また逢う日まで 9
2015 / 12 / 22 ( Tue ) この地に再び足を下ろすときはあいつと共に ____
その誓いがまさかこのような形を迎えることになろうとは。 「道明寺様っ!」 タラップに足をかけた瞬間、慌てた様子で総支配人が駆け寄って来た。 深夜にもかかわらず突然訪問したともなれば何事かと焦るのは当然のことだろう。 タマとの会話で稲妻が走ったように全てを理解した俺は、迷うことなくその足でここへとやって来た。さっきまでの疲れなど嘘のように消えてしまっている。 「ようこそいらっしゃいました。あのっ・・・」 「いい。別にお前達に問題があって来たわけじゃない」 「え・・・? それは、どういう・・・」 手でそれ以上の言葉を制止すると、総支配人はますます混乱した様子を見せる。 「それより事前に調べておくように伝えた結果は出ているな?」 「は、はい! ご指摘の通り当ホテルの客室担当に牧野つくしという従業員がおります」 「 ___ 」 やはり・・・! ようやく・・・ようやく見つけた。 長かった・・・。 たかが半年と思う人間もいるかもしれないが、今の俺にとってはあの空白の4年よりも遥かに長く感じる半年間だった。 それほどにあいつを求め、飢えていた。 グッと右の拳に知らず知らず力がこもる。 このままあいつのいる場所まで脇目も振らず突っ込んで行きたい衝動に駆られるが、ここまで耐え続けてきたのだ。あいつが 「従業員」 として今ここにいるのならば、その立場を尊重した上であいつとの再会を果たそう。 「あの、この者が何か・・・? 調べたところ勤務態度は至極真面目。担当でない仕事まで進んでやるほど勤勉だと聞いております。もし何か不手際でもあったのならば・・・」 「当たり前だろ」 「え?」 「こいつが勤勉かどうかなんて聞くまでもねーんだよ。むしろ休ませる方が難しい女だからな」 「は・・・あの・・・?」 必死で理解しようと試みているものの、言いたいことがさっぱりわからないのだろう。 司はそんな支配人に不敵な笑みを浮かべると、さらに度肝を抜く言葉を続けた。 「 あいつは俺の婚約者だ 」 「は・・・・・・・・・え?!」 予想通りの反応に声を上げて笑いたくなる。 もう誰にも遠慮する必要などない。 自分の足で、自分の力であいつに辿り着いてみせたのだから。 あとはひたすらあいつとの未来へ向けて突っ走るのみ ___ 「諸事情によりあいつはうちの系列で修行をしてたんだ。俺はその勤務先がどこかまでは知らされていなかった。ま、言ってみればあいつと結婚するまでの最後の試練ってとこだな。・・・そうして今日ようやく見つけ出した」 「・・・・・・」 いまだ状況が理解しきれないのか、支配人の表情からは混乱が見て取れる。 「まさか道明寺様の婚約者様だったとは・・・! あ、でしたら今すぐに彼女を ___ 」 「いや、いい。今夜は俺はこのまま部屋に戻る」 「え・・・ですが、」 「そのかわり明日あいつを俺の客室担当に回せ。ただし俺のことは一切伝えるな。それから余計な騒ぎを避けるためにも俺がここに来ていることは最低限の人間以外には口外するな」 「は・・・」 「とにかく一従業員としての牧野つくしを俺の元へ寄越せ。わかったな?」 「は、はいっ! ・・・あ、では今すぐコテージへとご案内致しますっ!」 「あぁ」 心なしか支配人の足取りが軽くなったように見えるのは気のせいか。 ・・・いや、そう思えるのは自分こそがそうだからかもしれない。 夜明けまであと数時間。 その瞬間を迎えるまできっと一睡だってできないだろう。 1分1秒が気が遠くなるほど長く感じるに違いない。 だが不思議とその時間すら楽しみだと思えてしまう自分の心の余裕はどこからくるのか。 ___ ようやく、ようやくお前の元へ。 次に掴まえたらもう二度と離しはしない。 そう、一生 ____ *** 予想通り全く眠れない夜を過ごした。 だが不眠不休だなんて信じられないほどに頭も体もすっきりとしている。 窓の外に見えるのは果てしないほどの青の世界。 雲一つない空が、まるで今の自分の心を映し出しているようだった。 このコテージはあの夜を境に完全に俺個人のものへと変わっていた。 世界中に同じように個人所有のものはあるが、ここはそのどれとも違う特別な空間へと変わった。いくら大金を積まれようとも、この空間に立ち入ることは何人たりとも許さない。 ___ 俺とあいつ、ただ2人だけの空間 「・・・さて、どういう形であいつを迎え入れてやろうか」 いつか俺が迎えに来ることを予想しているだろうとはいえ、あいつがひっくり返りそうなほど驚くことは間違いない。デカイ目がますますでかくなって、気の抜けた風船のようにへたり込むのだろう。 「それだけじゃ面白くねーよな」 なんだかんだでこの俺を半年も我慢させたんだ。 少しくらいあいつをギャフンと言わせてやりたいと思ったって当然だろ? あいつが竦み上がるくらい睨みつけて本気の怒りを見せてやろうか。 ・・・だが今の自分にそれをやりきれる自信は正直言ってない。 とめどなく溢れ出すこの喜びと興奮を隠しきることなんて不可能に近いからだ。 あいつの姿を思い浮かべるだけで湧き上がる熱情を抑えることすらできやしない。 愛しくて愛しくて、心の奥から欲して求めた女。 その女を真にようやくこの手に掴む瞬間がやって来る。 その時、視界に捉えた人影にハッと息を呑んだ。 どこか戸惑いがちに桟橋を歩いてこちらへ向かっているのは ___ 「 牧野・・・! 」 色鮮やかなブルーの世界に映るのは愛しい女ただ一人。 戸惑いを滲ませながらも真っ直ぐな瞳が放つ強さは少しも変わってはいない。 いや、むしろその輝きは増していた。 それはつくしがこの場所でどう過ごしてきたかを如実に語っていた。 「 牧野、牧野っ・・・!」 今すぐこの部屋を飛び出してあいつを抱きしめてしまいたい。 青空の下、思いっきり抱きしめてキスをして。 周囲の目なんて気にならなくなるほどに俺の熱で溶かしてやりたい。 徐々に大きくなる影にどうしようかと一瞬迷う。 本当にこのまま出て行ってしまおうか。 ・・・だが ___ 「やっぱ少しくらいお仕置きしねーとな」 どうせあいつに溺れきってこれでもかと甘やかしてしまうのは目に見えてる。 だったら最初くらいあいつを驚かせてやったっていいだろ? そう決めると一目散にベッドルームへと駆け込んだ。 あいつはここに人がいないという前提でやって来る。 起きた状態のまま出掛けたんだと思わせるためにわざと布団を乱雑に重ねた。 そしてその中に自分の体を滑り込ませると、間もなく訪れるその瞬間を待った。 ドクンドクンとありえないくらいに激しく胸が昂ぶっている。 らしくねぇほど動揺して情けねーったらねぇ。 でもしょうがねーだろ、それほどにお前が欲しいんだから。 ガチャッ 長くせずして控えめに聞こえてきた音に心臓が破裂しそうなほど鼓動を打った。 「失礼しまーす・・・って、誰もいないに決まってるか」 まるで鈴のように優しい音色が耳に届く。 あぁ・・・ 「相変わらずすごい部屋だなぁ・・・。 ____ 」 ・・・牧野、お前のその沈黙の意味を俺はよくわかっている。 そんな感傷に浸る必要なんてもうどこにもねぇんだ。 ・・・早くここへ来い。 俺が耐えきれずに飛び出して全てがパーになる前に、早く。 ・・・あぁ、お前をほんの少しでも懲らしめてやろうだなんて。 声を聞いただけで全てのネジがぶっ飛んでしまった俺のせめてもの反撃は、きっと見事に空振りに終わってしまうに違いない。
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また逢う日まで 8
2015 / 12 / 21 ( Mon ) 「ここで働いてる従業員はこれで全部か?」
「は、はい。正社員からパートまで、全ての者がここに記載されています」 「・・・・・・」 期待通りの返答ではなかったのか、ますます眉間の皺を深くする男を前に支配人はおろおろするばかり。 「あの、道明寺様、うちの従業員が何か・・・?」 「・・・いや、見たところ働きぶりも問題ない。今後も気を抜くな」 「は・・・はいっ! ありがとうございますっ!!」 「西田、行くぞ」 「はい」 「えっ、もうお帰りになられますか?! ではお見送りを・・・」 「いい。余計なことに時間を取るな」 「は、はい・・・ありがとうございます」 恐縮する支配人をよそに、気にする素振りも見せずに突然現れた男は嵐のように瞬く間にホテルから姿を消してしまった。 「お、驚きましたね・・・」 「あぁ。噂には聞いていたがまさかこんなところにまで来るなんて」 「行く度に従業員名簿をチェックしてるらしいですけど・・・誰か探してるんでしょうかね・・・?」 「・・・・・・」 口にしたところで答えの出ない問いかけに、支配人と副支配人は揃って口を閉じたのだった。 *** 「はー・・・」 帰るなり迷うことなくベッドへとダイブした体には疲労が色濃く残っていた。 目を腕で覆って深い溜め息をついた途端、着替えるのすらどうでもよくなってくる。 「ちょっと無理をし過ぎなんじゃありませんか?」 「・・・・・・」 声の主に気付いていても何の反応も示さない。 「早く見つけ出したいお気持ちは痛いほどわかりますけどね、つくしを探し出す前に体を壊しちゃ元も子もないですよ」 「・・・うるせーぞ」 「えぇえぇ、うるさくて結構です。うるさかろうが何だろうが坊ちゃんのお世話をするのが私の仕事ですからね。倒れでもしたらつくしが悲しむに決まってるんですから」 「うるせーっつってんだろ、タマ。そもそも呼んでねぇだろうが。出て行け」 疎ましいオーラを微塵も隠そうとしない主を前にしても老婆は負けじと我が道を行く。 「ほら、少しお茶でも飲まれてくださいな。体の中から温めるだけでも違いますよ」 「・・・チッ。・・・ったく」 口にするまでてこでもここを動かないと悟ると、司は思いっきり舌打ちしながら鉛のような体を引き起こした。差し出されたカップを乱暴に奪うとそのまま一気に喉に流し込んでいく。 だが拒絶する心とは裏腹に、絶妙な温度に調整された高級茶は疲れ切った体に染みこむように広がっていった。 「ね、おいしいでございましょう?」 「・・・」 「仕事の合間を縫ってつくしを探すのはいいですけどね、少しは体を大事にしなきゃダメですよ。最近ご自分の顔を鏡でご覧になりましたか? そんなに疲れた顔して、つくしが見たら怒りますよ」 「あいつが俺の前から消えなきゃよかったんだろ」 「そこは私に言われてもどうにもなりませんよ。それに、なんだかんだ言いながら坊ちゃんだってそこは納得されてるみたいじゃないですか」 「・・・・・・」 タマの言う通り。 つくしがああいった行動に出たことにはそれ相応の理由があったからだとわかっている。 だがこうも思った以上に見つからないともなれば愚痴の1つも零したくなるというもの。 つくしが姿を消してから間もなく半年 ___ どんなに時間がかかろうとも見つけ出すという気持ちに何ら変わりはないが、正直なところ、もう少し早く見つかるだろうと高を括っていた。 「俺の勘が外れてたのか・・・?」 ババァは裏を掻いてつくしを敢えて近くに置いている。 根拠などないが、己の直感がそう訴えていた。 だからこそこの半年、仕事の合間を縫っては系列のホテルや店舗巡りをしてきた。 全てアポなしだ。 突然の訪問に現場は大騒ぎとなるが、抜き打ちで来られて困るような仕事をしているならばそれまでのこと。つくしを見つけ出すことが最大の目的だが、図らずも従業員の緊張感を高めて質の向上に繋がるならば言うことはない。 都内を皮切りに首都圏へと範囲を広げていくにつれ、当然ながら時間的猶予もなくなってくる。 ババァの狙いはつくしを探すことで本業に綻びが出るかどうかを見極めることだ。 少しでも隙を見せれば何をしでかすかわかったもんじゃない。死んでもその手にのってたまるか。 完膚なきまでに全てをやり通してあの女の鼻をへし折ってやる。 そして金輪際俺たちの事に一切の口出しをさせない。 そのためならどんなに体がボロボロになろうともそんなことは何の苦にもならない。 ・・・だが日に日に増す飢えだけはどうすることもできない。 『 道明寺・・・道明寺っ・・・! 』 目を閉じれば今も鮮明に甦る。毎晩のように夢に見る。 全身を紅潮させながら無我夢中で俺の名を呼ぶあいつの姿が。 震えながら、瞳を潤ませながら必死でしがみついて俺を求めた。 今思えばあの時既にあいつの記憶は戻っていた。 土星のネックレスを贈ったとき、あいつはただ感動して泣いたのだと思っていた。 だが今ならわかる。あの涙の真の意味が。 完全な 『 牧野つくし 』 として俺を求めた。 あの時、あいつの心からの愛情を感じたからこそ今の自分がある。 あの夜がなければ、ただ荒れ狂うだけで過去の過ちを繰り返していたかもしれない。 「一体どこにいんだよ・・・」 己の直感に確信をもってきたが・・・ことごとく期待を裏切られる結果に、もしかして根本的な思い違いをしているのではないかと僅かな不安が過ぎる。 もし自分の予想が全く見当違いだとしたら・・・全ては振り出しに戻ってしまう。 「あの子はテレビに映る自分を見てどう思ってるんでしょうねぇ・・・」 「あ? 何だよいきなり」 「眠ってるとはいえある日突然自分が全国に放送されてるのを知ったんですから、それはそれは驚いたことでしょうねぇ・・・」 「・・・・・・」 タマは元々つくしをモデルとして採用していたことを知らない。 よほどつくしを深く知る人間でない限り、一目であれがつくしだと気付く者はいないだろう。 だがそれこそが狙いだった。 あれは自分からつくしへの揺らぎないメッセージ。 あいつが俺へ残したメッセージに対する答え。 きっとあいつはそれに気付いているに違いない。 プロのカメラマンに撮られた映像も数多く存在していたが、敢えてあれを使ったのはまたお前とあの場所へ行くという決意表明でもあった。 ・・・つまりは必ず見つけ出してみせると。 お前と再び2人を繋いだあの場所へ。 あの・・・ 「 _____ 」 「・・・? 坊ちゃん、どうなさいましたか?」 突然目を見張って黙り込んでしまった司に、タマが心配そうに声をかける。 だが聞こえているのかいないのか、一切の反応は返ってこない。 「・・・とにかく疲れが溜まっているのでしょう。お風呂なんていいですから、今日はこのままお休みになってくださいな。ただせめてスーツの上着だけは脱いで・・・」 「 タマ 」 「・・・はい?」 すぐに横になれるようにと布団を捲り上げていたタマが顔を上げる。 と、直前までの疲労色の強かった表情は何処へやら。 そこには一瞬にしてまるで別人のように全身から活力が漲っている主がいた。 そう見せているのはきっと彼の目力のせいだろう。 ギラギラと、体の奥から湧き上がってくる炎を宿したような瞳をしている。 「・・・どうして俺はこんなに単純なことに気付かなかったんだろうな」 「 ? 」 「考えればこれほどシンプルで明快な答えはなかったっつーのに」 まるで自分に言い聞かせるように苦笑いしている男にタマも首を傾げるばかり。 「坊ちゃん? 一体何を・・・」 「 タマ。週明けにはあいつをここへ連れて帰ることを約束してやる 」
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また逢う日まで 7
2015 / 12 / 20 ( Sun ) 「牧野さん、急で悪いんだけど506から510号室までヘルプに入ってくれない?」
「えっ、今からですか?!」 「そうなのよ。担当の山本さんが風邪でダウンして人手が足らないのよ。申し訳ないけどお願いできないかしら?」 正直言ってあたしに選択肢はあるのだろうか? ・・・考えるまでもないけど。 「わかりました。今回ってるところが終わったらすぐに行きます」 「ほんとにごめんなさいね? でも牧野さんなら安心して任せられるわ。お願いね」 「はい!」 安堵の息を吐いたのも束の間、チーフは慌ただしく部屋を出て行ってしまった。 彼女の言った通り、今日はいつにも増してゆっくりしている暇などないのだ。 平日でもほぼ満室状態のこのホテル、週末ともなれば数ヶ月先まで予約待ちになるほどの人で溢れかえり、充分配置されているはずのスタッフですら手が回らないほどに忙しくなる。 関係者やVIPだけのプレオープンを経て、この春から大々的にグランドオープンを迎えた。 年が明けて間もなく解禁されたあのCMの影響もあってか、決して交通の便がいいとは言えないはずの場所にもかかわらず観光客は後を絶たない。 「今何時? やばっ、急がないと間に合わないじゃん!」 時計を見て顔を青くすると、つくしはワゴンに大量のシーツを載せて慌てて後に続いた。 *** バサッバサッバサッ・・・! 「よし・・・お、お゛わ゛った・・・なんとか間に合った・・・」 今しがた綺麗にセットしたばかりのふかふかのベッドにそのままダイブしたくなる。 そんな衝動をギリギリのところで抑えると、つくしは大きく息を吐きながら窓際へと移動した。そこから見える青々とした空と海があまりにも目に眩しい。 動き回っているときは必死過ぎて考えている余裕もなかったが、全てを終えてほっとした途端一気に疲労感が襲ってきた。それもそのはず。今日は朝の5時から一度も座らずじまい。1時を回った今、思い出した様にお腹が空いてきた。 ぐぅうううぅう~~~っ! 「・・・我ながら凄い音。人がいたら誤魔化しようがないわ」 『 お前は相変わらず色気より食い気かよ 』 ふとそう言って笑う男の顔が脳裏に浮かんだ。 少年のようなその面影は、つくしの胸に甘くて苦い時間を思い起こさせる。 「・・・・・・あいつ、今頃どうしてるのかな・・・」 窓の外に見える思い出の場所。 水上コテージにはつくしが立ち入ることは許されていない。VIP中のVIPが集うあの場所を担当できるのは限られた従業員だけ。だが結果的に今のつくしにとってはその方が都合が良かった。 思い出の詰まり過ぎたあの場所にもし行ってしまったら・・・途端に全てを投げだしてあいつの元へと飛んでいきたくなってしまうだろう。 それほどにあそこでの濃密な時間はつくしの心と体に刻みつけられていた。 想いを重ねてキスを交わしたあの浜辺へも、ここで働き始めてから3ヶ月以上が経ったというのに一度だって足を運べていないのが何よりの証拠だ。 驚きのCMを見てから3ヶ月、ここに来て4ヶ月。 あいつへの想いは募るばかりだった。 あのCMを初めて見た時はただただ混乱することしかできなかった。 あの時の2人の時間がまさかあんな形で公に公開されることになるなんて。 元々モデルとして使うと言われていたのだから当然と言えば当然なのかもしれないが、この状況下でやるからにはあの男からの強いメッセージが込められているのではないか。 あれから頻繁に流れるあの広告を見る度に、次第にその意味が見えてきた。 『 目覚めの時 ___ 』 その言葉と共に幸せそうに微睡んでいるのは紛れもないこの自分自身。 自分で言うのはこの上なく憚られるが、従業員の間では 『眠れる島の美女』 だなんて呼ばれていて、3ヶ月経った今もあの正体が誰なのかと話題は尽きることはない。 まさかこんなところに張本人がいるだなんて思われてもいないのがせめてもの救いだが。 あいつの瞳には自分があんな風に映っていたなんて。 まるで全くの別人を見ているような不思議な感覚だった。 ただ眠っている自分を見ているだけなのに、何故か胸がキュウッと苦しくて、そしてそれと同時にあいつの自分に対する気持ちが波のように流れ込んでくるようで。 『 俺はお前が好きだ。何があろうとも地獄の果てまで追いかけてやっから待ってろよ 』 そう言われているような気がしてならないのだ。 人が聞けば自惚れも甚だしいと笑われることだろう。 それでも、胸元に輝き続けている希望が今のつくしを強くしていた。 「 道明寺・・・ 」 逢いたいという言葉をグッと呑み込むと、もう一度思い出のコテージをその目に焼き付けて、つくしは力強く歩き出した。 *** 「ちょっと、ちょっとちょっとちょっとぉ~~~~~っ!!!!」 けたたましい音と共に更衣室に飛び込んで来た同僚に、一同が耳を押さえながら顔をしかめている。 「ちょっと、うるさいわよっ!」 「それどころじゃないんだってばっ!! 大変なんだからっ!!」 「だから何がよ?! このあたしを驚かせようって言うならトムクルーズが来たくらい言わなきゃ無理なんだからね」 「それと同じくらいの仰天ニュースなんだってば!!」 「え・・・マジで?」 大袈裟に言ったのに、予想に反して同僚の興奮は収まる気配を見せない。 「実は・・・今本社の副社長が抜き打ちチェックに来てるって!!」 「・・・・・・は?」 いまいちピンと来ないのか、女の反応は鈍い。 が、直後に何かに気付いたのか、一瞬にして目を見開いた。 「えっ・・・まさか・・・あの道明寺司ってこと?!」 「そう!! あの憧れの的の張本人が来てるんだって!! し・か・も! 今から全従業員は集まれって伝達が来たのよっ!!」 「え・・・えぇえっ??!!!」 つくしが司への想いに胸を焦がしていたまさにその頃 ___ 都内のホテルでは小さな騒動が巻き起こっていた。
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また逢う日まで 6
2015 / 12 / 19 ( Sat ) 「お前は本当に何も知らねーんだよな?」
書類を届けて今まさに執務室から出かかっていた足がその言葉に止まった。 ゆっくり振り返ると、その言葉を発した男は顔も上げずに淡々と目の前の業務をこなしている。 だがピリピリと突き刺すようなオーラが漂っているのを肌で感じる。嫌というほどに。 西田は深い溜め息をつくと、ほんの数秒前まで自分が立っていた場所へと戻っていった。 「何度も申し上げたとおり私は彼女の居場所を存じ上げません」 「お前はババァの忠犬だったろ」 「・・・それは彼女の部下だったからです。今の私の直属の上司はあなたですから」 「じゃあなんであいつがババァに会いに行ったことは黙ってた? お前は知ってたんだろ」 チクリチクリと嫌味を言われるのはこれで何回目だろうか。 西田は心の中でもう一度盛大な溜め息をつきつつもそれをおくびにも出さない。 「確かに存じ上げておりました。ですが牧野様が口外することを頑なに拒んでおられましたから」 「ふん、お前は俺の忠犬じゃねーのかよ。忠犬なら忠犬らしく主に尽くしたらどうなんだ」 「もしもあなた様があの時お尋ねになっていれば私は正直にお答えしたことでしょう。ですがそうはなされなかった。あなたは何も聞かない、一方で言わないで欲しいと望まれていることをわざわざ話す理由など存在しないと思いますが」 まるで聞かなかったのが悪いとばかりにしゃあしゃあとほざく男をぶん殴ってやりたい衝動に駆られる。何があの時お尋ねになっていれば、だ。その時はその時でそれらしい理由を作って口を割るわけがないに決まってる。 それが西田という男・・・ならぬサイボーグ。 だが見方を変えれば、それほどの人間でなければこの財閥のトップを支えることなど到底不可能だということ。 「チッ! どいつもこいつも・・・!」 「どうなさるおつもりですか?」 「探し出すに決まってんだろ」 「ですが実際どうやって? プロの手を借りられないとなればそうそう簡単なことではないのでは? 闇雲に探したところでどれだけの時間がかかることか・・・」 「・・・あいつはそう遠くねぇ場所にいる気がすんだよな」 「え?」 カチカチと爪を噛みながら司が遠くを見つめている。 「・・・どうしてババァは未だ日本にいるのか。ずっとそれが引っかかってんだよ」 「・・・・・・」 「確かに日本でやることがあったんだろう。だがあそこまで急に、しかもこれだけ長居する意味がわからねぇ。俺の知らないところで何かをやってるんじゃねぇとすれば、敢えてここにいる必要性はねーだろ」 そう。何故あの女はここにいるのか。 記憶が戻るまではただ牧野との仲を引き裂くためだと思っていた。 だが単純にそれだけだとするならば、もっと手段を選ばないのがあの女のやり方だ。 たとえ無関係な人間を巻き込むことになろうとも、自分の要求を通すためならいかなる犠牲も厭わない。それがあの忌々しいババァだ。 だが不気味なほどに動きが見えない。 何を考えているのかも全く読めない。 それでも記憶の戻った牧野があの状況下でいなくなったのは、どう考えてもババァが絡んでる以外に考えられない。 よもや俺たちの関係を歓迎しているだなんて思わない。 じゃあ何のために? まるでつかず離れずの場所から監視されているようで気分が悪いったらねぇ。 いずれにせよあの女は味方じゃない。 それだけははっきりとした事実だ。 俺の直感が当たっているとするならば・・・牧野は考えている以上に近くにいる可能性がある。 ・・・たとえば社内に潜んでいるとか。 「お考えのところすみません。そういえば例の企画はどうなさいますか? 保留にされたままでしたがそろそろ時間的猶予もなくなってきました」 「あぁ、あれか・・・」 夏頃からずっと考えていた企画。 浮かんでは消えを繰り返し、これだという決定打を掴めずにいた。 ただ1つ決まっていることはあいつを活かすということだけ。 あいつを・・・ 「 ! 」 「どうかなさいましたか?」 「いや、・・・・・・」 何かを考え込むと、司はおもむろにデスクの引き出しから一枚の名刺を取り出した。 「この男とのアポを取り付けろ。できるだけ早く」 「今から、ですか? もう夜も遅いですが・・・」 「構わねぇ。そいつだってうちとの仕事は喉から手が出るほど欲しいに決まってんだろ。いいから今すぐに動け」 「・・・かしこまりました。では連絡がつき次第またこちらへ参ります」 足早に出ていった西田の後ろ姿を見ながら、司はどこかはやる気持ちを抑えきれずにいた。 「お前が動けねぇなら俺が動くだけのこと。・・・そうだろ?」 誰に聞かせるでもなくそう口にすると、スーツの胸ポケットからあるものを取り出した。 『 私を信じて 』 そう強いメッセージの込められたこの世に1つしかない栞を。 *** 「牧野さん、お疲れ。今日は早番?」 「はい。エミ先輩もですか?」 「あたしはこれからなの。だから栄養つけないと」 「あ~、今日は夜勤なんですね。お疲れ様です」 この島で働くスタッフのほとんどが寮住まいだ。 同じホテルで働く者はもちろん系列の違う社員まで、幅広い人間がここには集う。 中でも食堂は情報交換にはうってつけの場で、限られた空間で日々を過ごしている者達にとっては何よりの憩いの場となっていた。 このエミという女性はつくしの指導役として世話になっている先輩だ。 「ねぇねぇ、牧野さんってどこの支店から来た人なの?」 「えっ?!」 担当部署は違うが、同じホテルで働く別の女性の何気ない問いにドキッと心臓が跳ね上がる。 このリゾートには道明寺ホールディングスの社運をかけていると言っても過言ではなく、集められたスタッフはいずれも系列のホテルで一定以上の経験のある者だけ。 全国津々浦々、どこから来たのかも実に多岐にわたっている。 「たいてい1人くらいは見知った顔がいるでしょ? でも牧野さんってそんな感じでもないみたいだから。どこから来たんだろうってずっと不思議だったんだよね」 「えーと、あたしはですね・・・」 どうしようどうしよう。 今までのらりくらりとかわして来たけれど、今日ほど真っ正面から聞かれたことはない。 適当に答えてもしそこで働いていた、なんて言う人がいたらどうしようか。それこそ誤魔化しようがない。自分が特例中の特例でここに派遣されたなどとばれてしまえば、逃げ場のないこの島では追求から逃れることなど不可能だ。 「別に話して困ることでもあるまいし、教えてよ」 「えぇと、だから、その・・・」 万事休す。 こうなったら一か八かで適当な場所を言うより他ない。 神様、どうかビンゴとなりませんように・・・! 「あたしが来たのは・・・」 「あれっ? ねぇ、見て!」 「えっ?」 決死の思いで口を開いたときだった。 黙って事の顛末を見守っていたエミが驚いたような声をあげたのは。 その指がさしているのは・・・食堂の壁にかけられた1台の大型テレビ。 不思議に思いながら導かれるように顔を上げたつくし達の視界にとある映像が入ってくる。 「えっ・・・?」 ガタンッ!! 次の瞬間、声を上げると同時につくしは立ち上がっていた。 だが画面に見入っている女性陣はそんなことに気付いてもいない。 うそ・・・でしょう? 「すごーい、とうとうここのCMがオンエアになったんだ~!」 「なんか神秘的で素敵~!」 「あれってプレミア棟のコテージだよね?」 「っていうかそれよりもあの女の人は誰っ?!」 あっという間に終わってしまった映像に、初めてそれを見た女達が興奮気味に言葉を続けていく。そんな中、ただ一人の女だけが呆然とその場に立ち尽くしていた。 今まさにテレビの中にいた女、その人だけが。
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また逢う日まで 5
2015 / 12 / 18 ( Fri ) 「おい、婚約者ってお前・・・。つーかお前こそあいつが突然仕事をやめた理由を知ってるんじゃねーのかよ!」
「おい大塚! 立場をわきまえろっ!」 突然食ってかかった大塚を社長である渡邉がたしなめる。 「 ___ っ、すみません・・・でも、」 「あいつは自分の意志でいなくなった」 「えっ?」 ゆっくりと振り返った司の鋭い眼光に背筋がゾクッと震えた。 だがここで怯んでなるものかと大塚も負けじと睨み返す。 「自分の意志でって・・・だったら尚更お前に原因があるんだろうが!」 「俺は何もしちゃいねぇ」 「そんなわけねーだろ! あいつが・・・あのクソ真面目な牧野がこんな形で仕事をやめるだなんて普通なら考えらんねーだろ?! お前すら理由を知らずにやめたんだとしたら・・・」 「あいつは俺に全幅の信頼を預けた上で消えたんだ」 「えっ・・・?」 「そして俺に信じろというメッセージを残してな」 そう言いながら司が触れているのはダイヤの輝きが目にも眩しいタイピンだ。 「お前、何を言って・・・」 わざわざここに足を運ぶということはつくしがいなくなったことはこの男にとっても想定外のことだったに違いない。だというのに何故こうも落ち着いていられるというのか。全く理解できない。 「あのっ・・・! もしかして、つくしちゃんが忘れていた人って・・・」 その時1人の女性がおずおずと割って入った。 渡邉の妻でありこの事務所でつくし以外で唯一の女性、里子だ。 「里子・・・? お前、何か知ってるのか?」 「あ、いえ・・・ただ以前つくしちゃんが言ってたのよ。自分には欠けた記憶があるんだって。その人のことは何も思い出せないのに、気になって仕方ないんだって。だからそれが好きってことなんじゃないの? って話したことがあって・・・。だからもしかしたら、その相手が・・・」 「欠けた記憶・・・?」 記憶喪失の事実を初めて聞いた面々が驚きに染まる。 それと同時に全員の視線が一点に集中した。 圧倒的なオーラでそこに立っている男へと。 「・・・渡邉社長、あいつはいつどんな形でここをやめたんでしょうか」 「えっ? あ・・・あぁ、あれは・・・今から1ヶ月ほど前でしょうか。神妙な面持ちでいきなり頭を下げられたんです。急な話で本当に申し訳ありません、ですが一身上の都合で仕事をやめさせてくださいと」 1ヶ月前・・・ それは例の女が起こしたトラブルが原因でつくしが倒れて間もない頃だ。 やはりあいつはあの時 ___ 「他には何か?」 「いえ、全く寝耳に水で驚いたのは事実ですけど・・・正直なところ、私も深くは追求していないんですよ」 「・・・それはどういうことです?」 怪訝そうに司が眉を潜める。 「私は彼女を信頼してるんです。大塚の言った通りクソがつくほど真面目、そして人一倍努力する。そんな彼女がいきなりあんなことを言い出したんです。もしも後ろ暗いことがあるようなら当然全力で引き止めるつもりでしたよ? でも牧野の目力は強かった。そこに一切の迷いを感じなかった。ならば私は彼女の決断を黙って受け入れようと思ったんです」 「・・・・・・」 「まぁ経営者としてはそれじゃ駄目なのかもしれませんけどね」 そう言って苦笑いする。 この男を見ていれば、自分の知らない4年間をつくしがどう過ごしてきたのか、今の司にはそれが手に取るようにわかる。 「だが1つだけ。あなたは先程牧野を婚約者だと言った。大塚は牧野がここをいなくなったのにはあなたが関係していると言う。里子の話が事実だとするならば、色々と複雑な事情がおありなのでしょう。具体的に何があったのかまで聞くつもりはありません。・・・ですがこれだけは確認したい。あなたを本当に信頼していいんですよね? ・・・牧野を幸せにしていただけるんですね?」 「・・・・・・」 柔和に笑っていた顔が一瞬にして真剣なものへと変わる。 それはまるで大事な娘を攫われる父親のように鋭い眼差しへと。 司はしばし睨み合うようにその視線を真っ正面から受けると、長い沈黙の後何故か笑った。 笑う理由など皆目検討がつかない一同は戸惑いを滲ませて司の言葉を待っている。 「・・・愚問だな」 「え?」 「私にそれを聞くこと自体が愚問だと言ったんです」 「それは・・・」 「牧野は俺の全てだ」 「 ! 」 短いながらも凄まじい威力をもつ言葉に室内が静まりかえる。 次にどんな言葉が紡がれるのか、一文字ですら聞き逃すまいと。 「確かに俺も牧野も記憶を失った。・・・だがそんなことは問題ではない。辿り着く場所は同じ」 「辿り着く場所・・・?」 「俺を幸せにできるのは世界にただ1人、牧野つくしという女だけ。そしてその逆もまた同じ」 「・・・・・・」 ゴクッと渡邉の呑み込んだ唾液の音が響き渡る。 20ほども歳が離れているというのに、放たれるこの圧倒的なオーラは一体何だというのか。 「俺達に記憶の有無は関係ない。・・・だが彼女は一足先にその欠片を手にしてしまった」 「・・・え?」 「だからこそ彼女は動いた。・・・俺たちが一緒にいるためには越えなければならない壁があると判断して」 「それは、どういう・・・」 最後の方はここにいる人間に聞かせているというよりも、もうほとんど自分に語りかけているようだった。まるでそうして自分を納得させているかのように。 「いかにもあいつらしい、あいつは4年前と何も変わっていない。それでこそ牧野つくしと言わんばかりの行動をしやがった。・・・今日ここに来てあらためてそれを確信することができた」 そこまで言うと、司はいきなり渡邉に向かって頭を下げた。 突然のことにわけがわからず、誰一人、何一つ反応ができないでいる。 「こういう形でここを辞めたこと、彼女と共にお詫びする。そしてこれまで彼女を温かく見守ってくれたことへの感謝も」 「ど、道明寺さん・・・? あの、顔を上げてください!」 「・・・では私はこれで。突然の訪問で失礼した」 「えっ? 道明寺さんっ?!」 軽く会釈をして体を反転した司に慌てて声を掛けるが、来た時以上のスピードで瞬く間に部屋から出て行ってしまった。渡邉を筆頭にその場にいた全員がまるでキツネに抓まれたように呆然と立ち尽くしている。 「彼が・・・牧野の婚約者・・・?」 「すっげ・・・俺、あの人を生で見るの初めてだよ。オーラがハンパねぇんだな・・・」 「っていうかまさかつくしちゃんの想い人が道明寺副社長だったなんて・・・」 微かに残る高質な香りに酔いしれながら、残された面々は興奮冷めやらぬ様子でいつまでも落ち着かなかった。 ただ一人を残しては。 *** 「おい、待てよっ!!」 確実に聞こえているに違いないのに、風のように颯爽と前を行く男は止まらない。 振り向きもしない。 「あいつを泣かせたら承知しねぇからなっ!!」 この野郎と心の中で悪態をつきながら投げたその一言に、ようやくその足がピタリと止まった。 「・・・お前、誰に向かって言ってる?」 振り向きざまに凄んだ声は自分でなければ縮み上がっていただろう。 だがこれだけは言っておかなければ。 「誰ってお前だろ。道明寺司」 名指しされた男のこめかみがピクッと動く。 「お前の言ってた話の半分も意味がわかんねーけどな、これだけは言える。あいつを泣かせたら許さねぇぞ」 「だからてめぇは誰に向かって口聞いてんだ? お前に言われる筋合いもなければてめぇはそんなこと言える立場にねぇだろうが。何か勘違いしてんじゃねーのか? あいつの彼氏気取りかよ、振られた分際で」 「あぁそうだよ、気持ちがいいほどにフラれたさ。でもあいつを心から大事に思う気持ちは何も変わらない。心配する気持ちだって」 その言葉に司の瞳が鋭く光る。 「でもそれは俺だけじゃねーんだよ。見ただろ? 社長だって、里子さんだって、そして同僚だって。あいつを知る人間は心底心配してんだよ。もしもあいつが苦しんだり悲しんだりしてるようなことがあるなら・・・社長だってお前を一発ぶん殴るだろうさ。異性として好きだからじゃない。それ以前に俺たちは牧野つくしっつー人間に惚れてんだよ!」 「・・・・・・」 今にも殴りかかってきそうなほどの空気を纏った男を前にしても、大塚は怯むことなく思いの丈をぶつけた。司は眉間に深い皺を刻んだままじっとそんな男を見据えている。 「・・・・・・フッ」 「・・・え?」 ピリピリとした空気がふっと途切れると、何故か司は笑っている。 呆れたような、どこか諦めにも似たような苦笑いを浮かべながら。 「・・・全く変わってねぇぜ。腹立たしいほどにな」 「 ? 何がだよ 」 「あいつはこの4年記憶を失っていた。けれどその本質は何一つ変わっちゃいねぇ。こうやって本人の自覚のないところで人を惹きつけて離さない」 「・・・・・・」 「そこに男も含まれるっつーのがこの上なく気に入らねぇけどな」 まるで子どものような言い分に大塚が拍子抜けする。 「・・・でもそれでこそ俺が惚れた女なんだよ」 「 ! 」 「俺だって記憶を失おうと本質は何も変わっちゃいねぇ。俺は俺だしあいつはあいつだ。だから俺たちは再び惹かれ合った。泣かせたら承知しねぇだと? そんなことてめぇに関係ねーんだよ。もしもあいつが泣くことがあったならそれ以上に笑わせてやる。あいつが悲しむことがあればそれ以上に幸せを実感させてやる。それができるのはこの世に俺しかいねーんだよ」 「・・・・・・」 歯の浮くようなセリフに大笑いしてやりたいのに、その心とは裏腹に少しも笑えない。 それはこの男がそれを心から信じて疑っていないからだ。 真っ直ぐで揺らぎないその想いが自分を撃ち抜いて、瞬きすらできない。 「お前が入り込む隙は1ミクロンだってねぇっつっただろ。諦めろ」 「あっ、おい!」 「うるせーな。てめぇに構ってる時間なんかねぇんだよ。・・・あいつが俺を待ってっからな」 「・・・!」 口角を少しだけ上げながらそう言うと、再び大塚の前を風が通り抜けた。 ここへ来た時と少しも変わらない高質な靴音を響かせながら、あっという間にその姿は見えなくなる。呆然とそれを見送っていた男が我に返ったのは、その風が吹き抜けてからどれくらいの時間が経ってからのことだっただろうか。 「・・・・・・くっそー。やっぱあの男、心底気に入らねーぜ・・・」 そう言いながらも何故か笑っていた。 いや、もはや笑わずにいられなかったのかもしれない。
昨日はたくさんのコメント有難うございました!予想以上に怪奇現象先輩がいらっしゃいまして、なんだか勇気が湧いてきました(笑)お話の種もたくさん有難うございます^^ 昨日の記事にいただいたコメントお返事は個別にしませんので、これでお礼に代えさせていただきますことをご了承ください(o^^o) |
く、首が・・・
2015 / 12 / 17 ( Thu ) いつもご訪問くださっている皆様、有難うございます。
呟き欄にも書いてたんですが、昨日首をちょっと痛めまして。 え?どうしてかって? それはですね、普通にPCと向かい合ってカタカタやってたんですけどね、やりながら「あ、なんかヤバイかも」と感じ始めまして。で、ちょっと視線を横にずらしたらグキッとなったわけです。 ・・・え?全く意味がわからない? いえ、ですからね、ただ画面と向かい合ってたらこう、グキッと・・・ ・・・・・・・・・ ホラーです。 怪奇現象です。 ガクガク((ll゚゚Д゚゚ll))ブルブル ・・・嘘つきました、すんません。 間違いなく加齢現象かと思われます(T-T)トホホ 思えばその前の日にリビング(フローリング)でうたた寝をしてしまいまして。起きたときから体が痛かったんですよ。当然ながら首と肩も凝りっこりになっちゃいまして。 なのでおそらくその延長で痛めちゃったんじゃないかと。 そうでなきゃ本気でホラーですよ。っていうかそういうことにします。 してっ!! 今日も少しずつ書いてたんですけどね、どうにもこうにも首と肩が痛くてですね・・・ 痛いというか重くて凝ってどうにもならないって感じでしょうか。痛みのピークは超えたので。 半分くらいまでは書いたんですが、さすがにアップするには少なすぎる量なので、今日はお休みさせてくださいm(__)m 明日は定時更新できるかと思います。(今のところ) いやー、完全に舐めてました。 皆さんも貞子の呪いにはお気をつけくださいm(__)m ところでお休みついでに皆さんに聞いてみたいことがありまして。 今後どんなお話を読んでみたいですか?リクエストではないのでご意見をいただいてもそれを書きます!という主旨の質問ではないんですが、時々皆さんのコメントからインスパイアされてお話を思いつくことがあったりするので、是非参考までにどしどし教えていただけると嬉しいです^^ 尚、この記事でのコメントのお返事はしませんのでご了承下さいませ m(__)m ではまた明日お会いしましょう ヾ(*´∀`*)ノ
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また逢う日まで 4
2015 / 12 / 16 ( Wed ) 「な~んか、この事務所ってこんなに静かだったっけか?」
「・・・・・・」 カタカタカタ・・・ 同僚の言葉を右から左に流しながら黙々と手を動かしていく。 「牧野1人の存在感がこれだけあったなんて、いなくなるまで気付かなかったよなぁ」 「・・・・・・」 カタ・・・ しみじみと感慨深そうに呟かれた一言に、思わず動かしていた手が止まった。 「お前が一番寂しいだろ?」 「・・・・・・ちょっとコーヒー買ってくるわ」 「あ、おいっ?」 何か答えるでもなく無言で出ていった男に、同僚の男が溜め息をついた。 「やっぱ相当ショック受けてんだな・・・まぁそりゃそうだよな」 「おい矢野、無駄口叩いてる暇があるならこの処理お前がやってくれ」 「ひぇっ!? し、社長!それはないっすよ!」 「いーや、それだけ余裕があるなら何の問題もないだろ。ということで頼んだぞ」 「えぇっ?! そ、そんなぁ~~っ!!」 ガコンッ! 冷たいコーヒーを手にすると、すぐにプシュッと開けて勢いよく口に流し込んだ。 「ふー・・・」 仕事に集中するあまり今日は何も口に入れていなかった。 カラカラに貼り付いた喉にじわじわと潤いが広がってほっと安堵の息をついた。 『 やめるって・・・いきなり何でだよ?! 』 「 ・・・ごめん、今は言えない 」 『 言えないって・・・まさかあいつと何かあったのか? 』 「 ないよ! 何もない。・・・ただ、あたしにはどうしてもやらなきゃいけないことがあるの 」 『 やらなきゃいけないこと・・・? 』 「 ほんとにごめんね? 皆さんにはお詫びしてもしきれないくらいに申し訳ないと思ってる。それでも、どうしてもなの。・・・大塚にも感謝しきれないほどに色んな事で助けてもらった。心から感謝してる。本当にありがとう。それからこういう形でやめることになってほんとにごめんなさい 」 『 牧野・・・ 』 「 時期が来たらちゃんと説明するから。だから今はこれで許してほしい___ 」 「・・・お前があんなことするなんて、理由はあいつ以外に考えらんねーだろ」 今さらあの2人の間に割って入ろうだなんて思わない。 そんなことが簡単にできるはずもないことは嫌と言うほどわかっている。 あいつにあんな大胆な決断をさせるだなんてよっぽどのことがあるのだろう。 だがそこまでさせる原因が、もしも結果的ににあいつを苦しめるようなものであるとするならば・・・ 力強く握りしめた缶がグシャッといとも簡単に手の中で潰れる。 それを勢いよくゴミ箱に放り込むと、今日何度目かわからない溜め息がこぼれた。 カツカツカツカツ・・・ 「・・・?」 あまり聞き慣れない靴音が廊下から響いてきて何となしに顔を上げる。 「 _____ ?! 」 と、目の前に見えた光景に我が目を疑った。 高質な靴音はあっという間に目の前を通り過ぎ、そしてさっきまで自分がいた場所へと迷うことなく向かっている。ハッと我に返ると、大塚は慌てて休憩室から飛び出した。 「 おい、待てよっ!! 」 *** ガチャッ 「おい大塚、おせぇぞ~! お前のせいで俺がとんだとばっちりを・・・」 ようやく戻ってきた同僚に零しかけた愚痴がそこまでで途切れた。 何かを言おうと思ってはいるのに、その口はその意思に反して全く動いてはくれない。 ガタンッ!! 「 ____ 道明寺さんっ?! 」 そんな男の様子を見ていた渡邉がふっと扉の方へ目をやると、直後に目を見開いて立ち上がった。大塚と共に事務所に入ってきたのは・・・間違いなく道明寺司、その人だ。 「ど、どうなされたんですか? まさかうちが何か不手際でも・・・!」 既に仕事は完了しているとはいえ、副社長がアポもなしに直々に訪問してくるなど普通ではない。何か気付かぬところで問題でも起きたのかと渡邉が珍しく動揺している。 司は後ろを追いかけてきた大塚の存在を気にすることもなくそのまま戸惑いを滲ませている渡邉の前まで一気に近づくと、軽く一礼してみせた。 「お久しぶりです。突然の訪問で申し訳ありません」 「いえ・・・それは全く構いませんが一体どうなさったんですか? 何かトラブルでも・・・」 「ここへ来た理由はただ一つ。他でもない牧野のことでお伺いしたいことがありまして」 「えっ、牧野・・・ですか?」 全く考えだにしていなかったことを言われて渡邉がキョトンとする。 目が点になるとはまさにこのことだ。 「牧野はいつ、どういった理由でここをやめたのか教えていただきたい」 「え・・・? あの、何故そんなことを・・・それを知ってどうされるんです?」 渡邉とて詳しい事情を知っているわけではない。 だがいくら道明寺副社長が相手だとはいえ、娘同然の可愛い部下のことを軽々に話すことなどできない。 「牧野は私の婚約者です」 「 ・・・えぇっ?!! 」 その言葉に驚愕したのは渡邉だけではない。 事務所内にいた全員が驚きに声を上げて立ち上がった。 そしてそれは大塚も例外ではなく、さも当然と言わんばかりに出てきた言葉に唖然と司を凝視した。
すみませ~ん、ちょいと首が痛くて予定より短くなってしまいました>< |
また逢う日まで 3
2015 / 12 / 15 ( Tue ) 「えっ、道明寺さんって、まさか ___ っ・・・?!」
騒ぎを聞きつけた千恵子までもが驚きに固まってしまった。 似た顔の3人が並んで口を開けたまま放心している姿はこの上なくマヌケだ。 「牧野は? あいつはここにいねぇのか?!」 だが司の切羽詰まった声に真っ先に我に返ったのは進だった。 「あ、姉ならここにはいません。・・・というか何故ここへ? 一体何があったんですか?!」 今日はたまたま久しぶりに両親の住むアパートへと帰って来ていた。 牧野家と司の接点は4年前で途絶えており、当然彼が両親の引っ越し先を知るはずがない。 つくしが教えるか、あるいは司が自ら調べでもしない限りは。 その上で突然訪問してきたかと思えばこれだけ切羽詰まった顔を見せるだなんて、余程のことがあった以外に考えられない。 「いなくなった」 「えっ?」 「夕べ俺と一緒に過ごして・・・朝には消えていた」 「消えたって・・・」 消えたという事実にも驚きだが、両親にとってはその前部分も非常に気になる。 一緒に過ごした? ということは・・・ 「あ、あの道明寺さん、確かあなたはつくしのことを・・・」 「いえ、思い出しましたよ。何もかも、全て」 「えっ!!」 晴男の疑問に即答した司に三者三様驚きの顔を見せた。 それもそのはず。少し前に偶然の再会を果たした進はまだしも、晴男と千恵子の中では恋人に忘れ去られた憐れな娘という認識のまま止まっているのだから。 「ほ、本当ですか?! 本当に姉ちゃんのことを・・・!」 「あぁ、嘘じゃねぇ。夕べ全てを思い出して・・・それと同時にあいつはいなくなった」 「そんな、一体どうして・・・」 「何かあいつから聞いてねぇか? どこか様子がおかしかったとか気付いたことは」 「い、いえ、何も・・・」 全てが寝耳に水の進は呆然と立ち尽くす。 先週会った時にはいつもと何ら変わりはなかったというのに。 「あの・・・道明寺さん、実は少し前につくしから連絡が来たんです」 おずおずと何かを思い出したように晴男が口を開くと、ピクッと司の眉尻が跳ね上がった。 「急だけど仕事の関係でしばらく家を空けるから心配しないでくれって。忙しくてなかなか連絡が取れないかもしれないけどそれも心配しないでほしいと。あの子は普段からしっかりしてましたから、まさかそこに何かあるだなんて考えもしなくて・・・」 「・・・・・・」 「まさかつくしに何かあったんでしょうか?!」 「・・・アパートは既に引き払われていました」 「えっ?!」 「それだけじゃない。携帯も繋がらない。おそらく仕事もやめたのではないかと」 全く考えだにしないことを言われて全員が愕然と言葉を失う。 「そ、そんな! あの子はそんなこと一言だって・・・一体何があったんです?! あの子は一体どこへ・・・!」 「親父、落ち着けって!」 普段迷惑かけっぱなしの情けない親とはいえ、娘を愛する気持ちに偽りはない。 珍しく取り乱して司に詰め寄る晴男を進が慌てて引き止めた。 「あの、道明寺さん、僕たちにとっては本当に何が何だか・・・姉に一体何があったんですか? この前会った時はあんなに楽しそうだったのに・・・もしかして道明寺さんの記憶が戻ったことと何か関係が・・・?」 「それはねぇ。そもそも俺の記憶が戻ってまだ1日も経ってないからな。あいつはその事実にすら気付いてねぇはずだ」 「じゃあどうして・・・」 「・・・むしろその逆だ」 「逆?」 その意味を考えあぐねて進が首を傾げる。 「先に記憶が戻ったのは俺じゃなくて・・・あいつだった。だからこそあいつは動いた」 「えっ・・・姉ちゃんの、記憶が・・・?」 「道明寺さんっ、それは本当なんですかっ?!」 「本人に確認したわけではありません。だがそれ以外に考えられない」 「まさかそんなことが・・・でも何故つくしはいなくなったのです? 私達に嘘をついてまで、何故・・・」 「・・・・・・」 何故。 それは今朝目覚めと共につくしの不在を知って司が真っ先に考えたことだった。 あの幸福な時間は決して自分だけのものではなかったはずだ。 直感でしかないが、つくしが先に記憶が戻っていたとするならば、尚更別れるつもりで男に抱かれるような女であるはずがない。それに、夕べ全身全霊でぶつけてきた気持ちが嘘でなかったことはこの自分が一番よくわかっている。 家族にすら何も伝えずに姿を消した ___ 親の尻拭いで借金返済に追われようとも、何よりも家族を大事にしてきたあいつが嘘をついてまでいなくなった。 それはそこに悲観的な未来を想定していないという何よりの証拠だ。 あいつは誰かのために自分を犠牲にすることはできても、自分のせいで誰かを悲しませるようなことを進んで望むはずがない。 ということはそうせざるを得ない何かがあったということに他ならない。 「・・・はっきりとは言えませんがおそらく私の母親に会ったのかと」 「えっ・・・お母様に・・・?」 司の母親。 それは3人にとって恐ろしい存在そのものとして記憶に刻まれていた。 邪魔なものを排除するためには大金ですらまるでゴミのように差し出す冷酷非道な女。 身分違いの恋に、本人が何も言わなくとも悩み苦しんでいたことを知っている。 「いつとはお約束できません。ですができるだけ早く必ずあいつを連れ戻してみせます」 「道明寺さん・・・?」 心許なそうに顔を上げた晴男と千恵子に司がはっきりと告げる。 「あいつは俺から逃げるつもりでいなくなったわけじゃない。そう確信しています。きっとどこかで俺が見つけ出すのを待っている」 「え・・・?」 「ですからどうか心配なさらずに。必ず、絶対にあいつを見つけ出してみせますから」 「道明寺さん・・・」 あまりにも強い眼差しにそれ以上の言葉が出てこない。 「本当であればもっときちんとご挨拶すべきところなんでしょうが・・・とにかく今はあいつを見つけ出すことに全力を捧げたい。ですからそれはあいつを見つけ出すまでは保留にさせてください」 「・・・・・・」 「夜分遅くに失礼しました。では私はこれで」 「えっ? あっ・・・!」 風のように現れて風のように去っていく男を引き止める暇もない。 一度にあまりにも多くのことが起こりすぎて、これが現実なのかすら実感が湧いてこない。 「 道明寺さんっ!! 」 瞬く間に部屋を後にし、リムジンへと今まさに乗り込もうとしていた司をある声が引き止めた。 見れば進が息を切らしながら必死で追いかけてきている。 「あ、あのっ、姉ちゃんは本当に・・・!」 はぁはぁと息が上がってうまく言葉が続けられない。 だが進が言いたいことはそれだけでも全て司には伝わっていた。 姉を心から心配する弟の想いが、全て。 「心配すんな。まぁ正直この俺もまさかの展開にやられたっつー感情は消えねぇけどな。事情があろうと俺を置いていったあいつにも、それに気づけなかった俺自身にも怒りを感じてる。・・・それでも今の俺はあいつを信じてる。もう4年前のようなことはこりごりだからな」 「道明寺さん・・・」 本当であればとっくに荒れ狂っていてもおかしくないのに。 何故か目の前の男には少しの余裕すら感じさせる何かがある。 彼をそうさせているのは一体何なのか・・・それを進が伺い知ることはできない。 2人にしかわからない何かがきっと ____ 「あいつをぶっ飛ばそうにもまずは見つけねぇことには話になんねーからな」 「・・・」 「万が一あいつに関する手がかりが掴めたときには必ず連絡しろ。どんな小さなことでも構わない」 「っ、わかりました!」 胸ポケットから出した名刺にサラッとプライベート用の番号を書き込むと、司は大きく頷く進にそれを渡した。 自分以外がつくしを探し出せるはずがないと心の中では確信しながらも。 「じゃあな」 「あっ・・・! 姉を・・・どうか姉のことをよろしくお願いしますっ・・・!」 懇願するような言葉に再び足を止めると、司は振り向きざまに不敵な笑みを浮かべた。 「俺を誰だと思ってる? それに前にも言っただろ。俺は何があってもお前の姉貴を離さねーって。やっと・・・やっとこの手に掴んだんだ。死んでも離してたまるかよ」 「道明寺さん・・・」 「つーことだから余計な心配すんじゃねーぞ」 じっと見つめていた手のひらをグッと握りしめると、司はもう振り向くことはなかった。 すぐに動き出したリムジンを見送りながら、進は不思議な感覚に包まれていた。 それは本当に不思議な感覚だった。 つい今しがたまでいた憧れの男が・・・知っているようでまるで知らない人のようで。 それでも確実に道明寺司という男であることに違いはなくて。 4年前に見た男とも、少し前に再会した男ともどこか違う。 そう、言うなればまた新しく生まれ変わったとでも言うべきか。 元々自信に満ち溢れた男だったが、今日ほど揺らぎない何かを感じたことはない。 「 道明寺さん、姉をお願いします・・・! 」 瞬く間に小さくなっていく車体を見送りながら、進は自分でも意識しないままそう呟いていた。
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また逢う日まで 2
2015 / 12 / 14 ( Mon ) 「失礼します。おはようございます」
約束の時間きっかりに執務室に入ってきたつくしに、まだ早朝だというのに既に仕事モード全開の女性が顔を上げた。 そもそもこの人物にオフという概念が存在するのかも疑わしいところだが。 「全て予定通りですか?」 「はい。・・・まさか私がいなくなるとは夢にも思っていないはずです」 あれだけ幸せの絶頂を味わっているのだから。 目が覚めてからの彼の混乱と悲しみを考えては胸が痛む。 けれど嘆いてばかりでは前へは進めない。 ____ 何があっても信じると決めたのだから。 「あの・・・それでこれから私はどうすればいいんでしょうか」 司の前から姿を消す。 告げられた驚きの条件はそれだけではなかった。 「消える」 まさにその言葉通り、楓の指示は徹底されたものだった。 約束の旅行までの間、タイミング良くとも言うべきか、司は仕事で海外に飛んで不在だった。 それが偶然だったのか、はたまた楓が水面下で動いていたのかはわからない。 いずれにせよ彼のいない間にまずアパートの引き払いを命令された。 高校を卒業してから4年以上を過ごしてきた我が城。 たとえ小さくとも、自分自身がそこにギュギュッと濃縮された大切な空間。 そこからいなくなるということは、自分で想像していた以上に言葉にできない寂しさを感じた。 そしてそれだけではない。 未熟ながらも粉骨砕身己を捧げてきた仕事をやめる、それも条件の1つだった。 家を引き払うよりも何よりも辛いのがこれだった。 まるで本当の親子のように大事に大事にしてくれた渡邉社長夫妻、兄のように、戦友のようにいつだって励まし支えてくれた大塚、そして全ての同僚・・・。少人数だったけれど、いや、少人数だからこそ事務所が1つの大家族のように温かく、居心地は最高だった。 手前勝手な理由で仕事をやめる。 しかもその理由を現段階ではっきりと打ち明けることすらできない。 どんなときでも、仕事に対して人一倍責任感を大事にしてきたつくしにとって、これほど重く苦しい決断はなかった。 まさに断腸の思い。 だがつくしの予想に反して社長は快く送り出してくれた。 何の前触れもない申し出であるのにもかかわらず。 何故やめるのかすらきちんと話せないというのに。 『 誰よりも真面目なお前がそれだけの決断をするのにはそれだけの理由があるんだろう。だったら俺は気持ち良くお前を送り出してやる。頑張れよ 』 たったそれだけ。 ふざけるなと怒るどころか何かを聞き出すこともせず、彼はそうエールを送って背中を押してくれたのだ。信じられないと共に、この人は最初からこういう人だったことをあらためて思い出した。 高卒だった自分を厳しくも優しく根気よく育ててくれた。 だからこそつくし自身もその想いに応えられるようにと必死に頑張ってきたのだ。 当然ながら他の同僚には驚かれたが、それでも誰一人咎めるような人はいなかった。 それこそが社長の人徳であり、つくしが社会人になってから自分の全てを捧げてきた大切な大切な空間だと再認識させられた。 だからこそ。 尚更中途半端な覚悟でやめるわけにはいかない。 迷っている暇などない。 きちんとした形でまた報告に行くためにも、後ろを向いてなんかいられない。 自分の決断は間違っていなかったのだと信じて前に進むのみ。 「あなたにはこちらで働いてもらいます」 ハッと意識の戻ったつくしの前に一冊のパンフレットが置かれた。 軽く会釈をしてそれを手に取ると、表紙を見て目を見開いた。 「こ、ここは・・・」 嘘・・・でしょう・・・? まさか、こんな偶然が ___ 「あなたもあの子の補佐として働いていたのならご存知でしょう。春のオープンに合わせて年明けからスタッフには現地での研修に臨んでもらいます」 「それで、私がここへ・・・?」 「あなたにはオープンニングスタッフとしてそこで働いてもらいます。それに伴い従業員専用の寮へ入ってもらい、現地での生活を送ってもらいます」 「・・・・・・」 これは・・・単なる偶然なのだろうか? それとも・・・? 「前にも述べたとおり、あの子が私欲に走るようなことがあった時点でこの賭けはあなたの負け。そして際限なくこの賭けを続けたところで時間の無駄ですから、タイムリミットまでは1年とします」 「1年・・・」 「その間にあなたを見つけ出すことができなければ・・・わかっていますね?」 「・・・はい」 そう。 これが偶然だろうと必然だろうとそんなことは関係ない。 「その日」 は絶対に来ると信じて自分にできることをするだけ。 「では早速ですが今日の午後には現地へ飛んでもらいます。あなたの不在を知れば司はすぐに動き出すに違いない。あの子が担当している事業ではありますが、既に現地で行うべき業務は終えている。つまりは意図的でない限り司がそこへ行くことはあり得ない」 「・・・・・・」 ほんの数時間前までいたあの場所へよもやすぐに戻ることになるだなんて。 こんな展開を一体誰が予想するだろうか。 彼女の言う通り、きっと今頃あいつはあたしがいないことに驚き、そして怒っている。 既にあの島を飛び立っていると考えるのが自然だろう。 この人はあたし達がついさっきまでそこで共に過ごしたことを知っているのだろうか? ・・・ううん、少なくとも勝負を決めてからはあたし達の行動を監視させるようなことはしていない。 何の根拠もないけれど、何故だかそう思えた。 運命を決める場所があの島であったことに驚くと同時に、どこかで喜んでいる自分がいる。 絶対に・・・彼は見つけ出してくれる。 図らずもこの偶然が勇気をくれた。 「絶対にこの賭けに勝ってみせます。どうか見ていてください」 つくしは黙って自分を見つめる楓にそう強く宣言すると、頭を下げた後、第2秘書の男性に続いて執務室を出て行った。 「・・・さぁ、その強気が吉と出るか凶と出るか。答えは自ずと見えてくるでしょう」 その背中にそんな言葉がかけられていたことには気付かずに。 *** ピンポンピンポンピンポンピンポーーーーーーン!! けたたましく鳴らされるチャイムに何事かと慌てて中から男性が飛び出してきた。 「ちょっと、どちら様ですかっ! 夜なのに一体何を考えてっ・・・!」 普段ほとんど見られない怒った顔で怒鳴りつけていた男の言葉がそこで途切れてしまった。 「・・・親父? どうしたんだよ、一体誰が ____ 」 様子がおかしいことに気付いたもう1人の男が後ろからひょこっと顔を出したはいいが、やはり同じように途中で途切れてしまった。 というよりも2人揃って驚愕したまま固まっている。 「はぁはぁはぁ・・・あいつは・・・牧野はどこにいる」 荒い呼吸を繰り返して汗だくになりながらもその整った顔は全く崩れていない。 元来ここにいるはずのない、いるはずがない、 見る者全てが思わず息を呑んでしまうその相手は ____ 「 ど、道明寺さんっ?! 」
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また逢う日まで 1
2015 / 12 / 13 ( Sun ) ずっとその顔を見ていた。
よく穴が開くほど見るだなんて大袈裟な言葉を聞くけど、きっとこの時のあたしはまさにそれを体現していたんじゃないかと思う。面と向かって褒めたことなんて一度だってなかったけど、あらためてこの男はなんて美しいのだろうか。 美しくて、強くて、・・・そして誰よりも深い愛情をもってる。 一見乱暴な心の奥にあるその優しさに気付いてしまったら・・・ もう自分の心を誤魔化すことなんてできるはずがない。 「ん・・・」 小さく声を漏らして身じろぎをした瞬間、ほんの少しだけ体が離れたことにほっとしつつも、それ以上に寂しく感じてしまう自分はなんて勝手なのだろうかと思う。 寂しいだなんて思う資格などないというのに。 「・・・・・・」 そっと、ゆっくりと体を起こしていく。 心の底から安心したように熟睡する男の顔から決して目を逸らさずに、ゆっくりと。 少年のようなあどけない寝顔が可愛くて、思わずクスッと笑いが漏れた。 記憶なんて関係ない。 心の底から愛おしいと求めてあって、・・・そしてあたしたちは結ばれた。 なんて幸福な時間だったのだろう。 ずっとずっと、このまま傍にいたい。 離れたくない。 ・・・けれど、あたし達にはまだ超えなければならない山があるから。 真の幸せを手に掴む為に、最後にして最大の山が。 音をたてないように細心の注意を払いながらベッドから降りると、つくしはそのまま脱ぎ捨てられた衣類を手にして続きの部屋へと移動した。 手早く衣服を身につけていった最後にふと手が止まる。 何かを考えるようにしばし一点を見つめると、持って来ていた小さなボストンバッグからあるものを取り出した。そしてそれをふかふかのカーペットの上に置くと、そこには似ているようで少し違う四角い箱が2つ並べられた。 つくしは静かに右の箱を開けると、そのまま左の箱も開けて薄暗い室内でもはっきりわかるほど輝いているそれを取り出し、迷うことなく自分の首へとつけた。 「あんたはしばらくお留守番ね」 綺麗に箱に収められたままのもう1つのネックレスに触れながら語りかける。 それはまだ少年だった男がくれた純粋な愛情の証。 記憶が戻ってから今日まで、司に会う直前まで肌身離さず身につけていた。 道明寺の起こした奇跡。 それはほんの少しだけあったあたしの迷いを吹き飛ばした。 絶対に何があってもあいつを信じられる。 ・・・そして彼もまた自分を信じてくれると。 新たに胸に輝いているのは、過去も今も、そして未来も含めたあたし達の愛情の証。 たとえ記憶が戻らなくたってあたしはあたし。そしてあいつはあいつ。 何一つ変わらない。 道明寺司という男の真っ直ぐな愛を胸に・・・あたしは未来を掴む一歩を踏み出す。 2つの小箱を大切に鞄にしまうと、つくしは再び司の眠る寝室へと戻っていった。 熟睡したことなんてほとんどないだなんて昔も言ってたけど、今ここにいるのは物音1つくらいでは到底起きそうにもないほど安心しきって深い眠りに沈んでいる男。 その寝顔は幸せに満ち溢れている。 「ごめんね、道明寺・・・」 本当はこんなことしちゃいけないってわかってるのに。 万が一にも起こしてしまっては全てがパーになる。 それでも、勝手に動いてしまう自分の体を止めることができない。 ・・・ううん、そうしたくてたまらないのはこのあたし自身なのだ。 そっと、羽に触れるようにそーっと司の頬に触れた。 腹が立つほど綺麗な肌はほんわりと温かい。 ほんの数時間前までこの肌にずっと触れていた。 思いの丈をぶつけあって、心の求めるままに。 「・・・待ってるから。 『 またね 』 」 触れるか触れないかのキスを落とすと、つくしは閉じていた目を開けた。 そうして目の前の男の姿をしかとその瞳に焼き付けると、何かを決意したように力強く立ち上がった。 しばらくしてパタンと小さな小さな音が寝室に響く。 広い室内に1人、幸せの海の中に沈んでいる男だけが残された。 その幸せが夜が明けても続くのだと信じて疑わない男が。 「おはようございます牧野様」 「おはようございます。今日は無理を言ってしまって本当に申し訳ありません」 「いえ、どうかお気になさらずに。もうご準備はよろしいのですか?」 「はい、大丈夫です。よろしくお願いします」 深々と頭を下げると、パイロットの男性が恐縮しながら顔を上げるように促した。 小型のジェットに乗り込む男性に続いてタラップを上っていくと、歩く度にズキンズキンと下半身が痛んで動きがぎこちなくなってしまう。 その理由を思い出す度に恥ずかしくもあり、・・・そしてこの上ない幸せに満たされる。 この痛みすら愛おしい。 愛する人と深いところで繋がりあえたという何よりの証。 この痛みを、この喜びをずっと胸に刻んであたしは一歩を踏み出す。 夜明けと共に体が宙へと浮いていく。 黄金に輝く朝日を浴びながらどんどん小さくなっていく島をこの目に焼き付けた。 ___ また新たな一日が始まる。 「 また逢う日まで。少しの間だけ、バイバイ 」 残していなくなること、本当にごめんなさい。 それでも、たとえ今は辛くても、痛みの先にある未来を掴んでみせる。 あんたを・・・ 道明寺を信じてるから。 だからどうかあたしを信じて欲しい。 あなたに対する、この揺らぎない気持ちを。
「忘れえぬ人」、たくさんのコメント及び拍手を有難うございました!早速ですが感謝の気持ちを込めてこちらの番外編からお届けします^^ 2人が初めて結ばれた夜、その続きから再会までの時間を描いた物語となります。つくし目線、司目線をそれぞれ交えながら2人が再会する瞬間までを追っていきます。おそらく10話前後になるのではないかと予想しています。 尚、他の番外編も年末年始を利用してお届けできたらいいなと思ってますのでお楽しみに! |