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晴れ、ときどき×× 4
2014 / 11 / 02 ( Sun )
ジタバタと暴れる体は少しも離れることはなく、遠ざかっていく景色の中に深々と頭を下げている店の責任者の姿が見えた。やがて外に出るとそこには見覚えのありすぎる無駄に長い物体が見えてくる。

「バカバカバカ!降ろしてよっ!」
「うるせーな、すぐに降ろしてやるよ。ほらっ」

ドサッという音と共に体が柔らかい感触に包まれる。
当たり前のようにリムジンの中に放り込まれると、出口を塞ぐような形で司が目の前に腰を下ろした。

「ちょっと!私電車で帰るんだから。降ろしなさいよっ!」
「んなこと許すわけねーだろ。行け」

運転席の方にチラリと目線を送ると同時に、車体が音もなく静かに動き出した。

「あっ!斉藤さん、止まってください!ここで降りますからっ!」
「ばーか、止まるわけねぇだろが。いい加減諦めろ」

すっかり顔なじみになっている運転手の斉藤への願いも虚しく、車は滑らかに夜の街を駆け抜けていく。
もはや何を言っても無駄だとようやく悟ったのか、つくしは頬を膨らませて不満を隠さずにソファへと体を投げた。
棘々したつくしの心とは対照的に、革張りのそこが自分を柔らかく包み込んでくれる。

「ぷっ、お前の顔おもしれぇ」

顔筋の全てを使って不機嫌さを滲み出しているつくしに、思わず司が吹き出す。

「ちょっと!何笑ってんのよ。私まだ怒ってるんだからね?!」
「何がだよ?俺は何もしてねーだろが。っつーかお前こそどういうつもりだよ?連絡取れねぇようにしやがって。心配すんだろが!」

こちらの不機嫌なんてお構いなし。
自分の方こそ怒ってるとばかりに眉間に皺を寄せる男に、つくしはあらためて思う。
やっぱり。この男はちっとも悪いだなんて思っちゃいない。

「だって!元はと言えばあんたが悪いんでしょ?絶対に見えるところにつけないでって約束したのにあんな・・・・・。しかも一つならまだしも、数え切れないほどつけるなんて信じらんない!」
「あれはおしおきだっつったろ?お前密室に男と二人きりになんてなるんじゃねーよ。本気で襲われたら簡単にやられんだからな」
「だからっ!そういう心配はいらない相手だって言ってるでしょ?!」
「お前の大丈夫ほどアテになんねーもんはねぇんだよ」
「何よそれ」
「そうやって油断しまくってるお前に惚れる男が今までどれだけいたと思ってんだ」
「はぁっ?意味わかんない。そんな人いるわけないじゃん!」
「ほらな、これだ。ったく無自覚ほどタチの悪いもんはねぇっつんだよ」

どこか呆れたように溜め息を零す司にますますつくしのイライラは募るばかり。

「仕事の付き合いでどうしてもってことはあんたにだってあるでしょ?いちいちあれくらいのことでキレないでよ」
「俺は絶対に隙なんか見せねぇぞ」
「そう思ってるのはあんただけかもしれないじゃん」
「あぁ?んなわけねーだろが。お前と一緒にすんじゃねぇよ」

いつまで経っても水掛け論の応酬に運転手の斉藤が一人苦笑いを零している。
当然そんなことには気づきもしない当人達は小学生かと突っ込みたくなるほどのやりとりを延々と繰り返す。

「もういいよ。とにかくお願いだから見えるところにだけはつけないで!」
「別にそんなん堂々としてりゃいいだろうが」

悪びれもせずケロッと言ってのける司をつくしは下から睨み付けた。

「バカ言わないでよ!仕事の時に取引先の人に見られでもしたら身だしなみとしてだらしないでしょう?!仮にあんたが同じようなことしてみなさいよ。副社長としての立場がないでしょ」
「俺は別に構わねーけど」
「えっ?」
「キスマークだろ?別にいくらついてようが痛くも痒くもねーけど」
「でっでも、あんたは副社長じゃない・・・」

一体何をとんでもないことを言い出すのだろうか?
企業の上に立つ人間が、しかもそんじょそこらの大きさではない。
大財閥の副社長ともあろう男がキスマークを堂々と見せても平気だって?
いやいやいやいや、ありえないっつーの!

そんなつくしの心の叫びを知ってか知らずか、司はフッと不敵な笑みを浮かべると、一気につくしの横まで体をずらして密着してきた。

「ちょっ・・・!」

つくしが気づいた時には時すでに遅し。
逃げようと後ずさった方から大きな手が伸びてきて肩をがっちりと抱き込まれてしまった。目の前には広い胸板があって挟み込まれた状態だ。

「いいぜ?」
「はっ?」
「キスマーク、つけろよ。ほら」

そう言うと司は顎をクイッと上げた。つくしの目の前に男らしい喉仏と男性とは思えないほど色っぽい首筋が晒される。

「ちょっ、冗談やめてよ!あんた副社長でしょ?ダメに決まってるじゃん!」
「なんでだよ。俺は構わねえってんだろ?」
「だって他の社員に示しがつかないじゃん!わっ?!」

体を仰け反らせながらなんとか距離を取ろうとギリギリと力を入れるつくしの体を片手でいとも簡単に引き寄せると、司は鼻と鼻がくっつくほどの距離で言い切った。

「言っとくけど。俺はキスマークくらいでどうこう言われるほどやわな仕事はしてねぇぞ」
「ちょっと・・・・近いっ、近いからっ!」

悔しいが何度見ようとも整った顔を目前に、つくしの心臓がバクバクとその速度を上げていく。
だがそんなつくしの焦りをさらに上昇させるように、司は両手でつくしの顔をガシッと固定する。

「キスマーク程度でガタがくるような仕事はしてねぇんだよ。っつーかむしろハエのようにたかってくる女共への牽制になっていいんじゃねぇのか?」
「わ、わかったから!だから離してよっ・・・・」
「俺はお前からのキスマークなら喜んでつけていくぜ」
「ちょっ・・・・んっ・・・!」

目の前の形のいい唇が弧を描いたと思った次の瞬間、吐き出そうとしていた言葉ごと奪われていた。
顔を両手で固定され逃げることもできず、必死で胸を叩いて抵抗するが強靱な肉体はぴくりともしない。
柔らかい唇の隙間からすぐに生温かいものが侵入してくる。その感触にビクッと反応したのが合図かのように侵食が激しさを増す。

「んっ・・・・あっ・・・・」

怒ってたのに。
ちゃんと謝るまで絶対許さないって思ってたのに。
それなのに・・・・

どうしてこいつのキスはこんなに優しいの。
あんなに自己中で凶暴でバカな俺様なのに、触れる唇は恐ろしいほど優しくて。
どんな時だってこの男にキスをされたらいつの間にか何も考えられなくなって・・・・・・
蕩けそうなほどの感触に溺れていってしまうんだ。



「はぁっ・・・・」

気が付けば抵抗していた体からはすっかり力が抜け落ち、顔を固定していた大きな手はつくしの背中へと回されていた。ようやく唇が離れて行ったと同時に艶めかしい吐息が零れる。

「お前今自分がどんな顔してるかわかってんのか?」
「な・・・・にが・・・?」
「すっげーエロイ顔してる」
「なっ・・・・!!」

変わらず至近距離でニヤリと笑う男の顔の方がよっぽど妖艶で。
カッと頬を染めて反論しようとした時にグイッと腕を引かれた。

「ちょ、ちょっと?!」
「ほら行くぞ」

いつの間にやら車は邸に着いていたようで、視線を後ろに送れば斉藤が後部座席のドアを開けて恭しく主が出てくるのを待っている。

いつからドアが開いていたのだろうか・・・?!
まさか見られた?!

全くもって今さらなことを悶々と考え込むつくしの体を引き寄せると、司は慣れた手つきで邸の中へと入っていった。





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晴れ、ときどき×× 5
2014 / 11 / 05 ( Wed )
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戦う女
2014 / 11 / 08 ( Sat )
嫉妬、妬み、羨望___


それは人間ならば誰しもが一度は抱くであろう負の感情。
それがまた人間らしさを増すためには欠かせないものでもあるのだが。

世の中には大部分が負の感情でできた人間もいて。
他人の幸せを見つけては執拗に妬み、絡み。
その対象が正の感情に満たされた相手であればあるほど、その執着は増す。
一つ一つ目に見えるものを比べては己が優位に立っているはずだと思い込み、それを大義名分に攻撃を繰り返す。そうして満たされたような錯覚に陥る。

そして世の中にはその標的となりやすい人間がいることも事実で。
そう、ここにも一人____






「わぁっ、つくし綺麗~!」
「やだ、やめてよ!」
「馬子にも衣装とはよく言いましたね、先輩」
「ちょっと桜子、どういう意味よ」
「嘘ですよ。とっても綺麗ですよ、先輩」

そう言ってにっこりと微笑んだあんたの方こそよっぽど綺麗だよと思いつつも、つくしは鏡に映る自分の姿を見つめた。

「あ~、似合わないからこういうのやなんだけどなぁ」
「何言ってるの!すっごい似合ってるよ?!つくしは自己評価が低すぎるんだよ」
「そうですよ。あの道明寺さんに見初められたんですから。それにもう婚約までしたっていうのにいつまでそんなこと言ってるんです?いい加減腹を括ってください」
「いや、腹は括ってるんだけどさ。やっぱこういう格好は私にはらしくないっていうか・・・・・」
「そんなことないって!色といい形といいつくしにピッタリだよ。司が選んだんでしょ?」
「うん・・・・・」
「ほら~!こんなに似合うものを見立てるなんて愛されてる証拠じゃーん。もっと張り切らなきゃバチが当たるからねっ?!」

滋の言葉にハハハと苦笑いしながらあらためて鏡の中の自分と目を合わせる。
ネイビーブルーのドレスはシンプルなデザインながらもつくしの良さをこれ以上なく引き立てている。Vカットされた胸元には土星のネックレスがキラキラと輝き、露出したところからはつくしのきめ細かな白い肌がのぞく。
決して色気のあるタイプの人間ではないが、つくしには人にはない言葉にできない清涼感がある。そしてそれがつくしだけの色香を醸しだしている。

本人には全く自覚はないが、元来もつ人を惹きつけるその内面だけではなく、外見的にも異性の目を惹くだけの魅力を十分に身につけているのだ。そんなつくしの魅力に最初から気付いていた司が、全く自覚しようとしないつくしに手を焼くのは仕方のないことなのかもしれない。

「そろそろ時間じゃないですか?」
「あ、ほんとだ。じゃあ行こっか」

時計を確認すると最後の身だしなみチェックをして、三人で控え室を後にした。




今日は大きなプロジェクト成功を祝った盛大なパーティが開かれる。
このところの業績は右肩上がりで、特につくしとの婚約が正式に発表されてからは誰の目にも明らかだった。
道明寺ホールディングス副社長の原動力はつくしであり、決して進んで表に出ようとはしないが、今の会社を支えているのは実のところつくしなのだということは、少しでも道明寺に関わったことのある人間の間ではもはや常識となっていた。


「つくし」
「・・・あ、道明寺」

会場となっているメープルホテルの大広間に入ったところですぐに司が近付いてきた。

「お前いい加減名前で呼べっつってるだろ?婚約もしたんだぞ」
「あ、ごめん。でもやっぱ慣れないっていうか・・・少しずつ、ね」
「・・・・しょうがねーな。お前、最初の挨拶の時に一緒に壇上に上がれよ。紹介するから」
「え。・・・・・うぅっ・・・・・わかった」

司の言葉につくしの顔に明らかな落胆の色が滲む。道明寺家に嫁ぐ覚悟はできたが、それでも派手な舞台には到底慣れそうにもない。だったら覚悟ができたとは言えないと突っ込まれればそれまでだが、読んで字の如く、雑草のようにひっそりとしているのが一番安心できる性分なのだから致し方ない。
司は相変わらずのつくしの反応にフッと笑いを零すと頭をポンポンと叩いた。

「いい加減慣れろよ。じゃあまた後で迎えに来っから。滋達と一緒にいろ」
「うん。頑張って」
「おう」

ひらひらと軽く手を振って送り出すと、司は颯爽と人の波へと消えてしまった。副社長として、やらなければならないことは山積みだ。

「な~んかすっかり夫婦って雰囲気で満たされてますね」
「はぁっ?!」
「ほんとほんと~。もうお互いのことは何でもわかり合ってます~オーラがハンパないわ。
あーあー、この会場なんか熱いんじゃな~い?」

右腕を桜子に、左腕を滋にがっしり掴まれると、どちらも顔を近づけてニヤニヤとしたり顔でつくしを眺める。

「も~、あんた達もいい加減からかうのはやめなさいよね!」
「えー、からかってなんかないのに。ねぇ、桜子?」
「本当ですよ。失礼しちゃいます。それだけ最近のお二人がいい感じですよってことです」
「えー?自分たちじゃ何もわからないよ。何か変わったってわけでもないし」

しいて言うならば、二人の婚約が正式に発表されたことくらいだろうか。
司の帰国から2年、本人の希望よりは遅くなってしまったが、いよいよ彼の夢が叶う日が目前まで迫っていた。
婚約を発表してからというもの、つくしが公の場に姿を出すことも少しずつ増えていた。このような華やかな場はつくしにとってある意味トラウマでもあったが、楓に認められた今、もう怖いものは何一つないのが現状だ。ただ本人がいつまでも慣れないという点を除いては。
今日もまたつくしを婚約者として大々的に紹介することもあって、司の機嫌の良さは目も当てられないほどに最高潮だった。




*****


「お前らここにいたのか。・・・・・牧野は?」
「さっきお手洗いに行くって出てったよ」
「そうか・・・・っつーか滋、お前食い過ぎだろ、どう考えても」
「え~、だって美味しいんだもん!」
「一体その体のどこにそんだけ入るんだよ・・・・・」

パーティの主な催しもほぼ終わり、場内はすっかり歓談モードとなっていた。
キャーキャーという羨望の眼差しを浴びながらF3が移動した先には桜子と滋がいた。滋の手にした皿にはこれでもかと山盛りになった食べ物が載っていて、総二郎は見ただけで気持ち悪くなりそうなほどだ。

「しっかし司んとこは相変わらずすげぇな。今日500人だっけか?」
「そうみたいですね。というか先輩を紹介したいから余計気合いが入ってるって感じに見えますけどね」
「ははっ、そうかもな。やることがいかにも司らしいぜ」
「牧野は俺のものだって言いふらして回りたくて仕方がないんでしょ」
「おいお前ら。あいつは?」

類がふあぁと欠伸を零したところで人混みをかき分けながら司が駆け寄ってきた。
つくしの紹介が終わっても尚ビジネスとしての付き合いがあり、つくしを滋達に任せて会場内を回っていたのだが、ようやくその役目も一段落した。

「先輩ならさっきお手洗いに行きましたよ?」
「・・・・・・・・でもやけに遅いね」
「いつ行ったんだよ?」
「・・・・・そういえばもう15分以上は経ってるかも」
「混んでるんですかね・・・・・」
「・・・・まさか何かあったとかじゃねーよな」

あきらがぽつりと呟いた一言に司は弾かれたように走り出していた。

「あっ、司っ、待ってよっ!」
「司っ!・・・・・だめだ、俺たちも行こう」

滋や総二郎の制止も全く耳に入らず走り去る司を、5人も急いで追いかけていった。




*****

「あ~、いい加減顔が攣りそう」

つくしは鏡に映る自分の顔を揉みほぐしながら、顔面筋肉痛というものもこの世には存在するんだろうかなんてことを考えていた。
婚約を発表してからというもの、こうした公の場に出ることもあったが、今日ほどの人が集まったのは初めてだった。司に連れられて行く先々で笑顔で挨拶をして回る。もう一体どれだけの人と言葉を交わしたのかも覚えていない。明朗快活なつくしと言えど、さすがに疲労の色は隠せない。

「あいつ、いつもこんなことやってるんだ・・・頑張ってるんだなぁ」

それは素直な気持ちだった。ただの自己中でバカな俺様だったのはもう昔の話。今では道明寺財閥の揺るぎない支柱になっているのだから。

「あ~ら、どちらのご令嬢かと思えば一般庶民の方がこんなところへ何のご用かしら?」

ふと背後から聞こえてきた声に振り返ると、まぁものの見事に着飾った女が3人、明らかな侮蔑の眼差しでつくしを見ていた。考えに夢中になる余り、いつ来たのかその気配に全く気が付かなかった。

「道明寺様の婚約者かなにか知らないけど、あまり調子に乗らない方がいいんじゃなくて?」
「はぁ・・・・」
「どうやってあのお方に取り入ったか知らないけど、足を引っ張ることだけは許されないわよ。いつまでも身の程知らずでいたら彼にまで恥を掻かせるってことを忘れるんじゃないわよ」
「はぁ・・・・」

真っ赤に塗られた口元が歪んでいく様をぼんやり見つめながら、あぁこういう感覚も久しぶりだなぁなんて妙な懐かしさを覚えていた。司が渡米している間は言わずもがな、帰国後にも嫌がらせをしてくる連中はいたが、正式に婚約してからはさすがに下手に手が出せないと思ったのか、こういうことはほとんどなくなっていたからだ。
だが世の中には「身の程知らず」が少なからず存在するもので。
許されないとは一体誰に許されないのだろうか?正直、楓以上に恐ろしい存在などいないと断言できる。その楓に認められた今、もしかしたら自分はこの世で一番強い人間になったんじゃなかろうかと錯覚するほどだ。



「おい司!・・・・あいつ速ぇな・・・」
「牧野に関することだからね。野獣の本能でしょ」

猛ダッシュで会場の外にあるお手洗いを探して回る司の後を追いかけるが、その距離は一向に縮まらずむしろ広がるばかりだ。やがて司が3つ目のお手洗い周辺に辿り着いたところで、中から何やらぼそぼそと揉めているような声が聞こえてきた。

「ちょっと、何がおかしいの?人が真剣に話してるのに笑うなんて失礼じゃない!」
「あ、すみません・・・・」
「全く・・・・こんなんじゃ道明寺財閥も先が思いやられるってものよ」
「はぁ・・・・」
「本当よねぇ。こんな見た目もフツーのド庶民が一体どうやってあの道明寺様に取り入ったっていうのかしら?」
「見た目じゃまず無理だろうからあっちの方が凄いんじゃないのぉ~?」
「やだぁ~!あっちってどっちよぉ~」
「あっちはあっちでしょ。だってそうでもないとあり得ないじゃなーい?人は見た目によらないっていうし」
「きゃはははは」


「・・・・・・・んのやろうっ・・・・・!!」
「司っ!はぁはぁ、お前速すぎんだよ。いたのか?ってどうしたその顔は」
「・・・・・・・・・ブッ殺す」
「おい待て!落ち着けっ!」

追いついて早々鬼のような形相で物騒なことを口にする司を慌ててあきらが引き止めるが、司はその制止を振り切って中へと殴り込みにいこうとする。場所が場所なだけに事を大きくしないようにと総二郎も止めに入るが司の力は緩まない。

「離せっ!」
「おい司っ!」

二人がかりでも止められずに、司が中へと足を一歩踏み入れた時だった。


「でも道明寺さんにもガッカリよねぇ~。選んだのがこーんなちんくしゃだなんて」
「ほんと~。せっかく憧れてたのに。こんなんじゃ会社も危ういんじゃないのかしら」
「あはははっ!」

ダァアアアアンッ!!!!

突然響いた打撃音にその場にいた全員の体がビクッと跳ねる。3人の女が驚いて顔を上げると、これまでひたすら生返事に終始していたつくしの顔が怒りのオーラに満ちていることに気が付いた。右手は壁を捉えていて、もしかしたら亀裂が入ったのではと思える程にプルプル震えている。

「な、なんなの?なんて野蛮な・・・・!」
「黙って聞いてりゃペラペラペラペラ言いたい放題言いやがって・・・・・」
「まぁっ!なんなの、その汚らしい言葉遣いはっ!ついに本性を現したわね?!」
「うるさいっ!本性?そんなのくそっくらえだわ!」

突然変わったつくしの態度に呆気にとられる3人を見据えると、つくしはズイッと一歩前に出た。その迫力に押されて3人の足が同時に一歩下がる。

「ド庶民?身の程知らず?えぇえぇそうですよ。そんなことは本人が一番わかってるっての!でもそれが私なんだから仕方ないじゃない。私だってねぇ、あいつがただの庶民だったらどれだけいいかって思ったかしれないわよ。でも私が変われないようにあいつだって変われない。そのままの相手を受け入れるしかないのよ!」
「なっ・・・・!玉の輿狙いのくせに偉そうに・・・・!」
「玉の輿ぃ~?言っとくけどね、私にとっては足を伸ばしてひっくり返りそうになる無駄に広すぎるお風呂より膝を曲げなきゃ入れないくらいのゴエモン風呂の方がよっっっっっっぽど居心地いいんだからっ!」
「ご、ゴエ・・・・・・・?」
「あんた達に聞くけど、あいつが無一文になったって結婚したいのよね?」
「えっ?!」
「いーや、無一文どころか借金背負ってたって平気なのよね?!」
「そ、それは・・・・・・・」

さっきまでの勢いはどこへやら。つくしの迫力と言葉に3人が口ごもる。

「私はねぇ、無一文になったってあいつを支える覚悟があるわよ。っていうかそういう時こそむしろ私の腕の見せどころって感じ?上辺しか見てないあんた達が偉そうなこと言うんじゃないわよ!」
「なっ、なっ・・・・・・・!」
「それから。私のことは好き勝手言ったって構わないわよ。こちとらこういうことは慣れに慣れてんのよ。あんたたちのいやがらせなんて可愛いもんだわ。・・・・・でもねぇ、本気で頑張ってるあいつを悪く言うのだけは許さない。どれだけ必死で努力してるか知ろうともしないであいつを侮辱するのだけは絶対に許さないっ!!!」



シーーーーーーーーーーン・・・・・・・



その場が静寂に包まれた。
誰一人として言葉を発することができなかった。それほどに、つくしの姿が毅然として力に満ち溢れていて、何かを言い返さなければと思いつつ頭も体も身動き一つ取れずにいた。

「・・・・・・・・あっ・・・・・!」
「え?」

その時、3人の顔が驚愕に包まれる。あまりの迫力にビビらせ過ぎてしまっただろうかと思ったが、どうも視線は自分より先に向かっているようだった。何だろうと振り返ろうとした体が突然後ろから温かい感触に包まれた。それもかなりの力で。包まれた瞬間、ふわりと身の覚えのあるコロンの香りが鼻腔をくすぐった。

「お前やっぱサイコーの女だわ」
「えっ、道明寺っ?!いつからいたの?!」
「お前が啖呵を切った辺りから。俺が助けるまでもなかったな。それでこそ俺が惚れた女だぜ」
「ちょっ・・・・苦しいから!離してよ!」
「ダメだ」

むぐぐぐっ・・・・!苦しいっ!!
身長差のある大男が覆い被さるように自分を抱きしめるものだから、つくしはまともに呼吸ができずジタバタともがく。司はそんなつくしの体をくるっと反転させると、今度は正面から抱き締め直した。一瞬だけ体を離して見えた司の顔は・・・・普段のビジネスモードからは想像もつかないほど緩く、幸せオーラが満ち溢れていた。
そんな司を目の当たりにし、つくしも思わず背中に手を回してポンポンと撫でる。

「だから私は雑草だって言ったでしょ。踏まれても叩かれても逞しく生きていけるの」
「あぁ、そうだな。お前はこの世で一番最高の女だ」
「そんな大袈裟な・・・・・」

「そんなことないよ!つくしかっこよかったよ~!」
「さすがは私のいびりにも耐えただけのことはありますね」
「し、滋?桜子もっ?!」
「鉄パンツは卒業したけど鉄の女は健在だな」
「牧野、お前マジでかっこいいな」
「あんたが啖呵切るの久しぶりに見た気がする」
「っ・・・・・!っていうか皆聞いてたの・・・・・・?」
「「「「「うん」」」」」

ガビーーーーーン!!!!
今思えば結構恥ずかしくなるようなことを言ってた気がする・・・・
今さらながら羞恥に染まるつくしとは対照的に目の前の6人は皆満面の笑みを浮かべている。

「じゃあ行くぞ」
「えっ?!」

ようやく抱擁が解かれたかと思うと今度は手をガッチリ掴まれて体ごと引き摺られていく。
そのままあっという間に二人はその場からいなくなり、女共は今目の前で何が起こったのかわけがわからないようにただ呆然と立ち尽くしている。
そんな3人の前に桜子が一歩足を進めると、妖艶な笑みで見下ろしながらゆっくりと口を開いた。

「ご覧の通りあの二人は揺るぎない信頼関係で結ばれてるんです。低俗な雑音なんかでどうこうできるような薄っぺらい絆じゃないんですよ。身の程知らずな行動で身を滅ぼさないようにお気をつけあそばせ?」
「・・・・・・・・・!!」

目を見開いて驚く3人をフッと嘲笑うと、桜子は身を翻して出ていった。

「桜子~!やっぱりこういう時にはあんたが一番違和感ないよ!」
「失礼ですね。ちゃんと釘を刺しておいただけじゃないですか」
「お前を敵に回すと怖ぇだろうな・・・・」

アハハと徐々に遠ざかっていく声を聞きながら、トイレに残された3人はいつまでもその場に立ち尽くしていた。





「・・・・・ねぇっ!行くってどこに?会場はそっちじゃないでしょう?!」
「バーカ、誰があそこに戻るっつったよ」
「えっ、じゃあどこに行くのよ?っていうか勝手に抜けちゃダメじゃん!」
「もうやるべきことは全部やっただろ。スイート行くぞ。部屋取ってっから」
「はえ?!な、何言ってんの?!」
「何って・・・・・・ナニだろ?」

ズンズン進めていた足をピタッと止めると、司はつくしの顔を覗き込みながらニヤリと怪しげな顔で笑った。途端につくしの中を嫌な予感が駆け巡る。

「いや、でもやっぱ最後までちゃんといないと・・・・!」
「ざけんな。あとはババァに任せときゃいいんだよ。っつーか、お前にあんな盛大な愛の告白されて応えなきゃ男じゃねーだろ」
「だろって・・・・」

手を引っ張ってグイッとつくしの体を胸元に抱き寄せると、司は耳元に囁きかけた。

「今日は優しく愛してやるからな・・・・?」
「・・・・・・っ!!!!」

ガバッと耳を押さえて真っ赤になったつくしに満足そうに微笑むと、司はスキップしそうな勢いでつくしを引き摺っていった。やがてエレベーターの向こうに消えた二人がその夜どうなったのか・・・・・・



それは二人だけの秘密。








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00 : 05 : 00 | 戦う女 | コメント(17) | page top
憧れのヒト
2014 / 11 / 12 ( Wed )
「好きです。付き合ってください」
「ムリ」

間髪入れずに切り捨てた言葉に目の前の女の瞳がみるみる潤んでいく。

あぁ、うぜぇ。
そうして涙の一つでも見せりゃあ俺が動揺して気にかけてくれるとでも思ってんだろ?
たまらなくうぜぇ。

泣きながらも何かを期待するような目でこちらを見上げている女に構うことなく、さっさとその場を後にした。


「見~っちゃったぁ。ひどいんだぁ!」
「内藤・・・・うるせーよ」
「断るにしてももう少し言い方があるんじゃない?」
「ムリなもんはムリなんだから仕方ねーだろ」
「せっかくもてるのに何がそんなに気に入らないの?」
「あぁ?女なんてうぜぇだけだろ。どうせ金か見た目狙いの奴ばっかなんだよ」
「そんなことないのに!ちゃんと見ようとしてないだけでしょ?」

いきなり陰から現れたかと思えば説教を始める目の前の女に次第にイライラが募っていく。ズンズン前に進めていた足を止めると、後ろから必死で追いかけてきていた女を振り返る。

「お前一体なんなん?しょっちゅう俺に絡んで来やがって。うぜぇんだよ!」
「絡んでなんかないじゃん!」
「絡んでんだろうが。何かある度にいちいち口出ししやがって・・・・」
「だって・・・・」
「・・・っつーか何?お前も俺が好きとかそういうパターンなわけ?」
「えっ・・・・?」

イライラしていたから、からかうつもりで何気なく口にした言葉だった。
だが予想に反して女の顔が一瞬で赤く染まる。
・・・・は?何?まさかガチだってのか?
・・・・・・・・・・なんなんだよ。マジでうぜぇ・・・・

「なんだよお前もかよ。ダチのふりして近くにいるように見せて実は下心ありってか?他の女より質が悪ぃじゃねーか」
「ち、ちがっ・・・・!!」
「ま、どっちでも俺には関係ねーけど。一切期待なんかすんじゃねーぞ」

吐き出すようにそう言うと、またしても女を残してそのままその場を立ち去っていく。
残された彼女が一体どんな表情をしていたのかなんて気にかけることもせずに___





毎日がつまらない。
何をやってもイライラは募るばかり。
金ならある。有り余るほどに。
でもその金を好き放題使っても苛立ちはなくならない。むしろ増すばかりだ。

無駄に広すぎる家に帰ってもいるのは使用人ばかり。
幼い頃から両親は仕事で海外に飛んでいることが多く、家族らしい時間を過ごした記憶はほとんどない。中学生の頃、純粋な気持ちで同級生を家に招いたことがあった。彼らの多くがこの邸に驚き、喜んでくれた。自分も素直に嬉しかった。
だがそれ以降彼らは変わっていく。何かがあればうちにきて大騒ぎし、足りないものがあれば無心するようになった。純粋だった心は見事に打ち砕かれた。

女だってそうだ。
俺だって誰かを好きになったことくらいある。だが相手はそうじゃない。気が付けば求められるのは愛情ではなくてモノになっている。誰一人として金持ちのフィルターなしでは俺を見てなどいない。だったら俺は俺で好きにさせてもらうと適当に女遊びもした。それでも時間が経てばたつほど苛立ちが募るばかりで結局それ自体もやめた。
しおらしい様子で近付いてきてもいずれその化けの皮が剥がれていく。そんな面倒くさいことはもうこりごりだ。

そんな中でも唯一心の置ける女がいた。いや、女としては見ていないが。
俺を特別な目で見ないそいつといると不思議と気持ちが楽になる。そういう存在だった。
それなのに・・・・結局あいつもそういう目で俺を見ていたってことか。

「はぁ・・・・ほんっとつまんねー」

やり場のない憤りをぶつけるように体ごとベッドにダイブした。




*****


「うわ・・・・相変わらずすっげーな・・・」

豪華絢爛な会場内を見渡して思わず感嘆の声が漏れる。
立場上、こういう社交の場に駆り出されることは幼い頃からよくあったし慣れているつもりだが、来る度に思うがここだけはレベルが違う。世間的に見れば相当な金持ちだとしても、それが普通に霞んで見えてしまうほどにレベルが違う。
いつもなら煩わしくてたまらない場も、今日だけは違った。パーティが楽しみなんじゃない。
___どうしても会いたい人がいたから。

パーティが始まり1時間程が過ぎると会場内は自由な空気に包まれ始めた。各々目的の人物に会ったり、飲食を楽しんだり、中には仕事の商談までする者も。各界の大御所が一堂に会するこの場はまたとない格好のビジネスチャンスの場でもある。
当然ながら自分の目的はそんなことじゃない。広い会場に溢れかえる人の波をかき分けながら目的の人物を必死で探す。見つかったとしても簡単に声がかけられるような状況ではないかもしれない。自分とは違う世界に行ってしまった人だから・・・・・


「・・・・・・いた!」

15分ほど歩き回ってようやく探し求めた相手を見つける。予想に反して一人だった。一人で呑気に目の前に並んだ食べ物と睨めっこをしている。・・・・・・・無防備にもほどがあるだろ!!
見ているこっちの方がハラハラして思わずダッシュしていた。

「つくしっ!」
「え?」

大きな声で名前を呼ぶと、キョトンとした顔で彼女がこちらを見た。その拍子に今掴んだばかりの唐揚げがトングの先からポロリと零れ落ちる。俺は高鳴る鼓動を必死で抑えながら足早に近付くと、彼女の目の前に立った。

「・・・・・・・・・」

何と言えばいいのだろう。あれだけ会いたかったというのに、いざ彼女を目の前にするとろくに言葉が出てこない。俺がこんなに動揺するなんて、何てことだ!

「あの、どちら様ですか・・・・?」

いつまで経っても何も話そうとはしない俺を不思議そうにつくしは見上げる。
・・・・やっぱり覚えてないか。まぁ当然のことだろう。もう十年近く会っていないのだから。

「覚えてない?昔会ったことあるんだけど」
「え?!」

見覚えのない男の言葉につくしは俺の顔をマジマジと観察し始める。うーん?と頭を捻りながら必死で記憶を辿っているようだ。

「動物園・・・・・覚えてない?」
「動物園・・・?・・・どうぶつ・・・・・・・・」

ブツブツ呟きながら考え込んでいたつくしがやがてハッとしたように顔を上げた。その顔は驚きに満ちている。あらためて俺の全身をくまなく見渡すと、信じられないものを見るようにして口を開いた。

「ま、まさか・・・・・・・・リュウ?!」

懐かしいその呼び名に思わず自分の顔が綻ぶのがわかった。俺は笑顔で頷いた。

「正解。思い出してくれた?」
「嘘・・・・あのリュウなの?本当に?!」
「うん。久しぶり」
「・・・・・・・・リュウっ!!!」

今の俺に昔の面影を見たのか、つくしはやがてそれはそれは嬉しそうに破顔すると突然俺の体に抱きついてきた。あまりの無防備さに正直驚いたが、それがつくしらしくもあって嬉しくなった。

「まさかまた会えるなんて嬉しい!あ、でもリュウもいいところの坊ちゃんだったんだっけ」
「坊ちゃんってやめろよ」
「あははは、だって坊ちゃんは坊ちゃんじゃない?」
「ちぇ・・・」

少し体を離して俺を見上げると、つくしはあらためて俺の顔を隅々まで観察していく。

「それにしても大きくなったねぇ。今いくつ?高校生?」
「うん。去年入った」
「そっかそっか、私も歳を取るわけだなぁ~、あははは!」

大きな口を開けてカラッと笑うその姿に正直驚きを隠せない。・・・・彼女があまりにも変わらなさすぎて。
日本でも1、2を争うほどの大財閥に嫁いだというのに、昔のつくしと何一つ変わっていない。まるで幼い頃の思い出が昨日のことのように。

「今日は何?家の手伝いでここに?」
「うん。まぁそれもあるけど目的はつくしに会うことだったから」
「え、あたし?」
「うん。どうしても会って聞きたいことがあったんだ」
「聞きたいこと・・・・?」

約十年ぶりに会えたと思ったら何か聞きたいことがあると言い出した俺につくしは不思議そうに首を傾げる。そう。俺はどうしても彼女に聞いてみたいことがあったんだ。
だが俺が口を開いたその瞬間、その言葉は遮られてしまった。

「おいてめぇ。人の嫁に何手ぇ出してやがる」

俺の腕にずっと置かれたままだったつくしの手がガッと掴まれると、次の瞬間には大きな男の体の中にすっぽりと引き寄せられていた。

「司?!」
「お前も何やってんだ!知らない男に触るなんて無鉄砲にもほどがあるだろが!」
「ち、ちがっ」
「ただでさえ心配でならねぇってのにお前は・・・・ちょっと目を離した隙にいなくなるとかガキみてぇなことすんじゃねぇよ!」
「ちょっと!私子どもじゃないんだからそんなに過保護になんなくたって大丈夫に決まってるでしょ?!」
「お前なら何があるかわかんねーだろが。心配かけんじゃねぇ!・・・・おい、それからそこのお前。てめぇ一体どういうつもりだ?」

二人で何やら揉めていたと思ったら次は俺にターゲットが変わったらしい。
多分普通の感覚ならびびって身動きがとれなくなるんだろう鋭い眼光で俺を睨み付ける。そのまま一発拳が飛んでくるんじゃないかと思うほどの迫力だ。

「ちょっと司!すごんでんじゃないわよ!」
「あぁ?!相変わらずお前は何わけわかんねぇこと言ってんだ。こいつは・・・・」
「リュウだよ!」
「あぁ?」
「リュウ!昔一緒に動物園に行ったでしょ!覚えてない?」
「リュウ・・・・・?」

眉間に皺を寄せていた司がゆっくりとこちらを見る。じーーーっと睨み付けるようにしていたが、やがてハッとしたように驚いた顔に変わった。

「お前・・・・あんときのガキか?!」
「お久しぶりです、道明寺さん」

さすがに俺も幼稚園児のガキじゃない。彼がどういう立場の人間であるかくらいの分別はつく。
だからもう呼び捨てになんてできない。

「そうか、あいつか・・・・でかくなったな」
「はは。まだまだ道明寺さんには届きそうもないですけどね」
「懐かしいよね~!わざわざ私に会いに来てくれたんだよ。ねっ?」

嬉しそうに話すつくしとは対照的に、道明寺さんはその言葉にぴくりと反応すると俺をちらっと見た。ははっ、相変わらず独占欲の塊なんだな。・・・・この人も変わってないんだ。

「はい。どうしても会って聞きたいことがあって」
「聞きたいこと?」
「うん。・・・・・つくしは今幸せ?」
「えっ?」
「その立場だと色々大変なことも多いでしょ?それでも幸せなの?」

予想外の質問だったのか、つくしは驚いた様子だ。まぁ当然の反応だろう。
でもいつか再会できたら聞いてみたいとずっと思っていたことだ。
つくしの答えが返ってくるまでの間はほんの一瞬だった。

「うん、幸せだよ」

そう言って照れくさそうに笑った。

「・・・・・でも苦労も多いんでしょ?」
「多い多い!今でも何でこんな所に嫁にきたんだろうって思うもん」
「おい、てめぇ・・・!」
「でも大変だな~って思うこと以上に幸せだなって思うことの方が圧倒的に多いから。だから幸せだよ」
「つくし・・・・」

ほんの数秒前まで額に怒りマークをつけていた男が一瞬で照れくさそうに笑い出す。
あーあ、なんなんだよこのバカップル。変わらないどころかめちゃめちゃ変わってんじゃん。
・・・・・・・すっげぇ幸せそうに。

「でもなんで?どうしてそんなこと聞くの?」
「ん?・・・・あぁ、俺にもそういう幸せがいつか見つかんのかなって」
「え?」
「毎日がつまらなくて。何の楽しみもない。そう思ってたらなんかふっとつくしのこと思い出したんだ。道明寺に嫁いだのは知ってたけどそれから元気にしてるのかな、幸せなのかなって。何故だか聞いてみたくなった」
「リュウ・・・・」

ぽつりぽつりと話していく俺をつくしはじっと見つめている。なんだよそんな顔して。俺は別に全然平気だっての。

「見つかんだろ」
「えっ?」

次に言葉を発したのはつくしではなかった。

「お前がその気になりゃあどこにだって幸せは転がってんだ。あとはそれに気付こうとするかしねぇかだけだ」
「道明寺さん・・・・」
「そうだよリュウ!リュウはかっこいいし司なんかよりずっと素直な子だったし、必ず幸せになれるよ!」
「おい、どういう意味だ」
「そのまんまの意味だけど?」
「てめぇ・・・・!」
「あぁあぁもう、痴話げんかはやめてくださいよ」

全く。本当に変わってない。三人で出かけたあの時とちっとも。
変わったのは二人が夫婦という関係になったことだけ。
そんな二人を見ていたらいつの間にか笑っている自分がいた。

「そっか・・・つくしが幸せなら安心した。・・・・・いつか俺にもそう思える相手が現れるといいな」
「現れるよ!もしかしたらもうすぐ目の前にいるのかもしれないよ?」
「いるわけないじゃん。俺の周りの人間なんて皆欲目のある奴ばっかだし」
「それはわかんないよ。だってリュウがそう決めつけてるでしょ?リュウがちゃんと正面から見つめたら、また見えてくる世界も変わるかもしれないよ?」
「俺が・・・・?」
「そうだよ」

つくしが笑顔で大きく頷く。
俺が決めつけてる・・・・?そんなわけない。だって、実際誰もが・・・・

「お前の気持ちは少し理解できるぜ。俺も似たようなもんだったからな。ま、せいぜい頑張って幸せになれよ。まぁ俺様ほどの幸せを見つけるのは無理だろうけどな。・・・おいつくし、そろそろ時間だから行くぞ」
「あっ、うん。じゃあリュウまたね!今日は会えて嬉しかった。よかったら今度うちに遊びに来てよ!」
「え?・・・・俺が?」
「うん。いつでも歓迎するから。じゃあまたねっ!」

そう言うとつくしは大きく手を振りながら満面の笑顔で去って行った。宝物を包み込むように道明寺さんに肩を抱かれながら。
そのお腹は少しふっくらとしている。歩きながら時折顔を見合わせて笑っているその姿はまさに幸せな家族そのもので。

俺もジュニアの端くれとして、一般人との結婚がどれだけ難しいものであるかはわかってる。しかもただの金持ちじゃない。レベルが違う金持ちのジュニアだ。噂には聞いたことがあるが、実際想像を絶する障害が二人にはあったに違いない。
でも目の前にいる二人は眩しいほどの幸せに満ち溢れていて。
・・・・・彼らは自分たちの力で幸せを掴み取ったんだ。

ぶっちゃけ、つくしなんてそんな美人ってわけでもないのに。
それなのに、今視界に映る彼女は誰よりも綺麗で。
そしてそれを包み込むように見つめている道明寺さんもめっちゃくちゃ格好良くて。
いや、昔から見た目だけは抜群にいいと思ってたけど。なんつーか、守るべき者ができた男の貫禄、みたいなオーラが溢れていて。・・・・悔しいけどカッコイイ。


純粋に羨ましいと思った。
いつか俺にもそう思える相手が現れるのだろうか?
つくしのように、俺という人間を正面から見つめてくれる奴が本当に現れるんだろうか?
・・・・・正直まだ信じられない。
それでも。夢物語を現実に変えたあの二人が言うのならば。
・・・・・いつかはそうなのだと信じてみるのも悪くない。







「葉山君っ!」

翌日、帰宅途中に呼び止められて振り返ると、この前突き放したままの状態だった内藤が立っていた。今にも泣きそうな顔で。

「あ、あの、どうしても謝りたくて・・・・・。た、確かに、葉山君に対してそういう気持ちが全くないかって言われたら嘘になる・・・・けど、でも、でも!!私はそういうつもりで傍にいたんじゃなくて、本当に葉山君と話してると楽しかったから!だから・・・・・・」

赤くなったり青くなったり、コロコロと表情を変えながら内藤は必死で言葉を紡いでいく。
ばかだなぁこいつ。俺の八つ当たりなんか真に受けて。おまけにわざわざ謝りにまでくるなんて。
バカ正直にもほどがあるんじゃねぇの?

「でも、これ以上は迷惑かけたくないから・・・・だから、こういうことはもうやめるね。・・・・とにかくちゃんと謝りたくて。ごめんなさい!・・・・・じゃあ!」

マシンガンのように一方的に話し終えると、内藤は深々と頭を下げてそして走り出した。

「・・・・・・・内藤っ!!!」

気が付けば無意識に呼び止めている自分がいた。
ビクッと足を止めて振り返った内藤の目には涙が浮かんでいて。
こういうシーンは珍しくない。それなのに、不思議とその涙に不快感は感じなかった。


『リュウが変われば。ちゃんと正面から見れば見える世界が変わるよ』


つくしの言葉が頭をよぎる。
・・・・・本当に?
・・・・・・・わからない。


「・・・・・帰りにどっかメシでも食っていかねぇ?」
「・・・・・・・・え・・・?」
「なんかハンバーガーが食いてぇ。おごってやるから行こうぜ」

そう言って歩き出した俺を内藤はポカンとわけがわからず見つめている。

「行かねぇの?・・・・・・まぁ無理にとは言わねぇけど」

いつまでも動く気配のない内藤を振り返ると、相変わらず涙を溜めたままだ。
それでもさっきの涙とはちょっと違うように見えるのは俺の気のせいだろうか。

「・・・・・行くっ!!ビッグバーガーが食べたいっ!!」

涙を拭うと内藤は弾けるような笑顔を見せて駆けてきた。
この笑顔・・・・どこかで見たことがあるような。
・・・・・あぁ、つくしと雰囲気が似てるのか。

「相変わらず食い意地の張った女だな」
「いいの!おごってもらえるんだから一番いいもの食べなきゃ!」
「厚かましい女」

俺の悪態にも嬉しそうに彼女は顔を綻ばせるだけ。



本当に?俺にもいつかそういう相手が現れる?
わからない・・・・・けれど・・・・


まずは目の前のものを正面から見てみることから始めてみようか。
そうすればなにか新しい世界が見えてくるのかもしれない。








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恋の処方箋
2014 / 11 / 17 ( Mon )
カタカタと指を動かしてなんとか伝えたいことを入力していく。
そうしてやっとのことで終えると願いを込めて送信した。



どうか電話がかかってきませんように・・・・!




それが通じたかと思ってほっとしていた30分後、願いも虚しく携帯が音を奏で始めた。

うぅう・・・どうしてどうして。
伝えたいことはしっかり言葉にしてメールに託したのに。
悶々とした気持ちでいる間にプツリと音が途絶えた。だが間髪入れずに再び音を奏で始める。どうやら相手も引くつもりはないようだ。

うぅ~・・・・なんでよ!!

恨めしげに睨んだところで音が止まる気配はない。
苦々しい思いを抱きながらつくしは諦めたように溜め息をつくと、何度も何度も深呼吸をして平静を装いながら通話ボタンを押した。

「・・・・もしもし?」
『お前今日無理になったってどういうことだよ』
「・・・・だからさっきメールで伝えたとおりだよ。どうしても外せない急用が入っちゃったの。だから悪いけど今日はキャンセルさせて。ごめん」
『急用ってなんだよ。・・・・・っつーかお前・・・・?』
「とっ、とにかくそういうことだから!どうしてもどうしても今日は無理なの!ごめんなさい!急ぐから!!じゃあねっ!!」
『あっ、おい牧野、待てっ!ちょっ・・・・・』


ブツッ!!


向こうがまだ何か言おうとしているのに構わず一方的に通話を終了させると、またかかってくる可能性を考えて電源ごと一気に落とした。

「ごめん、道明寺・・・!」

携帯に向かって懺悔すると、つくしは永遠に続いてるんじゃないかと思える目の前の道を苦々しく見つめながら家路を急いだ。






****

ガチャッ、バタン!


それから10分後、やっとの事でアパートに辿り着いた頃には立っていることすら危ういほどフラフラになっていた。

「あぁ、なんとか帰ってこられた・・・・」

歩きながら脱いだ靴はまるで道しるべのように点々と廊下に無造作に落ちている。だが今のつくしにはそんなことに構っている余裕などない。なんとか気力を振り絞って部屋に入ったはいいものの、ベッドの手前でとうとう力尽きてしまった。

「あぁ、もうダメ・・・・・・」

死にそうな声でそう呟きながら小さなテーブル横に置いてあるクッションに倒れ込むと、そのまま顔を埋めてパタリと動かなくなった。







ことの始まりは昨日に遡る。

朝目覚めると若干体の違和感を覚えた。なんとなくだるい。
とはいえそれ以外に特段変わったことがなかったため、きっと疲れが溜まっているのだろうくらいにしか思っていなかった。
だが今朝になって事態は急変する。朝からひどい頭痛に寒気が止まらない。まさか・・・と思って熱を測ってみれば体温計は38度を示していた。このところ寒暖の差が激しい日が続いていたせいで風邪を引いてしまったのだろう。
普通ならば仕事を休んだ方がいい状況なのだろうが、タイミング悪くこの日は何が何でもつくしがいなければ進まない仕事が入っていた。絶対に休むことなどできない。家にあった風邪薬を口に放り込むと、気力と昔から培った根性を振り絞って仕事へ向かった。

いざ仕事に行ってしまえば目の回る忙しさに自分の体調が悪いことなど忘れていられた。薬の効き目もあったのだろう。だがそうしてあっという間に一日の業務を終えた頃、一気に現実へと引き戻される。朝なんか比べものにならないくらいに体が重くなっていたのだ。
体中の節々が痛い。上着を着ても全く温まらず震えが止まらない。確実に上がっているだろう熱で頭もボーーっとして思考もあやふやだ。幸い今日は金曜日。さっさと家に帰ってひたすら週末は寝るしかない。

そう考えていたときふと思い出す。

「・・・・・・!今日はあいつとの約束があったんだ・・・・!」

そう。今日は夜に時間をつくって会いたいと言われていたんだった。
恋人失格の烙印を押されるだろうが、ぶっちゃけ朝からそんなことは吹っ飛んでしまっていた。思い出しただけでもマシだと思えるくらいそれどころではなかった。
なんでも、来週仕事でドバイに飛ぶらしく、しばらく会えなくなるからどうしても週末時間を作れとの話だった。相変わらず多忙な司と会える時間は限られていたし、つくしだって内心楽しみにしていたのだが・・・・

「ダメダメダメダメダメダメ!!!風邪なんかうつしたらシャレになんないから!」

ペーペーの会社員が風邪を引くのと大財閥の副社長が引くのとでは全く話が違う。
しかも自分がうつしたとなればとてもじゃないが笑い話にもならない。
つくしは会社を出る前に慌てて司にメールを打った。

『道明寺、ごめん!!今日は急用が入ってどうしても時間が取れなくなった。
ほんとにほんとにごめんなさい!!またあらためて時間を作るから今日はキャンセルさせて。
ほんとにごめんね!』

不自然なほどにごめんを連発していてかえって怪しまれそうなものだが、今のつくしにはそんなことを冷静に考えられる余裕などとうになかった。既に声もおかしくなりつつある現状、どうか折り返しの電話などかかってこずにメールだけで納得して欲しい!との願いを込めて送信したのだが・・・・その願いも敢え無く撃沈した。

こんな時くらいタクシーで帰ればいいものを、もったいない精神が地の底から根付いているつくしにはそんなことは到底できない所行で、ふらつきながらも気力だけで電車を乗り継いだ。そして最寄り駅に着いて改札を出たところでとうとう恐怖の電話がかかってきてしまった。携帯なんか見なくてもわかる。着信音がその主を如実に教えているのだから。
今声を聞かれたら鋭い司ならば気付いてしまうかもしれない。それだけはなんとか避けたい・・・!
その思いだけを胸になんとか平常心で電話に出たが、果たしてあれで納得してくれたのだろうか。いや、してくれなくとももう諦めてもらうしかないのだが。



あんな一方的にキャンセルして電話も電源からオフにしちゃって・・・・・
あいつ今頃怒ってるかなぁ・・・・・
ほんとに悪いことしちゃったなぁ・・・・・
・・・・・・あぁ、久しぶりに会えるの楽しみにしてたのになぁ・・・・・・


ふわふわふわふわ。

熱に浮かされながらつくしは自分の体が空に飛んでくような不思議な夢を見た。
あんなに苦しかったのに、びっくりするぐらい気持ち良くて。
もしかして熱の出すぎでこのままあの世にいっちゃうの?
だからこんなに体が軽いの?
なんて、夢の中でも冷静に考えてしまっている自分がおかしくてしょうがなかった。



「たまにはそうやって素直になれよ」



なんだか夢の中であいつの声が聞こえた気がする。
次に会ったときにはちゃんとごめんねって言わなきゃ・・・・

深く沈んでいく意識の中でつくしはそう誓った。









「・・・・・・ん・・・・」


ふっと意識が浮上する。
ゆっくりと目を開いて入ってきた景色がすぐには処理できない。
ただ、自分が今とてつもなく心地の良い感触に包まれているのだけはなんとなくわかる。その感触を不思議に思いながらもボーッとする頭で必死に思考回路を働かせていると、徐々に目に見えるものがはっきりとしてきた。
真っ先に入ってきたのは豪華なシャンデリア。
・・・・・・・・・シャンデリア?

「ん・・・・・?えぇっ?!・・・あっ・・・!」

驚きのあまりガバッと体を起こしたのはいいが、熱のせいか体がグラリと揺れた。そのまま横に体が落ちそうになったところで大きな手がそれをガシッと掴まえる。そのままギュッと何かに包まれる感触を感じながらも、わけがわからないでいるつくしの鼻腔を身に覚えのある香りがくすぐった。

「お前、急に起き上がるんじゃねーよ」
「・・・・・え?」

この声、この香り、そしてこの感触・・・・・・まさか・・・・

「道明寺?!」

驚きに顔を上げれば予想通りの人物がそこにはいた。
一体どういうことなのだろうか。これは夢?
全く状況が掴めないつくしは恐る恐る手を伸ばして目の前の男の頬に触れた。
・・・・・あったかい。
その手をずらして今度は髪の毛に触れてみる。

「・・・・・・・クルクル」
「・・・・おい、なに人で遊んでやがる」
「え・・・・えぇっ、本物?!」
「こんなニセもんがいるかよ」

驚きに目を見開くつくしにクッと司は笑いを零す。

「え、どうして・・・?あたしアパートに帰ったはずじゃ・・・」

そう。つくしが今いるのはアパートではない。
視界に捉えた豪華なシャンデリアに極上の寝心地のベッド、こんなものがつくしの生活空間に存在するわけがないのだ。つくしは何故か今司の邸にいる。

「お前、アパートでぶっ倒れてたんだよ」
「え・・・?」
「あんな不自然なメールに電話。俺が何も気付かねぇとでも思ってんのか」
「それは・・・・」

気付かれるに決まってる。鋭い司が気付かないわけがないのだ。
そんなことわかりきってるからこそ無理矢理会話を終わらせたのに・・・

「なんで俺に言わねぇんだ」

俯いてしまったつくしの頭上から低い声が落ちてくる。かなり怒っているのかもしれない。

「・・・・ごめん、ドタキャンして本当に悪いと思ってる。でも」

大きな手が顔に触れたかと思うとそのまま顎を掴まれグイッと上を向かされた。至近距離で見える男の顔は不満げだ。約束を反故にされたのだから当然だろう。
だが司の口から出たのは予想外の一言だった。

「そうじゃねーだろが。なんで具合が悪いのを俺に言わなかった」
「・・・・え?・・・・・だって・・・」
「俺が行かなかったらお前どうなってたかわかんねぇんだぞ!あんなクソ寒ぃ部屋で布団にも入らずぶっ倒れやがって・・・。下手したら肺炎起こしてたかもしんねぇんだぞ!」
「・・・・・・ごめん、心配かけて・・・」
「だから違うだろうが。俺が言ってるのはそこじゃねぇっつの。何のために俺がいるんだって話だよ」
「・・・・・え?」
「こういう時こそ頼らなくてどうすんだよ」

司の顔は怒っているというよりもどちらかと言えば悲しげで・・・・

「だって、海外に行くのにうつしたら大変だから、だから・・・・・」
「お前、気の使い方間違ってっだろ。困った時こそ頼らなくてどうすんだよ。何も知らずにそのままあっち行って、向こうで何かあったってわかった方が余計心配すんだろが!・・・・・・・つーか、そんなことはどうでもいいんだよ」
「・・・・え?」
「ちったぁ俺を頼れよ、このバカ」
「う・・・いひゃい」

顎に添えていた手が頬に移動したかと思えば思いっきりつままれた。さぞかしブサイクな顔になっているに違いない。

「こんな時でも頼られないなんて寂しいだろが、どあほ」

憎たれ口を叩きながらもその顔は真剣で。寂しげで。
もしも自分が逆の立場だったらどう思うだろうって考えた。
・・・・・・そっか。そうだったのか。
相手のためにって思って行動することが、かえって相手を傷つけてしまうことだってあるんだ。道明寺が困ってるんだとしたら、何でも相談して欲しいし、力になれることがあれば何でも手助けしたい。大した力にはなれないのだとしても。
そんな当然の感情を自分は否定してしまっていたんだ。

「・・・・・ごめん」

そう思ったら自分でもびっくりするほど素直に謝罪の言葉が出ていた。
司はそんなつくしの頬をそっと撫でる。

「・・・・・まぁいい。よし、もう寝ろ」
「え?」
「週末はこのまま邸に泊まれ。治るまで面倒見てやるから」
「えぇ?大丈夫だよ!明日には帰るから!」
「ダメだ。ちゃんと治らなきゃそのままドバイにまで連れて行くぞ。医者も帯同させて」
「は、はぁっ?!何言ってるの?!冗談やめてよ!」
「冗談じゃねーよ。俺にできねぇことはねぇんだよ」

こ、この男は一体何を・・・・!
でも本当にやりかねないだけに無視するのは恐ろしい。

「・・・・はぁ~、わかった。じゃあ大人しく寝る」
「最初からそうすりゃいいんだよ」

なんだか腑に落ちない部分はあるがつくしは素直にベッドに横になった。
と、何故だか隣に司も潜り込んでくる。

「え?何してんの?」
「あ?何がだよ。俺も寝るんだよ」
「は、はあぁ?!そんなのダメに決まってるじゃん!風邪がうつったらどうするの?!何のためにあんたとの約束キャンセルしたと思ってんのよ。そんなの絶対にダメ!!」
「うるせーな。俺がいいっつったらいいんだよ」
「だめだめだめ!ぜーーったいにぶっ・・・!!」

グイッと体を引かれたかと思えばそのままの勢いで司の胸の中に閉じ込められてしまった。口は逞しい胸板に塞がれ、背中には両手をがっしりと回され全く身動きがとれない。

「むぐぐぐぐ!!」
「お前うるせーよ。俺はそんなヤワな男じゃねぇんだよ。ちったぁ人の言うこと聞きやがれってんだ。・・・・・・それに」
「・・・・・・?」

司は腕の力を少しだけ緩めるとつくしの顔を覗き込む。

「万が一俺にうつったときは今度はお前が看病してくれんだろ?」
「・・・・!」

うぅ、なによ、なんなのよその顔は。
普段は蟻の子も逃げ出すくらいに怖い顔ばっかりしてるくせに。
なんなのよ、まるで子どもが甘えるみたいなその顔は!!
熱が上がっちゃうっつーの!

「・・・・・しょうがないなぁ、その時は面倒見てやるよ」
「・・・ふっ、言ったな。そん時は俺が完治したって認めるまで帰さねーからな」
「え」
「よし、じゃあ今度こそ寝ろ」
「ちょ、ちょっと・・・むぐっ!」

つくしの反論を封じるように再び胸の中に抱き込まれる。動けないようにしっかり押さえ付けているのに、不思議とその手は柔らかくて。優しくて。

・・・・・あったかぁい。
・・・・・幸せ。

熱があるからだろうか。いつもならすんなり出てこない言葉が自分の心の中を満たしていく。

「・・・・・道明寺、ありがとね。ほんとは嬉しかった」
「・・・お前がそんなに素直だと逆に怖ぇな。肺炎起こすんじゃねーぞ」
「ちょっと!それどういう意味よ、んっ・・・・!!!!」

顔だけ何とか上げて文句を言おうとした言葉は唇ごと呑み込まれてしまった。
驚きのあまり目を開いたまま固まるつくしの眼前に美しい男の顔が映る。やがてその目がゆっくりと開かれると、ニヤリと弧を描いた。そうして唇から柔らかな感触が次第に離れて行く。

「な、な、なっ・・・・風邪、熱っ・・・・・・・!」
「何言ってっかわかんねーよ。安心しろ、俺は不死身だ。それにいざとなればお前がいるんだろ?いいからつべこべ言ってねーでさっさと寝ろ」

そう言ってグイッと頭ごと胸元に引き寄せられ完全に反論の術を絶たれてしまった。
信じられない!信じられない!
ほんとにうつっちゃったらどうすんのよ・・・・・・!!

トクントクントクントクン・・・・・

信じられないやら呆れるやらで心中穏やかではなかったが、耳に直に伝わってくる心臓の音に次第に心も凪いでいく。
あんなに苦しかった体も不思議なほど軽い。まだ熱は下がっていないはずなのに。
・・・・まいっか。その時はその時で考えればいいんだ。
それにこいつの言う通り私が面倒見ればいいんだし、ね。

互いの心音が同化していくのを全身に感じながら次第につくしの瞼が下がっていく。やがて長くせずにスースーという寝息が聞こえ始めた。



「・・・・・・ったく心配かけやがって。寝てるときの100分の1でいいから少しは素直に甘えろってんだ、このバカ」


自分の腕の中ですやすやと幸せそうに微睡む恋人にそう独りごちると、司はその言葉とは反対に腕の中の存在を優しく優しく包み込み額に唇を落とした。そうしてそのぬくもりをしばらく味わうと、やがて自分も瞳を閉じた。




どんな特効薬よりも、あなたとの時間が何よりの癒し___









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