幸せの果実 12
2015 / 03 / 31 ( Tue ) 「あの・・・それっていつも手作りされてるんですか?」
「えっ?」 「あっ・・・ごめんなさい! プライベートなことまでペラペラ聞いてしまって・・・申し訳ありません!」 うずらの卵を口に入れた状態で止まって顔を上げたつくしに、余計なことを詮索してしまったと我に返った目の前の女が過剰なほどにぺこぺこと頭を下げ続ける。 「あぁあぁ、佐藤さん、謝る必要なんてないですから。いい加減止まってください!」 「は、はいっ・・・すみません・・・」 顔を上げてくれたはいいものの、尚も申し訳なさそうにしている姿につくしの方こそ恐縮しきりだ。 「ほんと、変に意識しないでくださいね?私は皆さんと対等な立場で仕事したいと思ってますから」 「は、はい・・・」 『私はここに社会人として仕事に来ています。社長の妻であるということは仕事においては忘れていただけたらと思っています。私も仕事中は私情を持ち込まず、夫ではなく上司として接するつもりです。それから、この職場において一番の未熟者は私です。ですから遠慮なく厳しくご指導いただけたら嬉しいです。 皆さんにとっては正直やりづらい環境だとは思いますが、どうかよろしくお願い致します」 つくしが初日の挨拶で話した言葉だ。 司の社長就任に加えその奥様となる人物の登場に、例に漏れず秘書課の面々も緊張した面持ちでその時を迎えたのだが・・・ いざ蓋を開けてみれば拍子抜けするほど低姿勢な女がやって来たではないか。 社長夫人として扱えどころか新人扱いして欲しいなどと、よもや最初の挨拶でそんな言葉が飛んでくるだなんて予想した人間がどこにいるというのか。 「で、さっきの質問ですけど、仰るとおり私が作ってます!! ・・・って言いたいところなんですけどね、さすがに現状そこまでする余裕がないので、お邸の人に作っていただいてるんです。時間に余裕があるときは自分でするんですけどね」 「へぇ~! お邸で働いてる人ですか。さすがは社長のお宅ですね」 「あはは、本当に。人様に作ってもらうなんて申し訳なさ過ぎて足を向けて眠れませんよ」 「えっ? あははは!」 つくしの口から飛び出した冗談にようやく緊張が解れたように笑った。 「・・・でも、意外と庶民的なお弁当なんですね?」 あらためてつくしの手元のお弁当を意外そうに見ている。 「え? あ~、これはですね。そうしてくださいってお願いしてるんです」 「えっ?」 「だってそうでも言っておかないととんでもない中身になっちゃうんですもん。フォアグラとか鴨のローストとか、どう考えてもお弁当とは言わないでしょ?! みたいな」 「す、凄いですね・・・」 「本当にね~、びっくりですよね。確かにおいしいんですよ? でもそういうのってたまーに食べるからおいしいしそのありがたみもわかるんだと思いません? それに、私は庶民ですから。幼い頃から築いてきた味覚なんて、結婚したからって変えることはできません。やっぱりこういう普通の味が一番落ち着くんです」 そう言って手元の卵焼きをパクッと食べて唸りながら心底美味しそうに笑った。 「・・・素敵ですね」 「え?」 「なんだか、あれだけ女性にもてるのに全く興味も示さなかった社長がどうしてつくしさんを好きになったのか、よくわかる気がします」 「えぇ~っ?!」 「ふふ、本当ですよ」 首を傾げるつくしを見てどこか楽しそうに笑っている。 そういえばアメリカにいた頃も同じようなシチュエーションで似たようなことを言われた気がする。 そんなにわかりやすい何かが自分からは出ているのだろうか? 考えてみても自分ではやはり全くわかりそうにない。 つくしが秘書として働き始めて早くも一週間以上が過ぎていた。 最初こそ社長夫人という肩書きに緊張の面持ちだったが、つくしが謙遜でも何でもなく本当に肩肘張らずに向き合える人間なのだということが浸透するまでにはそう時間はかからなかった。 それはこうしてお昼の時間を共に過ごすのが日課になりつつあることからもわかる。 誰と決まっているわけではないが、ランチタイムは秘書課の人間とできるだけ同じ時間を過ごすようにしたいとつくしが願っていた。これはアメリカにいたときと同じで、自分が一社会人だと自覚するためでもあり、何よりも一対一の対等な人間関係を築きたかった。それに尽きる。 最初こそ誰もが恐縮気味だったが、今では日々いろんな相手がつくしとのランチタイムを楽しみにしているようだった。 司は自分と一緒なのは不服なのかなんてことを言っていたが、それも口ばかりで、なんだかんだつくしのやりたいようにやらせてくれている。その気持ちが嬉しくて仕事へのやる気も増していく。 そのプラスの相乗効果は目に見えてわかるほどだった。 「社長ってあんなに笑う人だったんですね」 「え?」 「あっ、いえ・・・その、副社長としていらっしゃったときは笑うところなんて見たことがなかったので・・・」 「あぁ、どうせこーーーーーんな顔してたんでしょう?」 「えっ?」 そう言って目をつりあげて極悪人面するつくしに一瞬呆けた後、佐藤はプッと吹き出した。 「あはは、凄い顔!」 「でも似てると思いません?」 「・・・はい、思います」 思わず出た佐藤の本音に2人顔を見合わせて大笑いした。 「・・・あ。もう時間ですね。そろそろ行かなきゃ」 「本当だ! 私今日はこの後商談についていかないとなんです。急いで歯磨きしなきゃ」 「新事業のやつですよね?」 「そうみたいです。まだまだ勉強不足なので必死です」 「ふふっ、頑張ってくださいね」 「ありがとうございます! じゃあまた。今日は楽しかったです」 パタパタ手元を片付けると、つくしは佐藤に笑顔で別れを告げて急いで休憩室を後にした。 *** 「今から会う社長って30歳なんだ・・・。若いんだね」 移動中のリムジンの中で資料を見ながらつくしが呟く。 「それを言ったら俺は26だけどな」 「え? あ、そっか。あははは、あらためて考えるとほんと凄いよねぇ~。しかもあの道明寺財閥なわけだし。なんか司って、年齢を超越した特殊生物って感じがする」 「なんだそりゃ」 「あははは。でもほんとに凄いよ。その若さで財閥のトップに立つなんて。素直に尊敬する」 あまりにすんなり出てきた褒め言葉に思わず司も目を丸くする。 にこにこ笑うつくしの肩をグイッと引き寄せると、顔がくっつくほどの距離でつくしを覗き込んだ。 今度はつくしが目を丸くする番だ。 「なっ、何?!」 「やけに素直じゃねーか。その気にさせてぇのか?」 「は、はぁっ?! もう、相変わらずバカみたいなこと言わないでよ!」 「バカで結構。つーかお前がスイッチ入れたんだからな」 「えっ? ちょ・・・待って待って待って!今仕事中だってば!!」 今にも触れそうなほどに近付いて来た唇を必死で押し返すがビクともしない。 「今は移動中だ。誰にも見えねぇんだから気にすんな」 「気にするよっ! 口紅だってさっき塗り直したばっかりなんだから! また落ちちゃ・・・んっ!」 突っ張っていた両手がいとも簡単に捉えられると、あっという間に唇が重なった。 しばらくはそれでも抵抗しようとしていたが、やがて面白いように全身から力が抜けていく。 そうなったらもう司の狙い通りだ。 ふにゃふにゃと骨抜きにされていく女を時間の許す限りこれでもかと堪能していった。 「・・・もう、バカバカバカっ! 今から大事な商談があるっていうのに・・・信じらんない!」 結局あれから到着する直前まで散々いいように転がされてしまった。 とはいえキスとせいぜい首筋への愛撫程度なのだが、それでもつくしにとっては一大事だ。 何故なら・・・ 「なんだよ、濡れたのか?」 「な゛っ・・・?!」 耳元で囁かれた信じられない言葉に耳を押さえながら一瞬で真っ赤に染まる。 周りに人がいるというのに何てとんでもないことを言うのか。 キッと睨み付けてはみたものの、説得力がない。 何故なら・・・・・・図星だったから。 この男のキスはそれだけで凄まじい破壊力をもっているのだ。 本当はお腹の奥がキュンキュン疼きまくってたなんてこと・・・言えるはずがない! 「そ、そんなわけないじゃない! もう、ほんとにバカじゃないの?!」 「へぇ~~~? じゃあ商談が終わったら直に確認してやるよ」 「へっ・・・?」 再び耳元で舐めるように囁くと、司はニヤリと妖艶な笑みを浮かべて颯爽と前を歩いて行く。 しばし呆然と立ち尽くしたままだったが、ようやくその意味を理解すると、ボンッ!と音をたてて茹でダコになった。見れば明らかに司の背中が揺れて笑っている。 全くこの男はっ!!!! 「ほら、早く行くぞ、秘書さん」 「・・・もうっ! 待ってくださいよ、社長!」 離れたところで振り返って笑う我が夫であり上司である男。 その笑顔に膨れていた頬が自然と緩んでいくと、つくしは笑って走り出した。 *** 「本日はわざわざお越しいただきましてありがとうございました」 商談は予定通り2時間ほどで終わった。 近く建設予定の商業ビルのデザインを手がけるのが今回訪れたデザイン事務所だ。 決して大きくはないが、このところその手腕を買われ、業界内でもぐんぐん頭角を現してきていると専らの評判の事務所だった。 だが決してその人気にあやかって取引先を決めたわけではない。 今ほど有名になる前から司自身がここがいいと見抜いていたところが結果的にここだったというだけの話。つくしはこうしてことあるごとに彼の鋭いビジネスセンスを感じていた。 目の前にいる男、遠野康介がこの事務所の社長兼設計士なのだが、一見モデルかと思うほどのルックスをしている。おそらく普通の女性であればしばらくは見とれてしまうのではないかと思うほど。 だがつくしにとっては既に過ぎるほどの免疫がついている。 顔を合わせてから今まで、一度もその姿を意識するような素振りはない。 それもそのはず、F4に囲まれ、中でもリーダー格の道明寺司を夫としているのだから、おそらくどんな人間を見ようともその見た目やステイタスで心を揺さぶられることなど考えられない。 まぁそれ以前につくしの場合は性格からしてそうではあるだろうが。 康介はそんなつくしの態度を面白そうに観察しているが、当の本人はそんなことにすら気付いていない。 「いえ、こちらこそ今度とも期待していますので」 「ありがとうございます。道明寺さんにそう言っていただけるのはこの上なく光栄なことです」 エレベーターの前まで見送りに来た遠野に差し出された手に司が軽く手を重ねる。 握手を終えると、今度はつくしの方に体を向けてニコッと笑った。 「つくしさんもこれからよろしくお願いします」 「あ・・・はい。こちらこそよろしくお願いします!」 大事なビジネスパートナーだと、つくしは何の迷いもなく手を差し出した。 一瞬だけ司が面白くなさそうな顔になるが、あくまでこれはビジネス。 握手程度でいちいち憤慨していては仕事にならない。 だがつくしの手が重なった次の瞬間、遠野の口から思いも寄らない一言が飛び出した。 「ずっとあなたとお会いできるのを待ってたんです」 「・・・え?」 意味がわからない顔をするつくしに遠野がにこーっと更なる笑顔を見せる。 その顔は笑っているような・・・笑っていないような。 「たとえ既婚者だろうと関係ありません。私は全力であなたを奪いにいきますから」 「「 ・・・・・・ 」」 2人して言われた言葉の意味が一瞬理解できずに黙り込んでしまう。 先に我に返ったのは当然ともいうべきか司だった。 「てめぇ、何ふざけたこと言ってやがる?」 掴まれたままのつくしの手をすぐさま離そうとしたが、思いの外強い力で握られていて簡単には外れない。司は思わず舌打ちしながら男の手を思いっきり掴むと、力任せにつくしの手から引き剥がした。 そしてすぐにつくしを自分の背後へと隠す。 男は気にした素振りもなくニコニコとその様子を見ている。 「ふざけてなんかいませんよ。私は至って正気です。ずっと彼女のことを想ってたんです。結婚しようが関係ない。人の妻になったのならば奪えばいいだけのこと。遠慮はしませんよ」 司の後ろからつくしが信じられない面持ちでその会話を聞いていた。 それもそのはず。 この道明寺司を前に、かつてこんなことをした人間がいただろうか。 しかも既婚者を前にして堂々と略奪宣言をするなどと、一体誰が予想できるというのか。 そしてそれは司にとっても同じこと。 さっきまでと何ら変わらない笑顔を見せながらも信じられないようなことを平然と言ってのける目の前の男に、一瞬だけ言葉を失う。 突然の急展開に、さっきまでの穏やかなビジネスモードが鳴りを潜め、今にも一触即発しそうな張り詰めた空気が辺り一面に広がっていた。
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by: * 2015/03/31 00:53 * [ 編集 ] | page top
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わぁ〜この男、何者? 純粋な気持ちなのか、何か企んでるのか? 司を怒らせて・・。 車の中でイチャイチャしている場合じゃないなぁ。 どんな展開になるか、楽しみ〜。 --管理人のみ閲覧できます--
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嬉しいお言葉有難うございます(*^^*) バナーの猫も気に入っていただけて嬉しいです。 皆さんと共に癒やされたいという想いを込めて貼ってます♪ --莉※様--
うふふ、こっちはずーっとまったり展開でしたから 「愛が聞こえる」の方が続きが気になってたでしょう? でもここに来て一気にこちらが気になり始めたかと思います。 ガンガン気にしちゃってください。それが狙いですから!( ̄∇ ̄) 何やら強引な男の登場です。 さぁ坊ちゃんはどう対応する?! --マル※※ズ様--
あはは、実は司狙いですか? なきにしもあらずかもしれませんねぇ~(笑) いずれにしても厄介な相手であることに変わりはないようですよ。 さぁ、波乱の予感です! --瑛※様--
はい~、3話から空くことしばらく、ようやく謎の社長が登場しました。 が、出てきて早々強烈なキャラアピールです。 いい男には免疫があるとはいえ司は心中穏やかではないでしょうねぇ。 堂々と略奪宣言とか厄介極まりないですね。 この遠野という男、一体どんな人間なのでしょうね? ふふふ、出番のなかった媚薬ですか? そうですねぇ、どこかでつくしに使って見たいと思ってるんですよね。 責められる坊ちゃんが個人的に大好物なんです( ´艸`) --みわちゃん様--
何やら強烈な男が登場してきましたよ~。 目的は何なんでしょうね? 素直に受け止めていいのか裏があるのか。 つかつくだけに色々深読みしちゃいますよね。 「濡れた?」なんていちゃこいてる場合じゃないですよぉ~!(笑) --名無し様<拍手コメントお礼>--
春の嵐が・・・・・・クルーーーーーーーーーっ!!(笑) 順風満帆幸せ満開の2人に予想外の展開です。 さぁ、司は強烈なライバル出現にどうする?! --v※※go様<拍手コメントお礼>--
ふふふ、まったりラブラブ展開が続くと思ってましたか? それだけじゃ面白くないですからね~。 時にはスパイスを投入ですよっ! 激しく嫉妬しまくる坊ちゃんをご堪能ください♪ あ、殺されるかも・・・( ̄∇ ̄) --k※※ru様--
秘書編が始まった~!と思ったらいきなり強力なライバルの出現です。 今までにないタイプのライバルなので皆さんに楽しんでいただけたらと思ってます。 ねー、つくしだけならともかく、司を前にして略奪宣言って・・・何者?! --ゆ※ん様<拍手コメントお礼>--
ふふ、略奪愛・・・萌えますか? そんなこと言ってたら坊ちゃんにぶっ飛ばされちゃいますよ~! この男、一体何者なんでしょうね? --sh※※ko様--
こんなに強烈なライバルはお初かもしれませんね? だって夫婦を目の前にして略奪宣言ですから。 坊ちゃんがどう迎え撃つのかが楽しみですね♪ --k※※hi様--
強烈なキャラの登場です。 そうなんですよ。ただの男ならぶっ飛ばしてジ・エンドでいいですけどね、 相手はビジネスの相手ですから。厄介でございます。 春ですからね~。春の嵐が巻き起こりますよ~♪ --ke※※ki様--
ほんとにね、人様のオフィス内でなんちゅうこと言っとんじゃって話ですよね。 しかもさらっと流せばいいものをすぐ顔に出すつくしもつくしですよ。 「はい、濡れてます」って言ってるも同然ですから( ̄∇ ̄) そんなイチャコラモードも一瞬にしてぶっ飛んじゃいました。 さぁ、強力なこのライバル、一体何者?! --さと※※ん様--
「な゛っ」ってどうなんでしょうね? なんとなく使っちゃってます(笑) 濡れてる?の指摘がド図星だったのでね、思わず「な゛」っちゃいました♪ 遠野康介、ずっと前にちらっと出てきた男がついに本格的に登場です。 そうそう、皆川君も実は結構くせ者だと思うんですけどね、 こっちは直球型です。 しかも既婚者であるにもかかわらず略奪宣言ですからね。 めんどくせ~~!!(笑) でも頑張る坊ちゃんが見たいから~(≧∀≦) --名無し様<拍手コメントお礼>--
お褒めのお言葉有難うございます((ノД`) 猫可愛いですよね♪ 先日のパス付きの朽ち果て猫は好評でしてね、してやったりと大満足してます(笑) --管理人のみ閲覧できます--
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そうですそうです。覚えててくれましたか?(笑) ようやくここに来て本格的に登場です。 幸せすぎても面白くないですからね、ここいらでちょいと刺激をば♪ --コ※様--
なかなかに強烈なキャラが登場して参りました。 この男の狙いは? 純粋につくし狙いなのか司に対する嫌がらせ? 色んな事を考えちゃうのはきっと私のせいですね(笑) うーん、書き手になるといつの間にかドSと言われている不思議・・・( ̄∇ ̄) |
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