王子様の憂鬱 4
2015 / 12 / 31 ( Thu ) 「香田さん、ありがとうございました!」
「とんでもございません。花音お嬢様、どうかお気をつけていってらっしゃいませ」 「は~い、行ってきますっ!」 ニコニコといかにも人の良さそうな笑顔を見せるのは運転手の香田さん。 彼に負けじと大きく手を振ると、あたしは駅の階段を駆け上がっていく。 これがあたしが社会人となってからの日常だ。 電車通勤をしたいと願い出たあたしに、当然のようにパパは大反対した。 わざわざする必要のない苦労をするなと言って。 もちろん反対する理由はそれだけじゃなくて、一番はあたしの身の安全を考えてくれているからこそ。日本ではアメリカにいた頃よりもあたしのことを知っている人は多いから、その分よからぬことを企む人間だって増えるというのがパパの考え。 パパがそう考えるのは当然のことだし、あたしだって自分が普通とは違う家に生まれ育ったという自覚はある。 でもだからこそ、普通と変わらない経験も大事にしたい。 結局少し離れたところからSPさん達に見守ってもらっているという特殊な状態であることは変えられないけど、それでもごくありふれた日常を体験できることはあたしにとっては何よりの宝物。 とても厳しいけれど、気が付けばいつだって自主性を尊重してくれている、それがパパ。 そしてあたしの知らないところでそんなパパを説得してくれているのは他でもないママだってこと、あたしは知ってる。 子どもが言うのもなんだけど、あの2人は本当にあたしの憧れだ。 時々こっちが恥ずかしくなるくらいラブラブ過ぎて目を逸らしちゃいたくなることもあるけど、いつもは物静かなパパがママの前では嘘のように色んな表情を見せる。そしてそんなパパを見てママはもっともっと嬉しそうな顔で笑うのだ。 『 溢れるほどの幸せ 』 2人はいつもそんなオーラで満ち溢れている。 唯一無二。 そんな絶対的な存在に出逢うことができた2人を心から羨ましく思う。 ・・・そしていつか自分に子どもができたら、彼らにも同じように感じてもらえたら幸せだななんて、そんなことまで考えてるって知ったらハルにぃは何て言うだろう? 笑う? 呆れる? ・・・ううん、今の彼ならきっと微笑みながら頷いてくれるに違いない。 「 牧野さんっ! 」 「 きゃっ?! 」 1人夢の世界に浸っていると、突然後ろから肩を叩かれて飛び上がるほどびっくりした。 驚きに目を見開いて振り返ると、声をかけてきた相手もまた驚いている。 「ご、ごめんっ! そんなにびっくりされるとは思わなくて・・・」 「あ、山口さん・・・。ごめんなさい! ちょっとボーッとしてたからびっくりしてしまって。おはようございます」 「おはよう。牧野さんってこの路線だったんだ? 初めて見るよね?」 「あ、はい。その日によって乗る時間が微妙に違うので多分それでじゃないかと・・・」 「あぁ、そういうことか。へー、でもそっか、同じ路線だったのかぁ」 「? はい・・・」 なんだか妙に嬉しそうに見えるのは気のせいだろうか。 彼には以前仕事で書類を届けたことがあり、それ以降会社で顔を合わせた時にはよく声を掛けてくれるようになった。聞くところによると営業部でも出世頭の筆頭だとか。 ただ花音には気になることが1つだけあった。 それは彼が妙に馴れ馴れしいということ。フレンドリーと言えば聞こえはいいが、彼の場合はそれとはまた違う感じがするのだ。先輩後輩というほどの仲でもなければ当然友人でもない。単純に仕事を通じて顔見知りになった、まだその程度の認識しかないはずなのに、ことあるごとにそれ以上の接し方をしてくるのがどうにもこうにも慣れないのだ。 とはいえそれが平常運転という人がいるのも事実なわけで、人によって感じ方は様々。 自分と違うからといってそれを無碍にするのは相手にも失礼というもの。ましてや何かをされたわけでもないのだから尚更のこと。 「はいどうぞ」 「あ・・・ありがとうございます」 最寄り駅に着いた電車から降りやすいように誘導してくれた彼に軽く会釈をして先に降りると、ピタリと横に寄り添うように後についてくる。 (距離が近いような気がするけど・・・考えすぎだよね?) チラッと様子を伺うと、バチッと目があって慌てて前を向いた。 (なんでこっち見てるの?!) 知らず知らず歩幅が大きくなっていくが、相手は大人の男性。必死で歩いてやっと普通の一歩と同じくらいなのだから、それで距離が開いてくれるはずもなく。 (考えすぎるのは相手にも失礼。気にしない気にしない・・・) 近すぎる距離感に違和感を覚えながらも、花音は必死に頭の中を切り替えようと努めた。 早く会社に着いてと願いながら。 「そっかー、牧野さん同じ路線なのかー。全然気付かなかったなぁ」 「そう、みたいですね」 「じゃあ俺も牧野さんと同じ時間に乗ろうかな」 「えっ?!」 まさかの一言に必死で前に出していた足が止まってしまった。 今・・・なんと? 驚愕する花音をよそに山口はますます上機嫌になっているように見える。 「だってさ、そうすれば毎日こうして一緒に通勤できるでしょ」 「一緒にって・・・」 「あれ、俺と一緒に行くの嫌?」 「いえっ、嫌・・・とかそういうことではなくて・・・」 「じゃあいいじゃん。一緒に行こうよ」 「いや、それは、あのっ・・・」 困る。困ります! っていうか嫌ですっ!! ・・・そう言えたらどんなにいいか。 仮にも相手は会社の先輩で自分はペーペーの新人だ。 断ろうにも角が立たないようにするには一体どうすればいいのだろうか。 何事もそつなくこなす上に努力の人である花音だが、こういうことに関してはめっきり免疫がないことが唯一の欠点だった。とかく異性に関して免疫がなさ過ぎるのだ。 「あ、っていうかさ、携帯の番号教えてよ。あとラインもやってる?」 「えぇっ?!」 何でそういうことになるんですか! いくらなんでも話が飛躍しすぎじゃ・・・? ・・・さすがにここまでくればいくら鈍いあたしにだってわかる。 彼が自分に対して少なからず好意を持ってくれているということくらい。 そして今まさにグイグイ押されている状況なのだということも。 こちらの困惑などまるで無視で嬉しそうにスマホを取り出した彼を見ながらここから逃げ出したい衝動に駆られる。 「あ、あの、山口さん、」 「いいよいいよ、遠慮しないで。会社だとなかなか会えないでしょ? こうして偶然会えたのも何かの縁だと思うからさ、これを機に親睦を深めようよ」 「いえっ、そうじゃなくて、私は・・・!」 「 牧野 」 えっ・・・? 2人の会話を切るように背後から聞こえてきた声にドクンと胸がざわつく。 この声は・・・ 「ハ・・・専務っ?!」 「おはよう、牧野」 「お・・・おは、ようございます・・・・・・え?」 花音が激しく困惑するのも無理はない。 入社して1ヶ月以上。未だかつて遥人よりも先に出勤できたためしはない。 こうして出勤途中に顔を合わせたことなど一度だってないというのに、一体何故ここに? 目と鼻の先に会社が見える位置で棒立ちする花音にニコニコと微笑みながら近づいてくる男が1人。まだ朝早いというのに誰もが見惚れるほどの完璧な出で立ちは、まさに王子の名に相応しい。 「せ、専務! おはようございますっ!」 「おはよう。うちの秘書が何か失礼でも?」 「えっ?」 「遠くから見てたら彼女がもの凄く困ってるように見えたからさ」 「そ、そんなことは・・・!」 「そう? 俺には今にも泣きそうなくらい困ってるように見えたけど?」 「・・・っ!」 慌てて花音を見ると、額面通り困惑した顔で目を逸らされてそこで初めて現実を直視する。 浮かれるあまり都合の悪いことは何も見えていなかったらしい。 いや、単に見ようとしていなかっただけなのかもしれないが。 「彼女はとても優秀な秘書だけど・・・万が一にも君に何か失礼をしたのであれば直属の上司である私が代わりに謝らせてもらうよ」 「いっ、いえっ! とんでもありませんっ! 彼女は何もしてなどいませんから!」 「そう? 牧野も大丈夫?」 「は、はい・・・」 「ならよかった。じゃあここからは俺と一緒に行こうか。どうせ行く場所は同じなんだし」 「えっ・・・?」 「さ、行こう」 ぽかんと呆気にとられる花音をよそに、遥人はニコッと微笑んでみせる。 その瞳は 「大丈夫だ」 と言っているように見えた。 ・・・なんて言ったらまた笑われてしまうだろうか。 「あの・・・山口さん、お先に失礼します」 「えっ? あ、あぁ、じゃあね」 目の前に専務が現れるという突然の事態に山口も状況が掴めていないようだった。 どこか呆けている男を一瞥すると、遥人は前を行く花音を守るようにしてピタリと歩幅を合わせて歩き出した。 「そういえば彼氏と行ったフレンチはどうだった?」 「えっ!!!」 「まーまー、照れなくていいから」 「えぇっ?! あのっ・・・! ・・・!」 『 彼氏 』 はっきりと聞こえた言葉にガツンと頭を殴られたような衝撃を受ける。 遠ざかっていく彼女はまるで恋人に微笑むかのように嬉しそうにしているではないか。 さっきまでの夢のような時間はまさに夢と散り、取り残された山口はいつまでもその場から動くことができなかった。
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王子様の憂鬱 3
2015 / 12 / 30 ( Wed ) 「おはよう、パパ、ママ」
「・・・おはよう」 「おはよう、花音。今日も早いのね?」 ダイニングテーブルに腰掛けると、手を合わせて綺麗にお辞儀をしてから朝食に手をつけた。 「そんなことないよ。ハルにぃはそれよりももっと早く来てるから」 「あら、そうなの?」 「うん。今日こそはハルにぃより先にと思って気合を入れて行くんだけど・・・いつ行ってももうデスクについて仕事してるの」 「へぇ~、ハルってば頑張ってるんだ」 「うん、すっごくいっぱい頑張ってる。少しでもその負担を減らせたらって思ってるけど・・・まだまだあたしは力不足で。・・・ん、お漬け物おいしい!」 「でしょでしょっ?! あたしの渾身の浅漬けなんだから!」 つくしのガッツポーズに花音がクスッと笑う。 「ママの作る料理って大好き。あたしにももっともっと色んなものを教えて欲しいな。この4年はずっとアメリカだったから、正直向こうでレパートリーが増えてないんだよね」 「・・・それに、近い将来またここからいなくなっちゃうしね?」 「えっ?」 意味深なウインクの意味を理解すると、花音の頬がほんのりと赤みを帯びていく。 「あらあら、我が娘ながら可愛いわね~! ね、司もそう思うでしょ?」 「・・・・・・」 「もうママっ、からかわないでよ!」 女同士独特のやりとりを司は新聞に視線を落としたままで聞き流している。 決して口数は多くないが、余程のことがない限りはこうして必ず朝食を共にとる。これは花音が物心ついた頃から常に行われてきた道明寺家での日常。 その中心には必ず母の存在がある。 「・・・お前、それいつまで続けんだよ」 「えっ?」 「それだよ、その無駄な変装」 珍しく口を開いた司が顎で示したのは花音が身につけている眼鏡。 彼女の視力は両目とも1.5とすこぶる良好だが、社会人になったと同時に何故かこの眼鏡をつけるようになった。当然ダテだが、これをかけて胸上ほどまである綺麗な黒髪を1つに束ねる。 これが今の花音の正装だ。 「これは・・・」 「わざわざ顔を隠すような必要でもあんのか?」 「そ、そういうわけじゃないの! ただ、これは自分への気合注入っていうか・・・」 「そうじゃねーだろ?」 「・・・・・・」 誤魔化しは一切認めない追求に、花音はそれ以上口ごもってしまった。 「まぁまぁ、何だっていいじゃない。それで仕事に悪い影響が出るようなら困るけど、ちゃーんと真面目に頑張ってるんだから。それに、ハルだってそれでいいって言ってくれてるんでしょう?」 つくしの助け船に花音がコクンと頷く。 「じゃあ何の問題もないじゃないの。花音の上司はハルなんだから。あの子が認めてるのならあたし達が口を出すのは無粋ってものでしょ?」 「・・・・・・」 「ということだから花音は気にしなくていいのよ。今のままで頑張りなさい」 「ママ・・・」 この家で・・・いや、この世で司を黙らせることができるただ1人の人物。 その人こそが花音がこの世で一番憧れている女性。 母のように強く美しい女性になりたい。 そうして愛する人に心から愛される女性になりたい。 子どもの頃からずっと抱き続けてきた密かな想いだ。 「ほら、そろそろ時間なんじゃないの?」 「あ、ほんとだ。ご馳走様でした。・・・・じゃあ行ってきます!」 「はーい、気をつけて行ってらっしゃい!」 あれっきり何も言わなくなってしまった父の様子を気にしながらも、花音は荷物を取ると急ぎ足でダイニングを後にした。姿が見えなくなるまで手を振り続けると、やがてつくしがニヤニヤしながら司の隣へと腰を下ろす。 「全く、相変わらず心配性なんだから」 「誰がだよ」 「あんなわざと誤解を与えるような言い方しなくってもいいのに。素直に仕事は楽しいか? 何か嫌な目にあったりしてないか? って聞けばいいでしょ?」 「だから何がだよ」 言えば言うほどぶっすーとふてくされていくその姿に笑いが止まらない。 「んも~、結婚だって認めたくせに、あーい変わらずハル絡みになると素直じゃないんだから」 「お前なぁっ!」 「きゃあっ?! あはははっ! やめてよね、もう!」 グイッと膝の上に体を引き摺られて羽交い締めにされてしまった。 「・・・ったく、年を追う事にますます似てきたな」 「えー、何の話?」 「牧野の姓まで名乗って。おまけにわざわざ目立たないように変装までして、極めつけは電車通勤と来たもんだ。俺に似りゃあそんな遺伝子は引き継いでるわけがねーんだよ」 「あははは! 遺伝子の話までいっちゃう?」 「どう考えたってお前のNBA引き継いでんだろうが」 「NBAってあんたね・・・40代も折り返してそりゃないでしょーよ。あたしゃマイケルジョーダンかっつーの」 「ったく、なんだってわざわざしなくていい苦労をするんだか」 苦虫を噛み潰したような顔で溜め息をつく彼の想いは自分と同じ。 大事な娘に幸せになって欲しい、ただそれだけだ。 つくしはクスッと笑うと、体を反転させてそんな可愛い夫と向き合った。 「だーいじょうぶ! あの子には司の血も半分流れてるんだから。雑草のあたしよりももっともっと逞しい子よ」 「・・・・・・」 「それに、あの子にはハルがついてる。万が一何かあったときにあの子を守るのはもうあたし達じゃない、ハルの役目よ。あたし達にできることはそれを温かく見守ってあげることだけ。そうでしょ?」 「・・・・・・」 「ふふ、司はただ心配してるだけよね。頑張り屋のあの子のことだから何でもかんでも自分1人で抱え込んじゃうんじゃないかって。でも大丈夫。ハルはそんな花音を誰よりも大事に見守ってるわ」 「・・・やけにあいつの肩をもちやがんじゃねーか」 「えっ? あっははは! やだもう、まさかやきもち?! も~、相変わらず司ってば可愛いんだから~!」 「ざけんな!」 「きゃーっははははっ!」 ガシッと顔を掴まれて逃げ場を失い、つくしが身を捩って大笑いする。 こういうときの司は決まって照れ隠ししているのだ。 「でもさ、ほんとはそれだけじゃないんでしょ?」 「・・・なにがだよ」 「花音の心配してるのはもちろんだけど、ほんとはハルのことも気になってるんでしょ? 今のハルがどんな気持ちで花音のことを見守ってるのかを一番理解してあげられるのは司しかいないもんね? 全く、なんだかんだ言ってハルにも優しいんだから~!」 「・・・んの野郎、減らず口はこうしてやるっ」 「えっ?! わーーーーっ、待って待ってっ! メイクが落ちゃっ・・・っ!!」 急な愛情表現もまた照れ隠し。 それを誰よりも知っているつくしは呆れながらも笑ってそれを受け入れると、クルクルの髪に自分の指を絡めてしばし甘い一時に身を預けた。
寝かしつけた後にチビゴンの調子が悪くなりグズった関係で予定より短くなってしまいましたm(__)m ちなみにバナーは昨日と今日とでバカップル対決となっています(笑) それからこのところなかなかコメント返事ができずにごめんなさい>< たーくさんいただいているのですが、現状そこまでの時間が取れずにいます。でもコメントにやる気をもらって更新できています! ドキドキしながら始めたこちらのお話、おかげさまで大好評で本当に嬉しく思ってます(* ´ ▽ ` *)またお返事も近いうちに再開しますので、懲りずにいただけましたら嬉しいです(*^ー^*)皆さんいつも有難うございます! |
王子様の憂鬱 2
2015 / 12 / 29 ( Tue ) 「花音は?」
「彼女なら食堂に行くと仰ってましたが」 「・・・あいつ、また黙って行ったな」 一緒に行ってみたいから行くときには必ず声を掛けろとあれだけ言っていたのに。 毎度毎度うまいこと隙を見つけてはまるで脱兎の如く逃げられる。 「・・・なんだよ」 「いえ? 何も言っておりませんが?」 「お前の目は口よりも正直なんだよ。言いたいことがあるならはっきり言え」 明らかに何かを含んだ目で見ているくせに、何でもないなんてのたまうこの男が憎たらしい。 「・・・では僭越ながら一言だけ。決して専務のことを言っているわけではありませんので誤解なきよう。あくまでも一般論としてお聞きいただけたらと。年甲斐もなく独占欲が強いといずれ女性に逃げられるとよく耳にし・・・」 バンッ!!! 「・・・・・・ご自分が言えと仰ったのに、全く困った方ですね」 言葉を遮るように目の前で勢いよく閉まった扉を前に、山野がやれやれと一つ息を零した。 *** 「くっそ、山野の奴、いつまで経っても人で遊びやがって・・・」 幼少期から自分を知り尽くしている山野が相手だとどうにもこうにも分が悪い。 特に花音と恋人関係に変わってからというもの、ことあるごとにからかわれて面白くないったらない。今頃してやったりと書類を見ながら1人ほくそ笑んでいるに違いない。 あぁ、クソッ! 「そもそも花音の奴が俺に一言声さえかけてればこんなことには・・・」 次こそは絶対と言ってたくせに。 最初から逃げる来満々だったのがまた面白くない。 「せ、専務?!」 突然現れた男を前に驚きに固まる社員を前にニッコリ笑う。 彼らが驚くのは当然のことだろう。俺がここへ来るのは初めてなのだから。 最初は数人だったざわつきがたちまち広範囲へと広がっていくのを横目で流しながらすることはただ一つ。目的の人物を見つけ出すことだけだ。 だがそれもほんの一瞬のこと。広い空間でその人物が何処にいるのか、探し出すよりも先に見つけてしまった。まるで自分の体内には専用レーダーが備わってるんじゃないかと思えるほどの早技に、我ながら笑えてきた。 何やら楽しそうに談笑しながら食後のお茶を口にしている女性の後ろから静かに近づいていくと、彼女よりも先に向かいに座る別の社員がこちらに気付いてその顔を驚愕の色に染めた。 まるで金魚のようにパクパクと口を動かしている。 「せ・・・専務・・・!」 「えっ?!」 その言葉に驚いた目的の人物がここにきてようやく俺の顔を見た。 「ハ・・・せ、専務! どうしてこちらへ?!」 「どうして? その理由は君の方がよく知ってると思うけど?」 「 ! 」 ニッコリ笑いながらチクリと痛いところをついてやると、花音の顔がみるみる困惑していく。 それを見ていたら俺の悪戯心にムクムクと火がついた。 「せっかくだから俺もここで何か食べていこうかな」 「きゃーっ、うそっ!」 「え、いや、ちょっと・・・!」 歓喜に湧く女性社員とは対照的に花音はますます焦っている。我ながら意地が悪いなと思いつつ、何度も俺を出し抜こうとする花音を多少なりとも懲らしめてやりたいと思うのも本音なわけで。 「ねぇ牧野さん、どうやって頼むのか教えてよ」 「えっ?! いや、それは、あの、専務・・・!」 「どこに行けばいいの? あっち? ねぇ、一緒についてき・・・」 「す、すみませんでしたっ!!」 ごく自然に肩に手を置いた瞬間、ガッタンと音をたてて花音が立ち上がった。 顔を真っ赤にして、今にも泣きそうな情けない犬のような顔で俺を見上げながら。 ・・・まずい、ミイラ取りがミイラになる。 「大事な資料を準備するのを忘れてましたっ! それを教えるためにわざわざここに来てくださったんですよね? すぐに戻りますから、本当に申し訳ありませんでしたっ!」 「え、いや、」 「すみません、そういうことなので先輩、お先に失礼しますっ!」 「えっ? 牧野さんっ?!」 一緒に食事をしていた同僚の戸惑いを尻目に慌ただしくトレーを持ち上げると、花音はまるでここから逃げるように俺の横をすり抜けて騒がしい食堂から出て行ってしまった。 「あ、あの、専務、よろしかったら私達がやり方をお教えしますけど・・・」 タイミングを待っていたかのようにどこからともなく現れた女性社員の声に振り返る。 見れば自分に自信を持っているのがよくわかるタイプの数名の女子社員がこのチャンスを逃してなるものかとハンターの目をギラギラさせて俺を見上げていた。 同じ仕草でもこうも変わるものなのか・・・ 「ありがとう。でも俺には有能な秘書がついてるから大丈夫だよ。じゃあ失礼するよ」 「えっ・・・?」 営業スマイルを浮かべて唖然とする彼女たちの横をすり抜けると、獲物を捕まえるべく急いでこの場を後にする。出た瞬間、背後から悲鳴のような騒ぎ声が聞こえてきたがそんなことはもちろん完全無視だ。 *** ガンッ!! 「きゃあっ?!」 ほとんど閉まりかかっていた扉の隙間から突如伸びてきた手足に悲鳴が上がった。 「なんで俺を置いていくんだよ、花音」 「えっ・・・せ、専務?!」 開いた扉から現れた俺を目にした花音が驚きに染まる。 役員専用のエレベーターにいるのは彼女1人。俺はすぐに閉ボタンを押すと、ズイッと体を押し込んで花音を壁へと追いやった。逃げ場のない彼女は当然ながら壁と俺に挟まれて身動きが取れなくなってしまう。 「約束したよな? 社食に行くときは声をかけるって」 「う・・・そ、それは・・・」 「花音は俺と行くのが嫌なの?」 「そ、そんなことないっ!!」 必死に首を振る姿にほんの少しだけほっとしたのは内緒だ。 「じゃあなんで。どう考えても意図的に避けてるだろ」 「そ、れは・・・」 「花音、正直に言って」 決して怒らず柔らかい声でそう言うと、花音は困ったような顔でおずおずとこちらを見上げた。 ・・・あー、やばい。この顔には昔っから弱いんだよな。 「・・・だって、ハルにぃと一緒にいたら大騒ぎになっちゃうから」 「別に構わないだろ?」 「よくないよ! ハルにぃは色んな意味で注目を浴びる人なんだから・・・」 「何ら問題ないだろ? お前は俺の秘書で婚約者だ。いつだって俺たちの関係を公にしたって構わないんだ。うちは社内恋愛だって自由だし、誰に何を言われる覚えもない」 「それはまだダメっ!!」 「どうして?」 大きな黒目を揺らしながら、花音はどこか戸惑いがちに言葉を続けた。 「だって・・・まだ社会人になったばかりだし、あたしみたいな新人が専務の下で働くなんて、やっぱり納得がいかない人だっているだろうから・・・」 「お前が実力でうちに入ったのは俺が一番わかってることだろ」 「そうだけど、でも今は自分のすべきことをちゃんとしたいの。あたしたちの関係を公表することでハルにぃが公私混同したって言われるのだけは嫌だから。まずはきちんと認められるような自分になりたいの」 そう言った顔はさっきとは対照的に強い意思に満ち溢れていた。 おっさんとつくしを足して2で割ったような、そんな真っ直ぐな眼差しで。 「・・・花音、正直に答えてくれよ?」 「・・・? うん」 「うちに入って嫌な目にあったりしてない? 陰口言われたり、嫌がらせされたり」 「 ! ・・・ううん、なんにもないよ」 「本当に? 正直に言えよ? もし後で嘘だってわかったら本気で怒るからな」 「本当に本当。・・・あたしのことが話題になってるのを偶然耳にしたことはあるけど、嫌な目にあったりとかは本当にないの。だから何も心配しないで?」 「・・・・・・」 その真意を探るべく花音の目をじっと見つめる。 一点の曇りもないその瞳は嘘など言っていないことを如実に語っていた。 「・・・わかった。お前の言うことを信じるよ。ただし少しでも何かあればすぐに俺に言うこと」 「わかった。ハルにぃ、心配してくれてありがとう」 「こうでも言っておかないとお前は何でも1人で抱え込むからな。まぁ入社して1ヶ月そこそこで俺たちの関係を公表することに気が引けるってお前の考えも理解できるし、もう少しは様子見にしておく」 「えっ・・・いいの?」 「いいもなにも、お前はそれを望んでるんだろ?」 「う・・・ごめんなさい・・・」 シューンとわかりやすく落ち込む姿にたまらず笑ってしまった。 「ただし近い将来俺たちは結婚する。黙ってられる期間もそう長くはない。それはわかってるな?」 「うん。だからこそそれまでは精一杯頑張りたいの。・・・あっ! もちろんそれからも変わらずに頑張るんだよ? えーと、なんて言えばいいのかな、」 「クスッ、わかってるって。お前の言いたいことは全部わかってる。俺の立場上、お前の存在を公表するしないにかかわらず何かしらやっかみを抱く人間は出てくるかもしれない。俺の知らないところでお前がそんなことに苦しめられることは絶対に許せないんだ。だから絶対に1人で全てを抱え込むな。何かあれば俺に言え。お前のためだけに言ってるんじゃない、そうすることが俺たちのためになるから言ってるんだ」 「あたしたちのため・・・」 「そうだ。これからはどんなことでも2人で乗り越えていく。そうだろ?」 「ハルにぃ・・・」 うるっと瞳を揺らすと、キュッと唇を噛んでゆっくり大きく頷いた。 ・・・あー、もう限界だ。 「・・・? ハルにぃ?」 「少しだけ充電」 「えっ? えっ?! ちょっ・・・ここ会社だよ! 今仕事中だよっ!!」 壁に手を当てたままゆっくりと顔を近づけていく俺の体を花音が必死で押し留める。 が、止まってやる気などさらさらない。 「大丈夫。昼休みが終わるまであと5分あるから」 「でもっ、ここエレベーターの中っ、誰か来たらっ・・・!」 「それも大丈夫。扉が開く時にはいつも通りに戻るから」 「そっ、ハルにぃっ・・・!」 「もう黙って? 花音」 「ハル・・・んっ・・・!」 まだ何か言いたげな唇ごと塞いでしまうと、途端に小刻みに震え始めた体ごと抱きしめた。 こういうことに慣れていない花音は未だにこうする度に震えてしまう。本人は全くの無意識のようだが、それがまた俺の庇護欲を掻き立てていることを本人は気付いているのだろうか。 ・・・なんて、考えるまでもないか。 大事に大事に、何よりも大切にしたい俺のお姫様。 「んぅっ・・・ハァっ・・・!」 ポーーーーーーン 花音の口から艶めかしい吐息が漏れたところで電子音が響く。 扉が開く直前もう一度啄むようにキスを落とすと、次の瞬間俺のスイッチが切り替わった。 今起こったことがまるで嘘のようにクールな仮面を被ると、放心状態で固まる花音に振り向きざまに言った。 「じゃあ牧野さん、また後で」 花音にしか見せない特別な笑顔を見せてエレベーターを後にする。 後ろを振り向かなくとも、背後では彼女がズルズルと真っ赤な顔でへたり込んでいる姿が目に浮かぶ。そのことでまた顔が緩みそうになるのをグッと堪えた。こんな姿を見られたらまた山野にどんな嫌味を言われるかわかったもんじゃない。 「・・・にしてもやばい、かなりの中毒性があるな・・・」 専務と秘書の甘美な秘め事。 まさか自分が職場でこんなことができる人間だったとは。一番驚いているのは他でもないこの俺自身だ。 果たしてこの調子で本当に自分を抑え続けることができるのだろうか? その自信は・・・・・・まるでない。
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王子様の憂鬱 1
2015 / 12 / 28 ( Mon ) 「あ~、今日も王子は爽やか~!」
「あんなにイイ男なのに独身だなんて信じらんない!」 「でもヘタに誰かのものになるよりは独身でいてくれた方がよっぽどマシじゃない? 独身ならたとえ僅かでも可能性は誰にでもあるんだから」 「やだ~、あんたったら夢見すぎ! 相手は大企業の専務よ?」 「バカね、世の中嘘のようなほんとのシンデレラストーリーもあるのよ! 前に言ったでしょ? 道明寺ホールディングスの社長が結婚相手に選んだのは超貧乏人の一般人だったって!」 「・・・そういえばそんな話してたわね」 「何か裏事情でもあるかと思えば結婚して20年以上経った今でも超ラブラブの純愛婚だっていうじゃない!」 「え~、素敵ぃ~っ!!」 「つ・ま・り! あたしたちだってそのシンデレラになる可能性は・・・」 「「「 ゼロじゃない?! 」」」 全員の声が見事にハモると、きゃ~っと黄色い歓声があがった。 「あ~、でも毎日あんな王子様を拝めるだけでも幸せ・・・」 「見た目もよくてステイタスがあるって卑怯よね~。一緒に仕事した人からは優しいって専らの評判だし、非の打ち所がない王子様だわっ!」 「でもさぁ、春から専務の下に新人がついたんでしょ? しかも女っ!」 「そうっ、そうなのよっ! 新卒なのにいきなり専務付秘書ってありえなくない?!」 「ほんとほんと、だって専務には山野さんっていう完全無欠のスーパー秘書がいるのに! 若手を育てるのに第2秘書をつけることもあったけど・・・専務付は男ばっかりだったでしょ? なんで今回だけ女なのよ?!」 「明らかにおかしいわよね・・・あんたその子の顔見たことある?」 「あたしはないけど別の部署の子はチラッと見たって言ってたわ」 「そうなの?! どんな感じだって?」 「それがさ・・・眼鏡はかけてるけどどうも可愛いらしいのよ」 可愛いという聞き捨てならない言葉に女達の目がピクッと光った。 「可愛いって・・・マジ?」 「あたしが見たわけじゃないからわかんないけど、遠目で見た感じはそうらしいのよ」 「やだやだやだーっ!! 王子に女の部下がついたってだけでも嫌なのに、可愛いだなんて絶対に認めないっ! 百歩譲ってもブスかデブ以外はいやっっ!!」 「あんたの気持ちはわかるけどさ、さすがに人事に関してはどうにもできないじゃない」 「・・・今度探しに行ってみる?」 「えっ?」 「その子のこと」 「探すって・・・フロアも全然違うのに会うチャンスなんてないんじゃない?」 「友達の友達が秘書課にいたはずだから、ちょっと探りを入れてもらえないか頼んでみるわ!」 「マジ?」 「マジマジ!!」 「それってちょっと楽しみかもー・・・って、あっ! ちょっと、時間っ!!」 「えっ? ・・・やばっ、急いで戻らなきゃ!」 「あっ? ちょっと待ってよぉっ!!」 慌てて口紅をポーチに押し込むと、バタバタと騒々しい音をたてながら女達は廊下の向こうへと消えていった。 ・・・・・・・・・ガチャッ 声が完全に聞こえなくなってからさらに数十秒後、1つの個室の扉が控えめに開けられた。 「・・・・・・・・・・・・・・・」 足音をたてないようにそろりそろりと洗面台の前までやって来ると、鏡の中に写る自分を見ながら盛大に溜め息をついた。 「はぁ~・・・10分近くも個室に閉じ込められるなんて・・・さすがに予想外でしょう」 どれだけお腹が大変なことになってると思われることやら。 もう一度溜め息をついたところで時計を見て一気に青ざめた。 「まずい、ほんとに時間がない! 資料を取ってすぐに戻らなきゃ!」 周囲にさっきの女性人がいないことを確認すると、一目散にその場から駆け出した。 *** この会社には王子様がいる。 眉目秀麗、物腰は柔らかいのに頭はキレる。 もっている肩書きは文句なし、おまけに独身。 そんな男を世の女性が放っておくはずもなく。 未だ空白の妻の座にになんとかして自分が!と思う女は後を絶たず、身分違いとわかっていても夢を見る女達も数知れず。 そんな王子様がここにはいる。 「う゛~~・・・お゛もっ・・・!」 ヨロヨロと今にも倒れそうな体を気合と根性でなんとか奮い立たせる。 本当は二度に分けて運ぶつもりが予定外に時間がなくなったせいで一度で運ぶ羽目になってしまった。仕事は時間厳守。ましてや秘書たるもの、上司が円滑に業務を行えるようにするのは当然のこと。 「ノ、ノック・・・」 両手は完全に塞がった状態。ラッキーなことに偶然居合わせた人に扉を開けてもらえながらここまで来たはいいものの、最後にして最大の難関が立ち塞がった。 たった一枚の専務室の扉が重くて遠い。 あいにくもう一人の上司である山野は今日は別件で不在だ。 時間を考えれば自室に戻って荷物を二分している余裕はない。 ・・・ここは最後の力を振り絞るしかなさそうだ。 ふぅっと深呼吸して心を整えると、必殺片手持ちをするべく全身に力を集中させた。 「せーの・・・わわっ?!」 が、右手を動かした次の瞬間、それまで自分に襲いかかっていた重力が一瞬にして消え去った。 踏ん張っていた体はその急な変化についていけず、途端にバランスを失ってしまう。 「わぷっ!」 よろけた体が顔から何かにぶつかると、ふわりと柔らかな香りが体中を包み込んだ。 「なんでこんな重いもの1人で持ってるんだよ」 「えっ・・・?」 頭上から降ってきた声に顔を上げると・・・ 「言っただろ? 1人で頑張りすぎるなって。お前の悪い癖だぞ」 さっきまで自分が両手で必死に持っていたのがまるで嘘のように、片手でいとも簡単に書類を持ち上げているその男性。 「ハルに・・・専務」 「フッ、2人きりのときはいつも通りでいいって言っただろ。 花音」 そう言って木漏れ日のような優しい笑顔を見せたこの人は・・・ 誰もが憧れる王子様であり、 あたしの初恋の人でずっとずっと好きだった人であり、 あたしの上司であり、 ・・・そして、あたしの恋人だ ____
根強いリクエストにお応えしてついにスタートです!30超えて初恋状態のハルと天然小悪魔花音のイチャラブをどうぞお楽しみください(*^^*)そしてつかつくファンの皆様もご安心を。我が家ではレアな中年つかつくがここでも活躍しますのでそちらもあわせて楽しんじゃってくださいねっ! |
悪夢再び
2015 / 12 / 27 ( Sun ) クリスマスも終わり、皆様どんな年末をお過ごしでしょうか(o^^o)
私はここ数日咳という悪魔の再襲来に遭遇し、眠れぬ夜を過ごしております。 いやー、きつい! きついったらきついっ!!(≧Д≦)ウエーン 今年は咳に苦しめられることが何度かあったので、年末ということもあって症状が軽いうちに早めに病院に行って薬ももらってきてたんですが・・・症状は悪化するばかり(=_=) もう一度病院に行ってもう少し強い薬を処方してもらうハメになりました。 うー、ぐっすり眠りたい・・・ と前置きはここまでとして。 クリスマス短編 「 Holy Night 」、たくさんの反響をいただきまして有難うございました! 冒頭があんな終わり方だったのでね、しかも前日との作風のギャップもあって尚更皆さんの戸惑いの反応が大きかったです(笑)後編では本当にたくさんのコメントをいただきまして、うんうんとどれも頷きながら読ませてもらいました。(すみません、お返事は少しずつさせてもらいますね) コメントの中に「もしかして・・・」といくつかあったんですが・・・はい、あれは大筋で実話なんです。 もちろん話を書く上でちょこちょこ変更した点もありますが、書きながらつくしの気持ちが自分にシンクロしてグワーーーっと泣きながら一気に書き上げました。多分過去最短じゃないかっていうくらいスラスラと手が動いて(^_^;) 現代病と言っても過言ではないこちらの問題。自分自身も本当ーに色々なことがありました。(話しだしたら連載ができそうなので割愛します・苦笑) 実はお話の結末は2つのパターンが用意されていました。 子どもができるパターンと結局できないパターン。最初からできる前提で書いていたわけではありません。 正直、どちらでもよかったんです。このお話を通して描きたかったのはそこではなかったので。 もしできなくても、彼らならきっと仲睦まじいまま幸せな老後を送っていたんだろうなと思いますから。 ただ、今回はぶわっと浮かび上がってきた時期がちょうどクリスマス前だったということと、短編で書こうとしていたことで、王道パターンのハッピーエンドの方がいいのかな?と考えてああいったラストにしました。 もしあのお話を長編で書いていたとしたら、私は迷うことなくできない方を選んでいたと思います。それでも幸せに生きていく彼らを描きたいので。 ラストを見て「よかった!」と思っていただいた一方で、ただ純粋によかったと思うだけではない何かが残りましたといった感想を数多くいただきました。その言葉をもらっただけでもこのお話を書いてよかったなと思いました。 「当たり前なんてない」 これは本当に身をもって感じたことです。 今回予想を上回る反響をいただいたことに、私自身もまた自分を振り返るいいきっかけをもらった気がします。 さて最後に今後についてですが。 今日は昨日の余韻もまだ残ってるのでお休みをいただきたいと思います。 で、次回から何を更新するか・・・ですが。 リクエストの多かったハルと花音のオフィスラブ(?)を少し書こうと思ってます。予定は10~20話ほど。根強いリクエストのあるパス付きもいずれあるかもしれません。(えっ!!) もちろん司とつくしももれなく活躍しますのでそちらも楽しみにしていただけたらなと。 年末年始はこちらの作品とつかつくの短編を更新できたらいいなと思ってます^^ 余裕がありそうなら明日から。無理そうなら明後日から更新します。 なので始まる前にもう一度 「愛を聞かせて」 を復習しておくとより楽しんでもらえるのではないかなと思っています。 復習はコチラから → 「 愛を聞かせて 」 ちなみに新作のタイトルは 「 王子様の憂鬱 」 の予定です。 え? なんとなく内容が思い浮かぶって? ふふふ、その王道を是非楽しんじゃってくださいね( ´艸`) ではではまた明日お会いしましょう!(か明後日か。笑) ヾ(*´∀`*)ノ
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Holy Night 後編
2015 / 12 / 26 ( Sat ) 医師から告げられたことを正直に話したあたしにあいつが言った言葉 ___
『 だからなんだ? そんなことは俺たちにとって何の問題もない 』 少しも考えることもなく即答したあいつに、あたしの心は打ち震えた。 そして心のどこかで彼ならきっとそう言うに違いないと信じていたし、そう期待もしていたのだ。 思いも寄らぬ宣告にショックを受けたのも事実だけど、悲観してばかりはいられない。 そう、可能性がたとえ1%でも残されているのなら。 その可能性を信じて前を向いて進んでいくだけ。 司は無理してまで子どもを作る必要なんかないって言ってくれたけど、あたしに迷いはなかった。 あいつに温かい家族をつくってあげたい、それはあたしの何よりの夢だったから ___ けれど現実はそんなに甘いものではなかった。 検査結果を受けていきなり体外受精から入ったものの・・・望まない結果が繰り返されるだけ。 やがて時間と共に顕微授精へとステップアップしたけれど、そこでも結果は同じ。 今度こそ! と期待を抱いて胎内へ戻しても、そのうち駄目になって流れてしまう。 そんなことの連続だった。 頑張ろうと気持ちが空回りするばかりで、結果は全くついてこない。 辛いなんて弱音を吐くことは許されない。だって、あたしは経済的に恵まれてるんだから。 お金の心配をせずに治療に打ち込ませてもらえる。それだけでもどれだけ幸せなことなのか。 だから、絶対に弱音なんて吐いちゃいけない ___ あたしは知らず知らず自分を追い詰めていった。 気が付けば治療を始めてから4年目に突入した頃、突然あいつが言った。 『 俺はお前がいれば後は何もいらない。辛い治療を続けて悲しむお前を見るよりも、子どもがいなくたってずっと笑っていられる2人でいたい 』 と。 涙が止まらなかった。 あたしを慰めるためじゃない。 あいつは心の底からそう思って言ってくれたんだってわかってるから。 自分がどれだけ幸せなのか、いつバチがあたってもおかしくないほどに恵まれているのか。 こんなにも自分を愛してくれる人と巡り会うことができた奇跡。 その奇跡にこれほど感謝したことはない。 それなのに・・・ それと同時にどうしても消すことのできない罪悪感があたしの中で渦を巻き始めた。 どうして・・・どうして神様はこんなに残酷なのか。 誰よりも家族の愛を知って欲しい男に、何故こんな試練を与えるのか。 あいつにそっくりな子どもを抱かせてあげたい、くだらないことで大笑いしたい。 そうすればあいつはもっともっと本当の自分を取り戻すことができるのに ___ あたしの心を疲弊させていったのは自分自身だけではない。 道明寺財閥の副社長という立場上、ありとあらゆる人脈がある。 何かにつけて人と会う度に、 「お子さんはまだですか?」 と決まり文句のように言われる。 結婚した夫婦に対してありふれたはずの会話が、こんなにも鋭い凶器へと変貌するなんて。 自分がそうなるまで気付きもしなかった。 今になって思う。これまで自分は知らず知らず無神経なことをしていなかっただろうかと。 上手く話を流してくれるあいつの横で作り笑いをするあたし。 そんなことを繰り返していくうちに、いつしか笑おうとすると息苦しささえ感じるようになっていた。 そんなあたしをあいつは大事に大事に労ってくれた。 その優しさが嬉しいと思う一方で、とてつもない罪悪感が自分に襲いかかるのだ。 自分は心配ばかりかけて一体彼に何ができるというのだろうか。 何が雑草のつくしだ。 ポキッと根元から折れてしまっては、いくら雑草だって立ち上がることなどできやしない。 情けない。 悔しい。 腹が立つ。 ・・・・・・悲しい。 どんなに這い上がろうとしても、出口の見えない底なし沼のように負の感情から抜け出せなくなってしまったあたしは、結婚してから6年目のあの日、あいつへ離婚届を差し出した。 別れるなら早いほうがいい。 あいつにはいくらだって家族をつくるチャンスがあるのだから。 最初は寂しくても、いつかあいつが幸せな家族を築いてくれるなら・・・あたしは心の底から笑って祝福したい。それは嘘偽らざる本音だった。 あいつは優しいから自分からそんなことを言い出したりしない。 だから、あたしの方からあいつを自由にしてあげなければ ____ 『 いいか、つくし。二度とこんなバカな真似はするな。もし万が一こんなことをしようものなら・・・俺はお前を殺して自分も逝く 』 「 ・・・っ! 」 『 俺は本気だ。それほどにお前が俺の全てなんだよ 』 「 ・・・っうぅ゛っ、つかさっ・・・づがざぁあっ~~~っ・・・! 」 『 ・・・さっきは殴って悪かった 』 ぶんぶんと必死で首を振る。 こんな時まであたしの心配をしてくれるあんたは心の底から優しい人だ。 こんなに弱くて愚かで自分勝手なあたしだというのに。 獣のように激しい一面と表裏一体で併せ持つ優しさ。 そんなあんただからこそあたしは家族をつくってあげたかった。 ・・・ごめんね、司。 それでもあたしはあんたといたい。 あんたがあたしを必要としてくれる限り、この命が尽きるまであんたの傍を離れたくない。 ううん、ずっとずっと、たとえ命が尽きようともあんたと一緒に ___ 久しぶりに懐かしい夢を見た。 もうずっと前に割り切っていたはずのちょっぴり苦い思い出。 最大の試練を乗り越えたあたし達は、まるで憑きものが落ちたかのように日々が笑顔で溢れるようになった。子どもが欲しくないわけじゃない。それでもお互いにとって一番大事なことが何なのか、ようやく気付くことができたから ___ 今を精一杯に生きる。 それこそがあたしたちにとって一番なんだって、やっとわかったから。 それでもふとしたときにこうしてセンチメンタルな気分になるのは、今日がクリスマスだから。 10年前のあの日を思い起こさせるこの日だけは、ほんの少しだけ苦い痛みをあたしに与える。 そしてその度に大事なことが何なのかを気付かせてくれるのだ。 「ん・・・」 体が、だるい・・・ ここは・・・どこ・・・? 「気が付いたか?」 「え・・・? あ・・・つかさ・・・?」 ぼやけた視界に浮かび上がってきた輪郭、それはこの世で一番愛する人。 やけに心配そうに覗き込むその顔に、自分の記憶を必死でたぐり寄せる。 「あたし・・・?」 「覚えてねぇか? お前パーティの最中に倒れたんだよ」 「倒れた・・・?」 そういえば朝から体が重かったことを思い出す。ここ数日は思うように眠れず、そこに加えてしっかり道明寺夫人としての役目を果たさなければという重圧がのし掛かって、結果的にこんな失態をおかしてしまった。 そう、今自分がいるのは病院だ。 「ごめんなさい! あたし・・・!」 「起きなくていい。寝てろ」 「でもっ・・・!」 「パーティならとっくに終わってる。それにお前は既に自分の役目をしっかり果たしてる」 「・・・・・・」 その言葉にどっと力が抜けていく。 道明寺の後継者をつくってあげることができないのならば、せめて自分にできることは常に全力で取り組もうと思っていたのに。こんな形で穴を開けてしまうなんて・・・自分はどうしてこうも空回りしてしまうのだろうか。 潤んできた視界にグッと唇を噛むと、つくしは見られまいと黙って俯いた。 そんなつくしの頬に温かな手が優しく触れる。 「・・・お前ずっと我慢してたのか?」 「・・・え?」 「ずっと体調悪かったんじゃねぇのか?」 心配しながらもどこか怒っているような声に思わず顔を上げた。 その表情は何とも言えない複雑なもので・・・何を考えているのか読めない。 「どうして言わなかった」 「いや・・・言わなかったってわけじゃなくて、単なる寝不足だったから。ほら、あたしって未だにパーティとか慣れないでしょ? だからどうしても緊張して眠れなくてさ。今回は司もいないってわかってたから余計に。だから別に体調が悪かったってわけじゃ ___ 」 「もうお前1人の体じゃねぇんだぞ」 「・・・・・・え?」 言われた言葉の意味がわからずにキョトンとする。 ・・・どういうこと? わけがわからずにいるあたしの両手を握りしめると、司はそっと手のひらに口づけをしながらあたしを見つめた。 「 ・・・お前の腹の中に俺たちの子どもがいる 」 ・・・・・・・・・・・・え・・・? な・・・に・・・? いま、なに、を・・・ 「子どもができたんだ」 ギュウッと握りしめられた手に我に返る。 ハッとして顔を上げれば・・・司が笑っていた。 はにかむような、照れくさいような、一言では表現できない初めて見る顔で。 「う・・・うそ・・・」 「じゃねぇよ」 「な、何かのじょうだ・・・」 「こんな悪趣味な冗談誰が言うか」 「・・・・・・・・・」 未だ放心状態のあたしに痺れを切らしたのか、司の手が再び頬へと戻って来る。 自分から目を逸らすなと言わんばかりにしかと支えられた視界が捉えるのは司だけ。 でもその端正な顔もすぐにグチャグチャに歪んで見えなくなっていく。 「嘘・・・でしょう・・・? だって、だって・・・!」 「あぁ、医者だって驚いてたさ。でも医学は絶対じゃない。可能性がほんの僅かでもある限り、それはいつだって起こりうる。それが俺たちにも起こっただけのことだって。だからこれは奇跡なんかじゃねぇ。俺たちはたまたま人よりも時間がかかっただけなんだ」 「・・・うぅっ・・・つ、つかっ・・・」 「子どもがいなくたって何ら構わねぇっつー俺の考えは変わらない。だがお前が笑ってくれるならそれが一番いい。・・・だから体を大事にしろよ」 「つっ・・・づがざぁっ・・・!」 「おう、好きなだけ泣け」 「うっ・・・うぅっ・・・うわ゛ぁああああぁああああん!」 あたしがこんなに泣いたのは10年ぶりだった。 全てを割り切って、受け入れて、そして諦めたあの日。 まるで生まれたての赤ん坊のように泣いて泣いて、泣いて。 それから10年。 結婚して15年、司が間もなく40という節目を迎えるこの冬 ___ 何の前触れもなく突然天使は舞い降りた。 「 大事に育てていこうな 」 「 うんっ、うんっ・・・! つかさぁっ・・・! 」 「 ははっ、お前の方がよっぽど赤ん坊みてーだな 」 そう言って笑いながら涙を拭ってくれたあなたの顔をあたしは一生忘れないだろう。 クリスマスはいつもちょっぴり切ない。 けれどそれも今年まで。 あたしはきっと、今日この日を思い出す度に人目も憚らず大泣きするのだろう。 喜びに顔をぐしゃぐしゃにして ____ Merry Christmas !
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Holy Night 中編
2015 / 12 / 25 ( Fri ) 『 今なんつった・・・? 』
その声は震えていた。 怒りに、悲しみに。 ありとあらゆる負の感情が入り交じって。 それでもあたしは構わずに言葉を続けた。 『 だからあたしと離婚してください。あたしの分はもう書類に捺印してるか・・・きゃあっ!! 』 バシィッ!! 乾いた音が広い部屋に響き渡る。 勢い余って床に倒れ込んでしまったあたしを、あいつが今にも泣きそうな顔で見下ろしていた。 ジンジンと熱を持つ頬に不思議と痛みは感じない。 あたしは殴られて当然のことをしているのだから。 それよりも、今目の前で苦しげに顔を歪めている男を見る方がよっぽど痛い。 『 ・・・ざけんなよ・・・・・・ふざけんなっ!! 』 「 ふざけてなんかいない! あたしは真剣にっ・・・! 」 『 だからそれこそがふざけてるっつってんだよ! 離婚? 捺印した? この俺がそんなことを許すわけがねーだろうが!! 』 「 だって! だってっ・・・!! 」 『 いくら子どもがいたってお前がいなきゃ何の意味もねぇんだよっ!! 』 「 ・・・・・・っ! 」 空気を切り裂くような悲痛なその叫び声に息が止まる。 座り込んだまま呆然と見上げるあたしの前にゆっくりと跪くと、あいつはあたしの両手を握りしめて顔を埋めた。その手は微かに震えていた。 『 なんで・・・なんでわかんねぇんだよ・・・。俺にはお前が全てなんだって・・・ 』 「 ・・・・・・ 」 『 子どもができない? それが何だっつーんだよ。んなこと俺たちの人生に何の関係もねぇ 』 「 でもっ、あんたはっ・・・! 」 『 道明寺の後継者だからって? だからどうしたんだよ。実子じゃなきゃ後を継げない法律でもあんのか? あるとするならそんな法律は俺が変えてやる 』 「 そんなバカなこと・・・ 」 『 バカ? 馬鹿げてんのはお前の方だろうが。子どもがいないだけで何故俺たちが別れる必要がある? 俺は子どもが欲しくてお前と結婚したんじゃねぇ。お前と人生を歩みたくて家族になったんだ。逆にお前は俺に子どもをつくる力がないんなら俺を捨てるのか?」 「 そんなわけないじゃないっ!! 」 即座に否定した言葉は思いの外大きな音で響き渡る。 自分でも驚くほどのその声に、司は何故か嬉しそうに笑って見せた。 『 だろ? そんなん俺だって同じだ。子どもの有無なんてどうだっていい。お前さえいれば 』 「 でも、でも・・・あんたは・・・ 」 『 今時養子をもらうことは珍しいことじゃねぇ。それに、姉ちゃんのところにだって子どもはいる 』 「 でも、でもっ・・・! 」 あたしはあんたに 『 家族 』 をつくってあげたかった。 愛情を知らずに育ったあんたに、愛ってこんなにも素晴らしいんだよって。 そんな笑顔溢れる家族の姿をあんたに ____ 『 つくし・・・やっぱりお前は何もわかっちゃいねぇ。たとえ10人子どもがいたってなぁ、そこにお前がいなきゃ何の意味もねぇんだよ。お前たった1人の価値に敵う存在なんて、この世のどこを探したっていねぇんだよ! ・・・俺はお前がいて初めて人間らしく、俺でいられんだよ・・・ 』 「 つ、かさ・・・ 」 『 お前さえいれば俺は何も望まない。・・・お前を愛してる 』 「 つか・・・っ 」 パタパタと、どこからともなく音が響いてくる。 それはとめどなく続いていき、やがて完全に視界が歪んだときに初めて自分が大粒の涙を流しているのだと気付いた。 『 つくし・・・ 』 「 うぅっ・・・うぅ゛ーーーーーーーーーーーーっ・・・! 」 『 お前を愛してるんだ・・・お前以外は何もいらない。お前だけ・・・ 』 「 あぁ゛ーーーーーーっ・・・! 」 まるで壊れた機械のように、手負いの獣のように大声で泣き崩れるあたしの体を、あいつは優しく優しく抱きしめた。壊れないように、労るように。けれど絶対に離さないという強い意思だけは伝わってきて、あたしの涙腺は完全に崩壊してしまった。 張り詰めていた糸が切れてしまったように、ただひたすらに声を上げて泣いた。 「・・・・・・え? 今、なんと?」 「・・・ですから、奥様は非常に妊娠しづらい体質であることが判明しました」 医師から告げられた言葉に頭が一瞬にして真っ白になる。 ・・・何? 妊娠しづらい・・・? ・・・一体、誰が・・・? 「数ヶ月にわたり精密検査をしてきましたが、奥様の場合は卵子を作る機能に・・・」 具体的な説明をしてくれているというのに何一つ頭に入っては来ない。 何も、 ___ 何も。 『 お子さんはまだですか? 』 そんな何気ない他人の一言が気になるようになったのはいつからだっただろう。 子どもなんて、結婚して欲しいと思えばそのうち自然にできるんだって信じて疑わなかった。 だからすぐにできなくたって、夫婦仲良くしてればいつかその時が来るって深く考えもしなかった。 『 一度軽い気持ちで検診受けてみるのもいいんじゃないですか? 健康診断にもなりますし 』 そんな桜子のアドバイスで初めて婦人科を訪れたのは・・・結婚してから2年経ってのことだった。 そしてそこで告げられた衝撃の事実。 全くもって想定だにしていなかった事態に、頭は完全に考えることを拒否してしまっている。 「あ、あの・・・しづらいってだけでできないってわけじゃないんですよね?」 そう。彼女は 「できない」 とは言ってはいない。 そんな淡い期待に胸を膨らませながらそう尋ねたが、医師の表情は晴れないまま。 そのことがまた暗黒の世界へと自分を突き落としていく。 「仰るとおりできないわけではありません。ですがデータを見る限り奥様の場合は自然妊娠は限りなく難しい状況なのも事実です。ですから人工授精や体外受精などの不妊治療へとステップアップされることが望ましいかと。卵は少しでも若い方がいいですから、取り組むお気持ちがあるのでしたらすぐにでもなされた方がよろしいかと思います」 「・・・・・・」 「・・・突然のことで混乱もおありでしょう。自然妊娠が不可能なわけではないし、治療をすれば子どもができるという保証もありません。何よりも治療は心に無理な負担をかけてまでするものではないと思っています。ご夫婦の問題ですから、ご主人とじっくり話し合われて答えを出されてくださいね」 そう言って優しく微笑みかけてくれた女医の顔がやけに歪んで見えた。 ・・・あぁそうか、あたしは泣いているんだ。 この涙は何? 悲しくて泣いてるの? ・・・違う。 不甲斐ない自分自身への怒りで泣いてるんだ。 今までだって気付くチャンスはいくらだってあったはずなのに、何故あたしはこんな大事なことに気付かなかったのだろう。 「 当たり前 」 なんてこの世には存在しないのに、目の前の幸せで頭がいっぱいになって、そこかしこに転がっていたその可能性を素通りしてしまっていた。 あいつと一緒になるまでたくさんの試練を乗り越えたんだから、この先にはもう幸福な未来しかないなんて、そんな馬鹿げたことをあたしは本気で信じていたのだ ____
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Holy Night 前編
2015 / 12 / 24 ( Thu ) 聖なる夜は思い出す。
あなたと誓ったあの約束を ____ 「つくしぃ~~~~!」 一通りの挨拶を済ませてほっと一息ついたところで耳馴染みのある声が聞こえてきた。 見なくともともわかるその声にクスッと笑うと・・・ 「諒くん、久しぶりっ!!」 振り向くと同時に飛び込んで来た小さな体を正面から受け止めた。 「こら~っ! 呼び捨てするなって言ってるでしょーがっ!!」 「滋さん・・・久しぶり!」 「つくし~~!! 逢いたかったよぉっ!!」 「わっ?! あははっ!」 後ろから追いかけてきた母親は息子に説教をたれながらもとる行動は全く同じ。 いきなり抱きついてきたかと思えば親子揃ってギュウギュウしがみついて離れない。 もう何年経とうと変わらない光景だ。 「元気だった?」 「もちろん! 滋さんは?」 「見ての通り元気元気!」 「つくしぃ~、俺も元気だったぞ!」 「あはは、それはよかった。またグンと大きくなったね?」 「あったり前だろー? ご飯モリモリ食って早くつくしを追い越すんだからな!」 「あはは、それは楽しみだなぁ~!」 「こらっ、だから呼び捨てはやめなさいって言ってるでしょっ?!」 「あははは!」 おしとやかなお嬢様とはほど遠かった滋も今では二児の母。 結婚と同時に海外移住が決まり、今ではこうして節目の時に会うくらいしかできなくなってしまったが、たとえ会える回数が少なくとも自分たちの友情は何も変わらない。 「毎日大変そうだね」 「ほんとにね~! 家に怪獣がいる感じ」 「あははっ、でも滋さんも負けてないからバランスは取れてるんじゃない?」 「ちょっとー?! どういうことよっ!」 「あははははっ!」 楽しそうに笑うつくしを見て一瞬だけ言葉に詰まったが、滋は笑顔でお腹に手をあてた。 「実は・・・さ、来年もう1人増えるんだわ」 「えっ?」 その言葉に目を丸くしたつくしは滋のお腹を凝視した。 まだぺたんこのその場所だが、滋の顔は既に母性で溢れている。 「そうなの?! それはおめでとう~~!! 体大事にしてね!」 「ふふ、ありがと」 「あ~、そんな時にわざわざこっちに来てもらっちゃって・・・大丈夫だった? ごめんね、無理させちゃったよね」 「何言ってるの! あたしにとってもこれが楽しみの1つなんだし、無理だと思うならそもそも来ないから。だから何にも気にしないでいいんだからね?」 「滋さん・・・ありがとう」 「お礼を言うのはこっちの方。いつも招待してくれてありがとね」 あらためて感謝の気持ちを伝え合うのはどこか照れくさい。 「そういえば司は?」 「あー、数日前からちょっと色々とね。今も会社に行ってる。もうすぐ戻って来るみたいだけど・・・」 「そっか~、相変わらず忙しいんだね。だからつくしが1人で挨拶回りしてたんだ。納得納得。な~んか、すっかり道明寺夫人になったんだねぇ」 「やだ、全然そんなんじゃないから」 「え~? 誰がどう見たって立派な女主人でしょ。つくしが来てからこういうパーティもすっかり様変わりしちゃってさぁ。昔はもっと無機質な感じだったのに、今ではアットホームな雰囲気で来る人も楽しいと思うよ?」 「あはは、だといいんだけど」 「そうだって! もっと自分に自信もっていいんだよ、つくしは」 「・・・ありがと」 なんだかむず痒くて鼻を掻いたところで遠くから滋を呼ぶ声が聞こえてきた。 「あ、ごめん。ちょっと行かなきゃ」 「うん、今日はほんとにありがとう」 「またあっちに戻る前に連絡するから!」 「了解! 諒君、またね!」 「つくし、またなっ!!」 ブンブン笑顔で手を振る男の子に負けじと手を振りながら、そんな親子の姿が人混みに消えた瞬間、何故か全身から力が抜けていくのを感じた。 言葉に表すことのない脱力感、虚無感。 笑っていた顔が無意識のうちに真顔へと戻っていく。 ダラリと落ちるようにして手が下がると、つくしは華々しく賑わう会場をどこか他人事のようにぼんやりと眺めた。 「・・・・・・ちょっと疲れが溜まってるのかも」 司がいない分自分がしっかりしなければと気を張りすぎたのもしれない。 道明寺夫人として恥じることのないよう、陰で笑われたりしないようにと。 その張り詰めた心は体を誤魔化すことまではできなかったのか、今日が近づくにつれて日に日に眠れない夜が続いた。 懐かしい友に会ったことで緊張の糸がプツリと切れてしまったかのように、体は思うように動いてはくれない。 「あ・・・ほんとにやばい、かも・・・」 覚えているのはそう口にしたところまで。 次の瞬間グラリと視界が反転すると、つくしの意識はそこでプツリと途絶えてしまった。 ガタガタガシャーーーーーンッ!! 「きゃあーーーっ!!」 「奥様っ?! 奥様っ! しっかりなさってくださいっ!!」 「誰か、救急車っ! 救急車を早くっ!!」 遠ざかっていく意識の向こうで何か騒がしい音がする。 けれどそれが何かなんてわからない。 クリスマスの度に思い出す。 そして思い出してはちょっぴり切ない痛みを伴う。 何故ならあたしは・・・ 『 あたしと離婚してください 』 10年前の今日、あいつに離婚を申し出たのだから ___
昨日は2回更新しています。(そして 「また逢う日まで」 完結しました!) 見落としのある方は是非そちらもご覧くださいね^^
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また逢う日まで エピローグ
2015 / 12 / 23 ( Wed ) 本日2回目の更新となります。見落としのある方はご注意を!!
「ねぇ、ほんとにやるの・・・?」 「あ? ここまで来て今さらなに言ってんだ」 「だって・・・人目だってあるのに・・・」 「んなもん今さらだろうが。お前を世界に紹介するには一石二鳥なんだよ。ほら、来い」 「わわっ!」 グイッと純白の手袋を嵌めた手を引くと、一気に眩しい太陽が姿を現す。 その瞬間ワァーーーーーッと歓喜と祝福の嵐が巻き起こった。 「つくしーーーーっ、綺麗だよ~っ!!」 「よう、牧野っ、今日だけは別人みたいに綺麗に化けてるぞ!」 「つ、づぐじぃ~~っ!」 「おい親父、しっかりしろよ!」 「うぅ゛っ・・・」 溢れる人波の先頭に立つのは愛すべき家族と友人達。 涙を流す者から茶化す者まで。その全てに愛を感じる。 そんな彼らから今日偶然この場に居合わせただけの人まで、1人1人全ての者の顔には満面の笑みが浮かんでいた。心から嬉しそうに、幸せそうに。 それを見ていたら、さっきまで緊張のあまり足が竦んでいたことが嘘のように体中から余計な力が抜けていった。世界中全ての人が自分達を祝福してくれているのではないだろうかなんて、そんな錯覚すら覚えてくる。 でも今くらいはそう思ったっていいよね? 「な、俺の言ったとおりだろ。ぜってーお前も喜ぶって」 「うん・・・。ありがと、司」 「お、おぅ」 つくしが素直なときの上目遣いほど厄介なものはない。 しかもこの女は人が手を出せねー時に限ってやりやがる。 司は心の中で舌打ちしつつ、ほんのり頬を染めながらプイッとそっぽを向いた。 「あれ、何か赤い?」 「ちげーよ! これは日焼けだ、日焼けっ!!」 「日焼けって・・・まだ太陽に当たって1分も経ってないんですけど・・・」 「うるせーな、世の中には人知を超えた化学が存在すんだよ!」 「人知って・・・」 タキシードに身をつつんで世界一いい男になったと言っても過言ではないのに、相変わらずこの男は何を言っているのか。堪らずつくしは吹き出した。 「いいから、ほら行くぞ」 「う、うん。・・・あ~、やっぱり緊張してきた」 「周りの目なんか関係ねーだろ。お前は俺だけ見てりゃいいんだよ」 「プッ! 相変わらず何様よ」 「俺様だろうが」 「はいはい、そうでございました」 どちらからともなく顔を合わせて微笑むと、つくしは司の腕に自分の手を絡めてゆっくりと一歩ずつ歩き出した。 『 あの島で式を挙げようぜ 』 先に入籍を済ませていた2人が式を挙げる場所に選んだのはこの島。 司の提案に、つくしも迷うことなく二つ返事で承諾した。 だがつくしの予想と違ったのは、それがこじんまりとした式ではなかったということ。 正確に言えば挙式自体は近親者だけで厳かに執り行われたのだが、問題はその後だった。 なんと、ビーチで撮影をするというではないか。 しかもプライベートビーチをその時だけオープンにして、一般人も自由に見られる状態で。 リゾートウエディングの第一号として、財閥のトップその人が広告塔を買って出たのだ。 『 お前のあのCMを流したときからこうすることは決めてたんだよ。だからこれも全て運命だと思って諦めろ 』 恥ずかしさに戸惑いを隠せないつくしに何ともあっさりと言ってのけた男。 一体どれだけの自信をもっているというのか。 そもそも本人の意志確認など何一つしていないというのに、呆れるやら何やら。 ・・・それでも、それでこそ道明寺司だと思った。 いつだって、迷った自分の手を力強く導いてくれる男。 それこそが自分が愛したただ一人の男。 「 愛してるぜ、つくし 」 頬に手を添えてそう囁くと、つくしはほんのりと頬を染めて嬉しそうにはにかんだ。 俺の愛する女は世界で一番美しい花嫁だと声を大にして世界中に言って回りたい。 ・・・だが言わずともそれを知らしめるのはそう遠くない未来に待っている。 司はその未来を想像してクスッと笑った。 「 あたしも・・・愛してるよ、司。ずっとずっと、永遠に ___ 」 互いの瞳に映っているのは愛する者の姿だけ。 どちらからともなく笑い合うと、まるで吸い寄せられるように唇が重なった。 その瞬間バシャバシャッとシャッター音が響き渡る。そして悲鳴にも似た歓声も沸き上がった。 だが2人の耳にはそんなことは一切届かない。 見えているのは互いの姿だけ。 聞こえているのは互いの声だけ。 今ここにいるのは永遠を誓い合った愛する人だけ ____ ダイヤモンドのように輝く海と太陽を背に、美しく幸せな顔で笑い合う夫婦の姿は、その場にいた全ての者の呼吸をも止めた。 そしてそれが大々的に世界中へとお披露目される日も ___ そう遠くない未来の話。 < 完 >
「また逢う日まで」 これにて完結です。書こうと思えばあれやこれやとエピソードは増やせるのですが、あくまで本編での空白の期間を埋めるための番外編でしたので、余計なことは増やさずにまとめました。増やすと際限なく長くなってしまいますのでね(^_^;) 予定ではこの1つ前の話は存在しなかった(正確には後半部分だけあった)んですが、その前の司の恋する男子っぷりがやけに好評でして、その後について一切触れないとマズイ?!と、慌てて加筆修正しました(笑) またこちらを読んでからもう一度本編も楽しんでもらえたら嬉しいです(*^^*) 明日からはがらっとカラーの違う短編をお届けしますのでお楽しみに!
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また逢う日まで 10
2015 / 12 / 23 ( Wed ) 「つくし・・・」
「ん・・・これ、いじょ・・は、ほんと、に、ムリっ・・!」 やっとのことで声を絞り出した体には全く力が入っておらず、目も閉じたまま。 その言葉が真実であるということを如実に語っているその姿すら愛おしくて、司はくったりと人形のようになされるがままのつくしの体を抱き寄せた。 「今夜はもうしねーよ。そのかわりこうさせてろ」 「・・・ん・・・」 聞こえるか聞こえないかの小さな反応を見せると、やがてスースーと寝息が聞こえ始めた。 泥のように眠る、まさにこの言葉が相応しい。 「さすがに無理させたか・・・」 再会の喜びもそこそこに、その感情の高ぶりのまま互いを求め合った。 いつもなら恥ずかしがってばかりのあいつがただひたすらに俺を求めて、それが自分が愛されているという何よりの証拠だと思うと、もう俺の理性など完全に吹っ飛んでしまった。 バスルームで気を失うように眠ったあいつをベッドに運んで自分も幸福の眠りに落ち、ぼんやりと目が覚めてはまた求める。そんなことを何度も繰り返し、その度につくしの体からは力が抜けていった。 それでも止まれない俺を口では抵抗しながらもあいつはすんなりと受け入れる。 その度に本来の自分自身が甦っていくようだった。 疲労の色を滲ませる女に若干の罪悪感を感じながらも、司は体の奥底から漲ってくる充足感に満たされていた。砂漠のようにカラカラだった細胞一つ一つにつくしという命の源が吹き込まれ、今自分が生きているということを実感する。 この女がいてこそ初めて自分は自分でいられる。 つくしとの再会。 それはどんな言葉にも言い表すことのできない歓喜の瞬間だった。 懲らしめてやろうと画策していたことなど案の定一瞬で吹っ飛び、ただただ目の前の女をこの手に抱きしめたい、自分の手の中にいることを確かめたい。頭の中を占めるのはただそれだけ。 それ以外のことなど何一つ考えられなかった。 つくしはつくしなりに自分を置いていなくなってしまったことに心を痛めていた。 それはあの雨の日を思い起こさせるのだから当然だろう。 だが俺がこいつを待たせた期間は4年だ。 生命の危機を彷徨い、そして一方的に忘れられ、あいつの絶望はいかほどだっただろうか。 ・・・そう。謝らなければならないのはこいつじゃない。 俺の方だった。 「 つくし・・・つくし・・・ 」 もう名前を呼んでもお前は消えたりしない。 名前を呼んだ瞬間お前が消えてしまう。そんな夢を幾程見たことだろうか。 「これからは俺の妻として、少しだって離れることは許さねーからな」 本当は再会した直後にプロポーズをするつもりでいたのに。こいつの顔を見た瞬間、そんな計画は霧散してしまった。いつだってこいつの前では計画通りにいったためしがない。 だがそれでいい。 それがいい。 何の計算もないこいつだからこそ、俺も本当の自分でいられるのだから。 「あらためてプロポーズしてやっから覚悟してろよ。 つくし・・・」 もう一度その名を口にして小さな体を抱きしめると、確かな温もりを感じながらようやく司も目を閉じた。 *** 「どうした?」 初夏のほんのり暖かな空気とは明らかに違うぬくもりが後ろから体を包み込む。 背中に触れているだけなのに、燃えるように熱いのは自分の体なのか、それとも。 「・・・星、見てたの」 「星?」 「うん。ここからでも見えるかなぁって。でも都心からだとやっぱりあんまり見えないね」 「あの島で見たばっかなら尚更しょぼく見えるよな」 「あはは、しょぼいって」 思い出のバルコニーから見上げる空には小さな光が微かに覗いていた。 ここで初めて土星を見た日のことがまるで昨日のように思い出される。 「・・・でもね、こうして空を見上げてるだけで不思議と浮かんでくるの」 「何がだよ?」 「満天の星空とね、・・・それからあの綺麗な土星の姿が」 「・・・・・・」 「まるで昨日のことのようにはっきりとその姿が浮かび上がってきて、あたしの心をワクワクドキドキさせてくれるんだ。ほんとに不思議だよね」 そう言って少女のように目をキラキラさせながら手を伸ばしているお前こそが綺麗だって自分でわかってんのかよ。 相変わらず無意識に男心に火をつける天才だよな、お前は。 「わわっ?! ちょっと、苦しいよ」 「うるせー、お前のせいなんだから黙ってろ」 「え~? だから全然意味わかんないってば」 口では文句言いながらも自分を締め付ける腕を解こうなんてしていないくせに。 それどころか嬉しそうにクスクス笑ってんじゃねーか。 「お邸の人達は?」 「あー、さすがに散ったな。ったくあいつら、自分の立場も忘れてハメ外し過ぎだ」 「あはは、たまにはいいじゃん。そんな時があったってさ」 「フン」 司がつくしを連れて帰ると宣言してからというもの、邸では今か今かと落ち着かずにその時を待つ使用人で溢れかえっていた。時折落ちるタマの雷なんて何処吹く風。内心ではタマとて同じなのだから、効果などほぼないに等しかった。 そうしてようやく迎えた再会の時 ___ となるはずだったが、何故か邸を素通りして飛行場へと駆け込んでいくつくし達に呆気にとられるというハプニング付き。しまいには戻って来るのが待ちきれずに大勢で飛行場へ大挙して出迎えるという、まさに全てが想定外づくしの再会劇となったのだった。 つくしが帰ってきたことに喜びむせび泣く者、笑いが止まらない者。 そこにはひたすら笑顔と笑い声だけがあった。 「 『 お帰り 』 つくし 」 中でもタマが放った一言は短いながらも全ての想いを集約していて、それまで笑っていたつくしも途端にボロボロと堰を切ったように泣き出してしまった。 「全くあんた達は・・・ほんとに似た者同士で世話が焼ける子だよ。これでようやく私の肩の荷も下りたと言いたいところだけど・・・この調子じゃ若坊ちゃんのお世話をする日も近そうだねぇ」 なんてニヤニヤしながら言うものだから、またその場がどっと笑いの渦に包まれた。 それから邸に戻ってからは飲めや歌えの大騒ぎ。 つくしが帰ってきただけでなく2人の記憶まで全て戻ったとあって、今日ばかりは使用人達も無礼講で喜びを分かち合った。 「幸せだね。こんなに多くの人に愛されて・・・って、わぁっ?!」 突然ぐりんっ! と体を反転させられて目が回る。 「な、何?!」 「お前のそこが不満なんだよな」 「・・・は? 一体何の話?」 「誰からも愛されてって・・・お前が愛されんのは俺だけで充分だろうが!」 「・・・・・・」 ポカーーーーン。 ・・・こいつ、何言ってんの? 「っていうか、実はめちゃくちゃ酔ってる?」 「酔ってねーよ! 俺が酔っ払ったところなんて見たことあんのか?」 「・・・ないけどさ」 「俺はシラフだっつの。ったく、どいつもこいつも牧野、牧野、牧野、牧野・・・。あの大塚とかいう男なんか類とダブるところもあって特にいらつくぜ」 「え・・・大塚と何かあったの?」 「ねーよ! ただお前を探しに会社に行ったらお前のことは全て理解してるーみてぇなツラして説教たれやがって。ざけんな! そもそもあの状況下で逃げられた俺こそ文句言いてぇっつーのに」 「う゛っ・・・だからそれはごめんってば」 そこを言われちゃどうにもこうにも立場がない。 「いいか。これからは他の奴に無駄に愛想ふりまくんじゃねーぞ。色目も禁止だ」 「色目って・・・そもそもそんなことあたしにできるわけがないじゃん」 「ほらな。お前の無自覚ほど怖いもんはねーんだよ」 「だーかーら! 色気もクソもないあたしにそんなことができるわけがないの! 人聞き悪いこと言わないでよ」 「へ~え?」 「な、何よ・・・」 ニヤリと口元を歪めた男にゾゾッと背筋が凍る。 これは・・・なんかやばいスイッチを押してしまった可能性が。 「お前の言ってることが嘘かほんとか、この俺が証明してやるよ」 「・・・へっ?」 「自覚のねぇ女には俺がしっかり教えてやらねぇとなぁ?」 「・・・はっ?!」 「そうと決まれば話は早ぇ。部屋に戻るぞ」 「・・・ほえぇっ??! ちょっ、ちょっと待って!」 「誰が待つか。そもそもたった一晩くらいで俺の渇きが癒されるとでも思ってんのか? お前は責任もって俺を潤わせろ。今夜 『 も 』 眠らせねーから覚悟しろよ」 「・・・・・・・・・ひょえぇえええええぇええっ!!!!」 懐かしい雄叫びが邸に響く。 それを聞いた誰もが、またこのお邸に平和が戻ってきたのだと幸せを実感するのだった。
本当は再会後のエピソードは書かずに一気にエピローグまで飛ぶつもりだったんですが(本編でほぼ書いたので)、予想外に皆さんの反響が大きかったので急遽慌てて書き直しました。 ということで真のエピローグはこの後ということで。 なんとっ!!本日2回更新いたします!! 朝6時にまたお会いしましょう♪
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