幸せの果実 2
2015 / 03 / 02 ( Mon ) 今は亡き司の父と楓が出会ったのは今から28年前、楓が22歳の頃だった。
大企業の一人娘、4人兄妹の末っ子としてこの世に生を受けた楓は、幼い頃からいずれ大財閥の嫁になることを大前提とした躾を徹底されて育った。 幼い頃から頭脳明晰だった彼女は、思春期を迎えた頃から家柄とは関係なしに自立して自分の人生を歩みたいという思いが強くなっていったが、家がそれを許してはくれなかった。 幼稚園から大学まで、全て親が敷いたレールの上をひたすら歩かされ続けた。家を捨てて自分の人生を掴み取ることを考えなかったわけじゃない。だが、たった一人の女にできることなどたかが知れている。 ___ 井の中の蛙大海を知らず 力を持たない小娘のささやかな抵抗など赤子の手を捻るようなもの。 一人の娘の夢は絶大な権力の前にいとも簡単に閉ざされてしまった。 大学卒業を目前に控えたタイミングで楓に見合いの話が舞い込んだ。 とはいえ見合いとは名ばかりで、結婚することは既に決定事項。 政略結婚 見合いの実態がそれであることは誰の目にも明らかであったと同時に暗黙の了解でもあった。 当時楓は自立の道を模索していたため恋愛に時間を費やしている余裕などなかったが、既に道明寺財閥の副社長としての地位を確立していた父には恋人がいた。 だがどちらも大きな組織のジュニアであるという宿命からは逃れることができなかった。 当時それぞれの利害が一致していたことで、結婚の話は本人達の意志とは関係のないところでとんとん拍子に進められていった。 両社の目論見通り、2人の結婚は大々的に報道され、その結果業績はさらに上昇していった。 嫁入りする直前、楓は偶然父の考えを耳にしてしまった。 息子達に我が社を継がせてそれなりの令嬢をもらって会社を大きくすると共に、外に大きな繋がりをもつためにもなんとしても娘が欲しかったのだということを。 諦めかけていたが、最後の最後に念願叶って娘ができて嬉しかったことを。 だが喜んだのはあくまでも会社の利益になるという点だけ。 事実その証拠に一人娘だからと言って特別愛情をかけられた記憶もない。 唯一の接点は令嬢たる者はこうすべきと説き伏せるときだけ。 少しでも大きな財閥とのコネクションを作るためだけに徹底的にマナーを叩き込まれた。 自分の存在価値はビジネスとしての駒でしかない。 嫌が応でも気づいてしまう悲しい現実だった。 「・・・なんだかそれって、まるで・・・」 ここまで黙って話を聞いていたつくしが口を開いたはいいものの、それ以上なんと言っていいのか言葉に詰まってしまった。そんなつくしの心の内を代弁したのはタマだ。 「そうだね。楓様と坊ちゃん達は同じような境遇で育ったってことだね」 「そんな・・・じゃあどうして・・・?」 つくしの疑問はもっともなことだろう。 親の敷いたレールの上を歩かされ続ける人生の辛さを誰よりも知っていたはずの楓が、何故自ら同じ道を辿ってしまったというのか。 「奥様は結婚する際に旦那様に条件を出したそうだよ」 「条件?」 「あぁ。 互いに納得のいかない結婚ならば、せめて自分の力がどれだけのものかを試させて欲しいとね。奥様は結婚後も家に入らず道明寺財閥の一員として働かせてくれと直談判したのさ」 「それって・・・」 「もともと頭の切れる方だったからね。旦那様も決してマイナスにはならないと判断したんだろう。働くことを許可された奥様の勢いを止められる者は誰一人いなかったよ。まるで 『こんなに有能な人間を操り人形と化した自分の選択を後悔しなさい』 と言わんばかりにその手腕を発揮していったのさ」 「後悔・・・?」 「そう。女だというだけで追い出してしまった両親への当てつけのようにすら見えるほど必死だったよ。事実、結婚当時は力関係はほとんど変わらなかったはずの両社が、あれよあれよという間に差が開いていったからね。皮肉なことに、後を継がせた息子達よりも追い出した形の奥様の方がよほど優れた経営者だったってことさ」 「・・・・・・」 「旦那様も奥様も賢い人だったからね。政略結婚だったとはいえ、納得がいかなかろうと互いにその役目はきちんと果たしていたよ。2年後には椿様を、そして更に数年後には司様というかけがえのない子宝にも恵まれた。・・・だけどね、そのときには既にこの道明寺財閥はあまりにも大きくなりすぎていたんだよ」 「・・・どういう意味ですか?」 「確固たる地位を作り上げるには何年もの時間を要する。だけど壊れるときはほんの一瞬。奥様も旦那様もそれを守ることだけに必死になってしまったのさ」 「それって・・・」 「後はあんたも知っているとおりさ。親の愛情を受けずに育ってしまった坊ちゃんがどうなっていったのか」 「・・・・・・」 室内を長い沈黙が包み込む。 つくしを含めてその場にいた誰もが何も言葉を発することが出来ずにいる。 「奥様は自分の存在価値を示したかったのだろうね。もちろん本人にはそんなつもりはなかったのかもしれないけれど。自分は駒なんかではなく一人の人間としての存在価値があるのだと、この道明寺財閥を守り続けることで証明したかったのだろうよ」 「・・・悲しいですね」 ・・・どうして、どうして。 楓は椿や司の苦しみを誰よりも理解できていたはずなのに。 何故同じ過ちを繰り返してしまったのか。 一つのボタンの掛け違いが全ての歯車を狂わせてしまったなんて。 あまりにも悲しすぎる。 ・・・でも実際には人はそんなに強い生き物じゃない。 後になってあの時ああしてれば良かったなんて思うことはいくらでもあるのだ。 それは自分にだって。 司と離れていたあの時、結局自分の弱さに負けてしまった。 彼が最後まで諦めないでいてくれたからこそ今がある。 だから、 「どうして?」 なんて簡単に口にすることなどできっこないのだ。 「でも結果的にはこれで良かったんだよ」 「え・・・?」 「確かに坊ちゃんは長いトンネルの中で彷徨い続けたのかもしれない。それでもその中であんたに出会うことが出来た。あの子が真っ直ぐに育っていたらきっとあんたとは出会えていないだろうよ。そう考えるとあの子のこれまでの人生にもちゃーんと意味があったと思えるのさ」 「タマさん・・・」 バシィッ!! 「いたぁっ!!!」 しんみりと言葉に詰まってしまったつくしの背中にタマの会心の一撃が入った。 その小さい体から放たれた一撃は信じられないほどの威力を持っている。 「ちょっ、タマさん! 本気で痛いんですけどっ?!」 「そりゃそうだろうさ。本気で叩いたんだから」 「なっ・・・?!」 「いいかい、過去を悲しんだってしょうがないんだよ。大事なのはこれからだろう? 言ったじゃないか。あんたらしい道明寺夫人になればいいんだって。あんたが余計なことを考えるとろくでもないことが起きるからね」 「ろくでもないって・・・」 「あんたは坊ちゃんどころか奥様までをも変えたんだ。それが全てなんだよ。それは色々考えたからって計算できることなんかじゃない。むしろ計算して行動したって逆効果さ。奥様はそんなことがわからないほど愚かな人間じゃないからね。だから奥様の過去を知ったからってあれこれ考えるのはやめな」 「タマさん・・・・・・。 ・・・はい、わかりました」 しばらく黙り込んだ後にこっと笑って頷いたつくしにタマも満足そうに頷く。 「そうそう、素直が一番だ。あんたは1ヶ月後に花嫁になるんだからね。今は何よりもそのことに集中しな」 「う・・・それはそれで緊張するんですけど」 「まーーーたそんなこと言ってるのかい? もう一発気合いを入れてやろうか?」 「やっ!! それはもういいですからっ!!」 右手を開いてハーハー息を吹きかけるタマをつくしが慌てて制止する。 その姿にそれまでつくし同様しんみりとしていた使用人達がドッと笑いに包まれた。 *** 「自分らしく・・・か」 「ん? 何か言ったか?」 「えっ? あ、上がってたんだ。ううん、何でもない」 「 ? 」 ガシガシとタオルで濡れた髪を拭きながら司がベッドに腰掛けると、俯せになっていたつくしの体も少し沈む。ゆっくりと体を起こすと目の前に座る男をあらためてまじまじと見つめてみた。 ・・・・・・やっぱり悔しいほどにいい男だ。 「・・・なんだよ?」 前のめり気味に自分を見つめるつくしに司も若干戸惑い気味だ。 単に誘惑されているのなら両手を広げて迎え入れるが、大抵つくしの場合は何かしらオチが待っているというパターンになるためさすがの司も見極めているらしい。 「・・・ううん。 この髪、ほんと不思議だね」 「・・・は?」 至近距離でじーーーっと見つめて、こりゃあいよいよ誘惑の方かと天秤が傾きかけたところでつくしが突拍子もないことを言い出した。 「最先端の縮毛矯正でも真っ直ぐにならないんでしょ? それなのに濡れるだけでこんなにサラサラのストレートになるんだもん。一体どういうこと?! 不思議だよね~」 「・・・・・・」 一体どういうことはお前の頭の中だろと突っ込まれていることなど露程も気付かず、つくしは細い指を伸ばしてその濡れた髪をそっと掴んだ。 「きゃっ?!」 バサバサッ!! が、掴めたのはほんの一瞬だけで、気がつけば体が反転してベッドに押さえつけられていた。 両手は大きな手にしっかりと押さえつけられていて身動きは取れそうもない。 そして無駄に色気をダダ洩れさせている男が眼前に迫っている。 「お前誘ってんのか?」 「・・・はっ?!」 思ってもいない問いかけに目を丸くする。 何がどうしたら一体そうなるのか? 「そんなに目ぇキラキラさせて近づいてきて、しかも髪にまで触ってくるなんて誘ってんだろ?」 「ち、違うからっ!」 「相変わらずわけのわかんねーこと言ってっけど、まぁ素直になれないお前だから仕方ねぇよな」 「え? いやいやいや、なんか違うなんか違う」 「まぁ遠回しなのも悪くねぇけどな。たまにはストレートに誘ってみろよ」 「いや、だから・・・」 何やら司の中ではつくしが誘惑したことで結論づけられてしまったらしい。 つい昼間タマから聞かされた話に耽っていたのを、鋭い司に悟られないようにと咄嗟に移した行動だったのだが・・・どうやらスイッチを押し間違えてしまったようだ。 だがそこまで考えてつくしはふと思った。 楓の過去を知り、ますます今の幸せな時間の大切さに気づくことができたことを。 こうして共に過ごせることの尊さをあらためて感じることができたことを。 そう思ったら何故だか無意識に司の髪に触れていたのだということを。 ・・・こういう感情を愛おしいと言うのだろうか。 「・・・好きだよ」 「・・・は?」 ベッドに貼り付けたつくしの口から出た一言に司がまた呆気にとられる。 やたらと自分から触れてきたかと思えば挙げ句の果てに好きだなんて、言わせようと躍起にならない限りそう簡単には口にしないというのに、やはり今日はどこかおかしい。 天秤が一気に 「怪しい」 へと傾き始める。 「お前今日なんかあったのか?」 さすがは司。野生の感は半端じゃない。 だがつくしは動揺など全く見せずに静かに首を振った。 「何もないよ。・・・ただ、司とこうしていられる時間が幸せだなって思っただけ」 「・・・・・・」 「そう思ったら好きって言いたくなったの。・・・ダメだった?」 司はつくしの目をじっと見つめてその言葉の真意を探った。 ・・・だが、キラキラした瞳で自分を見上げているつくしを見ていたら、ものの3秒で細かいことなどどうでも良くなってしまった。 「ダメだな」 「えっ?」 「好き、なんて生ぬるい言葉じゃ納得できねぇな」 「へっ? ・・・ぷっ、あはは! そこ?!」 「ったりめーだろが。最重要ポイントだっつの」 「あはははは! 相変わらず意味がわかんないんだから。 ・・・愛してるよ、司」 ちょっとはにかみながらも素面でこんなに素直に愛の言葉を囁くなんて、やっぱりおかしい。 とはいえつくしの瞳に嘘は何一つ感じられない。 それよりも何よりもそんな女が愛しくてたまらない。 「意味がわかんねーのはお前の方だろ」 「はぁ? 何が、んっ・・・!」 塞がれた唇ごと言葉が飲み込まれてしまった。 あぁ、やっぱりこの時間が好きだなぁ・・・ つくしはキスだけでも蕩けそうになってしまうその極上の心地よさに、いつの間にか自由になっていた手を司の首に回した。 と、ふっと唇の感触が離れてしまったのを感じ、物足りなさに目を開いた。 予想に反して司の顔は目の前に残されたまま。唇までも1ミリほどの距離しかない。 「・・・お前が誘ったんだからな。昨日の約束は無効だぞ」 「・・・え?」 約束・・・? 何か約束なんてしたっけ・・・? ぼんやりと記憶を辿っていくつくしに夕べの出来事が蘇る。 月のものが終わって司にクタクタになるまで翻弄され続けたことを。 そして最後はほとんど泣きながら 「明日はもうムリだから許して」 と懇願したということを。 断片的な記憶ではあるがはっきりと覚えている。 「あ、あのっんんっ・・・!」 ハッとしたときは時既に遅し。 つくしの口が余計な言葉を発する前に完全にその動きを封じ込まれてしまった。 幸せ感に浸るあまりにすっかり忘れてしまっていたとは。 昨夜の疲労がまだ全身に残された状態だというのに。 自分から誘ってしまったとはいえこれでは完全に自殺行為だ。 せめて手加減してほしいと伝えようと体をじたばた動かすが、動かせば動かすほど司の体が上手いことポジションを取っていって本末転倒甚だしい。 「俺もお前を愛してる」 耳元で囁かれた一言に体中からへなへなと力が抜けていくのを確認して満足すると、司は無抵抗になったつくしを今夜も隅々まで愛していった。 翌朝、エントランスまで司の見送りにつくし自らが足を運ばなかったのは結婚して初めてのことだった。司の機嫌の良さと艶っぷりを見れば何が起こったのかなど聞くまでもなく、誰一人として理由を尋ねる者などいなかった。 「・・・やれやれ、仲が良いのは結構だけど、ちょっとだけつくしに同情するわい」 羽が生えたように足取りの軽い主を見送りながら、タマが呆れたように独りごちていたなんてこと、当の本人達が知る由もない _____
|
--管理人のみ閲覧できます--
このコメントは管理人のみ閲覧できます
by: * 2015/03/02 01:33 * [ 編集 ] | page top
----
楓さんの過去、なかなか興味深いですね。 女だから家のために嫁げはいい。 本当は自分も兄たちのように、戦力になりたかったのに。 皮肉にもそれが、嫁ぎ先での楓さんをつくりあげてしまった。 子どもへの気持ちを置き去りにするぐらい。 ひとのこころは弱いなぁ。 そして、司をみれば、夜の激しさがわかってしまうってのも、なかなかはずかしいことで(笑) --管理人のみ閲覧できます--
このコメントは管理人のみ閲覧できます --ke※※ki様--
まだ本調子に戻らず、そして里帰りしたものの逆に子どもがべったりになってしまい・・・ なかなか自分の時間がとれずにいます。 完全にアテが外れました(苦笑) 自宅に戻るまでは不安定な状態が続くかもしれませんがご了承ください。 そして楓さんの過去。 色んな候補を考えたのですが・・・ここに落ち着けることにしました。 実はつくしみたいに貧乏出身とかも面白そうって思ったんですけどね。 そんな過去なら既に世間に有名になってるはずだよな~と思ったり。 つくしのシンデレラストーリーが既製品になっちゃうなとか(笑) 結局着地点はありがちな設定になってしまいました。力量不足です(笑) --みわちゃん様--
色んな設定を考えたのですがここを選択しました~。 楓さんが若い頃は(というかなんだかんだ今でも)男に継がせる! 女は嫁ぐもの、という考えが根強い時代だったんだろうな~と。 結局、真に強い人間って本当はいないのかもしれませんね。 弱さを知って(自覚して)こその強さってことなんでしょうか。 坊ちゃんは・・・相変わらずのご様子です(笑) --ゆ※ん様<拍手コメントお礼>--
あはは、素敵な賞が受賞できて坊ちゃんはさぞかしご満悦なことでしょう。 つくしは言わずもがな(笑) だけどそのうち嵐が吹きますよ~?! --コ※様--
そうですね。意地、でしょうね。 本人にそんな自覚はないんでしょうけど。 自分を認めて欲しくてひたすら突っ走って来たら今に至る、って感じなんでしょうね。 つくしに出会って初めてそのことに気づいたんじゃないでしょうか。 坊ちゃん、肌の艶がいいって・・・お前は女か!(笑) 今は甘々ですけどそのうち波乱が巻き起こっていく予定ですよ~。 どうぞお楽しみに^^ --名無し様<拍手コメントお礼>--
お気遣い有難うございます。 コメントを通してのやりとりは私にとっても楽しみの一つとなっているのですが、 どうしても難しい時だけはお言葉に甘えさせていただこうと思います。 早くペースが戻るように頑張りますね^^ |
|
| ホーム |
|