愛を込めてわがままを
2014 / 10 / 27 ( Mon ) 壁に掛けられた時計をちらりと確認すると、どこか落ち着かない気持ちをおさえながらつくしは席を立った。
「じゃあお先に失礼します。お疲れ様でした!」 「お疲れ様~!」 会釈をしつつ背中に言葉を受けながら足早に部屋を後にする。 急いで更衣室へ駆け込むと制服のボタンに手をかけ着替え始めた。 「あれ?牧野さん今日は随分オシャレだね。・・・あ~、もしかしてデートなんじゃない?」 あらかた私服を身につけたところで同じように着替えていた先輩の一人から声をかけられた。 「え?あははは・・・・」 「あ~やっぱりぃ!これだけオシャレしてればバレバレだよね。・・・それにしてもほんとに素敵~」 そう言いながらまじまじと観察される。その視線がどこか気恥ずかしい。 いつもならシンプルなアンサンブルにスカートやデニムなど、お世辞にもオシャレを意識しているとは言いがたい服装が主流のつくしだが、今日は明らかに違っていた。 紺色のワンピースはハイウエストでリボンがついてあり、膝丈ほどで裾がふわりと揺れる。上から羽織った淡い桜色のカーディガンとの組み合わせはまるでどこかの令嬢を思わせるほどで、いつものつくしからは想像もつかない。しかも見るからに質のいいものを身につけているのがわかる。 「あ!時間がないのでお先に失礼しますね。お疲れ様でしたっ!」 自分でもらしくないと自覚している姿に、つくしはそれ以上の追及から逃れるように慌てて更衣室を後にした。 「やっぱりどう考えてもバレバレだよね・・・」 会社のエントランスを抜けながらつくしはガラスにほんのりと映る自分の姿を見る。そこにはどこぞのお嬢様かと見紛うような格好をした自分がいる。先輩の指摘通り、身につけているものはひと月の給料が簡単に飛んでしまうであろう高級なものばかり。 本当ならこんなもの身につけたくない。でも絶対にとの厳命が下されているから仕方ない。 今日は3週間ぶりのデートだから。 司が日本に帰国してから一年。つくしも一社会人となっていた。 やれすぐに結婚するぞだの、せめて系列に就職しろだの口うるさい司をなんとかおさえて、道明寺とは関係のないごく一般的な会社に入った。自分が自分であるために。きちんと自分も社会の一員であることを自分の身をもって自覚したかったから。 それに、帰国して副社長に就任してからの司は多忙な日々を送っていて、実際のところ結婚なんかまだまだ現実的ではない。どこにでもいるような一般人の自分と、若くして大財閥の片翼を担うほどの相手。生活スタイルが合わないのは当然のことなのだろう。 だからこそ、こうしてたまに会える時間は貴重なのだ。 らしくない格好だって、好きな人がそうして欲しいと望むのならば、たまにはプレゼントされたものを素直に受け入れる自分でいたい。つくしはそう考えていた。 (あいつ、この姿見て何て言うかな・・・) つくしはそんなことを考えながら時間を確認しようと携帯を取り出した。 「・・・・・あっ!」 目的の物を手にした瞬間に思わず口からこぼれた小さな叫び。視線の先で点滅している小さな光がたちまちつくしの頭の中を嫌な予感で埋め尽くす。 「・・・・・・やっぱり・・・」 まさか・・・と恐る恐る中身を確認すると同時に吐き出したため息と共に、みるみるつくしの顔から笑顔が消えていった。 『悪い。急な仕事で間に合いそうもない』 極々シンプルで手短な伝言。 たったその一言が浮き足立っていたつくしの心をいとも簡単に地の底へと落としていく。 「・・・・・・・・はぁ~~~~~~~っ」 待ち合わせの場所まで急いでいた足はすっかり止まり、雑踏の中一人佇むつくしの周りの人間は皆どこか楽しげに見えてくる。今日は金曜日。きっと多くの人が幸せな時間を過ごすのだろう。 「・・・・・・一人でこんな格好なんて恥ずかしいよ」 スカートの裾を掴みながらもう一度ため息がこぼれた。 これで3回連続約束がキャンセルされたことになる。 忙しい中でもなんとか時間を見つけては会おうとしてくれている司だが、いつも直前になって予定がつかなくなってしまう。三度目の正直とばかりに今度こそゆっくり会えると思っていたのだが・・・敢え無くその願いも散ってしまった。 既におめかしをして目的地に向かっていたところで突きつけられたこの現実。ドタキャンもいいところだ。しかもこれで3回連続。普通ならブチ切れたって許されるに違いない。 ・・・でもあいつは「普通」ではないから。 想像を絶するほど頑張ってるって知ってるから。 今日だって相当無理をして都合をつけてくれたというのを知っているから。 どれだけ自分に会いたいと切望してくれているのかもわかっているから。 ・・・・だから寂しいとか、どうして?なんて言えるはずもない。 あいつと共に歩いて行くということはこういうことなのだ。 だから、いちいち落ち込んだり寂しがったりしている暇なんてない。 「・・・あ~あ。仕方がない。適当にどこかで食べていくかぁ」 そう独りごちると、つくしは先程までとはうって変わって重い足取りで夜の街へと消えていった。 ****** 「あ~、もうお腹いっぱい。これ以上食べたらお腹破れちゃう」 誰に聞かせるでもなく呟いた声は夜の闇へとすぐに溶けていく。 あれから適当な所に入り一人食事を済ませると、なんとなくすぐに家に帰りたくなくてそのまま店でぼんやりと時間を潰していた。気が付けばすっかり夜も深くなり、もうすぐ日付が変わろうとしている。 「・・・・・・・・・・・あれ?」 一人暮らしするアパートが見えてきたところで、階段のたもとに黒い人影が見えた。 「・・・・誰?まさか不審者・・・・?」 もう深夜に近いこの時間。あんなところに人がじっとしているのはあまりにも不自然過ぎる。 つくしはひんやりと背筋が凍るのを感じながらゆっくりと足を一歩下げた。そして遠目に見える相手に気付かれないようにそっと踵を返して今来た道を戻り始めた。 ジャリッ・・・・ と同時に聞こえてくるもう一つの足音。 恐る恐る少しだけ首を動かして振り返ると、例の人影が自分の方に向かって走っているのが見えた。 「ひっ・・・!」 あまりの恐怖につくしは全速力で走り出した。 だがまたしてもそれと同時に相手の足音も激しさを増す。それは一歩足を踏み出すごとにその距離を縮めているのがはっきりとわかるほどに。このままでは追いつかれてしまう・・・! そう思ったのと肩を掴まれたのはほぼ同時だった。 「ぎゃあ~~~~っ!!」 ビクッと跳ねた瞬間出た叫び声に、自分を掴んでいない方の手がすかさず伸びてきて口を押さえ付けられた。こ、殺されるっ・・・・?! 「バカ、でけぇ声出すんじゃねぇよ」 「・・・・・へ?」 神様仏様お助けを・・・・!と必死に心の中で叫び続けていたつくしに降りかかった耳障りのいい声。ハッとして顔を上げるといるはずもない男が呆れたような顔で自分を見下ろしていた。 「・・・・・道明寺?!」 「おう。お前何逃げてんだよ」 「え、えっ?・・・・・本物?」 そう言いながら伸ばした手で目の前にある頬をギュッとつねる。・・・・・温かい。 「いてっ。・・・なんだよ?お前酔ってんのか?」 「よ、酔ってない!・・・・って言うか何で?今日はもう帰って来れないって・・・・」 今日は仕事で九州に飛んでいるのは聞いていたから、さっきの連絡で今日中に帰るのは無理だとばかり思っていた。 「んなこと言ってねぇだろ?間に合わないって言っただけだ。それに終わり次第絶対お前んちに行くって連絡入れといたじゃねえか」 「・・・・え?」 「えって、お前まさか見てねぇのか?」 呆れたような様子に慌てて鞄に手を突っ込んで携帯を取ると、つくしは届いたメールを確認した。 「・・・・・あ」 目の前の画面に表示された『何時になるとははっきり言えねぇけど必ずお前の家に行くから』の一文。最初のメールでドタキャンだとばかり思い込んでいたつくしは、それ以上携帯を見るのが億劫でマナーモードのまま鞄に突っ込んだままにしてしまっていた。 「その様子だと見てねぇんだな」 「・・・ごめん。てっきり今日は無理なんだとばかり思ってたから」 「・・・まぁ相変わらずお前らしいっつーかなんつーか」 そう言って司は呆れたように笑った。 その姿を見た瞬間、つくしは何故だか泣きたいほどに胸が苦しくなった。 自分の意識と関係ないところで勝手に熱くなる目頭を見られないように、慌てて司から視線を逸らすと体の向きを変えた。 「ごめんごめん。美味しいものに夢中で全然気が付かなかったわ~。っていうか疲れてるでしょ?今日はゆっくり休みなよ」 「・・・・・牧野、悪かった」 自分に背を向けて急に早口になるつくしの名を呼ぶと、司は予想だにしない一言を放った。 司の口からこぼれた謝罪の言葉に、つくしは驚きに目を見開いて振り返る。 「何度も予定をキャンセルしてほんとに悪いと思ってる。お前が怒るのも当然だ」 「えっ・・・?私別に怒ってなんかないよ?だってあんたが忙しいのは仕方のないことだし何とも思ってなんかっ・・・・・・?!」 尚も早口で捲し立てるつくしの腕をグイッと引っ張ると、司はそのままその華奢な体を抵抗する暇も与えず自分の中に閉じ込めた。今の流れでどうしてこうなるのかわからないつくしはただなされるがままだ。 「道明寺・・・?」 「お前、あのメールは何なんだよ」 「え?」 「あの味気もクソもねぇメールは何なんだ」 間に合わないとの連絡に対して返した言葉。 『わかりました。大変だと思うけど頑張ってね。こっちのことは気にしなくていいから!』 司が気に病まないようにと配慮したつもりだったのだが、何か問題があったのだろうか・・・・? 「気にしなくていいってどういうことだよ。気になるに決まってんだろ?何度も予定をキャンセルして、何とも思わねぇ奴の方がおかしいだろ」 「・・・・でも、」 何かを言いかけたつくしの肩を掴むと、司は顔を覗き込むようにして目線を合わせた。 「なんでお前はいつも我慢するんだよ?」 「我慢・・・・?」 「あぁそうだ。なんでもっと文句言わねぇんだ。なんでもっと寂しいって言わねぇんだ。・・・・・なんでもっとわがままにならねぇんだよ」 そう言う司の顔は、どこか苦しそうで。 誰よりも頑張ってるのがわかっていたから。だからこそこれ以上負担をかけないようにと思ってやっていたことが逆に彼を傷つけていた・・・? 「我慢ばっかすんじゃねぇよ。何のために俺がいるんだ?そりゃあお前を我慢させてるのは俺だし、全てお前の思うようにできるわけじゃねぇのもわかってる。・・・・それでも、もっとお前の本音を見せろよ。言いたいことを言わずに大人しくしてるお前なんて、本当の牧野つくしじゃねぇだろ?」 「道明寺・・・・・」 「もっとお前の本音をぶつけろよ。もっとわがままを言え。それがお前が俺を想ってるってことの証明になるんだから」 本音? わがまま? だって、そんなことを言ったら道明寺は・・・・・ 「言っとくけど、お前がわがままを言ったぐれぇでどうこうなるほど俺はやわじゃねぇぞ」 「道明寺・・・」 なんだか彼の目がとてつもなく優しい。 そんな姿を見ていたら、いつの間にかつくしの瞳から涙が一粒ぽろりと零れ落ちていた。 「牧野・・・・」 一筋涙の伝った頬を指でそっと拭うと、司は再びつくしを抱きしめた。 包み込まれた温かさにやがてつくしの肩が震え始める。声を殺すように涙を流すその背中を、司は優しく優しく撫でた。普段は俺様な男のそんな仕草にますますつくしの涙腺は崩壊していく。 「だっだって、わがままなんて言えないよっ・・・・!あっ、あんたが誰よりも頑張ってるのっ・・・・よくわかってるか」 「牧野、勘違いするなよ?俺が頑張ってるのは誰かのためじゃねぇ。お前のためでもねぇ」 「・・・・・・・え?」 予期せぬ言葉に涙でぐしゃぐしゃの顔を上げると、不敵に微笑む司と目が合った。 「俺は自分自身のために頑張ってるんだ。・・・お前を手に入れるという俺の唯一の願いを叶えるために」 「道明寺・・・・」 「俺が望むことはただ一つ。お前を手に入れること。そのために必要なことならどんなことだってできる。少しだって苦痛にはならねぇ。・・・・牧野、お前が俺のそばにいてさえくれれば」 あまりにも堂々とそう言い切った司に、徐々につくしの涙も止まり、最後には思わず吹き出してしまった。 「ぷっ、何それ。相変わらず俺様すぎ」 「ったりめーだろ。俺様なんだからよ」 フンッと鼻をならして偉そうに言う姿に、あぁそうだ、これが道明寺司という男なのだとつくしはあらためて気が付いた。 「・・・・だからお前も言えよ」 「えっ?」 「もっともっと自分の本音を。どんなわがままだろうと受け止めてやる。それがお前の俺に対する想いなんだからな」 「道明寺・・・・」 口角を上げて不敵に笑いながらもその目は至極真剣で。 つくしは笑い飛ばすことができなかった。彼が本気でそう望んでいるのが伝わったから。 「・・・・・・・今日は一緒にいたい」 だから、気が付いたら素直にそんなことを口にしている自分がいた。 言った後に照れくさくなったけれど、そんなつくしを見透かしたかのように司が言った。 「今日だけでいいのか?」 「え?」 「明日もあさっても、一緒にいなくていいのか?」 「だって、仕事・・・・」 「この週末を何としてもお前と過ごすために頑張ってきたんだ。予定より少し遅くなっちまったけど、今からの時間は全部お前にやる。・・・・どうする?」 思いもしない言葉につくしの目が見開かれるが、やがてその顔は笑顔で満たされていった。 「・・・・一緒にいたい。道明寺、あんたと二人で」 すんなりと。素直に出てきた言葉に心から嬉しそうな顔で笑うと、司はつくしの肩を引き寄せた。 「いくらでも一緒にいてやる。お前が嫌だっつっても離さねぇから覚悟しとけよ?」 「えっ?!それはちょっと・・・・お手柔らかにお願いします」 「3週間ぶりだぞ。覚悟しておけ」 司の放った言葉に急にあたふたし始めるつくしに笑いながら、二人は肩を寄せて歩き始めた。 「・・・その格好、すげー似合ってる。さすがは俺の見立てだな」 「ふふっ、俺様すぎ」 「ったりめーだろ」 きゃいきゃいと弾む会話が徐々に小さくなると、やがてその声は小さなアパートの中に消えていった。 素敵な週末を。 ![]() ![]() |
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by: * 2014/10/27 10:18 * [ 編集 ] | page top
--ま※様--
お返事遅くなりました。すみません! こうしてコメントいただけるととても嬉しいものですね。 ネタ箱はスッカスカですが少しでも多くお話を増やせるように頑張らねば!! え・・・えぇっ? 何か・・いただけるんですか・・・・・?! そんなもの戴いた日には嬉しさと感動の余り間違いなく出るもん出ちゃいます(笑) どうか無理だけはなさらないでくださいね! 有難や~有難や~です。(*´∀`*) またそちらにコメント送らせていただきます! --管理人のみ閲覧できます--
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このコメントは管理人のみ閲覧できます --ゆみ※※様--
はい。ついにやっちまいました。 もうたったこれだけの作業でグッタリです。情けない。 素敵な支部長様達に刺激を受けながら細々と書いていきたいと思っています。 ・・・え?イチャイチャですか? そうですね。間違いなくちちくりあってることでしょうが。 そうなるとまたパス話になっちゃいますね。 ほとんどそうなったりして(笑) --こ※子様--
わぁ~、コメント有難うございます!本当に嬉しいです(゜´Д`゜) 私は未だにガラケー使ってるほどのアナログ人間でして、 皆様との出会いがなければサイト開設なんてまずなかったです。 そしてたったこれだけの作業に悪戦苦闘しまくりで。パンク寸前です(笑) お恥ずかしい話ですが、これから亀ながらも少しずつ作品を増やしていきたいと思っています。 こうして立ち上げてみるとよくわかります。 こ※子様がいかに凄い方であるのかということが。 あの豊富なアイデアと文章力、そのレベルの高さをあらためて実感し足を向けて眠れません。いや、本当に。 こちらこそこれからも楽しみに拝見させていただきますので、宜しくお願い致します(*´∀`*) --管理人のみ閲覧できます--
このコメントは管理人のみ閲覧できます --ブラ※※様--
うちの坊ちゃんをお気に召していただけたようで何よりの喜びです。 私め、こう見えてもチキン野郎なのでドロドロしたものは書けません。 夜が寝られなくなります。 ご飯も喉を・・・・・・・・それは通ります(コラッ!) なのでどの作品でもこんな感じの坊ちゃんが続くかと思われます。 末永くお付き合いいただけましたら有難いです<m(__)m> ちなみにこの続きを書くとしたら間違いなく棒・・・・某本部仕様になっちゃいますね(笑) --ken※※ama様<拍手コメントお礼>--
こちらこそはじめまして! 拍手コメントまでくださり有難うございます(*´∀`*) 何か一つでも楽しんでいただける話があることを願っております。 これからもよろしくお願い致します^^ --ゆ※ん様<拍手コメントお礼>--
うふふ、実はこのお話、このサイトを立ち上げてからの記念すべき第一号の作品なんですよ~! (とりあえず初っぱなアップしたのは過去の献上作品でしたけど) ドキドキしながら書いたなぁ~。 ほんとに読んでくれる人がいるのかな?とか、こんなんでいいのかな?とか。 あれから半年、まさかこんなに作品が増えてるとは思いもしなかったなぁ・・・しみじみ --管理人のみ閲覧できます--
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