あなたの欠片 43
2014 / 12 / 23 ( Tue ) 「ねぇつくし、司と旅行に行ってたんでしょ?」
「えっ?!う、うん・・・」 どうしても怪しい方向に話を持っていこうとする総二郎、あきらを押しのけて奥のソファーまでやって来てホッとした矢先、おもむろに滋がドキッとすることを口にした。 ま、まさかこれは・・・ 「えー!それってさ・・・やっぱりそういうこと?!」 「そ、そういうことって?」 「そんなん決まってるじゃーん!ついに司とエッチし」 「わーわーわーわー!!ちょっと、声が大きいからっ!!」 向こうにも聞こえるほどの声でとんでもないことを口走る滋の口を慌てて押さえる。 「っていうか先輩の声の方がよっぽど大きいですよ」 「うん、あたしもそう思う」 「うっ・・・」 桜子と優紀の視線が痛い。 「っていうか!どうなの?!5日も一緒にいればさすがにしちゃったよね?」 あっさりと手を解かれると、滋の攻撃は止まることなく直球でぶつかってきた。 やっぱり・・・誰といても結局はこうなってしまうのか。 つくしははぁーーっと溜め息をつくと、どうにもこうにも逃げられそうもないと観念してゆっくりと頷いた。 「うん・・・・・・一応、ね」 「きゃーーーっ、やっぱり!っていうか一応ってなによ、一応って?!」 「いや、わかんないけど・・・一応?」 色めきだつ3人にへらっと曖昧な笑みを向ける。 「良かったですね、先輩。ようやくですか」 「あ、ありがと・・・って言うことなの?!これって。恥ずかしすぎるんだけど」 「なんでよ~、おめでたいことじゃん!つくし達の場合ようやくなんだからさ。素直におめでとうでいいんだよ」 「そうだよ、つくし。おめでとう」 「う・・・あ、ありがとう・・・」 やっとエントランスでの視線から解放されたと思ったのに、目の前にいる3人はそれ以上に目がキラキラ光っている。・・・これはこの後が怖すぎる。 「で? どうだった? 初体験の感想は」 ほら。さっそく来た。 「うーーん・・・痛かった、としか言いようがないかな」 「確かに痛いですよね。私も泣いちゃいましたから。ましてや初めて同士だと尚更そうかもしれませんね」 「あれはねー、何で女ばっかりこんな痛い思いしなきゃいけないんだ!って思うよね」 「うんうん」 全員がそうだそうだと大きく頷くってことは、自分以外はとっくに経験済みってことなのね。 まぁこの歳だもん。当然か・・・ 「でもさー、司ってああ見えてめっちゃくちゃ優しくしてくれそうじゃない?」 「あ、それは私も思います。なんだかんだで根本は優しい方ですよね」 「その辺りはどうなのよ、つくしっ?!」 つくしにピッタリ貼り付くように移動してきた滋がさらにノリノリで尋ねる。 「そ、そんなのわかんないよ!あたしだって初めてなんだもん。そんなこと考える余裕なんてなかったし」 「まぁそりゃ確かにそうだね」 「・・・でも、すごく優しくしてくれたんだとは思う。・・・怖くはなかったから・・・」 ぽつり、ぽつりと噛みしめるように呟くつくしに滋の顔が綻んでいく。 「うんうん、よかったねぇ。なんか、巣立っていく雛を見守る親鳥の心境だよ」 「あはは、何よそれ」 「だって色んなことがあったじゃん!やっと一緒にいられると思ったら司にああいうことがあって、司の問題が解決したと思ったら今度はつくしにあんなことがあって・・・・・・」 「滋・・・・・・」 またしても瞳が揺れ始めた滋の腕を掴むとつくしは微笑んだ。 「ありがとう。皆には本当に感謝してる。記憶がない間も、皆とはずっと前から親友だったんだ・・・って素直にそう思えたんだ。不思議だよね。記憶にはないのに、スーーっと自分の中に皆が入ってきたんだよ」 「つくし・・・」 「だから仮に記憶が戻らなかったんだとしても、皆があたしの親友であることに何も変わりはなかったよ。・・・まぁ戻ってくれた方がありがたいけどね」 そう言ってペロッと下を出して笑う。 「つくし・・・・・・つくしぃ~~~~~っ!!!」 「わぁっ?!」 ドスッと正面から突進されたつくしの体が背中からソファーに倒れ込む。そんなつくしに覆い被さるように滋はまたしてもおいおいと泣いて喜んだ。控えめな胸に顔を埋める形でごそごそと動かれてくすぐったいったらありゃしない。 「ちょっと滋さん、先輩が困ってるじゃないです・・・・・・あら?それは?」 後ろから滋の背中に手を置いた桜子の視線がある一点でピタッと止まる。 「え、なになに?って・・・あぁっ!!」 さらに桜子の後ろから顔を出した優紀の口からも悲鳴が上がる。 意味がわからない滋も何事かと2人の視線の先を追っていくうちに、みるみるその目が見開かれていく。 「ちょっ・・・滋っ、さすがに苦しいからどい・・・」 「何これっ!!!」 「ひぇっ?!な、なにがっ?」 やっとお腹の上からどいたと思えば今度は凄い力で手を掴まれた。 鳩が豆鉄砲状態のつくしは何が何だかさっぱりわからない。 「この指に輝いてるものは何っ!!!!」 「え?あ・・・・・・」 滋がガシッと掴んだ手、3人の目が見つめる先には今日も目映いほどに輝いている指輪が威風堂々とその存在を主張している。絶対に外すことは許さねぇ、何のために小さめの石にしたのかわからねぇからなと、旅行先でこれでもかと司に釘を刺されていた。 「これって婚約指輪ですよね?」 まじまじと指輪を観察した桜子がズバリ核心を突いてくる。 「うっ、・・・・・・うん」 「「「きゃ~~~~~~~っ!!!」」」 その言葉に3人からどこぞのアイドルのコンサートかと思うほどの黄色い声が上がる。 目はハートになって指輪に釘付けだ。 「司にしては小さめの石にしたんだね」 「先輩が嫌がってつけなくなるのを避けるためじゃないですか?」 「あ、そういうことか。納得」 「でも見てくださいよ。一つ一つの石は超極上の品質のものばかりですよ。しかも中央はブルーダイヤじゃないですか。さすがは道明寺さんですね」 桜子がうっとりとしながら溜め息を零す。 「え、ブルーダイヤってそんなに凄いの?」 「・・・・・・先輩、自分がどれだけ価値のあるものを持ってるか少しは自覚してくださいよ」 「え」 「つくし~、ダイヤの中でもブルーダイヤは特に希少価値が高いんだよ。お金持ちでもそんなに簡単には手に入んないの。しかもこのクラスのクオリティと大きさなら尚更だよ」 「そ、そうなの?!」 「そうですよ。億は下らないでしょうね」 「お、億っ???!!!」 桜子の言葉につくしの声が思いっきり裏返る。 あの司のやることだ、相当な高級品だろうとは思っていたが指輪1個に億単位・・・ そんなものを毎日つけているなんて怖過ぎにもほどがあるってものだ。 やっぱり根本的に住む世界が違いすぎるとふーっと意識が遠のきそうになる。 「でもさ~、司にとってはつくしの価値はそれ以上なんだよね」 「え?」 「司にとっては億以上のお金を積んだところで、つくしの存在はそれにすら替えられないほどかけがえのないものなんだってこと」 「滋・・・」 「でしょ?司」 「えっ!!」 滋の視線がいつの間にか自分からずれていることに気付いて慌てて振り向いて見れば、そこにはグラスを片手に持ったF4が立っていた。 「愚問だな」 不敵に笑ってそう言うと、司は迷うことなくつくしの隣にドサッと音を立てて腰を下ろした。 「ちょ、ちょっと。他のところもいっぱい空いてるじゃん!何もこんなにギュウギュウに詰めて座らなくても・・・」 「うるせーな。ここでいいんだよ」 「相変わらず俺様・・・」 「何か問題あるか?」 「う・・・ない、けどさ・・」 「じゃあいいじゃねぇか。つーかお前何飲んでんだよ?」 「え?あぁ、ジンジャエールだよ」 「なんだよ、アルコールじゃねぇのか」 「だってまだお昼前だよ?いくらなんでも早いっていうか・・・・・・ハッ!!」 ふと。 痛いほどの視線を感じて前を見れば、ニヤニヤと、まるで三日月のような目でこちらを見ている男女が5人。類だけがいつもと変わらずマイペースにソファーに横になっている。 「な、何よ・・・・・・」 おずおずを声を出したつくしに総二郎がニヤッと笑う。 「いや?お前らもすっかり夫婦みたいだなと思ってさ」 「ふっ、夫婦?!」 「なによつくしー、プロポーズまでされておいて今さら驚くことでもないじゃん!」 「いや、まぁそうなんだけどさ・・・・・・」 そのいやらしい視線をやめてほしいんだけど。 「っていうか道明寺さん、いつご結婚されるんですか?」 桜子の質問にどちらからともなく視線を合わせる。 いつ・・・・・・そういえばいつするんだろう。 まだ具体的な話は何もしていないんだった。 「俺は今すぐにでもしたいって思ってんだけどな。入籍だけ先にしたって構わないし」 「あ、まだそこまで具体的な話はしてなくて・・・」 「えぇ~っ?あれだけ旅行に行っておきながらまだ何も決まってないの?何やってたのよ」 うぅっ、それを言われると困る。 ほら、さっそく西門がニヤニヤ顔を緩めているじゃないか。 「何って・・・そりゃあナニをしまくってたに決まってるよなぁ?司」 「まぁな」 ガンッ!!!! 「いってぇーーーーーーーーーー!!!おまっ、つくしっ、何しやがるっ!!!」 まんざらでもなさそうに答えた司の足に思いっきり踵落としを入れた。 これにはさすがの司も痛みに顔を歪めている。 「だからそういう話はしないでって言ってるでしょ!」 「なんでだよ、ただ事実を言ってるだけだろうが!」 「事実だろうと何だろうと人に言う必要のないことってあるでしょうが!」 「あぁ?!」 ギャーギャーくだらないことで言い争いを始めた2人をその場に残すと、カウンターへと移動して飲み食いを始める。そんなことにすらまだ気付きそうにない。 「っつーか、牧野こそバラしてる張本人だよな」 「だな。あいつは必死で隠してるつもりだろうが、実は誰よりも暴露爆弾を爆発させる奴だからな」 「くくっ・・・・」 尚も騒いでいる2人を横目で見ながら、やれやれと類がグラスのアルコールをグイッと煽った。 「あれ、っていうか皆いつの間にいなくなったの?!」 ようやくそれに気付いたつくしがはたと我に返る。 「バーカ。とっくにいなくなってただろ」 「え、そうなの?全然気が付かなかったよ・・・」 「くっ、いかにもお前らしいな」 「うっ・・・」 きっとやれやれと呆れ顔で移動していったに違いない。 なんだか恥ずかしいような情けないような。 「で?さっきの話だけどお前はどう考えてる?俺としてはマジで入籍だけでもすぐにしたいと思ってるんだけどな。・・・まぁ6年も我慢させたってのもあるから、一応お前の意見を尊重しようとは思ってる」 司の言葉は正直予想外だった。 今までの司ならば問答無用で入籍するぞと断言していたに違いない。 またしても6年という月日を実感することが一つ。 こうして一つ一つ、大人の男に成長した司に出会っていく。 「うん・・・・・、とりあえずさ、3月まではちゃんと働きたいって思ってるの。っていってももうあと数ヶ月しかないんだけどさ。迷惑かけたし、年度末まではちゃんとけじめをつけて精一杯働きたい」 「それで?それからどうすんだ?」 「それからは・・・・・・あんたを支えられるならどんな形でもいいって思ってる。本音を言えば働きたいけど、さすがに結婚して一般企業に勤めるのは無理だろうからね。だからそこは一緒に考えていきたいなって」 「・・・・・・そっか」 「うん。いいかな・・・?」 大財閥に嫁入りする人間がこんな緩い考えでいいのだろうか。 そもそもどうするのが正解なのかもよくわからない。 不安そうに自分を見上げるつくしの頭に手を置くと、予想に反して司は嬉しそうに微笑んだ。 「いいんじゃねーの?俺はお前が傍にいるんだったらどんな形でも構わねぇし。まぁ結婚してから自分たちの形を見つけていけばいんじゃねぇのか?最初から全力で突っ走る必要なんかねぇんだからな」 司のその言葉は、どうしてもガチガチに考えてしまいそうになるつくしの心をスーッと優しく溶かしてくれる。焦らなくていい、お前はそのままでいいんだと言ってくれているようで。 まるで魔法のようだ。 「・・・・うん、そうだね。・・・・・・ありがと、司」 「・・・おう」 ふわっと、本当に嬉しそうな笑顔を見せたつくしに司の頬がほんのりと色づいた。 そんな2人のやりとりを遠巻きにニヤニヤと見られているなんて気づきもせずに。 「・・・あ。それでさ、アパートのことなんだけど、いずれここに引っ越してくるとはいえ色々と整理したいこともあるから、やっぱり一度帰りたいなって思ってるんだけど・・・」 「もうねぇぞ」 「え?」 「お前の部屋にあったもんなら全部ここに移動させてる。旅行に行ってる間に全部な」 サラッと。 極々当たり前のことのように言われた言葉につくしは一瞬何を言われたのか理解できない。 「だからお前の家は名実ともにここってことだ」 ニヤッと。 したり顔で笑うこの男は。 「は、はぁあああああああああああああっ??!!!!」 誰が大人の男になったって?! 前言撤回っ!!!!! ![]() ![]() |
あなたの欠片 42
2014 / 12 / 22 ( Mon ) 「「「「「「おかえりなさいませっ!」」」」」」
「なっ・・・、何事っ?!」 扉をくぐると、そこには邸中の人間が集まっているのではないかと思うほどの人、人、人の山。 皆一様に満面の笑顔を貼り付けて、中には涙ぐんでいる者までいる始末。 全く意味のわからないこの事態に、つくしは一歩足を踏み入れた状態で固まってしまっている。 「お帰りなさいませ」 「あ、タマさん!」 コツンコツンと音を響かせながら満を持して現れたその人物に、ようやく安堵したように息を吐き出した。 「あの、皆さん一体何があったんですか?」 「何がだい?」 「いや、なんていうか、ものすごい気合が漲ってるっていうか、目がキラキラしてるんですけど・・・」 もう一度ぐるりと見渡せば、やはり皆一同にニコニコ顔でこちらに注目している。 「そりゃあ嬉しいからさね」 「嬉しい?」 「あんたと坊ちゃんがいよいよ結ばれたとなれば嬉しいに決まってるさ」 「結ばれた・・・?」 「なーにをすっとぼけてんだい。やることやったんだろう?」 「やること・・・?やる・・・・・・・・・。な゛っ???!何を言ってるんですかっ!」 目の前の老婆の口から出た信じられない一言につくしが声を張り上げる。 「なんだい?やってないって言うのかい?」 「そっ、それは・・・」 「ほれみろ。やったんじゃないか。じゃあめでたいさね」 全く悪びれる様子もなくニコニコと目尻を下げるタマが信じられない。 「ちょ、ちょっと・・・道明寺!あんたも何とか言ってよっ!」 旅行から帰ってくるやいなや邸中の人間にそんなことでお祝いされるなんて、一体どんな羞恥プレイだというのか。つくしは隣に立つ司の服を掴んで必死で揺らす。さすがに司とはいえこんなことは恥ずかしいはずだ。 何か一言くらい釘をさしてもらえることを期待して顔を見上げると、予想に反して睨まれているのは自分だった。 何故?! 「・・・お前、今何つった?」 「え? だから、そんな恥ずかしいことでお祝いとか勘弁して欲しいって・・・」 「そうじゃねーよ。名前だよ、名前」 「名前・・・・・・・・・? あっ!」 思い出したようにハッとして口に手を当てると、さらに司の瞳がギロリと光った。 「お前、あんだけ言えるようになってたのにまた振り出しに戻るとか、いい根性してんな」 「い、いや、だからわざとじゃなくて、つい・・・」 「つい? ベッドの中じゃあんなにすんなり言ってるくせブッ!」 「ぎゃーーーーーーーーーーっ!! ちょ、ちょっとぉっ! 変なこと言わないでよっ!!」 タマに続いてこの男まで何を言い出すのか。つくしは慌てて両手でその口を塞ぐ。 だが1秒も経たずにその手がベリッと引き剥がされてしまった。 「何が変なことだ。早く慣れろっつっただろ」 「そ、そんなこと言ったって・・・っていうかあんただって『お前』とか言うじゃん!それと同じ事だよ。癖ってふとしたときに出ちゃうんだよ」 「つくし」 「えっ?」 「つくしだろ? 俺は別に何の抵抗もないぜ」 「うっ・・・」 確かに。 司の言う「お前」の同義語はつくしの言う「あんた」だ。 決して名前を言い間違えているわけではない。 そもそもこの男が名前を呼ぶことに躊躇するわけがないのだ。 「で? なんだって?」 まるで先生に叱られている生徒の図。 上から浴びせられる無言の圧力につくしは素直に従う以外に選択肢はない。 「うっ・・・。つ、司・・・」 おずおずと上を見ながら言えば、みるみる司の顔が綻んでいく。 ただ名前を呼んだだけでこんなにも上機嫌になるなんて、ある意味幼稚園児よりわかりやすいんじゃないだろうか。 「普段からちゃんと慣れていけよ」 「う、うん・・・」 頭をポンポンと、すっかりお馴染みになってしまった動作をされると無性にムズ痒くなってしまう。 「いい雰囲気のところを申し訳ないんですがね」 「えっ?」 はたと。 タマの言葉で思い出す。 そう言えばここは邸のエントランスだったということを。 途端に嫌な予感がして周囲を見渡してみれば・・・・・・ 「ひっ・・・!」 未だにそこにとどまったままの使用人という使用人が皆目尻を下げてニコニコ、いや、むしろニヤニヤと微笑んでいるではないか。その顔には『坊ちゃん、ほんによござんしたね』 と、ないはずの文字が見えてくる。 は、恥ずかしすぎるっ!! 「お、なんだよ?」 「こ、これ以上の晒しプレイはもう無理っ!あんたが壁になってっ!」 羞恥に耐えられなくなったつくしは思わず司の背中に隠れた。あれ以上の視線には耐えられそうもない。必死で背中にしがみついて隠れている姿の方がよっぽどおノロケ状態で、しがみつかれた当の本人をこの上なく喜ばせているのだということに全く気付かないのがつくしだ。 タマはやれやれと笑いながらもコホンと咳払いを一つ。 「イチャイチャしているところ大変申し訳ないんですがよろしいですかね?」 「あ?なんだよ、タマ」 「お部屋で皆さんがお待ちでいらっしゃいますよ」 「皆さん?」 後ろから顔だけ出してつくしが首を傾げる。 「皆って・・・あいつらが来てんのか?」 「はい。先日美作さんからご連絡がありましてね。今お2人は旅行に行かれておりますとお伝えしたところ、いつ帰るのかとお尋ねになりまして」 「え、それで皆が来てるんですか?」 「その通りでございます」 その言葉につくしの顔はパァッと明るく、司の顔は面倒くさそうに変化する。 「ねぇ!あたし記憶が戻ってからまだ皆に会ってなかったよね? 早く会いたいっ!」 「・・・ちっ、めんどくせーな。休みも今日までだってのに・・・」 「またそんなこと言って。もうゆっくり休んだじゃん!ね、早く行こっ!」 「ったく、あいつら・・・・・・さっさと追い返してやる」 「はいはい、ほら行くよ~」 つい今しがたまで背中に隠れていたはずのつくしに引き摺られるように、大きな男が手を引かれて行く。口ではブツブツ言いながらもその顔はまんざらでもない。 「やれやれ、いつまで経っても相変わらずのままだねぇ」 呆れ顔のタマを筆頭に、そんな2人の姿が廊下の角に見えなくなるまでその場にいた全員が温かく見守っていた。 **** 「あ~っ、つくしっ!」 部屋に入るとまるで飼い主に飛びかかる犬のように、凄まじい勢いで滋が突進してきた。 「滋っ!!」 きゃ~~っと抱き合うと、滋に続くようにその場にいた全員がつくしの周りに集まってくる。 滋がつくしの肩をガシッと掴んで正面からマジマジと顔を見据えた。 「つくしっ、記憶が戻ったってほんとなの?!」 「うん。いっぱい心配かけてごめんね?」 その言葉を聞いた途端、みるみる滋の顔が崩れていく。 「・・・・・もうっ、バカバカバカっ!!どうしてすぐに教えてくれなかったの?!どれだけつくしに会いたかったか・・・!」 ボロボロと涙を流す滋につくしの視界も歪んでいく。肩に置かれた手に自分の手を重ねると、力強く握りしめた。 「ほんとにごめんね?記憶が戻ってから今日までなんだか怒濤の毎日で・・・。松葉杖が外れて全てが解決してからちゃんと言おうと思ってたんだけど・・・皆の気持ちを考えてなかった。ほんとにごめんなさい」 「ほんとだよ!もう二度とこんなことはやだからね?!」 「うん、ほんとにごめん・・・」 「うぅ~~、ほんとに良かったよぉ~~。例え記憶が戻らなくてもつくしであることに何も変わりはないけど、それでも良かったよぉ~~!!」 「うん、うん、いっぱい心配かけてごめんね。そしてありがと・・・」 おんおんと泣きながらしがみついてくる滋の背中に手を回すと、つくしの瞳からもポロリと一粒の涙が零れた。 「先輩、お帰りなさい」 「つくしっ、お帰りっ!!」 「桜子、優紀・・・・・ただいま」 同じように目を潤ませながらやって来た2人につくしも大きく頷く。4人でまるでスクラムを組むように抱き合うと、しばらく言葉もなく涙を流して喜び合った。 「牧野、よかったな」 全員がようやく落ち着いてきた頃、優しい声に顔を上げればF3が温かい眼差しでつくしを見下ろしている。 「西門さん、美作さん、・・・・類、皆も本当にありがとう」 「まさか10日以上も前に記憶が戻ってたとはな」 「う・・・ほんとにごめんなさい」 それを言われてしまってはぐうの音も出ず、つくしは平謝りするしかない。 「ま、どうせ司が有無を言わさずお前を拉致でもしたんだろ?旅行行ってたんだって?」 「う、うん・・・」 あきらの言葉に思わず口ごもってしまう。 何か嫌な予感が・・・ 「ってことはあれか。23にしてとうとう鉄パンツ卒・・・・」 「ぎゃーーー、もううるさいっ!!あんた達の頭はそれしかないのかっ!!」 ニヤニヤと口元を緩めるあきらと総二郎を必死で押しやると、つくしは女性陣を引き連れて部屋の奥へと突進して行ってしまった。そんなつくしの後ろ姿を見ながら感慨深そうにあきらと総二郎が呟く。 「ははっ、マジで牧野が戻ってきたんだな」 「だな」 「よかったね、司」 「類・・・あぁ。お前らにも色々世話かけたな」 「例の問題は全部解決したのか?なんでも令嬢の恋人絡みのトラブルだったって?」 「・・・あぁ。俺としては警察に突き出したかったんだけどな。あの女、つくしの首を絞めてやがった」 司の言葉に総二郎が目を丸くする。 「マジでか?!牧野もとんだとばっちりだったってわけか・・・」 「とばっちりで済ませられる話じゃねぇよ。それでもあいつが絶対にそれだけはするなって引かねぇから・・・」 「・・・・・・そういうところも含めて牧野が帰ってきたって実感するな」 「あぁ。あいつがそう言い出したら何があっても譲らねぇからな。まぁ、見た感じあの女も完全に戦意喪失って感じだったからな。俺としては納得はいってねぇけど・・・まぁ、最大限の譲歩だ」 部屋の奥で話に花を咲かせているつくしを見ながら司が苦笑する。 「お前もこの6年で見違えるように大人になったんだな」 一番の世話役のあきらがしみじみ噛みしめるように頷く。 「・・・・・で?大人になったと言えば司、とうとうやったんだろ?」 「あ?何がだよ」 ガシッと肩を組んだかと思えば、総二郎がニヤニヤと締まりのない言葉で司に迫る。 「おいおい、すっとぼけてんじゃねーよ。お前ら2人きりで旅行行ってたんだろ?じゃあすることなんか決まってるよなぁ?」 「あぁ、そういうことか。・・・・・・まぁな」 めくるめく夜を思い出して思わず司の口元が緩む。 「お前もとうとう大人の仲間入りか・・・そのルックスで24まで童貞ってある意味すげぇよな」 「あいつじゃなきゃ反応しねぇんだから仕方ねぇだろ」 「くうぅ~~~っ、泣かせるねぇ!お前のその純情っぷりは涙なしには語れないぜ」 あきらが泣く真似をして大袈裟に感動を表現する。 「で?記者会見見たぞ。結婚すんのか?」 「あぁ」 「牧野は?ちゃんと納得してるの?」 迷わずに答えた司にすかさず突っ込んだのは類だ。 類としては司の暴走でつくしがこれ以上悩むことがないようにしてやりたいのだろう。 「あぁ、プロポーズもしてるしあいつもそれを受け入れてる。何の問題もねぇ」 「・・・そう。それなら何の心配もないね」 はっきりと断言した司の言葉にふっと表情を緩めると、類はつくしのいる方へと視線を送った。 「「「きゃ~~~~~~っ!!」」」 それとほぼ同時に奥の方から女性陣の黄色い声が飛んでくる。 「なんだ?やけに盛り上がってるな」 「あいつらも似たような話してんじゃねぇのか?」 「なるほど・・・そういうことか。こういうときは意外と女の方がすげぇ話したりしてんだよな」 総二郎の言葉にあきらが妙に納得したように頷く。 「確かにそれは言えてるな。・・・つーか、俺たちもそろそろ座って何か飲むか」 「だな。司、今日こそゆっくり飲もうぜ」 「・・・あぁ」 司が帰国して4ヶ月。 実際のところ、結局一度だってゆっくりとした時間を過ごせてはいない。 ____ようやく。 ようやく平穏が戻って来たのだ。 あきらは笑って司の肩に手を回すと、奥で飲み食いしながら何やら盛り上がりを見せているつくしたちの元へと向かった。 ![]() ![]() |
あなたの欠片 41
2014 / 12 / 20 ( Sat ) とても気持ちのいい夢を見た。
誰もが一度は憧れたことがあるだろう夢。 大きな雲に乗ってフワフワと空を自由に飛んでいく。 大きな雲から小さな雲へぴょんぴょんとジャンプで乗り移り、 風が吹けばそのまま流れに身を任せて宙を舞う。 雲の上から見下ろす街並みは最高に綺麗で、 ちょっと疲れたらそのまま体を沈めて極上の肌触りに全身が包まれる。 抱き枕のようにギューッとしがみつけば絶妙な弾力でさらなる快感に落ちていく。 ふわふわ、フワフワ ぽよぽよ、ポヨポヨ ごつごつ、ゴツゴツ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ごつごつ? 「・・・・・・ん?」 さわさわ、さわさわ。 ・・・・・・・・・・・・・・なんか硬い。 なんで?さっきまでふわふわだったのに。 あんなに気持ち良く寝てたっていうのに! ごそごそ、さわさわ。 手を伸ばして感触を確かめてみるけれど、やっぱり硬い。 「くすぐってーよ」 おまけに喋るってどういうこと?! 喋るって・・・ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・喋る?! 「えっ?!」 パチッと開けた目の前に広がるのはふわふわの雲。 ・・・・・・・ではなく分厚い胸板。 胸板っ?! 「お前、触るなとは言わねぇけどくすぐってぇ触り方すんなよ」 「え・・・・・?」 頭の上から降ってきた声にフッと見上げてみれば、よく見知った男が笑っている。 その男にまるで抱き枕の如くしがみついている女が一人。 ・・・・・・・・・・・・・これは夢? そうか、そうでもなきゃこんな状況あり得ない。 だって、裸で男にしがみついているなんてあり得ないあり得ない。 なんだそうか、まだ夢の途中だったのか。 急に別の夢に切り替わるなんて、なんて不思議な夢なのだろうか。 ・・・・・・でも夢なら何でもありなのか。そうかそうか。 「くっ・・・バーカ、夢じゃねぇっつの。リアルだ、リ・ア・ル」 「え・・・・・・?い゛っ?!」 「痛ぇだろ?」 「い・・・いひゃい」 前触れもなくビヨーンと頬を引っ張られて感じたのは確かな痛み。 痛いと言うことはこれは夢ではない。 夢ではない・・・・・・? 夢では・・・・・・ 「ひ、ひええぇえええええっ!!!!!」 ガツッ!! 「い゛っ!!!」 「ったぁ~~~~~っ!!」 思いっきり体を動かしたところでつくしの頭が司の顎を直撃する。 全く無抵抗の中での衝撃に2人の目の前に星が飛んだ。 互いに患部を押さえたまましばしプルプル悶絶すること約1分。 「ってぇ~~!お前っ、起きて早々何しやがる!」 顎をスリスリしながらギロリと睨まれてつくしは縮こまるしかない。 「うぅっ、ごめんっ・・・!だ、だって、びっくりしちゃって・・・」 「何だがよ」 「そ、その、は、はだ、はだ・・・・・・ハッ!!」 途中まで言いかけてはたと気付く。 自分の体がとてつもなくスースーすると言うことを。 もうこの後の展開がさすがのつくしにも読めてくる。 なるべく平常心・・・と言い聞かせながら恐る恐る視線を下げていくと・・・・・ ヒィッ!! やはり。 やはり!! 相手が裸なら当然自分もそうなわけで。 今の今まで半分寝ぼけていた頭が一気に覚醒していく。 そして蘇る。 昨夜2人に何があったのかを。 「何だよ?」 いつまでたっても続く言葉を言わないつくしに痺れを切らした司が不思議そうに顔を覗き込んでくると、つくしは思わず仰け反った。 「い、いやっ?な、なんでもないよ?大丈夫!あははははは」 笑って誤魔化しながらつくしは自分の体を手で隠しつつ、もう一方の手でごそごそとシーツを探す。不審に思われないように視線を司に残したままの作業はなかなかに上手くいかない。 だが必死で動かしていくうちにふと指先にふわりとした感触があたった。 あった・・・!! まるで天の助けにでも遭遇したような気持ちでそのシーツを掴んだ手にグッと力を入れた。 次の瞬間。 バフッ!! 「・・・・・・・・・・・・え?」 気が付いたときには世界が反転していた。 目の前に男の胸板があるのは変わらない。だがその後ろに見えるのは天井だ。 「させるかよ」 「えっ?」 「シーツなんかいらねぇだろ?」 そう言って司は不敵に微笑んだ。 つくしの両手は司のそれによってベッドに縫い付けられている。 どうやら全て読まれていたらしいつくしの行動は、目的を果たす直前にその道を絶たれてしまった。真っ裸の体が上に覆い被さった男に全て晒されている。 「ちょっ・・・離して!恥ずかしいからっ!」 「そんなん今さらだろ?もう思いっきり見てんだから今さら恥ずかしがんな」 「むっ、ムリムリムリムリっ!あんたと違ってあたしは自分に自信がないのっ!」 ジッタンバッタン力の限り抵抗するが、びっくりするほどにピクリともしない。 全身を真っ赤に染め上げながらパニックを起こすつくしに司が喉を鳴らす。 「くくっ、バーカ。だから今さらだっつってんだろ。それにお前はもっと自分に自信を持て」 「えっ?」 「この俺が惚れた唯一の女なんだから」 「道明寺・・・」 「ちげーだろ」 「えっ?」 「道明寺じゃねぇだろ」 道明寺じゃないって・・・それって・・・ 「昨日はあんなに言ってたじゃねぇか。俺に必死でしがみつきながらつか・・」 「ぎゃーーぎゃーーぎゃーーぎゃーー!!言わないでっ!!」 男の口を思いっきり塞いでやりたいがその願いは叶わない。 今さらなことで大騒ぎするつくしに司は吹き出しそうになるのを必死で堪える。 「言えよ」 「え?」 「名前」 「えっ・・・」 「言わねぇなら今すぐやるぞ」 「えぇっ?!」 そう言うと司はつくしの首に唇を落とした。チュッと音を立てたかと思えば次の瞬間には生温かい感触が首筋をなぞっていく。途端につくしの全身がゾクゾクと粟立った。 「ちょっ・・・、道明寺っ!」 「道明寺じゃねーっつってんだろ」 ちゅ、ちゅっ 艶めかしい音を立てながら司の顔が徐々に下へと移動していく。長くせずして控えめな膨らみに辿り着くと、戸惑うつくしに構うことなく口に含んだ。 「やっあっ、うそうそっ?!待って、待ってっ!」 「うるせー、待ってんのはこっちなんだよ」 「あんっ!やぁっ・・・!」 片方を口で刺激されながら、もう片方の手が反対の胸を掴んで動き出す。 このままではやばい! 昨日の今日で、しかもこんなに明るい朝っぱらからなんて絶対にムリっ・・・!! 「わ、わかったから!司っ、つかさぁっ!お願いだから止まって!」 つくしの必死の叫びに司の動きがピタリと止まる。 やがて顔を上げると、満足そうな顔でニヤリと笑った。 「今度からちゃんとそう言えよ」 「うぅっ、横暴だ・・・!」 「うるせー、なんとでも言え」 「なに、んっ・・・・・!」 戻って来た顔がすぐ目の前に迫ったかと思うと、あっという間につくしの唇を塞いでしまった。一瞬だけ抵抗しようかと脳裏をよぎるが、もうそんなことをする必要はないんだと思うと、つくしはその行為を素直に受け入れた。ゆっくりと司の首に手を回すと、しばし2人甘い時間へと落ちていった。 *** 「体、平気か?」 長いキスを堪能すると、2人ベッドに横たわったまままったりと微睡む。当然の如く司の手はつくしの腰に回された状態だ。背中にかかるつくしの髪をサラサラと指で梳いていく。 「大丈夫」 「本当か?踏まれても蹴られてもただじゃあ起きねえお前があんなに泣くなんてよっぽどだろ?」 「あ、あれは・・・予想以上に痛かったから、その、びっくりして・・・今はもう大丈夫だから」 自分で言いながらなんて恥ずかしいのだろうか。 「辛いときは言えよ?っつーか、すげぇ血が出てたもんな」 「・・・・・・・えっ?!」 サラリと口にした言葉に耳を疑う。 驚いて顔を上げたつくしに司は不思議そうに首を傾げるだけ。 「なんだよ?」 「今・・・何て言った?」 「あ?すげー血が出てたってやつか?」 「なっ?!なななななな、なんでそんなことっ・・・!」 「なんでって・・・・お前が夕べ死んだように眠りに落ちたから、ベッドの中央に移動させたときに血がついてんのに気が付いて。で、お前の体を確認したらやっぱり血がついてて。だからタオルで拭いぶほっ!!」 皆まで言い切る前につくしの両手が司の口を封じ込める。 あぁ、神様。 どうか今聞こえたことが夢でありますように。 お願いですから誰か夢だと言ってください。 「夢じゃねーよ」 だがその願いも虚しく、あっさりと解かれた手に司の声が響いた。 は、恥ずかしすぎる・・・・ いや、彼なりの優しさなんだということは重々わかってる。 わかっちゃいるけど、その場を想像しただけで卒倒しそうになる。 司はそんなつくしに肩を揺らしながら、その体を自分へと抱き込んだ。 たちまち互いの温もりが直に伝わっていく。 「お前には痛い思いさせちまったけど、すげーーーーーー幸せだった」 「・・・・・・・うん」 「つーか今も幸せなんだけどな」 「・・・・・・・うん」 クスクス笑うつくしの顔に徐々に影が落ちる。やがて優しく唇が落ちてくると、つくしもゆっくりと司の背中に手を回した。 「あーーー、やべぇ」 「え?」 しばらくして唇が離れると司がはぁーっと溜め息をつく。 「こうしてると我慢できなくなる」 「我慢って・・・・・・」 「体が反応しそうでやべぇ」 恥ずかしがるでもなく直球で投げられたボールにつくしの目が見開かれる。 「かっ・・・?!だっ、だめっ!ダメダメダメダメっ!今はムリっ!まだムリっ!!」 必死の形相で首を振り続ける様子に司が盛大に吹き出した。 「ばーーーか。さすがにそれはしねぇよ。体が反応すんのはお前が相手なんだから仕方ねぇだろ。それに、時間はたっぷりあるしな」 「へ?」 「ここにいる間にじっくり慣らしていけばいいだろ」 「ここにいる間って・・・?」 つくしがキョトンと目を丸くする。 「あれ、言ってなかったか?ここに5泊するから」 「えっ、そうなの?!」 「あぁ。そのために必死こいて仕事やってたわけだしな。ここにいる間は一切仕事はしねぇ。最低限のこと以外は他の奴とも接触しない。ずっとお前と2人っきりだ」 「そ、そうなんだ・・・」 あれだけ忙しい毎日を送っていたのだから、これくらいの休みがもらえてもバチは当たらない。 むしろこれでも少ない方なのだろう。 「お前にも気持ちいいって思わせてやるから覚悟してろよ」 「えっ?!」 「今夜が楽しみだな」 「えぇっ!!」 そう言ってニヤリと笑うと、予想通りつくしが真っ赤に爆発する。 台本通りの展開にしばし大笑いすると、やがて司がゆっくりと体を起こした。 視線の先には今日も青々とした空と海が目の前に広がっている。 「いい天気だな」 「・・・・ほんとだね」 言われてつくしも体の向きを変えると、眩しさに思わず目を細めた。 差し出した左手にはキラキラと輝く存在がある。 自然の光の下で見るそれは言葉にはできないほどの輝きを携えていて。 夕べの出来事が夢なんかじゃないということを教えてくれている。 左手を上にかざすと、後ろから伸びてきた大きな手がすぐにその上に重なる。 どちらからともなく指を絡ませると、言葉にはできない幸福感に満たされていった。 ぐううぅ~~~~~~~~っ 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ぶはっ!すっげー音だな、おい」 「う、うるさいっ!だってっ、昨日結局何も食べてないじゃん!」 雰囲気ぶち壊し。 色気もクソもあったもんじゃない。 ・・・・でも、それが一番自分たちらしい気がする。 「だな。腹減ったな。シャワー浴びてる間にメシの準備させるからそろそろ起きるか。風呂まで連れてってやるよ」 「うんっ!」 差し出された手を掴むと、つくしの体があっという間に引き起こされる。 体がまだ辛いであろうつくしの体を黙って抱きかかえると、司はそのままバスルームへと歩き始めた。 「くっ、お前は相変わらず食いもんの話になると目が輝くな」 「だってお腹すいたんだもん!あ~、何が出るか楽しみだな~~~」 「くくっ・・・あ、今日は海岸線をぐるっとドライブしてみようぜ」 「ほんとっ?!わ~、楽しみ~!昨日少し見ただけでも綺麗だったもんねぇ」 きゃいきゃいと弾む声が徐々に遠ざかっていくと、やがてパタンとドアの向こうへと消えていった。 あの桟橋に立つのはもう一人じゃない。 これからはいつでも隣にあなたがいる。 ![]() ![]() |
あなたの欠片 40
2014 / 12 / 19 ( Fri ) |
あなたの欠片 39
2014 / 12 / 18 ( Thu ) 「うわぁ~~っ!」
目の前に広がる光景に思わず感嘆の声が漏れる。 「凄い・・・ここってほんとにあの島なの?」 「あぁ」 「何か全然違うところに来たみたい・・・」 「来たのはもう6年も前だからな。それにあの時はまだオープン前で開発途中な部分もあったし」 「そうなんだ・・・」 突如病院に現れた司にあれから問答無用で小型ジェットに押し込まれ、連れてこられたのは6年前、司の渡米前に来たリゾート島だった。 あの時はオープン前で2人しかいなかったが、今では多くの観光客で賑わっている。おまけに当時はなかったお店や施設が増設されており、いかにも南国リゾートといった雰囲気に溢れている。 「全く・・・行くなら行くって事前に教えといてよね」 つくしが不服そうにぶぅっと頬を膨らませると、ヌッと伸びてきた手が思いっきりその頬を潰した。 ブフッ!と何とも情けない音がつくしの口から発せられる。 「細けぇことはいちいち気にすんな。つーか事前に言ってただろ?落ち着いたら旅行行くぞって」 「~~~、ちょおっとぉ!早く離しなさいよ!」 首を捻ってその手から逃れると、つくしは自分の頬を押さえながら恨めしそうに睨み上げた。 「ぶはっ、なんだよその顔。すっげーブサイク」 「う、うるさいっ!あんたがガキみたいなことするからでしょ!」 「ふははっ!・・・・・・ん、行くぞ」 「えっ?」 目の前に差し出された手につくしはキョトンとする。 「えっ、じゃねーよ。手、出せよ」 「え?もう自分で歩けるよ?」 ひらひらと手を見せて得意気に松葉杖が外れたアピールをするつくしに司が呆れた顔を見せる。 「ばーーーーーか。そうじゃねぇだろが。いいから早く手ぇ出せ」 「わっ!」 天然ボケにはこれ以上付き合ってられないとばかりにつくしの手を握ると、そのまま司は歩き始めた。 「足、何ともないか?」 「あ、うん、平気」 「そっか、よかったな」 「うん・・・ありがと」 引く手こそ強引だが、決して無理をさせないようにゆっくり歩くその心遣いにつくしの胸がギュウッと締め付けらる。 「ねぇ、どこに行くの?」 「ヴィラだよ」 「ヴィラ?」 「あぁ。まぁとりあえず車に乗れ」 少し移動した先にいかにも高級そうなスポーツカーが停まっているのが見えた。 手配していたのか、こちらに気付いた男性が深々と頭を下げて迎え入れる。 「道明寺様、お待ちしておりました。お車こちらになります」 「あぁ。牧野、お前助手席に乗れ」 「えっ?!まさか道明寺が運転するの?」 「なんだよ、別にそんなに驚くことでもねーだろ?」 「そ、そうだけど・・・なんか珍しいから」 「まぁな。普段は忙しくて自分で運転する暇もねーからな。ほら、こっち」 「あ、ありがと・・・」 司が自らドアを開けてエスコートするなんて、何とレアなことなのだろうか。 つくしは言われるまま乗り込むと、運転席に回った司がすぐに車を発進させた。 スポーツカーに乗った経験はほとんどないが、どれもこれも乗り心地は極上だ。 「わ~~、綺麗だねぇ!」 真っ青な海岸線を走り抜けながら注ぐ風は爽やかで、思わず手を伸ばしてしまいたくなるほどだ。 つくしは左手で頬杖をつきながら右手だけでハンドルを操る司を横目でちらりと伺う。 いつの間に準備されていたのか、サングラス越しに見える顔は悔しいほどにいい男だ。 あれから____ 一連の事件が収束してから、一体どんな顔で司と向き合えばいいのかと思っていた。 記憶も戻り、一方的だったとはいえ婚約まで発表して。 いわゆる「恋人同士」という関係で一つ屋根の下、どうしていけばいいのかとドキドキしていた。 だがつくしのそんな心配は杞憂に終わる。 結局、あれからまたすぐに司の仕事が忙しくなったのだ。 さすがに顔を合わせないことこそなかったが、せいぜい朝食を一緒にとって寝る前に少し顔を見るくらい。それ以外はほとんど邸にいることはなかった。 内心拍子抜けしたが、ひとまず松葉杖が外れるまではリハビリを頑張ることに専念した。 そしてようやく外れた今日、まさかその足でこんなところに来ることになろうとは。 「そんなに見惚れてんじゃねーよ」 「えっ?」 「ま、実際いい男だから仕方ねぇけどな」 ボーッと自分を見つめたままのつくしに顔を向けると、ニヤッと不敵な笑みを浮かべた。 我に返ったつくしの頬がみるみる赤く染まっていく。 「ち、違うっ!何の準備もなくこんなところに連れてこられて困るって思ってただけ!」 「くっ、早口で動揺してんじゃねーよ。ってか何の準備もいらねぇだろ。身ぃひとつあればあとはこっちでどうとでもなる」 「またそんなこと言って・・・これだからお金持ちは」 「自分で働いた金なんだからどう使おうと自由だろ?」 ・・・・確かに。もう学生の頃の司とは違う。 今は企業のトップとして利益を生み出す側の人間に変わったのだ。 「まぁ・・・そうかもしんないけどさ。っていうか仕事は大丈夫なの?今日は平日でしょ?」 「あぁ。この休みを取るためにここ最近忙しかったようなものだしな。本当ならもう少し早くに落ち着くつもりだったんだけどな。でもまぁ結果的にお前の回復とタイミングが重なって好都合だったよ」 「そうなんだ・・・」 「だから余計なことは気にすんな。純粋にこの旅行を楽しめよ」 「う、うん・・・」 チラッと横を見て笑った男の顔が妙にセクシーに見えたのは気のせいだろうか。 つくしはまた赤くなってしまいそうな顔を見られまいと、慌てて海の方へ視線を送った。 日常とは切り離された夢のような空間。 青い空に青い海。澄んだ空気に青々と生い茂る緑。 その一つ一つに心も体も洗われていくようだ。 うっとりと景色に見入ること十数分、海岸線を走っていた車がようやく止まった。 「よし、行くぞ」 「えっ・・・ここ?!」 「あぁ」 助手席に回りこんできた司は黙って手を取ると、ポカンと目の前の建物を見上げるつくしを引いて中へと入っていった。 「うわぁ・・・・!すごい・・・綺麗・・・・・・!」 広い吹き抜けのエントランスを入って広がる異空間につくしは言葉を失う。 どこぞの大豪邸かと見紛う超高級なヴィラには中央に大きなプールがあり、その周囲を取り囲むようにしてダイニングやリビング、寝室が配置されている。そしてプールの目の前は青い海が広がっているという何とも贅沢な立地だ。 「いいだろ?新しくうちがつくったところなんだ。食事の時以外はこっちから呼ばない限りは誰も来ねぇ。だから誰にも気兼ねなく過ごせよ」 「えっ?!」 驚いたつくしが振り返る。 「なんだよ?なんか問題あんのか?」 「い、いや、ないけど・・・」 こんなに広い空間に2人きり・・・ ヴィラとは言っても、普通の感覚とは到底違う超高級なものだ。普通の別荘なんかよりも遥かに大きい。一軒家が何軒入るんだというほどに。 そんな空間に2人・・・・・・ そう考えた途端つくしの心臓が急に加速し始める。 「とりあえず」 「えぇっ?!」 司の声に思わず体が跳ね上がる。そんなつくしに司が吹き出した。 「ぶはっ・・・!おっまえ、なんだよ?!俺はまだ何も言ってねぇだろうが」 「ご、ごめん、考え事してたから・・・」 「また余計なことをグルグル考えてんだろ。言っただろ?純粋にこの旅を楽しめって。ここにいるのは俺とお前だけ。誰にも邪魔はさせねぇ」 「う・・・・うん・・・」 誰にもって・・・・・そんなことを言われたらますます意識してしまうではないか! 「って、こんなこと言うと余計考えこんじまうのがお前だよな。まぁいい、夕食には少し早いし、泳ごうぜ」 「えっ?!」 「心配すんな。プールもプライベートビーチにも誰も来ねぇから」 「誰もって・・・」 むしろそっちの方が緊張するんですけど!! 「ほら、部屋に行って着替えるぞ」 「え、えぇえぇっ?!」 戸惑うつくしをよそに、半ば引き摺られる形で上機嫌な司に連れてこられた部屋には、所狭しと様々な衣装が準備されていた。 「お前の分の着替えはここに全部あるから。水着も何種類か準備してっから着替えて来いよ」 「みっ、水着っ?!」 思わず裏返った声を上げたつくしに司が呆れたように笑う。 「なんだよ?泳ぐんだから当然だろ?」 「いいいいいいや、そういうことじゃなくて、水着って・・・・」 「素っ裸の方がいいのか?」 「ちっ、違うっ!!!」 「ははっ、だろ?じゃあどれか好きなのを選んで来いよ。俺は先にプールで待ってっから」 「えっ・・・」 司は颯爽と部屋を後にする。だが一度出た後顔だけ戻して捨て台詞を残していった。 「水着着て来なかったらマッパにするからな」 そう言ってニヤッと笑うと、今度こそ出て行ってしまった。 一人ポツンと取り残されたつくしは口を開けたまま動けない。 「・・・まっぱ・・・・?・・・・・・・・・・・・・・・ひぇえええええぇええぇっ!!」 その姿を想像して悶絶すると、思わずその場に蹲ってしまった。 **** ザバンッ、バシャバシャバシャ・・・・・・・ 青く澄んだ空に水しぶきの音が響き渡る。 その音はプールの中央で綺麗なフォームで泳いでいる男の動きにシンクロしている。 やがて水から顔を上げると、その視線とぶつかった。 「おっまえ、おっせーよ!どんだけ待たせりゃ気が済むんだ」 「だだだだ、だって・・・・!」 散々悩むだけ悩んでやって来たのはあれから30分近くたってからのこと。 司はプールサイドまで寄ってくると、ストレートになった髪を掻き上げながらつくしを見た。 「つーか何なんだよ、その格好は」 「えっ?!何か変、かな・・・?」 明らかに不満そうな声を上げる司につくしは自分の体をキョロキョロと見回す。 「水着着て来いっつっただろ?」 「えっ、だから着てるよ?」 「なんなんだよ、その上着は」 「このパーカー?これはほら、何て言うか、そ、そう!日よけなの!」 「日よけぇ~~?!」 司の眉間に怪訝そうな皺が寄る。 うぅっ!そんなに不機嫌そうな顔しないでよ! これでも相当頑張ってる方なんだから! そんなことを心の中で叫びながらつくしはパーカーの裾部分をギュッと握りしめた。 あれから、部屋に用意された水着を見てつくしは卒倒してしまった。 何故ならビキニしかなかったから。ヒラヒラのフリルから超絶セクシー紐パンまで、十種類ほど準備されているにもかかわらずあるのはビキニだけ。きっと司がそう指示したのだろうと思うと張り倒してやりたいくらいだ。 だがマッパにされるのはもっと大問題だ。 つくしは納得がいかないながらも悩むだけ悩んでその中でも一番健康的なスポーティなデザインのビキニを選んだ。そしてクローゼットからパーカーを引っ張り出すと速攻でそれを身につけたのだ。 「そのままじゃ泳げねぇだろが。脱げよ」 「や、やだっ!」 裾を掴んだ手にますます力が入る。 「やじゃねーよ。早くこっちこい。泳ぐぞ」 「い、いいいいっ!あたしはあんたが泳ぐのを見てるだけで充分だから!」 「ばーか。じゃあ何のために着替えたんだよ」 「それはっ!あんたがそうしなきゃマッパにするって言うから・・・!」 「ったりめーだろが。せっかくこんなとこに来てんのに泳がないバカはいねぇだろ」 「ここにいますっ!!」 はいっと手を挙げるつくしに呆れたように息を吐く。 「あ、これなんだ?」 「えっ?」 「俺の手、ちょっと見てみろよ」 「えっ?何々?・・・・・・・・・?」 突然プールサイドに手のひらを置いた司につくしは不思議そうに首を傾げる。 示された場所がよく見えないと少し前屈みになった時だった。 グイッ! 「えっ?!」 バッシャーーーーーーーーーーーーーン!!!! 近付いてきたつくしの手を掴むと、司は思いっきりその体を引っ張った。 無抵抗のつくしの体は見事にプールにダイブする。 「っぷはっ!!あっ、やだやだやだ!顔が出ないっ!助けてっ!!」 つくしの身長では足をつけてもやっと口が出るか出ないかの深さがあり、予期せぬ事態にパニックを起こしてバシャバシャと暴れ回る。 司はそんなつくしの後ろから手を回すと、凄い力であっという間に自分の元へと引き寄せた。 「バカ、暴れんな。逆に溺れんだろうが」 「はぁっはぁっはぁっ・・・あ、あんたがいきなり落とすからでしょおっ?!」 「お前が泳がねぇとか言うからだろうが」 「だからってここまでしなくてもっ・・・・このバカっ!!」 バカというセリフに司のこめかみがピクリと動く。 「あぁ?誰がバカだって?じゃあバカの助けなんかいらねぇな」 「えっ?きゃあっ!!やだやだやだ、離さないで、離さないでぇっ!!!」 自分の腰に回された手の力がフッと抜けていくのを感じると、つくしは慌てて司の首にしがみついた。 「前言撤回するか?」 「・・・・するからっ、撤回しますからっ!お願いだから離さないでっ!」 ギューーーーーっと必死でしがみつくつくしに満足そうに笑うと、司は背中に回した手に力を入れて再びつくしの体を引き寄せた。こんな密着状態めったにないが、今のつくしはそれどころではないようだ。 「パーカー、もう意味がねぇから脱がせるぞ」 「えっ?!」 ようやく呼吸が落ち着いてきた頃に聞こえた思いもしない言葉に顔を上げる。 「だ、ダメっ!」 「だめじゃねえ」 ファスナーにかけた手が遠慮なしに下ろされていく。つくしは片手で司に掴まりながらも、もう一方の手で必死にその動きを止めようと抵抗する。だがそんな抵抗も虚しく、あっという間に全てが引き下ろされてしまった。 開いたパーカーが左右にプカプカと浮き上がり、着ていた水着が露わになる。 「相変わらず色気のねぇ水着だけど・・・よく似合ってんじゃん」 「~~~~っ!!もうっ、信じらんない!バカバカバカバカっ!!」 真っ赤な顔でポカポカ胸元を殴りつけてくるつくしに司はククッと喉を鳴らす。 「ばーーーーーーか。お前が無粋なことするからだろ」 「だって・・・!」 「だいたいわかってんのか?俺は既にお前の裸なんて見てんだよ」 「えっ?!」 「あん時、ここで見ただろうが」 つくしの脳裏に6年前の出来事が走馬燈のように蘇ってくる。 司に全てを委ねるつもりで肌を晒したあの夜のことが・・・・・・・ 「あああああああああ、あれはっ・・・!」 「それに。どうせ今日だって嫌ってほど見んだから水着ぐらいでガタガタ言ってんじゃねぇよ」 「いっ・・・?!」 嫌ってほど・・・? 見る・・・? その言葉を脳内で繰り返しようやくその意味がわかったところでボンッと爆発した。 予想通りの反応に肩を揺らすと、司はそのままスーッと背泳ぎを始めた。まるでラッコの親子のように、つくしが司の上に横たわっている。 「すげーいい天気だな」 「・・・・うん」 言われて視線を上げると、燦々とした太陽と青々とした空が自分たちを見下ろしていた。 こうしているとまるで・・・・・ 「地球上にいるのが俺たちだけみてぇだな」 「えっ?!」 驚きの声を上げたつくしに司が泳ぐのをやめて立ち上がる。 「なんだよ?」 「えっ、あ・・・いや、おんなじこと考えてたからびっくりして」 「・・・へぇ~、相思早退だな」 「へっ?」 「だから、相思早退だっつってんだよ」 フンと満足そうに自分を見下ろしている見た目抜群の色男が台無しだ。 「プッ・・・・・・・あはははははは!相思早退って何よ?相思相愛でしょ?早退してどうすんのよ、あははっ!」 「あぁ?お前何言ってんだ」 「何言ってんだはこっちのセリフでしょ?あんだけ仕事できるくせになんで日本語だけは弱いのよ・・・あはははっ!」 「うるせー、相愛も早退も大差ねぇっつんだ」 「いやいやあるからっ!」 ドツボにはまってしまったつくしの大笑いは止まらない。 時折涙を拭いながら目の前で笑うつくしを司は目を細めて見つめている。 しばらく笑い続けていたつくしも、やがて自分を見つめる熱い視線に気付くとピタリとその動きを止めた。至近距離で絡まった視線が逸らせない。 途端にドクンドクンドクンとあり得ないほどに心臓が暴れ始める。 ピタリと密着した状態では司にも伝わってしまっているに違いない。 「そうやって笑ってろよ」 「・・・・・・・え?」 「お前はいつもそうやって笑ってろ。・・・俺の傍で」 「・・・道明寺?」 ゆらゆらと揺れる瞳で見上げるつくしの頬に右手をあてる。 「そしてずっと俺の傍にいろ」 「・・・・道明寺・・・」 そう言った男の顔は真剣で。 信じられないくらい色気があって。 そしてかっこよくて。 ・・・・・・・・あぁ、あたしはこの男が本当に好きなんだ。 つくしは首の後ろに回していた右手を離すと、同じように司の頬に触れた。 「・・・・・・・うん。嫌って言われても傍にいるから覚悟して」 「・・・・・言ったな?そっちこそ絶対に離さねぇから覚悟してろよ?」 フンと不敵に笑う司に思わずプッと吹き出してしまったが、つくしはゆっくり大きく頷いた。 「うん、離さないで」 真っ直ぐに伝えた言葉に司の表情から笑顔が消える。 真剣な顔で見つめあうことどれくらいだっただろうか。 司の親指がつくしの唇をツーッとなぞったのを合図に、その顔が徐々に近付いてくる。 近付いてくる顔をまるでスローモーションのように見つめながら、やがて司の瞳が閉じられたのを最後につくしの視界も真っ暗になった。 一つに重なり合った影は、水面に反射する光でキラキラキラキラ輝いていた。 ![]() ![]() |
あなたの欠片 38
2014 / 12 / 17 ( Wed ) 直前までの穏やかな空気は何処へ。室内に言葉にできない緊張感が走る。
葉子がこの場に来るとは寝耳に水だったのだろう、シンディも驚愕の顔で思わず立ち上がったまま固まってしまっている。 「牧野」 言葉も出せずに止まったままのつくしが司の声で我に返る。 見れば真剣な顔の司がいつの間にか葉子の隣に立っていた。 「いかなる理由があっても今回のことはお前は完全に被害者だ。この女のやったことは絶対に許される行為じゃねぇ」 「道明寺・・・・・?」 「この女を警察に突き出すぞ」 司の放った一言につくしの目が見開かれる。 「まっ、待って!彼女とちゃんと話をさせて!」 「それは構わない。そのためにここに連れてきたんだからな。ただし話が終われば連れて行く」 「・・・・・・・・・」 警察に・・・? 相良さんが・・・? 確かに彼女のやったことは立派な犯罪だ。 だからそれは致し方ないことなのだろう。でも・・・・・ 「・・・相良さん、あの手紙は全てあなたが出した物で間違いないんですか?」 ついさっきアパートで自分からそのことを追及しておきながら、今はそれが間違いであって欲しいと思ってるなんて、なんという矛盾なのだろうか。 「・・・えぇ、全ては私がやったこと。間違いありません」 「相良さん・・・・・」 だがそんな微かな願いも虚しく、あっさりと認めてしまった葉子につくしは二の句が継げなくなってしまう。室内を何とも気まずい静寂が包み込む。 「あ、あの・・・」 しばらく続いた沈黙を破ったのはつくしではなかった。 「うちの父があなたに依頼をしたというのは本当ですか・・・?」 顔色が悪いながらもシンディは気丈に振る舞おうと葉子に声をかける。 本当ならば心中穏やかでないはずだ。いかなる理由であれ自分の愛する者と関係をもってしまった女を目の前にしているのだから。 対する葉子も既に戦意喪失してしまっているのか、恋敵であるシンディを見ても取り乱した様子もなく、ただぼんやりと声のする方に顔を向けるだけ。 「・・・2年ほど前、仕事帰りに男の人に声をかけられたんです。この男性を何としてもおとしてくれませんかって。謝礼は弾みますからって。見ればずっと好きだった男性じゃないですか。私には迷う理由なんてありませんでした」 「・・・・・・」 「別にお金なんてどうでもよかったんです。どんな形であれあの人を手に入れるチャンスがもらえるなら、私にとってはなんでもよかった。それだけのことです」 淡々と。 何の感情も読み取れない顔で葉子は言葉を連ねていく。 その異様とも思える様子に誰も何も言うことができない。 「それからしばらくして彼が落ち込むときがもうすぐくるから、その時が狙い目だって言われました」 「それって・・・・・・」 例の司との結婚報道だろうか? それともそれ以外にも直接彼に何か吹き込んだのだろうか。 つくしがシンディに目をやると、彼女は色んな感情が入り交じった複雑な表情をしていた。 当然だろう。目の前にいる女性が自分の恋人と関係をもってしまったというのに、それを後押ししたのは他でもない自分の肉親なのだから。 どうしてこうも人の心を踏みにじることが平気でできるのか、つくしは自分の事のように悔しくて堪らない。 「・・・・・・ごめんなさい・・・」 「・・・・・・・え・・・・?」 震える声で謝罪の言葉を口にしたのは葉子ではない。 「私の父が酷いことをして・・・・・本当にすみませんでした」 そう言うとシンディは葉子に向かって頭を下げた。その体は小刻みに震えている。 葉子を筆頭に、その場にいた誰もが予想外の展開に驚きを隠せない。 「な、なにを・・・・・・」 「彼とのことはともかく、父がしたことは人として許されることではありません」 「ふ・・・ふざけないでっ!そうやって上から目線で見下してるつもり?憐れな女だって。あなたの情けなんか死んでもいらないのよっ!」 「相良さ・・・・」 「ふざけてなんかいませんっ!!」 感情的に言葉を荒げる葉子を止めようとつくしが口を開いたのと同時に、シンディの悲痛な叫び声が響き渡った。つくしも葉子もその声の大きさに驚き言葉を詰まらせる。 「ふざけてなんかいないっ・・・!本当ならあなたを殴ってしまいたいくらい憎い!・・・それでも、あなたに対して失礼なことをしたのは紛れもない事実だから・・・だから・・・・・」 「シンディさん・・・」 「父の無礼な行為はこの通り謝罪します。本当にごめんなさい。・・・・・ただし彼のことは話は別です。私は彼を諦めませんし、あなたもそのつもりなら正々堂々戦いますから」 「なっ・・・?!」 つくしは目の前で繰り広げられるまさかの展開に口を開けたまま動けないでいる。 いや、もともと誰かの支えがなければ動けないのだが、そういうことではなく、シンディの凜とした姿に同じ女性として感動すら覚えていた。さっき自分を羨ましいと言っていた女性の方がよっぽど強い芯を持っているではないか。 「それからもう一つ。関係のないことで牧野さんと道明寺さんを巻き込んでしまったことをここでちゃんと謝ってください」 「な、なんですって?!」 「当然です。私もさっき謝罪しました。あなたも逃げないでください」 「ふ、ふざけないでっ!どうしてあなたにそんなことっ!!」 カァッと葉子が逆上して声を荒げたときには既にその右手が宙を舞っていた。 危ないっ・・・! パシィッ!! 室内に響いた乾いた破裂音に思わずつくしは目を閉じる。 シーンと静まりかえった後に恐る恐るその目を開いていくと、予想とは違う光景が広がっていた。 「いい加減にしろよ」 「なにを・・・・痛っ・・・!!」 葉子の振り上げた右手を掴んだ司は、ギリギリと締め上げるようにその手に力を込める。途端に葉子の顔が苦痛に歪んだ。 「道明寺っ!乱暴はやめてっ!!」 「うるせーよ。こういう女はな、自分が痛い目にあわねーとわかんねぇんだよ」 「痛いっ!はなしてっ・・・」 「道明寺さん、やめてください!」 シンディも必死で止めに入るが司は聞く耳を持たない。 痛みに顔を歪めて怯える葉子を冷たく見下ろしたまま、司は掴んだ手を離そうとはしない。 「お前、牧野に何したかわかってんのか?無関係な人間を脅して追い込むだけじゃ飽き足らず、首を絞めて殺そうとしたんだぞ」 「えっ・・・?!」 初耳のシンディが驚愕し、司に触れていた手がピタリと止まってしまった。 「道明寺、やめてっ!!」 「人を殺そうとしておきながら痛い、放せだと?ふざけてんじゃねーぞ。牧野が受けた苦しみはこんなもんじゃねぇんだよっ!」 「道明寺っ!きゃあっ?!」 「牧野っ!」 「牧野さんっ!」 ドサッ! 必死で司を止めようと立ち上がったつくしの体がそのまま前のめりに倒れてしまう。 司は慌てて手を離すとすぐにつくしの元へと駆け寄った。 「おい、牧野っ!!大丈夫かっ?!」 「だ、だいじょうぶ・・・へへ、立てないこと忘れてた」 血相を変えて自分を抱え起こす司につくしは恥ずかしそうに苦笑いする。 そんなつくしの様子にピキッと青筋を立てると、司は雷のような怒鳴り声を上げた。 「このバカッ!!また大怪我してぇのかっ!!」 「っ、したいわけないじゃん!でもこうでもしなきゃあんた止まってくれないでしょ?!」 「あぁ?ふざけんな!あの女が何をしたかわかってんのか!」 「そんなのわかってるよ!だからこそ自分で決着をつけたいの!これ以上道明寺が悪役を買って出ないで!」 「あ・・・?お前、何言って・・・・」 「道明寺があんなことするのはわざとでしょう?強く出られないあたしの代わりにけじめをつけさせようとしてくれてるんでしょう?それくらいわかるよ!」 予想もしていなかったのか、目の前の司の顔が驚愕に染まる。 「でもそんなのは嫌なの!あんたにこれ以上そんなことさせたくない。自分のことはちゃんと自分でするから!」 「牧野・・・・・・」 完全に図星だったのだろう。つくしを支える司の手から力が抜けていくのがわかる。 つくしはそんな司の腕をギュッと掴んだ。 「お願い、道明寺。あたしを相良さんのところまで連れて行って」 「牧野・・・・」 「お願い」 上目遣いで真剣にお願いをするつくしに、司ははぁーーっと盛大に溜め息をついた。 「・・・かったよ。ほら、掴まれ」 「ありがとう」 さすがに状況を読んでくれたのだろうか。司はつくしを抱きかかえることはせず、体を支えるようにして立ち上がらせると、そのままゆっくりと葉子の元まで歩いていった。 2人のやりとりに呆気にとられていた葉子が目の前に来たつくしにハッとする。 「あ・・・・」 「相良さん・・・」 シンディに牙を剥いていたのが嘘のように、葉子は怯えた様子でつくしを見ている。 つくしはすーはーと何度も何度も深呼吸を繰り返すと、やがて意を決したように口を引き締めた。 パチンッ! 「・・・・・・・・・・・・・・・え?」 何が起きたかわからずに、葉子が目をパチパチと瞬かせる。 つくしはそんな葉子と自分の右手を見ながらはっきりと言った。 「叩いてごめんなさい。でもこれは私なりのけじめです。相良さんも被害者の一人だとは思ってます。どんな事情であれ、巻き込まれた一人であることに違いはないんですから。でもそれと同時にあなたは加害者でもある」 「牧野さん・・・」 「私、この1年半本当に悩みました。苦しかった。そして怖かった。毎日見えない敵に怯えて暮らしてました。・・・自分のことならいい。でも、道明寺を標的にしたかのような脅しはやっぱり許せない。やるなら私に直接やればよかったんです」 「な、何を言って・・・」 驚く葉子につくしはフッと笑みを浮かべた。 「そうしたら私も正々堂々戦ったのに。言っておきますけど私強いですからね?っていうかしぶといですよ。絶対に負けない自信ありますから。だからさっきの一発は卑怯なやり方をしたあなたへの制裁です。そして一番してはいけない行動をとってしまったことへの」 「・・・・・・・・・・」 「でも相良さんはいつも会社で私のことを本当に気遣ってくれていたから。あの優しさは嘘じゃないってわかってるから。・・・だからこの一発で全てはチャラです」 「牧野?!」 「今後今回の件で互いに後を引くことがないように。約束してください」 驚いた司の声を無視してつくしは葉子に言い切った。 葉子もまた驚きに目を見開いたままつくしを見ている。 「おい牧野、お前まさかこれで幕引きするつもりじゃねぇだろうな?!」 「その通りだよ。これで全てはおしまい」 「っざけんな!お前自分が何されたかわかってんのか!」 つくしの両腕を掴み司が迫るがつくしは怯まない。 「わかってるよ!・・・わかってる。確かに甘いこと言ってるのかもしれない。それもわかってる。でも相良さんへの制裁はもう下ってると思う。それに・・・彼女はもう二度とこんな過ちは繰り返さないと思うから」 「何を根拠にそんなバカなことを・・・」 「根拠?・・・あたしの直感かな」 「はぁっ?ふざけんなよ!」 「ふざけてなんかいない!これでも彼女とは2年間近く一緒に仕事してきてるの。どっちが本当の彼女か私は知ってる。それに、誰だって間違いの一つくらいあるでしょう?!あたしだって、道明寺だって!」 「牧野・・・・・・」 「だったら気づいた時にやり直せばいい。あたしたちだってそうやってここまで来たんじゃないの?!」 驚き言葉の出ない司に構うことなくつくしは続ける。 「それに・・・どっちにしたってあたしは被害届を出すつもりはないから不起訴になるだけだよ。 そんなの時間の無駄だと思わない?」 「牧野・・・・・・」 ニコッと笑ったつくしを呆れたように見下ろすと、やがて司が超特大の溜め息をついた。 「はぁ~~~~~~~っ。・・・わかったよ、好きにしろ」 「えっ、ほんとに?いいの?!」 「いいのって・・・お前がそうしてくれって言ったんだろうが」 自分で言っておきながら何を言ってんだとばかりに司が呆れかえる。 「あ、あはは、そうだけどさ。道明寺ならもっと反対するかなと思って・・・」 「もういいよ。お前がこうと決めたらテコでも動かねぇのがわかってるからな。俺としては納得してねぇが被害者であるお前がそう言うならこれ以上は何も言わねぇ」 「道明寺・・・・ありがとうっ!!」 「うおわっ!」 つくしは喜びの余り人目も憚らず司に思いっきりダイブした。 つくしらしからぬ行動に最初こそ驚いていたが、役得とばかりに司もその体を抱きしめる。 そこで初めて自分の取った行動につくしが我に返った。 「ど、道明寺っ、ごめんっ、もう離して!」 「離さねぇ。くっついてきたのはお前だろ」 「そうだけど!興奮してたっていうか、ちょっ、皆見てるからっ!」 「そんなん知るか」 「ちょちょちょ、ちょっとぉ~~?!」 手の力は緩むどころか増すばかり。それにあわせてつくしのパニック度合いも増していく。 「・・・・・・っく、」 その時、ジタバタ暴れ回るつくしの横から引き攣るような声が聞こえてきた。 ハッとして顔を上げれば2人を見ながら葉子が大粒の涙を流していた。 「さ、相良さ・・・」 「ごめんなさいっ!ごめんなさい!ごめんなさいっ・・・!牧野さんも、道明寺さんも、そしてシンディさんも・・・本当にごめんなさいっ・・・!!」 そう言って泣き叫ぶと、葉子はその場に土下座した。 まさかの事態に全員が言葉に詰まり身動きすらとれない。 「全ては私が悪いんです。裕二さんに何度も何度もしつこくつきまとって・・・その度にはっきりと断られ続けたのに、それでもどうしても諦められなくて・・・。そんな時に舞い込んだ話についいい気になってしまって・・・どんなことがあったってあの人が自分に振り向いてくれることはないってわかってたのに!それなのに・・・」 「相良さん・・・」 「あの時だって・・・半ば脅すような形で一緒に飲みに行ったときだって、彼は少しも隙を見せなかったんです。言われた通り彼は落ち込んでました。それでもちっとも私にはなびいてくれなくて・・・・・だから、だから・・・・悔しくて彼が席を離れたときに私は睡眠薬を・・・」 「えっ?!」 思わぬ一言に全員が声をあげる。 葉子は涙でグチャグチャになった顔を上げると、驚きに固まるシンディを見上げた。 「私は持病で睡眠薬を常備しているんです。だからついあの時・・・・・・。本当はあの日彼とは何もなかったんです。本当にごめんなさいっ・・・!!」 「な・・・・にも・・・・?」 「はい。・・・彼を眠らせることはできても当然ながらそれ以上は何もできませんでした。だから眠った彼を騙すような真似をしてしまいました。既成事実をでっちあげても彼のあなたに対する気持ちは揺るがなかった。それが許せなくて・・・そんな時に結婚の噂を知ったんです。道明寺さんと牧野さんのことは学生時代に知っていたから、だったらあなた達が別れればいいって・・・。全ては私のやったことなんです。本当にごめんなさい!!!」 全てを吐き出すと、葉子は額を床につけて土下座をしたまま泣き崩れた。 それを見下ろしているシンディの瞳からも涙が零れている。 それぞれの想いが痛いほど交錯しているのを、つくしも司もただ黙って見守ることしかできなかった。 「相良さん、顔を上げてください」 あれから10分ほどは経っただろうか。ようやく葉子が落ち着いてきたところでシンディが名前を呼んだ。ゆっくりと上げた顔はお世辞にも綺麗とは言えないほどグチャグチャになっていて。 パンッ!! 「えっ?!」 さっきよりもよっぽど大きな破裂音につくしが驚きの声を上げる。 葉子も頬を押さえたまま固まっている。シンディの左手が葉子の頬を直撃したのだ。 シンディは目を閉じてふーっと息を吐き出すと、目を開けるのと同時にニコッと笑った。 「私もこれで全てをチャラにします。お互い引き摺ったところで何もプラスになることはありませんから。過ぎてしまったことで悩むより、私は未来のことを考えたいと思ってます」 「シンディさん・・・・・・」 「だからあなたも自分のしたことを本当に悔いているのなら、もう二度とこんな過ちを繰り返さないと約束してください。それが私たちのあなたへの制裁です。・・・ですよね?牧野さん」 「へぇっ?!あっ、そうです。そういうことですっ!」 突然自分に話をふられてなんとも情けない声が出てしまう。 「くっ、お前、へぇっ?!はねーだろが。へぇっ、は」 「そっ、そんなこと言ったって仕方ないじゃん!まさか自分にくると思ってないんだから」 「くっ、ははは!ったくお前はいつまで経っても変わんねーな」 「そ、そんなに笑わなくていいでしょ?!」 「ふ、ふふ、あはははっ!」 「あっ、シンディさんまでひどいっ!」 「ご、ごめんなさい、でもおかしくて・・・あははは」 お腹を抱えて笑う司とシンディにふて腐れるように視線を動かせば、瞳に涙を溜めた葉子と目が合った。つくしが苦笑いをすると、その瞳からぽろりと涙を零した後に葉子もほんのりと微笑んだ。 つくしもそんな彼女を見て大きく頷いて笑った。 結局、つくしの望み通り葉子を警察に突き出すことはしなかった。本人は自ら出頭すると言ったが、つくしがそれを許さなかった。その代わり条件を突きつけた。絶対に会社はやめないようにと。 逃げることは許さない。彼女が仕事で頑張っていることを知っていたし、会社をやめて殻に閉じこもることだけはさせたくなかった。 本当に悪いと思っているのならそうしろとのつくしの申し出に葉子は驚いていたが、最後は涙を流しながら「ありがとう、ごめんなさい」と何度も何度も言っていた。そしてまた正式な形で謝罪に来させて欲しいと頭を下げて帰っていった。 シンディはシンディであらためてつくし達に一連の騒動を謝罪すると、すぐに社を後にした。 きっと彼のところへ向かったのだろう。真実を知った彼がどうするかは誰にもわからない。 それでも、彼らの絆が本物ならば、きっとまたその線は繋がるに違いない。 _______自分たちのように。 「道明寺、ありがとうね」 「あ?何がだよ」 全てを終えて邸に帰るリムジンの中、司の腕に抱き込まれたままつくしは呟いた。 「本当は最初から私がああすることがわかってたんでしょ?」 「は?何の話だ?」 「被害届を出すつもりもないし、全てを赦すつもりでいたってこと。それをわかった上でわざとあんなことしたんでしょ?ただ赦すだけじゃ示しがつかないからって」 「だから何の話だよ。知らねーな」 ぶっきらぼうに返すだけの司につくしはクスッと笑う。 「いいの。言いたいだけだから。・・・・・・ありがとう」 そう言うと、つくしは胸元の服をギュウッと握りしめた。自分の背中に回された手にも力がこもる。 「・・・・・あとね、道明寺に言わなきゃいけないことがあるんだ。・・・その、あたし・・・」 「記憶が戻ったって?」 「えっ?!」 自分で言うよりも先に言われた言葉につくしが驚いて顔を上げる。 「何だよその顔は。そんなんとっくだろ。そもそもお前、さっきの会話を思い出してみろよ。記憶が戻ってなきゃできねぇ話がほとんどだっただろうが」 「あ」 ・・・本当だ。 言われて初めて気付いた。 どう考えても記憶がなければできない話がこれでもかと出てきている。 じゃあ彼はとっくに気付いていたってこと・・・? 「ま、それ以前に昨日の時点でわかってたけどな」 「えっ?」 「タマからお前の様子がおかしいって聞いててな。少しずつ記憶が戻りつつあったし、もしかしたらって。で、実際お前に会って確信したんだ。俺も同じ経験してるしな。お前を見て一発でわかったよ」 「そ・・・そっかぁ・・・・なぁ~んだ。とっくにばれてたのかぁ・・・あはは」 やっぱりこの男には敵わないような気がする。 「お前の記憶が戻る前に決着をつけたかったんだ。色々調べていくうちにあの女が浮上してきて、シンディの話でそれが決定づけられた。とはいえあの女が動かないことにはこっちも手が出せない。だったら動かしてやろうってな」 「それって・・・」 「あぁ。今日の記者会見だ。もともと提携に合わせて会見はするつもりだったんだ。婚約会見もな。だからわざと少しディレイ放送にしてあの女が動くのを待ってたってわけだ。本当ならもっと早く俺が行けるはずだったんだけどな。ちょっと仕事で手間取ってる間に・・・悪かったな、怖い思いさせて。大丈夫か?」 そう言うとつくしの首筋をそっと撫でる。 「大丈夫だよ!ほんとに大丈夫。・・・・・・あたしの知らない間に色々頑張ってくれてたんだね。・・・・ほんとにありがとう。それから・・・忘れちゃっててごめん」 「本当にな。・・・・・・って言いたいところだけど、俺にはその資格はねぇからな。しかもお前よりよっぽど質が悪かったしな」 「あははは、それは言えてる。じゃあお互い様ってことでチャラだね」 「・・・だな」 クッと笑うと、司の顔が近付いてくる。 つくしはそんな司を見つめながら、やがて静かに目を閉じて彼を受け入れた。 それから2人揃って邸に帰ると、婚約会見をしたことに浮ついていた邸の人間につくしの記憶が戻ったことが伝えられた。なんとなくそれに気付いていたタマを筆頭に、邸中の人間が号泣し、一晩中飲めや歌えやの大騒ぎとなったことは言うまでもない。 そして_______ ***** 「はい、いいですよ。じゃあ自分の足で立ってみましょうか」 「は、はいっ・・・・・・!」 心臓が口から飛び出そうなほどドキドキしながらつくしは恐る恐る左足を地面に下ろしていく。 ゆっくりとそこに体重をかけると、半年ぶりに自分の力だけで立ち上がることができた。 「よく頑張りましたね。すぐに前のように運動したりはまだ無理ですが、日常生活を送る分にはもう大丈夫ですよ」 「あ、ありがとうございますっ・・・!先生、ありがとうございましたっ!!」 「牧野さんの努力の結果ですよ。私たちも牧野さんに色んなことを教えてもらいました」 「先生・・・・・・・うぅっ、ありがとうござびばす~~」 「はははっ」 涙まじりにお礼を言うつくしにその場にいた誰もが笑った。 あれから一週間。ついにつくしの松葉杖が外れる日がやって来た。 まだまだ通常の感覚までとはいかないが、もうこれで全てが解決したことになる。 「あ・・・松葉杖も外れたんだからこれからのことちゃんと話し合わないとなぁ・・・」 住む場所に仕事。 婚約をしたとは言え、あれは司の一方的なものでまだ具体的なことが決まっているわけでもない。 やはりきちんとけじめはつけなければ。 そんなことを考えながら、いつものように斉藤が待つエントランスへと向かう。 もうこの日課ともお別れだ。何て誇らしい別れなのだろうか。 「・・・・・あれ?」 エントランスを出ると、いつも斉藤が待っている場所に車が見当たらない。 どうしたのかとキョロキョロと辺りを見渡したところでつくしの視線がピタリと止まった。 「・・・・え?」 「よう」 「え、どうしたの?仕事は・・・・・・?」 今日は平日だ。 いるはずのない司が目の前にいることにつくしは状況が理解できない。 「行こうぜ」 「えっ?」 「今から行くぞ、旅行に」 ポカンとするつくしに、司が宣言した。 ![]() ![]() |
あなたの欠片 37
2014 / 12 / 16 ( Tue ) ・・・・・・・・・・・・・・・・・いたたまれない。
一体何がどうしてこうなった。 四方八方から突き刺さる視線に今にも死んでしまいそうだ。 「ね、ねぇっ!」 「あ?なんだよ」 「お、お願いだから下ろして!自分で歩けるからっ・・・!!」 「ダメだ。今は無理させらんねぇし、こっちの方が早いだろ」 「そんなこと言ったって、皆が・・・・・・・・」 顔面蒼白で慌てふためくつくしとは対照的に、司は至極冷静なままだ。 「それに。言っとくけど今松葉杖ねぇから。だからお前はこうするしか選択肢がねぇんだよ」 「なっ・・・!」 「潔く諦めろ。恥ずかしいなら胸元に顔を埋めて隠れとけよ」 「うぅっ・・・」 松葉杖がないって・・・・・それって絶対計画的犯行でしょうが!! 最初からわざと見せつけるつもりでそうしたに違いない。 司の思うツボなのが腑に落ちないが、それでもこの羞恥プレイには耐えられそうもない。 つくしはギロリと司を恨めしく睨むと、そのまま周囲から見えないように胸元に顔を埋めた。クッと笑ったのが胸から伝わってくる。 あぁ、本当に憎たらしいっ!! あれから________ わけもわからず連れてこられたのはまさかの道明寺ホールディングス本社だった。 どこに行くのかと色々考えていたがまさかここだとは思わなかったつくしは呆気にとられる。 しかもそんなつくしをさらに驚かせたのが司のとった行動だ。 着いて早々つくしの体を抱き上げたまま歩き始めると、こともあろうに正面エントランスから堂々と入っていったではないか。つい先程テレビで記者会見をしていた副社長の登場に、当然のことながらその場が騒然となる。 しかもその手には女性を抱きかかえているのだからその騒ぎたるや凄まじい。 元来目立つことが大嫌いなつくしにとって、お姫様抱っこで公衆の面前に晒されるなんてもはや拷問に等しい。 キャーキャー黄色い悲鳴や異様なざわつきが響き渡る中を何人も寄せ付けずに颯爽と歩くその姿に、その場にいた誰もが息を呑んだ。 「副社長、お疲れ様です。お待ちしておりました」 「あぁ、あの女は?」 「既にお待ちです」 やがて役員専用のエレベーターまで辿り着くと、見覚えのある顔がそこで待ち構えていた。一言二言司と言葉を交わすと、その視線がつくしへと移される。目があった瞬間、つくしの心臓がドキッと跳ねた。 「牧野様、ご無沙汰しております」 「あ、ご無沙汰しています。・・・・・・西田さん、ですよね?」 「はい、そうです。覚えてらっしゃいますか?」 「あ、はい・・・・」 あまりいい記憶ではありませんけど、とは口が裂けても言えない。 「きっといい記憶は残っておられないでしょうね」 「えぇっ?!ど、どうしてそれを・・・」 また心の声が出ていたのだろうか?! 「いえ、最初のは出ていませんでしたよ。つい今しがたの声は聞こえていましたが」 「えぇっ!す、すみませんっ」 「とんでもございません。謝る必要などどこにもありませんから。全て事実ですし」 「い、いや、それはそうかもしれませんけど・・・っていやいや、そうじゃなくて」 鉄仮面の西田と終始慌てふためくつくしのやりとりに、とうとう司が吹き出した。 「・・・・くっ、ははっ!ったくお前は相変わらずだな」 「だ、だって・・・」 「まぁいい。お前はそれでいいんだよ。じゃあ西田、行くぞ」 「かしこまりました」 ガタンと開いた扉の中に入ると、3人を乗せたエレベーターが静かに上昇し始めた。 「おい、見たか?今の」 「副社長が笑ってたぞ・・・・・・」 「信じられない・・・」 「っていうかめちゃくちゃカッコイイ~~!!」 「それよりあの女の人は誰っ?!」 「誰ってお姫様抱っこまでしてるんだぞ?まさか・・・・・」 「えぇーーっ、うっそぉーーー!!!」 一瞬の出来事に、ロビーがしばらく騒然としていたなんてこと、当の本人達は知る由もない。 **** 30階で降りて見えてきたのは副社長室。 一体この先で何があるというのだろうか。 つくしは司に抱えられたまま目の前の扉を見てゴクッと喉を鳴らす。 そんなつくしの不安を吹き飛ばすかのように、司は勢いよく扉を開けた。 広い室内に入ると、すぐに誰かが立ち上がるのがわかった。 振り向いたのは栗色の髪をなびかせたとても綺麗な女性だ。 目の色が青っぽいことから日本人ではなさそうだということがわかる。 どこかで見たことがあるような。どこかで・・・・・・・ 「道明寺さん」 その女性はどこか不安そうな顔で司の方へと一歩足を踏み出した。 「牧野。彼女は今回業務提携するマキシリオンの一人娘のシンディだ」 「シンディ・・・?」 もう一度目の前の女性を見る。 ・・・あぁ、そうか。どこかで見たことがあると思ったら週刊誌に何度か載っていたんだ。 初めて見たのはもう2年以上前になるだろうか。 でもそんな人がどうしてここに?ますます意味がわからない。 「はじめまして。私はシンディ・カーターと申します」 「あ、はじめまして。牧野つくしと言います。あの、ごめんなさい!こんなところからの挨拶で・・・」 「いいえ、気になさらないでください」 つくしは未だに抱きかかえられたままの状態だ。いつになったら下ろしてもらえるのか。 そんなつくしの声が届いたのだろうか。 司は足を進めると、応接用の革張りのソファーにつくしをそっと下ろし、そのすぐ隣に自分も腰掛けた。それを見ていたシンディも向かいの席にゆっくり座る。 「あ、あの・・・道明寺、一体どういうことなの?意味がわからないんだけど」 「お前が知りたい謎の鍵を握る女だよ」 「えっ?!」 どういうこと? つくしは向かいに座る女性を見た。 「道明寺さんから少しお話を聞きました。牧野さんが大変な目にあってるって。・・・・・・・ごめんなさい、その原因は私にあるんです」 「ど・・・ういうことですか?全く話が見えてこないんですけど」 下げていた頭を上げると、シンディは神妙な面持ちで言葉を続ける。 「牧野さんを脅していた女性は・・・私の恋人と関係があったんです」 「えっ・・・・?」 「私と恋人の裕二はアメリカで生まれ育った幼なじみなんです。彼の両親は日本人、私はハーフということもあってすぐに仲良くなりました。中学生の頃から自然と恋人関係になって・・・でも大学で彼、日本に留学したんです。しばらく日本とアメリカでの遠距離が続いて・・・それでも上手くいってたんです。でも、3年前に合併の話が出始めてからギクシャクするようになってしまって・・・」 「3年前・・・?」 つくしの脳裏に3年前の一連の騒動が浮かび上がる。 司の父親の死後半年ほどでマキシリオンとの合併話、それにあわせるように結婚の噂が流れるようになったはずだ。 「結婚はただの噂だって言ったんです。彼もそれを信じてくれてました。・・・でも、私の父が彼との交際に反対していて・・・彼は国際弁護士を目指していたんですけど、私の結婚相手はそれ相応の立場の人間じゃないと駄目だって。それでも私たちの気持ちは変わらなかった。離れていても大丈夫だって信じてたんです。それなのに・・・」 そこまで話すとシンディの瞳がゆらゆらと揺れ始めた。 目尻に溜まった涙は今にも零れ落ちそうな状態でなんとかそこに留まっている。 「彼と一緒になりたいなら条件を呑めって父に言われてたんです。一つ目は遠距離恋愛中は一度も会わないこと。もう一つは私がアメリカの大学できちんと経営学を学ぶこと。この二つをクリアできたら結婚について考えてもいいって。だから未来を信じて必死で頑張りました。・・・・・でも父は最初からそんなつもりはなかったんです」 「・・・・どういうことですか?」 「彼が日本に留学したのも全て父が裏で手を回していたんだと後でわかりました。私と同じようにそれを乗り越えられるのなら一緒になることを認めるって。そして私たちはそんな事も知らずにまんまとその条件を呑んで・・・・そして離れている間にも父の手が伸びていたんです。お互いの知らないところで色んな妨害が入っていました。あの結婚の噂だってそうです」 なんだか聞きながら胸がザワザワしてくる。 まるでどこかで聞いたことがあるようなこの話は・・・・・・ つくしはチラッと隣に座る司に目をやると、同じように向こうもこちらを見ていて視線がぶつかった。 「どっかで聞いたことがあるような話だろ?」 「・・・・・・・うん」 「父の策略で私の知らない間に彼にはあることないこと吹き込んでいたみたいで・・・・さすがの彼も不安になっていたところで今度は女性をつかって彼に揺さぶりをかけたそうなんです」 「女性・・・・?・・・・・・それって、まさか・・・?」 つくしがハッとすると、シンディは静かに頷いた。 「そうです。牧野さんを脅していた女性、彼女が彼を誘惑していたみたいです」 「まさか・・・・相良さんが?!」 「はい。彼女は彼と大学で面識があったようです。そして一度告白をされたことがあったらしいんですが、当然ながら彼は断った。でも彼女の方は諦めがついていなかったみたいで・・・その報告を受けていた父がそこにつけ込んだようです。彼を何とか誘惑して欲しいと」 「そんな・・・!!」 「あの噂が世間を賑わせていたときに彼も相当落ち込んでいたみたいで・・・・その時酔った勢いで彼女と・・・・」 つくしが膝の上で作っていた握り拳にギュウッと力が入る。それは爪が食い込むほどに激しく。 「彼自身は覚えていないみたいなんですけど、自分のしてしまったことに落ち込んで・・・その後すぐに彼から別れを告げられました。私もその時は裏でそんなことが起きてたなんて何も知らなかったから、だから浮気したって言われてショックでショックで。そして許せなかった。・・・・・だからそのまま別れてしまったんです」 「ひどい・・・・・・ひどいっ!人の気持ちを一体なんだと思って・・・!!」 許せない、許せない、許せない!!! 全員の気持ちを蔑ろにしたあまりの仕打ちにつくしは怒りがおさまらない。 もともと彼を好きだった葉子からしてみれば、たとえそそのかされたのだとしても彼が手に入るのならばまさに渡りに船、願ってもないチャンスだったに違いない。そして弱っていた彼はその企みにまんまとはまってしまった。 全ての人間にとってあまりにも不幸すぎる結末だ。 「私も半ばやけになっていたときに初めて道明寺さんにお会いしたんです。噂では聞いていましたけど、実際は想像以上に素敵な方でしたし、いっそのことこのまま本当に結婚してしまってもいいかって思ってました」 「え?」 驚いて顔を上げたつくしにシンディは苦笑いする。 「でもその思いは瞬時に打ち砕かれました。私の申し出に道明寺さんは『一人の女以外必要ない』って一刀両断でしたから」 「え・・・」 「なんだよ、当然だろ?」 ちらりと自分をを見たつくしに司はさも当然とばかりに言い切る。 「合併の話が出たときに俺は最初に言っておいたんだ。政略結婚だのその類いの話は一切聞かねぇってな。その条件が呑めないなら一切話は進めないとも。あのオヤジはそれを了承した上で提携の話を持ち込んだ。まぁ腹の中ではあわよくばと思ってはいたみたいだけどな」 「・・・正直、当時のあの状況を考えればどちらかと言えば条件を出すのはうちの立場のはずなんです。それでも道明寺さんは一歩も引かなかった。凄いですよね。なかなかできることじゃないです。・・・・牧野さん、あなたは本当に愛されてるんですね」 「えっ、いや、それは・・・・・・」 口ごもるつくしにシンディがふふっと笑う。 「羨ましいです。どうして私も最後まで彼を信じてあげられなかったんだろうって。彼が簡単にそんなことをする人じゃないって誰よりも知っていたのに・・・」 「シンディさん・・・」 そう言って肩を震わせて俯いてしまったシンディに、つくしは胸が締め付けられる。 形は違えど、まるで昔の自分たちを見ているようだ。 「シンディさんは何も悪くないですっ!」 「え・・・?」 「悪いのは権力に物を言わせて人を操ろうとする人間です!お金持ちだって、あたしみたいな貧乏人だって、皆同じ心があるんです。それなのに、それなのに・・・・・・絶対に許せないっ!あなたは何も悪くないっ!!」 今にも立ち上がりそうなほどの勢いで息を切らせながら叫んだつくしに、その場がシーンと静まりかえる。 「ふ、ふふっ・・・・あはははは!」 「えっ?」 つい今しがたまで泣きそうだったのに突然笑い始めたシンディにつくしは呆気にとられる。 「あははは・・・・あ、ごめんなさい。お話には少し聞いていたんですけど、想像以上にパワフルで素敵な女性だったので思わず笑ってしまいました」 「え、それって・・・・・・」 「最初に道明寺さんに断られたときに聞いたんです。お相手はどんな女性なんですか?って」 「そ、それで・・・?」 「踏まれても踏まれても生えてくる恐ろしい雑草女だって言ってました」 「・・・・・・・・」 ・・・・確かにその通りだけど。 せめてもう少しそれらしく言ってくれてもいいってもんじゃないのか。 ジロリと隣に視線を送っても当の本人は涼しげな顔で笑っているだけ。 「でも今日あなたに会ってみてよくわかりました。どうして道明寺さんがあなたをそこまで好きになったのかを」 「えっ?」 「あなたくらいの女性でないと彼を支えることなんてできない。どんな逆境だって立ち向かえるだけの強さが私たちにはなかった。だから・・・・・」 そこまで言うとシンディの目からボロボロと涙が溢れ出した。顔を覆って肩を震わせるその姿は痛々しく、そして決して人ごとだとは思えない。 「シンディさん、私は強くなんかありません。必死で強くあろうとしているだけ。今だって昔だって弱いままなんです。現にちょっと脅されただけで怖くなって、私は道明寺と別れたつもりでいたんですから」 「えっ・・・?」 涙で濡れた顔を上げたシンディに今度はつくしが苦笑いする番だ。 「情けないけど本当です。しかもこれが初めてじゃないんです。私は過去にも同じ過ちを犯してるんです。こうすることが相手のためだなんて言いながら、本当は自分が傷つくのが怖くて逃げてるだけなんです。そんな私は強くも何ともありません。・・・・・本当に強いのは道明寺です。いつだって彼の揺るぎない想いが私を支えてくれてるんです」 「牧野・・・・・」 隣から熱い視線を感じるがつくしは前を見たまま。 「だからシンディさんも本当に彼が大切ならまだ間に合いますよ。お互いが同じ気持ちならば。諦めてしまったらそこで終わりです。私たちには何度ももう駄目だって思うことがありましたけど、残念ながらどっちも諦めが悪かったので今に繋がってるんです」 「牧野さん・・・・・・・ふふふっ、素敵ですね」 「我ながら諦めが悪いと思いますけどね」 つくしの言葉に泣き笑いを続けると、ようやくシンディも落ち着いてきた。 「私も彼と別れたはいいものの全く諦められなくて。納得がいかなくて。父に内緒で一度日本に来たことがあるんです。彼に内緒でアパートに行ったらびっくりするくらいやつれた彼がいて・・・・その時に初めて何かがあるって気付いたんです。彼は何も教えてはくれませんでしたけど、父に聞いたらあっさり認めました」 「ああいう奴らは自分が酷いことをしてるって認識が全くねぇからな。だから平然としてられんだよ」 「えぇ。全てを知った私は彼に復縁を迫りました。でもやっぱり彼は自分が許せないって。裏切ってしまったことには変わりないって。彼女とはあの1回だけの関係だったようですけど、その後も何度も関係を迫られているようで・・・。はっきりと付き合うことはできないと伝えてるみたいなんですけど、だんだん行動がエスカレートしているってポロッと零したんです。このままじゃ私にも迷惑がかかるからもう付き合うことはできないって」 行動がエスカレート・・・? もしかして・・・ 「彼女もそれなりの家柄の女性のようで、彼について色々調べたみたいです。そして私のことを知ったんでしょう。そんな中であの結婚の噂が流れたから、何としても私と道明寺さんの結婚を成立させたいと思ったんだと思います」 「まさか、それであたしに・・・・?」 「そういうことだな。まぁ言ってみればとんだとばっちりってわけだ」 「本当にごめんなさい。私のせいで・・・・・・」 再び頭を下げたシンディにつくしが慌てて止めに入る。 「や、やめてください!シンディさんは何も悪くないですから!ちょっと、道明寺っ!そんな言い方しなくていいでしょ?!」 「どんな言い方したって事実だろうが。こういうことは遠回しに言ったって仕方ねぇんだよ。事実は事実として話すべきだろうが」 「それはっ・・・」 「その通りです。牧野さん、全ては事実なんですから気にしないでください。変に宥められるよりもはっきり言われた方が私もすっきりするんです」 「シンディさん・・・・」 「先日週刊誌に私たちのことが載ってましたよね?あの日、父に頼んで道明寺さんと2人で会わせてもらったんです。父は何やら勘違いして喜んでその場を設けてくれましたけど。その時彼に私の知っていることを全て話したんです。もしかしたらあなたにも何か被害が及んでるかもしれないって」 「そうだったんですか・・・・」 きちんと理由があるとは思っていたけど、まさかそんなことがあったなんて。 「でも私が話す前に既に道明寺さんはほとんどのことを調べていたみたいです。あなたのことになると本当に凄いですね」 「そんなこと・・・」 ・・・・・あるかもしれない。 自惚れるつもりはないけれど、自分の事になるとこの男の勘は半端じゃないのだから。 そんなことを考えていたつくしの目の前でスッとシンディが立ち上がった。 「牧野さん、道明寺さん、直接私が何かをしたわけじゃないのだとしても、結果的に私たちのことでお二方に多大なご迷惑をかけてしまって本当に申し訳ありませんでした」 そう言うと2人に向かって深々と頭を下げた。 「シンディさん!お願いですからやめてください、顔を上げてくださいっ!道明寺っ、止めてよ!」 すぐに動けないことがもどかしい。 つくしは隣に座っている司の腕を掴んでユサユサと揺らす。だが司は動こうとはしない。 「道明寺っ!!」 「・・・・・いいんだよ。本人がそうしたいと思うならそうさせてやれ。それに間接的にお前に被害が及んだことは事実なんだ」 「でもっ・・・」 「お前が逆の立場ならどうする?罪悪感を感じるんじゃねぇのか?」 「そ、それは・・・・・」 「だろ?それと同じ事だよ。だったら気の済むようにさせてやれ」 「道明寺・・・・・・」 ・・・もしかして彼女がずっと後まで引き摺らないようにするため? これから先ちゃんと気持ちを切り替えられるようにしてあげるために? ・・・・本当にこの男は一体どれだけ大人になったというのだ。 離れていた時間が無駄ではなかったと思うと胸が熱くなる。 「・・・・わかりました。シンディさん、あなたのお気持ちは全て受け取りました。ですから顔を上げてください」 ゆっくり顔を上げたシンディの瞳にはやはり涙が溜まっていて。 つくしはそんな彼女に優しく微笑みかけた。 「だから後ろめたい気持ちに今日、この瞬間から綺麗さっぱりサヨナラしてくださいね」 「牧野さん・・・・」 「約束ですよ?」 「・・・・・・・・はい!本当にありがとうございます・・・」 目尻をグイッと拭うと、シンディは花のような綺麗な笑顔を見せた。 つられるようにつくしも満面の笑顔になり、その場が一気に温かい空気に包まれた。 優しい瞳でその様子を黙って見守っていたが、やがて司の表情が真顔に戻る。 「これでこっちは解決だな。・・・・・・残るはあと一つ。西田」 「はい。少々お待ちください」 ずっと部屋の隅で待機していた西田に声をかけると、彼は一旦部屋を出て行ってしまった。 つくしは司のやろうとしていることが理解できずに首を傾げる。 「道明寺・・・?まだ何かあるの?」 「お前、自分で忘れてんじゃねーよ」 「えっ?」 「ここから先はお前が一番の被害者なんだからよ」 「え・・・・なにが・・・?」 本当に意味がわからずポカンとするつくしに司は呆れたように苦笑いする。 ガチャッ 「失礼します。連れてきました」 「ここに連れてこい」 「かしこまりました」 戻って来た西田とSPに連れられるようにして部屋に入ってきた人物に目を奪われる。 そこで初めてつくしは自分にさきほどまで起こっていたことを思い出した。 「相良さん・・・・・・」 目の前には憔悴した様子の葉子がいた。 ![]() ![]() |
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2014 / 12 / 14 ( Sun )
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あなたの欠片 36
2014 / 12 / 14 ( Sun ) 予感はしてた。 どうしてだかはわからない。 けれど、昨夜あいつが会いに来てから。 悩みも何もかも吹っ飛ばされてしまってから。 一人になって考えてみたら、自分でも驚くほど色んなことが冷静に見えてきて。 そうしたら今までどうして疑問に思わなかったんだろうってことが色々浮かんできて。 そしてあいつが記者会見をするって考えた時から。 こうなるんじゃないかって自分の中で不思議な確信が芽生えていた。 そして今それが現実のものとして的中している。 あいつの野生の勘がうつったんじゃないかなんて思わず苦笑いしそうになるけど。 でも今はそんなことをしている時じゃない。 つくしはガチャッと扉を開けると、目の前に立つ人物を見据えた。 「こんにちは、牧野さん」 「・・・・こんにちは。・・・・・相良さん」 きっと彼女はこうするだろうと思っていた。 あいつの会見を見て、絶対に何か動きを見せるはずだって。 それは直感。 それ以外の言葉で表現することは不可能だ。 「どうしたんですか?」 「近くを通ったからいるかと思って寄ってみたの。・・・ちょっとお邪魔させてもらってもいい?」 そう言ってニコッと笑う姿はいつもとなんら変わらない。 「・・・・・・いいですよ。狭いですけど、どうぞ」 つくしがそう言って体をずらすと、葉子は導かれるようにして室内へと入っていった。 部屋に入るとベッドやテーブルの上には物が散乱している。 やがてテーブルの上に並べられた物に気が付くと、一瞬だけ葉子の顔色が変わったのをつくしは見逃さなかった。 「すみません、何もないんですけどお茶でいいですか?」 「えっ?あ、何も構わなくていいのよ」 「いえ、せめてお茶くらいは」 「・・・ありがとう。じゃあお願いしようかな」 「はい。待っててくださいね」 つくし自身もこのアパートで何かをするのは約半年ぶりのこと。 自分の家のようで違うような、何とも不思議な感覚を覚えながら手を動かしていく。 葉子はどこかそわそわ落ち着かない様子でウロウロしていたが、所詮狭い部屋だ。どこにいるあてがあるでもなく、結局テーブルの脇にちょこんと腰を下ろした。 「どうぞ。ごめんなさい、長いこと留守にしてたせいでお茶請けも何もなくて・・・」 「あっ、そんなの全然気にしないで。突然来たのは私なんだし・・・ごめんなさいね?」 コトンとつくしが置いたお茶を手にして2人で一口飲み込むと、喉元を通ったぬくもりが全身へと広がっていく。 「あの・・・今日はどうされたんですか?」 「あ、あぁ・・・その、たまたま通りかかって。それで」 「何か用があって来たんですよね?」 「えっ?!」 「何か私に言いたいことがあって来たんじゃないんですか?」 遠回しなことはいらないとばかりのつくしの言葉に驚きを隠せない葉子だったが、やがてはぁーっと大きく息をつくと、まるで観念したかのように頷いた。 「えぇ・・・牧野さんの言うとおりよ。あなたにどうしても聞きたいことがあるの」 「・・・・それって」 「さっき記者会見見たわ。道明寺さんが言ってたのって・・・・・あなたのことよね?」 真剣な顔で尋ねる葉子につくしも真っ正面から向き合う。 「・・・・まだ私自身、直接言われてないのでこんなことを言うのもなんなんですけど・・・私のことで間違いないと思います」 「どうして?!別れたんじゃなかったの?!」 身を乗り出してつくしの両腕をガシッと掴んで葉子が迫る。 「別れ・・・・てました。少なくとも私はそのつもりでいました」 「だったらどうして!!」 「・・・・・ダメなんです」 「えっ?」 「ダメなんです。あたしたち、何度も何度もこういうことを繰り返してきました。・・・でも結局思い知らされるんです」 「・・・・・何を・・・・?」 「・・・・・・どうやっても離れることのできない運命なんだって」 ワナワナと小刻みに震える葉子からつくしは視線を逸らさない。 つくしの言葉に葉子の目が大きく開かれ、掴んだ手にさらに力が込められる。 「な・・・にを言ってるの?そんなバカなこと・・・・・・だって、道明寺さんのことが大事なんでしょう?!だったら一緒にいていいはずがないじゃない!そんなことしたら彼は、」 「どうして相良さんがそんなことを知ってるんですか?」 「えっ」 「道明寺と付き合い続ければ彼が危険に晒される。・・・ですか?どうして相良さんがそんなことを?」 つくしの言葉に葉子がハッとして慌てて口を押さえる。 だがもう遅い。 「そ、それは・・・・・・・」 「相良さんですよね?」 「え・・・・?」 「これ、相良さんですよね?」 バツが悪そうに視線を泳がせる葉子に構うことなく、つくしはテーブルの上をトントンと指で叩いた。そこには落ちそうなほど大量の手紙が溢れている。 「な、何のこと・・・?」 明らかに動揺している葉子につくしは大きく首を横に振った。 「相良さん、もういいです。もうこれ以上話を先延ばしするのはやめましょう。・・・本当のことを話してください」 「牧野さん・・・・・・?あなた、もしかして・・・・・・」 何かに思い当たったのか、その顔が驚きに染まっていくのを見ながらつくしは大きく頷いた。 「はい。つい先日記憶が戻りました。それでも最初は何がどうなってるのかわからなかったんです。・・・でもあいつが・・・道明寺が私を冷静にしてくれたんです。そしたら今まで見えなかったことが鮮明に見えてきて・・・相良さん、あなたのことも」 驚愕に満ちた顔をしていたが、やがてつくしの記憶が全て戻った事が事実であると悟ったのか、葉子は脱力したように項垂れてしまった。下を向いたまま震えているように見える。 「・・・・相良さんは道明寺のことが好きなんですか?だからこんなことを?」 「違うわっ!そうじゃない!!」 ガバッと顔を上げたかと思えば全力で否定する姿に、つくしも驚きを隠せない。 彼を好きか恨んでいるか、どちらかしか考えられない。だとすれば・・・・ 「じゃあ恨みが?もしくはあたしに何か・・・・」 「違う違う違う違う、そうじゃないっ!!あなた達は別れてもらわなきゃ困るのっ!!」 ぶんぶん頭を振って取り乱す姿はどこか普通じゃない。 「相良さん、落ち着いてください。ちゃんと話を・・・・きゃっ?!」 ドサッ! 興奮する葉子を落ち着かせようと手を伸ばした瞬間、目に涙を溜めた葉子が突然つくしの体に掴みかかってきた。思わぬ行動につくしの体が葉子ごと床に倒れ込む。後ろに倒れたつくしの体に葉子が馬乗りする形となってしまい、つくしは起き上がることができない。 「相良さん、どいてください」 「あなた達に幸せになってもらったら困るの!そんなことは許されないの!」 「ちょっと、落ち着いて!話を・・・・」 「あんなこと全国に宣言してしまってどうすればいいの?!そんなことしたら、私は、私はっ!!」 「さ、相良さ、ぐっ・・・!」 意味不明なことを喚いたかと思えば、伸びてきた手が突然つくしの首を掴んだ。 つくしを見下ろすその目は虚ろだ。 「そうよ・・・・・最初からこうしてれば良かったんだわ。あんな遠回しなことなんてせずに最初から・・・・あなたさえいなければ。あなたさえいなければあの人は私のところにっ!!」 「さがら、さ・・・・まっ・・・・!」 明らかにおかしな様子で取り乱す葉子の手にグッと力が込められた。 それと同時につくしの首が締め上げられていく。声を上げようとしてもまともに言葉を出すことすらできない。さらには腹の上に馬乗りされているせいで体を起こすこともできない。 このままでは危険______! そう思いながらも体は思うように動かない。 つくしは何とか抵抗しようと手を伸ばして必死で周囲を探る。 せめて何か対抗する物でも掴めれば_______ 「きゃあっ?!!」 ガッ、ドサッ!!! 次の瞬間、女の悲鳴と共に鈍い音が部屋に響く。 それとほぼ同時につくしを締め付けていた重みがフッと消えた。 ヒュッと喉が鳴って一気に肺に空気が入ってくると、つくしはその場で盛大にむせ始めた。 「げほげほっごほっ・・・!」 「牧野っ!悪ぃ、遅くなった。大丈夫か?!」 ・・・・・・・えっ・・・・?! 聞こえるはずのない声がする。そして温かい何かが体に触れた。 すぐに出せない声の代わりに視線を上げると、血相を変えた男が今まさに自分の体を引き起こそうとしていた。 「どみ・・・・・じ・・・?ど・・・・て・・・・げほっ」 「いいから!とにかく今はゆっくり呼吸しろ」 起こされた体はあっという間に大きな体に包み込まれ、さらに大きな手が落ち着かせるように背中をゆっくりと撫でていく。その動きに合わせるように何度も何度も深呼吸を繰り返すと、ようやく落ち着きを取り戻してきた。 「道明寺・・・・・どうして・・・?さっきまで・・・・・」 生理的な涙の滲んだ目で見上げれば、やはり目の前にいるのは道明寺司本人だ。 ついさきほどまでホテルで記者会見をしていたはず。いくらすぐに移動したとしてもここに着くには物理的に無理がある。それなのにどうして? 「あの会見はディレイ放送だったんだよ。わざとそうするように仕組んだんだ」 「ディレイ・・・・・?」 たまにスポーツなどで見かける時間差放送というやつだろうか? でもどうしてそんなことを・・・・・・ 「それより・・・このバカ野郎ッ!!一人でのこのここんなところに来やがって、一体どういうつもりだっ!あれだけ邸にいるようにって言ってただろうが!!!」 突然の雷につくしの体がビクッと跳ね上がる。 「そ、そんなに怒らなくていいでしょ?!下には斉藤さんだって待ってるし、それに・・・あたしにだって考えがあったの!」 「その結果がこれか?!助けに入らなきゃ殺されてたかもしれねぇんだぞ!ふざけんなっ!!」 「ふざけてなんかないっ!ふざけてなんかっ・・・・・・・!」 司の怒鳴り声にまるで緊張の糸がプツンと切れてしまったように、つくしの瞳からボロボロと大粒の涙が溢れ始めた。 ・・・・・・怖かった。怖かった。 自分なりに闘えると思ってこの場に来たというのに、まさかあんなことになるなんて。 甘い考えだった自分への不甲斐なさと、司が来てくれたという安心感で全身の震えが止まらない。 司は震えるつくしの体をギュウッときつく抱きしめると、落ち着かせるように背中をゆっくりと摩っていく。 「お前に考えがあってここに来たこともわかってる。きっとこうなるってこともわかってたんだ。俺が来るのが遅かったせいだ。・・・・・悪かった」 「ち、ちがっ・・・・・!道明寺はなにもっ・・・・・・」 悪くないと言おうと思うのに、まともに言葉が続けられない。 「SPもつけてたのに俺が来るまで止めてた俺が悪い。怖い思いさせて悪かった」 ブンブン首を振って否定しても司の謝罪は止まらない。 司への申し訳なさと、この腕の中の安堵感で心がいっぱいになってしまい、つくしは大きな背中に手を回して必死でしがみついた。自分の体に回された手にさらに力が込められるのがわかる。 息もできないほどきつく抱きしめられているのに、それが堪らなく心地よくて安心できて、大好きなコロンの香りに包まれながら2人はそのまま抱きしめ合った。 「落ち着いたか?」 「うん・・・・・・・・・・・・はっ、相良さん・・・・・相良さんはっ?!」 長い抱擁にすっかり落ち着きを取り戻した頃、つくしは思い出した様に顔を上げた。 そうだ、さっきまで自分は彼女に首を絞められていて・・・その後一体何が起こった?! ほんの少しだけ司の体から顔を離すと、つくしの視線の先でSPに体を捉えられた状態で葉子が2人の様子を呆然と見つめていた。その顔からはさっきまでの気迫は消え去っていて、完全な抜け殻状態に見える。 あの時、後ろから司に襟首を掴まれた葉子は後ろに吹き飛ばされ、すぐ後に入って来たSPに取り押さえられていた。体が吹っ飛んで我に返ったのと同時に、目の前で見せつけられた2人の絆の深さに、もう完全に戦意喪失してしまっていた。 「相良さん・・・どうしてですか?どうしてこんなこと・・・・」 「牧野!それ以上は近づくんじゃねぇ」 前へ動こうとした体が司に引き戻され近寄ることができない。 「でも!どうしてですかっ?!全然わからない・・・・教えてくださいっ!!」 司の腕の中から必死で叫ぶと、葉子の瞳からぽろっと涙が零れ落ちた。 「相良さ・・・・」 「・・・・めんなさい・・・・・・ごめんなさいっ・・・!牧野さんは何の関係もないのにっ・・・・」 「え・・・・?」 そこまで言うと葉子は顔を手で覆って泣き崩れてしまった。 どういうこと・・・? 関係ない・・・? じゃあどうしてあんなこと・・・・ 全く意味のわからないつくしはただその光景を呆然と眺めることしかできない。 つくしの知る葉子はとても面倒見が良く、例のこともあり積極的に親睦を深めようとしないつくしをいつも気遣ってくれていた良き先輩だった。 それなのにどうして? 「牧野」 名前を呼ばれてハッとすると、司が真剣な顔で言った。 「今から来てもらいたいところがある」 「えっ・・・?」 「その女も連れてこい」 「え?えぇっ?!ちょっ・・・・!」 わけもわからず混乱するつくしに構うことなく、司はそのままつくしの体を抱き上げると、あっという間に部屋を後にしてアパート前に待機してあったリムジンへと乗り込んだ。車内でもつくしが抵抗できないように体を自分の膝の上にのせたままだ。 顔を動かせば窓の外でもう一台の車にSPと葉子が乗り込んでいる様子が見えた。 「道明寺?どういうこと?!意味がわかんないよ!」 「行けばわかる。そこで全てがクリアーになるから」 「えっ・・・?」 どういうこと・・・? 道明寺はやっぱり既に何かを知っているということ? ・・・・・あまりにもわからないことが多すぎる。 記者会見がディレイだったことだって、相良さんのことだって、色んなことがごちゃ混ぜになってどこから考えていけばいいのかすらわからない。 「心配しなくていい。お前が不安に思ってることも全部そこに行けばわかるから」 まるでつくしの心の中を読んだかのように司が優しく声をかける。 それだけで、また不安に包まれそうだった心がスーーっと楽になっていくのだから不思議だ。 「・・・うん。信じてるから」 「おう、任せとけ」 「ふっ・・・なんでそんなに偉そうなのよ」 「決まってんだろ。偉いからだよ」 「・・・・・ふふっ、あははは」 さっきまで殺されかけていたなんて嘘のようだ。 どうしてこの男がいるだけでこんなに安心できるのだろう。 この男は嘘だけはつかない。 彼がそう言うのなら今から向かう先で全てがはっきりするのだろう。 それならば今はもう余計なことは考えない。 つくしが身を委ねるように司の胸元に頬を寄せると、つくしの体に回された手に力が込められた。 トクントクンと耳元から聞こえる音に包まれながら、2人を乗せたリムジンが静かに動き始めた。 ![]() ![]() |
あなたの欠片 35
2014 / 12 / 13 ( Sat ) バタン・・・
約一ヶ月ぶりの空間に、つくしは何とも言えない懐かしさを感じる。 前回とは違う。 もう自分の中で全てのことがクリアーになっている。 ここでどんな生活をして、どんな社会人生活を送っていたのか。 全てが明白に頭に刻まれている。 つくしは玄関から室内を見渡すと、靴を脱いで部屋の中へと上がった。 小さな空間で目指す場所はただ一つ。 ベッドの横までやって来ると、目の前にあるクローゼットに手をかけた。 『つくし、あんた一体どこに行くんだい?』 「あ、タマさん。ちょっとどうしても確認したいことがあるんです。すぐに帰って来ますから」 『すぐにって・・・今日は何が何でもあんたがここにいるようにって坊ちゃんから言われてるんだよ』 「大丈夫ですよ。ほんとにちょっとですから。どうしても今確認しておきたいことがあるんです」 『でも・・・・・・』 「大丈夫。あたしはどこにも逃げないってあいつに伝えといてください。逃げたって地獄の果てまで追いかけてくるんでしょ?って。それに斉藤さんだって一緒に来るんですから」 『・・・・・・・・・つくし? あんた、まさか・・・・・?』 「じゃあほんとにすぐ帰って来ますから。行ってきます!」 驚いた顔で自分を見つめるタマに微笑むと、つくしは邸を後にした。 記憶がなくなっている間ようやく司への気持ちを自覚したときと同じように、つくしの心はスッキリと晴れ渡っていた。 これから何かが起こる。 そう思っても、もう恐怖はない。 ただそれを受けて立つだけ。_____あいつと共に。 「あ、あった」 つくしはクローゼットの中から普段から書類などを入れている袋を取り出すと、その中身をベッドの上にザザーッとひっくり返した。領収書やらレシートなど、日常生活が垣間見えるものがほとんどだ。 その中で明らかに異彩を放った物体。 つくしはそれを手に取ると静かに中身を取り出した。 「万が一の時を考えて色んなところに分けておいたんだよね・・・」 それをテーブルの上に置くと、再びクローゼットに戻って何かを探し始める。 下着を入れている引き出しの隙間。 冬物コートの内ポケット。 通帳をしまっている鍵つきの引き出し。 いくつかの場所から同じ風貌の物体を一つずつ手にすると、やがてそれら全てをテーブルの上に並べていった。 目の前に並べられた赤い封筒の数は8つ。 残り4つは司の邸に中身が入れ替えられた状態で置かれている。 万が一。 万が一、自分や司に何かが起こったとき。 この手紙が手がかりの一つになる、そしてそれに誰かが気付いてくれると信じて、つくしは箱に入れていた以外の封筒を部屋のあちらこちらに分散して置いていた。 どうかそれが取り越し苦労に終わるようにと願って。 「こうやって全てを並べてみるとやっぱり不気味だよね・・・」 赤札を思わせる封筒に司を痛めつけた写真の数々。そして意味深な手紙。 これが怖くて怖くて堪らなかった。 初めて手紙が投函されてから1年半余り、ずっと1人で怯えていた。 それが今はどうだというのか。 あんなに悩んでいた自分がバカみたいで笑えてくるではないか。 まだ問題は解決していない。それでも、もう恐れることは何もない。 自分でも不思議なほどに心が落ち着いている。 「あ、もうこんな時間?」 時計を見ると午後1時を過ぎていた。 つくしは慌ててテレビのリモコンを手にすると、電源を入れてチャンネルを変えていく。 やがて画面には、ちょうど記者会見のテーブルに着こうとしている司が映し出された。 「記者会見って一体何をするつもりよ・・・」 つくしは画面に映る男をじっと見つめる。 「今日はお集まりいただきまして有難うございます。まずはじめに、我が道明寺ホールディングスとアメリカの資本会社マキシリオンとの業務提携が正式に決まりましたことをご報告させていただきます。主に観光事業での提携を軸とし、アメリカ、日本、そしてヨーロッパにおける・・・・・・」 真っ直ぐ前を見据えたまま堂々とした佇まいで話を続ける男は、一度だって手元の資料を見ることはない。誰がどう見ても立派な会社の顔としての自信と輝きに満ちている。 もう高校生の頃のような傍若無人な若造などどこにもいない。 この男が6年という時間をどのように過ごしてきたのか、どれだけの努力をしてきたのか、今のこの姿を見るだけで手に取るように伝わってくる。 ただ業務提携の話をしているだけだというのに、つくしの胸が張り裂けんほどに熱い。 「ばか!これくらいで感動してどうすんのよ。あいつが見ろって言ったのはこんなものじゃないでしょうが!」 色んな想いが溢れて既に泣けてきそうな情けない自分を鼓舞するように、つくしは両頬を叩いて気合を注入する。 それから十数分、業務提携に関する専門的な話が続けられていくのを黙って見続けていたが、 質疑応答の最後に出た質問でその場の空気が一瞬で変わった。 『今回の提携の裏にはマキシリオンのご令嬢との結婚があるとの話が出ていますが、それは事実なんでしょうか?』 記者の投げかけた質問に司の表情がピクリと動く。 「・・・それはどこから出た情報ですか?」 『数年前から噂されていましたよね?今回正式に発表されたことでいよいよ結婚かと世間では賑わってますが』 「ですからどこから出た情報なのか具体的に教えていただけませんか。我が社、及びマキシリオンが正式に公表したという記録は?」 『あ、いえ・・・・それは・・・』 間髪入れずに切り返してくる司の鋭さに質問した記者が言葉に詰まる。 恐らくこの場にいる記者の多くが業務提携よりもむしろこちらに関心を寄せているのだろう。 会場内が固唾を呑んでそのやりとりを見守っている。 司はたじろぐ記者を感情の読み取れない無の表情でじっと見据えていたが、やがてフッと口角を上げてほんの少しだけその表情を緩めた。 「・・・まぁいいでしょう。どちらにしても今日は私から皆様に正式なご報告がありましたので、この場でお伝えさせていただきます」 『え・・・、それじゃあやはり・・・・?』 司の言葉に再び食い付いた記者を見ることなく、司は前を見つめたままはっきり言った。 「私、道明寺司は、この度正式に婚約することをご報告致します」 堂々たる婚約宣言に会場が一気にざわつき始める。それと同時に質疑応答の順番などお構いなし、会場のあちらこちらから相手となる令嬢に対する質問が飛び交う。 「ただし。お相手はマキシリオンのご令嬢ではありません」 『ど、どういうことですかっ?!』 『じゃあ一体誰が?!』 どんなにうるさい野次にも司は表情一つ変えず、終始冷静な態度を崩さない。 ただ真っ直ぐ、画面の向こうにいる誰かに語りかけるように前だけを見つめたまま。 「お相手は6年前にも誓いを立てた一般女性の方です。私は6年前に渡米する際もこの場所で同じ事を言いました。そして今、その約束を果たすときがやってきたのです」 『6年前・・・・・・?まさか!あの時の女性とは既に破局したのでは?!』 別の方向から飛んできた質問に、初めて司の表情がピクッと動いた。 突き刺すような鋭い瞳で声のした方に視線を送る。 「誰がそのようなことを?」 『あ、いえ・・・3年前、一連の騒動の中でそのような話が・・・』 記者のはっきりしない受け答えに司は吐き捨てるように笑った。 「くっ、相変わらず自分の知らない間に勝手に話を作り上げるのがお好きなようで。私は一度だって彼女と別れたなんて言及していませんし、そのような事実もありません。また、マキシリオンのご令嬢との話も然り。一度だってそのような話をした覚えもなければそのような話が浮上したことすらありません」 『ならばどうして噂が浮上した段階で否定されなかったんですか?!されないということは認めたも同然と受け取られてもしかたないのでは?』 挑発的な言葉に司の表情からスーッと笑顔が消えていく。 その顔は美しく・・・・そして怖い。思わず息を呑んでしまうほどの迫力がある。 「否定・・・?何故あなた方が勝手に作り上げた話に答える必要があるというのです?仮に否定したとしてあなた方はそれを素直に書いてくれますか?ありもしないことをさも事実であるかのように作り上げるあなた方にいちいち答える義務など私にはありませんし、そんなことに時間を砕くほど暇ではないんです。私の真実はこうして正式な場で自らの口で語ることのみ。それ以上もそれ以下も存在しません」 皮肉をたっぷり含んだ受け答えに会場内が静寂に包まれる。 司は再び前を向くと、誰かに語りかけるようにして話し始めた。 「あらためてご報告致します。私は6年前に誓いを立てた女性と婚約致します。そして近い将来結婚もします。この6年様々なことがありましたが、苦しいときも常にこの約束が私の心の支えとなってくれました。この強い意志がなければ今の道明寺財閥はなかったと断言できます。約束の4年を大幅に超えてしまい彼女にはとても苦しい思いをさせてしまいました。いつも我慢をさせてばかりで申し訳ないと思っています。・・・ですがこれからはずっと一緒にいられる。好きなだけ彼女の我が儘を聞いてやりたいと思っています」 シーンと静まりかえる中言葉を続けながら、そこまで話すと突然司がフッと笑った。 おそらくその顔にテレビの前で心臓を撃ち抜かれた女性が相当数いるのではないだろうか。 それほど、司の笑顔を一般人が目の当たりにすることは奇跡に等しい。 「・・・とは言っても我が儘を言うような女じゃないんですけどね。私が好きになった女性は腐りきった私の根性を叩き直し、傾きかけた会社を無欲で立て直し、そして虚無感だらけだった私の荒んだ心を太陽のような光で満たしてくれた。私なんかよりもよっぽど逞しい女性なんです。どんな大金を積んだところで手にすることはできない、かけがえのない存在です。彼女に出会った時から私の心は彼女に奪われたまま。彼女が私の全てであり、生きる原動力です。彼女に出会えていなければおそらく私は今ここにいないでしょう。それくらい私は自分の人生に価値を見出せずにいました」 長い言葉の後に、司が少しだけ息を吸った。 「・・・・・・彼女と出会えた奇跡に感謝します」 シーーーーーーーーーーーーン・・・・・・・・・・ その場にいた誰もが物音一つ立てずにただ司の言葉に耳を傾けている。 これまで、どんな状況でも必要最低限のことしか語ることのなかった男の口から紡がれたこれだけ多くの言葉。それは全ての人間を黙らせてしまうだけの効果は絶大で。 その想いがどれだけ本物であるかを伝えるにはあまりにも充分過ぎて。 ガタンッ 全員が口を開けたまま動けずにいる中、司は静かに立ち上がった。 『どっ、どちらへ?!』 我に返ったように記者の一人が慌ててマイクを手にする。 司は一瞬だけそちらを見たが、またしても視線を正面に戻すと、ふわっと柔らかい顔で微笑んだ。 「決まってます。迎えに行くんですよ。それではこれで失礼させていただきます」 『・・・えっ?道明寺さん、ちょっと待ってください!その女性は・・・・・!・・・・!』 綺麗なお辞儀をすると、司は矢継ぎ早に飛んでくる質問など耳にも入れずに颯爽とその場を後にする。やがて会場からその姿が消えると、その場はとんでもない大騒ぎとなった。 画面には慌てて一人のレポーターが登場し、混乱しながらも必死で現状を伝えようとしている。 ブツッ テレビの画面が真っ暗に変わる。 リモコンを持つ手は震えていた。 「・・・・・・・・・・・バッカじゃない?婚約します?おまけに結婚します?!本人の許可なしに勝手なこと言うなっての!・・・ほんっと・・・・・・・あり得ないっつーの!・・・・・・・・・っ」 言いながらつくしは顔を両手で覆った。 次から次に流れてくる涙を止められなくて。 あいつの言葉の一つ一つが、 あいつの優しい笑顔が、 その全てが自分に向けられているのが伝わって。 曇りない、嘘偽りないその想いに____心が震えた。 いくらあいつを危険に晒したくないためとはいえ、 いくら一人で余裕がなくなってしまったとはいえ、 いくら、いくら、いくら、 どんな理由を並べたとしても、 どうしてあいつと別れるなんて選択肢を選べてしまったのだろう。 ______こんなにもあいつが好きで好きで堪らないというのに。 弱さに負けてしまった自分は本当にバカだ。 そしてあの時を思い出す。 あいつを追いかけて無我夢中でNYへ追いかけて行った時のことを。 あの時のあいつもそれが2人にとってはベストな未来だと信じていた。 いつだってあたしたちは不器用で、空回りしてばかりで。 それでも。 どうやったって辿り着く場所は一つしかないんだってわかったから。 だから_____ ピンポーーーーーン・・・・・・・・・・ 突如部屋に響いた音に顔を上げる。 2人の未来のためにも、もう逃げないと決めたから。 ________だから目を背けずに立ち向かうんだ。 つくしはテーブルから視線を上げて立ち上がり、ゆっくりとドアへと近付いていく。 ドアスコープからそこにいる人物を確認すると、大きく深呼吸してゆっくりと扉を開いていった。 ![]() ![]() |