明日への一歩 4
2015 / 01 / 06 ( Tue ) 「牧野様はどのようなご様子ですか?」
「あ?」 西田の口から出た意外な一言に動かしていたペンが止まる。 マンハッタンにそびえ立つビル群の一つに道明寺ホールディングス本社がある。 司が再びこの地に足を下ろしてから早くも5日が経過していた。 「お前が自分から気にするなんて珍しいな」 「副社長の大切なお方ですからね。慣れない地での生活にストレスが溜まっているのではないかと少し気になりまして。差し出がましいことでしたら失礼致しました」 そう言って頭を下げる西田に、鉄仮面たる男にも珍しいこともあるもんだと感心する。 「ストレスか・・・まぁババァのことがあるから緊張してることに違いはねぇだろうけどな。でもまぁ困ってるのはむしろあいつじゃなくて邸の人間の方かもな」 「・・・それはどういう意味ですか?」 ほんの少しだけ目を細める西田に司は手にしていたペンを机に置いた。 「お前もつくしのことは多少なりとも知ってんだろ? それこそ色んな報告書を通して、な」 「それは・・・まぁ、そうですね」 言外に過去の数々の妨害に対する嫌味を滲ませる司に、さすがの西田も身に覚えがありすぎるからか、多少なりともバツが悪そうだ。 「あの女はただじゃあ転ばねぇからな。何てったってこの俺を変えた女だぞ。NYでの邸でもその雑草パワーを炸裂させてんだよ」 「・・・と言いますと?」 司は何かを思い出したのか突然ククッと肩を揺らし始めた。 「・・・あいつ、今使用人もどきやってんだよ」 「使用人・・・ですか?」 「あぁ。 『働かざる者食うべからず』 ってな。いくら俺の婚約者だとはいえまだ未婚の人間がタダで置いてもらうわけにはいかねぇとかなんとか言いやがって。使用人を拝み倒して何だかんだと邸の仕事を強奪してるらしいな」 「強奪・・・」 「当然俺はそんな必要はねぇって言ってんだけどな。でもそれで引き下がるような女じゃねぇんだよ、つくしは」 そう話す司はどこか楽しげだ。 西田はそんな司を見ながらあらためて牧野つくしという女の存在意義を認識する。 道明寺司にこんなに人間らしい表情をさせた人間は自分を含めて誰一人としていないのだから。 「まぁ、とは言ってもずっとそうするわけでもねぇだろうけどな。もう少し生活に慣れて落ち着けばあいつもこっちでしかできない何かに精を出し始めるに違いないだろ。ま、とりあえず今は邸で英語の家庭教師なんかはつけてんだけどな」 「そうですか・・・半年という期間ですからね。長いようで意外と短いですし、何かをするには中途半端な時間なのかもしれません」 「かもな。それでもあいつなら自分で見つけるだろ。元々中に籠もって大人しくしてるようなタマじゃねぇんだ」 「・・・確かにそうですね」 妙に納得したような西田に司がクッと笑う。 「で? ババァはどうなってんだ? 全てはババァが帰って来てからの話だからな」 「社長でしたら今のところ予定通りに帰国されるとの報告を受けております」 「ってことは明後日か」 「そういうことになりますね」 「明後日か・・・あいつに言ったら眠れなくなんだろうな」 そして対面後には気が抜けてそこかしこで眠りこけるに違いない。 もう間もなくやって来るその瞬間を想像しながら、司はそれからしばらく笑いが止まらなかった。 *** 「つくし様! お願いですからおやめください!」 「大丈夫、大丈夫。こういう作業は昔から得意なんですよ~」 「万が一お怪我でもなさったら大変です! 司様が何とおっしゃられるか・・・!」 「あー、それなら大丈夫ですよ。私が言って聞かせますから」 ケラケラっとあっけらかんに笑い飛ばすつくしに使用人はオロオロ狼狽えるばかり。 客人、しかもVIP中のVIPにもかかわらず邸での仕事を毎日、いや、毎時間のように強奪していくことにも驚きだが、司に対してこんな口の利き方ができる人間を見たことがない。 あの男に物が言えるのは楓以外にはせいぜいタマくらいのものなのだから。 そのタマですらTPOはきっちり使い分けているのが現状だ。 司が日本で突如婚約を発表したというのは道明寺家に使える人間ならば誰もが知るところではあったし、その相手が渡米前に公にしていたあの女性だと同じだということでこちらの邸でも俄に騒ぎとなっていた。 そして本人がやって来るとの話が伝わりどこか邸中が落ち着かなかったのだが、いざ来てみればいきなりエントランスで倒れ込むようにして眠ってしまった。 つくし自身が気にしていたようにまさに鮮烈なデビューだった。 中には7年前につくしが邸にほんの少しだけ来たことがあるのを覚えている使用人もいたが、烏の行水のような僅かな滞在時間に、ほとんどの人間にとってはあれが初対面だ。 「あっち側もやりますね」 「あぁっ、こちらは私が・・・!」 「いいんですいいんです、私、働いてないと落ち着かない性分なんですよね」 「は、はぁ・・・」 ニコニコと楽しそうに壺を拭くつくしに使用人は気が気じゃない思いでいっぱいだ。 司の婚約者にこんなことをさせて自分の首が飛びやしないだろうかと。 「あ、ちなみに司には許可もらってるので全然心配いらないですからね?」 「えっ?!」 「だから首になったりはしませんよ」 「は・・・はぁ・・・」 全てをお見通しなつくしの言葉に、使用人の脳裏にもしかして日本の邸でもこういうことが日常的にあるのだろうかとふとよぎる。 つくしがこの邸にやって来てから3日目。 突然 「お仕事を手伝わせてください!」 と言い出した。 当然使用人一同それに反対したし、司もそんなことを許すはずがないとばかり思っていた。 彼らが知る司という人物像は、楓に負けず劣らず人を寄せ付けない厳しい人間であったから。 司の場合それだけでなく横暴な振る舞いも際立っていた。 だが彼らの予想に反して司はつくしを止めることはなかった。 それどころかそんなつくしをどこか面白そうに見守っているのだ。 そんな司の姿を見るのは初めてだったから、邸の誰もが戸惑い、呆気にとられた。 だがそれと同時に実感する。 あの窮地を乗り越えられたのは今の司だったからだということを。 昔の彼だったならば、もう取り返しのつかないところまで会社は地に落ちてしまっていたかもしれない。それくらい厳しい状況だった。 そしてその司を変えたのが他でもない今目の前にいる女性、牧野つくしだ。 日本で働く使用人から度々噂を耳にしていたが、実際会ってみるとその不思議な魅力にわずか数日で邸の人間が虜にされていた。 小柄だが醸し出すパワーは底知れない。 それが誰もが抱いたつくしへの印象だ。 あの女嫌い、いや、人間嫌いの司が選んだ女性とはどんな人物なのか。 ただの一般人だということは当然知っていたが、こうして目の前にすると何故司が心惹かれたのかがよくわかるような気がする。わざとらしさや厭らしさがないのに、気が付けばいつの間にか懐に入り込んでしまっている、それがつくしだから。 司を相手にしても物怖じすることなく言いたいことをポンポン言ってのける、その度胸にも誰もが驚愕した。司に意見でもしようものなら半殺しにされるのがオチだと言うことはここでは共通認識だったのだから。 そんな司が唯一選んだ相手が牧野つくし。 立場上そんなこと言える者などいないが、司の女性を見る目に誰もが感動していた。 そしてたった数日で今までにない風が邸に吹いていることも感じていた。 これまで豪華でただ広いだけの殺伐とした空間だった場所が色づき始めている。 その異質な空間を誰もが嫌がってなどいなかった。 そんな中で誰もが気になることが一つ。 それはこの邸の主が帰ってきたらその色がどうなるのだろうか、ということ。 司以上に近寄りがたいオーラを纏っているのがこの邸の主、楓だ。 過去にはこの2人を引き離すために壮絶なやりとりがあったらしい・・・という噂はある。 だがあくまで噂の域を出ないその話に、実際につくしと楓が対面したらどうなるのかということが誰しも気になって仕方がないのが本音だ。 「終わりましたっ!」 「あ・・・ありがとうございました。助かりました」 隅々までピカピカに拭き上げて満足そうなつくしに使用人はペコペコと頭を下げる。 助かったような、かえって困ったような、何とも微妙なところではあるのだが。 それでもつくしと共に過ごすことを皆楽しみにしているのは間違いない。 「あの、お願いがあるんですけど・・・」 「はい? 何でございましょうか?」 まさか別の仕事を割り振ってくれという打診だろうか。 そうだとすれば非常に困る。 つくしの申し出に使用人の女がゴクリと喉を鳴らした。 「庭にあるフラワーガーデンを見せてもらってもいいですか?」 「えっ?」 「確か大きいのがありましたよね?」 「あ、はい。もちろん結構ですよ。ではご案内致しますね」 「ありがとうございます! 嬉しいです」 予想外の申し出にホッと胸を撫で下ろすと、使用人は喜んでつくしを庭園へと案内した。 まるで迷路のような広大な敷地にあるこれまた大きなフラワーガーデン。 ここはつくしにとっても消えない思い出の場所だ。 「こちらでございます」 「わぁ、懐かしい・・・!」 目の前に広がる庭園を前につくしから感嘆の声が漏れる。 ここだけでも有料で一般人に開放すればそれなりの人が集まるのではないかと思えるほど手の行き届いた花々に、思わず言葉を失ってしまう。ここだけでもアパート数件分の広さが軽くあるのだから、管理するには相当な人手が必要なことだろう。 「奥様がお好きなんです。ですからここは特に丁寧に管理されている場所なんですよ」 「そうなんですか・・・」 7年前のあの日を思い出す。 単身ここに乗り込んできて、真っ先に会ったのが魔女だったことを。 そしてその場所がここだったということを。 あの時と同じ場所に今、自分がいる。 「奥様はお忙しい方なので邸にいる時間はほとんどありませんけど、お時間があるときは大抵こちらに足を運ばれて色々な花の観賞をされてるんですよ」 「へぇ~・・・」 なんだかちょっと意外。 ・・・なんて言ったらまたとんでもない目にあってしまうだろうか。 「あ! 青い薔薇・・・」 少し先にある薔薇の一角に青々とした薔薇が咲いている。 つくしは引き寄せられるようにその場所まで行くと、大輪の花を咲かせている花びらにそっと触れた。 「奇跡・・・か」 つくしがぽつりと呟いた一言に使用人が興味深そうに反応した。 「つくし様もお花がお好きなんですか?」 「あ、いえ・・・あ、もちろん見るのは好きですよ? でもあまり詳しくはないんです」 「でも花言葉をご存知なんですよね?」 「あ・・・それはつい先日たまたま教えてもらっただけというか、あはは」 「ふふ、そうだったんですね」 「青い薔薇がここにもあったなんて・・・なんだか感慨深いです」 「え?」 目を細めてしきりに青い薔薇を見つめるつくしに使用人が不思議そうに首を傾げる。 確かに青い薔薇は珍しい品種ではある。だが最近はもっと複雑な色をした新種も数多く開発されているというのに、何故青限定なのかがわからない。 「俺も今初めて知ったぜ」 「・・・えっ?」 ハッとして振り返れば、高級スーツに身を包んだ司がすぐ後ろに立っていた。 「司・・・もう帰って来たの?」 「あぁ。その代わり別の日が遅くなるけどな」 「そうなんだ。・・・おかえり」 「おう、ただいま」 さらりと。 極自然に司の口から出たその言葉に使用人が目を丸くする。 司がこの手の挨拶をするなんてまずあり得なかったことだからだ。 「もう下がっていいぞ」 「えっ?! あ・・・はいっ、それでは失礼させていただきます」 「あ、今日はお世話になりました。またお願いします」 「・・・はい。こちらこそ是非。では失礼致します」 お礼を告げるつくしに頭を下げると、使用人は急ぎ足でその場を去って行った。 その胸はなんだかドキドキと不思議な感覚で落ち着かなかったが、心がふんわり温かくなっていくのを感じていた。 2人になった庭であらためてバラ園を見つめる。 「お義母さん、薔薇が好きなんだって」 「へぇ~、あのババァにも人間らしいところがあったのか」 「もうっ! ・・・でもあたしも正直意外だなって少し思っちゃったんだけどね」 「だろうな」 顔を見合わせてハハッと笑いあう。 「・・・でもさ、今ならわかる気がするよ。鉄の女としてずっと気を張ってなきゃならなくて、何も考えずにホッとできる時間なんてなかったんじゃないのかな。だから、こうして花を見て心を癒やしてたんじゃないかなって・・・」 そう言ってぐるりと見渡した庭園には見慣れたものから新種のものまで、所狭しと花が植えられている。 「きっとそんな思いでここまで大きくなったんだろうね」 「・・・かもな」 司自身ここに花を見に来たことなんてただの一度もなかったし、そこにどんな意味が込められているかなんて考えたことすらない。それなのに、つくしがそう言うのならそうなのかもしれないと思えるのだから不思議だ。 自分のあまりの変わりように思わず笑うと、尚も花に見入っているつくしの腕を引いた。 「え? な、なにっ・・・」 軽く引いただけで無抵抗の体はあっという間に司の腕の中に飛び込んで来た。驚いていたのも最初だけで、すぐに背中に回ってきた腕に自分たちの歴史を思う。 「明日だね」 「ん? ・・・・あぁ、だな」 胸の中から聞こえてきた声はやはり少し緊張しているのだろうか。 司はつくしの背中をゆっくりと摩った。 「なんも心配する必要はねぇっつってんだろ? お前らしくいろよ」 「うん、それはわかってる。でもこの緊張は何て言うか・・・ほら、お嫁さんをください! って挨拶に行く男の人と同じようなものなんだよ」 「なんだそりゃ」 「ふふふっ」 相変わらずつくしの言うことは司にとっては半分もわからないが、それもまた楽しみの一つになっているのも事実だ。 「 ? ・・・あ」 顔にフッと影が差したような気がして顔を上げたときには、もう司の顔が目の前まで迫っていた。 つくしはゆっくりと目を閉じてそれを受け入れると、すぐに2人の唇が重なった。 あの場所で今2人がこうしているなんて。そして2人の目の前には青い薔薇。 ・・・・・・奇跡。 その言葉が心を埋め尽くしていく。 やがて唇が離れると、つくしは幸せを噛みしめるようにもう一度司の胸の中に顔を埋めた。 「そろそろ入るか? ちょっと寒くなってきたし」 言葉もなくしばらく抱き合っていたが、つくしがほんの少し体を震わせたことに気付いた司がゆっくりと体を離していく。 「うん、そうだ_______ っ?! 」 「うおわっ?!」 ドンッ!!! ドサドサッ!! 何の前触れもなく、同じように顔を上げたつくしが突如司を思いっきり後ろに突き飛ばした。 さすがに司と言えど何の抵抗もない状態では思わずそこに尻餅をついてしまった。 突然のことに怒りも何もわからずただ呆然とするだけ。 「・・・おいっ! いきなり何しやがるっ!!」 ようやく自分に起こったことが理解できると、目の前に立つつくしに怒鳴りつけた。 だが何故か突き飛ばしたはずの張本人の方が驚愕に満ちた顔をしている。 「・・・おい? つくし、どうしたんだよ?」 「あ・・・」 口を開けたまま、言葉にならない言葉を放つだけ。 全くもって意味がわからない司は眉間に深い皺を寄せる。 だがつくしの視線が自分に向いているのではないことにようやく気付いた。 見ているのは・・・・・・自分のさらに後方・・・・・? 「・・・・・・?」 一点を見つめたまま固まるつくしにわけがわからないが、司はひとまず立ち上がると振り返ってつくしの視線を辿った。 つくしの見つめていた、その先にあったのは・・・ _____いや、いたのは・・・ 「こちらで何をされてるのかしら?」 「・・・・・・ババァ・・・」 今ここにいるはずがないと思い込んでいた人間の姿に、2人ともしばし言葉を失った。 ![]() ![]() |
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使用人さんたちを巻き込んで、それなりにたのしく過ごしていたつくし。 そこへ突然現れた楓。 つくしがしたことは、咄嗟に司を突き飛ばすという暴挙。 驚きのあまり無意識にやっちゃったんだろうけど、司、お気の毒(笑) さてさて、楓さんらしい物言いの第一声。 つくしは、司はどうする? ちゃんと、お嫁さんに‥じゃなかった、結婚させてくださいって、言えるかな? 子供さん、落ち着いてますか? 気が気じゃないですね。
by: みわちゃん * 2015/01/06 00:30 * URL [ 編集 ] | page top
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さぁ、いよいよNY編の本丸が登場です。 この後どうなるでしょうか。 すんなり結婚・・・とはいかない?!( ´艸`) 子どもはおかげさまで元気になりました! 予想外に長引きましたがホッとしました。 明日からグッと寒くなるようなので気をつけなければ。 ご心配くださって有難うございました~(゜´Д`゜) --ke※※ki様--
こういうときってお互いに気まずいですよね~。 でも楓さんはその辺りどうなんでしょうね? 何てったって鉄の女ですからね。 目の前でコトを致しても真顔で観察できそうな(爆) おぉ、息子さんがお2人いらっしゃるうんですね。 いつか姑という立場になる日が来るんですね。 見方が変わるとまた思いも複雑になりますよね。 ドキドキ・・・ --k※※ru様<拍手コメントお礼>--
ふふふ、この後どうなるのか、 色々想像しながら楽しんでくださいね( ´艸`) --ゆ※ん様<拍手コメントお礼>--
あらら、西田さんの策略だったんですかね?! すんません、何も考えてませんでした( ̄∇ ̄)チーン さてこの後嵐が来るのか?! とりあえず再会の状況としてはよろしくありませんね(笑) --コ※様--
最悪のタイミングで戻って来てしまいました~! さてこの後どうなるでしょうか。 予想のつくしが気絶するには吹きました(笑) それいいなぁ! 今からでも変えようかな( ̄∇ ̄) |
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