愛が聞こえる 17
2015 / 03 / 24 ( Tue ) 「・・・なんだよつくし、また来たのかよ?」
こっちに気付いた途端口元がほころんだかと思えば、慌てて真一文字に結んで憎まれ口を叩く姿に思わず吹き出してしまう。 「なっ、なんだよっ?!」 「なんでもなーい。相変わらずあんた可愛くないわね」 「う、うるせぇよっ! 可愛くないのはつくしの方だろ?!」 「何~? 大人に向かってなんて口きいてるのよ?! 生意気なこと言うのはこの口かっ?」 両頬をつまんでびよーーんと引っ張ると、途端に顔が赤くなっていく。 「いっ・・・いでででで! やめろよっ!」 「ごめんなさいは?」 「くっ・・・離せよ、このバカッ!!」 「わっ?!」 ドンッ、 ドサドサバサッ!! 思いっきり目の前の女を突き飛ばすと、思いの外いとも簡単にその体は吹き飛んだ。 勢い余って尻もちをつくと、手にしていた荷物が辺り一面に音を立てて飛び散った。 「・・・ったぁ~・・・」 両手が塞がっていたせいで思いっきりお尻と腰を強打して思わず痛みで顔が歪む。 「あ・・・」 だが突き飛ばした当の本人の方がみるみる真っ青になっていく。 手を突き出したままの格好で固まったまま。 つくしはそんな姿に気付くとふぅっと呆れたように一呼吸ついてやれやれと笑った。 「・・・全く。そんなに気にするくらいなら最初から素直になってればいいだけでしょ?」 「う・・・うるせぇよっ!」 ゆっくりと立ち上がってパンパンとズボンをはらうと、そこかしこに散らばった本を拾い上げていく。 「ほら、何してんの。悪いと思ってるなら一緒に手伝ってよ」 「わ、悪いだなんて思ってねぇよ!」 「わかったわかった。じゃあ普通に手伝ってよ。ほら、そっちに落ちてるでしょ」 つくしが指差した先にも数冊の本が飛んでいた。 「・・・ちっ、しょうがねーな。手伝ってやりゃあいいんだろっ!」 不服そうに口を尖らせながらもどこかほっとしているのは明らかで、言葉とは裏腹に素直に体が動いている。つくしはそんな姿にふっと目を細めると、再び自分の手も動かし始めた。 「お前仕事はいいのかよ?」 「ちょっと、お前って言うのやめなさいって言ったでしょ」 「別にいいだろ? 減るもんでもあるまいし」 「・・・ったく、ほんっと口が悪いんだから。今日は仕事はお休みなの」 「へぇ~、クビになったんじゃないのか」 「なるわけないでしょ! 失礼な」 廊下を並んで歩きながら出てくるのはどっちが年上かわからないような生意気な発言ばかり。 思わず張り倒してやろうかと思わなくもないけれど、これでも出会った頃よりも遥かに丸くなったと思えば可愛く思えてくるから不思議だ。 「・・・学校は? 行ってないの?」 その一言に動いていた足がピタッと止まる。 だが数秒考えた後、何事もなかったようにまた歩き始めた。 「・・・・・・ハル?」 「その呼び方やめろってんだろ」 「でも皆そう呼んでるじゃん」 「・・・・・・」 無言でスタスタと前を歩いて行く後ろ姿がなんだかとても小さく見える。 いや、実際に小さいのだが。 「ハーール」 もう一度名前を呼ぶと、再びゆっくりとその歩みが止まった。 「・・・・・・・・・・・・・・・俺の居場所なんてどこにもないんだよ」 前を向いたままぼそっと呟くと、つくしを残したまま足早にその場から立ち去ってしまった。 「ハル・・・」 まるでその後ろ姿は泣いているように見えて、つくしはしばらく立ち尽くしたまま見つめていた。 *** その日司はイライラしていた。 大方の予想通り、牧野進の身辺調査は暗礁に乗り上げていた。 富山に引っ越した後、現地の高校、そして大学に進学したらしいというところまではなんとか辿り着いたが、それ以降の情報がパタリと途切れている。 情報が操作されていることは明らかで、それなりの権力がなければまず考えられない。 自分とつくしを接触させないためにここまでやっているというのか。 その可能性を考えると何とも言葉にできないような激情が自分を包み込む。 苛立ちとも悲しみとも言えない、いや、全ての感情が襲いかかってくる。 一言で言えばショックだった。 いかなる理由があろうとも、これだけ手を尽くしても見つけ出せないという事実に。 あれだけ忌み嫌っていた財閥の力を利用しても目的が果たせないという屈辱に。 己の無力さをあらためて突きつけられたも同然なのだから。 そしてイライラの原因はそれだけではなかった。 例のプロジェクトが以前膠着状態を保っていることもその一つだった。 例の施設が依然として立ち退きを渋っており、法的強制力をもっているわけもないのだから当然打つ手がなく、この1ヶ月の間に幾度となく足を運んではその場で足踏みをするだけで帰る、そんな状態が続いていた。 当然つくしからの連絡も一度だってない。 日曜になれば自ら現地へ赴いてその姿を捉えることこそできているが、直接の接触は未だない。 あの日・・・つくしが発作を起こしたあの一度きりだった。 施設を訪れた際につくしの元に足を運んだことがないわけじゃない。 だが行ったとしても遠くから見ているだけ。 あまりにも自分らしくない行動にもう笑えてくるほどだった。 それに、仕事として行っている以上思うような時間があるわけでもない。 常に時間に追われている中で、しかも楓とビジネスを交わしている以上、仕事を放り出すことはできない。そうすればいくらつくしを取り戻したところで振り出しに戻ってしまう。 提示された期限は半年以上1年未満。 現状を鑑みるに、決して時間的猶予があるとは言えないのが実際のところだった。 司にしては相当耐えている状況ではあったが、ここにきていい加減それにも限界を感じていた。 もういっそのこと思いきった行動に出てしまおうかという思いが日に日に増している。 僅かな理性がなんとかそれを抑え込んでは今に至る。 まさにギリギリの綱渡り状態だ。 「何だってあれだけ立ち退きに抵抗するんだ? あの場所でなければって要因があるようでもねぇし、あそこからほど近い場所に新しい土地も施設も今より遥かにいい条件で準備するってんのに・・・」 そう。 何度交渉しようともそれらしい理由をつけてのらりくらりとかわされてしまうが、それが理由だとは到底思えないのだ。もっと違うところに何か理由がある。 司の中で確信にも似た思いがあった。 「あの施設自体できてまだ数年のようですし、特段地元に根付いているというわけでもないようです。何かしらの事情があるのは間違いなさそうですが・・・」 「・・・・・・」 その 『 何か 』 がわからない。 わからない以上、根本的な打開策が見つからない。 この上ない好条件で譲歩しているというのに何が不満だというのか。 公私ともに何もかもが思い通りに事が運ばない。 司は苛立ちを抑えるように爪をギリッと噛んで窓の外を見た。 もうこの道のりを何度往復したことだろうか。 目を閉じていても次に体がどう進んでいくかがわかるほどだ。 いつだって考えるのは一人の女のことだけ。 アメリカより遥かに物理的距離が縮まったというのに、届きそうで届かない。 心の距離は決して離れてなどいないと確信しているのは傲慢な考えなのだろうか。 そこまで考えると司は弱気な考えを自分の中から追い出した。 今さら弱気になってどうする。 もともと結ばれることが奇跡のような2人だったのだ。 一度でもこの手に掴むことができたのならば、何度離れようともまた掴めばいいだけのこと。 昔あいつに言ったではないか。 地獄の果てまででも追いかけると。 たとえ勝手だと言われようと、これが道明寺司という男だったではないか。 「ぜってぇに逃がさねぇからな」 「・・・え? 何か言われましたか?」 書類に目を落としていた西田がはたと顔を上げたが、司は何の反応も示さず遠くを見ている。それだけでどんなことを呟いたのかがわかったような気がして、西田は再び視線を手元に落とした。 *** 「ようこそいらっしゃいました。理事長はただいま電話中ですので先に応接室にてお待ちください」 「ありがとうございます」 東京から約3時間かけて辿り着いたのは民間が経営するフリースクールだ。 基本的に小学生から高校生まで、何らかの理由で不登校がちな子ども達を集めて支援を行っている。中には身体的、知能的にサポートを必要とする子ども達の受け入れも行っており、今現在20名ほどが在籍しているようだ。 まだ数年前にできたばかりで、田舎にしては設備も整っている方だろう。 だが子どもを通わせるには少々交通の便が悪い。最寄りの公共交通機関を使うにもそれなりの時間を要する。プロジェクトがこの場所になったのも広大な土地が手付かずの状態だったからだ。 計画が予定通りに運べば、この辺りにもバスなどの新たな交通網が拡張されることが決まっていた。代替地として提案している場所はここよりも条件が整っている上に、増設されるバス停からもほど近い。現在地と代替地は徒歩圏内の近い距離なのだから、子ども達にとって大きな環境の変化にはならないはずだ。 建物も現状維持かそれ以上のものを提供すると打診しているにもかかわらず、それでも渋る理由がわからない。 しかも当初は問題なく受け入れる予定でいたのに、だ。 最大の問題はそこだった。 何故急転直下で考えを変えたのか。 答えが見つからないまま結局ここで振り出しに戻ってしまう。 応接室を目指しながら館内を見渡す。 広場のような場所で体を動かす子ども、個室で黙々と一人の世界に入る子ども。 その様相は実に様々だ。 「誰にもやらねーーよーーだ!」 ガタンッ、バタバタ・・・ドンッ!! 「ぶっ!」 「てっ!」 と、とある部屋から突然飛びだしてきた少年がちょうどそこを通りかかっていた司の腹部に思いっきり直撃した。ぶつかった反動で子どもの体はそのまま後ろに吹っ飛ばされてしまった。 「ってぇーーーーー! おいおっさん、何すんだよっ!!」 「・・・んだと?」 自分から突っ込んできたというのにあまりにも生意気な言い草にすぐさま司が反応する。 「副社長、相手は子どもです。それに仕事であることをお忘れなく」 普通なら迷うことなく一発鉄槌を下してやるところだが、背後霊のような西田の囁きに出かかっていた右手が咄嗟に止まった。 視線の先ではそのクソガキが尚も不服そうに体を起こしていた。 だが司の視線がそこで止まる。 「お前・・・?」 「あ?」 ぶすくされた顔で面倒くさそうに上を見た少年も司を見てハッと表情を変えた。 瞬間的に互いの動きが止まる。 「お・・・お前っ、なんでこんなところにっ?!」 「てめぇこそなんでいるんだよ」 「おっさんには関係ねーだろ! つーかお前ストーカーかよ!」 「・・・んだとぉ? てめぇ調子に乗んのも大概にしと・・・」 「ちょっとっ、ハルっ!! それはあの子達が使ってるものなんだから返しなさいっ!!」 バタバタと奥から息を切らして走ってきた女が目の前の少年を捉えようと手を伸ばした。 「ハ・・・」 「・・・・・・・・・・・・・・・牧野・・・・・・?」 「・・・えっ・・・?」 名前を呼ばれた女が条件反射でこちらを向いた。 目が合った瞬間、互いの呼吸が止まるのがわかった。 「ど・・・みょうじ・・・?」 驚きに目を見開いた女は、聞こえるか聞こえないかほどの小さな声で、だが確かに自分の名前をその口で紡いだ。
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どうなるの? ハラハラドキドキしながらみてます
by: ひさ * 2015/03/24 00:08 * URL [ 編集 ] | page top
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突然の再会。 つくしは、どうなるの? また発作を起こす? 司にとっては、思ってもいなかったつくしの登場。 あのガキンチョがふたりを合わせるお手伝いを、本人の知らぬ間にしてくれたことになるのかな? ここからの展開はいかに? みやとも様の頭の中もいかに? --管理人のみ閲覧できます--
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まさかの再会。 さぁ、司はどうする?! そしてつくしは・・・? ドキドキですね! --名無し様<拍手コメントお礼>--
本当に。偶然なのか運命なのか?! つくしちゃん発作を起こしてしまうんでしょうか。 心配ですね。 --マ※※ち様<拍手コメントお礼>--
そうなんです。2人は出会ったしまったのです。 そしてハルの存在も気になるところですね。 企画は是非是非参加されてください(o^^o) まだ時間がありますから色々考えて何個でもどうぞ~♪ 既に面白い質問が続々と集まっておりますよ(笑) --あ※ひ様<拍手コメントお礼>--
遅い時間まで待って読んでいただけて嬉しいです。有難うございます(o^^o) 拍手もいつも本当に有難く思っています。 このお話も始める頃は反応が心配だったのですが、 今では多くの皆さんに楽しんでいただけているようでほっとしています。 2人には幸せになってもらいたいですね^^ --莉※様--
ふっふふふ、あちらこちらに伏線らしきものを撒き散らしては焦らしております。 今度どさくさに紛れてパンスト被って引っ張ろうかなぁ~( ̄∇ ̄) え?バレバレだって? 私もSじゃないはずなんですけどねぇ・・・?おかしいなぁ~(・з・) --さと※※ん様--
ふふ、ハルくぅーん!褒められたよぉ~!(・∀・) この調子でよろしく頼むよぉ~! ・・・と目論見通りにいくでしょうか?( ̄ー ̄) いずれにしても彼の存在は一つのポイントになりそうです。 ほんと、つくしちゃんの発作が気になるところですね。 --みわちゃん様--
2人にとって予想外とも言える再会。 つくしの発作は? そして司はどう出る?! 書いてる自分で言うのもなんですが気になりますね。 ハルの存在も気になるところです。 え?私の頭の中ですか? 今日もカラーンコローンと軽快な音を奏でてますよ~( ̄∇ ̄) --ゆ※ん様<拍手コメントお礼>--
わっははは、謎が増えていくばかりですか? 爺っちゃーん!を召還せねば!! 私もゴーストライターを召還したいっ!( ̄∇ ̄) --ke※※ki様--
司にとっても予想外の再会となりました。 ハルはただのクソガキなのかそれとも? 少しずつ歯車が回り出しましたね。 色んな事が少しずつわかっていくのか、衝撃の展開となるのか、 それはですね、書きながら肉付けしているため私にもわかりませんっ!!( ̄∇ ̄)ドーーーン! ふっふふふ、行き当たりばったりの醍醐味ですよ~(何が?) --管理人のみ閲覧できます--
このコメントは管理人のみ閲覧できます --コ※様--
まさかの鉢合わせで司もびっくりです。 やはりつくしの発作が気になりますよね。 どうなっちゃうんでしょうか。 ふっふふふ、ハルへの鋭いご指摘さすがです! その辺りも実は大事なポイントになってくるんですよ~( ´艸`) |
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