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幸せの果実 6
2015 / 03 / 22 ( Sun )
「う、うぅっ・・・」
「ぱ、パパっ! しっかりしてっ!!」
「う、ぅうんっ・・・」

何とも頼りない返事に自分まで膝から崩れ落ちそうになるが、ヒールごと踏ん張るとつくしは最後の気合を入れた。


「では扉が開きます」


スタッフの声と同時に目の前の扉がゆっくりと開いていく。
開いた隙間から直視できないほどの眩しい光があっという間に2人を包み込んだ。
それと同時に聞こえてくる音楽とそれを掻き消さんばかりの盛大な拍手。

「どうぞ、お進みください」

そう声を掛けられても隣に立つ晴男は完全にフリーズしてしまっている。
目の前の光景を見ればそれも仕方のないことだ。
だがいつまでもここに突っ立っているわけにもいかない。
つくしが組んでいた腕をくいっと動かすと、我に返ったように晴男がこちらを見た。
大丈夫という意思を込めて頷くと、晴男もゴクッと唾を飲み込んで大きく頷いた。

そして前を向いてゆっくりと歩き始める。

愛する者が待つその場所へと・・・



会場内に足を踏み入れた途端、先程までとは比べものにならないほど無数の拍手と歓声が沸き上がった。
スポットライトを浴びたからくり人形のような父親とその隣に立つ娘。
真っ白なウエディングドレスに身を包んだつくしの姿はおびただしい光の帯に負けないほどに美しく輝いていた。

「おめでとうー!!」
「つくしー! 綺麗だよーーーっ!!」

数え切れないほど飛んでくる祝福の言葉の中でも、不思議と滋の声だけははっきりと認識できてしまう自分が可笑しくてたまらない。笑いそうなのを必死で堪えていたら、なんだかガッチガチになっていた緊張まで一緒に解れていってしまった。
そうすると不思議なくらいに周囲が見えるようになる。
笑顔でこちらを見て拍手している人、人、人。
その一人一人の顔が鮮明に見える。


____ そして、花道の中央で威風堂々と待ち構える我が夫。


その顔は憎たらしいくらいに余裕があって、同時にそれがとても誇らしくて。
目が合った瞬間、この上なく幸せそうに笑う顔を見てしまったら・・・
もう自分でもどんな顔になっているのかわからないくらい笑ってしまっていた。

ゆっくりと、一歩ずつ、確実に大きくなる互いの姿をずっと見つめ合う。
やがてすぐ目の前まで辿り着くと、その歩み止めた。
司の視線がつくしの隣に移される。
尚もガチガチながらも既に目が赤くなっている花嫁の父と正面から向き合うと、ゆっくりと頭を下げた。晴男の方が遥かに小さいのに、不思議と今は彼の方が大きく見えてしまうのが不思議だった。
司が誰かに対してここまで頭を下げる姿を見たことがある人間が果たしているのだろうか。
その姿に、夫婦になるということの責任の重さをあらためて感じた。

「司君、あらためてつくしをよろしくお願いします」

初めて晴男の口から出た 『 司君 』 という言葉にハッとする。
これまでどんなときだって恐縮して下の名前で呼んだことなどなかったというのに。
そう言って司を見つめる父の顔は今までで一番凜々しく見えた。

「もちろんです。私が幸せでいる限り娘さんはずっと幸せです。つまりは死ぬまで・・・死んでも幸せ者ですよ」

そう言って司が笑うと、晴男にとっては少し予想外の切り返しだったのだろうか、一瞬呆気にとられた後ハハッと心から笑って見せた。

「そうだったね。安心して娘を託します。 ・・・じゃあ、つくし」
「う、うん」

組んでいた晴男の腕がするりと引き抜かれていく。
なんだか穴が開いたようにぽっかりと寂しさを感じたのも束の間、さっきよりも一回り大きな体が近づいてくると、すぐにその隙間を埋めるようにつくしの腕に絡まった。
顔を上げれば相変わらず自信満々、この世に怖い物は何もないと言わんばかりのオーラに満ち溢れた男が笑っている。・・・この上なく優しい笑顔で。
その手には真新しい指輪が輝いていて、触れた場所から全身に燃え上がるような熱が伝わっていくのがわかる。
それは最後に心臓に辿り着いて、つくしの鼓動をもっとうるさくしていった。

「 行くぞ 」
「 ・・・うんっ! 」

たった一言がつくしの体の奥から信じられないほどの力を漲らせていく。
大きく被りを振ったつくしにフッと笑うと、司は軽く頷いて真っ正面を見据えて歩き始めた。
その瞬間至る所からフラッシュがたかれ、あっという間に2人を包み込んでいく。
それは今までのどの瞬間よりも凄まじいもので、とてもじゃないが目を開けていられないほどに辺り一面が真っ白に染まった。
それでも、愛する者に支えられながら、支えながら歩んでいく一歩はとても頼もしくて、怖いだなんて何一つ感じなかった。

ただ真っ直ぐに、目指す場所へ2人共に進んでいくだけ _____


そんな2人の様子を、後ろから晴男が号泣しながら見ていたのを知ったのは・・・また後日の話。










日本を代表する財閥の御曹司の披露宴とあって、その規模は凄まじいものだった。
披露宴だけでも招待客は400人超。
しかもその中身がまた凄かった。
大物政治家からありとあらゆる企業のトップ、引いては芸能人まで。
新聞かテレビの中でしかお目見えできないような著名人が半数以上を占めていた。
その光景は異様であり圧巻だった。

会場内は祝いの場でもあり、ある意味ビジネスの場でもあった。
これだけの大物が一堂に会する場など望んだところでそうあるはずもなく。それぞれがまたとないこの機会を最大限に活かそうと、そこかしこに足を運んでビジネスチャンスをうかがっている。
そういう点も鑑みて式次第は至って真面目な流れで進められていった。

とはいえそこは司とつくしだ。
いくら真面目にやろうとも、出会いから2人が恋に落ちるまでは笑いなしには語れなかった。
親友達の口から語られるそれは、司が恋に落ちた瞬間からターミネーターのようにつくしを追いかけ回すところ、そしてつくしに当初は毛嫌いされていたところまで事細かに再現されていった。
世紀の大シンデレラストーリーは実は司の方が夢中になっていたのだという事実に、初めてそれを知る人間からは驚きの声が上がった。

蒼々たるメンバーが目をキラキラ輝かせながら彼女の魅力を語る。
その姿は何故道明寺司という男が牧野つくしという一見普通の女性にこんなにも心を囚われたのか、その理由がこれでもかと詰め込まれていた。
実際、彼女とは初対面だという人間が大半だったが、それでも初めて会ったような気がしない。
つくしの笑顔を見ていると、不思議とその場にいる人間をそんな気持ちにさせた。

そして幾多もの困難を乗り越えてようやく辿り着いた今日という日に、その場は感動の渦に包まれていった。



つくしの緊張もよそに、あっという間に終わりの時間を迎えた。
というか、次から次にやってくる人に笑顔で対応しているうちに終わりに近づいていたと言った方が正しいのかもしれない。

クライマックスの始まりはつくしから両親への感謝を含めた挨拶だ。
再び緊張に襲われたつくしの背中をしっかりと支えるように司が手を回すと、つくしは大きく深呼吸をして後ろに立つ両親に向かって語り始めた。
手紙は持っていない。 全て彼女がその場で紡ぎ出す生身の言葉だ。

「お父さん、お母さん。・・・やっぱりありのままで言わせてください。 パパ、ママ。今日という日を迎えられたのは2人がいてくれてこそです。本当にありがとう。こんな立場の男性と結婚することになるなんて、私が描いていたどの未来予想図にもありませんでした。玉の輿を夢見るママが起こした行動で、まさかこんな未来が待っているなんて・・・本当にびっくりです。
正直、あの頃はどうしてこんな目に・・・と毎日のように思ってました。身の丈に合わない学生生活はストレスで、何度やめてしまおうと思ったかわからない。司さんに出会った頃もそれは変わらなくて、むしろその思いは強くなっていったくらいです」

その言葉に会場内からクスッと笑い声が漏れる。

「でも・・・気が付けば彼が私の心の中にいた。どんなに抗おうともそれは消すことのできない事実で、素直じゃない私はそれを認めるまでに本当に時間がかかりました。
大富豪とド貧乏。誰がどう考えたってうまくいくはずがない。その思いは私も同じでした。でも、彼がその壁を越えて何の躊躇いもなくこっちの世界に来ようとしてくれたときに思ったんです。何事も諦めた時点で終わりだって。
私が自分を誇れるとするならば、それは絶対に何事にも屈しないという強い意志だと思っています。それは貧しいながらも明るく前向きな家庭を築いてくれたパパとママが私に与えてくれたものです。たとえ貧乏でも幸せになれる。2人が教えてくれたことです。
大切なことは相手を思う気持ち。温かい家庭を作りたいという想い。いつの間にか、彼とそんな未来をつくっていきたいと思っている自分がいました。ここに辿り着くまでには本当に色んな事があった。本当に・・・」

そこまで話すとつくしは一旦言葉を切った。
思い出して色々と込み上げてくるものがあったのだろう。
回された手が優しくつくしの背中を撫でると、溢れそうになっていた涙が逆にすーっと消えて行く。
つくしは司をあらためて見上げると、同じタイミングで頷き合い再びゆっくりと口を開いた。

「でも、そんないい時も悪いときも知っている私たちだからこそ、これから先は何があっても大丈夫だって胸を張って言えます。道明寺家の人間として自分に何ができるのかはわからない。それでも、一人の人間として真摯に彼と向き合い、家と向き合い、そうして2人にしかつくれない家庭をつくっていきたい。 『ここに雑草魂あり!』 そう言われるような自分でいたい。
最後になりましたが・・・私を認めてくださったお義母様、いつも心の支えになってくれたかけがえのない友人達、タマさん、西田さん、おねえさん、・・・そしてパパ、ママ、進。 変わらない私をこれからもよろしくお願いします」


つくしは泣かなかった。
ここまで節目という節目で涙腺が崩壊し続けていたつくしだったが、この時だけは泣かなかった。

___ 泣かないと決めていた。

道明寺つくしとして、最後まで笑顔で自分の言葉を伝えると決めていた。
そんなつくしの想いが届いたのか、すぐに万感の拍手が会場中を包み込んでいく。
そのことで思わず涙が零れそうになったが、正面にいる両親のむせび泣く姿を見た瞬間、それは大爆笑に変わった。



『それでは親族を代表して道明寺楓様、そして最後に司様からのご挨拶をお願い致します』


涙と笑顔に溢れていた会場中が、マイクの前に立った楓を見て一瞬で静まりかえる。
その光景に、司もつくしも彼女のこれまでの歴史を感じた。
これが道明寺楓という人間を象徴する瞬間なのだと。



「本日はお忙しい中皆様にこうして息子の晴れ舞台にお越しいただきましたこと、心より感謝申し上げます。夫が急逝してからこれまで、我が社が窮地に立たされたこともありました。ですが今こうして皆様の前に変わらず立つことができていること、それはひとえに皆様方のお力添えがあってこそだと痛切に感じております。御陰様で長男である司もこのように人生の伴侶を得、一つの大きな区切りを迎えたことを実感しています。
・・・この場を借りて皆様にご報告があります。我が息子、道明寺司は、この4月より道明寺ホールディングス日本支社の社長に就任することをここでお知らせ致します」

その言葉に一瞬にして会場がどよめきに包まれた。
それは当の本人達も例外ではない。

「はっ・・・? ババァの奴、一体何言ってやがる?!」
「・・・・・・」

寝耳に水の事態に司は驚きとも怒りともとれる顔に、つくしに至ってはただただ口を開けたまま。

「このことは本人にも初めて伝えることです。少し前からずっと考えていたことでした。今の彼なら大丈夫だと社長である私が判断し、このタイミングがベストだと結論づけました。日本、及びアジアでの経営権は全て彼に一任します。 それに伴ってもう一つ。妻であるつくしさんにはこれから彼の第二秘書として我が社に入ってもらいます」

「えっ?!」

更なる予想外の事態に顎が外れそうなほど、目玉が零れ落ちそうなほど驚き固まる。

「誤解なきように言っておきたいことですが、これは彼女が妻だからという理由ではありません。
1人の人間として、社会人として、彼女が彼に就くことは我が社にとってこの上なく成長をもたらすと社長という立場で判断したことです。決して公私混同することない彼女ならば、その立場をわきまえ、秘書として、妻として彼を支えていってくれると確信してのこと。経営者としてこの判断に間違いはないと確信しています。今後とも我が道明寺ホールディングスをよろしくお願い致します。
私からは以上です。 皆様、本日は誠にありがとうございました」


「お・・・お義母さま・・・」

頭を下げた楓がつくし達を見ることはない。
真っ直ぐに前を捉えたまま、凜とした姿勢を崩さない。
その佇まいに、あれだけ我慢できていた涙がぶわっと込み上がってきてしまった。
司はそんなつくしの腰に手を回して自分に引き寄せると、楓と入れ替わる形でマイクの前に立った。


「皆様、本日は私共のためにお忙しい時間を割いてお集まりいただきましたこと、心より御礼申し上げます。社長からの突然の発表に私自身も驚いているのが正直なところではありますが・・・私としては覚悟はとっくにできていましたし、指名を受けたからには全身全霊職務に全うしていく所存です。まだ力不足は否めませんが、皆様方のお力添えを承りながら今後も精進して参ります。
・・・私がこのような考えに至るようになったのも、全ては彼女に出逢えたから。彼女との出会いは私にとって奇跡であり、運命でした。今の私も、これからの私も、そしてこれからの道明寺財閥も、全ては彼女と共にあります。幾度の苦しみを乗り越えてきた私たちにはもう恐れるものはありません。死が2人を分かとうとも私は彼女を手放しはしない。たとえ地獄の果てまででも彼女と共に。
彼女は私の全てです。
こんな私たちを今後とも末永くよろしくお願い致します。本日は誠にありがとうございました」



シーーーーーーンと会場が静まりかえる。
それほどまでに司の最後の言葉が強烈にインパクトを与えた。


パチ、パチ・・・・・・


「ワーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!!」

だがどこからともなく拍手が聞こえると、一瞬にして現実に引き戻されるように割れんばかりの歓声と拍手が湧き上がった。

これまで気丈に振る舞っていたつくしも、いつの間にか完全に涙腺が崩壊している。
司はそんなつくしの顔を引き寄せると、400人の招待客の前でつくしの額にチュッと唇を落とした。
その瞬間さらに会場のボルテージが上がる。
その熱気は凄まじく、まるで世界中の人間が2人を祝福してくれているかのようだった。




そんな2人を、椿が、タマが、西田が、類が、総二郎が、あきらが、滋が、桜子が、優紀が、全ての愛すべき人々が、万感の思いを胸に心からの笑顔で見守っていた ______






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20万ヒット企画のアンケート
2015 / 03 / 21 ( Sat )
*通常のお話はこの記事の下に表示されていますので見落としがありませんよう。

いつもご訪問くださっている皆様、有難うございます(o^^o)
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愛が聞こえる 16
2015 / 03 / 21 ( Sat )
主が姿を現したのは月が空高く浮かんですっかり邸も静まりかえった頃だった。


「お帰りなさいませ」
「・・・あぁ」

帰宅に気付いたタマを筆頭に数人の使用人が出迎える。
特段進展がなかったことは主を見れば明白で、わざわざ聞くまでもない。

「椿様がお帰りになられてますよ」
「・・・・・・姉ちゃんが?」

その言葉にようやくタマの顔を見る。

「はい。司様のお部屋でお待ちです」
「・・・・・・」

一体何をしに? と考えたところで知りようもない。
司は無言でその場を立ち去ると足早に自室へと向かった。







「おかえり~!」
「・・・・・・何しに来たんだよ」

すっかり自分の部屋のようにソファーの上で寛いでいる姉を前に呆れたように息を吐く。

「あらっ、久しぶりに会う姉にもっと言うことはないの?!」
「ねぇ」
「もうっ! 記憶が戻ったっていうからどんなものかと思って来てみたら・・・相変わらず愛想の欠片もないんだからっ!」

プリプリしている姉を横目に無言でミニバーに移動すると、グラスにウイスキーを注いで一気に口に流し込んだ。疲れた体にきついアルコールが刺さるように染みこんでいく。
椿はそんな弟の姿を何とも言えないような顔で黙って見ている。


「・・・・・・つくしちゃんに会いに行ってたの?」

その言葉に口につけていたグラスがピタッと止まった。

「・・・タマか?」
「誤解しないで。タマさんは何も言ってないわ。記憶が戻って帰国したあんたがすることなんて1つに決まってるでしょ? しかも聞けば自分で運転までして出掛けたって言うじゃない。ますますあの子以外にあり得ないでしょ」
「・・・・・・」

何も答えずに再びグラスをグイッと煽ったが、それは肯定しているも同然で。

「何があったのよ」
「・・・・・・」
「あんたが言いたくないのなら言わなくていい。でももし一人で抱えるのが辛いのなら私に話してみなさい。何ができるわけじゃなくても、話して楽になることだってあるかもしれない」
「楽になんてなるわけねぇだろっ!!!」

声を荒げてバンッ!とグラスを叩きつけると、跳ねたアルコールが周辺に飛び散った。

「司・・・」
「・・・悪い。疲れてんだ」
「・・・・・・」

短くそれだけ答えると、司はベッドにダイブしてそのまま動かなくなってしまった。
椿はただ黙ってその様子を見ているだけ。

しばらくそのまま見守っていたが、やがてふぅーっと息をつくとカツンとヒールの音を響かせながら身を翻した。



「 どうするのが正解なのか自分でもわかんねぇんだ 」



「・・・え?」

部屋から出て行こうとしていたその時、背後から蚊の鳴くような声が聞こえてきて足が止まる。
見れば司は変わらずにベッドに蹲ったまま。
なんだかその姿がいじけた小さな子どものようで。
椿は呆れたように笑うと、再び身を翻して今来た道を戻っていく。
そしてベッドサイドにある椅子に腰掛けると、顔も見えない弟に言った。

「何があったの。 私に話してごらんなさい」








***




「そう・・・発作を・・・」

ぽつりぽつりながらも事の経過を全て聞いた椿は難しそうな顔で考え込んでいる。

「それで日曜だけは時間を作って会いに行ってるってわけね」
「・・・」


つくしに再会してから間もなく、あの時の司書につくしの動静について聞いていた。
協力しないことも考えていたが、意外にもすんなり教えてくれた。
おそらくあの時の司の揺るぎない決意が伝わったのだろう。
黙っていたところであの手この手で調べ上げるに違いないと判断したのか、下手に小細工するよりも正直に話した方が賢い選択だと結論づけたに違いない。
それに、つくしがああいう状況になってしまう以上、強引な行動には出られないと思ったのだろう。

聞いたところによると、つくしは日曜は必ず出ているということだった。
平日であれば司が時間を作り出すことは難しいが、日曜であればまだ何とかなる。
そこで西田に手を回して日曜だけは絶対に仕事を入れないようにさせた。
そうして自分一人で長野まで向かう。

ただし行ったからといってつくしに接触することはできない。
何度本人の目の前に出て行ってしまおうかと思ったかわからない。
余計なことなど考えずにただ抱きしめて心からの謝罪をしたい。
そうすれば何かが変わるんじゃないかなんて淡い期待を抱かないわけじゃない。

・・・それでも、あの時のつくしの苦しむ顔が頭から離れてはくれない。

これまで幾度となく彼女を傷つけてきた。
だが、肉体的な苦痛を与えてしまうという事実の衝撃はその比ではない。
次に会ってもっと酷い発作を起こしてしまったら?
そう考えるとどうしても強引に前に出ることができなかった。

・・・・・・怖かった。

この自分が怖いという感情を抱くなんて信じられない。
これまでどんなことがあっても、死に際に立たされた時ですらそんなことを感じたことはなかったというのに。
だが、それが今の嘘偽らざる本音だった。


いつだって、自分の感情を揺さぶるのはたった一人の存在だけ。
牧野つくしという唯一無二の女だけ。


「・・・それで? 日曜になるとそっちに行ってただつくしちゃんを見るだけで帰ってくるって?」
「・・・・・・」
「見方によっては立派なストーカーよね」
「・・・うるせぇよ」

本人としても多少自覚があったのだろう。
口では強気のことを言いながらも覇気はない。
椿はそんな弟が情けないくもあり、そしてどうしようもなく愛しく思えた。

この7年、生きたまま死んでいるような状態だった弟に何もしてやれなかったことにずっと心を痛めていた。何とかしてやりたいと思っても、記憶が戻らない以上はどうすることもできない。
もしかしたら死ぬまでこんな状態が続くのだろうか。
いや、そもそも弟はこんな状態で長生きなどできるのだろうか。

そんなレベルの状態だった弟が、今苦悶の顔に歪んでいる。
だがそれは生きている何よりの証。
たとえ苦しんでいるのだとしても、抜け殻のようだった頃とはその意味はまるで違う。

椿にはそれだけでも嬉しかった。
本当の意味で弟がようやく帰ってきたのだと。


「つくしちゃんに連絡先は?」
「・・・・・・」
「・・・まぁ、そんな状況下であんたに連絡してくるわけがないわよね」
「・・・」

沈黙が全てを如実に物語っている。

「まさかご両親にそんなことがあったなんて・・・私たちですらショックで胸が痛むのに、つくしちゃんがそういう状態になるのも無理はないのかもしれないわね。・・・ただ、そのこととあんたを見て発作を起こすっていうのがどうしても直結しないのよね」
「・・・・・・」

そこは司自身も未だに腑に落ちない点ではあった。
つくしはこの地を離れて新たな出発をしたが、聞いている限り、だからといって過去に対して後ろ向きでは決してなかったという。
表に出さないだけで実は相当心を病んでいたというのだろうか。
それとも、やはり病院での光景が司と重なってしまうことが原因なのだろうか。

・・・・・・わからない。
何度考えても答えは見えてこない。


「事故が起こったとき、つくしちゃん達はどこへ行こうとしてたのかしら」
「・・・何?」
「いや、高速で家族でどこかへ行こうとしてたんでしょ? もう成人した子ども達を連れて全員でどこかへ出掛けるなんて、よっぽど大事な用でもあったのかと思って。・・・まぁ単純に旅行に行く途中だったのかもしれないけれど」
「・・・・・・」


何故だろう。 理由などわからない。
だが、姉の何気ないこの疑問が妙に胸に引っかかった。
言われてみれば、つくし一家が車を持っていた記憶はない。
経済的に見てもとてもじゃないがそのような余裕はなかっただろう。
地方へ引っ越したのに合わせて手に入れたのかもしれないが、どうしてだかその可能性は低いような気がしてならなかった。
ならば一体何のために・・・?

もしかしたらそれと自分が何かしら関係があるのだとしたら・・・?

わからない。
考えたところでわかるはずもない。
だが、どうしてだか妙な胸騒ぎが収まらない。
根拠も何もない、ただの己の第六感が何かを訴えようとしている。


「司?」
「あ? あぁ、・・・いや、何でもねぇ」

今ここで椿と議論したところで答えが見つかるはずもない。

「まぁ今はとにかく現状でできることをやるしかないわね。あんたにしてはなかなか辛抱強く頑張ってるじゃない。散々言われてるようだけど、とにかく時間をかけて彼女の心を解いていくしかないわね」
「・・・・・・」

無言の弟にフッと笑うと、椿は司の背中をポンポンと叩いた。

「とりあえず私も色々調べてみるわ。女目線で何か気付くことがあるかもしれないし」
「・・・しばらくは日本にいんのか?」
「えぇ。2週間ほどはね。っていうか主人の事業でしばらくこっちに来るって言ってたでしょ?」
「・・・記憶にねぇな」

その言葉に椿は呆れたように息をついた。

「はぁ・・・。あんた、つくしちゃんの記憶が戻ったのは何よりだけど、その分それ以外の記憶が欠落しちゃったんじゃないの?!」
「・・・・・・」
「・・・まぁいいわ。最後に会った時よりも随分肉付きも良くなってるようだし、ひとまずは安心したわ。仕事の関係で今回はホテルと邸を行ったり来たりになると思うから。また来るわね」
「・・・あぁ」

背中を向けたままひとまず返事を返した弟に苦笑いすると、椿はその場から立ち去った。



静まりかえった広い室内で司がしばし何かを考えて込んでいる。
やがてガバッと体を起こすと、何を思ったかおもむろに胸ポケットから携帯を取り出してタップし始めた。




「 ・・・・・・・・・俺だ。 牧野の弟について何でもいいから徹底的に調べろ 」




それだけ告げるとそのままベッドに携帯を放り投げ、再び己の体もシーツの波に沈めた。

つくし一家の情報が制限されていたのだ。
弟のことだってそうそう簡単に情報が割れるとは思えない。
だがあの時の生存者の片割れである弟、彼が何か重要なことを知っているような気がしてならない。


司はその日、どんなに疲れていても一睡もすることができなかった。






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愛が聞こえる 15
2015 / 03 / 20 ( Fri )
車窓から流れる景色がビル群から青々とした緑に変わって2時間ほど。
小春日和の今日はさわさわと流れる風が心地いい。
ほとんど音のしない車をパーキングに止めると、中からこんな田舎には不釣り合いなほどのモデル然とした男が降りてきた。


「どうすっかな・・・」


何かあてがあるわけではない。
・・・いや、目的は一つしかない。
だがその目的を完全に果たすことはまだできない。
見上げた青空が寝不足の目には眩しすぎる。

司は澄んだ空気を思いきり吸い込むとゆっくりと歩き始めた。




つくしとの再会から早いものでもうすぐ1ヶ月が経とうとしていた。
その間一度も彼女と会ってはいない。
・・・正確には直接会うことはしていない。

自分と接触すれば発作を起こしてしまうつくしの事情を無視して自分の感情だけで突っ走ることなど、さすがの司をもってしてもできなかった。
精神的苦痛はいずれにしても乗り越えなければならない。
だが肉体的苦痛まで伴うとなれば強引に事を進めることは到底無理だ。
今すぐにでも抱きしめてキスをして、この7年の自分のふざいなさを心から謝罪したい。
だが現状そんなことは不可能だと認めざるを得ない。


『 焦るなよ 』


今になって友人達の言葉が身に染みる。
本当であればどんな強引な手を使ってでもつくしを取り戻す気でいたが、今回ばかりは本能だけで突き進むことは許されない。
一歩間違えれば本当の意味で彼女を失ってしまうかもしれないのだから。
それほどまでにあの時のつくしの苦しむ姿は強烈な記憶となって司の中に刻まれた。
かなりの長期戦になることも覚悟が必要だった。


だがたとえそうなったとしても司には諦める気などさらさらない。
記憶を失って7年。
必要ならばそれと同じ時間、あるいはそれ以上かけてでも待てばいい。
一生つくしを失ってしまうことを考えれば、それくらいの時間なんてことはない。

___ なんて、本当なら今すぐにでもこの手に抱きしめたいに決まっている。

それでも、彼女を再びこの手に掴むには今はひたすら耐えるしかないのだ。



時間を潰すようにぶらぶらと歩き続けていた司の目にとある古書店が目に入った。
本を見るだけですぐに浮かんでくる女の姿。
司の知る限り、つくしが特段本を好んでいたという記憶はない。
一体どういういきさつを経てあの場所で働き始めたのか。
・・・失われた7年という時間に心が曇る。


と、立ち止まってぼんやりと店を眺めていた司の視界に1人の少年が入ってきた。
見たところ小学校中学年程度だろうか。
どこにでもある何でもない光景。
普通であれば気に留めもしないのに、何故だかこの時は視線を逸らすことができずにいた。

誰もいない小さな店内にいるのは老人が1人。
その中に入ると、少年は老人から死角となる場所で明らかに不審な動きをしていた。
かなりいい歳になっているであろう店主らしき老人は少年が入って来たことにすら気付いていない。

「あのガキ・・・」


それは直感だった。
司は少年の背後に回ると、気配を消してゆっくりと近づいていく。
キョドキョドしている少年は自分の事でいっぱいいっぱいなのか、後ろから人が近付いて来ていることなど全く気付く様子はない。
本棚の影から何度も何度も老人の動きを確認すると、やがて手元にあった1冊の本を掴んで持っていた鞄にサッと入れた。次の瞬間くるっと向きを変えて何事もなかったかのように今来た道を戻ろうとした。
___ その時。


「あっ・・・!」


いつの間にか真後ろに立っていた大男の存在にようやく気づきビクッと体が跳ね上がった。
必死で見上げている顔は真っ青だ。見るからに足もガクガクと震えている。

「あ、あ・・・!」

ブルブルと震えながら血の気を失っていく少年は、冷たい目線で見下ろす男から視線を逸らすと、意を決してその場から全速力で駆けだした。

「あっ・・・!」

だがその体は首元からいとも簡単に捉えられてしまう。
ガッシリと首の前に回された手が全ての動きを封じ込める。
ジタバタと暴れ回ろうと、子どもと大人では力の差は歴然。
もがけばもがくほどがんじがらめになっていくばかり。

「はっ、離せよっ! 離せぇっ!!」

それでもなお少年は暴れることを止めはしない。
司はそんな少年を見下ろすと、耳元でボソッと囁いた。

「てめぇのやったことは犯罪だ。警察に連れて行くぞ」
「・・・っ!!」

その一言で少年の動きがピタッと止まる。

「・・・おや、どうされたんですか?」
「あっ・・・」

何やら騒がしいことにようやく気付いた店主が本棚の影からのっそりと姿を現した。
途端に腕の中の少年がガクガクと震えだす。
大きな男の腕の中で真っ青になる少年、その構図を店主は不思議そうに眺めている。

「あ、あっ・・・・・・」

この後のことを考えているのだろう。怯えて震えることしかできない少年を見下ろすと、司は誰にも聞こえないようにはぁっと息を吐いた。

「・・・すみません。こいつが塾をさぼってこんなところに来てたものですから。連れ戻しに来たんですがご覧の通り往生際が悪くて」

司の口から出た言葉に少年がハッと驚いて顔を上げた。
だが司はそこには目もくれずに目の前の店主に視線を送ったまま。
店主はじーーっとそんな2人の様子を観察している。

さすがにバレバレだったか。

司が心の中でそう思ったときだった。

「・・・・・・そうですか。坊や、ちゃんとお父さんの言うことを聞くんだよ」

沈黙の後に目尻に皺を寄せてニコッと笑うと、店主は再びレジの方へと戻っていった。
その瞬間、腕の中に捕まえていた体からどっと力が抜けていく。

「チッ、誰が親父だって? ・・・おいてめぇ、いいからさっさと戻せ」

その言葉にハッと振り返ると、司は顎をクイッと動かして示した。
少年は再び真っ青になりながら震える手で本を取り出すと、元あった場所へと戻していく。

「あっ?!」

きちんと本棚に入ったのを確認すると、司は少年の首根っこを捕まえてズルズルと引き摺りだした。


「はっ、離せっ! 離せよっ!! 何すんだよっ!!」


引き摺られていく間力の限り暴れ回るが、離れるどころか余計に首が絞まるばかりで状況を悪化させていくばかり。いい加減疲労困憊になったところで司は少年を目の前のベンチに放り投げた。
わけがわからず辺りを見回すと、いつの間にやら近場の公園に来ていたらしい。

「なっ、なんなんだよ、お前っ!」

開口一番飛び出した言葉に司のこめかみがピクッと動く。

「お前・・・? おいクソガキ、てめぇ誰に向かって口聞いてんだ?」

身も凍り付くような睨みに思わず少年の体が竦み上がる。
司はそんなことには構わずズイッと顔を近づけた。

「いいか。てめぇには感謝されこそすれお前なんて言われる覚えはねぇぞ? 何なら今からでも警察に突きだしてやってもいいんだからな」
「・・・っ!」

警察という言葉に瞬間的に顔色が変わる。

「この程度の言葉でびびってるなら万引きなんてすんじゃねーよ」
「なっ・・・お、お前には関係ないだろっ!!」
「あ゛ぁ?!」
「・・・っ!」

必死で反論したのも一瞬だけ。一睨みで口をつぐんでしまった。
今にも泣きそうになっている少年に舌打ちすると、司ははぁっと大きく溜め息をついた。

「いいか。てめぇが何を訴えたくてんなことやったか知らねぇけどな。んなことやったって誰も自分を見てなんてくれねぇぞ」
「なっ・・・?!」
「そんなこたぁこの俺がよく知ってんだよ」
「・・・?!」

突然わけのわからないことを言われて少年はただ唖然としている。

「散々バカやってきた俺が断言する。こんな訴え方じゃお前なんか誰にも相手されねぇぞ」
「・・・っ!」
「それでもやるってんなら捕まってもビビらねぇくらいの覚悟でやれよ。たったあれしきのことでビビリやがって。お前は中途半端なんだよ」

その言葉にカァッと頬が赤くなっていく。
屈辱的だったのか、下を向いて唇を噛みしめたままぶるぶると肩が震えている。
司はそんな少年に呆れたように息をつくと、時間を確認しようと左手に目をやった。


ガツッ!!


「痛っ!!」

その刹那、左すねにドカッと一発痛みが走った。
ハッとして見れば蹴り上げた少年が少し離れた場所まで移動してこちらを見ている。

「おいてめぇっ! 人が下手に出てりゃあ何しやがるっ! ぶっ殺されてぇのか!!」
「うるさいっ! おっさんなんかに用はないんだよっ! バーーーーーーーーカ!!!!」
「んだとっ? あっ、てめぇ! 待ちやがれっ!!」

ベーーーーッと舌を出して捨て台詞を残すと、少年は脱兎の如くその場から逃げ出した。
ビキビキと顔中に青筋の立った司はすぐに追いかけようとしたが、そこではたと我に返る。
何のために自分はこんなことをしているのかと。

普段ならガキだろうと誰だろうと、他人が何をするかなど気にも留めたことがないというのに。
それ以前に視界にすら入らない。
それなのに、何故こんな意味不明な行動に出てしまったというのか。
わからない。 全くもってわからない。
意味不明な行動に出た挙げ句イライラまで溜まってしまってはざまぁない。

・・・ただ強いてあげるとするならば、あのガキの姿が、あの鈍い色をした瞳が自分と重なったような気がして・・・


そこまで考えると司は思いっきり舌打ちした。

「チッ! ったく何やってんだ。時間もなくなってるし急がねぇと・・・」

時計を見て忌々しい気持ちを振り払うと、司は足早にその場を後にした。



この気まぐれとも言える少年との出会いが、これから先司の運命を変えることになるとは、この時夢にも思ってはいなかった _____










***





「お疲れ様でした」

「お疲れ様。 牧野さん、・・・これ」
「え・・・?」

差し出されたものを見てつくしがハッとする。

「・・・大丈夫? 無理なら・・・」
「いえっ! 大丈夫です。ありがとうございます。・・・お預かりしますね」
「そう、ならいいんだけど・・・はい」
「それじゃあ、お疲れ様でした」

目の前の女性からそれを手渡されると、つくしはあらためて挨拶をして出ていった。
外に出ると快晴だった空がいつの間にか朱に染まっている。

「暗くなる前に帰らないと・・・」

思わず見とれてしまいそうな夕焼けから視線をおろすと、足早に家路を急いだ。



勤めている図書館から徒歩で15分ほどの小さな木造アパート。
セキュリティも何もない昔ながらの古びたアパート、ここが今のつくしにとっての城だ。
ギシギシと今にも壊れそうな音を立てる階段を上がると、一番手前の部屋の前で立ち止まりガチャガチャと鍵を開けていく。
扉を開けて目に入ってくるのは小さな3畳ほどのキッチンと6畳の和室のみ。
若い女性が暮らすにはあまりにも不釣り合いなものだ。
だがこの空間こそがつくしにとって最も心を安らげることができる場所だった。


部屋に上がって電気をつけると、迷うことなく押し入れから小さな箱を取り出した。
次に鞄の中からさっき手渡されたものを取り出すと、並んだ2つのものを見てすぐに呼吸が上がっていきそうになるのをぐっととどめて何度も何度も深呼吸をしていく。
そうして呼吸を落ち着けると、ゆっくりと箱を開けた。

中には小さな紙切れと今手元にあるものとほぼ同じタイプの封筒が2つ。
つくしは中身を確認することもせずに机の上に置かれた封筒を手にすると、そのまま箱の中へとしまいすぐに蓋を閉めた。



中身を見なくとも、そして差出人を見なくとも、誰から届いたものかなんてわかる。
手のひらサイズの小さな紙からも、3通いずれの封筒からも、この7年一度だって巡りあうことのなかった世界に一つだけの香りが微かに漂っているのだから。

つくしはしばらくその箱を見つめると、やがてその上に顔をうずめるようにして俯いてしまった。




「 道明寺・・・ 」




消え入りそうな声で呟いた一言は、物寂しい部屋の中にそのままとけていった。









小さな部屋に灯る明かりを見つめる男が一人。

その部屋の主が中へと消えてから、その部屋に明かりが灯ってからしばらく経った今も尚、その部屋をただ見ている。
やがてタイムリミットを知らせるアラームがポケットから鳴り響くと、はぁっと溜め息をついて乱暴にアラームをオフにした。


「 ・・・・・・またな、牧野」


もう一度部屋を見上げてそう語りかけると、司は後ろ髪を引かれる思いでゆっくりとその場所から離れていった。





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幸せの果実 5
2015 / 03 / 19 ( Thu )
厳かな雰囲気の漂う神殿には、互いの親族といつものメンバー。
そしてタマの姿があった。
挙式は本当に近しい人間だけに祝って欲しい。
それはどちらからともなく望んでいたことだった。


雅楽の演奏に合わせて朱門をくぐると、すぐに愛すべき人達の顔が見えてきた。
つくしを目にした瞬間、本番までは見るのを我慢すると言っていたT3達から感嘆の声があがった。ちらりと目をやれば滋は既に号泣していて、思わず吹き出しそうになる。
それと同時に、これまでの道のりを思うと彼女が流す涙の重みを痛感して、こちらまでもらい泣きしそうになってしまう。でもまだ始まったばかり。先はまだまだ長い。

ふと視線をずらせば今日も眩しいほどの色男が揃いも揃って3人並んでいる。
こんな場所で彼らに見守られているなんてなんだか不思議な感覚だ。
彼らがこんな場所に足を運ぶなんてこと、実はかなりレアなことなんじゃないだろうか?

そして彼らの先にはまるでロボットのように凝り固まった両親の姿が見える。
さっきまであんなに脳天気なことをやっていたというのに、今はまるで別人のようにガッチガチだ。それがいかにも我が親らしくて、さっきまで出かかっていた涙が引っ込んで今度は思いっきり吹き出しそうになった。
玉の輿だなんだと大騒ぎしているくせに、いざそれを目の当たりにするとびびって縮こまることしかできないだなんて・・・。全く、だから人間そう簡単には変わらないといつも言っているのに。
でもそんな両親だからこそ愛おしい。
いつだって落ち着きのない両親に、実は牧野家の中で一番しっかり者の弟。
これが愛すべき牧野家の姿なのだ。


そしてその反対側に視線を移す。
ピシッと見えない音が聞こえてきそうなほどの美しい佇まいで座る女性、道明寺楓はこの厳かな場所にそれはそれは自然に溶け込んでいた。彼女の内から溢れ出るオーラは他の誰にもない唯一無二の絶対的な存在感だ。
司同様、おそらく見るのは初めてではないかと思われる和装姿。これまた最高級の一点ものの留め袖を身に纏ったその佇まいは、見る者の呼吸が一瞬止まるほど。
美しさと気品、そして風格。 全てを兼ね備えている。

彼女を見ているとつくづく司と血が繋がっているのだと実感する。
司も絶対的なオーラをもつ人間だから。
それは生まれたときから持つ潜在的なもので、努力で得られるものではないのだろう。
この場に当たり前に彼女がいてくれるという現実。
その奇跡にまたしても胸の奥から込み上げてくるものがある。
ギリギリまで仕事に没頭して、式の前日に帰国するなんてところもいかにも彼女らしくて自然と顔が綻んでいく。

楓の隣には椿一家もいる。
楓と見た目はそっくりながらもその性格は実に対照的。
彼女の天真爛漫さにどれだけ救われてきたことか。
これから道明寺つくしとして一生を送っていく中で、彼女の存在が幾度となく自分を支えてくれる存在になるに違いない。


そしてそんな彼女達の後ろに座るのは一際小さい体の老婆、タマだ。
本人は自分なんぞが式に出ることなどできないと言っていたが、ここは司もつくしも絶対に譲れないところだった。
彼女に見届けてもらわなくて一体誰に見届けてもらうというのか。
実の肉親よりも肉親らしく2人の絆を支え続けてくれた人物だというのに。
彼女の存在を言葉で表すことなどはもはやできない。
大切とか、かけがえのないとか、そんな言葉を超えた存在なのだから。
ニコニコと、歳を感じさせる皺とはまた別の皺をたくさん寄せながら、目尻を下げて温かい眼差しで見守ってくれている。


2人はこの場にいる全ての人間に、胸の奥がギュッと熱くなるのを感じながらゆっくりと一歩ずつ噛みしめるように歩いて行った。




神前で、そして愛すべき人々に見守られながら一つ、また一つと儀式を進めていく。

入籍して2ヶ月。
つくしの左手にはあの日、司と初めて結ばれた夜にもらった指輪が常に輝いていた。
だが夫である司の左手は未だ空席状態だった。
指輪自体はとっくに存在していたが、どうしてもこの日まで待ちたかった。
誓いを立てて初めて互いの指に通したかった。

案外古風な人間だったのだろうかと自分で自分が可笑しい。
こうして新しい自分を発見できた瞬間、本当に自分が結婚したのだと実感する。
1人では気付くことができないことなのだから。


誓詞を読み上げ、神様に玉串を奉納し、いよいよその時がやってきた。
台座に置かれた2つの指輪は照明を浴びて目映いほどの光を放っている。
婚約指輪とは違って極々シンプルなデザイン。
だがその素材は最高級のものが使われ、一般人には到底手の届かないほどのお値段だ。

ダイヤの埋め込まれたプラチナリングが白くて細い指にするするとはめ込まれていく。
根元まで辿り着いてその動きが止まると、まるでタイミングを合わせたかのようにつくしの瞳からぽつりとひとしずく零れ落ちた。
それに追随するようにそこかしこからも鼻を啜る音が響き渡る。
見えはしないが、中でも特大の音を立てているのは間違いなく滋だろう。

同じ気持ちで涙を流してくれているのだと思ったら、つくしの瞳からは堰を切ったように次から次へと涙が溢れ出した。すぐに、大きいのにびっくりするほど綺麗な手がその涙を拭ってくれる。
それでも、その優しさがかえって火をつけて滝のように流れ出してしまった。

「お前・・・まだ俺の指輪嵌めてねぇだろ」
「う゛っ・・・うぅ゛っ・・・ご、ごめぇん・・・ぐずっ」

厳かな式にしたいという願望などどこへやら。
つくしの号泣っぷりはもはやコント並だった。
ぐすぐすと啜り泣く音に笑い声が混ざり始める。

だがそれがいい。
どんな時でもつくしらしさを失わない。
だからこそこれだけの人間が彼女に心を囚われるのだ。

司も呆れ笑いをしつつ、そんな妻が愛おしくてたまらない。
むせび泣く妻の手を自ら誘導しつつ、つくしは震える手で愛する夫の指に指輪を嵌めていった。
するすると収められ、大きな手に輝く指輪を見たとき、つくしの涙腺は完全に崩壊してしまった。

「お前・・・泣きすぎだろって。顔面崩壊するぞ」
「うぅ゛っ・・・こっ、これ以上は崩れようがないから多分だいじょうぶっ・・・ずびっ」
「はっ?!」

この女は真剣に泣きながら真剣に何を言い出すのか。
ぽかーんと呆れかえる司の一方で、その場にいた全員がとうとう吹き出した。よく見れば斎主まで口元が緩んでいるように見えるが、立場が立場、必死でそれを堪えているようだ。
天下の道明寺財閥の後継者の厳かな式がよもやこんなことになろうとは。その反応も当然のことだろう。
楓だけがやれやれと頭を抱えていたが、あの冷徹な眼差しはどこにも見当たらなかった。


荘厳にと臨んだはずの式は、誰でもないそれを所望した本人の手でいつの間にやらアットホームな世界へとすっかり様変わりしたまま終わりを迎えた。







***


「つくしぃ~~~っ!」
「滋っ!!」

控え室に戻るとすぐに暴れ牛のような勢いで滋がつくしへと飛びついた。

「すっっっっっっごく綺麗だよ! おめでとうっ!!!」
「ありがとう! 滋もすっごく綺麗だよ」
「やだもうっ! あたしのことはどうだっていいのよっ!!」
「アイタッ!」

白無垢姿だろうとお構いなしにバシッと一発気合が注入される。

「ちょっと滋さん、いくらなんでも花嫁を殴るのはタブーじゃないですか?」
「えへへっ、だってぇ~ついっ!」

ぺろっと舌を出して笑う滋に後から入って来た桜子と優紀が呆れ笑いしている。

「つくし、おめでとう。すごく綺麗だよ」
「先輩、今日はお世辞抜きで本当にお綺麗ですよ。おめでとうございます」
「あははは、お世辞抜きでって・・・じゃあありがたく受け取っておきます。ありがとう」

女4人、顔を見合わせてふふっと笑い合う。


「よぉ、牧野。和装もなかなか似合ってんじゃねぇか」
「美作さん」
「馬子にも衣装ってな」
「もう、西門さんっ!」
「牧野、ほんとに綺麗だよ」
「類・・・」

三者三様、それぞれらしい祝福の言葉を並べていく。
次々に入ってくるそうそうたるメンバーに、またしても両親がロボコップのように緊張で固まってしまった。主役の親だというのに部屋の隅っこで小さくなっている。

「しっかし司の和装っつーのも新鮮だよなぁ。俺がどんだけ勧めても嫌がってた男が愛する嫁のためならすんなり着るんだからなぁ」
「うるせーよ」

ニヤニヤが止まらない総二郎をジロリと睨み付けるが本人は意にも介していない。

「でも和装ってやっぱりいいですよね。私も自分が結婚するときは神前式にしたいなって今日あらためて思いましたもの」
「おっ、桜子そんな予定でもあんのか?」
「残念ながらまだ予定は未定ですけど」
「あはははっ!」


「披露宴ではドレスになるんでしょ?」
「うん」
「わぁ~、きっと綺麗なんだろうなぁ。楽しみ~」
「えへへ、恥ずかしいんだけどね」
「そんなこと言わずにお姫様気分を存分に味わなきゃっ!!」
「お、お姫様って・・・」

確実に自分からは一番遠いところにある言葉だ。

「司~、つくしのこんな姿を見ちゃって幸せで堪らないんでしょぉ~」
「まぁな」

その気持ちいいほどの即答っぷりに総二郎とあきらがヒューッと口を鳴らす。

「お前、ほんっと変わったよな。昔は女嫌いだったなんてとても信じらんねぇぜ・・・」
「バカ言ってんじゃねーよ。女嫌いは今も変わってねぇっつの。こいつだからだろ」
「おーおー、お熱いことで。ったくここにいたら当てられっぱなしでしょうがねぇな」

総二郎の茶々入れにつくしの頬がボッと赤くなった。

「その白無垢ってつくしが選んだの?」

つくしの身につけた白無垢に見とれながら優紀の口からほうっと感嘆の息が出る。

「え? あ、これはね・・・」











「つくし、本当にお綺麗でしたねぇ・・・」

別の控え室でお茶を飲みながらタマがしみじみと噛みしめている。

「本当に。つくしちゃんって元々素材はいい子なのよね。磨けば光る原石っていうか。司を見た?ずーーーーっと鼻の下が伸びっぱなしだったじゃない。今からあの調子じゃこの先どうなっちゃうのかしら」
「いいんじゃないですかねぇ。ありのままの坊ちゃんの姿を皆さんに見てもらう機会なんてそうそうないんですから」
「うふふ、それもそうね」

そう言って笑う椿は本当に嬉しそうだ。

「それにしても・・・お母様。 本当にありがとうございます」

突然体の向きを変えたかと思うと、別の席に座っていた楓に深々と頭を下げた。

「・・・何のお話です?」
「あの子に・・・つくしちゃんの白無垢を準備してくださったのはお母様でしょう? この世に2つとないあの素敵なお衣装・・・本当につくしちゃんによくお似合いでした。あの子がお母様の贈られた衣装を身に纏った姿が眩しくて眩しくて。 私、それだけで泣きそうになってしまいましたもの」
「・・・大袈裟な」

「いいえ、大袈裟などではありません!」

呆れたように答える楓にタマがずいっと一歩前に出た。

「今日を迎えるにあたってあの子が一番嬉しかったことは奥様、あなた様がつくしのためにあの衣装を準備してくださったことです。共に生活していないこともあって、あの子の中にはいつも奥様のことがありました。式の準備をしながらも、いつも奥様がこれでいいと言うだろうかと常に気にされていたんです。そんな中であの衣装が邸に届いたとき、あの子は人目も憚らず泣いたんですよ。あの子にはあの衣装がどれだけの価値を持つものかなんてよくわかっていないでしょう。でもそんなことはどうだっていいんです。たとえ安物の衣装だろうと最高級のものだろうと、奥様があの子を想って準備してくださった、その事実だけであの子はこの世で一番の幸せ者になったんです」

「・・・・・・」

タマの言葉を聞きながら、椿の瞳からはほろほろと涙が零れ出した。

「私からもお礼を言わせてください。奥様、本当にありがとうございます」

深々と頭を下げたタマを見てふぅーっと息を吐くと、窓の外に目をやりながらぽつりぽつりと口を開いた。


「全く・・・あなたも大袈裟な方ね。 私は当然のことをしたまでです。 ・・・・・・母親として」


その言葉に椿がハッと顔を上げる。見れば変わらずに外に視線を向けたまま。
だがそれは彼女なりの照れ隠しなのだろう。



「 ・・・・・・お母様っ!!! 」

「 ・・・っ?! 何です?! おやめなさいっ、椿さんっ!! 」


突然背後から襲いかかってきた椿に驚くが、気が付いたときには時既に遅し。
力一杯しがみつく椿を何とか振り払おうとするが、その体はぴくりとも離れはしない。


「お母様、お母様っ・・・!」



まるで子どものように泣きながらしがみつく我が娘に心底呆れたように溜め息をつくと、抵抗することを諦めたのか、全身から力を抜いてただなされるがままに娘に身を委ねた。

タマはそんな親子の様子を顔をしわくちゃにして見守っていた。






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幸せの果実 4
2015 / 03 / 18 ( Wed )
その日は朝から澄み渡るような青空が広がっていた。

前日まで降っていた雨が嘘のように。
まるで2人の門出を祝福してくれているかのように。






「ぐずっ・・・うぅっ・・・つくし、つくしぃ~~っ」

太陽がキラキラと差し込む室内に似つかわしくない何とも情けない声がこだまする。
鏡に映された女はそんな男を呆れた顔で見ている。
その姿もまた、身につけた衣装には似つかわしくない間抜け面だ。


「もう・・・パパ! とっくに入籍してるのになんでそんなに泣いてるのよ?!」
「ぐすっ、それとこれとはまた別なんだよぉっ・・・ぐずっ・・・」

そう言うやいなやますますむせび泣き始め、我が親ながら開いた口が塞がらない。

「まぁまぁつくし、これが親心ってものなのよ」
「ママ・・・」
「娘のこんなに綺麗な姿を見られるんですもの。嬉しくて泣くなって方が無理な話じゃない」

鏡越しに映った母の目にもうっすらと光るものが見える。
なんだかそれを見ていたら自分の目まで潤んできそうになるが、慌ててその涙を引っ込めた。
今泣いてしまったらせっかくのおめかしが台無しだ。


「姉ちゃん、義兄さんが来たよ」
「え?」

視線を上げるとカタンと言う音と共に実に凜々しい姿へと変貌した男が入ってくるのが見えた。

「準備できたか?」
「あ・・・うん」

すぐには振り向けないためゆっくりとその体を入り口の方へと向けていく。
すると徐々に見えてきたつくしの姿に目の前の男が息を呑んだのがわかった。

「・・・っ」
「・・・!」

あらためて真正面から互いの姿を見合うと、どちらからともなく頬がほんのりと赤く染まっていく。

悔しいけれど、この男が凄まじくいい男なのは抗いようのない事実ではあった。
だが今目の前にいる男はその比ではない。
ミーハーではないつくしをもってしても思わず見とれてしまうほどに、今日の我が夫は凜々しく逞しい。 そしてそれと全く同じように、司は司でつくしの姿に呆然と見とれてしまっていた。
互いにポカンと口を開けたまま見つめ合うこと数十秒、まるでそこだけ時間が止まってしまったかのように異質な甘い空気が漂っていた。


「まあ~~~っ! 道明寺さん、なんて素敵なお姿なんでしょう!」

なんとも照れくさいはにかんだ空気を切り裂くような黄色い歓声が響き渡る。
見れば千恵子が目を特大ハートにしてうっとりと司を眺めているではないか。
見とれるあまり意識的か無意識か、じりじりとその距離を詰めている。
司もそれに気付いたのか、引き攣った笑いでじわりじわりと後退していく。つくしの母でなければぶっ飛ばされていること間違いなしだが、よもやそんなことができるはずもなく。

このままでは中年女子による壁ドンになること違いなし。
名付けて 『 中ドン 』
まるで爆弾の投下音のような響きだが、あながち間違いとも言えない。

そんなの誰が見たいんだっっっ!!!


「ちょっと、ママ! 司が困ってるでしょっ!!」
「・・・ハッ!! あらやだっ・・・私ったら! 恥ずかしい~~!!」

いや~んとでも言わんばかりに頬赤らめて体を捩らせているいい歳の女。
イヤはこっちのセリフだっつーの!

「道明寺さん、ごめんなさいね? 道明寺さんの和装姿なんて初めて見たものだから、つい見とれてしまいました」
「いえ、大丈夫です」

どう見てもその笑顔は若干引き攣っているが、ハイテンションの千恵子が気付くはずもなく。
とはいえ千恵子がそれだけ興奮してしまうのも致し方ないことなのかもしれない。
何故なら ____


「義兄さん、本当にかっこいいですね」
「おう、進。 惚れんじゃねーぞ?」
「あはは、義兄さんが世界一いい男なのは間違いないですけど、残念ながらそっちの気はありません」
「くっ、悪ぃけどそれはこっちのセリフだ」
「はははっ、ですよね」

顔を合わせて笑いあう男同士、義理の兄弟はいつの間にやらすっかり気の合う友人のような関係になっていた。
結婚後も進は司のことを 「道明寺さん」 と尊敬の念も込めて呼び続けていたが、それを司が許さなかった。いつまでも他人行儀な呼び方をやめないならお前を弟だとは認めねぇなどと、ほとんど脅すような形で強制的に変えさせたが、結果的にそれが2人の距離をグッと近づけることとなった。

社会人となった進にとっては司は純粋に尊敬すべき人間だった。
この若さで大財閥を引っ張っていくことがどれだけ凄まじいことなのか、新米ながら・・・いや、新米だからこそそれを身に染みて感じているのだ。
そして見た目の格好良さに加えて持ち前の男らしさ。
全てが進の憧れの的だった。
司は司で可愛い弟分ができたようで、まんざら嫌そうでもなく。
というよりむしろ誰の目にも嬉しそうなのは明らかだった。


「姉ちゃん! いつまで見とれてんだよ」
「・・・えっ? あ、あぁ、見慣れないから・・・つい」
「ははっ、見とれてたのは認めるんだ」
「う、うるさいよ、進っ!」
「へぇ~、見とれてたのか?」
「もうっ、司までうるさいっ!」

そう。 今日の司はつくしですらうっとりと見とれてしまう。

____ 何故なら普段滅多に見ることのない和装だから。


式をするにあたり、お前の願望を何でもいいから出しまくれと言われた。
その時につくしの脳裏に浮かんだのはチャペルでの洋式ではなく厳かな神前式だった。
披露宴では立場上大々的なものになってしまうのは避けられないし、つくしも道明寺に入った人間としてそこは覚悟していた。
そんな中でも、式だけは限られた人間だけで落ち着いた中でやりたかった。
そこで和式に拘りたいという想いがふっと湧き上がってきたのだ。

別にそれまで神前式に対する拘りがあったわけでもない。
だが司に聞かれてあらためて思ったのだ。
人生の節目に自分が日本人であることを誇りに思いたい、と。
そして昔から伝わる和装に身をつつんで厳かに誓いを立てたいと。

司は面倒くさがるかと内心心配もしたが、それは全くの杞憂に終わった。
二つ返事であっさりとゴーサインが出た。
後でわかったことだが、司自身にも拘りは全くなかったし、披露宴でさほど自由が効かない分、式はつくしの思う存分やりたいことをさせてやりたいと思っていてくれていたらしい。
それがつくしには何よりも嬉しかった。
自由にできることが嬉しいのではない。普段あまりそういうことに頓着がないように見えてしっかりと考えてくれていたことが嬉しかったのだ。
司の深い愛情を感じることができて。


そして迎えた今日、実際に昔ながらの黒の紋付き袴を身につけた司の精悍さ。
世の女性が見たらほぼ全員がほの字になること間違いなしだろう。
いや、つくしですらうっとり見とれてしまうほどにカッコイイのだから絶対だ。


「俺は見とれてたぜ」
「えっ?」
「お前のその姿、想像以上にすっげー綺麗だ」
「司・・・」

相変わらず恥ずかしげもなく堂々とそんなことを口にする。
だがつくしも想いは同じだった。
ほんのりと頬を染めながらも嬉しそうに笑うと、自分でも驚くほどにすんなりと素直な気持ちが出ていた。

「・・・ありがとう。 司もすっごく素敵だよ」
「ったりめーだろ。 俺は何をやってもいい男なんだよ」
「えっ? ・・・ぷっ、あはははっ! それがなければもっといい男なんだけどね~」
「バカ言えよ。これがあってこその俺らしさだろ」
「・・・そっか。その通りかも。あははっ」

せっかくの白無垢姿で美しくなっているというのに、大口をあけて笑う姿はいつもと何一つ変わらない。司はそんなつくしをを見て目を細めると、スッと右手を頬に伸ばした。
触れた感触につくしの顔から笑いが消えて行く。

そのまま見つめ合うこと数瞬、どちらからともなく吸い寄せられるように近づいていく ____



「 ごほごほっうぉっほんっ!!」



「 はっ?!」

ドンッ!

「 うおわっ!!」

ドサドサッ!!


「「どっ、道明寺様っ!!」」
「義兄さんっ!!」

突然響いた咳払いに咄嗟に目の前にあった体を突き飛ばした瞬間、夫が視界から消えた。
と同時にその場にいた家族全員の悲鳴があがる。
つくしが慌てて立ち上がると、目線を一段下げたところで尻餅をついている姿が目に入った。

「いってぇ~!!」
「ひっ、ひぇえぇっ! ごっごめんっ!! 大丈夫っ?!」
「・・・じゃねぇよっ! お前は式の直前までこのオチかよっ!!」
「ひーーーん、ごめぇ~~~~んっ!!」
「ゴメンで済むか! このドアホっ!!」
「うわーーーーーんっ!!」


最高級の白無垢姿の女と最高級の正絹袴を身につけた男、いずれもこれ以上ない極上のものを身につけているというのに、口から出るのはその姿からはあまりにもかけ離れた子どものようなやりとりだけ。


「ま・・・ママ、僕たちは外で待ってようか・・・?」
「そっ、そうね、パパっ! そうしましょう!」
「そうしようそうしよう。しばらくは終わらないよ、コレ」

いい雰囲気に思わず咳払いしてしまったせいでこんなことになったと責任を感じている晴男は、我先にと一目散に控え室から消えて行く。それを追うようにして千恵子も続く。
最後に進が扉まで行ったところでふっと振り返った。




「化粧が落ちない程度にしときなよ、姉ちゃん。着崩れなんか論外だからな」




どう見てもいちゃついているとしか思えないゴタゴタを続ける2人に何とも意味深な言葉を投げかけるが、当の本人が気付くはずもなく。
そんな2人を見てやれやれと呆れたように溜め息をつくと、駄目押しのように 「ごゆっくり~」 と声を掛けてそのまま外へと出て行った。


それから司が式に上機嫌で現れるまでの間、2人に何があったのかは・・・誰にもわからない。






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随分お待たせしてしまいました~m(__)m これからぼちぼちこちらも更新して参ります!
こちらでは基本イチャコラをお楽しみいただきつつ、もちのろんでハラハラドキドキ(?)してもらえる展開もご用意しております。どうぞお楽しみに^^
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愛が聞こえる 14
2015 / 03 / 17 ( Tue )
「この度はおめでとうございます」
「ありがとうございます」

煌々と光るスポットライトを浴びて笑う女の美しさに、思わず目の前の男の頬が赤らむ。
そんな光景が日常茶飯事の女は何でもないことのように受け流すと、次々と押し寄せる人の波にまた同じ笑顔を貼り付けて頭を下げていく。
自分が主役のパーティだとは言え、始まってから延々と続くこのやりとりに、さすがの女もいい加減辟易し始めていた。それを表面にはおくびにも出さないところはさすがと言ったところだろうか。


「どうだね? 今回のお祝いにこの後飲みにでも? ご馳走させてもらうよ」
「まぁ、嬉しい! 是非ご一緒に! ・・・と言いたいところは山々なんですが、ごめんなさい。もう明日の早朝には渡米しなければならないんです。ですからこの後も予定が詰まってて」
「あぁ、それは残念だなぁ。じゃあ帰国したときには是非とも連絡をくれたまえ?」
「うふふ、そうですね。・・・いつか」

ニッコリと微笑むとまんざらでもなさそうに男はその場を去って行った。

「いつか・・・なんて一生ないですけどね」

中年太りのだらしない背中に心の中であっかんべーをすると、ようやく一区切りのついた挨拶にホッと肩の力を抜いた。タイミング良くやって来たウエイターからシャンパンを受け取ると、パーティが始まって以降一滴も口にしていなかった水分を体の中へ流し込む。
と、たちまちシュワシュワとした甘さが疲れた体の中で弾けて染みこんでいく。

「はぁ~、おいしい。 予想外に凄い人だったわね・・・」

デザイナーの卵としてこの世界に足を踏み込んで3年。
月日を重ねるごとにその実力が認められるようになり、今回はアメリカの大手とのコラボ企画で一躍世界中に注目を浴びることとなった。願ってもないチャンスに闘志は燃え上がるばかり。
だが昔からこの手のパーティには慣れているとはいえ、こうも連続で続いては疲れるなと言うのが無理な話。

最も厄介なのがセクハラ親父共の相手だ。
祝いは建前で、真の目的はその後にある。
あの手この手でなんとか関係を持とうと躍起になっているが、そんなものがあしらえないほどバカではない。むしろその手の対応で自分の右に出る者はいないのではないかと自負しているほど。
とはいえいちいち笑顔で流すのも実に面倒というもの。


「全く、自分を鏡で見てから来いって話よね」

美しい姿にはなんとも似つかわしくない本音が雑音に紛れてぽろりと零れる。
その言葉とは対照的に笑顔は全く崩れていないのがこの女の恐ろしいところだ。
美しい花には棘がある。
それを地で行くのがこの美女なのだ。

「はぁ~~、どこかにいい男はいないのかしら・・・」

男にもてないわけじゃない。むしろその逆だ。
だが仕事に没頭するようになって以降、そういうことにかける時間もほとんどない。
そんな時は後腐れのないワンナイトラブが一番心にも体にも優しい。
自分に見合ったスペックの男と出会っては一夜限りの関係を楽しむ。
そろそろ疲れも溜まってきた今夜、渡米前にそれも悪くないかもしれない。
なんてことを考えながらグラスに口を当てたまま会場内をぐるりと見渡す。


・・・・・・と、その視線がとある一点で止まった。


「え・・・・・・?」



まさか。



自分は幻を見ているのだろうか。
だがそれと同時にいつかこんな日が来るやもしれないと心のどこかで思っていた。

____ いや、必ずこの日が来ると確信していた。


人垣から頭一つ分抜き出た長身の男が己の姿を捉えると、凄まじいストライドでこちらへ近づいてくる。やがて驚いている間にその男はあっという間に目の前に立ち塞がった。
確信していたというのに、いざ目の前にするとすぐには言葉一つ出てこない。

それほどにこの男の放つオーラは絶対的なのだ。



「久しぶりだな」

「・・・・・・お久しぶりです。 _____ 道明寺さん」










***



「急に来て悪かったな」
「いえ、とんでもありません。それよりも驚きました。風の噂で帰国されたというお話は聞いてましたけど・・・・・・」

控え室に移動すると向かい合う形で椅子に座ってあらためて目の前の男を見た。


道明寺司。
7年ぶりに見る男は噂通り昔とは比べものにならないほど線が細くなっていた。
彼が渡米して以降、彼と接触することは一度だってなかった。
F3ですらほとんど会えない状態だったというのに、自分などが会ってもらえるはずもない。

だが彼の様子はゴシップなどで度々目にしていた。
話題にさえなればあることないこと書かれてしまうのはもう宿命のようなものだ。
毎晩のように女をはべらせているなどという内容のものも見かけたことがある。
真偽のほどは定かではないが、そのいずれの記事でも彼の目は死んでいた。
死んでいたのは目だけではない。雑誌で見かける度に痩せ細っていくその姿に、本当に死んでしまうのではないかと思っていた。
ゴシップ記事が真実がどうかは知る由もないが、彼の心が病的に病んでいたのだろうことは疑いようのない事実だった。


だが。 今目の前にいる男は紙面で見た男とは違う。
昔のような精悍さは確かに失われているが、その目は死んでなどいない。


______  私はこの目をよく知っている。



「・・・・・・記憶が戻られたんですね」
「あぁ」

少しの間も空けずにはっきりと言い切った。

「やはりそうでしたか・・・。突然帰国されると聞いたときにそうではないかと思ってました。・・・それで今日はどうされたんです? 道明寺さんともあろうお方がわざわざこんなところまで足を運ばれるだなんて」

「そんなことはお前が一番わかってんじゃねぇのか? ____ 桜子 」


真っ直ぐに獲物を射るような目で言われて心臓がドキリと跳ね上がる。
だがそれを悟られないように平常心を保つと、負けじと強い気持ちで見返した。

「・・・先輩にお会いになったんですね」
「あぁ」

やはり。
予想通りの展開に思わず溜め息が出た。

司が帰国するとの噂を聞いてからというもの、遅かれ早かれこの日が来ることは覚悟していた。
だがそれは予想よりも遥かに早かった。
それだけで記憶が戻ったことが紛れもない真実なのだとわかる。

「・・・それで? 私に何を聞きたいんです? お察しかとは思いますけど、私は何があっても先輩の味方です。いくらお相手が道明寺さんだとはいえ、先輩が望まないことにはお応えすることはできません」
「お前に宣言に来たんだよ」
「・・・えっ?」

意味不明な答えに思わず気の抜けた声が出る。

「俺はどんな手を使ってでもあいつを取り戻す」
「・・・・・・っ!」

それは宣戦布告のようだった。
鋭い視線の奥には揺るぎのない決意がはっきりと見える。

「そ・・・それは道明寺さんの一方的な言い分です! 先輩は今そんなことを望んではいません! 先輩を苦しめる相手はどんな人であれ・・・たとえ道明寺さんが相手だろうと私は絶対に認めませんから!」

あまりにも強い眼差しに、負けてなるものかと必死で言葉を連ねる。
さっきまでどんなセクハラ親父を前にしても冷静さを失うことなどありもしなかったというのに、一体どうして、この男の前ではその仮面すら一瞬にして崩れ去ってしまう。

「いいぜ」
「え・・・?」
「お前が俺の前に立ち塞がるってんなら俺はそれを正面から受けて立ってやるよ」
「・・・・・・!」

驚きに目を丸くする桜子に、司はフッと不敵に微笑んだ。
一体どちらが苦境に立たされているというのか。
虚勢を張っているように見えて・・・・・・違う。
この男は本気で言っている。

「あいつに何があったのかの全てを知ることはできない。だが俺の記憶が戻った以上俺はあいつを取り戻す。それができないのなら俺が今生きてる意味なんかねぇからな」
「そんな・・・!」
「この7年は生きた屍も同然だった。そんな俺を呼び戻したのはあいつだ。あいつが俺を呼んでいる」

そんな勝手な・・・! と言いたいが口に出すことができない。
この男の直感が動物的な嗅覚をもつことをこれでもかと知っているのだから。
それに、誰よりも守りたい相手が心の奥ではこの男を求めている。
そんなことはあり得ないなどと言い切ることはできない。

______ おそらく本当はそれが真実だと誰もがわかっているのだから。

それでも・・・


「でも一体どうされるんです?! 私は先輩を苦しめたくないんです! 道明寺さんに会えば先輩は心身共に苦しむ。あんな姿、もう二度と見たくなんてないんですっ・・・!」

言いながら、その目にはみるみる光るものが溜まっていく。
だが司にそれを見られまいと、そのまま俯いてしまった。
司はそんな桜子をただ黙って見ている。


「・・・・・・わからねぇよ」
「・・・・・・え?」
「どうすればいいのかなんて俺にだってわからねぇ。それでも、例え苦しくても逃げるわけにはいかねぇだろ。逃げて苦しむくらいならぶつかって苦しんだ方がよっぽどましだ。・・・あいつだって記憶のない俺に何度だってぶつかってきてくれただろ。俺のせいでこんなことになってんだ。いくらあいつに拒絶されようと俺は一生引かねーぞ。・・・もう二度と同じ過ちは繰り返さねぇ」
「道明寺さん・・・」

「お前はお前なりにあいつを守りたいならそうすればいい。ただし俺も遠慮はしねぇ。どんな小細工も通用しない。本気で行かせてもらうからな」
「・・・・・・」

あまりにも力強い言葉にいつの間にか涙も引っ込んでしまっていた。
司はそんな桜子を一瞥すると黙って立ち上がった。
驚いて顔を上げた桜子と司の視線がぶつかる。

「急に来て悪かったな。お前に言いたかったことはそれだけだ。 じゃあな」
「えっ・・・」

呆気にとられる桜子を尻目に、司は来たばかりの道を瞬く間に戻っていく。


「ま、待ってくださいっ!!」


あと少しで完全に部屋から消えてしまうと言うところで無意識にそう叫んでいた。
その声に高質な靴の音がピタッと止まる。

「仮に先輩を取り戻したとして、本当にあの人を傷つけないと誓えるんですか?! 道明寺さんが記憶を失っていたのはあなたのせいじゃないことはわかってます。それでも、この7年の間に先輩に顔向けできないようなことをしていないと言えますか?!」

背中で桜子の言葉を受けながら司の目がすぅっと細まる。
ゆっくりと振り返ると、またしても今にも泣きそうな顔をした女が必死に訴えていた。

「もし・・・もし少しでもそんなことがあるのなら、もう先輩のことは放っておいてあげてください! もうこれ以上は何一つだってあの人が傷つく材料を与えたくはないんですっ!!」
「・・・・・・・・・」

桜子が言わんとすることは何なのか。
司はその可能性に思い当たるとクッと肩を揺らして笑った。


「・・・・・・真実はお前が見つけろよ」
「・・・え・・・?」

「お前の目で見たものを信じればいい。 ただし、何が真実だと思うかはお前次第だ」

「・・・・・・・・・」
「じゃあな」


そう言い残すと今度こそその姿は見えなくなった。
思わず意味もなく立ち上がってしまったまま呆然と男が出ていった扉を見つめる。



「 何が真実だと思うかは自分次第・・・・・・ 」



7年ぶりに突如姿を現した男の残したその言葉が、いつまでも桜子の心の中に響き続けた。





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愛が聞こえる 13
2015 / 03 / 16 ( Mon )
ガタンッ!

立ち上がった拍子に手付かずだったグラスが倒れてしまったが、その中身がどんどん広がっていくのを誰一人として気にする者はいない。やがてテーブルの端まで辿り着いた液体がポタポタと音を立てて床へと落ちていく。
静まりかえった室内にその音がやけに響いて聞こえた。


「死んだ・・・? 牧野の両親が・・・・・・?」


友人の口から出た言葉が脳内で処理しきれない。
つくしに起こったことのありとあらゆる可能性を考えていたが、まさかここに来て両親の話が出てくるだろうなんてことはゆめゆめ思ってもいなかった。
しかも死んだだなんて俄には信じがたい話を。


「・・・・・・嘘だろ?」

「・・・・・・残念ながら嘘じゃない。本当のことだ。 2年前に、事故で・・・」

そう話す声は言葉を紡ぐごとに小さくなっていく。
視界の隅で俯いてしまった友人の姿を捉えると、司は全身から力が抜けていくままにずるずるとその場に座り込んでしまった。

室内を重苦しい空気が包み込む。


「ちょうどその時に俺と総二郎は海外にいたんだ。牧野一家が乗ってた車が高速で事故に巻き込まれたって話を聞いたのは帰国してからだった」
「じゃあ・・・」
「真っ先に駆けつけたのは類らしい」

その言葉に無意識に司の右手に力が籠もる。
おそらく本人は気付いてはいない。

「俺たちはあいつから連絡が来ない限り自分から敢えて連絡することはしなかった。でも類はそうじゃなかった。あいつが元気でいるか、時々は接触してたらしい。だから事故ったときも携帯の履歴から真っ先に類に連絡がいったみたいなんだ。たまたま類から連絡が来た後だったんだろうな」
「・・・それで?」
「詳しいことは俺たちもわからないんだ。何せその事実を知ったときには全てが終わった後だったからな。わかったことは高速で逆走してきた車に衝突されたこと、前方座席に座っていたご両親がほぼ即死だったこと、弟の進君が数カ所骨折する怪我をしたこと、そして・・・」

その後に続く言葉に思わずゴクッと喉が鳴る。

「そして・・・何だよ。 あいつは? 牧野はどうなったんだ!」

「あいつは・・・・・・牧野だけは奇跡的に軽傷で済んだんだ」
「・・・何?」

一体どれだけの大怪我をしたのかと構えていた司の体から力が抜ける。

「本当に奇跡的なことだったらしい。あいつだけは打撲とかすり傷程度で済んだんだ」
「・・・・・・」

だが安堵したのは一瞬だけ。
そういった状況で自分だけほぼ無傷で済んでしまうなど、人一倍責任感の強いつくしが平気であるはずがない。ましてや両親がそのような悲劇に見舞われているなら尚更のこと。
そのショックたるや想像を絶するものだっただろう。

司の脳裏につくしの両親の面影が浮かび上がる。
直接の接触はそう多くはなかったが、思い出すのはいつだって騒がしくて、そして笑っている顔ばかり。
最初はなんて低俗な人間だと思っていた。
玉の輿狙いのいかにもな人間だと決めつけていた。

だがその実は違った。
あの家に富はなかった。 だが笑顔は溢れていた。
司が欲しかったものが、あの家には常にあった。
あそこにいると何故つくしのような人間ができたのか、言葉がなくてもよくわかる。
そういう家族だった。


その家族がもういない・・・


司は締め付けられるように苦しくなった胸を咄嗟に押さえた。
そしてふと思う。


「だからなのか・・・?」
「え?」
「それがショックで・・・だから牧野はあんなことに・・・?」

だとすれば全てが説明がつく。
精神的なショックのあまりああなってしまったことも。

「あぁ。事故の直後はほとんど放心状態だったらしくて何が起こったのかもよく理解できてない感じだったらしいんだ。滋や桜子たちも駆けつけて親身になって支えてたこともあって激しく取り乱すこともなかったらしい。 ただ・・・」
「ただ・・・?」

「・・・全ての事後処理が終わって、表面的には日常が戻ったような状態になった頃、類が様子を見に行ったときにそれは起こったみたいなんだ」
「それって何だよ?」
「会って最初はあいつ、普通に笑ってたらしい。・・・ただ、何気ない会話の中でふっと両親に繋がるようなものが出てきたときに・・・発作を起こしたって」
「発作・・・」

数日前のつくしの姿が浮かび上がる。
苦悶に顔を歪め真っ青な顔で蹲っていたあの痛々しい姿が。

「類が落ち着かせてその場はなんとか収まったらしい。ただ、それ以降も何かの拍子に発作が出るようになって・・・類は医者に見てもらう必要性を感じたようだ。本人も自分が普通の状態じゃない自覚はあったらしいから、そのことはすんなり受け入れたみたいなんだが・・・問題は病院に行ってから起こった」
「・・・どういうことだ?」
「あいつ、病院に行って発作を起こしたんだ」
「何?」
「恐らくフラッシュバックが起こったんだろうな。病院での出来事が思い出されて、それで激しい発作を起こしたらしい」
「・・・・・・」

「まぁ幸い場所が場所だっただけにすぐに医者が対応して事なきを得たんだが、根本的な解決にはなっていない」
「きちんと自分と向き合うには通院は必要だろうに、その場所に行けば発作が起こるんじゃ本末転倒だからな」
「あぁ」

総二郎の言葉にあきらが大きく頷く。

「結局その時は薬を処方されて咄嗟の対処法を教えてもらっただけで帰ったらしい。ただ、根本的に治すにはやっぱり時間がかかるし、専門医にも診てもらった方がいい。病院に行けないあいつに類は個人的なカウンセラーを勧めたらしいんだが、牧野がそれを拒否したみたいで・・・」
「拒否?」
「あぁ。自分は大丈夫だから今はそっとしておいてほしいと言ったらしい。本人が望まないことを、ましてやあの状況で無理強いすることはできないから、類もそれ以上は何も言えなかったって」
「・・・・・・」

類のことだ。
どうすれば一番つくしの負担にならずに済むのか、これ以上ないほど最大限に考えに考えた上で動いていたに違いない。それでも拒絶されるとなれば何の手出しもできないのは当然だろう。

「それからも発作は度々起こしたみたいだな。結局、そこにいるのはあまりにも精神的に苦しいってことであの場所を離れたんだ。まぁそれも類の助言があったらしいけどな」
「じゃああいつが引っ越したのはやっぱり・・・」
「あぁ。類も絡んでるな」

やはり・・・。
状況的に致し方ないとはいえ、つくしが苦しいときにそれを支えるのはいつだって類。
その事実に司はギリギリと拳に力が入る。

「ただ、類だけじゃない。桜子なんかも率先してあいつを守ってやってた。むしろあいつらの方が必死だったな」
「桜子か・・・」

ああ見えてあの女はつくし命だ。
つくしが苦しんでるとあらばどんな手助けでもするに違いない。
・・・ということはあいつらの協力を得ることは難しいということか。

「あいつらは色々と牧野の手助けをしたらしいが、直接会うことはほとんどしていない。もちろん俺たちも」
「どういうことだ?」

当然の疑問だろう。
だが何故かその続きを話しにくそうにしている。
司にはその理由が見えてこない。
言葉に詰まるあきらの代わりに総二郎が口を開いた。

「お前を思い出すからだよ、司」
「・・・何?」
「何度か接触していくうちにわかったんだ。あいつが発作を起こすのは事故を直接思い出す事柄。同じ色の車だったり高速道路だったり、事故のニュースなんかもそうだな。・・・そして司、お前を連想させることもだ」
「何だと・・・?!」

座り込んでいた場所から思わず立ち上がって総二郎を見下ろす。
自分を思い出すと発作を起こす?!

「そこに関しては俺たちもどうしてなのかはわからないんだ。ただそれが事実だということは疑いようがない。あいつは俺たちと接触するとどうしてもお前のことを思い出してしまう。もしかしたらお前のあの事件のことを思い出して両親に重ねて見てしまってるのかもしれないし、もっと違うところに原因があるのかもしれない。だがあいつが話さない限り俺たちが真実を知る術はない。類もわからないんだ」

そんなバカな・・・
聞かされた事実に司は愕然とする。

「あいつが望むのなら俺たちはあいつの居場所を突き止める必要もないし、仮にもう一生会えないとしてもあいつが幸せならそれが一番だと思ってる。 ただ、それと同時に一生何かに怯えて生きていくようなことにはなってほしくないとも思ってるんだ」
「現状はとりあえず楽な方に逃げてるだけの状態だからな・・・根本的な解決にはなっていない」
「あれから2年が経って少しでも良くなってればと思ってたが・・・お前に会ってすぐにそういう状態になったんじゃ、ほとんど変わってないんだろうな」
「・・・・・・」


重苦しい沈黙が長い時間続く。
それも致し方ない。
救ってやりたい相手を追い詰めるのが自分自身だなんて、あまりにも残酷な現実だ。


「・・・どうするつもりなんだ? 司」
「・・・・・・」
「勘違いせずに聞けよ。俺はお前を責めてるわけじゃない。そしてお前には何の落ち度もない。記憶を失ったのも、その間に起こった悲劇も、全ては誰のせいでもないんだ。・・・ただ、牧野がお前に会うことを望んでない以上、お前にできることは限られてるぞ」

「・・・・・・諦めろってのか?」
「え?」
「俺にあいつを諦めろって言ってんのか?」

ゆっくりと顔を上げた司の瞳は何とも表現しがたい色をしていた。
あきらは思わず息を呑む。

「いや、そういう意味じゃ・・・。 ただ、実際どうするんだ? 八方塞がりなことに違いはないぞ。いつもの力技で突っ込んだところであいつが心身共に苦しむんだから。お前だってあいつが苦しむ姿なんか見たくないだろ?」


それはその通りだ。
あの時の光景を思い出すだけでも自分の胸が苦しくなって息が詰まりそうになるのだから。



・・・・・・だが。



「それでも俺はあいつを諦めない」
「・・・え?」

はっきりと宣言された言葉にあきらも総二郎も司に顔を向けた。

その目は・・・・・・燃えている。
昔よく見たギラギラした炎とは違う、体の奥底から沸々と湧き上がってくるような熱情の炎。
表現するならば紅焰のような。


「あいつが苦しむ姿なんて見たくねぇに決まってる。じゃあ俺があいつの前から一生姿を消してしまえばあいつは救われんのか? そうじゃねぇだろ? どっちにしたって苦しいんなら俺は共に苦しむ方を選ぶ」
「司、それは・・・」
「あいつを苦しめてる原因に俺があるのだとしたら、あいつを救えるのも俺しかいない。それに、何故今になって俺の記憶が戻った? 7年も失い続けてきた記憶がどうして今になって。・・・俺はあいつが俺を呼び覚ましたんだと信じてる。 だから絶対にあいつを取り戻してみせる」
「司・・・」

それは揺るぎない決意だった。
例え誰が何を言おうとも、彼を止めることなどできやしない。
司をよく知る人間ならば誰もがそう思うには充分だった。


「おい、どこ行くんだよ?」

黙って踵を返した司に慌てて総二郎が声をかける。

「・・・・・・今できることをやる。それだけだ」
「できることって・・・」

一体何が? と思っても、司にしかわからない何かがあるのかもしれない。


「今日は無理言って悪かったな。またゆっくり連絡する。・・・じゃあな」

振り向きざまにそう言うと、司は足早にその場を後にした。
その場に残されたのは呆気にとられたままの友人2人と倒れたグラスに、すっかり床に零れ落ちてしまったアルコールだけ。


「・・・あいつ、ほんとに記憶が戻ったんだな」
「・・・あぁ」
「まんま昔の目に戻ってたな」
「・・・あぁ」


昔の目 ____

俺様で暴君だっただけの目ではない。
つくしに出会ってつくしを手に入れるために燃えていた時のあの目。
その光を7年ぶりに見たのだ。

「簡単なことじゃねぇのはわかってるけど・・・あいつならほんとに何とかするんじゃねぇかって、そう思わせるような目だったな・・・」
「・・・あぁ、そうだな」




見た目はこの上なく儚げで頼りなくなってしまったというのに、その瞳に宿る力強さに、どちらからともなくそんなことを呟いたまま、ただじっと親友のいなくなった扉を見つめていた。






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愛が聞こえる 12
2015 / 03 / 15 ( Sun )
「おう、おせーぞ」

「・・・悪い、遅くなった」


珍しくすんなりと謝罪の言葉を口にした男は、これまた珍しく息を切らしていた。
既にまったりと寛いでいた一人がソファーの背もたれから体を起こす。

「そんなに走ってきたのか?」
「・・・多少な」
「お前が待ち合わせに走ってくるなんて珍しいな。しかもこれが7年ぶりの再会ってのがまた何とも不思議な感じだな」
「・・・・・・」

「久しぶりだな、司」
「・・・あぁ」

軽く深呼吸をして息を整えると、声を掛けてきた男の正面に腰を下ろした。

7年ぶりに見る男 ____
西門総二郎もまた、記憶を失っていた自分とは対照的に随分と大人びて見えた。


「そんなに忙しいのか?」
「・・・まぁな。今取りかかってるプロジェクトで少し手こずっててな。方々に飛び回ってる」
「そっか。噂には聞いてたけど相当でかいプロジェクトらしいもんな。・・・つーかお前どんだけ痩せたんだよ? まるで別人じゃねぇか」
「・・・・・・」

再会する人という人に同じ事を言われ続け、その言葉に司の目が明らかに苛立ちの色に染まる。
総二郎自身もあきらから司の話はある程度聞いていたが、いざ実物を目の当たりにして思わず口を突いて出てしまっていた。それほどに親友の姿は変わり果てていた。

「でもこの前に比べれば随分良くなったよな。あの時はほんとに死ぬんじゃねぇかと思ったよ」

険悪な空気になりそうなところですかさずあきらがフォローを入れる。
空気を読むのもタイミングを読むのも、昔からこの男の右に出る者はいない。

「あれからかなりメシ食ってんじゃねぇのか?」
「・・・・・・」

本音で褒めたつもりだったが、司は沈黙を保ったまま。

実際、前回久しぶりに見た親友は目も当てられないほどに痩せこけていた。
いい男がまるで台無しだったが、あれから1ヶ月あまり、昔に比べればまだまだ細いことに変わりはないが、確実に肉がついていることは違いなかった。あきらはひとまずそのことに安堵した。
彼なりに現実を受け止め必死で現状を打開しようと努力しているのがよく伝わってきたから。
だがその割には目の鋭さが前よりも増したような気がするのが妙に気になった。

それは今日こうして呼び出しがかかったことと関係しているだろうことは明白で。
そして司がわざわざ声をかける理由など一つしかない。


「お前ら一体何をどこまで知ってんだ?」


あきらの予想通り、沈黙を破った司の口からでたのはつくしのことだった。
まだ記憶の戻った司と会うのが初めてな総二郎がその言葉にあきらと顔を見合わせる。

「あれから何かあったのか?」
「・・・・・・あいつの居場所を見つけた」
「見つけた?!」

それはあきらにとっても驚きだった。
あきらがつくしの現在の居場所を知らないというのは紛う事なき真実だった。
美作の全権力を駆使すれば見つけ出すことも不可能ではなかっただろうが、本人が望まざる事を無理して曝く必要性を感じなかった。
だがそう簡単に見つけ出せる状況じゃないことは知っていた。
ましてや司ならば尚更のこと。
それをこのわずかな間に見つけ出すとは・・・さすがは野獣の本能だと笑わずにいられない。

「どうやって見つけたんだ? 俺ですら知らねぇってのに」
「・・・・・・今かかってるプロジェクトで行った先であいつを偶然見かけたんだ」
「マジでか?!」

総二郎が思わず声を上げる。

「あぁ。一瞬だけあいつを見た。そこからは俺だと悟られないようにひたすら時間をかけて探し出した」
「はぁ・・・すげぇな。どこにいるのかわからねぇのに偶然会うとか・・・。やっぱりお前らは、・・・・・・」

そこまで言いかけて総二郎が慌てて口をつぐむ。
その後に続けようとした言葉は一体何だったのか。


「俺たちはどうやっても巡り会う運命なんだよ」


だが自分が言いかけた言葉をまるっと再現されてハッと顔を上げた。
運命だなんて、まるで女好きが使いそうなセリフで笑いとばしたくなるというのに、正面にいる男の顔があまりにも真剣すぎて、総二郎もあきらもただ黙ってその言葉を聞いてしまっていた。

「・・・・・・会いに行ったのか?」
「あぁ」

即答にあきらが思わず天を仰いだ。
その時にどんなことが起こったのかが容易に想像できて。
・・・だが遅かれ早かれそれ自体は避けては通れないこと。
司にとってもつくしにとっても厳しい現実だろうが、司の言う通りどうやっても巡り会う運命なのだとするならば、必ず乗り越えなければならない試練なのだ。


「それで・・・」
「もう一度聞く。お前らは何を知ってるんだ? 今さら隠す必要もないだろ。知ってることを全て教えろ」

言外にこれ以上の御託はいらねぇと明らかに含んでいて、余計なことを言おうものなら司の怒りを買うことは必至だった。

「・・・わかったよ。俺の予想より遥かに展開が早かったけど、再会しちまった以上黙ってる意味がない。お前には俺の知ってることの全てを話すよ」
「・・・・・・」

一度深呼吸をして自分を落ち着かせると、あきらは慎重に言葉を選びながらぽつりぽつりと話し始めた。















高校卒業と同時につくしが富山に引っ越すと言い出したのは、卒業を数日後に控えたある日のことだった。


「富山って・・・なんでいきなり?!」

その日大学に顔を出していた総二郎とあきらが何となく高等部に顔を出した際につくしと遭遇し、たわいもない会話をしていた中で突然つくしの口から思いも寄らぬ一言が飛び出した。
まさかの発言に驚きを隠せない2人を見てつくしは苦笑いしている。

「うん、うちの父親の仕事の関係でね。両親だけ行くことも考えたんだけど・・・色々相談した結果、家族で引っ越すことにしたの」
「でもお前こっちの大学に進学決まってただろ? どうすんだよ」

そう。 つくしはこの時既に進学先が決まっていた。

「うん・・・・・・悩んだんだけど、やっぱりやめようと思って」
「「 やめる?! 」」

綺麗にハモった2人にとうとうつくしが吹き出した。

「あははっ! さっきから2人とも面白すぎ。今綺麗にハモったよ?」
「お前、んなことはどうだっていいんだよ! それよりもどういうことだよ? 進学やめるのか?!」
「・・・うん。ほら、やっぱりうちは経済的にも厳しいからさ」
「なんでだよ! お前は成績優秀だし奨学金だって受けるって言ってただろ? 必要であれば俺たちだっていくらでも手助けするし、何で今さら・・・」

想像以上の反応だったのだろうか。
つくしはうーーんと首を傾げてしばらく考えると、困ったように笑いながら言った。

「・・・・・・うん、色々とリセットしたいなと思って」
「リセット・・・?」
「うん、リセット。・・・ほら、何て言うか、この1年ちょっとはあたしにとって非現実的な時間だったっていうか。もともと皆に出会ってなければあたしは間違いなく就職組になってただろうし、うちが経済的に厳しいのはこれからも紛れもない事実だからさ。ここ最近ずっと考えてたんだ。本当に進学していいのかなって。そんな時にパパから転勤の話を聞かされて。あぁ、これも何かの意味があるんじゃないかな~って思ったんだ」
「牧野・・・」
「・・・司のことが関係してんのか?」

総二郎の直球に一瞬言葉に詰まったが、次の瞬間にはつくしは笑っていた。

「・・・全くないって言ったらやっぱり嘘になる。あいつと出会って本当に色んな事があった。さっきも言ったけどそれは私にはあまりにも非現実すぎて・・・。あいつがいなくなってあたしなりに色々悩んだし考えた。でもだからって現状が変わるわけじゃない。いつまでもウジウジしてるのなんて自分らしくないし、今回のことは色んな意味で自分を見つめ直すいい機会だと思ったの」
「・・・諦めんのか? あいつのこと」
「・・・・・・っ、あはっ、やだ、美作さん、そんなのはもうとっくでしょ? あいつにバイバイって言った時点であいつへの想いは断ち切ってるの」
「でもお前・・・」
「だからっ、私にとってはまたここから新しいスタートなの! 上手く言えないけど、これがあたしの本来の人生なんだよ。変わったんじゃなくて、元に戻っただけ。ただそれだけ」
「牧野・・・」

笑いながら必死で言い繕うつくしが痛々しくて、まるで自分に何とかしてそう言い聞かせているように見えて、その姿に総二郎もあきらもそれ以上は引き止めるような言葉をかけることができなかった。
2人が考えている以上につくしは悩んで苦しんできたはずだ。
弱音を決して出さない性格ならば尚更のこと。人知れず数多くの涙を流してきたに違いない。


そのつくしが人生をリセットしたいと言っている。
たとえそれが心からの本音じゃないのだとしても、それを止める権利などあるはずがない。
ましてや司の記憶が戻るかどうかなど誰にもわからない。確証もない。
そんな中で諦めるな、信じて待ってろだなんて無責任なことが言えるわけがないのだ。


「・・・・・・」

黙り込んでしまった2人につくしが笑って背中を叩いた。

「やだ、そんなに神妙な顔しないでよ! ほんとに悲観するような話じゃなくて前向きな話なんだから! 別にこれが今生の別れじゃないんだし、皆との絆は離れたとしても大切にしたいと思ってる。会えるチャンスがあればまた会いたいとも思ってる。だからそんなに深く考えないで? ねっ?」

この笑顔を見せるまでにどれだけの涙を流してきたのだろうか。
その健気さが痛々しくもあり、また純粋な恋愛というものを自ら遠ざけてきた2人にとっては眩しくもあった。

幾度の眠れぬ夜を越えて出したであろう結論に口出しすることなど許されない。


「そっか・・・。もう決めたんだな?」
「うん」

即答だった。
その時点で2人がつくしに言える言葉は一つだけになってしまった。

「・・・・・・わかった。お前が決めたことなら応援するよ。・・・頑張れよ」
「ありがと、美作さん」
「たまには連絡寄こせよ」
「もちろん! 次に会うときは西門さんもいい加減女ったらしをやめておきなさいよ?」
「ははっ、そりゃあ無理な話だな」
「もー! その気がないだけでしょっ!」
「はははっ」











「それから俺たちは牧野が富山に発つ前日に滋達も含めて全員で会ったんだ。あいつは最後まで笑ってた。そうして笑顔で別れた」
「・・・・・・」


ぽつりぽつりと語られていくつくしの過去を司はただ黙って聞いている。
目の前のグラスに手を触れることすらなく、口に手を当てたまま微動だにせずじっとしたまま。

「富山に行ってすぐに就職先が決まったという話を風の便りで聞いた。あいつはもともと生粋の真面目人だからな。あっという間に働き口は見つかったらしい。それからは普通に社会人として何事もなく暮らしていたようだ」
「俺が茶会で一度だけ北陸に行ったときにあいつに会ったことがあるんだ。相変わらず働き蜂みたいに忙しくしてたけど、至って元気そうにしてたな」
「じゃあなんであいつはあんなになったんだよ! 一体あいつに何が・・・」

いつまで経っても見えてこない答えに思わず司が声を荒げる。


「・・・あいつが新天地で頑張ってるのはわかってたし、どういう思いを抱えてあんなことを言ってたのかも痛いほどにわかる。だからそれから俺たちが会うことはほとんどなかった。もちろん何かがあればいつでも手助けするつもりでいたけどな。・・・・・・そうして月日が流れてあいつがあっちへ行って4年目の春のことだった」
「・・・・・・なんだよ、黙ってないでさっさと続きを言えよ」

「・・・・・・」
「あきらっ!!」


司の怒鳴り声に暫し言葉を呑み込むと、あきらは意を決したようにゆっくりを口を開いた。





「 その春、牧野の両親が亡くなったんだ 」






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愛が聞こえる 11
2015 / 03 / 14 ( Sat )
ガチャッガチャン、バリーーーーーーーンッ!!!


邸中に響き渡る破壊音に、近くにいた人間が皆竦み上がっている。
いつ自分にとばっちりが飛んでくるかわからない恐怖に戦々恐々としているのだ。
主の帰国からもうすぐ2ヶ月を迎えようとしていたが、こんなにも荒ぶった行動に出たのはこれが初めてのことだった。

このような状況下で勇猛果敢に近づいて行ける人間など、この邸に一人しかいない。



「そんなに荒れて一体どうされたというんですか」

バキッ、ガシャーーーーン!!

声をかけた老婆の姿など視界にも入れず、手当たり次第に物を破壊していく行為は止まらない。
昔は毎日のように見かけていた光景にタマは思わず大きな溜め息をつくと、すーーーっと息を吸い込んで声を張り上げた。


「一体何をされてるのですか! おやめくださいませっ!!」


廊下中に響いた声にようやく動きが止まる。
ゆるりと振り向いた顔はまるで鬼のような形相で、柱の陰から様子を見ていた使用人達が思わずその身を隠した。


「・・・ここは俺の家だ。何をしようと自由だろ。てめぇには関係ねぇ」

遠目に見ているだけでも縮み上がるような声色だというのに、タマは怯むどころか背筋を伸ばしてフンッと鼻を鳴らした。

「関係ない? 私はこの邸の責任者です。邸での生活が安全且つ平穏であるように守る義務があるんです」
「じゃあそんなんやめろ。主からの命令だ。一切口出しすんじゃねぇ」

吐き捨てるようにそう言うと、その右手が近くにあった壺を握りしめた。
この次に取る行動など言うまでもない。

「手当たり次第物を壊せば現状が良くなるんですか? だったらこの邸にあるもの全てを壊されればいいのです!!」

その言葉に振り上げていた右手が止まった。

「・・・んだと?」
「何を苛立ってらっしゃるのかは知りませんけどね、思い通りにならないからと言って子どものような行動に出るのはおやめください!」
「てめぇっ・・・!」

ガシャーーーーーーーーーンッ!!!

持っていた壺を床に叩きつけると、そのままタマの胸倉を掴んで締め上げんばかりの勢いで老婆の前に立ちはだかった。だがこの状況をもってしてもタマが怯むことは微塵もない。

「殴りたければ殴ってもらって構いませんよ。仮にそれで死のうとも坊ちゃんをお止めすることができるのなら本望ってものです。さぁ、殴ってくださいな!!!」
「っのやろう・・・!」

カッとなった司の右手が空を切る。
その瞬間、再び物陰から様子を見ていた使用人の口から悲鳴が漏れた。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

振り上げられた拳がいつ自分に落とされるかわからないというのに、タマは微動だにせず直立している。殴られそうになっているのは一体どちらだというのか。
イライラして落ち着かない司とこの状況に及んでも尚冷静さを失わない老婆、その姿は滑稽なほどに対照的だった。


「くそったれがぁっ!!!!」


ガツッ!!!!


鈍い音が響いたかと思うと、大理石の床にポタポタと赤い滴が落ち始めた。
拳の入った壁には軽く亀裂が入っている。
タマはそんな司を悲しげに見つめた。

「・・・坊ちゃん、タマには坊ちゃんに何があったのか知る由もありません。けれどね、こんな行動はもう二度とおやめください。物を壊したって、自分を痛めつけたって、何かが変わるわけがないじゃないですか! あなたはもう立派な大人なんです。いつまでも子どもじみた真似はおやめください!! あの子だって・・・、・・・つくしだって、こんな坊ちゃんの姿を見たいわけがないじゃないですかっ!!」

『 つくし 』 という言葉に肩が揺れたかと思うと、血のついたままの右手をそのまま突っ込んで髪を掻きむしりだした。



「くっそおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」



悲痛な司の雄叫びが邸中へとこだました。










***



「落ち着かれましたか」
「・・・・・・」
「よろしいですか。もうこんなことは二度とおやめください。こんなことをしても誰一人幸せになれる者などいないのですから。坊ちゃん、あなたもです」

これはデジャブだろうか。
いつぞやと同じように右手に包帯を巻き終えると、タマは右手に自分の両手を添えて懇願するように司に語りかけた。何の返事も返ってこないが、先程のような怒りのオーラはすっかり鳴りを潜めていた。

何があったのかはわからない。
だが 「誰が」 原因なのかは聞くまでもない。
司がつくしと再会したのだということは明白だった。
そしてそこで何かしら受け入れがたい現実に直面してしまったのだということも。

タマは祈りを込めるように載せた手のひらに力を入れると、やがてゆっくりと手を離して使った道具を片付け始めた。


「・・・・・・あいつに会ったよ」


その言葉に思わず手が止まりそうになるが、必死で動揺を隠して作業を続けていく。

「あいつは何も変わっていなかった。年相応に大人にはなっていた。それでも、俺が知る牧野のままだった。何一つ変わっていなかった」
「・・・・・・・・・」
「だがそれは見た目だけだった」

カタン・・・

今にも泣きそうな声で放たれた言葉にとうとうタマの手が止まった。
振り返ると、やはり泣きそうに見えるほど顔が苦悶に歪んでいる男がいる。

「坊ちゃん・・・」
「あいつとまともに話すことすらできなかった」
「・・・・・・」















「失礼ですがあなたは道明寺さんですか?」
「・・・それが何だ」

目の前で横たわる女から少しも目を離さずにぶっきらぼうに答える。
あれから倒れてしまったつくしを控え室まで運ぶと、ソファーをベッド代わりにつくしを横にした。すっかり呼吸は落ち着きを取り戻したが、顔色はまだ完全には戻っていない。
握りしめた手はひんやりと冷たく、少しでも温まるようにと必死で摩り続ける。7年ぶりに触れた手に、それだけで気持ちが溢れ出してしまいそうになるのを必死で堪えていた。
司書の女はそんな様子を複雑そうな表情で見下ろすと、ソファーを挟むような形で司と向かい合った。

「失礼を承知で言わせていただきます。何をしに一体ここへ?」
「こいつに会う以外何もあるわけねぇだろ」

視線も合わせずに即答する。
だが次に放たれた言葉に思わずその顔が上を向いた。

「・・・彼女はあなたに会うことを望んではいません」
「・・・・・・何?」

初めて目の当たりにする男の睨みに女の体が思わず揺れる。
恐怖で震えているのだろうか、だが微かに声を震わせながらも尚も女は続けた。

「初対面なのにこんなことを言うのは本当に申し訳ないと思っています。・・・ですが彼女がここで働く上で何度も頭を下げられたことなんです。道明寺を名乗る人物が現れたら自分はここにはいないと言ってくれと」
「・・・・・・」

やはりつくしは自分の意思で隠れていた。
そんなことはとっくにわかっていたことだった。
だがこうして彼女から直に言われたという事実を前に、思いの外ショックを受けている自分がいる。覚悟ができているなんて真っ赤な嘘だ。
本当は心のどこかでそんなことはないと信じていたかった。

だが突きつけられる現実はいつだって残酷なものばかりだ。


「・・・・・・こいつに一体何が起こったんだ? 何故牧野はあんなことに・・・」
「私も詳しい原因までは聞いていません。ただ、彼女は度々過呼吸の発作を起こすんです」
「過呼吸?」
「はい。彼女の場合正確には過換気症候群と呼ばれるもののようですが・・・」
「過換気症候群・・・」
「あれでも一時期に比べればかなり良くなったんです。ここに来た頃はもっと頻繁に起こしていました。詳しい背景までは話せない、迷惑をかけてしまって申し訳ないと、こっちが気の毒になるくらいに頭を下げ続けていました」
「牧野はいつ、どうやってここへ来たんだ?」
「・・・・・・申し訳ありません、それはお教えすることはできません」
「・・・口止めされてるってわけか」
「・・・・・・本当に申し訳ありません」

そう言って女は頭を下げたまま項垂れてしまった。
司は握りしめた小さな手にギュッと力を込める。

「・・・私がこんなことを言う立場にいないのはわかっています。ですが彼女のことを大事に思うのならば、今日はこのままお引き取り願えませんか?」

思いも寄らぬ言葉に目の前の女を見ると、怯えながらもその目は真剣だった。

「あれだけ避けてきた相手に突然遭遇してしまって、彼女の中では上手く処理しきれないんだと思います。このまま起きたとしてもまた発作を起こしてしまう可能性が高い。そうなってしまっては話をすることだって不可能です。・・・私は彼女が苦しむ姿はもう見たくないんです。せっかく足を運んでくださったのにこんなことを言って本当に申し訳ないと思っています。ですが今日はどうかこのまま・・・!」
「・・・・・・・・・」
「本当にごめんなさいっ!!」

何も答えない司に、女は立ち上がるとガバッと頭を下げた。
見たところ30代後半くらいだろうか。ただの同僚か、あるいはそれ以外でも面識があるのか。
つくしとこの女がどういう関係なのか知る由もないが、少なくともつくしがこの女にとても大切に思われているということは初対面でもわかるほどに揺るぎのない事実だった。


「・・・・・・俺は諦めねぇぞ」
「・・・え?」

ゆっくりと顔を上げた女に司ははっきりと言い切った。

「こいつにどんな背景があって今こういう状況にあるのかはわからない。だが俺はこいつを諦めるようなことは絶対にしない」
「それは・・・」
「こいつのいない人生なんて生きていても死んでるも同然だった。自分を取り戻した以上、俺は絶対にこいつを手放したりしない。たとえ共に地獄に堕ちようとも。・・・そして牧野も心の奥では同じ気持ちでいると信じてる」
「・・・・・・!」

司の揺らがない真っ直ぐな視線に女が思わず息を呑んだ。
何と答えればいいのか、必死で言葉を探すが何も見つけられずにいる女の戸惑いを知ってか知らずか、司は握りしめていたつくしの手のひらに静かに唇を落とすと、その手をベッドに置いてゆっくりと立ち上がった。

「あ、あの・・・」
「・・・とりあえず今日はこれで帰る。だが忘れるな。俺は絶対にこのまま身を引いたりしない。必ず会いに来る。牧野がいくら逃げようとしても無駄だ。その度に俺はこいつを地面を這ってでも見つけ出すからな」
「・・・・・・」

黙り込んだ女などには目もくれず、司は胸ポケットから小さなケースを取り出すと、その中に忍ばせていた名刺にサラサラと何かを書き始めた。そして書き終えるとおもむろにそれを目の前の女に差し出した。
女は意味がわからず戸惑いの表情を見せる。

「・・・え・・・?」
「牧野が起きたらこれを渡してくれ。早朝だろうと真夜中だろうと構わない。いつどんな形でもいいから連絡を待ってると。いずれ時間を作ってまた来る」
「あ、あのっ・・・!」
「・・・牧野を頼む」
「・・・!」

こんなものは受け取れませんと突き返そうとした司書の手がそれ以上動かなくなってしまった。
短い言葉の中に目の前の男の切なる想いが込められていて、それ以上突き放すことなどできなくなってしまった。




「牧野・・・・・・またな」




眼下に横たわる愛する女にそう語りかけると、司は体を反転させてその場を後にした。
その後ろ姿には怒りとも、悲しみとも、何とも表現しがたいオーラが満ち溢れている。

やがて男のいなくなったドアを呆然と見ていた女がハッと我に返ったように手元に視線を落とした。




『 お前を必ずこの手に取り戻す。 俺はお前を信じてる 』




そう書かれた名刺からは、微かに甘酸っぱいコロンの香りが漂っていた。






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