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お知らせとアンケート
2015 / 02 / 28 ( Sat )
皆様、いつも有難うございます。

先日子どもが熱を出した話をちらっとしたのですが、今日は私も数年ぶりの熱でダウンしてしまいました。1年以上ぶりの里帰りだというのにトホホです・・・(泣)
子どもを産んでから高熱なんて出したことなかったんですが。
帰省してほっと気が緩んでしまったのかもしれません。

そういうことで、今日明日は更新をお休みさせていただきたいと思います。
コメント返事も遅れていてすみません。必ずしますのでもう少しだけお待ちください。
いつも皆さんのコメントに力をいただいてます^^ 感謝感謝です。


お知らせついでなので皆様に少し質問をば。
今現在 「幸せの果実」 と 「愛が聞こえる」 2つを連載していますが、
「愛が聞こえる」 の反響が想像以上に大きかったことに驚いています。
最初に告知した際、8:2ほどの割合で新婚編を更新していくと書いたのですが、もう少し増やした方がいいですか?
実際希望通りにできるかはお約束できませんが、読み手の皆様のご意見を参考までに聞かせてもらえたらと思っています。

では月曜日には更新できることを願って・・・





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00 : 00 : 00 | 未分類 | コメント(27) | page top
幸せの果実 1
2015 / 02 / 27 ( Fri )
幸せってなんだろう?


幸せってどんな色?
幸せってどんな形?


お金で買える幸せもあれば、
お金では絶対に手に入らない幸せもある

きっと幸せは何か特別なことなんかじゃなくて
何でもない日常の中にたくさん潜んでいるものなんだ


それに気づくことができることが一番の幸せ





朝笑っておはようと言えるそんな毎日が、今何よりの幸せ・・・









「あふ・・・」


「夕べはよく眠れなかったんですか?」

そのまま人一人くらいなら吸い込んでしまうのではないかと思えるほどの大あくびを前に、目の前の使用人が心配そうに顔を覗き込んでいる。

「えっ? あっ、いや、いえいえいえ、そんなことは・・・」
「そりゃあそうさね。新婚さんに無粋なことを聞くんじゃないよ」
「えっ? ・・・あっ! これは大変失礼致しました!」

何かに思い当たったのか、しまったというような顔になって慌てて頭を下げられた。

「えっ、ちょっ、違いますから! ちょっと、タマさんっ! 誤解を招くようなことは言わないでくれますかっ?!」
「ほぉ~、誤解、ねぇ・・・?」
「うっ・・・」
「今朝は随分坊ちゃんの機嫌がよござんしたけどねぇ。朝からあんなにご機嫌な坊ちゃんなんてめったにお目にかかれないから、てっきりいいことでもあったんだと思ったんですけどねぇ。まぁまぁ、一体何がそんなに嬉しかったんでしょうかねぇ・・・?」

うぅっ・・・!
この人は相変わらずっ!

えぇえぇ、ご指摘の通りがっつり寝不足でございますよ。
ぜーーーーーんぜん眠れなかったですよ!
っていうか眠らせてもらえなかったですよ!
眠らせて・・・・・・


ぼわんとつくしの脳裏に夕べの出来事が蘇る。


『 やっ・・・もうムリっ・・・ 』
『 ムリじゃねーだろ。お前のココはもっとって言ってる 』
『 あっ・・・ダメっ・・・! 』
『 ダメじゃねぇ。 ほら、もっと腰上げろ 』
『 や、ぁっ・・・! 』


一晩中続いたあんなことやこんなことに、全身が一瞬でカーーーーッと熱くなる。
ここ最近月のものでずっとお預け状態が続いていたのだが、昨日になってようやくそれが解禁されたとわかると、仕事で疲れているにもかかわらず朝までひたすら翻弄され続けた。

前々から思っていたことだが、何故あの男はあんなにも底なしの体力があるのだろうか。
いくらここ数日お預けだったからとはいえ、あの体力は尋常じゃない。
仕事だって決して楽なわけではない。
遅くなることはザラだし、連日遠方へ飛び回ることだって少なくない。
それだというのあんな、あんな・・・・・・


発情期の獣かっ!!!




「ほぉ~~、獣かい。いかにも坊ちゃんらしいねぇ」
「えっ?!」

ハッと我に返ればタマがたいそうご満悦そうにニヤニヤしながらこちらを見ている。
その向こうにいる使用人の女性は心なしか頬が赤く見えるのは気のせいか。

ま、まさか・・・

「相変わらずあんたは心の声がダダ漏れだねぇ。まぁこちらとしては面白くていいんだけどね」
「なっ・・・?!」
「そうかいそうかい。それならあんた達の御子をこの手に抱ける日もそう遠くなさそうだねぇ」

羞恥のあまりプルプルと震えるつくしなどお構いなし、タマはふぉふぉふぉとまるで仙人のように声高らかに笑い飛ばす。

「~~~~もうっ! タマさんっ!!!」
「わっはははは! あたしゃー何も悪くないさね。あんたが一人で喋っただけじゃないか」
「そうかもしれないけど・・・意地悪ですよっ!!」
「いいじゃないか。夫婦が仲睦まじくて何が恥ずかしいことがあるのさ。いいことなんだからもっと胸を張りな」

胸を張れと言われても、あんなことやこんなことで・・・

そこまで考えて再び蘇りそうになった記憶を慌てて振り払う。
真っ昼間っから考えることじゃないっ!!


「でもつくし様、どんどんお綺麗になられてますよね」
「えっ?」

これまでずっと恥ずかしそうに会話を聞き流していた使用人が一転、ニコニコと嬉しそうに話し始めたかと思えば全くの想定外のことを言い出した。

「以前から素敵な方でいらっしゃいましたけど、ご結婚なされてからは日に日にお綺麗になられていると使用人の間でも専らの評判ですよ」
「は、はぁっ?! いやいやいや、そんなバカな」
「バカなことではございませんっ!! 本当ですからっ!!」

いつも笑顔を絶やさずほんわかがトレードマークの女性のその変わりっぷりに思わずつくしも姿勢を正す。
こういう女性の方が意外と強かったりするものだろうか?
世間で言うギャップ萌えってこんな感じ?
・・・っていやいや、そういうことではなくて。

「やだ、私ったら・・・大変失礼致しました。でも本当なんですよ? 制服に着替えているときなんかによく話題にあがるんです。つくし様がどんどんお美しくなられてるって」
「えぇ~・・・?」

美しいだなんて言葉、自分からは一番遠いところにあるものだろうに。

「まぁまぁ、あんたがどう思おうとこの子達からはそう見えてるってことさね。ありがたいことじゃないか」
「は、はぁ、それはまぁ・・・」
「あっははは! あんたは本当に変わった子だねぇ。褒められて困るなんて一体どういうことだい?」
「あ、ははは。慣れてないもので。逞しいとか強いとかなら慣れてるんですけどね」
「まぁ、つくし様ったら。ふふふ」

「はい。では採寸は全て大丈夫です。もう手を下ろされて大丈夫ですよ」
「あ、は~い」

談笑している間も真剣な顔でせっせと仕事に励んでいた目の前の女性がにこっと笑った。
今日はつくしのウエディングドレスのための採寸の日だ。

2人が帰国して約1ヶ月。
その日のうちに籍を入れて晴れて夫婦となったが、式などはお預け状態だった。
正直なところ、つくし的にはしなくても構わないと思っていたのだが、お家柄そういうわけにもいかず。帰国直後は司が多忙を極めたためゆっくりと準備する時間も取れなかったが、最近ようやく落ち着きを取り戻してきたのに合わせて急ピッチで準備が進められていた。

つくしは全く気づいていなかったが、NYでの正式発表後、ある程度の予定は既にビジネスで繋がりのある相手先には知らされていたのだという。
やはり上流社会。
色々とつくしには理解できない暗黙のルールというものが存在するらしい。
仕事とのバランスを考えた結果、式は1ヶ月後に執り行われることとなった。
式は身内と極々親しい者だけで行われるが、その後の披露宴には相当な数の招待客が来るらしい。

当然ながらドレスはオーダーメイド。
一応レンタルで十分だと主張してみたものの、

『 バカ言ってんじゃねぇよ 』

の一言で瞬殺されてしまった。
つくしだって女のはしくれ。
ウエディングドレスを着ることへの憧れもある。
だが目が飛び出すほどの値段がするあろうドレスを身に纏うなんて、想像するだけで恐ろしい。


「つくし様、いよいよですね」
「そうですねぇ・・・」
「嬉しくないのですか?」
「いや、もちろん嬉しいんですけど、ある意味では不安というか・・・」
「不安?」
「いやほら、相当な人数が集まるんでしょう? やっぱりそこだけは慣れないっていうか・・・」
「全く、あんたは何から何まで相変わらずだねぇ・・・」
「そりゃそうですよ。三つ子の魂百までって言うじゃないですか。仮に100歳までこの邸で生きたとしても、私の庶民根性は永久に不滅ですよ」
「ふふふっ、つくし様ったら」

タマの言葉に胸を張って反論するつくしにその場にいた女性全員がぷっと吹き出した。

「まぁあんたの場合は変わらない方がいいんだろうねぇ」
「え?」
「あんたはこの先子どもが出来ても、ずーーーっとあんたらしさをなくさないで自分らしくやっていけばいいのさ。道明寺夫人だからこうしなきゃなんて考える必要はないんだよ。坊ちゃんだってそんなことはあんたに望んじゃいないさ。表の舞台は男に任せて、あんたは坊ちゃんが安心して帰ってこられる家庭を作ってやんな」
「タマさん・・・」

長年この邸を見守り続けてきたタマの言葉は一つ一つが重い。


「・・・タマさん、ずっと聞いてみたかったことなんですけど・・・」
「なんだい?」
「その・・・お義母さんがこのお邸に来たときってどんな感じだったんですか?」


つくしはこれまでずっと心の中にはあれども一度だって言葉にはしなかったことを、司にすら聞いたことのない楓の昔のことを、この時初めて口に出していた。






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お待ちかねの新婚編スタートです。
思うように時間が作れなかったため、予定より内容量を減らして、ボリュームよりも更新することを優先させていただきましたm(_ _)m 今作も歩く事故発見器の活躍をご期待ください(笑)
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00 : 00 : 00 | 幸せの果実(完) | コメント(11) | page top
愛が聞こえる 2
2015 / 02 / 26 ( Thu )
ザアアアアアア・・・・・・・・・



頭から指先まで全身に冷たいシャワーを浴びても何も感じない。
冷たいどころかむしろ体の奥底から沸き上がってくる熱に体が燃え上がりそうだ。











「今さらそれを知ってどうするの」
「・・・・・・何?」
「仮に俺が牧野の居場所を知ってたとして、司がそれを知ってどうなるっていうの」
「決まってんだろ。あいつを取り戻しに行く」

即答した自分に久しぶりに見た親友が呆れたように肩を揺らした。

「自分が突き放しておきながら今度は取り戻すだって?」
「・・・・・・!」
「あ、勘違いしないでよ。別に司を責めてるわけじゃないんだ。犯人以外に誰が悪いわけでもない、あれは事故だったんだから。ただ、お前にとっては記憶が戻ってあの時のことがまるで昨日のように感じてるのかもしれない。でも実際はそうじゃない。7年という時間が流れてるんだ」
「・・・・・・」

2人の間を沈黙が走ると、類は椅子を回転させ窓の外の景色にへと目をやった。
まるでどこか遠くに想いを馳せるように。

「・・・・・・確かにお前の言う通りだ。それでも・・・それでも俺はあいつを失えない。たとえ身勝手だと罵られようとあいつを取り戻す。だから教えろよ。あいつは今どこにいる?」

背中越しに聞く声はどこか苦しげだ。
きっと後悔と懺悔の念で押し潰されそうになりながらも必死で踏みとどまっているに違いない。
7年という年月はそれほどに重い。


だが ____



「悪いけど俺は協力できないよ」
「・・・・・・何・・・?」

ゆっくり振り返ると信じられない面持ちでこちらを見ている親友を真っ直ぐ見据える。

「司が俺の親友であることは変わらない。それと同時に牧野も大事な友人だ。俺はあいつが望まないことを押しつけるつもりはない。・・・だから協力はしない」
「一体何を・・・・・・それじゃああいつは俺に会いたくないってのか?」
「・・・・・・」

黙り込んでしまった男にイラッとした司は全速力で近付くと、そのまま胸倉を掴んで締め上げた。

「どうなんだよ?! 答えろ、類っ!!」

ギリギリと首を締め上げられてもその表情は少しも変わらない。
まるで全ては予想通りと言わんばかりに落ち着き払っている。
その態度が余計司の苛立ちを煽った。

「・・・・・・思い通りにならないとそうやって感情的に暴れていくつもり?」
「何?」
「この前の電話の時も思ったけど、今日実際に会ってみて確信したよ」
「何がだよ」

遠回しに説教されているようでますます苛立ちが募っていく。
掴んだ手の力をさらに強めたところで類が冷静に言い放った。

「お前は7年前から何も成長してないんだよ」
「・・・・・・んだと?」
「司がこの7年をどう過ごしてきたかなんて俺は知らない。ただこれだけは確実に言える。お前の成長は18歳のままで止まってるんだ」
「・・・・・・何・・・?」
「思い通りにならないとこうやって力に訴えるところだって何も変わってない。俺を殴って気が済むなら殴ればいい。それでも俺の考えは変わらないよ」
「・・・・・・!」

この状況にもかかわらず顔色一つ変えずに平然とそう言ってのけた男にカァッと全身の血が燃え上がる。条件反射で胸倉を掴む手にもギリギリと震えるほどの力がこめられる。

「・・・・・・・・・くそっ!!」

ワナワナと震える手で目の前の男を突き飛ばすと、その苛立ちを落ち着かせるように何度も何度も大きく息を吐いた。
やり場のない怒りの矛先をどこへぶつければいいというのか。
今さら目の前の男を殴るなんてことができるはずもない。

司はぐしゃっと自分の髪を掻きむしると、しばらく何かを考えるようにしてそのまま黙り込んでしまった。だがやがてそれを黙って見ていた類の方に視線を送ると、明らかな強い意志を持った瞳で睨み付けた。

「俺は諦めねぇぞ。お前が教える気がないって言うなら他の手段を考えるまでだ」

はっきりとした口調でそう吐き捨てると、司は身を翻した。

7年ぶりの感動的な再会など夢のまた夢。
一触即発のピリピリとした空気のまま司がドアノブへと手を伸ばした。


「 司 」


ノブを握る手に力をこめたところでピクッと止まる。

「忘れるなよ。7年という時間は決して軽くない。何度も言う。お前を責めてるんじゃない。ただ、7年という時間が流れたことはどうやったって消すことのできない事実なんだ。記憶の戻ったお前が突っ走りたい気持ちもわからないわけじゃない。それでもよく考えろ」

じっと止まったまま司は何も答えない。
聞いているのかいないのか、振り返ることすらしない。

「・・・・・・・・・・・」

ガチャッ、 バタン・・・・・・

しばらくそのまま立ち止まっていたが、やがて何も言わずに司はそのまま出て行ってしまった。


挨拶もなしに突然やってきたかと思えば無言でこの場を立ち去っていく。
我が親友ながら相変わらずな振る舞いに思わず笑えてしまう。


___ 本当に7年前から何も変わっていないのだと。


・・・・・・いや、失ったものが大きい分むしろ状況は悪化しているのかもしれない。



「 これはお前のためでもあるんだ、司 」



そう呟いたところで肝心要の当人の耳に届くはずもなかった ____









ザアアアアアアア・・・・・・・・・・



冷水を浴びれば浴びるほどに体の奥底から得体の知れない炎が燃え上がってくる。
今自分が浴びているのは実はガソリンでどこからか引火しているのではないかと思うほどに。


手をついた先にある鏡に映る自分を見つめる。

痩けた頬にギラギラと光る瞳。
そのアンバランスさが際立つ。
それでも、こうして己の顔を見ることなど一体いつぶりのことだろうか。

それと同時に思い出す。
久しぶりに見た己の友人の姿を。
同じようでいて同じでない。
確実に7年という時間を感じさせる風格を伴っていた男の姿を。


それなのに自分は・・・・・・



何故、・・・何故7年もの間忘れられていたというのか。

こんなにも、こんなにも求めて止まない唯一無二の存在を。

薄暗い水の底に沈んでいる間手を伸ばしていた光はあいつだった。

そんな簡単なことに何故気付くことができなかったのか _____




ガッシャーーーーーーーン!!




鏡に映る自分が忌々しい。
やり場のない怒りをぶつける先など己しかいない。

力でボロボロに砕くことはできても、忌々しい過去を消すことなどできやしない。




「絶対に諦めねぇぞ・・・・・・!」




ギリッと握りしめた拳からポタポタと滴り落ちる真っ赤な滴が、水に滲んでは延々と渦を描いて消えて行った。





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道明寺邸の人々
2015 / 02 / 25 ( Wed )
その日は朝から邸中の人間が落ち着かなかった。

それは自分自身も例外ではなく。
いつにも増して早く目が覚めてしまった。
普段5時起きのところが今朝は3時過ぎから目が冴えて冴えて、二度寝三度寝を試みること数十回、その行為自体にほとほと疲れ果て結局そのまま起きることにした。


まだ完全に夜が明けない中でバケツとタオルを片手に目的地へと向かう。

「あら、おはようございます。今日は随分早いんですね?」
「あ・・・おはようございます。そうなんです。なんだか眠れなくて。本田さんは?」
「あ、はは。実は私もそうなんです。何度寝ようと思っても落ち着かなくて。だから早く来て掃除でもしてようかと思って」
「ははは、私と同じですね」

「あらっ? 今日は早いんですね?」

2人であははと顔を見合わせて笑っていると、後ろから既に着替えを完璧に済ませた一人の女性がモップを片手に立っていた。
しばしの沈黙の後互いの心が手に取るようにわかりプッと吹き出した。

「あらっ?! 皆さん、もう?!」

まるでリピート機能でも使ったかのように数十秒前の会話が再び繰り返される。
こうなってくると振り返らなくとももう次の展開はわかる。
ゆっくり声の主を辿ると、やはり予想通り身なりを整えた女性がバケツを片手に立っていた。

それから似たようなことが繰り返されること数回。
結局、まだ6時前だというのに一体何事かと言うほどエントランスには人集りができていた。


「あははは、ほんとにおかしいー」
「ほんとですね。皆さん考えることは一緒ってことですね」
「本当に。でも落ち着いてなんかいられないですよねー」
「うんうん」

女性陣の盛り上がる会話を聞き流しながら心の中では大きくうんうんと頷く。

「斉藤さんもですか?」
「えっ!」
「今日の帰国が待ち遠しくて眠れなかったパターンですか?」
「え・・・あはははは・・・はい。年甲斐もないおじさんがお恥ずかしい限りですが」
「そんなことないですよ! 斉藤さんみたいに勤務が長いほど思い入れは強いはずですから」

そう言って笑うのはここで働くようになって3年ほどの若い女性だ。



私は斉藤良二。
道明寺家に使えるようになって35年。
もうすぐ還暦を迎える道明寺家専属の運転手だ。

この邸の最年長者は言わずもがな使用人頭のタマさんだが、いつのまにか自分はそれに次ぐ勤務年数となっていた。
先代から数年前にお亡くなりになった旦那様、楓様、椿様、そして司様。
時代と共に移りゆく道明寺家と共に気が付けば随分長い年月が経っていた。

いつからだろうか。
この邸はまるで灯火が消えてしまったのではないかと思うほど寂しく感じるようになったのは。
2人の子宝にも恵まれ、業績もうなぎ登り。
全ては順風満帆であったはずなのに、それに反比例するように邸からは笑顔が消えて行った。

地位も名誉も財産も、ここには全てがある。
それなのに、家族としての何かが決定的に欠けていた。
もちろん使用人ごときがそんなことを口にできるはずもなく、だがそれでも、この邸で働く人間ならば誰もが感じていた紛れもない悲しい現実だった。

中でも一番の問題は司様だった。
幼少期から負けん気の強さは持ち合わせていたが、昔はまだ子どもらしい笑顔も見せていた。
だがいつからだろうか。
気が付けば笑顔はおろか、会話らしい会話すら聞くことはなくなっていた。
苛立ちをそのまま物にぶつけて壊されるのは日常茶飯事。
度重なる激しい言動に逃げるように邸を去って行った人間は一人や二人じゃない。

____ 触らぬ神に祟りなし。

ここで働く人間にとってそれはもう暗黙の了解となっていた。


司様が中等部に上がる頃から私は彼の専属の運転手となった。
挨拶をしても返ってくることはない。車内での会話もない。
言葉を交わすことがあるとすれば司様の機嫌が悪いときにどなられることくらいだろうか。
不思議なものだが、それを不快だと思うことはなかった。
今思えばタマさん同様、彼らが生まれる前からこの道明寺家を見守ってきたという、言わば親目線のような感覚になっていたからかもしれない。

昔は無邪気だった司様。
だが親の愛情に恵まれず、長い年月と共にその心は固く閉ざされてしまった。
他人の自分がその心をとかすことなどできるはずもなく、彼のやり場のない苛立ちをただ見守るしかできない自分がもどかしかった。


____ だが事態は急変する。

あの司様を変える人間が現れたのだ。
しかも彼が毛嫌いして止まなかった女性。
さらにはこんなことを言っては失礼だが・・・・・・極々一般人。
・・・いや、むしろ一般的な家庭よりもずっとずっと苦しい状況に置かれた家庭のようだった。

何故私がそんなことを知っているかというと、事あるごとに司様から送迎を仰せつかったからだ。
初めて彼女を車に乗せたとき、恥ずかしながらこんなに浮ついたことはないというくらい心が落ち着かなかった。司様にあれだけ色んな表情を見せるようになった女性とは一体どのような人物なのか。
まるで観察するように食い入って見てしまったのを今でもよく覚えている。

一体どれだけの美人なのだろうか。
一体どれだけの才女なのだろうか。
脳内でありとあらゆる女性像が浮かんでは消える。

だが目の当たりにしたのはそのいずれでもなかった。


まるで太陽のような女性。


それが第一印象だった。
そして何故司様が彼女に惹かれたのかがすぐに理解できた。
確かに彼女は司様が持っているものをほとんど持っていないのかもしれない。
だがその一方で司様が持っていないものを全て持っていた。
それはどんなにお金を出したところで手に入るものではなく、そして司様が何よりも欲して止まなかったものだった。

引力で引き寄せられるように司様が彼女に夢中になるのは当然のことだったのだろう。


だが彼の初恋は一筋縄ではいかなかった。


第一の障害は彼女自身。

「あいつとお付き合いだなんて死んでもごめんです!」

いつだったか彼女を自宅まで送っていった際に呟かれた一言は今でも強烈に残っている。
列を成してでもお付き合いをしたいという女性が後を絶たない司様を前にしても、彼女が司様、引いては道明寺家になびくことは皆無だった。むしろ気の毒なほど毛嫌いされていた。
・・・司様には死んでも言えないが。

思い通りにならなければ全て暴力で押さえ付けてきた司様にとって、彼女を手に入れるまでの頑張りは、まさに雛鳥が立派に成長するのを見守る親鳥の心境そのものだった。


第二の障害は楓様。

彼女がどれだけやり手の女性であるかはここの人間にとっては周知の事実。
ようやく彼女の心を手にした司様にはあまりにも大きい壁が立ちはだかった。
だが、楓様に決して親心がないわけじゃないことを私は知っていた。
彼女は彼女なりに道明寺財閥を、そして道明寺家を守るのに必死だったのだ。
長年見てきたからこそ確信を持って言える。

だからこそ、これから財閥を背負って立つお人になられる司様には彼女のような存在が必要不可欠なのだ。人の心を凍らせるのは簡単だが、凍り付いた心をとかすのは難しい。
司様の心が再び凍り付くことがないよう、私たちはただ信じて祈るしかなかった。

やがて彼らは最大の壁を乗り越えた。

立場上、普通の恋人同士のようにとはいかないかもしれない。
それでも、将来を誓って渡米した司様の姿は本当に誇らしかった。
4年など今の彼ならあっという間に乗り越えてさらに立派になって帰ってきてくれる。

誰もがそう信じて疑わなかった。



だが運命というのは残酷なもので、そんな彼らに更なる試練を与えた。
それはこれまでで最も長く、辛い試練となった。


旦那様のまさかの急逝 ___
それによって狂っていく歯車に全ての者が翻弄されていく。
それは司様達も例外ではなかった。

過去最大の危機に直面してから、不穏な噂などが後を絶たなかった。
そしてある日を境に彼女がパタリと姿を現さなくなってしまった。
彼女のいなくなった邸はまるで昔を彷彿とさせた。
司様だけではない。
この邸の人間にとっても、もはや彼女の存在はなくてはならないものとなっていた。

今の司様なら、彼ならきっとこの最大の窮地をも乗り越えてくれる。
彼女をその手に掴むまで、彼は絶対に諦めたりしない。
私は最後まで信じ続けた。
そして事実、彼はその通り乗り越えてみせたのだ。


だが運命の悪戯はそれだけでは終わらなかった。

約2年ぶりに会った彼女はあまりにも残酷な現実と向き合っていた。
この邸の人間のことはもちろんのこと、司様のことすら綺麗さっぱり忘れ去っていた。
かつて司様が同じ運命を背負ったことがあったが、幾度となく試練を乗り越えてきた彼らにはなんと辛く悲しい現実だというのか。
あの時ほど神を恨んだことはなかった。

だが、あの時誰よりも彼女を信じていたのは他でもない司様だった。
悲しみに打ちひしがれる私たちを嘲笑うかのように、ひたすら前だけを見ていた。
そしてたとえ記憶がなくとも、そんな司様に彼女はどんどん惹かれていった。
またしても引力に惹きつけられるように。


そんな彼らを目の当たりにしたとき、彼らの絆は一生揺らぐことはないのだと確信した。
あれやこれやと考えてしまっていた自分が恥ずかしく思えるほどに。
たとえこのまま記憶が戻らないとしても、体に障害が残るようなことがあろうとも、
そんなことは彼らにとっては取るに足らないことなのだと。


彼らの運命は神にも断つことはできないのだと _____














「斉藤さーーーんっ!!」

回想に耽っていた頭にコロコロと鈴のような音色が響いてくる。
ハッと顔を上げれば満面の笑みでこちらへ駆けてくる女性が目に入った。


牧野つくし様

____ いや、これからはもう道明寺つくし様だ。


「お帰りなさいませ。無事に手続きは終わりましたか?」
「はいっ!」

ニコニコと花のような笑顔を見せるつくし様に自然とこちらまで笑顔になってしまう。

「嘘つけ。夫の欄に名前を書こうとした奴は誰だよ」
「あっ・・・! ちょっと! 誰にも言わないでって言ったじゃん!!」
「自分から言うつもりはねーよ。お前が嘘つくからだろうが」
「緊張してたんだから仕方ないじゃん!」
「冗談じゃねーよ。たった一枚しかないものを失敗されたらたまったもんじゃねぇっての」
「うっ、うるさいなっ! だったら予備を準備しておけばよかったんでしょ?!」
「あぁ?! あのババァが予備の分まで書いてくれると思ってんのか? 婚姻届すらまともに書けないようなら結婚する資格なんかねぇとかなんとか言うに決まってんだろが」
「うぅっ・・・!!」

今回の押し問答はどうやら司様に軍配が上がったようだ。

「でも無事に受理されたのですよね?」
「あぁ」
「ではあらためまして。 司様、つくし様、ご結婚誠におめでとうございます」
「斉藤さん・・・」

深々と頭を下げた私につくし様の目がうるうると揺れ始める。
帰国してからこれまでのほんの数時間の間に、一体どれだけ泣かれたのだろうか。
そして、ここまで包み隠さず感情を露わにするつくし様を見ることは私自身も初めてだった。

その姿にはただ感動、その一言だった。

「ありがとうございます。斉藤さんには本当にたくさんお世話になりました。そして・・・できればこれからもよろしくお願いします」
「つくし様・・・ありがとうございます。こちらこそ喜んでお仕えさせていただきます」

ただのおじさんの言葉にも本当に嬉しそうに笑うつくし様。
そしてそれを優しく見つめる司様。

あなたはその笑顔にどれだけの価値があるのかということに全く気付いてなどいない。
でもそれでいい。
そんなつくし様だからこそ全ての人間がお慕いするのだから。
どうかあなたはずっとそのままでいてください。

私たちは光の中で笑うあなたが見たい。
願うのはただそれだけ ____




「ほんっとお前のそそっかしさは神懸かってるよな」
「もうっ! またその話?! ほんっとしつこいなーーー!」
「お前が間違ってたらしばらく入籍できなかったんだぞ?」
「だーかーらー、最終的にはちゃんとできたんだからいいじゃん! もう、いつまでもグチグチ言うなんて・・・小さい男だなぁ~」

車内に戻ってもなお痴話げんかを繰り返す2人が微笑ましい。
だがどうやらつくし様の一言が司様の地雷を踏んでしまったようだ。
ミラー越しに司様の額に青筋が立ったのがはっきり確認できた。

こういう時のパターンは決まっている。

「・・・んだと? てめぇ、今何つった?」
「え? だからそんな小さいことぐちぐち言うなって言ってるの!」
「誰が小さい男だって? ・・・お前には色々と教えてやらねぇとなぁ」
「な・・・何を・・・」

ジリ、ジリ・・・

目の前に迫る司様につくし様が後ずさるが、リムジンとはいえ所詮車内。
あっという間に壁にぶち当たって行き先を失ってしまった。

「今日は新婚初夜だしなぁ。新妻としての役割をじっくり教えてやるよ」
「ひ、ひっ・・・! こ、来ないでっ・・・!」
「まずは手始めに・・・」


ピッ

電子音と共に運転席と後部座席を仕切る窓がウィーーンと上昇を始める。


「さ、斉藤さんっ! た、助けてくださいっ、さいとうさん! さいっ・・・!」

必死の助けも虚しく、無情にも仕切りがパタッと音を立てて閉じられた。



あぁ、つくし様。
いつもいつも助けられなくて本当にすみません。
それでも、あなた様が本当は嫌がってなどいないということを私は知っていますから。
だからこそ敢えて聞こえなかったフリをしているのです。


もうすぐ還暦を迎える私。
そろそろ現役引退を・・・などと考えたことがなかったわけではございません。

ですが固く決意致しました。
お二方のお子様の成長を見守るまでは私も腐ってなどいられないと。
タマ様に負けてなどおられません!!



これからもどうか、末永くあなた方にお仕えさせてくださいませ。


その笑顔をずっと近くで見守らせてくださいませ _____







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「道明寺邸の人々」 は今後も番外編として時折登場する予定です。
毎回どんな人が主役になるのかをどうぞお楽しみに(*^^*)
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愛が聞こえる 1
2015 / 02 / 24 ( Tue )
『 もういい 』




やめろ・・・その先の言葉を言うんじゃねぇ




『 あんたはもう あたしの好きだった道明寺じゃない 』




泣くな、頼むから泣かないでくれ・・・




『 ・・・・・・ バイバイ  』





やめろ・・・ 待ってくれ・・・ 行くな、 行かないでくれっ・・・!











「 牧野っ!!!! 」



自分の叫び声で意識が覚醒する。
ハァハァと呼吸は乱れ、全身汗でびっしょりだ。


「大丈夫ですか?」

後方から聞こえてきた声にハッとすると、今自分が置かれていた状況をようやく思い出す。


「・・・・・あぁ。夢を見ただけだ。何でもねぇ」
「・・・そうですか。あと30分ほどで着陸となりますので」
「・・・あぁ」

フーッと息をはき出しながらドサッと背もたれに体を倒すと、窓の外の景色に視線を送った。
青々と澄み渡った空は雲一つない。まるで自分が大海原に浮かんでいるのではないかと錯覚を起こすほどに。
気持ちいいほどのその青さがかえって今の司にとっては皮肉だった。

___ 己の心とあまりにも対極すぎて。

こんな風にぼんやりと空を眺めたのなんていつぶりだろうか。
昨日の天気がどうだったかすら思い出せないような男にとって、目の前の青空は直視できないほどに眩しかった。






***


「一度邸に戻られますか? それとも社の方へ?」
「いや、あいつのところに行け」
「・・・かしこまりました」

司の声に西田が運転手に指示を出すと、リムジンが音もなく静かに動き出した。
車内は無言のまま沈黙が続く。だがそれは司にとっての日常だった。

車窓から流れる景色は最後にこの地を踏んだ時と変わったのか変わっていないのか。
そんなことすらも忘れてしまった。
ただ一つわかっていることは、7年ぶりに降り立ったこの地に、自分が置き去りにしてしまった魂が残されているということだけ。

何を見ても、聞いても、話しても、見える世界は全てモノクロ。
まるで己の心を映しだしたかのようなその世界に沈み続けること7年。
今、ようやくその色を取り戻そうとしている。


どんな色に染まるかなどわからない。

わからないが、必ずこの手に掴んでみせる。


司はそう固く誓うと、何かを探すようにただ黙って遠くを眺めた。








***


「専務、アポなしのお客様がいらっしゃってるのですが・・・」

秘書の言葉に動かしていた手がピタリと止まる。

「客・・・? 一体誰 」

一企業の重役に会うのにアポなしで突撃訪問するなど非常識にもほどがある。

___ 普通に考えるならば。

「はい・・・それが、道明寺ホールディングスの道明寺司様だとおっしゃるんです」
「・・・・・・」

戸惑いがちに説明する秘書とは対照的に、至って冷静にその言葉を受け止める。

「・・・・・・そう。あげていいよ」
「え?」
「ここに通して」
「は、はい。承知致しました」

ペコッと頭を下げると、秘書は急ぎ足で専務室を後にした。
誰もいなくなった室内で手にしていたペンをデスクに放り投げる。
コロコロと転がっていった高質なペンが落ちるか落ちないかのギリギリのところでかろうじて踏みとどまった。


「・・・・・・思ったより早かったね」


ぽつりと呟いた一言は誰の耳にも届くことなく室内に溶けていった。








「失礼します。お連れ致しました」



コツン・・・

先導する秘書に続いて入って来た男は、最後に見たときとは比べものにならないほどやつれていた。まるで別人のように。
だが、その瞳に宿る炎だけはギラギラとした生命力が漲っている。

「下がっていいよ」
「はい。失礼します」

パタンと音を立てて扉が閉まったのを確認すると、あらためて目の前に立つ男を見上げた。

「・・・久しぶり。随分痩せたんじゃない?」
「・・・・・・」

その言葉にも何の反応も示さずにただじっとこちらを見ているだけ。

「・・・で? いきなりどうしたのさ。帰国したのも今知ったんだけど? しかもアポなしで来るなんてどういうつもり?」
「どこに隠した」
「え?」
「あいつを一体どこに隠した」

何のアポもなしにやってきたかと思えば、挨拶もなしに不躾に投げかけてくる友人の姿にもう笑うしかない。

___ あの頃と何一つ変わってなどいないその姿に。

「こっちの都合もお構いなしに来た上に何? 意味がわからないんだけど」
「とぼけんじゃねぇ。お前しかいないだろ」
「だから何が?」

サラッと受け流すように即答されて明らかに苛立ったのがわかる。
その背後には見えない炎が燃え上がっているようにすら見える。


「お前以外にいるわけねぇだろ。俺をもってしてもあいつの消息を辿れないようにするなんて」
「・・・・・・」




「あいつは・・・・・・牧野は今どこにいる? 答えろよ、類」





睨み付けるようにぶつかった視線が、音もなく激しい火花を散らしていた。






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愛が聞こえる 序章
2015 / 02 / 23 ( Mon )
『 もしもし・・・・・・類か? 』

「・・・・・・・・・・・・司・・・? 司なの? 」

「あぁ。久しぶりだな」

「・・・・・・」


長い沈黙が2人を包み込む。
だが7年ぶりに聞く声に、類は不思議と懐かしさを感じることはなかった。












それはまるで稲妻が落ちたような衝撃だった。



ガタガタッ、ガシャーーーンッ!!!


「っ?! どうされたんですかっ! 道明寺さんっ?!!」

散らばったグラスの破片と共に床に倒れ込んだ男に目の前にいた男が激しく狼狽える。

「だ、誰かっ! 誰か救急車を!! すぐに救急車を呼んでくれっ!!」


薄れゆく記憶に残るのは男の叫び声と、そして ______













ずっと長い夢を見ていた気がする。

いつだって決まって自分は湖の底に沈んでいる。
光の届かない黒い闇の中で、遥か遠くに見える微かな光を求めて手を伸ばす。
この手に掴めるようにと必死でもがいて、足掻いても、少しもその光は大きくはならない。
まるでお前はここから抜け出すことは赦されないのだと言われているかのように、全身に絡みついた闇がその行く手を阻む。

その度に体中から力が抜けていく。
永遠に繰り返されるそれにいつの間にか諦めることが身についてしまっていた。
諦めた刹那まるでタイミングを計ったかのようにその光は消えてしまう。
そんなことをもうどれだけ繰り返したのだろうか。

目覚めた自分を待っているのはあり得ないほどの倦怠感と虚無感。
眠れずに飲んだ薬の副作用なのだろうか、日を追うごとにそれはひどくなる一方だった。


何をしても満たされない。
まるで機械の様に同じような日々を繰り返すだけ。
一体自分は何のために生きているのだろうか。
かといって死を選ぶほどの気力すらない。


全てがどうでもいい ____


もはや人としての体すら成してない己がこの世にいる意味があるのだろうか。
いっそのこと誰か殺してくれたらいいのに。
自ら死ぬ気力すら湧かないというのにそんなことばかり考える。



もし・・・・・・


もしもあの光を手に掴むことができたのならば、何かが変わるのだろうか。


・・・・・・いや、そんなことを考えること自体がばかばかしい。


この命が朽ちるまで、ただこの薄暗い闇の中で沈み続けるだけ ____











「・・・・・・」

コトンという音と共にうっすらと視界に光が差し込んでくる。


「気付かれましたか」

「・・・・・・」

働かない頭で音の方へ視線を動かすと、よく見知った顔が自分を見下ろしている。

「・・・・・・西田・・・」
「気分はどうですか?」
「気分・・・」

状況が全く掴めず、西田の言葉にも途切れ途切れの単語を発することしかできない。
ここは一体・・・?

「覚えてませんか? 副社長は一昨日吉田会長との会食の折、突然倒れられたんです。救急搬送されたんですよ」
「・・・・・・」
「それから丸2日あなたはお眠りになっていました。その間脳波やその他ありとあらゆる精密検査をしましたが、どこにも異常は見られませんでした」

倒れた・・・?
俺は今何を・・・・・・

またあの夢を見て、いつもと変わらずにもがいて、足掻いて、
そしていつもとなんら変わらずまた力尽きて・・・・・・


そこまで思い出した司の目がみるみる見開かれていく。


「幸い倒れた際の怪我や打ち身もありませんでした。原因不明で倒れられたことは気になりますが、医師の話ではしばらく様子を見・・・・・・」
「西田」
「・・・はい」

いきなり言葉を遮られても西田が動揺することはない。
こんなことは日常茶飯事なのだから。

「・・・・・・・・・あいつはどこにいる?」
「・・・あいつ・・・ですか?」

だが続いた言葉の意味がわからず思わず眉間に皺が寄る。
必要最低限のこと以外話すことのない男が意味のわからないことを口走るのは珍しい。


「あいつは・・・・・・・・・・・・牧野はどこにいる」


さらに続けられた言葉に西田の顔がたちまち驚愕に満ちていく。
普段感情を表すことがない西田をもってしても驚きを隠すことなどできなかった。

何故なら・・・・・・


「あいつの居場所を教えろ」


だがそんな西田の動揺など意に介さず、司が西田を仰ぎ見た。
その瞳は、さっきまで意識を失っていた人間のものとは思えないほどに鋭い。


____ そして、もう何年も見ていない炎を宿していた。


その瞳を見ていた西田の中での疑念が確信へと変わっていく。

「副社長・・・・・・まさか・・・」

見た目では決してわからないが、西田の声はもしかしたら震えているのだろうか。
だが表情一つ変えずに司はもう一度西田を真っ正面から見据えると、静かに口を開いた。





「あぁ。全てを思い出した」









ゆらゆらと、どんなに手を伸ばしても届かなかった水面が
微かに、 だが確実に揺らぎ始めた ____








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00 : 00 : 20 | 愛が聞こえる(完) | コメント(31) | page top
新連載についてのお知らせ
2015 / 02 / 23 ( Mon )
皆様こんにちは^^

「明日への一歩」 最終回での予想を遥かに上回る反響にただただ驚いています。
確か本文後に「婚約発表では拍手が凄かった~」なんてことを書いたと思うんですが、もうその比じゃありませんでした(笑) びっくりです。
それと同時にとても嬉しかったです。皆様、本当に有難うございましたm(__)m


さて、今日突然更新された 「愛が聞こえる」 ですが、こちらは新婚編ではありません。
全く別物の連載となります。


以前からぼんやりと頭の中にはあったのですが、ちょっと気分転換も兼ねて書いてみようかと思い至りました。ただ既に読まれた方はわかるかと思いますが、ラブコメ路線ではありません。どちらかというとシリアス路線になります。
記憶喪失のまま高校卒業と同時に渡米して別々の人生を歩んでいた司とつくし。7年の年月を経てある日を境に司の記憶が戻って・・・? というストーリーになります。(読むかどうか迷ってる人のためにかなりザックリと(^_^;))

まるまるハッピー、ドタバタつかつくしか読みたくないっ!!という方はご遠慮ください。
一応書いておかないと、ほっこり路線ばかりの当サイトでは免疫のない方もいらっしゃるかと思いまして。事前に告知させていただくことにしました。
つかつくですし、ドロドロした展開はありませんが、しばらくは 「あなたの欠片」 のような切ない展開が続くと思いますので、読まれる方は自己責任でお願いします。

なんだかこんなことを書くとどんだけ酷い内容なんだ?!と思われるかもしれませんが、全くそんな事はないんですよ。ただ、 「明日への一歩」 なんかに比べると明るい話ではないので、好みが分かれるかなと思いまして。
色んな試練を乗り越えていく司とつくしのラブストーリーであることに違いはありません。


尚、こちらの連載は完全不定期更新となりますことをご了承ください。
気分が乗ってくれば連日更新もありますし、その逆もまた然り。
一話のボリュームも減らす予定で、マイペース更新となります。
ということで完結までは時間がかかると思われます(^_^;) 

基本的には以前からお話ししているとおり、「あなたの欠片」 新婚編がメインとなります。
(割合的には8:2か7:3の割合で新婚編を書いていきます)
新婚編 『幸せの果実』 は近日スタートいたしますので今しばらくおまちくださいませ(*^_^*)

毎日更新してるとね、底抜けに明るい話ばかりだとどうしても勘が鈍ってきてしまうんです。
で、以前からこういう話も書いてみたいなぁ~と考えていたのが今回のもの。
そしてコメントをくださる方の中にも「切ない路線のお話も読みたいです!」というお声を時々いただくんですね。
なので幅広く皆さんと楽しんで、且つ長く続けるためにも色々書いてみたいなと思っています。
(あ、しつこいですがドロドロとかはないですからね!)

尚、どんな作品でも根底にあるつかつく愛は変わりませんのでどうぞご安心くださいね^^
辿り着く先が一つだとしても、そのアプローチ方法は色々あると思ってお楽しみくださいませ。


ではではヾ(*´∀`*)ノ



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牧野家の人々 後編
2015 / 02 / 22 ( Sun )
「どうぞこちらへ」
「は、はぁ・・・」

人というのは心の底から驚くとまともに言葉が出なくなるらしい。
50年近く生きてきて、そんなことに今さらながら気が付くなんて。
晴男と千恵子は目の前の光景に、ただただ口を開けたまま気の抜けたような返事をするので精一杯だった。


「こちらがお部屋になります」
「は、はい」
「すぐにお茶をお持ち致しますのでごゆっくりどうぞ」
「は、はぁ・・・」

さっきからびっくりするほど同じ事しか言っていない。
開かれた扉からはすぐには室内が見えない。
言われるがまま中へと足を踏み入れていくと、部屋の奥にようやく目的の人物を見つけた。

「つくしっ!」
「え・・・? ・・・・・・パパ、ママっ?!」

本に落としていた視線を上げるとたちまちその目が大きく見開かれていく。

「あぁっ、無理しないの! 私たちがそっちに行くから座ってなさい!」
「あ・・・うん」

自由が効かないことも忘れて立ち上がろうとしたつくしを慌てて制すると、晴男と千恵子はつくしの座るソファーへと足早に近付いていった。
1ヶ月ぶりに見る娘の顔色はすこぶる良さそうで、宣言通りここで手厚いお世話を受けていることは一目瞭然だった。

「どうしたの? いきなりだからびっくりしたよ」
「あ、いや、ちょっと進のところに行ったものだから。つくしにも会いたくなってね」
「そうなんだ。進は元気にしてる?」
「あぁ。大学も頑張ってるみたいだよ」
「そっかー。あたしも最近会ってないからなぁ」

うーんと伸びをするつくしを見ながら、実は司から是非娘さんに会いに来てやってくださいと言われたから来たなんて言えなかった。というか、そもそもそれ以前に司にそれを言う必要はないと釘を刺されていた。

「それにしても・・・凄いお邸ねぇ・・・」
「あー・・・はは、ほんとだよねぇ・・・」

あまりにも凄すぎて逆に静かな驚きでしか表現ができない。
あれだけ玉の輿を夢見てきた2人だというのに、いざそれを現実のものとして目の当たりにするとびっくりするほど萎縮してしまっていた。

「凄すぎて言葉が出ないでしょ?」
「「 うん・・・ 」」

びびりまくる両親につくしも苦笑いするしかない。

「このお邸で一番狭い部屋にしてくださいってお願いしたんだけどね、一番小さくても30畳ぐらいあるんだもん。参っちゃうよ」
「ほぁ~~~・・・」

ぽかーんと口を開けて部屋中を見渡す姿はまるで少し前の自分を見ているようだ。

「それはそうと怪我の具合はどうなの? 車いすは外れたって言ってたけど・・・」
「あぁ、うん。順調だよ。リハビリの先生もお墨付きをくれてるし。このまま行けばあと1ヶ月くらいでギプスも外れるかもしれないって」
「そうなのか? 良かったなぁ」
「うん。まぁ外れても筋力がおちてるからしばらくはリハビリは続けなきゃだろうけど」
「それでもあれだけの大怪我だったんだもの。大きな後遺症が残りそうになくて良かったわよ」
「うん、ほんとにね。花沢類や道明寺が良くしてくれたおかげだよ」

彼らが手を差し伸べてくれていなければ、貧乏を絵に描いたような牧野家では充分な治療もリハビリも受けられていないに違いない。それはつまり何しら事故の後遺症が残る可能性を秘めているわけで。
至れり尽くせりの看護にはただただ感謝の意しかない。

「 ”道明寺” って・・・。あんた、道明寺さんのことを思い出したの?」
「えっ? あぁ、違う違う! あの人が呼び捨てにしろってどうしても譲らなくて。そんなことできませんって言ってたんだけど、何が何でもタメで話せってうるさいから」
「そうなのか・・・」
「・・・なんで? 何か気になることでもあるの?」
「えっ?! い、いやっ? 何にもあるわけがないだろう?! ねぇ、ママっ?」
「えっ、あ、あぁうん、そうよ! 何もあるわけがないじゃないの! ねぇパパ?」
「「 あはははははは 」」

「・・・・・・・・??」

見るからに何かおかしいが、もともとこの2人はおかしいところだらけだったためつくしもそれ以上は深く考えることをしなかった。

「パパとママも元気なの?」
「もちろん。見ての通りピンピンよ」
「良かった。・・・ごめんね? 休職してるせいで仕送りもできなくて」
「何言ってるの、そんなことは気にしなくていいの!」
「・・・大怪我したお前にそんな心配までさせてしまって・・・本当に申し訳ない・・・」
「あぁっ、パパ! そんなつもりで言ったんじゃないから落ち込まないで! ねっ?」

自分の甲斐性のなさに晴男がどんよりと肩を落とす。

「・・・でもそろそろ真面目に考えなきゃ」
「・・・何をだい?」
「ん? ほら、ギプスも松葉杖も外れたらもうここでお世話になる必要もないでしょ? そうなる前にちゃんと色々考えておかないと。仕事にだって復帰しなきゃならないんだし」
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・何? なんか変なこと言った?」

無言のまま自分をじーーっと見つめる2人につくしが首を傾げる。

「えっ? い、いやっ、何でも?! そうだね、考えないとだね、ねぇパパっ?」
「えっ? あ、あぁ、そうだね、ママっ?」
「・・・・・・・・・」

やっぱりどこかおかしい。
とはいえ初めてやってきた大豪邸にちょっとテンションがおかしくなっているのかもしれない。

結局、終始どこか心非ずで落ち着かないまま2人は帰って行った。




「・・・・・・パパ」
「なんだい? ママ」
「道明寺様はつくしの怪我が治り次第プロポーズするって言ってたわよね・・・?」
「・・・あぁ、言ってたな」
「・・・・・・結婚するってことは、つまりはあのお邸に嫁ぐことになるのよね・・・?」
「・・・そうだね・・・」

「「 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 」」

夢にまでみた玉の輿。
・・・のはずなのに、夢で見た以上に凄かった現実に、2人は帰りのリムジンの中でもいつまでも心非ずのまま呆然とし続けていた。







***



「もしもし?」
『・・・ママ?』
「あら、つくしなの? 元気?」
『うん、元気だよ。おかげさまで無事完治しました』

あれからさらに1ヶ月半ほどが過ぎた頃、つくしから牧野家に一本の電話が入った。

『あと・・・記憶も戻ったんだ』
「えっ! 本当に?!」
『うん。色々と心配かけてごめんね?』
「そんなことはいいのよ。むしろいつも心配かけてるのは私たちの方なんだから。そうか、よかったよかった」
『うん。 ・・・あの、さ。ちょっと話したいことがあるんだけど・・・』
「話したいこと?」
『うん。 あの・・・』

妙に口ごもる娘に千恵子がハッとする。
怪我が治り記憶も戻ったこのタイミングであらためて話したいことなど一つしかないのではないか。

『その・・・道明寺にさ、プロポーズ・・・されたんだ』

やっぱり!!!!!!!!!

思わず受話器を放り投げて踊り出したくなる気持ちを抑えて何とか平常心を装う。
隣で何事かとこちらを見ている晴男にコクコクと頷くと、瞬時に何のことかを察知したのか、途端にぱぁっと笑顔に変わった。

「そ・・・そうなの?!」

初耳ですと言わんばかりに大袈裟に驚いてみせる。
大根に失礼なくらいの大根芝居だが鈍感な娘は気付く気配もない。

『う、うん・・・』
「それで? どうするの?!」

そう。気になるのはそこだ。
こうなるシナリオはわかっていたが、娘がそれにどう答えるかまでは台本には書かれていない。
ゴクリと次の言葉を待つ。

『・・・・・・お受けしました』
「え?」
『・・・だから、プロポーズ、・・・お受けしました』
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
『・・・・・・・ちょっとママ? もしもし? 聞いてるっ? もしも・・・』
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・や」
『え?』


「 ぃやったあああああああああああああああああああ!!! 」


『ちょっ・・・もしもし?! ママ? ママっ?! もしもしっ?!!!』


つくしが必死で話しかけるのもどこ吹く風。
完全に有頂天になってしまった2人はそんなことも忘れてひたすら狂喜乱舞し続けた。



___ そんな2人がようやく落ち着きを取り戻した頃にそれは起こった。



「牧野さんっ! お宅の前に凄い車と凄い人が来てるんだけどっ?!」
「・・・え?」

激安セールの戦利品を片手に帰ってきた千恵子に気付いた隣人が慌てた様子で飛んできた。
言われたとおりに視線を送ると、ドラマの世界でしかお目にかかれないようなピッカピカの黒塗りのリムジンがボロアパートの前に停まっているではないか。
そのあまりの異質さにご近所さんが野次馬を作っている。

「・・・・・・! 道明寺様だっ・・・!」
「え? あっ、牧野さんっ?!」

あんなものに乗れる人間なんて限られている。
そしてこんなボロアパートにわざわざ足を運ぶ人間など一人しかいない。
千恵子は早川の声を振り切って全速力でアパートへと走った。

「はぁはぁはぁっ・・・道明寺様・・・!」

学生以来の全速力で部屋に戻ると、案の定見るからに場違いな男が既に室内にいた。
向かい合うようにして座る夫が一回りも二回りも縮こまって座り込んでいる。
千恵子の姿を見て安心したのか今にも泣きそうだ。

「ご無沙汰しています。またしても突然の訪問で申し訳ありません」
「いっ、いえいえ! お忙しいのは重々承知しておりますから。どうかお気にならさずに」
「ありがとうございます」
「あっ、今すぐにお茶を入れますから」
「いえ、結構ですからこちらへ来ていただけませんか」
「え、でも・・・」
「お願いします」

一度ならず二度までも。
凄い客人にお茶すら出さないなんて恐れ多すぎると恐縮したが、司の顔があまりにも真剣だったので千恵子はその言葉に従って晴男の隣に腰を下ろした。
またしても6畳一間の極小空間に異質な空気が流れる。

だが今回は2人とも司が言わんとする言葉は予測がついていた。
何故ならそれを予告していたのは他ならぬ彼自身なのだから。

「つくしさんにプロポーズをしました」

やはり。
これはどう考えてもよくテレビで見る 「娘さんをください」 コースに違いない。
晴男はその瞬間が来るのをゴクッと息を呑んで待った。

「彼女もそれを受けてくれました。お約束したとおり彼女を一生守ります。幸せにします。・・・ですから、娘さんはいただきます」
「・・・・・・へ?」

今なんと・・・? 娘さんをください・・・?
・・・・・・じゃないじゃないかっ!!

予想外の言葉に呆気にとられる2人にフッと笑うと、司は綺麗な所作で頭を下げた。

「嘘です。 娘さんを私にください 」

「・・・・・・・・・・・・」

嘘・・・? ということはあれは彼なりのジョーク・・・?
・・・って、彼が言うと冗談にならないじゃないかっ!!

司のペースに惑わされ晴男はプチパニック状態だ。


「お父さん、お母さん、一生彼女を大切にすると誓います。ですから娘さんを私にください」


だが続けられた司の真剣な言葉に晴男も急に現実に引き戻された。
目の前で深々と頭を下げているのは誰なのだろうか。
本来であれば交わるはずのない雲の上の人物がこんな貧乏人に頭を下げている。

そんなあり得ないことが今・・・・・・現実に起こっているのだ。

言葉を出せないでいる背中に千恵子の手が置かれたのを感じると、晴男は正面を見た。

「・・・道明寺さん、どうか顔を上げてください」

晴男の言葉にゆっくりと司の顔が上がる。その目は真剣だ。

「・・・娘が好きな人と一緒になれるのならば、親としてはこれ以上幸せなことはありません。・・・どうか、娘をよろしくお願いします」
「お願いします」

深々と頭を下げた晴男に続いて千恵子も下げる。
気配で司がもう一度頭を下げたのがわかった。

「ありがとうございます。必ず幸せにするとお約束します」

見上げてみると、これまで見たことのないような顔で司が微笑んでいた。
ほんの少しだけ、彼の素顔が垣間見えた気がする。
きっと、娘は自分たちが知らない彼の素顔をたくさん知っているのだろう。
普段見ている姿はあくまでも仮の姿であって、娘にしか見せない素の表情というものがきっとあるに違いない。身分の違いなど何一つ関係なく。
そう思うと娘がとても誇らしく思え、玉の輿かどうかなんて、すっかり頭からは消え去っていた。

「実はもう一つご相談があるんです」
「相談・・・ですか?」
「はい」

予想外の言葉に2人は顔を見合わせる。

「・・・数ヶ月したら私は一度NYに戻らなくてはならないと思います。おそらくですが期間は半年ほどになるのではないかと」
「NY・・・ですか。大変でしょうが道明寺さんですからね。そういうことも多々あるのでしょう。つくしもその間に花嫁修業に励むことと思います」
「いえ、彼女も連れて行くつもりです」
「えっ!!」

あははと笑っていた晴男がピタリと止まった。

「私はもう一秒でも彼女と離れたくはありません。本当なら今すぐにでも入籍したいくらいですが・・・そこは彼女の意思を尊重したいと思っています。ですがこれ以上離れて暮らすつもりはないです。もう二度とあんなことを繰り返さないためにも。そして何よりも私が彼女と一緒にいたいんです」
「・・・・・・」
「ですから彼女を連れて行くことをお許しください」
「・・・・・・・・・・・・もしもダメだと言ったら・・・?」
「その時は許可が出るまでここで説得し続けます。帰りません」
「えっ? ・・・・・・ぷっ、あはははは! 道明寺さんはなかなか面白いですね~!」

どんな反応をするか見てみたくて言ってみたのに、してやられたのは自分の方だった。
さすがは企業のトップに立つ男。 完敗だ。

「ははは。もちろん冗談ですよ。色々慣れない環境であの子も大変だとは思いますが道明寺さんと一緒ならどこでも大丈夫でしょう。娘をお願いします」
「わかりました。ありがとうございます」
「あの・・・道明寺さん」

満足そうに微笑む司におずおずと千恵子が初めて口を挟んだ。

「どうしても聞いておきたいことがあるんですけど・・・」
「何でしょうか」
「その、お母様はこのことは・・・その・・・」

それ以上はもごもごと言葉が続かない。
その言いづらそうな様子が彼女の言いたいことを如実に表している。

「大丈夫です」
「・・・え?」

パッと顔を上げた千恵子に司が力強く頷いて見せた。

「うちの母親のことでしたら問題ありません。とっくに彼女のことは認めています」
「・・・・・・」
「ご存知の通り認めないとなればどんな手でも使う人間です。つくしさんがうちの邸で平穏に過ごせていたのはつまりはそういうことです。どうかご心配なさらずに」
「・・・・・・そう、ですか。・・・良かった」

ほぅっと息を吐きながら安堵したように笑った。それは親としての偽らざる本音だろう。

「それで一つご提案があるんですが」
「・・・?」
「いずれ私とつくしさんはNYへ行きます。期間限定とはいえしばらく日本には帰って来れませんし、できればお2人には東京に来てもらえないかと思いまして。住まいはこちらで準備させていただきますから」
「えっ!!」
「今はまだ彼女の名前を明かしてはいませんが、それも時間の問題です。そうなればどうやってもマスコミが押しかけてくることになるでしょうし、是非そうしてもらえないでしょうか」
「・・・・・・」

思いも寄らぬ提案に戸惑いを隠せないが、司が言っていることも事実そうなのだろう。
相手は普通の家柄ではない。
マスコミの注目を浴びるのはどうやっても避けられない運命だ。

「・・・ありがとうございます」
「それじゃあ」
「ですがお気持ちだけで充分です」
「え?」
「気持ちは大変ありがたく嬉しいですけど、最初から頼りっきりでは娘にあわせる顔がありませんから。娘も色々頑張ってるんです。私たちも人に頼ってばかりじゃなくて少しは自分たちの力で頑張らないと。ねっ、ママ?」
「・・・えぇ、そうですね」
「ですが・・・」

司としてはマスコミの厭らしさをこれでもかと知り尽くしているだけに放っておけない。
しかも自分と結婚することで与えてしまう苦労だ。

「大丈夫です。我が家は雑草一家ですから。ただ、どうしても困った時だけはお願いするかもしれません」

だが司が言葉を続ける前にはっきりと晴男に言われてしまった。

「・・・・・・わかりました。ではこの件は保留と言うことで。必要があればその時は上京していただきますから。そこだけはどうかご理解ください」
「・・・はい。わかりました」

立場上司が心配するのももっともなこと。
晴男はそこは素直に頷いた。




結局、それから約7ヶ月後、司が杞憂していたことが現実となった。
あの世間を賑わせた婚約報道以降、オンボロアパート周辺には連日マスコミが押しかけた。
中にはマナーの悪い連中もいて、近隣住人とトラブルになることも少なくなかった。

困り果てたときに救いの手を差し伸べたのはやはり司だった。
彼は最初からそうなることを予測していたのだろう。
だが、晴男達の考えも尊重すべきだと敢えて身を引いた。
と同時に晴男達に身をもって自覚させるつもりだったのではないか。
自分と身内になるということがどういうことなのかを。またそれを実際に肌で感じないことには納得ができないだろうからと。
全てが司の計算した通りになっていることに、もはや天晴れと拍手をしたい気分だった。


道明寺家の使いの者に連れてこられたのは都内の立派な一軒家。
晴男達が恐縮しないようにと彼としては相当小さい家を準備したようだが、それでも一般人よりは遥かに立派な家だった。セキュリティも完璧だ。
憧れ続けた玉の輿生活だというのに、どこかフワフワと足が地に着かなかった。


「全額は無理かもしれないけどさ、俺がちゃんと道明寺さんにお金返していくから」


恐縮しきりの両親に向かってそう言ったのは進だった。
それなりの大企業に内定を決めていた息子もいつの間にそんなに立派になっていたのか。
親が不甲斐ないと子がしっかり者になるというのは牧野家には当てはまりすぎるほど当たっていた。
晴男はそんな子ども達の成長にホロリと泣いた。
進に大笑いされたのは言うまでもないが。








***


「ほらっ、パパ! あの飛行機じゃない?!」
「う、うん。いよいよなんだな・・・」
「いよいよなのね・・・」

見上げた空に浮かんだ機体が少しずつ大きくなるのを見ながら、千恵子は手に持っていた鞄をギュッと握りしめた。中には1ヶ月ほど前に司から送られてきた婚姻届が入っている。
既に楓の記名がなされたそれを見たとき、震えて思わず破りそうになったほどだ。
いざ晴男が書き込むときも何度も危うく失敗するところだった。


「あっ、着陸したわよっ!」
「う、うん・・・!」


ゴーッと音を響かせて地上に降り立った機体に負けじと心臓の音がうるさく暴れ回っている。

「それじゃあ牧野様、参りましょう」
「は、はいっ・・・!」


邸の人間に促されるようにして前を見ると、最後の 「牧野つくし」 をしっかり胸に焼き付けるために2人は力強く一歩を踏み出した。






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00 : 08 : 18 | 牧野家の人々 | コメント(14) | page top
牧野家の人々 中編
2015 / 02 / 21 ( Sat )
「ほら、パパっ! もっとそっちに寄って!」
「そ、そんなこと言ってもママ、もうこれ以上行く場所がないんだよ」
「ちょっ、押すなよ父ちゃん!」
「そ、そんなこと言ったってママが」

一枚の畳の中で所狭しと3人がギュウギュウ詰めになって押し問答を繰り返す。


「あの」

「「「 は、はいっ!!! 」」」


正面に座る司のたった一言で全員のお尻が浮いた。

「や、やっぱりお茶を・・・!」
「いえ、結構ですからどうか座ってください」
「は、はいっ・・・」

どうにもこうにも落ち着かなくて立ち上がった千恵子を司が手で制止する。
止められるままに座ると、正面にいる男をあらためて見つめた。


___ 道明寺司

言わずもがな、日本一の大財閥の御曹司だ。
仮にも娘の恋人・・・・・・だった人物。
6畳一間の空間に座らせるにはあまりにも恐縮過ぎる、生きている世界の違う男。

一体彼がこんな場所に何をしに来たと言うのだろうか?
そもそも何故この場所を?
進が言うにはつくしとは別れたと言う。
仮につくしに会いに来たのなら何故わざわざこんな地方まで足を運ぶのか。

それ以前にさっきの会話を聞かれていやしまいか。
壁の薄いボロアパート、会話が筒抜けでもなんの不思議もない。
今思えばとんでもないことを話していたと、さっきから生きた心地がしない。


「まずは」
「は、はいィっ!!」

思わず声が裏返った千恵子に司が少しだけ驚いた顔をしたが、真面目な表情のまま言葉を続けていく。

「こんな時間に連絡もなしに突然押しかけてしまったことをお許しください」
「い、いやっ・・・そんな! 頭など下げないでください! うちはぜーーーんぜん気にしてませんから! ねっ?」

千恵子の問いかけに晴男と進がブンブンと首を縦に振りまくる。

「・・・ありがとうございます。それで、今日はお願いがあって参りました」
「は、はい・・・」

身分の違う男がこんな貧乏人に一体なんのお願いがあるというのか。
よもや貧乏生活を体験してみたいなんてお願いが出てくるわけでもあるまいに。
あまりにも真剣な司の様子に3人がゴクッと大きな音をたてて唾を飲み込んだ。


「つくしさんをうちで預からせていただけないでしょうか」


「・・・え?」
「つくしさんをうちの邸へ連れて行きたいんです」
「そ、それは・・・」

思いも寄らないお願いに3人が顔を見合わせる。

「彼女の事故の原因は私にあります」
「えっ?!」

そんなばかな。
事故が起こったとき彼は遥か遠くの空の下にいたはず。

3人の考えていることがわかったのか、司は首を横に振る。

「いえ、私のせいです。うちの会社のゴタゴタがあって以降、つくしさんには我慢ばかりさせてきました。彼女があんなに辛い目にあっていることも私は知らず・・・本当に申し訳なく思っています」

膝の上に置かれた拳がギリッと握りしめられる。

「そ、そんなっ、事故は誰のせいでもありませんからっ! 不注意だったつくしにも非があるんです。・・・ただ、今つくしは花沢さんのお邸で・・・」
「わかっています。類にも彼女にも話をした上で連れて行くつもりです。ですから許可していただけませんか」
「・・・・・・」

何と言えばいいのか。
すぐにはイエスともノーとも言えずに晴男と千恵子が顔を見合わせた。


「・・・・・・それでどうするつもりですか?」


「・・・進?」

何も言えずにいる両親の代わりに口を開いたのは進だった。
その言葉に司の視線が真っ直ぐに自分に向かってきて思わずその場から逃げ出したくなる。
だがグッと全身に力を入れて自分を奮い立たせると、負けじと司を真っ直ぐに射貫いて言葉を続けた。

「ねーちゃんを連れて行って・・・それでどうしたいんですか?」
「・・・弟?」
「こんなこと俺が言うのはあれですけど・・・・・・ねーちゃんとは、別れたんじゃないんですか?」

その言葉に司の目が大きく見開かれる。
ここに来て初めて表情が変わった瞬間だ。

「す、すいません・・・。でも、ねーちゃんが道明寺さんとはもう会わないって言ってたから、だから俺・・・。大怪我して記憶までなくして、多分今は現実を受け止めるだけで必死なんじゃないかと思うんです。類さんのことだって何も覚えてはなかった。時間をかけて最近になってようやく落ち着いてきたのに、道明寺さんのところに行ってまた環境が変わるなんて・・・」
「・・・・・・」
「それに、もし本当に2人が別れたのだとすれば、いくら記憶がないからってねーちゃんを道明寺さんのところに連れて行っていいのか。俺たちには判断できないんです。それでねーちゃんがまた傷つくようなことがあったら、俺・・・。 ・・・すいません、こんなこと言って」
「進・・・」

そのまま黙り込んでしまった進に誰も言葉を続けることができない。
司も黙って進の話を聞いていたが、しばらく何かを考えるとゆっくりと口を開いた。

「弟」
「・・・え?」
「俺はお前の姉貴と別れてなんかいねーぞ」
「・・・えっ?!」

驚いて顔を上げた進にニッと不敵な笑みを見せる。

「あいつがお前に何を言ったか知らねーけどな、俺はあいつと別れてなんかいねーし、一度たりとも別れようだなんて思ったこともねぇ」
「・・・・・・」
「だがあいつにそんなことを言わせたのは他でもない俺の責任だ。俺が不甲斐ないせいであいつを追い込んだ。そこは否定しない。おまけにてめぇの知らないところであんな怪我までさせて・・・」

ギリッと握りしめた拳に血管が浮き上がる。

「俺はあいつに言ったんだ」
「え?」
「地獄の果てまでお前を追いかけるってな」
「・・・・・・」

過激なセリフに思わず進の口がポカンと開く。

「俺が今まで死に物狂いでやってきたのは何のためだ? 全てお前の姉貴と一緒になるためだ。あいつの記憶がなかろうとそんなことは関係ねぇ。俺たちはな、そういう表面的なところで繋がってるんじゃねぇんだよ」
「表面的・・・?」
「あぁ。俺だって昔、瀕死の状態に陥って記憶喪失にもなった。それでも魂はあいつを求めてた。あいつだけを。お前の姉貴だって今俺を求めてるに違いねぇんだ。薄暗い闇の底で何かを掴もうとして掴めずにもがき苦しんでる、そういう状況なんだよ」
「・・・・・・」
「そんなあいつを俺が引き上げなくてどうする? ・・・まぁ仮に記憶が戻らねーとしても俺は構わないけどな」
「えっ?!」

驚きの声を上げた進にフッと笑った。

「記憶がねーならまたそこから始めていけばいいだけだろ」
「始める・・・?」
「あぁ。魂が求めるものが一つしかないなら、記憶があるかないかなんて関係ねぇんだよ」
「・・・・・・」

その自信は一体どこからやって来るというのか。
少しだって躊躇うことなく言い切る司に進も必死で言葉を探す。

「・・・・・・婚約者がいるって噂は・・・」
「婚約者?」

ぽつりと呟いた言葉に司の眉尻がピクッと上がった。

「し、週刊誌で見たんです。婚約者だって女性を・・・」
「弟」
「は、はいっ!!」

鉄槌が下されると思った進の体が飛び上がった。

「お前は週刊誌の戯れ言と俺の言葉とどっちを信じるんだよ?」
「・・・え・・・?」

恐る恐る視線を上げていくと、予想に反して司の表情は怒っていなかった。
・・・むしろ笑っている。
自信に満ち溢れたオーラを全身から出しながら。

その姿を見ていたら、それ以上余計な言葉など必要ないと思えてくるから不思議だ。


「・・・・・・道明寺さんです」


それは無意識に出た言葉だった。
何も考えずに口を突いて出ていた。
その言葉に司がニッと口角を上げると、そのまま視線を両親へと移した。
目が合った瞬間、2人が思わず姿勢を正す。

「お父さん、お母さん。今話したとおり私の気持ちはあの時と何一つ変わっていません。どうかつくしさんを私に任せていただけないでしょうか」
「道明寺さん・・・」
「全力で彼女を守ることを誓います」

「・・・・・・」
「・・・・・・パパ・・・」

しばし沈黙が続き千恵子が晴男をチラリと見る。


「・・・・・・道明寺さん」
「はい」
「・・・何とぞ、娘をよろしくお願いします」

たったそれだけを口にすると、晴男は司に向かって深々と頭を下げた。
それを見た千恵子と進も慌てて後に続く。

「・・・ありがとうございます。必ず彼女が心から笑えるようにするとお約束します」
「・・・はい。どうか、どうかお願いします・・・!」
「パパ・・・!」

最後は震えて声にならない晴男の背中に千恵子が手を回した。
司はそんな2人を見届けると再び視線を進に戻す。目が合った瞬間進が明らかにドキッとしたのがわかった。

「・・・弟。 ・・・いや、お前の名前は確か進だったか?」
「はい、そうです」
「じゃあ進」
「・・・! はい」

「いいか、覚えておけ。お前の姉貴を幸せにできるのはこの俺しかいねぇし、この俺を幸せにできるのもお前の姉貴しかいねぇ」
「・・・・・・!」
「どんなことがあってもその真実は揺るがねぇんだよ。だから余計な雑音に惑わされんじゃねぇ。 ・・・わかったか?」
「・・・・・・っ、は、はいっ!」
「・・・よし」

進の返事に満足そうに頷くと、司は静かに立ち上がった。
それを見た3人も慌てて立ち上がる。

「お帰りになられるんですか?」
「はい。今日はこんな遅くに失礼しました。日中はなかなか時間が取れないのでこんな時間になってしまい申し訳なく思ってます」
「いえっ! 本当にお気になさらないでください。道明寺さんがお忙しいのはつくしからもよく聞いておりますから」

どんなことでもつくしの口から自分の話がされていたと聞かされ司の口元が自然と緩む。
だがそれもほんの一瞬のことで、晴男達がそれに気付く前にはもういつもの精悍な顔つきに戻っていた。

「ではつくしさんは近いうちにうちの邸に移ってもらうように手配します」
「よろしくお願いします。皆さんにはお世話になりっぱなしで本当に申し訳ない・・・」
「いえ、当然のことをするまでです。それこそ一切気になさらないでください。むしろ私としてはお礼を言いたいくらいです」
「お礼・・・ですか?」

予想外の言葉に晴男がポカンと首を傾げる。

「どんな理由であれ彼女と同じ空間で過ごせることは私にとってはこれ以上ない幸せですから」
「あ・・・あははは、そうですか。いやはや参りました」

娘の父親を前にしても堂々と言ってのける司の潔さに晴男も笑うしかない。
元々何一つ敵うところなどないのはわかっていたが、まさに天晴れな男だ。

「つくしさんの近況についてはうちの人間が逐一ご報告にあがります。それから私の個人的な連絡先はこちらになります」
「え・・・」

胸ポケットから出された名刺を受け取った晴男の手が震えている。
道明寺ホールディングス副社長の名刺を自分がもらうことがあろうとは。しかもそこには手書きでプライベートな連絡先も書かれている。こんなことが現実に起こっていいのだろうか。

「下に書いてあるのは私の秘書西田の連絡先になります。私が無理でも彼なら連絡がつくはずですから、状況によってはそちらへどうぞ。それから社の方にも皆さんからの連絡は繋ぐように伝えておきますから。遠慮される必要はありません」
「は、はぁ・・・」

一体どんなVIPになったというのだろうか。
司からの言葉が夢かうつつかわからなくなってきた。

一通り説明を終えると、司はあらためて3人を一瞥した後に一礼した。

「私の我が儘に快く理解くださったことに心から感謝します。彼女のことはどうかご心配なさらずに。うちで手厚くお世話させていただきますから」
「い、いえっ、お礼を言うのはこちらの方ですからっ・・・!」

頭を下げた司に3人ともどうしていいかわからずにあわあわするしかない。
とはいえ頭を下げてもなお司の方が視線が上にあるのが悲しいところなのだが。

「では今日はこれで失礼させていただきます。夜分遅くに失礼しました」
「はっ、いえ、こちらこそ何のお構いもできずに申し訳ありませんでした!」
「いえ、完全にこちらの都合で動いたことです。一切お気になされませんように」
「は、はい・・・」

最後までどこか心あらずな3人にフッと微笑むと、司は玄関へと移動した。
司の長い足ではものの数歩で辿り着いてしまうほど狭い空間。
くたびれた靴の中にピカピカと黒光りした明らかに場違いな革靴が威風堂々と並んでいる。
颯爽とその靴を履くと、司はドアを開けた。

「・・・あ」
「え?」

だが体半分がドアから出たところで何かを思い出したように振り返った。

「言い忘れてましたが、つくしさんの怪我が完治し次第プロポーズするつもりでいます。彼女の記憶の有無は関係ありません」

「・・・えっ?」

「彼女がそれを受け入れてくれた暁にはあらためてご挨拶に伺いますので。取り急ぎ今日はご報告まで。・・・では失礼致します」

突然の言葉に呆然とする3人にフッと表情を緩めると、最後に軽く頭を下げて今度こそ司は外に出て行ってしまった。コツンコツンと階段を下りていく革靴の音が少しずつ小さくなっていく。
やがて扉が閉まる音が響くと、音だけでも高級だとわかるエンジン音が徐々に遠ざかっていった。




「・・・・・・・・・今、誰が来てたんだっけ・・・?」
「・・・・・・・・道明寺、司さん・・・・・・」
「・・・・・のソックリさんじゃなくて・・・?」
「・・・・・・・・・いや、多分、本物・・・・・・」
「・・・・・・・・その道明寺様はさっき何ておっしゃってた・・・?」
「・・・・・・・・・・ねーちゃんに・・・プロポーズするって・・・・・・」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」





「「「 プッ、プロポーーーーズっっっっっっっ????!!! 」」」





綺麗な音色でハモった絶叫は、夜のおんぼろアパートにこれでもかと響き渡った。





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牧野家の人々 前編
2015 / 02 / 20 ( Fri )
ピンポンピンポンピンポーーーーーン!!

けたたましく鳴り響いたインターホンの音に手にしていたお椀が思わず手から滑り落ちた。

「あぁっ! 貴重な味噌汁が・・・!」
「いいから早く拭いて拭いて! ・・・にしてもこんな朝早くに一体誰かしらねぇ?」

台ふきを手渡すとよっこいしょと立ち上がり玄関へと移動する。
今現在朝の7時。
人が訪問してくるには非常識な時間帯と言えるだろう。

「どちらさまです___ 」
「牧野さんっ!! 大変よっ!!」
「わぁっ?! びっっっくりした・・・。早川さん、こんな朝早くに一体どうし・・・」
「そんなことはいいから! テレビ見てないの?!」
「テ、テレビ・・・?!」

ボンビーまっしぐら。朝からテレビなんて余程のことでないとつけられるはずもなく。

「あぁ、もうじれったいわね! ちょっとお邪魔するわよっ!」

そう言うと早川は許可も取らずにズカズカと室内へと上がっていく。
突然入って来た隣人に必死で床を拭いていた晴男が呆気にとられているが、早川はそんなことなどお構いなしにテレビのリモコンを掴んでスイッチを入れた。

「早川さん、一体どうし・・・」
「いいからほらっ! 今日のトップニュース見なさいな!」
「えっ・・・?」

早川の指差した画面を晴男と千恵子が覗き込むようにして眺める。
・・・と、そこに写っている映像にたちまち目を丸くした。

「こ、これは・・・・・・!」
「これって牧野さんのところの娘さんじゃないの?! やけに綺麗な格好してるから一瞬わからなかったけど、この人が牧野つくしさんって言ってたから間違いないわよね?!」
「えっ、えぇ・・・うちの娘に間違いありません・・・」

呆然としたように千恵子が呟くと早川が黄色い声を上げた。

「まぁーーーーっ!! やっぱり!! お宅の娘さん、とんでもない人と結婚するのねぇ~~!! 朝からこのニュースで持ちきりよぉ~~!!」
「は、はぁ・・・」

小さな画面に映し出されているのは紛う事なき我が娘。
普段の姿からは想像もつかないような綺麗な格好をしていて、親でなければ一瞬わからないのは当然のことだろう。
その娘の隣に立っているのは他でもない、かの道明寺司本人で、堂々と婚約宣言をしているではないか。
しかも娘を抱きしめたかと思えば続いて濃厚な接吻シーンまで映し出され、見ればその一連のシーンが何度も何度も繰り返し放送されていた。
これは全国放送だ。
画面左上には 『 平成のシンデレラ誕生!! 』 とデカデカと書かれている。

それから、早川がしばらくの間なんだかんだと大興奮で喋っていたが、晴男も千恵子もただ画面に釘付けになるばかりで会話らしい会話は成立しなかった。
一通り騒いで気が済んだのか、それからほどなくして早川は帰っていった。


「パ、パパ・・・・・・」
「マ、ママ・・・・・・」
「と、とうとう来たのね・・・?」
「と、とうとう来たんだな・・・?」


しばし呆然とした後、同じ動作でゆっくりと向き合う。
見つめ合ったままぷるぷると体が震えていたが・・・

「や・・・」



「「やっったあああああああああああああああああああ!!!!」」



まるでタイミングを合わせたようにひしっと抱き合うと、玉の輿だーーーっ!! と叫びながら2人歓喜の渦に包まれていった。









遡ること1年ほど前___


不況の煽りで東北で生活していた晴男と千恵子の元に一本の電話が入った。
それはつくしが交通事故に遭って重傷を負い、さらには記憶喪失になったというものだった。
信じ難い連絡に慌てて上京すると、思わず目を逸らしたくなるほど痛々しい娘の姿があった。

つきっきりで介護が必要なことは誰の目にも明らかだった。
進は都内の大学に通ってはいるが、そろそろ就職活動が始まること、また異性である進には全てのお世話は無理だということ。相談の結果、当初千恵子だけ上京してきてつくしの看病にあたるつもりだった。
だがそれを止めたのが類だ。

彼が言うには無条件で全ての面倒を見てくれると言うではないか。
事故に遭ったときに一緒にいたことで相当な責任を感じているようだった。
当然彼は何一つ悪くなどない。
有難いと思う一方で、さすがに重傷を負った娘を人任せにすることはできない。
玉の輿願望の強い千恵子達と言えど、今回ばかりは丁重にお断りしたのだが・・・
類は決して譲ろうとはしなかった。

結局厚意に甘えさせてもらうことにした2人の元には、類の邸の人間から逐一つくしの様子についての報告が来る生活がそれから数ヶ月続いた。




「なんつーかさ、類さんってもしかしてねーちゃんのこと好きなのかな?」
「えっ!!!」

休みを利用して東北へ様子を見に来ていた進がポツリと呟いた。
内職をしていた千恵子の手が思わず止まる。

「だってさ、普通に考えたらそう思うんじゃないの? いくらねーちゃんと友達だって言ってもあそこまでする?」
「そ、それは確かにそうよね・・・」

いくら友人と言えど。
いくらお金持ちの御曹司と言えど。
何とも思ってない相手を邸に住まわせてまで面倒を見ることは普通なら考えられない。

「俺、前から思ってたんだよね」
「何を・・・?」
「類さんがねーちゃんのこと好きなんじゃないかって」
「そっ、それは本当なのか?!」

風呂上がりの晴男がパンツ一丁で進に食い付く。

「っていうか父ちゃんシャツ着ろよ! ・・・いや、まぁわかんないけどさ。類さんって簡単に心を開くような人じゃないじゃん。でもねーちゃんにだけは昔っから違ったっていうか・・・。少なくとも事故の責任感だけであそこまでやる人じゃないなって」
「確かに・・・」

晴男がやっとシャツを着てうんうんと頷く。

「でも道明寺さんとはどうなってるの?」

それは千恵子がずっと気になっていたが聞けずにいたことだった。
司と恋人同士だということは間違いなさそうだったが、もともとつくしは自分の事をペラペラ話すような性格ではない。
とはいえ、こちらから聞けばチラチラとそれらしい話をしてくれてはいた。

だがここ2年ほどは司の話題がパッタリと出なくなっていた。
何度かそれとなく話を振ったが、いずれも司には触れずにさらっと流されてしまった。
それ以降、聞きたくても聞けないでいる、それが現状だったのだ。
そこに来て今回の事故、そして類の過度なまでの世話の焼き方。
一体どうなってるんだと気になって気になってしょうがなかった。


「・・・別れたっぽいよ」
「・・・えっ?!」
「俺、1年前くらいにねーちゃんの家に行ったときに聞いたんだよ。道明寺さんは元気?って。そしたらもう会わないからわかんないって。それって別れたって事だろ? なんか、あまりにもさらっと言ったから俺、それ以上は聞けなくてさ」
「そ、そうなのか?」
「うん」

進の言葉に室内がシーーーンと静まりかえる。

「で、でもほら、花沢さんがいるじゃないか! ねぇママ?」
「えっ? ・・・えぇ、そうね。つくしが幸せになれるならどちらでもいいわよね」
「そうそう! しかもどっちもいい男、しかも玉の輿間違いナシ!」
「あらやだ、パパったらぁ~!」

沈みがちな空気を盛り上げようと2人がアハハと大袈裟なくらいに笑い飛ばす。


「・・・今度こそうまくいくと思ってたのになぁ。 ・・・道明寺さんと」

「・・・・・・・・・」


だが進の放った言葉に再び沈黙が戻って来てしまった。

「俺、類さんのことも大好きなんだよ。もちろん道明寺さんも。・・・でもやっぱねーちゃんには道明寺さんが一番あってるんじゃないかと思うんだよね。アメリカに行く前に俺言われたんだ。俺がいない間姉貴がフラフラしないように見張ってろよって。だから道明寺さんが心変わりするとは思えないし、それはねーちゃんだって・・・」
「・・・・・・」

「道明寺さんの会社、少し前に大変なことになってたみたいだから、やっぱそういうのも関係してんのかな。婚約者の噂とかも週刊誌で見たし・・・」

進の一言一言に、千恵子も晴男も黙り込むばかりで何も言えない。

「・・・でもまぁ類さんもねーちゃんのことすげぇ大切にしてくれてるからね。・・・それに、記憶がないのならある意味では余計なことを考えなくていいのかな・・・」

もしそこに辛い記憶があるのならば尚更のこと。

「そっ、そうよ! あんなに良くしてくれる人なんてそういないわよ」
「そうだな。俺たちがここでなんだかんだ言ったってつくしが決めることなんだから」
「うんうん、そうよね。そうだわっ!」
「それにほら、どっちにしたって玉の輿であることに変わりはないじゃないか」
「あらやだっ、パパったらもう~~!!」

わざと明るく振る舞うようにおちゃらけてみせる晴男の背中を千恵子がバシッと叩いた。

その時。



ピンポーーーーーーーン



狭い室内に鳴り響いた音に3人が顔を見合わせた。

「・・・誰? こんな夜遅くに」

時計を見ればもう夜の10時。
こんな時間に来訪者など普通は考えられない。


ピンポーーーーーーーン


だが考えている間にもインターホンが再びその音を響かせた。

「・・・まさかつくしに何かあったとか?」

千恵子の言葉に全員がハッとすると進が慌てて立ち上がった。

「俺が出る」

急ぎ足で玄関まで移動すると、覗き穴も見ずに勢いよくドアを開けた。


「・・・えっ・・・?!」


玄関から聞こえてきた声に千恵子と晴男が部屋から顔を覗かせる。

「進、どうしたの? 誰だったの?!」

「あ・・・・・・・・・」

だが進は口を開けて驚愕したまま何も答えようとはしない。
一体どうしたというのだろうか。

「ちょっと進、一体何が・・・・・・」


コツン・・・


痺れをきらした千恵子が一歩足を踏み出したのと同時に、高質な靴の音が室内に響いた。

「・・・・・・えっ?!」

正面を見た千恵子もまた進と同じように固まる。
1人残された晴男がどうしたもんだと千恵子の後ろから顔を出した時だった。


「ご無沙汰しています。夜分遅くに申し訳ありません」

「・・え・・・あ、あな、あなたは・・・・・・!」

2人に続いて晴男もそれ以上の言葉を無くしてしまった。



「大事なお話があるんです。聞いていただけませんか」



驚き腰を抜かす3人を前に、6年ぶりに突如現れた男が言った。
その男は高級な黒いコートを身に纏い、昔と変わらぬ堂々たる風格を醸しだしている。
・・・いや、6年前など比較にならないほど大人になった姿がそこにはあった。



「ど、道明寺さん・・・・・・!」






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なんだか昨日の拍手が凄いことになっていてただただびっくりしています( ゜Д゜;)
本当なら今日はお休みをもらう気満々だったのですが、皆さんの気持ちが嬉しくて頑張って書いちゃいました。なんとかギリギリで間に合いました(^_^;) 予告通り、つくしの知らない司と牧野ファミリーのお話になります。
昨日いただいたコメントで、「婚姻届を出しに行ったけど何かしら失敗して結局出せない話」とか、「やる気満々で邸に帰ったら当然の如くF3達が来ていてやり損ねる」など、皆さんどんだけドSやねんと言わんばかりのリクエストが多数ありました(笑)
全部書きたいところですが・・・さすがに全部はムリ(笑)
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