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さよならの向こう側 1
2016 / 05 / 26 ( Thu )
____ 聞いてない。

どこぞの芸人さんの真似をするつもりなんて毛頭無いけど。


こんなん聞いてないよっ!!




「牧野さんは今日は15階の客室をお願いします」
「・・・はい」

心の中で盛大な溜め息をついたところで現状が変わるはずもなく。
これまで幾度となく手にしてきたはずのリネンがまるで鉛のようにズシリと重い。
それは紛れもなく自分の心にシンクロしているからで・・・

「はぁ~・・・」

もう何百回目かわからない溜め息をつくと、ワゴンの中から目にも眩しい真っ白なシーツを取りだした。だが不思議なもので、バサバサと音を響かせながらベッドメイクしていくうちに、萎んでいた心まできちんと整えられていくような感覚に陥る。

「・・・よし、完璧っ!」

寸分の皺もなくピシッと完璧に整えられたベッドを前に、思わず自画自賛したくなる。
どんなに気分が晴れなくったって6年も続けてきた作業くらいきちんとできなきゃ。
どんな仕事であろうと、それこそが社会人としてのプライドってもの。



田舎の片隅にある小さなホテルで働き始めたのは今から6年も前のこと。
高校を卒業したばかりの右も左もわからない小娘を快く採用してくれた支配人に恩返しするため、来る日も来る日もひたすら真面目一筋に頑張ってきた。
元々真面目だけが取り柄だったから、慣れない環境に適応していくまでにはそう長い時間はかからなかった。

今時の若い子のように旬の芸能人に心躍らせるでもなく、流行のものに興味を示すでもなく、朝から晩までひたすら仕事に没頭する日々。
一見すれば何が楽しくて生きてるの? と言われるだろう何の刺激もない生活。
けれど、それこそがつくしにとっては何よりの至福の時間でもあった。

刺激なんていらない。
平穏が一番。
それ以上の幸せなんて本当は存在しないのだから。


_____ それなのに。


「牧野さん、フロアが終わったなら悪いけど鳳凰の間にヘルプお願いできない? 人手が足らないみたいなのよ」
「あ、はい」
「ごめんね、そこが終わったら上がってもらって構わないから」
「わかりました」

戻って来て息つく暇も無く次の仕事が言い渡される。
でも今はいっそのことその方がいい。
だって、余計なことなんて考えていることすらできなくなるから。

余計なことなんて ____


「あ、牧野さん来てくれたの? 助かるわ~!」
「えっと、私は何をお手伝いすればいいでしょうか?」
「あと2時間後には別のパーティが入ってるんだけど、知っての通り今インフルが従業員の間でも流行ってるでしょう? そのせいで明らかに戦力ダウンしてるのよ。だからまずは今残ってるものを超特急で片付けて欲しいの」
「2時間後・・・? わかりました、急いでやります!」
「ほんと助かるわ、よろしくね!」

軽く指示を与えた女性は1秒の猶予もないとばかりに慌ただしく持ち場へと戻っていく。彼女だけでなく広い会場内には右に左に駆け回る従業員で溢れていた。
それもそのはず。ズラリと並んだ円形テーブルには今しがた終わったばかりであろう直前のパーティの痕跡がそのまま残されているのだから。あと2時間で新たなセッティングを終わらせるためには、死ぬ気でやる他ないのは誰の目にも明らかだった。

「ほんっとこのところの忙しさは何なの・・・!」

その言葉通り、思わず零さずに言われないほどの怒濤の忙しさが続いていた。
満室ともなれば軽く2千人は超えるこのホテルの集客力。
それに加えて大小ありとあらゆる会議やパーティが連日催され、贔屓目なしで見ても今日本で一番潤ってるホテルなんじゃないかと思う。


・・・そう。
あたしが 「今」 いるのは田舎の小さなホテルなんかじゃない。

「って、あぁもうっ! そんな余計なこと考えてる暇なんかないんだってば!!」

油断すればたちまち思考を埋め尽くしてしまいそうになる雑念を振り払うと、つくしは一心不乱に目の前の仕事に没頭していった。



***


「あ゛~、疲れたぁ~! もう足がパンッパン!」
「ほんとですねぇ」
「っていうか牧野さんもとんだとばっちりだったわね。今日早番だったんでしょ? 本当ならとっくに帰ってたはずなのに」

確かに。本当ならお天道様がある程度高いうちに帰れる予定だった。
今いる場所からは見えないけれど、外に出ればきっとそこにあるのは既にまん丸のお月様。

「あ~・・・はい。でもここは働いた分だけお給料がもらえるのである意味助かってます」
「あはは、そういう前向きなところが牧野さんらしいわね~」
「えへへ、そうですかね?」
「よかったらどう? この後一緒にご飯でも食べていかない?」
「あ~、すごく嬉しいお誘いなんですけど・・・今はちょっとお財布が寒くて」
「それくらいご馳走するわよ~!」
「いえいえ、そんなわけにはいきません」

ぶんぶん首を振るつくしに女性は半ば呆れたように笑う。

「相変わらず真面目なんだから・・・。りょーかい、今度は給料が出た直後に声掛けるわね」
「あはは、ぜひそれでお願いします」
「ふふっ、じゃあお先。お疲れ様~!」
「お疲れ様です」

着替えを終えるなり足取り軽く更衣室を出て行った先輩を見送りながら、つくしは今日1日の疲れを吐き出すようにふぅ~っと大きく深呼吸した。

「貧乏暇なしってね。・・・さ、帰るか~!」

うーんと思いっきり伸びると、つくしも続いて勢いよく扉を開けた。






「今日は特別人が多いなぁ・・・。年度末だし当然か」

人が多ければ多いほどビクビクしている自分が情けない。
私服に着替えた今、できるだけ人と顔を合わせずにここから出てしまいたい。
そうして今日という1日をまた何事もなく平穏に終えたい ____


ドンッ!!! 


「きゃっ?!」
「おわっ?!」

ドサドサッ!!

「いっ・・・!」

エントランスまでの最後の角を曲がったところで出会い頭に壁のような影に激突した。
不意打ちの衝撃はいとも簡単につくしの体を吹き飛ばし、疲労困憊な体はお尻から思いっきり地面に叩きつけられた。意識せずとも痛みで顔が歪んでしまう。

「わり、大丈夫か?」
「あ・・・はい、だいじょうぶで・・・」

スッと目の前に差し出された大きな手のひらを掴もうとした寸前でハッとする。
鼻孔を撫でるように感じたこの香りは・・・


___ まさか。




「・・・・・・・・・牧野・・・?」




・・・聞いてない。
こんな未来予想図が描かれていただなんて、聞いてない。




「 ど・・・う、みょうじ・・・ 」




こんな場所で。
こんな形で。


7年ぶりに昔の恋人に再会することになるだなんて。






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前中後編の3部作の予定だったのですが、量的にちょっときつきつになってしまいそうだったので4話か5話に分けたいと思います。決して長編にはなりませんのでご安心を!
信用無いけど信じて!!(笑)
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さよならの向こう側 2
2016 / 05 / 27 ( Fri )
終わらせたのは他でもない自分自身。



『 ごめん、道明寺。もう別れて 』



ある日突然そんな言葉で終わりを告げたあたしに、当然のようにあいつは呆気にとられ、そしてその直後火がついたように怒り狂ってた。それも当然のことだ。あの時、あいつはそんなことに心を砕くような余裕なんて少しもなかったはずだから。

でもだからこそあたしは行動に移した。
どう転んでもさよならをするしかないのなら、少しの迷いも残してはダメだと思った。
中途半端な気持ちなんて言語道断。
いっそのことあいつに心の底から嫌われることこそが必要だった。

『 お前、ざけんなっ!! 』

電話越しに烈火の如く怒りを露わにするあいつに、あたしは最低の言葉を投げつけた。



『 もう会わない。会いたくもない。一生恨んでもらっても構わない。・・・さよなら 』



そうしてまだ何かを言い続けていたあいつの言葉を一方的に遮断した。もしもあいつが日本に飛んで来ようとでもしたならば、何が何でもそうさせないようにと事前にお願いもしてあった。
だから最後にあいつを見たのは7年前に日本を旅立ったあの時。

『 4年後お前を迎えに来る 』

そう宣言したあの姿が今も鮮明に残っている。



遠距離恋愛は本音を言えば寂しかったけど、それでもあたし達には明確な目標があったから。
お互いに忙しい毎日を送っていたし、なんだかんだであっという間に1年が過ぎようとしていた。

けれど高校卒業が間近に迫った頃、世界的にも例を見ない大不況が突如襲いかかった。
道明寺財閥と肩を並べるほどの力を持った企業が倒産したことを皮切りに、まるでドミノ倒しのようにその負の連鎖は続いていった。あそこに入れば一生安泰、そう神話めいたことを謳われていたところですら巻き込まれていくほどの荒波。
当然ながらそれは道明寺ホールディングスとて他人事ではなかった。

連日新聞やテレビに並ぶ 「倒産危機」 の文字。
自殺者が急激に増えているという事実。
万が一道明寺ホールディングスまでそうなれば今後どれほど世界中が混乱に陥ってしまうのか、思わず目を背けたくなる情報は嫌というほど入ってきた。

そう、彼らは 「世界の道明寺」 なのだ。
もしもが起これば路頭に迷う人間の数は恐ろしいほどに膨れ上がってしまう。
貧乏を知り尽くしているあたしにとって、その悲劇はとても他人事とは思えなかった。


そんな中、ある日突然 「あの人」 が我が家に現れた。

____ 魔女だ。

突然のことに家族はひっくり返っていたけれど、あたしだけはどこか冷静だった。
意識しないようにしていたけれど、あのニュースが世間を賑わせ始めた頃から、いつかはこんな日が来るかもしれないって覚悟していた何よりの証拠なのかもしれない。

『 財閥と、真にあの子のためを思うなら身を引いて欲しい 』

いつになく静かな口調で魔女はそう言った。
傍らの部下らしき男性はスーツケース入った大量の札束を抱えていた。
あぁ、いつかもこんなことがあったなぁなんてぼんやり思い出しながら、不思議と怒りが湧いてくることはなかった。

・・・魔女の瞳があの時とは違って見えたから。

同じ仕打ちをされたあの時、あの人に対して湧き上がってくるのは怒りだけだった。
人に後ろ指指されるような、恥じるような生き方なんて何一つしていない。
ただ貧乏人というだけで、その存在を排除してしまえるあの女に嫌悪感しか抱かなかった。

・・・けれどその時は違った。
言っていることもやっていることもあの時とほとんど変わらない。
それでも、真剣に財閥の行く末を考えての行動なのだというのがこのあたしにも嫌と言うほど伝わってきたから。

一般人のあたしですら 「もしもが起こったら」 と考えるだけで不安に覆い尽くされるというのに、そのトップに立つ人間がそのことに何も感じないはずがないのだ。きっとその重圧たるやこちらの想像を絶する。そんな立場にある人があの大変な状況の中、わざわざ帰国してこんな狭苦しいアパートまで直接足を運ぶ。

その行動の意味がわからないほどバカじゃない。


『 ・・・・・・わかり、ました 』


長い沈黙の後、あたしはたった一言、それだけを口にした。
魔女もそれ以上は何も言わなかった。
あたしの自惚れかもしれないけれど、あの時魔女はそうしたくてしたんじゃない。
前は虫けらを見るような目であたしを見ていたけど、あの時はただただ真剣に、あたしをきちんとした1人の人間として認めた上で向き合っている。そう思えた。
だから不思議なほどに最後まで怒りの感情が沸き上がってくることはなかった。

あいつが渡米することを決意したとき、あたしは道明寺の人間として生きていく覚悟を見たのだ。
だからこそこれは避けては通れない道。
これだけの苦しい状況を立ち直らせていくことがどれだけ困難を極めることなのか、経営のノウハウを何も持たないあたしにだってわかる。
そしてその過程で必ずあたしの存在が足枷になってしまう時が来るってことも。

共に幸せになれる道を歩んでいけることが一番に決まってる。
けれど、自分の幸せだけに貪欲になることは許されない。
今こそその覚悟が問われている、そう思った。
・・・だからあたしは決めたのだ。


____ あいつと別れるということを。


こんな一方的な別れに納得なんてしてもらえるはずがない。
そんなことは百も承知だった。
あたしは1年前、あいつを幸せにしてやると声高々に宣言したのだから。
どんな理由があったとしても、あたしはその約束を反故にするのだ。

納得なんてしてもらえない。それでも受け入れてもらうしかない。
生半可な覚悟で別れを告げることなんて許されない。
・・・だからあたしは敢えて魔女からの大金を受け取ることにした。
自分の決断を鈍らせないために。
自分への戒めのために。


____ 裏切ったのはあたしなのだと。


別れを告げてからの行動は早かった。
あいつからもらった通信手段は全て処分し、卒業と同時に母親の祖母が昔住んでいたという地方に移り住んだ。そこは同じ時間が流れているのだろうかと思えるほど全てがゆったりとしていて、外部から来た人間が簡単に仕事を見つけられるようなところではなかった。

そんな中で見つけたのが町の外れにある小さなビジネスホテル。
こんなところで集客が見込めるんだろうか? と思ったけれど、簡単に見つからないからこそ需要があるんだとか。言われてみればそれもそうだと妙に納得し、駄目元で雇ってもらえないかと頭を下げに行った。
そこの支配人は70代のとても物腰の柔らかい男性だった。
高校を出たばかりの土地勘のない女が必死に頭を下げる姿に驚いていたけれど、彼は多くを聞かずして採用してくれた。自分で行っておきながら驚いたのが正直なところだったけれど、生きていく道を見つけられたことに心の底から感謝した。


それからはがむしゃらに働いた。
もしかしたらいつかあいつがここに現れるかもしれない・・・
そんな自惚れたことを考えてしまう暇すらないほどに、ただひたすらに。
何の刺激もない同じ事の繰り返しの毎日だったけれど、のどかな風景と緩やかに流れていく時間は、あたしにとって何にも代えがたいものだった。


・・・はずなのに。


『 つくしちゃん、悪いんだけど系列のホテルが人手を求めてるんだ。勤務態度が真面目でこの仕事への理解が高い人って言われてね。うちからはつくしちゃんしか思いつかなかったんだよ 』

3ヶ月前に突如告げられた異動はまさに青天の霹靂。
・・・系列って何?
こんな田舎の片隅にある小さなホテルに系列も何もないでしょう?!
後にも先にもこのホテルの名前なんてここでしか見たことないんですけど!

『 本当ならこのままうちに残って欲しいんだけどね。でも私も恩義があるから。つくしちゃんならどこでも立派にやっていけるから大丈夫。頑張って!! 』

唖然とするあたしにガッツポーズを作って送り出した支配人。
何がなんだかわけがわからないままのあたしを更に驚愕させたのは・・・
その目的地に着いてからのことだった。



「・・・よぉ、久しぶりだな」
「・・・・・・・・・え・・・?」

呆然と立ち尽くすあたしに、目の前の長身の男が何でもないことのように口を開いた。

「つーかお前ここで働いてたのかよ。一体いつの間に?」
「・・・・・・・」

何一つ反応すらできないあたしに、「ま、別にいつからだっていーんだけどな」 と呆れたように笑う。


・・・なんで?
どうして?
あたしは、あたしは・・・


「司さん? どうなさったんですか?」


ふと聞こえてきた声にハッとする。
見れば大きな体に隠れるようにして綺麗な女性が立っていた。最初からそこにいたのか、不思議そうにこちらのやりとりを見つめている。

「あぁ・・・いえ、ちょっと昔の知り合いに偶然会いまして」
「そうなんですか。はじめまして」
「あ・・・」

ニコッと微笑みかける女性にすらまともに反応を返せない。
自分でも今どんな顔をしているのか、どんなことを口にしているのか、そんなことすらわからない。

「じゃあな」
「あ・・・」

そんなあたしの様子など気にも留めず、7年ぶりに見た男はサラリとその場から離れて行ってしまった。いかにもお嬢様と言わんばかりの美しい女性もペコリと会釈すると、彼を追いかけるようにして後についていく。


そのあまりにも絵になる姿を、あたしはただただ突っ立ったままで見ていることしかできなかった。




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さよならの向こう側 3
2016 / 05 / 28 ( Sat )
覚悟はしていた。

自分からあんなことをした以上二度と会うつもりはなかったけれど、同じ世界に生きている限り、いつかはどこかで顔を合わせることもあるかもしれないって。
それはここ、・・・メープルで働くことが決まってからは尚のこと常に意識の中にあった。

そしていつかその時が来るのならば。
たとえどんな罵倒をされようとも、殴られようとも、全てを甘んじて受け入れると決めていた。

それがあいつを裏切ったことへの当然の報いだと思っていたから。



・・・それなのに。



「・・・さんっ・・・牧野さんっ!!」
「はっ、はいっ?! あぁっ!!」

ぼんやりとしていた意識を突き破った大きな声に我に返ると、それと同時に手にしていたおにぎりがボトッと虚しく机の上へと落ちてしまった。

「あらら~、さっきから落ちそうになってたから声掛けたんだけど・・・結局落ちちゃったね。ごめんね? 黙ってた方がよかったかも」
「いえいえ、きっとどっちにしても変わらなかったと思いますから。ありがとうございます」

お礼を言うとすぐに拾い上げたおにぎりの欠片を口に放り込んだ。
声をかけてくれた女性はその姿に笑っている。

「なんか最近ぼーっとしてることが多いけど・・・大丈夫? 具合でも悪いんじゃない?」
「いえ、元気ですよ? 残業が続いてるからちょっと疲れが溜まってるだけだと思います」
「あ~、確かに今めちゃくちゃ忙しいもんねぇ・・・」

ホテルの繁盛期というのは年に数回訪れるものだけれど、今はこれまで経験したどれよりも比較にならないほどの多忙っぷりだった。

「里穂先輩~、最近の忙しさの原因の1つに超VIPが絡んでるってのは本当ですかぁ~?」

隣の机で同じく昼食をとっていた同僚が身を乗り出してきた。
その目はキランキランに輝いて興味津々といった様子だ。

「超VIPって?」
「またまたぁ~、ご存知ですよね? 近々あの道明寺さんがここで婚約披露パーティを開くって」

出された名前にドクンッと胸がざわつき始める。

「あなた・・・どこでそんな話を?」
「え~? どこでっていうか、皆口々に言ってますよ? だって最近やたらとここに来てるじゃないですか。何をしてるかまでは知りようがありませんけど、支配人なんかとも密に会ってるみたいですし・・・。今年に入って帰国したって話は聞いてましたけど、ここにきての急な動きにこれは絶対何かある! って皆が思ってますよ」

そこまで話が広がっているとは思っていなかったのか、女性ははぁ~っと溜め息をついた。

「ねっ、やっぱりそうなんですよね? よくここに連れて来てるあの女性と結婚するってことですよねっ??」
「はぁ~、あのねぇ、私達にはお客様のプライバシーを守るという大事な責務があるの。いくら従業員とはいえ勝手に情報を開示することはできないの。噂話に話を咲かせるのは勝手だけど、その辺りをきちんと心得ておきなさい。ここは世界に誇るメープルホテルなんですからね」
「はぁ~~い」

ペロッと舌を出しつつ、聞いたことへの否定がなかったことに満足したのか、女性はやけに嬉しそうだ。つまりは肯定されたも同然なのだと。

「それにしてもほんっといい男ですよねぇ~。今まで写真やテレビの中でしか見たことがなかったですけど、実物があそこまでカッコイイだなんて・・・ちょっとずるいと思いませんかぁ?」
「そうねぇ、その点に関しては同感だわ」
「あははっ、ねぇ牧野さんはもう見た? あの道明寺司様!」
「えっ?!」

突然話題を振られて動揺する。

「このところ頻繁にここに足を運んでるから目撃したって従業員も多いでしょ? 牧野さんはもう見た?」
「あ、あたしは・・・いえ・・・」
「あれっ、まだ見てないの? それは残念! もうね~、その辺の芸能人なんて目じゃないくらいカッコイイわよ! オーラが半端ないっていうの?」
「そ、そうですか・・・」
「しかもいっつも超絶美人な女性つき。あの人って確か婚約者じゃないかって雑誌に載ってた人だよね」
「・・・・・・」

あたしは今、一体どんな顔をしているんだろう。

「あくまで噂だと思ってたけど、実際ああやって何度もここに連れて来てるのを見ると本当だったんだ~って。悔しいけど超お似合いよね~。まさに美男美女!眼福だわぁ~」

ガタンッ!!

「・・・牧野さん? 急にどうしたの?」
「あ・・・あたし・・・し、仕事がまだ溜まってるんです。だからちょっと早めに行かないと・・・。すみません、お先に失礼します!」
「えっ、あっ、ちょっと? 牧野さんっ?!」


引き止める声も無視して必死に走った。


ガタガタガタ、バタンッ!!

「はぁっはぁっはぁっはぁっ・・・!」

ドクンドクンドクンドクン・・・!

凄まじい音をたてて閉まったリネン室の扉に負けないほどの鼓動が響き渡る。
本当に自分の心臓なのだろうかと言いたくなるほどにそれは激しく脈打っていて、このまま壊れて止まってしまうのではないかと思えるほど。

「・・・・・・・・・・・・っ、ふぅ~~っ・・・」

ギュッと胸の辺りを鷲掴みにすると、呼吸を整えるように大きくゆっくりと深呼吸を繰り返した。

「・・・はぁっ・・・」

ようやく落ち着いたかと思えば、今度はまるで空気が抜けていくかのようにズルズルとその場に座り込んでしまう。こんな自分の不甲斐なさに情けないと同時に腹が立ってくる。
しっかりしろ、つくし!
あんたにはそんな権利なんて微塵もないんだから。

「・・・・・・よし、仕事に戻ろ」

一度目を閉じてグッと歯を食いしばると、いつものように余計な雑念を振り払って立ち上がった。




***



「・・・よぉ」
「あ・・・」

とぼとぼとワゴンを押していると、とある部屋から1人の男性が出てきた。
そしてこちらに気付くなりサラッと声をかけてくる。

「クッ」
「・・・?」

何も言えずに視線を下に彷徨わせていると、上から笑いを押し殺すような声が聞こえてきた。
驚いて顔を上げればやはりその男は笑っている。

「お前、相変わらず働いてばっかなんだな」
「・・・え?」
「ま、お前にはそういうのが一番似合ってっけどな」
「・・・・・・」

その言葉の意味をどう捉えればいいのかわからない。
・・・けれど、目の前の男が浮かべているのは笑顔というよりは嘲笑。
それだけははっきりとわかった。

「司さん? ・・・あら? あなたはこの前の・・・」
「あ・・・」

一呼吸置いて出てきた女性を見て息が止まりそうになる。
彼らが出てきたのは 『 支配人室 』。
さっきの会話が一瞬にして頭の中を埋め尽くしていく。

「この前は私服だからわからなかったけれど、ここの従業員だったんですね」
「は、はい・・・」
「ここは本当に素敵なホテルよね。私まで誇らしくなってしまうくらいに。・・・って、やだ、私ったら何を言ってるのかしら」

ほんのり頬を染めて微笑む女性の顔が歪んで見える。

・・・嫌だ。
こんな醜い感情、永遠に葬り去ってしまいたい。

「司さん、そろそろ参りましょうか。あまり時間がないのではなくて?」
「あぁ。じゃあな」
「・・・・・・」

こちらの返事を待つことなく身を翻すと、いつかと同じように2人並んで遠ざかっていく。
そんな後ろ姿を見るのはこれで何度目になるのだろうか。
あの再会から今日まで、幾度となく繰り返されたこの光景。




___ 覚悟していた。

いつかあいつに再会することがあるならば、どんなに激しい言葉を投げつけられようとも、ボロボロに殴られようとも、それを甘んじて受け入れるのだと。

それなのに・・・

現実はもっと残酷だった。

まるであのことはなかったかのように。
まるで最初からあたしたちの関係は存在しなかったかのように。
そう、あいつは怒ることすらしなかったのだ。

・・・あたしはそんな価値すらない存在だと言われたも同然だった。


酷く怒鳴りつけてくれたなら。
思いっきり殴りつけてくれたなら。
いっそのことそうしてくれたらどんなによかっただろう。

終わらせたのは自分なのに。
こうなることを望んでその手を離したくせに。
何事もなかったかのように普通にされてしまうことがこんなにも苦しいだなんて。
そんな資格なんてどこにもないとわかっているのに。




それでもそんな浅ましいことを考えてしまう自分が、酷く滑稽で惨めでたまらなかった ___





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さよならの向こう側 4
2016 / 05 / 29 ( Sun )
「牧野?」

ガヤガヤと賑わう人混みの中、自分の名前を呼ばれたような気がして振り返る。

「あ・・・」
「やっぱり牧野だ。・・・久しぶり。今はここで働いてたんだね」
「花沢類・・・」

数年振りに見る顔は、最後に会ったときと何一つ変わらない優しい笑顔を浮かべていた。
まるで、不義理なあたしを今も変わらず包み込んでくれるように。

「ちょっと痩せた?」
「えっ? ・・・ううん、そんなことないよ。最近仕事が忙しいからやつれてるのかも」
「そっか。頑張るのはいいことだけど、何でも背負い込むなよ」
「あはは、そんな大袈裟だよ。大丈夫だって」

本当ならもっと責められてもおかしくはないのに。
変わらないその優しさが、今は・・・痛い。

「・・・司に会った?」

ドクンッ

「・・・・・・うん。何度か、偶然」
「そっか。俺たちも今日は何があってもぜってーに来いって言われてさ。相変わらずだよな」
「・・・そう、だね」

大した会話なんてしていないのに、既に喉がカラカラで焼け付きそうだ。
敏感な類がそんなことに気付かないはずもなく、じっと探るような目でこっちを見ている。

「牧野」
「ごめん、花沢類。今日はほんとに忙しくて。今はゆっくり話してる時間はないんだ」
「・・・そっか。ごめんな、引き止めて」
「ううん、久しぶりに会えて嬉しかったよ。・・・じゃあ」
「うん。また今度ね」
「・・・うん・・・」

きっとぎこちないであろう笑顔を精一杯作ると、ふわりと守られているような錯覚を起こす彼から逃げるように背中を向けた。

「変わらない」 ことがこんなにも辛いだなんて。

花沢類の陽だまりのような優しさも。
あいつの全てがなかったような態度も。
全てが今のあたしには鋭く突き刺さる。


類に最後に会ったのは今から3年前のこと。本気になった彼らから完全に身を隠すなんてことはできるはずもなく、彼は田舎に移り住んだあたしを心配して何度か足を運んでくれた。
でもだからといって何かを追及されるでもなく、あいつの話をするでもなく。
ただひたすらにとりとめのない会話をして帰っていくだけ。

その優しさが辛かった。

だからあたしは言ったのだ。もう会いには来ないで欲しいと。
類はほんの少しだけ驚いた顔をしていたけれど、それと同時にどこかで予想もしていたのだろう。
しばらくの間を置いた後に 「わかった」 と穏やかな口調で言った。
そして 「いつでも頼ってくれて構わないから。必要なときは俺を呼んで」 そう置き土産を残したのを最後に、会うことはなくなった。

あたしは本当に勝手な人間だと思う。
あいつのことも、花沢類のことも、勝手に決めて、勝手に突き放して。
そのくせ辛い、寂しいという感情に襲われるなんて。
本当に勝手で最低な女だ。



『皆様、本日はお忙しい中私共のためにお集まりいただき誠に有難うございます』


花沢類の姿が見えなくなるまで人垣をすり抜けたところで声が降ってきた。
このホテルで一番の集客力を誇るこの鳳凰の間。そこに溢れかえる招待客の視線を一斉に浴びながら、中央にいる男は威風堂々とその場に立っている。

そして同じステージ上には見覚えのある女性が2人。
この1ヶ月の間幾度となくその姿を見たあの綺麗な女性と・・・
6年ぶりに見る ____ 道明寺楓。

彼らが当然のようにああやって同じ舞台に立っているということは・・・

「すみません、シャンパンのおかわりをいただけるかしら?」
「え? は、はいっ! こちらをどうぞ」
「ありがとう」

落ち着いた雰囲気のご婦人はニッコリと笑って視線をステージへと向けた。
・・・しっかりしろ、つくし。
社会人としてのプライドがあるのなら、仕事だけはしっかりこなさなければ。

ステージでは穏やかな表情であいつがスピーチを続けている。その気配を全身に感じながら、あたしは自分がすべきことへと意識を戻した。軽く千人はいるだろう会場内を右に左に駆け回る。
そうしている間は、何も余計なことを考えなくて済むから。


『 今日は皆様に大事なご報告があります 』


けれど、はっきりと届いたあいつの声に、思わずグラスを掴もうとした手が止まった。
見ればさっきと何も変わらず堂々とした佇まいでそこにいる。
そんなあいつの隣に、あの女性が一歩近づいて並んで立った。

___ あぁ、ついにこの瞬間がやってきたのだ。

どこか非現実的な光景に見えながらも、あたしはやけに冷静だった。

・・・ずっと考えていた。
何故あたしは今この場に立っているのだろう。
何故あいつはあたしにただの一度も怒りをぶつけてこないのだろう。
考えたくなくても思考を埋め尽くしていくそれらに、ふと自分なりにわかったことがある。

これがあたしに与えられた宿命なのだと。

あいつにあんな仕打ちをしたあたしが、こうしてメープルで働くことになったことが単なる偶然なのか、それとも誰かが仕組んだことなのか。そうして仕事とはいえ、彼らにとってきっととても重要であろうこの場に居合わせることになったことも。
もしかしたらあいつはあたしを酷く憎んでいるのかもしれない。
・・・ううん、あんなことをされて憎まない人間がいる方がおかしいのだ。
だからこそあたしにこの現実を見せつけたいのかもしれない。

___ お前なんか既に眼中にないんだと。

全ては勝手な推測に過ぎないけれど、いずれにせよこれが偶然であれ必然であれ、あたしはそれを最後まで見届けなければならないのだと。
自分が選択した未来がどうなるのか、きちんとこの目で見なければならない。
逃げることは許されない。
そう気付いたのだ。


『 これまで幾度となく週刊誌等に私達のことについて書かれてきたかと思うのですが・・・本日はそのことについて私たち自身の口からはっきりとご説明したいと思います 』

その言葉に俄に場内がざわつき始める。その様子を気にすることもなく、司は隣に立つ女性と顔を見合わせて軽く頷くと、もう一度正面に向き直った。


『 私道明寺司は、本日これより入籍することをご報告致します 』


ざわっ!

おそらくここにいる誰もが予想していたのは婚約発表。
だが口から出たのはまさかの入籍宣言。しかも今日というとんでもない爆弾発言に、たちまちその場が騒然となった。その熱気たるや想像を絶する。
そしてそれはつくしとて同じ。
覚悟はしていたが、それを遥かに上回る現実に、もはやまともな反応すらできなかった。

『 我々は今日という日を迎えるために必死に努力を重ねて参りました。誰からも認められる結婚とすべく、来る日も来る日も血の滲むような努力をしてきたつもりです 』

・・・あぁ、やっぱりあなたは頑張ったんだね。
道明寺司として、道明寺財閥の後継者として。
あれだけの窮地から這い上がって今があるのも、全てはあなたが死に物狂いで頑張ったから。
あなたの頑張りがあったからこそ、救われた人が世界中にいる。
そんなあなたを心から誇りに思う。

・・・あの時の選択は間違いじゃなかった。
たとえ隣に立つのが自分じゃなくなってしまったのだとしても、今のあいつが幸せでいてくれるのならば・・・全てが報われる。

じわりと視界が滲んでいくのを感じながら、つくしはしっかりと彼らの姿を目に焼き付けていく。
司と入れ替わるようにしてマイクの前に立った女性の姿も、全て。

『 本日このように皆様にお集まりいただきましたこと、私からも心からの感謝を申し上げます。先に司さんからもありましたように、私達はこの日を迎えるために誠心誠意努力して参りました。・・・その上で私からもご報告があります 』

あぁ、幸せを掴んだ彼女は何て輝いて見えるのだろう。


『 私、篠崎舞は、かねてよりお付き合いしておりました一般の男性と入籍いたしました 』


どよっ?!!

全く予想だにしない報告に、これまでとは違った動揺が広がる。
皆一様に意味がわからないと困惑顔だ。
それには当然のようにつくしも含まれている。

『 お相手は学生時代よりお付き合いを続けてきた方です。とても尊敬でき、心から愛しています。ですが私達の道は平坦ではありませんでした。私はSHINOZAKIの人間であり、全てが自分の自由に生きていける立場ではないということもわかっていたつもりです。ですから世界が6年前の大不況に陥った折、SHINOZAKIの人間としての選択を迫られました 』

ざわざわざわ・・・

彼女の説明を聞きながらも、どよめきは全く収まる気配を見せない。

『 ここにいる司さんとの結婚の話が出たのも事実です。互いに苦境を乗り越えるため、そうすることが一番だということは私達自身もよくわかっていました。 ですが・・・ 』

そこまで言いかけて言葉に詰まってしまった彼女の代わりに、再び司がマイクを手にした。

『 それでも我々には譲ることが出来ない強い信念があった。だがそれを貫くには乗り越えなければならない壁がある。ならばそのための努力は一切惜しまない。同じ志を持つ同志として、私達は6年前から努力を続けてきたのです 』

ドクンドクンドクンドクン・・・

『 決して楽な道のりではなかった。だが互いにこの6年の間、私利私欲を全て捨て、ひたすらに自社を、引いては経済界を引き上げるために死ぬ気でやってきた。その結果は今こうして皆様の前に立てていることからもおわかりいただけるかと思います。納得してもらえないのであれば納得させればいい。それが私達の合言葉でした 』

あれだけざわついていた場内が、いつの間にか驚くほどの静寂に包まれていた。
千を超える人々が、皆真剣に壇上に集中して目と耳を傾けている。

『 必死の努力が実を結び、こうして彼女はその本懐を遂げることができたのです 』

その時、ふっと顔を動かした男と正面から視線がぶつかった。


『 ・・・・・・そして私も 』


ドクンッ・・・!

その言葉を最後に、司はステージから降りて行く。
その足は迷うことなく一点を目指す。
一歩を踏み出すごとに、ぐんぐんとスピードを増しながら。
唖然とした観客も、目の前を風のように通り過ぎて行く男を前に自然と道をあけていく。


そうして辿り着いたのは ____




「 牧野 」



この会場内で一番驚愕に染まっているであろう従業員の女。
その女の前でピタリと足を止めると、司は胸元のポケットから1枚の紙を取り出した。


「 牧野つくし。お前は今日この瞬間から俺の妻になる。選択権は与えない 」


その言葉にキャーッと周囲から黄色い悲鳴が轟いた。
さっきまでステージに注がれていた視線は一転、会場中央に向けられた。上から見ればまるでドーナツのようにその周囲だけが不自然に開けている。

だが見られているはずの当の本人だけが未だに何の反応もできないでいる。
両手で口を押さえたまま、足をガクガクと震わせながら、ただ呆然と目の前の男を見上げたまま。

「おい牧野、何か言いやがれ」

痺れを切らした司の言葉に、たちまちつくしの瞳が揺れ始めた。

「ど、して・・・? だっ、て・・・・・・だって・・・!」

震えているのは足だけじゃない。
手も、体も、声も、つくしの全てが揺れている。

何故なら、司の手に握られているのは1枚の婚姻届。
夫の欄に司自身の記入が終わっているのは当然のこと、証人欄には楓と晴男の記名までが既に終えられていたのだから。


「この俺から本気で逃げられると思うなよ?」
「えっ?」

ハッとして顔を上げると、司が不敵に微笑んでいる。
それは再会してから見続けてきたどれとも違う、つくしがよく知っているあの自信に満ち溢れた顔。

「地獄の果てでも追いかけるっつったろ」
「 ____ 」

ぽかんと呆気にとられて何も言えないつくしに、とうとう司は声を上げて笑った。

「行くぞっ!」
「えっ? ちょっ・・・まっ・・・、えぇえぇっ?!」



一体何がどうなったのか。
ついさっきまでこの世の終わりのような覚悟をしていたというのに。

ただはっきりとわかるのは、あたしたちを取り囲むように無数のフラッシュがたかれていたこと。
そしてそんなあたし達を、いつの間に集っていたのか、いつものメンバーが実に楽しそうに眺めていたこと。ステージの上では、あの綺麗な女性がとてもにこやかな顔でこちらに手を振っていたこと。
・・・その傍らで魔女が静かにこの騒ぎを見つめていたこと。



そして・・・



いつまでも呆けたまま涙と鼻水を垂らし続けるあたしの手を引きながら、道明寺はまるでイタズラが成功した少年のような笑顔を浮かべて、キラキラと眩い光の中を駆け抜けていった ____






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さよならの向こう側 5
2016 / 05 / 30 ( Mon )
「ど、みょじっ・・・! ねぇっ、ちょっ・・・まって・・・!」

はぁはぁと息を切らすほどに凄いスピードで手を引いていく司に、つくしは足を絡ませながら必死についていく。というよりももはや引き摺られている構図だ。
司はきつく手を握りしめたまま、決して離そうとはしないのだから。

だが騒然としていた会場を出てから、2人きりのエレベーターの中でも、彼はさきほどからは一転、真顔のまま何一つ言葉を発することはなかった。それどころかつくしを見ようともしない。
ただ真っ直ぐに前を向いたまま、ひたすら無言を貫いている。
その変わり身に、さっきのことは全て夢だったのではないかと混乱していくばかりだ。

「ねぇっ、一体どこにっ・・・!」

最上階に辿り着くと、司は質問に答えることなく再び強く手を引いて歩いて行く。やがて1つの部屋の前・・・ロイヤルスイートまでやって来ると、ポケットに忍ばせていたカードキーを差し込んで一気に扉を開けた。

「どうみょっ・・・んんっ!」

強引に押し込まれると同時に言葉ごと唇を塞がれた。
突然のことに体が無意識に相手を押し返そうと動くが、後頭部と背中に回された大きな手がそれを許してはくれない。すぐにドンッと音をたてて背中が扉にぶつかる。

「・・・はっ・・・んっ・・・!」

息苦しさに何とか息を吸い込もうとすると、すかさず開いた唇の隙間から生温い感触が侵入してきた。すぐにつくしの舌を捉えると、離さないとばかりに激しく絡みついてくる。
その動きに合わせるようにして、つくしの鼻孔をあの懐かしいコロンの香りがくすぐった。

道明寺だ・・・
本物の・・・道明寺が、ここにいる・・・

自分が触れているのは紛れもない道明寺司だと、これは夢じゃないのだと認識すると、勝手に目元がじわりと滲んでいく。キュッと噛みしめるように瞳を閉じると、つくしは司の首に両手を回して、激流に翻弄されるようにそのまま自分の身を委ねた。



「はぁっはぁっはぁっはぁっ・・・」

それから何分が経ったのか。
ようやく唇が離れていったときにはいつの間にか2人して扉を背にして座り込んでいた。
互いの唇が真っ赤に腫れて濡れている。
司はそんなつくしの唇を親指でなぞると、そのまま頬を伝う涙をゆっくりと拭った。

「ど・・・して・・・?」
「何がだよ」
「だって、あたしは、あたしはっ・・・! ・・・怒って、たんじゃ・・・」

やっとの事で口にした言葉は情けないほどに途切れ途切れだ。

「あぁ、怒ってるさ。腸が煮えくり返りそうなほどにな。肝心な時にお前はいつだって1人で勝手に決めて逃げやがる」
「 ・・・っ 」
「けどな、あの状況下でお前に何を言ったところで安心なんてさせてやれねーっつーのもわかってたんだよ。実際先が見通せないほどの状況だったし、死ぬ気で突き進んで来てもそれでも6年もかかっちまったんだから」
「・・・・・・」

彼は怒っているようで、まるで懺悔をしているようにも見える。
そのあまりにも真剣な眼差しから目を離すことが出来ない。

「7年前、俺は道明寺の人間として生きていくことを決めた。その上でお前に我慢させると決めた以上は逃げるわけにはいかねぇんだよ。たとえお前をどれだけ待たせることになろうとも」
「・・・っ」
「さっきも言っただろ。納得してもらえねぇなら納得させるまでだって。あの時何をどう言ったってお前を安心させることなんて不可能だった。だったら俺がすべきことは何だ? 死ぬ気で前を向いて突き進むだけだろうが。・・・お前を迎えに来るために」
「ど、みょじ・・・」

止まっていたはずの涙が、ボロボロと堰を切ったように溢れ出す。

「できない説得に時間を割くくらいなら、1日でも、1秒でも早くお前を迎えに行くために死ぬ気で働いた。別れたところでお前が俺のことを忘れられるはずがねーし、そもそも俺は別れたつもりなんて微塵もねぇしな」
「えっ・・・?」

驚きに目を見開くつくしに、司がフンと鼻を鳴らす。

「ったりめーだろ。何があろうと俺がお前を手放すわけがねーだろうが。お前はんなこともわかんねーのかよ」
「たっ!」

ベシッとおでこを叩かれて思わず両手で押さえた。

「何を言っても無駄ならお前の好きにさせようと思った。・・・もちろん、俺という檻の中でな」
「え・・・?」
「お前の動向なんて全て把握してるに決まってんだろ」
「・・・! それって・・・」
「あぁ。お前がどこに住んでどこで働いて、どんな生活をしてたかなんて全部お見通しだ」
「っ、じゃあ、あのホテルがここの系列だったのは・・・」

まさか、まさか・・・?!

「当然俺が買収したに決まってんだろ」
「・・・!」

ニヤリと口角を上げた男に言葉も出ない。

「つってもあのホテルは相当経営難に陥ってたみたいだからな。こっちからの申し出はむしろ渡りに船って感じであのじじぃ、泣いて喜んでたぞ」
「・・・・・・」

確かに。年々そんな気配は感じていた。
けれど・・・

「だっ、て・・・ここで再会したときも、それから何度顔を合わせても、全然・・・」

あの時の苦しさを思い出すだけでも涙が込み上げてきてしまう。
それほどに自分に無関心な司が辛かった。たとえ自業自得なのだとしても。

「全ては今日でって決めてたからな。クソ真面目で融通の利かねーひねくれ女を手に入れるためには、寸分のぬかりも許されねーんだよ。舞台を完璧に整えた上でお前を迎えに来る。それはお前と最後に話した日からずっと決めてたことだ。それに、中途半端にお前に接触して、俺の気持ちが抑えられる自信がなかったからな」

嫌われたわけじゃ・・・なかった・・・?
怒る価値もないほどどうでもいい存在になったわけじゃ・・・

「あとはあれだな。また勝手に暴走したお前に対する意趣返しっつーのもあったけどな」
「 !! 」
「どうだ、一方的になかったことにされた俺の気持ちが少しはわかったか」
「 ____っ 」

そんなのわかりすぎるほどわかってる。
自分がどれだけ勝手だったのかも、どれだけ酷い女だったのかも。

司は唇を噛みしめて涙を堪えるつくしの顔を両手で包み込むと、互いの吐息がかかるほどの距離で真っ直ぐに見つめた。

「いいか。金輪際、二度と俺から離れようだなんて思うな」
「___ でも、でもっ・・・! あたしはあんたにあんな酷いことをっ・・・」
「ババァが何をしたのかも、お前がどんな想いでそれを決断したのかも全てわかってる」
「でもっ! あたしはあんたのお母さんからお金をっ・・・」
「どうせびた一文も使っちゃいねーんだろ? 端っから使う気もなければ、貸金庫あたりに保管してほとぼりが冷めた頃にひっそりと返すつもりだったんだろうが」
「・・・!」

ズバリ言い当てられて目を丸くするつくしに、司がフッと不敵に微笑んだ。

「俺を誰だと思ってんだ? 天下の道明寺司だぞ。好きな女の考えることなんて全部お見通しなんだよ」
「でも・・・でもっ、んっ・・・!」

それでも何かを言おうとするつくしの口が塞がれた。
唇が触れるだけで勝手に涙が流れ出してしまう。
何度も裏切ったあたしにはこうしている資格なんてないのに。
・・・それなのに、このまま離れたくないだなんて。
そんなことが許されるはずがないのに・・・

「はぁっ・・・」

すっかり力の抜け落ちてしまったつくしの体がギュッと大きな温もりに包まれる。

「牧野、結婚するぞ」
「 ____ 」
「さっきも言ったがお前に選択権はねぇ。これは確定事項だ。お前のすべきことはここに署名するだけ」
「でもっ・・・!」

ガッと両手で肩を掴むと、司はもう一度真っ正面からつくしを見据えた。

「いいか。俺に対して申し訳ないとか自分にそんな資格はねぇだなんて罪悪感を感じるんなら、お前は一生俺から離れるな。俺の傍にいてずっと笑ってろ。それがお前が俺にできる唯一の償いだ」
「ど・・・みょ、じ・・・」

どうして、どうして・・・

「俺にはお前しかいねぇように、お前にだって俺しかいねぇだろ? だったら迷わず俺についてこい」

どうして、あんたって男はいつも・・・

「牧野、返事は」
「・・・・・・・・・いい、の? こんな勝手なあたしを許して、ほんとに・・・」
「これ以上ゴチャゴチャと難しいことを考えんな。簡単な話だ。お前は俺のことが好きか?」

どうして強い口調とは裏腹にそんなに優しい顔をするの。
どうしていつもいつもあんたはそうやってあたしを許してしまうの。
こんなに弱くてずるくいあたしを。
俺が好きかって?
そんなの、答えなんて1つしかないに決まってる。
あの日あんたに別れを告げた日から、ずっと。

もう恋なんてしないと誓った。
たとえ共に歩めなくとも、あたしが愛し続けるのはこの世界にただ1人。



「 す、き・・・頭がおかしくなりそうなほどに、あんたのことが、好きっ・・・! 」



6年間ずっと胸の奥に厳重に鍵をかけ続けてきた想いを口にした瞬間、ぼろっと大粒の涙が零れた。

「だったらいい加減運命を受け入れろ。俺たちは何があっても離れられない運命なんだよ」
「ど、みょうじ・・・」
「返事は?」
「えっ?」
「ここに署名するよな? つーか、しろ」

そう言って胸のポケットをトンッと示したあいつの笑顔が、頑なだったあたしの心の鎖をはらりと解かしていくのがわかった。


「・・・うん。もう、迷わない。一生あんたについていく。傷つけた分も全部ひっくるめて、あんたを幸せにしてみせる」
「フッ、言ったな? ぜってーに有言実行してもらうから覚悟しておけよ」
「グズッ、そっちこそ覚悟しておきなさいよ? 我慢してた分あたしの気持ちは重いんだかっ・・・!」

言い切る前にボフッと凄まじい力で引き寄せられると、「そんなんお互い様だ。受けて立ってやるよ」と耳元で聞こえた。


その世界で一番優しい囁きに、あたしの涙腺は崩壊してしまって。
苦しいほどにあたしを抱きしめるその腕の強さが嬉しくて。

・・・幸せ過ぎて。




7年の空白を埋めるように、あたしたちはただひたすらに抱きしめ合った _____





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本当は5話で終わらせるつもりだったのですが、皆さんの反響を受けてもう少しだけ掘り下げ1話増やすことにしました^^
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