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明日への一歩 19
2015 / 01 / 24 ( Sat )
「左足は軽い捻挫ですね。酷くはありませんが以前大怪我をされた場所のようですから、軽いと甘く見て無理はされないでくださいね」
「はい」
「それから頬の傷ですが、大丈夫。跡が残るようなものじゃありませんよ」

その言葉に誰よりもほっと胸を撫で下ろしたのは他でもない司だ。
思わず安堵の息が漏れる。

「ありがとうございました」
「いえ、お大事にどうぞ」

丁寧に頭を下げたつくしにニッコリ微笑むと、一言二言だけ司に必要なことを告げて女医は部屋を後にした。その医師と入れ替わるような形で司がつくしの目の前へとやって来る。

「あ、あの・・・ほんとにごめんね?」

ギシッと音を立ててベッドに腰掛けた司にもう何度目かわからない謝罪の言葉を口にする。
司の視線の先には包帯を巻かれた左足がある。



最上階まで辿り着くと、司は脇目も振らずに副社長室へと戻っていった。
そしてさらにそこを通過して最終的にやって来たのは仮眠室。
つくしをベッドにゆっくり降ろすと、SPか誰かに連絡を受けていたのだろうか、すぐに女医が駆けつけた。

つくしの受けた怪我は主に3つ。
平手打ちされた両頬の赤み。女の力とはいえ少し腫れている。
ナイフが掠めたことによる頬の切り傷。
そして思いっきり引っ張られた反動での左足首の捻挫だ。

「お前・・・頼むからもっと自分を大事にしてくれよ」

ふわっと頬を撫でる手がとてつもなく優しい。

どの怪我も軽く大したことはない。
だがそれはあくまでも結果論に過ぎない。
一歩間違えれば大惨事になってきた可能性だって否定はできないのだから。
あの時のケイトリンの狂った目を思い出すと今頃になってゾッと背中が冷たくなるのを感じる。

「ほんとにごめんなさい・・・。警戒はしてたんだけど、まさか仕事中にあんな大胆な行動に出るなんて夢にも思わなくて・・・」
「・・・・・・」

司は厳しい表情で無言のまま視線を動かすと、包帯の巻かれた左足に触れる。
そのまま優しく足首を掴むと自分の顔の高さまで持ち上げ、包帯の上からそっとキスを落とした。

「あ・・・」

視線は真っ直ぐつくしを射貫いたまま、羽に触れるように優しく繰り返されるそれは妙に扇情的で、つくしの心臓がざわざわと落ち着かなくなっていく。

「あ、あの! パンツが見えちゃうから!」

スカートを履いた状態で足を上げられてはほぼ丸見えに違いない。しかも司は真っ正面にいる。
慌ててスカートを押さえるように手を出した瞬間、司は足首を掴んだままグイッと膝を折り曲げた。

「ぎゃあっ?!! ちょ、ちょっとぉ?! 何すんのよ!」

膝まで曲げられてスカートが思いっきり捲れ上がる。これでは丸見えどころの話ではない。

「うるせぇよ。散々人に心配かけてんだ。ガタガタ文句言うんじゃねぇ」
「えっ・・・ひぃっ?!」

チュ・・・と音を立てて内膝にキスを落としたかと思えば、次の瞬間にはざらりとした生温かいものがそこを這っていた。途端につくしの全身がゾクゾクと粟立っていく。

「ちょっ・・・司?! まっ、待って!!」
「待たねー」

ツツーーーッと舌を這わせてなぞっているのはあの時の傷跡だ。
司が傷跡をこうして愛撫するのはよくあることだが、今は仕事中だ。
しかも場所が場所だけに何とも背徳的な気分が湧き上がってきてしまう。
つくしの抵抗など聞く耳を持たず、司は丹念にそこを舐めあげていく。その一つ一つの動きが愛を伝えているようで、徐々につくしの体から抵抗する術を奪っていく。

「あっ・・・?! うそっ、やだっ! それは待って!」
「待たねーっつってんだろ。心配かけたおしおきだ」
「うそうそうそっ?! 駄目だって!! あっ・・・!」

司の行為は次第にエスカレートしていき、内膝に終始していた愛撫が徐々にその場所を変えていく。膝上、太股、内股、片足を掴まれた状態では抵抗しようにも思うように体に力が入らない。
・・・いや、そもそも本当に抵抗する気があるのだろうか。
その証拠に、口では何だかんだ言いながらもつくしの体からは力が抜けていく一方なのだから。
そんなつくしが可愛くて、司はニヤッと笑うと太股の付け根の方に舌を這わせそのままジュッときつく吸い付いた。

「・・・っ!」

瞬間痛みが走ったのか、つくしの顔が歪んだ。唇を離したところに咲いた赤い花に司が満足そうに笑いながら舌舐めずりをしていく。
このフェロモンが出ているときは危険指数が相当高い時だ。





「副社長、そろそろいいですか」
「・・・えっ?!!」



ドガッ!!



「いってええええええええええ!!!! おまっ、何しやがるっ!!!」
「ひぇっ、ごっ、ごめっ・・・! で、でも! だってっ!!」

驚いたつくしの蹴りを顎にまともに喰らった司が痛みに悶絶する。
あわわと慌てながらもつくしの視線は右往左往しまくっている。

それもそのはず、誰もいないと思っていた室内に普通に人が立っていたのだから。

「に、に、に、にににににににしにしにしださん、いつからそこにっ・・・?!」
「2、3分ほど前でしょうか。一応ノックはしたのですが反応がありませんでしたので失礼させていただきました。お取り込み中と判断してしばらく待っていたのですがこれ以上は今は困りますのでね」

顔色一つ変えずにさも平然と答えられていく内容につくしはふーっと目眩がする。

見られていた。
全部見られていた。

「お前、取り込み中だってわかってんなら邪魔すんじゃねーよ」
「そうしたいところは山々ですが今はまだやらなければならないことがありますので。今ここでおっぱじめられても困るのです」
「チッ・・・」

この男達は真顔で一体何を言っているというのだろうか。
つくしはいっそのこと今気を失えたらどれだけいいだろうかと神に祈る。


「ケイトリン・アンダーソンはどうされますか?」
「あの女か・・・」
「処分は当然ですが身内の犯行ですからね。私にも責任がないとは言えません」

その言葉につくしがハッとする。

「西田さん・・・? 西田さんは何も悪くないですよ!!」
「いえ、私が秘書課を束ねている以上部下の引き起こした責任の一端は私にあります。牧野様、あなたに危険が及ぶようなことになってしまい申し訳ありませんでした」

あの鉄の男がつくしに頭を下げている。つくしはそんな西田の姿を見て激しく狼狽える。

「そんな・・・! ねぇ司! 今回のことはあたしの不注意も原因なの。西田さんは何も責任取る必要なんてない!」
「・・・・・・」

司の袖を掴んで必死で訴えるが司は否とも応とも答えない。

「司っ!」
「・・・まずは何であんなことになったのかを説明しろ」
「えっ?」
「どっちにしてもあの女には何かしらの処分が必要だ。実際お前に怪我をさせてるわけだからな。西田のことはその後だ。だから何があったのか包み隠さず話せ。・・・これまであったことも全て」

これまで・・・きっと嫌がらせされていたことも全てお見通しだったのだろう。
つくしはこの期に及んで隠す理由もないと判断し、全てを話す覚悟を決めた。

「・・・あのパーティに同伴してからロッカーの中にちょっかい出されるようになったの」
「どんなことだ?」
「衣類の一部が濡れてたり、ストッキングが破れてたり・・・あとは時々ゴミが入ってた。司に話そうかとも思った。でもやってることがあまりにも幼稚でくだらなかったから、こんなことで司が出るまでもないって思ってたの。実際あたしにとっては取るに足らないことだったし」

修羅場に慣れすぎている自分に苦笑する。

「でも結果的にあたしが何の反応を示さなかったことが相手をつけ上がらせちゃったみたいだね・・・」

それならどうするのが正解だったというのだろうか。
上司で婚約者でもある司に話して解決してもらう?
やはりそれは間違ったアプローチだとしか思えない。 完全に公私混同だ。

「本社で重役秘書をするほどの人がまさか白昼堂々あんな行動にでるなんて思いもしなかったから・・・。それに、能見さんだって近くにいるっていう安心感から完全に油断してた。ほんとにごめんなさい」

黙って言葉を聞いている司に頭を下げた。

「・・・お前のせいじゃないだろ」
「えっ?」
「どう考えたって勝手に嫉妬してお前を攻撃する奴が悪ぃに決まってる。あの女がやったことに対してお前が謝る必要なんか微塵もねぇ」
「でも・・・」
「ただし。俺にちゃんと報告しておかなかったことはまた別問題だ。あれだけどんな小さなことでもいいからちゃんと話せっつってただろうが!」
「う・・・・・ごめんなひゃい・・」

びよーんと頬を伸ばされてなんとも間抜けな声しか出せない。
怪我のことを考えて実際のところその手にほとんど力は入っていないが、司の目は真剣だ。

「いいか。俺と生涯を共にしていく以上、こういったことは一生付きまとう問題だ。お前がどうこうの問題じゃねぇ。むしろ俺の問題だ。だから大小にかかわらずちゃんと話せと言ったんだ。わかるか?」
「・・・うん」
「お前がああいうくだらねぇ争いなんか眼中にねぇことも、いちいち相手するまでもないってこともわかってる。それでもお前の問題は俺の問題でもある。お前にそういう宿命を背負わせてる以上、俺はどんな小さなことでもちゃんと把握しておきてぇんだ」
「・・・うん」

決して感情的にではなく、一つ一つ言葉を選びながら伝えられるその言葉がつくしの心にズシンと響く。これまで、自分の問題は自分で解決する、そのことにこだわり過ぎていたことにあらためて気付かされた。
事実を伝えることと問題の解決はまた別問題だ。
司は自分が出てどうこうすることよりも、つくしが自分に打ち明けてくれるのか、そこを重視していたに違いないのだ。
それなのに・・・

「ほんとにごめんなさい・・・」

つくしが目に見えてシュンと萎れていく。

「お前が逞しい女ってのも重々わかってる。この俺を足蹴にできるのはこの世にお前ただ一人しかいねぇんだからな」
「ちょっとぉっ?!」

ガバッと顔を上げて反論しかけたつくしの両頬を挟み込んで司は言葉を続ける。

「それでも自分が女だってことを忘れんな。たとえお前に一生消えない傷が残ろうとも障害が残ろうとも、俺のお前に対する気持ちが揺らぐことは1ミリだってあり得ねぇ。けどな、だからといってお前が傷つけられるのは絶対に許せねぇし許さねぇ」
「司・・・」
「当然だろ? お前が何と言おうと俺はお前を守るし、そのために必要なことならどんなことだって把握しておくつもりだ。これだけは何があっても譲る気はねぇぞ。わかったか?」
「・・・・・・うん」


何一つ反論できなかった。
司の想いがストレートにつくしの心をぶち抜いて、考えるよりも先に頷いている自分がいた。
やがて端正な顔が近付いてくる気配を感じる。見ればすぐ目の前までその顔が迫っていた。
・・・けれどそれを拒む理由など何もない。


何も・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



「ひ、ひええええぇええええええっ!!!!!」

ドンッ!!

「おわっ?!」

ドサドサッ!!!


「あぁっ?! ご、ごごごごごめんっ!! 大丈夫っ?!」
「ってぇ~~! 大丈夫なわけあるかっ! てめぇ一度ならず二度までも何しやがるっ!!」

あと少しで唇が触れるというその時、つくしが思いっきり司を突き飛ばした。
完全に力の抜けていた司の体は後ろに転がり、勢い余ってベッドから落下してしまった。
司にこんな目に遭わせられるのは宇宙を探してもつくし以外にいまい。

「ごっごめんっ!! でも、だってっ、西田さんがっ・・・!!」
「あ゛ぁっ?!」

体を起こしながら司が視線を上げると、ベッドからほどない距離のところで西田がじーーっと表情を変えずにことの一部始終を見ていた。

「・・・・・・そろそろよろしいですか?」
「てめぇ、少しは気ぃ使え」
「そうして差し上げたいのは山々ですがね、今雰囲気を作られては止まらなくなるのは必至ですからね。こちらとしてもそれだけは困るのですよ」

鉄仮面の口から出される爆弾発言に再びつくしの気が遠のいていく。

「チッ・・・ったく! 仕方ねぇな」
「それで処分も含めてどうされますか?」
「・・・ババァはいつ戻ってくる?」
「社長でしたら明日の午前中には帰社される予定です」

そのまましばらくじっと何かを考えると、司は何か閃いたように顔を上げた。

「明日だな。ババァも含めて処分を決める。どっちにしろ報告しなきゃなんねーからな」
「ケイトリンはそれまでの間どうされる予定で?」
「メープルにでも押し込んでおけ。処分が決まるまでは監視下に置いておく」
「かしこまりました」

「ね、ねぇっ! お義母さんも一緒にって・・・どうするつもりなの?」

2人のやり取りを聞いていたつくしがおもむろに口を挟むと、司はニッと不敵に微笑んだ。




「決まってんだろ。もうこんな茶番は終わりだ。お前との関係を公にすることを認めさせる」







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明日への一歩 18
2015 / 01 / 23 ( Fri )
肩を揺らしながら入って来た男の姿を捉えた瞬間、つくしの全身からどっと力が抜け落ちていく。


「ふ、副社長・・・!」
「はぁはぁはぁ、その手を離せ」
「えっ?」
「いいから離せっ!!」
「は、はいっ!!」

目の前に現れた男のあまりの迫力に思わず皆川の手が離れた。

はぁはぁと肩で激しく息をしている司の眼光は鋭い。
つくしは一歩ずつ自分に近付いてくるその姿を見ながら、ナイフを突きつけられていた時など比べ物にならないほどの恐怖心を感じていた。


・・・・・・相当怒っている。


それも当然だ。
呼び出しに応じず遅刻したばかりかまたしてもこんなトラブルに巻き込まれてしまったのだから。
まさか白昼堂々あんなに大胆な行動に出るとは思っていなかったその隙を突かれてしまった。

やがて目の前までやって来ると、司がつくしの目線までしゃがみ込んだ。
今にも拳が飛んできそうなほどの怒りのオーラに満ち溢れ出ている。

「あのっ、副社長! 牧野は何も悪くないですから! 彼女は何もしていません!」

あまりにも恐ろしい顔つきでつくしに近付いていく司に、皆川が慌てて止めに入る。
だが司にはそんな言葉など一切耳に入ってはいない。
視界に捉えているのは目の前の女ただ一人。

「あの・・・つ・・・ふくしゃち・・・・!」

恐る恐るつくしが声をかけたのと司の手が動いたのは同時だった。

一発殴られても文句は言えない・・・!

そう思ったつくしはギュッと目を閉じて歯を食いしばった。





ドッ・・・!





だが、待てど暮らせど覚悟した痛みが走ることはない。
その代わりに感じるのは温かいぬくもりだけ。

「・・・・・・・・・・・・・・え・・・?」

固く閉じていた目をゆっくりと開けていくと、すぐ目の前で驚いた表情のままこちらを見つめている皆川と目があった。さっきまで目前にいたはずの男の姿が見当たらない。

・・・・・・そうじゃない。
近すぎて見えないのだ。

つくしの体は今、司によって痛いほどに締め付けられている。
まだ肩で息をしているのが直に伝わってくる。司が息を切らすなんてことはめったにない。
どれだけ心配をかけてしまったのかが痛いほどに伝わってきて申し訳なさでいっぱいになる。
このまま背中に手を回してしがみついてしまいたい。

・・・・・・だが。
正面からの視線が痛い。 痛すぎる。


「あ、あのっ! 副社長っ、少し離れてくだ・・・」
「うるせえ。てめぇマジでふざけんな。どんだけ心配かければ気が済むんだこの野郎」
「い、いだだだだだだだっ! く、苦しいですっ! 副社長、苦じい゛っ!」

あまりにも激しい抱擁に細身の体がミシミシと悲鳴を上げる。

「うるせえっ! 誰が副社長だ!」
「・・・えっ?!」

思わぬ言葉にきょとんとすると、司は体を離してそんなつくしの頬に手をあてた。

「お前、自分がどれだけ危険な目にあったかわかってんのか?! ほんの少し前にあれだけの経験をしておきながら、またこんな・・・・・・」

そう言いながらうっすらと血の滲んだ場所を何度も何度も撫でていく。
その顔は、声は、怒っているというよりも泣きそうなほど悲しげだった。
そんな姿を見せつけられてつくしの胸がギューーーっと痛くなる。

「ご、ごめんなさい。ほんとに、何て言っていいか・・・ごめんなさっ・・・!」

「い」 は厚い胸板に押しつけられて発することはできなかった。
再び、今度は優しいながらも強い力でギュウギュウに抱きしめられる。
皆川が見ているというのに、これ以上司に離してなどと言えるはずもなかった。

「マジで心臓が止まるかと思ったんだぞ」
「ご、ごめんなさい・・・」

背中に手を回すことはできなかったが、つくしは抵抗しなかった。
そしてそんな2人の様子をただ黙って皆川が見つめている。


「間に合わなくて悪かった・・・」
「・・・っ!」

まるで懺悔するかのように苦しげに吐露した司につくしが思わず顔を上げたときだった。




「司様、逃げた女は捕らえました」




入り口から能見が姿を現す。
そこにケイトリンは見えないが、おそらく他のSPが捕まえでもしたのだろう。
今後彼女には厳しい処分が待っているに違いない。
昔の司だったなら女だろうと容赦なく半殺しにしていたかもしれない。
納得がいかないという彼女の気持ちは理解できるが、やったことへの同情はできない。


「わかった」
「あっ?!」

言葉と同時につくしの体が宙に浮く。

「あ、あのっ、副社長、降ろしてください! 自分で歩けますからっ!」
「うるせぇ。これ以上抵抗すんじゃねぇよ。いいか、俺はもう遠慮はしない」
「えっ?!」

ギョッとして司を見据えると至極真剣な顔で自分を見つめている。

「言っただろ。お前を危険に晒すために連れてきたんじゃねぇって。こんな・・・傷までつけられて黙ってるような人間じゃないってのはお前が一番知ってるだろ」
「つか・・・あのっ・・・!」

つーっと傷のついた場所を指でなぞると、まだ何か言いたげにしているつくしを無視してその身を翻した。振り返った正面に一部始終を見ていた皆川が立っている。
目が合った瞬間、皆川の方がどうしたものかと言葉を探し出した。

「あ、あの、副社長・・・」
「こいつを助けてもらったことは感謝する」
「えっ?」
「だが今はそれどころじゃねぇ。詳しいことはまた後日だ」
「あ、あの・・・」

それだけ言い残すと、司はつくしを抱いたまま部屋を出て行った。
つくしが顔だけ出して皆川に何かを言いたそうにしていたが、それを伝えることは叶わずそのままあっという間にいなくなってしまった。
その後ろを先程エレベーターホールでぶつかったスーツの男を筆頭に複数の男達がついていく。

それを見ながら皆川の中でほぼ完成しかかっていた仮説が揺るぎないものへと変わっていった。









***





ざわ、ざわ・・・



明らかに周囲がどよめきに包まれている。
そして刺すような視線を全身に浴びているのをひしひしと感じる。


「ね、ねぇっ! 自分で歩けるから降ろして! お願いだからっ・・・!」

司にだけ聞こえる声で囁いてみても全く聞く耳を持ってはもらえない。

エレベーターまでの道すがら、たまたま廊下にいた社員が目撃したのは若い女性を抱き上げて歩く副社長の姿。しかもその後ろにはSPらしき集団まで引き連れていて、ただごとではない雰囲気なのは一目瞭然だ。
誰一人として近寄ることはできないが、人が人を呼び、遠巻きに見ている人間は数え切れないほどに膨れ上がっている。


「あれ・・・誰?!」
「副社長が女の人を抱いてるなんて・・・!」
「まさかあれが噂の婚約者とか?!」
「うそでしょおっ?!」


方々から悲鳴のような囁きが聞こえてくる。
西田に就いて仕事をしているつくしと社員との接点はあまり多くない。
しかも働き始めてまだ数ヶ月。
大多数の人間が 「あんた誰」 と思うのは当然のことだ。
しかも司直々にお姫様抱っこしているとあればパニックは必至に決まっている。

自分たちが消えた後の騒ぎが恐ろしすぎてつくしは身を隠すように司にくっついた。



やがてガタンと音をたててエレベーターの扉が完全に閉まると、ギャーーーッという地鳴りのようなどよめきが中まで響き渡ってくる。
社員が大パニックを起こしているのが容易に想像できて、つくしはクラッと目の前が揺れた気がした。恐る恐る視線を上げてみれば当の司は真剣なまま前を見据えている。

・・・どう控えめに見ても怒っている。


「・・・・・・ほんとにごめんね・・・?」

とてもじゃないが今はそれ以外の言葉はかけられそうにない。
その言葉に司がジロッと目だけを動かしてつくしを見下ろす。
その視線が痛い。


「あの、どうしてあそこに・・・? あの電話は司だったの?」

絶妙なタイミングで鳴った携帯電話。
どういう経緯かはわからないが、皆川があの場に来てくれたというのも助かった。
だが、あの音がなければもっと事態は悪化していたかもしれない。
まさに天の声とも言える助け船だ。

「あぁ。あそこに行く間鳴らしてた」
「どうしてあそこだってわかったの?」
「・・・・・・お前の咄嗟の判断でな」
「えっ・・・? もしかして、あれだけで?!」
「あぁ」

頷いた司に驚きを隠せない。

実はあの部屋に連れ込まれてから、身の危険を感じたつくしは咄嗟の判断でケイトリンに見つからないように後ろ手でスマホを操作していた。なんとか入力できたのは

『 35 s 』

の文字だけ。

しかもろくに画面も見ずに勘だけを頼りに打った文字だ。
つくし自身確認してもいないし、もしかしたら実際には全く違う文字が入力されてしまっていた可能性だってある。


だが司はわかってくれた。
まるで謎解きのようなあのSOSの意味を。

『 35階の小会議室にいる 』


「すごいね・・・ほんとにありがとう」
「・・・・・・お前にしてはあの状況でよくやった」
「えっ?!」

思わぬ言葉につくしは顔を上げた。
まさか褒められるような言葉をかけてもらえるとは。
表情もさっきまでとは違って柔らかく見える。
思ったよりも怒っていないのかもしれない。


「・・・・・・が。 それとトラブルに巻き込まれたのは別問題だ」
「・・・え」

ほんの少し心の中でほっとしたのも束の間、さっきまでとは一転、ドスのきいた低~い声が頭上から降ってくる。見れば目があった者は皆、石化してしまいそうなほどの鋭い眼光に変わっていた。
見事な瞬間芸だ。

・・・なんて感心している場合ではないっ!


「言いたいことは山ほどあるが、話はこの後時間をかけてゆっくり・・・だな」



ポーーーーーン



まるでタイミングを計ったかのように扉が開くと、司はびびって何一つ反応することができないつくしにニヤリと恐ろしいほどの笑みを見せ、そのまま最上階のフロアへと降り立った。








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明日への一歩 17
2015 / 01 / 22 ( Thu )
「この前行った合コンはどうだった?」
「もう全っ然だめ! 中身が伴わないのに無駄にプライドが高いような男ばっかり。あ~あ、うちの副社長みたいな男がどこかにいないのかしら」
「副社長ねぇ~・・・。もうあれは別次元の人間と思って諦めるしかないわね」

はぁ~っと一人の女が悩ましげな溜め息をつく。

「そういえばさ、副社長って日本にいる間に婚約を発表したって噂があるでしょう?」
「えっ!! そうなの?!」
「あらやだ、あんた知らなかったの? 社内でもかなり話題になってたのに」
「え~・・・知らなかったわ。ショック・・・! で? 相手はどんな人なの?」
「それがねぇ、まだベールに包まれたままなのよ。なんでも渡米する前から・・・」


ガコンッ!!!


「きゃあっ?!」

ほとんど閉まりかけていた扉の奥から伸びてきた手に中にいた女の悲鳴が上がる。
だが次の瞬間、開いた扉の向こうから現れた人物を見て今度は声を失ってしまった。


「ふ、ふくしゃちょ・・・?!」


いるはずのない男の登場に、その場にいた2人は言葉にならない声を上げて目を見開いたまま固まっている。そんな女には目もくれず、司は中に入ると急いでボタンを押した。

本来なら乗ることのない通常のエレベーター。司が使うのは重役用の直通のものだけだ。
だが今は各駅停車でないと困る。
目的の場所へ辿り着くためには。

「・・・・・・チッ、遅ぇな」

表示されている階数を見て思わず舌打ちが出る。
ノンストップの高速エレベーターが当たり前の司にとって、とてつもなく遅く感じる。


ポーーーン・・・ ガタッ!


「あっ・・・!」

軽快な電子音と共にゆっくり開いていく扉のわずかな隙間からその体を滑り込ませると、司はあっという間にその場からいなくなってしまった。

一体何が起こったのかが全く理解できない女2人は呆然と立ち竦んだまま。
やがて再び扉がガタンと音を立ててしまったのを合図にようやく我に返った。


「な・・・・・・なに、今のは・・・?」
「副社長・・・・・・だったよね・・・?」

ほんの一瞬の間の出来事だった。
まさか幻でも見たのだろうかと思うが、その場に残された上品な香りがそうではないということを証明している。あらためてそれを実感すると、どちらからともなくわなわなとその体が震え始めた。
社員とはいえ直にお目にかかることなど叶わない雲の上の存在。
そんな男が今確かにここにいたのだ。

「・・・・・・・・・・・っていうか・・・・・」




「「 かっこいい~~~~~~~~~っっっっ!!!!! 」」




どこからともなく響き渡ってきた黄色い悲鳴に、そのフロアにいた人間がキョロキョロと大慌てで周囲を探して回ったことを当の本人達は知らない。








***






不気味な沈黙が響き渡る。


目の前には明らかに正気を失った女とギラリと光ったナイフ。
状況的には非常に危険だ。


だがつくしはどこか冷静にこの状況を見ていた。
ある意味自分は魔女よりもよっぽど鉄の心臓を持っているのではないかと思えるほどに。


「さぁ、どうする? 最後のチャンスよ」

ケイトリンはつくしの顔のすぐ前で真っ赤な唇をゆっくりと上げて不敵に微笑む。
つくしの全面降伏を確信しているのだろう。

「・・・・・・残念ながらお断りします」
「・・・なんですって?」

だがまさかの 「否」 の言葉に一瞬にして凍り付く。

「私は叩かれても踏まれても簡単に屈する女じゃないんです。さっきも言ったように私を動かすことができるのはボスただ一人です」
「ふざけんじゃないわよっ!!」

パアンッ!!

ナイフを持たない手が再びつくしの頬を直撃した。
体勢を崩したつくしのお腹に馬乗りになるようにしてケイトリンがつくしの動きを封じ込める。
すぐに胸倉を掴むと、再び頬に鋭いナイフを突きつけた。

「いつまでそんなに大きな口が叩けるのかしら? ここに一生消えない傷が残ってもいいって言うの?」
「・・・・・・」
「あんたがどういう権力を使って今の立場を手に入れたかは知らないわ。でも誰がどう考えたって身分不相応よ! 必死でやってきた人間にとって納得なんかできない!」
「・・・・・・」
「ただでさえ大したことない顔なのに、さらに傷ものになんてなりたくないでしょう? さぁ、言いなさい。自ら身を引くって」

そう言うと、ヒヤリと頬を撫でる感触がはっきりとしたものへと変わる。

「・・・・・・嫌です」
「?!」
「お断りします。何度言われようとも、たとえ傷をつけられようともこの答えは変わりません」
「・・・・・・!!」
「ケイトリンさんもご自分のキャリアに傷をつけるようなことはやめた方がいいんじゃないですか?今まで積み重ねてきたことがこれで全てパーになってもいいんですか?」
「なんですって・・・? あんた、自分の置かれた状況がわかってんの?!」

怒りに比例するように頬に当てられたナイフにグッと力が込められたのがわかった。




ピリリリリリッ! ピリリリリリッ!




___ とその時、突如室内にアラームのような音が響き渡る。

不気味な静寂を切り裂いたその音に、ナイフを持つ手がビクッと跳ね上がった。
その拍子にほんの少しだけ頬にチクッと痛みが走ったが、つくしはその隙を見逃さなかった。

「あっ?!」

ドンッ!! カシャンカシャーンッ

つくしは目の前の女の胸元を思いっきり突き飛ばすと、隙を突かれた形のケイトリンの体が後ろに倒れる。その反動で手にしていたナイフが床の上を転がっていった。すぐには状況が理解できないケイトリンを尻目に、つくしは扉の方へと全力疾走する。

「待ちなさいっ!! 逃がさないわよ!!」
「あっ?!」


ドサドサッ!!


立ち上がって駆けだしたつくしの左足をかろうじて掴んだケイトリンは思いっきりその手を引いた。
体は前に、左足だけ後ろに、相反する動きにつくしは前のめりに派手に転んでしまった。

「いった・・・あっ?!」
「よっぽど痛い目にあいたいのね。じゃあお望み通りにしてあげるわ」

気が付いたときには背中に馬乗りになられていた。
髪を鷲掴みにしてつくしの顔を上げさせると、ケイトリンは右手を思いっきり振り上げた。




コンコンッ




その時、入り口の扉からノック音が響く。
ハッとしたケイトリンは振り上げた手を慌てて下ろすと、そのままつくしの口を塞いだ。
もごもごと抵抗するが押さえ付ける力は恐ろしいほどに強い。


コンコン! ・・・ガチャガチャ、ガチャガチャ


何の反応も示さない室内だが、向こうにいる人間がドアノブを回し始めた。
が、ケイトリンによってかけられた鍵により当然ながら扉は開かない。
つくしは祈るように、ケイトリンは息を潜めるようにそこを見つめている。

しばらくその動作を繰り返していたが、諦めてしまったのだろうか、やがてその音がピタリと止まってしまった。ケイトリンがほっと息を吐いたのがわかる。


ピリリリリリリリッ! ピリリリリリリリッ! ピリリリリリリリッ!


だがほっとしたのも束の間、再びあの音が部屋中に鳴り響き始めた。
おそらく部屋の外にも聞こえていることだろう。明らかにケイトリンの顔に焦りが見え始める。


「・・・・・・警備員さん、やっぱりここです。開けてください」
「・・・・・・っ!!」

扉の外から聞こえてきた声に激しく狼狽えると、ケイトリンはつくしの体から飛び降りた。

「くっ・・・あと少しだったのに・・・! 冗談じゃないわっ!!」

鬼のような形相でそう吐き捨てると、ケイトリンは扉の方へと駆けていった。
そして目の前に辿り着くと、何度も深呼吸をして心を落ち着かせていく。
やがて意を決したような目に変わると、鍵を開けた次の瞬間思いっきり外に飛び出した。

「うわっ?!」

バアンと凄まじい音を立てて開いた扉が外にいた人間に直撃する。
突然のことに驚くその人物をその場に残し、ケイトリンは凄まじい速さでその場から逃げ出した。

「あっ、待てっ!!」

慌てて追いかけようとするが、室内に残されたつくしに気が付くと一瞬にしてその顔色が変わる。

「牧野っ?! 大丈夫か?!」

逃げたケイトリンなどそっちのけでつくしの元へと飛んでくる。
目の前に現れた男につくしは驚きを隠せない。

「皆川くん?! どうしてここに・・・?」
「さっきたまたま見かけて・・・ってそんなことは後でいいから! どうしたんだよ、頬が赤くなってるぞ? っていうか、ここ・・・」
「え・・・?」

皆川の手がそっとつくしの頬に触れる。
そこにはほんの少しだけかすったナイフによる切り傷がうっすらと滲んでいた。


「まさか傷つけられたのか?!」
「え・・・あ、あの・・・」
「くっそ! あの女、ちゃんと掴まえておけばよかった。大丈夫か? ほら、起きて・・・」




バンッ!!!!




つくしの体を引き起こそうとその腕に手をかけた瞬間、入り口から凄まじい音が聞こえてきた。
驚いた2人はその状態で固まったまま入り口を見つめる。




「はぁはぁはぁ・・・、てめぇ・・・何してやがる」








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明日への一歩 16
2015 / 01 / 21 ( Wed )
「わっ?!」
「あっ!」


ドンッ!! ドサドサッ


「し、失礼致しました! お怪我はありませんか?」
「あ、あぁ、全然大丈夫です」

差し出された手をやんわりと断って皆川は自分の力で立ち上がる。

つくしのことを考えながらぼんやり立ち竦んでいたら、後ろの角から走って現れたガタイのいい男とぶつかってしまった。屈強な体の威力は凄く、完全に無抵抗だった皆川の体は軽く吹っ飛んでしまった。

「本当に申し訳ありません」
「いえいえ、こんなところに立っていた私も悪いんですから。気にしないで下さい」

見た目はいかにも強面なのに、謝る姿は驚くほど低姿勢だ。
もう一度ペコッと頭を下げると、黒いスーツに身をつつんだ男はキョロキョロと辺りを伺い始めた。そしてさっき皆川がやった行動と同じ事を繰り返している。エレベーターの表示を見て首を傾げ、もう一度周囲を見てさらに首を傾げる。


「・・・・・・もしかして牧野を探してるんですか?」
「えっ?!」

まさかそんなことを聞かれるとは夢にも思っていなかったのだろう。男は思わず素っ頓狂な声をあげる。だがすぐにしまったという顔になり、次の瞬間には再び鉄仮面のような表情へと戻ってしまった。

「・・・いえ、何でもありません。それでは失礼致します」

頭を下げると、それ以上の追及を許さないとばかりに男はその場からいなくなってしまった。
その場に残された形の皆川はまたしてもそれを呆然と見送るだけ。

「・・・・・・あれってどう考えても牧野を探してるよな? やっぱり牧野って・・・。っていうか牧野はほんとにどこに行ったんだ?」









***




「いくらなんでも遅すぎる! あいつは何やってんだ?!」

手元の時計を確認すると、イライラを隠せなくなった司はガタンと音を立ててその場に立ち上がる。

つくしに戻ってくるように連絡をして既に20分以上。
これまでどんなに遅くても10分以内で戻ってきていたというのに、ただの休憩ににしては明らかにおかしい。

いてもたってもいられなくなった司が隣の部屋へのドアノブに触れた___
その時。

「失礼致します」

ガチャッと音を立てて西田が副社長室へと入って来た。
ノックもなしに入ってくることは普通なら考えられないことから司の眉根に皺が寄る。
瞬時に何かあったのだと直感が訴えている。

「何があった?」
「能見から連絡が入りました。40階の中庭を出た後に牧野様の姿がわからなくなったと」
「んだとっ?!」

ガタンッ!!

聞き捨てならない言葉に思わず西田の胸倉を掴む。

「牧野様が中庭を出てすぐに後を追ったようなのですが、エレベーターホールに行ったときには既にその姿はなかったと。ただ、エレベーターに乗った形跡は見られないとのことです」
「どういうことだ?」
「まだはっきりとはわかりませんが、おそらく非常階段の方へ行ったのではないかと」
「非常階段・・・?」
「はい。エレベーターホールの奥には死角になるところに非常階段があります。エレベーターに乗らずに姿を消すということになればそこ以外には考えられないかと」
「・・・・・・能見の野郎は何やってんだ!」

ガァンッ!!

胸倉を掴んでいた手を離すとそのまま扉を激しく叩きつけた。
すぐに胸元に忍ばせていたスマホを手にすると、素早い動きで何かを確認していく。

「能見と他のSPが社内と非常階段の両方から探しているようです。万が一のことも考えて社外も調べさせています」
「・・・・・・中だな」
「え?」
「あいつはまだ社内にいる」

そう断言すると、司はスマホの画面を西田に見せた。
そこにはGPSの画像が表示されており、現在位置が本社を示したまま点滅している。それが動く気配は見られない。

「俺も探しに行く。お前はあっちの対応をまずはやれ」
「かしこまりました」

副社長室の方に視線を送った司に頷くと、西田はそのまま部屋の奥へと入っていく。
それと入れ替わるような形で司は外へと駆けだしていった。









***




「・・・・・・何のご用ですか? 急がないとお昼休みが終わってしまいますよ」


つくしは突然の事態にも狼狽えることなく、自分でも驚くほど冷静に目の前を見据える。

己の第六感で、遅かれ早かれこういうことが起こるのではないかと思っていた。
そして今それが現実のものとなっている。
我ながらどれだけ修羅場をくぐってきたのだと、思わず笑いそうになってしまう。


「その態度が気に入らない」
「え?」
「あれだけ嫌がらせを受けても我関せず、そして今も顔色一つ変えず。あなたのその余裕たっぷりのすました態度が気に入らないのよ!」
「・・・・・・」

気に入らないって・・・別にこちらとしては一向に構わないのだが。
なんて出かかった言葉を慌ててお腹の中に呑み込んだ。



エレベーターに乗ろうとホールまで行くと、突然横から手を引っ張られてそのまま引き摺られるように非常階段へと連れ出された。自分を連れ出した相手を見て驚いたような、妙に納得したような、つくしは決して慌てることなく敢えて相手の行動に従った。

___ いい加減面と向かって話し合うにはいい機会だと判断したから。



「それじゃあ今までの嫌がらせも全てあなたがやったんですか? ___ケイトリンさん」

連れ込まれた数階下にある小会議室の中で、つくしは目の前に立ちはだかる女性、ケイトリン・アンダーソンに直球で聞いた。


更衣室でベティに目撃されて以降、彼女からおそらく主犯格はケイトリンだろうという話は聞かされていた。ケイトリンは常務の第一秘書を務めている女性だ。
もともと道明寺ホールディングス本社に採用される人間は一定以上のエリートばかりだとは知っていたが、秘書課の中でも彼女はトップ3に入る才女だと聞いていた。
その分プライドも人一倍高いとも。

身内のパーティに同伴した時に司を偶然見かけてからというもの、将来道明寺財閥の後継者となる彼のお膝元で働きたいと、並並ならぬ決意を胸に入社したという。そして、いつかは司の直属の部下、引いてはそれ以上の関係になることを信じてこれまでやってきたのだとか。

だが司には不動の秘書、西田がいた。能力的にも誰一人西田に勝てる者はいない。
しかも当の司もお茶出しですら一切女を近づけようとはせず、ケイトリンの計画は儚くもガラガラと音を立てて崩れ落ちてしまった。それでも、他の誰よりも一番近いところで仕事ができているということを糧に、いつかは・・・と夢見て仕事に精を出してきた。


それだというのに。

ある日突然右も左もわからない小娘がやってきたかと思えば、こともあろうに司の第二秘書をやると言うではないか。おまけに西田のマンツーマンの指導を受けられるなどと、ケイトリンにとってこれ以上の屈辱はなかった。
それはケイトリンと同じように司に憧れを抱いていた女、あるいはキャリアを重ねたいと目論んでいた女達にとっても同じ事だった。

___ 利害が一致した女達の取る行動は一つしかないというわけだ。



「あら、何のことかしら?」
「今さらとぼけないでください。先に嫌がらせについて言及したのはあなたですよ」
「・・・・・・ふふっ、あははははははっ!」

何が可笑しいのか、ケイトリンは真っ赤に塗られた唇を大きく開いて高笑いする。
口元にあてた手にも真っ赤なネイルが彩られている。
天然か人工かはわからないが、綺麗なブロンドヘアに溜め息が出るほどの美貌の持ち主だというのに、悲しいほどにその姿が醜く見える。


「そうよ。私がやったわ。でも私だけじゃない。あなたに不満を持つ者全員の総意よ」

悪びれた様子もなくケイトリンはあっさりと認めた。

「あなたにチャンスをあげるわ。これ以上痛い目を見たくないなら自ら身を引きなさい」
「身を引く?」
「そうよ。明日にでも辞表を出しなさいな」

何の権利があってそんなことを偉そうに要求できるというのか、つくしはほとほと呆れかえる。

「残念ですがそれはできません」
「何ですって?」

はっきりと断ったつくしにケイトリンの顔から笑みが消えた。

「私を雇うことができるのも辞めさせることができるのも全てはボスの裁量です。あなたの指示には従いません」
「・・・っ、あなた何様のつもりなの?!」
「何様でもありません。ただの一社員です」
「あなたみたいな役立たずが副社長の秘書ですって? 冗談も顔だけにしなさい! 一体どんなコネを使ったって言うの?! 納得できるわけないわ!!」

ヒステリック気味に叫ぶ姿を見ながら、ある意味ではその通りだなんて思う。
確かに司の秘書を務めるなんて、コネ以外の何物でもないのだから。
真面目にやってきた人間の反感を買ってしまうのも致し方のないことだろう。

だが、それでも。

「ケイトリンさんがそう思うのも当然です。ですがボスが私を必要としてくださる限り、私もそれに応えられるよう精一杯努力するだけです。彼がお前なんか必要ない、やめてしまえと言うのなら私は迷わずに身を引きます。だからあなたの要求には応えられません」
「・・・・・・!」

どこの馬の骨ともわからない小娘から出てくるこの自信は一体何なのか。
ケイトリンはギリッと右手を握りしめた。長い爪が手に食い込んで痛みを伴う。

「・・・・・・会社に迷惑をかけてもいいって言うの?」
「えっ?」
「あなたが自ら身を引かないなら考えがあるのよ。それが結果的にこの道明寺ホールディングスに迷惑をかけることになってもいいって言うの?」

何を言い出したのだろうか?
もしかしてわざと仕事に穴を開けるとかそういうことだろうか?
そこまで考えるとつくしは盛大に溜め息をついた。

「はぁ・・・そういうくだらないことはやめてください」
「何ですって?!」
「あなたにはプライドがないんですか? 少しでも社会人としてのプライドがあるならそんな子どもじみたことはやめてくだ・・・きゃっ?!」


パァンッ!! ガタガタンッ!


言葉の途中で乾いた音が部屋中に響いた。
と共に、つくしの左頬と臀部、そして左足に激しい痛みを感じる。

一瞬だけ何が起こったかわからなかったが、すぐに自分が殴られてその反動で尻餅をついたのだと気が付いた。
まさかこんなに単純に手を出してくるとは。
予想外の行動につくしは驚きを隠せない。


「あんた・・・人が下手に出てればいい加減にしなさいよ?」

コツコツ・・・

呆気にとられて自分を見上げるつくしに一歩ずつ近付いていくと、ケイトリンはまるで獰猛な動物のように鋭いネイルの施された手でつくしの顎をグイッと掴んだ。上から見下ろす形で鋭い視線を突き刺すその姿は、先程までとは明らかに空気が変わったことを教えている。

「ケイトリンさ・・・・・・」


カチッ


目の前で聞こえた小さな音につくしの言葉がそこで止まってしまった。


「痛い目見たくないなら身を引きなさいって忠告してあげたわよね?」
「・・・・・・!」


小さな音を立てたそれは不気味な光を携えつくしの頬へと近付いてくる。
やがてピタリと頬に当てられると、そこからひんやりとした感触が伝わってきた。


「もう一度聞くわよ。痛い目をみたい? それともお利口さんに身を引く? 最後のチャンスをあげるわよ」



そう言ってナイフを突きつけたケイトリンの目はまるで別人のように狂気に満ちていた。








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明日への一歩 15
2015 / 01 / 20 ( Tue )
「嫌がらせ?」

「はい。ご本人はそんな素振りをお見せになりませんし、決して口にすることはありませんが、おそらくそういった目にあわれているのではないのかと」
「・・・それをどうにかするのがお前らの仕事じゃねぇのか?」

自分を睨み付ける鋭い瞳に能見が竦み上がる。

つくしが眠りについたのを確認した後、司は自室に移動し能見からの報告を受けていた。
このところ何かしらつくしに厄介事が起きているということはとうに気付いていたが、大方の予想通りつくしは一切そのことを打ち明ける気配はない。あれだけどんなことでも報告しろと言っていたにもかかわらず。

司はそれを苦々しく思う一方で、それでこそ牧野つくしだと妙に納得してしまってもいた。
おそらく実際のところ、つくしにとっては大したことはされてはいないのだろう。
そしてあの女であれば自力で何とかしてしまう可能性が高いともわかっている。

基本的にはつくしの考えを尊重してやるつもりだが、いざとなれば司自身が全てを裁くつもりでいる。必要だと判断すれば一切遠慮するすもりはない。
そのためにもこまめに現状を把握しておくことが必要だ。


「はい・・・そうしたいところなのですが、どうもそれが行われている場所が更衣室のようでして・・・」
「更衣室?」
「はい。実際にその場を見たわけではないので確証はないのですが、このところの牧野様の行動を見ているとおそらくそう考えるのが一番自然ではないかと」
「更衣室・・・? この前ストッキングが替わってたのもやっぱりそれが原因だったってことか?」
「いえ。あれは本当に清掃員の女性とぶつかっておられました。相手の女性にどこか不審な点は見受けられませんでしたし、あの時のことに関しては牧野様の仰ったとおりではないかと思います」

黙って報告を聞く司を見ながら能見が言葉を続ける。

「問題が起きているのが更衣室の中だけだとするならば、男の私がそこに入っていくことはなかなか難しいところではあります」
「・・・・・」
「一つのご提案として、女性SPをつけるのもありなのではないかと思うのですが」

NYに来てからというもの、休日も含めて基本的に行動を共にする生活だったため、遠距離だった時と違って今は女のSPはつけていない。

「女、か・・・」

顎に手を当てると、司はそのまま何かを考えるように黙り込んでしまった。








***




「・・・・・・あ! こんにちは~!」

つくしの声にふっと顔を上げた女性の顔がみるみる綻んでいく。

「あら、つくしちゃん、こんにちは。あなたも休憩時間なの?」
「はい! もしかしたらここに来れば会えるかな~なんて」
「あらあら、それは嬉しい言葉をどうもありがとう」
「ふふふっ。 隣、いいですか?」
「どうぞどうぞ」
「失礼しま~す」

横にずらしてできたスペースに腰を下ろすと、つくしは隣に座る女性にニコッと微笑んだ。

「そういえばつくしちゃんって秘書をやってるって聞いたわよ。凄いのねぇ」
「えっ、そんなこと一体どこで情報を仕入れるんですか?」
「あらやだ、仕入れるだなんて。そんなに大それた話じゃないのよ。ほら、私って清掃員として色んな所を回るでしょ? そうするとあちらこちらで色んな会話が聞こえてくるのよ。・・・あ、決して盗み聞きしてるわけじゃないのよ? もうほんとに勝手に聞こえてくるっていうか。特に女性ね」
「はぁ~・・・なるほどねぇ・・・」

それを聞いてつくしもなんとなくどんな状況なのかが掴めてきた。
きっと大方、司の部下として働くつくしを快く思わない連中がつくしの悪口を言っているところでも目撃してしまったのだろう。

「なんかすみません、お見苦しいことを聞かせてしまって」
「違うのよ! そういうつもりで言ったんじゃないの。ほんとに誤解しないで頂戴? 私は嬉しかったんだよ。つくしちゃんがそんな凄い人について仕事してるってわかって。いや違うな、嬉しいと言うより凄く納得したって方が正しい表現なのかな」
「田口さん・・・」
「ほらほら、早く食べないとあまり時間もないんでしょう?」
「あ。 あはは、そうでした。 じゃあいただきまーす」
「どうぞ召し上がれ」

ふふふと微笑む田口に見守られる中つくしは手を合わせてお辞儀をすると、手元に置いてあるお弁当をパクッと口に含んだ。

「う~ん、おいしぃ~~っ!」
「あはは、いつ見てもおいしそうに食べるんだねぇ」
「だっておいしいんですもん!」
「いいねぇ、つくしちゃんのような子だったら作りがいもあるんだろうねぇ・・・」
「え?」
「あ、いやいや、こっちの話だよ」
「・・・?」

つくしは首を傾げながらミニトマトを口に放り込む。



先日偶然再会した田口とのこの不思議な時間 ____
これもまた偶然の産物だった。



ストッキングの一件があって以降もつくしへの嫌がらせは続いている。
決して大きくはない嫌がらせを毎日繰り返され、さすがのつくしもイライラが溜まっていた。
影でコソコソとやられるのがつくしが一番嫌いなやり口だ。
これなら正面きって殴られる方がよっぽどマシだと思えるほど。
そうすればこちらだって正々堂々逃げも隠れもせず受けて立つというのに。

どうしてどうして、嫉妬にかられた女というのはこうも陰湿で執拗なのか。
そんなイライラした気分を紛らわそうとほんの少しの休憩時間にふと中庭に立ち寄ったときだった。同じようにそこで一息ついている田口と会ったのは。

本社は超高層ビルということもあり、屋上への立ち入りは基本的に許されていない。
その代わり、いくつかのフロアに人工の中庭がつくられている。人工ではあるが、全面ガラス張りで自然光も風も入ってくる構造となっており、憩いの場として社員にも人気が高い。
つくしが立ち寄ったのはその中でも比較的穴場となっている場所だった。
各部署からは遠く、便が悪いためわざわざ時間をかけて来る社員は少ない。
田口は田口で清掃員という立場からか、なるべく人の少ないところを探しているうちにいつの間にかそこに辿り着いたのだという。

偶然再会して意気投合してからというもの、時間が許せばついついここに足が向くようになっていた。


「それにしてもつくしちゃんのお弁当はいつ見ても豪華だねぇ」
「えっ? あははは・・・」

田口が思わずそう零すのも自然のことだろう。
確かにつくしの手元にあるのは自分なら絶対に作れない、そして買えないような立派なおかずばかりが並んでいるのだから。

「もしかしてつくしちゃんっていいところのお嬢さんなのかい?」
「まさか! どちらかと言えば貧乏人ですよ」
「えっ?」
「ただ、今はちょっと知り合いの家に居候させてもらってて。そちらの家の方がこうして手の込んだものばかり作ってくれるんです。もっと質素にしてくださいってお願いしてるんですけど・・・」
「へぇ~、そうなのかい」
「はい。でもおいしいからなんだかんだ嬉しいんですけどね」
「あはは、素直でいいねぇ」

手元のお茶を一口ゴクンと飲み込んだ田口の横顔をじっと見つめる。

「田口さんはいつからここに? もう長いんですか?」
「え? ・・・あぁ、いや、ここに来てからはまだ半年ほどだよ」
「え、そうなんですか?」
「そう。それまでは違うところで働いてたんだけどね。ちょっと別の世界も見てみたくなったっていうか・・・」
「え・・・?」

そう言って田口はどこか遠くを見つめるような視線で前を見ている。
つくしはその姿にどこか哀愁が漂っているような気がして、意味もわからず切なくなってしまった。

「・・・でも! 田口さんがここにいてくれて良かったです」
「えっ?」
「ほら、私もまだ入って数ヶ月じゃないですか。日本人の社員はいるけど、あまり接点のある人っていないし、こうして一緒にのんびり過ごす相手ができて嬉しいです。田口さんのおかげですよ。ありがとうございます」
「つくしちゃん・・・」

つくしの言葉に一瞬だけ田口の目元が潤んだような気がする。

「ふふ、つくしちゃんは本当にいい子なんだねぇ」
「えー、そんなことないですよ。これでも結構腹黒いんですよ? 私」
「あっははは! つくしちゃんでそうだったら私なんか全身真っ黒こげになっちゃうねぇ」
「あはは、何ですかそれ~」
「だてに50年以上も生きてないからね。色んなことがあったわけさ」
「え~、聞きたい聞きたい!」
「そうだねぇ~・・・」



ピピピピピッ ピピピピピッ 



その時、2人の間に電子音が響き渡る。


「電話じゃないのかい?」
「あー・・・・。いえ、ボスからの呼び出しです。仕事が入ったみたいですね。残念ですけど今日はここまでです」
「そうかい。お偉いさんの下で働く人は大変だねぇ」
「いえいえ、私はおままごとみたいなことしかしてませんから」

つくしは口と同時に手を動かして急いで荷物を片付けていく。
そうしてあっという間にまとめ終わるとスクッと立ち上がった。

「じゃあまた。次に会える日を楽しみにしてますね」
「それはこっちのセリフだよ。いつ会えるかとドキドキしながら仕事してるんだよ」
「あはは! まるで恋する乙女みたいですね」
「そうそう。こんな気持ちはもう長いこと忘れてたよ」
「あはははっ! あ、やばい。じゃあもう行きますね!」
「頑張ってね」
「は~い!」

笑顔で手を振る田口の見送りを受けると、つくしは急ぎ足で中庭から出ていった。
つくしが出ていってから長くせずしてスーツ姿のいかつい男がその後を追っていく。


「・・・・・・あんな人間を引き連れてるってことはただのお嬢さんじゃなさそうだねぇ・・・」

その様子をじっと見ていた田口がポツリと呟いた声は当の本人に届くことはなかった。







***



「あぁもう! 今日は少し長めに休憩していいって言ってたじゃない!」

つくしは早歩きで移動しながら恨めしげに零す。


『急用ができた。すぐに戻れ』


全く。 愛想もへったくれもないメールの一言。
まぁ上司だから当然と言えば当然の業務命令なのだが。


「でも急用って何だろう? 西田さんはそんなこと一言だって言ってなかったけど・・・」

思い当たることがないつくしは首を傾げながらも先を急いだ。





「・・・あれ? もしかして牧野・・・?」

エレベーターホールに続く曲がり角に消えて行った後ろ姿をたまたま見ていた男が一人。
特に用事があったわけでもないが、見かけたのだからなんとなく声をかけようとその後を追いかけていく。


「・・・・・・・あれっ?」


だが、同じ場所を曲がった先についさっき見た女の姿はなかった。
もうエレベーターに乗ってしまったのだろうかと少し先にある場所まで行って表示を確認してみるが、いずれもとても現フロアから動き始めたばかりだとは思えない回数を示していた。


「・・・? 確かに牧野だと思ったんだけどな・・・どこに行った? 見間違いか・・・?」


まるで神隠しにあってしまったかのように忽然と姿を消してしまったつくしに、後を追ってきた皆川はキョロキョロとその場で立ち尽くしてしまっていた。









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明日への一歩 14
2015 / 01 / 19 ( Mon )
「・・・・・・・・・・はぁ~~~~っ」

目の前の光景を目の当たりにした瞬間、つくしの口から盛大な溜め息が零れた。


部屋に戻る前に濡れたストッキングを履き替えようとやって来た更衣室。
そこでつくしが目にしたのはズタズタに切り刻まれたストッキングの替えだった。
OLにとってストッキングは必需品。
万が一伝線でもしてしまえば業務に差し障りが出てしまうと言っても過言ではない。


「あ~~~っもう! なんでよりにもよって今日に限ってストッキングなのよ!」


吐き出した言葉と共に額をロッカーの扉にゴンとぶつけた。



全く、やり方がいちいちセコイ。
せこすぎる。

ゴミを入れたり地味にスカートが濡らされていたり。
決して大きなことではないが、このところこういった嫌がらせが続いていた。
当然ながらロッカーの鍵はしっかりかけている。
だがいつの間にやらその施錠が外され、そして再びかけられた状態に戻されている。
変わったのは中の様子だけ。一見荒らされただなんてわからない。
最初は泥棒かと驚いたが、金品に関するものには一切触れられた形跡がない。
ただひたすら小さな嫌がらせを繰り返す。

その目的なんて一つしかない。
司の下について働いている自分が気に入らないのだ。
パーティに同伴した週明けから始まったこの嫌がらせ。
こんなにわかりやすいものもそうそうない。

この場所に入る人間は限られている。
おそらく秘書課の人間の誰かがやっていると考えるのが自然だろう。


どんな小さなことでも報告しろと司からは言われていたが、こんなことで手を煩わせるのはつくし自身が嫌だった。司に相談すればすぐに問題を解決してくれるだろう。
だがそれは根本的な解決にはならない。ただ力で押さえ付けるだけ。
それでは意味がないと思った。

実際、つくしにとってこの程度の嫌がらせは可愛いものだった。
赤札を貼られた頃にやられたあんなことやこんなこと、今さらながら振り返ると我ながら自分はどれだけタフな人間なんだと思わずにいられない。

「あ~~、もう! やるなら正々堂々やれっての! どうするのよ、これ。いくらなんでも濡れたままじゃ戻れないじゃないの・・・」

はぁ~っといくら溜め息をついたところで現状が変わるわけではない。
・・・・・・こうなったら残された手段は一つしかない。
背に腹は代えられない。

なるしかない。 ・・・・・・生足に。

何が悲しくて生足で仕事をしなければならないというのか。
恥ずかしいったらありゃしない。
とはいえ濡れたストッキングで仕事をするわけにもいかない。
穴が開いたスカートを履き続けなければならないよりは遥かにマシだ。
よし、そう前向きに考えよう。

「ったく、犯人を見つけたらストッキング頭から被せて引っ張ってやるんだから!」

ブツブツ零しながらつくしは渋々履いていたストッキングを脱ぎ始めた。



「あたしのストッキング貸してかげようか?」
「ひっ・・・!!」

突然背後から聞こえた声につくしの心臓が縮み上がる。
バックンバックン飛び出しそうな胸を押さえながら振り向くと、つくしを覗き込むように一人の女性が足元を見ていた。

「べ、ベティさん・・・・・・びっっっっっくりした・・・いつからここに?!」
「あら、あたしなら最初からここにいたわよ? さっき外出先から戻ったばかりでね。荷物を置きに来たついでにちょっとそこで休憩してたってわけ」

そう言って指差した先には小さな椅子が置かれていた。
ちょうどつくしのロッカーからは死角になっている場所だ。

「そ、そうなんですか・・・あー、心臓が止まるかと思った」
「あはは、ごめんごめん。てっきり気付いてるものだとばっかり思ってたから」
「全っ然気付いてませんでした・・・」

つくしは何度も何度も深呼吸をして心を落ち着ける。
そんなつくしの様子にベティはプッと吹き出した。

「それにしても派手にやられたわねぇ~」

そう言ったベティの視線の先には開きっぱなしのロッカーが。
切り刻まれたストッキングも丸見えになっていることだろう。

「あ、はは・・・。派手というか、地味~にやられてます」
「あはは、地味って。 待ってて、新しいストッキング持って来るから」
「え? あ」

つくしが顔を上げたときにはもうベティは自分のロッカーに移動して中からごそごそと新品のストッキングを取りだしていた。やがてそれを手に戻ってくる。

「はい、どうぞ。ちょっと牧野さんの使ってるのと色が違うけど、そこは大目に見てね」
「え、でも・・・」
「いいのいいの、困った時はお互い様でしょ?」

そう言うとベティはパチッとウインクをして見せた。
それだけで女子力の高さを見せつけられた気がしてしまう。

「あ、ありがとうございます・・・」
「気にしないで。ほら、早く着替えなさいな」
「は、はい」

ストッキングを受け取ると、つくしは急いで新しいそれを身につけていった。


「あのパーティ以降から嫌がらせ受けてるんでしょう?」
「えっ」

着替え終わったところで思わぬことを言われてつくしの手が止まる。
そんなつくしの反応にベティも苦笑いしている。

「あ~、ごめん。牧野さんから見ればあたしも充分怪しい一人よね」
「あ・・・違うんです! なんていうか、私も結構な修羅場を経験してるので、なんとなくベティさんは違うって直感で思ってます」
「えっ? あっはははは! あなたってやっぱり面白い子ね! 修羅場って・・・あははっ」
「ははは・・・すみません、事実なのでそうとしか言いようがなくて・・・」
「あははははっ! なんだかますます気に入ったわ~」
「え・・・?」

驚いた顔を見せるつくしにベティはクスッと微笑んだ。その姿はお世辞抜きに美しい。

「あたしね、牧野さんに興味があったのよ。もちろんあの副社長と西田さんにいきなり部下がつくなんてどういうこと?! って興味本位が最初ね。でもなんていうか、あなた色々と面白いんだもの」
「面白い?」
「そう。あの2人の部下なのに全然媚びたところがないし、しかも全く怖がってもいない。普通の神経の持ち主じゃちょっと考えられないことよね」
「あ、はは・・・」

それはつまりあたしが図太い神経の持ち主だと言いたいわけですね。

「きっと副社長と特別な関係なんでしょ?」
「えっ?!」

いきなり核心を突かれたつくしは思わず動揺を見せてしまう。
これでは図星だと言っているも同然だ。

「大丈夫よ。あたしこう見えても口は固いの。それに正直あたしは副社長には全く興味ないから」
「え?」
「あ、もちろんボスとしては尊敬してるのよ。でもいわゆる男性としては全く関心がないの。だってあたしには素敵なダーリンがいるから」
「あ・・・」

そう言ってベティが差し出した左手にはキラキラと指輪が輝いている。
それを見せる彼女の顔は幸福そのものだ。

「まだ結婚はしてないんだけどね。婚約はしてるの」
「そうなんですか? おめでとうございますっ!」
「うふふ、ありがと。うちの秘書課にいる女の子ってほとんどが副社長狙いでしょ? だからそうじゃないあたしから見てるとよーーく見えてくるのよね。それぞれの腹の内ってのが」
「はぁ・・・」
「確かに副社長は素敵な男性よ。でもあたしたちには非現実的すぎるハイスペック株っていうか」
「はぁ・・・」

ベティのような美人ですらそうだとするのならば、せいぜい良くても中の上止まりの自分は一体どうなってしまうというのか。

「あれだけ仕事ができてカッコイイのに今までこれっぽっちも女性の噂がなかったじゃない? そんなところに突然あなたが現れたものだからもうあの子達は戦々恐々としてるってわけ」
「はぁ・・・」
「あたしは最初にピンときたわよ。あなたが副社長のスペシャルだってね」
「えっ?!」
「クスッ、そんなに驚くことかしら? 誰でも気付くんじゃないの? 今まで誰も許されなかったことを許されてる唯一の女の子なんだから。結局のところ、気付いてはいるけど認めるか認めないかの違いだけだと思うわ」
「はぁ・・・」

さっきから驚くほど同じ事しか口にしていないつくしにとうとうベティが笑い始めた。

「あははっ! あなた、さっきから同じ事しか言ってないわよ?」
「はぁ・・・って、あっ!!」
「あははっ、ほんとにあなたってチャーミングな人ね。あの副社長が好きになるのもなんだかわかる気がするわ」
「えっ、いや、それは・・・」
「ふふふ、今さら隠さなくってもいいわよ。色々事情があるんでしょ? 心配しないで。誰にも言わないから。・・・とはいえ薄々気付いている人がほとんどだろうけどね」
「あ、はは・・・」

確かにベティの言う通りだろう。
ずっと司と同じ職場にいた人間からすれば、つくしの存在は異質で特別目立っているに違いない。
それがこれまで秘書ですら寄せ付けもしなかった女であればなおさらのこと。
何かしらあると思う方が当然なのだ。

だがまだつくしは正式に公にはされていない存在。
それならばと、信じたくない者がこうして最後の抵抗をしているのだろう。
ベティの主張は全てが的を射ていて反論の余地は寸分も残されていない。
だてに道明寺本社で秘書を務めているわけじゃないということか。

「まぁ信じる信じないはあなたの自由だけど、少なくともあたしは敵じゃないから。一人くらい女の味方がいると思って安心して頂戴」
「・・・ありがとうございます。私も自分の直感を信じます」
「うふふ、やっぱりあなたって可愛い人だわ」

そう言って笑ったベティこそ美人そのもので、同性から見ても溜め息が零れそうなほどだ。

「まぁ色々あるんだろうから余計な口出しはしないけど、困った時はいつでも言ってね」
「ありがとうございます。心強いです」
「うふふっ」


屈託のない笑顔を見ていたらなんだか元気が出てきた。
別に同じ職場の女性陣と友達ごっこがしたいわけじゃない。
それでも、こうして普通に話し相手になる人が一人くらい欲しいというのも本音なわけで。

秘書課内で敵視されているのはもう揺るぎのない事実なのだろう。
とはいえ、このベティに限っては初対面の時から嫌な感じは受けなかった。
最初に声をかけてきたのもこのベティだったが、負の感情は一切感じなかった。
本人の言う通り、 「興味本位」 まさにそんな雰囲気だった。

・・・なんてことを司に言えば、 「考えが甘い!」 と一喝されるに違いない。
実際日本でのあの一件、相良葉子だって、つくしにとっては決して悪い人間ではなかったのだから。

「今度の直感は当たると思うんだけどなぁ・・・」
「え? 何か言った?」
「あ、いえ。じゃあ戻りましょうか。西田さんに怒られちゃう」
「あはは、あたしもだわ。すっかり長居しちゃった」
「ストッキングは今度新しいのをお返ししますね」
「いいのよ~、それくらい。その代わり今度一緒にランチしましょ」
「あ・・・はい。ボスに許可してもらえるように頑張ります」
「あははっ、それにも許可がいるの? やっぱりあなた達面白いわねぇ」
「ははは・・・」






***




「・・・・・・あれ?」

つくしが部屋に戻ってくると、西田のデスクがもぬけの殻になっていた。
予定を大幅に超えてしまったので別の仕事にでも行ってしまったのだろうか。

「まずいなぁ、後で怒られちゃうかも・・・・・・・・・ひぃっ!!」

独りごちながら自分のデスクへと行こうと体を反転させた、その矢先。

壁により掛かるようにして立っていた大男につくしの心臓が危うく止まりかけた。


「よう。やけに遅かったじゃねぇか」
「つ、司・・・・・・。ちょ、ちょっと、いるならいるって一言声かけてよ! 冗談抜きで心臓が止まるかと思ったじゃない!」

バックンバックン、心臓だけにとどまらず耳たぶまで激しく脈打っているのがわかる。
この短時間で2回もこんな目に遭うなんて、もう一度あったら死んでしまうに違いない。
つくしは必死で酸素を体中に取り込んでいく。

「書類持っていっただけにしては時間かかったな。どこに行ってたんだ?」
「え? 別にどこにも行ってないけど?」
「んなわけねーだろ。・・・つーか、何だ? そのストッキングの色は」
「えっ? あっ、これは・・・」

め、目ざとい・・・!
まさかストッキングの色の違いまで気付くとは。
つくしが普段使っているのは色の薄いタイプ、先程ベティから借りたのは色の濃いタイプ、どちらかと言えばフェロモンのある女性が好むような色合いのものだ。

「なんでいつもと違うもの履いてる? さっきまではそうじゃなかったよな?」
「うっ・・・それは・・・」

コツ、コツン

「正直に言えよ? じゃねぇと・・・」

カツン

上質な革靴の音がやけに響き渡る。
目の前に迫ってきた司の迫力にまたしても心臓が縮み上がりそうだ。

「わかった! 正直に言います! 書類を届けた後に清掃員のおばちゃんとぶつかったの。その時にバケツの水を膝下に浴びちゃって・・・」
「バケツ?」
「そう。それでさすがにそのままじゃまずいと思ったから更衣室に着替えに行ったんだけど、ちょうど替えが切れてて。で、どうしようかと思ってたところにたまたま立ち寄ったベティさんが自分のストッキングを貸してくれたの。だからいつもと色が違ってるの。それだけだよ」
「・・・・・・」

司が黙ってじーーーーっと見透かしたような目でつくしを射貫く。

「嘘じゃないよ? 清掃員のおばちゃんの名前は田口さんって言ってたし、ベティさんにだって確認してもらって何の問題もないから」
「・・・・・・・・・わかった」

予想外にすんなり出たその言葉にホッと胸を撫で下ろす。


「・・・じゃあコーヒーを頼む」
「え? あ、うん。わかった」
「俺は部屋に戻ってっから」
「了解です」


司にしてはやけにあっさり引き下がったが、別に嘘をついているわけではない。
つくしは足取りも軽く、コーヒーを入れるために部屋から出て行った。

そんなつくしの後ろ姿をただ黙って司は見つめたまま。



「あの野郎、嘘は言ってねぇけど言ってないことはあるって感じだな・・・。この俺を出し抜けると思ったら大間違いだぞ」



司がギラリと目を光らせてそんなことを呟いていたなんて、脳天気なつくしが気付いているはずもなかった。








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男はつらいよ
2015 / 01 / 18 ( Sun )
「よぉ~、司。やっと来たか」
「お前、最近付き合いが悪いぞ~」

VIPルームに足を踏み入れた自分を見ながらニヤニヤと野次を飛ばす親友を前に、司は憮然とした表情を隠さずにドサッとその体をソファに沈めた。

「で、何だよ? 用事って」

明らかに不機嫌そうな司に、総二郎とあきらが顔を見合わせてやれやれと溜め息を零す。

本当であれば司はこの場に来ることに乗り気ではなかった。
だが、両者からしつこく今日は絶対に来いと言われ続け、そんなに大事な用があるのならばと仕方なく重い腰をあげてやって来た。
それなのにいざ来てみればニヤニヤ顔で自分を見ているとあれば、元来短気な司がイライラしないわけがない。


「おいおい司ぁ、お前何をそんなにイライラしてんだよ。今日は久しぶりなんだから楽しく飲もうぜ」
「俺はそんな気分じゃねぇんだよ。さっさと用件を話せ」

それとなくあきらが宥めてみてもとりつく島もない。

「なんだよお前、さてはあれか? 欲求不満でストレスでも溜まってんのかぁ?」

総二郎がいつものノリでお堅い雰囲気を崩そうと何気なく言った時だった。



ガァンッ!!!



司の拳がテーブルを凄まじい力で叩きつけた。
幸いグラスこそ倒れなかったが、その衝撃で浮き上がった拍子に中に入っていたアルコールがテーブルの上に飛び散っている。これは本気の怒りモードだと察知した総二郎はそれ以上の言葉をつぐんだ。
司が獰猛な瞳でそんな総二郎を睨み付ける。

「てめぇはそんなことを言うために俺を呼び出したのか? あ?」
「おいおい、司。いつもの冗談だろ? マジでどうしたんだよ?」

あきらが慌てて宥めてみても司のイラつきは収まらない。むしろ増しているようにすら思える。


「・・・・・・お前らは何も知らねぇから」
「え?」
「あの姿を見てねぇからそんなふざけたことが言えんだ」

ボソッと、司の口から吐き出された言葉は明らかに苦痛の色を滲ませていた。




「・・・牧野、大変なの?」

と、ここまでソファーに横たわって我関せずを貫いていた類がむくっとその体を起こした。

「・・・あぁ。見てらんねぇ」
「そんなにひどいのか?」
「・・・あぁ。もう生きた心地がしねぇ」
「そんなになのか・・・」

司の表情からそれは大袈裟でも何でもなく、リアルなのだろうということがひしひしと伝わってくる。
その場にいた全員がそれ以上何と言えばいいのか、二の句を継げないでいた。









・・・・・・・・・

「おいっ、タマっ!! 医者は? 一体どうなってんだ! あのままじゃ死んじまうだろうが! 早く何とかしろっ!!」

邸中に響き渡る怒号に、その矛先がいつ自分に向いてしまうかと、その場にいた全員が戦々恐々と震え上がる。だが、名指しされたタマ本人は全く動じず至っていつも通り。ドンと構えて主が近付いてくるのを待っている。

「やれやれ。坊ちゃん、もう充分手は施してるんですよ」
「あぁ? あんなんどう考えても異常だろうが! あんなに苦しんでるのにあれ以上何もできないなんてことはねぇだろ!」

つくしと結婚してからというもの、たまに喧嘩で邸内に風が吹くことはあっても、これだけの大嵐が巻き起こったのは司が学生の頃以来だ。



きっかけは2ヶ月前に遡る。

結婚して幸せな生活を送る2人の間に待望の赤ちゃんを授かった。
発覚後はそれはそれは凄まじい喜びようで、邸中が幸せに満ち溢れていた。

だがそれも長くせずして事態は急変する。
妊娠3ヶ月も半ばを過ぎた辺りから、つくしにつわりの兆候が見られるようになったのだ。
最初は吐き気をもよおす程度だったそれが、日に日に悪化の一途を辿っていった。
子どもに栄養をと口に含んだ食べ物は、激しい吐き気によりすぐに戻してしまう。それでも最初は柑橘類やアイスなど、限られた食べ物だけは口にできていた。

だがそれも最初のうちだけ。
じきにそれすらも体が受け付けなくなってしまう。
とにかく口に入るもの全てに拒否反応を示してしまう。無理をして食べてもあっという間に戻す。
ついには食べてもいないのに戻すようになり、胃の中は空っぽでもその行為が繰り返されるため、時には胃液を吐いて苦しむほどだ。

何も口にできないのだから当然つくしは痩せていく一方。
とてもじゃないがそのお腹に小さな命が宿っているなんて信じられない程に、みるみる痩せ細っていった。
ただでさえスリムな体型のつくしが痩せたらそれはもう見ていられないほどで、今にも折れてしまいそうな体に司は手当たり次第に医者を呼んでは手を施すように奔走した。


だがどんなに手を尽くそうとも言われることは皆同じ。

今できることはこれが精一杯だと。

少しでも負担を減らすために病院へは連れて行かず、入院しているのと同じだけの設備を邸に整えさせた。だができることと言えば医師が見守ることと栄養を補給するための点滴を打つことくらい。
ひどい吐き気などは薬を多用することで胎児への影響も考えられることから、基本的にはそのままにするしかない。


ひたすら吐き気に耐えながら点滴を打ち続ける愛する妻の姿。

耐えられないのは司の方だった。
それだけ苦しい中でもつくしは決して弱音を吐くことはなかった。
嘔吐して涙を流すことはあっても、決して苦しい、辛いという言葉だけは吐かなかった。
心配そうに自分を見つめる司に弱々しい笑顔を作って見せる。
そんなつくしの健気さが余計司には辛かった。

いっそのこと苦しさを吐き出してくれたらどれだけいいか。
安っぽい言葉になってしまうが、自分が代わってあげられたらどれだけいいか。

自分のせいでこんなに苦しい思いをさせているのかと思うといてもたってもいられなかった。




タマは苦しそうに顔を歪める司にフッと微笑んだ。

「いいですか? 坊ちゃん。つくしは子どもと一緒に闘ってるんですよ」
「闘ってる・・・?」
「そうですよ。あの子のお腹の中には坊ちゃんとの大事な大事な赤ちゃんが育ってるんです。確かに見た目は痩せて心配なのはよくわかりますよ。あんなに苦しむあの子に胸を痛める坊ちゃんのお気持ちだってよーーーーくわかります。でもね、確かにあそこに一つの命が育ってるんですよ。力強く、日一日成長してるんです」
「成長・・・」
「そう。この前の検診で見たでしょう? 食事なんて全くできてないのに、赤ちゃんはちゃーんと大きく成長してたじゃないですか」

タマの言う通り、つくしはほとんど食べ物を口にしていないにもかかわらず、たった二週間の間に子どもは一回り大きくなっていた。

「大丈夫。坊ちゃんが思ってる以上に体の神秘は凄いんですよ。そして母親は強い。子どもはもっと強い」
「・・・・・・」

黙り込んでしまった司の背中をタマはバシンと一発叩いた。
子どもと大男くらいの体格差があるというのに、その一発は司の体中に響く。

「ほらっ、しっかりしなさいな! 父親になるんでしょうが!」
「父親・・・?」
「いーや、なるんじゃなくてもうなってるんだね。坊ちゃんはもう立派な父親なんだよ。嫁さんと子どもが頑張ってるときにお父さんがそんな弱々しくてどうするんだい? もっとドシッと構えて安心させてやらなきゃだめじゃないか」
「俺が・・・」
「そうさね。つくしを守ってやれるのも、子どもを守ってやれるのも坊ちゃんしかいないんだよ」
「俺しかいない・・・」


タマの言葉は、司の心にズドンと直球で突き刺さった。


父親になる・・・

子どもができて素直に嬉しかった。
つくしとの絆が揺るぎないものになったのだと、その奇跡に震えた。
だがその意味を自分は本当に考えたことがあったのだろうか?

夫として、父親として、
今の自分ができることは何なのか。











「・・・・・・そっか。牧野、めちゃくちゃ頑張ってんだな」
「あぁ。苦しむあいつをみて右往左往してる自分が情けねぇ」

司が一通り話を終えると、室内はシーンと静まりかえっていた。

「・・・・・・なんか悪かったな。そんなつもりはなかったんだけどよ」

総二郎としては元気づけるつもりで言った一言だったが、さすがに今の話を聞いては不謹慎だったと思わざるを得ない。

「・・・いや。実際に見てもない奴らにわかれって言う方が無理な話なんだよな。俺も自分が目の当たりにするまであんなに大変だなんて夢にも思ってなかったからな」
「男からしたら妊娠して10ヶ月経てば自然と生まれてくるくらいの認識しかねぇもんな・・・」
「あぁ。同じ女でも何ともねぇ奴もいるみたいだし、つくしの場合は相当重いみたいだな」
「そうか・・・」



「牧野はさ」
「え?」
「牧野はさ、それが原因で司が胸を痛めることが一番辛いんじゃないの?」
「・・・・・・類?」

これまでずっと聞き役に徹していた類がぽつりぽつりと呟いていく。

「確かに俺たちの想像を絶するくらい苦しいんだと思う。でもあいつがもっと嫌なのは司がそれを気に病むことの方でしょ。自分の痛みより他人の痛み。そういう女でしょ? 牧野は」

類の言葉に司は黙って耳を傾けている。
そのあまりの真剣さに思わず類の口元がクスッと緩んだ。

「大丈夫だよ。司が伴侶にしたのは誰? 何よりも逞しい雑草でしょ? 踏まれれば踏まれるほどより強く逞しくなって戻ってくるって」
「類・・・」

いつもならば誰よりもつくしを理解していると言わんばかりのその言葉が腹立たしいが、今日は不思議なほど司の心に突き刺さった。
その言葉の一言一句が真実であったから。
つまらない嫉妬なんて今は湧き上がってくることはなかった。


司はしばらく黙り込んでいたが、やがておもむろに立ち上がって3人の顔を見渡した。

「・・・悪ぃ。やっぱ俺帰るわ」
「・・・だな。傍にいてやれよ」
「あぁ」
「こっちこそ悪かったな。無理言って出てこさせて」
「いや。なんだかんだ気分転換にはなったわ。サンキュ」
「司がそんなに素直にお礼を言うなんて・・・牧野のつわりも明日急に良くなってるんじゃない?」

類の言葉にピクッとこめかみが動く。

「んだと? ・・・でもまぁそれならそれでありがてぇな」
「はははっ、だな」
「じゃあ俺行くわ。またな」
「おう、牧野にもよろしくな」

その言葉に軽く手を上げると、司は後ろを振り向くことなく颯爽とその場を立ち去った。


その心は、体は、一つの場所を目指して_____






「言わなくて良かったのか?」
「ん? そんな必要はないだろ。きっと言わなくたって司はわかってる」
「・・・だな」
「心配をかけて申し訳ない、司に少しでも息抜きさせてやって欲しいって、俺たち全員に電話してきてお願いするなんて、いかにも牧野らしいよなぁ・・・」
「一番苦しい思いしてるのは自分だってのにね。・・・でもらしすぎるくらい牧野らしいんじゃない」
「だよなぁ」



「・・・・・・愛だな」
「・・・だな」



しみじみと噛みしめるように口にすると、誰ともなしに手元のお酒をグイッと飲み込んだ。










***




サラサラと、とても心地よい感触が自分を包み込む。
温かくて、大きくて、不思議とそれだけ幸せだと思えてくるような、そんな感覚が。


「ん・・・」


気持ち悪さで目が覚めなかったのはいつぶりのことだろうか。
ぼんやりと目を開けていくと、そこには心配そうに自分を見つめる夫の姿があった。

「・・・あ、悪い。起こしちまったか?」
「司・・・・・・ううん、その逆。なんだかすごく気持ちが良くて目が覚めたの」

その言葉に司はホッと胸を撫で下ろす。

「そっか。苦しいときはいつでも言えよ。お前はすぐ我慢するからな」
「クスッ、大丈夫だよ。あたしには司も、この子だっているしね」

そう言って右手でお腹の辺りに手を当てる。その手は驚くほど痩せてしまっている。
司はすぐにその手の上に自分の手を重ねた。

「あったかぁい。・・・そっかぁ。ずっと司がこうして撫でてくれてたんだね」
「え?」
「今ね、眠りの中ですごーーーく気持ちのいい感触に包まれてたの。そんな気持ちで目が覚めるのはほんとに久しぶりだった。司のおかげだったんだね。・・・ありがとう」
「つくし・・・」


ふわっと微笑んだ姿に何故だか司の胸がギュッと締め付けられる。
その顔はもうすっかり母親そのものだ。

「・・・よし。もっとあっためてやる」
「え?・・・って、なに、どうしたの?」
「いいから、ほら」

突然ごそごそとその大きな体をベッドの中に侵入させてきた司につくしは驚きを隠せない。
そんなつくしに構うことなく背中に手を回すと、司はその細くなった体を潰してしまわないようにそっと優しく抱きしめた。

「・・・あったか~い」

はじめこそ驚いていたつくしだったが、全身に伝わるその温もりに、すぐにうっとりと恍惚の表情に変わる。

「特注の湯たんぽになってやる。だからお前はゆっくり寝ろ」
「あははっ、特注の湯たんぽって・・・。でもほんとだね、どんな湯たんぽよりもあったかいよ」
「おー、この俺様がやってやってるんだ。ありがたく思え」
「ふふふっ、はーーーい」

肩を揺らして笑うと、つくしは司の胸元に顔を埋めるようにしてピタッと寄り添い、大好きな香りを思いっきり吸い込んだ。何もかも受け付けないはずの体なのに、どうしてだかこの香りだけは安心できる。

「なんだかすごくいい夢が見られそう・・・」
「当然だろ。愚問だな」
「ふふ、ほんとだね・・・。あぁ・・・なんだか・・・しあわせ・・だなぁ・・・・・」

ぽつりぽつりと、噛みしめるように呟くつくしの瞼が徐々に下りていく。
やがて完全に閉じると、長くせずしてスースーと気持ちよさそうな寝息が聞こえてきた。
司はそんなつくしの額にそっと唇を落とす。

「子どもと一緒にぐっすり休めよ。・・・おやすみ」

あっという間に夢の世界に落ちたつくしにそう囁くと、司自身も静かに目を閉じた。


後になってわかることだが、この時2人して子どもと楽しそうに遊ぶ夢を見たらしい。






そして偶然なのか必然なのかは誰にもわからないが、この日を境につくしの症状は少しずつ軽いものへと変わっていく。やがて二週間ほどが経過する頃には、いつもと変わらない、誰もが待ち望んだあの元気な笑い声が響き渡る邸へとその姿を変えていた。




あながち類の言っていたことも間違っていなかったのかも・・・? しれない。








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明日への一歩 13
2015 / 01 / 17 ( Sat )
「なんですって?!」


ガタンッ!!


怒りにまかせて立ち上がった勢いで机の上のコーヒーが倒れてポタポタと床にしみを作っていく。
だが当の本人はそんなことにも気付かずワナワナと手を震わせている。

「友人がたまたま出てたから間違いないわ。あの女を同伴してパーティに出席したみたいよ」
「そんなバカなっ・・・!」
「信じたくない気持ちはわかるけど、紛れもない事実よ」
「だって、あのお方には西田さんが・・・」
「それが・・・西田さんも一緒にいたみたいよ。あの女、一体何者なの?!」

震えていた手を口元に持ってくると真っ赤なネイルをギリッと噛みしめる。

「ねぇ、道明寺様って日本にいる間に婚約を発表したんでしょ? それって・・・」
「え・・・まさかあの女がその相手だとでも言うの?」

バンッ!!

「冗談じゃないわっ!!!」

両手で叩きつけたテーブルから出た思わぬ大きな音にその場にいた全員の体がビクッと跳ねる。
見上げれば、元来美しいはずの顔がまるで般若の様にみえて、思わず息を呑んだ。

「あんな何の取り柄もない女が婚約者ですって・・・?」

ギリギリと握りしめた拳には真っ赤なネイルに負けないほどの血管が浮き上がっている。
すぐその前には先程倒された状態の紙コップが虚しく転がったままだ。


「そんなことは絶対に許さないわ・・・!!」


地の底から出したような声でそう言うと、手中に収めた紙コップをグシャッと握り潰した。







***




「ではお願いします」

パタンと扉の閉まる音を確認すると、つくしは今来た道を戻り始めた。
ふと、大きなガラス張りの窓から見える景色に足が止まる。
吸い寄せられるように近付くと、そこから見える世界にしばし釘付けになった。

ここはNYのど真ん中。
地上よりも雲の方が手が届きそうな距離にある。
摩天楼にそびえ立つ高層ビルから見下ろす世界は、まるで自分が今この世の中心に立っているような錯覚を覚える。

「あいつ、こんなところでずっと闘ってたんだなぁ・・・」

世界の頂点にいるような気分を味わえているというのに、何故だか心のどこかが寂しい。
意味もわからず、泣きたいような気持ちが湧き上がってきてしまう。

離れている間、あいつも同じような気持ちになったのだろうか?
一人この場所に立って、一体どんなことを考えていたのだろう。
・・・遠く離れた自分のことを思い浮かべてくれていたのだろうか。


「・・・って、何をセンチメンタルな気分に浸ってるんだか。さぁ、仕事仕事! 西田さんに遅いって怒られちゃう」


つくしは自分を奮い立たせると、フンッと気合を入れて窓に背中を向けた。



「わっ!」
「きゃっ!!」


ドンッ!! バシャッ!


エレベーターを目指していたつくしが廊下の角を曲がったところで、激しい衝撃と冷たい感触が体を襲った。一瞬何が起こったのかわからない。

「わぁっ、すみません! 何てことを・・・!」
「えっ? ・・・あ」

目の前で作業服を来た女性が真っ青になりながら必死で謝っている。
その視線を辿っていくと、自分の膝から下がびっしょり濡れていることにようやく気が付いた。
女性の隣には清掃用具を入れたワゴンが置かれている。どうやら出会い頭にワゴンにぶつかった反動で、下に積んであったバケツの水がかかってしまったようだ。
自覚した途端じんわりと冷たい感覚がつくしの体を包み込んでいく。

「あぁっ、ごめんなさい! ごめんなさいね!どうしましょう・・・!」

女性はポケットからハンカチを取り出すと、濡れてしまったつくしの右足を慌てて拭き始めた。
だが残念ながら小さいハンカチではほとんど効果はない。

「あの、全然大丈夫ですから! 気にしないでください」
「でもこんなに濡れてしまって、ほんとにごめんなさいね・・・!」
「着替えもあるから大丈夫ですよ。だからほんとに気にしないで・・・・・・あれ?」

下を向いたまま必死で手を動かし続ける女性の顔を見ていたつくしが何かに気付く。
その視線に気付いた女性もまたフッと顔を上げた。

「・・・・・・あらっ?」
「あーーーーっ! もしかしてあの時のおばちゃん?!」
「あなたは・・・あの時助けてくれた?」
「そうそう、すごーい! まさかこの広いオフィスで会えるなんて。運命的っ!」
「あはは、・・・でも本当にごめんなさいね。こんなにびっしょり濡れてしまって・・・」
「あ、ほんとに大丈夫ですから。この後ちゃんと着替えるから本当に気にしないでください。ねっ?」

つくしの必死の説得に申し訳なさそうに女性が顔を上げる。

「そうかい・・・?」
「そうそう、だからもう大丈夫! この話は終わりっ、ねっ?」
「・・・ほんとにごめんなさいね。でもありがとう」
「気にしない気にしない」

つくしがニコッと笑うと、ようやくその女性もほんわりと微笑んで見せた。







「でもまさかおばちゃんがここの清掃員をしてたなんて、びっくりした~。だからあの時このビルにいたんですね」
「あはは、あの時も今日もお世話になりっぱなしで申し訳ないねぇ」
「あ、違う違う、そういう意味で言ったんじゃないんです。気にしないで」

2人でエレベーターに向かいながら思い出話に花を咲かせる。

実は今日が初対面ではない。

例のパーティが行われた数日前、たまたまつくしが通りかかった休憩室で具合が悪そうにしている彼女に出くわした。その時は私服だったためまさかここの清掃員だなんて思ってもいなかったが、医務室まで付き添って連れて行った経緯があった。
つくしも仕事中だったため、あとは医師にお任せする形になってその場を後にしたのだが・・・
日本人女性だったいうこともあってずっと気になっていた。

「もう具合は大丈夫なんですか?」
「おかげさまで元気ピンピンだよ。あの時は本当にありがとうね」
「いえいえ、元気になったのなら良かったです。ずっと気になってたんです。あれからどうなったのかなって」
「私こそお礼を言いたいと思ってたんだよ。社員証をつけてたからここの社員さんなのはわかってたけど、名前まではよく見えなくてねぇ。それにこれだけの人数がいるから調べようもなくって。だから今日会えて嬉しいよ」

そう言って目尻を下げた女性につくしも顔が綻ぶ。

「・・・あ。私、牧野つくしって言うんです」
「つくしちゃんかい。珍しい名前だね」
「あはは、そうなんです。雑草のつくしです。踏まれても踏まれても伸びていきますよ?」
「ははっ、それは逞しいね。私は田口美佐って言うんだよ。もう50過ぎたおばちゃんだけどね」
「田口さんですか。田口さんは毎日ここに?」
「いや、私は週3回だよ。月水金とね。その日によって回るフロアーも違うんだ」
「へぇ~、そうなんですか。また会えたらいいですね」
「ほんとだねぇ」

その時ちょうどいいタイミングでチーンとエレベーターが到着した。

「あ、じゃあ私行きますね。今度見かけたらいつでも声かけてくださいね!」
「こっちこそだよ。今日は本当にごめんなさいね」
「大丈夫大丈夫! 水も滴るいい女、ってね」
「え? あっははは! 本当だ。こりゃ相当いい女だねぇ」
「ふふふっ、じゃあまた! 失礼しますね」

手を振る田口につくしも満面の笑みで応えると、やがてエレベーターの扉がガタンと閉まって静かに上昇を始めた。

「あ~、びっくりした。まさかこの広いオフィスで偶然再会できるなんて。でも良かった、元気になったみたいで。・・・・・・って、あ~、さすがにこれは戻る前に着替えないとだなぁ・・・」

ふっと視線を足元に下ろすと、そこにはじんわりと小さなシミができていた。幸い膝下のストッキングが濡れただけで済んだが、濡れた場所は結構な度合いだ。この場に誰もいなかったのは不幸中の幸いだ。

「一旦更衣室に行ってから戻るか・・・」

そう呟いたつくしを乗せた機体は音もなく上がり続けていった。








***




「あいつは?」

ノックもなしに入って来た我が上司を見ても、西田は相変わらず全くの動揺も見せない。

「今書類を届けに行ってもらってます。そろそろ戻られる頃かと思いますが」
「ちっ、あいつ相変わらず雑用であちこち回ってんのか」
「社内をくまなく見て回りたいとのたっての願いですからね。社長も了承している以上は無碍にはできません」
「・・・で、実際どうなんだ?あいつの仕事ぶりは」
「副社長の想像されているとおりですよ。非常に勤勉で仕事も早いです。学生時代に英語も相当勉強されておられたのでしょう。今のところ余程の専門用語でない限りは問題なく処理できています」
「そうか・・・」

司はそのまま壁にもたれ掛かる。

「あなた様をどういう形であれ支えられるようにと頑張っておられたのでしょうね」
「・・・・・・」
「男冥利に尽きますね」
「お前の口からそんな言葉が出るなんて、どっか具合が悪いんじゃねぇのか?」
「いえ、純粋にここ数ヶ月彼女と仕事をしていく中で感じたことです」

サラリと西田の口から出た言葉に司は驚きを隠せない。
と同時に口元が緩んでいくのを止めることができない。

「純粋に・・・か。やっぱあの女はただ者じゃねぇな」
「そこに異論はありません」
「ククッ・・・!」


この自分を、楓を、そして西田をも。
これだけの強者を変えてしまう己の女の逞しさに笑いが止まらない。


「・・・そういえば先日仰っていた件ですが」

だが西田の一言にその笑いがピタリと止まる。

「副社長の仰るとおり、あの皆川で間違いないようです」
「・・・・・・やっぱりそうか」
「どうされますか? まだ何か動きがあったわけでもないですが」
「・・・・・・いや、とりあえず様子を見るだけでいい。ただしあいつの行動はいつも以上にしっかり見守るように厳命しろ」
「かしこまりました」





「皆川、か・・・・・・」




司は噛みしめるようにその名前を呟いた。








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コラボ企画のお知らせ 第二弾
2015 / 01 / 17 ( Sat )
先月のつくしちゃんバースデーに続くコラボ企画のお知らせです。

企画司BD

先月に続きまして、今月31日にやって来ます司君のバースデーにて、前回と同じくうさぎ様とのコラボリレーを実施致します!詳細は上記の通りです。

また、前回はうさぎ様のサイトのみでの掲載となりましたが、今回は当サイトのみでの掲載となります。(いずれ両サイトでどちらも読めるようになりますので、ご安心ください)

そして、今回のお話は前回の企画から繋がったお話となります。
もっと言えばその後の2人を描いたものとなっております。

もちろん単独でも楽しめる内容にはなっていますが、前作を未読、あるいはうさぎ様の作品をまだご覧になられたことがないという方、是非足を運ばれてみてくださいませ^^
うさぎ様のサイトはこちら → FF - boys × girls


ちょっとだけネタバレすると、前回はつくし目線のお話、今回は司目線のお話となっています。
(・・・あれ?ネタバレでもなんでもないって?( ̄∇ ̄;)オカシイナー)

素敵な作品に仕上がっていますので、来る1月31日をお楽しみに!




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明日への一歩 12
2015 / 01 / 16 ( Fri )
「おいっ、お前何考えてんだよ?!」
「しぃっ! そんなに大きな声出さないでよ!」

ズイズイっと自分の背中を押しやるつくしに司が怒りの声を上げる。
だがなんだかんだ言いつつもつくしの立場を考えて譲歩してやっているのだろう、その気になれば力技でどうとでも抵抗できるものを敢えてしようとはせず、口で不満を示すだけにとどめている。

やがてさっきまで見えていた男の姿が完全に見えなくなったのを確認すると、司は自分の背中を押していたつくしの手をグイッと引いて前へと歩き始めた。
一瞬にして形勢逆転だ。

「えっ?! あのっ、副社長っ・・・どこへ?! 会場はこっちじゃ・・・!」
「うるせーな。ちょっと来い」

そのままグイグイ引っ張ってある扉の前までやって来ると、すぐ近くにいたSPの能見をギロッと睨みつける。

「いいか。今度こそちゃんと仕事しろよ。・・・首が飛びたくなかったらな」
「は・・・はいっ!!」

さすがにSPなだけあって大柄な司以上にガタイのいい能見だが、司の睨み一つで縮み上がってしまった。

「ねぇっ、能見さんは何も悪くないの! あたしが・・・」
「いいからお前はこっち来い!」
「あっ・・・!」

司は目の前の扉を勢いよく開けると、そのままつくしを連れて中へと入っていた。
バタン! と音を立てて閉まった扉の前にはすぐさま能見が立ちはだかった。




「・・・ここは・・・?」

押し込まれた部屋は20畳ほどの広さだろうか。
豪華なソファーにテーブルなど、宿泊用の部屋ではないが、かなり高級な控え室といった印象だ。

「俺用の控え室だ。それよりお前、あれはどういうことだよ」

部屋に入るやいなや、すぐに司が本題に入る。

「どういうって・・・何が?」
「会場から消えたと思えば男と一緒にいるし、しかも女共に絡まれてただと?!」
「うっ・・・そ、それは・・・」
「何のためにSPをつけてんだよ! こういうときこそあいつらの仕事だろうが!」

司の雷につくしの体がビクッと跳ねる。
だがそのまま縮み上がるだけのつくしではない。
司の主張はもっともだが、つくしにだって言い分はある。

「そんなことはわかってる! でも今回の状況では能見さんが出るほどじゃないって判断したの。実際全然大したことなかったし」
「そんなことはわかんねぇだろ? 事実、あの男に助けてもらったんだろうが!」
「あ、あれはほんとに偶然っていうか・・・。皆川君が通りかからなくてもあの場は自力で切り抜けられてたよ! 司だって知ってるでしょ? あたしがあれくらいのこと何でもないって」
「それは」
「それに! お義母さんがあたしに立場を伏せて働けって言ったのは、こういうことも含めて自分で対処できるかを試したいってことなんじゃないの?! 確かにあたしにできることには限界があるよ? でも、今回のことくらいなら自分で乗り越えたいの!」
「つくし・・・」

怒っているのはどちらだというのか。
どう考えてもつくしの考えが甘いし、本当の危険の意味を何もわかっちゃいない。
ほんの半年前にああいう目に遭っておきながら危機意識が低すぎる。

・・・・・・それなのに。
目の前のこの強い意思を持った瞳を直視してしまうとそれ以上の怒りの言葉が出てこなくなってしまう。


「・・・・・・はぁ~~~~っ」

司は腰に手を当てて前屈みになりながら特大の溜め息をつくと、そのままつくしの体を自分の腕の中に閉じ込めた。ぎゅうぎゅうに力を入れて寸分の隙間も作らないほどに強く。

「ちょっ・・・くるしいよっ・・・!」
「うるせぇ、これくらい我慢しろ。散々人に心配かけやがって・・・。怒鳴ってぶん殴られないだけでもありがたく思え」
「なにそれっ・・・」

ギシギシと骨が軋むほどに強く抱きしめられて思わずつくしの顔が歪む。
だが不思議とそれを心地いいと思ってしまっている自分がいることに気付く。
その痛みが、全て自分への愛情の裏返しだと思えるから。

「・・・ふふっ」
「?!」

こんなに怒っているというのに、突然自分の胸の中で笑い始めたつくしに司が訝しむ。
きつく抱きしめすぎてどこかのネジが緩んでしまったのだろうか?

「何がおかしいんだよ」
「・・・だって、幸せだなぁって思って」
「・・・・・・はぁ?!」

この状況で何をどうしたらそんなセリフが出てくるのか。
司はあまりにも理解できない一言にとうとう体を離してつくしの顔を覗き込んだ。

「お前どっかのネジが落ちたんじゃねぇか?」
「へっ? ・・・・・・あはははははっ! 何それっ!」
「何それはこっちのセリフだろ。こっちは怒ってるってのに何がそんなに嬉しいんだか」

目の前で笑い転げるつくしを前に司はさっぱり理解不能な顔だ。
ひとしきり笑うと、つくしは目尻の涙を拭いながら司を見上げる。

「・・・だってさ、司がこうやって怒るのも、骨が軋むほどに抱きしめるのも、全部はあたしのことを考えてくれてるからでしょ? そう思ったら自分は幸せ者だなぁって」
「・・・・・・」

つくしは両手で司の大きな手を包み込んでギュッと握りしめた。

「心配かけてごめんね・・・? でも司の気持ちはありがたいといつも思ってるから」
「・・・・・・」

頭一つ分上にある司を見上げながらそう言ったつくしを、司はただ無言で見下ろしている。
つくしはそんな司の答えを待つようにただじっと見つめたまま視線を逸らすことをしない。

・・・・・・と、再び腰に手をあてて司がさっきよりも大きい、超特大な溜め息をついた。

「はぁ~~~~~~~~っ・・・・・・。おっまえ、相変わらず卑っ怯くせぇ女」
「え・・・?」

顔を上げた司がジロッとつくしを睨むが、その頬は明らかに朱色が差している。
キョトンとするつくしにもう一度大きな溜め息が出る。

「ほんっと、お前ほど厄介な女はいねぇよ。全っ然危機感はねぇし、言うこと聞かねぇし、可愛くねぇことばっかいいやがるし。そのくせ人が一番弱いところをこれでもかと突いてきやがる。・・・ほんっとタチが悪ぃったりゃありゃしねぇ」
「ちょっと! 人聞きの悪いこと言わないでくれる?!」
「いーや。お前は間違いなく世界一面倒くせー女だ」

ぶうっと頬を膨らませたつくしを再び抱きしめると、つくしの頭の上に顎を乗せてグリグリする。

「いたたたたた!」
「・・・そんなお前がめちゃくちゃ可愛く思えるなんて、俺も相当イカれてるな」
「・・・へっ?」
「はぁ~~っ・・・我ながら末期症状だと思うぜ」
「・・・・・・ぷっ、あははははは! いいじゃん、似た者同士ってことで」
「良くねぇよ。お前は心配かけんな、このバカ。マジで心配したんだぞ」
「ごめんごめん。それはほんとに悪いと思ってるから」

そう言うとつくしは司の背中にキュッと手を回した。
仕事中に不謹慎なことは重々承知しているが、やっぱりこの場所が一番安心できる。


「・・・・・・で? あいつは誰なんだよ」
「えっ?」
「お前と一緒にいた男だよ」

その言葉につくしは少し体を離して司を見上げた。
その顔は明らかに面白くなさそうだ。

「あぁ、彼は皆川康太君って言って中学校の時の同級生なの」
「同級生?! 皆川・・・?」
「そう。卒業してすぐにアメリカに引っ越したんだけど、まさかこんなところで再会するなんて夢にも思わなかったよ。会社で偶然会ったときはあたし全然気付かなかったもん。世界って広いようで案外狭いんだなって思っちゃった。あはは」
「・・・・・・」

カラッと笑うつくしに相変わらず司は憮然とした表情を見せる。
笑っていたつくしもようやくそれに気が付いた。

「・・・何? なんでそんなに怒ってるの?」
「・・・いいか。必要以上に接点を持つんじゃねぇぞ」
「へっ?」
「お前が男と絡むとろくでもねぇことばっか起こるからな。これは命令だ」

真剣な顔でそんなことを言う男につくしは呆気にとられる。

「はぁ~~?? 何、また嫉妬してるの? 皆川君となんて何かあるわけないじゃん! 会ったのだってほんとに偶然なんだから!」
「うるせぇ。細かいことはどうだっていいんだよ。お前にその気はなくても・・・ってパターンをどんだけ見てきたと思ってんだよ。とにかく必要以上に接近するな。今日のことを悪いと思ってんならちゃんと言うこと聞け」
「・・・・・・」


全く。
一体どれだけ独占欲が強いというのか。
結婚の約束だってしているというのに。他の男とどうこうなるなんてあり得るわけがないのに。


「・・・全く。あんたの嫉妬にもまいっちゃうよ」
「お前は俺の苦労を知らないからそんなことが言えんだよ」
「相変わらず意味がわかんないけど・・・とにかく心配しないで。そうそう顔を合わせることだってないし、あったとしても挨拶程度しかしないんだから。だからもっと信じてよ。ね?」
「・・・・・・信じろっつーんなら」
「えっ?」

そう言った司の顔が徐々に近付いてくる。
その意味がわかったつくしは咄嗟に手を出して司の胸を押し返した。
だがその手もあっという間に大きな手に捉えられてしまう。

「ダメだよ! この後会場に戻らなきゃ行けないんだから! 口紅が落ちちゃっ・・・!」


最後まで言い終えることは叶わず、言葉は唇ごと呑み込まれてしまった。
抵抗していたのも最初だけ、相変わらず極上のキスに、つくしの体からあっという間に力が抜け落ちていく。

「・・・もうっ! まだ仕事中なのに・・・!」
「うるせぇ。その仕事中に心配かけたおまえのせいだ。これくらいもらってもバチはあたらねぇ」
「んっ・・・!」


ほんの少しだけ離れた唇がすぐに戻ってくると、独占欲の塊の俺様上司にこれでもかと翻弄されていった。








***





____ それから数分後、ようやく2人が部屋から姿を現した。



「もうっ! 化粧は落ちちゃうしどうしてくれるのよ!」

つくしはキョロキョロとまわりに人がいないことを確かめて声を上げる。

「それは自業自得だから俺は悪くねぇぞ」
「全くもう・・・! ほらっ、急いで会場に戻りますよっ、副社長!」
「うるせーな、押すんじゃねーよ」
「はいはい、さぼってたんだから急いで急いで~!」


やれやれと言いながらも司の顔はまんざらでもなさげだ。
どうやら密室にて充分なだけのご機嫌を取り戻せたようだ。



だが、とてもじゃないが上司と部下のやりとりだとは思えないそのやりとりを、SPの能見以外の人間も見ていたのだということに、その時の2人は全く気付いていなかった。








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