Sweet x Bitter x Sweet 前編
2015 / 02 / 14 ( Sat ) 「そんなに緊張しなくて大丈夫だって」
「でも、だって・・・!」 気を抜いていると思わず右手と右足が同時に出そうになるほどガチガチのあたしに類が肩を揺らして笑っている。 「あんた、ほんとに面白い」 「ちょっと、笑わないでよ。こっちは真剣なの! こんな場所、不釣り合いなんだから・・・」 あ、やばい。言っててなんだか泣きそう。 なんだってこんなことくらいで。意味不明にもほどがある。 それもこれもこのあり得ない状況がそうさせてるんだ。 この状況が・・・・・・ 「バレンタインどうするの?」 「え~? 彼の別荘に行ってゆっくり過ごすつもり」 「やだ~いいなぁ。あたしなんて都内のホテルよぉ」 「でもいいところのホテルなんでしょ? 充分じゃな~い!」 「きゃははは・・・」 後ろのテーブルから聞こえてくる黄色い声に思わずはぁ・・・と溜め息が出る。 ふっと目をやった窓の外には昨日の雨が嘘のような澄み渡った空が広がっていた。 ところどころ光に反射して直視できないほどに眩しい。 「はぁ~~~・・・」 今日何度目かの溜め息をつくと、そのまま頭をテーブルにゴンとつけた。 一体どうしてこんなに気持ちが沈んでいるというのか。 ・・・そんなのわかってる。 わかってるくせに、自分で気付かないふりをしているだけ。 「まーきの」 「・・・え?」 自分の名前を呼ぶ声と共に響いた黄色い歓声に、つけたばかりの頭を上げる。 「・・・・・・類」 「やっと見つけた」 「え?」 ニッコリ笑うと類は目の前の椅子を引いて腰掛けた。 周囲にいた女性陣がさらに色めきだつ。そして視線が痛い。 普段ならまずいるはずのない男が現れたことに、学食が異様な雰囲気になっている。 それにしても見つけたって・・・・・・あたしを探してたってこと? 「どうしたの?」 「ん? まぁ牧野に話があってさ」 「話?」 うんと頷かれてもまったく見当がつかない。 「牧野、もう全部の試験終わったんでしょ?」 「え? あぁ、うん。昨日で全部終わった」 「じゃあさ、俺の仕事の手伝いしてくれない?」 「手伝い? あたしが?」 「そう」 いつも突拍子もないことを言い出す男だが、相変わらず今日も意味がわからない。 一体あたしが彼の仕事の何を手伝えるというのか。 胡散臭そうな顔をしているあたしを見て、類がビー玉を細めて笑う。 「パーティでパートナーになって欲しいんだ」 「パートナー?」 「うん。ほら、他の女は色々と面倒くさいからさ。牧野にお願いしたくて」 「でも、あたし・・・」 「大丈夫。ただ横にいてくれるだけでいいんだ。何も面倒なこともない。お礼も弾むよ」 「いや、お礼とかは全然いいんだけどさ、」 「じゃあ決まり。急で悪いんだけど明日から数日大学休んでもらっていい?」 「・・・はぁっ?!」 一体どこまで意味不明なことを言い出せば気が済むのか。 「試験は終わったんでしょ? じゃあ数日くらいなら大丈夫でしょ」 「いや、意味わかんないから! なんで休まなきゃいけないわけ?! バイトだってあるし・・・」 「バイト先にはもう話をつけてあるよ」 思いもしない言葉に思わず二度見してしまった。 ・・・何だって?! 「試験で大変そうだったからさ、バイト先には俺の方から言っといたから」 いやいやいや、言っといたからじゃないよ! ニコニコととんでもないことを言い出す男に思わず目の前がクラリとする。 「ちょっと待って。あのさ、まぁこの際パーティに同伴する件は置いといて。それと大学とバイトを休むことがどう関係するわけ?全くもって意味がわからないんだけど」 「だって日本じゃないから」 「・・・・・・・・・へ?」 「パーティの会場が日本じゃないんだもん。休まないと無理だろ?」 「に、日本じゃないって・・・・・・・・・まさか」 あたしの言葉を聞く前にニッコリと笑うと、おもむろに類が立ち上がった。 「じゃあそういうことだから。出発は明後日の午前中。パーティで着るドレスはこっちでも準備しておくけど、牧野は例のあれがいいんじゃない? じゃあまた迎えに行くから」 「ちょ、ちょっとっ?!」 じゃあ、じゃないよっ!! 一方的に言い募って背中を向けた類を必死で呼び止める。 が、その前に何かを思い出したように類が振り返った。 「そうそう、仮に牧野が準備してなくても連れて行くから。身一つでも全然問題ないからね。要するにこれは決定事項ってことだよ。・・・じゃ、またね」 全く反論させる隙を与えずにそう言うと、王子様然とした笑顔を見せて今度こそ本当にいなくなってしまった。 あたしはその場に呆然と立ち尽くしているだけ。 嵐を巻き起こして何事もなかったようにいなくなった男をただ見送るだけだった。 あれから3日後。 一体どうしてこんなことになっているというのか。 しっかり立たなきゃと思うのに、その心に反して足はカタカタ震えて止まらない。 「そんなに緊張しないで」 「するに決まってるじゃん! なんだってこんなとこに・・・仕事って言ってたじゃない!」 「仕事だよ? そしてパートナーが必要だったのも本当。だから牧野に頼んだ。嘘はついてない」 「でも、だからって・・・」 今にも泣きそうになるあたしの頭にふわっと温かい感触が載せられる。 「会いたくない?」 「それは・・・」 「怖い?」 その言葉にドキッとする。 怖い・・・ 今の自分の気持ちを最も表現しているのはその言葉なのかもしれない。 今日、ここにいるであろう男に会ってしまうのが。 「だって、あたしが来てること言ってないんでしょ?」 「うん。驚かせようと思って。その方が喜ぶでしょ」 「でも怒ったら・・・」 「あはっ、なんで怒るのさ。喜ぶことはあっても怒るなんてあり得ないでしょ。もっと自分に自信を持ちなよ」 「・・・・・・」 黙り込んで俯いてしまったあたしにフッと呆れたように笑うと、ポンポンと頭を叩いた。 自信・・・・・・ そう。今のあたしは自信を失ってるのかもしれない。 道明寺との遠距離が始まって3年。 長かったような、あっという間だったような。 相変わらず大学とバイトの往復の繰り返しのあたしに、日々世界を飛び回る道明寺。 その生活はすれ違いの連続だった。 それでも忙しい中時間を作ってはあいつは連絡をくれる。 たとえそれが夜中だろうと早朝だろうと、繋がってるんだってことが嬉しかった。 最後に会ったのはイタリアでのほんの短い逢瀬。 その時も類の計らいだった。 一度は断ってしまった婚約指輪をもらって、短いけれど幸せな時間を過ごした。 あれから1年、あたし達は一度も会えてはいない。 最初から覚悟はしていたことだし、気が付けば残すところあと1年。 待つ時間より残された時間の方が少なくなっていたことに、あたしはどこかホッとしていた。 「牧野?」 ボーッと考え込んでいたあたしの顔を類が覗き込んでいる。 「あっ、ごめん。ボーッとしちゃってた」 慌てて顔をあげてハハッと笑う。 そんなあたしを類はただ黙って見つめている。まるで全てを見透かしたような瞳で。 ・・・やめて。 心の奥を曝かないで。 「あ。司」 「・・・えっ?」 その声に思わず類の視線を追った。 ・・・あ。 いた。 人波の中に頭一つ抜けた特徴的な髪の男。 どんなに人が溢れていたって、唯一無二の絶対的なオーラを放つその男。 道明寺司がすぐ目の前にいる。 「どうしたの牧野。早く会いに行こう」 「う、うん・・・」 金縛りにあったようにその場に足が貼り付いて動けないでいるあたしの背中をそっと押すと、類は誘導するように一歩一歩と足を進めていく。彼がいなければあたしは一歩だってその場から動くことなどできないに違いない。 類がずっとあたしを気にかけてくれていることはわかってた。 素直じゃないあたしをいつだって助けてくれた。 今日こうやって強引な形でここに連れてきたのも・・・全てはあたしのため。 素直に会いたいと言えずにいる弱虫なあたしのため。 「・・・・・・あ」 遠目に見えた光景にそれまで動いていた足がピタリと止まる。 またしても接着剤でくっつけたようにその場に貼り付いてしまった。 「牧野? どうしたのさ」 「・・・・・・」 そんなあたしを一瞥した後、類が視線を前に送った。 そこにはあたしの知らない道明寺がいた。 自信に満ち溢れたオーラは変わらない。 次から次にやってくる人の波に笑顔で対応している。 そんな大人な道明寺がどこか遠い人に思えた。 ・・・そして。 気付いてしまった。 道明寺の左手に添えられた華奢な白い手の存在に。 道明寺が手を添えているわけではない。 それでも、ずっと添えられたその手が振り払われることはない。 そんな中で道明寺は笑っている。 ズキン・・・ 胸がつんと痛くなってなんだかうまく呼吸ができない。 「牧野、行くよ」 立ち止まったままのあたしの背中を押しながら強い口調で類が言った。 足は動かないけれど、それ以上の力で押されて半ば無理矢理足が前に一歩出る。 ドクンドクン・・・ 少しずつ、確実に大きくなるその姿に、心臓が壊れそうなほど暴れ回る。 あたしに気付いたらあいつはどうするだろう。 怒る? ・・・・・・そんなことあり得ない。 それは類の言う通りだろう。 きっと目が落ちるんじゃないかってくらいに驚いて、そして・・・・・・ 想像してクスッと笑いかけたところで目を見開いたのはあたしだった。 ドクンドクンドクンドクン・・・ 「・・・・・・ごめん、類」 「え?」 「あたし・・・・・・やっぱり先に戻ってる」 「え? あ、牧野っ!!!」 驚く類が引き止めるのを振り払うと、あたしは全速力でその場から駆けだした。 後ろからあたしを呼ぶ声が聞こえたけれど、脇目も振らずにただひたすらに。 走って、走って、走って、走って・・・・・・ 「きゃっ?!」 ドサドサッ! バサッ!! 「いったぁ~~~・・・」 慣れないヒールで全力疾走なんてするもんじゃない。 思いっきり派手に転んで恥ずかしいったらありゃしない。 ・・・とはいえ廊下にはほとんど人がいなかったのが救いだけれど。 「・・・・・・あ~あ」 立ち上がってパンパンとワンピースについた汚れを叩き落とす。 このドレスを着るのは2回目。 初めて身につけたのは静さんの結婚式だった。 ・・・と、すぐ目の前に転ったままの袋が目に入ってきた。 ・・・・・・会いたかった。 ずっとずっと、会いたかった。 でもそれと同じくらい会うのが怖かった。 その相反する気持ちが自分の中でぐちゃぐちゃだったけど、今日はっきりと気付いてしまった。 ____ 自分の知らないあいつに会うのが怖かったんだって。 偶然見かけた経済誌で見たあいつはまるでどこか知らない人のようだった。 傲慢で、俺様で、世界は自分を中心に回っていると思っていたようなそんな男が、一体どこの紳士なのかと思うほど、大人の顔をして写っていた。 その中には隣に女性を引き連れた写真もあった。 そっと腕に手をかけられていたけれどあいつは笑っていた。 ____ さっきと同じように。 何もないなんてわかってる。 手をかけられていても、あいつが手をかけている写真なんて一つもない。 それも仕事の一つなんだってこともわかってる。 やりたくてやってるんじゃないってことも。 そんなことはわかってる。 わかってるわかってるわかってる!!! 「・・・・・・あ~あ」 転んだ拍子に飛んだ袋を手に掴むと、くしゃくしゃになった場所を綺麗に手で整えていく。 破れかぶれのその状態がまるで・・・・・・ 「ふふっ、まるであたしみたい」 ずっと気付かないように蓋をしてた。 自分の中にあるこの正体が一体何かってことを。 あたしは・・・・・・怖かったのだ。 ずっとずっと自分よりも大人になってしまったあいつに会うことが。 自分が頑張るその何百倍もの速度であいつは大人になってしまう。 ・・・・・・まるで自分だけ置いてけぼりにされてしまったような。 そんな言葉にできない寂しさをずっと感じていたのだということを。 会いたい。 その一言がどうしても言えなかった。 言ったら、あいつの足を引っ張ってしまうような気がして。 ・・・そして、そうしてしまったら自分の気持ちに歯止めが効かなくなるんじゃないかって。 そんな弱気なあたしが、どんどん輝いていくあいつにどんな顔して会えばいいのか。 会いたくて、会いたくて、会いたくて、 ・・・・・・怖くて。 「ふっ・・・うぅっ・・・」 そんな自分が情けなくて恥ずかしくて。 「うぅ゛~~~~っ・・・」 ポツンと廊下に佇んだまま、気が付けば声を出して泣いている自分がいた。
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わぁいSSだ~。 類が二人を逢わせようとつくしを仕事のお手伝いとしてNYまで連れてきてくれたのね。 でも司の姿を見て、女性をエスコートしているのに気付いて、自分の気持ちが分かってしまった。 逢いたいけど、怖い。 一人泣くつくしを早く優しく包んであげてほしい。
by: みわちゃん * 2015/02/14 00:33 * URL [ 編集 ] | page top
--みわちゃん様--
バレンタインにちょっぴりほろ苦短編です。 つくしと言えど、やっぱり不安になることだってあるんじゃないかと。 好きだからこそ、その想いが強いからこそ不安になる。 そんな揺れ動く女心が書けたらいいなぁと思ってます。 坊ちゃん、早く温めてあげてぇ~~~(;。;) --管理人のみ閲覧できます--
このコメントは管理人のみ閲覧できます --ke※※ki様--
今日世間はバレンタインですよねぇ・・・ 旦那になんにも買ってません(=_=)マズイかなぁ? なんか忙しくてもういっかーなんて思っちゃってるんですが、ダメ? さて、久しぶりの短編です。 しかもよく考えると、遠距離中(つくしが学生)のお話ってほぼないんですよね。 ほとんど帰国後の話を書いてたので自分でも新鮮です。 やっぱりね、学生と社会人の差って大きいですよ。 しかも相手は普通の社会人じゃないですからね。 つくしと言えどやっぱり色々不安になるのは当然じゃないかと思いまして。 恋愛に関してはチキンまっしぐらですしね(苦笑) 大丈夫! ビターが1つでスウィートが2つですから!(タイトル) ----
みやともサマ 切ないっ 切ないっす(;_;) つくしチャンの怖いっていう気持ち… 素直な気持ちですね 類クンもいい仕事しますね〜 さて、司クン‼︎ つくしチャンが泣いてますよ どうする? --ゆ※※み様<拍手コメントお礼>--
はじめまして^^ 今回は珍しく(お初?)遠距離恋愛真っ只中のお話です。 私も遠恋が長かったので、離れてると色々余計なことを考えて不安になってしまう気持ちがよくわかるんですよね。 しかも相手は普通の社会人じゃない。 つくしも一人の恋する女の子、そんな視点で書いていけたらいいなと^^ これからもよろしくお願い致します(*´∀`*) --マリ様--
ねー、せっかくのバレンタインなのに切ない発進ですみません(^_^;) でもねぇ、やっぱり遠距離中って色々考えて不安になっちゃいますよね。 学生と社会人。 相手は御曹司。 超遠距離。 いやぁ、いくらでも物語が書ける条件が揃ってますよねぇ(笑) 雑草つくしも恋愛に関しては奥手で臆病。 日頃の強さとのギャップを描きたいな~と思っています。 司クン!! 愛するつくしが泣いてるよ~!! さぁ、どうするんだいっ!! |
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