王子様の憂鬱 40
2016 / 02 / 28 ( Sun ) 「少しは座ってたらどうだ? 出てくればわかるんだし」
右に行ったかと思えば左に動き、少しもじっとできずにそわそわしっぱなしの花音に遥人も苦笑いするしかない。彼女がこんなに落ち着かないのはかなりのレアケースだ。 「そんなの無理! もうすぐ会えるかと思ったら・・・もういてもたってもいられないんだもの」 「クスクス・・・」 呆れて笑われようとじっとなんかしていられないんだから仕方がない。 それほどまでに花音を落ち着かなくさせているのは・・・ 「あっ!」 ガラスの向こう側、ぞろぞろと出てくる人集りの中に馴染みのある赤毛が見えた瞬間、花音の瞳が輝いた。たちまちその顔には笑顔が満ちていき、外れそうなほどにぶんぶんと大きく手を振っている。やがて向こうもこちらに気付くと、負けじとこれまた豪快に両手を振ってみせた。 互いの姿が大きくなっても尚それを続けていくと・・・ 「カノンっ!!」 「エマっ!!!」 自動ドアをくぐり抜けて出てきた大親友に花音が猛ダッシュで抱きつくと、それを予想していたかのように赤毛の女性は既に両手を広げて待っていた。 互いの呼吸はバッチリだ。 「久しぶりっ! 元気だった?」 「エマ・・・エマぁ~! 会いたかったよぉ~!」 半べそ状態の花音に女性がプッと吹き出す。 「あははは! カノンってばちょっと大袈裟すぎない? でも会いたくてたまらなかったのはあたしも同じ。元気そうだね」 「もちろんっ!」 「はじめまして、エマ。わざわざ来てくれてありがとう。君の話は花音からよく聞いてたんだ。向こうでは本当にお世話になったみたいだね」 感動の再会を果たす2人の横に遥人がすっと立つと、エマと呼ばれた女性がニコッと笑って右手を差し出した。 「はじめまして、エマ・トンプソンと言います。あなたが噂のヒーローね?」 「ヒーロー?」 身に覚えのない言葉に遥人がきょとんとする。 「向こうで一緒に生活してるときにあなたのことをよーーーーく聞かされてたんです。寝ても覚めても 『ハルにぃハルにぃハルにぃ』 って。終いには私の夢に出てくるほどにまで聞かされたんですから」 「え、エマっ!!」 顔を真っ赤にして止める花音にエマはペロッと悪戯っ子のように舌を出す。 遥人は遥人で嬉しそうに緩む口元を全く隠せてはいない。 「後を絶たない誘惑にも惑わされずに彼女の心を独り占めしていたヒーローに会える日を楽しみにしてたんですよ?」 「・・・へぇ、とても興味深い話ですね」 「えっ・・・ハルにぃ・・・?」 笑顔の奥で瞳が鋭く光ったような気がするのは気のせいだろうか? 「是非とも花音の向こうでの生活を教えてもらいたいですね。・・・じっくりと」 「えぇ、喜んで。たっぷりと・・・ね?」 「え、え、えっ?! ハルにぃ? エマ?!」 「よし、じゃあ行こうか」 「えぇっ?!」 当たり前のように花音の右手をとって歩き出した遥人と反対側でエマも左手に腕を絡ませる。両手に花・・・ならぬ美男美女を抱えた花音は、感動の再会もそこそこに引き摺られるようにして連行されていった。 *** 「エマ、わざわざ来てくれてありがとう」 空港からエマが宿泊するホテルのイタリアンレストランへとやって来ると、グラスを合わせて再会を祝した。 「どういたしまして。こちらこそお招きありがとう。そして結婚、本当におめでとう」 「エマ・・・ありがとう。・・・ふふ」 「ふふっ。あたしたちにこんな堅苦しいのは似合わないわね」 「だね」 顔を見合わせて笑うと、エマはシャンパンをクイッと飲み込んだ。 「それにしてもカノン、綺麗になったわね」 「えっ?」 「空港のロビーでカノンを見た時に驚いちゃった。元々綺麗だったけど、なんて言うの? 幸せオーラが溢れてて直視できないっていうか。想像以上でびっくりしちゃった」 「な、何言ってるの? エマったらもう・・・!」 「あら、あたしは思ったことを正直に言っただけよ? 実際幸せいっぱいなんでしょう?」 2人の視線が痛いほどに恥ずかしいが、花音ははにかみながらもコクンと力強く頷く。 「だから言ったでしょう? あなたのヒーローだって同じ気持ちのはずだって」 「・・・うん。エマ、本当にありがとう。エマがいてくれたからあたしの向こうでの生活があれだけ楽しいものになったんだよ? 感謝してもしきれないくらいにありがとうの気持ちでいっぱい」 「やだ、やめてよ。それを言うならあたしだって同じ。ギブアンドテイクなんだから堅苦しいのはナシよ?」 「・・・うん、そうだね」 女同士軽快に弾む会話を遥人は優しく微笑みながら見つめている。 「さっきも聞いたけどそのヒーローってのは何なんだ?」 「そ、それはっ!」 「ふふ、それはそのままですよ。カノンが異性の話をするのは家族のことかあなたのことだけ。ううん、8割はあなたのことだったかな。大好きな大好きな 『ハルにぃ』 の話を聞くうちに私がヒーローって言うようになったのよ」 あっさりばらされて花音が頭を抱えて真っ赤に悶絶している。 「へぇ、そんなに?」 「えぇ、そんなに」 「カノンってば普段は何でも自分でできちゃうスーパーウーマンなのに、あなたに関することだけは途端に自信のない普通の女の子になっちゃうんだもの。可愛いったらないわよね」 「う゛ぅ・・・」 あの時はあの時で必死だったとはいえ、いざバラされると恥ずかしくてたまらない。 「後を絶たない誘惑って?」 「は、ハルにぃ?!」 「あぁ、それも言葉通りですよ。見ての通りカノンは異性からの人気も高かったから。こんなに綺麗なのに恋愛にはとんと疎いでしょう? だからそのギャップにやられる男も多かったっていうか。本人が鈍すぎるだけに周囲は必死のアプローチをしてたってわけ」 「へぇ・・・」 「ち、違うから! あたしはほんとになんにも知らないから! 全然もててなんかいないからっ!」 突き刺さる横目が痛い。っていうか怖いですからっ! 後ろめたいことなど何もないのに必死の弁明を続ける花音にエマがプッと吹き出す。 「ほーんと、これだけ鈍いことが逆によかったと思いますよ?」 「・・・だな。中途半端な鈍さだと俺も今頃激しく後悔してそうだ」 「そうそう。超がつくほどの鈍感娘だったことに感謝しないと」 「ね、ねぇ、それって褒められてるかけなされてるのかどっちなの?」 「もっちろん褒めてるわよ~!」 「・・・・・・」 全くもってそんな気がしないのは何故だろうか。 何とも情けない顔で自分を見上げる花音に、遥人はフッと笑って髪の毛をくしゃくしゃっと掻き乱した。 「わわっ、ちょっ・・・ハルにぃっ?!」 「お前が鈍い人間で助かったって言ってんの!」 「えっ?」 いまいち理解できていないのか、キョトンと目を丸くする。 「だから、鈍いおかげでお前の初めてが全部もらえたんだから俺としては助かったって言ってんの! ・・・つーか何言わせんの、お前は・・・」 「・・・えっ、えっ、えぇっ?!」 初めてを全部って・・・ ひえぇ~~っ、こ、こんなところで一体何言ってるのっ!! 言った方も言われた方も照れくささに顔を赤らめているとはどういうことなのか。 これをバカップルと言わずして何と言う。 「あらあら、早速惚気られちゃって目のやり場に困っちゃうわぁ~」 「の、惚気てなんていませんっ!」 「久しぶりに会った親友の前で 『お前の初めてを全部もらえて嬉しい』 な~んて会話してるのよ? これがノロケじゃなかったらなんなのよ?」 「そ、それはっ・・・」 「あーあー、今からこんなアツアツで結婚式はどうなっちゃうのかしら? それまでにこっちが溶け落ちないといいけどね~」 「なっ・・・?」 「なるべくそうならないように気をつけるけど、ヤケドくらいは大目に見て欲しいな」 「ななっ・・・! ハルにぃっ、何言ってるの?!」 ギョッとして詰め寄るが、遥人は顔色を変えるどころか澄ました顔で花音の頬を指の背でなぞっていく。ぞわぞわと背中が粟立っていく感覚に、花音の顔がたちまち真っ赤に染まっていった。 「・・・ぷっ、あーっはっはっは! やだもう、想像よりも遥かにカノンに夢中じゃないの、噂のヒーローは。あの4年は無駄じゃなかったわね、カノン」 「エマ・・・?」 「会わないって決めたカノンの強い意思がたぐり寄せた未来が今なのよ。・・・ほんとによかったわね」 「エマ・・・」 日本が恋しかったとき。 遥人に会いたいという想いに心が揺れ動いたとき。 色んな不安に押し潰されそうになったとき。 いつだってそんな自分を広く強い心で支えてくれたのがエマだった。 異国の地で出会えたかけがえのない友。 「堅苦しい言葉はなしよ? さ、今日は久しぶりの再会なんだから。おいしいものを食べながら飲みましょ?」 「・・・うん、うんっ!」 潤んだ瞳から涙が零れ落ちる前にエマがグラスを傾けると、涙の代わりに花音は溢れんばかりの笑顔を見せながら自分のグラスを重ね合わせた。
時間が足らずに短くなってしまいました><短いですが更新スキップを避けたかったのでm(__)m |
間に合いませんでした
2016 / 02 / 27 ( Sat ) |
妖怪のひとりごと
2016 / 02 / 26 ( Fri ) どうも、人間になれる日を夢見ているまだら妖怪です (○´・Д・`)ノ ヤァヤァ
ここ数日真冬に逆戻りで寒いですね~。こんな日は傷が疼きます。 疼くと言えば・・・皆さんも例のお部屋を発見してあらぬところが疼いているようで。← 反響の大きさに我ながらびっくりしてます(笑) 予想以上に気付いてなかった人が多かったようで、なるほど、普段携帯からこのサイトに来ている人は確かに気付かないかもと納得しました。解析を見てみたらまぁ凄い人が押し寄せていてびっくり! 毎回パス付きを更新したときはリピート率がグッと上がるんですが、ヒントを出してからというもの訪問者が後を絶ちません(笑) うんうん、やっぱり皆好きなのね、エロイのは私だけじゃなかったのねと満足満足(* ̄m ̄*) でもね、作った後に重大なことに気付いたんですよ。 ずっと 「あったらいいな」 と思っていたパラダイスなお部屋。 いざ作ったはいいものの、よく考えたら全部自分が書いた話やないかと。 ・・・自分で自分の話を読み返すって何の罰ゲームやねーーーん!! ・・・ということで自分にとってはほぼ無意味な部屋と化してるという( ̄∇ ̄)チーン でも皆さんが喜んでくれたならそれで本望でごあす! さて、昨日の更新に力が入った分今日はお休みさせていただきます。 1週間お預けしてからの昨日のお話。いやぁ、なんだかすごい反響でした。 それぞれの 「らしさ」 全開で書いている私もすごく楽しかったんですが、皆さんにもそれが伝わったようで嬉しかったです。というかこのメンバーどれだけ人気あるの?! とほんとびっくりですよ。 最近 「初めてのコメントです」 という方も増えているのですが、オリキャラであるこのシリーズが大好きです!! と言ってくださる方が本当に多くて。中には類つく派だけどここのつかつくが好きで、しかもハル×花音が好きでたまりません! といったものまであって、書いた者としては本当~に嬉しい限りです。 原作にはいないのにね、なんだか私もハルや花音がいない世界が物足りなくなって(笑) 昨日の話もそうですが、彼らの掛け合いが本当に生き生きしてて楽しいんですよね~! 「王子様の憂鬱」 もおそらく残すところあと数回になるのではないかと思っています。あくまでもハルと花音が結婚するまでの空白期間を描く物語ですから、やはり彼らがゴールインしたところで一つの区切りとすべきかなと。 ただこれで最後になるのは寂しいなぁと私自身も思っていて。 シリーズ続行、あるいは短編でもいいのでこれからも見たいです! というご意見を本当にたくさんいただいているので、またその後の彼らも書けたらいいなぁなんて思っちゃったりしてます。 妖怪、ヨイショに弱いの(/∀\*) 皆さんは見たいですか~? 次の更新は明日を目指したいと思っています。皆さんの元気玉が本当に嬉しくて。 まだ毎日更新までの気力は戻ってませんが、それでも自分で想定していた以上に復活してます。それもこれも皆さんのパワーが私に届いた何よりの証拠ですよ! 余裕が出てきたら例のお部屋に告知なしの新作をこっそり置いてみたりしたら楽しそうだなぁとか、色々やってみたいことも浮かんできてます( ´艸`) では順調にいけば明日、駄目なときは明後日お会いしましょうヾ(o´∀`o)ノ
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王子様の憂鬱 39
2016 / 02 / 25 ( Thu ) その男が立っていたのはちょうど会場の中央に位置する辺り。
マスコミの言葉に触発されて周囲をぐるりと取り囲むように一斉に視線が集中する。 と同時に何故かスポットライトまで当てられ、余計な演出に背の高い眉目秀麗な男がチッとこれ見よがしに舌打ちしてみせた。 「道明寺さん、お答えいただけませんか? 今回の結婚について本当はどう思われているのですか?!」 人集りに隠れて見えないのをいいことに、調子に乗って軽々しく言葉を投げつける記者に遥人も心の中で激しく舌打ちする。仲間意識を持つわけではないが、司の苛立ちが手に取るようにわかる。立場上こういうことは宿命だとわかっている。だからといって何も感じないわけではない。 いかなる形であれ、自分達のことで周囲の手を煩わせてしまうことは全くもって本意ではないのだ。 あっちがダメならこっちと軽々に矛先を変えていくマスコミに怒りすら湧いてくる。 だがそれを少しでも出してしまえば相手の思うツボ。 どれだけ心の中で激しく罵ろうと、それをおくびにも出さず冷静に対処しなければ。 「ハルにぃ・・・」 「大丈夫だよ。何の心配もしなくていい」 不安そうに瞳を揺らす花音にフッと柔らかい視線を送ると、遥人はこの事態を収めるべくマイクへと一歩近づいた。 ざわっ! だが言葉を発する直前、会場中の視線を浴びていた男が突然動き出した。 奇妙に静まりかえる人垣が誰に言われたでもなく花道をつくり、その間を颯爽と通り抜けて一歩、また一歩と一点を目指す。まるでスローモーションのようなその動きを誰もが固唾を呑んで見守ると、やがてつい先程までこの場の主役となっていた2人のところへと辿り着いた。 「・・・おい、おっさん」 本人にしか聞こえない小さな声で顔をしかめるが、司はそんな遥人と戸惑いを隠しきれていない娘に一瞬だけ目をやると、無言の圧力で下がれと言わんばかりにマイクの前に陣取った。 さすがの遥人も予想外だったのか反応が遅れてしまったらしい。 舞台に上がった彼の口から何が飛び出すのか、恐ろしいほどの静寂に包まれる。 「・・・まず最初に。質問をした方には正々堂々と顔を見せていただきたい。人に答えを求めるからには自らの立場をはっきりとさせる。これは最低限度のルールでは? よもやそれはできないなんてことはないと思いますが・・・万が一そうであるとするならば、私にも答える義理などどこにも存在しない」 シーーーーーンという音があるのなら、今まさにそれが響き渡っていることだろう。 決して強い口調ではないのに、ビシビシと伝わる空気は恐ろしいほどに冷たい。 そう、それは明らかな牽制だった。 「・・・名乗りでないということは答えを求めない。そういうことでいいですね?」 「あ・・・あのっ!」 長い沈黙の後、話を終わらせようとした司の姿にやっとのこと1人の男が声を上げた。 カメラを構えるマスコミ人の中からおずおずと一歩を踏み出したその男は明らかに挙動不審で、さっきまでの勢いなどどこへ行ってしまったのやら。だが道明寺司を相手に誤魔化しが通用するはずがないというのも周知の事実。男も言ってみれば捨て身に出るしかないのだ。 「〇×出版の安藤と申します・・・。あの、今回の娘さんの結婚にはビジネス的な要素はないと言い切れるんでしょうか? あまりにも突然すぎると思うのですが」 政略結婚という言葉を使わない、・・・使えないのは畏怖の表れか。 それでも尚食い下がろうとするところはある種の賞賛に値するかもしれない。 司はそんな男を表情の読めない顔でじっと見下ろしている。 「・・・それはつまり我が社は政略的なことをしなければ立ち行かないと、そういうことが言いたいんですね?」 「い、いえっ、そんなことは・・・」 「じゃあ政略になんの意味が? 利益を求める以外にそこに何の価値を見出すんです?」 「・・・・・・」 男がグッと言葉に詰まる。 司に口で勝てる相手など西田かつくしくらいのもの。ことビジネスに於いては西田ですら敵わないほどの天才的な感覚を持ち合わせている。それが道明寺司という男なのだ。 三流記者などそもそも同じ土俵にすら上がれないはずの人間で、こうして面と向かい合ってしまえばその勝負は歴然というもの。 「この20年余、我が社の業績はただの一度も落ちてはいない。そんな中でわざわざそんなことをする意味がどこにあると? 政略結婚? そんなくだらない、時代錯誤なことに縋っているようでは先は見えてる」 「・・・・・・」 「もっと言えば私がこの世で最も忌み嫌うことでもある」 「えっ?」 男が顔を上げると、司はどこか遠い目をするように瞳を鈍く光らせた。 「子どもは親の道具じゃねぇ。自分の娘を売り飛ばすほど俺は愚かな男じゃねぇんだよ」 「 ! 」 突然変わった口調にその場の空気がさらに緊張に包まれる。 「いいか。そんな馬鹿げた持論を展開するならそれは同時に我が社の、そしてこの俺に対する侮辱だということを覚悟した上でしろ。俺だけじゃねぇ、ここにいるそいつらや、うちに関わる全ての人間に対する侮辱でもあるとな。その覚悟の上ならいくらでも受けて立ってやるよ」 「・・・っ!」 男の顔から面白いほどに血の気が引いていく。 司の表情は一貫して変わっていない。だが漂う空気が彼の感情を伝えている。 オーラだけで空気を変えてしまう。そんな男の圧倒的な存在感に記者は恐れ戦いていた。 遥人と花音はこの状況に戸惑いを滲ませながらも、どこかでいかにも彼らしい展開だと妙に納得もしていた。とはいえ遥人にとっては司に望まぬ借りを作ってしまったようで俄然面白くないのだが。 この場を収めるのは自分の役目でありたかったというのが男の本音。 だが娘を嫁にやる父親を立てるのもまた大事なこと。・・・癪ではあるが。 「まぁぶっちゃけこいつのところに嫁に出すのはこの上なく面白くねーけどな」 「・・・えっ?」 そんな遥人の胸中をまるで読んだかのように司が突然そんなことを言い出した。 当然ながら男をはじめとして全員がキョトンとしている。 「俺にとっちゃあこいつはいつまで経ってもクソガキのままだからな。娘の父親としては面白くねーに決まってんだろ」 「く、クソガキ・・・?」 「おい、こんなところで何言ってんだよ!」 「あぁ? 本当の話をして何が悪い」 「だとしても今ここでする必要なんかないだろ!」 「知るか。それは俺が判断することであってお前には関係ねー話だ」 「なっ・・・!」 何を言い出すのかとギョッとした遥人が慌てて止めに入ったが、司が耳を貸す気配は全くもってない。直前まで静まりかえっていた場内が予想外の展開に再びざわつき始める。 「あの・・・お2人は互いのことをよくご存知なのですか?」 「良くも悪くもな」 「・・・? それは、一体どういう・・・」 「簡単に説明できるようなことじゃねーよ。言えるとすればこいつがクソガキだという事実だけだ」 「おいおっさん! 状況を考えろっつってんだろ!」 「あぁ? うるせーぞ、クソガキ」 「・・・マジで信じらんねー、このクソ親父・・・!」 「ちょっ・・・パパもハルにぃもやめてっ!」 バチバチと睨み合いを繰り広げる男2人に花音が必死に割って入る。 昼間の悪夢再び、だ。 だが子どもじみた大人の男ほど厄介なものはなく ___ 「いいか。こいつを泣かせるようなことがあったらてめぇの会社ごとぶっ潰してやるからな」 「はっ! 上等だよ。つーかペラペラ一方的に言いたい放題言いやがって。俺にだって言い分はあるんだよ。政略結婚? 冗談じゃねーってんだ。こっちこそおっさんの会社の手を借りなきゃいけないほど落ちぶれてないんだよ。いいか、今に見ておけよ。いつか道明寺ホールディングスの上に行くほどうちの会社を大きくしてみせる。その時に力を貸してくれって言ったって知らねーからな!」 「はん、寝言は寝て言えってんだ。力を貸してくれ? 誰が死んでも言うかよ」 「死んだら言えるわけねーだろうが」 「あぁ? んだと、てめぇ」 「なんだよ、やんのか?」 まさか今から殴り合いでも始まってしまうのではないかと思えるほどの一触即発ぶりに、千人近い招待客がハラハラと肝を冷やしている。一体この後どうなってしまうのか。 誰もがそう思っていたその時 ____ バシッ! ベシッ!! 「てっ!」 「たっ!」 突然男達が頭を抑えて声を上げた。 驚いて振り返った先で見たのは・・・ 「あんた達っ、昼間だけじゃ飽き足らずにこんな場所で何やってんのっ!!」 右手に何やらパンフレットのようなものを丸めて仁王立ちしているその女は ___ 「「 つくし・・・ 」」 綺麗にハモった瞬間、男共が顔を見合わせて心底嫌そうな顔をする。 より嫌なのはこっちの方だと言わんばかりに。 「見てみなさいよ招待客の皆さんを! 一体今日は何のための日なの? あんた達のくだらないケンカを見てもらうための日?! 皆さん呆れかえってるじゃない! 誰も止めやしないからケンカするなら外に出て好きなだけやって来なさいな!」 「・・・・・・」 すっかり黙ってしまった男2人にフンッと背中を向けると、つくしはこれまでの一部始終をただ黙って見守っていた遥人の父へと深々と頭を下げた。 「長谷川さん、こんなことになってしまって本当にごめんなさい。夫の分まで私が謝ります。申し訳ありませんでした。せっかくの晴れ舞台をこんな・・・何とお詫びを言っていいのか」 「いえいえ! そんなに謝らないでください。確かに少し驚きはしましたけど、不愉快な思いなど全くしていませんから。・・・むしろ懐かしささえ感じたほどですよ」 「・・・え?」 つくしが顔を上げると、遥人の父は目尻に皺を寄せてニコッと笑った。 「遥人が子どもの頃によく見た光景でしょう? 私自身はこの子が大人になってからはこういう場面を目にすることはほとんどなくなってましたが・・・いやはや、変わらない光景になんだか嬉しくなりましたよ」 「長谷川さん・・・」 「この子は母をなくしてから私に本心を見せなくなってしまいましたから。でも道明寺さんたちとの出会いで、あなた方を通して遥人本来の姿を見られるようになって本当に嬉しかったんです。こうして懐かしい姿を見られて不謹慎ながら私は嬉しかった。・・・花音ちゃん、相変わらずな遥人をよろしくお願いします」 「えっ? いや、そんな・・・おじさま、顔を上げてください! それはこちらのセリフですから!」 頭を下げた遥人の父の元へ慌てて駆け寄ると、そんな花音を見下ろしながらふわりと遥人そっくりな顔で微笑んだ。 「遥人は本当に幸せ者です。皆さんような素晴らしい人達と家族になれるんですから」 「おじさま・・・」 「花音ちゃん、君なら私が与えてあげられなかった大事なものでこの子を包んであげられる。・・・どうか末永くよろしく頼みます」 「おじさま・・・。・・・はいっ、必ずお約束します・・・!」 ぽろぽろと涙を零しながらも力強く返ってきた答えに嬉しそうに頷くと、遥人の父はぽんぽんと花音の頭を撫でた。その姿はさながら本当の父と娘のようで。 義理の父娘の心温まる光景にもらい泣きをしているのは1人や2人ではない。気が付けばさっきまでの息を呑むような張り詰めた空気は霧散していた。 ・・・が。 「 ! 」 遥人の父親の手が横から伸びてきた手にいきなりガシッと掴まれると、そのまま無言でその手を本来ある位置へと戻された。それをやったのが誰かなど考えるまでもない。 「・・・ハルにぃ・・・?」 いつの間にか自分の真横に立っていた遥人を花音が濡れた目で不思議そうに見上げると、遥人は何とも困ったような顔をしながら笑った。 「俺以外が気安く触るのは禁止って言っただろ?」 「・・・へ?」 「たとえ親父だろうと男に違いはないんだからダメ。わかった?」 「・・・・・・」 ポカーンと呆気にとられる我が娘の姿に真っ先に吹き出したのはつくしだ。 「あははっ! ハルってばなんか年々司に似てきてない?」 「はぁっ?! 誰がだよ!」 「相変わらず張り合うし独占欲の塊になってるし。ほんっとあんた達そっくりだよ」 「誰がこんなおっさんと!」 「誰がこんなクソガキと!」 ピタリと呼吸を合わせたように声が揃うと、今度は花音も一緒に吹き出した。遥人の父親もその後ろで今にも笑いそうになっているのを必死で堪えているのがわかる。 「ねっ? ここにいる誰もがそっくりだって思ったわよ?」 「「 ・・・・・・ 」」 すこぶる面白くなさそうな顔まで、やることなすこと被りまくり。 そんな2人に呆れ笑いをしながらつくしは司の腕にそっと自分の手を絡ませた。 「さ、今日の主役は私達じゃないのよ。これ以上の余興はもうおしまい。後は若い子達に任せましょう?」 「・・・・・・あぁ」 短くてぶっきらぼうな返事は照れの裏返し。そんな夫にニッコリ微笑むと、つくしは遥人達にウインクをして司を引き連れて歩き出した。 「 花音 」 だが壇上から降りる直前、何を思ったか振り返った司が口を開いた。 驚いてぱっと自分を見上げた娘を真っ直ぐに見つめながら司は言葉を続けていく。 「そいつのところに嫁に出すのはこの上なく面白くねーのは変わらねぇ。・・・だがお前の人を見る目は間違いないと確信してる」 「パパ・・・!」 思いも寄らぬ言葉に花音が両手で口を押さえて震えだした。 「万が一にも泣かされるようなことがあればいつでも言え。容赦なくぶっ潰してやるから」 「こらっ、司!」 それ以上は黙りなさいと言わんばかりにグイグイ腕を引っ張られながら、司は潤んだ目で自分を見つめる娘にフッと笑って見せた。だがそれもほんの一瞬のことで、すぐにいつもの道明寺司へと戻ると、今度こそ本当に2人で会場内へと消えていった。 「ったく、やりたい放題やってくれやがって・・・」 呆れるやら苦々しいやら、だが何故か清々しい気分で満たされていた。 遥人は顔を覆って泣きじゃくる花音の肩をそっと引き寄せると、目まぐるしく変わっていったこの状況をずっと見ていた招待客に向き合った。 「お見苦しいところをお見せしてしまい申し訳ありませんでした。ですがこれが私達のありのままの姿なんです。初めて目にする皆さんには驚きばかりだったかもしれませんが・・・私達は20年余、こうして絆を深めてきました。そしてその絆をより深く繋げてくれたのは他でもないこの花音さんです。彼女は私達の絆の象徴。そんな彼女を生涯の伴侶として迎え入れることができる私はこの世で一番の幸せ者です」 ますます震えだした花音の体をより一層強く抱き寄せる。 「私達の間に政略的なものなど存在するはずがないのです。いつかどちらかが窮地に陥ったとき、本当に必要になった時に手を差し伸べることはあるでしょう。ですがそんなことは起こさせない。そうならないために互いに良きライバルとして切磋琢磨していく。それがこれまでも、そしてこれからも変わることのない私達の形です。・・・こんな私達ではありますが、これからも末永く皆様と共に歩んで参れたらと思っております。どうぞ今後ともよろしくお願いいたします」 そう言って遥人は招待客に向かって深々と頭を下げた。 尚も泣き続けながらもすぐに花音もそれに続く。そこに遥人の父親が加わると、たちまちワッ!と会場中から拍手が沸き起こった。 拍手喝采、まさにその言葉が相応しいほどの一体感。 これ以上の言葉はいらない。 きちんと見てくれている人はいる。伝わる人にはちゃんと伝わる。 いつだったかつくしが力説していた言葉を体中で感じながら、遥人と花音は顔を見合わせて微笑み合った。 翌日、当然のように彼らの婚約、そして結婚のニュースが世界中を駆け巡った。 世界のトップを走る2つの企業ともあり、それはそれはとんでもないお祭り騒ぎとなった。 だがどの紙面を探しても、どのニュースを見ようとも、 「政略結婚」 の 「せ」 の一文字すら見つけ出すことは叶わなかった。
びっくりするほどたくさんの反響を有難うございました!泣けるほど嬉しいです(ノД`) だから私も頑張りました! そしてヒミツの場所も喜んでもらえて本当に嬉しい!ふふふ、皆さん正直者ですね~、お好きですね~(* ̄m ̄*) 「早く人間になれますように」とのお言葉も有難うございますっ!もうね、皆さんのそういうナイスなセンスが大好きですっ(≧∀≦) 早く人間になりたいとお天道様にお祈りしま~す(笑) |
「妖怪、少しスイッチ入る」の巻
2016 / 02 / 24 ( Wed ) 皆さんどうも、まだら妖怪です (┓゜A゜)┓ペコーリ
まだ数日ではありますが、休んでいる間にたーーーーくさんの元気玉を有難うございます! まずは手の方ですが、日を追う事に見事なまだらっぷりとなっており・・・なんでしょう、我が左手は平成の葛飾北斎か?!ってなくらいに見事なまだらを描いております( ̄∇ ̄) さすがは妖怪。 とどのつまりは治ってきてるということです。よかったよかった。 そして大問題の 「何もしたくない病」。 いえ、ほんとにそうできたらどれだけいいかって話ではあるんですが。 とりあえず前にも話したと思うんですが、私は長期離脱してしまうと確実にダメになるタイプ(やる気が復活しない)だと自覚しているので、今回もなるべく日を空けすぎないようにしないと・・・と思ってはいました。 ・・・が、やっぱり1年以上ほぼ毎日のように書いてると色々と疲れもありましてね。どーしても1話を短くするのが難しいタイプの人間みたいですし、年末から続いてたあれやこれやでなんだかどっと疲れが押し寄せてきて、一気に緊張の糸が切れたというか。 とにかくなんか疲れたーーーー・・・となっちゃったんですねぇ。 皆さんには色々とご心配をおかけしてしまって申し訳なく思ってます。 別に嫌なことがあったとかそういうことではないのでご安心くださいね(o^^o) とりあえず自分でもこのままずるずるとやる気スイッチが消滅してしまうのが怖かったので、尻を叩く意味も兼ねて突貫工事で今回の短編を書いたというわけです。 本当なら 「王子様~」 の続きを書けばいいところなんでしょうが、そもそものやる気が出ない。そんな時に常連さんから「気分転換につかつくを書かれてみるのはどうでしょう?^^」といったコメントをいただきまして。 あ、なるほどな、それもありかも。と思ったんですね。 ほんとに何にも考えずに思いつくままに書いた話なので、自分でもちゃんと話としてまとまってるんかいな?!って感じだったんですが、予想に反して皆さんからたくさんの拍手等々をいただけてとっても嬉しかったです。 そしてやっぱりこういうことがやる気スイッチを刺激してくれるんだなぁと再認識しました! 別に拍手が欲しくて、ランキング上位になりたくてやってるわけじゃないんです。でも結果的にそういう反応をいただける(共感してもらえたとも言うのかな?)というのは本当ーーーに嬉しいことですね! あらためて皆さんに感謝感謝です。いつも有難うございます(o^^o) なんだか初心に戻ったというか、今後のことは本当に未定のまま書いた短編でしたが、懲りずに待ってもらえてるというのが素直に嬉しくて、また書き始めたいなぁと思い始めてる自分がいます。(ザ・単細胞) なので皆さんにお待ちいただいてる 「王子様~」 を時間を見つけては少しずつ書いているところです。私は日頃からとにかく書くのに時間がかかるタイプで要領が悪いんですね。今はそれに輪を掛けて時間がかかってるので明日更新できるかの確約はまだできないんですが、まずはそこを目指して頑張りたいと思います! ほんとに今回の拍手やポチがすごーーーく嬉しかったので、よかったらまた元気玉を送っていただけたらその分だけ単細胞まだら妖怪頑張りマスっ!!(≧∀≦) 僅かな期間とはいえこうして休んで待ってもらっている間にも 「前の作品を読み返してます!」 なーんて嬉しいコメントをよくいただくんですよ。泣けるほどに嬉しいじゃないですか~(ノД`) 読み返してもらえるって書き手としては本当に嬉しいことなんですよ。(恥ずかしくもありますけど・笑) でですね、本当は一切口外する予定はなかったんですが、もしかしたら永遠に気付かない方もいるのかも・・・なんて思いまして、ちょっとだけとあることに関するヒントをばお教えしようかと思いまして。 実は・・・大人な世界が好きな皆さんがきっと喜んでくれるであろう場所を少し前に作っております。(一切のアナウンスをしていません) 新しい作品はないんですけどね、それでも好きな方にはうほほいな場所じゃなかろうかと。 こんなのあったらいいなと読者側だった時からの私の夢を自分で実現させました(笑) 作った直後に気付いた方もいらっしゃって、驚くと共に本当にサイト内を隅々まで見てくれてるんだなぁとすごく嬉しかったです。その後その場所を訪れる人は増え続けていますよ( ´艸`) 知る人ぞ知る場所にするつもりだったのですが、今回のことでこうして更新がない間でも楽しんでもらえたらより嬉しいなと思い直し、少しだけ存在について言及させてもらいました。 その代わりと言ってはなんですが、決して難しいところにあるわけではありませんので、この場所についてのヒントなどは一切お教え致しません。なのでコメントなどで教えて下さいというのもナシでお願いします。いただいても一切お答えしませんのでそのつもりでいてくださいねm(__)m また、長いことコメント返事もしていない状態で本当に申し訳ないです。 常連さんはもちろんのこと、初めましての方もたくさんこの期間にコメントをくださいました。勇気を出して書いてくださったこと、本当に嬉しく思っています。そして1つ1つ全てを有難く拝読させてもらっています。 嬉しくて思わずニマニマしてしまうようなものがたくさんありました(*´ェ`*) そういう元気玉に刺激をもらってこうしてやる気が出ています。皆さんのお気持ちはしかとこのまだら妖怪に届いております! お話の更新ペースがある程度戻ってきたら必ずコメント返事も再開しますので、これに懲りずにまたいただけたら嬉しいです(*^^*) 明日になるか明後日になるか・・・まだはっきりわかりませんが、近日中に 「王子様の憂鬱」 を更新しますので、是非少し復習しておいてくださいね^^ とっても気になるところで終わってしまってますので(笑) ではではまたお会いしましょう ヾ(*´∀`*)ノ
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シンジルモノハ・・・? 後編
2016 / 02 / 23 ( Tue ) 「はー、今日も働いた働いた。・・・働けど働けど我が暮らし楽にならずってか」
言った直後に自嘲めいた笑いが出る。 どうも今日の自分は妙なテンションの日らしい。 いい加減勉強とバイト三昧の日々に知らず知らず疲れが溜まってきたのかもしれない。 「ご飯どうしよっかなー。お腹すきすきだけど・・・なんか作るのめんどくさいなぁ」 かといって外食でもして帰ろうかなんて選択肢が出てくるはずもなく。 「・・・いっか。今日は帰ったらお風呂入ってすぐ寝よ」 珍しく生き甲斐の1つを放棄することを選択すると、つくしはとにかく少しでも早く家に帰るべく大股で歩き始めた。いつもなら最寄りのその1つ先の駅まで歩いて行くところだが、今日はその気力も体力も残っていない。たかが50円、されど50円。その差額が惜しいところではあるが、その分今日は夕食を食べないのだからプラマイゼロということにしておこう。 真冬のこの時期、剥き出しの手がかじかむように冷たい。 体も懐も凍えてせめて手袋の1つくらい持って来ればよかったと物ぐさな自分が恨めしい。 少しでも寒さを凌ごうと体を縮こめながら俯き加減にズンズン歩いて行くと、ふと前方から人が歩いてくる気配を感じた。確認せずともそのことに確信を得ていたつくしは、そのまま顔を上げることなく誰もいない方へとすっと横にずれていった。 だが何故かその気配が同じ方向へと動く。 一瞬眉間に皺が寄るが、たまたま動いた方向が同じだっただけだろうと思い直す。 相手を避けようと動いて鉢合わせるのは珍しくもないあるあるだ。 瞬時にそう納得すると、つくしは再び反対側へとその身をスライドさせた。 「 ! 」 だが再び同じ事が起ったではないか。 ・・・まぁ、2度3度と同じ動きをしてしまうこともよくある話。ここは冷静に冷静に・・・ そう自分に言い聞かせながら全神経を相手に集中させる。そうして相手の動きを全身で察知すると、今度こそとばかりに絶対にぶつからないであろう方向へと一歩を踏み出した。 だがその瞬間またしても立ちはだかるようにしてその気配がついてくる。 「なっ・・・!」 いい加減偶然にしては過ぎるというもの。 面倒くささ故にこれまでひたすら俯いていたつくしだったが、この事態に堪らずに顔を上げた。 「 _________ えっ・・・ 」 睨み付けるつもりで上げた瞳が今にも零れ落ちんばかりに見開かれた。 凍えるほど寒かった体は全く違う意味でカタカタと小刻みに震え始める。 すぐ目の前で行く手を阻むようにして仁王立ちしている男は・・・ 「・・・な・・・なん・・・」 「お前何シカトぶっこいてんだよ」 「・・・へ?」 被せるように降ってきた声はすこぶる機嫌が悪い。 弾かれるようにもう一度その顔を見ると、声に負けず劣らず不機嫌さを滲ませている。 「この俺様をシカトしようなんて1億光年早ぇんじゃねーか?」 「い、1億光年って・・・」 それは時間じゃなくて距離の単位でしょうが! ・・・って、そんなことは心底どーでもよくて。 「ど・・・道明寺っ?!」 「なんだよ」 「な、なんだよって・・・それはこっちのセリフ・・・」 「あぁ? なんでだよ。お前は俺に会えて嬉しくねーのかよ」 「・・・・・・」 ・・・これは幻? 夢? っていうかどう考えてもそうだよね? だってあいつが今ここにいるはずがないんだから。また海外に飛ばなきゃなんねぇって愚痴を昨日この耳で聞いたばっかりだもん。今頃あいつは遠いイタリアの空の下にいるはず。 ついうっかりらしくもないことなんて呟いちゃったもんだからとうとう幻覚まで見えるようになっちゃったとか? あぁ、そういうことかぁ。 ・・・って、あたしの疲れってそこまで来てたの? やばくない?! っていうかそもそも一体どこからが夢だった? 夢だったからあんなことを口走ったり夕食抜きでいいと思えたんだ。 そう考えたら妙に納得できる。 でも・・・ 「・・・・・・嬉しい」 「あ?」 いつまでもブツブツとわけのわからない独り言を続けるつくしに司の顔がますます険しくなっていたが、自分を見上げるつくしの妙に明るい顔に呆気にとられてそれもすぐに引っ込んでしまった。 「まき・・・」 「夢でも幻でもなんでもいいや。道明寺に会えたんだから」 「は・・・」 「会えて嬉しい。・・・会いたかったぁ」 「・・・・・・」 へにゃっと。 見たこともないようなはにかんだつくしの笑顔に、司の思考回路は完全に停止した。 「・・・道明寺、どうしたの? ねぇ大丈夫? ・・・ってかこれ夢なんだよね。じゃあこんなことしても大丈夫かな」 そう言って放心状態の司の頬を思いっきり引っ張ってみる。 あれだけ筋肉質なのに実はほっぺただけは柔らかくてよく伸びる。 これは遠距離恋愛を始める前に気付いた意外な道明寺トリビアだ。きっとこの事実を知っているのは限られた人間だけなのだと思うだけで頬が緩んでくる。 「あははは! あんたすっごいマヌケな顔!」 「・・・・・・」 さすがは夢か幻。こんなことをしているというのにこの男が少しも抵抗しない。 こうなったら普段はできないことをとことん楽しんじゃえ。 「っていうかあんたってムカツクほど肌が綺麗よね~。一体どうなってんの? 小鼻に毛穴の1つもないなんて! 難ありなのは性格だけってどんだけよ。まぁその唯一がとんでもなくドでかい問題なんだけどさー」 頬の次は鼻。 嫉妬も込めて抓んでやったがやはり抵抗しない。 ビバ幻! 「・・・・・・」 そうしてしばらく遊んで笑っていたつくしがやがてゆっくりと手を下ろす。 司は尚もじーっとこちらを見ているだけでうんともすんとも反応はない。 ・・・どうせ夢なら。 ・・・どうせいずれ目覚めて現実に引き戻されるなら。 だったらせめて今だけでも ___ キュッと一度手を握りしめてもう一度開くと、恐る恐る、つくしは躊躇いながらゆっくりと司の体にしがみついた。震えている自分に気付かないふりを通して。 「 _____ 」 「・・・あったかぁい」 夢にしてはやけにリアルな温かさだ。 でも気持ちいい。・・・あぁそうだ。こいつってばいつも燃えるように熱かったんだっけ。 会えない日が長すぎて、そんなことすら忘れてしまいそうになっていた。 ふわりと鼻腔をくすぐるコロンの香りも実に精巧に再現されている。 最近は夢までハイクオリティなのか。 「・・・・・・牧野」 「んー?」 うっとりとそのまま腕の中で眠ってしまいそうなつくしにようやく司の声が降ってくる。 「お前って奴は、なんでいつもそう・・・」 「・・・・・・」 あーほわほわあったかくって気持ちいい。 え? お前って奴はなんだって? ・・・まいっか。どうせ夢なんだし深く考えるのはやめやめ。 あー、ほんとにこのまま眠りそう。・・・って既に寝てるのか。あははは! 「ぎゃあっ?!」 幸せの淵に落ちていこうとしたまさにその瞬間、つくしの体が宙に浮いた。 さっきまで自分が立っていたはずのアスファルトが真下に見える。そしてやけに目線が高い。 「な・・・なにごとっ?!」 「お前って奴は・・・時間がねーときに限っていっつもこうだ」 「は・・・はぁっ?! ちょっ・・・これ夢でしょ? っていうか何がどうなってんの?! とにかく下ろしてよ!」 「アホか。言っただろ、時間がねぇんだって。クソ、もうこんな時間じゃねーか」 右手で米俵よろしくつくしを担ぎながら左手の腕時計を見て舌打ちする。 ありえない場所で揺らされながらつくしは振り落とされないように必死でしがみついている。 と、視線の先に妙に見覚えのある車が見えてきた。 「あれってまさか・・・」 つくしがそう呟いたのとこれまたやけに見覚えのある男が降りてくるのはほぼ同時だった。 「に・・・西田さんっ?!」 「ご無沙汰しております。牧野様」 彼まで出てくるとは夢にしてはあまりにもできすぎじゃなかろうか。 そんな疑念がムクムクとつくしの中で膨れ上がってくる。 もし、もし万が一夢じゃなかったとしたら・・・・・・あたしは一体何をした?! 「おい西田、なんとかあと30分時間を作れ」 「・・・ですが既にかなりの無理をしてこの時間を作り出しているのです。これ以上は」 「つべこべ言わずにやれっつってんだよ。どうせお前のことだ。俺がそう言い出すことを見越した上で時間設定してんに決まってんだろ」 「・・・・・・」 「死ぬほど働かされてるのに見合った対価をもらわねーとやってらんねーよなぁ」 「ぎゃっ!!」 そう言うと司はリムジンの後部座席につくしを放り込んだ。 「いいか。今から30分、一切の邪魔すんじゃねーぞ」 「・・・かしこまりました」 溜め息交じりにそう言うと、西田の目の前の扉が凄まじい勢いで閉じられた。 「・・・はぁ。それを言うなら私こそどれだけの対価をいただきたいことか」 呆れながら思わず出た本音は幸か不幸か主には届いていない。 *** 「な・・・なんで? なんでリムジンが? なんで道明寺が? なんで、なんで・・・夢じゃあ・・・」 「お前さっきから何わけわかんねーこと言ってんだ? これは夢じゃねぇ、現実だ」 「えっ!!」 げ、現実?! まさかまさかと過ぎっていた可能性をあっさり肯定されて一気に血の気が引いていく。 「いってぇっ!!」 「・・・ほんとだ。これって夢じゃなかったの? リアルなのっ?!」 目の前の男の見た目とは真逆の柔らかい頬を引っ張りながらつくしが驚きに声を上げる。 「つーかお前何しやがる! 普通やるなら自分の顔でやるだろうが!」 「・・・本物?」 「あぁ?」 「本物の道明寺なの? 幻じゃなくて? 夢じゃなくて?」 「だからそうだっつってんだろうが。触ってみろよ」 「・・・・・・」 強引に掴まされた手ががっしりとした体に触れた。そこから手のひらにドクンドクンと力強い鼓動が響いてくる。 ・・・本物だ。 「ど、どうして・・・だって、あんた昨日・・・」 「あぁ、イタリアに行くはずだったんだけどな。その前に急遽香港での仕事が入ったんだよ。だからそこに行くついでに日本に立ち寄る時間を作らせた」 「ついでって・・・」 どう考えてもついでの距離じゃないでしょうが! そう言おうとしたつくしの体ごと大きな腕の中に包み込まれた。 「あーーーーーーーーーーー、マジで会いたかった・・・」 「道明寺・・・」 「お前が昨日の電話で元気がなかったのが気になって。そしたらその直後に香港行きが決まったんだよ。だからこれを使わない手はねぇと思ってな。ソッコーでジェットに飛び乗った」 「・・・・・・」 「会えても15分が限界だって西田のヤローに口うるさく言われてたんだけどな。お前がやれ会いたかっただの嬉しいだの素直に言ったかと思えばトドメに抱きついてきただろ? んなもん誰が15分で我慢できっかってんだよ」 「あっ、あれは! あたしは夢だと思ってたから・・・!」 慌てて弁明しようとしたつくしの頬に両手が添えられる。 「バーカ。夢だろうと何だろうとお前の本音には違いねーんだろうが」 「 ! 」 「つーかむしろいつも夢の中ではあんなクソ可愛いことやってんのかと思う方がたまんねーな」 「ななっ・・・!」 真っ赤になったつくしの額にゴツンと司の額がくっつく。 「はーーー。俺もすっげー疲れてたんだけどな。・・・さっきのお前で全部吹っ飛んだ」 「道明寺・・・」 「死ぬほど会いたかった」 あまりにも真っ直ぐな眼差しでそう言うから。 「・・・あたしも。死ぬほど会いたかった」 だから気が付けば素直にそう言っている自分がいた。 そうしたらあいつは本当に嬉しそうに笑ってみせて。 あぁ、ほんの少し素直になるだけでこんなに喜んでもらえるんだって、こっちまで幸せな気持ちでいっぱいになったんだ。 ギュウッと抱きしめられた腕の中であのコロンの香りを思いっきり吸い込む。 夢じゃない。 これは現実。 たとえ15分でも。 ううん、たとえ1分だったとしても。 本物のあいつの腕の中に包まれてるんだ。 素直じゃない可愛くない牧野つくしは少しの間お留守番。 あたしだって一応女の端くれだもん、たまにはそんな日があったっていいよね? 「あー、クソ。せめて2時間あったらお前を邸に連れ込んで離さねーのに」 「なっ、何言ってんのよ!」 「あぁ? そんなん男なら当然だろ。つーか時間ねーから。言い合ってる時間がもったいねー」 「 っ・・・! 」 すぐに重ねられた唇にそれ以上の言葉を奪われる。 ・・・あぁ、あたしってば間違ってた。 見た目とは裏腹に柔らかいのはほっぺただけじゃなかった。 この男の唇は柔らかくて驚くほどに優しくあたしを包み込む。 ガキのくせに。自己チューのくせに。俺様のくせに。 いつだってあたしに触れる全てが優しいんだ・・・ 「 道明寺・・・帰ってきてくれてありがとう 」 またしばらく会えなくなるんだから、今日くらいは今までの分もまとめて素直になろうと思う。 こんなエッセンスを与えてくれるのなら、遠距離も案外悪いことばかりじゃないのかもしれない。 ・・・・・・もしかして、占い的中? ・・・まさかね。 でも、この日を境にあのインチキペテン師とやらの占いを時々チェックするようになったのは・・・ 絶対に誰にもナイショの話。
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シンジルモノハ・・・? 前編
2016 / 02 / 22 ( Mon ) 「ねぇねぇ、今日のあたしの運勢最高だって!」
「なになに、どこよ?」 「ほら、今一番当たるって評判の占い師。見て、ここ。今日の蟹座のあなたには最高の出会いが待っているでしょう、だってぇ~!」 雑誌をバンバン叩きながらきゃーっと黄色い声が上がる。 「ぬぁにぃ~?! あたしはどうなのよ、どれどれ・・・ラッキーアイテムはフリルのついた洋服ぅ?」 「あっ、ブラウスにフリルついてるじゃん!」 「え? あ、ほんとだ~! ふっふふふ、これであたしにもいい出会いが待ってるかしら?」 「待ってる待ってる。信じる者は救われる世の中でなくっちゃでしょ!」 「だよね~!」 「あ、そろそろ時間。遅刻でもして出遅れちゃったら台無しよ!」 「第一印象から決めていかなきゃだもんね~! ねぇ、髪型大丈夫?」 「バッチリバッチリ。てかあたしこそグロスオッケー?」 「オッケーオッケー。テッカテカに光りまくってるわよ」 キャハハといかにも女子と言わんばかりの笑い声を上げると、開いていた雑誌を閉じて2人同時に立ち上がった。 「牧野さん、じゃあ悪いけど・・・お先に失礼するね」 「あ、はい。お疲れ様でした! 楽しんできてくださいね」 「ありがと~! っていうか今度は牧野さんも参加してよね~! 一度も来てくれないんだから」 「あはは、あたしはそういうのはちょっとダメで・・・」 「そんなことばーっかり言ってるからいつまでたっても男の気配がないんだよ? まぁいいわ、この話はまた今度ゆっくりね。じゃあお疲れ様~!」 「お疲れ様です」 寒いというのにミニスカートに生足で気合は充分。狭い室内に甘い香りを残していった仲間を見送った後、振っていた右手を止めた途端何故だか勝手に溜め息が出た。 「はぁ・・・なんかあたしってば枯れすぎ?」 我ながら何を今さらと思う。 パタンと力なく下ろした右手はかっさかさ。せめてハンドクリームでも塗ればいいのだろうけど、それすらもなんだか億劫で放置する始末。 「これじゃあ男の気配無しって思われても仕方ないよね。・・・って実際いないんだけどさ」 ・・・いや違うか。 正確には 「近くにはいない」 だ。 なんて、一体誰に弁明してるんだか。 ふと、先程のバイト仲間が残していった雑誌が目に入った。 別に読みたいわけでもないけれど、休憩が終わるまではもう少し時間がある。ぼーっとしてるのもなんだし、その雑誌を手にとってなんとなしにパラパラと中身を捲っていく。デート服特集なんてページを見てもちっとも心が躍らない自分はやっぱり枯れ枯れだな、なんて苦笑いしたところで占いのページへと辿り着いた。 「さっき騒いでたのってこれかぁ」 何やらその話題の占い師とやらのどでかい写真まで載っている。 おそらく世間の女子から見ればイケメンともてはやされる部類の人間なのだろうが、つくしからしてみればただの胡散臭いインチキペテン師にしか見えない。そもそも占い師のくせに見た目をアピールするっておかしくないか? とはいえこうなったら興味本位が出てくるのも事実なわけで。 イケメン占い師とやらが一体どんなことを書いてるのかを確認してみようじゃないの。 別に占いなんて全く信じてないけどさ。 「えーとなになに、山羊座の今日の運勢は・・・?」 該当項目を指で辿っていくと、書いてある内容を見てその動きが止まった。 「・・・・・・はぁ、所詮占いなんてこんなもんだよね」 世の中そんないいことばかりあるはずがないしその逆もまた然り。 下手な鉄砲も数打ちゃ当たる。きっと自分自身があることないこと適当に書いたって中には的中してしまうことが1つや2つはあるに違いない。 『 素直になればあなたの願いが叶う日でしょう 』 バカバカしい。実にバカバカしい。 素直になれば願いが叶う? そんなことが簡単に当たるなら世の中誰も苦労なんかしないっつーの! 「いいなぁ。あたしも適当なこと言ってお金稼げたらいいのに・・・」 ついそんな本音がポロッと口を突いて出てしまった。 『 勤労処女 』 西門の高笑いが浮かんできて思わず眉間に皺が寄る。 悲しいかな事実なだけに腹が立っても反論はできない。 「好きでビンボーやってるんじゃないし、好きで処女なんじゃないですよーだ!」 負け惜しみのように悪態をつきながらゴツンと額とテーブルにつけた。 牧野つくし 二十歳。 多分女子としては一番輝けるお年頃。 ・・・なはずなのに現実はひたすら大学とバイトに明け暮れる日々。彼女たちのように異性の話題に花を咲かせることもなければ合コンだなんだと参加することもなし。 興味があるのはその日の特売品だなんて・・・我ながら女を捨ててると思う。 『 お前は素直に甘えてりゃいいのになんでそう苦労したがるんだよ 』 そんな声が頭に響いてくる。 確かに既に4年間の学費は払ってもらってるんだけどさ。 親の作った借金だってとっくに肩代わりしてもらったんだけどさ。 1円だって返さなくていいってうるさいほどに言われてるけどさ。 ・・・仕方ないじゃない。それを甘んじて受けられるほどおめでたい性格じゃないんだから。 クソ真面目と言われようと勤労処女と馬鹿にされようと、借りたものはきちんと返す。そう考えて行動に移すことってそんなにおかしい? きっと男から見れば可愛さの欠片もないんだろうけど・・・ 仕方ないじゃない。それが牧野つくしなんだもの。 「・・・自分でも可愛げがないって思うんだから向こうからすれば相当なもんだよね」 わかってても人間の本質なんてそうそう簡単には変わらない。 だったらせめてもう少し器用に甘えられたらいいんだろうけど、現状それをすることは難しい。 何故なら・・・ 「だって甘えたところでどうしようもないじゃん。会えるわけでもないのにさ」 いじけた子どものように口を尖らせて呟く。 そう。あいつがいるのは遠い遠い空の下。時間だってまるで正反対の国。 離ればなれの生活も気が付けば3年。もうすぐ最後の1年を迎えようとしている。 すっかり慣れたようで本当はちっとも慣れてなんかいない。 でも 「仕方ない」 と自分を納得させる以外にどうしようもない。実際あたしたちに残された選択はそれしかないのだから。 自分でも可愛くないって自覚はある。 けれど、だからって何でも平気なわけじゃない。 ・・・こんなあたしでも、ふとおセンチな気分に浸ってしまうことだってあるんだから。 『 素直になればあなたの願いが叶う日でしょう 』 「 ・・・・・・・・・・・・・・・会いたいよ、道明寺・・・ 」 ぽつりと。 本当に小さな声で呟いた一言はたちまち静かな室内に消え入った。 「・・・・・・なーんてねっ! あーあ、あたしも疲れてんのかな? なんか変なこと口走っちゃった。今のナシナシっ! っていうかそもそも誰も聞いてないし。それ以前に占いなんて当たらないし!」 アハハと1人笑いながら立ち上がる姿は不気味の一言に尽きる。 第三者が見れば見えない者と交信でもしているのかと思うに違いない。 くわばらくわばら。 「貧乏暇ナシ! さー働くぞぉ~!」 うーんと盛大に背伸びすると、つくしは開いた雑誌をそのままに1人店内へと戻っていった。
「何もしたくない病」 絶賛発症中ではありますが、皆さんの元気玉の後押しとコメントにヒントをもらい、リハビリも兼ねて(笑)つかつく短編を書いてみることにしました。中身は全くありませんがリハビリなので大目にみてください。 えっ、イマサラ? ( ̄∇ ̄) この短編後の更新は自分でも読めませんが、ちゃんと完結させますのでそこはご安心くださいね。
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ヤバイです・・・
2016 / 02 / 19 ( Fri ) やはり今日は時間的に間に合いませんでしたm(__)m
今現在3割程度が書けている状態でしょうか。 この一週間、半分ほどしか更新できておらず申し訳ないです。 実は今モチベーションが著しく低下していまして。いつも早朝や自分の一日の仕事を全て終えてからの時間を使って書いているのですが、今現在その時間には何もしたくない病にかかってしまっています。色々疲れて余裕がないのかもしれません。 しばらくは不規則な更新が続くかと思いますが、気長にお待ちいただけたら幸いですm(__)m 手の怪我もたくさんの方に心配していただいて有難うございます。 おかげさまで随分よくなってきました。見た目は酷いアザだらけではありますが。肘から先の大部分が紫に変色してきてまして、自分は妖怪まだら人間か?!って感じです(=_=) 呟き欄にも書いたんですが、チビゴンとそりをして遊んでいたら他の子どもがものっすごい勢いで突っ込んできまして。危ないっ!!と咄嗟に手を出してチビゴンを守ったところに激突されたんですね。 いや~、腕がちぎれたかも・・・と思いましたよ(苦笑)不幸中の幸いか骨に異常はなく、結構ヘビーな打撲と診断されまして。日を追う事に妖怪へと変貌を遂げております( ̄∇ ̄) 雪ぞりってかなりスピードが出るんですよね~。 その集団は最初っから周囲を気にせずやりたい放題で危ないなぁと重々気をつけてはいたんですが・・・無念。どんなに気をつけていても巻き込まれてしまうときはあるんですね。 とりあえず腕がもげなくてよかったと思うことにします(^_^;) 今でも心配してコメントくださる方もいるので、一応ご報告までに。 ではでは、明日か明後日か・・・また次回の更新でお会いしましょう。 気合の入らない私めへの元気玉、お待ちしております。
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王子様の憂鬱 38
2016 / 02 / 18 ( Thu ) ざわざわと千人近くはいるだろうと思われる招待客が急激に色めき立ち始める。
参列を許されていたマスコミに限ってはこぞって我先にとステージ正面へと押しかける始末だ。 それもそのはず。 これまでただの1度としてこうした場に女性を同伴することのなかった男が、今まさにただごとではない輝きを纏いながら女性の手を引いてスポットライトの中央へと歩みを進めているのだから。 この後に起こることはどんな鈍感な者でも想像するに難くない。 異様な興奮状態に包まれていた場内だったが、やがて2人がステージの中央に立つと、不思議なほど一瞬にしてその場が静寂に包まれた。誰もが彼らの口から一体どんな言葉が放たれるのか、ただの一文字でも聞き逃してなるものかとその目はまるで獲物を狙うハンター並みだ。 「・・・皆様。本日はこの場をお借りして私から大切なご報告があります」 広い会場内をぐるりと一望すると、遥人は落ち着いた口調で話し始めた。 「私、長谷川遥人は・・・」 そこで一旦言葉を切ると、隣に立つ花音へと視線を移し・・・そしてゆっくりと微笑んだ。 その微笑みはビジネスに於いて常に穏やかな姿勢を崩すことのなかった彼をもってしても、誰にも見せたことのない顔だった。 大事な大事なものを真綿で包み込むような・・・そんな微笑み。 そしてその眼差しを一身に受けながら花音も同じ笑顔を返す。 それを見て遥人は力強く頷いてからまた正面へと向き直った。 「この度、こちらにいる道明寺花音さんと婚約しましたことを正式にご報告させていただきます」 予想通りとはいえ、はっきりと本人の口から語られた事実に再び騒然とし始める。 しかも聞こえたのは 「道明寺」 という言葉。 この場にいる人間ならば知っていて当たり前のその名前に、まさかあの 「道明寺」 なのか、それとも単なる偶然なのかとどよめきが起こる。 だが遥人はそんな動揺も意に介さずに冷静に言葉を続けていく。 「既にご存知の方も多いかとは思いますが、彼女は道明寺ホールディングスの現社長夫妻のご令嬢です。彼女のたっての願いでこれまで母方の旧姓で仕事を続けて参りました。今日この場にて彼女の素性を公にすると同時に、入籍まではこのまま変わらずに牧野姓で仕事を続けていくことをご報告させていただきます」 道明寺夫妻の娘 ___ それは知らなかった人間にとっては相当な衝撃だ。 よほどの人間でない限りは手の届かない場所にいる雲の上の存在。 引く手あまたの長谷川遥人が生涯の伴侶として選んだのがそんな女性だったとは。 「尚、挙式及び披露宴は私達の希望によりごく近しい人間だけを集めて執り行いたいと思っております。誠に勝手ではございますが、皆様へのご報告はこの場を持ってかえさせていただくことをお許しください。 ・・・花音」 まだ参列者が騒然とする中、遥人は花音の腰にゆっくり手を回すと少し緊張した面持ちで自分を見上げた彼女に先程と同じように微笑んで見せた。 コクッと頷くと、花音はまるであうんの呼吸のように一歩引いた遥人と入れ替わるようにして一歩を踏み出す。そうしてマイクの前へと立つと、数え切れないほどに降り注がれる視線をどこか冷静に見渡した。 幼い頃からこういった場に立つことは決して少なくはなかった。 けれど今日ほど緊張して、そしてこの場に立てることをこれほどに誇らしく思った日はない。 『 緊張すら楽しもう 』 遥人からもらった言葉を何度も何度も心の中で噛みしめる。 そうして左手に光る指輪をそっと指でなぞると、花音は心を決めたように正面を見据えた。 「皆様こんばんは。只今ご紹介にあずかりました道明寺花音と申します。既に私のことをご存知の方、あるいはこれまで牧野花音として仕事でご一緒させていただいた方、そのいずれの皆様にもこの場をお借りしてご挨拶させていただく存じます。私道明寺花音は、ここにいる長谷川遥人さんと婚約いたしました。秋には入籍いたしますことも併せてご報告させていただきます」 2人揃っての結婚宣言に、大きな声こそ出さないが目に見えてショックを受けている女性客も少なくない。見た目も中身も言うことなし、そんな男にもかかわらず未だ空白だった妻の座を狙っていた者は後を絶たないのだから当然といえば当然の反応だ。 だが相手があの道明寺だと聞けばその家柄に敵う人間などこの日本には存在しない。 ショックと嫉妬に駆られる彼女たちの脳裏に浮かんでくるのはただ1つ。 きっと 『だからこそ』 彼は結婚することを決めたに違いない、と。 「ずっと道明寺の名を隠して仕事をさせていただいていたこと・・・本当に申し訳なく思っています。ですが私は道明寺という名に縛られることなく、1人の人間として社会に飛び込んでいきたかった。そんな私の我儘を両親も、そしてここにいる遥人さん・・・いえ、専務も許してくださいました。本当に感謝しています。結婚を機にこうして皆さんに事実をお伝えしましたが、牧野であろうと道明寺であろうと私は何一つ変わることはありません。今までも、そしてこれからも一心に長谷川コーポレーションを、専務を、・・・そして個人的には遥人さんの。少しでもそれぞれの力となれるよう、精一杯精進してまいります」 ざわついていた場内がいつの間にかシン・・・と静まり返っている。 細くて可憐な庇護欲を掻き立てる見た目とは裏腹に、紡ぎ出される言葉には一切の迷いがなく明快だった。 そして何よりも彼女が醸し出す凜としたオーラに誰もが目を奪われていた。 さすがはあの道明寺司の娘、そう思わせるには余りあるほどに堂々とそこに立っているのだ。 「 これはいわゆる政略結婚の一種ですか? 」 次の瞬間どこからともなく投げつけられた言葉に、それまで穏やかな表情を崩すことのなかった遥人の顔が一瞬だけ強ばった。見渡してみても誰が言ったかはわからない。おそらく人を押し出して最前列までやって来たマスコミの一部に違いない。 だがこういった反応を生むことも全ては想定済み。 もはやこの立場にいる人間にとっての宿命とも言えること。 司とつくしが結婚するときも、そしてしてからもしばらくの間は一部のマスコミが事実とは異なることで騒ぎ立てることが多々あった。 だがそのいずれでも彼らは冷静だった。 決して過剰に反応せず常に冷静に。 そうしてそれらゴシップが全くの事実無根であるということを自らの行動をもって証明していったのだ。ひとたび彼らと接すれば、何が真実かは自ずと見えてくる。 そうして気が付けば彼らを面白おかしく誹謗中傷する報道は皆無となっていた。 そんな彼らの姿を遥人は幼い頃から見続けてきたのだ。 一瞬でも顔に出てしまった自分が情けない。 悔しいがまだまだだと認めざるを得ないようだ。 1人苦笑いすると、遥人はマイクの前に立ってゆっくりと、静かな口調で再び口を開いた。 「残念ながら私達の結婚が政略的なものであるという事実は全く存在しません。互いの生い立ち故、そういった声が上がるのは全て想定済みのことです。ですが私達をよく知る皆さんならばそんなことがありえるはずがないということは周知の事実だと思っています」 「ですがこれまでお付き合いの事実があるなどとは全く聞いたことはありませんが?」 「これまで独身を貫かれていたにもかかわらず何故突然結婚を?」 「本当に少しもそういった狙いがないと言い切れるんですか? この結婚は双方にとって少なからずプラスの影響をもたらしますよね?」 1人が声を上げたのを皮切りに、次から次へと低レベルな記者が不躾な言葉を投げつける。 こういう人間にとって大事なのは事実ではなく、あたかもそれが真実だと少しでも繋げられるような言質へと誘導すること。 そのためにわざと相手の神経を逆撫でするような言葉で動揺を誘う、彼らの常套手段だ。 一体どんなプライドをもって仕事をしているというのか。 遥人は嘲笑いたくなるのをグッと堪えて努めて冷静に彼らに視線を送る。 「道明寺さんはその辺りどうお考えなんですか?!」 だが遥人が口を開くよりも先にそんな言葉が続けられた。 その先にいるのは、一瞬にして会場内の視線を一斉に浴びることになったのは ___ 言うまでもなく道明寺司だ。
時間を見つけては頑張って書いているんですが、プライベートが忙しくなってきたのもあって更新がまちまちになるかもしれません>< |
王子様の憂鬱 37
2016 / 02 / 16 ( Tue ) 「ま、牧野さん・・・?」
「はい」 「・・・・・・」 自分で名前を呼んでおきながら、目の前に立つ人物を前に女は呆然とそれ以上の言葉を続けられないでいる。そのあまりの呆けっぷりに、花音はどこか自分におかしなところでもあるのだろうかと不安げに身なりを確認し始める始末。 「あ、あの・・・どこか変ですかね?」 「あっ・・・いや、・・・あ。そういえばもう牧野さんじゃないんだっけ」 はたと我に返ると、思い出した様にそんなことを口にした。 「あ、それは全然気にしないでください。確かにこれから全てのことを公表しますけど、余計な混乱を避けるためにも仕事の時にはこのまま牧野姓でやっていこうと思ってるんです」 「え・・・それでいいの?」 「はい。専務にも許可をもらってますし、何の問題もありません」 ニコッと笑った顔は同じ女でも頬を染めてしまいそうなほどに可憐で美しい。 「今さら戻したところでどうせすぐまた名前が変わるんだものねぇ~」 「あ、美咲さん・・・」 右手にグラスを持ちながら現れた美咲はいかにも大人の女と言わんばかりの色気溢れるロングドレスに身を包んでいる。さすがは秘書として場数を踏んでいるだけあって、こういった華やかな場にいても全く違和感がない。 「牧野からいきなり道明寺だと言われたかと思えばあっという間に長谷川になりました~じゃあ聞かされる方もわけがわかんないわよね」 「う゛っ・・・すみません・・・」 正論過ぎて一文字すら言い返せない。 美咲はクスッと笑うと、あらためて花音の頭から足先までを舐めるように視線を這わせた。 「それにしても化けたわね」 「えっ?」 「・・・いや、違うわね。こっちの姿が本来のあなただった。そういうことよね」 「・・・・・・」 美咲や同僚が驚くのも無理はない。 今目の前にいるのは同じ秘書課で働いていた牧野花音ではない。 彼女の定番スタイルとなっていた眼鏡もひっつめ髪も今日は存在しない。 美しい黒髪を背中になびかせ、その髪と同じ色をした漆黒の大きな瞳、そして女性らしいボディラインに沿うような美しいピンクベージュのロングドレスは気品に満ち溢れていた。それを完璧に着こなしている彼女はやはり道明寺財閥の人間だったのだということを実感させられる。 決して過度なメイクをしているわけでもないのに見る者をハッとさせてしまうのは、彼女が元来持っていた美しさ故だろう。 これが彼女のあるがままの姿なのだと。 「今さらだけどさ、牧野さんって地味なのに地味じゃないって言うか・・・不思議なオーラがある子だと思ってたのよね」 「え?」 「やっぱり生まれつき身につけた品の良さって言うの? そういうのって隠そうと思っても隠せないっていうか。ちょっとした所作が綺麗だな~とか、テーブルマナーとか完璧だな~とか内心思ってたんだよね」 「・・・そうなんですか?」 「そうそう。まぁ口には出さなかったけどさ。結構同じような事考えてた子って多いと思うわよ?」 同僚の女性の言葉にただただ驚く。 そんなことを考えている素振りは微塵もなかったというのに。 「っていうか 『あの』 道明寺財閥の娘とか・・・一体どんなドッキリなのよって感じよね」 「う・・・それもほんとにすみません・・・」 グサグサと相変わらず美咲の攻撃だけは容赦ない。 「・・・まぁでもきっとそういう立場の人間にしかわからない苦労もあるんでしょうね」 「え?」 「ただ端から見ればお金持ちのお嬢様なんて性格悪くて何の苦労もせずにいい暮らししてるだけの甘ちゃんなんてイメージが強いけど、少なくともあんたと一緒に働いてきた中でそんな風に感じたことは一度だってなかったわ。むしろあんたの素性を知って世の中にはこんなお嬢様も存在するのねって、そういう意味でびっくりしたって感じ?」 「美咲さん・・・」 「言っておくけど、私はあんたがどこの誰だろうとこのスタンスを変えるつもりはないから。そういうのが許せないってことならそっちから距離を取って頂戴」 「そんなっ! 絶対にそんなことはしません!!」 周囲にいた人間が振り返るほど大きな声を出していた。 「いいの? これからもあんたとかバカとか言いたい放題なのよ?」 「もちろんです! むしろ大歓迎です。確かに私は道明寺の娘ですけど・・・それ以前にただ1人の人間であることに変わりはないですから。道明寺家に生まれたのはただの結果論。そんなことは関係無しに真っ正面から本音で向き合ってくれる、そういう人こそ大事にお付き合いしていきたい、そう思ってるんです。だから美咲さんのような女性は私にとって何よりも大切な存在です」 「・・・・・・」 真っ直ぐに射貫くような眼差しは初めて見たときから何一つ変わらない。 ・・・そう、彼女は何も変わってなどいないのだ。 何故あの遥人がこの女を選んだかが嫌というほどにわかる。 何度も思い知らされるようで癪だが、最初から同じ土俵に立つことすら出来ないほど勝負はついていたのだと。 「・・・ふっ、やっぱりあんたってバカな女」 「はい。でもバカでいいんです」 「・・・クスッ」 「ふふっ」 美咲の表情がフッと緩むのにつられるようにして花音が微笑むと、いつの間にかそこにいた誰もが笑っていた。 「花音」 「あ・・・ハルにぃ」 大勢の人を掻き分けて現れたのはこれまた見る者の全ての心を奪うほど眉目秀麗な出で立ちの遥人だ。花音と並んだ立ち姿はまさに文句なしにお似合い、そう言える雰囲気を漂わせている。 「せっかく楽しんでるところ悪いけど、そろそろいいか?」 「あ・・・うん」 その言葉にわかりやすく花音の顔に緊張が走る。 最初からそれを予想していたのか遥人の手がすぐに背中に回されると、少し不安げに自分を見上げる花音にふわりと微笑んで見せた。 「大丈夫だよ。何の問題もない」 「・・・うん。でもどうしても緊張しちゃう」 「はは、それは俺も同じだよ。でもどうせならこの緊張感も楽しもう」 「楽しむ?」 「あぁ。一生に一度しかないことなんだから。緊張すら楽しみに変えてこの瞬間を味わおう」 「ハルにぃ・・・うん!」 目の前に部下がいるというにもかかわらず完全に2人の世界だ。 美咲だけがお腹いっぱいとばかりに呆れた顔をしているが、それ以外の女性陣はうっとりと絵になる2人に見惚れてしまっている。 「専務、イチャつくなら終わってからごゆっくりどうぞ」 「・・・あぁ、そうだったな。じゃあ花音、行こう」 「はい」 差し出された腕にほんのりはにかみながらも自然に手を絡めると、既に周囲の視線を集めながらも2人はゆっくりと歩き出した。 「やぁ花音ちゃん!」 「あ・・・山名のおじさま、ご無沙汰しています」 「まさかここで君に会えるとは、最近会っていなかっただけに嬉しいなぁ。わっはっは!」 途中恰幅のいい男性に立ち止まって談笑する姿に思わず目が飛び出そうになる。 「あれってもしかして山名商事の会長じゃない?」 「あの神々しいまでの頭にあの体型・・・間違いないわね」 「そんな大それた人物とあんなに気さくに会話できるなんて・・・牧野さんてば本当の本当に生粋のお嬢様なのね」 はぁ~っと、出てくるのはただただ感嘆の溜め息ばかり。 「そして型破りなお嬢様でもあるけどね」 続けるようにして放たれた美咲の一言にプッと全員が吹き出すと、徐々に小さくなっていく姿がやがて完全に見えなくなるまで、誰もがただじっとその後ろ姿を見つめていた。 *** 「本日はお忙しい中弊社の創立記念パーティにお越しくださいまして有難うございます。我が社ができてから早・・・」 壇上の中央で堂々と言葉を並べていく社長をステージの裾で見ながら、花音はスーハーと何度も深呼吸を繰り返す。いよいよこの後正式に婚約発表かと思うとじっとなんてしていられない。 幼い頃からこういう場には数え切れないほど参加してきたというのに、それら全てをあわせても到底及ばないほどに緊張して落ち着かない。 「おじさまもハルにぃもやっぱり素敵だな・・・」 照明を浴びながら綺麗な佇まいで立っている男性2人に目を奪われる。 こうして見ると顔だけでなく立ち姿までそっくりだったんだとあらためて気付かされた。 きっと彼も年を重ねたらあんな感じで渋みが加わってますます素敵な男性になるんだろうと考えるだけで口元が緩んでしまう。 「実は本日は我が社の専務であり私の息子である遥人より、この場をお借りして皆様に大事なお知らせがあります」 だが次の言葉にハッと現実に引き戻された。 と同時にドクンッと胸にあてていた手にはっきりと伝わるほどに心臓が跳ね上がる。 見れば中央に促された遥人が会場に向かって一礼したところだった。 「本日は我が社のためにこんなにも大勢の皆様にお集まりいただきましたこと、心からの感謝を申し上げます。本当に有難うございます。私事で大変恐縮ではありますが、この場を借りまして大切なお知らせをさせていただきたいと思います。・・・少々お時間をいただきたく存じます」 そう言って頭を下げると、遥人は花音のいる方向へ真っ直ぐに歩き出した。 一歩一歩力強く、そこには迷いの欠片すらなく自身に満ち溢れている。 壊れそうなほどに心臓が鼓動を刻んでいるというのに、その精悍な姿から少しも目を逸らすことができずにいると、あっという間に遥人は舞台袖にいる花音の元へと辿り着いた。 「花音、行こう」 ふわりと。 花音だけが知る優しくて柔らかな笑顔を見せると、ゆっくりと右手が差し出された。 つい1秒前まであれほど緊張していたというのに。 優しく微笑みかける彼の姿を見ただけでそんなことは全てどこかへと飛んでいってしまった。 一体自分はどれだけ単純な人間だというのか。 そしてどれだけ彼のことが好きだというのか。 「・・・何かおかしなこと言ったか?」 「・・・ううん。自分で自分に笑いたくなっただけ」 「 ? 」 不思議そうに首を傾げる遥人にもう一度笑うと、花音は最後に大きく深呼吸をしてから遥人の右上にそっと自分の手を重ねた。 すぐにギュッと握りしめられてたちまち全身に見えない力が漲っていく。 「じゃあ行くぞ」 「はいっ!」 互いに微笑みながら頷き合うと、2人しっかりと歩みを揃えて一歩を踏み出した。 光り輝くその場所へと ____
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