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あなたの欠片 1
2014 / 11 / 02 ( Sun )
どうしてかはわからない。

わからないけれど、雨の降る日はいつも切なくなる。
雨粒がまるで涙を連想させるからだろうか。


ほら、今日もまた雨を見て何故だか胸が苦しい。

いつも晴れない霧の中にいるようにその答えが見つからないでいる_____





*****


6年ぶりに降り立つ地は最後にいた時と何も変わらないように見える。
だが、ぼんやりと見つめた画面の中で見たことも聞いたこともない流行の言葉や人物の名前が視界に入ってくると、確実にそこに6年という時間の流れがあったのだということを痛感させられる。

やっと・・・・やっと約束を果たせる。

はやる気持ちをなんとか落ち着かせながら、窓の外の景色に目をやった。
そこは今にも降り出しそうなほどの厚い雲が空を覆っていた。




用意されたタラップへと一歩踏み出す。日本の地を踏むのは実に6年ぶりだ。
あれから6年、その時間は瞬く間だったのか、それとも地獄のように長かったのか。

「司」

タラップを下りた先でかかった声に顔を向けると、そこには充分過ぎるほど見知った顔があった。

「お前ら・・・・なんでここに?」
「道明寺財閥の副社長のようやくの帰国だぞ。俺たちに情報が入らないわけがないだろ」

そう言って近付いてくる二つの影は、やがて大きな男の前で立ち止まった。

「総二郎、あきら・・・・」
「お前元気だったのか?あれからほとんど連絡がつかなくなってさすがに心配したんだぞ」
「・・・・・悪ぃ。そこまで気を回すほどの余裕がなかった」
「・・・・・・・まぁお前が大変だったのはわかってるけどよ。せめて10回に1回くらい連絡が取れてもいいんじゃねぇのか?」
「・・・・・・あぁ」

さすがに悪いと思う気持ちがあるのだろうか、柄にもなくやけに大人しく返事をするだけ。
ふと顔を上げると、二人の後ろに目線を送りながら司が口を開いた。

「ここに来てるのはお前らだけか?類は?」
「あ、あぁ・・・・・・」

どこか歯切れの悪い様子の二人を怪訝そうな顔で見るが、別にここに来なければならないというわけでもない。
しかも何一つ連絡をしない状態での帰国だ。マイペースな類ならば来ないと言ったって何の不思議もない。

「まぁとりあえず車に行こうぜ」
「あぁ・・・・」

総二郎の一言で司は後ろにいた西田と軽く何かの打ち合わせをすると、その足で用意されていたリムジンへと乗り込んだ。


車内は大きな男が3人乗り込んでもなお充分なゆとりがあるほど広い。
コの字の形になったソファに各々腰掛けると、軽くグラスを合わせて乾杯した。

「しばらくは日本なのか?」
「あぁ。最低でも2年はいる。その後はまだ何とも言えねぇけどな」
「そうか。・・・・あれから6年か・・・・」

あきらがリムジンの外を流れていく景色を見つめながらポツリと呟く。

そう。あれから___急遽決まった渡米からもう6年の月日が流れていた。
当初の予定だった4年を優に過ぎ、その間一度たりともこの地を踏むことはなかった。
いや、踏む余裕など寸分たりともなかった。

「あいつ・・・・・・あいつはどうしてんだ?元気なのか?」

ずっと司の頭の中を占めてきたその存在。
二人の口からそのうち出てくるかもしれないとは思っていたが、未だにその気配は感じられない。
自分たちのことを誰よりも知る友人の存在を前にして、このまま聞かずになどいられなかった。

「司、お前どうするつもりなんだ?」

いつになく真面目な顔で総二郎が言う。

「どうするってどういう意味だよ?」
「牧野に会って一体どうするつもりなんだって聞いてんだよ」
「お前何言ってんだ?迎えに行くに決まってんだろ」

何をバカなことを聞いてるのかと不満を滲ませるが、その言葉に総二郎とあきらが互いに顔を見合わせた。

「お前らもう別れたんだろ?」
「はぁ?!何言ってんだよ!んなことあるわけねぇだろうが!」
「でもあれから連絡取ってないんだろ?そんなの付き合ってるなんて言えねぇだろうが」
「それは・・・・・・俺はちゃんとあいつに話したし、必ず迎えに行くってことも伝えてる。だから俺の中では何一つ変わっちゃいねぇ。予定より時間が過ぎちまったってこと以外は」

司ははっきりとした口調で答えるが、変わらず二人の表情は晴れない。

「・・・・でも牧野はそうは思ってねぇぞ」
「あ?」
「あいつ、もうお前と別れたつもりでいるぞ」
「あぁ?!んだとっ?んなわけねぇだろうが!」

背の低いリムジンの中では立ち上がることができないため、司は目の前にいる総二郎の胸ぐらを掴む。
だがすぐに慣れたようにその手は振り払われ、それと同時に信じられない言葉を投げつけられた。

「俺に文句言うなよ。牧野本人が言ってたんだぞ。お前とはもうとっくに終わってるんだって」
「・・・・・んだと?」
「言っとくけど嘘じゃねぇぞ。俺にだけじゃねぇ。あいつ、他のメンバーにも同じ事を言ってる」

初めて聞かされた衝撃の事実に司の目がこれ以上ないほどに大きく見開かれる。
人は心の底から驚くと何も言葉がでなくなるのだろうか。
司はしばらくそのまま何も発することができずにいる。

「だから俺たちはお前とコンタクトを取ろうとしたんだ。でも何をどうやったってお前と繋がることはできなかった」
「・・・・・・・」
「あの令嬢と結婚するのか?」

これまで沈黙を守り続けていた司はその言葉に敏感に反応すると、鬼のような形相で怒鳴り声を上げた。

「するわけねぇだろうがっ!」
「そう思ってるのはお前だけだぞ。あの報道を知ってる人間のほとんどがそうだと信じ込んでるし、・・・・それは牧野だって同じだ」
「ざけんなっ!俺はあいつにちゃんと言ったんだ。必ず迎えに行くから信じて待ってろって」
「だからこの何年も連絡一つ取らずにいたってのか?それはお前の勝手な都合なんじゃないのか?」
「それは・・・・・」

そこを突かれては反論する術がなくなってしまう。
あの時、全ての予定が狂ってしまったあの時、そうすることが最善策だと考えていた。
耐える時間がどれほど長くなってしまうかはわからないが、互いを信じ想い合う気持ちがあれば乗り越えられると信じて疑わなかった。
だがそれは己の勝手な思い込みだったというのか・・・・?

呆然と一人考え込んでいる司にあきらが宥めるように声をかける。

「司、お前がとてつもなく大変だったのはよくわかる。曲がりなりにも俺たちだって今となってはジュニアとして社会に出てるんだからな。だけどそれでもやっぱりお前だけは違うんだよ。俺たちとはレベルが。そんなお前がああいうことになって、その中で何年も連絡一つよこさないってのはあまりにも酷なことなんじゃないのか?」
「俺は・・・・・・」
「責めてるつもりじゃないんだ。ただ、お前が少しでもいいから現状を報告してくれていればあいつはあんなことにならなかったんじゃないかって・・・・・・」

聞き捨てならない言葉にピクリと体が揺れる。

「なんだ・・・?今何つった?まさかあいつに何かあったのか?!」

司の叫びに一瞬だけあきらがしまったと言うような顔をしたのを見逃さなかった。
司はあきらの胸ぐらを掴むと一気にその体を引き寄せてギリギリと迫った。

「言えっ!あいつに何があったんだよっ!!」
「やめろ、司っ!!」
「うるせぇ!早く何があったか言えっ!!」

慌てて横から止めに入る総二郎の言葉などまるで耳に入らず、あきらの体を締め上げていく。
あきらは時折苦しそうに顔を歪めているが、決して口を割ろうとはしない。
そんな様子に痺れを切らした司は掴んでいた胸ぐらを乱暴に振り払うと、運転席の方に向かって叫び声を上げた。

「おいっ、予定変更だ!このまま牧野のアパートまで行けっ!!」


今は既に夜の10時を回っている。本音を言えばすぐにでも会いに行きたい。
だが、己の都合で散々我慢をさせてしまったという自覚がある。
だからこそきちんとした時間にきちんとした形で迎えに行きたかった。
明日、あらためてようやく約束が果たせる時が来たということを伝えにいくつもりだった。

だがもうそんなことは言っていられない。
あきらが言葉を濁すなんて普通じゃないに決まってる。
時間なんて関係ない。今すぐに会いに行く。


「あいつ、アパートにはいないぞ」

「・・・・・・あ?」

だが、そんな司の行動を見透かしたように総二郎が言った。
しかも俄には信じられないことを。

「牧野は今はあのアパートにはいない」

その言葉に司の頭の中が真っ白になる。
そんなことあるわけがない。
確かにあれから直接連絡をすることはなかった。
だがつくしに万が一何かがあったときにはすぐに連絡をするようにとSPに伝えていた。
つくしが引っ越したなんて報告は一言だって受けていない!

「嘘つくんじゃねぇよ!そんな報告は入ってねぇぞ!」
「お前んとこの事情なんて俺は知らねぇよ。でも紛れもない事実だ」

今にも殴りかかりそうな様子の司に溜め息をつくようにあきらが呟いた。

「そんなわけ・・・・・・じゃああいつはどこに行ったんだ?またどっかの漁村に行ったってのか?!」

今この瞬間までつくしが自分を待ってくれていると信じて疑わなかった司の手から力が抜け落ちていく。
そんな司の様子を見つめていた総二郎が静かに告げた。






「あいつは今・・・・・・・・・類の邸にいるよ」








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01 : 29 : 58 | あなたの欠片(完) | コメント(12) | page top
あなたの欠片 2
2014 / 11 / 03 ( Mon )
カツカツカツカツカツカツ

ガチャッ、バターン!


「おはようございます。昨日のお休みで少しは疲れが・・・・・っ!!」

ガッ、ドンッ!!

上司の姿を見て一礼をした男の言葉は最後まで放つことは叶わず、何の前触れもなく突然胸ぐらを掴まれるとそのままの勢いで壁に激突した。男同士だが身長差のあるその体格の違いに、足が浮きそうになるほどの凄まじい力で締め上げられていく。
だが突然のその事態にも男は決して少しの動揺も見せることなく、静かに目の前の人物を見据えている。

「どういうことだ?」
「・・・・・何がでしょうか」
「とぼけんじゃねぇ!お前が何も知らないはずねぇだろうが!」
「・・・・・・・・」

目の前に見えるのは明らかな怒りの炎。
触れたら、・・・いや、見ているだけで全身が焦げ付きてしまいそうなほどの怒りのオーラに満ちている。
服を掴んだ手はギリギリと血管が浮き出るほどに小刻みに震えている。

「誰の指図だ?ババァか?」
「・・・・・・・・・・・」
「言えっ!!!」
「・・・・・・社長は今回のことには一切関わっておりません。全て私一人の判断で行ったことです」
「・・・・んだと・・・?」

予想外の答えだったのだろうか、男の目が驚きに見開かれていく。
虚を突かれた形となり、首を締め上げていた手からほんの少しだけ力が抜けたのがわかる。

「今回のことを副社長にお伝えしないようにとの命を下したのは他でもない私です。社長は何も存じ上げておりません」
「・・・・・ざけんなっ!てめぇ、ぶっ殺すぞ!!」

一瞬だけ緩んだ手が再び力を取り戻し、先程よりもさらに強く首を締め上げていく。
もうほとんどつま先だけで立っている状態で、今にも体が浮きそうなほどだ。
それでも男は決して取り乱すことはない。まるでこうなることをずっと前から予測していたかのように。

「副社長には優先順位というものがあります。あの時の副社長にはそのことを伝えることは・・・・・」
「うるせぇっ!!」

ガッ!!ドサッ

右頬に入った拳で男の体が床に倒れ込む。その勢いでかけていた眼鏡も吹き飛んだ。

「お前は一体誰の秘書なんだ?西田ァっ!!!」

怒鳴り声と共に倒れたままの体に馬乗りになると、再び胸ぐらを掴んで男の上半身を引っ張り上げた。
その目は昔を彷彿とさせるほど鋭く、もうしばらく見ることのなかった怒りを露わにしている。
おそらく普通の人間ならばそれだけで震え上がり身動き一つできなくなってしまうだろう。

「俺が何のために血を吐くような思いでここまでやってきたと思ってる!全てはあいつと一緒になるためだろうが!それなのに・・・・なんでてめぇは何よりも大事なことを俺に言わなかった!!!」

その叫びはまるで泣き声のようにも聞こえるほど悲痛なもので。
だがそれでも西田の表情は変わらない。

「私は副社長の秘書です。あなたの業務が滞りなく遂行されるためにはどんな手段も」
「黙れぇっ!!」

まるで機械のように平然と言葉を連ねていく己の秘書が殺したいほどに憎い。
司は再び振り上げた拳に力を込めるが、じっとこちらを見つめたままの西田の姿にその動きが止まる。

「くそっ!!出ていけ!!」

ガッとその拳を床に叩きつけると、放り投げるように下に横たわっていた西田の体を突き飛ばした。
司は立ち上がると大股で窓際まで移動し、背を向けて窓の外に視線を送った。
西田はそんな司の様子をじっと見つめながら己の体をゆっくりと起こすと、乱れた首元を静かに整えていく。全てが終わると言われたとおりに扉の方へと歩いて行った。
ドアノブに手をかけたところで振り返ると、怒りの炎に満ち溢れている背中へと言葉をかけた。

「副社長、私の判断は間違っていなかったと思っています」

一言、それだけ告げると西田は部屋から出て行った。
一人残された司の拳は尚も震えが止まらない。

「・・・・・・・・・くそったれがぁ!!」

ガタッガシャーーーーン!!!

振り向きざまに視界に入った椅子を蹴り上げる。回転しながら倒れていく椅子が机にぶつかり、机上の書類が激しく散乱した。
本当ならば室内のものを全てぶち壊してしまいたい。西田を本気で殺してやりたい。
だがこれだけでとどめられているのもまた6年の月日が流れたという一つの証明なのだろうか。

「牧野・・・・・」

震える声で呟いた名前は恐ろしいほど静まりかえった室内に消えていった。





*******


「今なんつった・・・・・?」

総二郎の放った言葉の意味がすぐには理解できない。

「・・・・牧野、今は類の邸に世話になってる」
「な・・・にを・・・・?お前何言ってんだ?ふざけてんじゃねぇぞ!」
「ふざけてるわけねーだろが!言っとくけどなぁ!これだって全部お前に伝えようとしたんだ。それでも俺たちとコンタクトを取ろうとしなかったのは他でもない司、お前なんだぞ!」

ダラリと全身から力が抜けていく。
ソファーの支えがなければ膝から落ちていたのではないかというほどに。
信じられない事実を前に司は呆然とするしかない。

「なんで・・・・・・・牧野は・・・・類と・・・・・・?」

数年振りに見る親友のあまりにもらしくない姿にあきらと総二郎も顔を歪める。
だが紛れもない事実なのだからいつかは本人の知ることとなる。

「司、お前の牧野に対する気持ちが変わってないっていうのなら自分の目で確かめてこい」

あきらの言葉に司がハッと顔を上げる。

「ただし条件がある。お前にも事情があってこの数年の時間が流れたように、牧野には牧野の時間が流れてたんだ。お前の一方的な気持ちを押しつけるようなことだけはするな」
「・・・・・・あきら?」
「牧野を本当に大切に思うのならばそれだけは絶対に守れよ」
「・・・・・・」


それから黙り込んでしまった司と共に、車内もひたすら沈黙に包まれた。
誰一人として言葉を発する者はいない。
だが司の瞳には怒りと嫉妬の炎が宿っていたことを気付かないほどバカな二人ではなかった。




「お帰りなさいませ、司様。ようこそお帰りくださいました」
「・・・・・・・・あぁ」

6年ぶりに見るタマは幾分腰が曲がったように見えるが、まだまだ現役バリバリの様相だ。
主の帰国に邸は沸き上がったが、当の本人は帰宅した瞬間からどす黒いオーラを纏っており、タマ以外には声をかけられる者などいなかった。

ろくに会話もせず一直線に自室に戻ると、司は荷物の中からある物を取り出した。
そのまま窓際まで移動して外を見ると、帰宅後に降り始めたのだろうか、外はしとしとと雨が降り出していた。


『牧野は類の邸にいるよ』


信じられない言葉が頭の中を駆け巡る。

何故?
どうして?

その思いだけが己の中を埋め尽くしていく。
今すぐにでもあいつの家に行きたいが、あきらの言葉がそれを引き止める。

徐々にその強さを増していく雨をぼんやりと見上げながら、司は一睡もすることなく夜明けを迎えた。




********


「ご無沙汰しています、道明寺様。どうぞ中へお入りください」

翌朝、いてもたってもいられない司は8時に類の邸へと来ていた。
この日は帰国後の疲れを癒やすためにと与えられためったにない休日だった。
突然現れた男に使用人は驚いていたが、主の親友ともあればすぐに好意的に中へと招いてくれる。

「類様は今ご自身のお部屋にいらっしゃいます」
「・・・・わかった」

使用人からそう告げられると、勝手知ったる友の家とばかりに、網羅し尽くしている邸の中をどんどん進んでいく。
類は自室にいると言った。ではつくしは・・・・?
まさか同じ部屋で過ごしているのだろうか?
万が一にも考えたくないおぞましい事態が一瞬脳裏をよぎる。

ふと大きな窓の外から光が差し込んでいるのに気付いた。
夕べはあんなに降っていたにもかかわらず、今は眩しいほどに太陽が降り注いでいる。いつもならそんなことを気にかけることすらあり得ないのだが、何故だかこの時は不思議と足が止まっていた。
何気なく窓の外へと視線を送ると、そこには数え切れないほどの花に埋め尽くされた広大な庭が広がっている。

・・・・・・と、その花の中にチラリと影が見えたような気がした。

「・・・・・・・?」

何故かはわからない。
だが引き寄せられるようにその影を視線が追った。

次の瞬間

「っ・・・・!!牧野っ!!!!」

言葉よりも先に体が動いていた。
この6年、毎日毎日夢に見ていた。
何よりも大切な、何よりも愛おしい、
己にとって唯一無二の愛する女性。

「牧野っ!!」

花に囲まれながら嬉しそうに微笑んでいた女が、突然目の前に飛び出してきた大きな男の姿にビクリと肩を揺らす。
男は男でようやく目の前に見ることのできた愛する女の姿に、全てのことなど吹っ飛び笑みが零れていた。

「あ、あの・・・・・」
「牧野・・・・・会いたかった」

司は条件反射のようにつくしを引き寄せようと手を伸ばした。

だが次の瞬間その手がピタリと動きを止めた。





「あの・・・・・・・・どちら様ですか・・・・・?」










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08 : 33 : 34 | あなたの欠片(完) | コメント(7) | page top
あなたの欠片 3
2014 / 11 / 04 ( Tue )
色とりどりの花や葉が昨夜の雨粒をその身に纏い、朝日に反射してキラキラと輝いている。
その輝きの中に佇んでいたつくしの口から出た言葉は、その光を一瞬にして真っ暗にしてしまうだけの威力をもっていた。

「・・・・・・・牧野・・・・?」

ようやく絞り出した声は自分でもびっくりするほど掠れていて。

「あ、あの、ごめんなさい。どちら様ですか・・・・・?」

聞き間違いだろうと思っていた言葉が確かに目の前の女の口から再び放たれる。
驚きに目を見開いている男を前に、つくしは申し訳なさそうに、どこか怖がった様子でおずおずと顔を見上げている。

「あ、あの・・・・?」

やっとのことで聞こえてきた声に我に返ると、司は目の前のつくしの肩を両手で掴んだ。

「牧野っ?!お前一体何を言ってんだ?何の冗談を言ってんだよ!散々待たせた俺への仕返しか?!」
「・・・つっ・・・・!」

矢継ぎ早に言葉を続ける司の目の前でつくしの顔が苦痛に歪んだ。

「あっ、悪い。痛かったか?」

ハッとして慌てて掴んだ手の力を緩めたところで初めて気付く。
つくしの左手と左足にはギプスがはめられ、すぐ後ろには電動の車いすが置かれていたことに。

「お前・・・・・その怪我・・・・一体どうしたんだ?!」
「あ、あの・・・・・・」
「一体何があったんだよ!!」

ガラスを扱うようにそっとつくしの肩に手を触れるが、いきなり現れた見覚えのない大柄な男のあまりにも狼狽した様子に、つくしはただただ怯えることしかできなかった。


「怖がってるだろ」


見つめ合ったまま身動き一つできずにいる二人の背後から静かな声が響く。

「類・・・・」
「久しぶりだね、司」

声の元に顔を向けると、やはり数年振りに見る親友の姿がそこにはあった。
類は一瞬だけ司を見ると、その視線をすぐに横にいるつくしの方へと移しながら近付いてくる。

「あまり無理したらダメだって言われてるだろ?」
「あ、ごめんなさい・・・・でも車いすもあるし、少し立ち上がるだけだから・・・・」
「そうやってすぐに気付かない間に無理するのがあんたの悪いところ」
「・・・・・ごめん」
「うちの使用人も牧野がいないって探してたよ」
「えっ!!」
「とりあえず戻りな。ご飯だってまだなんだろ?ほら、座って」
「うん、ありがとう・・・・・」

差し出された類の手につくしは自分の右手を乗せると、ゆっくりと時間をかけて車いすへと腰掛けた。膝の上には立ち上がるときに使うのだろうか、一本の杖が乗せられた。

「牧野様!お連れ致します」
「あ、ごめんなさい・・・・」
「気にされなくていいんですよ」

邸の中からつくしの姿を捉えた使用人の一人が慌てて駆け寄ってくると、にこっと優しく微笑みながら車いすの後ろを押して歩き始めた。
その一連のやりとりを、目の前にいた司はただ呆然と眺めていることしかできない。

「あ、あの・・・・・」

少しも逸らされることのない視線につくしも気まずさを感じたのか、申し訳なさそうに司の方を見上げた。

「とりあえず戻りな。あとは俺に任せておけばいいから」
「・・・・・・・うん。・・・・じゃあすみません、失礼します」

類の言葉に後押しされたのか、つくしは司の方に体を向けて一礼すると、そのまま車いすを押されながら邸の中へと入っていってしまった。

今目の前で見たことは一体何だったのだろうか?
確かにあれはつくしだった。
数年振りに見た彼女は昔の面影を残しながらも、大人の女性として美しく成長していた。

・・・・だが目の前で見たのはつくしであってつくしではない。
一体何がとうなってるんだ・・・・・?

「司」

つくしのいなくなった方向を見ながらただ立ち尽くしている司に類が静かに声をかける。
その声に弾かれたように振り返ると、司は両手で類の服を掴みながら眼前まで迫って問いただした。

「一体どういうことなんだよ?!類っ!!」
「・・・・・・・見ての通りだよ」
「あぁっ?!」

苛立ちを隠そうとはしない司とは対照的に、類は静かに口を開く。

「牧野、記憶がないんだ」
「・・・・・・・・・んだと・・・・・?」

まさか・・・・とは思っていた。
どんな鈍感な人間だってつくしの様子を見ていれば普通じゃないことくらいわかる。
それでも、心のどこかでそれは悪い冗談なのだと信じていたかった。
だが、その一縷の望みも目の前の親友によって紛れもない事実なのだと突きつけられてしまった。

己の知らないところでとんでもないことが起こってしまっていたという現実に、司の足元がガクガクと小刻みに震え始める。服を掴んでいたはずの両手はいつの間にかダラリと下がり、茫然自失している。
類はそんな司の様子をただ黙って見つめているだけ。

「なんでそんな・・・・・・・」
「ここで話すのもなんだから、とりあえず俺の部屋に移動した方がいいんじゃない?」




*******

「類、一体どういうことなんだ?牧野に一体何があった?!」

パタンと扉が完全に閉まりきる前に司が切羽詰まったように切り出す。
だが聞かれた当の本人はゆったりとベッドに腰掛けると、飄々とした様子で全く関係のないことを口にし始めた。

「司に最後に会ったのっていつだっけ?俺がNYに行ったついでに会った時だから・・・・3年くらい前になるんだっけ」
「今はそんなことは関係ねぇだろが!牧野に何があったかって聞いてんだよ!」

昔から予測のつかないマイペースな男だったが、こんな時にまで全く関係のないことを口に出すことに司はとてつもない苛立ちを覚えていた。

「あのことが起きたのも3年前でしょ?」
「・・・・・!」

その一言で言葉を詰まらせた司に顔を向けると、類は口元だけを緩めて笑った。
だがその目は決して笑ってなどいない。

「牧野、健気に頑張ってたよ。いつだって自分の事は二の次。いつだってお前のことを一番に考えて頑張ってた」
「・・・・・・・・・・」

どれだけ我慢をさせてきたのかなんて自分が一番わかっている。
それでも、二人の未来のためには耐えなくてはならないことだった。
だからこそ全ての欲望を無にして死に物狂いで突っ走ってきた。

何故今類がそんなことを言うのかがわからない。
我慢させた咎めならいくらでも受けよう。
だが己の聞きたいこととその答えが一致していない。

この男は一体何が言いたい?

目の前の男の顔をじっと見るがその表情からは真意を伺い知ることはできない。

「頑張ってた、本当に。・・・・・・・でも、頑張りすぎたんだ」
「・・・・類?」
「バカ正直だから、頑張りすぎた」
「・・・・・・・一体なにを」

そこまで言いかけたとき、類の顔からフッと笑顔が消えた。
そして真っ直ぐに司の顔を射貫く。
これまで見た彼のどの表情とも違うその様子に、司は言葉を続けることができない。



「牧野、3ヶ月前に事故にあったんだ」






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あなたの欠片 4
2014 / 11 / 06 ( Thu )
ピピピッピピピッピピピッ

「・・・・・・・・・・」

ピピピッピピピッピ・・

のそのそと出てきた手が携帯を捉えると、小さな室内に響き渡っていた音がプツリと途絶えた。
その手は再び毛布の中へと戻っていくと、ごそごそと布団が大きな山を描く。

「・・・・・・・・・あ~、ダメだ。目が覚めちゃった」

ガバッと布団を捲って体を起こすと、つくしは恨めしそうに携帯を眺めた。

「はぁ~、せっかくの休みなのにアラームセットしたままにしちゃうなんて迂闊・・・・」

だったら二度寝すればいいだけの話なのだろうが、性格なのか体質なのか、つくしはどうも二度寝が上手にできないタイプの人間らしい。溜め息をつきながら立ち上がると、真っ先にカーテンを開けた。6畳一間の小さな空間に目映いばかりの太陽が燦々と降り注ぐ。

「わ~、すっごいいい天気。洗濯頑張らなきゃ」

そう言うとキッチン・・・と言えるほどの広さでもないが、そこへ移動しケトルの電源を入れる。お湯を沸かしている間に洗面所へ移動して軽く身だしなみを整える。戻って来た頃にはちょうどお湯が沸いていて、ティーパックで紅茶を煎れる。それを持ってベッドに腰掛けると窓の外を眺めながら手元の紅茶を一口飲み込んだ。

「あ~、あったまるなぁ・・・・」

日常化している一連の動作を終えると、つくしはぼんやりとそんなことを呟いた。
半分ほど飲むとキッチンへと戻り、軽く朝食を取るためにパンをトースターに放り込む。焼いている間にテレビのスイッチを入れると、いつもなんとなく見ているニュースが流れ始めた。チーンという音がしてからトーストを取り出すと、バターを片手に小さなテーブルの前に座った。

「いただきま~す」

なんの味気もないパンにかじり付くと、もぐもぐ咀嚼しながらつけたままのテレビをあてもなくただ眺める。今流行の商品が紹介されていたり、今日の天気を紹介したり、いつもとさして変わらない内容が流れていく。そうこうしているうちに全てを食べ終え、片付けでもしようと立ち上がった。

『・・・・・・・・・・道明寺ホールディングスがアメリカの資本会社マキシリオンと近く業務提携することが正式に発表されました。これに伴いかねてから噂されていたご令嬢との結婚も正式に公にされるのではないかと言われています。なお・・・・・・・・』

背後から不意に聞こえてきた言葉につくしの体がピタリと止まる。ゆっくりと振り返り画面をじっと見つめていたが、やがて何事もなかったかのようにキッチンへ移動すると黙々と後片付けを始めた。


******

ガーガーガー・・

ピンポーーン

「・・・あれ?誰だろう・・・・」

2回目の洗濯をしている間に掃除機をかけていたところで聞こえてきたインターホンの音に顔を上げる。スイッチを切って来客の可能性を考えるが何も思い当たらない。

ピンポーン

そうしているうちに再びその音が響く。つくしは静かに移動するとドアスコープからそっと外を覗き込んだ。そこから見えた人物に驚くと、慌てて施錠を外し扉を開けた。

「おはよ」
「突然どうしたの?!」
「今日俺とデートしてよ」
「へっ?」

鳩が豆鉄砲を食ったように間抜け面をするつくしに、目の前にいる男はプッと吹きだした。

「だからデート。なんだっけ、牧野が前に言ってたなんとかパフェってやつ?あれを見てみたくなったから連れてってよ」
「類・・・・・」

突然目の前に現れた類に驚きを隠せないが、この男がそうと言い出したらもうそのペースを崩すことはできないことを知っているつくしは、クスッと呆れたように笑いながら頷いた。

「・・・・・いきなりなんだから。わかったわよ。でも今掃除してるからもうちょっと待ってくれる?お茶入れるから上がって待っててよ」
「わかった」



「・・・・・・ぷぷっ」
「・・・何?」
「い、いや、類にはこの部屋は似合わなすぎだと思って・・・・・ぷ、あはははっダメだっ!」

我慢の限界を超えたのか、ついにはつくしはお腹を抱えて笑い出してしまった。

あれから類を部屋に上げてお茶を出すと、つくしは急いで片付けを始めた。2回目の洗濯物を干し、あらかたの用事を済ませてふと室内に目をやると、そこにはどう考えても不釣り合いな王子様然とした男が座っている。6畳一間の小さな円卓にぽつんと座っているその姿を見たら・・・・・もう笑いが止まらない。

「・・・・・・そんなこと言ったって仕方ないだろ。ここしか座れないんだから」
「うんうん、そうだよねっ・・・・・でも、でも・・・・・あははははっ!」

それでもなお笑い転げるつくしに怒るでも文句を言うでもなく、類はただじっとその姿を見つめている。

「あはは・・・・・・何?何かついてる?」
「いや。あんたがそんなに大口開けて笑ってるの見るの久しぶりだなと思って」
「・・・類・・・・・・」
「で?準備は終わったの?」
「えっ?あぁ、うん。大丈夫」
「じゃいこっか」

そう言ってスッと立ち上がると、類は颯爽と玄関の方へと歩き出した。つくしはそんな類に慌てて鞄を手にするとその後を追いかけた。




*****

「ぷ、くくくくっ・・・・・・・」
「・・・・・・・・・何」
「だっ、だって、似合わなすぎっ・・・・・ぶくくくっ!」

さっきとまるで同じようにお腹を抱えて笑っているつくしだが、大声を出さないのはここがお店だからだろうか。必死で声を殺しながら涙を浮かべている。類はそんなつくしを不服そうに見ている。

「だって俺は食べるって言ってないだろ」
「うんうん、それもわかってるんだけどね。どうしても類の前に置いてみたかったっていうか、あはははっ!」
「・・・・・もうわかったらそろそろ食べなよ。溶けちゃうだろ」
「う、うんっ・・・・・」

ひーひーと涙を拭いながら類に差し出されたものを受け取ると、つくしはスプーンを手にそれを一口口に放り込んだ。

「ん~、おいしいっ!!」
「・・・・・よくそんなのが食べられるね」
「え~?連れてきてって言ったの類じゃん!」
「俺は見たいって言っただけ。でもここまでだとは思ってなかった」

類はそう言ってもう一度目の前のものを呆れたように見つめた。
今つくしがおいしいおいしいと口にしているもの。それは通常の3倍ほどはあるかと思われるビッグパフェだ。たっぷりの生クリームにアイスにプリン、色とりどりのフルーツがのったそれはミラクルパフェという名前で、どうやらつくしのOL仲間の間で今大流行しているらしい。一口食べるだけでもうんざりなのに、よくもこれだけの大きさのものがこの体に入るものだとある意味感心もする。

「甘いもの嫌いだもんね~」
「見てるだけでも胸焼けしてきそう」
「あははっ!じゃあなんで見たいなんて言ったのさ~」
「世の七不思議巡りみたいな感じ?」
「あはははは!七不思議って」

つくしは笑いながらも次々にパフェを口にしていく。類は最初こそ見ているだけでも気持ち悪いと思っていたが、気が付けば面白いほどつくしの胃袋に消えていくその様子を楽しそうに観察していた。
そして大半を食べ終わったところでつくしが動かしていた手を止めると、静かに口を開いた。

「・・・・っていうかさ、私のためだよね?」
「え?」
「私のこと心配してくれたんでしょ?」
「・・・・・・牧野・・・」
「あはは、そんな顔しないでよ。あのニュースで私が傷ついてないかって心配してくれたんでしょ?相変わらず類は優しいなぁ。・・・・・ありがとね。でも大丈夫だよ?もうとっくに吹っ切ってることだし」

あはっと笑うと再びパフェを口に放り込む。類はそんなつくしの姿をじっと見つめている。

「会いに行きなよ」
「・・・・・え?」

類の口から出てきた予期せぬ言葉にパフェに差し込んだスプーンの動きがピタッと止まった。

「司に会いに行きなよ。ちゃんと会って話してきな」
「な、何を・・・・・・・・そんな必要ないよ。私たちはもう終わってるんだから」
「そう思ってるのはあんただけだろ?司はちゃんと納得してるの?」
「それは・・・・」

それ以上言葉を続けられずにつくしは俯いてしまった。

「何のために今まで頑張ってきたの。途中で諦めてあんたは本当に後悔しないの?」
「・・・・・・・」
「たとえ同じ結果になるんだとしても、ちゃんと直接話してきた方がいい」

類は変わらずつくしから視線を逸らさないが、俯いた顔には髪がかかっていてその表情を確認することはできない。だがしばらくの沈黙が続いた後上げたつくしの顔には笑顔が浮かんでいた。

「・・・・ありがとうね、類。本当に。その気持ちは凄くありがたいと思ってる」
「・・・・・牧野?」
「でもね、自分の中でもう決めたことなんだ。・・・・・・あいつが本気で頑張ってるのがわかってるから。・・・・・・だから、私たちはこうするのが一番いいの。もう決めたの」
「牧野・・・・・・」
「ふふっ、だからそんな顔しないでよ!私全然後悔なんてしないし、不幸でもなんでもないんだから。大丈夫っ!類がそんな顔してたらまるで不幸な人間みたいになるじゃない」
「・・・・・・・・」
「さっ、この話はもうこれで終わりっ!じゃあラストスパートで食べないとね」

カラッとした笑顔を見せるとつくしは残ったパフェを食べ始めた。類は何かを言おうと口を開いたが、目の前のつくしを見てその口をつぐんだ。
結局それ以上言葉をかけることができないままただつくしを見つめていた。





「ほんとにご馳走になっていいの?」
「俺が誘ったんだもん。当然でしょ」
「・・・・・じゃあお言葉に甘えて。ご馳走様でした」
「どういたしまして。またデートにつきあってよ」
「うん」

つくしがお手洗いに席を立っている間にいつの間にやら類が会計を済ませてしまっていた。
性格的に恐縮しながらも、どれだけ言ったところでお金を受け取るような人ではないと諦め、つくしは素直にその厚意を受け取ることにした。

「じゃあ送っていくよ」
「あ、ここでいいよ。私ちょっと寄りたいところがあるんだ」
「そうなの?」
「うん。多分類が来るには合わないところだろうから一人で行って電車で帰るよ」
「俺は別に気にしないけど。でもあんたがそう言うならわかった」
「今日はほんとにありがとね。おいしかった」
「俺も面白いものが見られて楽しかったよ」
「あはは、面白いって。・・・じゃあまたね!」
「うん。気をつけて帰れよ」
「わかってるよ。じゃあねっ!」

笑顔でぶんぶん手を振りながら遠ざかっていくつくしの姿を、類は視界から消えてもなお立ち尽くしたまま見つめ続けた。



*****

「・・・・・・・あ、いっけない。いつの間に青になってたんだろ」

類と別れてから交差点でぼんやりと信号待ちをしていたが、待っていたはずの信号はとっくに青になっていて、さらには点滅を始めていた。
つくしはハッと我に返ると慌てて横断歩道を駆けて渡り始めた。



一方の類もとっくにつくしの姿は見えなくなっていたが、ただぼんやりとその場に立ち竦んでいた。後ろから歩いてきた人にぶつかられてようやく意識が戻ってくる。

「・・・・・・・・あんたの大丈夫は全然大丈夫じゃないんだよ」

ぽつりと呟くと、ゆっくりと振り返って歩き始めた。







キキィーーーーーーーーーーッドンッ!!!!!!







それと何かの衝撃音と悲鳴が響き渡ったのはほぼ同時だった。







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00 : 01 : 00 | あなたの欠片(完) | コメント(13) | page top
あなたの欠片 5
2014 / 11 / 07 ( Fri )
運命の歯車が狂い始めたのはいつからだったのか。



あの雨の日だったのか、
渡米が決まったときだったのか、
あるいは3年前のあの日だったのか。

それとも全てははじめからそうなべくしてなった運命だったのか_______








司が渡米して3年。
多忙な日々を送りながらも全ては順調だった。
あれだけ奔放な10代を送っていた男が副社長に就任することに対し、心中快く思わない者がいるのも事実だった。司の蛮行を振り返ればそれも当然の感情だろう。
だがひとたびその身をビジネスに投じれば、その疑心暗鬼だった思いはたちまち払拭されていく。名ばかりのバカなジュニアだとばかり思っていた男は、その年齢からは想像もつかないほどの鋭いビジネス感覚を持ち合わせていた。余計なものは容赦なく淘汰し、光ると見れば鋭い眼光で磨き上げていく。
ジュニアだからではない、司は己の力で自らが後継者に相応しいのだということを浸透させていった。


だがそれは本人の努力だけでは到底無理なことだった。
牧野つくし___
何の変哲もないただの庶民の女。
その女の存在こそが司の原動力の全てだった。

彼女に出会わなければ、司は一生暗闇の中を彷徨い続けていただろう。
気に入らない者は問答無用で破壊し、金で揉み消し、闇に葬り去る。
それを悪いことだなんて少しも思わなかったし、顧みることすらあり得なかった。
司にとって、大財閥だろうとそんなことはどうでもよかった。
自分の代でぶっ壊してしまっても構わないとすら思っていた。
それほどに毎日がつまらなく、バカバカしく、何の生きがいも見出せない人生だった。

あるのは金だけ。
湯水のように溢れる金はあっても、心が満たされたことはただの一度もない。
破壊行為でしか満たされない心は虚しさを招くだけ。
だが当人はそれが虚しさだと気付かない。
やり場のない原因不明の苛立ちを晴らすように再び破壊行為に出る。


一生出口の見えない暗闇を彷徨い続けるのかと誰もが思っていた。




だが彼は見つけたのだ。
己を唯一照らしてくれる光を。
その光は頑なだった氷をいとも簡単に溶かし、温めていく。
彼女と出会ったことで痛みを知った。
痛みを知ったことで己の過ちに気付くことができた。
そうしてその光は男を一人の人間へと導いていく。

光を、彼女を手に入れるためならどんなことでもできる。
忌み嫌っていた魑魅魍魎としたビジネスの世界へ身を置いても、その先にあるのが彼女との未来であるならば。

ただその想いだけが司を突き動かしていた。




つくしと最後に会ったのはイタリア___類の計らいで会ったあの時だ。
あれから2年以上、一度も会うことはできていない。
楓の嫌がらせとも取れる仕事の入れ方により、日本に帰国するチャンスは一度もなかった。
何度かNYに来るように打診したが、つくしは学業とバイトに勤しむ日々を送り、それに加えて司が常に多忙なことに遠慮してばかりで結局来ることはなかった。

本音を言えば会いたいに決まっている。
会いたくて、会いたくて、毎日夢に見るほどその存在を欲していた。
だが、その会えない日々がまた二人を強くしているのも事実だった。
明確なゴールのために、ただひたすらに日々を懸命に生きる。
そうすることで結果的に司のビジネス界での評価もうなぎ登りに上がっていくこととなった。
考えてみれば、それも全て楓の計算の内だったに違いない。
メールと電話だけの日々が続いたが、互いの心は不思議と満たされていた。


そうした日々は瞬く間に過ぎ、約束の4年も残すところあと1年を切った。
一部の人間のやっかみこそあったが、司の立場は名実ともに認められるものとなっていた。
あとはアメリカでの業務を全て終えて日本に帰国する。
そしてつくしを迎えに行く。
それだけだった。
そうなると誰もが信じて疑わなかった。






だが事態は急変する。
現場に復帰して1年が経っていた司の父親が急死したのだ。
まさに青天の霹靂。会長である父親に楓、司、これ以上ない盤石の布陣でこれからの道明寺ホールディングスが一体どれだけの成長を遂げるのかと、いい意味で想像もつかないと思われていた中での急逝。
病休から復帰してこれからだと思っていた矢先でのこの事態に、誰もが混乱した。


そしてその混乱に便乗する形で社内にほんの一部潜んでいた反勢力がクーデターを起こした。
それは主に現副社長である司の過去のゴシップ暴露という形でなされた。
これまでならば事前に察知して表に出すことを食い止められていたが、会長の急逝という一つのパニックが起こっている最中では対処が後手に回ってしまった。

一度公になってしまってはもうマスコミの格好の餌食となるばかり。会社の混乱との相乗効果を狙い、暴力沙汰だけではなく数々の女との乱交パーティまで、あることないこと掻き立てるマスコミが続出した。
大半がでっち上げの捏造記事だったが、その中には司が昔引き起こした紛れもない事実が含まれていたこともあり、火消しはそう簡単にはいかなかった。

過去最高にまで上がっていた株価はこの一連の騒動で大暴落し、会社は一気に窮地へと立たされていく。
当然ながら今の司を知る者は真実がどうであるかを主張した。最初こそ司に対して不信感を抱いていた者も、彼と共に仕事をしていくうちに信を得るだけの人物だとその意識が変化していたからだ。

だが人という者はいい加減なもので、時として何が真実であるかよりも、どちらが「面白いか」にその興味を奪われる。大財閥の副社長のゴシップは、一つの偽りがまた新たな偽りを生むという形でより状況を厳しいものへと追い込んでいった。




そしてこのことがつくしと司の運命を大きく変えていくこととなる。







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