明日への一歩 2
2015 / 01 / 04 ( Sun ) 「わぁ~っ、懐かしいっ!!」
そう興奮気味に叫ぶと、つくしは思いっきり駆けだした。 「あ、おいっ!!」 「早く早く~! 司もおいでよっ!!」 あっという間に数メートル先まで行ってしまったつくしが振り返りながらおいでおいでと手招きする。 「・・・ったく、ガキかよ」 やがて芝生のど真ん中に座り込んでしまったつくしに呆れつつも、その顔はどこか楽しげだ。 ゆったり歩いている司につくしはさらに大きく手を振る。 「早くおいでよーっ! 気持ちいいよっ!」 嬉しそうに空を見上げるつくしの横に辿り着くと、ゆっくりとその隣に腰を下ろした。 「つーか何か敷物ぐらいねぇのかよ」 「えー? 天気もいいんだし別にいらないよ。こうした方が直に自然を感じられていいでしょ?」 「汚れちまうだろーが」 「もー、これだから無菌育ちの坊ちゃんは~。 これでいいのっ!それに汚れたくらいで人間死にゃあしないんだから」 「話が飛躍しすぎだろ」 「ふふふっ、いいのいいの。 はー、ほんとにいい天気だねぇ」 両手を後ろにつくと、つくしは真上を見上げて目を細めた。 日本は春だとはいえ、この時期のNYはまだまだ肌寒い。 だがこの日は少しの風もなく雲一つない快晴で、まるで日本の春を思わせるような気候だった。外で過ごすには絶好の日和だ。 「なんでここなんだよ?」 「えっ?」 声に視線を戻すと、どこか腑に落ちないような顔で司がこちらを見ている。 「俺は観光するかっつっただろ?」 「うん・・・? だから来てるでしょ?」 司の言いたいことがわからないつくしはキョトンとする。 「ちげーだろ。ここはただの公園じゃねーか」 「えー? 公園って言ったってNYで一番有名な公園でしょ? しかも観光客だってたくさん来るじゃん」 「いや、そういうことじゃなくて・・・」 あれから、司の提案に大喜びしたつくしが指定した行き先はセントラルパークだった。 司としてはてっきり自由の女神が見たいだの、ブロードウェーを鑑賞したいだのと言うだろうとばかり想像していたのだが、こともあろうにつくしがやりたいと言い出したのはセントラルパークでのピクニックだった。 この歳でピクニックとは・・・・・・ そもそも司自身、ピクニックなるものを経験したことがない。 急遽厨房のスタッフに指示して作らせたランチを手にここにやってきたわけだが・・・ 「もっと行きたい場所とかねーのかよ? 公園なら東京だってあるだろ?」 「違うよ」 「え?」 「東京の公園とは全然違うよ、ここは」 「・・・? どういう意味だよ」 怪訝そうな顔を見せる司につくしはクスッと笑った。そして公園をぐるっと一望して再び司に視線を戻す。 「夢だったんだ」 「?」 「司とこうして青空の下誰の視線も気にせずに堂々とのんびり過ごすってことが」 「・・・つくし?」 「ほら、昔のあたしたちって常にどこか監視されてるようなところがあったでしょ? NYに来たときだって、本当は司とこうしてのんびりできたらいいなぁなんて夢見てた。なんでもないことが一番幸せなんだぞって一緒に実感したかったって言うか・・・」 「・・・・・・」 黙り込んでしまった司に構うことなくつくしは言葉を続ける。 「7年前一人でここに来たとき、ここに司がいたらどれだけいいだろうって思ってた。でも、やっぱり夢と現実は違って・・・正直心が折れそうになった場所でもあるんだ。だから今、司とこうしていられるってことはあたしにとってはっ・・・?!」 そこまで言ったところで急に腕を引っ張られ、気が付いたときには司の腕の中に閉じ込められていた。突然のことにつくしは呆気にとられる。 「な、なに?! 一体どうした・・・」 「ごめん」 「えっ?」 「あの時はお前にひどいことしたって思ってる。俺なりに必死だったとはいえ、もっとやり方があったって・・・」 「ちょ、ちょっと! 違うからっ!」 慌てて体を離すと、つくしは司の両腕を掴むとどこか悲しげな顔をしている男を見上げた。 「あたしが言いたいのはそんなことじゃない! 司を責める意図なんてこれっぽっちもないの。・・・そりゃ確かにあの時しんどくなかったって言ったら嘘になる。でもね、ここはミラクルが始まった場所でもあるんだよ?」 「ミラクル・・・?」 「そう。ほら、あの当時お義母さんが交渉で色々とうまくいってない時期だったでしょ? その相手のおじさんと出会ったのがここだったの!」 「?!」 「もちろんなーんにも知らずに話してるうちになんだか気に入られて。まぁ、とは言ってももう二度と会うこともないだろうなぁなんて思ってたんだけど・・・あんたの邸に行って、日本に帰るって決意して、その前にもう一度ここに立ち寄ったらまたそのおじさんと再会して。食事だけでも是非ごちそうさせてくれってあまりにも言うもんだから、なんだか断れなくておじさんの会社に行ったら・・・」 「・・・行ったら?」 「そこで会ったのがあんたのお義母さんだったの」 「・・・!」 驚きに目を見開く司に思わず笑ってしまう。彼がそんな反応を見せるのも当然だろう。偶然にしても劇的すぎる展開なのだから。 「なんか交渉決裂寸前だったらしいんだけど、おじさんがあたしのこと気に入ったのがきっかけでうまくまとまったみたい。自分じゃ何が何だかさっぱりだったけど。でもそれがきっかけであんたと日本で会う時間をもらえて、それで・・・・・・。色々遠回りはしたかもしれないけど、あの時ここに来てなかったら今のあたし達はいないのかもしれないなーなんて」 「・・・・・・」 「だからそういう大切な場所でいつか司とのんびり過ごせたらいいなって夢見てた」 「つくし・・・」 ふふっと笑うつくしが眩しくて。どうしてだか直視できずに司はその体を再び引き寄せた。 戸惑いがちなつくしも抵抗することなくそのまま身を委ねている。 「司・・・? どうかしたの・・・?」 「いや・・・なんでもねぇ」 「・・・・・・? ふふっ、変なの」 「うるせぇ」 そう言って少し体を離した司の顔はどこか照れくさそうで。 めったに見られないその姿をもっと見ていたいと思ったのに、次の瞬間には目の前が真っ暗になって、ただ柔らかい感触だけがつくしを包み込んでいた。 ただ唇が触れ合うだけの子どものようなキスなのに、この上なく幸福感に満たされていく。 「・・・・・・もう、ここ外なのに・・・」 「誰も気にもしねーよ。つーかお前だって全然抵抗してなかっただろ」 「・・・バカ」 ハハッと笑うと司がゴロンとその場に大の字に寝転んだ。 「言われてみればこうして公園なんかでゆっくり過ごすとか経験したことねーな・・・」 空を見上げながらそう呟く司に微笑むと、つくしもその隣にゴロンと横たわる。 眼前には透き通るような青空がこれでもかと澄み渡っている。 「たまにはこういう時間もいいもんだよ。特に司はいつも忙しいでしょ? なーーんにも考えずにただこうしてぼーっとするだけで心も体も癒やされることってあるんだよ」 「それは・・・」 「何?」 「・・・いや。 ・・・そうかもな」 「でしょでしょ~?! お弁当だってすっごくおいしいんだから!」 「くっ、お前は結局それかよ」 「え~、でもほんとなんだもん」 「くっはははっ!」 道明寺司ともあろう者が、NYのど真ん中でのんびりピクニック? あり得ねぇ。 あり得ねぇったらありゃしねぇ。 心底そう思うのに、どうしてだかこんな自分が嫌いじゃない。 こうしてのんびりする時間が身も心も癒やす? バーーーーーーカ。 相変わらずこの女は何一つわかっちゃいねぇ。 俺にとって大事なのはいつどこで何をするかじゃねぇ。 そこにお前がいるかどうかだけが重要だってのに。 「気持ちいいねぇ・・・」 「・・・かもな」 相変わらずなんにもわかっちゃいねぇ女は幸せそうに微睡むばかり。 つーかまた寝るんじゃねぇぞ。 そう思いながらも、つくしに寄り添うように司も静かに目を閉じた。 *** 「そういえばお前がNYに来たときどうやって過ごしてたんだよ?」 「え?」 あれからまったり微睡んでいると、グーーーっという凄まじい音で雰囲気がぶち壊された。 司がお腹を抱えて大笑いし、恥ずかしいながらもつくしは幸せだった。 そうして今、邸で作ってもらった特製サンドイッチでお腹を満たしている。 「身ぃ一つでNYに来て、どう考えても無謀だろ? よく犯罪に巻き込まれなかったな」 「あー・・・巻き込まれなかったって言ったら嘘になる、かな」 「?!」 「実はさ、NYに着いて早々ひったくりにあったんだよねぇ・・・」 「はぁっ?! マジかよ」 初めて知る事実に司が驚愕する。つくしはあの頃を思い出して苦笑いだ。 「ほんとほんと。もうどうしようかと思ったよ。で、途方に暮れてここに来たらトーマスに再会してさぁ」 「トーマス? 誰だそれ」 「ほら、昔桜子があたしを嵌めた時があったでしょ? あの時の外国人」 「・・・あぁ、あのヤローか・・・」 忌々しい記憶が蘇ってきたのか、司が指をバキバキッと鳴らす。 「あはは、怒んないでよ。あんな男でもあの時のあたしにとっては救いになったんだよ。右も左も言葉もわからない場所だったんだから。・・・でも結局トーマスの仲間がひったくり犯だったってわかったときはズッコケたなぁ。今思えばめちゃくちゃだよね~、あははっ」 「それで? そっからどうしたんだよ」 「え? あぁ、それからはあんたの邸に突撃して・・・まぁ当然の如く追い返されてたんだけど、タマさんが助けてくれて。何とか中に入れてもらえたってわけ。後はまぁ・・・あんたも知ってるとおりだよ」 「・・・・・・」 「その後はどうしようかなーって、川辺でぼーっとしてたんだよね。そしたら突然類が現れて」 類という言葉に司のこめかみがピクッと動く。 「なんか色々心配してくれてたみたいで。それから帰国するまでの間は類のマンションでお世話になったんだ」 ピクピクッ! 「そうそう、トーマス達と一緒にご飯も食べに行ったんだけどさ、会計しようと思ったらなんと!! 類までスられてたんだよ?! それでどうしたと思う? 2人で朝まで片付けのバイトしたんだよ!あの類がだよ?! 今思い出しても貴重な経験だったなぁ~!」 ピクピクピクっ!! 「頑張ったからお店の人が最後に2ドルくれてさ。類が自分で初めて働いてもらったお金だって感慨深そうにしてて。そのお金で一輪の花を買ってくれたの。押し花にしたのを今でも記念にとってあるんだよ」 ブチッ!! 「だから色々あったけどそれなりに楽し・・・きゃあっ?!」 ドサドサッ!! ニコニコと思い出話に花を咲かせるつくしの視界が突如反転する。 背中に感じるのは芝生の感触、目の前には眉間に深い皺を寄せた司と青空が見える。 これは明らかに怒っている顔だ。 何故?! 「な・・・何?!」 「お前・・・・・・類類うるせぇんだよ」 「えっ?!」 「俺の前で類とのノロケ話を出すんじゃねぇ」 「の、ノロケって・・・ただの昔話じゃん! 全然違うよ」 思いも寄らぬ主張につくしは目を丸くする。 「違わねーよ。俺の前で類の話は禁止だ」 「禁止って・・・あははっ! もしかして妬いてるの?! も~、なんで類のことになるとそうピリピリするのかなぁ」 ビキッ! のほほんと大笑いするつくしにさらに青筋が一本。 目の前の女はそんなことには気付かない。 「お前・・・類とは何もなかったんだろうな?」 「えっ?」 「NYで2人きりでいる間・・・何もなかったんだよな?」 「何も・・・?」 何もって・・・ 確か、マンションで目が覚めたあたしにあいつが突然キスしてきて、 「好きかも」なんて飄々とわけのわからないことを言い出して・・・・・・ ・・・って! キスされたんじゃん!! 思い出した途端つくしの顔がボンッと赤くなる。 それと同時に司の青筋がビクビクっと引き攣る。 「・・・・・・何だよ、まさかお前・・・」 「なっ、何もない! 何にもないよっ! 類となんて、なんにもなかったからっ!!」 「・・・・・・正直に言え」 「えっ!!」 「お前ほどわかりやすい女はいねーんだよ。何があったのか正直に言え。 でないと・・・」 「え・・・? ・・・・ひっ!!」 洋服の裾から大きな手がスルッと侵入してくると、さわさわと明らかな意図をもってつくしの腹部を這いながら上を目指していく。 「ちょっ、ちょっとっ!! 冗談はやめてっ!」 「冗談じゃねーよ。お前が言わねーなら俺はやるぜ」 「ひぃっ!!」 この男は本気だ。 やると言ったらやる。 そういう男だ。 「俺はいいんだぜ? 別に人目を気にするような人間じゃねーからな」 「やっ・・・ちょっ・・・」 さわさわさわ。 いやらしい指使いで臍の辺りを撫でられて背中がゾクッとする。 「わ、わかったから! 言います、言いますっ! 類にキスされて好きだって言われましたっ!!」 ピクッ。 お腹を這っていた手の動きがピタリと止まり、つくしはホッと息をついた。 ・・・・・・のも束の間。 目の前の男の機嫌はすこぶる悪そうだ。 こ、これは・・・ 「あ、あの、言っておくけど突然で避けられなかっただけだからね? しかももう時効なんだからね? さらにはあたしを追い返した司にはあれこれ言う資格はないんだからね?!」 ピクピクピクっ。 相当痛いところを突かれたのか、司の眉間に凄まじい皺が寄る。 こ、怖いからっ!! 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・確かに俺には何も言う資格はねぇ」 「・・・ホッ、じゃあ手を離し・・」 「でもそれと感情は別もんだ」 「えっ」 笑いかけていたつくしの顔が中途半端なまま固まる。 「いかなる事情があろうとお前と類がイチャイチャすんのは許せねぇ」 「そ、そんな横暴な」 「あーそうだよ。俺はそういう男なんだ。諦めろ」 「なっ・・・」 何だそれは! もはやめちゃくちゃな理論じゃないか! 「つーわけでおしおきだ」 「えっ?!」 「とりあえずキスだけで我慢してやるから有難く思えよ」 「なっ、なにをんっ・・・!!」 問答無用で塞がれた唇に、つくしの抵抗も虚しく体から力が抜けていく。 全く、NYのど真ん中で、青空の下で一体何をやってるというのか。 ここでは超有名人の男が公衆の面前で。 しかもおしおきの理由も全くもって意味不明だ。 というか理不尽極まりないじゃないか! ・・・・・・それなのに。 こんな過ごし方も悪くないと思えるなんて、これも全ては異国の地がそうさせているのだろうか? ・・・うん。 そういうことにしておこう。 ![]() ![]() |
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by: * 2015/01/04 02:15 * [ 編集 ] | page top
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そっか~セントラルパークに行ったんだ。 つくしにとっての思い出いっぱいの場所。 そこで二人でピクニックなんて、つくしらしい・・・。 そんな穏やかな空気のなかだから、あの時はどうしたのか?と訊いてしまったのが、俺様発動のキッカケ(笑) めちゃくちゃな理論でお仕置きされるつくし、頑張れ~。 --ke※※ki様--
今のところまったり展開の続編ですが、皆様の反応が怖い今日この頃。 もっと何か起こさんかーい!と思われてやしないかと(笑) 今のところどこまで書くか決めてませんが(オイ!)、 とりあえずちゃんとゴールインするところまでは書いて上げないと 司に殺されちゃいますからね。 NY編と結婚編はまた別にするかもしれませんが^^ このまままったり展開・・・そうは問屋が卸さない?! --みわちゃん様--
はい。 意外と?それともつくしらしい? 目的地はセントラルパークでした。 きっとね、周辺(なるべく邪魔しない程度に、でもしっかりと)には SPがこれでもかといるに違いないんですよ。 それでもピクニックやらせちゃうのがつくしです。 我が道を行くつくしに負けじと坊ちゃんも俺様論理で反撃です(笑) --ゆ※ん様<拍手コメントお礼>--
いいえ、日本に帰る前にもう大変なんです(笑) 自業自得なのにね、俺様には困ったもんです( ̄∇ ̄) |
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