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彼と彼女の事情 11
2016 / 03 / 31 ( Thu )
ギシッ・・・



とうに日付も変わった頃、暗い室内にベッドの軋む音が小さく響いた。
それから間を空けずに背中にじんわりと温かな人肌が伝わってくる。


「・・・・・・・・・・・・・・・どうみょうじ・・・?」


消え入りそうな声で口にした名前に、ハッとこちらを向いた気配を感じた。

「・・・なんだお前、まだ寝てなかったのか?」
「ごめん・・・なんか、眠れなくて・・・」
「・・・・・・」

背中を向けたままそう呟くと、またしてもベッドが軋む音が聞こえた。体ごとこちらを向いたのがわかったけれど、あたしはそれに気付かないふりをした。

道明寺はあたしが余計なことを考えなくていいように眠るのを待って来てくれたはずなのに。
これ以上は黙って目を閉じればいいだけなのに。
頭ではわかっているのに・・・自分を止めることができない。

「もし・・・・・・もしさ。 もし・・・あたしたちが、このまま・・・・・・えっ?!」

そこまで言いかけたところで突然肩を掴まれたかと思ったら、グイッとそのまま後ろに引っ張られてベッドに押しつけられるような形になった。

「 ______ ・・・っ !! 」

次の瞬間呼吸が停止する。
口を開こうとする前に、柔らかい感触がその唇ごと塞いでしまったから。
何も見えない真っ暗闇の中でも、触れているそれが何かわからないほどバカじゃない。

「~~~んん~~っ・・・!」

ジタバタともがくのに、今はあたしの方が圧倒的に力があるはずなのに。
何故だか不思議なほどに目の前の体はビクともしてくれない。
ほとんど馬乗りになるような体勢で何度も何度も唇を重ねていく 「あたし」 に、気が付けばあたしは全ての抵抗をやめてひたすらその熱を受け取り続けていた。



「・・・・・・・・・・・・はぁっ・・・!」

ようやく解放された時にはもう指一本にすら力は入らなくなっていて。
相手は間違いなく 「あたし」 だったはずなのに、暗闇の中自分に触れた感触はどこを切り取っても全て 「道明寺」 そのものだった。もしかして元に戻れたんじゃないだろうかと思えるほどの不思議な感覚に、自分でもどうしていいかわからない。

「どうだよ、少しは気が紛れたか?」
「・・・・・・え?」

ようやく暗闇に慣れてきた目がぼんやりと目の前にいる人影を捉える。
やはりそこにいるのは 「あたし」 で。

「ったく。余計なこと考えずに寝ろっつっただろうが。わざわざこの時間まで待って来てみりゃあこの有様だ。このバカ女!」

ペシッと平手が額を直撃する。

「イタっ! ・・・だって、眠れなくて・・・」
「どんなときでも爆睡すんのがお前の専売特許なんじゃねーのかよ」
「それは、そうだけどさ・・・。あたしだって人間なんだからこんな日だってあるのよ!」

そりゃあこれまで空気を読まずに爆睡したことは一度や二度じゃないけどさ。さすがにこんなありえない状況に置かれたら・・・いくらあたしでも脳天気に眠ってばかりもいられない。

「っていうかさ、早く降りてくんない?」

お腹の上にどっかり座り込んだままで、もしまた自分の意思とは全く関係ないところであらぬ反応でもされたらたまったもんじゃない。

「・・・道明寺? ねぇ、聞いてる?」
「やってみるか?」
「え? やるって・・・何が?」

っていうかそれよりもまず降りて欲しいんですけど。

「決まってんだろ。この状態でセックスやってみるかって聞いてんだよ」
「・・・・・・・・・」
「おい、お前こそ聞いてんのか?」

・・・うん? 今なんて言った?
えーーっと・・・。 あ、そうそう、セックスやってみるかって言ったんだ。
なるほどそうきたか。 セックスね~、
セッ・・・



「 はっ、はぁああああああぁあああぁぁあああっっっ????!!!! 」
「 おわっ!! 」



絶叫と共に飛び起きた勢いのまま、 「あたし」 の体が真っ逆さまに倒れていった。

「いって・・・!」
「な、な、ななななななな何言ってんのよ! あんたバカじゃない?! この期に及んでそんな悪趣味過ぎる冗談なんてやめてよねっ!!」

悪ふざけにもほどがある!

「冗談なんかじゃねーよ」
「・・・えっ」

ムクッと体を起こした道明寺の顔は・・・予想なんかよりも遥かに真剣だった。
とても冗談を言っているようには見えないほどに。

「俺は別に構わねーぜ。入れ替わってたって何の問題もなくできんだろ?」
「何言って・・・問題ありまくりに決まってるでしょうが!」
「なんでだよ。中身が入れ替わった以外はなんも変わらねーだろうが」
「以外はって・・・それが唯一にして最大の問題なんじゃんか!」
「そうか? 形が入れ替わったとしても俺は俺、お前はお前に違いはねーだろ」
「え・・・?」

違いは、ない・・・?
いやいやいや、あるでしょう?

「確かに自分を客観視するのは気持ちわりぃしさっさと戻れよと心底思ってる。でも不思議だよな、見た目は俺なのにどう見てもお前にしか見えない瞬間っつーのがあるんだよ」
「・・・・・・」

同じだ・・・。
言われたような不思議な感覚に陥ることがあたしにも何度もあった。
道明寺も・・・?

「どんな状況だろうと俺が欲しいと思うのはお前だけだし、お前だって俺だけだろ?」
「・・・・・・」

戸惑いを隠せず、言葉にする代わりに小さく頷いた。

「だったら器にこだわる必要なんかねーだろ? 力の差があるっつーなら俺が上に乗って動きゃあ何の問題もねーわけだし。お前が主体になることに抵抗があるっつーなら俺のままで受け身でいりゃあいい」

真面目な顔でなんというぶっ飛んだことを言ってるんだこの男は。
この状態でやるだなんて・・・そんな末恐ろしいことを平然と。

「つってもさすがにお前にその気がねぇのに無理矢理するつもりはねーけどな」
「・・・え?」

訝しげな顔を向けたあたしに、道明寺は茶化すでもなく真剣な表情を崩さずに続けた。

「あくまで俺の気持ちを言ってるってだけの話だ。俺はいつだって 『牧野つくし』 を欲してる。今目の前にいるのがお前だと思えるのなら、俺はいつだってお前を受け入れられるし抱ける」
「道明寺・・・」
「お前、さっき俺にキスされてるときどう感じた?」
「えっ・・・?」
「途中から相手の器なんかふっとばなかったか? 俺は全身全霊でお前を感じてたけど」
「・・・!」

まるで心の中を見透かされたかのような指摘にドキッとする。
・・・そう。さっきあたしは確かに 「道明寺」 を感じていた。
それもはっきりと。

あたしの考えていることが手に取るようにわかったのか、道明寺がクッと満足そうに笑った。

「つまりはそういうことなんだよ、牧野」
「え・・・?」
「確かにこの状況はありえなーしざけんなとも思う。1日だって1秒だって早く戻りやがれとも思ってる。でもな、こうなった相手がお前だったってことに意味があるんじゃねーのか?」
「意味・・・?」
「あぁ。もし入れ替わったのが他の人間だったらお前どうする?」
「えっ?!」

他の人だったらって・・・
いやいやいや、ありえない。そんなゾッとすること想像したくもない。

「な? 確かにこの状況はありえねーし腹も立つけど、それでもこうなった相手がお互いで良かったとは思わねーか?」
「・・・」
「俺はお前だからこそこの現実を受け入れてるし、こうして同じ空間で過ごすこともできる。むしろ結婚にも同棲にも消極的だったお前をここに住まわせられてるって点では良かったのかもな」
「良かったって・・・」

そんなバカな。

「だからものは考えようってことなんだよ。こうなったことにもきっと意味がある。たとえそれが予想だにしないことだったとしても、マイナスな方向ばかりに意識をとられんなっつってんだ」
「・・・・・・」
「ま、さっき言ったことは嘘じゃねーから」
「・・・え?」

キョトンと顔を上げたあたしに道明寺が不敵に笑った。

「俺はお前さえその気になりゃあいつだってやる気でいるぜ。そん時は遠慮なく言えよ」
「なっ・・・! ばっ・・・バカっ! そんなことあるわけないじゃんっ!!」
「わかんねーだろ? 実際お前さっきのキスを受け入れてたしな。気持ちが同じなら見た目がどっちかなんて関係ねーってことだよ」
「気持ちが同じなら・・・?」
「あーもう、とにかくもう寝ろ! これ以上ぐだぐだ言うなら今すぐやってもいいんだぞ」
「ひっ・・・! ね、寝るから! 寝ます、もう寝ますっ!!!」

必死の形相で布団を掴んでバサッと潜り込むと、頭上からククッと愉快そうに笑う声が降ってきた。

「その意気だ、その意気。腐ってばっかの牧野なんて牧野らしくねーぞ」
「 !!  ちょっ、ちょっと・・・! 」
「うるせーぞ。最後までやられたくなかったらこのまま大人しく寝ろ」
「・・・・・・」

追いかけるようにして後ろから巻き付いてきた手にドキドキが止まらない。
大きな体に回されたそれは自分で思っていた以上に細くて小さかった。
・・・そしてあたたかい。

「・・・・・・ありがと、道明寺」
「礼を言われる覚えはねぇ。つーかなんだ? 早速やって欲しいのか?」
「ち、違うわっ!! もうっ、おやすみっ!!!」
「クククッ・・・!」

あぁもうっ! 完全におちょくられてるじゃないか。

でも・・・
とんでもないことを言われたはずなのに、さっきまであたしの心を覆い尽くしていた靄がいつのまにか綺麗さっぱり消え去っていた。何1つ問題は解決されていないというのに。



不安の代わりにあいつの温もりに包まれながら、その日あたしは2人が入れ替わってから初めて一度も目を覚ますことなく朝を迎えることができたのだった。




 
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彼と彼女の事情 10
2016 / 03 / 30 ( Wed )
「っくしゅんっ!!」

目の前に置いてあった紙が舞い上がるほど盛大に出たくしゃみに、それ見たことかと言わんばかりの痛い視線が突き刺さる。

「風邪ひいたんだろうが」
「・・・ひいてないよ。ただ鼻がムズムズしただけ」
「ふん、どーだかな。だからあれだけやめとけっつったんだ」
「う、うるさいなー。風邪じゃないって言ってるじゃんか!」
「風邪じゃねー奴がなんでそんなに鼻水ずるってんだよ」
「う゛っ・・・」

そこを突かれては返す言葉もない。
言われた通りくしゃみどころかズルズルと鼻水が止まらず、おかげで手元からティッシュが手放せない状態なのだ。

「慣れてねー奴があんだけ水浴びりゃあそうなるのも当然だろうが」
「もうその話はいいじゃんか・・・」
「よくねーだろうが。お前、今の自分が俺の体だってこと忘れてんじゃねーのか?」
「そ、それは・・・。ほんとにごめんなさい・・・」

牧野を心配しているからこそ出た皮肉だったが、予想していた以上にこいつには堪えたようで、しょんぼりと肩を落として項垂れてしまった。いかにも自分よりも他人を優先するお人好しらしい反応だ。

「あー・・・まぁあれだ。別に怒ってるわけじゃねーから気にすんな」
「・・・・・・」
「とはいえ今後同じような事があってももう水シャワー浴び続けるとかやめろよ」
「で、でもっ・・・!」
「でももだってもじゃねーよ。そもそもんなことしたって根本的な解決にならねーだろうが」
「・・・・・・」

俯いて黙り込んでしまった牧野の目には涙が滲んでいる。俺はハァッと息を吐き出しながら立ち上がると、ソファーでしょぼくれるあいつの頭をポンポンと叩いた。
自分の頭を撫でるのはどうにもこうにも慣れねーが、今触れているのは紛れもなく 「牧野」 だとはっきり思えるのが不思議だ。

「とにかく。これ以上余計なことは考えずにさっさと寝ろ」
「・・・うん」
「ぐだぐだ考え込むようならフロでお前の裸をガン見しまくるからな」
「なっ・・・そんなのダメに決まってるじゃんっ!!!」

期待以上のリアクションにクッと笑った。

・・・あ。 あの笑い方、道明寺の癖だ。

「だったら寝ろ。これで熱でも出たらお前また責任感じて1日中悩みまくんだろ。体を好き勝手されたくなかったら素直に言うこと聞くんだな」
「わ、わかったわよっ! 絶対絶対絶対絶対見ないでよ! 触らないでよっ?!」
「さーな。お前次第だ」
「もうっ!!」

手元にあったクッションを振り上げると、道明寺はハハッと肩を揺らしながら軽快な足取りでリビングから出て行った。

「・・・・・・はぁ」

そのまま脱力したようにクッションごとソファーへと倒れ込む。

・・・なんか今日はほんとに疲れた。
もう疲れたなんてもんじゃない。
道明寺はあたしが色んな意味で落ち込んでるのをわかってるからこそああやってあいつなりのやり方で元気づけてくれているんだろう。

今朝はあれから悲惨だった。
俺が楽にしてやるという道明寺から死に物狂いで逃げて、かといってどうすればいいかなんてあたしにわかるはずもなく。ならばいっそのこと体中の熱という熱を冷ましてしまえと言う結論に至ってひたすら冷水シャワーを浴びまくった。
結果的にそれが功を奏したらしく、最悪の事態だけは避けることができた。
その代償として風邪のひきはじめという全く有難くない手土産がついてきちゃったけど。

よもや人生であんな体験をすることになるなんて。
人一番その手のことに免疫のないあたしにとっては本気で辛すぎる。
道明寺は男ならあんなことは当たり前だって言ってたし、普通に考えれば一言一句あいつの言う通りなんだろうってこともわかる。前に進がそっち系の雑誌を隠し持ってたのだって見たことがあるし、あたしが意識してないだけで男ならではの色んな事情があるんだと思う。

けど・・・また同じ事があったらあたしは耐えられるんだろうか?
誰が悪いわけでもないだけに、どこにこの不安とやるせなさをぶつけていいのかもわからない。
早く、とにかく早く元に戻りたい。
けれどその道筋は全く見えてこない。
目を閉じれば不安ばかりが募っていく。

「・・・っていうか逆のパターンもあるってことだよね・・・?」

ふととあることに思い当たってガバッと起き上がった。
あたしが男の生理現象の壁にぶち当たったということは・・・それはつまりあいつも同じなわけで。
その名のごとく生理現象、つまりは月のモノが始まっちゃいでもしたら・・・

「っやだやだやだやだっ! そんなのぜっっっったいやだよぉ~~~!!!!」

考えただけで全身から血の気が引いていく。
不幸中の幸いか、最後にアレが来たのは2人が入れ替わる直前だった。
つまりは次のものが来るまでには約1ヶ月の猶予がある。
とはいえもしこのままずっと戻ることができなかったら・・・?

「・・・っやだぁ~~っ・・・」

またしても視界が滲んでいく。
今のあたしはあたしであってあたしじゃないのに。
道明寺司という人間は決して涙を見せるような男じゃないのに。
ううん、牧野つくしだってそう簡単には泣くような女じゃないのに。
・・・今のあたしの涙腺はもうほとんど壊れかけてるんだと思う。


耐えられない。
絶対に耐えられない。
道明寺に、・・・好きな人にあんなことをさせなきゃならないなんて。
想像するだけでも耐えられない。
今朝は今朝でショックだったけど、あいつにあんなことをさせてしまうくらいなら、その分あたしが今朝と同じ目にあった方が遥かにマシだ。


「・・・・・・・・・グズッ、もう寝よう・・・」


道明寺の言う通りだ。
このまま起きてたってどうにもならないことをぐるぐると考え込んでしまうだけ。
鉛のように重い体をなんとか引き起こすと、あたしはトボトボと弱り切った捨て猫のように寝室へと向かった。





 
つくし頑張れ~!の応援をよろしくお願い致します!

時間が取れなかったため、予定の6割程度までとなってしまいました。
つくしちゃん大分落ち込んでますね。負けるな~~!
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00 : 00 : 00 | 彼と彼女の事情 | コメント(4) | page top
彼と彼女の事情 9
2016 / 03 / 29 ( Tue )
「ん・・・」

瞼に光りを感じてうっすらと目を開く。

「・・・っ!!」

と、すぐ目の前に 「自分」 がいて思わず悲鳴を上げそうになった。

「ん~・・・」
「 ! 」

タイミング良くゴロンと寝返りをうった 「あたし」 が自分の胸に擦り寄るようにして密着してくる。

ドキンドキンドキンドキン・・・
あぁっ、あたしは自分相手に何をこんなに緊張してるのよっ?!
これじゃあまるで自意識過剰な変態じゃないか!

それもこれも道明寺のせいだ。
2人の身体が入れ替わってしまったという現実を何とか受け入れてからというもの、あいつは2人が寝室を共にするという条件を最後の最後まで譲らなかった。

いくらあたしでも入れ替わった状態であいつが何かしてくるなんて思っちゃいない。
だとしても体はあたしとあいつであることに違いはないわけで。ましてやこんな混乱した状況で同じベッドで寝るだなんて、既に頭がパンク状態のあたしにとっては完全にキャパオーバーなのだ。
それでも、どんなにあたしが懇願しようともあいつはこれだけは譲れねぇと言って別の空間で寝ることを許してはくれなかった。

「・・・・・・」

すぐ目の前でぐっすり眠る 「あたし」 をじっと見つめる。
普段じっくり自分を客観視することなんてまずないけど・・・こうして見ると結構小さいんだということに気付く。というかきっと 「道明寺から見たあたし」 が小さく見える、が正解なんだろう。
道明寺の体にすっぽりおさまっている自分に、あいつの目には自分はこんな風に見えているんだということを初めて知った。

いつもはあたしが見上げる側。
でも今は常に 「自分」 を見下ろす側。
目線が上がるだけで見える世界はガラッとその姿を変え、きっとそれは道明寺にとっても同じことが言えるんだろう。

「こうして眠ってると中身が道明寺だなんて信じられないよ」

スースーとあどけない寝顔見せちゃってさ。
・・・あいつはいつもどんな気持ちであたしを見ていたんだろう。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・ん?」

ふと、どこか違和感を覚える。
それが何かはわからないけれど、何かが違う。
一体何が・・・?









「 ぎゃあああああああああああああっ!!!!!! 」








「うおわっ?! なっ、なんだっ?!」

突然静寂を切り裂いた野太い悲鳴にわけもわからず飛び起きた。
全くもって状況が理解できないが、とりあえず自分は寝ていたはずだ。
ということは今の悲鳴は・・・

「牧野っ?! どうした、何があっ・・・・・・牧野?」

慌てて真横を見れば牧野・・・という名の 「俺」 がベッドの片隅で縮こまっている。
しかも何故か下半身にシーツをグルグル巻きにした状態で。

「おい、どうした? どっかいてぇのか? 何があったんだよ?!」
「・・・・・・」

顔面蒼白で涙ぐみながら俺を見上げる牧野が尋常じゃねぇ様子なのは一目瞭然だ。
声をかけても真っ青な顔をしたまま何も答えないのに痺れを切らした俺は牧野の両肩を掴んだ。

「へ・・・・・・ヘンタイっ!!!!」

が、触れた瞬間浴びせられた罵声に我が耳を疑う。

「・・・は? 今なんつった?」
「道明寺のバカバカバカっ! ヘンタイヘンタイヘンタイっ!!!」

・・・・・・はぁあああぁあっ?!
いきなり安眠を妨害されたと思ったら開口一番ヘンタイとは何だ、ざけんなっ!!

「おいっ、誰がヘンタイだ! 俺が何したっつんだよ?! ふざけんじゃねぇっ!」
「だってだってだってっ!! こっ、こっ、こんなことっ・・・」
「こんなこと・・・?」

何を言ってるのかさっぱりわけがわかんねー。
こいつは一体何をそんなにパニくってんだ?
つーか両目に今にも溢れんばかりの涙を溜めている自分の姿を見るのはキツイ。

「ちょっと落ち着け。どっか痛いとかじゃねーんだな?」

怯えた様子でコクッと頷く。

「じゃあ一体何があった? 初日以降お前がそこまで取り乱すなんてなかっただろ」
「・・・・・・」
「黙ってたってわかんねーぞ。正直に言えよ」
「・・・・・・うぅっ・・・!」

とうとう俺の目から涙が溢れ出した。 マジかよ・・・

「おい牧野っ! 黙ってたらわかんねーっつってんだろっ!」
「だっ、だって! 道明寺がスケベだからっ!!」
「はぁ~?! この状況下で何でんなこと言われなきゃなんねーんだよ!」

誰がスケベだと? まさかこいつ夕べ俺が風呂でやってたこと覗いてたのか?
・・・いや、だったら昨日の時点でとっくにキレてるはずだ。
だったらなんだよ?

「・・・つーかお前さっきからシーツ巻き付けて何やってんだ?」

そう口にした直後にハッとする。
牧野は牧野でその問いかけでぼろんぼろんと大粒の涙を零し始める始末。
こいつの姿と取り乱し方から察するに・・・・・・まさか・・・

バリッ!!!

「きゃああっ??!!! なっ、何するのよぉっこのヘンタイっ!!!」

シーツを掴んで思いっきり引き剥がすと、牧野は必死の形相でベッドに蹲ってしまった。
・・・間違いねぇ。

「勃ったんだろ?」

短い言葉にビクッとわかりやすく牧野の体が反応した。

「やっぱりな・・・」
「や、やっぱりってなによ?! 言っとくけどあたしは何もしてないんだから! 何も悪くないんだからっ! 起きたらいきなりあ、あ、あんなっ・・・うわあああああああんっ!!!」

体を起こそうと引っ張るが相手は 「俺」 だけになかなか思うようにいかない。
くそっ、ここまで力の差があんのかよ?!

「おい、落ち着けって!」
「落ち着けなんていられるわけないでしょおっ?! なんであたしがこんな目に・・・道明寺のヘンタイヘンタイヘンタイッ! スケベっ!!」

さすがにその罵声にカチンときた。

「ざけんなっ! 朝勃ちは健全な男なら誰だってあんだよっ!!」
「・・・・・・っ!!」

全力で体を引き起こすと、見るも無惨なほどぐしゃぐしゃの顔であいつが俺を見上げた。

「いいか、俺はヘンタイでもねぇしスケベでもねぇ。・・・まぁお前限定でそうなるのは否定はしねぇが」
「ほ、ほらっ、やっぱり・・・!」
「けどな、男ならそんなん当たり前の現象なんだよ。ましてやお前と入れ替わってからの一週間、お前とまともに触れることもできなけりゃ自己処理すらできてねぇ。んなん朝勃ちしたって当然だろうが!」
「ぎゃあっ?! なっ、な、なななな、何言って・・・!」

生まれてこの方こんなに赤くなったことがあるだろうかというくらい 「俺」 の顔が赤ぇ。

「お前のオヤジだろうと弟だろうとあいつらだろうとなぁ、男ならそれが当たり前なんだよ! それでヘンタイなんて言われたらこの世にはヘンタイしか生息しないってことを覚えておけっ!」
「・・・・・・うぅっ、じゃあどうすればいいのよぉっ・・・!」

この様子から見るにおそらくまだおさまってはいないってことなんだろう。
いくら中身が牧野だからって、体は正真正銘俺だ。密着して好きな女が寝ているような状況ならば自然と体が反応してしまったって何ら不思議はない。男としては至って普通な反応だ。

むしろ俺は他のヤロー共よりもよっぽどこの手のことには淡泊なはずだ。こういうこと自体そう多くはないが、夢に牧野が出てきた時なんかはたまにこういった状況に陥る。
要するに後にも先にも相手が牧野だからこそ敏感に反応するってだけの話だ。

とはいえ裸を見られることすら無理なこいつにはさすがにキツイ現象だってことも理解できる。

「・・・俺が抜いてやるよ」
「・・・・・・は? ぬ、抜くって・・・何を?」

すっとんきょうな声を出した牧野は本気で意味がわかってねぇらしい。

「決まってんだろ。俺が手で楽にしてやるっつってんだよ」
「・・・はっ? い、いやいやいやいや、何言ってんの?! このヘンタイっ!!」
「あぁ? だから変態じゃねぇっつってんだろうが! いいか、朝勃ちがなんらおかしいことじゃなけりゃあこうして自己処理することだってごく普通のことなんだよ! 溜まったもんは出す、当たり前のことだろうが!」

事態についていけない牧野は今にも失神すんじゃねーかってほどに青くなったり赤くなったり、しまいには白くなって顔色を変えまくってる。

「とにかくお前は楽にしてりゃいいから。すぐに終わらせてやっから心配すんな」
「へっ・・・? いやあああああっ、人の体を使って何しようとしてんのよぉっ?! ぜっっっっっっったいにムリだからっ!!!」

手を近づけた俺に飛び起きると、牧野はそのままベッドから転がり落ちて逃げ出した。

「あ、おい、待てっ!!」
「いやああっ! ぜっっったいにいや~~~~っ!!!」
「じゃあどうすんだよっ、そのままおっ勃てたまま仕事に行くつもりかよっ?!」





「どれもこれもいやぁあああぁぁああああああっ!!!!!!」












「おはようございます。・・・牧野様? 顔色が随分悪いようですが大丈夫ですか?」

背もたれにぐったりと身を預けて放心状態のつくしを前に、西田が怪訝そうに顔を覗き込んでいる。だがつくしはぼんやりとするばかりで大きな反応を示さない。
言わば完全に抜け殻状態だ。

「別にどこも悪くねーから。お前が気にする必要はねぇ」
「・・・・・・」

向かいに座る司がぞんざいな態度でそう言うと、西田はしばし2人の顔を交互に見比べた。

「なんだよ」
「・・・・・・いえ、何でもありません。では今日の予定は昨日話したとおりでお願い致します」
「あぁ」

そう言って 「つくし」 に書類の束を渡すと、西田は執務室を後にした。

「・・・・・・くれぐれも牧野様にご無理をさせませんように」

去り際に釘をさすようにそう言い残して。



「・・・ったく、どいつもこいつも人をなんだと思ってんだよ」



尚も魂が抜けたままのつくしを前に、司は盛大に溜め息をつくと書類の束へと手を伸ばした。





 
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彼と彼女の事情 8
2016 / 03 / 28 ( Mon )
「お、お待たせ・・・」

そろそろとリビングに足を踏み入れると、ソファーに大の字になって横たわっていた道明寺・・・もとい 「あたし」 が体を起こした。

「おう。じゃあ俺も風呂入ってくるわ」
「あ、あのっ!」

すれ違いざまに声を上げたあたしに道明寺の足が止まる。
思いの外大きい声が出て自分でもびっくりだけど・・・これだけは言っておかなければ。

「そ、その、絶対見ないでよ?」
「・・・何を」
「何をって・・・そんなの言わなくたってわかるでしょう!」

絶対わかってるくせにしれっと言わせようとするあたりがタチが悪いったらありゃしない!
きっと今のあたしは顔が真っ赤になってるに違いない。

「・・・努力はする。けど完全に見るなっつーのは無理な話だぞ。お前だって俺の体のどこも見てねぇってわけじゃねーだろ? つーかそんなんどうやったって無理だぜ」
「そ、それはわかってるけど! でもあたしはほんとに視界に入らないようにしてるから!」
「入らないようにって・・・俺の体はゲテモノかよ」
「そういう意味じゃなくって・・・と、とにかくっ!! お願いだからなるべく体が視界に入らないように努力して! ほんと、これだけはお願い・・・!」

両手を組んで必死に拝むあたしを前に、道明寺は半分以上呆れてる。
けど仕方ないじゃない。どうやったって耐えられないんだから!

「・・・はぁ。わーってるよ。これ以上めんどくせーことになるのは俺だってご免だからな。この前も言っただろ。とにかく信じろって」
「う、うん・・・ありがと」
「おう。じゃあ行ってくる」

あたしがコクンと頷くと、道明寺はリビングを出てバスルームへと向かった。しばらくして脱衣所の扉が閉まる音が聞こえてきた途端、どっと力が抜けるようにしてソファーへと倒れ込んだ。

「はぁ~~~っ・・・こんな生活がいつまで続くの・・・」

そう嘆いた自分の声は低く、瞼を覆った手もめちゃくちゃ大きい。戻れると信じる決意を固めたものの、こうして現実を目の当たりにする度に溜め息が零れてしまう。
道明寺と身体が入れ替わってしまってから早一週間。元に戻れる気配は一向に感じられない。

辛いことばかりだけど、何が一番辛いって、トイレとお風呂の時だ。
道明寺は自分の体を見られることに対して全く抵抗がないみたいだけど、あたしにはとてもそんなことはムリだ。道明寺の体を直視することもできなければ、自分の体を否が応でも見られてしまうということも辛すぎる。

道明寺となったあたしにはまだ対応のしようがある。
こんなことを言うのもなんだけど、なんだかんだで男が隠せばいいのは1カ所だけなんだから。
トイレの時は個室に入って紙をグルグル巻きにして直接触れないようにすればなんとかなるし、お風呂だって下を直視しないようにすれば案外問題もなく目的を終えることができる。
さすがに上半身くらいは見てしまうけど、数日経てばその程度の免疫はついてきた。

でも問題はあっちの方だ。
女には隠すべき場所が2カ所もある。 ・・・いや、胸は2つあるんだから正確には3カ所。
両手でずっと上下を隠していてはそれ以上何の動作もできなくなってしまうし、どうやったって体の一部は見られているに違いないんだ。
とっくに見てるんだから別に気にする必要はねーだろってあいつは言うけど、そういう問題じゃない。おまけに、だったら一緒に入って見張ってりゃいいだろなんて言い出す始末。

そんなことできるわけないでしょうがっ!!
あたしを誰だと思ってんのよ?!
どんなに呆れられようと、多分あたしは死ぬまで一生、見られるという行為に慣れる日は来ない。

「・・・はぁ・・・もう死にたいくらいに恥ずかしい・・・。 こんなの拷問だよ・・・」

うぅ~~っと唸って俯せになると、こうなったらもうあいつを信じるしかないと自分に言い聞かせる一方で、とにかく1分でも1秒でも早く上がってくれとひたすら願い続けた。




***



パシャン・・・


浴室の鏡に映った自分の姿をじっと見つめる。

「・・・・・・つーかこの状況で見ない男なんかいねーだろ」

そう口にした俺は今牧野の体をガン見している。
あいつにはわりーとは思うが、同じ状況下に置かれてもこうしない奴がいるっつーなら出てきてみやがれと言いたい。
別に女の裸に興味があるわけでもねぇし、自分ががっついた男だとも思ってねぇ。

___ ここにいるのが牧野だから見たいってだけの話だ。

「あいつ、自分に自信がねーだけで実際のところ魅力的な体してんだよな」

ふにっと掴んだ胸は決してでかくはねーが、張りがあって形も綺麗だ。何よりも色白のきめ細かな肌は手に吸いついてきて、素肌で触れ合ったときの抱き心地は抜群だ。
総二郎だったか、昔牧野は磨けば光るものをもってるなんて言ってたが・・・
本人がその気になればかなり化ける女だと思う。

だが俺はそんなことは望んじゃいねぇ。
こいつの真の魅力は俺だけがわかってりゃいい。
こうして全てをさらけ出すのは俺の前だけでいい。
身も心も全く穢れがなく美しい、それが牧野の最大の魅力なんだから。

「・・・俺がこうやってガン見どころか触りまくってるって知ったらあいつブチ切れんだろうな」

セックスだってしてるし(っつっても2回だけだが)、俺は既に思いっきりこいつの体を見ている。
だから正直今さらだろ? って思うんだが・・・どうやら牧野にとってはそうじゃねぇらしい。
・・・まぁ初めての時もその次もあいつはひたすら受け身だったし、多分俺の体もまともに見ちゃいねぇと思う。
だからこの状況はあいつにとってはかなり酷に違いない。

「・・・なんか物足んねーな・・・」

あの牧野の身体を触り放題だというのに、どれだけ触ったところで満たされることはない。
それどころか触れば触るほど虚しさが増幅していく。

「・・・・・・クソッ!」

胸を触っていた手でそのまま握り拳を作ってバシャッと水面を叩くと、跳ね上がった水しぶきが鏡を濡らして牧野の身体を歪ませていった。


満たされるわけがねぇ。
俺は 「 俺 」 としてこいつに触れたい。 抱きたい。
・・・そして愛したい。

「なんだってこんなことになったんだよ・・・!」


死に物狂いで駆け抜けたこの5年の努力にまさかこんな形で水を差されることになろうとは。
そんなん一体どこの誰が予想できたっつーんだよ?!
帰って来たらこいつとすぐに一緒になるつもりでいたっつーのに、なんで・・・

「・・・あぁクソッ! 1人でいるとくだらねーことばっか考えちまう。やめだやめっ!」


___ 俺の心に平穏を与えることができるのはあいつただ1人。


ザバッと勢いよく立ち上がると、あいつの傍で眠るべく足早にバスルームから立ち去った。



 
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彼と彼女の事情 7
2016 / 03 / 27 ( Sun )
待ち望んだ瞬間が訪れたのは正午まで残すところあと5分となった頃。
ガチャッと開いたドアに弾かれるようにして立ち上がった。

「お、お帰りなさいっ! どうでしたかっ?!」

入って来ると同時に駆けよって来たあたしに、西田さんが答えるよりも先に道明寺が思いっきり顔をしかめた。

「俺がいるのになんで西田に聞いてんだよ」
「・・・え?」

なんでって・・・だって西田さんに聞いた方が全てがスムーズでしょ?
・・・とは口が裂けても言えないほどの極悪ヅラをしている。

「っていうかそんな怖い顔しないでよ! その顔が戻らなくなったら困るじゃん!」
「あぁ? 別に普通だろうが」
「どこが普通なのよ、どこからどうみても前科持ちの極悪人ヅラだから!」

その言葉に道明寺がピクッと反応する。
ますますジロッと睨まれて、自分の顔なはずなのに思わず一歩後ずさってしまった。

「なんであのクソ野郎と同じこと言ってんだよ」
「・・・は? クソ野郎って・・・一体何の話?」
「決まってんだろ、あの・・・」
「お取り込み中すみませんが。時間もないことですし今後についてあらためて確認をさせてもらってもよろしいでしょうか」
「あ・・・はい! すみません」

西田さんの絶妙な助け船にほっとする。
道明寺が不機嫌な理由なんてさっぱりわからないけど、聞いたところで不毛な言い争いになるだろうことは容易に想像がついた。今はそんなことに気を揉んでる余裕なんてないんだから!
尚も不服そうな道明寺に気付かないフリをして西田さんの向かいへと座ると、長くせずしてドカッと真横に道明寺も腰を下ろした。

「まずは牧野様の会社の方には話をつけてまいりました」
「あ、あの・・・ほんとに大丈夫なんですか? かなり驚かれましたよね・・・?」
「そうですね。正直、我が社とは全く繋がりのない会社ですから、気の毒なくらい驚かれておられました」
「・・・ですよね」

そりゃそうに決まってる。うちは社員が15人程度の小さな会社なんだから。
青天の霹靂なんて言葉では言い表せないくらいびっくりさせてしまっただろう。

「ですがそこはきちんと話をつけておきましたから。驚かれてはいましたが納得はしていただけましたので何もご心配はいりません」
「あ、ありがとうございます・・・」
「そして当面のことについてですが」
「は、はい」

その言葉に思わず背筋が伸びてゴクッと唾を飲み込んだ。
そうだ。問題はここから、だ。

「先日も話した通り、牧野様には司様の臨時秘書としてついていただきます。とはいえあくまでそれは形式上だけのことですから、実際のところは何もしていただかなくとも構わないのですが」
「で、でも・・・」
「とはいえ問題はそちらではなくむしろ司様の方です」
「・・・俺が何だよ」

自分に問題ありと言われたようで道明寺がますます深い皺を寄せる。
だから人の顔でそんな極悪ヅラすんなっつってんの!!

「立場上司様がいつまでも表舞台に出ないということは不可能です。そして今現在その司様の立場に立っておられるのが・・・」
「・・・あたしってことですよね」
「はい。副社長という立ち位置からも、この先永遠に人と接触をもたずにやり過ごすということには限界があります」
「つまりは・・・あたしが道明寺の役目を果たさなきゃいけないって・・・そういうことですよね?」

恐る恐る尋ねた答えに西田さんが静かに頷いた。

「・・・・・・」

週末に当座の計画を聞かされた時、あたしはまだ深くまで考える余裕なんてなかった。
けど今ならわかる。あたしはなんてとんでもないことに巻き込まれてしまったのだと。
問題点は多々あれど、あくまでも仕事の面だけを考えて言えば道明寺があたしに成り代わるのなんてわけないことだ。くぐり抜けてきた経験値が違いすぎるのだから。

じゃあ逆は?
そんなの考えるまでもない。 問題しかない。
あたしがこの道明寺ホールディングスの副社長の役目を果たす?
ムリムリムリムリムリムリ! そんなの無理に決まってるでしょうが!
急激に現実に押し潰されそうになって目の前が真っ暗になってきた。

「不安になるなという方が無理な話でしょう。ですができる限り表舞台に出ずに済むように調整いたします。日常的な業務はここで司様にやっていただけば何の問題もありません。・・・が、時と場合によっては牧野様に副社長としての役目を果たしてもらわなければならないこともあるということはご承知おきください」
「わ、私にはそんな大それたことムリですよっ・・・」

やばい。怖すぎて泣けてきた。
だって、中流階級以下の育ちのただのOLに、ある日突然世界に名だたる大企業の副社長をやってくれって言ってるわけでしょう?!
恐ろしすぎてもはや悪夢だ。

「心配すんな。表に出る時には常に俺がついていくから」
「道明寺・・・」

人の体でふんぞり返ってるその姿が腹立たしい一方で、縋り付きたいほど頼もしくも見える。
姿形はどう見てもあたしなのに、人の印象ってこんなにも中身に影響されるものなんだ。
・・・だからこそ余計に不安ばかりが募る。

「でも、外部から来たペーペーがいきなり道明寺みたいな人について回るようになったら色々と大変なことになるんじゃないの?」
「なんでだよ。自分の直属の部下にどんな奴を置こうとそれは俺が決めることだ。他人にとやかく言われる覚えはねぇ」
「そうかもしれないけど・・・あたしにはどう頑張っても道明寺のような迫力は出せないよ。ムカツクくらい威風堂々としてるはずの男がある日突然おどおどし始めたら・・・色んな意味で悪影響を及ぼしちゃいそうで・・・」

ビジネスに関することは事前に徹底的に情報を叩きこめばまだなんとかなるかもしれない。
これでも成績は悪くはなかったし、英語ならそこそこ意思の疎通が図れる程度には勉強した。
でもどう転んだってあたしに道明寺のような雰囲気を出すのはムリだ。これだけの圧倒的なオーラを放つ人間など、世界中を探したところでそうそう出会えることはないのだから。

「泣きそうな顔してんじゃねーよ」
「・・・え?」

知らず知らずのうちに俯いていた顔を上げた瞬間、ビシィッとおでこに痛みが走った。

「い゛っ?! ったぁ~~~っ!!」

一瞬何が起きたかわからないくらいの激痛に、目の前に複数の星が飛んだ。

「な、何すんのよっ!!」
「そりゃこっちのセリフだ。俺の顔で今にも泣きそうな顔なんかしてんじぇねーよ」
「な、泣いてないっ!」
「涙が出たかどうかは問題じゃねぇ。いつもまでも後ろ向きなことばっか考えんなつってんだよ。お前がメソメソして何か状況が変わんのか?」
「そ、それは・・・。でも不安になるのは当然じゃない! あたしに道明寺の立場なんて・・・!」
「だから何のために俺がいるんだっつってんだよ」
「・・・え?」

思わず興奮して立ち上がったあたしの前に道明寺もスッと腰を上げた。
いつもは見上げる側のあたしが今は見下ろす立場になっている。
それなのに、頭一つ分低いところからこちらを見上げている 「あたし」 は、信じられないほどに強いオーラに満ち溢れていた。

「さっきから言ってんだろ? 何もお前1人を俺の世界に放り込むんじゃねぇって。何かあるときには常に俺がお前の隣にいる。西田だっている。これ以上のサポートがあるか?」
「・・・・・・」

黙り込んでしまったあたしに道明寺が一歩距離を詰めると、ゆっくりと手を伸ばして背伸び気味にぽんぽんと頭を撫でた。

「何のために俺が5年も我慢したと思ってる」
「・・・え?」
「全てはお前との未来をこの手に掴む為に決まってんだろうが」
「 ! 」

下から見上げられているはずなのに、何故か自分が見下ろされているような錯覚を起こす。

「俺だってなんでこんな目にって思ってんのは同じだ。でもだからっていつまでもぐだぐだ考えてたってどうにもならねぇ。それよりも大事なのは俺たちがぜってーに戻れるってことを信じることじゃねーのかよ?」
「信じる・・・?」
「あぁ。そしてそれはお互いを信じるってことだ。お前はこの5年、俺を信じて待っててくれたんだろ?」
「・・・!」
「俺だって同じなんだよ。何がどうしてこんなことになったかなんて知らねーけどな、今さらこんなことで俺たちの足元がぐらつくだなんて冗談じゃねぇっつんだ。俺はお前と幸せになるためのこの5年を無駄には過ごしてねーんだよ。だからお前は俺を信じて堂々と立ってりゃいい」
「道明寺・・・」

はっきりと、鮮明に見えた。
今あたしの目の前に立っているのは、 「牧野つくし」 じゃなくて 「道明寺司」 なのだと。

「司様の仰るとおり私も万全のサポートをさせていただきますのでご安心ください」
「西田さん・・・」

いつの間にか西田さんも向かいで立ち上がっていた。
昔は敵だった人がこんなにも頼もしい存在に変わる日が来ようとは。

「この5年間、誰よりもお傍で司様を見てきた者として言わせていただきます。この不測の状況下でもあなたを支えるだけの経験を司様は積まれてまいりました。ですから今のお2人にとって何よりも大事なことは、何があっても互いを信じるという強い信念だけなのです」
「信念・・・」
「はい。当人が戻れるということを信じていなければ話は始まりませんから」
「・・・・・・」

そう言った西田さんの眼鏡の奥はとても真剣な眼差しだった。
ゆっくりと視線を目の前に戻すと、あたしの姿をした道明寺もとても力強い眼差しを向けている。


あたしは・・・1人じゃない。


そう思ったら、自分でも不思議なほどに見えない力が湧き上がってくるのを感じた。


「・・・そうですよね。ごめんなさい。あたしもちょっと混乱し過ぎてて・・・一番大事なことを忘れちゃってました。本当に、信じなきゃなにも始まらないですよね」

道明寺はじっとあたしを見つめたままだけど、その瞳が何と言っているかは言うまでもなかった。
あたしはすぅっと大きく息を吸って深呼吸すると、一度西田さんを見てからゆっくりと道明寺へと向き合った。


「・・・わかった。何があっても大丈夫だって信じるから。だからよろしくお願いします」


まさかそこまで素直な反応が返ってくるとは思ってもいなかったのか、一瞬だけ道明寺は驚いたような顔を見せた。けれどすぐにいつもの自信に満ち溢れた不敵な笑みを浮かべると、 「任せとけ」 そう言ってもう一度あたしの頭をクシャッと撫でた。

その手のひらから伝わる熱は、不思議なほどにあたしの心を落ち着かせてくれた。






 
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彼と彼女の事情 6
2016 / 03 / 26 ( Sat )
長らくお待たせしました、連載再開です。
未読の方はこちらを先にどうぞ → 「 彼と彼女の事情 」




「・・・・・・・・・あぁっ、もうっ! じっと座ってなんかいられないよっ!!」

座り心地の良すぎるソファーから立ち上がると、ウロウロと右に左に動き回る。どんなに動き回ったところでこれまた極上のカーペットが足音を吸収してその気配を完全に消してくれる。いつもは高質な靴音を響かせているあいつの足音ですら。

「なんでこんなに豪華なのよ!」

いくら重役の執務室だからってこんなに豪華な設備が必要なわけ? これじゃあまるでホテルのスイートルームみたいじゃない! うちの事務所なんか社長と社員を隔ててるのは一枚のパーテーションだけだってのに。

「って違う違う、今はそんなことはどーでもよくて。 ・・・あぁっ、いくら西田さんがついてくれてるとはいえ本当に大丈夫なの・・・?」」

もう何時間前から同じことを自問自答しているのか。
まだ昼にもなっていないというのに既に心身共にグッタリだ。
時計を見れば11時を回ったところ。
遅くとも昼までには帰って来ると言っていたのだから、そろそろ戻って来てもおかしくはないのに。一向に現れる気配を感じないことが余計に不安を掻き立てる。

「お願いだからとんでもないことしでかさないでよっ・・・!」

今のあたしにできることはもうひたすら神頼みすることだけ、だ。





***



「おい、牧野っ!!」

突然後ろから掴まれた腕に思いの外体が大きく傾く。

「あっ・・・わりっ! 大丈夫か?!」

勢いのまま男の体にぶつかると、原因を作った張本人が慌てて両肩に触れた。

「うおわっ! つーかお前、なんだよその極悪人ヅラは・・・」
「・・・ざけんなよ」
「え? 何か言ったか?」

本当ならこの時点でこの男の胸倉を掴んで一発ぶん殴ってやりたいところだが、自分の今置かれた立場を思えばそれもできない。
こうして他の男を見上げなければならない時点で悪夢は去っていないのだから。
殴る代わりにできることはひたすらガンを飛ばすことだけ。

牧野の体に気安く触りやがって。 んの野郎、元に戻ったら覚えてやがれ。

「それよりもお前マジか?」
「・・・何が」
「だからあの道明寺ホールディングス本社に出向するって話だよ!」
「・・・あぁ」
「あぁって、一体何をどうすればこんな小さな会社からあんなところに出向する事態になるんだよ?! しかもお前まだ新人だぞ? 普通じゃねーだろ!」
「・・・・・・」

うるさい男に舌打ちが止まらない。
普通じゃなけりゃどうしたってんだ。てめーには関係ねーだろうが!
あぁ、イライラが止まらねぇ。

「あ、おいっ待てって!」
「 ! 」

無視してその場を離れようとした俺の手を再びその男が掴んだ。
・・・ンの野郎っ・・・!

「なぁ、またちゃんとこっちに戻ってくんだろ? まだ一緒に飲みに行く約束果たせてねーぞ」
「・・・あ?」

男が発した言葉に思わず出かかった右手が止まる。
・・・こいつ今なんつった?

「は? じゃなくて、前々から言ってただろ? 一緒に飲みに行こうぜって」
「・・・・・・」
「お前いつもなんだかんだ理由付けて先延ばししてたけど、このままなかったことになるなんてゴメンだからな。つーかどれくらい出向になるかくらい教えてくれよ。あ、それからいい加減携帯の番号を・・・」
「・・・・・・・・・けんじゃねぇぞ」
「え? なんか言ったか?」

こっちの反応などまるで無視でせっせとポケットに忍ばせた携帯を探す男を前に、これが牧野のものとは思えないほどの低い声が出た。

「ざけんじゃねぇぞ」
「・・・え?」

凍てつくような空気に気付いたのか、男がきょとんと顔を上げる。
と、次の瞬間、その顔がギョッと凍り付いた。

「てめぇ・・・ふざけてんじゃねぇぞ」
「ま、牧野・・・? 一体どうし・・・」
「てめーごときが気安くこいつの名前を呼んでんじゃねぇ。気安くこいつに触ってんじゃねぇ。 こいつにはなぁ、道明寺っつー立派な・・・!」



「 牧野様 」



すぐ背後から聞こえてきた声にそれ以上の言葉を遮られてしまった。
心の中で盛大に舌打ちしているのを知ってか知らずか、声の主はツカツカと俺の横に立って目の前の男に軽く頭を下げる。

「大変失礼致しました。突然のことで混乱を生じていることを深くお詫び致します。無理を言って今回の出向が実現しました故、彼女も少々疲れが溜まっておられるようで・・・」
「は、はぁ・・・」
「詳しいことは企業秘密故お話しすることは出来ませんが、全ては彼女の能力を必要としてのことですから、どうかご理解いただきますようお願い申し上げます」
「い、いやっ、俺は何も・・・!」

道明寺本社付きの秘書なる男に頭を下げられて、野郎がわかりやすいほどに狼狽している。

「そろそろ時間ですのでこの辺で失礼致します。では参りましょう」
「あぁ。・・・・・・・・・はい」

そうじゃないオーラをビンビンに感じてこの上なく不本意ながらもそう言い直すと、西田はクイッと眼鏡のフレームを上げて歩き出した。それに続いてその場を離れていくが・・・

「牧野っ、帰ってくんの待ってるからな! 頑張れよっ!」

諦めの悪い男は尚もこいつに声をかけることを忘れない。

「どうか余計な反応などしませんように」
「・・・うるせーな。ぶっ飛ばすぞ」
「・・・・・・」

ボソッと俺にだけ聞こえるように釘を刺す鉄仮面が心底忌々しい。
こいつがいなければ間違いなくあの男をぶん殴ってやるところなのに。




***



「いいですか。現状、司様の意思だけで暴走することはすなわちご自身の首をお絞めになることだとお忘れ無きよう」
「・・・・・・」

リムジンに乗るやいなや説教が始まった。
こんなんシカトだ、シカト。

「それからそうやってお座りになってあらぬところが見えてしまって困るのは牧野様なのだということも忘れずに」
「 !! 」

その指摘に反射的に開いていた股を閉じた。

「・・・見たのか?」
「見てはいません。ですが見える状況ではありました」
「てめぇ、やっぱり見たんじゃねぇかっ!! いてっ?!!」

勢いよく立ち上がった拍子にリムジンの天井で思いっきり頭を強打した。
痛みに慣れていない体はヨロヨロと革張りのソファーへと倒れていく。

「・・・はぁ。いいですか、見たのではなく見えたのです。不可抗力です。そしてそうさせていたのは他でもない司様、あなただということを忘れないでください」

頭をさする間も西田の説教は止まらない。
睨み付けようにもズキズキと痛んでそれどころじゃねぇ。
つーか女ってのはこんなに打たれ弱ぇのか?!

「いいですか。いかなる原因があれ、入れ替わってしまった以上その現実を受け入れる他ないのです。牧野様と2人きりのときはご自分を解放されるのは構いませんが、人目のある場所では今のご自分の立場をゆめゆめ忘れませんよう。がさつな振る舞いも、そうして体を痛めつける行為も、全てはそのまま牧野様に降りかかってしまうのだという事実を常に頭に入れておいてください」
「・・・・・・お前は説教ババァかよ」
「何と仰っていただいても構いません。何かあれば後々困るのはあなたなのですから」
「・・・チッ!」
「そういった振る舞いもくれぐれもTPOを考えてなさいますよう」
「・・・・・・」

ああ言えばこう言う。
今後戻るまでは何から何までこの男の監視下に置かれるかと思うとうんざりする。

・・・つーかマジでいつまでこんなことが続くんだ?
まさかこのまま一生なんてことになったら・・・

「それから。必ず元に戻れるという強い信念を常にお持ちください。誰よりもお2人が信じないことには事態は好転しませんから」
「・・・・・・」

お前は透視でもしてんのかよ。
言ったところで返ってくる反応が読めて口に出すことをやめた。

「・・・はぁ」

窓にうっすらと映るのは俺であって俺じゃない。
この5年、会いたくて会いたくて身も心も焦がれ続けたただ1人の女。
・・・だというのに、何故こんなにも心が晴れない思いをしなければならないというのか。

「ひとまず牧野様にはあなたの臨時秘書としてついていただきますから。仕事を休んでもらうという選択肢もありますが、かえって目が行き届かない状況の方があなたにとっては都合が悪いでしょう。それに、いずれは自分の元で働かせたいと望んでいたあなたの願いが図らずも叶った形になるのですから、ここは一石二鳥といい意味で切り替えてください」
「・・・俺が望んだのはこんなんじゃねーよ」
「ではやめますか?」
「・・・・・・」

しれっとした顔でそうのたまう男をぶん殴ってやれたらどれだけいいか。


一日でも、一分でも一秒でも早く元に戻りてぇ。
そうして道明寺司としてあいつをこの手に抱きしめてぇ。


何度も心の中で叫び続けながら、窓に映る牧野の顔をぼんやりと眺めた。





 
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王子様の甘い休日 後編
2016 / 03 / 25 ( Fri )
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王子様の甘い休日 前編
2016 / 03 / 24 ( Thu )
「おかえりなさいませ」
「あぁ、ただいま。 ・・・花音は?」

キョロキョロと辺りを見渡すが、その姿が現れる気配は全く感じられない。予定よりもずっと早い帰宅になったとはいえ、いつもの彼女ならすぐにでも飛んで来そうなものだが・・・もしかして休んでいるのだろうか。
もちろんそれならそれで全く構わないのだが。

「奥様でしたら・・・ご案内致しますよ」
「どういうことだ?」
「行けばわかりますからご心配なく」
「・・・・・・?」

それ以上説明する気はないのか、使用人頭の夏はニコニコと笑いながらさっさと歩き出す。もう70を過ぎているとは思えないほどに足腰はしっかりしていて、あっという間に置いて行かれそうだ。
どうやら自分の目で直接確認しろ、そう言いたいらしい。
やれやれと肩を竦めると、年寄りの言うことには黙って従うべく足早に後を追った。



***


「この先は、キッチン・・・?」

歩いているうちにどうやら夏が向かっているのは調理場だということがわかってきた。
ということは花音はそこで何かを作っているということだろうか。時間的に考えて夕食とか?
結婚後は実家である邸で暮らしている俺たちの身の回りの世話は、基本的には使用人達が行っている。とはいえ花音がそれをすんなり受け入れたわけではない。
つくし以上に真面目な性格な上に能力が高いが故、仕事も家庭のこともと頑張りたがっていた。

が、俺がそこまではさせなかった。ただでさえ仕事も忙しいのに、花音の性格を考えればあれもこれもと手を抜けなくなるのは目に見えている。結婚したからって必要以上に肩に力を入れる必要はないし、そうさせたいとも思わない。
それに、そうすることで夫婦の時間が削られてしまう方が俺にとっては大問題だ。
・・・本人にはとても言えないが。

結局、花音が頑張りすぎることは皮肉にも使用人達の仕事を奪ってしまうことになるということで彼女も納得したが、それでもこうして週末などは妻としての役目を果たそうと張り切っている。
まぁなんだかんだで俺もそんな彼女を見るのが楽しいのだが。

「わ~! いい感じになってますね!」
「本当に! 花音様は何をやられてもセンスがおありですね~」
「またまた~、そんなこと言っても何も出ませんよ?」
「えっ? あははは!」

調理場まであと僅かとなったところで中からやけに楽しそうな声が聞こえてくる。相手が男のシェフなら心中穏やかではないところだが、ひとまず女であることにほっとする。

「あ・・・遥人様!」
「えっ?!」

いち早く俺に気付いた使用人に続いて花音が驚愕に満ちた顔を上げた。
つーか普通に帰って来るだろ。そんなに驚くことか?

「ただいま」
「・・・お、おかえりなさい。帰って来るの夕方だったんじゃ・・・」
「予定ではね。でも少しでも早く帰れるようにって頑張ったんだけど・・・迷惑だったか?」
「まっ、まさか!」
「そう? 少なくとも嬉しそうには見えないけど」
「ち、違う! ハルにぃ、ほんとに違うから!」

そんなことはわかってるよ。きっと何らかの理由があるってことも。
とはいえすぐに嬉しそうにしてもらえなかったのが面白くなかったのも本音なわけで、こうしてついからかってしまう。俺も相当ガキだな。

「あんた達、後はお二人に任せな」
「ふふっ、はい!」
「えっ? あっ、川上さん?!」
「後は仕上げだけですから、遥人様とご一緒にどうぞ」
「えぇっ?!」

にっこり笑うと、数人いた女達は夏の後に続いていく。その姿はさながら大名行列だ。
と、その大名たる老婆が何かを思い出した様に振り返った。

「あ、そうそう遥人様」
「・・・なんだよ?」
「しばらくは人っ子1人ここには近寄らせませんから」
「はぁ?!」

何の話だ?
思いっきり顔をしかめて見せたものの、夏は何処吹く風でそのまま何も答えずに行ってしまった。昔から俺に対しても全く引くことのない奴だったが、今日はそれに輪を掛けて意味がわからない。
そろそろボケてきたか?

「あ、あの、ハルにぃ・・・?」
「あ? あぁ、何でもない。っていうかどうしたんだ? 夕食づくりか?」
「あ・・・その・・・」

自分で聞いたはいいものの、花音の答えを待つ前にその答えがわかってしまった。
花音のすぐ目の前にあるもの、それは ____

「・・・ほら、この4年間は一度もあげられなかったでしょ? だから今年こそはってずっと思ってて、どうしても手作りしたくて。できれば内緒でできたらいいな~なんて思ってたんだけど・・・そうしたらハルにぃが今日休日出勤になったって聞いて。だったらその間に作ろうって、それで・・・」

ペラペラとらしくないほど早口で捲し立てるのは焦りと照れの表れ。
こういうところまで親子は似るもんなんだなといつもおかしくなる。
・・・それよりもそうか、そういうことだったのか。

「そっか・・・もうあれから5年だもんな」
「・・・うん」

お互いにとって必要だった少しだけ苦い時間。
5年前のちょうど今頃、俺は彼女の想いを打ち明けられた。
・・・小さな包みと共に。

「花音は3才くらいの頃から毎年プレゼントしてくれてたよな~。手作りチョコ」
「む、昔のはただママの邪魔してただけっていうか・・・」
「だろうな。形が酷かったの今でも覚えてる」
「も、もうっ! いじわるっ!」
「ははは、でもめちゃくちゃうまかったのもよく覚えてる。小さいくせにお前の俺への気持ちがこれでもかって詰まってたからな」
「ハルにぃ・・・」

調理台に置かれているのは最後のトッピングを待つだけの状態のチョコレート達。まるでプロが作ったのではないかと思えるそれは、花音が成長していくごとに洗練されていった。3才の頃はさすがに無理だっただろうが、今思えば幼少期から本当に作る作業は全て自分でやっていたのだろうということがわかる。
毎年毎年、心から嬉しそうにはにかみながら贈ってくれたのを昨日のことのように思い出す。

・・・だがあの日以降、花音の気持ちをシャットアウトしたのを最後に、俺の手元にそれが届くことはなくなった。夏休みなっても冬になっても帰国しないことに寂しさを感じる一方で、心のどこかで彼女ならば完全に俺から離れていくことはないんじゃないかと自惚れていた。

だがあれだけ欠かさずにいたバレンタインですら何も送られてこなかったとき、俺は本当に彼女を失ってしまったのだと思い知った。
そしてそうさせたのは他でもないこの俺自身なのだと。

「ハルにぃ、どうしたの・・・?」

目の前に迫った大きな黒目にハッと我に返る。

「・・・いや、ちょっと昔を懐かしんでただけ」
「・・・?」

とてもそんな雰囲気には見えなかったのか、花音が心配そうにこちらを見ている。
フッと微笑んでおもむろに彼女の右手を掴むと、今度は丸々と零れ落ちそうなほどにその目が大きく見開かれた。その表情の変化を見ているだけでも飽きることはない。

「な、何?」
「ほら、最後の仕上げだろ。一緒にやろう」
「えぇ?!」
「何をどうすればいいんだ? 俺こういうのやったことないから教えてくれよ」
「で、でも、これってハルにぃにあげるやつ・・・」
「うん、だからこそ一緒にやろうって言ってるんだよ。嫌か?」
「そ、そんなことない! けど・・・」
「じゃあ何の問題もないだろ。で、どうすればいい?」
「え、えっと・・・」

花音の戸惑いが面白いほどに伝わってくる。後ろから抱きしめるようにして密着している俺に時間を追う事に全身が赤みを帯びていき、耳は既に茹でダコのようになっている。
悪いけどそんな姿すら可愛くて仕方がないからやめてやる気はないけど。

「こ、これを上に載せてくれれば・・・」
「これ?」
「そう。・・・っていうか! こんなにくっついてたらできないよ!」
「なんで。全然問題なくできるだろ。ほら、じゃあやろう」
「うぅっ・・・!」

俺が離れる気は全くないと悟ったのか、花音が半ばやけ気味にトッピング用の小さなチョコレートを抓む。すかさずその手に自分の手を重ねると、これまたわかりやすくビクンと密着した体が跳ねた。だがバレバレなその行動をからかわれたくないのか、花音は手を止めることなくせっせと動かし続けていく。
・・・どうやらさっさとこの状況を終わらせようと作戦を切り替えたようだ。

「・・・・・・できたっ!」

心底嬉しそうに安堵の息を漏らしたのはおそらく完成したからじゃない。クッと笑いそうになるのを堪えると、俺はできたばかりの見た目にもおいしそうなトリュフを一粒掴んで花音の手に握らせた。
不思議そうに振り向いた顔には疑問符が貼り付いている。

「花音が食べさせて」
「・・・えっ?」
「だから、俺にくれるために頑張ってくれたんだろ? せっかくだからお前が食わせてくれよ」
「な、何をっ・・・!」
「 ん。 」
「・・・!」

有無を言わさず口を開いた俺に花音まで口を開けて呆気にとられている。
自分でも何やってんだと思うが、そうしたくなったんだから仕方ない。
右に左にと視線を泳がせて戸惑っていたが、やがて観念したのか、顔を真っ赤にした花音が俺の口の中にできたてのトリュフをそっと放り込んだ。たちまち口の中が甘い香りで満たされていく。

「・・・んまい」
「ほ、ほんと?」
「あぁ。本当にうまい。お前、しばらく食べない間にまた腕上げたなぁ」

お世辞でも何でもなく本当にうまい。
正直俺はあまり甘いものが得意ではないが、これなら何個でもいけそうだ。
・・・そう、昔から花音の作ってくれるチョコレートだけは何故か不思議と食べられたんだ。

「よかったぁ~・・・嬉しい! ・・・実はね、アメリカにいる間一度もハルにぃにチョコレートを贈らなかったけど・・・本当はちゃんと作ってたんだ」
「・・・え?」

思ってもいなかったことを言われて今度は俺が目を丸くする番だ。
俺の視線を感じた花音は少し目線をずらしながら照れくさそうに言葉を続けていく。

「ほら、なんていうか・・・小さな頃からそれが当たり前みたいになってたでしょ? 今はあげられないってわかってても、それでも作る行為だけはやめたくなかったっていうか。あたしの気持ちは変わらないってことを自分で証明したかったっていうか・・・」
「花音・・・」
「・・・な、なーんてね! さっ、じゃあ残りは箱詰めしよっか!」
「・・・・・・」

真っ赤な顔をパタパタと仰ぎながらクルッと背中を向けると、花音は残りのトリュフを既に準備されていた箱の中へと並べていく。
その後ろ姿を見つめているだけで・・・何だか俺の中から湧き上がってくるものがあった。

「・・・花音」
「ん? なに?」
「お前はもう食べたのか?」
「え? 食べたって・・・何が?」
「チョコだよ。俺にくれたそのトリュフ」
「あ・・・テンパリングしてるときに少しだけ味見したけど・・・それがどうかしたの?」
「じゃあ食べさせてやるよ」
「・・・え?」

ピタッと動きを止めて振り向いた花音の目の前でもう一粒チョコを掴むと、迷うことなくそれを自分の口に放りむ。 そうして ____

きょとんとそれを見つめている花音に覆い被さるようにして唇を重ねた。

「・・・・・・っ!!」

驚きのあまり反射的に体を引こうとする花音の腰と後頭部に手を回す。
焦って何かを言おうとした彼女の口の隙間から舌を差し込むと、たちまち互いの口内に甘い香りが広がっていった。

「はっ・・・ハルにっ・・・んんっ・・・!」

舌と一緒に甘い塊を花音の口の中に押しこむと、驚きながらも彼女は慌ててそれを舌で受け止める。すぐさまそれを追いかけるように舌を絡めると、互いの熱でどんどんその存在が小さくなっていく。
やがて完全に彼女の口の中からそれが消えると ___

「・・・っ、はぁっはぁっはぁっはぁっ・・・!」
「・・・どう、うまいだろ?」

ペロッと口の周りに溢れ出したチョコレートを舐めながらそう言うと、激しく息を切らしている花音の顔がカァッと朱に染まった。

「な、な、な、なに、何やって・・・!」
「何ってお前にチョコやったんだけど。あとキスか?」
「なっ・・・!」

悪びれるでもなくサラッとそう言ってのけた俺に絶句している。
口をパクパクさせるその姿はさながら金魚のようだが、何故かそれがたまらなく扇情的で、知らず知らずのうちに俺のスイッチを完全にオンにしてしまった。

「・・・あぁ、そういうことか」
「・・・え?」

さっき去り際に夏が言っていたことの意味がようやく理解できた。
ったくあのばーさん、俺がどんだけ見境のない男だと思ってんだよ。
・・・だが。

「厚意はありがたく受け取らないとだよな?」
「え・・・? 一体何を言って・・・」

細めた俺の瞳の奥が妖しく光ったのに花音がいち早く気付く。
思わず及び腰になったところを両手でがっちりキープすると、俺はにっこりと微笑んでさらにもう一粒チョコレートを手に取った。



「 まだまだ食べさせてくれるよな? 」



真っ赤な耳元でそう囁きながら。





 
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すみません、ただのエロだけじゃなんだと思って多少のストーリー性をもたせたら前後編になってしまいました。ただでさえパスつきは難しいので(^◇^;) ということで明日がパス付きとなります!
ちなみに先日公開したつかつくバレンタインのハル花音編となります。帰宅したところからキッチンへ・・・という流れも敢えて重ねた設定にしてます^^
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突然ですがひっそり予告
2016 / 03 / 22 ( Tue )
明日か明後日にハルと花音の新婚短編を更新予定です(o^^o)
パス付きになるかと思いますので、ブログ村からお越しの皆さんはご注意ください。(パス付きだと更新情報は載りませんので)

呟き欄だと気付かない人もいるので一応こちらで予告です(o^^o)
では~ヾ(*´∀`*)ノ

 
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ハルを探せ!
2016 / 03 / 20 ( Sun )
皆さんこんにちは。いきなりですがタイトルを見てあなたは真っ先に何を連想しましたか?
「ウォーリーを探せ」? それとも 「ナンチャンを探せ!」?
世代がわかるとツッコんだそこのあなたっ! そこはお・互・い・様 (* ̄m ̄*)

さてさて、先日皆さんに一度は聞いてみたかったハルと花音に関するアンケート。
実にたくさんの答えが返ってきました! 予想以上に色んな答えが返ってきて、私も 「へぇ~!ほぉ~!」 と楽しく拝読させていただきました。有難うございます(o^^o)
他の人の予想も知りたい! というお声も多く、せっかくなので今日はそのアンケート結果を皆さんにお届けしたいと思います(*^▽^*)

結果を書く前に・・・まずは書き手の私の中でのキャラクター像を書いておこうと思います。
ハルですが、よく彼は類っぽいと言われることがあります。確か以前も触れたかと思うんですが、まさにその通りで、彼の本質は類に近いんです。基本物静かであまり感情の起伏がない。それが本来彼のもつ性格でした。
母親のことや司との出会いでそれまでとは違う自分を表に出すようにはなったものの、本質的な部分は変わってはいません。なので彼を言葉で表現するなら 「司+類+類」 自分ではこう捉えています(笑)

そして見た目に関しては確実に類寄り。
タイトルにもなったとおり、「王子様」 の言葉が似合うような雰囲気の持ち主です。
司は完全に 「王様」・・・もとい 「キング」、・・・いやいや 「俺様」 ですね( ̄∇ ̄)

次に花音ですが、彼女はいい意味で司とつくしの性格を両方受け継いでいます。
基本はつくし似。真っ直ぐで人を疑うことを知らない。・・・けれどいざというときには絶対に引かない強さを持っています。あっさり美咲にビンタを返すあたりは大物の片鱗が。
そして一途という名の執念深さは父親譲り(笑)
つくしより少しだけ背が高くて(162くらいのイメージ)つくしよりもナイスバディ。 ←

というのがキャラを作った私の基本情報なのですが・・・
是非それを踏まえた上でアンケート結果を見ていただきたいと思います。


まずはハルをイメージする有名人から。

・ 向井理(断トツで多かったです)
・ 福士蒼太と瑛太(同点で次点)

以下一票ずつ

・ 松坂桃李 ・ 生田斗真
・ 若い頃の大沢たかお、藤木直人、福山雅治(この場合花音は吹石一恵さんだそうです 笑)
・ 山田涼介 ・ 岡田准一 ・ 菅田将暉

などなどがありました。
そして次に花音! 彼女は同点が多数存在してばらけました。

・ 武井咲
・ 石原さとみ
・ 有村架純
・ 桐谷美玲
・ 堀北真希

一票ずつ

・ 橋本環奈 ・ 水原希子 ・ 松下奈緒

などが存在しました。
尚、二次元のキャラや、このアンケートをまとめた後に届いたコメントに関してはこの中に含まれていませんのでご了承下さいm(__)m


どうですか? 皆さんのイメージと同じものはありましたか?
正直、私の中ではハルはハル、花音は花音というキャラとして確立しているので、実在する人物にイメージを重ねるというのは非常に難しかったのですが・・・こうして皆さんのイメージを知る機会はとても興味深いものでした^^

そんな中で私が抱くハル像、花音像に一番近いなと思ったのは・・・

ハルが向井理さんか松坂桃李さん、花音がもっと明るい(笑)堀北真希さんですかね。

向井さんって甘いマスクに似合わない毒っ気も持ち合わせてますよね? その辺がハルに通じるところがあるなぁって。ただ、見た目の雰囲気を重視するのであれば、私の中では瑛太さんや松坂桃李さんの方がイメージが近いかもしれません。ふわっと穏やかな空気が出ていますよね。見た感じクールだけど笑うと柔らかい顔になるのなんかがまさにドンピシャです。

一方で花音の要素として大事なのは 「清楚さ」 なんですね。あとは年齢よりも落ち着いていること。一方でつくし譲りの底抜けの明るさも持っている。そういう点からもっと明るい(ここかなり大事)堀北真希さんとなりました。
透明感で言えば恐らく彼女の右に出る者はいないんじゃないかと。そういう独特の清楚さをもっている女性だと思います。・・・が、いかんせんちょっと大人しすぎるので(笑) はっちゃけた彼女はあまりイメージがつきませんが、よく笑う元気な堀北真希さんならまさにイメージ通りかなという気がしています。


とはいえこれはあくまで書き手としてのイメージですから、皆さんがどのように受け取るかは1人1人違っていいですし、その方が面白いと思います。こういうイメージを抱きながら読んでいるのだな~と思うと私も楽しいです(*^^*)
あ、ちなみに番外編として エマ→SHELLY、 美咲→七々緒 というのもありました(笑)
なんかイメージにはまりすぎて笑ってしまいました (≧∀≦) ナイスユーモア!

たまにはこういうアンケートも楽しいですね!
オリキャラだからこそ想像も無限大に広げられそうですし( ´艸`)
過去のオリキャラもイメージ像がありましたら是非教えて下さいね♪


それから別件でのお知らせですが、前回オリジナルについて触れたところ、よかったら教えて下さいというお問合せを多数いただきました。オリジナルは全く違うハンネを使っていまして、今のところこちら側で具体的なことを公表するつもりはありません。(同じように向こうでもこちらの存在は一切知らせていません)
前回触れたのは、理由もなくこちらがお休みになった場合皆さんにいらぬ心配を与えてしまう可能性があると思いまして、そういった誤解を避けるために触れさせてもらいました。(何か嫌がらせでも受けたのかなとか、もう二次はやめるつもりなのかなとか心配してくださる方もいらっしゃいますので)

とはいえオリジナルでも読みたい! と私に対して思っていただけることは嬉しいことだと思ってますので、どうしても知りたいという場合は申し訳ありませんがお問合せフォームを通してご連絡いたきたいと思います。コメント欄での情報のやりとりは致しませんので、手間がかかるけどそれでもいいぜ! という方のみお問合せくださいませm(__)m
(ただしすぐに返事ができるというお約束はできませんのでその点はご了承下さい)


今現在ハル夫婦の甘いバレンタインを少しずつ書いています。
パス付きになるかは・・・ふふふ、どうでしょうね? パス付きになった場合はブログ村に情報が掲載されませんから、そちらから来ている皆さんはご注意くださいね。

そしてそう遠くないうちに 「彼と彼女の事情」 こちらも更新を再開したいと思っています。
すっかりご無沙汰していますので、忘れた方や未読の方は是非復習をお願いします。
こちらはエロコメディを目指してますので、気楽~に読んでいただけましたら嬉しいです。

『 彼と彼女の事情 』  ← こちらからどうぞ


ではでは三連休も折り返し、どうぞ楽しい休日をお過ごしくださいませ ヾ(*´∀`*)ノ
私は普段行き届いていないところの掃除を頑張る予定です( ̄^ ̄)ゞ


 
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