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甘い戦争
2014 / 10 / 29 ( Wed )
カチャカチャカチャ、カチッ・・・・

難しい顔で目の前の画面と睨み合いをしながら時折時計に目をやる。
あれから30分。・・・・・・もうすぐだろう。

そう思ったのとほぼ同時に、下から騒がしい音が聞こえてきた。

「やっと来たか」



『バイト終わったよ!これから向かいます。(お迎えはいらないから!)だいたい30分くらいかな』



先程つくしから入ったメール。

今日は久しぶりに丸一日休みだった。
だから邸でゆっくり過ごすぞと連絡をしたところ、こともあろうに『ごめん、バイト』とほざきやがった。
あの野郎、このところ忙しくてほとんどデートらしいデートもできてないっていうのに、バイトの一言で終わらせようとしやがった。それが愛する恋人に対する言葉かよ?
だったらせめてバイト後に来いと説得してなんとか約束を取り付けた。

司は今すぐにでも廊下に飛び出して行きたい気持ちをグッと抑える。
つくしが一体どんな表情でこの部屋に入ってくるのかを楽しみにしていようと、全神経が背中に引っ張られながらも再び目の前の書類とパソコンへと向き合った。


******


カチ、カチ、カチ、カチ・・・・・・


時計の音が広い部屋にやたらと響き渡る。音が聞こえるごとに司のイライラは募っていく。

「・・・・・・・・・いくらなんでも遅すぎだろっ!!」

そわそわ浮き足立つ気持ちを抑えながら待っていたが、待てど暮らせどつくしが現れる気配がない。
もう我慢の限界だとばかりに立ち上がった。その勢いで椅子が倒れたことなんて気づきもしない。
どんな顔かを見るのが楽しみなんて思っていた心はどこへやら、立ち上がるが早いか司は凄まじいスピードで部屋から出て行った。

「あいつどこにいるんだ?」

ここに来ていることに間違いはない。
つくしが来たときにはいつも邸が騒がしくなるから。はっきり言って自分が帰宅したときよりも歓迎されている。
ざわつきが聞こえてからもう優に15分は経過している。おそらくどこかに寄り道をしているのだろう。
普通は真っ先に俺の所に来るもんじゃねぇのか?!

いつもは気にもならないのに、無駄に広すぎると感じてしまう邸を苦々しい気持ちで歩き回る。
と、どこからともなく楽しげな声が聞こえてきた。


「・・・・・いいんですか?」
「いいんですよ~!いつもお世話になってるのでほんの気持ちです」
「でも司様が・・・・・」
「そんなの気にしなくていいんですって!どうせあいつはいらないんですから。貰ってやってください」


どうやら厨房から聞こえてくるらしい親しげな会話に司の心中はますます落ち着かなくなる。
会話の相手はおそらく料理長である柴田だろう。40代だがまだ独身の男だ。
あらぬ妄想を頭の中で繰り広げながら急いでその場所を目指して走る。

「では御言葉に甘えて遠慮なくいただき・・・・・」

バアアアアアァンッ!!!!

「ヒッ!つ、司さま・・・・・!」

扉がもげてしまうのではないかと思うほどの力で開いた瞬間、中にいた人影が飛び上がった。男に至っては1メートルほど飛んだのではないかと思うほどに驚きと恐怖に満ち溢れている。
それもそのはずだろう。この邸の主が額に何本もの青筋を立てて自分を睨み付けているのだから。

「あ、道明寺。どうしたの?そんな顔して」

だが向かい合うつくしはそんなことは何処吹く風。司の不機嫌さの理由など全く思い当たらず、へらへらと笑っている。

「お前・・・・何してんだ?」
「え?あぁ、これ?実は昨日お菓子を作ったんだけどちょっと作り過ぎちゃって。食べきれないからお裾分けしようかなぁって。で、柴田さんにはこの前ケーキをご馳走になったからそのお礼にと思って持ってきた・・・・」

「よこせ」
「えっ?」

つくしの言葉を最後まで聞くことなく司がズイッと一歩前に出る。
だが出たのはつくしの前ではない。柴田の前だ。
男性としては比較的小柄な柴田に覆い被さるように上から見下ろして右手を差し出している。
その顔はどう控えめに見ても怒っているとしか思えず、柴田は硬直している。

「よこせ。早く」
「ちょ、ちょっと道明寺?!あんた何言ってんのよ!」
「うるせぇ、お前は黙ってろ。おい柴田、早くそれをよこせ」
「は、はいっ・・・・・・!!!」

柴田は顔を真っ青にしながら両手で手に持っていた物をペコペコと差し出した。
もはや恫喝も同然だ。

「ちょっと!それは柴田さんにあげたものなんだよ?何すんのよ!」
「うるせぇ!それは俺のセリフだ!俺の部屋に来るのに一体何日かかるつもりなんだよ?!」
「少し寄り道してただけじゃん!」
「何が少しだよ。一体どんだけ待たせりゃ気が済むんだよ?!いつまで経っても来やしねぇから様子を見に来てみれば他の男にイチャイチャプレゼントなんかしやがって・・・・」
「はぁ~?ばっかじゃない?!イチャイチャなんてしてないじゃん!それに柴田さんはいつも良くしてくれてるから・・・・」

突如目の前で始まった言い争いに、司相手にこんなにはっきり物が言える人間がこの世に本当にいたのだとある意味感動しつつも、柴田は慌てて仲裁に入る。

「牧野様!いいんです。私のことならお気になさらないでください。お気持ちだけで充分嬉しいですから・・・」
「でもこれはせっかく柴田さんにって・・・・」
「いいから、ほら、行くぞっ!!」
「ちょっ。ちょっと?!待ってよ!柴田さんに・・・・・・・・っ!」

全く納得していないつくしの腕を掴むとそのまま司は厨房を後にした。つくしがギャアギャア何か文句を言っているが、そんなことお構いなしにズンズン引き摺るようにして自室へと向かっていく。
柴田は遠ざかっていく声を聞きながら、うっかり食べてしまった後に気付かれなくて良かったと、命拾いしたことに心底安堵していた。



バタンッ!

「ちょっと道明寺!ほんとにどういうつもり?!」

部屋に入るなりつくしが食ってかかるが、司も負けじとつくしを睨み付けた。

「お前こそどういうつもりだよ?俺以外の男に何かをやるなんてよ」
「何かって・・・・ただのチョコじゃん!」
「チョコだろうと何だろうとダメに決まってんだろうが!しかもあいつは独身だぞ?!」

司のその言葉につくしの目が驚きに見開かれる。さっきから何を怒っているかと思ったら・・・
つくしは腹が立っていたことも忘れて思わず吹き出してしまった。

「何?もしかして嫉妬してるの?相手は柴田さんだよ?そんなことあるわけないじゃん!っていうか、殺されるのがわかってるのに万が一でもそんなこと考える人がいるわけないじゃん!」
「うるせぇ!相手が誰であろうと男にものをやったりするんじゃねぇよ。俺以外にやるのは許さねぇ」
「プッ!・・・あんたの嫉妬深さは異常すぎ。だって、あんたチョコなんて食べないでしょ?甘いもの嫌いじゃん」

呆れたように笑い飛ばすつくしをしばし不満そうに見ていた司だったが、突如何かを閃いたように笑う。
すぐ傍にある椅子に腰掛けると、尚も笑いが止まらないつくしの手を引き自分の膝の上へと乗せた。

「ちょ、ちょっと?!」

突然のことに驚きつくしはジタバタと暴れ回るが、後ろからガッシリとお腹に回された腕が動きを完全に封じてしまっている。

「食えるぜ」
「えっ?」
「チョコ、食えるぜ」

そう言うと、司は手にしていた包みを片手でいとも簡単に開いていく。
やがてハートの形をしたチョコレートがいくつか入っているのが見えてきた。
司はよりにもよってハートの形をしたものを男にやろうとしていたのかと、チッと舌打ちをした。
忌々しい気持ちを残しつつ一粒取り出すと、ポカンと自分の行動を見つめているつくしの口に何の前触れもなくチョコを突っ込んだ。

「ブッ?!」
「そのまま食うんじゃねぇぞ。それを食うのは俺なんだからな」
「?!」

もごもごとチョコを口に含んだまま驚きを見せるつくしに不敵な笑みを向けると、司は軽く口を開けながらサラッと言った。

「お前が食わせろよ。口移しで」
「・・・・・・っ?!」

大きい目がさらに大きく見開かれて今にも零れ落ちそうなほど。司はそんな様子に笑いながらつくしを見下ろしているが、当の本人は即座にブンブンと頭を横に振り回している。

「お前がしねぇなら俺から自分で食いに行くぞ。どっちがいい?5秒前、4、3・・・・」
「・・・・・っ!!」

つくしは目の前にいる男を驚愕の顔で見ているが、この男はやると言ったことはやる。そういう男だ。
食うか食われるか、二者択一しかないのならば・・・・

「2、1・・・・・・!」

全くもって理不尽且つ納得はいかないが、食われるよりはまだましと判断したつくしは司の頬を両手でガッと掴み、なるべく深入りしないようにに唇をつけた。既に開いている司の唇の隙間から恐る恐る大部分が溶けてしまったチョコレートを差し込むと、すぐに顔を離す。

「・・・・・甘ぇ」

苦々しい顔でそう呟いた司が唇にはみ出ていたチョコをぺろりと舐める。その姿が何とも艶っぽくてつくしは直視できない。必要に迫られたとはいえ、あらためて自分のしたことが恥ずかしくてしょうがない。

「だから言ったじゃん!あんたは食べないでしょって」
「・・・・でもこういう食べ方なら悪くねぇな。あと何個残ってんだ?まだあっただろ」
「えっ?!」

予想外の一言につくしが固まる。ま、まさか全部・・・・?
ハッと気が付いたときには司の手が包みに伸びていて、我に返ると疾風の如く横から残りのチョコレートを奪い取った。

「おい、取るんじゃねぇよ」
「だ、だめだめだめっ!!これは私のなんだから!!」
「お前のものは俺のもんだろ?早くよこせ」
「だめっ!これは私が食べるの!!」
「何言ってんだ、もともと柴田にやるつもりだったんだろうが。っつーか、お前がその気なら俺も本気出すぜ?」

ひっ・・・!なんて恐ろしいことを。
この男が本気を出したら自分なんてひとたまりもない。しかも今はまだ日も高い昼だ。
少しでもいい雰囲気になればそのまま押し込まれてやりたい放題やられるに違いない。
そう考えただけで背中からゾクッと震え上がる。

「あっ、おいっ!どこに行くんだよ!逃げんなコラァっ!!」

身の危険を感じたつくしは一瞬の隙をついて膝から飛び降り、一目散に扉へと逃げ出した。
だがすぐに司が猛スピードで追いかけてくる。

「きゃーーーーーーーっ!!!追いかけてこないでよぉっ!!!」
「じゃあお前が止まれっ!止まらねぇとすげぇことすんぞ!」
「ひぃいいいいっ!タ、タマさーーーーーーん!柴田さーーーーーん!助けてくださいっ!!!!」
「待てコラァ!!」
「きゃーーーーーきゃーーーーきゃーーーーーーっ!!」
「くそっ、てめぇはなんでそんなに逃げ足が速ぇんだっ!!」



休日の穏やかな邸に響き渡る悲鳴と怒号。
邸にいる人間が固唾を呑んでその声に聞き耳を立てているが、誰一人としてつくしを助けようとするものはいない。

「ぎゃ~~~~~っ!!神様仏様ぁ!どうかお助けを~~~!」
「うるせぇ!散々手こずらせやがって。せっかくの休みに疲れさせんじゃねぇよ!」
「ぎゃーーーーーー!だれかぁ~~、たすけてぇ~~・・・・・・!・・・・・・・!」

廊下を走り回る音がしばらく続いていたが、そのうち一際大きな悲鳴が轟いたかと思うと、次第にその声が小さくなっていく。やがて主の部屋の方向でその音も完全に聞こえなくなってしまった。

そこで繰り広げられているのは戦争なのかそれとも・・・・・?



邸にいた全ての人間が思うことはただ一つ。



どうか牧野様が無事に生還できますように、と。





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