更新のお知らせ
2015 / 11 / 30 ( Mon ) 皆さん、昨日は本当にたくさんのコメントや拍手を有難うございました。
まさかあんなに反響があるとは思ってもおらず、驚くと共に本当に嬉しかったです。中には体調を心配してくださっていた方もいて・・・皆さんの存在に支えられていることを実感しています(ノД`) まだまだ時間に余裕はありませんが少しずつ書き募っていってまして、明日の定時に 「忘れえぬ人 89」 が更新できそうです。まだ完成してませんが(^_^;) します! と予告しておいて自分に発破をかけたいと思います(笑) その次はまた日が空く可能性が高いですが、なるべく間を空けないためにも1話書き上がったら公開する形をとらせてもらおうと思います。 ということで明日の定時にお待ちしています!(*´∀`*) また、もうしばらくはコメントの返事ができませんが、1つ1つ有難く拝読させてもらっています。 いつも本当に有難うございます(*^^*) 落ち着いたらまたアホなコメ返を再開させてもらいますからね!(笑)
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ごめんなさい・・・
2015 / 11 / 29 ( Sun ) いつもご訪問くださっている皆様、有難うございます。
「忘れえぬ人」、もう本当にラストが近いのですが・・・ちょっと今時間が取れずにいます。 このところコメント返事も滞っているのでお察しいただいてたかとは思うのですが、今時間に追われていまして。以前少し話したとおり月末から来週にかけてかなり忙しくなるのはわかってたんですが、それに加えて家のことで予定外のことがあったりと、とにかく時間がないのです。 なので必然的に頭も思うように回らず・・・(元からだというご指摘は甘んじて受けます(=_=)) 僅かな隙を見つけては書き進めようと思うもうまくはかどってくれません。 ほんとにあと少しなので一気にいきたいところなのに・・・申し訳ないです。 かなり短くてもいいのなら更新できなくもないですが、それだといつもと違っておそらくぶつ切れ感のある終わり方になってしまうと思うんですが・・・それでもいいでしょうか? それとも従来通りある程度1話をまとめていかにも 「続く」 らしい展開がいいでしょうか? う~~、予定外のことがあったのがほんとに予定外で(~_~;) 間が空くほど書くのが難しくなるので私自身もなるべく早く完結させたいと思ってます。 ここに来ての足止めでじれったいとは思いますが、どうかご理解いただけましたら幸いですm(__)m
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忘れえぬ人 88
2015 / 11 / 27 ( Fri ) 「ねぇねぇ、先週メープルホテルに研修で行った時なんだけどさ、なんとっ! あの副社長が来てたのっ!!」
「えぇっ? それって道明寺司ってこと?!」 賑やかに聞こえてきたその名前にドキッと心臓が跳ね上がる。 思わず息を潜めて全神経を背中に集中させてしまう。 「そう! まさかいるとは思わなかったからこっちもびっくりしたわよ~」 「え~、いいなぁ~! あたしが行った時なんていなかったのに。っていうか副社長が研修に顔出したりするんだ?」 「詳しくはよくわかんないけど抜き打ちチェックみたいなものなんじゃない?」 「あ~、そういうことかぁ。いいなぁ~! っていうかどうだった? カッコ良かった?」 「むふふ~、もうカッコイイなんてレベルじゃないわよ。あれはもう神の領域よ」 「か、神・・・?」 「そう! 見る者全てを惹きつける美貌とあのオーラ。あぁ~! もう一度拝みたぁ~い!」 「いいないいな~、ずるぅ~い! ねぇ、牧野さんもそう思わない?」 「えっ!!」 話を振られるとは予想外で思わず声が裏返ってしまった。 「牧野さんの研修の時にはいた?」 「い、いえ、いなかったです」 「そうだよね~。じゃあ今回がほんとにラッキーだったんだぁ」 「みたいですね・・・」 アハハと笑いながら早く着替え終わるべく急ピッチで手を動かしていく。 と、話の中心にいた1人の女性が何かに気付いた。 「・・・あれ? それって・・・」 「えっ?」 じーっと1点に集中している視線の先にあるもの・・・それに気付くとつくしは慌てて隠すようにブラウスのボタンを閉じた。 「あぁっ! ねぇねぇっ、なんかすんごいキラキラしてたんだけど?!」 「そ、そうですか? ここ照明の下だから多分それで・・・」 「いーや! そんな生易しい光り方じゃなかったっ! ねぇ、それって滅茶苦茶高級品なんじゃない?」 「いや、だからそれは気のせいで・・・」 「もう1回見せてっ!」 「えぇっ?! それはちょっと・・・!」 「見るだけだからいいでしょ? お願いっ!!」 「いや、だからっ・・・」 さっきの話で既にテンションが上がった状態の女性はつくしの言葉など完全無視でグイグイ押してくる。あぁ、思わず聞き耳を立てたばかりに着替えるのが遅くなってしまった。 あたしのバカっ! 「別にちょうだいっていってるわけじゃないんだから見せてよ~!」 「う゛っ・・・」 仮にも先輩の言うことを無碍にはしづらい。 全力で拒否したいけれどここは諦めるしかないのか・・・? 苦渋の決断でつくしが右手を動かそうとした時だった。 「あなた達っ、何やってるの! もう休憩の時間は終わりでしょう!」 「はっ、はいっ! 申し訳ありませんっ!!」 突如入って来たチーフの雷にその場にいた全員が飛び上がると、まるで蜘蛛の子を散らすように一目散に部屋を飛び出していった。それはつくしとて例外ではなく、持ち場へと急ぐ。 「あ、牧野さん!」 「・・・はい?」 「突然で悪いんだけど、今日はプレミア棟の方をお願いできるかしら?」 「えっ・・・私がですか?」 「えぇ。私も詳しくはわからないけど今日はいくつか変更があるみたいなのよ」 「そうなんですか・・・? ・・・わかりました。じゃあそちらの方に回らせてもらいます」 「急で悪いけどお願いね。既にお客様は部屋を出られてるみたいだから」 「はい」 基本的にそれぞれの持ち場は固定だ。状況に応じて変更になることもあるが、こんなに急に言われたのは初めてだった。正直よくわからないが仕事は仕事。やるべき事に変わりはない。 更衣室を出ると、いつもは右へ行くところを左へと方向転換した。 *** 「懐かしい・・・」 久しぶりに訪れるその場所。 そこでの思い出がまるで昨日のように鮮明に甦る。 「あれから」 半年 ___ 今のつくしが身を置く場所こそがここだとは、きっと彼は想像だにしていないだろう。 まさに灯台下暗し。 それを自らが体現している気分だ。 「怒ってるだろうなぁ・・・」 ううん、怒ってるなんてもんじゃない。 またしてもあたしは幸せの絶頂からあいつを突き落とすような行為に及んだのだ。 そこに裏切る意図は皆無だとしても、それをどう受け取るかは相手が決めること。 怒らせることよりも、一瞬でもあいつを悲しませることの方が・・・辛い。 それでも・・・ つくしはギュッと服の上から小さな塊を握りしめた。 あの日 ___ 記憶の戻っていない司が起こした奇跡。 全ての記憶を失っても尚、道明寺司という男は何も変わらないのだとその身をもって彼は証明してくれた。 そしてその確固たる証拠が今つくしの胸元で光っている。 ・・・あの日から肌身離さずずっと。 4年前にもらったものと全く同じなようで少し違う。 そこに彼の4年という時間を見たような気がした。 どちらを身につけるか一瞬迷ったけれど、過去は過去で大事にしながら未来を見つめる。 そんな今の自分にふさわしいのは、今のあいつがくれたネックレスだと思えた。 ・・・とはいえ、4年前にもらったものもお守りに忍ばせて行動を共にしている。 昔の自分ならこんなに高級なものを常に持ち歩くなんて末恐ろしくてできなかっただろう。 それでも、今の自分にとっては何よりも支えとなる存在だから。 久しぶりに耳にしたあいつの名前に、今も変わらずに頑張っているのだと知って心の底から安堵した。・・・そして嬉しかった。 きっと怒っているに違いない。 そして悲しませてしまったに違いない。 ・・・たとえそうだとしても。 あいつはきっとあたしを見つけ出してくれる。 どんなに時間がかかろうとも・・・いつか必ず。 ___ だからあたしは自分がすべきことをして信じて待ち続ける。 「いっけない、こんなことばっかり考えてる暇なんてないんだった。急いで片付けないと・・・」 プレミア棟。 従業員の間でそう呼ばれているこの場所、それこそが司とつくしが結ばれたあのコテージだ。 このリゾート一帯の中でも群を抜いて豪華なその造りと可愛らしくないお値段故か、基本的にはメープルで充分に鍛えられたベテランのスタッフが担当することが多かった。少なくともつくし達新人が担当できるような場所ではない。 つまりはこの中に足を踏み入れたのはつくしにとってもあの日以来となるのだ。 目を閉じるだけであの日のことが今も鮮明に甦る。 こうしてこの場に立てば尚更のこと。 「・・・・・・」 体中から溢れ出しそうになる感情を深呼吸で落ち着かせると、つくしは気持ちを入れ替えて室内清掃へと取りかかった。 「それにしてもほんとにこんなところに泊まる人なんているのねぇ・・・」 カチャカチャと使用済みのカップを片付けながら思わず口に出てしまう。 1泊ですらつくしの以前の月収でも到底手が届かない。 そんな 「ありえない」 がありえるセレブというのがこの世にはたくさん存在していることをここに来てあらためて思い知らされた。この思い出の場所でまた誰かが新たな思い出を刻んでいくことが、従業員としては喜ばしく思う一方で、一個人としては何とも言葉にできない気持ちになってしまう。 ・・・だなんて、公私混同してしまう自分は完全にプロ失格だ。 「わ~お、見事な団子ができてる・・・」 広すぎる室内を順に回っていくと、次に入った寝室で真っ先に目に入ったのは乱雑に積み上げられたままの布団の山。このリゾート自体がある程度の富裕層しか来られない場所なのだが、こうして片付けをする度に思う。 彼らは案外部屋を汚しまくって帰っていく人達らしいと。 思えばお手伝いさんだの使用人だのがいるのが当たり前で、普段は自分で身の回りの整理整頓をするという習慣がそもそもないのだろうか。だから本人からすれば散らかしているという認識すらないのかもしれない。 「お昼までに終わるといいけど・・・」 やりがいのありすぎる惨状にむんっと腕まくりをすると、つくしは目の前の高級羽毛布団に手を伸ばした。 「 きゃああああっ????!!!! 」 だが次の瞬間室内に悲鳴が響き渡る。 掴もうとして伸ばした手を掴まれたのは ____ 他でもないつくし自身だったから。 誰もいない、いるはずがないと思っていた場所から伸びてきた手に悲鳴が上がるのは当然だ。 しかも凄まじい力でベッドの中に引きずり込まれてしまった。 まさか新手の強姦魔だったり・・・?! 金にものを言わせてそんなことができる人間がいてもおかしくはない。そのことを十二分に知っているだけにその可能性が過ぎって背筋が凍り付いた。 「いやっ・・・! 離しなさいよぉっ!!」 ジッタンバッタン力の限り暴れ回るが、その抵抗も虚しくますます体はベッドの中央へと引きずり込まれていく。おまけにグチャグチャになっている布団が邪魔で強姦魔の顔も確認できない。 「やだやだやだやだっ!! あんたの相手してる暇なんかないのよっ! あたしは既に売却済みなんだからっ! もう使い古しの中古品なんだからっ! そんな奴を襲ったってなんにも楽しいことなんてないんだからっ!! っていうか急所を潰されたくなかったら離しなさいよぉっ!!!! 」 体で抵抗できないならせめて口だけでも。 何でもいいから相手に隙を作らせて蹴り潰す! つくしの頭の中はもうそれだけでいっぱいいっぱいだった。 「 バーーーーカ。 潰して困るのはお前だろうが 」 藻掻く隙間にふっと聞こえてきた心地よい声につくしの動きがピタリと止まる。 「・・・・・・・・・・・・・・・えっ・・・」 まさか・・・ まさか、この声は・・・ 嘘のように抵抗がおさまったかと思えば今度は途端に全身が震え始めた。 そんなつくしを見下ろすようにバサッと布団から顔を出したのは・・・ 「 ど、みょじ・・・ 」
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忘れえぬ人 87
2015 / 11 / 26 ( Thu ) 「「 牧野がいなくなった?! 」」
衝撃の事実を聞かされた男達の声が広い室内へと響き渡る。 そんな中で類だけはいつもとさして変わらない様子でじっと座っていた。 「あぁ、しかもそれだけじゃねぇ。アパートも全て引き払った後だった。会社までやめてな」 「・・・嘘だろ? なんでそんな・・・」 久しぶりに呼び出されて集まってみれば思いもしないことを告げられて二の句が継げない。 一体何がどうなっているというのか。 「その反応を見る限りお前らは何も聞いてねぇってことか?」 「俺らが知ってるわけねーだろ・・・」 「・・・類。 お前はどうなんだよ? 何か知ってたんじゃねーのか」 名指しされた栗色の瞳が司のそれと正面からぶつかる。 「なんでそう思うの? 俺も初耳だよ」 「本当だろうな?」 「だからなんでさ。知らないって言ってるじゃんか」 「だったらなんでそんなに落ち着き払ってやがる」 つくしの失踪を聞いても特段反応を示さなかったはずの類が、司のその一言に意外そうに目を丸めた。 「・・・なに、驚いたらいちいちリアクションしなきゃならない決まりでもあるの? 俺は俺なりに驚いてるよ。・・・でもまぁある意味で牧野らしいなとも思ったけど」 「どういうことだよ」 「逆に聞くけど、司はなんで牧野がいなくなったと思ってるわけ?」 「あ?」 「司が嫌になって逃げたとか?」 「んなわけねーだろうがっ!!」 声を荒げながら掴みかかってきた男に、類は焦るどころか何故か笑っている。 「じゃあそういうことなんじゃない?」 「・・・あ?」 「司がそこまで自信をもって即答するってことは牧野は逃げたわけじゃないんでしょ。・・・多分その逆」 「逆・・・? おい類、どういう意味だよ」 言っている意味がよくわからないのか、総二郎が首を捻る。 「今から1週間くらい前だったかな。外で偶然牧野に会ったんだよね」 「何?」 「ふっ、そんな睨むなよ。同じ街に住んでるんだからそういう偶然だってあるだろ? その時あいつ、妙にすっきりした顔しててさ。何かいいことでもあった? って聞いたらどうかなって曖昧に濁してたけど。なんていうか、迷いのないいい顔してたよ、牧野」 「・・・・・・」 「だから司からそれを聞いてなるほどなと思ったってわけ。何があったかなんて知らないけど、少なくともあの牧野を見る限り後ろ向きな気持ちでやってるってことはないんじゃないの」 そう言ってニコッと笑うと、次第に胸倉を掴む司の手から力が抜けていった。 「なぁ司、そもそもあいつがいなくなったってどういう状況だったんだよ? 俺らからすれば唐突過ぎてわけわかんねーぞ」 あきらや総二郎からすればその疑問はもっともなものだ。 「・・・あいつの全てを手に入れたと思ったら・・・・・・朝にはもういなかった」 「え、全てをって・・・それってつまりは・・・」 思わず2人して顔を見合わせる。 「あいつはいつだってそうなんだよ。これ以上ないくらいに俺を幸せにしたかと思えば・・・こうして予想もつかない行動で現実に引き戻す」 「司・・・?」 なんでもないようなその言葉に全員が妙な引っかかりを覚える。 何かはうまく言えないが、何か大事なことが隠されていたような・・・ 最初にそれを口にしたのは類だった。 「もしかして・・・記憶が戻ったの?」 「えっ・・・おい、そうなのか?!」 「・・・あぁ。あいつを自分のものにしたときに全てを思い出した」 4年・・・ 長い沈黙を破ってようやく返ってきたその答えは、誰もが心から望んでいたものだった。 ようやく、ようやく ___ 「それだけじゃねーよ」 「・・・え? それだけじゃないって・・・どういう意味だよ」 「記憶が戻ったのは俺だけじゃねぇ。あいつも・・・牧野も全てを思い出してる」 「・・・はっ?! おい、それはマジなのか? あいつがそう言ったのか?」 驚きに次ぐ驚きの連続で展開についていけない。 「何も言っちゃいねーよ。けど間違いねぇ。あいつの記憶は戻ってる」 「・・・・・・」 司はじっと己の右手を見つめたまま。 「類、お前は気付いてたんじゃねぇか?」 「・・・・・・」 「やっぱりな。普通に考えてお前が気付かないはずがねーんだよな」 「俺だって確信はなかったよ。ただ全てが吹っ切れたようなあいつを見てもしかして、って思ったくらいで。あいつは何も言わなかったし俺も何も聞かなかった」 つくしは誰一人としてその事実を話してはいなかった。 それは司ですら例外でなく。 「まだ記憶の戻ってねぇ俺に配慮して黙ってたのか、今さら過去の事を掘り返す必要もないと思ったのか、あいつがどういう考えで黙ってたのかはわからない。だが全てを思い出した今の俺にはわかる。あいつは記憶を取り戻し・・・自らババァに会いに行ったんだってな」 「おばさんのところに?!」 「あぁ」 誰にも相談することなく、ただ1人の意思で ___ 「じゃああいつがいなくなった理由ってのは・・・」 「間違いなくババァが絡んでるだろうな」 「・・・・・・」 シ・・・ンとその場が静まりかえる。 まさか4年前の悪夢が繰り返されるなんてことは・・・ 「あいつは俺から逃げたわけじゃねぇ。そんなことはこの俺が誰よりもわかってることだ。あいつはこれから別れようって男に自分の全てをさらけ出すような女じゃねーよ」 「・・・まぁお前の言う通りだな。じゃあなおさらなんで・・・」 「ババァとどんな話をしたかはわからない。だがあいつは前へ進むために自ら会いに行ったに決まってる。ババァが相手だろうと理不尽だと思うことには怯むことなくぶつかっていくあいつが、意図的に俺の前から消えたんだとするなら・・・」 「するなら・・・?」 じっとその先を待つ親友共の顔を見渡すと、司はゆっくりと立ち上がった。 「・・・決まってんだろ。 俺があいつを迎えに行くだけの話だ」 はっきりと真っ直ぐに。 少しの迷いもないその言葉は不意にグッと胸に込み上げてくるものがあった。 あぁ、我が親友は本当に自分自身を取り戻したのだと。 「おい、どこ行くんだよ?」 黙って部屋を後にしようとする男を慌てて引き止める。 「決まってんだろ。あいつを探し出す」 「探し出すって・・・一体どうやって? おばさんが絡んでんなら一筋縄じゃ見つからないだろ。俺たちもできる限りの協力はするぞ」 「いや、それは断る」 「はぁっ?!」 今何と? いつだって親友達に助けられてきたこの男が、この期に及んで断るだと? 「ババァが釘を刺しやがってな。あいつを探すつもりなら道明寺の力を一切使うことは認めねぇって」 「・・・まじでか・・・」 「まぁそんなもんいくらでもシカトできるんだけどな。あのクソ女が叩きつけてきた挑戦状を受けて立ってやろうと思ってな。多少時間がかかろうとも、金輪際ぐうの音も出ねぇほどに俺たちの勝利を叩きつけてやるよ」 「司・・・」 フッとこの男らしい、自信に満ち溢れた不敵な笑みが3人の視線を捉える。 「っつーことでお前らの協力もいらねーよ」 「・・・ほんとにできんのか?」 「クッ、てめぇ誰に向かって口聞いてんだ? 命が惜しいならふざけたこと言ってんじゃねーぞ」 「・・・はは、だな」 口にしていることは何とも物騒だが、決してその顔は怒ってなどいない。 それどころかどこかこの状況を楽しんでいるようにさえ思えて。 ・・・と、司が胸ポケットからおもむろに何かを取り出した。 「・・・なんだそれ?」 「空っぽのあいつの部屋に唯一残されてたものだ」 「タイピン・・・? これがどうかしたのかよ」 どこにでもあるような高級なネクタイピン。 何故こんなものが? 「これは俺たちを再び繋いだ象徴とも言えるものなんだよ。・・・そしてこれだ」 「これって・・・確かストックの花だよな?」 和の世界に通じている総二郎がすぐに気付く。 司の手のひらに載せられているのは煌々と輝くタイピンと、1枚の押し花。 綺麗な栞にされたそれには真っ赤な花が色鮮やかに鎮座している。 「じゃあな」 「あ、おい、司っ?!」 それに一体何の意味があるのかも言わずに唐突に男達を置き去りにして消えてしまった我が親友に言葉も出ない。 「な、なんだったんだ・・・?」 まるで狐に抓まれた気分だ。 「ストックか・・・なるほどね」 「え? おい類、何か気付いたのか?」 「なるほど、牧野にしちゃなかなかシャレたことしやがったな」 「は? おい総二郎、お前まで一体なんなんだよ?!」 あきら1人が完全に置いてけぼり状態だ。 「ストックの花言葉は知ってるか?」 「花言葉・・・?」 「あぁ」 女に花をプレゼントするときは大抵バラを選ぶあきらにはピンと来ない。 一体どんな意味があるというのか。 「ストックの花言葉はな・・・」 「司様、お邸でよろしいですよね?」 「・・・いや、社に戻れ」 「えっ、今からですか? もう夜も遅いですが・・・」 「構わねーから行け」 「か、かしこまりましたっ!!」 有無を言わさぬ圧倒的なオーラに気圧されると、斎藤は慌ててハンドルを握りしめた。 すぐに流れ始めた夜の光を司はじっと眺めている。 「・・・たとえ地獄だろうと見つけ出してやるから覚悟してろよ」 まるで自分に言い聞かせるように赤い花を握りしめたまま。 『 私を信じて ____ 』
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忘れえぬ人 86
2015 / 11 / 25 ( Wed ) 暗闇に一筋の滴がスローモーションのように落ちていく。
漆黒の闇に落とされたそのひとしずくは、そこから静かに白い光を伸ばす。 目に見えないほどの細かな線が無数に広がっていき、それらはやがて世界を白へと変えてしまった。その光は熱を放ち、凍えるほど冷え切ったその闇にぬくもりを与える。 ・・・そう、まるで命が芽吹いていくように。 草が、木が、花が。 根から水を吸い太陽を浴びて青々と生い茂っていくかのように、体の末端から命が吹き込まれていくのを感じる。それが体の中心まで届くと、再びそこから全身へとその熱が流れていく。 それを幾度も幾度も繰り返しながら、自分が今生きていることを実感するのだ。 あぁ、ようやく・・・ ようやく自分が自分の元へと帰ることができた。 眠りについている間、ずっとこの瞬間だけを求めていた。 深く深く沈んだ場所から、ただひたすらにこの光だけを求めて。 そうして掴んだこの温もりを・・・ この手をもう二度と離したりしない。 どんなことがあろうとも、もう二度と ____ 「ん・・・」 それは穏やかな眠りだった。 こんなに心を解放して眠れたのは生まれて初めてだったのではないかと思えるほどに。 触れる柔らかな人肌が恋しくて、またその温もりを自分へと引き寄せた。 「・・・・・・」 はずなのに。 何故かその手は空を切って何も掴むことができない。 「・・・・・・牧野・・・?」 自分はまだ夢と現実の境目にいるのだろうか。 司はぼんやりとそんなことを考えながらうっすらと目を開けていく。 ・・・だが。 「 牧野っ?! 」 ガバッと体を起こした司の目の前に ____ つくしの姿はない。 寝起きの頭ではすぐに状況を理解できずに混乱する。 どういうことだ・・・? ここに確かに牧野がいたはず。まさかあれが全て夢だったなんてことは・・・ そこまで考えた思考はすぐに遮断された。 視線の先、真っ白なシーツの上にはっきりと残された紅の印 ___ それが確かにつくしがここにいたことを証明しているのだから。 それに、素肌で感じたあの生々しい感触が夢であるはずがないのだ。 それほどに互いにこれ以上ないほど深いところまで求め合って、そして愛を確かめ合った。 では何故つくしはここにいない? 「牧野っ! 牧野っ?!」 一瞬にして頭が冴えると、司はベッドから飛び降りて部屋中を探し回る。 バスルーム、ダイニング、テラス、蟻の子一匹見落とさないように必死で探し回るが、どこを探しても求める女の姿は見当たらない。 「くっそ・・・!」 誰に聞かせるでもなく思わずそう口にすると、寝室に放り投げられたままの衣類を乱雑に身につけそのままコテージを飛び出した。 「おいっ、牧野はっ! 牧野はどこへ行ったっ!!」 嵐のように凄まじい音をたてながら本館へ飛び込んで来た司の姿に従業員が一瞬だけ驚いてみせたが、何故かすぐに落ち着きを取り戻す。 「牧野様でしたら早朝にお帰りになられました」 「・・・・・・は?」 今こいつなんつった? 考えるよりも先に目の前の男の胸倉を掴んでいた。 「おいてめぇ、ふざけてんじゃねーぞ!」 「ぐっ・・・! け、決してふざけてなどおりません! こちらにお越しになるにあたり、牧野様から事前にそのように打診があったと伺っております」 「打診?」 「はい。詳しいことまでは存じ上げませんが、何でもお泊まりになられた翌朝に可能な限り早い段階で帰らせてもらえないかと。当然打診を受けたパイロットは戸惑いを隠さなかったようですが、それでもどうしてもと牧野様が下げた頭を上げようとはしなかったと。聞いた話によれば 『私の人生をかけた最初で最後の我儘を聞いていただけませんか』 と仰っていたようです」 「・・・・・・」 力の抜けた手のひらからズルリと男が滑り落ちて途端に咳込み始めた。 帰った・・・? この状況下で、何故・・・ まさか、あいつは最初からこれで終わりにするつもりで・・・? 「ざけんな! んなわけねーだろうが!」 あんなに心の底からこの俺を求めていた姿が最初で最後だと? ・・・冗談じゃねぇ。 そんなことがあるわけがないし、万が一でもそんなことを認めはしない。 「ジェットを出せ」 「は・・・朝食の後でよろしいですか? その間に準備を・・・」 「いいわけねーだろうが。今すぐだ」 「今すぐ・・・でございますか? ですが、」 「つべこべ言ってる暇なんざねぇんだよ! さっさと飛び立てる手配をしろっ!!」 「は、はいっ! かしこまりましたっ!!」 響き渡った怒号に飛び上がると、男は一目散に飛行場の方へと消えていった。 司は知らず固く握りしめていた手を開いてゆっくりとそこへ視線を落とす。 昨夜、・・・いや、夜明け前までこの手でつくしを抱いていた。 あの感触は、ぬくもりは決して夢などではない。幻でもない。 昔と少しも変わらない強くて真っ直ぐな瞳がこの心を捉えて離さなかった。 その眼差しは常に俺を求めていて、言葉なんかなくとも愛してるという想いが溢れていた。 そしてそれは俺にとっても同じこと。 確かに揺らぎようのない愛を心で、体で確かめ合ったのだ。 「・・・・・・たとえ地獄の果てだろうと追いかけるっつっただろ・・・!」 グッと再び強く拳を握りしめると、司は前だけを真っ直ぐに見据えたまま歩き出した。 *** カタン・・・ 「 ・・・・・・ 」 ここに辿り着くまでの間、こうなることは心のどこかで予想できていた。 だがいざその光景を目の当たりにすると何一つ言葉を発することができない。 司は1人、知らぬ間に全ての物が運び出され閑散としているつくしの部屋で立ち尽くしていた。 『 どういうつもりだよっ! 』 「 突然ノックもなしに入って来たかと思えば不躾に何ですか 」 『 何ですかじゃねーだろうが! 牧野をどこへやった 』 「 ですから何のことです? 」 『 とぼけてんじゃねぇぞ! あの牧野がこの期に及んで俺の前から消えるなんざてめぇ以外にその理由があるはずがねぇだろうが! あいつに何をした。あいつに何を言ったっ!! 』 「 ・・・・・・ 」 突入してくるやいなや凄まじい剣幕で捲し立てる我が息子の姿に楓は深く溜め息をついた。 『 そこにどのような理由があろうと関係ないのではなくて? 』 「 あぁ? てめぇ何言ってやがる 」 『 仮にあなたの言う通り彼女がいなくなった原因が私だとして、だから何だというのです? 子どもでもあるまいし、その行動は全て彼女の意思においてなされたこと。外野がとやかく言う問題ではありません 』 「 んだと・・・? 」 『 理由などここでは何の意味も成さない。決めたのは彼女自身。ただそれだけのことです 』 「 ・・・・・・ 」 ギリッと握りしめた拳に痛みが走る。 いっそのこと駆け寄ってこのすました顔に拳を入れてやろうかとすら思う。 骨を打ち砕かれても尚この女はこのポーカーフェイスを崩さずにいられるのかと。 だが・・・ 「 てめぇはいつだってそうだよな 」 『 ・・・何がです? 』 「 全てを見透かしたような目で人を見下しやがって。そうやって今も昔も自分の駒のように人を転がして楽しいかよ? 」 『 人のせいにして自分が楽になるならそうすればいいだけのこと。ですがそれで現実が変わるわけではない。ただの逃げです 』 「 退路を断って追い詰めてんのは他でもねぇお前だろうがっ!! そうやってお前は4年前も・・・! 」 その言葉に楓の瞳が微かに動いた。 だがそれ以上は司も言葉を噤むと、楓も何一つ聞こうとはしなかった。 広い室内に沈黙だけが落とされる。 『 ・・・そういうことなら俺は俺のやり方であいつを見つけ出す 』 「 道明寺の権力を使うことは認めません 」 「 ・・・何? 」 『 あなたがどのような行動を取ろうと自由です。ですがこの道明寺の力を使うことだけは許しません 』 「 はっ! 断るっつったらどうすんだよ? 」 『 言わなければわからないほどあなたは愚かな人間ということかしら? 』 「 ・・・・・・チッ! このクソ女が・・・! 」 寝ても覚めてもどこまでいっても忌々しい。 だがこの女を力でねじ伏せることを決してつくしは望んではいない。 だとするならば・・・ 『 どこへ行くのです? 』 「 それこそてめぇには関係ねーだろ。俺には行かなきゃなんねー場所があんだよ 」 『 ・・・・・・ 』 吐き捨てるようにそう言い残して部屋から消えた司の後ろ姿をじっと見つめたまま、楓はふぅーっと深い息を吐き出した。 「 お手並み拝見というところかしら 」 そう呟きながら。 あれだけ狭いと思っていたはずのボロアパートが、全てのものが撤去された状態ではこんなに広かったのかと思えるから不思議だ。どう転んだって狭いに違いないはずの空間だというのに。 つくしの住んでいたアパートは既にもぬけの殻となっていた。 一体いつからだったのか。 直前まで海外に飛んでいた自分が結果的にこの行動を後押ししていたのかと思うと間抜け過ぎて笑える。 この部屋を見ていたら今朝までの出来事全てが、つくしに出会ってから起こったことの全てが幻だったのではないかと思えてくる。 だがそんな馬鹿げた思考は即座に切り捨てられる。 何故ならそれ以上にこの手に掴んだ彼女の感触が、想いが確かなものだったと信じられるから。 「昔っからお前って女は散々この俺を喜ばせた後に一気に突き落とすのが好きだったよな」 口にしたら笑えてきた。 それは不思議と晴々とした笑いだった。 振り回しているようで、結局気付けば振り回されているのはこの自分。 どうやったって一筋縄ではこの手に掴めない。 それが牧野つくしという女だろ? 何も残されていないとわかっていながら静かに部屋へと足を踏み入れる。 ほんの数歩行けばすぐに端まで辿り着いてしまうそこは、とてもじゃないが人間が生活する場所じゃねぇだろとあらためて思う。 だがここで彼女は自分の知らない4年という歴史を積み重ねてきたのだ。 ガタンッ 「・・・・・・・・・これは・・・?」 部屋に1つだけ備え付けられた収納棚を開けると、司の視線があるものを捉えた。
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忘れえぬ人 85
2015 / 11 / 24 ( Tue ) 熱い・・・
体が燃えるように熱い。 その熱を発しているのは自分なのか、それとも自分に触れている肌から伝わってくるのか。 もうそんなことすらわからない。 何も考えられない。 「 寒くねーか? 」 そんな労りの言葉にすら温度は上昇を続けて、このまま溶けてしまうのではないかと怖くなる。 「お前の体、どこもかしこも熱いな」 「っそれはこっちのセリフでしょっ・・・?」 おかしくなりそうなほど熱に浮かされた状態ではそんなことを言うのが精一杯で。 その一言に何故か嬉しそうに笑う男の姿にまた体の芯から燃え上がる。 そんなことを繰り返しながら、一体どれだけの時間が経過したのだろう。 4年の時を超えてあいつが起こした奇跡に、あたしはただひたすらに泣いた。 もしかしたら一番苦しかったあの頃よりも今の方が泣いたんじゃないかって思えるほどに、涙は止まってはくれなかった。 その気持ちを言葉に表すことなんてできない。 何か言葉にしてしまったら、途端に陳腐なものへと変わってしまいそうで。 あいつが愛おしくてたまらない。 湧き上がってくるのはただそれだけだった。 再びこの男を選んだ自分をこんなに誇らしく思った日はない。 そして何度でも自分を選んでくれるこの男にこれほど感謝したことはない。 自分に、道明寺に、ただただありがとう。 伝えたいことはただその1つだけ ___ 「んっ・・・!」 ピリッと体の中心に走った微かな痛みに思わず声が出た。 「痛いか?」 「ん・・・大丈夫・・・。ちょっと違和感があっただけ」 「痛いときは遠慮せずに言えよ。俺も加減がわかんねーから」 「・・・ん」 コクンと頷くと、ゆっくりと中に埋められた指が動き始める。 あの長くて綺麗な指が今自分の中にいる。そう考えただけで頭がショートしそうになる。 桟橋で数え切れないほどキスをして。 満月が煌々と輝く冬の海はやっぱり寒くて。 なのにそんなことなんてお互いの頭の中には何1つ入ってはこなくて。 ピタリと身を寄せ合いながらコテージへと戻ると、どちらからともなくもう一度唇を寄せて・・・ そして気が付けばベッドの上にいた。 いつの間にか互いに生まれたままの姿になっていて。 それに気付いて半ばパニックを起こしかけてはあいつのキスがそんなことを吹き飛ばしてくれる。 それほどに触れる唇は、手は、指は優しくて。あの乱暴者が自分のためにこんなにも変わったのかと思ったら、また涙が溢れそうになった。 不意打ちで道明寺の上半身を見たことは何度かあった。 でも4年という時間は彼を立派な大人へと変えていて、彫刻のように美しくて逞しい体躯はそのままに、大人にしか出せないフェロモンをこれでもかと漂わせている。コロンの香りと混ざって酔いそうになるほどに、この男の放つオーラは絶対的だった。 だから彼を見て恥ずかしいと思うよりも、ただ純粋に美しいと思った。 こんな人が唯一求めてくれたのがあたしだったなんて・・・自分は本当に幸せ者なのだと。 「っ・・・ぁっ・・・!」 「少しずつほぐれてきた。指増やすぞ」 「ぅ、んっ・・・!」 狭い道を掻き分けてさらに指が侵入して来る。 一瞬強ばった体もすぐに胸元に落とされた唇によって自然と力が抜けていく。 「あっ・・・あっ・・・!」 「牧野、可愛い・・・」 そうして道明寺は長い時間をかけてひたすらあたしを快楽の淵へと導いていった。 ・・・柔らけぇ。 こいつの触れるどこもかしこもがありえないほどに柔らかい。 これが同じ生物なのかと思いたくなるほどに、全てが未知の感触だった。 無理強いをするつもりは本気でなかった。 とはいえチャンスがあればいつだってやりたいという気はあった。男ならそれが当然だろう。 だがだからといってこいつの気持ちを無視してまでやりたいとは思わない。 あいつらにカビでも生やすつもりかと散々バカにされてきたが、俺からすりゃ本気で好きでもねぇ女とこんな行為ができること自体がありえなかった。別に純情思考を振りかざしてるつもりもさらさらない。 ただこの俺の体が生まれた時からそうプログラミングされていたというだけの話。 その俺が生まれて初めて心の底から欲した女 ____ その女が今目の前で全てをさらけ出している。 脱がせるときにしつこいくらいに 「貧相でごめん」 だなんて言ってたがどこがだよ。 全身マシュマロでできてんじゃねーかと思えるくらいに柔らけぇし肌は綺麗だし。 透き通るような白い肌が全て桜色に染まり、そのところどころに自分が咲かせた赤い花が散っている。さらにはその中央にさっきつけたばかりの土星がキラキラと輝いて揺れる。 とっくに理性のたがが外れて無茶苦茶にしてたっておかしくはねぇ。 ・・・それなのに、何故だかこいつ相手だとそれができない。 傷つけたくない、泣かせたくない、・・・優しくしたい。 自分の中の自分がいつだってそう俺に訴えているのだ。 上手いやり方なんて知るわけがねぇ。 ただひたすらにこいつを愛おしいと思う気持ちを行為に移していくだけしか___ 「ど、みょじ・・・」 「ん・・・? どうした? いてぇか?」 「ちが・・・なんで、そんなに・・・自然にできるの・・・?」 「・・・は?」 自然ってなにがだよ。 俺にとっちゃ何が 「普通」 かもわからねぇっつーのに。 「だって・・・初めてだなんて思えな・・・んぁっ・・・!」 中に埋め込んでいた指を引き出すと思わずつくしの口から声が漏れた。 司はねっとりと濡れた指のまま迷うことなくつくしの頬に触れる。 「バーカ。まさかお前、俺が嘘言ってるとでも疑ってんじゃねーだろうな? 俺だってどうすりゃいいのかなんてわかんねーよ。お前を気持ち良くさせてぇ、ただそれだけで必死だっつーの」 「ひっし・・・なの・・・?」 「ったりめーだろうが」 即答に一瞬目を丸くすると、つくしの顔が嬉し恥ずかしそうに綻んでいく。 その姿を見ていたら、体の芯からズクンッと疼いたのが自分でもはっきりわかった。 「牧野・・・」 「ん・・・?」 ツ・・・と親指で真っ赤に熟れた唇をなぞる。 「そろそろいいか?」 その一言につくしの体が瞬間的に強ばった。 「お前が無理だっつーなら今からでもやめる」 「やだっ・・・!」 自分の唇をなぞる司の手の上に一回り小さな手が力強く重なる。みるみるその顔が真っ赤に染まっていくのを見つめながら、司はその口が紡ぐ言葉をじっと待った。 「・・・やめないで・・・」 「・・・・・・」 「あたしもあんたと・・・・・・1つになりたい・・・」 きっとそれは牧野つくしという女にとって清水の舞台から飛び降りるほどに勇気のいる一言だったに違いない。爆発しそうなくらい真っ赤な顔で、今にも泣きそうな顔で、それでも真っ直ぐに目を逸らさずにそんなことを言われたら・・・どんな聖人君子だって理性が吹っ飛ぶに決まってる。 「牧野っ・・・!」 「あっ・・・!」 バカ野郎。お前は男のことなんて何一つわかっちゃいねぇ。 そんなセリフを吐かれて冷静でいられる男なんているわけがない。 こっちが必死で優しくしたいって思ってるっつーのに、お前がそれを打ち崩してどうすんだよ! つくしの両手をベッドに縫い付けると、司はベッドサイドから手早く避妊具を取り出した。 少しでもでも早く・・・1秒でも早く1つになりたい。 ただそのことだけを考えながら。 「時間をかけてほぐしたつもりだけど・・・それでもお前に辛い思いをさせると思う」 「・・・大丈夫だよ。女はそんなにもろくないから」 こんな時にまで頼りない笑顔を見せながらも強がりを言うこの女を心底愛おしいと思う。 「牧野・・・お前が好きだ」 「あたしも・・・道明寺が好きだよ。 んっ・・・!」 ギシッと覆い被さって何度も何度も唇を重ねながら、司は開かせたつくしの中心部に自分の昂ぶりをあてがった。皮膜越しでも溶けるように熱くて狭いその場所を割り進んでいくと、次第につくしの顔が苦痛に歪んでいく。 「わり、いてぇよな・・・でもまだ半分も入ってねぇ。・・・やめるか?」 「やめっ・・・ないで・・・このまま・・・!」 涙目になりながら必死でつくしは首を振り続ける。 そのいじらしさが堪らなくて、司は貪るようにつくしの唇を奪った。そこに意識がとられている間に少しずつ体を押し進めていくと、息つく暇も与えずに最奥まで一気に貫いた。 「あぁっ・・・!」 「くっ・・・!」 瞬間、人生で経験したことないほどの痛みがつくしを襲い、人生で経験したことないほどの快感が司を包み込んだ。襲ってくる感覚はまるで対照的なのに、何故かどちらも同じように眉根を寄せて苦しそうな顔をしている。 「わりぃ・・・いてぇよな・・・」 「っ・・・」 堰を切ったようにぼろぼろと溢れ出した涙に胸が痛む。 最高に嬉しくて気持ちいいはずなのに、それ以上に目の前のつくしの姿に罪悪感でいっぱいだ。 そんな対極な感情に挟まれながら、司は一気に快楽に引きずり込まれないように深く息を吐き出した。ポタリと汗が顎を伝ってつくしの胸元へと落ちていく。 「ど・・・みょじ・・・」 「ん・・・?」 震える手を必死で伸ばそうとしているつくしの手をギュッと掴む。 「あんたに出会えてよかった・・・」 「牧野・・・?」 「あんたを好きになれてよかった・・・」 「・・・っ」 「これから先も、あたしが好きなのは道明寺ただ1人、あぁっ・・・!」 「牧野っ・・・牧野、牧野っ・・・!」 泣き笑いしながらそんなことを言われたらもう止まれない。 あれだけ優しくしようと心に誓っていたのに、歓喜に震える心が全てを真っ白にしてしまった。 何故この女はこんなにも自分の心を捉えて離さないのか。 何故こいつだったのか。 「あぁっ、どみょじっ・・・どうみょうじぃっ・・・!」 「はぁっはぁっ、牧野っ、牧野っ、好きだ・・・好きだっ・・・!」 大きな揺れにあわせてつくしの流す涙が宙を舞う。 それはさっき見た満天の星空に負けないほどの輝きを放っていた。 ただただ美しく、そして愛おしい。 この俺がこの世でただ一人選んだのがこの女だったことを心の底から誇りに思う。 お前に出会えたことは俺にとって奇跡だったのだと。 「 ___ っ・・・! 」 その時、司の頭に瞬間的に痛みが走り、思わず動きを止めて顔をしかめた。 急に止まった動きに、まだまだ苦痛に顔を歪めていたつくしまでが心配そうに目を開ける。 と、何故か目の前の男は驚愕したような顔で固まっていた。 「ど、みょじ・・・? どうしたの・・・?」 その問いかけにも何も反応を示さない。 『 あたしたちもう終わりにしよう 』 『 あんたが好きだって言ってんでしょうが、このぼけなすっ!! 』 『 NYにいかないで。いっちゃやだ。 もう離れるのはいや 』 『 もういい。あんたはもうあたしの好きだった道明寺じゃない 』 ・・・あぁ・・・ 何故・・・ 何故こんなにも簡単で当たり前のことを忘れていられたというのか。 草木が水と光がなければ死んでしまうのと同じように、己こそこの女の存在無しには生きていないも同然だったというのに。 何故そんなことすら4年もの間消し去っていたというのだ。 いかに己が弱くて愚かな人間なのかを思い知る。 そしてそれでも再びそんな男の手をとってくれたこの女を・・・心から誇りに思う。 それこそが自分の愛した女だと。 司はぶるぶると震える手でつくしの体ごと抱きしめた。 「道明寺・・・? 震えてるの? どうしたの? 大丈夫・・・?」 「牧野・・・牧野、牧野、牧野、牧野っ・・・!」 「ど、どうしたの・・・?!」 「牧野っ! 牧野っ・・・!」 胸が押し潰されそうなほどに抱きしめられたかと思えば苦しげに名前を呼び続ける司の姿につくしも戸惑いを隠せない。さっきまで感じていた痛みなんて完全にどこかへ行ってしまった。 何かが彼を苦しめているのならばそれを取り除いてあげたい。強くそう思う。 つくしは尚も震える司の背中に腕を回すと、ありったけの愛情を込めてぎゅうっとしがみついた。 「大丈夫だよ、道明寺・・・何にも不安になんてならなくて大丈夫だから」 「牧野っ・・・!」 言いたいことも、言わなければならないことも山ほどある。 一晩かけても語り尽くせないほどの懺悔の言葉もこれでもかというほどに。 それほどに己の犯した過ちは残酷なものだった。 ・・・それでも。 それすらも飛び越えて手を差し伸べてくれる女に。 今はただその想いにひたすらに応えたい。 今この瞬間お前に伝えたいことは ____ 「 あいしてる 」 頭上から降ってきた言葉につくしが息を呑んだのがわかった。 司は震えの止まらない手で何度も何度も柔らかい頬を撫でると、やがて同じように小刻みに震え始めたつくしにゆっくりと唇を重ねていった。 「牧野・・・世界でただ一人、俺はお前だけを永遠に愛してる」 「あたしも・・・あんただけを愛してる・・・」 囁いてはまた唇を重ねてまた愛の言葉を囁く。 そうして再び快楽の淵へと落ちていくと、互いにそこから先は何も考えられないまま、泥のように眠りにつくまでただただ愛する者だけを求めていった。 深く、深く、深く、ただどこまでも深く ____ 歓喜に打ち震える中、つくしの胸元で揺れるネックレスにぽたりと落ちてきた滴が汗だったのか涙だったのか ___ その真実を知る者はどこにもいない。
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忘れえぬ人 84
2015 / 11 / 23 ( Mon ) ・・・・・・手が動かない。
さっさと取っ手を引いてドアを開ければいいだけの話なのに。 手を伸ばしては引っ込めるをもうどれだけ繰り返したことだろうか。 一緒に風呂に入るかと言われて飛び上がったつくしを見て司は大爆笑していた。 結局からかわれたのだとわかって安堵したのも束の間、 「お前がいいっつーならもちろん本気だ」 なんてとどめの一言を言われてしまった。 食事を終えてコテージへと戻ると、道明寺はいたって普通の様子でバスルームへと消えた。 自分ももう1つのバスルームへとやって来たものの、急に2人っきりだという今さらながらの現実が襲いかかってきた。広すぎる湯船に浸かっている間も、極上の香りを漂わせるボディソープを使っていても、何をしていてもこの後のことが頭から離れない。 覚悟なんてとっくにできてる。 ・・・そう。それはきっと4年前に 「離れたくない」 とあいつに吐露したときからずっと。 あいつはあたしが嫌がることはしないと言ったけど、決して嫌なんかじゃない。 好きな人とそうなりたいと思うのは自然なことだと思えるから。 でも覚悟できてるからって緊張しないかといえば話は別だ。 だってそうでしょ? 経験がないんだから。 ましてやこんなロマンチックな雰囲気でいっぱいの場所に連れて来られてムードも満点。恋愛偏差値が低すぎる女にはハードルが高過ぎるに決まってるじゃない! 脱衣所にはバスローブが用意されてたけどそんな色っぽいものなんてあたしにはムリ。 自分で持ってきたパジャマ姿で出ていったらあいつは呆れかえるだろうか。 ・・・ううん。あいつはあたしが何を着ていようときっと気にもしない。 「興味があるのは中身だ」 なんて冗談を飛ばしながら笑って受け入れてくれるだろう。 こんなに緊張しているのは覚悟を決めているからこそ。 だからこそ自分からどうすればいいのかわからないで右往左往するばかりだ。 まさかあいつの強引さがありがたいものだと思える日が来るだなんて。 「 おい牧野、まさか中でぶっ倒れたりしてねーだろうな?! 」 目の前のドアが前触れもなくドンッと音をたてて思わず飛び上がった。 咄嗟に口を押さえて悲鳴を上げるのを免れたが、別の意味で心臓が止まるかと思った。 「い、今上がったところ! すぐに出るから!」 「・・・ならいいんだけどよ。あまりにもおせーから何かあったかと思ったぞ」 「ご、ごめんっ! お風呂が気持ち良すぎてつい長湯しちゃった」 「部屋で待ってっから湯冷めしないようにして来いよ」 「わ、わかった」 自分でもどもりすぎだろうと思う。けどこればっかりはどうにもならない。 いつも思うけどなんであいつってこういうときに妙に落ち着き払ってるんだろうか? 記憶が戻る前にやったことはねぇだなんて言ってたけど・・・本当かと疑いたくなるくらい冷静なのがなんだか悔しい。 ・・・嘘。 本当は記憶がない間も誰ともそういうことがなかったって知って嬉しいくせに。 トクンと高鳴る胸元をギュッと握りしめると、ふぅーっと深呼吸をして脱衣所を後にした。 「ごめん! 遅くなっちゃった」 部屋に戻ると室内は間接照明だけが灯されていて既に雰囲気は完璧な状態だった。 それがまた落ち着いたはずのつくしの心臓を落ち着かなくしていく。 窓辺のソファーに寄り掛かって外を見ていた司がこちらを振り返ると、一際大きく脈打った。 意外にも彼もバスローブ姿ではなくTシャツにスウェットというラフな格好をしている。 「ちゃんと髪乾かしたか?」 「だ、大丈夫。っていうか自分こそ濡れてるじゃん」 「俺はいいんだよ」 近づいてきたかと思えばおもむろに髪を梳かれてもう心臓がどうにかなりそうだ。 そんな格好なのに女よりも色気がありすぎるっておかしいでしょうが! 気持ちがダダ漏れしたような顔で見つめないでよ。 今となっては薄暗い部屋に感謝したいくらいだ。そうでなければポストのように全身真っ赤な自分をさらけ出すはめになっていただろうから。 「よし、じゃあ行くぞ」 「えっ?」 いつ 「そうなるか」 と構えていたつくしに降ってきたのは思いも寄らぬ言葉・・・とコートだった。 男物の上質なコートがすっぽりとつくしの体を包み込む。 突然のことに意味がわからずにつくしがポカンと司を見上げた。 「少し外に付き合えよ」 「外?」 「あぁ、長く時間はかからねーから心配すんな。風邪ひかせるわけにもいかねぇからな」 「・・・」 そう言って肩を引き寄せると、司は尚もわけのわかっていないつくしを連れてコテージの外へと出て行く。当然ながら今この空間にいるのはこの2人きり。各コテージへ続く桟橋を彩る光に沿ってしばらく歩いて行くと、少し開けた場所に何かが見えた。 「・・・えっ・・・」 次の瞬間、つくしは言葉を失った。 何故なら ___ 「お前にどうしても見せたいものがあんだよ」 そう言って目の前の男はそこにあるものを触り始めた。 呆然とそれを見ながら、つくしはさっきまでとは全く違う意味で自分の鼓動が速くなっていくのを感じていた。 ・・・・・・嘘・・・でしょう・・・? 「・・・よし。おい牧野、ここ覗いてみろよ」 「・・・・・・」 何も答えずに棒立ちしているつくしに眉を寄せると、司は強引に細い手を引き寄せた。 力の入っていない体はいとも簡単に司の腕の中へと収められる。 「ほら、ここから覗き込んでみろ」 「・・・・・・」 ・・・手が震える。 違う。震えているのは手じゃない。全身が震えているのだ。 「お前震えてんのか? 大丈夫か? 無理なら戻るぞ」 「・・・ううん、大丈夫だよ。ちょっと興奮してるだけ」 そう言うと、つくしは目の前の物体をそっと覗き込んだ。 見なくてもわかる。 きっとこの先には・・・ 「見えるか?」 「・・・うん」 「この時期だとあんま見えねぇらしいんだけどな。この島だったら割と見えるって聞いてチャンスを狙ってたらこれだけの快晴になってくれたってわけだ」 「・・・うん」 「お前にどうしても見せたかったんだ」 「・・・うん」 胸がいっぱいで情けないほどに言葉にならない。 相槌を打つだけで精一杯だ。 シャラッ・・・ 「・・・・・・・・・え・・・?」 溢れ出しそうな想いに1人震えていると、突然背後から伸びてきた手が首元に巻き付いた。小さな音を響かせてひんやりとした何かが肌を掠めると、いよいよつくしの震えは止まらなくなってしまった。 「お前に土星を見せて・・・そしてこれをやりたかった。今日はお前の誕生日だろ?」 「・・・・・・」 「世界に1つしかない特注品で俺様からの貴重な贈り物だ。ありがたく受け取れ」 「・・・・・・」 あぁ、神様・・・ 「・・・? なんだお前、まさか泣いてんのか?!」 何の反応もなく自分の腕の中で小刻みに震えている肩を掴んで振り向かせると、いつから泣いていたかわからないほどにつくしの顔は涙で濡れていた。喜ばせたくてしたことだったが、ここまでの反応は予想外で司も一瞬戸惑いを見せる。 「どうした? お前がそんなに泣くなんて。どっか具合でも・・・」 「違う。違うの・・・道明寺はやっぱり道明寺だと思ったら・・・ただ嬉しくて・・・本当に、ただそれだけなの・・・」 「何言ってんだ? 俺は俺に決まってんだろ」 「ん・・・うんっ・・・」 「・・・・・・」 そういってぼろぼろと涙を零す顔は嘘を言っているようには見えなかった。 つくしに限ってプレゼントの中身でこれほど喜んでいるとは思わない。おそらく何かしら彼女の心の琴線に触れたからこその反応なのだろう。それが何なのか、自分には知る由もない。 だが彼女の喜びが心からのものであると伝わるだけで充分だった。 ただそれだけで満たされていく。 司は涙の止まらないつくしを自分の中に閉じ込めると、全ての愛情を注ぐようにその腕に力を込めた。それがまたつくしの涙を誘っていることなどお構いなしに。 「お前ほど感情豊かな奴はいねーよ」 「ご、ごめっ・・・!」 「バーカ。これは褒め言葉だ」 「う゛ぅっ・・・あ、あ゛りがど・・・ありがどうっ、どみょじ・・・!」 言葉なんてない。 出るはずもない。 これが奇跡じゃなかったら一体なんだというのだろう。 夜空に輝く星達に負けないほどに輝くこの光を奇跡以外で何と表現できるというのか。 「・・・牧野?」 ゆっくりと上げたつくしの顔は涙で酷い有様だった。 だが司は決して笑わない。 それは向かい合うつくしの顔が何かを訴えようとしていたから。 「 まき・・・ 」 「 好き 」 呼びかけた言葉が遮られる。 「 あんたのことが好き。 大好き 」 目を丸くしている男にそっと手を伸ばすと、つくしは包み込むように顔に触れてゆっくりとその距離を縮めていく。 はじめこそ驚きに染まっていた司だったが、自分を真っ直ぐに見つめるその瞳から視線を逸らすことなく肩に置いていた手を腰へと回した。 どちらからともなく静かに目を閉じると・・・やがて唇にふわりとあたたかなものが触れた。 もう恥ずかしいだなんて思わない。 思えない。 時をこえたこの奇跡に、溢れ出す想いを止めることなどもうできはしない。 月明かりの下ピタリと寄り添う影の間で、土星の形をしたネックレスがいつまでもゆらゆらと輝き続けていた ____
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忘れえぬ人 83
2015 / 11 / 22 ( Sun ) カコーーーーーンッ!!
気持ちのいい音を響かせて転がった球がまるで吸い込まれるようにして穴の中へと消えていく。満足そうにその様子を見ていた男は曲げていた体をスッと起こした。 その向かい側では呆けたような顔をしながらもつくしがパチパチと拍手している。 「すご~い・・・あんたに言うのはすんごい癪だけど、カッコイイね」 「おい、一言余計だろうが」 「あはははっ! でも泳ぎも上手いしビリヤードも上手。あんたって見かけによらず何でもできるんだねぇ」 相変わらずの余計な一言にピクッと司のこめかみが動いたが、めったにないつくしからの褒め言葉にまんざらでもなさそうだ。 「別にビリヤードくらい誰でもできんだろ」 「できないよ! っていうかそもそもやる機会がないし」 「1家に1台くらいあんだろ」 「あるかっ!! はぁ~、これだからハイソなお坊ちゃんは・・・」 やれやれと溜め息をつきながらキューを構えると、つくしはさっき見た司のイメージを浮かべながら思いっきり前へと突きだした。 カコーーン! と音がしてカッコ良く玉が転がっていく・・・予定だったのだが、現実はスカッと何とも情けない掠り音だけが響いて虚しく空を切った。 どこかでカラスが鳴いているような気がしてならないのは幻聴だろうか。 「・・・・・・」 「ぶっ、ははははは! こんのド下手くそ!」 「う、うるさいわねっ! 生まれて初めてやった人間がいきなり上手にできるわけがないでしょ!」 「にしてもセンスなさすぎだろ。お前案外運動神経悪いのな」 「失礼な! 短距離と持久力だけは負けないわよ!」 「あぁ、だからあんなに逃げ足が速ぇんだな」 「ぐっ・・・!」 なんだかここに来てからというもの完全に手のひらで転がされてるような気がするんですけど! 俺様なガキの道明寺のくせに、すっかり大人の男みたいなオーラで人を見下ろしちゃってさ。 なんだよなんだよ! 「ほら、ちゃんと持ってみろよ。教えてやっから」 「えっ? ちょっ・・・!」 密着するように背後に気配を感じると、キューを握っていたつくしの手に大きな手が重ねられた。 ドキーーーッ!! と心臓が跳ね上がるが、この男の顔色は少しも変わっちゃいない。 ちょっ、耳に息が当たってるってばぁっ!! 「いいか、ここを真っ直ぐ持って正面から突くんだ」 「こ、こう?」 「あぁ。手を添えてやってるから自分でやってみろよ」 「う、うん」 真面目に教えてくれてるのに余計なことで頭がいっぱいな自分が恥ずかしいったらありゃしない。 えぇい、雑念よ消え去れっ!! つくしは余計な思考ごと追い出すように言われた通りに正面から球を突いた。カコンッと今度こそ理想通りの音が響いて球が転がると、正面にあった球を押し出して綺麗にポケットの中へと吸い込まれていった。 あまりにも美しいその一連の動きに思わず振り向いて司の両手を握りしめた。 「やったーー!! すごいすごいっ! さすがは道明寺っ!!」 まるで子どものように跳びはねてはしゃぐ姿を司が目を細めて見つめている。 ・・・と、はたと我に返ったつくしが今さらながら恥ずかしそうに顔を染めた。 「ご、ごめん」 「何が。別に謝る必要なんてねーだろ」 咄嗟に離そうとした手を離さないとばかりにギュッと握りしめられてますます顔が熱くなる。 だからそんな目で見ないでってば! 「素直なお前も可愛いな」 「えっ?」 「いつものうるさくてめんどくせーお前も嫌いじゃねーけど。たまにはそうやって素直なお前も見せろよな」 「だ・・・だからそういう恥ずかしいことをサラッと言わないでって・・・」 「俺からこれをとったら俺らしさなんてなくなんだろーが。常に素直なお前が気色わりぃのと同じだろ」 「そっか。それもそうかも・・・って、ちょっとっ?!」 ハハッと軽快に笑うと、司は手を離して自分の持ち場へと戻っていく。 本当に・・・ガキ、時々男。 ・・・ううん、この4年の間にすっかり大人の男へと成長したことを嫌でも感じる。 「どうした、やんねーのか?」 「えっ? あ・・・やるよっ!」 気付けばぼーっと食い入るように見つめていたらしく、誤魔化すように慌ててキューを構えた。 「ふん、まぁ俺に見惚れるのも当然だけどな」 「はぁっ?! だから自意識過剰です!」 くっそー、自信満々のそのニヤニヤ顔が腹立たしいっ! 「っていうかあんたってほんと見かけによらず何でもそつなくこなすんだね。苦手なこととかないの?」 そういえばこの性格でピアノだって弾けるんだった。 「あるわけねーだろ。ガキの頃からエイセイ教育受けてきたし、こういうのはあいつらと散々遊びでやったしな」 「エイセイ教育って・・・」 「俺の辞書に可能の文字はねーんだよ」 「・・・・・・」 「まぁお前に多少できねぇことがあったって気にすんな。俺が別次元なだけだ」 「・・・・・・そうだね。あんたとは根本的にここのつくりが違うんだったわ」 「あ? どういう意味だよ」 「ん、いいのいいの。こっちの話」 トントンと人差し指で頭を指し示すジェスチャーに司が実に不可解そうに首を傾げるが、つくしはどこか諦めにも似たような清々しい顔で1人うんうんと頷いていた。 *** 「うーん、美味しいっ!!」 「・・・相変わらずお前はうまそうに食うような」 「あったり前でしょ? だってこんなに美味しいんだもーん!」 もうこのお決まりの会話は一体何度目になるだろうか。 泳ぎにビリヤードに島の散策まで、どっぷりと日が暮れるまで遊び尽くした後のディナーはいつにも増して絶品だった。とはいえたとえここに出されたのが1杯の卵かけご飯だとしても、つくしは全く同じ反応を見せたに違いないだろうが。 「っていうかさ、今ここにいる人達ってこの日のためにわざわざ呼ばれたんだよね・・・?」 「なんか問題あんのか?」 「いや、なんていうか、すんごい申し訳ないなーと思って。しかもオープン前だし」 「別に気にすることじゃねーだろ。うちの管轄なわけだし、あいつらもタダ働きしてるわけじゃねーしな」 「お邸の人・・・とは違うんだよね?」 つくしの記憶をフルに思い起こしても見覚えのある人はいなかったような。 「あいつらは普段メープルホテルで働いてる連中だ。中でも選りすぐりの奴を呼んである」 「はぇ~~・・・っていうか大丈夫なの?! そんな人達が抜けちゃって」 「その程度で問題が出るようじゃどの従業員も即刻クビだな」 「・・・さいですか」 この男に聞くこと自体間違いだった。 「中にはここのオープンスタッフとして異動になる奴もいるからな。そういう意味でも無駄にはならねーから気にすんな」 「そうなんだ・・・」 確かにそういう人事はままある話だ。 「・・・でも冬の海もいいもんだね」 今食事をしているのはコテージではなく本館レストランにあるテラス席だ。全面ガラス張りになっていて外は既に暗いが、ライトアップされた景色に波の音が響いて何とも幻想的な雰囲気が漂っている。きっとオープンした暁には多くの客で賑わうことだろう。 「時期的に少し寒いと思ったんだけどな。ぜってーここに来たいと思ったんだ」 「あんたの言う直感ってやつ?」 「あぁ」 「・・・・・・」 司には言っていないが、本音で言うとつくしの中でも 「もしかしたら」 という予感がなかったわけじゃない。それこそ理由を聞かれたところで言葉に詰まるのがオチだが、それでも彼ならここを選ぶのではないかと心のどこかで感じていた。 そして今日ここに降り立って妙に納得している自分がいる。 「どうかしたか?」 「う、ううんっ! 美味しいなぁ~と思ってさ。・・・ん~、ほっぺた落ちそうっ!」 いつの間にかぼーっと凝視してしまっていたことに気付いて慌てて手元のエビを口に放り込んだ。冗談抜きで頬が落ちそうなほどに美味しい。何て幸せなひとときなのだろうか。 「・・・ほんと、お前といるとメシがうまく感じるんだから不思議なもんだよな」 「え?」 その言葉に動かしていた手が止まる。 司はどこか遠くを見つめながらぽつりぽつりと続けていく。 「同じような料理なんて飽きるほど食ってんのにな。今までうまいと思ったことすらねぇ。でもお前と食ってると思うだけで1つ1つの味がはっきり感じられる。それはお前が作ったボンビー食だって例外じゃねーんだから不思議だよな」 「ぼ、ボンビー食って・・・」 「お前に出会うまでの俺の世界は無味無色だった。お前といることで俺の世界が色づいたんだよ」 「道明寺・・・」 視線を戻した司の顔はこれまでで一番穏やかなものだった。 その顔を見ているだけで不意に涙が込み上げてきそうなほどに。 「もうお前のいない世界なんて考えらんねぇ」 その真っ直ぐな言葉が胸を突き抜けていく。 つくしは思わず溢れそうになる涙をぐっと堪えると、その代わりに心からの笑顔で頷いた。 「・・・あたしも。道明寺と出会って自分の世界がありえない色に染められちゃったけど、今じゃそれが自分にとっての当たり前になってる。あんたの侵食パワーには恐れ入ったわ」 「くっ、そりゃお前だろうが」 「かもね」 相変わらずのやりとりをすると、どちらからともなくプッと笑った。 出会いはいつだって最悪。 そんな2人に今これほど穏やかな時間が流れているなんて。 あの時の自分は天地がひっくり返ろうとも想像だにしなかっただろう。 「メシ食ったら次は風呂だな」 「えっ?」 「ここの売りの1つに温泉があるって話はしたか?」 「あ・・・そういえば仕事の時に聞いたような」 下っ端とはいえ一応つくしもこの仕事に携わった人間の1人だ。 「一緒に入るか?」 「・・・・・・はっ?!」 サラッと告げられた一言に、それまで感無量な余韻に浸っていたつくしが一瞬にして現実に引き戻された。
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忘れえぬ人 82
2015 / 11 / 21 ( Sat ) 水を得た魚ってこいつのためにある言葉だったっけ?
っていうか天は二物を与えないんじゃなかったの?! 「おい、いい加減お前も中に入れよ」 人魚姫も顔負けなほど綺麗なフォームでこちらへ近づいてきた影がバシャッと飛沫を上げながら水面から現れると・・・そこにはフェロモンダダ漏れの男がいる。 「あたしはいいよ。浮いてるのが気持ちいいの」 「アホか。何のために着替えたんだよ」 「何のためにって・・・着替えなきゃ強引に素っ裸にするってあんたが言ったからでしょうが!」 部屋に入って真っ先に言われたのが水着に着替えろ、だった。 年の瀬のこの時期、さすがに海で泳ぐのは厳しいが、そこはさすがリゾート施設。屋内プールもしっかりと整備されていた。しかも全面ガラス張りの壁面からは目の前にオーシャンビューが広がっていて、まるで本当に海で泳いでいるような気分になれるのだ。 まさかの命令に目玉が飛び出したが、この男は至って冷静で全く動揺を見せず。 それどころか10分以内に着替えてこなければ問答無用で俺が着替えさせるときたもんだ。 ふざけんな! と言って一発ぶん殴ってやりたいところだが、そうしたところでこの男ならやる。 やると言ったらやる。 もしかしなくても今夜は 「そういうこと」 になる可能性が大だというのに、今さら水着ごときで何をギャーギャー言ってんだって思われてるに違いない。 それでも恥ずかしいものは恥ずかしいんだから仕方ないじゃない。 世の中あんたみたいに自分に自信のある人間ばっかりじゃないのよ! そもそも水着なんて生まれてこの方スクール水着しか着たことないんだからっ! こんなに面積が小さい水着なんて着るどころか触ったこともないのよっ! 貧乳に対するイヤミかっ?! せめてもの救いは準備された水着が何種類かあったことだろうか。 ナイスバディーの持ち主にしか着られないような際どいものから色っぽいと言うよりは清潔感の溢れるタイプまで、おそらく手配を指示された使用人が気を回して準備してくれたに違いない。 その配慮にひたすら感謝しきりだ。 つくしが泣く泣く選んだのはセパレートながらも下半身にミニスカートがついたタイプのもの。 ラッシュガードを着ることで上半身は隠せる分、多少足を見られるだけで済んでいる。 「だいたいなんでこんなもん着てんだよ。いらねーだろ、コレ」 伸びてきた手がぺろっとスカートを捲り上げる。 「っっ??!! きゃあああああっ!!!!」 「おわっ?! ぶっ・・・!!」 ドンッと思いっきり突き飛ばすと、司の体が背中から真っ逆さまに水の中へと消えていった。 「あわわわっ! ご、ごめんっ! 大丈夫っ?!」 「・・・なわけあるかぁっ!!」 「ぎゃーーーーーーっ!!! あっ・・・?!」 海坊主よろしくザバーーーっと飛び出してきた大男に思わず仰け反ると、乗っていたボート型の浮き輪が後ろに傾いた勢いでつくしの体も水の中へと放り出されてしまった。 「おいっ、牧野っ!!」 バッシャーーーーン!! これまでで一番威勢のいい音が屋内に響き渡る。 突然のことに半ばパニックでもがきまくるつくしの腹部に後ろから手が回されると、そのまま凄まじい勢いで上へと引き上げられた。 「ぷはっ! げほっげほげほっ・・・!!」 「大丈夫か?!」 「あ、ありがど・・・ぜぇはぁ・・・じぬがとおもっだ・・・」 はーはーと肩で息をしながら必死に浮き輪によじ登っていくつくしに、とうとう司が吹き出した。 「ぶっははは! おっまえ、マジでバカか?!」 「なっ・・・笑わないでよっ! こっちは死ぬかと思ったんだからっ!」 「人を突き飛ばしておいて落下してりゃあ世話ねーよな。自業自得だ」 「ぐぬぬぬ・・・!」 図星だけに言い返せない。 ギリギリと悔しそうに唇を噛む姿にますます司の笑いは止まらない。 「つーかずぶ濡れなんだからこれ脱げよ。いらねーだろ」 「ひいいいぃいいっ??! な、何すんのよっ、このヘンタイっ!!」 ラッシュガードのファスナーを掴むと何の承諾もなしにチーッと下へと動かしていく。 半分より下ほどまで移動したところで悲鳴を上げながらつくしがその手を掴むと、司が理解不能とばかりに眉根を寄せた。 「んだよ、邪魔すんな」 「誰が脱がしていいっつったのよっ!」 「 俺 」 「おっ・・・?! アホかっ! あたしがダメって言ってるんだからダメに決まってるでしょ!」 「別に素っ裸見せろっつってるわけじゃあるまいし、水着ぐらいいいじゃねーか」 「やだっ! ダメっ! お断りっ!」 尚もファスナーを下ろそうと動く手を必死で押さえ付ける。 至近距離で睨み合うその姿は恋人同士のひとときにはほど遠い有様だ。 「ふーーーん、まぁお前が阻止したところで思いっきり見えてんだけどな」 「へっ?」 「サイズなんて気にすんな。俺は巨乳になんて興味ねーから。お前くらいでちょうどいい」 ちょうどいい・・・? ニヤニヤと口元を緩ませている男の視線の先にあるのは・・・ 「っぎゃあああああっ!!」 「ぐえっ?!」 ベシッとつくしの両手が司の顔面に真っ正面からヒットすると、まるでカエルが潰れたような声が響いた。 「いってーなオイ!」 「へっ、へっ、へっ、へっ、へっ・・・!」 「・・・何笑ってんだ? とうとう頭がおかしくなったか?」 「ちっがーーーーう! このヘンタイって言おうとしたのっ! わわっ?!」 ザバンッと再び水中から手が伸びてくると、有無を言わさずに抱きしめられてしまった。 司によって半分はだけた状態の胸元がガッチリとした胸板にぴたりと密着している。引っ張られたせいでボートから上半身が飛び出しており、司の支えがなければ水の中に真っ逆さま。 ドクンドクンと素肌を伝ってくる互いの鼓動がリアル過ぎて、全身の穴という穴から心臓が飛び出てしまいそうだ。 「ちょっ、ちょっと・・・!」 「お前うるせーよ。ヘンタイとはなんだヘンタイとは」 「だって・・・」 「どうせ全部見るんだからこれくらいでギャーギャー言ってんじゃねーよ」 「・・・っ!!」 その言葉にガッチーンとつくしの体が硬直する。それはまるで氷の如く。 そんなつくしの頭上からはぁっと溜め息が一つ。 「バーーーーカ。無理強いはしねーっつっただろ?」 「・・・え?」 「好きな女なんだから体を見てぇと思うしやりてぇとも思う。でもお前が本気で嫌がるのを無視してまでやりてぇとは思わねーよ」 「・・・道明寺?」 顔を上げようと思っても背中に回された手にますます力が込められて身動きがとれない。 「お前がそうなってもいいと思えるまで待ってやっから。だからいちいち警戒するんじゃねーよ。もっと自然体でいろ。せっかくこうして2人きりの時間を過ごせてんだから」 「道明寺・・・」 太鼓のようにうるさかったはずの心臓がいつの間にか穏やかなリズムを刻んでいる。 トクントクンと直に触れ合った場所からはっきりと伝わってくるそれは、時間と共に1つに重なっていくようにも思えた。 ・・・そうだ。こうして2人で穏やかな時間が過ごせることの大切さをあたし達は知っている。 時間は当たり前に存在するものじゃない。 奇跡なのだと。 つくしは狭い隙間からなんとか両手を出すと、ゆっくりと司の背中へと回していく。半乾きの肌がひんやりとして気持ちがいい。 「・・・うん、ごめん。 経験値がないからどうしても緊張しちゃって・・・」 「バーカ。経験値があってもらっちゃ困るんだよ」 「ふふっ、そっか」 「経験値なら俺で積め。好きなだけな」 「あははっ、何よそれ」 笑うつくしの肩に手を置いて少し距離をとると、ストレートに伸びた髪から滴り落ちるしずくがポタリとつくしの頬を掠めてドクンッと大きく胸が音をたてた。 その真剣な眼差しから目が離せない。 「俺たちにはこれから先も時間はたっぷりある。 そうだろ?」 「・・・・・・」 「返事は」 「・・・・・・うん。そうだね」 間を空けてゆっくりと頷いたつくしにニッと司が満足そうに口元を上げた。 「・・・・・・つーことで思う存分楽しもう・・・」 「え?」 何だか声のトーンが変わったような気がする。 ___ と思った矢先、ふわりと足元が浮いた。 「 ぜっ!!! 」 「 きゃああああっっっ??!!!! 」 バッシャーーーーーーーーーーーンッ!!! 裏側からひっくり返されたボートと共に凄まじい音をたててつくしがプールの中へと落下した。 おまけにそのまま明後日の方向へ浮き輪を投げ捨てられてしまったではないか。 「ゲホゴホっ! このバカっ!! 何すんのよっ! 浮き輪返して、返して~~~っ!!」 「浮き輪なんていらねーだろ」 「いるから乗ってたんでしょうがっ! あたしは泳ぎが得意じゃないのよっ! 助けて、助けてぇ~~っ!! ブクブク・・・!」 決して足が届かないわけではないだろうに、どうやら人というのはパニックに陥るとそんなこともわからなくなってしまうらしい。つくしが必死にもがいているにもかかわらず司の口元は若干緩んでいるように見えるのは気のせいか。それはまるで動物の行動観察でもしているかのように。 だがさすがにこれ以上は可哀想だと判断したのか、腰の辺りに手を回すとそのままグイッと自分に密着させるように引き寄せた。 「ぷはっ・・・! ゲホゲホゴホッ・・・!」 「普通に足が着くだろうが。パニクってんじゃねーよ」 「ぜぇーはぁー・・・ご、ごろ゛ざれる・・・」 「ぶはっ! バーーカ。せっかく来たんだからこの2日はとことん楽しむぞ」 そう言うやいなや司の体がスイーーーッと水の中を動き出す。 まだ全身で息をしているつくしは振り落とされまいと必死でその体にしがみついた。 もはや互いの胸が密着してることなんて考える余裕もない。 「えっ? あっ、ちょっ、待って! まだ息がっ・・・!」 「しがみついてりゃ問題ねーだろ」 「ありまくりだっつーのっ!」 今日何度目かの絶叫が響き渡る。 2人きりの時間はまだ始まったばかり ____
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忘れえぬ人 81
2015 / 11 / 20 ( Fri ) 「すっごぉっ・・・!」
目の前の光景を見るなり、その一言を発するのが精一杯。 あとはただただ呆然と立ち尽くすだけ。 「何ぼーっと突っ立ってんだ。行くぞ」 「わわっ?! ちょっ・・・引っ張らないでよっ!」 「だったらアホ面で棒立ちしてねーで自分で歩けよ」 「あ、アホ面って・・・」 全くもって否定できないけどさ。 でもそれが仮にも恋人に言うセリフか? しかも旅行に来たっていうのに。 ・・・って!! 「ん? 何だお前、顔が赤くねーか?」 「あっ、赤くない赤くないっ!! ほら、ここ南の島だから暑くって・・・!」 わははと笑ったその刹那、2人の間をびゅうっと冬の風が吹き抜けていった。 腰に手を当てていたつくしが思わずぶるっと身を竦める。 と、つくしにとってなんとも気まず~い空気が流れていった。 「・・・・・・ぶっ、はははは! おい、暑いんじゃなかったのかよ」 「う、うるさいわねっ! 風が吹かなきゃあったかいのよっ!!」 「くくくっ・・・!」 「ほ、ほらっ、もういいから行くわよっ!!」 いつまでも笑いの止まらない男をその場に残してズンズン先を急ぐ。 「おい、置いていくんじゃねーよ、そこのタコ女」 「たっ・・・?!」 「お、タコが振り返った。日本語通じんのか?」 「~~~~~~~~~っ、道明寺っ!!!」 絶叫と笑い声が響き渡った場所、そこはあの南の島だ。 初めて連れて来られたのはまだ小さなプレハブ小屋だけがあった頃。 次に来た時には水上コテージが完成していて、何故かあいつがカメラマンになってひたすら写真を撮られた。考えてみれば結局例の広告はどうなっているのだろうか。その後ぱったり何も言われず、もしかしたらやっぱり無謀な企画だったとなかったことにしたのかもしれない。 むしろそうであって欲しいと思うのが本音で。 そして今日。 結局おまかせで連れて来られた旅行先は・・・またしてもここだった。 初めてここに来てから半年以上、そこはまるで別世界のように姿を変えていた。 「まさかここに来るなんて・・・・・・これもまた運命ってことなのかな」 「あ? 何か言ったか?」 「・・・ううん、何でも! 半年くらいでこんなに変わるものなのか~ってびっくりしただけ」 「まぁな。ここはうちが今一番腰を入れてやってるプロジェクトだからな」 「春にグランドオープンするんだっけ?」 「あぁ」 いくら力を入れてるとはいえここは元々無人島。 機材の搬入だって陸続きの場所でやるようにはいかないわけで。 プレハブしかなかった頃が夢だったかのように、つくしの目の前には立派なリゾート地へと変貌したその場所が悠然と立ち塞がっていた。 「宿泊施設だけでも何軒あるんだか・・・」 いかにも南国リゾートと言わんばかりの豪華なホテルにヴィラ、そして前回のコテージと、何度でも訪れたくなるような魅力的な誘惑に溢れている。 「・・・あのさ、なんでここにしたの?」 「あ? 理由なんてねーよ。直感だ」 「直感?」 「あぁ。お前とここに来たいと思った。そこに理由なんて必要ねーだろ?」 「・・・・・・」 相変わらず迷いのない男をつくしはじっと見つめる。 「・・・なんだよ。お前はここだと嫌だったのか?」 「まさか。チャンスがあればあたしもまた来たいと思ってたから嬉しいよ」 「チャンスなんてこれから先いくらでもあんだろ?」 「うん・・・そうだね」 並んで歩いているうちに水上コテージに続くメインの施設へと辿り着いた。 そこにも宿泊施設は併設されているが、それだけではなくスパや娯楽施設など、そこに籠もりっきりでも数日は優に時間が潰せそうな豪華さだ。 「今日って・・・」 「コテージに泊まる。お前が本館がいいっつーならこっちでもいいけど」 「う、ううん、コテージでいいよ」 「ん」 言ってからあらためて気付くがコテージ上は完全に2人の世界だ。 ここには数名のスタッフが見えるけれど・・・ 「ちなみに俺たちがここにいる間は開発に携わる作業員の出入りは一切ない。メシなんかの手配のために必要最低限の従業員を呼んであるが、あいつらの宿舎はここから離れた場所にあるから基本的には俺とお前の2人きりだ」 「う、うん・・・」 やっぱりそうなるよね。 でも島にいるのが自分達だけじゃないということにどこかでほっとしている自分がいる。 ・・・死んでもこの男には言えないけど。 「本当なら1週間くらいいたかったんだけどな。ったくあのクソババァ、どこまでも邪魔しやがって。さっさとアメリカ帰れっつんだ」 結局、当初の予定とは違って1泊2日の旅行となってしまった。 危うくそれすらできないほどのスケジュールを詰められるところだったとか。 司は相当不満タラタラなようだが、それでも何とかして時間を捻出したらしい。 「そんな、たとえ1泊でも充分だよ。長さじゃなくて密度で楽しもうよ」 「・・・・・・」 「・・・何? なんか変なこと言った?」 動きを止めてこちらを凝視している男に首を傾げる。 「・・・お前、案外大胆だな」 「え?」 なんで? 何が? 大胆って・・・誰が? だがそんな疑問をよそに司の顔がニヤーっとみるみる怪しく緩んでいく。 「まぁそうだな。長さじゃねーよな、大事なのはその密度だよな。だったらお前のその期待に応えて一生忘れらんねーような濃い~2日間にしねぇとなぁ?」 「へっ・・・?」 濃い2日間・・・? 濃いって一体何が・・・ そこまで考えてハッとする。 もしかしたら自分はこの男にとんでもない誤解を与えてしまったのではないかと。 「えっ、ま、待って! 決してそういう意味で言ったんじゃ・・・!」 「わーったわーった。全身全霊かけてお前の期待に応えてやるから心配すんな」 「いやっ、だからそういうことじゃなくっ・・・!」 「濃い時間にするためには1分たりとも無駄にはできねーよな。つーことでさっさと行動に移すぞ」 「いや、だからね道明寺っ・・・!」 「ったくお前はゴチャゴチャうるせーな。ほら、行くぞっ!」 「はえぇっ?!」 ガッと腰の辺りに温かさを感じたと思った次の瞬間、つくしの視界が真っ逆さまになった。 司の肩に担がれているのだと理解するまでに数秒。 「ひえぇええぇっ?! お、下ろして下ろしてっ! 自分で歩けるってばぁっ!!」 「気にすんな。お前には体力温存してもらわねーとだからな」 「ひぃいいぃっ!! だ、誰か助けてぇ~~~!!」 体力温存って一体何のために?! 物騒な一言に身震いして助けを求めても使用人はササーーっと柱の陰へと逃げてしまった。 そこのあんたっ、今確実に目があったでしょうがっっっ!!! 「 こんの、裏切り者~~~~~っ!!!! 」 南の島に虚しく雄叫びが響き渡る。 「どんな濃密な時間になるか・・・楽しみで仕方ねぇなぁ、牧野?」 あぁ神様、あたしは無事に生きて帰れるのでしょうか?!
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