幸せの果実 13
2015 / 04 / 01 ( Wed ) 「うわ、なんなんですかその昼ドラみたいな展開」
「そんなんこっちが聞きたいよ・・・」 はぁ~~っと盛大な溜め息をつきながらつくしがテーブルに突っ伏した。 仕事でヨーロッパに行っていた桜子がたまたまお土産を届けに来た休日、つくしは開口一番泣きついた。普段じゃ考えられないその様子に何事かと話を聞いてみれば、先の取引先であった一連の出来事を聞かされたというわけだ。 「道明寺さん相手にいきなりそんなこと言うなんて・・・そのお相手相当強者ですね」 「もうほんっと勘弁して欲しいよ。こっちは真面目に仕事頑張る気で行ったってのにさ」 はぁ~~っと再び溜め息が出る。この10分の間だけでも既に何回目だろうか。 「それでその後どうなったんです? 元々仕事で行ったわけですよね?」 「そうだよ! 仕事で行ったんだよ! それなのに・・・」 ガバッと顔を上げると、実に忌々しげにつくしがその時のことを語り出した。 「・・・てめぇ誰に向かって言ってるかわかってんのか?」 「道明寺司さん、ですよね? わかってますよ」 この上なく緊張で張り詰めた状態だというにもかかわらず、ニコッと笑いながらまるで子どもに向かって言っているかのようなその態度に、司のイラつきがピークに達する。 ここがビジネスの場でないのならば、間違いなく胸倉を掴んで殴りかかっているに違いない。 背中越しにそれを感じたつくしは、司が相手に殴りかかることがないようにとスーツの後ろを咄嗟に両手で掴んだ。 つくしの想いが伝わったのか、司がそれ以上動こうとはしないことにひとまず安堵する。 だが相当な怒りをその中に秘めているのがひしひしと伝わる。 それも当然の感情だろう。 つくしですら信じられない気持ちでいっぱいなのだから。 初対面で、しかもビジネスの場でこんなことを言うなどと社会人として論外だ。 「てめぇがどう思おうとこいつは誰にも渡さねぇ」 「それはあなたじゃなくて彼女が決めることです」 「・・・んだと?」 「確かに彼女はあなたの妻かもしれませんが、だからと言ってあなたの所有物ではない。自由意思は彼女のものではないんですか?」 「てめぇ・・・」 今度こそ一歩前に出かかった体をガシッと更なる力で握りしめると、つくしは司の背後から少しだけ顔を出した。 「あのっ! 申し訳ありませんがそちらの気持ちにお応えすることは一切できませんので!」 だから諦めてくださいと言外に含んだつくしの答えなど予想通りだったのか、遠野はニコニコ笑った顔を崩さない。 さっきから思っていたことだが、この笑顔が笑っているようで笑っていないように見えて・・・ どこか恐ろしさすら感じてしまうのはこの状況のせいなのだろうか? 「最初はそう思われるのは当然のことです。ですが人生は長い。どこでどうなるかなど誰にもわかりません」 「いいえ、わかります。私があなたを好きになることなどあり得ません」 今度は語気を強めてはっきりと言い切った。 「あっははは! 随分はっきり言われるんですね。でもそんなあなただからこそ好きなんです。ずっとあなたらしさを失わないで欲しいですね」 「・・・・・・」 つくしは開いた口が塞がらなかった。 この男は一体何者なのだろうか?! 何を言おうとも暖簾に腕押し。全く響く気配が感じられない。 それどころかにこにこ笑顔を絶やさず、その実何を考えているのかが全く見えてこない。 笑えば笑うほど、そこはかとない恐怖心を煽っていく。 「てめぇ・・・真面目に仕事する気があんのか?」 「どういう意味ですか?」 「仮にも商談の後にこんな話をするなんざどういうつもりだ? お前がそういうスタンスで来るっつーならこっちにだって考えがあんだぞ」 普通であれば司のこのお腹に響くほどの低い声に恐れ戦かない者などいない。 それなのに男は尚も笑っている。しかもさっきよりも実に愉快そうに。 「それはもしかして脅しですか? 仕事を盾に諦めろと、そういう意味でしょうか?」 「そうだって言ったら?」 「くっ・・・あはははは!」 司の言葉にとうとう声を出して笑い始めた。 誰もいないエレベーターホールにその声がやけに大きく響き渡る。 「何が可笑しい? おかしいのはてめぇの頭の中だけで充分だろ」 「くくっ、すみません。悪気はないんです。ただ、あまりにも予想通り過ぎて、つい」 「・・・何?」 「いえ、あなたがよく力技で相手を黙らせるという話を人づてに聞いたことがあるものですから。半信半疑だったんですがその通りだったのでおかしくて」 「・・・てめぇふざけてんのか? いい加減にしておけよ」 怒りのあまり、つくしの力では司を押さえ付けておくことが難しくなってきてしまった。 殴りたい気持ちはつくしだって同じだが、仕事相手に何かをしては致命的になってしまう。 しかも司は社長に就任したばかりなのだ。余計なことで足を引っ張るようなことがあってはならない。 力も限界になってきた手でなおも必死でスーツを掴む。 「私はちゃんと商談が終わった後にお話しましたし、公私混同しているつもりはありません。それに、一方的に仕事を切ってくれば印象が悪くなるのはそちらだと思いますよ?」 「・・・何?」 「もともと仕事の打診をしてきたのはそちらの方です。それが個人的な感情で一方的に切ってきたとなれば、道明寺ホールディングスの新社長としての評判が落ちるだけじゃないですか? それともそれも力技でどうにかされますか?」 「・・・・・・」 我慢の限界にきたのは司だけではい。つくしの手もブルブルと震えていた。 「あっ・・・!」 その一瞬の隙をついて司の体がつくしの手から離れてしまった。 目の前にあった背中があっという間に離れて行くと、ベラベラと挑発が止まらない男の胸倉向けて手が伸びていく。 このままではいけない!! 「つかっ・・・!」 「 社長っ、何されてるんですか! 」 横から突如響き渡った声に思わず司とつくしの体が止まった。 司の手は今にも相手のスーツを掴むすんでの所で止まっている。 ハッと我に返ったつくしは司のスーツをグイグイ引っ張ってとにもかくにも遠野から引き離していく。 遠野との間に人一人分の距離ができた頃にバタバタと聞こえていた足音が目の前までやって来た。先程の声の主だろうか、眼鏡をかけた女性がハァハァと息を切らしている。 「すっ・・・すみませっ・・・ちょっ・・・息が・・・! はぁはぁ」 大声を張り上げたかと思えば今度は目の前で胸を押さえて何度も深呼吸を繰り返す。 全くもって状況がわからないが、ひとまずこの女性のおかげで最悪の事態は避けられたとつくしは胸を撫で下ろした。 「お前誰だよ」 いい加減痺れを切らした司が相手の呼吸などお構いなしに迫る。 女性も顔を上げると、すぐに申し訳なさそうに深々と頭を下げた。 「突然のご無礼をお許しください! 私、遠野の秘書を務めております小林理彩と申します。この度は遠野が大変失礼なことを申しまして・・・本当に申し訳ありません!!」 秘書が顔が膝につきそうなほど頭を下げ続ける一方で、遠野はまるで他人事のようにしれっと突っ立ったまま。だがそんな遠野の態度が許せないのか、小林と言う女は遠野の腕を掴むと謝るように促した。 「ほらっ、社長もちゃんと謝られてください!」 「え~・・・? だって俺悪いことしてないでしょ? ただ告白しただけだし」 「そういう問題ではありません! 商談後とはいえ大事なビジネスパートナーに不愉快な思いをさせているのは事実です。きちんと謝罪してください!」 「えぇ~~~っ・・・」 「子どもみたいな駄々をこねないでください! さぁ早くっ!!」 実年齢はどちらが上か知る由もないが、見えている光景はまるで母親と子どもの構図。 遠野は子どものように口を尖らせて渋っていたが、どうやらそうしなければこの場が収まらないと判断したのか、渋々ながらもペコッと頭を下げた。 「失礼があったのならお詫びします。失礼致しました」 「・・・・・・」 その変わりように怒りも忘れて2人して呆気にとられてしまう。 だがそれも一瞬だけ。 「でも言ったことに嘘はありません。つくしさん、あなたを遠慮なく奪いにいきますから」 「なっ・・・?!」 顔を上げたかと思えば悪びれることもなくまた笑いながら平然とそう言ってのけたではないか。 すぐさま司の怒りモードが全開になったのがわかり、つくしは思わず後ろから抱きつく形で司の体に腕を回した。 「社長っ!! それでは謝った意味が全くございませんっ!!」 「え~~? これもダメなの?」 「当然ですっ!! もうこれ以上はいけません。さぁ、戻りますよ!」 「え~? まだ話したいことがあったのに・・・」 「うちの遠野にご無礼があったこと、本当に申し訳ございませんでした。仕事はきちんと責任を持って取り組ませていただきますので、どうか今回だけはお許しいただけましたら幸いです。何卒よろしくお願い致します」 そう言ってペコペコと何度も何度も頭を下げると、まだ何か言いたそうにしている遠野の背中を問答無用でグイグイ押していく。これまたどちらが上司なのかわからない光景だが、この男には珍しいことではないのだろうか。そのまま向こうまで押していくと、見えなくなる前にもう一度女が振り返り深々と頭を下げて消えて行った。 「「 ・・・・・・・・・・・・ 」」 ものの10分ほどの間に起こったあまりにも目まぐるしい展開に、司もつくしもしばらくの間呆然とその場に立ち尽くすことしかできずにいた。 「・・・・・・それは想像以上に手強そうですね」 一部始終を聞き終えた桜子がある意味感心したように言う。 「冗談じゃないよっ! もう、望みもしないのに何でこんな面倒くさいことにっ!! やっと色々と落ち着いてこれからは仕事も頑張ろうってやる気になってたって言うのに・・・」 「先輩って自覚ないだけで実は結構魔性の女ですからねぇ・・・」 「ハァ?! 何言ってんの? 失礼なこと言わないでよ!」 「ほらね、自覚がない。だって考えても見てくださいよ。今まで先輩のことを好きになった男性ってそうそうたるメンバーですよ?道明寺さんに類さん、天草さん、国沢さん、それ以外にも思い当たるのががそっちこっちでおありでしょう?」 「・・・・・・」 記憶を思い返してみればあながち違うとも言い切れず、つくしは黙り込んでしまった。 「でも道明寺さんを相手に、しかも結婚してるとわかった上でそこまでやるってことは今までの相手とはちょっとタイプが違うかもしれませんねぇ・・・」 「もうほんとやだ・・・」 そう言うとつくしは再び突っ伏してしまった。 「それで? その後道明寺さんはどうされたんです? あの道明寺さんのことですから相当お怒りになったんじゃないですか?」 「・・・・・・怒ったなんてもんじゃないよ・・・」 あれから後のことは溜め息なしでは語れない。 遠野達が立ち去ってしばらくして我に返ってからの司の怒りっぷりは凄まじかった。 それはつくしとて同じ気持ちだったが、その矛先が自分に来たのだからたまったものではない。 しかも嫉妬という怒りの炎が全てつくしにぶつけられたのだ。 リムジンに戻るや否や凄い勢いでキスをされ押し倒され、辛うじて最後まではしなかったものの、それはそれは激しい熱情をぶつけられた。 それは帰宅後も変わらず、あれから数日経った今も尚、司の独占欲は衰えることを知らない。 ただでさえ底なしの体力の男に嫉妬心の火がつけば、それはもう手がつけられるはずもなく。 このままでは我が身がもたないのではないかと思う。 ぐったり項垂れたつくしのうなじと胸元にちらりと見える複数のキスマークに、桜子はつくしの憂鬱の原因が垣間見えて思わずクスッと笑った。 「でも今後も仕事で顔を合わせることもあるんですよね? どうされるんですか?」 「それがさ・・・この件に関してはあたしだけ担当を外されちゃったの。基本的に西田さんがやるって」 「なるほど。まぁ直接会わなければ相手もそうそう手は出せないでしょうから、一番無難な方法でしょうね」 「でもさっ、納得いかないよ!! あたし、すっっっっっっごいやる気満々だったのに!」 つくしはバンッとテーブルを叩きつけると凄い勢いで立ち上がった。 「お気持ちはわかりますけどね。でも面倒なことが起きる前に予防線を張ることは大事かと思いますよ」 「もうほんっとに腹が立つ! なんだって個人的なことで仕事を外されなきゃいけないの?! 公私混同しまくりじゃん!! ほんとあの男なんなの?! もうこんなのやだ~~~っ!!!」 怒りのあまりか、今度はずるずると膝をついてしゃがみ込むとそのままシクシクと泣き始めた。 よほど本人にとってはショックだったのだろうか、桜子は珍しいその様子に驚きつつも、つくしの傍まで歩み寄ると慰めようとそっと手を伸ばした。 だが伸ばした手はつくしに触れる直前で空を切った。 「こんなところに座り込んでんじゃねーよ」 フッとつくしを覆った大きな影がその体を引き上げると、振り向かせるように体を反転させてつくしを自分の腕の中に閉じ込めた。 「道明寺さん、お久しぶりです」 「あぁ、披露宴以来か?」 「そうですね。あれから海外に飛んでましたので」 「そうか」 「離せ~~~っ!! この鬼畜上司~! 底なしエロ魔神~!!」 「底なしなのは認めるけど鬼畜は聞き捨てならねぇな」 司が悪いわけではないのは百も承知だが、つくしも誰かに八つ当たりしないと心の行き場がないのだ。そんなつくしの心情が手に取るようにわかるのか、司は腕の中でジタバタもがくつくしを更に締め付けた。 つくしも本気で嫌がっているわけではないことなどお見通しだ。 桜子はすっかり夫婦として落ち着いてきた2人を目を細めながら見つめている。 業界でそれなりの地位を持つ人間ならば、この2人の絆がどれだけ強いものであるのかは言わずと知れた常識と化しているも同然だった。 いくら最近頭角を現してきた社長だとは言え、それを全くしらないわけではあるまい。 それなのにそんなことをやってのけるとは・・・・・・ 「その男、一体何者なんでしょうね・・・?」
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by: * 2015/04/01 00:43 * [ 編集 ] | page top
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ホント何者なんでしょう? 自分の秘書には、頭が上がらないかんじだったけど。 次はどうやって接触してくるか? その前につくしの身体がもつのか? 早く続きを・・・。 --管理人のみ閲覧できます--
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間違いなく司の大嫌いなタイプでしょうね。 まぁそもそも司の好むタイプがいるのか自体不明ですけど(笑) 自信家で相手の気持ちなんかお構いなし、 あれ、こんな人間ってどこかで見たことがあるような・・・? はっははは、これが俗に言う同族嫌悪ってやつですね(笑) ちなみに遠藤じゃなくて遠野ですよ~^^ --莉※様--
皆さん「狙いは本当につくしなの?!」とかなりの疑心暗鬼。 もうこれは私の作品への傾向と対策ってやつですね(笑) いや~マイッタナ( ̄∇ ̄) おっかしいな~、私って間違いなくMのはずだったんだけどなぁ・・・? --みわちゃん様--
強者かと思えば秘書には弱そうですね。 ますます謎な男です。 つくしの体は・・・もたないでしょうね(笑) このところちょっと忙しくて余裕がなく、今後更新が飛ぶこともあると思います(=_=) --ふ※※ろば様--
はい~、ようやく謎の男の登場です。 このところすっかり大人の男になってた司君ですが、 強烈なライバルの登場にそうも悠長なことやってられなさそうですね。 とりあえず担当を外されたようですがそれだけではい解決♪とはならないでしょうねぇ・・・ でも甘すぎる2人にはたまに刺激も必要ってことで♪ --こ※様--
強引に来たかと思えば秘書には頭が上がらない・・・ ますます謎キャラですね。 秘書まで疑われちゃって全く、私ってばどんだけ皆さんに疑心暗鬼にさせてるの?(笑) なるほど、つくしをベッドから出られなくしちゃえば全て丸く収まるかも?! --ke※※ki様--
そうなんですよ~。 なんだかんだ憎めない感じの謎キャラっぽいですよね。 これからどんな春の嵐が巻き起こっていくのでしょうか?! ほんと色々ありますよねぇ・・・ 私も頑張りまーす(o^^o) --ゆ※ん様<拍手コメントお礼>--
もうねぇ、皆さんの疑り具合が凄くて凄くて。 誰も素直につくしが好きだと信じてくれてません(笑)マイッタナコリャ 司の嫉妬を皆さんに楽しんで欲しくて♪ --コ※様--
なんだかんだ一番のとばっちりを受けるのはやっぱりつくしってことで(笑) そして一番頼りになるのは桜子かな~って気がしてます。 類って言いたいとことなんですけどね、坊ちゃんにぶっ飛ばされますから( ̄∇ ̄) そして皆さんの深読みがもう面白くて面白くて。 いいネタはどんどん採用しちゃおっかな~って思うくらいネタが抱負ですよ(笑) |
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