ちはいつも素直に伝えていこうと思う。

「・・・お前、卑怯だぞ」
「えっ? 何が?!」
「おっさんが俺に釘を刺したのをわかってて煽るなんて」
「あ、煽る?」
「くっそー、そういう無自覚なところもほんとつくしそっくりだよ。タチが悪すぎる・・・」
「???」
「はー、もういいよ。今は黙ってキスさせろ」
「えっ? でも・・・」
「いいから。黙って俺を受け入れて」
「・・・・・・」

至近距離で見つめられてノーと言える人なんているんだろうか?
・・・いるわけがない。だってこの世で一番好きな人なのだから。
クスッと笑いあって頷くと、あたしは静かに目を閉じてその時を待った。






***



廊下の先に見つけた人影に、司はまるで予想していたかのように肩をすくめた。

「かっこよかったよ」
「惚れ直したか?」
「それはもう! こんないい男、世界のどこを探してもいないって思っちゃった」
「ったりめーだろ。何を今さら」
「あはは、そうだよね、今さらだよね。でもほんとにかっこよかったよ。・・・司は本当に素敵な父親になったね」
「・・・・・・」

目の前まで足早に近づいてくると、つくしは司の腕にキュッと自分の手を絡ませた。

「娘のこともハルのことも大事にしてあげる司は最高の父親だよ」
「・・・癪だがあいつの気苦労は嫌ってほどにわかるからな」
「あはは、なんでだろうね~?」
「知らねーとは言わせねーぞ」
「あははっ、やっぱり?」
「ったく、もっと弱い女でいいのにお前らときたら・・・」
「えー? でも司の遺伝子も引き継いでる分花音の方が手強いと思うよ?」
「ぬかせっ!」
「きゃーーはははっ! くすぐったいってばっ!」

羽交い締めにされて身動きがとれない。

「・・・あの子達なら大丈夫だよ」
「じゃなきゃ困るんだよ」
「ふふっ、そうだよね。色々乗り越えながらまた絆を深めていくんだよ。ねっ?」
「深い絆・・・か。是非とも確かめたいところだな」
「えっ?」

ニヤリと真上で光った瞳にぎくっとしても逃げ場はない。

「今日は娘をクソガキに取られてむしゃくしゃしてんだ。たっぷり慰めてくれよ、奥さん」
「えっ、えぇっ?!」
「心配すんな。ちゃんとお前も天国に連れてってやっから」




「な、なんでそうなるの~~~~~~~~~っ!!!!」




どうやら、愛情の確認方法は人それぞれということのようです。





 
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