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王子様の甘い休日 前編
2016 / 03 / 24 ( Thu )
「おかえりなさいませ」
「あぁ、ただいま。 ・・・花音は?」

キョロキョロと辺りを見渡すが、その姿が現れる気配は全く感じられない。予定よりもずっと早い帰宅になったとはいえ、いつもの彼女ならすぐにでも飛んで来そうなものだが・・・もしかして休んでいるのだろうか。
もちろんそれならそれで全く構わないのだが。

「奥様でしたら・・・ご案内致しますよ」
「どういうことだ?」
「行けばわかりますからご心配なく」
「・・・・・・?」

それ以上説明する気はないのか、使用人頭の夏はニコニコと笑いながらさっさと歩き出す。もう70を過ぎているとは思えないほどに足腰はしっかりしていて、あっという間に置いて行かれそうだ。
どうやら自分の目で直接確認しろ、そう言いたいらしい。
やれやれと肩を竦めると、年寄りの言うことには黙って従うべく足早に後を追った。



***


「この先は、キッチン・・・?」

歩いているうちにどうやら夏が向かっているのは調理場だということがわかってきた。
ということは花音はそこで何かを作っているということだろうか。時間的に考えて夕食とか?
結婚後は実家である邸で暮らしている俺たちの身の回りの世話は、基本的には使用人達が行っている。とはいえ花音がそれをすんなり受け入れたわけではない。
つくし以上に真面目な性格な上に能力が高いが故、仕事も家庭のこともと頑張りたがっていた。

が、俺がそこまではさせなかった。ただでさえ仕事も忙しいのに、花音の性格を考えればあれもこれもと手を抜けなくなるのは目に見えている。結婚したからって必要以上に肩に力を入れる必要はないし、そうさせたいとも思わない。
それに、そうすることで夫婦の時間が削られてしまう方が俺にとっては大問題だ。
・・・本人にはとても言えないが。

結局、花音が頑張りすぎることは皮肉にも使用人達の仕事を奪ってしまうことになるということで彼女も納得したが、それでもこうして週末などは妻としての役目を果たそうと張り切っている。
まぁなんだかんだで俺もそんな彼女を見るのが楽しいのだが。

「わ~! いい感じになってますね!」
「本当に! 花音様は何をやられてもセンスがおありですね~」
「またまた~、そんなこと言っても何も出ませんよ?」
「えっ? あははは!」

調理場まであと僅かとなったところで中からやけに楽しそうな声が聞こえてくる。相手が男のシェフなら心中穏やかではないところだが、ひとまず女であることにほっとする。

「あ・・・遥人様!」
「えっ?!」

いち早く俺に気付いた使用人に続いて花音が驚愕に満ちた顔を上げた。
つーか普通に帰って来るだろ。そんなに驚くことか?

「ただいま」
「・・・お、おかえりなさい。帰って来るの夕方だったんじゃ・・・」
「予定ではね。でも少しでも早く帰れるようにって頑張ったんだけど・・・迷惑だったか?」
「まっ、まさか!」
「そう? 少なくとも嬉しそうには見えないけど」
「ち、違う! ハルにぃ、ほんとに違うから!」

そんなことはわかってるよ。きっと何らかの理由があるってことも。
とはいえすぐに嬉しそうにしてもらえなかったのが面白くなかったのも本音なわけで、こうしてついからかってしまう。俺も相当ガキだな。

「あんた達、後はお二人に任せな」
「ふふっ、はい!」
「えっ? あっ、川上さん?!」
「後は仕上げだけですから、遥人様とご一緒にどうぞ」
「えぇっ?!」

にっこり笑うと、数人いた女達は夏の後に続いていく。その姿はさながら大名行列だ。
と、その大名たる老婆が何かを思い出した様に振り返った。

「あ、そうそう遥人様」
「・・・なんだよ?」
「しばらくは人っ子1人ここには近寄らせませんから」
「はぁ?!」

何の話だ?
思いっきり顔をしかめて見せたものの、夏は何処吹く風でそのまま何も答えずに行ってしまった。昔から俺に対しても全く引くことのない奴だったが、今日はそれに輪を掛けて意味がわからない。
そろそろボケてきたか?

「あ、あの、ハルにぃ・・・?」
「あ? あぁ、何でもない。っていうかどうしたんだ? 夕食づくりか?」
「あ・・・その・・・」

自分で聞いたはいいものの、花音の答えを待つ前にその答えがわかってしまった。
花音のすぐ目の前にあるもの、それは ____

「・・・ほら、この4年間は一度もあげられなかったでしょ? だから今年こそはってずっと思ってて、どうしても手作りしたくて。できれば内緒でできたらいいな~なんて思ってたんだけど・・・そうしたらハルにぃが今日休日出勤になったって聞いて。だったらその間に作ろうって、それで・・・」

ペラペラとらしくないほど早口で捲し立てるのは焦りと照れの表れ。
こういうところまで親子は似るもんなんだなといつもおかしくなる。
・・・それよりもそうか、そういうことだったのか。

「そっか・・・もうあれから5年だもんな」
「・・・うん」

お互いにとって必要だった少しだけ苦い時間。
5年前のちょうど今頃、俺は彼女の想いを打ち明けられた。
・・・小さな包みと共に。

「花音は3才くらいの頃から毎年プレゼントしてくれてたよな~。手作りチョコ」
「む、昔のはただママの邪魔してただけっていうか・・・」
「だろうな。形が酷かったの今でも覚えてる」
「も、もうっ! いじわるっ!」
「ははは、でもめちゃくちゃうまかったのもよく覚えてる。小さいくせにお前の俺への気持ちがこれでもかって詰まってたからな」
「ハルにぃ・・・」

調理台に置かれているのは最後のトッピングを待つだけの状態のチョコレート達。まるでプロが作ったのではないかと思えるそれは、花音が成長していくごとに洗練されていった。3才の頃はさすがに無理だっただろうが、今思えば幼少期から本当に作る作業は全て自分でやっていたのだろうということがわかる。
毎年毎年、心から嬉しそうにはにかみながら贈ってくれたのを昨日のことのように思い出す。

・・・だがあの日以降、花音の気持ちをシャットアウトしたのを最後に、俺の手元にそれが届くことはなくなった。夏休みなっても冬になっても帰国しないことに寂しさを感じる一方で、心のどこかで彼女ならば完全に俺から離れていくことはないんじゃないかと自惚れていた。

だがあれだけ欠かさずにいたバレンタインですら何も送られてこなかったとき、俺は本当に彼女を失ってしまったのだと思い知った。
そしてそうさせたのは他でもないこの俺自身なのだと。

「ハルにぃ、どうしたの・・・?」

目の前に迫った大きな黒目にハッと我に返る。

「・・・いや、ちょっと昔を懐かしんでただけ」
「・・・?」

とてもそんな雰囲気には見えなかったのか、花音が心配そうにこちらを見ている。
フッと微笑んでおもむろに彼女の右手を掴むと、今度は丸々と零れ落ちそうなほどにその目が大きく見開かれた。その表情の変化を見ているだけでも飽きることはない。

「な、何?」
「ほら、最後の仕上げだろ。一緒にやろう」
「えぇ?!」
「何をどうすればいいんだ? 俺こういうのやったことないから教えてくれよ」
「で、でも、これってハルにぃにあげるやつ・・・」
「うん、だからこそ一緒にやろうって言ってるんだよ。嫌か?」
「そ、そんなことない! けど・・・」
「じゃあ何の問題もないだろ。で、どうすればいい?」
「え、えっと・・・」

花音の戸惑いが面白いほどに伝わってくる。後ろから抱きしめるようにして密着している俺に時間を追う事に全身が赤みを帯びていき、耳は既に茹でダコのようになっている。
悪いけどそんな姿すら可愛くて仕方がないからやめてやる気はないけど。

「こ、これを上に載せてくれれば・・・」
「これ?」
「そう。・・・っていうか! こんなにくっついてたらできないよ!」
「なんで。全然問題なくできるだろ。ほら、じゃあやろう」
「うぅっ・・・!」

俺が離れる気は全くないと悟ったのか、花音が半ばやけ気味にトッピング用の小さなチョコレートを抓む。すかさずその手に自分の手を重ねると、これまたわかりやすくビクンと密着した体が跳ねた。だがバレバレなその行動をからかわれたくないのか、花音は手を止めることなくせっせと動かし続けていく。
・・・どうやらさっさとこの状況を終わらせようと作戦を切り替えたようだ。

「・・・・・・できたっ!」

心底嬉しそうに安堵の息を漏らしたのはおそらく完成したからじゃない。クッと笑いそうになるのを堪えると、俺はできたばかりの見た目にもおいしそうなトリュフを一粒掴んで花音の手に握らせた。
不思議そうに振り向いた顔には疑問符が貼り付いている。

「花音が食べさせて」
「・・・えっ?」
「だから、俺にくれるために頑張ってくれたんだろ? せっかくだからお前が食わせてくれよ」
「な、何をっ・・・!」
「 ん。 」
「・・・!」

有無を言わさず口を開いた俺に花音まで口を開けて呆気にとられている。
自分でも何やってんだと思うが、そうしたくなったんだから仕方ない。
右に左にと視線を泳がせて戸惑っていたが、やがて観念したのか、顔を真っ赤にした花音が俺の口の中にできたてのトリュフをそっと放り込んだ。たちまち口の中が甘い香りで満たされていく。

「・・・んまい」
「ほ、ほんと?」
「あぁ。本当にうまい。お前、しばらく食べない間にまた腕上げたなぁ」

お世辞でも何でもなく本当にうまい。
正直俺はあまり甘いものが得意ではないが、これなら何個でもいけそうだ。
・・・そう、昔から花音の作ってくれるチョコレートだけは何故か不思議と食べられたんだ。

「よかったぁ~・・・嬉しい! ・・・実はね、アメリカにいる間一度もハルにぃにチョコレートを贈らなかったけど・・・本当はちゃんと作ってたんだ」
「・・・え?」

思ってもいなかったことを言われて今度は俺が目を丸くする番だ。
俺の視線を感じた花音は少し目線をずらしながら照れくさそうに言葉を続けていく。

「ほら、なんていうか・・・小さな頃からそれが当たり前みたいになってたでしょ? 今はあげられないってわかってても、それでも作る行為だけはやめたくなかったっていうか。あたしの気持ちは変わらないってことを自分で証明したかったっていうか・・・」
「花音・・・」
「・・・な、なーんてね! さっ、じゃあ残りは箱詰めしよっか!」
「・・・・・・」

真っ赤な顔をパタパタと仰ぎながらクルッと背中を向けると、花音は残りのトリュフを既に準備されていた箱の中へと並べていく。
その後ろ姿を見つめているだけで・・・何だか俺の中から湧き上がってくるものがあった。

「・・・花音」
「ん? なに?」
「お前はもう食べたのか?」
「え? 食べたって・・・何が?」
「チョコだよ。俺にくれたそのトリュフ」
「あ・・・テンパリングしてるときに少しだけ味見したけど・・・それがどうかしたの?」
「じゃあ食べさせてやるよ」
「・・・え?」

ピタッと動きを止めて振り向いた花音の目の前でもう一粒チョコを掴むと、迷うことなくそれを自分の口に放りむ。 そうして ____

きょとんとそれを見つめている花音に覆い被さるようにして唇を重ねた。

「・・・・・・っ!!」

驚きのあまり反射的に体を引こうとする花音の腰と後頭部に手を回す。
焦って何かを言おうとした彼女の口の隙間から舌を差し込むと、たちまち互いの口内に甘い香りが広がっていった。

「はっ・・・ハルにっ・・・んんっ・・・!」

舌と一緒に甘い塊を花音の口の中に押しこむと、驚きながらも彼女は慌ててそれを舌で受け止める。すぐさまそれを追いかけるように舌を絡めると、互いの熱でどんどんその存在が小さくなっていく。
やがて完全に彼女の口の中からそれが消えると ___

「・・・っ、はぁっはぁっはぁっはぁっ・・・!」
「・・・どう、うまいだろ?」

ペロッと口の周りに溢れ出したチョコレートを舐めながらそう言うと、激しく息を切らしている花音の顔がカァッと朱に染まった。

「な、な、な、なに、何やって・・・!」
「何ってお前にチョコやったんだけど。あとキスか?」
「なっ・・・!」

悪びれるでもなくサラッとそう言ってのけた俺に絶句している。
口をパクパクさせるその姿はさながら金魚のようだが、何故かそれがたまらなく扇情的で、知らず知らずのうちに俺のスイッチを完全にオンにしてしまった。

「・・・あぁ、そういうことか」
「・・・え?」

さっき去り際に夏が言っていたことの意味がようやく理解できた。
ったくあのばーさん、俺がどんだけ見境のない男だと思ってんだよ。
・・・だが。

「厚意はありがたく受け取らないとだよな?」
「え・・・? 一体何を言って・・・」

細めた俺の瞳の奥が妖しく光ったのに花音がいち早く気付く。
思わず及び腰になったところを両手でがっちりキープすると、俺はにっこりと微笑んでさらにもう一粒チョコレートを手に取った。



「 まだまだ食べさせてくれるよな? 」



真っ赤な耳元でそう囁きながら。





 
ポチッと応援をよろしくお願い致します!
すみません、ただのエロだけじゃなんだと思って多少のストーリー性をもたせたら前後編になってしまいました。ただでさえパスつきは難しいので(^◇^;) ということで明日がパス付きとなります!
ちなみに先日公開したつかつくバレンタインのハル花音編となります。帰宅したところからキッチンへ・・・という流れも敢えて重ねた設定にしてます^^
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王子様の甘い休日 後編
2016 / 03 / 25 ( Fri )
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