幸せの果実 11
2015 / 03 / 30 ( Mon ) 「ん・・・」
もぞっと体を動かすと、絡みついていた腕がぎゅっと力を増してそれを阻む。 あったかい・・・ 背中から全身に伝わっていく温もりに微睡みながら、つくしは再び眠りの世界に落ちていきそうになる意識をゆっくりと浮上させていく。寝ぼけ眼でぼんやりとした世界しか見えないが、その明るさからもう夜が明けていることがわかる。 結婚してから3ヶ月。 毎朝起きる度に何故こんなに世界が輝いて見えるのだろうと思う。 何気ないことが2人でいればこんなにも幸せに変わるだなんて。 「・・・・・・・・・ん?」 夢心地の幸福感に満たされていたつくしの視線がふと、とある一点で止まる。 ぼんやりしていた視界が徐々に正常に戻っていくと、一瞬にしてその顔が真っ青に変わった。 「・・・っ!!! ちょっ・・・起きてっ! 司っ起きてっ!! って言うか離して~~っ!!!」 「・・・・・・んだよ、うるせーよ」 後ろから巻き付いた腕を外そうともがくが、むしろその力が増していく。 「時間っ! 寝坊してるからっ!! 仕事遅れちゃうってば!!! 起きてっ!!!」 「・・・俺はゆっくりで構わねーんだよ」 「あんたがよくてもあたしはそういうわけにはいかないの! 今日は大事な初日なんだからっ!! ねぇっ、お願いだから起きてっ! それか寝ててもいいからこの手だけ離してっ!」 「・・・・・・」 「司っ!!!」 訴えも虚しく、司はまだ半分以上夢の世界に足を突っ込んだままで反応がない。 かくなる上はみぞおちに肘打ちを一発お見舞いするしかないと構えたときだった。 ブァサーーーーーーーーッ!!! 「きゃあっ?!」 「っ?!」 2人に掛かっていたシーツが突如宙を舞った。 と同時に全身がひんやりとした空気に触れる。 「頼まれてた時間になっても起きてらっしゃらないのでお約束通り参りましたよ。いい加減起きてくださいませ」 「タ、タマさん・・・」 呆気にとられる2人の視線の先には仁王立ちしたタマ・・・と数人の使用人が。 だがタマ以外の全員が何故だか赤面して視線が泳いでいる。 「早く起きてその格好を何とかなさってくださいな。食事も準備できてますからすぐに来てくださいね」 「・・・へ?」 それだけ言い残すとタマは使用人を引き連れて出て行ってしまった。 ぽかんと口を開けたままのつくしの背後でゴソッと司が体を起こしたのがわかった。 「やっと起きてくれる気になっ・・・・・・・・・??????!!!!!!」 「・・・? なんだよ」 「い・・・いやああああああああああっ!!!!」 振り向きざまにフリーズした後、つくしの絶叫が邸中にこだました。 「ったく。お前はいちいち大袈裟なんだよ」 「大袈裟なんかじゃないでしょ?! だって・・・だって!! あんな、あ、あ、あんな・・・」 「たかだか裸を見られたくれーでどうってことねぇじゃねーか。男に見られたわけでもあるまいし」 「そういう問題じゃないよっ! っていうか、あんたいつの間に脱がせてたのよ!」 振り向いたつくしが目にしたのは、惚れ惚れするほど完璧な夫の裸体だった。 いや、そんなことに浸っている場合ではない。 当然ながらそれは自分も同じで、裸のまま絡み合う姿を思いっきり見られてしまったのだ。 不幸中の幸いか、抱っこちゃんのようにつくしに密着状態だったため禁域を見られることはなかったようだが、それでも人様にあんな姿を見られるなんて死にそうなほどに恥ずかしい。 それだというのにこの男は何故にこんなに平然としていられるのか! 「お前がパジャマなんて邪魔なもんつけっからだろうが」 「だって今日から仕事じゃん! 万が一風邪でもひいたら困るでしょ?!」 「だからくっついて寝りゃあ何の問題もねぇじゃねーか」 「そういう問題じゃなくて・・・!」 「ほらほらあんた達、いつまでそんなことやってるんだい。そろそろ出なきゃほんとに遅刻しちまうよ。坊ちゃんも今日から社長になるんだろう? 遅刻なんかしちゃあ社員に示しがつかないよ」 「あっ、やばっ・・・! タマさんありがとうございます。じゃあいってきますっ!」 「あっおいっ、待てよっ! ・・待てっつってんだろうが!」 大慌てでエントランスへと走り出したつくしを慌てて追いかける。 急ぎながらもずらりと並んだ使用人にぺこぺこ頭を下げていくつくしに、全く目もくれない司。 それは変わらないこの道明寺邸の今の日常だった。 「・・・やれやれ。あれで今日から社長夫婦だって? 全くどうなることやら」 嵐のように去って行った主を見送りながらタマが呆れたように放つと、その場にいた使用人がクスクス笑いながら温かい眼差しを送っていた。 *** その日、道明寺ホールディングズ東京支社は朝から騒然としていた。 「ねぇ、いよいよでしょ?」 「うん、いよいよね」 「あ~っ、今日こそ一目でいいからお目にかかってみたい~!」 「って言うかさ、奥様も一緒にいらっしゃるんでしょ?」 「あ、あのつくし様とか言われる女性でしょ? なんでも西田さんの下に就いて社長の第2秘書になるらしいわよ!」 「えぇ~っ! じゃあ夫婦が社長と秘書の関係になっちゃうってこと?! やだ~、なんか響きがヤバイっ~!」 「いや、あんたのその顔の方がやばいから」 「ちょっとおっ?! どういう意味よっ!」 受付の女性陣が井戸端会議に花を咲かせていたその時、突然エントランスが異様なざわつきに変わった。それに気付いた彼女達がその騒ぎを視線で辿ると、噂をすれば影、今話していた当事者が2人並んでエントランスに入って来たところだった。 「来たみたいよっ!!」 まだ就業前ということもあり、自分たちの立場も忘れて慌てて持ち場を離れると、少しでもその姿を目に焼き付けようと近づいていく。既にエントランスには無数の人集りができていて、なかなか思うように近づけない。 だが誰が言ったでもなく、彼らから数メートル離れたラインより先に進もうとする者は1人もおらず、まるで見えない線が引かれているかのように見事なボーダーラインが出来上がっていた。 それはレッドカーペットのように。 「・・・・・・!」 ようやく2人の姿を捉えることに成功すると、誰もが息を呑んで言葉を失った。 目の前にいるのは慣れ親しんだ副社長・・・もとい今日から社長となる男、そして噂の結婚相手、道明寺つくしだ。 入籍から3ヶ月、披露宴から既に1ヶ月、つくしはほとんど社員の前に姿を現すことはなかった。 来たことがないわけではない。だが、大抵役員専用通路から出入りしてしまうため、社員が直接お目にかかれる機会はほぼなかった。そうさせていたのは司の指示だったのだが、つくしも社員に余計な混乱を与えて業務に差し障りがでることを避けたかったため素直にそれに従っていた。 新聞やテレビでしか見たことのなかった女性がそこにいる。 シンデレラガールとして世界中を沸かせたその女性が。 数々の媒体を通して見ていたその人は全てにおいて 「普通」 という印象だった。 決して悪い意味ではないが、良くもとにかく 「普通」 なのだ。 だからこそ余計にシンデレラなどと騒がれたのだろうが。 だがそれが誤った認識であったことをその場にいた誰もが感じていた。 今、社長たる男の半歩後ろからついて歩いている女性は綺麗だった。 ただただ、綺麗だった。 何がとか何処がなんてそんな陳腐な言葉では語れない。 彼女自身が醸し出すオーラがとにかく綺麗なのだ。 時折何か話しかけられて微笑む姿は、見る者を自然と笑顔にしてしまう。 それは当然すぐ隣を歩いている男も例外ではなく。 ___ 彼は笑っていた。 それはそれは本当に優しい顔で。 彼の笑う顔を見た者など、恐らく片手で余るほどしかいないに違いない。 いや、いない可能性だってあり得る。 それほどに、彼らの知る道明寺司という男は寸分の隙もない男だった。 それなのに今目の前にいる彼はどうだというのだ。 時折隣を歩く女性と目を合わせては実に楽しそうに笑っているではないか。 本当に同一人物なのだろうかと聞きたくなるほどに、まるで別人の男がいる。 ・・・それは社長としての道明寺司ではなく、ただ一人の男としての道明寺司の姿だった。 その内から溢れ出す輝きに、誰もが何一つ口にできずにただただ見とれていた。 彼らがどれだけ深い絆で繋がっているのか、どれだけ幸せなのか、ただその姿を見ているだけで全てが伝わった。 それは、普段なら正面エントランスを決して利用しない司が、わざわざ注目されるのをわかった上で通っていることからもわかる。 彼は見せたいのだ。 自分の愛する女性がどれだけ素晴らしい人間であるのかということを。 そしてどれだけ自分がその女性を愛しているのかということを。 やがて重役専用のエレベーター前まで辿り着くと、待ち構えていた西田と合流する。 つくしはまずはじめに西田に会釈をすると、くるっと体を反転させてずっと一部始終を見守っていた社員達に向かってペコッと頭を下げた。 何度も、何度も。 そして司から声を掛けられると、最後にもう一度深々と頭を下げてエレベーターの中へと消えて行った。 「み、見た・・・?」 「み、見たわ・・・」 「・・・・・・笑ってたね・・・」 「・・・えぇ、あの社長が・・・笑ってた・・・」 「「「「「 素敵ぃ~~~~~っ!!!!! 」」」」」 社長夫妻の消えたエントランスはしばしの沈黙の後、割れんばかりの歓声とどよめきで一瞬にして凄まじい熱気に包まれた。初めて見る社長の素顔に、初めて目の当たりにした噂のシンデレラの何とも表現しがたいオーラに、その日は就業時間を過ぎても多くの社員がどこかフワフワと足が地に着かない一日を過ごすこととなった。 「はぁ~~~~っ、緊張し過ぎで朝食べたものが全部出るかと思った・・・やばかったぁ~・・・」 「くっくくく、それが社長秘書になる女が言うことかよ」 その一方で、エレベーターの中では緊張のあまり今さらながら人の字を書いて大量に飲み込んでいる女がいたなどと・・・そしてそれを腹を抱えて笑い飛ばす男がいたなどと・・・ 想像できた人間がいるはずもない。 また新しい一日が始まる。
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by: * 2015/03/30 00:29 * [ 編集 ] | page top
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いいね~タマさんのワイルドな起こし方(笑) これに懲りたら、寝坊に注意しましょう。 いよいよオフィス編始まりましたね。 ド緊張状態を上手に隠し、颯爽とエントランスを抜けて、社員にため息を残したつくしと司。 つかみはOKですね。 これから何が起きるのか、楽しみです(笑) --管理人のみ閲覧できます--
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ふふっ、タマの行動は確信犯ですね。 でも坊ちゃんの坊ちゃんが表に出てなくてよかったです。 きっと見ちゃったら使用人さん一生頭から離れないだろうから(笑) 色んな意味でね、スゴイですから・・・( ̄∇ ̄) いよいよ新展開の始まりです~(・∀・) --みわちゃん様--
「ワイルドだぜぇ~?」ってタマさん言ってそう(笑) え?相当古い?( ̄∇ ̄) いよいよ社長と秘書編が始まりました。 これから怒濤の(?!)展開を見せていくやもしれません。 さぁ、ラブラブ満開の2人に何が起こる? --名無し様<拍手コメントお礼>--
すっかりラブラブな2人です♪ そんな2人に嵐が起こる?! --さと※※ん様--
いやぁ、ある意味つくしに密着してたのが不幸中の幸いでしたね。 見えちゃった日にゃあ・・・多分使用人の皆さん貧血になりますよ。(鼻血ブーで) しかもほら、朝ですし・・・ねぇ?色々と大変なことになってるでしょうから。 (何を言っとんのじゃ) 人の本質はそうそう変わりません。 一見オーラがあるように見えてもつくしはそんなもんです(笑) でもオーラが見えるなんて凄くないですか?! きっとぐんぐん綺麗になってるんでしょうね~。 坊ちゃんうかうかしてられませんよ! --ゆ※ん様<拍手コメントお礼>--
うへへ、そりゃあそうですよ( ̄ー ̄) 顔ペロペロなんてそんなしょーもない場所でなしに、 あっちをぺろぺろ、こっちをペロペロ、坊ちゃんは忙し・・・ゲフンゲフン!! --ke※※ki様--
そうそう、類君の誕生日だったんですよね。 我が家はつかつくだし・・・まいっかと思いまして(笑) とかいいつつネタが思いつかない&余裕がないだけなんですけども( ̄∇ ̄) そしていよいよ社長と秘書編(?)が始まりました。 さぁ、2人をどんな新展開が待ち受けているのでしょうか。 --管理人のみ閲覧できます--
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