牧野家の人々 中編
2015 / 02 / 21 ( Sat ) 「ほら、パパっ! もっとそっちに寄って!」
「そ、そんなこと言ってもママ、もうこれ以上行く場所がないんだよ」 「ちょっ、押すなよ父ちゃん!」 「そ、そんなこと言ったってママが」 一枚の畳の中で所狭しと3人がギュウギュウ詰めになって押し問答を繰り返す。 「あの」 「「「 は、はいっ!!! 」」」 正面に座る司のたった一言で全員のお尻が浮いた。 「や、やっぱりお茶を・・・!」 「いえ、結構ですからどうか座ってください」 「は、はいっ・・・」 どうにもこうにも落ち着かなくて立ち上がった千恵子を司が手で制止する。 止められるままに座ると、正面にいる男をあらためて見つめた。 ___ 道明寺司 言わずもがな、日本一の大財閥の御曹司だ。 仮にも娘の恋人・・・・・・だった人物。 6畳一間の空間に座らせるにはあまりにも恐縮過ぎる、生きている世界の違う男。 一体彼がこんな場所に何をしに来たと言うのだろうか? そもそも何故この場所を? 進が言うにはつくしとは別れたと言う。 仮につくしに会いに来たのなら何故わざわざこんな地方まで足を運ぶのか。 それ以前にさっきの会話を聞かれていやしまいか。 壁の薄いボロアパート、会話が筒抜けでもなんの不思議もない。 今思えばとんでもないことを話していたと、さっきから生きた心地がしない。 「まずは」 「は、はいィっ!!」 思わず声が裏返った千恵子に司が少しだけ驚いた顔をしたが、真面目な表情のまま言葉を続けていく。 「こんな時間に連絡もなしに突然押しかけてしまったことをお許しください」 「い、いやっ・・・そんな! 頭など下げないでください! うちはぜーーーんぜん気にしてませんから! ねっ?」 千恵子の問いかけに晴男と進がブンブンと首を縦に振りまくる。 「・・・ありがとうございます。それで、今日はお願いがあって参りました」 「は、はい・・・」 身分の違う男がこんな貧乏人に一体なんのお願いがあるというのか。 よもや貧乏生活を体験してみたいなんてお願いが出てくるわけでもあるまいに。 あまりにも真剣な司の様子に3人がゴクッと大きな音をたてて唾を飲み込んだ。 「つくしさんをうちで預からせていただけないでしょうか」 「・・・え?」 「つくしさんをうちの邸へ連れて行きたいんです」 「そ、それは・・・」 思いも寄らないお願いに3人が顔を見合わせる。 「彼女の事故の原因は私にあります」 「えっ?!」 そんなばかな。 事故が起こったとき彼は遥か遠くの空の下にいたはず。 3人の考えていることがわかったのか、司は首を横に振る。 「いえ、私のせいです。うちの会社のゴタゴタがあって以降、つくしさんには我慢ばかりさせてきました。彼女があんなに辛い目にあっていることも私は知らず・・・本当に申し訳なく思っています」 膝の上に置かれた拳がギリッと握りしめられる。 「そ、そんなっ、事故は誰のせいでもありませんからっ! 不注意だったつくしにも非があるんです。・・・ただ、今つくしは花沢さんのお邸で・・・」 「わかっています。類にも彼女にも話をした上で連れて行くつもりです。ですから許可していただけませんか」 「・・・・・・」 何と言えばいいのか。 すぐにはイエスともノーとも言えずに晴男と千恵子が顔を見合わせた。 「・・・・・・それでどうするつもりですか?」 「・・・進?」 何も言えずにいる両親の代わりに口を開いたのは進だった。 その言葉に司の視線が真っ直ぐに自分に向かってきて思わずその場から逃げ出したくなる。 だがグッと全身に力を入れて自分を奮い立たせると、負けじと司を真っ直ぐに射貫いて言葉を続けた。 「ねーちゃんを連れて行って・・・それでどうしたいんですか?」 「・・・弟?」 「こんなこと俺が言うのはあれですけど・・・・・・ねーちゃんとは、別れたんじゃないんですか?」 その言葉に司の目が大きく見開かれる。 ここに来て初めて表情が変わった瞬間だ。 「す、すいません・・・。でも、ねーちゃんが道明寺さんとはもう会わないって言ってたから、だから俺・・・。大怪我して記憶までなくして、多分今は現実を受け止めるだけで必死なんじゃないかと思うんです。類さんのことだって何も覚えてはなかった。時間をかけて最近になってようやく落ち着いてきたのに、道明寺さんのところに行ってまた環境が変わるなんて・・・」 「・・・・・・」 「それに、もし本当に2人が別れたのだとすれば、いくら記憶がないからってねーちゃんを道明寺さんのところに連れて行っていいのか。俺たちには判断できないんです。それでねーちゃんがまた傷つくようなことがあったら、俺・・・。 ・・・すいません、こんなこと言って」 「進・・・」 そのまま黙り込んでしまった進に誰も言葉を続けることができない。 司も黙って進の話を聞いていたが、しばらく何かを考えるとゆっくりと口を開いた。 「弟」 「・・・え?」 「俺はお前の姉貴と別れてなんかいねーぞ」 「・・・えっ?!」 驚いて顔を上げた進にニッと不敵な笑みを見せる。 「あいつがお前に何を言ったか知らねーけどな、俺はあいつと別れてなんかいねーし、一度たりとも別れようだなんて思ったこともねぇ」 「・・・・・・」 「だがあいつにそんなことを言わせたのは他でもない俺の責任だ。俺が不甲斐ないせいであいつを追い込んだ。そこは否定しない。おまけにてめぇの知らないところであんな怪我までさせて・・・」 ギリッと握りしめた拳に血管が浮き上がる。 「俺はあいつに言ったんだ」 「え?」 「地獄の果てまでお前を追いかけるってな」 「・・・・・・」 過激なセリフに思わず進の口がポカンと開く。 「俺が今まで死に物狂いでやってきたのは何のためだ? 全てお前の姉貴と一緒になるためだ。あいつの記憶がなかろうとそんなことは関係ねぇ。俺たちはな、そういう表面的なところで繋がってるんじゃねぇんだよ」 「表面的・・・?」 「あぁ。俺だって昔、瀕死の状態に陥って記憶喪失にもなった。それでも魂はあいつを求めてた。あいつだけを。お前の姉貴だって今俺を求めてるに違いねぇんだ。薄暗い闇の底で何かを掴もうとして掴めずにもがき苦しんでる、そういう状況なんだよ」 「・・・・・・」 「そんなあいつを俺が引き上げなくてどうする? ・・・まぁ仮に記憶が戻らねーとしても俺は構わないけどな」 「えっ?!」 驚きの声を上げた進にフッと笑った。 「記憶がねーならまたそこから始めていけばいいだけだろ」 「始める・・・?」 「あぁ。魂が求めるものが一つしかないなら、記憶があるかないかなんて関係ねぇんだよ」 「・・・・・・」 その自信は一体どこからやって来るというのか。 少しだって躊躇うことなく言い切る司に進も必死で言葉を探す。 「・・・・・・婚約者がいるって噂は・・・」 「婚約者?」 ぽつりと呟いた言葉に司の眉尻がピクッと上がった。 「し、週刊誌で見たんです。婚約者だって女性を・・・」 「弟」 「は、はいっ!!」 鉄槌が下されると思った進の体が飛び上がった。 「お前は週刊誌の戯れ言と俺の言葉とどっちを信じるんだよ?」 「・・・え・・・?」 恐る恐る視線を上げていくと、予想に反して司の表情は怒っていなかった。 ・・・むしろ笑っている。 自信に満ち溢れたオーラを全身から出しながら。 その姿を見ていたら、それ以上余計な言葉など必要ないと思えてくるから不思議だ。 「・・・・・・道明寺さんです」 それは無意識に出た言葉だった。 何も考えずに口を突いて出ていた。 その言葉に司がニッと口角を上げると、そのまま視線を両親へと移した。 目が合った瞬間、2人が思わず姿勢を正す。 「お父さん、お母さん。今話したとおり私の気持ちはあの時と何一つ変わっていません。どうかつくしさんを私に任せていただけないでしょうか」 「道明寺さん・・・」 「全力で彼女を守ることを誓います」 「・・・・・・」 「・・・・・・パパ・・・」 しばし沈黙が続き千恵子が晴男をチラリと見る。 「・・・・・・道明寺さん」 「はい」 「・・・何とぞ、娘をよろしくお願いします」 たったそれだけを口にすると、晴男は司に向かって深々と頭を下げた。 それを見た千恵子と進も慌てて後に続く。 「・・・ありがとうございます。必ず彼女が心から笑えるようにするとお約束します」 「・・・はい。どうか、どうかお願いします・・・!」 「パパ・・・!」 最後は震えて声にならない晴男の背中に千恵子が手を回した。 司はそんな2人を見届けると再び視線を進に戻す。目が合った瞬間進が明らかにドキッとしたのがわかった。 「・・・弟。 ・・・いや、お前の名前は確か進だったか?」 「はい、そうです」 「じゃあ進」 「・・・! はい」 「いいか、覚えておけ。お前の姉貴を幸せにできるのはこの俺しかいねぇし、この俺を幸せにできるのもお前の姉貴しかいねぇ」 「・・・・・・!」 「どんなことがあってもその真実は揺るがねぇんだよ。だから余計な雑音に惑わされんじゃねぇ。 ・・・わかったか?」 「・・・・・・っ、は、はいっ!」 「・・・よし」 進の返事に満足そうに頷くと、司は静かに立ち上がった。 それを見た3人も慌てて立ち上がる。 「お帰りになられるんですか?」 「はい。今日はこんな遅くに失礼しました。日中はなかなか時間が取れないのでこんな時間になってしまい申し訳なく思ってます」 「いえっ! 本当にお気になさらないでください。道明寺さんがお忙しいのはつくしからもよく聞いておりますから」 どんなことでもつくしの口から自分の話がされていたと聞かされ司の口元が自然と緩む。 だがそれもほんの一瞬のことで、晴男達がそれに気付く前にはもういつもの精悍な顔つきに戻っていた。 「ではつくしさんは近いうちにうちの邸に移ってもらうように手配します」 「よろしくお願いします。皆さんにはお世話になりっぱなしで本当に申し訳ない・・・」 「いえ、当然のことをするまでです。それこそ一切気になさらないでください。むしろ私としてはお礼を言いたいくらいです」 「お礼・・・ですか?」 予想外の言葉に晴男がポカンと首を傾げる。 「どんな理由であれ彼女と同じ空間で過ごせることは私にとってはこれ以上ない幸せですから」 「あ・・・あははは、そうですか。いやはや参りました」 娘の父親を前にしても堂々と言ってのける司の潔さに晴男も笑うしかない。 元々何一つ敵うところなどないのはわかっていたが、まさに天晴れな男だ。 「つくしさんの近況についてはうちの人間が逐一ご報告にあがります。それから私の個人的な連絡先はこちらになります」 「え・・・」 胸ポケットから出された名刺を受け取った晴男の手が震えている。 道明寺ホールディングス副社長の名刺を自分がもらうことがあろうとは。しかもそこには手書きでプライベートな連絡先も書かれている。こんなことが現実に起こっていいのだろうか。 「下に書いてあるのは私の秘書西田の連絡先になります。私が無理でも彼なら連絡がつくはずですから、状況によってはそちらへどうぞ。それから社の方にも皆さんからの連絡は繋ぐように伝えておきますから。遠慮される必要はありません」 「は、はぁ・・・」 一体どんなVIPになったというのだろうか。 司からの言葉が夢かうつつかわからなくなってきた。 一通り説明を終えると、司はあらためて3人を一瞥した後に一礼した。 「私の我が儘に快く理解くださったことに心から感謝します。彼女のことはどうかご心配なさらずに。うちで手厚くお世話させていただきますから」 「い、いえっ、お礼を言うのはこちらの方ですからっ・・・!」 頭を下げた司に3人ともどうしていいかわからずにあわあわするしかない。 とはいえ頭を下げてもなお司の方が視線が上にあるのが悲しいところなのだが。 「では今日はこれで失礼させていただきます。夜分遅くに失礼しました」 「はっ、いえ、こちらこそ何のお構いもできずに申し訳ありませんでした!」 「いえ、完全にこちらの都合で動いたことです。一切お気になされませんように」 「は、はい・・・」 最後までどこか心あらずな3人にフッと微笑むと、司は玄関へと移動した。 司の長い足ではものの数歩で辿り着いてしまうほど狭い空間。 くたびれた靴の中にピカピカと黒光りした明らかに場違いな革靴が威風堂々と並んでいる。 颯爽とその靴を履くと、司はドアを開けた。 「・・・あ」 「え?」 だが体半分がドアから出たところで何かを思い出したように振り返った。 「言い忘れてましたが、つくしさんの怪我が完治し次第プロポーズするつもりでいます。彼女の記憶の有無は関係ありません」 「・・・えっ?」 「彼女がそれを受け入れてくれた暁にはあらためてご挨拶に伺いますので。取り急ぎ今日はご報告まで。・・・では失礼致します」 突然の言葉に呆然とする3人にフッと表情を緩めると、最後に軽く頭を下げて今度こそ司は外に出て行ってしまった。コツンコツンと階段を下りていく革靴の音が少しずつ小さくなっていく。 やがて扉が閉まる音が響くと、音だけでも高級だとわかるエンジン音が徐々に遠ざかっていった。 「・・・・・・・・・今、誰が来てたんだっけ・・・?」 「・・・・・・・・道明寺、司さん・・・・・・」 「・・・・・のソックリさんじゃなくて・・・?」 「・・・・・・・・・いや、多分、本物・・・・・・」 「・・・・・・・・その道明寺様はさっき何ておっしゃってた・・・?」 「・・・・・・・・・・ねーちゃんに・・・プロポーズするって・・・・・・」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」 「「「 プッ、プロポーーーーズっっっっっっっ????!!! 」」」 綺麗な音色でハモった絶叫は、夜のおんぼろアパートにこれでもかと響き渡った。
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やっぱり司はイイ男だなあ・・・。 つくしだけでなく、実家にまで足を運び、了解をとり、帰り際プロポーズのことをさら~っと言ってのけるなんて、カッコよすぎ(笑) つくしが知るようなことがあれば、感動するだろうなあ~。 愛が深い。 俺様だけど、大人な部分が見れた~。
by: みわちゃん * 2015/02/21 00:30 * URL [ 編集 ] | page top
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何がずるいって、決してつくしには言わないところだと思いません? 別に格好つけようなんて意図は彼には全くないんでしょうけど。 結果的にめっちゃカッコイイという。 6年間過ごしてきた時間はダテじゃないなとこういうところで見せられる感じですよね。 つくしの前ではバカですけど(笑) そのギャップがまた萌え~なわけです( ̄∇ ̄) --k※※hi様--
6年前の彼だったらね、きっとここまではしていないだろうと思います。 6年間という時間の重みを感じますね。 そうそう、たまにしか出ませんが弟もいいキャラですよね。 両親はアレですし、姉の苦労をずっと見てきてるし。 何気に一番冷静なのが彼なんじゃないかな~なんて思ってます。 --こ※様--
そうなんです。 実はつくしの許可を得る前に既に両親に会っていたんですねぇ。 いやぁ、頭で考えるよりも先に行動する男は違います。 (それがいいか悪いかは別として・笑) その一方で可愛いお菓子を買ったりね。 このギャップが卑怯ですやね(笑) お菓子エピの番外編も書きたいと思ってるんですけどね~。 --名無し様<拍手コメントお礼>--
ふふ、牧野家目線のお話はあまりないかと思うので 是非楽しんでくださいね(*^o^*) --ke※※ki様--
その通り! これは許可をもらいに来たんじゃなくて事後報告みたいなものですね。 だって絶対イエスしか認める気ないですから(笑) つくしに話をしてもいない段階で既に行動に移ってるとは・・・恐るべし野獣。 そして記憶喪失中の坊ちゃんの言動に関しては神尾先生に言ってくださいませ。 ここは私ではどうしようもない部分ですから(笑) --管理人のみ閲覧できます--
このコメントは管理人のみ閲覧できます --さと※※ん様--
このお話での坊ちゃんはかなりの窮地を乗り越えてきましたからね。 普通にいい男に成長してます。 一方で相変わらずの部分も多々ありますが(笑) このエピソードは公開するしないは別として、 私の頭の中には当初から決まっていたものなんです。 でも皆さんに予想以上の応援をいただいたのでじゃあ番外編にしちゃえと(笑) 結構「あのときは実は!」みたいなお話が好きだったりします(笑) |
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