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ゆく年くる年
2014 / 12 / 31 ( Wed )
「わぁ~、こんな小さなところでもやっぱり混んでるんだねぇ・・・」

見つめた先に溢れかえる人波を見てつくしはハァ~っと感心する。
ゴーン、ゴーンと、辺り一面に新年を迎える鐘の音が鳴り響いている。

「感心してる場合じゃねぇだろ。何が楽しくてわざわざ人混みに来なきゃなんねぇんだよ」

すぐ隣に立っている司がうんざりしたように前を見ている。
そこは子連れからカップル、引いては外国人まで、ありとあらゆる人でごった返している。

「だって日本人でしょ? だったらちゃんと新年の挨拶に来なきゃ!」
「あいにく俺は何の信仰もねぇんだよ」
「いーの! 大事なのはそういうことじゃないんだから。日本の昔からの風習に習うことだって大事なことなんだよ?」
「チッ、俺にはわっかんねーな・・・なんでわざわざ混んでるってわかってる場所に出向かなきゃなんねーのか」
「はいはい、ブツブツ言わなーい。じゃあ並ぶよっ!」

今だブツブツと愚痴が止まらないことに構うことなく、つくしは司の腕を掴んでグイグイと前へと引っ張っていく。口ではなんだかんだ文句を言いつつも、いとも簡単にその体は動いてしまうのだから、つくしは可笑しいやら嬉しいやらだ。



今日は12月31日、 大晦日だ。

牧野家では日付が変わる前に神社へ出向いてそこで新年を迎えてお参りをして帰る、それが幼い頃からずっと続いていた習慣だった。
独立してからはさすがにその機会も減っていたが、今日は牧野つくしとしてではなく 『道明寺つくし』 として迎える初めての年越しだ。初詣に行きたい!というつくしのお願いに盛大に嫌そうな顔をしてみせた司だったが、上目遣いのおねだり光線をビンビンに浴びてはその抵抗など瞬時に泡と消えてしまった。
有名所に行けばそれはそれは凄まじい人で溢れかえっているだろうからと、道明寺邸からほど近い地元の小さな神社へやって来たのだが・・・やはりさすがは大晦日。普段はほとんど人もいない小さな神社にも驚くほどの人出があった。

本殿へ続く行列の後ろまでやって来ると、つくしは司を引き連れてそこに並んだ。


「ここが最後尾みたいだね。じゃあ並んで待ってよ」
「何すんだよ?」
「え? 順番が来たらあそこでお参りするんだよ。司もやったことあるでしょ?」
「ねぇな」
「えぇっ?! ないの? 一回も?」
「あぁ、1回も」

年が明ければ司は間もなく25歳になる。
それなのに一度も神社にお参りに来たことがないなんて。
つくしは正直驚きを隠せない。

「え・・・じゃあ年末年始ってどうやって過ごしてたの?」
「あ? ・・・どうだったかな。もう覚えてもねーよ。使用人以外誰かが邸にいるわけでもねーし、せいぜいあいつらと適当に飲むとかそんな感じだったんじゃねーか? 年末年始なんてことを意識したこともねぇからな」
「ちっちゃい頃から・・・?」
「まぁな。節目に家族で何かをしたなんて記憶、俺には残ってねーからな」
「そう・・・なんだ・・・」

特段気にした様子もなくサラッと話す司だが、つくしは胸が苦しくなるのを止められなかった。
確かに今の司にとっては何でもないことなのかもしれない。
それでも、幼い少年にとってみればそれはきっととてつもなく不安で寂しいことだったに違いない。寂しいことが当たり前の日常だったから、だから諦めることが自然と身についてしまっただけで・・・

つくしはギュウッと司の腕にしがみついた。

「なんだよ? ・・・お前まさか泣いてんのか?」

自分を見上げるつくしの瞳がうっすら潤んでいるように見えて司は驚く。

「お前バカじゃねーの? 俺がそんなことでいちいち悲しむような男じゃねぇってことくらいわかってんだろ? ったくお前はすぐ情に流されんだから・・・」
「っ、泣いてなんかないっ!」

そう言って腕に顔を埋めてしまったつくしに呆れたように笑いながら頭をグリグリする。そうするとますますしがみつく力が強くなっていく。

「バーーーーーーーーーーカ!」
「バカじゃないっ! ・・・・・・寂しくないわけないじゃん。悲しくないわけないじゃん。だって子どもなんだよ? 家族と一緒にいたいって思うのは当然のことでしょ? ・・・・・・司はそうすることでしか自分を守れなかったんだよ・・・」
「つくし・・・・・・」

グスグスと、しがみついた場所からくぐもった声が聞こえてくる。司の顔がフッと緩むと、今度はポンポンと優しくつくしの頭を撫でた。

「ズズッ」
「おい、人の服で鼻水拭いてんじゃねぇ」
「・・・・・・ばれた?」
「ったく! お前は油断も隙もねぇ」
「えへへ、まぁまぁ。細かいことは気にしなーーい」

あははっと笑うと、つくしはあらためて司の腕にしがみついて顔を見上げた。

「あたしと家族になったからには覚悟しておいてよね? 仕事とかやむを得ない事情でもない限りありとあらゆるイベントを家族で過ごすんだから。今日はその1年の最初のイベントだよ!」
「・・・・・・ちっ、めんどくせぇな」
「あーーー! そこっ! 本音と違うことを言ってしまうそんな君にはおしおきです。はい、鼻水拭いちゃいますよー」
「おいっ!!」

照れ隠しでつい悪態をついてしまう司の胸元につくしが顔を近づけていくと、司は焦ったように体を仰け反らせた。

「あはははっ! 嘘だよーだ。 でも、家族でたくさん過ごすって言うのは本当だからね。あたしと結婚したからにはこれは譲れない条件です」
「つくし・・・」
「あ、もうすぐあたしたちの番が来るよ。行こっ!」
「・・・あぁ」

満面の笑顔で自分の手を引くつくしを見ていたら、人が多いことなんていつのまにかどうでもいいことになってしまっていた。司はそんな自分に笑いが止まらない。



それから5分ほどするとようやくつくしたちの番が回ってきた。礼儀作法としてなんとなくは知っていても、実際お参りになんてきたことのない司はどうしたものかと手持ち無沙汰な様子だ。

「はい。これもって」
「なんだこれ? ・・・5円?」
「そう。これをお賽銭箱に投げ入れるんだよ。そして鈴を鳴らして二礼二拍手一礼するの。その時にお願い事を頭の中で伝えてね」
「願い事すんのに5円かよ? 景気よく万札ぐらい入れたらどうなんだ」

手元の5円玉を信じられないものでも見るように司が眉を寄せる。

「あー、お金の問題じゃないんだよ? 大事なのはココっ!」

そう言ってつくしがドンッと胸を叩く。

「たかが5円、されど5円。この5円にだってちゃんと意味があるんだよ。『御縁がありますように』ってね」
「へぇ~・・・俺にはよくわかんねーな」
「いいからいいから。さっ、やってみよ!」

そう言ってつくしがチャリンと5円をお賽銭箱に投げ込むと、それに続くように司も投げ入れた。そして紐を掴んで2人で一緒に鈴を鳴らす。パンパン!と手を叩いてお参りする姿は、さすがは育ちのいい男、全てが様になっている。
それを見てあったかい気持ちに包まれながら、つくしも目を閉じるとじっと手を合わせた。





***


「ねぇねぇ、おみくじ引いていこっ!」
「おみくじ?」
「年始めの運試しみたいなものかな」
「なんだそりゃ」
「いいのいいの。ほら、司も1コ選んで! あたしはこれにしよっと」
「ったく・・・」

呆れながらも司は言われたとおりに1つおみくじを選ぶ。

「あーーーーっ! やったっ! 大吉だぁっ!!」

きゃーっとつくしから嬉しい悲鳴が上がる。たかがくじくらいで何を大袈裟な。
司は苦笑いしつつ自分の紙を開いていく。

「こんな子供だましみたいなもんにいちいち一喜一憂してんじゃねー・・・・・・あ。」
「えっ、何? 司は何だったの?・・・あ」

司の手に握られた紙に書かれているのは 『末吉』 の文字。

ふと視線が合うと司が何とも微妙な顔をしている。

「・・・・・・ぷっ! あはははっ!めちゃくちゃ不満そうなのが顔に出てるじゃん!」
「・・・・・うるせーな」
「ほらほら元気出して! ほらっ、中身は結構いいこと書いてあるよ? 言うほど悪くないじゃん!」
「いいんだよ。どうせこんなん子どもだましなんだから」
「ぷくくっ、うんうん、そうだねっ・・・」
「てめぇ・・・笑いすぎだろっ!」

プルプルと肩を揺らして我慢していたつくしだったが、とうとう耐えきれずに吹き出してしまった。
それと同時に司の額に青筋がビキッと走る。

「あははははっ! だって、司が可愛すぎてっ・・・」
「っざけんなっ! こんなもんっ・・・」
「あぁっ!! ダメだよっ!! 破いたりしないで! これはちゃんと神社に結んでいくんだから!」
「あぁ?!」

破り捨てようとした司の手を慌てて掴むと、つくしはそのままつかさの手を引いて敷地内にある1本の木の前までやって来た。

「おみくじはこうやって敷地内に結んで帰るんだよ。ほら、皆もしてるでしょ?」

そう言って見上げた枝には既にたくさんのおみくじが結ばれている。

「はい。じゃあ司も結んでね」
「・・・・・・」

決してやりたいわけではないが、やらないことには帰れなそうだと判断し、司は渋々上の方に紙を結びつけていった。

「・・・あれ、お前はやんねーのか?」
「え? あ、あたしはねー、大吉が出たからお守りにするの」
「結ぶんじゃねーのか?」
「うん。結んでもいいし、ラッキーアイテムとしてお守りにしてもいいんだよ」
「へぇー、要は何でもありってことだな」
「あははっ、それ言っちゃあおしまいだけど。まぁそういうことだね」

ははっと笑うと、つくしは大事そうにおみくじを鞄の中にしまった。

「願い事が叶うといいなぁ・・・」

ぽそっと。
聞こえるか聞こえないかの声で呟いた一言を司は聞き逃さなかった。

「お前の願い事って何だよ?」
「えっ?」
「今言ってただろ」
「え、聞こえてた? えーーーーと・・・司は? 司こそ何願ったの?」
「俺はもう叶ってるからな」
「えっ?」
「俺の願いはお前を手に入れることだけ。もう叶ってる。今の生活が続くんならそれ以上の願いなんてねぇよ」
「司・・・」

相変わらず。
キザなセリフを恥ずかしげもなくサラッと言ってのけるこの男は。
どうしてこの男が口にするとギュンギュン胸が締め付けられるのだろうか。

「で? お前は何なんだよ?」
「あたしは・・・・・・・・・・・・・・・ナイショ」
「はぁ?」
「ふふっ、叶ったときに教えてあげるね」
「なんだそりゃ」
「いいのいいのー! じゃあ帰ろっか」
「・・・だな」

どちらからともなく手を伸ばすと、ギュッと固く手を繋いで歩き始める。
2人の頭上からはまだ鐘の音が響き渡っている。


「今年もいい年になるといいねぇ」
「俺といるんだからなるに決まってんだろ」
「あははっ」

吐く息は真っ白で寒いはずなのに、ちっとも寒くなんかない。


笑顔の溢れる2人に一歩ずつ、もうすぐそこまで近付いて来ている。



新たな幸せが。
・・・・・・新しい家族が。



つくしの願いが叶う日がやってくるのは、もう、すぐ目の前の未来のこと____








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00 : 00 : 05 | ゆく年くる年 | コメント(12) | page top
あなたの欠片 46 完
2014 / 12 / 30 ( Tue )
「牧野さんがいなくなるなんて寂しくなるわぁ~」
「すみません、せっかく復帰したばかりなのに・・・」

グラスにビールを注がれながら、申し訳なさでヘコヘコと頭を下げ続けることしかできない。

「牧野さんは真面目だったからねぇ。結構いなくなると困る人が多いかも」
「いえいえそんな、私がしていた仕事なんて初歩的なことだけですから」
「なーに言ってるの! そういう基本的なことこそ一番大事だったりするのよ?人が進んでしないような仕事をやる人ほど会社としては貴重な人材だったりするものなの」
「そう・・・ですかね?」
「そうそう。牧野さんの真面目さはうちの会社でも貴重な戦力だったわよ」
「あ、ありがとうございます・・・」

直属の上司の言葉に思わず胸に熱いものが込み上げてきてしまう。
溢れ出しそうな涙を誤魔化すように手元のグラスをグイッと煽った。

「それで? さすがに今日は退職の理由を教えてくれるのよね?」
「えっ?!」

びっくりして横を見れば主任が妙にニコニコとしてこちらを見ている。
40代の彼女はこれまでこんな話に乗ってくることはなかったが、まさかこのパターンは・・・

「なんだか女子社員の間で専らの噂よ? 牧野さんが寿退社するんじゃないかって」
「えっ・・・主任にまで広がってるんですか?」
「そうねぇ、ここ一週間くらいはあちらこちらからそんな声が聞こえてきたわね」

いつの間にそんな事に・・・
きっと会社全体に広がっているに違いない。

「それで? それは単なる噂? それとも・・・?」
「え? あ、あははは。えーと、とりあえず一回お手洗いに行ってきていいですか? 後でちゃんとお話しますので」
「ふふふっ、どうぞ。後でゆっくり・・・ね?」

否定しないことはつまり認めたも同然で、ますます笑顔になった主任はうんうんと頷いてつくしを送り出した。


レストルームに入ると、つくしは洗面台に手をついてふぅっと息を吐き出した。
あまりお酒に強くない顔はうっすら赤く染まっている。

あれから一週間、あっという間につくしが会社を去る日がやって来た。
今日は所属部署の全社員が参加してのつくしの送別会だ。次から次にお酌に来る同僚に会釈をしながら、つくしは何とも言えない気持ちでいっぱいになっていた。

たった2年、されど2年。
社会人として新たな世界に飛び込んだつくしにとって、また特別な思いのある場所だった。
それは同時に司との歴史を物語っていて。
来たるべき日を胸を張って迎えられるようにと希望に満ちて社会に飛び込んだ。だが予期せぬ壁にぶつかり、いつの間にか余計なことを考えないために必死で仕事に打ち込んでいる自分がいた。
その一つ一つが今へと繋がっている。

「短かったけど内容の濃い2年間だったなぁ・・・」

思い出せばすぐにしんみりとしてしまう。
今日は笑顔でさよならをすると決めているのだから。 しっかりしろ、自分!

「あー、最後にネタ明かししたら大変なことになるんだろうなぁ・・・」

近い将来結婚すること、しかもその相手が大財閥の副社長であること、いよいよこの後そのカミングアウトの時がやって来る。最初にしてしまっては飲み会が成立しなくなってしまうのではないかと危惧し、挨拶は最後に回してもらうようにお願いした。それはそれは凄まじい騒ぎになるに違いない。覚悟はしているがやはり想像するだけで少し怖い。
ちゃんと事態が収拾できるのだろうか・・・?

「・・・・・・よしっ! お世話になったんだから最後はきちんとしないとね!」

いつものようにパンッと頬を叩いて気合を入れると、つくしはその場を後にした。




「牧野っ!」
「・・・え?」

廊下に出て会場へ戻ろうとした背後から突然呼び止められる。
振り返って見れば同じ部署でお世話になっている男性社員が立っていた。

「あ、小坂さん。お疲れ様です。お手洗いですか?」
「いや・・・牧野にどうしても話しておきたいことがあってさ」
「話しておきたいこと・・・ですか?」

何だろう。
何かやり残してしまった仕事でもあったのだろうか?
思い当たることがないつくしは不思議そうに首を傾げる。
目の前の男はかなり真剣な顔をしている。

「あの・・・さ、俺・・・牧野のことが好きなんだ」
「えっ?!」

思いもよらぬ一言に思わず間抜けな声が出てしまう。つくしのそのあまりの驚きっぷりに男は参ったなとばかりに苦笑いした。

「やっぱ全然気付いてなかったか。俺、結構前からアプローチしてたんだけどな」
「えっ・・・?」

そうだったっけ・・・? 全く身に覚えがない。

「何度も食事に誘っただろ? 一度だってOKしてもらえたことはないけどさ」
「あ・・・」

言われてみれば確かにそうだ。でもあれはてっきり、あまり積極的に職場に溶け込もうとしない自分を気遣ってくれてのものだとばかり思っていた。
それが実はそうじゃなかったなんて・・・

「お前相当鈍感だよ。そうしてたのは俺だけじゃないんだぜ」
「えぇっ?!」

信じられない顔で驚愕するつくしに男の苦笑いは止まらない。

「牧野がやっと復帰したと思ったらいきなり春には退職するって聞かされて・・・マジで驚いたよ。それでちゃんとお前にはっきりとした気持ちを伝えないまま終わるのは嫌だと思ってさ。玉砕覚悟でぶつかることにしたんだよ」
「小坂さん・・・」

男は背筋を伸ばして軽くコホッと咳払いをすると、真っ直ぐにつくしを見つめた。

「牧野、俺はお前が好きだ。 付き合って欲しい」
「あ・・・あの、私・・・」
「最初は友達からでもいいんだ。会っていく中で考えてもらえるだけでもいい」
「い、いえ、そういうことじゃなくて私にはっ・・・」

そこまでつくしが話したところで、目の前の男が突然上を見上げながら 「あ」 と言った。

「・・・?」

明らかに自分から視線が逸れたその行動につくしが後ろを見ようと思った時だった。


「つくし」


とても耳障りのいい聞き慣れた声がすぐ後ろから聞こえてきた。


・・・・・・まさか。


「えっ?!」

驚いて振り向こうとした体が背後から伸びてきた手に支えられる。大きな手に肩を掴まれたかと思った時にはあっという間にその体が引き寄せられていた。
勢いのままぶつかった場所からすっかり体に馴染んだコロンの香りが漂ってくる。

「つ・・・司っ?!」

目を丸くして見上げればそこには予想通りの顔がある。だがその顔が見ているのは自分ではない。自分を通り越した先にいる男へと鋭い視線が向けられていた。
その視線を痛いほどに受けている男は戸惑いがちにつくしと司を交互に見ている。

「あ、あの、牧野・・・?」
「悪いな。こいつは俺のもんだ」
「えっ?!」

風のように突然現れた男の衝撃の一言に小坂が口を開けたまま固まってしまう。

「ちょっ・・・司?!」
「部屋はどこだ」
「えっ?」
「お前らが飲んでる部屋だよ。俺も連れて行け」
「えっ・・・まさか・・・?」
「一緒に話した方が早いだろ。ほら、行くぞ」
「えっ、えっ、えっ?! ま、待って! 司っ?!」

突然のことに軽くパニックになるつくしに構うことなく、司は問答無用でつくしの体を引き摺っていく。あっという間にその場からいなくなってしまった2人を、小坂はまるで神隠しにでも遭遇したかのようにただ呆然と眺めていた。







「ね、ねぇっ、一体どういうこと?! なんでここに・・・」
「最初からそのつもりだったんだよ。部屋はここか?」
「あのっ、ちゃんとあたしの口から言うから! だから司はここで・・・」


ガラッ!!


「あ~、牧野さん遅かったじゃない! そろそろ牧野さんからの挨拶を・・・って、あら? そちらの方は・・・?」

お手洗いに行ったっきりなかなか戻ってこないつくしを待っていた主任が立ち上がったはいいものの、見知らぬ男に、それも極上なイケメンに体を抱かれて部屋に入ってきたつくしにその場にいた全員の視線が集中する。

確かに今から自分の口で伝えるつもりでいた。けれどもこんな展開は予定にないっ!!

「あ、あの、どちら様でしょうか・・・?」

我に返った主任から控えめにそう聞かれると、司はそちらを一瞥して室内全体を見渡した。


「私は牧野つくしの婚約者の道明寺司といいます。この度彼女は結婚するにあたり退職させていただく運びとなりました。職場復帰後間もなくで本人も心苦しく思っているところですが、私のたっての願いということもありこのような形を取らせてもらうことにしました。彼女に変わって私からもお礼を言わせてください。皆様には大変お世話になりました」

一気に言い終えると、司はそのまま綺麗なお辞儀をして見せた。




シーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーン・・・・・・・・・・




つい数十秒前まで騒がしかった室内が信じられないほどの静寂に包まれる。
その場にいた社員だけにとどまらず、司に肩を抱かれているつくしまでもが司のその行動に驚き、そして呆気にとられている。


「・・・・・・・・あ、あの・・・牧野さん、本当なの・・・?」

恐る恐るやっとのこと尋ねてきた主任につくしもようやく我に返ると、控えめにコクンと頷いた。

「は、はい・・・本当です。すみません、ちゃんと私の口からお伝えするつもりだったんですが・・・」
「そ、そうなの! まぁ、やっぱり寿退社だったのね。おめでとう!」
「あ、ありがとうございます・・・」

一連の騒動をここまで黙って見ていた部長が慌てて駆け寄ってくると、どこか焦ったようにつくしに詰め寄った。

「牧野君、彼の名前は何だって?! 道明寺司なんて聞こえた気がするんだが・・・まさか・・・?!」

部長はこの部署で唯一つくしが寿退社することを知っていた人物だ。だがその相手が誰であるかまでは伝えていなかった。役職のついた彼なら司の名前や存在を知っていてもおかしくはないだろう。その驚愕に満ちた顔が何よりもそのことを物語っている。

「あ、あの、部長・・・」

どこから説明すればいいのやら。
完全に予定が狂ってしまったつくしがおろおろと戸惑うのに変わって答えたのは司本人だった。

「はじめまして。私、道明寺ホールディングスの副社長を務めています道明寺司と申します。つくしが大変お世話になりました」
「はっ・・・・・・」


「道明寺ホールディングス・・・?」
「副社長・・・?」


目の前で自己紹介をされて固まる部長を筆頭に、全員の顔が驚きに染まっていく。あちらこちらからボソボソと囁く声が聞こえてきたのも束の間、



「ええーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ???!!!!!」



つくしの恐れていたとおり、その場にいた全員のけたたましい雄叫びが部屋中、いや、お店中に響き渡った。





それからしばらくは大騒ぎでそれはそれは大変だった。

これまで男の影すら見当たらなかったつくしが、いきなり寿退社しますと言ったかと思えばその相手が超絶セレブだったとは。顎が外れるほど驚いてしまうのは人間として当然の心理だろう。
しかもそうそうお目にかかれないほどのいい男ともなれば、女子社員の視線は釘付けだ。
取り囲むように矢継ぎ早に飛んでくる質問にも、司は決して苛立ちを見せることなく柔軟に対応していた。昔の彼からは想像もつかない光景だ。
つくしは驚くと同時に、それが自分のためにしてくれていることであると思うと、言葉にできない愛情がお腹の底からわき上がってくるのを感じていた。


「それでいつご結婚されるんですか?」
「・・・そうですね。私は今日この後にでも入籍したくらいなんですけど。彼女が結婚前にどうしてもやり残したことがあるというので、それが終わってからですね。とはいえ近い将来であることに変わりはありません」

「え・・・やり残した事って・・・?」

そんなこと言ったっけ?
何のことだかわからない顔をするつくしを見ると司は言った。

「ババァに会いたいんだろ?」
「・・・えっ」
「俺は今さら許しなんて必要ないと思ってるけど。お前がそれをしないと引っかかるって言うなら会いに行くぞ」
「え? それって・・・」
「来月から半年ほどNY支社に戻らなきゃいけなくなった」
「えっ・・・」

さっきからびっくりするほど 「えっ」 しか言っていない。
それくらい驚きの連続だ。

「NYって・・・・・・司が?」
「あぁ。例の合併絡みであっちで必要な仕事ができてな。どうしても半年は行かなきゃなんねぇ」
「そう・・・・・なんだ・・・」

そっか・・・そうなのか。
彼は会社には欠かせない立場の人間だ。世界を飛び回るのは致し方ないこと。
なんだかどっとつくしの体から力が抜けていく。

「そっか・・・大変だろうけど頑張ってね。あたしは待ってるから」
「ばーーーーか。お前も行くんだよ」
「えっ?!」

驚いた反応を見せるつくしに呆れたように笑うと、司はポケットからおもむろにあの指輪を取り出してつくしの薬指にするすると嵌めていった。見たこともないような指輪にキャー、うぉーっ!と言った叫び声が上がる。
司はその手を握って自分の口元に持ってくると、真っ直ぐにつくしを射貫いて言った。

「俺と一緒に行くぞ。お前には俺の傍で支えていて欲しい」
「司・・・」
「返事は一つしか認めねぇ」

何だそれは。もはや強制連行ではないか。

「・・・プッ、何それ。俺様にもほどがあるでしょ」
「言ってるだろ? 俺様なんだから仕方ねぇって」
「あはは! ・・・そうだね。それでこそ道明寺司だよね」

あははっと笑うつくしを優しい眼差しで見つめると、司は念押しするようにチュッと手に口づける。

「で、返事は?」
「・・・・・・・・もちろん行くよ。あたしがあんたを支えてあげる」
「・・・フッ、言ったな。ここにいる奴らも全員証人だからな」
「えっ・・・?」

ここにいる全員・・・・・・?

ふと。はたと。
ここでようやく気付く。
ここにいるのは自分たちだけではなかったのだということを。

ぶるぶると周囲に目をやってみれば・・・・・・ものの見事に全員の視線が自分たちに集中していた。しかも皆ニヤニヤともうどうしようもないほど緩みっぱなしの顔で。


「い、いやぁ~~~~~~~~っ!!!!」


場所も忘れてすっかり2人の世界に入ってしまったことにつくしはその後死にそうな目にあったことは言うまでもない。










***


「はぁ~~、なんかすっごい疲れた」

グッタリとリムジンの座席にもたれ掛かるつくしに司が吹き出す。

あれから飲み会は予定を大幅に変更して日付が変わるまで続いた。
おめでたい2人に飲めや歌えやの大騒ぎ。しかも全ては司のご馳走とまで言われてその盛り上がり方たるや凄まじかった。

「っていうか来るなんて聞いてないよ・・・」

不満そうに口を尖らせるつくしの顎をクイッと掴むと自分の方へ向かせる。

「言ったらお前うるせーだろ? 俺は元々そのつもりだったんだよ。どっちにしたって事情を話すなら俺がいた方がいいに決まってる」

それは・・・確かにそうかもしれない。
一人で話をしていたらあんなに上手にその場をまとめることはできなかっただろう。

「NY行きの話もびっくりしちゃった」
「あぁ。急に決まった話でな。俺の中でお前を連れて行かないっていう選択肢はねぇから。あっちに行ったらババァに会うぞ。そして結婚するからそのつもりでいろよ」
「・・・・・・うん」
「あっちにいるっつっても半年だけだし、向こうにいる間はお前のやりたいようにやれ。俺はそれを全面的にサポートしてやるから」
「司・・・・・・」


今日わざわざ来てくれたことも。
全てをサポートしてくれるという言葉も。
全てはつくしのために見せる司の優しさ。 つくししか見ることのできない優しさ。


つくしは司の手をキュッと握ると、涙の滲んだ瞳で自分を真っ直ぐ見つめる男の顔を見上げた。

「ありがとう。 大好き・・・」
「ばーーーーーーか。 愛してる だろ?」
「・・・あはっ、そうだね。 司、あいして・・・」


「る」 の一言を放つことは叶わなかった。
柔らかな感触がその言葉を封じ込めてしまったから。
触れた場所から受け止めきれないほどの 『愛してる』 が流れ込んでくる。
その想いに負けないように愛しい男を抱きしめると、ありったけの想いを込めてキスを返した。




これからは、どんな未来もあなたと一緒に______







【完】




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ここまでご愛読くださった皆様、本当に有難うございました。
初めての長期連載でダメダメなところばかりだったと思いますが、皆様の応援のおかげでここまで書くことができました。
自分でも思っていた以上にこの物語での2人に対する愛情が湧いてきてしまいまして、今後は番外編という名の続編を書いていきたいと思います。以前いただいたリクエストなども参考にしながらまた色んなお話をお届けできたらと思っています。

ひとまず本編はこれにて終了です。有難うございました^^


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00 : 11 : 57 | あなたの欠片(完) | コメント(56) | page top
あなたの欠片 45
2014 / 12 / 29 ( Mon )
「つくしちゃんっ! 会いたかった~~~~!!!」

「お、おねえさ・・んぐっ!!」
「つくしちゃんっ!!」

言い終わる前にはつくしの体は豊満なボディにギュウギュウ詰めにされていた。
長身にハイヒールを履いた椿がつくしを抱きしめればちょうど顔に胸が触れる形となり、何とも言えない柔らかい感触に包まれる。おまけにそこら辺では手に入らないような上品な香りまでして思わずうっとりしそうになる・・・・・・


・・・・・・が!!


「ちょっ・・・おねえさっ、く、くるじいっ! 息がっ・・・!」
「あぁっ、もう一体何年ぶりになるのかしら?! ずっとずっと会いたいって思ってたのよ!」

タップタップとばかりに背中を叩くが、当の本人が気付く気配は全くない。
一人大興奮しながらさらにその手には力が込められていく。

「お、お゛ねぇさ・・・・・・」

このままじゃ死ぬっ!!

スーッと、つくしの目の前にお花畑がうっすら見えたような気がした、その時。

「椿様、それじゃあつくしが死んじまいますよ」
「え? ・・・あぁっ! つくしちゃん、ごめんなさい! あたしったらなんてこと・・・!」

まさに天の声とも言えるタマの一声によりつくしは一命を取り留めた。
ぜぇはぁ息を切らしながら前を見ると、美しい顔に似合わずおたおたと慌てふためく椿の姿が目に入る。

「大丈夫?! ほんとにごめんなさい!」
「・・・ふっ、あはははははっ!」
「つ、つくしちゃん?!」

真っ青な顔で息を切らしていたつくしが突然大笑いし始めたことに椿は目を丸くして驚いている。あまりの笑いっぷりに時折目尻の涙を拭うほどだ。

「あはははっ、お姉さん、全然変わってないですね。嬉しいです。・・・ご無沙汰しています」
「つくしちゃん・・・」

つくしがニコッと笑うと、たちまち椿の瞳もゆらゆらと揺れ始め、今度はそっとつくしの体を抱きしめた。まるで母親の温もりに包まれているようなその安心感に、つくしにも万感の思いが込み上げてくる。

「さぁさぁ、ここで立場話もなんですからお部屋に移動してくださいな」

いつまで経っても動こうとしない2人に痺れを切らしたタマがやれやれと苦笑いする。

「あ、タマさん・・・えへへ、そうですね」
「ふふふ、そうね。じゃあつくしちゃん、今日はゆっくり話しましょう?」
「はい、ぜひ!」

顔を合わせて笑い合うと、タマに続くようにして2人も部屋へと歩き始めた。





***


「本当に久しぶりね。もう6年にもなるのね・・・」

移動した部屋で向かい合いながら感慨深そうに椿が呟く。

「はい・・・お姉さんはお元気でしたか?」
「私は相変わらずよ。それよりもつくしちゃん・・・ごめんなさいね。あなたが大変な目に遭ってるだなんて私ちっとも知らなくて。うちの父のことでもたくさん不安にさせてしまったみたいだし・・・本当にごめんなさい」

そう言って頭を下げた椿につくしは慌てて立ち上がる。

「ちょっ・・・お姉さん! 顔を上げてください! 誰も何も悪くないんですから! お願いですっ、顔を上げてくださいっ!!」
「つくしちゃん・・・」

つくしの悲痛な訴えにやがてゆっくりと椿が顔を上げていく。

「本当に誰も悪くなんてないんです。むしろ悪いのは私です。事故に遭ったのは私の不注意が原因なんですから。だからお姉さんが気に病む必要も、謝る必要も1ミリだってありません」
「つくしちゃん・・・」
「それに・・・・・・むしろ謝らなければならないのは私の方なんです」
「えっ?」

予想外の一言に椿が驚きの声を上げる。

「私・・・つか・・・道明寺が必死で頑張ってるのをわかってたくせに、目の前の現実から逃げてしまったんです。昔も同じ過ちを繰り返したのに、また同じ事をしてしまいました。だから私の方こそごめんなさい」
「やだっ、つくしちゃん、顔を上げて!」

頭を下げるつくしを椿が慌てて止める。さっきとはまるで立場が逆転してしまった。

「・・・ふふっ、私たちったら何お互いに同じことやってるのかしら」
「・・・そうですね。ふふふっ」

まるで鏡のように情けない顔をしている互いを見つめ合うと、どちらからともなく笑いが零れた。

「怪我の方はもう大丈夫なの?相当な大怪我だったって聞いたけど・・・」
「あ、はい。ご覧の通りもうすっかりよくなりました。私のせいで皆さんに心配をかけてしまって・・・本当に申し訳なく思ってます」
「そんなことないわ。大怪我だったことは大変だったけど、何よりもつくしちゃんの命が無事で本当に良かった。あなたのいない人生なんて司には考えられないんだから」

司という言葉に内心ドキッとする。
司の口から椿の話が出てきたことはないが、彼女は一体どこまで聞いているのだろうか?
そもそもこの邸に住んでいる時点でどんなに鈍感な人間でもある程度の察しはついてしまうだろうが。

「あ、あの・・・お姉さんは」
「司と結婚してくれるんですって?」
「えっ?」

いきなり直球で来た椿につくしは目を丸くする。そんなつくしに椿はクスッと肩を揺らした。

「ふふっ、実は今回の帰国が決まったときにタマさんに聞いたのよ。『坊ちゃんが最近羽が生えたように幸せオーラに包まれてます』ってね」
「羽・・・?」
「あまりにも想像ができて思わず笑っちゃったわ。・・・父のことがあってからうちの会社も色々あったでしょう? マスコミにもあることないこと騒ぎ立てられて・・・つくしちゃんのことがずっと気になってたの。でもそれを話すような状況ではなかったし、司も全く周囲を寄せ付けなかったっていうか・・・。あの子のことだから何か考えがあってそうしてるんだろうとは思ってたけど、つくしちゃんにも辛い思いをさせてしまったと思うの。ほんとにごめんなさいね」
「いえ、そんな・・・!」
「ようやく帰国が決まって司と話をしようと思えばあの子ったらもう超特急で帰っちゃって。よっぽどあなたに会いたいのを我慢してたのね」

ふふっと思い出した様に笑う。

そうだったんだ・・・知らなかった。
それなのに会いに来た自分が大怪我だけではなく記憶まで無くしていたなんて、一体どれだけショックだったことだろう。
全てにおいて経験済みのつくしにとって、想像するだけで胸が痛い。

「色々あって大変だっただろうけど、あなた達なら絶対に大丈夫だって信じてたわ」
「お姉さん・・・」
「だって司があなたじゃないとダメなんだから。・・・あの子の我が儘で苦労させることもあるだろうけど、どうか司をよろしくお願いします」
「えっ・・・?! あ、あのっ、もうほんとに頭を上げてくださいっ!」

もう一度顔を上げた椿の目にはうっすらと涙が光っていた。

「ふふっ、なんだか嬉しくて泣けてきちゃった」
「お姉さん・・・」
「それで? いつ結婚するの? まぁ司はすぐにでも入籍したいんでしょうけど」

さすがは椿。司の頭の中など全てお見通しだ。

「あ、あの、お姉さん。ちょっとお聞きしたいことがあるんですけど・・・」
「何? 何でも聞いて?」

つくしの言葉に嬉しそうに顔を綻ばせる椿を見ながらつくしは膝においていた手にキュッと力を入れる。やがて意を決したようにゆっくりと口を開いた。

「お義母様のことが気になってるんです・・・」
「母のことが?」
「はい・・・。当然のことですけど、私もあれから一度も会ってなくて。道明寺のことは好きですし、結婚することへの迷いはもうありません。道明寺がすぐに入籍しようって言ってくれてることも本音では嬉しく思ってます。・・・でも、やっぱりどうしてもお義母様のことが引っかかってしまって。道明寺は何も心配するな、認めてもらえてるって言ってくれるんですけど、それでも、どうしても・・・」
「つくしちゃん・・・」

段々自信なさげに声が小さくなっていくつくしに、椿は立ち上がるとつくしの隣まで移動してゆっくりと腰を下ろした。そしてきつく握られたままのつくしの手にそっと自分の手を重ねる。
その瞬間ハッとしたようにつくしが顔を上げた。

「つくしちゃんの心配は当然のことよね。だってあの母を知ってるんですもの。・・・でもだからこそなのよ、つくしちゃん」
「え・・・?」

意味がわからず首を傾げるつくしに椿はニコッと微笑んだ。

「あの母だからこそ、何も言ってこないということが全てだということよ。司があなたに熱を入れてることだって、あなたが今ここで生活していることだって、結婚するつもりでいることだって、全ては母に筒抜けに決まってるでしょう?」
「あ・・・」

そうだ。昔だって壁に耳あり障子に目ありとばかりに全ての行動を監視されていた。
自分たちの動向を探るなんてこと、楓からしてみれば朝飯前に違いない。

「その上で母は何も言ってこない。それだけで充分母の意思は示されているということよ。司の言う通り、母はあなた達のことを認めている。まぁそれを素直に口にするような親ではないでしょうけど」

そう言って椿は苦笑いする。

「司だって帰国前に母に自分の意思を伝えているに違いない。だからつくしちゃんは何も心配する必要なんてないのよ」
「お姉さん・・・」


・・・不思議だ。
司に宥められてもどうしても完全には消すことのできなかった不安が、驚くほど楽になっていくのがわかる。それは昔、自分たちと同じように辛い思いをしている椿の言葉だからこそなのか、それとも同じ同性としての言葉だからそうなのか。
おそらくどちらも正解なのだろう。

「いずれ結婚式はきちんとしなければならないでしょうけど、私も先に籍だけ入れておくことには賛成よ。ただでさえあなた達は我慢する期間が長かったんだから。思う存分一緒にいて幸せになって欲しいと思ってる」
「お姉さん・・・」
「・・・それでも、どうしてもつくしちゃんが気になるって言うのなら、一度母に会ってきたらどうかしら?」
「えっ?!」

条件反射だろうか、思わずビクッと体を揺らしたつくしに椿が笑った。

「今母はアメリカ支社での業務で忙しいからしばらく帰国は無理だと思うの。だったらつかさと一緒にNYに行ってみたらどう?」
「え、でも・・・」
「司に言えばいいじゃない。どうしても母に会ってから結婚したいって。司だって散々つくしちゃんに我慢させたんだもの。あなたのお願いの一つや二つ聞いてあげなくてどうするの?」

・・・・・・会いに行く・・・?
魔女に・・・?
結婚の許可をもらいに・・・?

想像しただけで胸がバックンバックン暴れ出す。
そんなつくしの様子に気付いた椿は重ねた手にギュッと力を込めた。

「大丈夫よ、つくしちゃん。私も司も確信をもって言うわ。何も心配することなんてない」
「お姉さん・・・」
「だから何にも心配せずに早く私の妹になってちょうだい。 ね?」

ニッコリと笑った顔には少しも曇りはなくて。
心からの言葉と笑顔に、自然とつくしも笑顔になっていた。

「・・・はいっ!」

満面の笑みでそう答えると、うんうんと椿も大きく頷いて微笑んだ。

「じゃあ今日は前祝いで飲みましょう!」
「はいっ!」
「あ~、もういつの間にかすっかりつくしちゃんもお酒の飲める年齢になってたなんて・・・ほんとに色んな意味で感慨深いわ」
「あはは、ほんとにそうですね。あの頃はまだ高校生でしたからね」
「そうよ~。あれから6年の間にどんなことがあったか、色々聞いちゃうからねっ」
「えぇ~っ?! あははは・・・」


広い室内の隅々まで花が咲いたように、その夜はいつまでも笑い声が絶えることはなかった。









****


「・・・・・・それで? 最初はどんな感じだったの? 司はちゃんとできたんでしょうね?!」
「え~~っ、そんなこと私にはわかりっこないですよぉ~~」
「・・・まぁそれもそうね」
「・・・・・・でもぉ、初心者の私でも司がすっごぉ~く優しかったのだけはわかります。だって、なんだか涙が出てきちゃったんですもん~」
「そうなの?」
「そうなんですよぉ~。あぁ~、あたしこの人のことが大好きだぁ~~って泣けてきちゃいましたぁ」
「そう・・・」
「あいつにはなかなか素直に言えないですけどぉ、あたし、多分皆さんが思ってる以上に司のことが好きですよぉ・・・だから、ずーっとずーーーーーっと一緒にいたいんですぅ・・・・・・・・・・・・・」
「つくしちゃん・・・。・・・・・・・・・・・・・・・・・つくしちゃん?」

そう言ったっきりポフッと体をソファに沈めたままつくしが動かなくなってしまった。
椿がそっと肩を揺らしても何の反応も示さない。どうやら眠ってしまったようだ。



「・・・ったく、飲ませすぎだろ」

「司?!」

呆れたような声に振り返ると、ネクタイに手をかけた司が足早に近付いて来ていた。

「こいつがここまでベロベロになるなんて、一体どんだけ飲ませたんだよ?」
「あらぁ、人聞きの悪いこと言わないでくれる? ちょっと付き合ってもらっただけよ」
「ザルの姉貴のちょっとはちょっとって言わねぇんだよ」

悪びれるでもなくフフッと微笑む椿に溜め息をつくと、司はつくしの体に手をかけた。

「おい、つくし。そろそろ部屋に戻るぞ」
「うぅ~~ん・・・・・・あれぇ? 司だぁ~~! おかえりぃ~~っ」

うっすらと目を開けて目の前にいる男に気付くと、へらっと締まりのない顔で笑う。

「りぃ~って、お前相当酔ってんな?」
「なぁにがぁ~? あたしはよっぱらってなんかないよっ!」
「ったく、ほら、いいから行くぞ」

呆れた笑いを零しながらつくしの背中に手を回した瞬間、つくしの手が伸びてきてそのまま司の首にしがみついた。

「つかさぁ~~、だーーーーーーいすき」

ふふっと笑いながらそう耳元で囁くと、つくしはそのまま司の肩に寄りかかるようにしてグーッと寝息を立て始めた。酔っ払いの言ったこととはいえ、普段めったに自分から甘い言葉を言わないつくしのその行動に、司の顔は緩みっぱなしだ。
ほんのりと頬も赤くなっている気がする。

「はぁ~~、ラブラブで羨ましいわぁ~」

その存在をすっかり忘れていたが、一部始終を目の前で見ていた椿が感嘆の声を上げる。

「あんまこいつに飲ませ過ぎんなよ。弱いんだから」

そう言うとつくしの膝裏に手を回してゆっくりと抱き上げた。当の本人は何も気付かずに気持ちよさそうに微睡んでいる。そんなつくしを見つめる司の目もこの上なく優しい。

「ふふっ、優しいのねぇ。・・・安心したわ」
「何がだよ?」
「あんたの気持ちが絶対なのは知ってたけど、つくしちゃんもそれに負けないくらいあんたを想ってるってわかって。色々と彼女が迷うのは当然のことだけど、それでもあんたと同じ未来を見つめてるんだってわかったから。もう何も心配いらないわね」
「あぁ。姉ちゃんにも色々心配かけて悪かったな」
「ほんとよぉ!せめて帰国する前に連絡の一つくらい入れなさいよね!」
「悪かったよ。あの頃は必死だったんだよ」
「・・・そうよね。あんたほんとによく頑張ったわ。姉として誇りに思うわ」

あまりのべた褒めに司も驚くほどだ。

「・・・・・・どうするの?」
「どうするって?」
「来月でしょう?」
「あぁ、そのことならとっくに決まってる」
「・・・そう。しっかりやんなさいよ」
「わかってる。色々ありがとな」
「あんたがそんなに素直にありがとうって言うなんて・・・つくしちゃんの存在はほんとに偉大ねぇ」
「くっ、かもな。じゃあこいつ連れてっから」
「了解~。おやすみぃ~」
「あぁ」

物珍しいものでも見るように笑う椿に苦笑すると、司はつくしを抱きかかえたまま部屋を後にした。



「ほんとに長かったわね・・・・・・よかった・・・」



そんな弟の後ろ姿を感慨深そうに見送ると、椿は目尻の涙を拭った。







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02 : 28 : 06 | あなたの欠片(完) | コメント(5) | page top
あなたの欠片 44
2014 / 12 / 28 ( Sun )
スースーと気持ちよさそうな寝息だけが響く暗い室内を黒い影が動く。
明かりがなくとも全てを把握しているかのような動きは真っ直ぐにある一点を目指す。
やがて目的の場所に辿り着くと、音を立てないように布団の中にその体を滑り込ませていく。その真ん中で深い眠りに落ちている女の体を自分の中に引き寄せると、額にそっと唇を寄せて囁いた。

「おやすみ・・・」











「・・・・・ん・・・」

肌に触れる感触が心地いい。
つくしは温もりを求めるようにそこに自分の体を擦り寄せていく。
ふわりと沈んでいくはずの毛布の感触とは少し違う。

「・・・・・・あれ・・・・?」

ボーッとしながら目を開けていくと、目の前には眠っていても腹が立つほど整った綺麗な顔がある。目が覚めると真っ先に入ってくるのがこの光景であることにもすっかり慣れてしまった。

「また来てたんだ・・・一体いつの間に」

呆れたように笑うと、つくしは目の前の顔をそっと手で撫でていく。
長い睫に筋の通った高い鼻、厚すぎず薄すぎず絶妙なバランスの唇、肌は女性が悔しがるほどつるつるで毛穴一つ見当たらない。男でこんなに綺麗だなんて世の中不公平にもほどがあると思わずにはいられない。

こんな男を独り占めできるのはこの世に自分ただ一人。
そう思うと言葉にできない幸福感が全身を満たしていく。

「お疲れ様・・・」

そう囁いてそっと唇にキスを落とすと、ぐっすりと目を閉じたままの司に擦り寄るようにして再びつくしも眠りについた。






***





「きゃ~~~~っ!! 大変っ!!」


あれから数時間、邸中に悲鳴にも似た声が響き渡る。
はじめのうちこそ何事かと驚いていた使用人も、今ではまるでそれが日常の一ページであるかのように全く動じる気配はない。むしろニコニコと嬉しそうに持ち場の作業を続けている。


「司っ、起きてっ!!」
「・・・・・・ん・・・」

突然耳元で響く叫び声に目の前の顔が歪む。
それでも構わずにつくしはゆさゆさと体を揺らしながら声を張り上げる。

「ねぇってば! 起きてっ!! 遅刻しちゃうからっ!!」
「・・・・・んだよ、俺は今日は遅出でいいんだよ」

ボソボソとやっと聞き取れるほどの声で呟くと、背中に回していた手に力を込めて細い体を引き寄せ、そのまま目の前にある胸元にスリッと頬擦りする。

「ちょっ・・・ねぇ、寝ぼけないで! あんたはよくてもあたしは遅刻しちゃうの!」

凄い力で巻き付いている手が離せない代わりに肩を掴んで必死で大きな体を揺らしまくる。しばらくはそれでも無視し続けて寝ていた司だったが、あまりの揺れにそうもできなくなったのか、やがて不機嫌そうに顔を上げた。

「・・・・・・なんだよ。安眠を妨害すんじゃねぇ」
「それはこっちのセリフだよ! 仕事っ! 遅刻しちゃうからっ」
「・・・ったく、うるせーな。もう少し穏やかに起こせねぇのかよ」
「はぁっ?! 勝手に人の部屋に入って来たのはそっち・・んぐっ・・・!」

尚も不満の言葉を続けようとした口があっという間に塞がれる。
いつの間にやら下に組み敷かれていた体が大きな体に押さえ付けられ、抵抗する術もなくキスの波に呑み込まれていく。一度触れてしまえばその気持ちよさにたちまち体中から力が抜けていってしまう。

「・・・・・・はぁっ・・・」

ようやく離れた口元から艶めかしい吐息が漏れる。キッと睨み付けてはみたものの、全く迫力がない。司はそんなつくしに満足そうに笑うと、チュッと音を立ててもう一度啄むようなキスを落とした。

「はよ」
「・・・・・・おはよう。・・っていうか時間! ほんとにないんだから」

ようやく力を緩めてくれた司の体をグイッと押しのけると、つくしは急いで体を起こす。時計を見れば既に7時を過ぎている。このままでは遅刻ギリギリのラインだ。

「うちの車で行けばいいだろ?」

ふあぁと欠伸をしながらゆっくり体を起こしつつさも何でもないことのように言う司を、つくしは横目で睨む。

「それだけはダメっ!!」
「なんでだよ。遅刻するよりマシだろーが」
「それでもダメっ! あんな目立つリムジンなんかで通勤だなんてシャレになんないから。会社が大騒ぎになっちゃう」
「別にいいだろ。もうすぐ結婚すんだし」
「それとこれとは話は別! 仕事納めまではちゃんと自分の仕事を全うしたいの。これ以上自分の事で会社に迷惑かけたくないから」
「・・・相変わらず融通のきかねぇ女だな。普通なら喜んで送ってもらうんじゃねぇのかよ」
「あいにくあたしは普通の女じゃないんですよーだ」

振り向きざまにベーーッと舌を出したつくしに司がプッと吹き出す。

「ガキかよ」
「あんたこそ、いい加減夜這いみたいな真似はやめてよね・・・って、もう時間ないんだってば!」

ハッとしたようにベッドから飛び降りると、超特急で身支度を整えていく。
そんなつくしの様子をベッドに肩肘をつきながら司はじっと眺める。いつもなら着替えを見るな! などと文句が飛んでくるところだが、さすがに本当にピンチなのだろうか、今日はそんな余裕もないらしい。
まるで何かの芸を見ているかのような早技で準備を終えると、最後に鞄を手にしてつくしが司を見た。

「じゃああたし先に行くから! 今日は遅出でいいんでしょ? ゆっくりしてってね。じゃあ行ってきます!」
「あぁ、気をつけていけよ」
「うん、じゃあねっ!」

言うが早いか、まるで小動物のように部屋を出て行ってしまったつくしにひとしきり笑うと、司は再びベッドにその体を投げ、まだつくしのぬくもりの残る布団に顔を埋めて静かに目を閉じた。




_____あれからもうすぐ3ヶ月。

司の計画的犯行により邸に移らざるを得なくなったつくしは、結局そのまま邸での生活を続けている。当然の如く司は自分と同じ部屋で生活しろと主張したが、つくしがそれだけは断固拒否した。
確かに結婚はする。そこに迷いは一切ない。
けれども、きちんと籍も入れていないうちから同じ部屋で過ごすことはつくしの性格ではどうしても躊躇われた。司には何を今さらと言われたし、普通に考えればそう思うのも当然のことなのかもしれない。

だがつくしにはどうしても気になることがあった。
それは楓の存在だ。
楓とは司が渡米してから一度たりとも会っていない。司にすら会えなかったのだから当然と言えば当然だろう。
司は何一つ心配することはない、とっくに認めてもらっているというが、つくし自身が直接顔もあわせずに道明寺邸で同棲、そして結婚と進んでしまうことにどうしても抵抗があった。

きちんとけじめをつけてから気持ち良く結婚したい。
それがつくしの唯一の願いだった。

結局つくしの希望に司が折れる形となり、記憶が戻らない頃から借りていた部屋をそのまま使っている。だが別の部屋というのも名ばかりのもので、夜になれば問答無用で司が部屋に押しかけ、朝まで一緒にいる。帰りが早かろうが遅かろうが関係なし。今日のようにつくしが眠っていれば黙って布団に侵入して朝を迎える。
何度文句を言おうとも変わらないその強引さに、この頃ではつくしの方が根負けしている状態だ。

司からしてみれば今さら遠慮する理由など何一つない。
しかも一度知ってしまったつくしの肌の温もりと敢えて離ればなれで生活する意味がわからない。
なんだかんだいいながらも本音の部分ではつくしは一緒に過ごせることを嫌がってなどいない。
それがわかっているからこそ司も強引な手段に出ているのだろう。



「斉藤さん、今日もありがとうございました!」
「いいえ、とんでもございません。それではつくし様、気をつけていってらっしゃいませ」
「はい、行ってきます!」

駅まで送ってもらうと、つくしは頭を深々と下げる斉藤に笑顔で手を振って構内へと消えていく。そんなつくしの姿が完全に見えなくなるまで見送るのが最近の斉藤の日課だ。

司や斉藤から何度も会社まで送迎すると言われても、つくしは首を縦には振らなかった。
それは半年以上も病休で会社に迷惑をかけたという負い目が大きかった。
司の存在を隠すつもりはない。隠したところでいつかはばれてしまう相手だ。
だがそれは今ではないとつくしは思っていた。
現段階で司の存在を話してしまえば、必ず大きな騒ぎになることは目に見えている。おまけに周囲がつくしに対して気を遣い始めるに違いない。
それだけは絶対に嫌だった。

ただでさえ半年以上も病休で会社に迷惑をかけている。
しかもようやく復帰したと思えばほんの数ヶ月で退社しなければならない。
残された時間はとにかく会社のために精一杯自分のできることをやり尽くしたい。
それがつくしの絶対に譲れない信念だった。

司はつくしのその想いを受け入れてくれた。
ただし退職時にはきちんと全てを話すという条件付きで。
当然つくしはそのつもりでいたし、二つ返事でOKして今に至る。

仕事に復帰してからもうすぐ3ヶ月。
充実した日々はあっという間に過ぎ、退社の日を迎えるまでの時間も残り僅かとなっていた。







「はぁ~、肩凝った」

一日の業務を終えパソコンの前でコキコキと首を回していると、ふと見つめた視線の先で主のいないデスクが目に入ってくる。

「今頃どうしてるのかな・・・」

つくしが呟いたその主こそ、相良葉子だ。


最後に会ってから3週間、職場に復帰したつくしを待っていたのは相良本人ではなく彼女から託された手紙だった。最後につくしは彼女に仕事をやめないように約束させた。そして彼女もそれを承諾したはずだった。
だが実際来てみれば彼女はいなかった。


『 牧野つくし様

まずは手紙という形となってしまったことを許してください。
そして一連の私が引き起こしてしまった不祥事についても、お詫びの言葉もありませんが言わせてください。本当に申し訳ありませんでした。
あの時牧野さんと交わした約束、決して忘れてはいません。
会社はやめませんし、あらためて牧野さんを始めご迷惑をかけてしまった皆様に直接お詫びをするつもりでいます。
ただ、私自身、ここ1年ほどずっと心療内科にかかっていました。
今回のことを自分の人生の転換期だと捉え、今はきちんと自分の状態に向き合って改善に努めたいと思いました。そうすることで自分のしでかした事の大きさをあらためて痛感することになると思うのです。

約束します。
決して逃げることはしません。必ずまた会いに行きます。
それまでどうか少しだけ時間をください。
次に会うときにはきちんとした自分でお詫びの言葉を伝えたいと思っています。

少しでも早く会いに行けるようにきちんと自分と向き合いたいたいと思います。
勝手な私をどうかお許しください。

                            相良葉子  』


上司によればとりあえず春までの休暇届が出ているらしい。
春になればつくしは退社する。当然ながら葉子はその事実を知らない。
彼女に会うことができるのか、ギリギリのラインだろう。それでもつくしは信じていた。たとえ退社した後であろうとも必ず彼女は会いに来るに違いないと。
あんなことがあったが、つくしはどうしても葉子のことを嫌いにはなれなかった。それは彼女が会社でつくしをよく目にかけてくれていたことが決して偽りの姿ではなかったと思えるから。
本音を言えばすぐに会ってゆっくり話をしたかったが、彼女がそうして欲しいと望むのであればつくしにできることはそれを信じて待つことだけだ。


「ねぇねぇ牧野さん」
「はっ、はいっ?」

物思いに耽っていたつくしに隣の席の同僚が声をかける。
慌てて横を見ればどこか緩んだ顔で自分を見ている。・・・こういう時は嫌な予感しかしない。

「な、なんですか・・・?」
「あのさ、ここだけの話、牧野さんの退社って寿退社なんじゃないかって噂が流れてるんだけど・・・実際のところどうなの?」
「えぇっ?!」

思わず出してしまった大きな声に周囲の目が集まる。いくら就業時間を過ぎているとはいえ、まだ社内にはほとんどの人が残っている。つくしは慌てて口を押さえて同僚に耳打ちした。

「なっ、なんなんですかそれはっ?!」
「え~、だってまだまだ若いのに退社なんてそう思うのが普通でしょ? せっかく病休から復活したのにってのもあるしさ」
「もしかして皆さんそう思ってるんですか・・・?」
「どうかなぁ? とりあえず一部の女子社員が噂してるだけだけど」

まだ社内全体に広がっているわけではないのだとひとまずホッとする。
きちんと報告するつもりでいるが今はまだ勘弁して欲しい。

「で? どうなの?」
「えっ? えーと・・・あはは・・・あっ、そうだ! 今日は用事があるんでした。急いで帰らないと間に合わないっ!」
「えっ?!」
「じゃあ私急ぐのでお先に失礼しますね! お疲れ様でしたっ!!」
「あっ、ちょっとっ、牧野さんっ?!」

それだけ言い残すと、つくしはまるで逃げるようにその場を後にした。
取り残された同僚は一体何が起こったかわからずにただ唖然としている。



バタバタバタンッ!

「あ~、焦ったぁ~! っていうか皆噂好き過ぎでしょ・・・」

更衣室に駆け込むと、ハーーッと大きく息を吐き出す。

「でもまぁ急にやめるんだもんね。そう思われても仕方ないか・・・」

まだ入社2年目のペーペーが早々に退職するともなれば色んな憶測が飛ぶのも自然なことだろう。上司にだけは結婚する旨は伝えているが、相手が誰であるかなどまでは話していない。
会社を去るときにはきちんと伝えようと思っているが、どうかその時までは平穏に過ごしたい。ちゃんと最後まで仕事を全うするまでは。

つくしはシャラッと胸元に潜めているネックレスにそっと触れた。
司から常に身につけるようにと厳命された指輪だが、つくしの意思を尊重してくれた時点で仕事中は外すことを認めてもらえた。実際、億単位もするものを身につけて仕事するなんてとてもじゃないが集中なんてできっこない。しかも周囲が放っておいてくれるはずがない。
仕事中だけ大事に部屋に保管されている指輪の代わりに、こうして土星のネックレスがいつもつくしに寄り添っている。

「あと一週間無事に過ごせますように」

祈るようにそう独りごちると、つくしは急いで着替え始めた。






***


「お帰りなさいませ、つくし様!」
「ただいま帰りました~」

司との旅行から帰ってきてからというもの、邸での呼び名が「牧野様」から「つくし様」にいつの間にか変わっていた。まるで女主人のようだからやめて欲しいとお願いしたが、誰一人として聞いてくれる者はいなかった。
もうすっかり浸透してしまったその光景は、この邸での若奥様としての立場を確立しているようなものだ。


「つくし様、今日は素敵なお方がつくし様に会いたいといらっしゃってますよ」
「えっ? 誰ですか・・・?」

素敵なお方?
一体誰だろう? 全く検討がつかない。




「つくしちゃんっ!!」

「・・・・・・えっ?」

ちょうどその時後ろから名前を呼ばれた声にどこか聞き覚えがあるような・・・
この声は・・・・・・


ゆっくりと振り返ったと同時にギュウッと凄い力で抱きしめられていた。
たちまちふわっといい香りがつくしを包み込んでいく。
そして香りだけではなく感触も極上にフワフワしている。
この人は・・・


「つくしちゃんっ、会いたかったっ!!」

「お・・・お姉さんっ?!」


目の前にいるのは6年ぶりに会う絶世の美女、道明寺椿だった。







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コラボ企画の解禁です!
2014 / 12 / 28 ( Sun )
今日はつくしちゃんのお誕生日です! わー、パチパチパチ~(*´∀`*)

企画告知

ということで、以前も告知しておりましたコラボ企画が本日解禁となりました!

『 FF ‐ boys × girls 』 管理人のうさぎ様 とリレー小説を書きました。
1・3話を私みやともが、2・4話をうさぎ様が担当しております。
内容はもちろんつかつくの甘いラブストーリーになっています。

尚、今回はうさぎ様のサイトでのみの公開となります。
ですので  『 FF ‐ boys × girls 』  こちらに飛んで作品をご覧になってください。
バレンタイン辺りに当サイトでも公開する予定でいます。

また、来る1月31日、司の誕生日にも同企画を予定しています。
その際には当サイトのみでの公開となります。
こちらも是非楽しみにしていてくださいね(*´ェ`*)


自分で言うのもなんですが、とても素敵な作品に仕上がっていますので、
是非うさぎ様のサイトへお邪魔して読んでいただけたらと思っています。
ご感想等はこちらでもお待ちしております(*´∀`*)

年の瀬の息抜きとなりますように☆彡




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お知らせとお礼
2014 / 12 / 27 ( Sat )
いつもご訪問くださっている皆様、有難うございます。
昨日に続いてお知らせです。
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お知らせ&アンケート
2014 / 12 / 26 ( Fri )
いつもご訪問くださっている皆様、有難うございますm(__)m
今日はお知らせがあります。
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サンタは魔法が使えない 後編
2014 / 12 / 25 ( Thu )
ドキンドキンドキンドキン・・・



こんな時間に・・・・誰?
なんて考えなくても、答えは一つであってほしいと思ってる。
すぐに立ち上がると、ドアスコープを覗いて相手を確認することもせずに勢いよく扉を開いた。


バタンッ!!


「うぉわっ、あぶねっ!!」

何の前触れもなく開いたドアに、目の前にいた男が間一髪よける。
いるとは思ってなかったのか、その顔は驚きに満ちている。

「お前、いるんなら電気ぐらいつけろっ・・・・・・?!」

ドスッ

完全に無意識だった。
気が付けばあいつの胸に飛び込んでいる自分がいた。
当然ながらあいつは驚いていた。
・・・けど、すぐに自分の背中に腕が回されて、いつもしてくれるみたいにギュウッと抱きしめられた。その温かさに、目頭が熱くなって、涙が零れないように慌ててあいつの胸元に顔を埋めた。
しがみつくように必死に背中に手を回して、そこが玄関だってことも忘れて、扉が開いたままだってことも忘れて、そうしてあたし達はしばらく抱き合った。





「落ち着いたか?」
「・・・うん、ごめん」

しばらく抱き合った後、寒いから中に入るぞと促され部屋に入った。電気もストーブもつけていなかった部屋はひんやりとしていたけれど、不思議と体は寒くなかった。
ふと視線を感じて顔を上げれば、道明寺がいつになく真剣な顔でじっとあたしを見ていた。
・・・・・・何かを言おうとしている。
直感でそう思った。

「・・・牧野、あのさ」
「あの!この前はごめんね?なんかあの日あたしどこかおかしくて・・・細かいことまでつっかかってほんとにごめん」

なんだか急に不安になってあいつの言葉に被せるように口を開いた。

「あぁ、それはもういいんだ。元はといえば俺が遅刻したのがわりぃんだし」
「でも!連絡するって言っておきながら何にもしないで・・・しかも一回電話くれてたのに折り返しもしないで。あ、電話にはほんとに気付かなかっただけなんだけど、でも」
「牧野、ちょっと落ち着け」

ペラペラ止まらない口を止めるように、道明寺があたしの両手を掴んだ。
やっぱりその顔は真剣で、何か大事なことを伝えようとしているんだと思った。

・・・・・・何? もしかして嫌な話だったりする・・・?
いつまでも結婚しないあたしにいい加減愛想をつかしたとか?
この男に限ってそれはない。 絶対にない。
そう思っているのに、ここ最近の自分の可愛げのない態度の連続に、徐々に不安の種が花を咲かせていく。

ドクンドクンドクンドクンドクン・・・・・・

「あのさ、ちょっと目ぇ瞑れ」
「・・・・・は?」

思いも寄らぬ一言に思わず目が点になる。 なんで?

「いいから。いいって言うまで瞑ってろ、早く」
「う、うん・・・?」

全く意味はわからないけれど。
あいつがあまりにも真剣な顔でそう言うものだから。
思わず素直に従って目を瞑っている自分がいた。

何をするつもりなんだろう・・・・・・

全く読めない展開に胸のドキドキざわざわはおさまらない。


シャラッ・・・・・・


「よし、目ぇ開けろ」


何? これは・・・・・・何?

恐る恐る目を開けると、目の前にチェーンがぶら下がっている。
ゴールドか何かのチェーンの先にはさらに何かがぶら下がっている。
これは・・・・・・・・・・・・・・指輪・・・・?

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・え?」

目を開けたはいいものの、全く状況が掴めずに頭の中は???でいっぱいになる。

「あ、あの、道明寺・・・?」
「お前は俺と結婚したくなる」
「は?」
「お前は俺と結婚したくなる~」

ポカーンと口を開けたまま身動きのとれないあたしの前で、道明寺はチェーンを左右にブラブラと揺らし始める。そしてまるで何かに取り憑かれたように同じ言葉を繰り返す。

・・・・・・何やってんの、こいつ?
何この催眠術みたいなものは。 っていうか催眠術かけてるつもり?
しかも「俺と結婚したくなる~」って・・・何これ、何かのドッキリ?
そう思って慌てて周囲を見渡すけれど、当然ながら誰もいない。

そうこうしている間にも道明寺はチェーンを揺らしながら呪文のように繰り返す。
しかもその顔は至極真剣そのものだ。
・・・・・・・・本気でやってんの? この男が? こんなことを?

こんなこと、道明寺が知っているはずがない。
どうせF3の誰かにろくでもないことを吹き込まれたに違いない。
そんなことは容易に想像がつく。
・・・・・・それでも、そんなことをこの男が真に受けて行動に移しちゃってる。
後で思い出したら恥ずかしくて悶絶死しちゃうんじゃないかってことを真剣に。

道明寺司ともあろう男がこんなことを。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

いつまで経っても何も言わないあたしに痺れを切らしたのか、徐々にチェーンの動きが鈍くなっていく。それと同時に道明寺の顔も険しくなっていくのがわかる。

「・・・・・・・チッ、やっぱ騙されたか?」

ボソッと。 聞こえないくらいの小さな声であいつが呟いた。
そしてなんともバツの悪そうな顔でこちらを向く姿を見てしまったら。


「・・・・・・・・・・ぷっ、あはははははははははははははは!!」
「な、何だよ?!」
「だ、だって、だって・・・・・俺と結婚したくなる~~って・・・あははははっ!!」

もう笑いは止まらない。
お腹を抱えて笑い転げる私を前に、道明寺の顔がみるみる真っ赤に染まっていく。

「なっ?!やっぱあいつら俺をからかってやがったな! クソッ、ふざけやがって! 今度会ったらただじゃおかねぇぞ!!」

そう言って持っていた物を床に叩きつけようとした手を慌てて掴んだ。
驚いたあいつがあたしを見てさらにハッとする。

「なんだよお前・・・もしかして泣いてんのか?」

大笑いしていたはずのあたしの目からは大量の涙が溢れていて。ボタボタと音をたてて床へと落ちていく。驚いたあいつは慌ててあたしの涙を拭っていくけど、それでも追いつかないほどに次から次へと零れていく。

「なっ、なんだよ、そんなに嫌だったのかよ?! 悪かったよ、もうこれ以上は言わねぇから・・・だから泣き止め。なっ?」

普段めったに泣かないあたしの大号泣を前に、道明寺はどうしていいかわからずに必死で宥めようとしている。俺様なくせして本当はこんなに優しい。
あんなバカげたごとを信じるような男じゃないくせに、あたしとのことなら冷静な判断ができなくなって、まるで子供だましみないなことだって平気でやってしまう。

・・・それが道明寺司、 あたしの好きになった男だ。

今目の前にいるこの男を見ていたらもう余計なことなんて全部吹っ飛んでしまった。
体は大きいくせに、小さくなってオタオタしている姿を見たら・・・
おかしくておかしくて、・・・愛しくて、泣けた。

「おい、まき・・・・・・」
「結婚してください」
「・・・・・・・は?」

あたしの口から突然出た言葉にあいつが固まる。
それはまさに鳩が豆鉄砲を食ったようなマヌケ面で。また吹き出しそうになったけれど。
そこをグッと堪えてあいつの両手を掴むと深呼吸をしてもう一度言った。

「あたしと結婚してください」
「お前・・・・・・何言って・・・」
「道明寺と今すぐ結婚したくなっちゃった。・・・・ダメ?」

まるで狐につままれたような反応を見せるのは当然だと思う。
今まで散々渋っておきながらいきなり結婚してください、なんだもん。
でもしょうがないじゃない。今まで説明できない不安があったのも事実、そして今目の前の道明寺を見て結婚したいって思ったのも事実なんだから。

前に人生の先輩から聞いたことがある。
結婚はどちらかに迷いがあるときはまだベストのタイミングじゃないって。
もちろんそれでも上手くいくこともある。それでも、自然に互いが今だ!って思う時が必ず来るって。だからまだまだ焦る必要なんかないんだよって。

今ならわかる。 それがまさに今だってことが。

「お前・・・・マジで言ってんのか?」

道明寺の手がゆっくりとあたしの頬を撫でる。あたしはすぐにそこに自分の手を重ねた。

「本気だよ。道明寺は本気じゃなかったの?」
「バカッ!本気に決まってんだろうが!」
「うん、あたしも本気。なんか、道明寺見てたら色々考えてたことがどうでもよくなっちゃった。あんたと一緒にいたい。ただそう思った」
「牧野・・・・・・」

驚きに染まっていた顔がふっと緩んで、そして心の底から嬉しそうな笑顔に変わって。
そしてゆっくりと、その顔が近付いてくる。自分のところに辿り着くまで待てなくて、あたしは自分からあいつの首に手を回すと、その唇に自分の唇を重ねた。
一瞬だけあいつが驚いたのがわかったけど、すぐに力強い手が背中に回され、あっという間に主導権は奪われてしまった。
何度も、何度も、どちらからともなく唇を重ね続け、そして甘い夜へと落ちていった_____








****



・・・・・わかんねぇ。 さっぱりわかんねぇ。
何がこいつの考えをこうも変えたのか。

あれから急遽仕事で東京を離れた俺は、なんとか今日中に帰って来ることができた。
結局牧野からの連絡は一度もなかった。
一抹の不安を抱えながらもアパートに来てみれば部屋は真っ暗。
まさかいないのか? 今日はクリスマスイブだってのに一体どこへ?!
そんな焦りを抱きながらインターホンを鳴らしてみれば・・・・・・今に至る。


俺の腕の中で気持ちよさそうに寝息を立てる愛しい女の頬をそっと撫でる。
あれから、なだれ込むようにしてベッドに移動すると、そのままこれでもかと抱き合った。
いつもの牧野からは想像もつかないほど積極的で、求めてるのは俺だけじゃないってのを感じる、そんな時間だった。
自分から何度もキスを求めてきて、必死でしがみついて、潤んだ瞳で「好き・・・」なんて言いやがるものだから、もう俺のブレーキは完全にぶっ壊れちまった。
ただでさえ会えてなかった上にあんな姿を見せられたら・・・1回抱いたくらいで終われるはずもない。何度も何度も抱いて、あいつがもう無理って泣いて縋って、それでも抱いた。最後は気を失うようにしてあいつが落ちるまで俺は止まれなかった。

眠る牧野の左手を取ってそっと指輪を嵌めていく。
ずっと前から準備しておいた指輪。 やっとこいつの指に嵌めるときが来た。
細い指にすんなりと嵌まったそれは上品で、持ち主に負けないくらいの輝きを見せている。
起きてこれを見たこいつが勿体ないだのなんだの騒ぐのが目に浮かぶ。

バカだな。
お前より価値のあるもんなんてこの世には存在しねぇのに。
お前の笑顔ほど眩しいもんなんかどこを探したってねぇってのに。
この女は自分の価値をちっともわかってなんかいねぇ。
何をそんなに不安になってんだか知らねぇが、お前がただ傍にいてくれるだけで俺に信じられないほどのパワーを与えてくれるってのに。それ以上頑張る必要なんか何もない。
早くそれに気づきやがれってんだ。

「ん~・・・」

もぞもぞと寝返りをうった牧野が無意識に俺に擦り寄ってくる。
愛する女が自分の腕の中で眠っている。それだけでこんなに幸せを感じることができる。
それはこいつに出会ってなければ一生知ることはなかった幸福だ。
そもそも幸せの意味すらわからなかった俺だ。
牧野と家族になれば一生その幸せに満たされて生きていくことができる。

「さっきのセリフ、忘れたとは言わせねぇからな」
「ん・・・」

ムギュッと鼻をつまんだら苦しそうに顔を歪める。その顔に思わず笑った。


「・・・それにしても女心ってのはよくわかんねぇな。結局何が地雷で何が良かったのか俺にはよくわかんねぇよ」

ふと、テーブルの上に置かれたままの金のチェーンが目に入る。

・・・・・・まさか、マジであれの御利益があったってのか?


この前別れ際に言われた類の言葉。

『チェーンに指輪をぶら下げてこうして願い事を言うと叶うらしいよ。テレビでやってたんだけど、特に女の子の間で爆発的な人気があるらしい。実際かなり効果があるみたいだから司も駄目元でやってみれば?牧野も女の子なんだし、もしかしたら喜ぶかもよ?』


あの時はなんてバカバカしい。 くらだねぇにもほどがある。
どうせまた俺をおちょくって笑いのネタにしたいだけだなんて鼻で笑ってた。
でも結局牧野からの連絡がなかったことに不安を抱いた俺は、ある意味藁にも縋る思いで試してみることにした。

・・・・・・結果はこのとおりだ。

恐るべし。 侮るべからず。
よもや俺がこんなことをするなんて・・・
もしかしたらこいつに一生ものの弱みを握られちまったかもしんねぇ。

まぁそれでも。
こいつが手に入るのなら。 一生一緒に生きていけるのなら。
もうきっかけなんて何だっていいんだ。
手にした幸せを絶対に離したりはしない。

ムニャムニャと何やら寝言らしき言葉を発する牧野の体を引き寄せると、その温もりを確かめるように自分の中に閉じ込めた。

ようやく今夜はぐっすり眠れそうだ。










「・・・・・・なぁ、類」
「何?」
「お前がこの前司に言ってたおまじないってのはほんとなのか?」
「あぁ、あれ? うん、深夜番組でたまたま見かけた。凄く胡散臭かったよ」
「ぷはっ! 胡散臭いって。でもまぁまさか司が実際やるわけがねーもんな」
「だな、あいつがあんな子供だましみたいなことをやるわけがねぇよな」

ハハハっと大笑いするあきらと総二郎を横目で見ながら、類は手元のリモコンをポチポチと押していく。適当に変わっていく画面をぼんやりと眺めながらポソッと呟いた。



「司だからこそやりそうなんだろ」





ちょうどその頃司がくしゃみをしたとかしないとか。




メリークリスマス。  素敵な夜を。






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<後書き> *こちらの作品は前中後の3部構成です。中編を見ていない方はお忘れなく!
こちらの作品、以前拍手で8888を踏んだとご報告くださったきな※※ち様に、あら、そんなにめでたい末広がりを踏んだのならばいっちょ何かリクエストでもしてみますか~?と冗談半分で言ったことがきっかけでできました。
なかなか結婚に踏み切らないつくしに痺れを切らした司がおまじないに走る(情報源はテレビっ子の類)、といった内容で、それは面白い! と案をいただくことにしました。
なんだか書き手の能力不足で全然まとまりのない話になってしまって申し訳ないです・・・m(__)m
前半部分でもや~っとされた方には申し訳ないですが、これが私の能力ですのでそこは大目に見てやってください。

きな※※ち様、一応こんな感じに仕上がりましたがいかがでしょうか?
こんなんイメージとちがーーーう!!という時は遠慮なくぶん殴ってやってください。
正面から受け入れますから!
素敵なリクエストを有難うございました! 楽しかったです(*´∀`*)


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00 : 05 : 00 | サンタは魔法が使えない | コメント(21) | page top
サンタは魔法が使えない 中編
2014 / 12 / 24 ( Wed )
思えばあの日の牧野はどこかおかしかった。
自分でも少し言葉が悪かったかもしれないという自覚はある。


このところ、約束をドタキャンすることも少なくなかった。
悪いとは思っていても立場上どうすることもできないことに苛立ちを抱えつつ、それでもあいつは一度だって文句を言うことはなかった。
だからといってあいつが何も感じてないわけじゃない。
あいつは甘えることと我が儘を言うことが信じられないほど下手くそな女だ。
そのくせ変なところで意地を張るから厄介だ。
だからこそ、次に会うときは絶対にあいつよりも先に行って待ってるつもりだった。

_____そしてあらためてプロポーズをするつもりだった。

あいつにそれを伝えるのは初めてじゃない。
帰国と同時にしたときには「学生の身分じゃ無理」と言われた。
まぁあいつの性格を考えればそれも当然かと納得もできた。
だがいざ卒業してみれば今度は「社会人としての自分を試してみたい」ときやがった。

何でだよ。うちに入ればいいじゃねぇか。
どうしても働きてぇってならうちの会社に勤めたっていい。
それなのにあの女、それだけは絶対に嫌だとかほざきやがった。
働きたい理由を聞いても何を言ってんのか俺にはさっぱりわかんねぇ。
もう俺たちの間を遮るものなんて何もない。一緒になりたいって気持ちも変わってねぇ。
だったらすぐに結婚すりゃいいだけじゃねーか。なんでそこで待つ必要がある?
俺は一日だって早くあいつと一緒になりたいってのに。

それでも、いつも我慢することの多いあいつが、あんなに真剣にお願いをすることを無碍にすることもできない。
つくづくあの女のお願いには弱いと痛感する。

度重なるドタキャンの連続に、さすがの俺もヤバいとは思ってた。
相変わらずあいつは何も言わない。
だからこそ余計に気になって仕方がねぇ。
あの女、我慢して我慢して我慢して我慢して、自分でどうにもこうにもできなくなって初めて吐き出すタイプだ。しかもそれが特大の爆弾だからシャレにならねぇ。
なんとしてもそれは避けたい。
だからこそ今日の約束は先に行ってあいつを待つ。

物につられるような女じゃないことは重々わかってる。
それでも、夜景の綺麗なレストランで食事して、雰囲気が良くなったところでプロポーズする。
この俺がこんなにベタなことをするなんてらしくねぇとも思うが、ストレートに想いを伝えて今夜こそ絶対に決める。
その決意は並並ならぬものがあった。

近くにいるはずなのに思うように会えない。
いつだって会いたい、触れていたい、その想いは日ごとに、一秒ごとに増すばかり。

・・・・・・これ以上は俺が耐えらんねぇ。
一日だって早くあいつと一緒になりたい。


・・・・それなのに。
直前になって部下が信じられねぇミスを出しやがった。
当然ながら予定は大幅に変更され、何が何でもと決め込んでいた計画が初っぱなから崩れ落ちてしまった。イライラはとっくにピークを過ぎている。昔の俺なら間違いなくそいつをぶっ飛ばして首を切って再起不能にしていただろう。
だがそんなことをすれば次に捨てられるのは間違いなく俺だ。
あいつがそんな愚行を黙って見過ごすわけがねぇ。
我慢させている分、だからこそ自分のやるべきことをちゃんとやる。
いつの間にかすっかり俺の中に根付いてしまっている信念だ。

怒号を浴びせながらも部下を奮い立たせ走り回ること丸一日。
なんとかその日のうちに全ての問題を解決させた。
時計を見れば既にあいつとの約束の時間は過ぎている。
あぁ、クソッ!!いきなり出鼻をくじかれちまった。

西田の言葉も最後まで聞くことなく、俺は会社を飛び出した。
待ち合わせ場所まではそう遠くない。
気が付けばリムジンも呼ばずに全速力でダッシュしている自分がいた。

早く、早く、早く、あいつの元へ。
なんつーか、俺が走るのは全部あいつ絡みじゃねぇか?
天下の俺様が一人の女のために必死こいて走ってるだなんて・・・全くどうなってんだ。


・・・・・・いたっ!!


待ち合わせ場所にあいつが寒そうに手を合わせながら立っている姿が見えた。
俺よりもよっぽど強い女なのに、なんだか今日は随分小さく見える。
いつもああやって待たせてるかと思うと罪悪感で胸が押し潰されそうになる。
早くあいつを抱きしめてやりてぇ。
その想いで支配されたとき、見たこともねぇヤローが牧野の腕を掴んだのがわかった。

「・・・・・・っざけんな。ぶっ殺す!!」

背後からその男の腕を掴んで捻り上げると、クズ野郎はあっという間に逃げていった。
牧野が突然現れた俺にビビってる。
もしかしたらまたドタキャンすると覚悟していたのかも知れない。

・・・つーか何だよ、そのめちゃくちゃ可愛い格好は。
お前は自覚がないだけで人を惹きつける魅力がこれでもかとある女なんだよ。
もっと周囲に対する警戒心を持て。
・・・・なんて、遅刻した自分を棚上げしてそんなことを思ってしまう。
いや、気が付けば無意識に口にしてしまっていたらしい。

その時既に牧野の様子がおかしくなっていたことに俺は気付かない。
ただ、妙につかかってくるなとは思っていた。
だが、その時の俺はこの後どうするかということで頭が一杯だった。
既に最初から予定が狂ってしまっている。
とりあえずあいつの手を取って歩き出す。歩きながら必死で頭の中でシミュレーションを繰り返す。今からレストランに行くか?だが既に遅刻という大きな失態をしでかしている。

・・・小手先の演出よりも、こいつにはストレートな言葉の方が伝わるはずだ。
そう考えた俺はピタリと足を止め、直球勝負に出ることを決意した。

「そろそろ結婚しようぜ」

飾りっ気もない言葉。しかもここは道のど真ん中だ。
計画なんて全く無視。
・・・それでも。
あんなに小さくなって寂しそうに待っている牧野を見てしまったら、もうこの言葉を伝えずになんていられなかった。

お前だって俺と一緒にいたいって思ってるんだろう?
そうでなきゃあんな顔なんてしない。
同じ想いを抱えてるってのに、一緒にならない理由なんてねぇじゃねーか。
結婚すれば、こうしてお前を無駄に待たせたり約束を反故にしたり、煩わしい思いをさせなくてすむ。
そして何よりも・・・・・・俺がお前と一緒にいてぇ。


「・・・・・・ごめん、今日は帰らせて」


それなのに。
気が付けば牧野が信じられないことを口にしやがった。

・・・・・・はぁっ?!一体何をどうすればこの状況でそうなる?!
やけに言葉尻を捉えてはつっかかってくるとは思ったが、そこまでこいつがキレる理由が全くわからねぇ。気が付かない間に何か地雷でも踏んでたってのか?
帰るなんて冗談じゃねぇ!
必死こいてやっと会えたんだ。朝まで一緒にいなくてどうする。
嫌だっつっても邸に連れて帰る。

「ほんとにごめん、今日はなんかダメだわ。これ以上いても喧嘩にしかならない。だから帰らせて」

そう思ってたのに。
目に涙を溜めて必死でそう呟いた牧野がまるで知らない女みたいに見えて。
今にも消えちまうんじゃないかと思うほど頼りなくて儚げで。
何を言えばいいのかと必死で考えている間にあいつはあっという間にいなくなって。
・・・まるで逃げるようにその場から見えなくなってしまった。

俺は何が起こったかわからず、ただ走り去る牧野を呆然と見ているしかできなかった。
ポケットに突っ込んだ右手が虚しく四角い箱を握りしめたまま。









****



「・・・っかんねー・・・。あいつは何であんなに怒ってたんだ?」

イライラしながら頭をガシガシと掻きむしる。

「お前が何か地雷踏んだんだろ?」

どこか呆れたように総二郎が目の前のグラスをクイッと飲み干す。

あれから4日。
またすると言った牧野からの連絡は一度たりとも来ていない。
あの日のトラブルが尾を引いて仕事もかなり忙しくなっていたから、正直ゆっくり会う時間を作ることはできそうもねぇ。
それでも、あいつが連絡をしてくれば夜中だろうとなんだろうとすぐに飛んでいくつもりだった。
・・・それなのに、待てど暮らせどウンともスンとも言いやがらねぇ。
それどころか俺の電話にすら出やがらなかった。
あいつのことだから寝てたとか、充電してたとか、何かをしていて気付かなかった可能性は充分考えられる。だとしても、もういい加減俺の連絡に気付いているに違いない。その上であいつは連絡をしてこない。

原因が全くわらかない俺のイライラは募るばかり。
だがそれ以上に言いようのない不安が増す。

・・・・・・あの時のあいつの顔が頭にこびりついて離れない。

なんであんなに悲しそうな顔をした?
俺はただプロポーズをしただけだってのに。
・・・・・・まさか、そんなに結婚すんのが嫌なのか?

いや、さすがにそれはねぇ。 絶対に。
・・・・・・・多分。

「司が余計な一言言ったんじゃないの?」

類がソファーに横たわりながらポツリと呟く。

今日はいつもより早めに仕事が上がったから、思いきって牧野のアパートに行ってみようと思っていた。早いとは行っても既に10時を過ぎているが。
だが会社を出たところであきらからの電話が入った。久しぶりに飲まねぇかと。

正直、今牧野に会っても上手いことを言える自信がない。
何が悪かったのかがわからないのならばまた地雷を踏む可能性だって否定できない。
それならばと、こいつらに事の経緯を話してみることにした。
全くあてにはできねぇが、俺が気付かないことに気付くことだって考えられる。

会って早々イライラを隠そうとしない俺に全員が呆れたように溜め息をついた。
しかも

「また牧野を怒らせたのかよ」

とまで言いやがった。
なんで既に俺が悪者で確定してんだよ! ふざけんな!



「・・・・・・俺には何がなんだかさっぱりわからねぇ」
「何があったか順を追って思い出してみれば?」

類の言葉にあの日の記憶を辿っていく。

急な仕事でまず約束に遅れた。そしたらあいつが男に絡まれてて・・・助けた。
それで・・・・・・・それで?
俺は何つった?

「うわ、司。お前開口一番それはねぇだろ」
「何がだよ」
「考えても見ろ。お前が遅刻したから男に絡まれたようなものなのに、いきなりお前が悪いっつってるようなもんじゃねぇか。そりゃあ牧野が気分悪くするのも当然だろ」
「俺はそういう意味で言ったんじゃねぇ!」
「じゃあどういう意味だよ?」

総二郎の言葉に考えてみる。

「どういうって・・・あの日はあいつがやけに可愛い格好をしてて・・・あいつは自分で思ってる以上に魅力的な女なんだって自覚が全くないから、だから一人の時はもっと周囲に目を配れって、」
「だとしても牧野からしてみれば警戒心のないお前が悪いって言われてるも同然だろ」
「それは・・・」
「しかも、まさかお前遅刻したことを謝りもせずにそれを言ったんじゃねぇだろうな?」
「あ?」

・・・・・・どうだったかな。
真っ先に謝るつもりでいたらあのクズ野郎が牧野に絡んでて、慌てて追っ払って・・・・・・

「・・・・・・・あ」

謝ってねぇ。
牧野にキレられて初めて言及したかもしんねぇ。

「うわ、そりゃ最悪だろ、お前。確かに牧野に隙があるのは認める。でも元はといえばお前が悪いんだろ?それなのに自分のことは棚上げでそんなこと言われてみろ。どんな女だってキレるっつの。しかも可愛い格好してたのはどう考えてもお前に会うからだろ」
「司のことだから他のことでも誤解を招くようなこと言ったんじゃないの?」

類がさもお見通しとばかりに言う。
あの日、牧野は確かに細かい言葉にやけにこだわっていた。
あの後は「煩わしい」のがなんちゃらかんちゃら怒り狂ってて・・・・・・
俺は、結婚してしまえばああやって牧野に煩わしい思いをさせなくて済むって意味で言ったんだが・・・あいつはどう捉えたんだ?

「お前とこうして会う時間を作るのが煩わしいって思うんじゃねぇのか?普通」
「はぁ?! んなことあるわけねぇだろうが!!」
「でもそう考えるのが自然だろ? 実際牧野は怒ってたんだよな?」
「怒ってたというよりは・・・・・・むしろ傷ついたような顔で・・・」

今にも泣きそうな顔だった。

「だったらそれ以外考えらんねぇじゃねぇか。まぁ、俺たちからすりゃあお前がそういう意図で言うわけがねぇってことくらいわかる。でも相手はあの牧野だぞ? そんな省略された言葉じゃそのまま真に受けたっておかしくねぇだろ?」
「つまりは何だ? 遅刻された上に開口一番ナンパされるお前が悪いって言われて、しかもいちいちこうやって会う時間を作るのも煩わしいから結婚しようぜって言われたってことか?」
「そんなこと言ってねぇっつってんだろが!!」

総二郎の言葉にガタンっと立ち上がる。

「牧野視点での話をしてんだろーが。お前がどう思ってるかなんて関係ねぇんだよ」
「牧野視点・・・・・?」

あいつ、そんな風に受け取ってんのか?
だからあんなに悲しそうだったってのか?

「牧野、一人で泣いてるかもね」

ズキッ。 類の言葉が突き刺さる。

「つーか、いい加減司に愛想尽かすかもな」

ドキッ。 我慢させている自覚があるだけに無視できない。

「今頃なんて言ってお別れしようとか考えてんじゃねぇか?」


グサッ


「・・・・・・う、うるせぇっ!!そんなことがあるかぁっ!てめぇら人で遊んでんじゃねぇぞっ!!!」
「いってぇ! 八つ当たりすんなよ!」
「うるせぇ! お前らがふざけてっからだろうが!」

本気で悩みそうになった俺をニヤニヤと見ているあきらと総二郎の姿に、ようやくからかわれていたのだと気付く。奴らに向かって蹴り上げた足は咄嗟に出た手でギリギリ塞がれた。


「でもさ、牧野が傷ついたのは事実でしょ」


ギャーギャー騒ぎ立てる俺の横で類が放った一言にピタリと止まる。
見ればあいつが無言の圧力をかけるような目で俺を見ていた。

「司の都合なんて関係ないよ。牧野が傷ついたのは事実。連絡が来ないのが何よりの証拠でしょ? ・・・で? 司はこの後どうしたいの。あいつからの連絡をひたすら待つの?」
「俺は・・・・・・」

待つ?あいつからの連絡を?
ぐるぐる考え出したらろくでもねぇことしか考えないあいつを?

「・・・・・・・・待てるわけがねぇ」
「だよな」

俺の一言にあきらが苦笑いする。

「でもまぁさすがに今からはやめとけ。もう日付も変わってるぞ。ここでまたお前の都合だけで暴走してみろ、ますます愛想尽かされるだけだぞ」

今にもこの場を走り去りそうになっていた俺にその言葉が突き刺さる。
・・・・・・確かに。
今現在深夜0時30半過ぎ。
いくらなんでもあいつは寝てる。
この状況で行けば怒り狂うのは目に見えてる。

「・・・わーったよ。またちゃんと出直す」
「だな。そうしとけ。・・・でもまぁ、なかなかプロポーズを受けてもらえない点に関してはお前に同情するぜ」
「確かにな。牧野もいい加減腹くくればいいってのに、なーにをいつまでも悩んでんだか」

そう。
あいつは一体何をそんなに拘ってる?
俺が好きならドンと俺の胸に飛び込んでくればいい。
俺がいくらでもあいつを守ってやる。
それなのに。

「司と対等でいたいからでしょ」
「あ?」
「牧野は司に守られたいなんて思ってないんだよ。むしろ自分が守ってやれるくらいでいたいって思うような女でしょ。だから何の経験もしてないような自分じゃまだダメだって思ってるんじゃないの? 司はあいつのその言葉の意味をちゃんと受け止めてやってる?」
「類・・・」

まるで牧野が言ってるのかと思った。
俺には理解できねぇがあいつも似たような事をいつも言ってるから。
・・・・・・何なんだよ。
いつだってお互いが一番の理解者だと言わんばかりのその余裕は。

くっそー!


やり場のない苛立ちを抑えつつ立ち上がる。

「・・・とりあえず後日出直すことにするわ。お前らも悪かったな」
「おう。まぁ頑張れよ」
「手強い女をもつと大変だな。ま、検討を祈る」
「あぁ、じゃあな」

そう言ってあいつらに背を向けると、部屋を出て行こうと一歩踏み出した。


「あ、待って、司」


その時、類の呼び止めに振り返る。
見れば妙にニコニコした顔であいつが俺を手招きしていた。

「大事なこと教えるの忘れてた。ちょっと来て」


・・・・・?
何だ?
大事なこと?

全く意味がわからねぇが、牧野のことに関しては無視することもできない。
俺は怪訝そうな顔を隠さずに類の元へと戻っていった。








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12 : 00 : 00 | サンタは魔法が使えない | コメント(7) | page top
サンタは魔法が使えない 前編
2014 / 12 / 24 ( Wed )
12月24日
今日はクリスマスイブ。

空は快晴、 心は曇天。




「はぁ~~~~~~~っ・・・・・・」


特大の溜め息は真っ白な塊となってあっという間に消えていく。
街の中はこんなにキラキラと輝いているというのに、どうして自分の心だけこんなに晴れないというのか。

・・・・・・そんなの決まってる。
いつだって、あたしを喜ばせるのも落ち込ませるのも、原因は一つしかない。



_____喧嘩した。



いや、あれはそもそも喧嘩と言えるのだろうか。

週末、久しぶりのデートをした。
あいつには言わないけど、あたしだって楽しみにしてた。
いつだって多忙を極めるあいつとの時間は貴重で、限られた時間で愛を深めるのもそんなに悪くないなんて本当は思ってる。
だから、あの日だって純粋に楽しむつもりだった。
それなのに____



始まりはあいつの遅刻から始まった。
待ち合わせの場所に遅れてくることは珍しいことじゃない。
それどころか、ドタキャンになってしまうことだってある。
ガッカリしないって言ったら嘘になる。
それでも、あいつがそういう立場の人間だってことは自分なりに理解しているつもりだし、あいつも必死で頑張ってて、そうしたくてやってるんじゃないってのを自分が一番わかってるから。
だからそれが原因で怒ったり、ましてや喧嘩になることなんてない。

あの日も約束の時間を過ぎてもあいつは来なかった。
携帯を見ても特に連絡はなし。
年末だし忙しいのかな・・・なんて考えながら、目の前に彩られたクリスマスツリーをぼんやりと眺めた。街はすっかりクリスマス一色。よく考えてみたら、あいつとクリスマスを同じ場所で過ごすのは初めてのことだ。去年は仕事で海外に飛んでいていなかったから。
帰国して、ようやく一緒に過ごせるようになって。
付き合って5年以上にもなるっていうのに、ほとんどのことが初体験ばかりだなんて。
「普通じゃないことが普通」な自分たちに思わず笑ってしまう。


「ねぇ、一人?」


そんな時だった。
約束の時間を30分ほど過ぎた頃、見知らぬ男に声をかけられたのは。
ヘラヘラと、見た目は悪くないのだろうけどいかにもチャラそうなその男は、一体いつからいたのか、「そんなに待ってももう来ないよ」なんて勝手に喋り続けながら絡んでくる。
こういうときは決まって無視。というか常に無視だけどさ。

右に左にと体を動かして執拗に絡んでくる男にいい加減ブチ切れそうだ。
・・・・・・仕方ない。この場を離れよう。
もともと事情があったとしても遅刻する方が悪いのだ。
だからしばしこの場を離れたところで文句を言われる筋合いはない。
そう思って一歩足を踏み出した、その時。

「ねぇ、待ってよ」

しつこい男が咄嗟にあたしの腕を掴んだ。
待ち合わせの男は来ないわ、寒いわお腹は空くわ、おまけにこんなチャラ男にまで絡まれて。
冗談じゃない!!
この際いろんな鬱憤を晴らしてやろうかと思いっきり息を吸い込んだときだった。

「おいてめぇ、誰の女に触ってやがる」

まさに地を這うような、ヤクザもビビるんじゃないかって思うほどの鬼の形相をした男が息を切らしながら現れたのは。

「い、いでででででででっ!!何すんだよっ!!」

すぐに掴まれた男の腕は頭上に捻り挙げられ、痛みに顔を歪めて喚き散らす。

「あ゛ぁ?それはこっちのセリフだろうが。何人の女に手ぇ出してやがる。ぶっ殺されてぇのか?」
「えっ?!い゛っ、いだだだだだだだ!すっ、すんませんすんませんっ!!」

さっきまでの威勢は何処へやら。
チャラ男はヘコヘコと頭を下げて道明寺に平謝りだ。
ようやく手が離れると蜘蛛の子を散らすように逃げていった。

「・・・ったく。大丈夫か?」
「う、うん。ありがとう」

なんだかんだこの男は頼りになるんだよな、なんて思っていた矢先。

「お前も隙があるからつけいられるんだぞ。もう少しアンテナ張って気をつけろ」

カチン

・・・・・なにそれ。
なにそれなにそれ。
まるでナンパされたあたしが悪いみたいな聞き捨てならないそのセリフは。
元はといえばあんたが遅刻さえしなければこんなことになってないんじゃない!

「・・・何よそれ、あたしが悪いっていうの?」
「そんなことは言ってねぇだろ。ただもう少し周りを気にしろって言ってるだけだ」
「そんなの周りに気を使ってないあたしのせいって言ってるのと同じじゃん!」
「んだよ、そんなにつっかかんなよ」
「だって!そもそも道明寺が遅刻しなければナンパされることだってなかったのに、そんな言い方されれば誰だっていい気分はしないでしょう?!」

不快感を隠さずにあいつにぶつける。
せめて、「遅れて悪かったな」から始まっていれば少しは違ったかもしれない。
さすがにそれに関しては悪いと思っていたのか、あいつがバツが悪そうな顔になった。

「・・・それは悪かったよ。まぁいい、ほら、行こうぜ」

そう言って右手を掴まれると、有無を言わさずに歩き始めた。
一応謝りはしたけど。なんなのこの何とも言えない胸のもやもやは。
「まぁいい」って何? なんで上から目線なの?

・・・・・・納得いかない。
すこぶる納得いかない。

・・・・・・けど、せっかく会えたのに喧嘩するのもなんだかバカらしい。
ここは1歩引いてこちらが大人の対応をすればいい。
そう考えてそれ以上の追及はやめた。


てくてくてくてく。
てっきりすぐにリムジンに押し込まれるかと思ってたのに。何故だか今日はずっと歩いてる。
いや、別にそれ自体は全く構わないのだけれども。道明寺にしては珍しい。
しかも一体どこに向かっているのか。
あてもなくただ歩いているだけに思えるのは気のせいだろうか?

「・・・・・・なぁ、牧野」
「何?」

自分の心の声が聞かれていたのかと思うようなタイミングであいつの足が止まった。振り返った顔はなんだか妙に真剣だ。

「そろそろ結婚しようぜ」
「えっ?」

こんな道端で突然何を言い出すのか。

「今さらだろ?俺は帰国したときからずっと言ってるじゃねぇか」
「いや、それはそうだけど・・・・・・」
「去年はお前が大学を卒業するまでっつーから待った。それなのに蓋を開けてみれば少し社会人として経験を積みたいとか言い出しやがって・・・」
「やがってって・・・そんな言い方しなくても・・・」

沸々と、せっかく収めたもやもやがまたお腹の底から沸き上がってくるのを感じる。

「俺はずっと結婚しようって言ってるだろ?全てはお前待ちなんだよ」
「う・・・・・・それは、わかってるけど・・・」
「社会人として経験を積みたいって、一体どうすれば満足すんだよ?出世か?」
「違うよ!そういうことじゃなくて、もっと自分に自信をつけたいっていうか・・・」
「だからどうすればその自信はつくのかって聞いてんだよ」

どうすれば?
そんなこと一言では説明できない。
というか正直なところ自分でもよくわからない。

ただ、大学を卒業してそのまま結婚、という気持ちにはなれなかった。
もちろん道明寺を好きだし、結婚するならこの男しかいないって思ってる。
でも、4年間離れている間、自分なりに色々考えた。
いや、むしろ離れていたからこそ考えられることがあったのかもしれない。

この男はその気になれば真綿で包むように外野からあたしを守ってくれるに違いない。
何も心配せずに身一つで来ればいいって、そう思ってる。
でも、守られるだけでいいの?
道明寺に好きになってもらった牧野つくしはそういう女だった?
自分の中の自分がそう叫んでる。

身一つで闘ってるこの男を支える女になるには、自分だって社会の荒波を経験しておきたい。
それは決して2人の未来に無駄なことにはならないって信じてる。
鉄の女にはなれなくても、自分に自信をもてるあたしでいたい。
だから、何がどうすれば?と聞かれても困るけど、自分なりに「よし、頑張ったぞ!」って思えるくらいには社会人として頑張りたい。
一緒になりたいと思う気持ちが揺らぐわけでもないし、お互いにまだ若い。
結婚する前に色んな経験を積んでおきたい。

そう思うのは自分の我が儘なんだろうか・・・?


「何をぐだぐだ悩んでんのかは知らねぇけど」

道明寺の言葉に顔を上げる。

「仕事なら結婚してからだってできるだろ?」
「そう・・・だけど」

でも「牧野つくし」と「道明寺つくし」ではまるで違うよ。
普通に社会に揉まれるなんて無理に決まってる。

「それに、結婚しちまえばこういう煩わしいこともしなくていいだろ?」
「煩わしい・・・?」
「待ち合わせとかなんだとか、時間を気にせずにいつでも会えるってことだよ」


あ・・・・・・なんだろう。
何気に今の言葉にショックを受けてる自分がいる。
この男にとってそんな深い意味があったわけじゃないってことはわかってる。
単に結婚したい気持ちからぽろっと出た言葉だってことも。

『煩わしい』

それでも、この一言の破壊力は思いの外ズシンときた。
自分の中では忙しい中でも積み重ねていくこの時間が嫌いじゃなかった。
遠距離時代とはまた違う、互いを深めていくステップとして大切な時間だとそう思っていた。
それはきっと道明寺にとっても同じだと・・・・・・そう思っていたのに。

わざわざ時間を作って会うのは面倒くさかったのかな、とか。
そんなことはどうでもいいからさっさと結婚しろよってずっと思ってたのかな、とか。

・・・・・・そう考えたら自分でもビックリするくらい落ち込んでしまっていた。


「おい、牧野?どうした?」

萎んだ風船のように俯いて黙り込んでしまったあたしに道明寺が戸惑いがちに声をかける。いつもなら憎まれ口の一つでも叩いてやるところなのに、どうしてだかこの時はそれすらもできなかった。

「おい、マジでどうしたんだよ?!」

いつまで経っても反応のないあたしに本気で心配になったのか、腕を掴んであいつが顔を覗き込んできた。

「・・・・・・なんでもない」
「って顔じゃねぇだろ。言いたいことは言えよ」

掴んだ手にギュッと力がこもる。
こういう時の道明寺は絶対に離してくれない。

「・・・・・・面倒くさかった?」
「は?」
「こうして忙しい中時間を作って会うのは・・・煩わしかった?」
「んなわけねーだろ」

即答だった。
・・・・・・でも何故だろう。全然気持ちが晴れない。

「じゃあ煩わしいって何?道明寺が自分で言ったんじゃん!」
「あれは・・・そういう意味じゃなくて」
「じゃあどういう意味よ?!他の意味なんてわかんないよ!」
「おい、落ち着けよ。どうしたんだよ?今日はやけにつっかかるな」

わかんない。自分でもわかんない。
そう言えばもうすぐ生理がやってくるんだった。
もしかしたらそれで情緒不安定になっているのかもしれない。
自分でも何を言ってるんだろうって思う。
それなのにイライラは止まらない。

「・・・・・・ごめん、今日は帰らせて」

あたしの口から出たとんでもない一言に目の前の男が驚愕する。

「はぁっ?!お前、何言ってんだよ!せっかく時間作って会いに来たってのにふざけんな!」
「せっかくって何?お前のためにわざわざ時間を作ってやったとかそういうこと?」
「そうじゃねぇだろが!いちいち言葉尻を捉えて揚げ足取りすんじゃねぇよ!」
「だって・・・・・・!」


この日のあたしはどうかしてたんだと思う。
自分でもどうしてあんな風になったのかなんてわからない。
それでも、あいつの言葉一つ一つがどうしても気になってしまって、全てが悪い方悪い方へと走ってしまって・・・・・・
暴走する自分をどうしても止められなかった。

だからこそ。これ以上の衝突を避けるために。

「ほんとにごめん、今日はなんかダメだわ。これ以上いても喧嘩にしかならない。だから帰らせて」
「牧野・・・」

今にも泣きそうな顔で言ったあたしの姿にあいつが驚いている。
あいつの前でこんな不安定な自分を見せたのは初めてだから、きっと向こうもどうしていいのかわからなかったんだろうと思う。
掴んでいた手がずるりと下がっていく。

「ほんとにごめんね。・・・・・・また連絡するから。じゃあ」

呆然と立ち竦む道明寺を残すと、あたしはその場から急いで走って逃げた。
逃げるという表現がピッタリだったと思う。
一度も後ろを振り返らずに、とにかく走って走って、走って逃げた。

あいつは追いかけては来なかった。いや、来れなかったのかもしれない。
いつもの道明寺だったら有無を言わさずにリムジンまで引っ張っていって押し込んでいたと思うから。あいつもあたしがいつもとどこか違うのを感じていたんだろう。

ひたすら走って家に着いた頃には心臓が破れそうなほどドキドキしていた。
走ったからなのか、妙な緊張感からなのかはわからない。
ふと携帯を見れば、

『落ち着いたら連絡しろよ。必ず』

そうあいつからのメールが入っていた。






______あれから一週間。

クリスマスイブの今日まで、結局一度も連絡をしていない。
一度だけ、気付かない間にあいつからの着信が入っていたけれど、結局そのまま。

今思い出してもあの日はどうしてあんなに不安定だったのか。
何度考えてもわからない。
何故だか不安で、イライラして、あいつの何気ない言葉に傷ついた。


会いたくてたまらないくせに。
ごめんねって言いたいくせに。


弱虫で意地っ張りな自分はそれすらもできない。
なんだか今までの喧嘩とは違うような気がして。
自分でこじらせておきながら、身動き一つとれなくなってしまっていた。



パタンと入った室内は当然ながら真っ暗だった。
もしかしたらあいつがいるかもしれないなんてどこかで淡い期待をしていた。
そんな身勝手な自分にほとほと嫌気がさす。

今年のクリスマスは絶対一緒に過ごそうぜってあいつは嬉しそうに言っていた。
それなのに、今どうして自分はこんなところに一人でいるんだろう。

「はぁ・・・・・・」

ズルズルと、力の抜けた体ごとそのまま玄関に座り込んでしまう。

どうしようどうしよう。
このままでいいはずがない。
何事もなかったかのように明るく電話してみようか?
・・・でもあれっきりあいつからの連絡はない。
もしかしたらもの凄く怒ってるのかもしれない。

あぁ、いつから自分はこんなに弱い人間になったというのか。
あいつを支えたくて社会人になったって言うのに、こんなことでグジグジ悩んでるなんて本末転倒じゃないか!!
雑草魂は一体どうした!


「ええい、その時はその時だ!当たって砕けろっ!」


自分を鼓舞するように宣言すると、バッグの中に手を突っ込んで携帯を引っ張り出す。
相変わらずそこには何の変化も見られない。

「・・・・・よしっ」

スーハースーハー深呼吸すると、あいつの名前を出して通話ボタンに手をかけた。

その時。




ピンポーーーーーーーーーーーン




真っ暗な室内に突然鳴り響いた音に思わず飛び上がった。








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