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忘れえぬ人 18
2015 / 08 / 22 ( Sat )
2人の間に漂っているのは妙な緊張感。
・・・いや、そうではなく実際には聞かれた男が動揺を隠せていないだけだ。

「おいあきら、聞いてんのか」
「えっ? あ、あぁ・・・。 ・・・先に聞くけど、それを確認してお前はどうしたいんだ?」
「どうしたい?」
「あぁ。お前、牧野のことを何か思い出したのか?」
「いや? だからこうして調べさせたんだろ」

目の前には数枚とは到底言えぬ厚さの書類の束。
その一番上にはよく見知った女の写真と 『牧野つくしに関する報告書』 と書かれている。

「だから一体何のためにそんなことをしてるんだ? お前、この前牧野に会ったときにはあれだけ突き放してたのに、ここまで徹底して調べる理由は何なんだよ?」
「それがわかればこんなことしねーな」
「えっ?」

調査書に視線を送った後、司は何故か笑った。

「この女、無性に俺をイライラさせる」
「それは・・・」
「思えば4年前記憶を無くした後もそうだった。こいつを見る度に苛立ちが募って仕方がなかったんだよ。NYに行けばそれも解消されるとばかり思ってたが・・・俺の苛立ちは決して消えることはなかった。何をやっても頭に靄がかかったように俺の中でくすぶり続けてやがる」
「・・・それでさっきの話と牧野がどうやれば繋がるんだよ」
「夢に出てくる女がいるんだよ」
「夢?」
「あぁ。決まって同じ夢だ。・・・暗闇の中にぼんやりと後ろ姿の女が立ってんだよ」
「後ろ姿の女・・・? まさか、それが・・・?」
「俺もまさかとは思ったけどな。後ろ姿を見て確信したんだよ。あの後ろ姿の女と夢に出てくる女が同じだってな」

あきらは驚きを隠せなかった。
この4年、自分たちはつくしを幾度となくこの目で見て接してきたというのに。
その後ろ姿をどれほど見てきたというのか。
それなのに、世間の話題を攫っている女がすぐ目の前にいるなどと考えだにしなかった。

それをこの男は一瞬で見抜いたというのか。

「司、お前・・・」
「あいつは類の女じゃねぇのか?」
「え?」
「あの類があそこまで徹底して守ろうとする女だ。そう思うのが自然だろ」
「・・・いや、それは違うぞ」
「だとしても類にとっては特別な女ってことに違いはねぇよな?」
「それは・・・」

あきらがどうこう言えることではない。
類の今現在の本心がどこにあるかなど、真実は本人しか知りようがないのだから。

「じゃあ最初の質問に戻す。俺とあの女の関係はなんだ?」
「・・・・・・」
「今思えばあの女、あの当時とんでもねぇ言動を繰り返してたよな。あんたはあたしのことが好きだの、邸に平然と入って来たこともあったな。使用人もそれに何の疑問も感じてはいなかった」
「司、あのな」
「俺の女か?」
「えっ?」

「俺の女だったんじゃねぇのか?」



シーーーーンと室内が静まり返る。
ゴクンと息を呑む音まで、脈打つ心臓の音まで響き渡るような、そんな静寂が。

口を開けたまま二の句を告げないでいるあきらを見ると、司は何故か愉快そうに笑った。

「やっぱりな」
「司、お前これからどうするつもりだよ」

司自らがそれに気付いたというのに、何故かあきらの心は晴れない。
それは目の前の男が決してその事実を歓迎しているようには見えないからだ。

「どうする? 俺はこの鬱屈としたイライラをさっさと取っ払いてぇんだよ」
「その事実を知って、お前は牧野をどうするつもりなんだ? 恋人に戻るっていうのか?」
「クッ、冗談じゃねーよ。過去は過去、今の俺には関係ねぇ話だ」
「お前・・・牧野を傷つけるようなことはするなよ。後になって後悔するのはお前自身なんだからな」
「知るか。俺は自分の本能のままに動くだけだ。その結果あの女がどうなろうと知ったこっちゃねぇ。俺の女だったっつっても、どうせあの女の方が一方的に好意を寄せてただけに決まってんだからな」
「それは違うぞ。むしろ追いかけてたのはお前の方だ」
「・・・何?」

整った眉がピクリと動く。

「確かに牧野もお前のことが好きだった。けどな、惚れて惚れて惚れ込んでたのは間違いなくお前の方だ。それは揺らぎようのない事実だぞ。だからこそあいつを傷つけるような真似はするな」
「フン、仮にそれが事実だとしてじゃあ何故俺はあの女を忘れた? 本当にそれだけ大事な女ならたとえ死のうともその女のことだけは忘れないんじゃねーのかよ」
「それは・・・」

そこを言われてしまっては何も返しようがない。
司の主張は普通に考えれば最も理にかなっているのだから。
考えすぎて忘れてしまう。
何故そんなバカなことが・・・あの時誰もが思ったことだ。

「過去がどうであろうと俺は俺だ。過去に振り回されるなんてまっぴらごめんなんだよ。この俺をイライラさせるあの女を間近で見て、その結果どうするかはそれからだ。必要ないと思えば容赦なく切り捨てる」
「おい、牧野は俺たちにとっても大事な友人だ。お前が必要以上にあいつを傷つけるようなことがあれば、いくらお前だろうと俺たちは黙っちゃいないぞ」
「・・・・・・クッ」

釘を刺しているというのに、何故この男は笑っているのか。

「・・・やっぱりあの女は相当強かな野郎だな。お前ら全員を懐柔してるってわけか」
「司っ!」
「まぁいい。とにかく俺はその事実を確かめたかっただけだ。この報告書を見たときから違和感を感じてたんだよ。あの女に関する決定的な記述が抜け落ちてるんじゃねぇかってな。やっぱり俺の勘は当たってたってわけだ。・・・西田の奴、どういう狙いがあるのかは知らねーが、そのまま俺を騙せるとでも思ったのか? だとしたら随分見くびられたもんだな」
「西田さんが・・・?」
「要件はそれだけだ。急に呼び出して悪かったな。俺はもう行くけど好きなだけ飲めよ」
「司っ、これだけは言っておくぞ。絶対にあいつを傷つけるな! これはあいつのためじゃない、お前のために言ってるんだ」
「聞き飽きたな」

鼻で笑うと、司は颯爽と部屋から出て行ってしまった。
あきらはしばし呆然とその場に立ち尽くしていたが、やがてテーブルの上に放置されたままの書類に気付くとそれを拾い上げる。

「嘘なんかじゃねぇぞ。現に牧野に執着し始めてることが何よりの証拠じゃねーか。後で後悔したって遅いんだからな・・・!」

やるせない想いに、思わず握りしめた手の中でぐしゃっと音がした。

「にしても・・・これだけの報告書に肝心要の情報が書かれてなかったってどういうことだ?」

すっかり形を変えてしまった紙の束を見下ろす。
ここにはつくしはもちろん、牧野家に関する調査結果も事細かに書かれているに違いない。
だが最も重要な部分、言ってしまえば欠落した記憶の部分が丸々触れられていないということなのか。だとすれば何のために?
2人を引き合わせないためか、それとも・・・?

「ってことは・・・司の奴、自分だけじゃなくて牧野も記憶がないってことには気付いてんのか・・・?」

そう口にしたところで、その答えを知る男はとっくにその場からは消えていた。






***



ピリリリリリリッ ピリリリリリリッ ピリリリリリリッ ピッ・・・

「ん・・・」

・・・首が痛い。

「・・・あれ、あたしあのまま寝ちゃったんだ・・・」

ゆっくりと体を起こすと、どうやらテーブルで雑誌を読みながらそのまま顔を横にして眠ってしまっていたらしい。首が痛い原因はこれのようだ。

「あたたた・・・危うく寝違えるところだったよ」

ゴキッゴキッと首を回して動かない場所がないことにひとまず安堵する。

ピリリリリリリッ ピリリリリリリッ ピリリリリリリッ

「ん? 携帯だ。やっぱりあの音は夢じゃなかったのか。・・・あれ? 鳴ってない」

ごそごそと愛用している鞄の中の携帯を取り出したものの、ウンともスンとも反応していない。
だが室内には変わらず電子音が響き渡っている。

「・・・あっ!」

そういえば。
バッと振り返ると、つくしは急いで棚の上へと手を伸ばした。

「・・・やっぱり」

見慣れない真っ黒な、まるで漆塗りのようなそれが勢いよく音をたてている。
あの男がこの前強引に残していった、あの携帯が。
この番号を知っている人間は・・・おそらく1人しかいないのだろう。

『 いついかなる場合でも連絡を無視することは許さねぇ 』

「なによ、なんなのよ・・・!」

できることなら思いっきり無視してやりたいが、自らの意思で受け取った以上そうすることもできない。つくしはゴクンと息を呑むと、恐る恐る黒い物体へと手を伸ばした。
あぁ、急激に心臓が暴れ出して変な汗まで出てきたじゃないか!

「・・・も、もしもし・・・?」
『 おせぇぞ! ブッ殺されてぇのかっ!! 』
「ひっ!」

通話開始と同時に聞こえてきた鼓膜をぶち破るほどの怒鳴り声に飛び上がる。

「う・・・うるさいわねっ! そんな大きな声出さなくたって聞こえてるわよっ!!」
『 てめぇ、この俺が何回かけたと思ってる 』
「知らないわよ! そもそも今何時だと思ってんの? もう日付も変わってるっていうのに、こんな時間にかけてきてすんなり出る方がおかしいでしょうが!」
『 知らねーな。いつだろうと出ろっつってただろ 』
「くっ・・・!」

こんのクソ男!
なーにが 「司は思ってるほど悪い人間じゃないよ」 だ。
どっからどうみても極悪人じゃないかっ!

『 次の土曜。朝5時にお前の家に迎えをやる 』
「えっ?」
『 えっ、じゃねーよ。仕事だ。5時だからな。1秒でも遅刻してみろ、ぶちかましてやるからな 』
「なっ・・・!」
『 用件はそれだけだ 』
「えっ? ちょっ、待っ・・・!」

ブツッ、 ツーッ ツーッ ツーッ・・・

突然鳴って突然消えた携帯をあんぐりと見つめる。


「何よ、何なのよ・・・」


予測不能な嵐。
しかも逃げればとことん追いかけてくる。
これから先、こんなことが延々と続くのだろうか。

つくしはその現実にガックリと項垂れながらも、目の前のカレンダーに予定を書き込んでしまっている自分のクソ真面目さこそが恨めしくて仕方がなかった。




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忘れえぬ人 17
2015 / 08 / 21 ( Fri )
「別にいいんじゃない?」
「えっ!!」

期待を180度裏切るその返答に思わず絶叫に近い声が出てしまった。

「・・・なに、何か変なこと言った?」
「いや、だって・・・困るでしょ?」
「何が?」
「何がって、だから・・・なんというか、あたしはほら・・・」

チラチラと、周囲の人と離れた場所にいるとはいえ、万が一を考えてそれ以上の言葉に詰まってしまう。

「もしかしてうちとの契約のこと気にしてる?」
「ちょっ・・・もうちょっと声小さくしてよっ!」

こっちの必死の努力がまるで無駄になってしまうじゃないか。

「別に誰も聞いてないって。仮に聞こえたところで何の話かなんてわかるわけないし」
「そうかもしれないけど、でもっ」
「うちとのことなら全然気にしなくていいよ。そもそも牧野、もうとっくに借金の返済終わってるし。だから本当はいつやめてもらっても構わない状態だったんだよね」
「えっ・・・?」

この男、目にも眩しい笑顔でとんでもない爆弾発言しなかったか?
今なんて?
返済が・・・終わってる・・・?

「え、えぇーーーっ!!!?!」

ガタガタンッ!!

突然凄まじい音をたてて立ち上がったつくしに、店内にいた人間の視線が集中した。

「牧野、お前が一番うるさい」
「ハッ・・・! ご、ごめんっ・・・!」

ペコペコと頭を下げて慌てて座ったが、落ち着いてなんかいられるかっ!

「ちょっと、花沢類っ! 返済が終わってるってどういうことっ?!」
「どういうことって・・・意味わかんない? 借金を返し終わってるって意味だけど」
「そういうことじゃなくてっ、終わってるだなんて全然聞いてないんだけど!」
「うん、だって言ってないもん」

もん、って・・・。
またしてもサラッと悪びれることもなく言われた言葉に開いた口が塞がらない。
完済してたって・・・しかもさっきとっくにとか言ってなかった?
じゃあ今まで何のために極秘であの仕事を続けてきたっていうの?!

「別に牧野が聞いてくれば隠す気なんてなかったよ? っていうか普通気付くだろ。あれだけ世間で話題になる広告ともなれば、収入面でも凄い効果があっただろうってことくらい。あんたが頑なにギャラの受け取りを拒否するからだろ?」
「それはそうだけど、でもだからって・・・」

一言くらい言ってくれたっていいんじゃない?
ひたすらがむしゃらに完済することだけを目指して頑張ってきたっていうのに・・・

「まぁ本音を言うとあの仕事をやってるあんたをもう少し見ていたかったってのもあるんだけどね」
「 え? 」
「知ってた? 撮影の時の牧野、すげー輝いて見えるの」
「な、何言ってんの?!」
「あ、照れてる」
「てっ、照れてなんかいないっ! っていうか後ろ姿だけなのに輝いてるもなにもないじゃん!」
「うん、まぁね。でもその後ろ姿だけでどうしてあれだけ世間で話題になったと思う?」
「どうしてって・・・」

それは正体が誰なのかがわからないからであって、決してあたしだからでは・・・

「いい? 牧野。いくら顔が見えないからって、その存在に何かしらの魅力がなければ人はそれに惹きつけられることなんてない。あの仕事を全く違う女がやってたからって、今と同じ結果が得られていた保証はどこにもない。ただ1つ言えることは、あれはあんただったからこそあそこまで話題になった。ただそれだけ」
「花沢類・・・」

ビー玉の王子は決して多くを語らないからこそ、その1つ1つの言葉が重く心に突き刺さる。

「クスッ、でもそっか。司の奴、やっぱりそういう手に出たか」
「ハッ・・・! そうだよ! 今日の本題はそっちだから! あたしはてっきりこの話をすれば花沢類が助けてくれるとばかり・・・」

そんな明確な下心を抱いて呼び出したというのに。

「さっきも言ったけど、俺は別に構わないよ? あんたがうちのモデルを続けようとどうしようと、元々情報が表に出ることはあり得ないんだし」
「で、でもっ・・・」
「牧野がどうしてもやりたくないって言うんなら俺が助けてやることはできるよ」
「・・・!」

あの男の広告モデルをやることにあっさりゴーサインが出るのも想定外だったが、その一方で助けてくれると言うのも想定外。あったとしてもどちらかだけだとばかり思っていたのに。

「あんたはどうしたいの? 本気でやりたくないって思ってる?」
「それは・・・」

やりたくないに決まってる。
類との契約だって、借金さえなければ絶対にしなかった。
プライバシーは絶対に守ってくれると言ったこと、そして何よりもこの男性が信頼に値する人間だという確信が持てたこと、その事実が自分を動かしてくれた。
そして今本気で助けて欲しいと言えば、きっとこの人ならなんとかして助けてくれるだろう。

でも・・・
そうすれば仕事はどうなる?
あの男ならきっと何の躊躇いもなく容赦なく叩き潰すに違いない。
それに、たとえその場を上手く収めたところでまた別の方法で追い詰められそうな気がしてならないのだ。あの野心に満ちた目が脳裏にこびりついて離れない。
狙った獲物は骨の髄までしゃぶりつくと言わんばかりの。

「迷ってるんならやってみれば?」
「・・・え?」
「牧野の中で色んな葛藤があるんでしょ? だったらひとまずやってみれば? 本当に困った時には俺がいつでも助けてあげるから」
「花沢類・・・」
「それに、牧野ずっと言ってたでしょ? 失った記憶を取り戻したいって」
「それは・・・!」

・・・類の言う通りだ。
自分に欠けた記憶があるのならば、その自分の分身とも言えるものを取り戻したいと思うことは当然のことで。でもどうやっても思い出せない焦りと、そんなことすら考える余裕がなくなってしまった状況に、すっかりその気力すらなくなってしまっていた。

「そうだけど・・・でも忘れてるのってあの人のことなんだよね?」
「うん、主にはね」
「・・・・・・」

だったらいっそのこと思い出さない方が身のためじゃないのかなんて。
それほどに今の自分の中であの男の印象が最悪すぎる。

「牧野が望むなら俺の口から全部教えてもいいんだよ?」
「っ、それは嫌!」
「だよね」

予想通りの反応にクスッと類が笑った。

「あの頃からあんたは周囲がいくら欠けた記憶について教えようとしても頑なに聞こうとはしなかったよね。自分で思い出さなきゃ意味がない気がするって」
「・・・うん」

そうなのだ。思い出せない代わりに、友人達がそれぞれ知っている記憶を教えてくれようとしたことが何度もあった。
・・・けれど、聞こうとする度にザワザワと何故か胸の辺りがおかしくなって、自分の中の自分が 『それじゃだめだ』 って必死に訴えてた。
まるでそれを拒絶するかのように頭が痛くなって・・・
自分でもどうしてそうなるのかわからないのだ。

「司はさ、牧野が思ってるほど悪い人間じゃないよ」
「えっ?」
「・・・・・・ぷっ! 何、その顔」

思いっきり眉間に皺を寄せてブサイク顔になっているつくしに堪らず類が吹き出した。

「だって・・・天地がひっくり返ってもそうは思えないんだもん」
「まぁね。でもあんたと司って最初っからそうだったよ」
「・・・え?」
「あんた達の出会い自体、最悪な始まり方だったからね。リセットしたところでそこは変わらないみたいだね。ククッ・・・!」
「・・・・・・」

ひとしきり笑うと、類は戸惑いを滲ませたまま無言で自分を見ているつくしに微笑んだ。

「牧野があのタイピンにこだわったから今に繋がってるんだろ? だったらとりあえず流れに身を任せてみれば? さっきも言ったように本気で困った時には俺が手を差し伸べてあげるからさ」
「 ・・・ 」





***


「・・・フン」

バサッ!

テーブルの上に書類の束を放り投げると、天を仰いでフーッと息を吐き出した。
帰国して後、休みなしで働き続けてきた疲れがそろそろ出てくる頃か。

「わりっ、遅くなった!」
「・・・おう」
「あれ? 他の奴らは?」

昔から御用達だったVIPルームにいるのは自分を呼び出した男ただ1人。

「呼んでねぇ。今日はお前にだけ聞きてぇことがあんだよ、あきら」
「・・・」

その目がただお遊びで呼んだわけではないと言っているのは明白だった。
向かいのソファーに腰掛けると、ふとテーブルの上に無造作に置かれている書類が目に入った。だがその一番上に置かれていた顔写真を見た瞬間、あきらの顔が驚きに染まる。
その様子を司は無言でじっと見ているだけ。

「お前・・・これ、どういうことだよ」
「どういうって? 見たとおりだよ」
「調べたのか?」
「何か問題でもあんのか?」
「いや、そういうわけじゃねぇけど・・・なんでまた・・・」

まさか記憶でも戻ったのか?
そう言いかけてその言葉ごと呑み込む。
その答えがNOだということはこの男を見れば一目瞭然。
記憶が戻っているのならばそもそもこんな回りくどいことなんてするはずもない。

「こいつだろ? 類のところで話題になってる後ろ姿の女」
「えっ?」
「シラを切るんじゃねーよ。知ってんだろ?」
「いや、そんなこと言われても・・・俺はマジで知らねーぞ。・・・え、後ろ姿の女ってあの広告のことか?」
「・・・」

まさか・・・本当に何も聞いていない?
てっきりこいつらにだけは話しているとばかり思っていたが・・・
あきらの反応を見るに嘘をついて誤魔化しているようには到底思えない。

それだけあの女を徹底して守っているということか。

___ あの類が。

何故だかその事実に苛立つ。


「わりぃ、俺も寝耳に水でちょっと混乱してるわ」

本当に知らなかったのだとすれば、話題をさらった女の正体がごく身近にいたただの貧乏女だと聞いて驚くのも無理はない。

「じゃあ質問を変える。お前はこの女の何を知ってる?」
「え?」



「俺とこの女の関係はなんだ? 教えろよ、あきら」





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忘れえぬ人 16
2015 / 08 / 20 ( Thu )
ダンッ!

「ぷっはーーーっ! おかわりっ!!」
「おい牧野、明日も仕事なんだからそれくらいにしておけよ」
「いーのっ! 飲みたいんだだらっ!!」
「だだらって・・・相当酔っ払ってんじゃねーかよ。水にしとけ」
「うぅ゛~~~っ・・・!」

強制的にグラスを没収されたつくしはそのまま机に突っ伏してしまった。

「なんかすんません、社長。せっかくのめでたい酒なのに、こいつがこんなんで・・・」
「ははっ、牧野にしては珍しいがたまにはいいんじゃないか? それにしても、まさか牧野とあの副社長が知り合いだったとはなぁ。人間どこでどう繋がってるかわからんもんだな」
「ほんとっすねぇ・・・」

チラッと見てみても、聞こえていないのかつくしは俯せたまま。寝ているのだろうか?

「ほんとにただの後輩なんですかね・・・」
「ん? 何か言ったか?」
「・・・いや、なんでもないっす。ほら社長、今日は飲みましょう。どうせ社長のおごりなんすから」
「おぉサンキュ。・・・て、オイ!」
「ハハハッ」

楽しそうな声がまるで子守歌のように、つくしはウトウトと夢と現実の狭間を微睡んでいた。
・・・いや、いっそのこと全てが夢でありますようにと切に祈っていた。






「今何とおっしゃいましたか・・・?」

シーンと静まり返った室内に社長の我に返ったような声だけが響く。

「ですからそちらの女性を補佐につけていただきたいとお願いしました」
「牧野を・・・ですか? ですが、何故・・・」

ゆっくりとつくしを振り返った渡邉の顔には戸惑いしかない。
それも当然のことだろう。彼からしてみれば初対面同士だと信じて疑っていないのだから。

「実は彼女は私の高校時代の後輩なんですよ」
「えっ、牧野がですか?!」
「はい。英徳学園の1年後輩になるんです」
「・・・牧野、本当なのか?」

更に驚いているのも無理はない。
英徳学園といえば都内でも有数のお金持ちしか行けない私立として有名なのだ。どこからどう見てもド庶民であるつくしがよもやそんなところに通っていたなどと、信じられないのも致し方ないというもの。

「あの・・・!」
「全て事実だよな? ___ 牧野」
「えっ・・・?」

この男、今何と呼んだ?
牧野・・・?

「どうなんだ? 牧野、副社長の言ってることは本当なのか?」
「あ、あのっ・・・・・・」

嘘・・・ではない。 ・・・はず。
いや、記憶にはほとんど残っていないのだから本当かは自分には知りようがない。
ただ、4年前の事故以降誰の口からも出てきた 「道明寺」 の名前。
類から聞かされた交友関係。
それらを考えれば彼らが言っていたことが嘘だとはとても思えない。

「・・・・・・はい、本当です」
「・・・!」

つくしの口から出た答えに渡邉と大塚は更に驚き、そして司の口元が上がった。

「誤解なきよう言っておきますが、私は今回の契約に私情を持ち込んだわけではありません。あなたの能力を買った。その結果あなたの事務所に牧野がいた。それならば共通点のある彼女を補佐にした方が何かと事を進めやすい。そう判断しただけのことです」
「・・・」
「なるほど、そういうことだったんですか・・・」

嘘つき、嘘つき、嘘つきっ!!
絶対に順番が逆でしょうがっ!!

つくしの睨みに気付いた司がますます愉快そうな顔へと変わる。
それはつくしの疑念を肯定しているも同然で。

「牧野、お前はどうなんだ?」
「えっ・・・?」
「有難い仕事ではあるが、俺は部下を条件に仕事を受けるようなことはしたくない」
「そんなっ・・・」
「お前の正直な意見を聞かせて欲しい」

社長・・・
あぁ、この上司は本当になんてできた人なのだろう。
高卒だった自分を厳しくも優しくここまで育ててくれた、自分にとって第2の親とも言える人。
きっかけはどうであれ、こんな大きな仕事はそうそう転がってくるチャンスじゃない。そんなことは下っ端とはいえ、この3年共に働いてきた自分にだってよくわかる。
そして社長の手腕がそれに見合った実力を兼ね備えているということも。
それでも、今ここで嫌だといえばすんなりとそれを受け入れてくれるに違いない。
この人はそういう人なのだ。

納得いかない。
いかないけれど・・・でも・・・

「・・・わかりました。補佐の話、お受け致します」

つくしの口から 「応」 の言葉が出た途端、司がニッと笑ったのがわかった。

・・・この卑怯者っ!!

「本当にいいのか? 俺に遠慮する必要は一切ないぞ」
「いえ、本当に大丈夫です。私もこんな機会は最初で最後でしょうから。しっかり勉強させていただきます」

即答に、心なしか渡邉がほっとしたように見えた。
そりゃあこんなに大きな仕事ができるなんて、建築士としては受けたいに決まってる。
社長の反応は当然のものだ。

「それでは今度こそ契約成立と言うことでよろしいですね。西田、契約内容についての説明を」
「かしこまりました。では別室に移動しますので私について来てくださいますか?」
「はい」

秘書に続いて執務室を後にする前の2人を追ってつくしも急ぐ。
だが、どうしても一睨みしてやらなきゃ気が済まずに出ていく直前に後ろを振り返った。

___ と、まるでそれを待ち構えていたように男はじっとこちらを見つめている。

はじめは真っ直ぐに射貫くような視線で、やがてゆっくりと口角を上げて満足そうに微笑んで。


『 ひ き ょ う も の ! 』


口に出さずともそれが伝わるようにつくしは思いの限り睨み付けた。

「俺は選択権を与えたぜ? お前の上司だってそうだ。決めたのはお前だろうが。責任転嫁してんじゃねーぞ」
「・・・っ!」

だがそう言って嘲笑われてしまってはもう何も言い返すことなどできない。
確かに決めたのは自分なのだから。
たとえまんまとこの男に嵌められたのだとしても。

「失礼致しましたっ!!!!」

叫ぶようにそう言ってせめてもの抵抗とばかりに思いっきり扉を閉めてやった。
きっとそれすらもあの男は嘲笑しているに違いない。

腹立つ、腹立つ、腹立つっ!!!!!

てめぇなんか記憶にねぇってあれだけ豪語しておきながら、なーーにが 「後輩です」 だ!
ふざけんなっ!!
極悪人っ!
超二重人格っ!!

それからの説明など、その日のつくしには右から左に流れていくばかりで少しも頭の中に残ることはなかった。



***



「あ゛~、ちょっと飲み過ぎたかも・・・」

契約のプチ祝いとして社長に飲みにつれて行かれたはいいものの、イライラのあまり凄まじい勢いで飲んでしまった。元々そんなに飲む方じゃないというのに、これでは明日が思いやられる。

「でも飲まなきゃやってらんないじゃん!」

いくらモデルを断ったところで今後仕事で何度も顔を合わせなきゃならないかと思うと気が重くてしょうがない。一体どんな嫌がらせを受けるというのか。

「・・・ん? 何あれ」

アパートまで数十メートルとなったとき、視線の先に黒塗りの車が停まっているのが見えた。
暗闇の中でも黒光りして見えるそれは、どこからどう見ても高級車だとわかる。
もしかしてあれは俗に言うリムジンというやつではないか。


・・・いつの間にか足が止まっていた。
理由はわからないが、何故かそれ以上一歩も足が前に出ようとしない。
どんなに前に出そうとしても、接着剤で貼り付いたように、1ミリたりとも。

「・・・・・・」

何も見なかったようにつくしは回れ右をすると、突然ダッシュでその場から逃げ出した。
それは考えてとった行動ではない。
完全に無意識のものだった。

___ が。

ガチャッ、バタン!

それと同時に後ろから扉が開く音が響く。

「ひぃっ・・・!」

つくしにはそれがまるで地獄のゴングのように聞こえて必死でその場を離れて行く。

理由なんてわからない。
けど理由なんて1つしかない。
無条件で体が拒絶反応を示す理由など、ただ1つしか。

あぁ、こんなことならお酒なんて飲むんじゃなかった!
足が思うように動かない上になんだか頭がクラクラしてきた。
このままじゃ逃げ切る前に倒れそうだ・・・

ガシッ!!

「ひいぃっ!!」

着実に後ろから迫っていた足音が自分の足音に重なったと思った瞬間、とうとう手が掴まれてしまった。もうその手の正体が誰かなんて考えるまでもない。
こうも似たようなシチュエーションが続けばバカでもわかるってもんだ。おまけにいつだって鼻をくすぐる爽やかな香りを漂わせているのだから、それが名刺代わりでもあった。

「てめぇ、なんで逃げる」
「はぁっはぁっはぁっはぁっ・・・!」

アルコールが全身に回ったつくしはもはや呼吸だけで精一杯。
憎々しい男を睨み付けるわずかな気力すら残されてはいない。

一体なんなんだ。
今度は一体何の用で現れたというのだ。
もうこれは360度どこからどう見ても立派なストーカーじゃないのか?

「お前・・・飲んだのか? 酒くせぇぞ」
「そんなのっ・・・あんたにっ関係っないっ・・・ぜぇっはぁっ・・・!」
「フン、大方ヤケ酒ってとこか。いかにも貧乏女のやりそうなこった」
「うるさいよっ、あんたに関係ないでしょうがっ! ・・・ぜぇぜぇはぁはぁっ・・・」

もうこの壁ドンも何回目?
いい加減驚きすらなくなってきた。

「はぁっはぁっ・・・っていうか今度は何? あんたのやってること完全にストーカーじゃん!」
「あぁ? ざけんじゃねーぞ。てめぇに渡すもんがあって待ってたんだろうが。それなのにド貧乏人の分際で酒なんか飲みやがって。この俺様を待たせるとは身の程知らずもいいところだな」
「・・・・・・」

一体どこからどうつっこめばいいというのか。
もはや反論する気力すら湧いてこない。

「お前にこれを渡しに来たんだよ」
「・・・え?」

そう言って目の前に差し出された1台の小さな機械。
これは・・・

「・・・携帯?」

意味がわからずに携帯ではなく目の前の男を仰ぎ見る。

「いいか。これはお前専用の携帯だ。いついかなる場合でもこの携帯に入った連絡を無視することは許さねぇ」
「なっ・・・何言ってんの?! そんなの意味わかんないからっ!」
「今後お前には補佐だけじゃなくモデルとしての仕事も待ってんだからな。すぐに対応できるようにお前にはこれを渡しておく」
「ちょっ・・・だからっ! モデルなんか絶対しないって言ってるでしょ!」
「お前に拒否権はねぇと言ったはずだ」
「でもっ」
「お前がその気ならいつだって契約解除したって構わないんだぜ?」
「 ___ っ !」

その言葉に携帯を押し戻していたつくしの動きがピタッと止まった。
ユラユラと顔を上げれば目の前の整った顔立ちの男はしたり顔で自分を見下ろしている。

___ やっぱり。 やっぱり・・・!

「・・・卑怯者っ・・・!」
「フッ、何とでも言えよ。さっきも言ったが決めるのはお前だからな」
「 っ・・・ 」

ギリッと噛みしめた唇から鉄の味がする。
悔しい、悔しい、悔しい・・・!
権力にものを言わせて理不尽な要求をしてくるこの男が、
そんな男に何も言い返せない無力な自分が。

「___ ま、お前がどうしても嫌って言うならこれを受け取る必要はねぇさ」

押しつけられていた携帯がサッと後ろに消えたかと思えば、男はつくしをその場に残したまま歩き出した。

「 ___ 貸しなさいよ」
「・・・あ? 何か言ったか?」
「貸しなさいっつってんのよ!」

ダダッと走ると、つくしは司の手に握られた携帯を力一杯奪い取った。
そして思いっきり上を睨み付ける。

「わかったわよ、やればいいんでしょ、やればっ! えーえー、やってやろうじゃないの! ただしこの仕事を全うしたら金輪際あたしに関わらないで! それが聞いてもらえないなら一切やらないから!」
「この俺様に指図しようってのか?」
「こっちは理不尽な要求を呑むんだから、それくらい許されたって当然でしょ!」

拳が飛んでくるかと覚悟もしていたが、不思議と目の前の男は楽しそうに笑っている。
・・・ように見える。

「・・・まぁいい。一応はその要求を聞いてやるよ。まぁいずれお前の方から俺にひれ伏す時が来るだろうけどな」
「はぁ? そんなことあるわけないでしょ! バッカじゃない? 要件はこれだけ? じゃあもうあたし行くから!」
「・・・・・・」

フンッと背中を向けると、今の今まで散々走って逃げた道のりを今度は超特急で戻っていく。



「お前がそう言ってられんのも今のうちだ」



背後では狙いを定めたハンターのように司がそんなことを呟いていたなどと、この時のつくしはまだ知る由もなかった。





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忘れえぬ人 15
2015 / 08 / 19 ( Wed )
ダダダダ、ダンッ!!!

腹立つ
腹立つっ
腹立つ~~~~~~っ!!!!

何よ、何よ、何なのよ?!
いきなり人の家で待ち伏せしておいて、いきなりモデルになれ?
全然意味わかんないっつーの!
っていうか家を調べて待ってるなんてストーカーじゃん!
昔のことなんてわかんないけど、今現在お互いに好意を持ってないのはどこからどう見ても明らかなのに、なんでわざわざこんな庶民にあんな意味不明なことを要求するわけ?!

・・・それともそれ自体が嫌がらせだとか。
ド貧乏女がモデル気分を味わって浮かれてるところを突き落として楽しみたいとか?

・・・あり得る。
あの男ならそんなことも充分にあり得る。

「誰がその手にのるかって言うのよ! 全く、こっちはキノコ食べ損ねたんだからっ!!」

ダダダダン、ダダンッ!!

食べ損ねたどころか夜明けと共に道路に散らばったキノコを必死で拾い集めて完全に不審者扱いだったんだからっ!!

「・・・おい牧野」
「何よっ! その手にはのらないって言ってるでしょっ!」
「その手がどの手かは知らねーけど、一体どこに押してんだよ」
「何がよっ?! 何がっ・・・・・・・・・ぎゃっ!!」

下げた視線の先にあるのは無数の押印の跡。
いつの間にやら最後の1枚まで終わっていたそれは、自分のデスク上を真っ赤に染めていた。
このデスクは一体どれだけ 「領収」 されれば気が済むというのか。

「あわわわわわ・・・ぞ、雑巾持って来るっ!」
「待て。俺が持って来てやっから。お前は先に書類をちゃんとまとめておけ」
「お、大塚~~!! ありがとう! 恩に着るっ!! じゃあお願いしますっ!」
「おうよ。腹減ったからって書類まで食うんじゃねーぞ」
「えっ?!」
「何でもキノコ、食い損ねたんだろ?」
「キノコ・・・?」

って・・・。
ぎゃっ! また無意識に口に出しちゃってた?!

「ははっ、お前のその癖、ほんっと端から見てるとおもしれーよな」
「うぅっ・・・もういいから持って来てよ!」
「おーおー、急に強気になったな。ちょっと待ってろよ」

それでもなお笑いが堪えきれないとばかりに肩を揺らしながら部屋から出て行く大塚の後ろ姿を見送りながら、つくしの口からはぁ~っと盛大な溜め息が飛び出した。

「あ~~もう! こんなあり得ないミスまでして・・・あの男、とんでもない疫病神だわ!」

・・・・・・でも、ほんとになんでこんなド庶民にあそこまでこだわるのだろうか?
どう過大評価したって好意を寄せられているとは思えない。
やっぱり最初の印象が悪くて根に持ってるから?
だとしてもそのためにわざわざ大企業の広告モデルに採用するなんて正気の沙汰とは思えない。

「わからない・・・何考えてんのか本気でわかんない・・・」

こんな面倒なことになるのならあの日律儀にタイピンなんて拾うんじゃなかったよ!

「ほら、雑巾」
「あっ、ありがとう!」

戻って来た大塚から雑巾を受け取ると、つくしは雑念を振り払うように一心不乱にデスクを吹き始めた。まるで頭の中を占拠するあの忌々しい男の顔を消し去るように。






「牧野、大塚、ちょっといいか」
「・・・? はい」

お昼を目前に控えたところで社長に呼ばれ、何故か隣の応接室へと連れてこられた。
いつになく社長の顔が真剣に見えるのは気のせいだろうか。

「急な話で悪いんだが、今から商談に一緒に出て欲しいんだ」
「商談・・・ですか? 今から?」
「あぁ」

大塚が疑問に感じるのも無理はない。あまりにも唐突過ぎるのだから。
普通であればいくら下っ端とは言え事前に話を聞いていることが基本だというのに。

「実は仕事の依頼が来てるんだが・・・俺自身も突然のことで正直戸惑っててな」
「一体どこからの依頼なんです?」
「それが・・・道明寺ホールディングスからなんだ」

ピクッ。

・・・今、何て言った?

「えっ! あの道明寺ホールディングスですか?! す、凄いじゃないですかっ!」
「あぁ。だがあまりにも相手が大きすぎて俺も事態が飲み込めてないんだよ」
「でもこんなチャンスそうそうないですよ!」
「それもわかってる。とりあえず突然過ぎるから向こうに出向いて詳しい話を聞かせてもらおうと思ってるんだ。補佐としてお前達にもついてきて欲しい。いいか?」
「もちろんですっ!!」
「牧野は? ・・・牧野?」
「・・・・・・」
「おい牧野、どうしたんだよ?」

肩を叩かれてビクッと我に返る。

「・・・あ。ごめんなさい」
「どうした、具合でも悪いのか? 顔色が悪いぞ」
「いえ・・・大丈夫です。 どうしても・・・」
「え?」
「・・・いえ、何でもありません。わかりました。一緒にお伺いさせていただきます」
「そうか。じゃあ急な話で悪いが、今から一緒に行って欲しい。昼休憩はまた後でやるから」
「いえ、そんなことは全然いいですよ! それよりもあの道明寺ホールディングスに行けるかと思うと今からワクワクするっす!」
「ははは、ほんとにそうだよな。俺が一番びっくりだよ。じゃあ行くか」
「はいっ!」

やたらと盛り上がっている男性陣を前に、つくしはただ呆然と覚束ない足取りで後をついていくことしかできない。

まさか・・・
まさかね?
いくらなんでもそこまでやらないよね?
ただの偶然だよね?

でもあんな大企業が突然何の前触れもなくこんな小さな事務所に仕事を依頼するなんて・・・普通に考えればあり得ない。
あり得ないけれど・・・こんな女1人をどうこうするためにそこまでするだなんて俄に信じがたい。

ぐるぐると答えの出ない迷路に迷い込んだまま、つくしはほとんどどうやって行ったかも覚えていない間に目的地へと移動していた。





***




「渡邉建築デザイン事務所の皆様ですね。お話は伺っております」

にっこりと綺麗な笑顔で応対する受付は、いつぞやの時にはことごとくつくしを門前払いにした女性と同一人物とはとても思えない。顔を見てあっ! という表情を見せたが、さすがはプロ、それも1秒にも満たないほんの一瞬の出来事だった。
だが 『なんであんたがここに』 と心の中で呟いているのは隠せてはいない。

こっちだって来たくて来たんじゃないんだよっ!

「では上には連絡致しましたのでご案内いたします」
「よろしくお願いします」

今まで一度たりとも足を踏み入れることのなかった領域へとまさかこんな形で行くことになろうとは。もう二度とここへ来ることなどないと思っていたのに。
・・・いや、誓っていたのに。

「こちらは50階までの直通のエレベーターとなっております。下りた先では別の案内の者が待っていますので、そちらの案内に従ってください」
「わかりました。ありがとうございます」

社長の笑顔にほんのりと受付嬢の頬がピンクに染まる。
中年ではあるが、渋い見た目は結構いけてるこの社長。
行く先々で女性をメロメロにさせているのだから・・・奥さんも心中穏やかじゃないだろうに。
だが扉が閉まる瞬間、ちゃっかりつくしに鋭い視線を送ることも忘れてはいなかった。

・・・だからあたしが一体何をしたっていうのよ。

「50階って凄いっすね・・・」
「日本で3本の指に入る企業だからなぁ」
「そんな企業の副社長って一体どんな人なんでしょうね?」

横柄で自己中で暴力的なとんでもない男だよっ!
・・・そう言えたらどれだけいいことか。
つくしはエレベーターが上昇していけばいくほど悶々としていく気持ちとひたすら格闘していた。





「本日は急なお話にも関わらずありがとうございます」
「いえっ、こちらこそ光栄なお話で何と言っていいのか・・・」

通された執務室で目の当たりにしたのはつくしの知っている男ではなかった。
見るからに若いことに違いはないが、その立ち振る舞いはそんな若さを一切感じさせない落ち着いたものだった。何よりも表情がいつもとは全く違っている。これがビジネススマイルというものなのか。
いつだって人を殺すような極悪人の目をしていたくせに!
見れば社長と大塚はすっかり目の前の男に魅了されているように見えた。

・・・恐るべし、この裏表男。

「来年の春に我が社がリゾート開発に着手することが決まっています。御社にはそのうちの1つのスパ関連の施設のデザインを是非ともお願いしたいと考えているのですが」
「大変ありがたいお話なのですが・・・何故でしょうか?」
「・・・と言いますと?」

一度言葉を切ると、社長は司を正面から見据えた。

「デザイナーはそこらじゅうに存在しているにも関わらず、何故御社のようなとてつもない大手が我が社のような極小事務所に依頼をされるのか・・・どうしても理解できないのです」
「そうですか? 理由は至ってシンプルですよ」
「・・・シンプル?」
「はい」

戸惑う社長をよそに、司は余裕たっぷりに笑って見せる。

「あなたのデザインに可能性を感じた。ただそれだけのこと」
「・・・・・・」
「逆にお伺いしますがそれ以外にどんな理由があると?」
「・・・! ・・・いえ、何も・・・」

あまりにもシンプル過ぎる答えに意表を突かれた形だが、逆にそれが社長の心を動かしたようにも見えた。ただシンプルに、デザイナーとしての腕力を求められていると言われて嬉しくない人間などいないだろう。
・・・だがつくしの心の中だけは晴れなかった。

本当に?
・・・本当にそれが理由なのかと。
そんなことを考えてしまうこと自体社長に対する侮辱だとわかっている。
が、これまでの経緯を考えれば手放しに良かったですねと言えない自分がいる。

「我が社と仕事をすることは御社にとってプラスの要素しかないとの自信があります。どうですか、前向きに検討していただけませんか?」
「・・・・・・」

社長は無言で大塚とつくしの顔を見た。
大塚は今にも自分が返事をしそうなほど嬉しそうな表情が隠せていない。
対照的につくしは何とも複雑な顔をしているに違いない。
隠さなければとわかってはいるのに、どうしてもうまく笑えない。
社長はそんな部下をしばらく見つめると、やがて正面へとゆっくり向き直った。

「・・・・・・わかりました。お受け致します。ですがこれだけは言わせてください。私は御社が大企業だからお受けするのではありません。あなたの先程のシンプルな要求、それが心に響いた。建築士として最も嬉しい言葉だった。だからこそお引き受けするのだと」

見るからに年下だとは言え、立場的には相手の方がずっと上にいる。
だがそれでも社長は臆することなくはっきりと言い切った。
真顔でそれを聞いていた司だったが、しばしの間を置いてフッと笑った。

「わかりました。では契約成立ということで」

立ち上がった司の手が伸ばされると、すぐに立ち上がった社長の手がそれに重ねられる。
ガッチリと握手を交わし合う姿を、つくしは何とも複雑な想いで見守っていた。

喜んでいいんだよね・・・?

「細かい部分については我が秘書から全ての説明があります」
「わかりました」

チラッと視線を送った先にはいかにも秘書と思しき男性が立っている。
3人の視線を感じるとすぐに綺麗なお辞儀をしてみせた。

さすがに考えすぎだった・・・?
・・・そうだよね、ちょっと自意識過剰過ぎたよね。いくらなんでもわけのわからない女のために仕事と混同するだなんてそんなバカなことがあるわけ・・・

「1つだけお願いしたいことがあるのですが」
「・・・何でしょう?」

西田から分厚い書類を受け取った社長が顔を上げる。
1人ほっと安堵の息をついたつくしと司の視線が一瞬ぶつかったのはその時のこと。


「この仕事を進めていく上で補佐役としてそちらの女性を指名したいのですが」



「「「 えっ?!! 」」」



3人の声が綺麗にハモった。
当然ながら一番大きな声を出したのが誰かなど言うまでもない。

今、何て・・・


「その女性が補佐につくという条件付きでこの契約を成立ということにさせていただきます」


何て・・・?


あんぐりと口を開けて直立したままのつくしに、目の前の男はニッとこれまでで一番不敵な笑みを浮かべてみせた。





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忘れえぬ人 14
2015 / 08 / 18 ( Tue )
人というのは本当に驚くと何も反応できなくなる生き物らしい。

「何も答えないってことは図星だろ?」

だがその言葉にようやく我に返る。

・・・何。
一体何なの。
またしても突然現れたかと思えばいきなり何を言ってんだ?

「何を仰ってるのか全く意味がわからないんですけど」

努めて冷静に、心も体も無にして必死で平常心を装って答えた。

「くっ、あれだけ動揺しておいて今さらシラを切るってか? 無駄だ」

が、即座に一刀両断されてしまった。
だからといって 「はいそうですか」 なんて認めるわけにはいかない。
あの仕事をしていることは絶対に誰にも、親にすら知られるわけにはいかないのだから。

「無駄と言われたところで知りません。っていうかなんでここにいるんですか? 家まで調べるなんて一体どういうつもり? 怖いんですけど」
「俺はあの後ろ姿の女を捜してんだよ」
「それは私とは一切関係ないことです。他をあたってください」
「俺の感は絶対に外れねぇんだよ」

・・・イライラする。
なんなのコイツ。 ほんっと意味わかんないから!

「いい加減にしてください。そんなにこの前のことを根に持ってるんですか? 蹴ったことなら謝ります。すみませんでした。 ・・・じゃあこれで失礼します」

こういうときは素直に謝って速攻でここから立ち去るに限る。
野心に満ちた瞳をしたこの男は危険。
何故だか自分の中の自分が必死でそう訴えていた。

___ が。

すり抜けようとした右手が掴まれてしまった。
この前のような痛みこそないが、絶対に逃がしてなるものかという強い意思が伝わってくる。

「なっ・・・? 一体何?! いい加減にしないと警察呼ぶわよ!」
「くっ、呼んでみろよ。間違いなくお前が事情聞かれて終わりだぜ?」
「なっ・・・?!」

愉快そうに口元を歪めた男が言っていることはきっとハッタリなんかじゃない。
きっと権力にものを言わせて黙らせる確信があるのだろう。
いとも簡単に住んでいるところを調べたのと同じように。

つくしは唇を噛むと、思いっきり目の前の男を睨み上げた。

「一体何をどうしたいっていうの?!」

自分があのモデルだなんて死んでも認める気はないけれど、そもそもこの男はそれを見つけ出して一体どうしたいというのか。
よもや一目惚れしただなんて雰囲気には到底見えない。
むしろ暗殺にでも来たんじゃないかくらいの空気が漂っている。

「うちのモデルやれよ」
「・・・・・・・・・は?」
「今度うちの大々的な広告のモデル、お前がやれ」
「・・・・・・・・・」


・・・・・・なんて言った?
こいつ、今なんつった?
モデルをやれ・・・?
誰が?
何の?


「いいか。お前に拒否権は与えない」
「・・・・・・はっ、はぁっ?! ちょっ・・・何言ってんの? 頭おかしいんじゃない?!」
「てめぇ誰に向かって口聞いてる? 調子のってっといい加減ぶっ飛ばすぞ」
「そんなん知らないわよっ! 一方的に勝手なこと押しつける方がよっぽど調子に乗ってるでしょ! そもそもあたしみたいなただの一般人がモデルだなんてあり得ないから! 庶民相手にくだらない冗談で暇つぶしするなんて悪趣味過ぎるわよ! っきゃっ?!」

ダンッ!!

掴んでいた右手が離れたかと思ったら、間髪入れずにその手が背後の塀を思いっきり叩きつけた。 またしても壁ドンってやつだ。
でもちっともときめいたりなんかしやしない。
感じるのは恐怖心だけ。そして理不尽な怒り。
力で黙らせようったって誰が言うことなんて聞いてやるものか!

「・・・へぇ、この状況でもその目・・・お前も大概強気だな」
「納得のいかないことに首を振るような女じゃないのよ!」
「いくらだよ」
「えっ?」
「この俺がモデルとして採用してやるっつってるのに頷かないなんて、お前類からいくらもらってる?」
「・・・は? 一体何言って・・・」

あまりにも予想だにしないことを言われてすぐに反論すらできない。

「お前、相当な貧乏人らしいな。あいつらだけじゃなくて俺とも面識があったらしいが、そんなことは俺の記憶には一切ねぇ。だからお前がどうやってあいつらに取り入ったかなんて知らねーよ。だがあの類を取り込むくらいだ、相当強かな女に決まってんだろ。一体裏でどんな取引をした?」
「・・・・・・」

呆然と何も答えないつくしにフンと鼻先で笑う。

「まぁいい。どっちにせよお前をモデルとして使う。いくら抵抗したところで無駄だ。どうしても納得いかねぇっつーんなら一体いくら欲しい? 一千万か? それともいちお・・・」


パンッ!!!


暗い夜道に乾いた音が響き渡る。
一瞬何が起こったかわからず、殴られた張本人はしばし呆気にとられていた。
・・・だが。

「・・・んの野郎。 この俺様に何しやがる。女だからって容赦しねーぞ」

明らかにさっきまでとは纏う空気を変えた男の目は本気で怒っている。

・・・さいってー・・・
「あ゛ぁ?」
「サイッテー!! ふざけんな! あんた一体何様? 人を侮辱するのも大概にしなさいよ。確かにあたしは貧乏人だけどね、あいにくお金で人を動かすような腐った精神は持ち合わせてないのよ!」 
「・・・んだと?」

ピクッと確実にこめかみが動いた。
怖くないって言ったら嘘になる。
・・・それでも絶対に負けたくない!

「絶対にあんたのモデルなんてやらない。・・・誰が死んでもやるかっ!!」
「ぅぐっ・・・!」

声を張り上げると同時にいつぞやと同じようにみぞおち辺りを思いっきり突き飛ばすと、芯に入った司が苦しそうによろめいた。チャンスとばかりに脇をすり抜けると、つくしは一目散に部屋目がけて駆けだした。

「おいっ!」

驚きのスピードで玄関まで辿り着くと、今にも追いかけてきそうな男を振り返る。

「いい? もしあんたが強硬手段で部屋に入ってくるようなことがあったらね、あんたのその整った顔面にキンチョール振りまいてやるんだから! これは脅しじゃないわよ。こっちだって自分を守るのに必死なんだから。やるって言ったらやってやるんだからねっ!! 命が惜しいなら来るんじゃないわよっ!!」

そう言ってあっかんべーをお見舞いすると、目にも見えぬ速さで室内へと消えた。

「んのクソ女、この俺を誰だと思ってやがる・・・!」

「 司様 」

怒りのおさまらない司が追いかけようとしたその時、背後から静かに名前が呼ばれる。
その一声にピタリと足が止まると、司はゆっくりと声の主へと振り返った。

「それ以上はおやめください。彼女が戸惑いお怒りになるのも当然のことです」
「・・・お前は誰の部下だ? 西田」
「もちろんあなた様にございます。ですが物事には順序というものがございます。突然わけのわからない要求を押し通してこれ以上彼女を混乱させてもプラスになることは何一つないでしょう。今日のところはこれでお引き取りください」

チラリと顔を上げると、女が入っていったはずの室内は明かり一つ灯っていない。
今頃真っ暗な室内でいつ来るかわからない恐怖に1人蹲っているのだろうか。

「・・・・・・フン、まぁいい。いずれにせよあの女を使うことは決定だ」
「その点は承知しております」
「それにしてもあの女、この俺を思いっきり平手打ちしやがった。命知らずにもほどがあるな」
「・・・」

カツンと靴音をたてて歩き出した司の後ろを西田は無言でついていく。
だがリムジンが見えてきたところでおもむろに前を行く男の足が止まった。

「・・・西田。 キンチョールって何だ?」
「 ・・・は? 」
「あの女が言ってやがったんだよ。次に来たら俺に振りかけてやるってな。一体何だよ」
「・・・おそらくゴキブリなどの害虫駆除に使われる殺虫剤のことかと」
「・・・・・・」

シーーーンと闇夜に溶け込むような沈黙が2人の間を走り抜けていく。
ここで下手にフォローなどしないところがいかにも西田らしい。

「・・・くっ、くくくくっ・・・!」
「・・・司様?」

だが次に聞こえてきたのは怒りの声ではなく笑い声。
しかも何故か愉快で堪らないといった風だ。


「・・・おもしれぇ。あの貧乏女、これから自分がどれほど身の程知らずかってことを思い知らせてやろうじゃねぇか」
「・・・・・・」


それはデジャブだった。
まるで気に入ったおもちゃを見つけて喜んでいる子どものようなそんな姿を、もう随分と前にも見たような気がする。
あれはいつのことだったか。
そしてその顔が見られなくなったのはいつ頃からだったか ___


不思議と足取り軽くリムジンへと乗り込んでいった上司の後ろ姿を、西田はしばし無言のままで見つめていた。






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忘れえぬ人 13
2015 / 08 / 17 ( Mon )
「ただいま~」
「あっ、お帰り、つくしっ!」
「どっ、どうしたの?! それ・・・」

小さなちゃぶ台の上には所狭しと複数のキノコが並んでいる。

「これかい? 実は会社の上司が所有する山でキノコ狩りに誘ってくれてね。わんさか生えてるから好きなだけ採ってくれって言われて。昨日ママと一緒に行ってきたんだよ」
「そ、そう・・・。念のため聞くけど、毒キノコはないよね?」

何やら見たこともないようなキノコまで鎮座しているのだが。

「大丈夫大丈夫! その辺りはちゃんと確認済みだから」
「ならいいけど・・・。でもそっか、上司の人にそんな風に声掛けてもらえるなんて、パパ今度こそちゃんと頑張ってるんだね?」
「あったりまえじゃないか! パパを誰だと思ってるんだい?」

いや、子どもに苦労をかけてばかりの牧野晴男だと思ってますけど。

借金騒動で前の会社をクビになってからというもの、やっとのことさ仕事を見つけた両親が現在住んでいるのは北関東。都心から電車で2時間と比較的近く、昔ながらの風景が残るのどかな町だ。
月に1度ほど、様子見を兼ねて会いに来ているのだが・・・ここに来る度に漁村でのことを思い出す。海の次は山なのかと。
そもそも何故漁村になんか行くことになったのか。そしてまた東京に戻ったのは何故なのか。
記憶障害のせいか、肝心要のところは思い出せない。
まぁこの両親を見ればその理由は想像するに難くないってものだけど。

「つくしこそ元気にしてるの? 何も困ったことはない?」
「ないない。貧乏暇無しだけど職場には恵まれてるから。毎日楽しいよ」
「そう・・・それならいいんだけど」
「進は? 最近帰ってるの?」
「2週間くらい前に帰ってきたわよ。またバイトが忙しくなるからしばらくは帰れなくなるって言ってたけど」
「そっか~。進も頑張ってるんだ」

つくしは高校卒業と共に就職したが、進は奨学金制度を利用して進学した。
家が火の車なのにそんなことはできないと頑なに首を振らなかったが、進が本音では進学したがっていたのをつくしは知っていた。だから何としてもそうさせてあげたかったのだ。
例のモデルの仕事で予想外に収入を得られていたし、いざというときは私が助けてやるから頑張れ! と背中を押しまくって最終的には本人も頑張る気になったようだった。
学業にバイトに寮生活に、思うような自由のないハードな日々だとは思うが、自分に負けず劣らず根性の座った弟ならきっと大丈夫!
そして逆境こそがまた彼を大きく成長させてくれるに違いない。

問題はふわふわしっぱなしな両親だけ。
今度こそ地に足がついてくれることを願うばかりなのだが・・・

「それより最近ど~お? 花沢さんとは会ってるの?」
「えっ、なんで?」
「なんでって、ほら・・・ねぇ?」

チラチラと顔を見合わせながらにやけている両親の考えていることなど一目瞭然。
・・・ったく、これだからいつまでたっても安心なんかできないのだ。

「あのねぇ! 花沢類とはそういうんじゃないって言ってるでしょ?!」
「いやっ、誰もそんなことは・・・」
「言ってなくても思ってるでしょ! 全部顔に出てるんだからっ!!」
「そそそそ、そんなことはっ・・・!」

今さら両手で顔を覆ったところで遅いわ!

「い~い? 玉の輿にのるとかそういう他力本願な現実逃避はやめてよね! 前回の借金の時に約束したでしょ? 今度こそちゃんと真面目に働くって! 人に頼らないって!!」
「わ、わかってるよ・・・」
「本当にっ?!」
「ほ、本当だよっ!!」

仁王立ちで迫ってくるつくしに晴男と千恵子が後ずさりながらタジタジになっている。
そんな両親をしばらくの間睨み付けると、つくしはフンッと鼻を鳴らした。

全く!!
事故に遭って記憶喪失にまで陥った娘がそんなことを考える余裕すらなくしてしまうほどの借金を背負った張本人だというのに、全くこの人達はその自覚が本当にあるんだろうか?
類が借金の肩代わりをしてくれると申し出てくれた時からすっかりこの調子だ。

水面下で仕事の取引があったなんて夢にも思っていない両親からすれば、淡い期待を抱きたくなるのも当然なのかもしれないけれど・・・相手が変わっただけのことで借金は借金。
現実逃避など言語道断!!

いつまで経ってもこうだから、恋愛しようだなんて心のゆとりがもてないのが悲しい。
まだまだ脂ののった20代だというのにっ。






***



「しっかしこれだけのキノコをどうしろっていうのよ・・・」

右手にずっしりとぶら下がっているのはとても1人分だとは思えないキノコの山。
帰り際にお土産だと半ば強制的に押しつけられてしまった。

「しばらくはキノコづくしって感じだな」

予定以上に長居してしまって辺りはすっかり暗くなっている。
また明日からは仕事、頑張らねば。

「そういえば撮影の続きはどうなるのかなぁ・・・」

例のモデルとしての撮影が行われたのは今から1週間前。
だが、全ての工程を終える前にあの男と揉めたせいで結局そのままになってしまっていた。
時間的に余裕をもって撮影しているとはいえ、季節ものの広告だけに気になってしまう。
あの後一度だけ類から連絡が来たが、また詳細が決まったらあらためて連絡をするといった簡潔なものだった。

「ほんっと、一体何なの? あの男・・・」

いきなり現れたかと思えばいきなりブチ切れて。
一体あたしが何したって言うのよ!
思い出せば出すほどあまりの理不尽さに腹が立ってくる。

あんな男と友達だったなんて信じられない。

「いくら記憶喪失仲間だからって全っっ然親近感なんかわかないっつーの!」

むしろ湧いてくるのは嫌悪感ばかり。
本当に友人だったのならば時間と共に関係も改善されていくかも・・・なんて考えていたけれど、その考えもすっかり霧散してしまった。

願わくば今度こそ二度と会いたくない。
それほどにつくしの中で最悪な出来事としてインプットされてしまったのだ。


「・・・あれ、アパートの前に誰かいる」

自宅アパートまであと数十メートルとなったその時、ふと暗がりに人影を見つけた。
アパートの階段付近にぼんやりと浮かび上がる影は大きく、明らかに男性だということがわかる。
今現在夜の10時。こんな時間に一体何をしているというのか。

「・・・・・・やだなぁ・・・。2階に住んでるんだから避けて通れないじゃん・・・」

口にしながら思わず足が止まってしまっていた。
こんな自分に襲いかかってくる男などよもやいないだろうと思いつつも、やっぱり怖い。
とはいえ帰らないわけにもいかないし、そもそもあの人影が不審者だと決まったわけでもない。

「・・・万が一の時は大声出せば何とかなるか」

自分を鼓舞するように手に提げた袋をぎゅっと握りしめると、つくしは意を決して歩き出した。
徐々に大きくなる人影を決して視界に入れないように足早に。

何も見えない、誰もいない、何も見えない、見えない、いない・・・!

まるで念仏のようにそう唱えながら超早歩きでゴールを目指す。
視界が捉えているのは自分の部屋の扉のみ。
あと少し、あと少しで階段が・・・!



「 おい 」
「 ヒィッ!! 」



バサバサバサッ!!

あと少しで階段に辿り着くと思ったその刹那、突然聞こえた声に飛び上がった。
その拍子に手にしていた袋が落ちて辺り一面にキノコが散乱してしまったが、そんなことを考えている余裕などないっ!

な、何も聞こえなかった。
うん、きっと空耳に違いない。
空耳に・・・

「 おいっ! 」
「 っぎゃあああ・・・むぐっ!! 」

今度はさっきよりも至近距離で聞こえた声に思わず悲鳴をあげたが、即座にその口が塞がれてしまった。あぁ、やっぱりこんな時間にうろついてる男なんて不審者しかいないんだ!

殺される・・・
きっとこのままどこかに拉致されてあんなことやそんなことをされて最後には殺されるんだ。
あぁ、なんてしがない人生だったんだろう。
こんなことならクソ真面目ばっかりしてないでもっと弾けた人生を送ってれば良かった。
パパ、ママ、先立つ親不孝な娘を許してください・・・

・・・いや、むしろ謝って欲しいのはこっちじゃないか?
苦労をかけられてたのは常に子どもの方なんだから。


「おいっ、てめぇいい加減にしろっ!」
「 はっ!! 」

大きな声に我に返ると、目の前には自分を睨み付けている男が1人。

「 ・・・! 」
「いいか、お前に用があって来たんだ。でけぇ声出すんじゃねぇぞ」

自分の顔を見てみるみる目を見開いていくつくしに凄んだ声でそう言い聞かせる。

「わかったのか?」
「 ・・・っ! 」

くっ、苦しいっ!
これ以上口を塞がれていては本当に死んでしまう。
藁にも縋る思いでコクコク頷くと、ようやくその大きな手が離れていった。

「・・・っ、はぁーっはぁーっはぁーっ・・・!」

これでもかと酸素を吸い込んで呼吸を落ち着かせていくと、つくしはあらためて目の前にいる男を仰ぎ見た。

「なっ、なんであんたがここに・・・!」
「おい、でけぇ声出すなっつっただろ」
「っ・・・!」

殺し屋かと思えるような声に慌てて口を押さえる。
っていうか一体何が起こってるのだ?!

目の前にいるのはどこからどう見てもあの男、つい数分前に二度と会いたくないと誓ったばかりの相手、道明寺司ではないか。
こんな時間にここで一体何を?
いや、そもそも何故この場所を知っている?

「お前に用があるっつっただろ」
「えっ?!」

まるで心の中を読んでいたかのような答えに驚きを隠せない。
と、とにかく落ち着け自分!

「・・・あの、何故あなたがここに? 状況が全く掴めないんですけど」
「さっきから何度言えばわかる。てめぇに用があって来たっつってんだろ」
「いえ、ですからそもそもその意味がわからないんですけど。何か用ができるような関係では・・・」
「お前があのモデルなんだろ?」
「えっ?」

サラッとごくごく自然に口に出された言葉に思わず耳を疑う。


・・・今この男、何て言った?


「・・・・・・」
「あの後ろ姿の女、お前だろ?」




突然現れたこの男、突然何を言い出した?!





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ごきげんよう
2015 / 08 / 16 ( Sun )
皆様、お盆休みも終わりを迎えますがいかがお過ごしでしょうか。
私は里帰りはせず(できず)、ほぼほぼチビゴンサービスデーと化しておりました。

いやはや、何が疲れるってね、チビゴンの相手が一番疲れるんです(^_^;)
まず朝が早い。
我が家のチビゴン、毎日5時起きです。
父母、たまの休みくらい朝はダラ~~っと過ごしたい!
そう思ってもバチは当たりませんよね?

ところがどっこい。毎朝5時から叩き起こされます。
どうしても起きられない時は自分でリビングに行ってカーテンを開けて、テレビをつけてEテレにセットオン。そうして朝6時25分から始まるラジオ・テレビ体操のスタンバイを完璧に終わらせます。
そして時間が近づくにつれ 「もう始まるよ~~!!」 と、今度は起きるまで延々と叩き起こされます。老体に鞭打たれ、よぼよぼの目覚めぬ体で元気よくラジオ体操・・・

えぇえぇ、仰るとおり、とーーーっても健康的な毎日なんですよ?
その証拠にチビゴン元気モリモリですから。
あんなにしょっちゅう熱出してたくせにね、夏休みに入った途端なんもなし!(どういうこっちゃ!)
とっても健康的な日々なはずなんですけどね、何故か父母は日に日にやつれていくという・・・
おかしいなぁ~・・・ (⌍་д་⌌) ゲッソリ

お盆中更新をお休みせずにきましたが、今日だけはお休みさせていただきます。
ちょっと一息 ε=(。・д ・。)フー

お盆中は丸々 「続・幸せの果実」 をお届けしましたがいかがだったでしょうか。 少しでも皆様の憩いになったのなら嬉しいです(*´∀`*)
そして明日からは 「忘れえぬ人」 を更新予定でいます。
少し間が空きましたので、是非今日のうちに復習しておいてくださいね!
司君が何やらエンジンがかかっていきそうな、そんな気配がするようなしないような?
一体いつになったらラブモードに突入するんだ~!って感じですが。
ふふふ、それも含めてお楽しみくださいませ。


そして有難いことにここのところ新規の読者様もちらほら増えているようです。
なんだかんだと話の数も増えてきたし、いい機会なのでカテゴリーに 『主な作品紹介』 の項目を追加しました。初めて訪問された方、常連だけど一部しか見たことない方など、作品を読む上での参考にしていただけたらいいなと思っています^^


ではでは、また明日の定時にお会いしましょう ヾ(*´∀`*)ノ



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続・幸せの果実 5
2015 / 08 / 15 ( Sat )
「ご無沙汰していますね、楓さん」
「幸村さん・・・」

全ての参拝を滞りなく終え、本殿を出たところで優しい笑顔がとても印象的な男性が近づいて来た。年は見たところ70代後半から80代前半と言ったところだろうか。どうやら楓の知り合いらしい。
一同の目の前までやってくると、楓の腕に抱かれたままの誠をうんうんと嬉しそうに何度も頷きながら見つめた後、司とつくしへと向き合った。

「はじめまして。私はこの神社の先代の宮司である幸村と申します」
「あっ・・・、はじめまして! この度は大変お世話になりました」

司もそれにあわせて軽く会釈すると、男性は見上げながらどこか懐かしそうに目を細めた。

「そうですか・・・あの赤ん坊だったあなたがこうして立派に親になられたのですか・・・」

その言葉一つ一つをしみじみと、感慨深そうに噛みしめている。

「実は道明寺家の皆様には先代の旦那様の時代からたいそうお世話になっているのです。今からもう何十年前になるのでしょうか。まだ幼い椿様と、そして赤ん坊だったあなた様を連れてここにお参りにいらっしゃったのは」
「え・・・その時も家族でお参りされたんですか?」
「その通りですよ。それはそれはお幸せそうに見えました。 ねぇ、楓さん?」
「・・・さぁ、私にはわかりかねます」

素っ気ない答えにも男性はニコニコと笑顔を崩さない。

今から30年近く前、全く同じ場所で司も誕生をお祝いされた。
しかも家族総出で。
その命が継がれて今がある。

「・・・凄い。 こうして家族って続いていくんですね」
「えぇえぇ、仰るとおりです。あれから数十年、皆様のご活躍は常に耳に入っておりました。願わくば、私が生きているうちにこうして楓さんとまたお会いして、そしてあなた様のお子様にお目にかかれたらと密かに思っておりました」

そこで一度言葉を句切ると、男性は今一度全員の顔を見渡した。

「そしてその願いがこうして叶い・・・私は本当に幸せ者です。 皆様を見ていれば、今がどれだけお幸せであるか、そこに言葉など必要ありません」
「・・・ありがとうございます」

すんなりと司の口から出た感謝の言葉に、男性は晴れ晴れしく破顔した。

「楓さん、とても素敵な息子さんに成長されましたね」
「・・・ありがとうございます」
「あなた様が頑張ってこられたからこそ今の幸せがあるのですよ」
「私は何も・・・」
「いいえ、全てのことが未来へと繋がるのです。あなた様の生き方がまた彼らの道標となって新たな道がつくられていく。人生とはそうして代々繋がっていくのですよ」
「・・・・・・」


さわさわと、心地の良い風が吹き抜けていく。
まるで今日のこの日を、今この瞬間を祝福してくれているかのような、爽やかな風が。


「またこれから数十年後、今度はこの子があなた達のように立派な親となって再びここを訪れてくることを・・・私たちは心から楽しみにお待ちしています」





***



「どうした? ぼーっとして。疲れたか?」
「あ・・・ううん。 ありがと」

スッと目の前に差し出された紅茶を受け取ると、つくしはコクンと一口呑み込んだ。
ほんのりとした温かさがじんわりと胸の辺りに染みわたっていく。

「はぁ~、おいしい。司が入れてくれるなんて超レア」
「お前は俺を何だと思ってんだよ」
「・・・俺様?」
「このっ!」
「キャーッ! 零れる、零れちゃうからっ!!」

肩を組まれて零れそうになる紅茶にワタワタしながらも、つくしはそのまま司の胸元に体を預けた。ヒョイッとカップが奪われると、司もまんざらでもなさそうにつくしの体へと手を回す。

「・・・今日、お義母さんと一緒に行けてよかったねぇ」
「俺はどっちでもよかったけどな」
「またそんなこと言う! 本音では嬉しいんでしょ?」
「さぁな。お前はよくそう言うけど俺には本気でわかんねーんだよな。物心ついた頃から親はいないのが当たり前だったし、今さら親の愛情云々言われたところでピンとこねーよ」
「・・・」

司にあってつくしにないもの。
そしてつくしにあって司にないもの。
それを理解しようと思っても、互いに芯からわかり合うことはきっと難しいことなのだろう。
司がこう言うのだって、決して照れや強がりなどではなく、きっと素直な感情であるに違いない。

「でもまぁ、俺がどうでもよくてもお前はそうじゃねぇんだろ? 俺はお前が幸せならそれでいいんだよ」
「・・・誠も?」
「お前が幸せなら誠だって幸せに決まってんだろ」
「・・・やっぱり俺様」
「そんな男にお前は惚れたんだろうが」
「ぷっ! 自分で言う?」
「違わねーだろ?」
「・・・おう」

クッと笑う声が聞こえたと思ったと同時に目の前が真っ暗になった。
重ねられた唇に自然と目を閉じると、つくしは脱力したまま身を委ねた。

「・・・なぁ」
「・・・なぁに?」

うっとりと目を開けると、至近距離に見える男は何故か真剣な顔をしている。

「誠のお宮参りは終わったぞ」
「・・・うん?」

そんな当たり前のことをそんなに真剣に言って一体どうしたというのか。
だが次の瞬間、唇をゆっくりと指でなぞっていくその動きにつくしはハッとした。

「お前が嫌だっつーなら無理強いはしねぇけど」

そう言って唇をなでる指が伝えていることは1つ。
昔からこの男は本気で無理強いをしようとしたことはない。
いつだってこちらの気持ちを尊重してくれた。
今だって、 「まだ」 と言えば間違いなくそうしてくれるに違いない。

「・・・・・・」

つくしは何も言わずに俯くと、答えの代わりにギュウッと司の背中に手を回した。
密着した体が伝えていることもただ1つ。
きっと、まるで初めての時のように心臓が凄いことになっているのに気付かれているだろう。

「つくし、顔上げろ。キスできねぇ」
「・・・」
「つくし」

まるで催眠術にかかったようにゆっくりと顔が上がっていく。
と、目が合った瞬間司が吹き出した。

「ぶはっ! お前・・・どこの茹でダコになってんだよ」
「うっ、うるさいよ! 顔を埋めてたから苦しくて赤くなっちゃっただけだもん!」
「くくっ、あーそうかよ。 ・・・ま、なんだっていいけどな」

クイッと顎を掴んで上を向かせると、大きな影がゆっくりとつくしに覆い被さっていく。
真っ赤な顔をしながらもつくしも静かに目を閉じると、長くせずして2つの影が1つに重なった。

ドクンドクンドクンドクン・・・

徐々に深くなっていくキスにますます心臓があり得ないことになっていく。
もう何度だってしていることなのに、もう子どもだって産んだっていうのに、どうしてこうもドキドキが止まらないのか。


・・・あぁ、これが 『 好き 』 ってことなんだなぁ・・・


つくしは蕩けていく意識の中でうっとりとそんなことを考えた。




「 失礼致しますっ!! 」



突如バーーーン!! と何の前置きもなく開いた扉に互いの体がビクッと跳びはねる。
司に委ねていた体は気付かぬ間にソファーに横たえられて上に乗られる形になっていた。
しかも着ていた衣類がはだけている。 一体いつの間にっ?!

「ちょっと失礼致しますよ・・・あら、本当にお邪魔したようですねぇ」
「たっ、タマさんっ?!」

姿を現した老婆につくしが慌ててはだけた前あわせを掴んで隠す。

「・・・おいタマ、てめぇブッ殺されてぇのか?」
「いえいえ、よもや事をイタしてるだなんて思いもよらず・・・大変失礼致しました」
「わかってんなら邪魔すんじゃねーよ」

司にとっては待望の瞬間だったのだから、機嫌が悪くなるのも当然だ。

「ですがどうしてもつくしにはお伝えした方がいいのではないかと思いましてねぇ・・・」
「・・・え、何かあったんですか?」

意味深な言葉に思わずつくしが体を起こしてタマを見た。

「実は奥様がこれからNYにお帰りになるんだよ」
「えっ・・・? だって、帰るのは明後日じゃあ・・・」
「そうだったんだけどねぇ。予定より仕事が順調に済んだから全てを切り上げてすぐに帰るとおっしゃられてねぇ。せめて明日にしたらと言ったんだけど・・・奥様は決めたことを変えられる人ではないから」
「そんな・・・まだゆっくりお礼だって言ってないのに」

明日あらためて感謝の意を伝えようと思っていたのに。

「今ならまだ間に合うだろうから、あんたには一言伝えておこうと思ってね。おそらくあと10分もしないうちに邸を出られるんじゃないかと・・・」

ガタンッ!!

「あっ、おい、つくしっ!!」

そんな・・・そんなっ!
次に直接会えるのがいつになるかなんてわからないのに。
ちゃんと話もできないまま、気付かないままにバイバイだなんて絶対に嫌だ!!

つくしは考えるよりも先に駆けだしていた。
そんなつくしの後ろ姿を呆然と見送った後、我に返ったように司が盛大に溜め息をついた。

「本当にお邪魔する気ではなかったんですよ?」
「・・・結果的に邪魔しまくってんじゃねーかよ」
「そうですけどねぇ。でも何も知らずに奥様が帰ったと後で知った方が後々司様にも厄介なことがあるやもしれぬと思いましてね。老婆心かとは思ったんですが・・・」
「・・・チッ! ほんっと最悪のタイミングだぜ。あのババァ、ぜってぇわざとやってんだろ」

急転直下はつくしあるある。
つい直近もこんなことを考えたような。
司はさっきまで触れていた柔らかい感触を思い出しながら、再び特大の溜め息をついた。






***


バタバタバタバタ・・・


「あ、あのっ!!」

騒々しく近づいて来た足音に、今まさにエントランスを出ようとしていた足が止まった。

「・・・こんな夜遅くに一体何事ですか」
「ご、ごめんなさいっ! でもたった今タマさんにお義母様がNYに戻られるって聞いて・・・それでっ・・・」

激しく息を切らすつくしに楓はこれみよがしに溜め息をついた。

「はぁ・・・タマさんは本当に余計なことをしてくれるわね」
「いえっ、タマさんは私のことを想ってくれればこそ教えてくれたんです! ・・・お義母様、誠のお宮参りに一緒に行ってくださって、本当に有難うございました」

言葉と共に深々と頭を下げる。

「・・・私は祖母としてできる最低限度のことをしたまで。お礼には値しません」
「いいえ、値します。この世に 『当たり前』 なことは何1つありません。今回一緒に参拝してもらえたのも、全ての偶然が重なったこと、そして何よりもお義母様がそうしたいと思ってくださったからこそ。私たちはそのお気持ちが本当に嬉しかったんです。だから言わせてください。 ありがとうございます」
「・・・・・・」

頭上から聞こえてきたふぅっという溜め息に、つくしはゆっくりと顔を上げた。

「・・・誠は?」
「あ、今はぐっすり眠ってます」
「そうですか。慣れないことで大変なこともあるでしょうけど・・・邸の者達の力を借りながら、あなたらしく頑張りなさい」
「あっ、ありがとうございます・・・!」
「言いたいことはそれだけかしら?」
「えっ? は、はい」
「そうですか。では私はもう参ります」
「あ、はい・・・。 どうかお気をつけていってらっしゃいませ。また次にお会いできる日を楽しみにしています」

ニコッとつくしが笑顔でそう伝えると、しばらくそれを見ていた楓が表情を変えずに振り返った。すぐにスタンバイしていた使用人が扉を開く。

だが扉をくぐって数歩進んだところで何故かその足が止まった。
足を止めたまま、背中を向けたまま楓は動かない。

「・・・? あの・・・?」
「もし私があなたのような向き合い方をあの子達としていたら・・・」
「えっ?」

何と言った? 声が小さすぎてよく聞こえない。
前屈みになって耳を澄ませると、おもむろに楓が振り返った。

「・・・いいえ、そんな 『もしも』 は不毛というもの。私は私。あなたがあなたであるように他の誰にもなり得ない」
「・・・・・・」
「あなたはあなたらしく進みなさい。 道明寺婦人として恥じぬ生き方を」
「お義母様・・・」

カツンとピンヒールの音が響く。
どんなに疲れていたってこの人には隙がなく常に完璧だ。


___ それが道明寺楓という女の生き方。


そんな眩しいまでの背中が見えなくなるまで見送ると、つくしはあらためて誰もいない扉に向かって頭を下げた。



「あたしはあたしらしく。 ずっと見ていてくださいね・・・!」




1年前に飾られた1枚の家族写真。
それは20数年振りにこの道明寺家へと飾られた大切な1枚となった。

・・・そして今日、そこに新たな1枚が加わる。
1年前にはなかった新たな顔を中心にしてそれぞれが幸せそうに笑う、そんな1枚が。





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00 : 00 : 10 | 続・幸せの果実 | コメント(3) | page top
主な作品紹介
2015 / 08 / 15 ( Sat )
当サイトにある作品の大まかな説明になります。


<短編>

主に独身時代のつかつくの小話集です。


<長編>

 
「 あなたの欠片 」 (完結済み・続編不定期更新中)
・・・ 約束の4年を目前にして司の父が急逝。それにより運命の歯車が少しずつ狂っていき・・・? 約束を過ぎて帰国した司を待ち受けていたのは思いもよらない事実だった。

「 愛が聞こえる 」 (完結済み)
・・・ あの悲劇の記憶喪失から7年。ある日突然司が記憶を取り戻したところから物語は始まっていきます。つくしは今どこで何をしているのか・・・?!

「 彼と彼女の事情 」 (更新中)
・・・ 2人の体が入れ替わってしまった! まさかの大ピンチをどう乗り越えるのか?! コメディタッチのお話です。

「 忘れえぬ人 」 (完結済み)
・・・ 港での事故で記憶を失ったまま渡米。それから4年の時を経て司は帰国するが・・・?
これまでにない展開のお話になっていると思います。詳細は是非読んで確かめてください!


<あなたの欠片番外編>

当サイト最初の長編 「あなたの欠片」 の番外編及び続編(長編)です。
基本的にはカテゴリーに並んでいる順で物語が進むと思ってください。

「明日への一歩」 (完結済み)
・・・ 司と共にNYに旅立ったつくし。そこで様々な波乱が起こりつつ、ついに魔女と対峙?!

「幸せの果実」 (完結済み)
・・・ ついに夫婦となった2人の新婚生活をお送りします。もちろん波乱は忘れません?!

「続・幸せの果実」 (不定期更新中)
・・・ 待望の第一子が誕生。親となった2人のその後をお送りします。


<愛が聞こえる番外編>

「愛を聞かせて」 (完結済み)
・・・ 大人になった遥人(ハル)を主人公にした物語。
幼い頃から一途にハルを想い続けてきた花音。その初恋は叶うのか?!
40代となった司とつくしも活躍します。

「王子様の憂鬱」 (完結済み)
・・・ 長年の片想いを実らせて晴れて恋人同士となった花音とハル。長谷川コーポレーションで遥人の秘書として奮闘する花音、そしてそんな彼女にどんどん惹かれていく遥人。結婚までの貴重な恋人時代を追います。もちろん司とつくしも活躍します!


<忘れえぬ人番外編>

「また逢う日まで」 (完結済み)
・・・ 2人が初めて結ばれてから再会までの空白の半年間を描いた物語。


<ひだまりシリーズ>

結婚後の2人の短編集です。尚、こちらの話は長編などとは一切繋がりのない単発となります。


<キリ番企画・リクエスト>

キリ番をゲットした方や、企画にてリクエスト件を得た方によるリクエスト集です。
企画の際には是非皆様もご参加ください^^


<コラボ作品>

花男二次の素敵作家さまとのコラボ作品になります。


<献上作品>

当サイトを始める前に他サイト様に献上した作品になります。
この御縁がなければこのサイトは存在していなかった作品でもあります。(要パス)




以上が当サイトの主な作品になります。
情報は完結した後に随時更新して行く予定です。
はじめましての方や未読のものがある方の参考になれば幸いです。



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続・幸せの果実 4
2015 / 08 / 14 ( Fri )
シャアっとカーテンを開けたと同時に目映いほどの太陽が室内へと降り注ぐ。

「わぁっ、雲一つない快晴だぁっ! 誠~、君は晴れ男だねっ!」
「う゛~~!」
「あははっ、お返事上手!」

早い時間だが朝の授乳を済ませている誠は既にテンションアゲアゲだ。
夜中の頻回授乳は慢性的な寝不足を引き起こし、正直心身共に決して楽ではないが、この元気な姿を見るだけでまた頑張るぞと思えるのだから我が子の存在とは偉大である。

「お~い、パパ~、そろそろ起きてくださ~い」
「ん・・・」

今日は久しぶりの休みということもあり司は珍しくお寝坊さんだ。
本当ならば好きなだけ寝かせてあげたいところだが・・・そろそろ起きてもらわなくては。
だがよっぽど眠いのか、何度突っついても起きる気配がない。
しばし考えていたつくしの顔がたちまち悪戯っ子のそれに変わると、ワクワク張り切る子どものように一気に司のお腹に尻ダイブした。

「ぐえっ!!」
「お~い、そろそろ起きてってば!」

潰れたカエルのような呻き声に吹き出しそうになるのを必死で堪える。

「~~~っ、てめぇっ、殺す気かっ!!」
「大丈夫大丈夫。司は馬に蹴られても死なないから」
「・・・・・・へぇ、そうかよ。 お前がその気なら・・・」

額に貼り付いていた怒りマークがスーーッと引いていくと、何故か司が口元を緩めた。

___ と思ったその時。

「え? ひゃああああああっ???!!!」

ガシッと両足首を掴まれたと思った次の瞬間、司が勢いよく体を起こした。当然ながら腹の上に乗っかっていたつくしの体は真っ逆さまに落ちていくわけで。しかも足首を掴まれているのだから尚のこと抵抗しようがない。
バフンッ! と勢いのいい音で思いっきりひっくり返った。

「もうっ、信じらんない! 何すんのよ!」
「ぬかせ。 先制攻撃したのはお前だろうが」
「司が起きないからでしょおっ!」
「そういうときは優しくキスして起こすのが妻の役目じゃねーのかよ」
「バッカじゃない? そんな決まりなんてありませんからっ!」
「へ~、そんな口聞いていいのかよ? ・・・ほ~、今日は白か」

クイッと足首を動かしてスカートの中を覗き込むと、司の顔がニヤリと妖しく光る。

「ぎ、ぎゃ~~~~!! 何やってんのよぉっ! 離しなさいよっ、このヘンタイっ!!」
「ヘンタイで上等。 おら、もっと見せやがれ」
「い~や~あ~~~!! おまわりさぁ~~ん! ここにヘンタイがいます~~っ!!」

両親のバカバカしいやりとりが心地いいのか、隣のベビーベッドの中では誠が大層ご機嫌で手足をジタバタさせている。これでご機嫌になるのはいいのか悪いのか?

・・・とにもかくにも今日も平和な1日が始まりそうだ。






***



「おっ、おは、おは、おはようございますっ! 今日はお、お、お日柄もよ、よ、よっ・・・」
「ちょっとパパっ、落ち着いてっ!!」

3歩進んで10歩下がるその喋りに堪らずつくしが助け船を出したものの、晴男は既に真っ青だ。

「あ、あぁ・・・。 やっぱりパパはダメだ。人間慣れないことはそうできるものじゃないよ」
「すみません。感動と緊張のあまりうまく話せなくなってしまってるみたいで・・・」
「別にお気になさる必要はありません。ご両親もどうぞ普通になさってください」
「は、は、は、はははィッ!」

せっかくの楓の気遣いもてんで役に立ちそうにない。
まぁこの状況下であれば両親がそうなるのも至って普通の感覚ってやつで。

青空の下、邸からほど近い都内有数の神社に道明寺財閥の№1、2が揃い踏みしているのだ。
しかもその主役である赤ん坊の祖父母には自分たちも含まれている。
同じ 「祖父母」 仲間であるはずのお相手がそんなたいそれた人物だなんて・・・緊張するなと言うのが無理な話だろう。
とは言ってもいささか緊張しすぎだろ! とは思うけれど。


昨日の夜になって突然楓も一緒にお参りができるとの知らせが入った。
もう半分以上は無理だろうかと諦めかけていただけに飛び上がるほど嬉しかった。
いや、実際に跳んで跳ねて喜んだのだけれど。

予定していた仕事がことのほかスムーズに流れたからなんて言ってたけれど、今日のこの格好を見れば実は最初からそのつもりで帰国したんじゃないだろうかと思ったって自惚れではない気がする。
いくらお金持ちでどんな衣装だってお邸にあるとはいえ、まるでこの日のために準備していたと言わんばかりのそれはそれは美しい和装に身を包んだ楓の姿を見れば・・・そう思いたくもなるってもんだ。

「お義父さん、お義母さん、今日は誠のために素敵な衣装をありがとうございます」
「いっ、いや、そんな・・・! 正直こんな安物であまりにも申し訳なくてやめようかとも思ったんですが・・・それでも、どうしても孫のために私たちなりにできる精一杯はしてあげたくて・・・」

司に頭を下げられた晴男と千恵子がひたすら恐縮している。

今日誠が羽織っている黒の掛け着はつくしの両親が贈ったものだ。
赤ん坊の晴れ着は母方の両親が準備するのが昔からの習わしとされているが、一方は世界に名だたる大富豪で、片やド貧乏一家。習わしと言えど衣装を贈るなどと恐れ多いのも当然のことだ。
両親は最後の最後まで自分たちでいいのかと悩んでいたが・・・

道明寺家が準備すれば、桁違いの高級品が誠に着せられたに違いない。
もちろんそれはそれで素晴らしい。
両親が用意してくれたものはそれに比べれば足元にも及ばない安物だろう。

それでも、つくしはその着物を見る度に誇らしかった。
たとえ安物だとしても、両親が孫を想い、今の自分たちにできる精一杯を詰め込んで贈ってくれたのだと考えただけで・・・それはどんな高級な衣装よりも価値のある、この世に1つしかない宝物へと変わったのだ。

「大事なのは気持ちだってつくしに散々教えられてきましたからね。お義父さん達の気持ちは十二分に届いてますよ。ありがとうございます」
「司君・・・ありがとう・・・!」

今からお参りだというのに、晴男は感無量のあまり既に泣きそうだ。

司は昔から両親に対して礼儀正しいことが多かったが、演じている部分がほとんどだっただろう。
だが今は違う。
元来培った育ちの良さは依然として失わず、そこに本当の優しさが加わった感じがする。
心の底からつくしの両親への敬意を払っている。贔屓目なしでそう感じるのだ。
我が親を大事に想ってくれることが嬉しくない人間などいるはずがない。
結婚してから1年と少し、最初はひたすら恐縮しっぱなしだった両親と司との距離感も、今ではかなり縮まってきたことを実感していた。

だからこそ楓との距離ももう少し縮められればとつい思ってしまうのだが ___

その一方で誰しも個々に 「らしさ」 というものがあり、彼らに於いては現状こそが最も理想的な距離感なのかもしれないと思えるのだから不思議だ。


「じゃあ時間だ。 行くぞ」
「あ、うん! じゃあお義母様、誠をお願いしてもよろしいでしょうか・・・?」

お宮参りで赤ん坊を抱くのは夫の母親。
両親の贈った着物を掛けた我が子が楓の腕に抱かれる。
こんなに幸せなことがあっていいのだろうか。

楓の手に愛する我が子を託すと、つくしは首の後ろに回り誠を包み込む着物の紐を結んだ。

「わぁ、素敵・・・!」

親バカだと言われてもいい。
その姿はそれ以上の言葉にできないほどに美しかった。

わけがわからない誠は着物が窮屈なのだろうか、いつもよりもバタバタと元気よく手足を動かしている。

「あの、ごめんなさいっ。 重いですよね? 大丈夫ですか・・・?」
「何の問題もありません。 参りましょう」
「は、はい!」

相変わらずのクールフェイス。
だが振り返るその刹那、楓が誠と目を合わせてほんの一瞬、ふわりと微笑んだ。

見間違いなどではない。
彼女は確かに微笑んだ。


本当に優しい優しい顔で。



「おい、行くぞ」
「・・・・・・うん」

前を歩き出した楓の後ろ姿を呆然と突っ立ったまま見つめているつくしの頭を、司の大きな手がポンポンと叩く。

「今から泣いてたらもたねーぞ」
「・・・・・・うん」
「ったく・・・。 おら、行くぞ。 ババァに置いて行かれても知らねぇからな」」
「・・・・・・うんっ!」


何が晴男が今にも泣きそう、だ。
泣きそう、じゃなくて既に泣いているのは自分じゃないか。
全く、始まる前からこれじゃあ本当に先が思いやられるってもんだ。


つくしが差し出された手に自分の手を重ねると、ギュウッと力強くその手が握りしめられる。
それに負けじと力を込めると、先を行く祖父母を追って2人肩を寄せて歩き出した。





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