愛が聞こえる 4
2015 / 03 / 05 ( Thu ) 「私がつくしを見たのはそれが最後でした。・・・もう6年も前のことになります」
ぽつりぽつりと、当時のことを思い出しながら噛みしめるように話すタマの言葉を司はただ黙って聞いていた。 だが包帯の巻かれた右手が小刻みに震えていたことにタマは気づいていた。 「少なくともあいつは今東京にはいないってことなのか・・・?」 「それはわかりません。ただ、卒業と同時にここを離れたということだけは事実なのでしょう。あれから6年の月日が流れてるんです。社会人になっているであろうあの子がどこで何をしているのか、私には知りようもありません」 「・・・あいつがその前にここに来たのは・・・」 「それは坊ちゃんが一番覚えているんじゃないですか?」 「・・・・・・」 『 もういい。 あんたはもうあたしの好きだった道明寺じゃない 』 『 バ イ バ イ 』 目を閉じた司の脳裏に悪夢のような現実が蘇る。 記憶が戻ってから、眠る度につくしが泣きながら己を責め続ける。 ・・・いや、今思えば記憶を失っていた頃から断続的に見続けていた夢だった。 だがそれが何であるのかわからなければ、相手の顔すらもぼやけて見えなかった。 ____ どうして。 これだけ求めて止まない女を何故これだけの時間忘れることが出来たのか。 何故、何故、何故 _______ どれだけ悔いたところで過ぎてしまった過去を変えることなどできやしない。 「いつ記憶が戻られたんですか?」 「・・・2週間前だ。会食中に頭が割れるように痛くなって・・・記憶にはないがぶっ倒れたらしい」 「何か兆候はあったんですか?」 「いや、何もねぇ。突然だった」 「そうですか・・・」 そう言って再び黙り込んでしまった司をタマはじっと見つめる。 7年という失われた時間を思えば、2週間など取るに足らないほどの時間だと言える。 だが、そのたった2週間が司にとってどれだけ地獄の時間であったのか、それは想像するに難くない。忘れられた方も辛いが、愛する者を忘れてしまった男もまた、自責の念に苛まれて苦しんでいるに違いないのだから。 「・・・坊ちゃん、あの子を探し出してどうするつもりです?」 タマの問いかけにも黙ったまま、司は何かを考えるように口に手をあてている。 「私は坊ちゃんには誰よりも幸せになってもらいたいとずっと願い続けてこれまでお仕えしてきました。その気持ちに今もなんの変化もありません。・・・ただ、それはつくしに対しても同じことが言えるんです」 「・・・」 「あの子が今幸せだとするならば、私はそれでいいと思ってます」 これまでじっと考え込んでいた司の眉がその言葉にピクリと反応した。 鋭い目がゆっくりと動いて老婆を捉える。 「・・・どういう意味だ」 男ですら竦み上がるような睨みを前にしても平然としていられる女なんて、身内以外ではタマかつくしくらいのものだろう。 ・・・だがその愛する女は今、どこにもいない。 「どういうもこういうもないですよ、そのまんまの意味です。もし今のつくしが幸せに暮らしているのならば、私はそっとしておいてやるべきだと思ったまでです」 「冗談じゃねぇっ! あいつを必ずこの手に取り戻す!!」 カァッと感情を露わにする司に、タマは人知れずため息をついた。 「・・・いいですか、坊ちゃん。私はいつ何時でも坊ちゃんの味方です。それはこの先死ぬまで変わることはありません。・・・でもね、7年という時間はそんなに軽いものじゃないんですよ」 「説教なら聞かねぇぞ」 「いいえ、説教なんかじゃありません。これは坊ちゃんのためにも大切なことですから」 「・・・」 「つくしと出会ってから坊ちゃんが記憶喪失になるまで、一体どれだけの時間がありましたか?・・・わずか数ヶ月です。そのたった数ヶ月の間に、坊ちゃんは別人になったかのように生まれ変わったんです。あの子は人が変わるのに時間は関係ないのだということを教えてくれたんですよ」 視線を逸らしたまま聞いているかわからない態度の司だが、タマは尚も言葉を続けていく。 「数ヶ月でも人は変われる。・・・じゃあ7年もの時間があったら? あの子のことです。あんなことを言っても、坊ちゃんのことを忘れたことなど一日だってないのでしょう。区切りをつけようとする自分を薄情者だと思って、数え切れないくらいに自分を責め続けてきたはずです。・・・そんなあの子だからこそ、もしも今本当に幸せに暮らせているのだとするならば、その平穏を乱すようなことがあってほしくないんです」 「・・・聞かねぇよ」 「もしかしたら結婚してる可能性だってあるんで・・・」 「聞かねぇっつってんだろが!!」 ガタガタンッ!! 思いっきり立ち上がった拍子に司の座っていた椅子が後ろに倒れた。 シーンと静まりかえった室内を、タマは何もなかったように移動して倒れた椅子を黙々と起こしていく。 「今回の帰国について奥様は納得されてるんですか?」 「ババァは関係ねーよ」 即座に吐き捨てた司にタマは大きくため息をついた。 「坊ちゃん、いいですか? いくらあの子を連れ戻したところで奥様があの時と何一つ変わっていないのであれば、結局は同じ運命を辿るだけですよ」 「・・・・・・」 背中を向けたままの司にタマは言葉を続けていく。 「何度でも言います。タマは死ぬまで・・・いえ、死んでも坊ちゃんの味方であり続けます。だからこそ厳しいことを言わせてもらいますよ。今坊ちゃんがやるべきことは何ですか? 記憶が戻ってすぐにでもどうにかしたいと思う気持ちはよーーーーーーくわかります。 でもね、事を急いてはうまくいくものもいかなくなることがあるんです。今あの子の行方がわからないのにはそれなりの理由があるんでしょう。そんな中で力任せにあの子を取り戻そうとしたってその先は見えてますよ」 「・・・・・・」 振り向くこともしなければ反応もしない。 今の司には酷な言葉だということはわかっている。 突然突きつけられた現実に打ちひしがれているということも。 ___ それでも。 だからこそ。 「坊ちゃんとつくしには誰よりも幸せになってもらいたいと心から願っています。・・・だからこそ、もういちど冷静になってください。この老いぼれから言えることはそれだけです。・・・それじゃあまた来ますから」 大きいはずの背中がやけに小さく見える。 老女よりも遥かに小さく。 まるで泣いているようにすら見えるその後ろ姿。 その現実に胸が痛くなるが、いずれにしても避けては通れない現実なのだ。 それを言えるのは・・・自分しかいない。 タマは小さく見える大きな背中をしばらく見つめると、やがて荷物を手に部屋を後にした。 「坊ちゃん、何事もタイミングというものがあるんです。・・・苦しいですが今は耐えるときですよ」 諭すようにそう独りごちると、タマはもたれていた扉から体を離して歩き始めた。 一人残された室内で司はなおも立ち竦んだまま身動き一つしない。 長い時間を経てようやく動いたかと思えばぐるぐる包帯を巻かれた右手をじっと見つめているだけ。 「誰がなんと言おうと俺はあいつをこの手に取り戻す」 「 牧野・・・・・・ 」 祈るように握りしめて額に当てた右手は微かに震えていた。 震えに合わせるようにじわりと滲んできた赤い染みが心の痛みを静かに物語っていた ____
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数ヶ月と7年…比べれば如何に7年が長いか。 どんなにタマにつくしが今幸せならと言われても、つくしへの酷い態度を思っても、心が身体がつくしを求めてどうしようもない司。 考えろ、一歩退いて、どうすれば良いか。 ああ〜この先どう展開するのか、みやとも様の頭の中見てみたい・・・(笑)
by: みわちゃん * 2015/03/05 03:45 * URL [ 編集 ] | page top
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しばらくは司にとっては耐える時期が続きます。 皆様も苦しいでしょうが信じて応援してあげてください! 最後は皆で笑えるように・・・!^^ --みわちゃん様--
え、頭の中ですか? スッカラカンでどうしようと泡吹いてますよ(笑) これから司にはどう頑張ってもらいましょうかね~。 自分で広げた風呂敷をちゃんと畳めるのかすっごく不安です^^; いざとなれば丸めてポイッでもいいかな~・・・なんて。 ← --k※※hi様--
タマさんの言ってることは一言一句正論ですよね。 でも正論って時には鋭い刃にもなる。 かといって言わなければ司がもっと苦しむだけ。 憎まれ役を買って出るタマさん、泣けます。 そうなんです。 忘れてしまうほどつくしのことしか考えていなかった司。 そんな彼の記憶が戻ったわけですから・・・執念は凄まじいのです。 さぁ彼はこれからどうする?! --ゆ※ん様<拍手コメントお礼>--
20代半ばともなるともう立派な大人ですからねぇ。 子どもがいてもおかしくない年齢ですから、 学生の時のように突っ走るだけというわけにもいきませんよね。 タマさんの心からのアドバイスが彼に届いてくれるといいんですが。 --ke※※ki様--
そうなんです。彼女の言うことは全てが正論。 だけども司には受け入れがたい現実でもある。 その板挟みで彼はこれからも苦しみます。 心はまだ10代の少年のままですからね。 7年を完全に取り戻すことは出来ないかもしれないけれど、 その空白をどう彼が成長して取り戻していくかが鍵になります。 そうそう、大人しいだけの司のままでは終わりませんよ~! --さと※※ん様--
お陰様で娘も私も元気になりました~! 予定外の里帰りになってますが(笑)残された時間を楽しみたいと思ってます^^ さと※※ん様こそ大丈夫ですか?! お母さんは自分が悪くなってもゆっくりすることもままなりませんよね・・・ どうか一日でも早く良くなりますように。 そしてこちらの司君。なかなかに苦しい状況に立たされています。 でもまだまだ辛い現実にぶち当たるのはこれから。 それを乗り越えられるだけの成長を彼が見せられるか。 幸せを掴めるかは彼の頑張り次第です。 もちろんつくしちゃんも頑張らないといけませんけどね。 この物語の柱は司の成長物語と言っても過言ではないんです。 ちゃんと完結できるかな~・・・不安です(笑) |
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