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親ノココロ子シラズ
2016 / 03 / 19 ( Sat )
<こちらは王子様シリーズの番外編となります>



今日はこの扉を開けても賑やかな出迎えはないだろう。
確信にも近い考えを抱きながら扉をくぐると、案の定頭を下げているのは使用人達だけ。少しの時間をおいてもそれが変わる様子はない。

「あ、あの、奥様は今・・・」
「わかってる」

俺が出迎えがないことに腹を立てていると思ったのか、まだ若い使用人が顔色悪く必死で事情を説明しようとしている。だがそれを制止すると、会話の代わりに着ていたコートを手渡してさっさと奥へと足を進めた。


向かう先は自室・・・ではなくとある場所。
すれ違いざまに深々と頭を下げる使用人達を横見に見ながら、長い廊下の突き当たりに位置する場所を一直線に目指していく。


「きゃはははっ!」
「こーら、遊ばないのっ! 早くしないと帰って来ちゃうわよ?」
「えー、それはこまるっ!」
「だったらどんどんやらなきゃ。びっくりさせたいんでしょ?」
「うんっ!」

最初はぼそぼそとしか聞こえなかった声が徐々に鮮明になっていく。
すっかり耳に馴染んだその黄色い声を聞きながら、大きく開けた扉に背中を預けてしばし無言でその場に佇む。そこには広いキッチンの中央で何やら楽しげに作業する2人の女の姿あった。

「ママ、これここにのせてもいい?」
「いいわよ。・・・うんうん、さすがは渚、センスいいね!」
「エヘヘッ」
「その辺りはやっぱりあたしの遺伝が強いんだろうな~! うんうん」

人が聞いてないと思って好きなこと言ってやがる。
苦笑しつつも、そのまま声をかけることなく親子の様子をじっと見つめる。
性格をそのまま表したような真っ直ぐな黒髪にコロコロと表情を変えていくデカイ目。大笑いするときには俺の握り拳すら飲み込めんじゃねーかと思えるほどの大口開けて。
少し年の差をあけて生まれた渚は、本当につくし譲りの女の子だ。

「できたぁ~~っ!!」
「わーっ、上手にできたねぇ! きっと皆喜んでくれるよ」
「うんっ! あ~、早くわたしたいなぁ~! 今日はパパおそいのかなぁ・・・って・・・・・・パパっ?!」
「えっ?!」

飛び上がって喜んでいる拍子に、ふと入り口に立つ俺に気付いた女達の顔が面白いほど同じ表情で固まった。つーか大口開けんのは笑うときだけじゃねーのかよ!

「司・・・びっくりしたぁ~! いつの間にそこにいたの?」
「お前の遺伝がいいからだとかなんとか言ってる辺りからか?」
「うっ・・・そ、それは・・・あはははは・・・!」
「パパーーーっ、おかえりなさいっ!!」

キッチンに足を踏み入れるのとチビが抱きついてきたのはほぼ同時。

「今日はどうしたの?! こんなに早いなんてめずらしいねっ!」
「たまたま今日の予定が早く終わったからな」
「えへへ、うれしいなぁ~っ! ねぇねぇ、ちょうど今できたばっかりだから見て、見て!」

小せぇ手してるくせに引っ張る力は意外に強くて、どんだけ嬉しいんだよとクッと笑いが漏れる。

「お帰りなさい。お疲れ様」
「あぁ」

つくしの目の前まで連れて来られると、作業台の上にはできたてホヤホヤの菓子類がところ狭しと並べられていた。チョコレートにクッキー、スポンジケーキのようなものまで見える。

「つーかまた今年はやけにすげーな・・・」
「ほら、渚ももうすぐ卒園でしょう? 中にはお別れになる子もいるからって頑張ったんだよね」
「うん! もちろんパパの分もがんばってつくったんだよ~!」
「ふっ、そうかよ」
「そうなの~!」

弾けんばかりの笑顔というのはきっとこういうことを言うんだろう。
どんなに疲れていても、こいつらの笑っている顔を見るだけでそんなことも吹っ飛んでしまう。


毎年、このバレンタインデーとやらになるといつにも増して邸が賑やかになる。
結婚して最初のうちはつくしがうちのシェフや使用人を巻き込んでまるで料理教室のようにチョコ作りに勤しみ、花音が生まれてからは女同士息もピッタリ、今度はつくしが教える側へと変わった。
花音が渡米してからはやや落ち着きを取り戻しつつあったが・・・そうこうしているうちにあっという間にチビも大きくなり、今ではすっかり主役は渚となっていた。

つくしと出会うまでバレンタインという存在すら頭になかったし、ましてや女の手作りなんて死んでも食うもんじゃねーと思ってた。もっと言えばそんなもんを食うくらいなら死んだ方がマシだと断言できるほどに、俺にとってはありえないものだった。

はずなのに・・・

己が惚れた女が相手だと、死んだ方がマシどころか喉から手が出るほどに欲している自分がいた。一体どんな材料を使ってるのかわかったもんじゃない。おまけに見た目も微妙なボンビー食にもかかわらず、好きな女が自分のために作ったと思うだけでどんな高級料理よりも価値のあるものへと変わる。
つくしに出会えなければ死ぬまで知ることのなかった感情だ。

そして今ではそんな俺たちの血を分けた子どもがこうして同じ道を辿っている。
甘い物なんざ死ぬまで食わなくていいのに、それでもこの日がこうして賑やかになることを心のどこかで待ち遠しく思っている俺は・・・間違いなくこの世で最も幸せな男なのだろう。

「ねぇねぇパパ、せっかくだからできたてたべてみる?」
「あ? でもこの後夕食だろ? 今食ったらつくしに怒られんぞ」
「えーー! でもせっかくパパが早くかえってきてくれたんだもん・・・。ねぇママ、ちょっとだけならいいでしょ? ダメ・・・?」

おい、このバカ。お前ガキのくせして何そんな上目遣いでおねだりなんかしてんだよ。
相手が女だからいいものの、男ならあらぬ誤解を与えんだからな。わかってんのか?!
つーかつくづく似なくていいところほど似るもんだよな・・・ ったく。

「しょうがないな~。じゃあ今日はパパの頑張りに免じて特別だからね!」
「やったぁ~! ママありがとう! じゃあパパ、とくべつに今すこしだけあげるね!」

本人なりに相当頑張って作ったのだろう。今年は例年よりもテンションが高い。

「・・・つーかさすがにそりゃでかすぎじゃねーか?」
「えっ、なにが?」
「何がって、それだろ? 俺に作ったチョコっつーのは」

シンクの上には小さなものからデカイものまで複数のチョコ菓子が置かれているが、その中でも一際存在感を放つものがある。それは渚の顔よりも大きなハート型のチョコレートだ。年々腕を上げているのを感じるが、にしても今年のは特別気合が入っている。
元来甘い物が苦手な俺にはさすがにでかすぎだ。
・・・まぁ実際は9割方つくしの腹の中に消えるんだろうが。

「えっ、ちがうよ?」
「あ? 違わねーだろ。だからそれが・・・」
「うん、だからこれでしょ? これはパパのじゃなくてはるくんにあげるやつだもん」
「・・・は?」

俺のじゃねぇって・・・つーかはるくんってのはあれか? ・・・やっぱりあいつか?

「はるくんって・・・」
「あのね~、同じクラスにいるはるひくんのことだよ。渚がだーーーーいすきな男の子!」
「は・・・」

全くもって想定外の方向から飛んで来た隕石が俺の頭をぶち抜いた。
大好きな男、だと・・・?
これまで見たこともないようなどでかいチョコをあげたいほどの男、だと・・・?

「パパのはこっちだよ、ほら!」
「・・・・・・」

渚が嬉しそうに指し示したのは巨大チョコの隣にある至って普通のチョコレート。ガキにしてはよくできてるし、綺麗にトッピングもされてそれはそれでかなりレベルの高いものなんだろう。
が・・・

「ちなみにパパとハルにぃはおんなじだよ」
「あぁ?!」

思わず二度見すると、確かにそのチョコの隣に全く同じ作りのものがもう1つ置かれている。
俺とあのクソガキが同じ・・・だと・・・?

「・・・・・・・・・」

言葉の出なくなった俺になど気付くはずもなく、渚はノリノリでそのチョコを一粒手に取る。

「はい、パパ。あーんして」
「・・・・・・」
「ほらはやくぅ~、とけちゃうってば!」
「・・・・・・」

半ば強制的に口を開けさせられると、間を入れずにたちまち甘い感覚で満たされていく。

「どう、おいしいっ?」

目ん玉に星でも散りばめてんじゃねーかってくらいにキラッキラした顔で見上げられた日にゃあ・・・

「・・・あぁ、うめぇぞ」

そう言うしかねーだろ?
あぁ、クソッ! これだからあいつの遺伝子は厄介なんだよ!

「ママ聞いたっ? パパがおいしいっていってくれたよっ!」
「うんうん聞いた。よかったねぇ~! 渚すっごく頑張ったもんね!」
「うんっ!!」

・・・あぁ、やっぱりこいつらの嬉しそうな顔を見ているうちに細かい事なんてどーでも・・・

「じゃああたし皆にこのチョコ見せてくるね! 今までで一番大きなのにチャレンジしたんだよ~って。はるくんも喜んでくれたらいいなぁ~!」
「大丈夫大丈夫。大事なのは心、でしょ?」
「うんっ! じゃあちょっと行ってくるねぇ~!」
「もうすぐ夕食だからね! それからはしゃぎすぎて壊さないようにねっ!」
「はぁ~い!」

存在感抜群のチョコが入った箱をそれはそれは大事そうに抱えると、渚は一目散にキッチンを後にした。長くせずして廊下の方から何やら楽しそうな会話が聞こえてくる。本人が期待していた通りのリアクションがもらえているんだろう。

「・・・・・・」
「あ・・・あのね、司? はるくんっていうのは渚とすっごく仲良くしてくれる男の子で、心根の優しいとーーってもいい子なの」
「・・・」

渚がいなくなった途端、わかりやすくつくしの口数が増えていく。
聞いてもないのにペラペラペラペラと説明という名の釈明は止まらない。

「ほら、好きって言ってもあれだよ? 子ども同士の可愛らしいやつなんだから! そんな深く考えないで、ねっ? あ~、男女問わず仲のいいお友達ができるってことはほんとにいいこと・・・」
「よりにもよって 『はる』 だと・・・?」
「えっ?」

ボソッと呟いた一言につくしがピタッと止まる。

「好きなガキの名前がよりにもよって 『はる』 だと・・・?」

ギギギ・・・とまるでからくり人形のように自分を振り返った俺に、つくしがゴクッと息を呑んだ。

「つ、つか・・・」
「しかも、よりにもよって俺とあの野郎が全く同じチョコ・・・だと・・・?」

どんなに下手くそでも俺とあいつが同列で扱われたことなどなかったというのに。
渚も大概あの男に懐いているが、それでも父親という存在は特別なのだと思っていることが顕著に表れるのがこのバレンタインという日だった。

____ はずだった。

「あ、あの・・・きゃあっ?!」

突然肩を引き寄せられて、今度は悲鳴のような声を上げた。

「まさかとは思うがお前まで同じだなんて言わねぇよなぁ?」
「もっ・・・もちろんです! ちゃんと司のチョコには特別なエッセンスを入れて作りました!」

ったりめーだろうが。 そもそもが愚問だっつの。
つーか聞いたのは俺か。

「へぇ? その特別なエッセンスとやらを是非ともじっくり味わってみてぇよなぁ」
「・・・へっ?」

ニヤリと口元を歪めた俺につくしの顔からサァーッと血の気が引いていく。

「じゃあ行くとすっか」
「えっ・・・まっ・・・ちょ、チョコ! チョコ置きっ放しだから!」
「心配すんな。部屋に持って来るように言えば済む話だ」
「で、でもっ、ご飯! そう、今から夕食でしょ?! 渚もすぐ戻って来ちゃうよ!」
「・・・・・・」

半ば引き摺る形で進めていた足をピタリと止める。

「・・・・・・それもそーだな。ガキの手前ちゃんとしておかねーと後で何言われるかわかったもんじゃねーからな」
「そ・・・そうそう! さすがは司、エライっ!!」

あからさまにほっとしやがって。 このバーカ。

「ただし。夕食さえ終わればソッコーだからな?」
「えっ・・・」

ほんわり緩んでいた顔が一瞬にして凍り付いた。
・・・やべぇ、やっぱこいつおもしれぇ。
言葉がなくても 『ソッコーって何を? 何が?』 って声が笑えるほどに出まくってる。

「せっかく今日は早く帰って来たんだからなぁ? しかも愛する妻は特別なエッセンスをくれるって言うじゃねーか。これで頑張らなきゃ男じゃねーよな」
「ヒッ・・・!」

ヒッてなんだよ、ヒッて。
天国に連れてってやるっつってんだからそこは喜ぶとこだろーが。

「ついでに傷心の親心を慰めてくれよな、奥さん」
「・・・・・・っ!」

そう言って自分でも気持ちが悪ぃほどニッコリ笑うと、完全にフリーズしたつくしをほとんど抱えるような形でキッチンを後にした。




芽生えた小さな恋心。
それを知って父は、母は何を思う。

「なんてこった!」

そう叫んだのははて、父か、それとも・・・?





 
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かなりの時期外れですがバレンタインの短編となります。色々あって書けずじまいでしたが、「道明寺家」 「長谷川家」、それぞれのバレンタインというテーマで頭に浮かんでいたものです。
道明寺家ではファミリーらしいほっこりな一夜となったようですね。(え?違う?) ハル夫婦はまだまだ新婚ホヤホヤ。一体どんなバレンタインを過ごしたことやら・・・( ´艸`) 書けそうだったらこちらもお届けしますのでお楽しみに!
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