smile for you
2016 / 04 / 29 ( Fri ) 「てめぇのやったことはてめぇで責任取れよ」
「そっ、それはっ・・・」 「決まってんだろ。明日からこの会社にお前の居場所はねぇってことだ」 「 ____ っ・・・! 」 紙のように真っ白になってしまった男に躊躇うことなくそう吐き捨てると、ガタッと立ち上がった男はカツカツと高質な靴音を立てて横をすり抜けていく。 「ま、待ってくださいっ! どうか、どうかそれだけはっ・・・!」 「西田、後始末はお前がやっておけよ」 「・・・承知致しました」 「まっ・・・! 副社長、副社長ぉっ・・・!!!」 男の必死の懇願を耳にも視界にも入れることすらせず、長身の男は怒りを滲ませたまま風のようにその場から立ち去ってしまった。 伸ばした手のひらからガクッと崩れ落ちた男の後ろで眼鏡のフレームを押し上げると、西田はいつもと全く変わらない抑揚のない声を静かに発した。 「粉飾決算に手を染めようとしていたのですから当然の結果です。むしろ事後に発覚していたならばこんな生温い処分では済まなかったでしょう。手遅れになる前に見つかって感謝すべきかと思いますが」 そう、本当に。 「この程度」 で済んだのが奇跡なのだ。 彼ならば半殺し・・・いや、事実殺されてもおかしくなかっただろうから。 そうして何事もなかったかのように社会からも抹殺される。 あの男ならばそうすることに何の躊躇いすらなかったに違いない。 ___ あの頃の彼ならば。 「っ・・・うぅっ、う゛ーーーーっ・・・!」 絶望の淵に追いやられた男は額を床に付けたままひたすらに嗚咽を漏らす。 50を過ぎた男のその姿にはもはや恥も外聞も皆無だった。 西田はその一部始終をただ黙って見つめながら、とはいえこの後に待ち構えているであろう我が上司の最凶最悪な機嫌をどう修正していくか、そのことを考えるだけで人知れず深く溜め息を吐き出したのだった。 *** バンッ! ドガッ、ガシャーーーーーーンッッ!!! 高級な絨毯をもってしても吸収できない音が響き渡る。 有り余るほど長い足で目の前の応接テーブルをひっくり返すと、そのままドサッと背中からソファーへとダイブした。 「ったく、胸糞わりぃったらねぇ・・・!」 朝っぱらから最悪の気分だ。 本当ならば半殺しにでもしてやりたいところだが、実害が出る前に証拠を押さえられたことがあの男の人生を辛うじて繋いだ。 それに直接の関わりがないとはいえ、己の部下であることに違いはない。つまりは自分の不手際でもあるということを意味する。 単純にトカゲの尻尾を切っただけでは問題の本質は改善されない。 あらためて己への戒めにしなければ ____ 「・・・チッ!」 そこまで考えて真面目かよと自分で自分に舌打ちする。 自分への戒め? 誰がだよ? そんなん俺のキャラじゃねーだろ。 自分でつっこんで鳥肌が立つほどにらしくねぇと自覚がある。 ・・・それなのに。 気が付けばそう考えるのが当たり前になっていたのはいつ頃だっただろうか。 潰れようとどうなろうと知ったこっちゃねぇと思っていたはずの会社の重役椅子へドシリと腰を下ろしているのは誰だ? 昔ならばあんな底辺の人間など喜んで社会から、あわよくばこの世から抹殺してしまうことすら厭わなかっただろうに、まるで温情をかけたような処分で済ませているのはどこのどいつだ? 「俺らしくもねぇ・・・」 『 俺らしく 』 あるならばとっくにこの部屋の中にあるのもは破壊されているだろう。 それがたかだかテーブル1つが犠牲になっただけで済んでいるのだ。 何をやってる、お前はそんな生温い人間じゃねーだろと唾を吐く自分と、 今のお前にはそれが正解だと冷静に語りかける自分、 脳内で繰り返される相反する主張に加えて連日の激務も相まってイライラはピークだ。 この後だって数十分後にはヨーロッパへ飛ばなければならない。 全てはあのクソ野郎がふざけた真似をしでかしやがったせいだ・・・ ピロロ~ン♪ ピロロ~ン♪ 「・・・・・・」 そんなことを考えていたところで広い執務室になんとも気の抜けた音が響いた。 普通であればこの状況下で胸ポケットから音をたてるその存在をガン無視するのが 「日常」 であるはずだが、今この瞬間、司は目にもとまらぬ速さでポケットへと手を突っ込んでいた。 そうして手にしたスマホに視線を落とす。 「・・・・・・・・・クッ、 バーーーーーーーーーーーカ」 画面を見るやいなやさっきまでの苛立ちなど一瞬にして霧散し、怒りが消えたその顔に浮かんでいるのはまるで子どものような無邪気な笑み。 こめかみに何本も浮かび上がっていた青筋はどこへいったのやら。 『 100円詰め放題にて15本ゲット! 今夜はいい夢見られそう 』 短い文章と共に送られて来た1枚の写真。 そこにはこれでもかと引き延ばされたビニール袋の中にパンッパンに詰め込まれたにんじんとドヤ顔の女。よくも破れないものだと感心すると同時に、これまた幸せそうな満面の笑みを浮かべる女の姿にさっきまでのイライラが心底どーーーでもいいことに思えてくる。 「お前は俺に盗聴器でも仕掛けてんじゃねーのか?」 いつもいつもいつもいつも。 どうしてこの女は絶妙なタイミングでその存在を現すのだろうか。 疲れがピークの時、イライラがピークの時、 ・・・あいつに会いたくて頭がおかしくなりそうな時。 この3年半の間、いつだってこの女はそれを見透かしたかのようにこうして現れる。 しかも心底どーでもいい話題を携えて。 「普通 『元気?』 とか 『会いたい』 とかじゃねーのかよ? なんだよ、100円で15本って。そもそもんなもん食えんのか?!」 クッと笑いが零れる。 時間と共に大きく肩が揺れるほどに盛大に。 「くっははは・・・! ったく、この女は・・・くくくっ・・・」 やっぱり最高の女だと認識する。 今にも破れんばかりのにんじんまみれの袋を手にこの俺を笑わせることができる女。 そんな女は過去も現在も未来も、世界中どこを探してもこいつしかいない。 本音では寂しいと思ってるくせに、死んでもそんなことを口にはしない可愛げのない女。 自分のことより人のこと、こんなに不器用な女は後にも先にもこいつだけ。 俺にとってただ1人の女。 「あと半年だ。待ってやがれ ___ 」 その時が来たらお前をこれでもかと甘やかしてやるから。 「失礼致します。あの者の手続きは全て終わりました。変な逆恨みなどの心配はないかと・・・・・・いかがなさいましたか?」 ノックと共に執務室に入ってきた西田が司を見るなり怪訝そうな顔へと変わる。 「あ? なにがだよ」 「いえ、予想に反して随分とご機嫌な表情をなされていましたので」 「誰がだよ。お前の目は腐ってんじゃねーのか?」 「・・・それは大変失礼致しました。では早速ですがジェットの方に移動していただけますでしょうか」 「あぁ」 「・・・・・・」 すんなりと立ち上がった男の足取りは軽い。 目が腐っていると言われようとどうしようと目の前の男の気分は上々だ。 見えない音譜が体のまわりを踊っているのがはっきり認識できるほどに。 とはいえせっかく上機嫌なところに水を差す気はないので口に出すつもりはないのだが。 「連日の移動でお疲れではないですか?」 「この程度でくたばってるようじゃとっくに死んでんだろ」 「それは確かに仰るとおりですね」 「なんだ、お前こそとうとう電池切れか?」 「まさか。この程度でばてているようでは私の仕事は成立しませんから」 「くっ、てめぇはサイボーグだからな」 この扉を開けたら我が上司がどれだけ不機嫌かと思って来てみれば。 扉の向こうで出迎えたのは誰よりも気分が良さそうに笑っていた1人の男。 あれほどまでに気分を損ねる出来事があったというのに。 通常ならばこの部屋にあるものほとんどが破壊されていてもおかしくないというのに。 「・・・全く、あの方は一体どんな魔法をかけられたことやら」 「あ? 何か言ったか?」 「いえ、何でもございません。では参りましょうか」 道明寺司という男を真に落ち込ませることができるのも喜ばせることができるのもただ1人。 彼女の魔法にかかれば彼はたちまちただの男へと変わってしまう。 そう、彼はそんな彼女の魔力に身も心も捉えられているのだから。 煩わしい仕事がすっぽりと立ち消えたことに心の底から感謝をしなければ ___ ピロロロ~ン♪ 「ん~・・・」 草木も眠った丑三つ時、液晶画面が音と共に光りを放つ。 ぐっすり眠っていたつくしは重い瞼をこすりながらその小さな物体に手を伸ばした。 「こんな時間に誰よぉ・・・・・・って・・・・・・・・・へっ?」 『 15本くらいで喜んでんじゃねーよ。天下の道明寺様の女なら20本くらいとりやがれ 』 「・・・・・・に、20本ってあんた・・・どう考えても袋が破壊されるんですけど・・・」 んな無茶な。 そう思いつつももしかしたらもしかして、そんな神業があるのかもしれない、なんて。 「・・・あそこの角度をもう少し調整すればもちょっといけたかなぁ」 その日、つくしはいい夢を見るどころかいかにして次は20本という偉業を成し遂げるのか?! ひたすらそのイメトレに浸りながら再び夢の世界へと落ちていったのだった。
復帰1作目は短編をお届けしました。久しぶりの遠恋時代の2人です。にんじんでご機嫌になる坊ちゃん。きっとヨーロッパでその名の通り馬車馬のように頑張ったことでしょう( ´艸`) 次回から「彼カノ」を再開する予定です。まさか類が・・・?!の気になるところで終わってましたね。一体どんな展開になっていくのかお楽しみに! 前回のお話はこちらから → 『彼と彼女の事情 15』 スポンサーサイト
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