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明日への一歩 21
2015 / 01 / 28 ( Wed )
「・・・・・・いいのかな・・・?」
「あ?」

気の抜けた人形のようにただ引っ張られているだけのつくしが放心状態で呟く。
足を止めて司が振り返ると、発した声に負けず劣らずなんとも間抜けな顔で固まっている。

「バーカ。いいに決まってんだろ。その耳で聞いただろうが」
「う・・・ん」
「それとも何だ? 駄目な方がよかったのか?」
「や、やだっ!!!」

ガバッと顔を上げて今度は壊れた機械の様に被りを振りまくる。

「ふはっ! お前は一体何なんだよ。ほんっとわけわかんねー奴だな」
「だ、だって・・・なんかあまりにもあっさりと認められたから、なんていうか・・・」
「いいじゃねーか。ババァみたいなタイプは懐に入れることを決めたらあとは潔いもんなんだよ」
「え?」
「実際俺がそうだっただろ? 気に入らなければ徹底的に潰す。そんな人間が一度認めた相手は一生もんだ。お前がそれを証明してるじゃねぇか」
「あたし・・・?」

司の言葉につくしはポカンとする。
そんな姿に司は苦笑いだ。

「ほんと、お前はすげー女だよ。一体どれだけの偏屈人間を変えるパワーがあんだ?」
「・・・へっ?」

偏屈人間・・・?

「ぷっ、あははははは! 偏屈人間って。自分で認めちゃった。あはははっ!」
「お前に散々罵られたからな。人間のクズだとかなんだとか」
「あははっ、だって事実なんだもん」
「・・・チッ」

目尻の涙を拭いながらつくしが大笑いする。どうやら緊張の糸がようやく解れたようだ。
司はなおも笑い続けるつくしの頭をそっと撫でると、つくしの大きな瞳が自分を捉える。

「お前はそのままでいろよ」
「・・・え?」
「ババァが言ったことを難しく考えようとすんな。これだけの強者揃いを変えてきたお前でいることにこそ意味があんだ。俺と結婚したからって何かを変えようとか、染まろうとか考える必要なんてねぇ。お前はそのままのお前らしくいろよ」
「司・・・」

ぎゅうっと。
胸が苦しい。

・・・・・・人は嬉しすぎても、幸せすぎても苦しくなるんだ。

体中から言葉にできない想いが溢れ出して、つくしは思わず司に体に身を寄せてしがみついた。
仮にも会社でこんなことをするなんてそのレアっぷりに驚いたが、それもほんの一瞬だけの話。
司は次の瞬間にはその細くて未知数のパワーを秘めた体を自分の中に閉じ込めていた。



しばし言葉もなくその温もりをただ感じ合う。

___ もう2人を隔てるものは本当にないのだと。



「・・・・・・すっげーレアでこのまま仮眠室に直行してぇところだけど」
「・・・・・・え? ハッ!!」

うっとり恍惚とした顔を上げたつくしがやがて己のしでかしたことに我に返る。
慌てて体を剥がそうと動くが予測済みの司がそれを許さない。 

「お前のその顔は反則だな。仕事を放棄したくなるぜ」
「な、ななっ・・・・!!」
「・・・と言いてぇところだけどな。もう一つやることがある」
「えっ?」
「行くぞ」
「えっ? えっ??」

司はわけのわからずにいるつくしの額にチュッと唇を落とすと、手を引いてその場を後にした。
つくしはキスをされたことに反応する暇すらなくそのまま再び引き摺られていった。








***



「ねぇ、やらなきゃいけないことって?」
「行けばわかる」

そう言った司は副社長室のドアをガチャッと開けた。
その瞬間すぐに立ち上がる人影が見えた。主不在の部屋に一体誰が?
___ と、その人物を見てつくしは目を見開いた。


「え・・・? どうして・・・?」
「俺が呼んだ」
「えっ?」

驚くつくしの手を引いたまま、司はその人物の向かいまで移動すると腰を下ろした。
相手も司に頭を下げるとゆっくりとその体をソファーに戻していく。

「あの・・・お話とは何でしょうか?」

言葉からは戸惑いが滲んでいる。 
当然だろう。 何故彼が呼び出される必要があるのか?

「ほんとだよ! どうして皆川君がここに?!」

目の前にいるのは他でもない皆川だ。
確かに彼には助けられて感謝している。
だが個別に呼び出して話をする必要性がどこにあるのかがわからない。

状況がわからない2人をよそに、司は真っ直ぐ皆川を射貫いたまま。

「あの、副社長・・・?」
「まずはあらためて礼を言っておく」
「えっ?」
「昨日こいつを助けてもらったことに感謝する」
「え・・・あの・・・」

副社長ともある人間から感謝の意を伝えられ、皆川は喜ぶというより困惑している。

「こいつは俺の婚約者だ」
「えっ!!」

いきなりの直球に皆川は驚きを隠せないでいる。それも当然だろう。

「あ・・・そうなんですか。驚きましたけど、なんとなくそんな気はしてました」

はははっと笑って司とつくしを交互に見る。

「どうしてあんな行動に出た?」
「えっ?・・・あ、いえ、廊下で牧野の後ろ姿をたまたま見かけたんです。それで一言くらい声をかけようかなと思って近付いたら・・・一瞬にして姿が消えてて。最初は深く考えなかったんですけど、その・・・ここだけの話、女子社員の間で牧野が色々言われているのを何度か聞いたことがあって」

あることないこと好き放題言っていたに違いない。
秘書課だけにとどまらずそんなところにまで波及していたとは。
本当に女は面倒くさい。

「それでなんとなく胸騒ぎがして、念のため探すことにしたんです」
「どうしてあの場所だとわかった?」
「え? あぁ、それは香水ですよ」
「香水?」
「はい。あの女の動いた通り道にきつい香水の香りが残ってましたから。牧野が香水をつけないのは過去のやりとりでわかってましたし、面白いくらいすぐに場所は特定できました」
「そうだったんだ・・・」

初めて知る事実につくしは驚く。

「それに、使ってないはずの会議室から物音がしたのでピンと来たんです。何か良くないことがおこってるんじゃないかって。最初は警備員を呼んで鍵を開けてもらおうかとも思ったんですけど、そんな時間の猶予はない気がしたのでカマをかけました」
「カマ?」
「そう。あの時言っただろ? 警備員さんこっちですって」
「あ・・・!」

そうだ。 確かにそんなことを言っていた。
ということはあれも咄嗟の機転だったということだろうか?
結果的にその機転がなければケイトリンがあれから何をしたか考えるだけでもゾッとする。

「あ・・・ありがとう皆川君。助けてもらったのにちゃんとお礼もしないであたしったら・・・。本当にありがとう!」

つくしはそう言って立ち上がると深々と頭を下げた。

「あぁっ、やめてよ! 別に俺が勝手にしたことなんだし、とにかく大事に至らなくて良かったよ」
「皆川君・・・」
「顔少し赤くなってるね。傷も・・・大丈夫?」
「あ、うん。全然平気。こういうことには慣れてるし」
「え?」
「あっ、いやいや、こっちの話。あははは」

笑って誤魔化しながらつくしは腰を下ろす。

「・・・そっか。やっぱり副社長と牧野ってそういうことだったんだ」
「え?」
「さすがに気付くでしょ。2人でいる時の空気感が全然違ってたし」
「そう・・・かな?」

自覚なしのつくしにはいまいちピンと来ない。

「妙に屈強な人が牧野の周辺をガードするようにいつもついてるし、普通じゃないなってわかるよ。半年だけ入社ってのも珍しいなって思ってたし」
「あはは、そう・・・だよねぇ」

やっぱり誰がどう考えても不自然な人事なのだ。

「でも一番の決定打は副社長だよ」
「・・・え?」
「副社長が牧野といる時の顔が・・・まるで別人のようだったから。僕たち社員が知る副社長はいつだって何人も寄せ付けない絶対的なオーラに包まれてた。何度か見かけたことはあったけど、笑った顔なんて見たこともないし。経済誌なんかに載ってる写真だってそうだろう?」

確かに・・・
離ればなれで司の頑張りを見守っていた頃、雑誌で見かける彼はいつも無表情だった。

「だけど牧野といる時は全然違う。僕が言うのもなんだけど、心が解放されてるような、そんな感じなんだ。あぁ、副社長の本来の姿ってこういう人なんだって初めて知ったよ」
「皆川君・・・」

ニコッと皆川が微笑む。その笑顔は中学生の頃の面影で溢れていた。
見た目は変わったけれど、滲み出る内面は何一つ変わっていないことを教えてくれている。

「・・・それで? 今日僕をここに呼んだ本当の目的は何なのでしょうか?」

皆川が視線を横にずらすと、これまで黙ってつくしとの会話を聞いていた司に尋ねた。
思わぬ言葉につくしが隣の司を見る。

「え? お礼を言うためじゃないの?」
「違いますよね? 確かにお礼もあったと思います。でもそれだけだったら僕を呼んでいない。違いますか?」
「・・・・・・」

真剣な顔で怯むことなく聞いてくる皆川を、司もまたじっと見たまま何も言わない。

「司・・・?」
「・・・お前、どうしてうちに入った?」
「え?」
「皆川という名前を聞いてピンと来たんだ。 『あの』 皆川だってな。何故あの時期にわざわざうちに入社することを選んだ? お前の狙いはなんだ」
「え、司・・・何言ってるの?」

さっぱり意味がわからないつくしは両者を交互に見やるが、どちらも驚くほど真剣な顔をしていて、ふざけた話なんかじゃないということがひしひしと伝わってくる。

「・・・やっぱり気付かれてましたか」
「いや、正確には気付いていなかった。こいつとお前の接点があったことで結果的に知ることとなった」
「そうなんですか・・・」

皆川が笑っているような、溜め息をついているような、何とも言えない表情を見せる。

「正直に言え。お前の目的は何だ? 俺を潰すことか?」
「えっ?! ちょっと、司っ、一体何を言い出すのよ?! 皆川君に失礼じゃない!!」

つくしが慌てて司の腕を掴んで咎めるが、当の本人は鋭く皆川を射貫いたまま。

「・・・・・・そうだって言ったらどうしますか?」
「えっ!!」

今度は皆川から飛び出した爆弾発言につくしはギョッとする。
相変わらずどちらも真剣な顔で睨み合っている。
一体何がどうしてこんな展開になってしまったのか。
つくしはさっきまでの平穏が嘘のように胸がバクバクし始めていた。

「潰される前にお前を潰す」

司がはっきりと宣戦布告を叩きつけた。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・フッ、あははははははは!」
「?!」

睨み合っていたかと思えば今度は笑い出した。
つくしは彼がどこか壊れてしまったのではないかと心配になる。
だがそれも束の間、すぐにいつものふわりとした笑顔の皆川に戻っていた。

「なんてね。そんなわけないじゃないですか。僕は僕です。父は関係ありません」
「・・・・・・・・・」
「え・・・一体どういうことなの?」

既にハテナマークを貼り付ける場所がないくらい謎だらけになっているつくしに笑うと、皆川は事の経緯を話し始めた。

「僕の父はね、ここで働いていたんだ」
「えっ?! 皆川君のお父さんが?」
「そう。こっちに引っ越したのも本社に異動になったから。・・・つまり、それなりのポストにいたんだ」
「そう・・・だったんだ。全然知らなかった・・・」
「知らなくて当然だよ。言ってないんだからね」

そう言ってあははっと笑う。

「え、でもそれと皆川君の入社に何か問題があるの?」
「・・・・・・」
「つくし、3年前・・・いや、もうすぐ4年だな。あの時にうちの会社で起こったことを覚えてるか?」
「え? あ、うん・・・もちろん」

忘れるはずがない。
あの時の一件で2人の運命が大きく動き出したと言っても過言ではないのだから。

「あの時の首謀者の一人がこいつの親父だった」
「えっ・・・」
「・・・・・・」

予想だにしていなかった一言につくしが言葉を失う。
皆川も目線を下げたまま何も言わない。

「まぁ俺に対する反発が根強いのは知ってたからな。そういう連中が出てくるのも時間の問題だと思ってたし、それを迎えうつ心構えもあった。だがあの時は最悪のタイミングだった。俺としたことが完全に足下を掬われた形になったわけだ」
「・・・・・・」
「まぁ決して簡単ではない状況だったが俺だって無駄に時間を過ごしてきたわけじゃねぇ。そのまま潰れるようならそれまでの器ってことだ。だが俺はそうはさせなかった」

つくしの中にあの苦しい時間が蘇ってくる。
きっと司は血を吐くような努力をしたのだということも。

「俺は地力で這い上がった。当然連中には処分を下した。そいつの親父も例外じゃねぇ」
「え・・・それじゃあ・・・」

つくしがハッとして皆川を見る。目が合うと、彼が小さく微笑んだ。

「親父は下請けの会社に異動になったよ」
「それって・・・」

つまりは左遷ということ?

「普通なら確実にクビになってるはずなんだ。でも副社長はそうはしなかった」
「そうだ。俺は敢えて不安因子を己の懐に残すことにした。自分への戒めの意味も込めてな。あいつらがまた何かを企てるならやればいい。だが俺は常にそれ以上のことをやる。それだけのことだ」
「司・・・」

初めて聞かされる事実につくしは何も言うことができない。

___ 胸がいっぱいで。

彼が人知れずどれだけ苦しんで、悩んで、そして努力してきたというのか。

「わざわざ敵の本陣に乗り込んだ理由は何だ?」
「・・・・・・敵・・・ですか」
「少なくともお前にとっては恨むべき相手なんじゃねぇのか、俺は」
「・・・確かにそうですね。・・・でも何なんでしょう。不思議とそうは思えなかったんですよね」
「何?」

思わぬ言葉に司も驚いている。

「ずっと親父のことは尊敬してました。渡米するって聞かされたときは正直戸惑ったけど、同時に誇らしかった。・・・でも、こっちに来てから親父は少しずつ変わっていった」
「変わった・・・?」

つくしの問いかけにどこか寂しげに皆川が頷く。

「うん。なんていうか・・・野心だらけになってしまったというか。・・・昔は仕事に誇りをもってやってたのに、いつの間にか人を蹴落として這い上がることだけに躍起になってた。僕の目から見てもわかるくらい」
「・・・・・・」
「だからあの時ここでクーデターが起きたって知って、すぐに親父も関わってるって思った。そしてそれは当たってた。・・・ショックだったよ」
「皆川君・・・」
「いつの間にか胸を張って自慢できるような親父じゃなくなってた。・・・だから、目論見が外れてざまぁみろって思ったくらいだよ」

そう言ってハハッと乾いた笑いをこぼす。

「じゃあお前がわざわざここを選んだ理由はなんだ」
「・・・・・・そうですね・・・。この目で確かめたかったのかもしれません」
「確かめる?」
「はい。親父があれだけ野心を燃やして引きずり下ろそうとしていた相手がどんな男なのかをこの目で。自分の目で見て、自分で判断したかったんです」
「判断って、何のこと・・・?」
「親父が言ってたようにジュニアという肩書きがなければ何もできないような無能な男なのかどうか。あれだけ躍起になってたことは本当に意味があったのかってことを」
「・・・・・・で? 少しは見つかったのか」

「はい。・・・びっくりするくらいできる男だったってことがわかりました」

言いながら皆川は苦笑いした。

「もうほんと、びっくりするくらい・・・。親父達は一体何をしてたんだって思いましたよ。目の前のことに囚われるあまり本質的なことが何も見えてなかったんだって、この僕ですらわかりました。最初から勝算のない闘いだったのだということも」
「皆川君・・・」

そこまで言うと皆川は再び視線を司へと戻した。

「副社長が僕に対して色々と疑念を持たれるのは当然だと思います。ただ僕は純粋に興味があったんです。良くも悪くも親父を変えたこの会社に。・・・そしてあなたに。ここで自分にできることは何なのか知りたかった。ただそれだけです」
「・・・・・・」


シーーンと室内が静まりかえる。
互いを真っ直ぐに射貫いたまま、そしてそんな2人をつくしが見つめながら、誰一人として言葉を発する者はいなかった。


「這い上がって来いよ」
「・・・えっ?」
「這い上がるっつー言い方はお前には違うのかもしれねぇけど。ここまで来てみせろよ。お前ならそれができるだろ?」

そう。 実際、皆川はかなり優秀な人材だった。
その背景にどんなことがあったかなんて関係ない。
力のある者はいくらでも階段を駆け上がってくればいいのだ。

「副社長・・・・・・はい! いつか必ずあなたを追い越して見せます」
「それはムリだな。諦めろ」
「あはは、やっぱりですか」

間髪入れずに一刀両断されて皆川が吹き出す。

「お前はお前だ。親父の過去は関係ねぇ。・・・それに、どうあれお前の親父も優秀な社員の一人であったことに違いはねぇ。そのことを忘れんな」
「副社長・・・」

真っ直ぐ放たれた言葉が皆川の心を突き抜けていく。
これまで、誰にも言えずにいた葛藤が全て吹き飛ばされていくような。
大財閥のジュニアとして歩んできた男の言葉は重く、そして痛いほどに響く。

皆川は咄嗟に俯いてグッと手を握りしめた。
それはまるで溢れ出しそうな涙を堪えているようにも見えて。

「・・・ありがとうございます。あなたに少しでも近づけるように頑張ります」
「死ぬ気でやらねぇととてもじゃねぇが近づけねぇぞ。俺だってダテにこれまでの時間を過ごしてるわけじゃねぇからな」
「わかってます。そんなあなたの背中を見てまた努力します」
「・・・クッ、一体どこの青春映画だよ。気色わりぃ」
「ははっ、ほんとですね」

ケッと一蹴されても皆川は心底嬉しそうに笑った。

「・・・って、お前何泣いてんだよ! ったく・・・」
「だ、だってぇ・・・グズッ・・・」

いつの間にやら大号泣していたつくしの目からは滝のような涙が溢れている。
司は呆れかえったように笑いながらも、ごそごそとハンカチを探す。

「はい、牧野。どうぞ」
「あ゛、ありがどうっ・・・!」

だがさっと先に手を差し出したのは皆川だった。
間違いなく司が出そうとしていたのを知っていたはずなのに。
そしてつくしも何の迷いもなくあっさりそれを受け取る。

「牧野、そのハンカチは必ず返してね。僕に直接会って」
「うん、必ず返しに行くよ・・・グズッ」

何にも気付かないつくしは真面目にうんうんと頷きながら涙を拭う。
ピキッと司のこめかみに青筋が一本。

「おい、てめぇ・・・」
「副社長の上手(うわて)に行けるように色々と頑張りますから」

そう言って悪戯っぽく笑うと、皆川は吹っ切れたような顔で立ち上がった。

「今日は時間を作ってくださってありがとうございました。おかげで色々とすっきりしました。なんだかんだ割り切ったつもりでいましたけど、まだ心にわだかまりがあったんだって今日まで気付いてませんでした。またこれから新しい気持ちで頑張ります」

そう言うと深々と頭を下げた。

「じゃあ牧野、またね。お大事に」
「うん、皆川君、ほんとに色々ありがとうっ・・・!」

昔と何一つ変わらない笑顔で手を振ると、皆川はやがて部屋からいなくなった。



「・・・チッ、あの野郎、やっぱりどこか気にいらねぇぜ」
「皆川君はいい人だよ、昔から・・・ずびっ・・・」

そう言いながらつくしが皆川から借りたハンカチを大切そうに顔にあてていく。

ピキピキッ!!

「おいっ! 他のヤローのもんを使うんじゃねぇっ!!」
「あっ?!」

司は横からハンカチを鷲掴みすると、そのまま向こうにポイッと放り投げた。
途端につくしがカンカンに怒り出す。しかも泣きながら。

「あぁっ! もうバカッ!! せっかく貸してくれたのにっ、信じらんないっ!!」
「うるせぇ! 誰だろうと他のヤローのもんを使うんじゃねぇ!」
「バカバカバカ! ガキっ!! ただ涙を拭いてただけじゃない!」
「うるせー! 涙ならここで拭きやがれ!」
「ぶっ・・・?!」

次の瞬間、つくしの顔が広い胸板に押し当てられていた。
しばらくして自分が抱きしめられているのだと気付く。

「ちょっと! スーツが汚れちゃう・・・!」
「いいんだよ。替えならいくらでもある。お前があのハンカチを使うよりもよっぽどマシだ」

さっきまであんなに格好良かったのが嘘のように。
今度はこんなにくだらないことを真剣に言うのだから。
・・・全く、この男の魅力は底知れない。

怒っていたつくしの体から面白いように力が抜けていく。

「ほんとにいいの? 涙も、鼻水も、ファンデーションだってついちゃうよ?」
「別に構わねーよ」
「・・・ほんとにあんたって・・・・・・バカ」
「あぁ?! てめぇ何言ってやがる」
「クスクス・・・」


つくしは笑いながらもまた涙が止まらなくなっていた。
数十万もする高級スーツがありとあらゆる液体で台無しだ。
それでもこの男は気にもしない。それどころかハンカチを使うことの方が気に入らないと言う。




・・・あぁ、こんなバカでガキで強引で、・・・そして大人なこの男が大好きだ。




つくしは大きな背中に手を回すと、幸せを噛みしめるように負けじとギュッと抱きしめた。






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コメント
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このコメントは管理人のみ閲覧できます
by: * 2015/01/28 00:47 * [ 編集 ] | page top
----

皆川君、すごい。
香水の匂いで部屋を突き止めたなんて。
今回の救出は、彼のお手柄以外何物でもないだろう。
つくしは完全に刺されていたかもしれないタイミングだったのだから。
そして司があの皆川と言ってたのは、そういうことですか‥‥。
ハッキリと本人に向かって訊くところが、司らしい。
皆川君も、なかなか優秀な好青年みたいで、でも、怖いもの知らずな面もあって‥‥(笑)
ハンカチ事件‥‥直接返しに来いと司の前で宣言。
鈍感娘は何も思っちゃいないけど、皆川君は、司の青筋に気付いたはず。わざとだろうし。
なかなかの大物だわ(笑)
そんなハンカチなんて使われちゃあと、高級スーツ込みで胸を貸す司は、やっぱり司だなあ。
号泣するつくしもおかしいけど、可愛い。
男心鷲掴み?
続きが楽しみで~す。
by: みわちゃん * 2015/01/28 01:52 * URL [ 編集 ] | page top
--名無し様<拍手コメントお礼>--

短い一言につかつく愛を感じました。
いつまでもドタバタの2人ですが見守ってやってください^^
by: みやとも * 2015/01/28 02:11 * URL [ 編集 ] | page top
--キ※※キョン様<拍手コメントお礼>--

あれ、そんなに感動していただけてなんだか恐縮です(^^ゞ
皆川君、登場回数としては決して多くありませんが、存在感抜群です。
幸せになって欲しいですね。
by: みやとも * 2015/01/28 02:16 * URL [ 編集 ] | page top
--k※※ru様--

これで全ての謎は解けた!
・・・え? 一番気になる人が残ってますか?
ふふふ、それはまたいずれ・・・( ̄ー ̄)
って、期待させて何もナシとかも充分あり得るので要注意を!(笑)

ランキングはですね、知人の方から勧められてとりあえずタグを貼ったはいいものの、
ちゃんとポチしてリンクする設定をしてなくてですね(そんなことすら全く知らず)、
最初の1週間?2週間?くらいはただ無意味にタグを貼ってただけという(笑)
もうそれくらい無知なアナログ人間なんです。お恥ずかしい。
おかしいな~、登録したのにランキングのデータが待てど暮らせど反映されないな~~、
一体どうなっとんじゃい!!(怒)
なんて思ってたらどうなってんのはお前の頭だ状態だったというオチでした(恥)

きっと全くの無意味だなんて夢にも思わずポチッと応援してくださってた方がいらっしゃったと思います。誠に申し訳ありませんでした~!!とひれ伏したいくらいです(^◇^;)
by: みやとも * 2015/01/28 02:29 * URL [ 編集 ] | page top
--みわちゃん様--

皆川君、万が一クビになっても次は探偵になれそう?(笑)

ようやく彼の素性が明らかになりました。
彼は最初からただのいい人にしようと決めてました。
ただとある事情を抱えているという設定以外は。
好青年だけど実はやり手でもある。結構な切れ者です。
司の前であんなことできちゃうんですからね。
一見大人しく見えて根性据わってますよ( ̄ー ̄)

あ~、私も高級スーツに鼻水つけてみたーーい! ←
by: みやとも * 2015/01/28 02:35 * URL [ 編集 ] | page top
--ゆ※ん様<拍手コメントお礼>--

皆川君、好青年だけど結構強者です。
これからも司は何かとおちょくられるやもしれませんね(笑)

そしてそして、ガラケー族の私には何のことやらさっぱりなのですが、
スマホだとそういうことがあるんですね。
ゆ※ん様からのコメントを拝読→返信は日課になっていましたので、
数日とはいえ寂しいですね(; ;)
あ、決して強制しているわけではないんですよ(^◇^;)

6日に再会できることをお待ち申しております~ヾ(*´∀`*)ノ
by: みやとも * 2015/01/28 09:20 * URL [ 編集 ] | page top
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by: * 2015/01/28 22:50 * [ 編集 ] | page top
--コ※様--

皆川君の異性関係はどうなんでしょうね?
基本真面目で誠実な男だとは思います。
けど時々すごいSキャラになりそう(笑)

そうなんです。
このまますんなり大団円とはいかないんですよ~?!( ̄∇ ̄)
by: みやとも * 2015/01/29 01:14 * URL [ 編集 ] | page top
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このコメントは管理人のみ閲覧できます
by: * 2015/01/29 12:59 * [ 編集 ] | page top
--ke※※ki様--

そうそう、昔司に色々とやられて恨みをもつ男、皆川。
そういう設定もありかな~なんて思ったんですが、
いかにもありそうかなと思って敢えてそこは外しました。
じゃあどうする?と考えて、あくまでもこの作品でしかない点に着目したんですね。
オリジナルといいますか。
それで結果的にああいう繋がりとなりました。

最初から彼は「普通にいい男」にしようと決めてたんです。
何? 誰? 目的は?!
と皆さんに色々考えてもらったのなら狙い通りで世は満足ですじゃ( ̄∇ ̄)
by: みやとも * 2015/01/29 23:30 * URL [ 編集 ] | page top
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