愛が聞こえる 18
2015 / 03 / 25 ( Wed ) まるでそこだけ時間が止まったかのようだった。
互いに見つめ合ったまま指先一本、髪の毛一本動かない。 それでも、体が、本能が、無条件で目の前の女を引き寄せて抱きしめろと訴える。 だが、ピクリと動きかかった右手が辛うじて残っていた理性でその場に踏みとどまった。 「牧野・・・・・・」 やっとのことで絞り出した名前につくしの肩が揺れた。 その顔はいまだ驚きに染まったまま。 一歩足を踏み出して手を伸ばせばこの手に掴むことができる距離にいる。 だが今はこれ以上近づくことができない。 つくしは今発作を起こしてはいない。 それでも、驚愕に満ちた顔からはみるみる赤みが引いていっている。 このまま目の前にいていいのだろうかと迷いが生じる。 発作が起きるのは時間の問題なのかもしれない。 どうする? どうすればいい・・・? 「つくし? どうしたんだよ?」 その時、これまでの様子を不思議そうに見ていたハルと呼ばれた少年がつくしの腕をくいっと引っ張った。それと同時につくし自身もハッと我に返る。 「あ・・・」 「なんだよ、こいつと知り合いなのか?」 明らかに様子がおかしいつくしと目の前の男を怪しい者でも見るように睨み付ける。 戸惑いがちに動いたつくしの視線が司のそれとぶつかったと思ったが、それはすぐに逸らされた。 「おいつくし、お前なんか変だぞ? こいつは誰なんだよ?」 「あ・・・なんでもない。 何でもないの。 ハル、行くよっ!」 「え? あ、おいっ!」 そう言うとハルの手を掴んでその場から立ち去ろうとする。 「 牧野っ!! 」 それは無意識だった。 もうどうすればいいとかどうすべきとかは関係ない。 頭で考えて起こした行動ではない。 気が付けば、己の手が細い腕を掴んでいた。 掴んだ瞬間、浮いたんじゃないかと思える程につくしの体が跳ね上がった。 7年ぶりに触れたその場所が一瞬にして熱を帯びる。 あまりの熱さに燃えて溶け落ちてしまうのではないかと言うほどに、熱い。 このまま引き寄せて、思い切り抱きしめられたらどんなにいいか ____ だが、つくしの背中が徐々に大きく揺れ始めているのがわかって我に返る。 落ち着け。 落ち着くんだ。 偶然のようなこの必然を無駄にしてなるものか。 「牧野、もうわかってると思うが・・・記憶が戻ったんだ」 その言葉に掴んでいる腕がビクッと動く。 「お前にとって今さらなのはわかってる。それでも俺は・・・」 「道明寺さん! すみません、お待たせ致しました」 後ろから掛かった声につくしがハッとすると、瞬間的に司の手を振り払ってその場から駆けだした。 「牧野っ! 待ってくれ! まきっ・・・!」 すぐに追いかけようとした司の足が止まる。 ・・・いや、止められたと言った方が正解だ。 目の前を少年が立ちはだかるようにして通路を塞いだのだから。 「どけよ」 「お前つくしの何なんだよ!」 「てめぇには関係ねぇだろ」 「うるせぇよ! つくしが怖がってただろうが!」 「おまえには関係ねぇっつってんだろ!」 思わず声を荒げると小さな身体が竦み上がった。 それを見た瞬間失っていた冷静さを取り戻す。 口では生意気なことを言っても所詮はガキだ。 こんなガキを相手に一体何をやっているというのか。 情けないにもほどがある。 「あいつに大事な話があんだよ」 「つくしはそんな顔してなかっただろ」 「ちっ・・・・・・いいからそこをどけ」 「どかねぇよ!」 まるで姫を守る騎士の如く、両手を最大限に広げて目の前に立ちはだかる。 その気になればいくらだってそこを突破することはできるというのに、何故だかその姿が自分の足を動かせなくしていた。 「道明寺さん、どうされましたか? ・・・おや? 君は・・・」 遠くから聞こえていた声がすぐ背後まで迫ると、目の前の少年がバッとつくしを追いかけるようにその場から走り去ってしまった。 司も咄嗟に追いかけようとしたが、辛うじて残っていた理性の欠片がそれを押しとどめる。 そうこうしているうちに中年の男が司の隣にやって来た。 「もしかして彼とお知り合いですか?」 「・・・いえ。 ・・・・・・彼女は、 ・・・牧野は・・・」 「あぁ、彼女のお知り合いでしたか。彼女はたまにボランティアでここに来てもらっているんですよ。子ども達に読み聞かせをしたり外で遊んだり、お世話になってるんです」 「・・・・・・・・・そうですか」 「道明寺さんは? 彼女とはどちらで?」 「・・・・・・」 つくしのいなくなった方を見ながらそれっきり黙り込んでしまった司を、理事長の男が不思議そうに見ている。 司は考えあぐねていた。 このまま全てを放り投げて追いかけるべきか、理性を優先すべきか。 そんなの考えるまでもない。 すぐに追いかけてこの手に捕まえて、そして・・・・・・ 「・・・道明寺さん? 大丈夫ですか・・・?」 「・・・・・・すみません、少し考え事をしていました。 ・・・ではお願いします」 「え、えぇ。それではこちらへどうぞ」 何だか意味がわからなそうにしているがすぐに切り替えたのか、理事長は笑って司達を応接室へと導いた。彼について行きながら、司は一度だけ後ろを振り返る。 だが既に廊下には誰もいない。 まるで先程の出来事が幻だったかのように。 己の右手を見つめる。 ・・・幻なんかじゃない。 確かに、この手にあのぬくもりを掴んだ。 夢なんかではない。 はっきりと、この手に彼女の生身の肉体を感じた。 ・・・そして、彼女は発作を起こさなかった。 ・・・・・・焦るな。 今焦ってはいけない。 今感情に流されて思いのままに動いては、全てが振り出しに、・・・いや、それよりも事態は悪化するかもしれない。何のために今まで我慢してきたというのだ。 それを一瞬で無駄にするな。 ____ こうして自分たちは必ず巡り会う運命にあるのだ。 司は自分に言い聞かせるように拳を握りしめると、一度閉じた目をゆっくり開いて真っ直ぐに歩き出した。 *** バタバタバタバタ・・・バタンッ!! 「つくしっ!!」 はぁはぁと息を切らしながら駆け込むと、物置の隅に膝を抱えた状態でつくしが小さくなって座り込んでいた。ハルは初めて見たつくしのそんな姿に戸惑いを隠せない。 「つくし・・・?」 完全に一人の世界に入り込んでしまっていたつくしが、フッと自分にかかった影に驚いてガバッと顔を上げた。いきなり動いたことにハルもビクつく。 「あ・・・・・・ハル・・・」 ほっとしたようなどこか寂しがっているような、何とも言えないような表情でほぅっと息を吐いた。 「・・・なんだよ、俺じゃ何か不満なのかよ」 「え? ・・・クスッ、そんなわけないでしょ」 「じゃあなんでそんな顔してんだよ!」 「えっ・・・?」 「そんな泣きそうな、悲しそうな顔で! なんでこんな部屋のこんな場所にうずくまってんだよ!」 「ハル・・・」 つくしは驚いていた。 これまで他人に興味を示すこともなかったハルが、こんなにも誰かのことで必死になって声を荒るなんて。 それと同時に嬉しくもあった。 彼との心の距離が確実に近づいているのだと感じることができて。 「・・・ありがと。心配してくれて。でもほんとに何でもないんだよ?」 「あいつか?」 「え?」 「さっきのおっさんが関係してるんだろ?」 ドクンッ・・・ 「な、何を・・・」 「だってそうだろ! つくしがあんな顔するなんて」 「あんなって・・・」 つくしが宥めようとうするが、ハルは顔を真っ赤にして声を荒げ続ける。 「あんなおかしいつくしなんて初めてだろ! いつだってヘラヘラ笑ってるくせに、あいつを見てからおかしくなったじゃないか! あいつはつくしの何なんだよっ?!」 「何って・・・」 ドクン、ドクンッ・・・! 「・・・ハッ・・・」 「・・・つくし?」 突然胸を押さえて俯いてしまったつくしを訝しげに覗き込む。 「ハッハッ・・・ハァッハァッ・・・!」 と、どんどん苦しげに顔を歪めながら呼吸が荒くなっていく。 ハルは突然のことに何がおこっているのかわからず、自分まで真っ青になって右往左往するしかない。 「おいっ、つくしっ! どうしたんだよ?! 苦しいのか? どっか痛いのか?」 「ハッハッハッ・・・」 「つくしっ!!」 肩を揺らしても尚も苦しそうに息が上がっていくつくしを前に恐怖心が沸き上がってくる。 悪態をつこうとも心も体も子どもなのだ。 「だ、誰か・・・・・・人を呼んでくる!」 それでも何とかしなければというのは子どもでもわかる。 ハルは震える心と体を振り払うと、医務室にでも助けを求めようと立ち上がった。 ドタッ!! だが走ろうとした体が前のめりに倒れてしまった。 「なっ・・・?!」 わけがわからず振り向けば、うずくまったままのつくしの手が自分のズボンの裾を掴んでいた。 「つくし? なにを・・・」 「だいじょぶ・・・・・・はっ・・・だいじょうぶだから・・・っ」 「なっ、何言ってんだよ?! そんなに苦しそうにしてて大丈夫なわけないだろっ!!」 掴んでいる手を振り払おうとするが、思いの外強く握られていて簡単には離れない。 尚更戸惑いを隠せないハルにゆっくりと顔を上げると、苦痛に顔を歪めながらもつくしは笑った。 「ありがとう・・・でも、ほんとうにっ、だいじょぶ・・・だから・・・おねがい、このままで・・・」 「でもっ・・・!」 「ハル・・・おねがい・・・っ」 掴んだ裾をギュッと握りしめると、まるで拝むようにしてつくしがハルの足元に顔を埋めた。 こんなに苦しんでいるのにこのまま放置することなどできないという思いと、あのつくしがここまで言っているのだから言う通りにしてやるべきだという思い、2つの相反する感情に葛藤する。 だが、子ども心ながらに今は本人の望むとおりにしてやるべきなのだと結論づけると、ズボンを掴んだままのつくしの手にそっと自分の手を重ねた。 瞬間、驚いたつくしが顔を上げる。 「・・・俺がここにいてやるから。とにかく落ち着くまでじっとしてろ」 驚きに目を丸くすると、尚も苦しげながらもフッとつくしは微笑んだ。 心の底から嬉しそうに。 「・・・・・・ハル、ありがとう・・・」 そう言って笑うと、再びうずくまり何度も何度も深呼吸を繰り返していく。 ハルはそんな様子を見ていたら、自分でもわからないうちにつくしの背中を摩っている自分に気が付いた。 一体いつの間に? と思ったところでわかるはずもない。 とにかく今の自分にできることはこれしかないと、そう思えたのだ。 物置の片隅でうずくまる女。その女を守るようにじっと傍から離れない少年。 狭くて薄暗い室内には、つくしの荒い呼吸だけがただ響き渡っていた。
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つくしは、発作を起こさなかった。 でも、逃げた。 司、よく我慢したね。 ハルくんも、子供ながらになかなかするどい。 無意識に軽い発作を起こしているつくしに寄り添っているし…。 ここからどうやって、二人は距離を縮めるのか? ところで、類はどうしてるのかな? そろそろ出てきます?
by: みわちゃん * 2015/03/25 02:22 * URL [ 編集 ] | page top
--k※※ru様<拍手コメントお礼>--
本当の意味で接触しましたね~。 まだまだすぐに・・・とはいかないでしょうが、その場で発作を起こさなかっただけでもよしとしましょう! それにしても・・・ふふ、ハルが気になります? そして鋭いご指摘に一人ムフムフしちゃってます( ´艸`) 結構ね、そこがポイントだったりするんですよ~。 --v※※go様<拍手コメントお礼>--
色んな感情で読み進めてもらっているようで嬉しいです(o^^o) そうなんですよね、どちらの気持ちもわかるだけにすれ違いっぷりが切ないですよね。 今は坊ちゃん我慢モードですが、そのうち暴走モードにギアチェンジするのでしょうか?(笑) --みわちゃん様--
司、よく我慢しましたよね。 発作の心配がないのならばどこまででも追いかけたでしょうけど(笑) ハルの存在も気になりますよね。 小さいナイトは2人にとってどんな存在になるんでしょうか。 ふふ、類が気になりますか? 鋭いですね~。出番も近いかもしれませんよぉ~( ´艸`) --管理人のみ閲覧できます--
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このコメントは管理人のみ閲覧できます --さと※※ん様--
あはは、そんなに気に入っていただけて嬉しいです~。 まさかそんなに萌えポイントがあったなんて( ´艸`) 今回はね、司の葛藤を描きたかったんですよね。 まぁぶっちゃけ、ずーーっと葛藤してるわけなんですが( ̄∇ ̄) つくしを目の前にしていつもの自分らしく突っ込めない。のに体が無意識に動く。 けどやっぱり我に返る・・・のエンドレス葛藤をね、書きたくて。 そしてうふふふふ、すっかりハルの虜になられたようですね?( ̄ー ̄) ここに来て彼の存在が気になって仕方がない!というご意見が急増しております(笑) そして皆さん目の付け所がさすがですね~。 ハルを見ていると色々と思い浮かべちゃいますよね。 ふふ、その辺りも実はポイントだったりするんですよ。 ハルは私の今一番のお気に入りキャラなので、予定よりも色んな意味で活躍してもらうかもしれません(笑) 勝手にイケメンなちびっ子なんだろうなって思ってます( ´艸`) --ke※※ki様--
あはは、一歩進んで十歩下がったような少しは前進したような・・・? なんとも微妙なところではありますが、ようやく顔合わせ&接触でございます。 つくしにハルに施設にと謎が増えてますが、解決の糸口はどこにあるんでしょうねぇ・・・? そうそう、皆さんの予想が楽しくて楽しくて。 豊富な発想力にいっそのこと私の代わりに書いてもらいたいくらいです(笑)いやホント。 最近鼻のムズムズがしんどいですよね~>< 確実に年々空気が汚れてきてるなぁと実感します。 --管理人のみ閲覧できます--
このコメントは管理人のみ閲覧できます --ゆ※ん様<拍手コメントお礼>--
ね~、何故こんなに怯えてるんでしょうか? 司からしてみればさっぱり意味がわかんないでしょうね。 記憶喪失で傷つけたというだけでは説明がつかなそうな感じです。 あはは、続きという名の薬、ウマイっ!!(≧∀≦) --コ※様--
その場ではなんとかセーフと思いきや、深く追及されて軽い発作が出てしまいました。 まだまだ簡単にはいかなそうですね。 ふふ、ハルの正体が気になりますよね。 何かしらのキーマンであることは違いなさそうですよ( ̄ー ̄) そして仰るとおり司にとっては手強いライバルとなりそうですね。 ある意味では類より厄介かも(笑) |
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