愛が聞こえる 19
2015 / 03 / 26 ( Thu ) その日の商談はいつにも増して上の空だった。
何を見ても、何を聞いても自分の中に留まることなくスルリと抜け出ていってしまう。 相変わらずニコニコ笑いながらのらりくらりとこちらの言い分をかわす目の前の男がさらにその苛立ちに拍車をかけていた。 結局、この日も収穫は得られなかった。 ____ ビジネスに関しては。 今の司にとって、ビジネス以上に重要なものが何なのか、言うまでもない。 これまでどう足掻いても直接の接点を持つことができなかったつくしとああいう形で再会するとは。 それは司にとっても予想外のことだった。 だからこそ。 この偶然を偶然で終わらせてはいけない。 あれは必然だったのだ。 何の手がかりもない状態でつくしを見つけたのも、こうして思いも寄らぬ再会をしたのも、全ては運命なのだと。 「・・・彼女は・・・牧野はよくここへ?」 「え? あぁ、そうですねぇ、おそらく彼女は決まった日があるというわけでもなかったと思いますよ。都合がついたときに来てくれているといった具合でしょうか」 話題が逸らされてほっとしたように見える男の口調は軽い。 「・・・そうですか」 ・・・ということは似たようなタイミングを狙って来たからといって必ずしもいる保証はないということか。 そもそも今回会ってしまったことで二度と来なくなるという可能性は? ・・・いや、彼女ならばそれはないだろう。 自分のことより人のこと。そんな性格のつくしがいくら司に会いたくないとはいえ、自分を心待ちにしている子ども達がいるのを見放すことなどできないに決まっている。 それはあの少年を見れば明らかだ。 あのクソ生意気なガキですら、つくしを守ろうと必死になっていた。 「道明寺さんは彼女とはどういう?」 「・・・・・・学生時代の知り合いでして」 しばらくの沈黙の後に返ってきた答えに男がなるほどと笑う。 「あぁ、そうでしたか。いやぁ、彼女は職員からも評判が良くてですね。うちも大助かりしてるんです。子ども達からも人気があるんですよ。彼女は学生の頃からあんな感じだったんですか?」 「・・・えぇ。 変わっていません」 そう。 自分のいないところではつくしは何一つ変わってなどいなかった。 それはこの2ヶ月、一定の距離を保ちながらつくしを見てきて感じていたことだった。 彼女が心に深い傷を負っていることは疑いようのない事実だが、それでも、日常の中ではそれを出すことは決してない。たとえ彼女の日常のほんの一部しか見ていないのだとしても、つくしならばきっとそうするのだろうということは容易に想像がつく。 そんな性格だからこそ発作という形でストレスが出てきてしまうのだろう。 心の内を素直に出せないからこそ、体が代わりとなって悲鳴をあげるのだ。 「先程の少年は・・・?」 「え? ・・・あぁ、あの子ですか。・・・すみません、入所者の個人情報はお教えできない規定になっていましてね。申し訳ない」 つくしのことは饒舌に話していたというのに、あのガキの話に及んだ途端急に口ごもりだした。 主張自体はもっともなことだが、その様子は明らかにおかしい。 ・・・・・・あのガキに何かあるのだろうか? 「・・・では日をあらためてまた伺わせていただきます」 「いや、何度もお越しくださっていて心苦しいんですが、こちらとしてはそちらの意向に添えないですから、どうかこれ以上の労力は・・・」 「私は諦めませんよ」 「えっ?」 「元は交渉が成立していたわけです。ただそれが契約という正式な形で交わされる前だったというだけで。何故急に方針が変わったのか、こちらとしても納得がいくまではとことん交渉を続けたいと思っていますので」 「いや、ですが理由は・・・」 「あれは真の理由ではないですよね?」 「・・・えっ?」 司の発言が全くの想定外だったのだろうか。 男は驚きに染まっている。 「上辺だけの理由を並べられたところでこちらとしても納得がいきません。ですからこれからも我が社の姿勢は変わりませんよ。必ずこのプロジェクトを成功に導いてみせます」 「い、いや・・・」 明らかに動揺を見せる男を尻目に、司はスクッと立ち上がって頭を下げた。 「では本日はありがとうございました。またお伺いさせていただきます」 「あ・・・道明寺さんっ?!」 引き止めたところで相手の言いたいことはわかっている。 だがこちらとしても一歩も引く気はない。 司はニコッと軽く営業スマイルを見せると、まだ何かを言いたそうにしている男をその場に残して応接室を出た。 いつもならば迷うことなく玄関へと向かう。 だが今日は違う。 どうしても行かなければならない場所がある。 西田はそんな司の心の内がはっきりと読めているのだろうか。それ以上はついてこようとはせず、軽く会釈だけして先に玄関の方へと向かっていった。 カツン・・・ 全ての室内を見て回ったが、つくしの姿を捉えることはできなかった。 それはあの時追いかけなかった時点でわかりきっていたことだ。 ・・・それでも、発作が起きなかったという僅かな希望に懸けたかった。 もしかしたら、迷いながらもここにいるのではないかと。 だが現実は甘くはない。 これからどうすべきか・・・ 「 おい 」 聞き覚えのある声とフレーズに振り返る。 と、あの少年が仁王立ちするように司を睨み付けていた。 「・・・・・・」 「おっさんつくしの何なんだよ!」 無言のままただ自分を見ているだけの司に苛立ったように少年が叫ぶ。 つくしを追いかけなかった時点で、何故だかこうなるような予感がしていた。 「・・・あいつは? 帰ったのか?」 「そんなんお前に関係ないだろっ!」 「あいつはどうしたのかって聞いてんだよ」 抑揚のない声がかえって恐怖心を与えたのだろうか、一瞬だけ顔色が変わった。 だがすぐに自分を取り戻すと再び司を睨み上げる。 「お前のせいだ! お前のせいでつくしは・・・」 その言葉に司の瞼がピクリと動く。 「あいつが何だよ? 何があった? まさか・・・」 膝をついてガシッと少年の肩を掴むと、思わぬ行動にその体が揺れた。 「なっ、何すんだよ! 離せよっ!」 「うるせえ! いいからあいつに何があったのか教えろっ!!」 ジタバタもがくものの、以前と同じでその力の差は歴然。 ピクリともしない。 ハルは悔しそうに唇を噛むと、せめて気持ちだけは負けてなるものかと目の前の男に怯むことなく睨み続けた。 「・・・お前のせいでつくしが苦しそうだったんだよっ!」 「苦しいって・・・発作か? 発作が起こったのか?!」 「発作・・・? そんなんわかんねぇよ! ただ、お前のことを聞いたら突然苦しそうにし始めて、それで俺、どうしたらいいのかわからなくて・・・」 あの後発作が・・・? ということはやはり発作と自分は直結しているということなのか。 「それで?! それでどうした!」 肩を掴んだ手に力がこもる。痛みで思わず顔が歪むが、目の前の男のあまりの必死な形相に、ハルも反論することを忘れてしまっていた。 「助けを呼ぼうと思って・・・でもつくしがそれはやめてくれって頼むから、だから俺・・・」 「そのままだったのか? あいつは何かしたか?!」 「何かって・・・ただつくしの息が落ち着くのをひたすら待った。それだけだよ」 「・・・・・・」 掴まれていた手からフッと力が抜けていく。 そのまま何かを考え込むように黙ってしまった司にハッと我に返ると、ハルは自分の体に触れたままの手を全力で振り払った。 「離せよっ! お前のせいだからな! お前のせいでつくしはっ・・・!」 「・・・・・・」 「・・・・・・」 てっきり何か言い返されるとばかり思っていたのに、予想に反して目の前の男は何も言っては来ない。むしろどこかひどく傷ついたような、悲しげな顔に見えて、思いも寄らない反応にハルもそれ以上の言葉が出なくなってしまった。 あれだけ言いたいことがあったというのに。 こいつのせいでつくしが苦しんだというのに。 しばし互いに視線を逸らしたまま気まずい時間が続く。 「・・・・・・お前がずっとあいつについててやったのか?」 「・・・え?」 視線を戻せばいつの間にか男の顔は元に戻っていた。 それでも、その目があまりにも真剣だったから、ハルはどうしてだか逆らうことができなかった。 こんな男に与える情報なんて一つだってないと心では思っているのに。 「・・・・・・」 無言を肯定を捉えた司は、発作が起きたことは問題だとはいえ、さほど重い症状でなかったことにひとまずは胸を撫で下ろす。 「悪かったな」 そう言ってポンと頭に手を乗せると、これまで大人しくしていたハルが現実に引き戻されたかのように慌ててその手を振り払った。 「んだよっ、触んじゃねぇよ!」 「お前には言いたいこともあるがあいつのことに関しては感謝してる」 「なっ・・・?! お前にそんなこと言われる筋合いはねぇよ! そもそも誰のせいでつくしがあんな目にあったと思ってんだよ! お前のせいだろっ?!」 ハルの放った言葉に司の顔が一瞬で曇った。 またしてもそれを目の当たりにしたハルの言葉がそこで止まってしまう。 なんなんだよ・・・ 全部こいつが悪いのに。 どう考えてもこいつのせいでつくしがあんな目にあったっていうのに。 なんで自分が傷ついたみたいな顔すんだよ! ふざけんな!! 心の中ではそう思っているのに、どうしてだか言葉にして出すことができない。 ハルは自分でもわからないその行動に、自分自身に何が起こっているのか全くわからずにいた。 ぶすくれた顔でただ視線を逸らすことしかできないだなんて。 司はそんなハルをしばらく見ていたが、やがて胸ポケットから名刺を取り出して差し出した。 突然目の前に現れたものにハルが驚いて顔を上げる。 「俺の連絡先だ。会社でも俺の携帯でもいい。何かあったら連絡してくれ」 「・・・はぁ? お前何言ってんだ?! するわけねぇだろっ!!」 あまりにもふざけた言い分にハルの頭にカァッと血がのぼる。 だが司はハルの手を掴むと半ば無理矢理それを握らせた。 「・・・にすんだよ、ふざけんなっ! 誰がお前なんかに・・・!」 「あいつを頼む」 「・・・・・は?」 「今の俺にはあいつを守ってやることができない。認めたくはないがそれは紛れもない事実だ」 「何言って・・・」 このおっさん頭がおかしいのか? と思ったがその顔は真剣だ。 「あいつがお前に心を開いているのなら、お前があいつを守ってやれ。それがあいつの救いになる」 「だから一体何言ってんだよ! 離せよっ!!」 掴まれた手をぶんぶん振り回すが、司は決して離そうとはしない。 イラッときたハルは以前と同じように蹴りを入れてやろうと足を後ろに引いた。 「俺があいつを取り戻すまでは、だけどな」 だが急に強気になった語調に思わずその動きが止まった。 見ればどこか弱気に見えた顔はすっかり消え去っている。 強い視線と自信に満ち溢れたオーラに、蹴り上げるはずだった足が動かない。 そんなハルにふっと目を細めると、司はもう一度頭をポンと叩いて立ち上がった。 「じゃあな。また来るから」 そう言い残すと、ハルの答えも聞かずに歩き出した。 コツンコツンと響く音にハッとしてようやくハルが我に返る。 「ふっ、ふざけんなっ! 誰がてめぇなんかに連絡するかよ! おい、聞いてんのかっ! ぜってぇにしねぇからなっ!!!」 どんなに大声で叫ぼうとも司の足は止まらない。振り向かない。 「二度と来んじゃねーーーぞっ!!!」 小さくなっていく背中にそう叫ぶと、最後に司の右手が軽く上がった。 そして通路の向こうへと消えて行った。 「なんなんだよ・・・ふざけんなっ! こんなものっ・・・!!」 手の中の小さな紙切れをパシッと床に叩きつけた。 そのままグチャグチャに踏みつぶしてしまおうと足を上げたところで、ふと動きが止まった。 その視線が名刺に注がれたまま止まっている。 しばらく止まったまま何かを考えると、やがてゆっくりとその足を降ろして再び小さな紙切れを拾い上げた。 「道明寺司・・・・・・?」 名刺に書かれた名前を口に出すと、ハルは男が立ち去った方をもう一度見た。 その方向には微かな香りだけが残されていた。 *** 「いらっしゃいませ。お一人ですか?」 「・・・いえ、先に人が待ってますので」 その言葉に店員はニコッと笑うと、カウンターへと戻っていった。 どこかぎこちなさの残る足取りで男は一歩、また一歩とゆっくりと歩みを進めていく。 やがて店の奥でボーッと外を見ていた男がこちらに気付いた。 「やぁ、こっちだよ」 「すみません、わざわざ時間を作っていただいて」 時間をかけて辿り着くと、ぺこりと一礼してから向かいの席に座った。 「いいよ。俺もそろそろ連絡しようと思ってたから。・・・それで? 何かあった?」 「いえ、僕自身は何も。 ・・・ただ、この前会った時に姉ちゃんの様子がちょっとおかしかったから気になって。 もしかして何かご存知なんじゃないかと思って。 何か知ってますか? ・・・類さん」 そう言うと、進は目の前にいる美しい男を真っ直ぐに見据えた。
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でた、類。 待ってました。 やっぱり身近にいた。 司は腹をくくったみたい。 さすが。 自分では、つくしのそばにいくことはできないから、ハルに期待して。 逢いたいだろうに。 そばに行きたいだろうに。 頑張れ、司。 そして、つくし。
by: みわちゃん * 2015/03/26 02:49 * URL [ 編集 ] | page top
--ゆ※ん様<拍手コメントお礼>--
消息不明だった進君の登場です。 しかもこれまたしばし行方知れずだった類と共に。 2人はどういう繋がりがあるんでしょうねぇ・・・?そしてハルは司を知ってる? うーん、妄想事故は止まりませんねぇ~(笑) --みわちゃん様--
あはは、おーい類くーん、読まれてますよぉ~!(笑) 司もクソガキと認定しつつも何故だか名刺を渡しちゃってます。 何か感じるところがあったんでしょうか。 彼の直感は結構鋭いですからねぇ。 つくしの傍にすぐに行きたいけれど行けない。 もどかしいけれど牛歩戦術で着実に歩みを進めてますよ~( ̄ー ̄) --管理人のみ閲覧できます--
このコメントは管理人のみ閲覧できます --こ※様--
そうですね。ようやく駒が揃ってきたって感じですね。 あとはそれぞれがどう絡み合っているのか。 それが少しずつわかっていくのかなと思ってます。 ふふっ、進の細かい描写よく見てますね~! 皆さん本当に色んなところに気付かれていつもこちらが驚かされてます。 その辺りも今後徐々にわかっていきますよ~^^ --管理人のみ閲覧できます--
このコメントは管理人のみ閲覧できます --管理人のみ閲覧できます--
このコメントは管理人のみ閲覧できます --ke※※ki様--
病は気からって言いますしね。 昔の人の言葉ってほんとその通りだな~と思うことが多くて感心しちゃいます。 意外?それとも予想通り? 類と進に何かしらの接点があるようです。 類は司にとって敵か味方か。 さぁ~どうしましょうかね~(◜௰◝) --コ※様--
類と進の接点があることが発覚しました。 一体類は何を知ってるんでしょうか。何が目的? そもそも敵か味方か。 その辺りも徐々にわかっていきますよ~。 あはは、一番のキーマンはほんと誰なんでしょうね~。 私も決めかねてます(笑) |
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