愛が聞こえる 16
2015 / 03 / 21 ( Sat ) 主が姿を現したのは月が空高く浮かんですっかり邸も静まりかえった頃だった。
「お帰りなさいませ」 「・・・あぁ」 帰宅に気付いたタマを筆頭に数人の使用人が出迎える。 特段進展がなかったことは主を見れば明白で、わざわざ聞くまでもない。 「椿様がお帰りになられてますよ」 「・・・・・・姉ちゃんが?」 その言葉にようやくタマの顔を見る。 「はい。司様のお部屋でお待ちです」 「・・・・・・」 一体何をしに? と考えたところで知りようもない。 司は無言でその場を立ち去ると足早に自室へと向かった。 「おかえり~!」 「・・・・・・何しに来たんだよ」 すっかり自分の部屋のようにソファーの上で寛いでいる姉を前に呆れたように息を吐く。 「あらっ、久しぶりに会う姉にもっと言うことはないの?!」 「ねぇ」 「もうっ! 記憶が戻ったっていうからどんなものかと思って来てみたら・・・相変わらず愛想の欠片もないんだからっ!」 プリプリしている姉を横目に無言でミニバーに移動すると、グラスにウイスキーを注いで一気に口に流し込んだ。疲れた体にきついアルコールが刺さるように染みこんでいく。 椿はそんな弟の姿を何とも言えないような顔で黙って見ている。 「・・・・・・つくしちゃんに会いに行ってたの?」 その言葉に口につけていたグラスがピタッと止まった。 「・・・タマか?」 「誤解しないで。タマさんは何も言ってないわ。記憶が戻って帰国したあんたがすることなんて1つに決まってるでしょ? しかも聞けば自分で運転までして出掛けたって言うじゃない。ますますあの子以外にあり得ないでしょ」 「・・・・・・」 何も答えずに再びグラスをグイッと煽ったが、それは肯定しているも同然で。 「何があったのよ」 「・・・・・・」 「あんたが言いたくないのなら言わなくていい。でももし一人で抱えるのが辛いのなら私に話してみなさい。何ができるわけじゃなくても、話して楽になることだってあるかもしれない」 「楽になんてなるわけねぇだろっ!!!」 声を荒げてバンッ!とグラスを叩きつけると、跳ねたアルコールが周辺に飛び散った。 「司・・・」 「・・・悪い。疲れてんだ」 「・・・・・・」 短くそれだけ答えると、司はベッドにダイブしてそのまま動かなくなってしまった。 椿はただ黙ってその様子を見ているだけ。 しばらくそのまま見守っていたが、やがてふぅーっと息をつくとカツンとヒールの音を響かせながら身を翻した。 「 どうするのが正解なのか自分でもわかんねぇんだ 」 「・・・え?」 部屋から出て行こうとしていたその時、背後から蚊の鳴くような声が聞こえてきて足が止まる。 見れば司は変わらずにベッドに蹲ったまま。 なんだかその姿がいじけた小さな子どものようで。 椿は呆れたように笑うと、再び身を翻して今来た道を戻っていく。 そしてベッドサイドにある椅子に腰掛けると、顔も見えない弟に言った。 「何があったの。 私に話してごらんなさい」 *** 「そう・・・発作を・・・」 ぽつりぽつりながらも事の経過を全て聞いた椿は難しそうな顔で考え込んでいる。 「それで日曜だけは時間を作って会いに行ってるってわけね」 「・・・」 つくしに再会してから間もなく、あの時の司書につくしの動静について聞いていた。 協力しないことも考えていたが、意外にもすんなり教えてくれた。 おそらくあの時の司の揺るぎない決意が伝わったのだろう。 黙っていたところであの手この手で調べ上げるに違いないと判断したのか、下手に小細工するよりも正直に話した方が賢い選択だと結論づけたに違いない。 それに、つくしがああいう状況になってしまう以上、強引な行動には出られないと思ったのだろう。 聞いたところによると、つくしは日曜は必ず出ているということだった。 平日であれば司が時間を作り出すことは難しいが、日曜であればまだ何とかなる。 そこで西田に手を回して日曜だけは絶対に仕事を入れないようにさせた。 そうして自分一人で長野まで向かう。 ただし行ったからといってつくしに接触することはできない。 何度本人の目の前に出て行ってしまおうかと思ったかわからない。 余計なことなど考えずにただ抱きしめて心からの謝罪をしたい。 そうすれば何かが変わるんじゃないかなんて淡い期待を抱かないわけじゃない。 ・・・それでも、あの時のつくしの苦しむ顔が頭から離れてはくれない。 これまで幾度となく彼女を傷つけてきた。 だが、肉体的な苦痛を与えてしまうという事実の衝撃はその比ではない。 次に会ってもっと酷い発作を起こしてしまったら? そう考えるとどうしても強引に前に出ることができなかった。 ・・・・・・怖かった。 この自分が怖いという感情を抱くなんて信じられない。 これまでどんなことがあっても、死に際に立たされた時ですらそんなことを感じたことはなかったというのに。 だが、それが今の嘘偽らざる本音だった。 いつだって、自分の感情を揺さぶるのはたった一人の存在だけ。 牧野つくしという唯一無二の女だけ。 「・・・それで? 日曜になるとそっちに行ってただつくしちゃんを見るだけで帰ってくるって?」 「・・・・・・」 「見方によっては立派なストーカーよね」 「・・・うるせぇよ」 本人としても多少自覚があったのだろう。 口では強気のことを言いながらも覇気はない。 椿はそんな弟が情けないくもあり、そしてどうしようもなく愛しく思えた。 この7年、生きたまま死んでいるような状態だった弟に何もしてやれなかったことにずっと心を痛めていた。何とかしてやりたいと思っても、記憶が戻らない以上はどうすることもできない。 もしかしたら死ぬまでこんな状態が続くのだろうか。 いや、そもそも弟はこんな状態で長生きなどできるのだろうか。 そんなレベルの状態だった弟が、今苦悶の顔に歪んでいる。 だがそれは生きている何よりの証。 たとえ苦しんでいるのだとしても、抜け殻のようだった頃とはその意味はまるで違う。 椿にはそれだけでも嬉しかった。 本当の意味で弟がようやく帰ってきたのだと。 「つくしちゃんに連絡先は?」 「・・・・・・」 「・・・まぁ、そんな状況下であんたに連絡してくるわけがないわよね」 「・・・」 沈黙が全てを如実に物語っている。 「まさかご両親にそんなことがあったなんて・・・私たちですらショックで胸が痛むのに、つくしちゃんがそういう状態になるのも無理はないのかもしれないわね。・・・ただ、そのこととあんたを見て発作を起こすっていうのがどうしても直結しないのよね」 「・・・・・・」 そこは司自身も未だに腑に落ちない点ではあった。 つくしはこの地を離れて新たな出発をしたが、聞いている限り、だからといって過去に対して後ろ向きでは決してなかったという。 表に出さないだけで実は相当心を病んでいたというのだろうか。 それとも、やはり病院での光景が司と重なってしまうことが原因なのだろうか。 ・・・・・・わからない。 何度考えても答えは見えてこない。 「事故が起こったとき、つくしちゃん達はどこへ行こうとしてたのかしら」 「・・・何?」 「いや、高速で家族でどこかへ行こうとしてたんでしょ? もう成人した子ども達を連れて全員でどこかへ出掛けるなんて、よっぽど大事な用でもあったのかと思って。・・・まぁ単純に旅行に行く途中だったのかもしれないけれど」 「・・・・・・」 何故だろう。 理由などわからない。 だが、姉の何気ないこの疑問が妙に胸に引っかかった。 言われてみれば、つくし一家が車を持っていた記憶はない。 経済的に見てもとてもじゃないがそのような余裕はなかっただろう。 地方へ引っ越したのに合わせて手に入れたのかもしれないが、どうしてだかその可能性は低いような気がしてならなかった。 ならば一体何のために・・・? もしかしたらそれと自分が何かしら関係があるのだとしたら・・・? わからない。 考えたところでわかるはずもない。 だが、どうしてだか妙な胸騒ぎが収まらない。 根拠も何もない、ただの己の第六感が何かを訴えようとしている。 「司?」 「あ? あぁ、・・・いや、何でもねぇ」 今ここで椿と議論したところで答えが見つかるはずもない。 「まぁ今はとにかく現状でできることをやるしかないわね。あんたにしてはなかなか辛抱強く頑張ってるじゃない。散々言われてるようだけど、とにかく時間をかけて彼女の心を解いていくしかないわね」 「・・・・・・」 無言の弟にフッと笑うと、椿は司の背中をポンポンと叩いた。 「とりあえず私も色々調べてみるわ。女目線で何か気付くことがあるかもしれないし」 「・・・しばらくは日本にいんのか?」 「えぇ。2週間ほどはね。っていうか主人の事業でしばらくこっちに来るって言ってたでしょ?」 「・・・記憶にねぇな」 その言葉に椿は呆れたように息をついた。 「はぁ・・・。あんた、つくしちゃんの記憶が戻ったのは何よりだけど、その分それ以外の記憶が欠落しちゃったんじゃないの?!」 「・・・・・・」 「・・・まぁいいわ。最後に会った時よりも随分肉付きも良くなってるようだし、ひとまずは安心したわ。仕事の関係で今回はホテルと邸を行ったり来たりになると思うから。また来るわね」 「・・・あぁ」 背中を向けたままひとまず返事を返した弟に苦笑いすると、椿はその場から立ち去った。 静まりかえった広い室内で司がしばし何かを考えて込んでいる。 やがてガバッと体を起こすと、何を思ったかおもむろに胸ポケットから携帯を取り出してタップし始めた。 「 ・・・・・・・・・俺だ。 牧野の弟について何でもいいから徹底的に調べろ 」 それだけ告げるとそのままベッドに携帯を放り投げ、再び己の体もシーツの波に沈めた。 つくし一家の情報が制限されていたのだ。 弟のことだってそうそう簡単に情報が割れるとは思えない。 だがあの時の生存者の片割れである弟、彼が何か重要なことを知っているような気がしてならない。 司はその日、どんなに疲れていても一睡もすることができなかった。
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by: * 2015/03/21 01:15 * [ 編集 ] | page top
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日曜日に、1人で車を運転して長野まで通う…今は、ただそれだけ。 色んな想いがあるだろうなぁ。 でも、椿さんの登場は、新たに考えるいいキッカケになり、だんだんつくしに近づいているようで、少しホッとしたかな。 進を調べて何がわかるのか? つくしたちは、事故の時何処に行こうとしてたのか? 情報操作をしてるのは、誰か? 気になる点が増えちゃいました(笑) --管理人のみ閲覧できます--
このコメントは管理人のみ閲覧できます --莉※様--
あはは、すっかりこちらにドはまりされているようですね。 嬉しい限りです(*^^*) つくしの発作の謎には実はもっと秘密が隠されている・・・? 司にとっても目から鱗の可能性が浮上して参りました。 椿姉さん数少ない登場機会でいつもナイスアシストしまくりです(笑) 簡単に情報が割れることはないでしょうが、ストーカーに恥じぬ活躍を期待!!(笑) --ゆ※ん様<拍手コメントお礼>--
もし司に関することだったとしたら・・・一体どんな可能性があるのか? まだまだすぐにはわかりませんよ~( ´艸`) --みわちゃん様--
あはは、気になる点がますます増えちゃいましたね(笑) 往復長時間かけて会いに行ってただ遠くから見守るだけ。 う~ん、切ないです。 でもここでお姉様の思わぬアシスト(?)が。 つくしを取り戻すきっかけとなるのでしょうか。 ナンチャンを探せ!ならぬ「進を探せ!」ですっ(笑) --k※※hi様--
お姉様と話せて司がほんの少しでも気持ちが楽になっているといいですね。 それにしても登場回数は少ないのにいつも大事な何かを投下してくれる彼女。 やはり彼女の存在は2人にとっては絶大なようです。 さぁ、進君を探せぇ~~!!( ̄∇ ̄) --ブラ※※様<拍手コメントお礼>--
あはは、怖い物見たさですか。そのお気持ちよくわかります(笑) 切ないですけど、私の描くつかつくですからね。 その点では信じて待っていたいただけたらと思っております(o^^o) ね~、なんだか色々風呂敷広げたのはいいものの、ちゃんと回収できるのか?! とまたしても不安だらけです。 いざとなれば風呂敷をほっかむりにしてトンズラしよ~っと( ̄∇ ̄) --管理人のみ閲覧できます--
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このコメントは管理人のみ閲覧できます --ke※※ki様--
そうそう、どんなに尖ってても椿のことを「姉ちゃん」と呼ぶ司が萌え~です(*´∀`*) 椿の口から出た素朴な疑問、問題解決の糸口となるんでしょうか? なんだかね、あれよあれよという間にカウントが増えてました。 あまりにも際どい質問はアレですけど、 皆さんでバカ笑いしてもらえたらいいな~なんて思ってますので 是非是非参加されてみてくださいね~(o^^o) 何度でも構いませんのでね。 --コ※様--
はっはははー。ほんとにね、一難去らずにまた一難って感じでして。 ちゃんと無事に回収できるのかなと不安だらけですが 前作もそんな感じでなんとか終わったので多分なんとかなるかなと楽観視してます。 というかそう思わないと怖くて書けません(笑) 進ねぇ、間違いなくすんなり見つからないでしょうね(笑) |
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