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忘れえぬ人 54
2015 / 09 / 30 ( Wed )
「うわぁ~、見てみて! このカニが千円だって! やっす~~い!」
「食いてぇならうちのシェフに言えばあるぞ」
「ううん、見てるだけで満足。 あっ! ほらほら、こっちの帽子も可愛い~!」
「欲しいのかよ?」
「ううん、見てるだけで充分。 あっ、ねぇあっちは・・・!」

ターゲットが変わるだけで返ってくる返事は常に同じ。
延々と同じ事が繰り返されて既に2時間が経過。その度に司が呆れた溜め息を零し続けているが、つくしのハイテンションは一向に変わらない。

「おい、一体何しにここに来たんだよ」
「え? 何って・・・ウインドウショッピングだけど?」
「だから何でも買ってやるっつってんだろうが!」
「え~、いらないよ。何でもポンポン手に入れられたらありがたみなんてなくなっちゃうでしょ? こうやってあれがいいな~、これもいいな~って見て回るから楽しいんじゃない。 わっかんないかな~? この醍醐味が」
「・・・・・・」

わかるわけがない。
顎で指示して欲しいものが何でも手に入ってきた司にその良さなど理解できるはずもなく。
お前のやりたいことにとことん付き合ってやると言った手前ブチ切れることもできず。
この女に限って色気のあるデートができるなんざ端から期待はしていなかったが、まさかアメ横に連れてこられるとは。

たまには女らしい格好も見てみたいと似合いそうな服を見繕ったが、その格好には到底似合わない、人でごった返した商店街に来るハメになるとはさすがの司にも想定外だった。しかも騒ぐだけ騒いで結局いまだに買った物は何一つない。
何か買いたくてここに来たんじゃないのかよ!

やっぱりこの女、全てが予想の遥か上を行く。

「なんかお腹空いてきたかも・・・」

言葉と同時にぐぅ~~っと見事な腹時計が人混みの中でも響き渡った。

「お前・・・ほんと色気もクソもねぇな」
「しょうがないじゃん、生きてる証拠でしょ? そもそもあたしに色気を求める方がどうかしてるし」
「・・・おい、牧・・・」
「あっ、いいこと考えた! じゃあそろそろお昼食べに行こっか」
「え? あ、おいっ!」

何か閃くと、おいでおいでをしながらも鼠のように素早く人混みをぬって1人でさっさと先を急ぐ。司の言葉などまるで聞いちゃいない。この野郎と心の中で舌打ちしつつ、頭1つ分小さいつくしを見失わないよう必死でその後を追いかけた。







***



「おいしい?」
「・・・そうな顔に見えるか?」
「あはは、全然見えない。やっぱりお坊ちゃまにはこの良さがわっかんないかぁ~」

渋い顔で司が口にしているのはホットドッグ。
パンにソーセージを挟んでケチャップをかけただけの素人でも作れそうなそれは、噛めば噛むほど口の中がパサパサしてきて味もへったくれもない。

あれからつくしに連れられてやって来たのは上野公園だった。
売店で適当に買った食べ物をどこか適当な芝生の上に座り込んで食べる。大口を開けてホットドッグにかぶり付いている女が身につけているのは、おそらくこいつの月収以上はするだろう清楚なワンピース。
全てがありえないことだらけだったが、なんだか逆に段々笑えてきた。

「・・・・・・で? 次は何をして牽制するつもりだよ」
「えっ?」

思わぬ言葉に、大きく開けていた口がその状態のまま停止した。

「お前の目的に俺が気付かないとでも思ったか?」
「な、何のこと・・・?」
「すっとぼけたって無駄だ。俺には考えられないようなことをこれでもかとやらせて住む世界の違いを思い知らせたい。お前の狙いはそこだろ?」
「・・・!」

みるみるつくしの目が見開かれていく。
目は口ほどにものを言うとはよく言ったものだ。

「もっと言えばそうすることでうんざりした俺がお前を諦める。そこまでがシナリオだよな?」
「な、何を言って・・・」
「残念だったな。そんな小細工しかけたところで無駄だ。言っただろ? 俺は地獄の果てでもお前を追いかけるって。この程度のこと、全ては予想の範疇なんだよ」
「 _____ っ 」

言葉を失うと、宙に浮いたままだったつくしの手がダラリと力を失って膝の上に落ちていった。

そう。 今日一緒にいてずっと感じていた違和感。
それはやたらと自分と比較するような言動を繰り返すことだった。まるで言外に 『 ほら、あんたと私じゃ価値観が違いすぎるでしょ? だからやめときなよ 』 そう滲ませているような。
・・・いや、 「ような」 ではなく実際にそうしていたのだ。

強引にとりつけたデートにもっと激しく抵抗するかと予想していたのに対して、ことの外すんなりとそれを受け入れたとは思っていたが・・・やはりこの女、一筋縄ではいきそうにない。
だがそれも含めて全ては想定済み。

「お前がどんな手段で俺を遠ざけようと画策しようとも無意味だってことは言っておく」
「そんな・・・どうして?」
「どうして? そりゃこっちのセリフだ。言っただろうが、この俺を本気にさせたんだから何があっても絶対にお前を逃がさねぇって」
「なんで・・・? だって、あたしとあんたじゃ住む世界が全然・・・」
「違うからそれがどうした? 住む世界の違う人間は一緒になれねぇとでも言いてぇのか?」
「それはっ・・・」
「そんなくだらねーこと考えんのはやめろ」
「なっ・・・! くだらなくなんかないじゃんっ!!」

カッとしたつくしが大きく声を上げた。

「だって、あの道明寺財閥だよ? その若さで副社長なんてやってて・・・いずれは社長になるんでしょう? そんな人がただの一般人と・・・ううん、一般人どころかとんでもない貧乏人と付き合うなんて・・・」
「・・・」
「きっと価値観が合わないことだらけだし、何よりもあんた自身にもプラスになることなんて何一つないよ」

つくし自身、司が本気で自分を好きだと言っているのだと自覚してからずっと考えていた。
どうして自分なんかを? という疑問は常にある。とはいえ、そこをつくし自身が考えたところでわかるはずもない。だったらもっと現実的なことを見つめてみようと自分なりに真剣に考えていたのだ。

そして辿り着くのはどう考えても不安しかない未来だけ。
身分の違い、価値観の違い、互いの人生が交差するにはあまりにも生まれ育った環境が違いすぎるのだ。それに、彼の会社のためにも決してプラスにはならないだろう。それは卑屈になっているわけでもなんでもなく、身をもって感じていたことだった。
ただの補佐という立場ですらあれだけの反感ややっかみを買ったのだ。それだけ周囲が放っておかない男が選んだのがよもや平凡以下の女だと知ったら・・・下手すれば株価すら急落してしまうかもしれない。
それだけの重責を背負えるかと聞かれたら・・・答えはノーだ。

「・・・で? 言いたいことはそれだけか?」
「えっ・・・?」

悶々と考えるつくしの頭上からあっけらかんと聞こえてきた声に顔を上げれば、立てた膝の上に肩肘をついた司が呆れたような顔でじっとこちらを見ていた。

「お前ってどうでもいいことをダラダラと考えんのがほんと好きだよな。貧乏人の性ってやつか?」
「なっ・・・?!」
「いいか。んなくだらねーことをぐだぐだ考えてる時間があるならもっと真面目に俺のことを考えろ」
「かっ、考えたから言ってるんじゃん!」
「起きてもいねぇことを日がな一日考えることに何の意味がある? 問題に直面したならその時考えりゃいいだろうが。それともなんだ、お前は好きになる相手は条件で決めるとでもいいてぇのか?」
「そ、そんなわけないじゃん!!」
「だったらくだらねーこといつまでも考えてんじゃねーよ。俺はお前が貧乏人だろうが金持ちだろうがんなこたぁどうだっていいんだよ。惚れた女が牧野つくしだった。ただそれだけのことだ」
「・・・・・・」

次の瞬間、サァッと爽やかな風が2人の間を吹き抜けていく。
その表情があまりにも真剣過ぎて、つくしは目を逸らすことも、身動き一つすることもできなかった。

「髪の毛食ってんぞ」

突然唇に触れた手にビクッと体が揺れる。

「あっ・・・?!」

咄嗟に体を引こうとしたが時既に遅し。
即座にその手が首の後ろに回されると、否も応もなしにあっという間に大きな腕の中に体が閉じ込められていた。条件反射で抵抗を試みるが、背中と後頭部にがっしりと回された手がそれを許さない。

「はっ、離して・・・!」
「誰が離すかよ」
「待って、どうみょうじっ・・・!」
「牧野、余計なことは考えんな」
「・・・えっ・・・?」

ほんの少し体を離してできた空間から伸びてきた手がすぐにつくしの顎を掴む。
逃げることは、目を逸らすことは絶対に許さないとばかりに。

「俺がどこの誰かとか、お前がどこの誰かなんてどうだっていいんだよ。そんなことで俺を納得させようったって無駄だ。 いいか、お前も俺もただの男と女だってことを忘れんな」
「ただの男と女・・・?」
「あぁ。それでもお前が不安になるっつーなら俺がお前を守ってやる。だから余計なことを考えずに俺を見ろ」
「 _____ っ・・・ 」


・・・離せない。
いくら顔を固定されていても、視線だけは逸らそうと思えばいくらでもできるのに。
まるで金縛りにあったように瞬き一つできない。


「 俺はそのまんまの牧野つくしが好きなんだよ 」


どうして・・・?
どうしてこの男の言葉から、見つめる瞳から逃げることができないのだろう?
どうしてこんなにも心の中を抉られるような感覚に襲われるのだろう?


どうして・・・


「あ~! ママ、ちゅ~してるよぉっ!」
「えっ・・・? きゃあっ!!」
「ぐぇっ!」

コロコロと転がってきたピンクのボールがつくしの膝にぶつかって止まった。
見ればすぐ近くで小さい女の子が立ってこちらをガン見しているのに気付く。血の気が引くように司を突き飛ばすと、思いの外勢いよくその体は倒れていった。
すぐ後ろから追いかけてきた母親と思しき女性が来るなりペコペコ頭を下げっぱなしだ。

「えっちゃんっ! ご、ごめんなさい! この子ったら・・・!」
「い、いえっ、こちらこそお見苦しいところを見せてしまって・・・。 はい、どうぞ」
「ありがと~!!」

ボールを受け取った女の子はニコニコだ。その可愛らしさにつくしもつられて笑顔になる。
が。

「あのね、ちゅーするならおうちの中じゃないとダメなんだよ?」
「えっ!!!」

可愛い顔から飛び出した爆弾発言に完全にフリーズした。

「えっちゃんっ! 何言ってるのっ! ほんとにごめんなさいっ・・・!」
「え~、でもパパとママがいっつも言ってるでしょ~?」
「余計なことは言わなくていいのっ! ほんとにほんとにすみません! ほらえっちゃん、行くよ!」
「えぇ~? じゃあねぇ、ばいばぁ~い!」

半ば引き摺られる形で母親に連れられていく子どもに辛うじて片手を挙げて応える。
今の自分は一体どんな顔をしているのだろうか。

「ってぇ~・・・」

と、ごそごそと体を起こした黒い影にハッと我に返った。

「ちょっとっ! あんたのおかげでとんだ恥かいたじゃないのっ!!」
「あぁ? 知るかよ。邪魔する方がわりぃんだろうが」
「邪魔なんてしてないからっ! もうっ、ほんっと信じらんない・・・」

両手で真っ赤になった頬を抑えてがっくり項垂れるつくしが司には全く理解できない。
むしろ・・・

「つーかキスもしてねーのにこの言われようは納得いかねーな。何なら今からすっか?」
「えっ?! って、ぎゃあっ!! ししししししししししししししないからっ!!!」

接近してくる司に驚くあまりビョンッと真上に飛び上がった。
予想を上回る反応に驚いてしばし目を丸くしていた司だったが・・・やがて盛大に吹き出した。

「ぶはっ! お前は一体何なんだよ?! くノ一か? 猫か?」
「知らないよっ! って、あぁっ! 大事な大事なホットドッグが・・・!」

無残に転がったホットドッグには既にアリが集っていた。これでは3秒ルールも無意味だ。

「あぁ~・・・あたしのエネルギー源が・・・」
「赤くなったり青くなったり、お前はほんとおもしれぇ女だな」
「誰のせいだと思ってんのよ!」

睨み付けても笑われるだけだとわかっていても、ギロリと鋭い視線を送らずにいられない。

「行くぞ」
「えっ?!」

グイッと手を引かれたと思った時にはもう立たされていた。

「え・・・行くって、どこに?!」
「それはお前が決めるんだろうが。言っただろ、今日1日はお前のやりたいことにつきあってやるって」
「ちょっ・・・もう色々やったでしょ?!」
「バカ言うな。余計な雑念が入った計画なんざ無意味なんだよ。それにまだ1日の半分しか終わってねぇ。今からは何も考えずに無心で遊べ」
「あ、遊べって・・・ちょっとっ、引っ張らないでってばぁっ!!」

ズルズル、ズルズル。
この犬ぞりみたいな光景は一体何なんだ?
これが 「お前のやりたいことにつきあってやる」 の図に見える人間なんているのか?!


そんな叫びも虚しくあっという間に小さくなっていくつくしたちの後ろ姿を、偶然通りかかった犬がしばし見送った後、足元に転がったホットドッグにパクリと食い付いた。





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00 : 00 : 00 | 忘れえぬ人(完) | コメント(11) | page top
エナジー注入中
2015 / 09 / 29 ( Tue )
いつもご訪問くださっている皆様、有難うございます^^
日曜の夜は中秋の名月をご覧になりましたか?
私はすっかり十五夜だということを忘れてたんですが、たまたまお出掛けしていた車の中から山の上にドーーンと浮かんだ満月に気付きまして、チビゴンとじっくり眺めることができました。ほんと、大きいですよね~。時折雲がかかっておぼろ月になるのがまた何とも風情があってよかったです。
あんなにじっくり月を見たのも久しぶりかも・・・

さてさて、申し訳ありませんが今日はお休みさせていただきます。
ちょっとここ3日ほどかなり忙しい状態が続いてまして。おまけに外にいる時間が長かったのもあって軽く熱中症気味になってしまって。少しの時間を活用して書こうと思ったんですが、頭がぼんやりして正常に働いてくれませんでした。

えっ? 誰だっ! もともと正常に働いたことがないだろなんて言った奴はっ!!!(`Д´)
大当たりだから褒めてやるっっっ!!!


・・・・・・・・・・・・とまぁこんな感じで若干ハイにもなってましてね( ̄∇ ̄)
今日は久しぶりにお休みさせていただくことにしました。
真面目に体力ゲージが赤い状態でして(^_^;)慌ててベホマとケアルガとリジェネかけてます。
えっ?意味がわからない?
うふふ、このネタはかなりメジャーですけど、実は私、兄の影響でかなりのゲーマーちゃんです。
あ、でも最近のゲームはほとんどわからない(^_^;)昔のゲームならオタクの域に入るかも・・・(恥)


「忘れえぬ人」、書き始めた頃は1周年までには終わるだろうくらいに思ってたんですが・・・
多分ですけどこのままじゃ終わりそうにありません(^◇^;) まさかこんなに長くなるとは。
ポイントは司とつくしがダブル記憶喪失で恋をする前から始まってるってことなんですよね。50話あたりでやっと司が覚醒。そこからつくしを落としにかかるわけですから・・・そりゃ長くもなるってもんです。いやぁ、完全に私の見通しが甘かった。
私は書きながら先を考えていくタイプなので(大まかなあらすじだけは一応持ってますが)、毎度ながら予定よりどんどん長くなっちゃうんですよねぇ・・・
このお話、一体何話くらいで完結するのか、私も教えて欲しいです(笑)


そして一周年まであっという間に1ヶ月を切ってしまいました。
こちらの作品もぼちぼち書かなきゃだし・・・あぁ、1日の時間が足りません(T-T)
まさか1年も続くなんて夢にも思ってませんでしたからね、ほんと。その時は皆さんと一緒に盛大に喜び合いたいと思ってます(*^^*)

ではでは明日の定時更新を目指して・・・確約はできませんが頑張ります!(o^^o)


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早くこんな2人を見たいですねぇ・・・(書いてるのオマエだろってツッコミはいや~ん(*/∇\*)
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00 : 00 : 00 | 未分類 | コメント(11) | page top
忘れえぬ人 53
2015 / 09 / 28 ( Mon )
恨めしい、恨めしい、恨めしいっ!
この向こうではきっと・・・

ふぅ~っと何度も大きく深呼吸を繰り返すと、つくしは意を決したように目の前の扉を押した。
と同時に中で新聞に目を通していた男が顔を上げる。
一瞬だけ驚いた顔を見せたが、それもすぐにあの不敵な笑みへと変わった。

「よう。似合ってんじゃねーか」
「卑怯者っ! 横暴! 暴君! ろくでなしっ!!」

おはようの代わりに出てくるのは罵詈雑言の数々。
それも全て想定済みな男は言われれば言われるほど楽しそうに笑っている。
この男は・・・っ!

「なにがだよ。俺は何もしてねーぞ」
「嘘つきっ! あんた以外にこんなことができる人間なんていないでしょっ?!」
「さぁな。とにかくそんなとこに突っ立ってねーで座れよ。使用人が途方に暮れてんだろ」

見ればすぐ後ろでワゴンをスタンバイさせた使用人が中に入れずに待っている状態だった。
つくしは思いっきり口を尖らせたまま渋々言われるまま向かいの席へと腰を下ろす。
距離が近づいたからか、司はさっきの比じゃないほどに遠慮なしに上から下までつくしを凝視し始めた。

「~~~~、だからっ、じろじろ見ないでってっばっ!!」
「なんでだよ。似合ってんだからいいじゃねーか」
「似合っ・・・?! そういうこと言わないでっ!」
「褒めてんのにお前は何を怒ってんだよ」

だって、だって、だって・・・!

結局ほとんど眠れなかったつくしを待っていたのはさらなるあり得ない事態だった。
シャワーを浴びて出てみれば、着ていたはずの服が消えていた。慌てて辺りを見渡せばそこには綺麗に整えられた服一式が。淡いクリーム色に小花柄の模様、シフォン地のスカートのついたそのワンピースは、普段のつくしなら絶対に手を出さないようないかにも女性らしいものだった。
そう、まるで美しいお嬢様のためにあつらえたような上品さ。

必死で本田を呼んで着ていた服を返すように懇願したが、クリーニングに出したからそれは無理ですとあっさり言われてしまった。つまりは端から選択肢などなかったというわけだ。
この満足そうな顔を見れば、それを命令したのは誰かなんて考えるまでもない。

「こんな格好、あたしにとっては罰ゲームみたいだよ・・・」
「あぁ?! お前はバカか。似合ってんだからいつまでもグダグダ言ってんじゃねーよ」
「だって・・・」

最近はスカートを履くことすらめっきり減っているというのに、こんな女の子女の子した服なんて自分に似合うはずがないのだ。また嫌がらせされているのかと思いたくなる。
司はそんなつくしを見て盛大に溜め息を一つ。

「はぁ~~、お前なぁ。ちったぁ自分に自信持てよ」
「・・・え?」
「お前はこの俺が惚れた女だぞ。俺がお前に似合うと思って見立てた服なんだから似合ってるに決まってんだろうが。せっかくの衣装がその顔じゃ台無しじゃねーか。普通にしてろ」
「俺が見立てたって・・・」
「好きな女に似合う服を贈って何が悪い?」
「なっ・・・だっ、だからそういうことをサラッと言わないでってば!」
「なんでだよ。俺は自分に正直に生きてるだけだろ。これは変わらねぇんだからお前が慣れろ」

慣れろって・・・・・・ムリっ!!

「とにかくお前は自分で思ってる以上に魅力的な女だってことを忘れんな。その服もよく似合ってる」
「も、もうわかったから! もう充分だからこの話はおしまいっ!!」

ダメだ。何を言ってもこの男のペースに巻き込まれてしまう。
これ以上は羞恥地獄で耐えられない。
ついこの前まで何の取り柄もない貧乏女とか言ってたくせに・・・この変わり様は一体なんなんだ?!

「本当に、坊ちゃんの仰るとおりよくお似合いでございますよ」
「えっ? ・・・タマさん!」

いつの間にかすぐ後ろでカチャカチャと飲み物を準備していた老婆に全く気付かなかった。

「坊ちゃんが女性にプレゼントを贈るなんて・・・長生きした甲斐があるってものですねぇ」
「なっ・・・タマさんっ?!」
「さぁさぁ、せっかくのお食事が冷めてしまいますよ。お食べください」
「・・・はい・・・いただきます・・・」

うぅっ。 もうこのお邸全ての人に手のひらで転がされてる気がする。
つくしはガックリ項垂れながら渋々目の前の食事に口をつけた。

「・・・・・・んっ、おいしいっ!!」

すると誰もが予想したとおりにたちまち笑顔の花が咲いた。

「プッ、お前はほんとうまいもんさえ食わせてりゃ常にご機嫌だな」
「う、うるさいなっ。おいしいものはおいしいんだから仕方ないじゃない」
「くくくっ・・・」
「笑ってないであんたも食べなさいよ!」

逆らうこともなく言われたとおりに司も自分の食事に手をつけ始める。
その姿は前回見たときとはまるで別人で、料理を一度だっておいしいと感じたことはないと言った本人と同一人物だとはとても思えなかった。
表情一つでこんなにも印象の変わる男なのだとあらためて実感する。

「つくし、これは椿様から預かったものだよ」
「え?」

タマから差し出された一通の手紙。
急いで中を見てみれば、もうアメリカに戻らなければならないこと、再会できたことへの喜び、そして何かあれば遠慮なくいつでも連絡してほしい旨が書かれていた。そして最後にはこうも。

『 司が調子に乗ったときはいつでも言って。懲らしめてやるから! 』

「プッ!」
「・・・何だよ」
「ううん、別にー? お別れの挨拶ができなかったのは残念だったけど・・・すごく綺麗なお姉さんだね」
「さぁな。別に意識したこともねーよ」
「認めたくはないけどあんたも見た目だけはいいよね。美形姉弟って感じ」
「おい、だけはってどういうことだよ」
「きっとご両親もすっごい美男美女なんだろうね~!」

何気なく口にした言葉に司の顔から笑顔が引いていく。

「・・・道明寺?」
「・・・あんな奴らに似てるって言われたところで嬉しくもなんともねぇな。むしろ虫唾が走るぜ」
「・・・・・・」

思わず止まった手が空を切って行き場を失う。
さっきまでの楽しい時間が嘘のように冷え込んでしまった。
そういえば以前家族の繋がりなどほとんどない、そんなことを話していた。
自分は貧乏だが家族の繋がりは強い方だと自負している。一方できっと彼はその真逆なのだろう。富や名声は充分あるはずなのに、どうしてだろう。 ちっとも幸せそうに見えない。

幸せって一体何なのかわからなくなる。

「昨日はちゃんと寝たか?」
「えっ?」

ハッとして顔を上げれば、もう既に司の表情は元に戻っていた。

「あ・・・あんまり」
「へぇ? 殴られようが落とされようが目が覚めねぇお前にしちゃ珍しいこともあるもんだな」
「う、うるさいよっ」

ニヤニヤ笑う顔が憎ったらしい。
どうせ眠れなかった原因だってわかってるくせに!

「・・・ねぇ、今日出掛けるって一体どこに行くつもり?」

間違ってもデートだなんて言葉は使ってなるものか。

「言っておくけどクラシック鑑賞とか美術館巡りとか、そういう高尚なことなんてあたしには無理だから。あとやたらとお金のかかる場所も絶対にムリ!!」

事前に釘を刺しておかなければ連れて行かれても何ら不思議じゃない。
こんな格好をさせられていれば尚更のこと。

「お前の行きたいところに連れていってやるよ」
「えっ?」

カタンと持っていたナイフとフォークをテーブルに置くと、司はキョトンと目を丸くしているつくしを見てニッと笑った。


「一方的に押しつけられんのは迷惑なんだろ? だったら今日はお前のやりたいことにとことん付き合ってやる。だからお前が行きたい場所を決めろよ」


思いも寄らぬセリフと共に。




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00 : 00 : 00 | 忘れえぬ人(完) | コメント(13) | page top
忘れえぬ人 52
2015 / 09 / 27 ( Sun )
1週間を目処にしていた仕事が大幅にずれ込んで2週間も日本を離れることになってしまった。
この業界では有名なゴネじじぃが相も変わらず土壇場になって予定外のことを言い出しやがったからだ。当然ながら今さらこっちだって一歩も引く気はなかった。
だがそれは同時に交渉に無駄に時間が取られることに他ならない。
以前の俺だったら迷うことなくジジィを切り捨てて取引そのものをなかったことにしていたに違いない。

・・・だが。
そうしようと思ったその時、何故だかあの女の顔が浮かんだ。

牧野つくし

この4年常に俺の心のどこかに居座り続けて俺を苛立たせた女。
直接会うことはなくとも、夢の中にまで出続けて俺に何かを訴えていた。
だが会ってみればあの女も俺のことを何一つ覚えちゃいなかった。

それならそれで俺にとっては好都合だった。
・・・はずだった。

たとえあいつが俺の昔の女だったと言われようとも、今の俺がそれを受け入れられない限りそんなことは知ったことじゃねぇ。
実際記憶を失ってから4年、一度だって失われた欠片を取り戻せたことはない。
本当に俺にとって必要なものならば、何が何でも記憶は戻る。そう思っていた。
だからあの女をそういう目で見たことはなかったし、一緒にいて必要ない人間だと思えば容赦なく切り捨てるつもりでいた。

・・・だが。

時間と共に一体何に苛立っているのかわからなくなっていった。
もともと正体不明の黒い感情に苛まれる日々だったが、あの女が俺の前で屈託のない真の笑顔を初めて見せたとき、不思議と俺の中の苛立ちは消えていた。
その時の俺はそのことを決して認めようとしなかったが。

何の取り柄もないはずなのに、あの類や他の男を惹きつけるあの女が忌々しかった。
男の下心にも気付かねぇでヘラヘラしてるあの女が堪らなく煩わしかった。
結局、自ら突き放して目の前から消えてしまうかもしれないと自覚したときに初めて己の気持ちを認めることができた。


___ 俺はあの女に惚れているのだと。


俺の記憶が何故戻らないのか。
あの女は何故記憶を失ったのか。
その上で俺の夢の中にあいつが出続けていたのは何故なのか。

求めていたのはあいつの方だったのか、それとも俺だったのか ____

そんなことを考えたところで答えは何一つわからない。
ただ一つわかることは、俺は過去など関係なく今の俺としてあいつを欲した。
ただそれだけ。
だがそれだけで充分だ。

今も昔も女の誘惑は掃いて捨てるほどにある。
だがただの一度もこの俺の食指を動かすことができた者はいない。
欲がないわけじゃない。
俺だって男だ。
いい女だと思える奴がいればその気にだってなっただろう。
だがその気になれる女はどこを探してもいなかった。

それがあいつを好きだと自覚したらどうだ。
食指が動かないどころか追いかけて追いかけて追い詰めてでも欲している自分がいる。
こうも人間とは一瞬にして変われるものなのかと自分で自分に笑えて仕方がない。

そして思い通りにならない女に振り回されている自分もそう悪くない。
少しずつ知っていくあの女の一つ一つが新鮮で愛おしいと思う。
俺がこうも変わったと知ればあいつらが盛大に笑うに違いない。
だが正体不明の黒い靄が嘘のように消え去った今の俺には、そんなことすら取るに足らないことだと笑って流せるだろう。



この2週間、仕事を放棄せずに帰国できたのは間違いなくこいつがいたからだ。
幾度となく連絡をしようと思ったが、そうすれば今の俺を止めるストッパーは確実に壊れる。こいつがどこからか俺が仕事を放棄してまで帰国したと知ったら何を言われるかわかったもんじゃねぇ。
そこまで考えてこの俺に我慢させ続けたこの女はやっぱりただ者じゃねぇと心底痛感する。

「ん・・・」

酔っ払って爆睡しているこいつを運ぶのはこれで3回目。
冷静に考えてみればこの俺が女にこんなことをする時点でありえねぇことだとわかるのに、頑なな心は絶対にそれを認めようとはしなかった。
答えはすぐ目の前にあったというのに。

姉貴の登場は想定外だったが、結果的に俺に自覚させるきっかけになったことは違いない。
イタリアから帰国した足であいつに会いに行こうとしていた矢先にここにいると連絡が入ったのには驚いたが、どこかでいかにも姉貴らしいとも思った。
俺以上に強引な女だが、決して自分のためだけではなく俺のことを考えての行動なのだろう。
その証拠にこうして自分の腕の中にこいつがいることがたまらなく嬉しいと思っている自分がいるのだから。


「・・・・・・あれぇ・・・?」

部屋まで運んでいる途中、これまで爆睡しつづけていたつくしがうっすらと目を開けた。
とは言ってもしょぼしょぼと豆ほどの目で焦点もろくに合っていない感じだが。

「目ぇ覚めたかよ、酔っ払い女」
「・・・・・・・・・・・・おおつか?」

ピクッ

寝ぼけたつくしの口から出た名前にピシッと空気が凍り付いた。
ビキビキと青筋が浮かび上がる司を相変わらずつくしは豆顔でぼんやり見ているだけ。

「・・・・・・テンメェ、ざけんじゃねーぞ!」
「い゛っ????!!!!!!」

ゴフッ! と凄まじい音をたててつくしのおでこから特大の星が飛ぶ。

「いぃったぁ~~~~~~!!」

突然走った激痛にたまらず両手でおでこを押さえ込んだ。

「てめぇ、よりにもよって他の男の名前を呼ぶなんざ、死にてぇのか?」
「え・・・えぇっ?!」

ようやく意識がはっきりしてきたのか、自分を見下ろす司を認識すると目を丸くして驚いている。
しかも自分が抱きかかえられているのだから尚更だ。

「な、なんで・・・」
「覚えてねーのかよ? お前姉貴と飲んで寝潰れたんだよ」
「あ・・・」

そう言えばそうだったと鮮明に甦ってくる。

「あ・・・ご、ごめんっ! 部屋に連れて行ってくれてたんだよね? 重かったでしょ、ごめんね? もう後は自分で歩くからおろし・・・」
「いい。暴れんな」
「えっ、でも、」
「いいからそのままじっとしてろ」
「 ____ っ・・・」

降りようと体を捩ってみたものの、がっしりと抱き込まれていてビクともしない。
こ、これっていわゆるお姫様抱っこってやつじゃあ・・・

「ん?」
「なっ、なんでもないっ!!」

チラッと様子を伺うとバチッと目が合って慌てて明後日の方向を見た。

ドックンドックンドックンドックン・・・・

やばい・・・
なんでこんなに心臓がうるさいの。
これはあれだ、飲み過ぎが原因だ。
うん、きっとそうだ。 いや、絶対そうに違いない。
決してこの男に対するドキドキなんかじゃ・・・

「真っ赤な顔して言われても説得力なんかねーぞ」
「えっ!!」

ハッとして見上げてみれば例の不敵な笑みを浮かべてなんだか嬉しそうにしている。

「ま、まさか・・・」
「お前も大概懲りねーよな」

パクパクと声も出ない。
・・・自分のアホさ加減に。
自分の体のどこかに心の声が漏れる穴でも開いてるんじゃなかろうか。

すっかり抵抗する気力も失ってしまったつくしを抱えたまま司は機嫌が良さそうに軽快に歩いていく。やがて長い廊下の先にあるとある部屋に辿り着いた。部屋の前では以前もお世話になった本田という名の使用人が待ち構えていて、2人の姿を見るなり頭を下げた。

「必要なものは全て中に準備してございます」
「あぁ」
「牧野様、ごゆっくりお休みくださいませ」
「あ、ありがとうございます。こんな場所からでごめんなさい!」

というかこんな姿を見られて死にそうに恥ずかしい。

「いいえ、とんでもございません。嬉しい限りです」
「えっ・・・?」
「ではおやすみなさいませ」
「あ、おやすみなさい・・・」

嬉しそうな顔でお辞儀をすると、本田は2人を残してその場を離れていった。
それを見送ることなくすぐに司が室内へと入っていく。
中は何十畳ほどあるかもわからないほど広く、そのあまりの豪華さに言葉も出てこない。

「あ・・・」

呆けて見とれている間に気が付けばゆっくりとベッドに下ろされていた。

「あ、ありがとう」
「お前、今夜は絶対にフロに入んじゃねーぞ」
「え?」
「かなり酒が回ってるはずだからな。それでぶっ倒れでもされたらたまったもんじゃねー」
「・・・」
「ま、俺と一緒に入るってんなら許してやってもいいけど」
「なっ、何言ってんの?! バカじゃないっ???!!」
「・・・フッ。 ま、意識はしっかりしてるみてーだな」
「え・・・?」

そう言ってふわりと頬を大きな手が柔らかく撫でる。
見上げた顔は信じられないほどに優しくて、ようやく落ち着いてきたはずの心臓が途端に暴れ始めてしまった。

「くっ、お前はリンゴか?」
「う、うるさいよっ! 酔っ払ってるからなのっ!!」

慌てて両手で顔を覆うがそれでも隠しきれていないだろうことは自分でもわかる。
それほどに全身が熱くて熱くてたまらないから。
この男がこんなに優しいなんて、調子を狂わされてどうしていいかわからない。
そんなに軽快な声を上げて笑うようなキャラじゃなかったでしょう?!

「も、もう寝るからっ! ここまで連れて来てくれてほんとにありがとう!」

早口でそう言うと、つくしはベッドに横たわってバフッと布団を頭から被った。
もうこれ以上は心臓が破裂しそうだ。
お願いだから早く自分の部屋に戻って欲しい。

「俺の部屋で一緒に寝るか?」

そんなつくしの願いを知ってか知らずか、司はさらに追い打ちをかけてくる。

「ね、寝ませんっ!!」
「遠慮しなくていいぞ」
「してませんっ!! もういいから早く部屋に戻んなさいよっ!」

予想通りの反応で満足しているのか、布団の上から実に楽しそうな笑い声が降ってくる。
くっそ~、人で遊ぶなぁっ!!
眠くなれ、眠くなれ、自分。 早く寝てしまえ!
どうしてさっき中途半端に起きてしまったのかと自分が恨めしい。

「・・・牧野、明日デートするぞ」

眠くなる、眠くなる、あたしはだんだん眠くなる・・・・・・・・・・・・・・・

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・え?」

かろうじて耳に届いた言葉にパチッと目が開いた。
そして無意識に上半身を起こしてあいつを見上げている自分がいた。
目が合ったあいつは・・・笑ってる。

「もともとは今日お前に会いに行くつもりだったんだけどな。まぁ予定は狂ったがこれはこれでありだ。明日は2人で出掛けるからそのつもりでいろよ」
「えっ・・・?」
「言われなくてもお前なら爆睡だろうが明日に備えてちゃんと寝ておけよ。じゃあな」

そう言ってポンポンと頭を優しく撫でると、司は呆然とするつくしを残して部屋を出て行った。
辺りにあの甘酸っぱい香りを残して。

今あいつ何て言った・・・?
あぁ、デートって言ったのか・・・


「 デートっ?! 」


なんてあの男に似合わない言葉なんだろう。
デートって、もしかして自分の知ってる以外の意味があるんだろうか?
あのデート?
恋人同士がアハハ、ウフフ、なんていって仲睦まじくやってる・・・あのデートっ??!!!

「嘘でしょ・・・?」

っていうかここに泊まるんだから逃げ場なんてないじゃん!
ど、どうしよう・・・!

ドキンドキンドキンドキン・・・!


「・・・もうっ! 全然眠れないじゃないっ!!」


どんな場所でも即座に眠れる特技を持つはずのつくしをもってしても、その日はいつまで経っても眠りに落ちることができなかった。






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00 : 00 : 00 | 忘れえぬ人(完) | コメント(8) | page top
忘れえぬ人 51
2015 / 09 / 26 ( Sat )
今、なんかとんでもない幻聴が聞こえてきたような。
・・・気のせいだよね?
うん、そうだ。きっと気のせい・・・

「今日はこのまま泊まっていってちょうだい」
「ええぇっ???!!!」

ベタ過ぎるコント展開だとツッコまれようとも、これが驚かずにいられるかっ!

「なっ、なっ、何を・・・!」
「4年ぶりに会えたんだもの。一晩中話したって時間は足らないくらいだわ。それとも何? もしかして明日は休日出勤だったりするのかしら?」
「い、いえ、それはないですけど・・・」
「じゃあ決まり。本田さん、今日はこのままつくしちゃんを泊めるから。何の準備もしてきてないから必要なものを見繕ってあげてちょうだい」
「はいっ、お任せください!」
「えぇえっ?!!」

そんなにあっさり受け入れちゃうの?
もっと驚いたりするところじゃないの??
そんな思いがもろに顔に出ているつくしと目が合うと、本田は心底嬉しそうに微笑んで出ていってしまった。あんぐりと口が開いたまま言葉も出ない。

「いいでしょ? 司」
「・・・好きにしろ」
「えぇっ!!」

ブルータス、お前もかっ!!
ボケずにいられるかっ!

「素直に嬉しいって言えばいいじゃない」
「うるせーっつってんだろ」
「うふふ、そうと決まればつくしちゃん! 今日はゆっくりお酒を飲みながら色んなお話しましょ?」
「おい、こいつに飲ませんなよ」
「あら、どうして?」
「酔うと何しでかすかわかんねーんだよ」
「う゛っ・・・」

ついこの前大失態をしでかしてしまっただけにそれを言われちゃツライ。

「あんたがいるなら問題ないでしょ? その時は責任持って介抱してあげなさいな」
「えぇっ?! お、お姉さん、それはちょっと・・・!」
「ほらほら、いいからグラス持って!」
「えっ、えぇえっ・・・?!」

この数分の間に 「えぇっ」 だけでも何百回言ってるんだ?
そんなことを考えている間にも強制的に握らされた右手のグラスにはトプトプと音をたててワインが注がれていく。

お姉さんのことは正直覚えてないけど、よーーーくわかったことがある。
一切の愛想を振りまかない道明寺とは真逆でニコニコ笑顔を絶やさないから騙されがちだけど、確実にお姉さんの方が人の話を聞かない・・・!

この姉弟、恐ろしくソックリだと。







***



「う~~・・・」
「あらつくしちゃん、酔ってきた?」
「はい・・・ちょっとフワフワしてます」
「大丈夫よぉ、今日はここに泊まるんだから。ほら、もっと飲んで飲んで!」
「バカ、それ以上はやめとけって」

強引に注がれそうになったボトルを横から伸びてきた手が押し返す。
ザルの椿に付き合って潰れずにいられるのは司くらいのものだ。
あれから3時間、既に数本のワインボトルが空いている。

「あら~、ケチっ!」
「何とでも言えよ。とにかくこいつにこれ以上飲ませんな」

姉弟のやりとりを、つくしはぼーーっとする頭でぼんやりと眺めている。
2回も泥酔したつくしの世話をしている司からすれば、それが限界点を超える一歩手前だというのは嫌というほどわかっていた。そのせいで明日がパーになることだけは絶対に避けたい。

「おい、水飲めよ」
「ん・・・ありがと・・・」

酔っているせいかいつになく素直に聞き入れる。
椿は甲斐甲斐しく世話をする弟の姿がおかしくてたまらなかった。

「へぇ~~、ついこの間会った時とはまるで別人じゃない」
「・・・何がだよ」
「だってそうでしょ? つくしちゃんのことなんか好きでもなんでもねぇ! とか言って邸中で暴れてたのはどこの誰だったかしら」
「知らねーな」
「自覚した途端これだもの。つくしちゃんが戸惑うのも当然よねぇ?」

椿のアイコンタクトにつくしはコクコクと大きく被りを振って答える。

「マジでうるせーな・・・」
「あんた、つくしちゃんを好きだって自覚したのはいいとして、これまでのことはちゃんと謝ったの?」
「はぁ?! 謝るって何をだよ?」
「決まってるじゃない。どうせあんたのことだからそれまでは散々嫌がらせし続けたんでしょう。それなのに好きだって気付いた途端俺を見ろだなんて、手前勝手にもほどがあるんじゃない? 世の中そう甘くはないわよ」
「そうだそうだー!」

説教を聞きながらつくしはうんうんとさらに大きく頷きまくって手を叩いている。
姉1人でもやりづらいというのに、そこにつくしが加わるともなれば圧倒的に形勢は不利だ。

「謝りなさい」
「・・・は?」
「つくしちゃんにちゃんと謝りなさい!」
「はぁっ?! 何でだよ!」

ガッタンと立ち上がった司を椿は睨み付ける。

「当たり前でしょう? あんたがつくしちゃんを手に入れられなくていいなら謝らなくてもいいわ。でも間違った行動に対してごめんなさいをするなんて子どもでもできることよ。やりたい放題やっておきながらいい思いだけできると思ったら大間違いよ!」
「くっ・・・!」
「さぁ、どうするの? 最後はあんたが決めなさい」
「・・・・・・」

説教しつつも最後は本人の意思に委ねる。
いかにも椿らしいやり方だ。
司はバツが悪そうに睨み付けているが、椿のすぐ隣でじーーっと小動物のように自分を見上げているつくしと目が合った途端、なんだかとてつもない庇護欲が湧き上がってくるのを感じた。

・・・そしてあらためてこの女が欲しい、と。


「・・・・・・わるかったよ」


ぽそっと蚊の鳴くような声が聞こえる。

「聞こえないわよ。中途半端な謝罪ならやらない方がマシ!」
「くっ・・・! ・・・・・・悪かったよ! これでいいだろっ!」
「そんな投げやりな言い方して。ちゃんと心からそう思ってるの?」
「思ってるって! 悪かったっ!!」

はぁはぁと息を切らすほどに大きな声で告げられた謝罪の言葉に酔っ払いのつくしも驚きを隠せない。いくら逆らえない姉から言われたとはいえ、この男の口から謝罪が飛び出すとは。
まさにアンビリバボー以外のなにものでもない。

「つくしちゃん、バカ弟がこう言ってるんだけど・・・どうかしら? なかったことにできないのは当然よ。でもこの子がこんなことを言うなんて奇跡に近いのよ? 地球滅亡とどっちが確率が高いかってくらいに。だから少しは許してやってもらえるかしら・・・?」

奇跡を通り越して本当に今日でこの世が終わるんじゃないかと思う。
チラッと顔を伺うと、何ともバツが悪そうにしながらもこちらの反応を待っているその姿が・・・なんだか飼い主に捨てられそうになってる犬みたいに見えて。

「・・・ふふっ、わかりました。全部を水には流しませんけど、これからの司さんを見ていきます」

気が付けばそう言ってる自分がいた。
その言葉に椿は安堵したような、嬉しそうな笑顔を浮かべる。
一方で司はまたしてもほんのり頬を赤らめたような。
・・・なんで?

「・・・お前、結構大胆だな」
「へ? ・・・何が?」

何かおかしなこと言ったっけ?

「これからの俺を見ていくとか・・・もうほとんど愛の告白みてぇなもんだろ」
「・・・・・・・・・・・・へっ?!」

愛の告白・・・?
誰が、誰に?

「・・・って、えぇっ!! 違うから! 全っっっっ然主旨が違うからっ!! あたしはただ今までの嫌がらせのことをチャラにするには今後のあんたの行動で見極めていくって、そういう意味で・・・!」
「わーったわーった。お前が素直じゃねぇ女だってことはよくわかってる」
「いやっ、だから違うってば!!」
「まぁそういうことにしといてやるよ」
「えぇっ?! だからっ、違うってばぁっっっっ!!!」

つくしの切実な絶叫がこだますると同時に、椿の軽快な笑い声が邸中に響き渡った。








「おい、部屋に行くぞ。起きろ」
「ん・・・」

くったりとソファーに横になってしまったつくしをいくら揺すっても全く起きる気配はない。
気が付けばとっくに日付が変わっていた。
椿はまだ起きているが、さすがにやや酔っ払っているように見える。

「だから飲ませ過ぎんなっつっただろ」
「だぁーーーって、4年ぶりに会えたのよ? 嬉しいんだもの」
「ったく・・・」

口ではそう言いながらもつくしを抱き上げるその表情は柔らかい。
帰国した時に久しぶりに見た弟の姿とはまるで違う。
あの時自分の気持ちを認めなさいと発破をかけたのは他でもないこの自分だが、それでもこの変わりっぷりには目を見張るものがある。

「記憶は? 相変わらず何も?」
「まぁな」
「そう・・・。それでも彼女を選ぶってことなのね?」
「・・・過去は過去。思い出せねぇことに縛られて今を見失うんじゃ意味がねーからな。たとえ記憶がなくとも俺は俺だろ? だったら自分の直感を信じるだけだ」

そう告げた顔に一切の迷いはなかった。
沸々と湧き上がってくる仄暗い鈍い色をした瞳ももうどこにもない。

「とは言ってもつくしちゃんが戸惑うのも当然なんだから、あまり自分のペースに巻き込まずに待ってあげなさいよ?」
「散々自分のペースに巻き込んで泥酔させてる奴がそれを言うのかよ?」
「それはそれ、これはこれよ」
「クッ、なんだそりゃ。まぁこいつを待ってたら下手すりゃ死ぬのが先かもしんねーからな。待てる範囲で、だな」
「とにかく女の子には優しく! それだけは忘れずにいなさい」
「この俺がこんなことまでしてやってんだ。過ぎるほどだろ」

そう口にした司の腕の中でスースーとつくしが安心しきって寝息をたてている。
あらためてその全体像を見つめた椿がふいに吹き出した。

「言われてみればあんたの言う通りね。つくしちゃんに対してだとそれが普通過ぎて感覚が麻痺してたわ」
「とにかくもう充分だろ。明日の予定に響かせんのはごめんだからこいつは部屋に連れて行くぞ」

「司っ!」
「・・・何だよ?」

出掛けに振り返ると、さっきとはうって変わって椿は真剣な顔をしていた。

「何かあったときにはすぐに言いなさい。できる限りの協力はするから」


『 何か 』 それが意味することは・・・


「・・・明日には向こうに戻るんだろ? 旦那によろしく言っとけよ。じゃあな」

それだけ言い残すと、司はつくしを抱いたまま部屋を後にした。


この4年が嘘のように迷いの吹っ切れた弟の姿がこの上なく頼もしく見える。
彼なりに悩み苦しんだ4年だったろうが、それでも見つけ出した答えに、たとえ記憶が戻らなくともあの2人ならきっと大丈夫だと強く思う。
同時に幸せになって欲しい・・・とも。



「お母様はどこまで知ってるのかしら・・・?」



あの2人が同じ未来を向くのならば決して避けては通れない。
まるで喉に引っかかった小骨のように、その存在が椿の心に留まっていた。





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忘れえぬ人 50
2015 / 09 / 25 ( Fri )
道明寺・・・椿・・・?
姉・・・?
この絶世の美女があの男の・・・

「お姉さん?!」

思わず叫んでしまったつくしに椿はニッコリと笑ってみせた。
言われて見ればそこかしこにあの男の面影があるような・・・
特に圧倒的なオーラには言葉も出ないほど。

「そうよ。4年ぶりに帰国したからこっちにいる間につくしちゃんに何としても会いたいって思ってたんだけど・・・そう、そういうことになってたのね・・・」
「あ、あの、ほんとにごめんなさい」
「あぁ、違うのよ。あなたが気にするようなことはなにもないわ。・・・それじゃあうちのお邸で一緒に食事しましょう!」
「えっ?!」
「そうだわ、それがいいわ。お邸の人間もつくしちゃんに会いたがってるでしょうし」
「え? えっ?」
「そうと決まれば善は急げ。さ、行きましょう!」
「えっ? えっ? えぇっ?!!」

ガシッとさっき見かけたどこかの恋人同士のように腕を掴まれると、問答無用でつくしの体が引き摺られていく。顔こそニッコニコ笑顔を浮かべているが、仮に断ろうとも絶対に認めないと言わんばかりの強力な意思がびんびんに伝わってくる。

似ている・・・
この有無を言わさない圧倒的な強引パワー。
あの男にそっくりだ・・・!!

そんなことを痛感している間にもあれよあれよと景色は流れ、つくしの体はあっという間にリムジンの中へと押し込まれていった。






***




「まぁ、牧野様っ! ようこそおいでくださいましたっ!!」

つくしの突然の来訪に邸の人間が一斉に色めきだつ。

「あ、はは・・・こんにちは。突然お邪魔してすみません」
「とんでもございません! 一同またお会いできて嬉しい限りです」

否やもなしに拉致されて来たんですという言葉は呑み込んで苦笑いするしかない。

「つくしちゃんと一緒に夕食をとろうと思ってるの。至急準備をお願いできるかしら?」
「かしこまりました。喜んで」
「えっ? あ、あの、おねえさん?!」
「さっ、部屋へ行きましょう!」
「えっ、えっ?」

自分の意思とは全く関係ないところで次から次に動いていく事態に呆然と立ち尽くすつくしなどまるでお構いなし。絶世の美女はにっこりと眩いばかりの笑顔を見せると、またしても凄まじい力でつくしを引き摺っていった。






「それじゃあいただきましょう」
「は、はい・・・いただきます・・・」

何がどうしてこんなことになったのやら。
以前熱を出してあの男と共に朝食をとった場所で、よもや今度はそのお姉さんと食事をすることになろうとは。予定では今日は帰りに特売の白菜と大根を買って特製貧乏野菜鍋にしようと思っていたのに。何故か見目麗しいフルコースに変身している。
今なら誰よりも浦島太郎の理解者になれるかもしれない・・・

「・・・! おいしいっ!!」

だがそんなことも目の前の料理を口にした瞬間全て吹っ飛んでしまった。
余計な思考は霧散し、たちまち笑顔で満たされていく。
椿はそんなつくしの表情の変化を目を細めながらずっと見つめていた。

「ふふ、やっぱりつくしちゃんねぇ」
「え?」
「その反応、私の知ってるつくしちゃんとちっとも変わらない」

咀嚼していたものをコクンと飲み込むと、つくしは目の前にいる女性をあらためて見た。
モデルなんかよりもよっぽど綺麗な完璧な容姿。美しさだけではなくてハッと息を呑むような気品、そして圧倒的なオーラ。あの男の姉だと言われたら全てがピシャリと納得できる。
よっぽど美形な家族に違いない。

「あの・・・あたしのことをご存知なんですよね?」
「もちろん。言ったでしょ? 友人だって」
「それは、その・・・やっぱりどうみょう・・・司さんを通してってことですよね・・・?」
「えぇそうよ」

あっさりと。
躊躇いながら尋ねるつくしとは対照的に即答が返ってくる。

「逆に聞いてもいいかしら? つくしちゃんは何をどこまで覚えてるの?」
「えっ?! あ・・・私自身も正直よくはわからないんですけど、皆が言うには司さんに関することはほとんど何も・・・」
「類達のことは?」
「それは覚えてるんですけど、でもどういう風に出会ったのかとか、部分的にない記憶もあるみたいで・・・」
「・・・そう。司と全く一緒なのね」
「え?」
「司も同じよ。つくしちゃんに関することだけ覚えてないの」
「えっ・・・?」

以前類が道明寺は迷子になってるんだと言っていたことを思い出す。
その時は単に記憶喪失仲間だとしか考えていなかったけど・・・あたしのことだけ忘れた?
あたしはあいつのことだけ忘れてる。
これは単なる偶然・・・?

「そう、お互いにお互いのことを覚えてなかったのね」
「ごめんなさい・・・」
「あぁ、違うのよ。責めてるわけじゃないから誤解しないで? むしろ感動してるくらいなんだから」
「え・・・感動?」
「そうよ。互いに記憶がないのに再び出会えたことにね」
「・・・」

記憶がないのに再び出会えた?
でも、あれは本当に単なる偶然で・・・

「つくしちゃん、たとえ偶然だとしても、その偶然が起こる確率ってどれだけのものだと思う?」
「えっ?」
「70億を超える人がこの世界にいて、その中で生まれて死ぬまでに出会える人の数ってどれくらいかしら? 最初に出会ったのが偶然だとしても、それぞれ互いのことを忘れた状態で意図せず再び出会う確率。それって凄い数字になると思わない?」
「・・・・・・」
「私だってそうよ。あなたに会いたいと思ってた。会いに行こうと思ってた。でも結果的に街中で偶然出会うことができた。偶然だけど、運命的だと思わない?」
「運命・・・?」
「そう。出会うべくして出会った、私はそう思ってるわ」
「出会うべくして・・・」

優しく微笑んで言われたその言葉が、驚くほどにつくしの心に留まる。

元々あまりにも住む世界の違う2人だった。
記憶にはないけれど、そんな人と出会って友人になって・・・一度は道を分かって再び出会う。
学生の時よりももっともっと立場がかけ離れたものになっていたにもかかわらず。
その 「偶然」 が起こり得る確率は一体どれだけのものなのだろう・・・?

「もしよかったらあの子に再会してからどんなことがあったか教えてくれないかしら?」
「・・・え?」

驚いて顔を上げたつくしにフフッと椿が苦笑いする。

「あの子のことだからつくしちゃんに無理難題を押しつけてるんじゃないの? 他の人では相談しづらいことも私なら聞いてあげられることがきっとあると思うの。私はあの子の姉だけど、つくしちゃんの友人でもあるわ。あなたの助けになることがあれば何でもしてあげたいと思ってる。 何か悩んでることはない?」
「お姉さん・・・」

そう言って見せた顔があまりにも優しくて。
・・・そしてひどく懐かしく見えて。
何故だかわけもわからずに涙が込み上げてきそうになってしまった。


「 実は・・・ 」


だから気が付けば素直に口を開いている自分がいたんだ。








***



「・・・そう、あの子ったらやっぱり暴走してるのね」
「ちょっと自分でも展開についていけてないんです・・・」

食事と共に会話も進み、いつの間にかつくしの緊張もほとんどほぐれていた。
驚くほどすんなりとこれまでの経緯を話してしまっている自分に驚きを隠せないが、何故かこの人になら話しても大丈夫だという安心感があった。
それは考えて感じたことではなく・・・心で感じたこと。

「ごめんなさいね。今も昔もつくしちゃんを振り回しっぱなしで・・・あの子に会ったらきつくお灸を据えておくから」
「えっ、いえ、そんな・・・」

あの男がお灸を据えられている姿なんて想像もできない。
けど、このお姉さん相手だと頭が上がらなかったりするんだろうか?
・・・だとしたら想像するだけでもなんか楽しい。

「でも一つだけあの子を褒めてやりたいわ」
「え?」

クルクルと右手でワイングラスを回しながら、椿はフフッと笑ってみせた。

「あの子が結局好きになるのはつくしちゃんだってことにね」
「・・・えっ?」
「記憶の有無は関係ない、辿り着く場所は同じ。自分でそのことに気付いたあの子を褒めてやりたい」
「え・・・それって、どういう・・・」



ダダダダダダダ、ガンッ!!!



そこまで言いかけて突如響き渡った凄まじい轟音に持っていたフォークが思わず落下した。
扉が壊れん勢いで開いたその先から姿を現したのは・・・

「うるさいわよ。もっと静かに入って来たらどうなの?」
「はぁはぁはぁ・・・何やってんだよ」
「何って? 見ての通りつくしちゃんと仲良くお食事だけど? ね、つくしちゃん?」
「えっ?! え、あ、あの・・・」

ぜぇぜぇと息を切らしながらこちらを見たのは2週間ぶりにみる男、道明寺司本人で。
お姉さんはまるでこうなることを予想していたかのように動揺一つ見せずにご機嫌顔でワインを飲んでいる。

「帰国した足でお前んとこに向かおうとしたら・・・ここに来てるって連絡が入って・・・」
「えっ? あ・・・街中で偶然お姉さんに会って、それで・・・」
「何か余計なこと吹き込まれてねぇだろうな?」
「えっ?!」

余計なこと? ・・・って、例えばどんなこと?

「うるさいわね。女同士色々募る話もあるのよ。ね、つくしちゃん?」
「あ、あははは・・・」
「汗だくでそんなところに突っ立たれても迷惑なのよ。出ていくかそこにちゃんと座るかしなさい」
「・・・チッ!」

忌々しげに舌打ちしつつも、司は渋々空いた席にドカッと腰を下ろした。
まるで珍獣遣いのようなそのやりとりに、つくしは心の底から感動していた。
まさかこの男を顎で操れる人間がこの世に存在していたなんて。

「食事は? 機内で済ませたの?」
「・・・いや、イタリア出てから何も食ってねぇ」
「じゃあ準備させるわ。待ってなさい」

そう言って部屋の隅に待機していた使用人に合図を送ると、風のように準備が整えられていく。

「随分遅かったのね?」
「まぁな。カルロスの親父がごねやがって。無駄に足止め喰らって冗談じゃねぇっつーんだ」
「ふふ、でもあの人相手にあんたがキレずにちゃんと完遂しただけでも凄いじゃないの」
「フン」

フッと顔を上げた司と目があってドキッと心臓が跳ね上がる。
2週間ぶりに見た顔は・・・少しやつれて疲れているように見える。
な、何か話さなきゃ・・・何か・・・

「あ、あの! お帰りなさい・・・」
「・・・あ?」
「あっ、何でもない! 今のナシ、忘れてっ!!」

あたしったら何をお帰りだなんて言ってるのか。
テンパってて自分でも何を言ってるのかわけわかんないよ!

「お・・・おう、・・・・・・・・・ただいま」
「・・・へっ?」

ぶっきらぼうながらも上擦った声に思わず司を見上げる。
・・・と、一見ふて腐れたように見えてどこかニヤけた口元を隠せていない男がそこにいた。
しかも心なしか頬が赤くなっているような・・・

「あらあら、赤くなるなんて可愛いところもあるじゃない」
「うるせーぞ」
「うふふ、この子ったらつくしちゃんから 『お帰り』 って言ってもらえたことが嬉しくって仕方がないみたい」
「だからうるせーぞっ!!」

ガタガッタン!!

勢いよく立ち上がった拍子に座っていた椅子がひっくり返った。
怒り心頭でいつもの道明寺・・・かと思えば、さっきよりもよっぽど顔が赤くて驚くほどに怖くない。
というよりむしろ・・・

「・・・・・・ぷっ」
「あ?」
「ふっ・・・あははははは! ダメだっ、おかしすぎる・・・!」
「っ、てんめぇ、笑うんじゃねぇっ!!」
「だ、だって、真っ赤になって可愛いんだもん・・・あはははは!」
「んの野郎、笑うなっつってんだろうが!!」
「ムリっ! ぷぷぷぷ・・・ひー、あはははは!」
「・・・!」

顔中に怒りマークを貼り付けている司を前にしてもつくしの笑いは止まらない。
そんな2人をニコニコと嬉しそうに見つめている美女が1人。
そして物陰からコソコソと見つめている使用人が1名、2名。
・・・いや、もっと。



「つくしちゃん、今日はここに泊まっていきなさい」

「・・・・・・へっ?」



だが次の瞬間美女の口から飛び出したトンデモ発言に、つくしの顔から笑顔が吹き飛んだ。





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忘れえぬ人 49
2015 / 09 / 24 ( Thu )
「すご~い! そんなことになってたんだぁ~」
「ちょっと、人ごとだと思って楽しそうに言わないでよ」

全ての話を聞き終えた優紀の顔は少女漫画を読んだ後のようにキラキラと目が輝いている。
向かいでげっそりと生気を失っているつくしとは実に対照的だ。

「ごめんごめん、でもあの日帰って来なかったからずっと心配してたんだけど・・・思ってた以上に色んなことがあったんだ」
「あったなんてもんじゃないよ・・・もうどうしていいかわかんないもん」
「ほんと、長い冬眠が明けて一気に春が来たって感じだね」
「こんな春なら来なくていいよ・・・」
「あはは、モテてそんなこと言うのはつくしくらいだよ」

そうはいっても本気でそう思うのだから仕方ない。
とはいえ優紀の言うことももっともで。
なんとも複雑な気持ちを抱えたままつくしはテーブルに突っ伏した。

「どうするの?」
「どうするのって・・・それがわかればこんなになってないよ」
「・・・だよね」

クスッと優紀が苦笑いする。

「じゃあさ、どっちに告白されたときがよりドキドキした?」
「えっ?」

思いも寄らぬ問いかけにむくっと顔を上げた。

「考えてわからないんだったらさ、素直に感じたことを思い出してみればいいんじゃない?」
「感じたことって・・・」
「全然ドキドキしなかったの?」
「いや、そんなことはないけど・・・」

どっちがドキドキしたかって言われればそれは間違いなく道明寺だと思う。
でもそれは前日からの流れがあったし、しかもどさくさ紛れにキスされたからであって・・・
うわっ・・・あわわわわわ!
ダメだ、思い出すだけで心臓が爆発しそうになっちゃうよ!

「つくし、顔真っ赤だよ? 誰を思い出してるの?」
「えっ!! べっ、別にっ?!」
「ふぅ~~~ん?」
「な、何よその顔は!」
「別にぃ~?」

ニヤニヤ顔に全てを見透かされているようで、すこぶる居心地が悪いったらない。

「だいたいさ、道明寺は今まで散々人をいびり倒しておきながら、しかも嫌がらせのためとはいえ女の人にあ、あんなことまでさせて・・・! 大塚だって彼女がコロコロ変わるのを見せられてるわけだし、そんな人に突然好きだとか言われてもそう簡単に受け入れられないって」

それは嘘偽らざるつくしの本音だった。
昨日の敵は今日の友・・・を通り越して恋人になれと言われてる気分だ。

「大塚さんのことはあたしにはよくわからないけど・・・少なくともあたしの知ってる道明寺さんは女の人に見向きもしない人だったよ」
「え?」
「あ・・・高校の頃につくしから直接聞いた話だったり、実際に見た上での印象だけど。どちらかと言えば大の女嫌いだったと思う」
「女嫌い・・・」
「ほら、あの見た目にお金持ちでしょ? 多分寄ってくる女の人は後を絶たないんじゃないのかな。西門さんや美作さんみたいに適当に遊ぶタイプもいれば、花沢さんみたいにそもそも人を寄せ付けないタイプもいる。道明寺さんは確実に後者だったよ」
「・・・」

言われて見ればこの前バーであんなことをさせてたのを目撃した以外、あの男の周囲に女の影を感じたことはただの一度もない。受付嬢に絡まれたときだって、容赦ない態度で切り捨てていた。


『 俺は好きでもねぇ女とできるような人間じゃねーんだよ 』


言われた言葉がより真実味を帯びてくる。
・・・本当の本当に?
そうだとしたら尚更どうして・・・

「あたしみたいな女を・・・?」

その疑問が意識せずに口をついて出ていた。
そう、そこがどうしてもわからない。
あれだけ嫌われていたのに、何があの男をあそこまで変えたのか。
好かれるようなきっかけがあったとも思えない。
女嫌いなら尚更なんで・・・?


「本人に聞いてみたらいいんじゃない?」
「えっ?」
「多分今の道明寺さんならつくしの言葉にちゃんと耳を傾けてくれると思うよ? だったらつくしが疑問に思うことはどんどんぶつけてみればいいじゃない」
「ぶつける・・・?」
「そう。何事にも怯まないのが牧野つくしの良さ、でしょ?」
「・・・・・・」

そう笑いながら言った優紀の言葉がいつまでもつくしの心に残り続けた。








***



「・・・あいつ、まだイタリアにいるのかな」

ぽそっと呟いた一言に自分でびっくりする。
やだやだやだ、これじゃあまるで気にしてるみたいじゃないか。

急遽日本を離れると連絡があってからなんだかんだでもうすぐ2週間。
結局あれから一度も音沙汰はない。
大塚は戸惑うあたしを気遣ってくれてるのか、仕事中は今までと何も変わらずに接してくれている。とはいえ、一歩会社を出てしまえば頻繁に 「男」 としてのアピールを感じる。
正直、今はそれが重くて仕方がない。
一度だけ 「そういう風には考えられない」 と伝えたことがあったけど、そんなのは最初からわかってるから時間をかけて考えてくれと、またしても念押しされてしまった。

「はぁ・・・」

中途半端な状態が自分にとっては苦痛過ぎてどうしていいのかわからない。

ふとすれ違った見知らぬカップルが目に入る。
手を絡ませて仲睦まじく笑い合う姿を素直に羨ましいと思う。
でも、あまりにもその手のことに疎すぎる自分にはどうすればそんな関係を自然に築き上げることができるのかよくわからない。

「そういえば最後に人を好きになったのっていつだっけ・・・?」

小学生の時に教育実習に来た先生になんとなく憧れを抱いたことはある。
・・・・・・それから?

「・・・あれ、もしかしてそれだけ?」

嘘でしょ?
20年以上生きてきてたったそれだけ?
我ながらあまりのあり得なさに驚愕する。

「でもぶっちゃけ、高校に入ってからはそんな余裕すらなかったしなぁ・・・」

日々を生きるだけで精一杯で。
もしかして、失われた記憶の中で誰かを好きになったことがあったりするんだろうか・・・?

そう考えてすぐに浮かび上がってくるあの男の姿。
そしてお邸の人々の嬉しそうな顔。

何度も考えた 「もしかして」 が本当に事実だったとしたら。
あの男は記憶を失った状態で再びあたしを好きになったということなんだろうか・・・?
もしそうだとしたら、あたしは?
あたしの心はどこへ向かうの・・・?




「 つくしちゃん?! 」




「え?」

聞こえてきた綺麗な声にキョロキョロ周囲を見渡す。
・・・と、通りに停められたリムジンの中からサングラス越しにこちらを凝視している女性がいた。

「やっぱり! つくしちゃんじゃないっ!!」

サッと外されたサングラスの下から息も止まりそうなほどの絶世の美女が姿を現した。
すぐに扉が開くと、満面の笑顔を携えながらその女性が一直線にこちらへ駆けてくる。
もしかしてつくしという名の女性が他にもいるのだろうかと周りを確認しようと思ったその時、

「つくしちゃんっ、会いたかったっ!!!」
「わぷっ・・・!!」

凄まじい勢いで抱きしめられていた。ふわりと見た目通りのいい香りが途端に漂う。

「こんなところで偶然会えるなんて運命的だわ!」
「え、あ、あの・・・?」
「今まさにつくしちゃんのお家へ向かおうとしてたのよ? あ~、予想したとおり綺麗になって!」

いや、綺麗なのは間違いなくあなたです。
顔の美しさは言わずもがな、自分より一回り小さい顔に人間離れしたスタイルの良さ。
こんな美人、一度でも見たことがあるのなら絶対に忘れることなんてあり得ない。

「これから時間あるかしら? よかったらゆっくりお話ししましょ?」
「あ、あのっ、ごめんなさい! ・・・どちら様・・・ですか?」
「えっ?!」

つくしの口から出た一言に、満面の笑みを浮かべていた女性の顔が一瞬で変わった。

「・・・つくしちゃん? 何を言ってるの?」
「ご、ごめんなさいっ! 実は私・・・一部の記憶が、なくて・・・」
「えっ・・・?」

全く想定だにしていなかったのだろう。みるみる驚愕に目が見開かれていく。

「だから失礼があったら本当にごめんなさい! どちら様なのかわからないんです・・・」
「・・・・・・」

女性はペコペコと頭を下げ続けるつくしを呆気にとられたまましばらく見つめていたが、やがてフワリと優しく微笑むと、そっとつくしの肩に手を乗せた。

「つくしちゃん、顔を上げてちょうだい?」
「・・・はい・・・」

心底申し訳なさそうに顔を上げたつくしに、立ち姿さえ見惚れるほど美しいその女性はこれまたウットリしてしまうほど美しい笑顔を見せて言った。




「私の名は道明寺椿。 道明寺司の姉、・・・・・・そしてあなたの友人よ」





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00 : 00 : 00 | 忘れえぬ人(完) | コメント(10) | page top
忘れえぬ人 48
2015 / 09 / 23 ( Wed )
・・・今何て言った?
っていうか、この展開にとてつもない既視感があるんだけど。

あたしの耳がおかしくなければ、大塚が今言ったのは、あたしを・・・


「 俺は牧野、お前のことが好きなんだよ 」


まるで心の中を読まれていたように被せられた言葉にゴクッと息を呑んだ。
冗談でしょ? なんて言えないのは、全く同じ真剣な眼差しで同じことを言ったあの男の姿が鮮明に脳裏に焼き付いているから。この顔はふざけている顔じゃない。
突然のことに膝に載せている手が小さく震える。

「な・・・なんで突然・・・」
「突然じゃねーよ。お前にとってはそう感じるかもしれないけど、俺にとってはずっと心の中に留めてきたことだった。それに、会社で気付いてないのはお前だけだぞ」
「えっ?!」
「むしろお前が鈍感すぎて皆に同情されてるくらいだし」
「う、そ・・・」

驚愕の事実に言葉も出ない。
じゃあ皆全てを知った上であたし達を見守ってたってこと?!

「今のお前にとって俺が恋愛対象じゃないってことは俺だってわかってるんだ。正直、出会った頃の俺の印象はお前の中で最悪だろうしな・・・」

過去の自分を悔やんでも悔やみきれないのか、大塚がバツが悪そうに目を伏せた。
入社した頃、彼はよく女性関係のトラブルに巻き込まれていた。話を聞いてみれば全ては思わせぶりな態度をとっている彼自身に問題があったのだが・・・総二郎やあきらを見てすっかり免疫のついていたつくしにとっては 「お前もか」 程度にしか考えてはいなかった。
まぁだから余計に異性として意識しなかったというのはあるかもしれないが。

「一緒に仕事していくうちにお前にどんどん惹かれていく自分がいて・・・そうしたら自分がすげぇ汚らしい奴に思えて。・・・だから、それ以降は一切お前に顔向けできないようなことはやめたんだ」
「・・・・・・」

そういえば半年ほどでパタリと彼女の話を聞かなくなったことを思い出す。
話題に上がらないだけで水面下では色々あるんだろうなんて思っていたけど・・・まさかそんな決意が隠されていたなんて。

「お前に一番近い男は俺だっていう自信もあったし、ゆっくり時間をかけて2人の関係を変えて行けたらいいってずっと思ってた。・・・でもあいつが現れてから、言いようのない焦りが俺の中に芽生えて・・・」
「な、なんで・・・」
「そんなのわかんねーよ。男としての直感だ」
「・・・・・・」

妙に道明寺とのことに口を出していたのはそういう理由だったのか。
今はともかく、初期の頃なんて完全なる犬猿の仲だったのに・・・一体何が彼にそう思わせたのか。
あたしにはまるでわからない。

「実際あいつに好きだって言われたんだろ?」
「そ、それは・・・」

途端に視線を彷徨わせ始めたつくしにはぁっと溜め息をつく。

「お前ほどわかりやすい奴はいないんだよ。それに、俺はあの日目の前でお前をかっ攫っていかれたんだからな。その後にどんな展開があるかなんて考えるまでもないだろ」
「・・・・・・」
「付き合うのか?」
「なっ・・・違うよ!」
「でもあいつはお前を諦める気はない。そうだろ?」
「・・・!」

なんで?
なんでここまでお見通しなの?

驚きに目を見開くつくしの心の声が大塚には手に取るようにわかる。

「そんなの決まってんだろ。俺もあいつも同じだからだよ」
「え・・・?」
「納得のいく答えもないのに簡単に諦めたりできるかよ。だから俺だって同じだ。俺はずっとお前のことが好きだった。そんなことを考えたことはないっていうんなら、これから俺のことをそういう対象として見てゆっくり考えて欲しい。時間がかかってもいいから」
「大塚・・・」
「お前、俺といる時は気が楽だろ?」
「えっ?」
「深く考えずに一緒にいて楽な時間を過ごせる。俺はお前にそういう安らぎを与えてやれる自信がある。それが俺とあいつとの決定的な違いだと思ってる」
「・・・・・・」


そこで一呼吸入れると、あらためて大塚はつくしを真っ正面から見据えた。


「牧野、ずっとお前のことが好きだった。絶対に大事にすると誓う。だから俺と付き合ってくれ。・・・答えは急がずにゆっくり考えて欲しい。俺はいつまでも待ってるから」
「・・・・・・」

あまりにも真っ直ぐで真剣な言葉に、つくしは何も言い返すことができなかった。








***





すっかり暗くなった住宅街をフラフラと重い足取りで進んでいく。
たった2日の間にあまりにも色んな事がありすぎて、もうどこから考えていいのか。
ある種の罰ゲームかと思いたくなるほど、つくしには高難度過ぎる事態だった。


『 お前が逃げるならどこまでも追いかけるだけだ。・・・たとえ地獄の果てでも 』

『 一緒にいて安らげる時間を与えてやれる。 それがあいつと俺の違いだ 』


ぐるぐるぐるぐる、それぞれの言葉が頭の中をエンドレスに駆け巡っていく。
大塚の言った通り、道明寺と一緒にいて感じるのは常にピンと張り詰めた緊張感。
それは彼自身が醸し出す絶対的なオーラがそうさせているのであって、大塚といる時にはそんなことを感じたことなんてない。一緒にいて楽なのはどっち? って聞かれれば、迷うことなく後者だと答える。

でもだからって大塚を 「そういう対象」 として見られるかと言われればそれはまた別問題で。
彼と3年間一緒にいて一度もそんな気持ちになったことなんてなかった。
今思えば道明寺に嫉妬して少しずつ 「そういう感情」 を隠しきれなくなっていたその姿に、むしろ居心地の悪さを感じていたくらいで・・・

でも大塚はそれもわかってるからこそゆっくり考えて欲しいと言ったのだろう。
どちらも中途半端な断り方では絶対に納得してはくれない。
いくら鈍いつくしにもそれくらいは嫌というほど伝わってきた。

「はぁ・・・・・・なんでこんなことになっちゃったんだろ・・・」

他人から聞かされたのなら 「凄~い!」 と言ってはしゃぎまくるだろうに、いざそれが我が身に降りかかってしまうとどうしていいのか途方に暮れてしまう。



ピリリリリリッ! ピリリリリリッ!



「ひっ・・・! びっ、びっくりした・・・あれ、携帯・・・なんで?」

夜道に響いた音に思わず飛び上がるが、自分の携帯は充電が切れていたはず。
まさか怪奇現象?! と思ったところではたと思い出す。
今の自分が持っているのは1台じゃなかったということを。

もしかしなくてもこの音は・・・!


『 シカトしやがったらSPつけるからな 』


「あわわわわ・・・!」

尚も音を響かせ続ける犯人を鞄を必死にあさって探し出す。暗くてよく見えずに手こずったが、ようやくそれらしい物体に触れると、つくしは慌てて通話ボタンを押した。

「も・・・もしもしっ?!」
『 おせーぞ 』

開口一番聞こえてきたのは相も変わらずドスの聞いた声。
これが自分を好きだと言ってる奴だなんて誰が信じる?!

「お、遅いって仕方ないじゃん! すぐに出られる時とそうじゃない時があるんだから」
『 フン、今何してんだ? 』
「えっ? 駅から歩いて帰ってる途中だけど・・・」
『 こんな時間にか? やけにおせーんだな。危ねぇだろ 』
「あ・・・き、今日はちょっと残業が多かったから! それで遅くなっただけ!」
『 ・・・・・・へぇ・・・? 』

な、何よその妙な間は。
怖いからやめなさいよっ!!

どこかで監視されているような気がして思わず周囲をキョロキョロと見渡す。

「そ、それで何の用? それこそこんな時間に」
『 ・・・あぁ、急な話だがこれから少しの間仕事でイタリアに行くことになった 』
「え・・・そうなんだ。 ・・・・・・えっ、まさかそれだけ?!」
『 それだけって何だよ、お前 』
「い、いや、だって仕事でしょ? 正直あんたの仕事なんて私に何の関係もないし・・・報告を受けたところでどうしようもな・・・」
『 てめぇ、ブッ飛ばされてぇのか? 』
「えっ??!!」

何とも物騒な声色と言葉に背筋がゾクッとして思わず足が止まった。

『 自分の女に予定を伝えるのは当然のことだろうが。ざけんじゃねーぞ 』
「じ、自分の女って・・・だから違うってば!」
『 いずれなるんだから同じだろ 』
「同じじゃなーーいっ!!」

条件反射で張り上げた声に反応した犬の遠吠えが聞こえてきて、慌てて口を噤む。

『 なるべく早く戻ってこれるようにするけど、おそらく一週間前後は日本を離れる。帰ったら連絡すっから夜中だろうと早朝だろうとすぐに繋がるようにしておけよ。これは命令だ 』
「め、命令ってそんなバカな・・・」
『 それから。俺がいない間に他の男にキョトキョトすんじゃねーぞ 』
「えっ?!」
『 たとえば・・・お前の同僚の男とかな 』

はっきりと指摘されて心臓が止まりそうなほどにドキッとする。
なんで?
なんで大塚のことを?

・・・・・・まさか、知ってる・・・?

ドクンドクンドクンドクン・・・!


『 牧野 』


名前を呼ばれてハッとする。
ダメ! ここで動揺を見せたら認めたも同然になってしまう。
それだけは絶対に避けないと。

「な、何?」
『 いいか、お前はいずれ俺の女になる。それはお前がどう抗おうと絶対に変えられない未来だ。つーか既に俺の女になってんだけどな。だから俺以外の男に隙なんか見せんじゃねーぞ。特に酒を飲むことだけは絶対に許さねぇ 』
「なっ・・・?! なんの権利があってあんたにそんなこと・・・!」
『 権利? お前の唯一の男なんだから当然だろ? 』
「ななっ・・・!」
『 とにかくいい子にして待ってろよ。帰ったらいいもん食わせてやっから。じゃあな。 ブツッ 』
「えっ? ちょっと、もしもしっ?! ・・・・・・切れた・・・」

・・・何よ、何なのよ・・・
偶然にしてはあまりにもタイミングが良すぎて恐ろしい。
しかもあの男の中で完全に恋人同士になっちゃってるし。
おまけにいいもん食わせてやるからいい子で待ってろだなんて・・・
人を食べ物でどうとでも操れる女だと思うなよっ!

・・・・・・まぁ全否定はできない自分が悲しいところだけど。


『 お前がどう抗おうと絶対に変えられない未来だ 』


「一体その自信はどこからやって来るって言うのよ・・・」




牧野つくし 21歳

生まれてこの方彼氏はおろか恋愛経験すらほとんどナシ。
不本意ながら別名鉄壁の鉄パン女。

そんな女に嵐のように降って湧いたモテ期到来に、只今絶賛思考停止中。





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00 : 00 : 00 | 忘れえぬ人(完) | コメント(13) | page top
忘れえぬ人 47
2015 / 09 / 22 ( Tue )
「牧野っ!」
「え? ・・・あ、大塚・・・?」

ビルを出てすぐのところで向こうから走ってくる男性に目を細める。
スーツ姿で激走しているのは・・・・・・間違いなく大塚だ。

「はぁっはぁっはぁっはぁっ・・・ま、間に合った・・・」
「ど、どうしたの? そんなに息切らして・・・今日は外回りから直帰じゃなかったの?」

らしくもなく汗だくで肩を揺らす姿なんて初めて見た。
今日は朝から直接取引先に行って会社には戻って来ないと聞いていたのに。

「は~~っ・・・お前・・・携帯は?」
「えっ?」
「昨日から何回もかけてるけど繋がらないんだよ」
「えっ・・・あっ!! ごめんっ、充電が切れてるのかもしれない・・・!」

慌てて鞄の中をあさってみると、案の定画面は真っ暗なままウンともスンとも言わない。
アハハと苦笑いしながら顔を上げれば、心底呆れ顔の大塚が盛大に溜め息をついた。

「はぁ~~~っ、お前なぁ・・・」
「ご、ごめん。うっかりしてた・・・」

というか本当はそんなことを考える余裕すらなかったという方が正しくて。
週末はあまりにも色んな事がありすぎて、もう完全に抜け殻状態になっていた。

「まぁいいよ。それもいかにもお前らしいし。それより今からちょっといいか?」
「え?」
「メシおごるから。俺に付き合えよ」
「え、でも約束は明日じゃ・・・」
「そうだったんだけどな。明日まで待てねぇんだわ。何か大事な用でもあんのか?」
「いや、そういうわけじゃないんだけど・・・」
「じゃあ行くぞ」
「え? えっ??」

返事も聞かずに腕を掴むと、大塚は問答無用でつくしの体を引き摺って歩き出した。





***




「すご~~い・・・随分オシャレなお店知ってるんだね」

半ば強制的に連れてこられたのはドレスコードこそ必要ないが、普段着で立ち寄るにはちょっと躊躇ってしまうほど小洒落たイタリアンレストランだった。月曜にもかかわらず店内は人で溢れかえっていて、よく席が空いていたものだと思う。

「知り合いが働いてる店でさ。ちょっと融通きかせてもらったんだ」
「へぇ~、そうなんだ」

交友関係が広いのは聞いていたし、きっと歴代の彼女達を喜ばせるために色んなお店に詳しいに違いない。つくしは疑うこともせずあっさりとそれを受け入れる。
知り合いが働いているというのは事実だが、もともと明日予約していたものを無理言って今日にずらしてもらっただなんて夢にも思っていない。話したところで笑って冗談にされてしまうのがオチだ。
どんな想いで大塚がそうしたかなど気付きもせずに・・・

「でもさ、なんでまた急にこんなところに?」
「まぁとりあえずは何か食おうぜ。お前何が食いたい?」
「えっ? あぁ、うん・・・」

結局なんでこんなことになってるんだっけ?
そもそも明日仕事終わりに会う約束をしていたというのに、何故彼は強引にこんなところに連れて来たのだろうか。
首を捻りながらもつくしはそれ以上深く考えずに差し出されたメニューに視線を落とした。





「ん~、おいひいっ!!」
「ぶっ、おいひいって・・・ガキかよ」
「あはは、ごめんごめん。でもすっっっごいおいしいね! このパスタなんて絶品!」
「だろ? かしこまってないのに味はミシュランに載ってもおかしくないほどの店なんだよ、ここ」
「へぇ~、大塚ってほんと情報通だよねぇ。きっと今までの彼女たちと来たんでしょ~!」

それはつくしにとっていつも通りの何気ない一言だった。
だがケラケラと笑うつくしとは対照的に、向かいに座る大塚の顔がサッと強ばると、動かしていた手がピタリと止まってしまった。やがて握られていたナイフとフォークが静かに置かれる。

「・・・大塚? どうしたの?」

じっと真顔でこちらを見つめるその姿に何故かドキッとする。
最近、ふとした時にこうしてとても真剣な顔をしていることが度々ある。それはつくしの知る彼とはまるで別人のようで、いつだって軽いノリで接してきたつくしにとってはどうしていいかわからず、途端に居心地が悪くなってしまうのが正直なところだった。
今がまさにその状況で、手元にあるパスタを口に運ぶことすら躊躇われてしまう。

「・・・昨日」
「え?」
「昨日・・・あいつといたのか?」
「えっ・・・?」

『 あいつ 』 その言葉に心臓が跳ね上がる。
名前を言われたわけでもないのに、そう言われて思い当たるのは1人しかいないから。
そしてその名前を思い出すだけで一気に甦ってくる生々しい出来事の数々。

「な・・・何のこと?」

精一杯平常心を装ってはいるが、上擦った声に気付かないほどバカじゃない。

「お前覚えてるか? あの日の夜俺と一緒に飲んでたこと」
「う、うん・・・」

辛うじて。
でも正直そんなことはとっくに吹っ飛んでしまってた・・・とは言えない。

「あれからあいつとどうなった?」
「ど、どうなったって? だから何のこと?」
「誤魔化すんじゃねーよ。目の前でお前をかっ攫われたんだ。お前があれから誰といたかなんてわかってるんだよ」
「・・・」

そうなの?
確かにあの日偶然大塚と会って、半ば強引にヤケ酒に付き合わせたのは覚えてる。
・・・けど、次に意識を取り戻したときにはもう・・・

そこまで思い出してカァーーーッと顔が熱くなっていく。
その姿に大塚の焦りと苛立ちは募るばかり。
ここで 「何もなかった」 なんて言われたところで、そんな言葉なんの説得力も持たない。
・・・あの男のあれだけ真剣な姿を見せつけられてしまえば。

激情を押し留めるようにテーブルに置いた手をギリッと握りしめる。

「・・・あいつと付き合うのか?」
「なっ・・・何言ってんの?! そんなことあるわけないじゃん!」

思ってもみない指摘につくしがギョッとする。

「でもあいつの気持ちは知ってるんだろ?」
「えっ・・・?」
「告白された。違うか?」
「な、なんで・・・」

突然そんなことを?
よもや部屋の前にいて一部始終を聞かれてたなんてことは・・・ないよね?

「ね、ねぇ、ほんとにどうしたの? なんか最近の大塚変だよ? やけに真顔になったり突然変なこと言い出したり・・・なんていうか、らしくないよ」
「・・・らしくないってなんだよ」
「えっ?」
「俺らしさってなんだよ」
「・・・大塚・・・?」

怒ったようにも見える顔でそう聞かれて何も言い返せない。
つくしにとっての彼は気を使わずに付き合える同僚。
それ以上もそれ以下もなく、一緒にいて安心できる信頼のおける相手。
それは彼にとっても同じだと思っていたのだが・・・それはただの自惚れだったのだろうか。

彼の言いたいことがわからない。
何に怒っているのかも・・・全く。

味わったことのない気まずさを感じて、たまらずつくしは俯いた。

「変なことじゃねぇよ」
「・・・え?」

だがすぐに聞こえてきた声に弾かれたように顔を上げる。

「お前がそういう風に俺を見てないってことはわかってたし、焦る必要もないって思ってた。・・・けど、あいつが現れて・・・このままじゃ絶対後悔するって・・・」
「・・・? ごめん、何を言ってるのか全然わかんないだけど・・・」

次から次に投げかけられる謎解きのような言葉の数々に、頭の中がぐちゃぐちゃだ。



「お前が好きだって言ってんだよ」



「・・・・・・え?」



だがはっきりと聞き取れた次の一言に、一瞬にして頭の中が真っ白に塗り替えられた。






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忘れえぬ人 46
2015 / 09 / 21 ( Mon )
・・・・・・この男、何言ってんの?

「おい、聞いてんのか。 いい加減何か言え」
「い゛っ!!」

口を開けたまま呆け続けるつくしの頬が突如ブニッと引っ張られる。

「いっ、いひゃい! はにゃひにゃひゃいよっ!!」
「ブッ、何言ってっか全然わかんねーよ」
「びゃかびゃかびゃかっ!!」

バッシバッシ叩いて手を振り落とすと、つくしは涙目で思いっきり目の前の男を睨み付けた。
だがそんなことはお構いなしに再び大きな手が伸びてきてヒリヒリと痛む頬を優しく撫でつける。
自分が抓っておきながらお前は何なんだと思いつつも、その手の動きのあまりの柔らかさに、そして今まで見たこともないような優しい顔で笑っているその姿に・・・再び何も言えなくなってしまった。

「牧野、俺の女になれよ」

飾りっ気のないストレートな言葉が逆に心に突き刺さる。
ふざけんな!
言いたいはずの言葉は喉の下の方で行き場を失ってしまった。

信じられない。
そんな虫のいい話なんて絶対に!
きっと裏があるに決まってる。
・・・そう思うのに、その考えすら霧散させてしまうほどの真剣な眼差しで。

でも・・・

「・・・・・・だよ」
「え?」

右に左に忙しなく彷徨っていた視線がやがてゆっくりと司を捉える。
普段の強気な姿は鳴りを潜め、ハの字に垂れ下がった眉は何とも頼りなげだ。

「・・・そんなこと言われたって・・・ムリだよ」
「・・・無理って何がだよ」
「だ、だからっ! あんたと付き合うとか、そんなこと考えられないよ・・・」
「なんでだよ」

明らかに声色が変わる。

「なんでって・・・だってそうでしょ? 昨日まで散々あたしのことをバカにしてた人にいきなり俺の女になれって言われて、はいわかりましたなんてすんなり受け入れられる女なんているわけないじゃん! 裏があるかもしれないって思ったって仕方ないでしょ?!」
「裏なんかねーよ。俺は真剣だ」
「そうだとしても・・・急にそんなこと言われても考えられないよ」
「じゃあ考えろ」
「考えろって・・・」

何を言っても即座に返ってくる言葉に思考が追いつかない。
混乱するばかりのつくしとは対照的に司には一切の迷いがない。

「考えられないのなら考えろ」
「・・・」
「ちなみにイエスの答えしか聞かねーから」
「・・・・・・はっ?!」

さらに飛び出したトンデモ発言に耳を疑う。
こいつ今なんて言った?!

「いいか。お前はこの俺を本気にさせた唯一の女なんだよ。自分がいかにありえねーことをやった女なのかを自覚しろ」
「自覚しろって・・・一方的に何言ってんの? ありえないのはあんたでしょ?!」
「あぁありえねーな。この俺が女に、しかもド貧乏な何の取り柄もない、極めつけは女らしさの欠片もねぇ奴に惚れるなんざな」
「ちょっとぉっ?!」

それが仮にも惚れた女に言う言葉かっ?!

「そんなありえないことがありえてんのが奇跡だっつってんだよ」
「・・・!」

顔を真っ赤にして憤慨していたつくしの動きが止まる。
まるで蛇に睨まれたカエルのように足が竦むことはよくあったが、今までのいずれとも違うこの真剣な眼差しに瞬き一つできない。
このまま見ていては危険、吸い込まれてもうどうこにも逃げ場がなくなってしまう。
そう思うのに、視線を逸らすことすら許されない、そんな圧倒的なパワーが漲っているのだ。

「お前が今すぐ考えられねぇっつーんなら考えろ。ただしお前がいくら考えようとも俺の気持ちは変わらねーし、遅かれ早かれお前を手に入れる。それだけは絶対だ」
「ぜ、絶対ってそんな・・・」
「この俺が本気になったんだ。当然に決まってんだろ」

開いた口が塞がらない。
自信家の俺様男だとは常々思っていたけれど、まさかここまでとは。

パクパクと金魚のように口を開け閉めしながらも言葉の出せないつくしに目を細めると、司の大きな手が再びつくしの頬を撫でた。
これまで意識したこともなかったが、いざ触ってみたらまるでシルクのように吸い付く肌触りがこの上なく気持ちいい。目はぱっちりとした二重で、何よりも意思の強さの滲んだ大きな黒目は人を惹きつける力がある。すっぴんでも赤みを失わない唇はまるで自分を誘っているかのようだ。


今まで見ようとしなかっただけで、こんなにも自分を魅了して止まない女だった。
そのことを自覚したからには ____ もう止まることなんて不可能だ。


「お前・・・可愛いな」
「へっ・・・? ・・・・・・・・・・・・・・・へえぇっ?!」

顔を真っ赤にしながらマヌケ面で色気もクソもない反応を見せるのですら・・・愛おしいと思える。
恋は盲目とはよく言ったものだ。


昨日までとはまるで別人でつらつらと甘い言葉を吐く目の前の男に全くついていけない。
これは誰?
どこかで変な薬でもやったんじゃなかろうか?
もしかして今日で地球が滅亡するとか?
混乱する頭で考えて出てくるのはそんなことばかり。

「・・・・・・え・・・? わぁっ!!」

気が付けば目の前が暗くなっていて、いつの間にか顔の前に司の顔が迫っていることに気付いて慌ててその顔を手で突き返した。
これはもしかしなくてもキスされそうになっていた?!
っていうかそういえばさっきキスされたんじゃ・・・しかも何回も!!
ひ、ひえぇええぇえええぇっっっっっ!!!

「・・・なんで邪魔すんだよ」

顔面を押さえ付けていた手がバリッと引き剥がされると、すこぶる不服そうな顔が覗いた。

「な、なんでって・・・恋人同士でもないのにキスなんてしちゃダメに決まってるでしょ?!」
「もう恋人みてぇなもんだろ」
「ちっ、違うからっ! 勝手に決めないで!! っていうかさっきもキ、キキ、キキキキキスしたでしょう?! ああいうのほんと困るからやめて!」
「・・・チッ、うるせーな」
「う、ううううるさいってどういうことよっ?!」

怒髪天を突く勢いで憤慨するつくしにハァ~~っとわざとらしく溜め息をつきやがった。
溜め息つきたいのはこっちだよっ!!

「あ、あんた達にとってはなんでもないことなのかもしれないけど、少なくともあたしは簡単にそんなことができるような女じゃないから。たとえ考えが古いって言われようともこれがあたしだから。 だから・・・い゛っ!」

突然引っ張られた頬のせいでその先の言葉が奪われる。
い、痛い痛い痛いっ!!

「バーーーーーーーカ! お前は人の話をちゃんと聞いてんのか。俺は何とも思ってねぇ女にんなことしねぇっつっただろうが」
「い、いひゃいいひゃい! はにゃひてっ!!」
「いい加減俺の気持ちが嘘じゃねぇって信じるか?」
「う゛~~いひゃいひょ~~」
「信じるって言え。そうしたら離してやる」

こ、こんの野郎~~!!
告白してる側の人間がなんでこんなに上から目線なんだ?
誰がどう考えてもおかしいだろうが!

「ひ、ひんびるからっ! ひんびるからはにゃひてっ!!」

そう思いつつも頬の痛みに耐えられずそう言わされている自分がいる。
もう全ては相手の思うツボだ。

「・・・よし。二度と人を疑うようなことを言うんじゃねーぞ」
「う゛~~~っ!!」

涙目で頬をさすりながら思いっきり睨み付けても効果ゼロ。
こんな男に好きだなんて言われてもやっぱり信じられなくて当然じゃないか!

そんなつくしの手に重なるようにして司の手が伸びると、さっきとは正反対にその手は優しく頬を撫で始めた。つい数秒前まで抓っていた張本人だとは思えないほどのその柔らかな動きに、思わずうっとりと目を閉じてしまいそうになるほどに・・・優しく。

・・・いやいやいやいや、流されるな自分!
極悪人が急に優しくなったからってコロッとほだされてどうする?!
いくら鉄パン女だからってそんなチョロい女になっちゃだめだめ!!

「フッ、お前はほんとおもしれー女だな」
「・・・へっ?」

見れば何故か司は楽しそうに目を細めている。
・・・もしかして・・・またやらかしちゃってた?!

「まぁ急に態度が変わって戸惑うなっつーのも無理な話かもな。とはいえ自覚した以上俺は自分のやりたいようにやるぜ。お前が逃げるならどこまでも追いかけて捕まえるだけのことだ。・・・たとえそれが地獄の果てでもな」
「なっ・・・?!」

ニヤリと不敵に笑ってみせたのはつくしのよく知るあの顔。
地獄の果てまでって・・・この男ならハッタリだとも思えずに思わず武者震いしてしまう。

「っつーことでこれからは遠慮しねーから。覚悟しておけよ」

覚悟ってなんの・・・?
・・・恐ろしすぎて聞くことなんてできっこない。
っていうか今までだってただの一度でも遠慮したことがあったのか?!
スッと立ち上がった司をつくしは呆気にとられて見上げるだけ。

「とりあえず今日のところはこれで帰るけど、いつでも連絡取れるようにしておけよ。シカトしやがったらお前にSPつけっからな」
「なっ?! バカッ、やめてよねっ!」
「それが嫌ならいつも通りにしろよ」
「もうっ、わかったから早く帰んなさいよ!」
「バカ、押すんじゃねーよ」
「いいから帰って! これ以上はもう頭が爆発しそうなんだから!」
「ハハッ」

立ち上がってグイグイ背中を押されているというのに、何故か楽しくてたまらない。
今まで生きてきてこんなことで笑ったことなんてあっただろうか。
自然と湧き上がってくる感情に驚きを隠せないが、不思議とそれが心地いい。

「牧野」
「何よっ!」

やがてドアの目の前まで押し出されると、おもむろにつくしの名を呼んだ。
相変わらず怒りながらもバカ正直にこちらを見上げた、その時 ____


チュッ


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・え?」

ぴたりと動きが止まってフリーズしたつくしに満足そうに司の口角が上がる。
一方のつくしはその表情の変化をただ呆然と見上げていることしかできない。

「牧野、早く俺を好きだって自覚しろよ。俺は気が長くねぇからな」
「・・・・・・・・・・・・・・」
「じゃあな、また連絡する」

そう言って親指でふにっと半開きのつくしの唇をなぞると、去り際に見せつけるようにペロッとその指を一舐めしてから颯爽と部屋から出て行った。
カンカンと古いアパートの階段に革靴の音が響き渡る。しばらくしてその音が完全に消え去ると、プシューッと空気の抜けた風船のようにつくしの体が膝から崩れ落ちていった。

「な・・・・・・に・・・今の・・・」

あの男から見たこともないような変な光線が出てた。
直視したら一瞬でやられてしまうような、そんな妖しい光線が。

「っていうか・・・キス・・・」

あの男、またやりやがった・・・!
迂闊だった自分も悪いけど、つい数分前に待つって言ったばかりじゃないかっ!!
あのエロ男、信じらんないっ・・・!


・・・でも、あれは本当に誰?
本当に本当の道明寺司なの?
有り余る財産で精巧な着ぐるみを作らせてそれを着てきた別人とかじゃなくて?
つい昨日まで散々人をバカにしてた男と同一人物?
そんな男が自分を・・・・・・・・・好き?

「うそでしょ・・・?」

そう思いながらも、唇に残された柔らかな感触が、頬に触れた温かな感触が、・・・そして狙った獲物は絶対に逃がさないと言わんばかりのあの真っ直ぐな眼光が、生々しく自分の中に残されている。


あんな優しい表情なんて知らない。
あんな笑顔なんて見たことない。
あんな、あんな・・・


「うそでしょぉ・・・っ?!」


夢か現実か信じられないようなあっという間の出来事に、つくしは燃えるように全身を真っ赤にしながらただその場に蹲り続けることしかできなかった。





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